味な話の素  No.266 2025年06月号(10811-10888) Since 2003/04/29

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佐賀までのドライブ[78] 2025/06/30 Mon 10888 昨日 [73] の続き
 
週末から佐賀で仕事をしてきました。もう13年目になります。最初の家はJRで出かけていましたが、あるときから車を使うようになりました。その理由の一つは佐賀市内のホテルから会場までの距離がけっこうあって、車の方が使い勝手がいいからです。熊本インターから[みやま柳川インター]まで行き、あとは一般道となります。その後は、うなぎの柳川を通ったり、家具の大川のルートをとったりで、それぞれドライブが楽しめます。どのコースをとっても2時間はかかりません。そうなるとJRを使うケースと時間は変わらなくなります。もちろん列車の乗車時間は新幹線で鳥栖まで行けば、あとは在来線でも佐賀までほんのちょっとです。ただ、早めに熊本駅に行く、乗り換えの電車を待つといった時間が加わります。
 また、時間の経過とともに有明沿岸道路が延びてきて、信号なしでそこそこの距離が走れるようになりました。そんなわけで昨日は1時間30分程度でわが家に着きました。
YouTube系の番組[77] 2025/06/30 Mon 10887 昨日 [73] の続き
 
いつのころからか、テレビはどこの放送局も似たような番組ばかりになりました。とくにタレントが食べる、クイズに挑戦などだらけで辟易します。日本経済がバブル後に停滞を続けスポンサーの財布紐がきつくなったことも影響しているでしょう。とにかく、金のかからないものばかりです。これでは視聴者離れが起きるのも当然でしょう。
 そんなかなで、YouTube系ではおもしろい[番組]がけっこうあります。つい最近ですが、松本清張原作「張り込み」の映画のロケ地である佐賀を取り上げたものがありました。まったく個人の[番組]ですが、これがおもしろいのです。映画が製作された1958年の映像に出てくる場所を探索するわけです。あちらでもこちらでも「この橋の欄干は未だに残っている」「ここはまったく変わった」などなど、じつに興味深く、かつ楽しいわけです。ときどきCMは入りますが、まことに上出来の番組です。そんあわけで、ますますテレビを観なくなってしまいそうです。
生まれちゃった(6) [76] 2025/06/29 Sun 10886 6月27日 [70] の続き
 
何のために生まれてきたのかは誰にもわからない。そもそも自然の流れの中で、いわばたまたま命を得たのである。そうした偶然の出来事に目的を見つけることなど無理な話だ。こんなことを言うととんでもないと怒られる方もいらっしゃるかしら。あるいは何と夢のないことかと笑われるかもしれない。なんといっても暗いよねという声も聞こえてくる。そうした中で、わたしはけっこう「それっていいねえ」と受け止めている。まずは毎日の人生をしっかり生きること、それで十二分ではないか。せっかくこの世に生を得たのだから、そこで自分で目標を決めればいい。人間として本来認識すべき「意味や目的」などなくて当然でしょう。
 と、まあこんな感じで、わたしは朝からけっこう機嫌がいい。
続 またぞろ思い出したこと [75] 2025/06/29 Sun 10885 昨日 [73] の続き
 
[合理的経済人」は、経済学の理論における仮定の一つであり、すべての行動を理性的に判断し、最大の利益を得るために行動する人物像を指します。この概念では、感情や習慣に左右されることなく、自分の目的を達成するために常に最適な選択をするとされています。この世に、そんな人がいるのでしょうか。
 これに対して行動経済学は、人が必ずしも合理的に行動しない理由を説明します。それは、社会心理学やゲームの理論とも密接に関連しています。じつは、その社会心理学の分野では、70年以上も前にブルナーが「人の意思決定は単なる理性だけではなく、知覚や期待、過去の経験に強く影響される」という事実を実験によって明らかにしていました。
AIとイラスト [74] 2025/06/29 Sun 10884 
 
最近、AIに嵌まっています。とりわけイラストづくりが止められません。これまで蓄積した来たパワーポイントに自分の好きな[イラスト]を入れていきます。ただ、それだけなのですが、わたしとしてはスライドの提示効果が倍加すると実感しています。これは自分の思い過ごしかもしれません。しかし、それはそれでけっこうなのです。まずは使う側が自己満足することが大事だと思うからです。
 わたしは[ChatGPT]からはじめ、ついで[Copilot]にも手を広げました。当初は、[Chat]がはるかに優れていると思っていました。しかし、使い込んでくるとむしろ[Copilot]の方に軍配を上げたくなって来ています。まあ、評価はこれから変わるのでしょうが、自分で作ることが1000%できない[イラスト]がいとも簡単に創造できるのです。いやはやとんでもない時代がやってきました。
またぞろ思い出したこと [73] 2025/06/28 Sat 10883 
 
いつのころから、[行動経済学]なるものを新聞等でも聴くようになりました。これについては、本コラムでも「経済学がようやく心理学に寄ってきた」と書いたのは、自分が忘れるほど遠い昔のことです。そのことが、またぞろ頭に浮かんで来ました。そこで、また経済学者のみなさんに嫌われそうなことを、でも本当のことを書く気になったわけです。
 かつて、経済学は[合理的経済人]なる[人間]を前提として、[その行動]を基に人間の経済を理論化していました。詳しいことは措くとして、前提からして危ういわけです。自然科学であれば[真空中における物体の運動]は想定できますし、擬似的には実験も可能です。しかし、人間は[真空]の中に置かれれば、瞬時にあの世逝きですから、悠長に経済活動などしている時間などあり得ません。そもそも前提が怪しいのですから、そこから導き出されるものが人間の世界でうまくいくはずもありません。
渡邉恒雄回顧録(4) [72] 2025/06/28 Sat 10882 昨日 [69] の続き
 
鳩山一郎首相は日ソ共同宣言の調印で退陣した。そこで岸信介、石橋湛山、石井光次郎の3人が総裁選で戦うことになった。そのとき渡邉は「金が乱舞するのを間近で見た」と語る。「岸は3億、石橋が1億5000万、石井が8000万という金をばらまいたという話を僕は聞いたね」と続ける。ここは「聞いた」としているから事実とは限らない。しかし、総裁選挙が行われた産経ホールの「外側の廊下」で「現金の授受をやっているんだ。すごい量の札束を見ましたよ」と、渡邉自身が見た事実を挙げている。この話はNHKのインタビューでも聴いたがなんともひどい話である。こんなことで最終的には首相が決まったのである。いやはや、事実は小説よりもひどすぎるではないか。
続 相撲人気 [71] 2025/06/28 Sat 10881 昨日 [68] の続き
 
わたしが子どものころは[栃若]時代でした。栃錦と初代の若乃花です。テレビはありませんでしたから、もっぱらラジオで聴いていました。何と言っても音声だけですから、どんなすもうになっているのかわかりません。翌日にの新聞には勝負が決まった瞬間の写真しか掲載されません。そんな中で、映画館に行くとスポーツニュースなるものがあったて、一場所分をダイジェストにしていました。そうです、一般の国内ニュースや海外の事件等を知らせる[ニュース映画]がありました。とにかくテレビが大金持ちの家にしかない時代です。一般庶民は映画館でお目当ての映画だかでなくだけでなく、「時事ニュース」で人が動く姿を観ていたのでした。
生まれちゃった(5) [70] 2025/06/27 Fri 10880 昨日 [66] の続き
 
自分が「生まれちゃった」のは、自分の意志ではないから疑問の余地がない。その点では、英語の“I was born”は真実を突いている。誕生とはまさに、[受け身]で表現すべきものである。
 ともあれ、玄侑宗久住職の「(この世に)生まれちゃった」発言はわたしには[ストンと腑に落ちた]のである。もちろん、それは、「人生の目的なんぞあるわけがない」といった発想につながるものではない。ここでは、少なくとも「生まれる前から定められた目的」について思い悩むことはないと安心するのである。
渡邉恒雄回顧録(3) [69] 2025/06/27 Fri 10879 昨日 [65] の続き
 
渡邉氏が「吉田茂内閣を鳩山一郎が継いだ。吉田ワンマン」がマスコミを下等なものとするような貴族趣味があり、記者団が反発し、うんざりしていた」と述べているところでは苦笑いした。鳩山一郎氏はいわゆる庶民派と言われた宰相である。一方の吉田茂氏が貴族趣味だったという。そして、新聞記者が首相官邸の玄関を入って階段上がることを許されなかった。その守衛長が駆逐艦の元艦長で、「貴様などどけと」新聞記者を官邸の廊下から追い出した。吉田首相が出てくるときに新聞記者が玄関の周りにいるとその「どけどけ」と怒鳴られたという。
 ここで吉田茂氏のお孫さんのことが思い浮かんだ。そう言えば、この方も[超上から目線]で[貴族趣味]っぽかったですよねえ…。
相撲人気 [68] 2025/06/27 Fri 10878 
 
子どものころは相撲が大好きでした。野球も長嶋選手や王選手がいました。また地元九州の西鉄ライオンズでは鉄腕稲尾和久投手や中西太選手が活躍していました。しかし、野球はグローブやボールがいります。ふわふわのボールまでは小遣いの範囲にあったとしても、グローブは夢の中でしか手にできませんでした。また三角ベースにしてもチームに3人か4人はほしいところです。
 その点、相撲は2人からできます。さすがに2人では盛り上がりに欠けますが、3人でも巴戦が成立します。それで優勝者を決めることもできるのです。そんなことよりも、とにかくお金がかかりません。土俵は棒きれで円を描けば出来上がりです。運動場の砂を少し集めればそのまま仕切り用の[塩]と化します。もちろんズボンにベルトをしていますから、[まわし]の準備も不要なのです。かくして、子供たちの間では相撲の方が野球人気を上回っていたとしても不思議ではありませんでした。
キャリコンとグループ・ダイナミックス [67] 2025/06/26 Thu 10877
 
ある地区のキャリアコンサルタント団体から研修の依頼があった。生来の[Yes man]だから、これをお受けした。研修受講者の募集にあたってグループ・ダイナミックスとキャリアコンサルティングの関係について解説をしてほしいとのことで、次のような文を書いた。
 「ヒト」は「ヒト」と関わることで「人」になり、集団と関わることで「人間」になります。そして、1人の人間の行動を含めて人々の行動を理解するためには「集団との関わりを研究するグループ・ダイナミックス」が欠かせません。その意味では、「今」ではなく、人間が地球上に生まれたときから「グループ・ダイナミックス」が求められていたと言えるでしょう。そして、これから先も人間集団が存続する限り、「グループ・ダイナミックス」はなくてはならないものなのです。
 キャリアコンサルティングそのものが対人関係の場で行われますね。グループ・ダイナミックスは、「二人以上が相互作用する」場を「集団」と定義します。その上で、リーダーシップやコミュニケーションなど、集団で起きる現象を研究対象にしています。キャリアコンサルティングにとってグループ・ダイナミックスの知見は大いに役立つでしょう。いや、なくてはならないものでしょう。
 従来からの発想を伝えただけだが、わたしの頭の整理にもなった。
生まれちゃった(4) [66] 2025/06/26 Thu 10876 昨日 [63] の続き
 
ある人物の[何のために生きるのか]について文章を紹介した。本コラムの量としては長文だったことから、2回に分けた。じつは、この人物、わたしの父である。出典は1987年4月29日の日記で、父は70歳だった。
 繰り返しになるが、「
人間は何のために生きているのであろう。それはわからないと いうのが本当かも知れない。生れる前に、俺はこういう ことのために生まれてやろうと思った人など、ただ一人も りないだろう。生れてしまって、気がついたら、俺は生まれて来たと知っても、それから何のために生まれて来たのだろうかと思っても、もう遅いのである」がじつに素晴らしい。
 鹿苑寺の住職や玄侑宗久住職の発想との共通性がうかがわれる。「親父さん、けっこういい線行ってるじゃないか」。そんな思いが湧いた。
渡邉恒雄回顧録(2) [65] 2025/06/26 Thu 10875 昨日 [64] の続き
 
渡邉恒雄氏のインタビューはNHKが2021年に放映した。このときのインタビュアーは大越健介氏で、が2回に亘って100分ほどのものだった。中公文庫の回顧録は2007年発刊だから、この間に15年ほどの時間が経過している。放送のとき、渡邉氏はは90代半ばだった。そのため往年のふっくらとした顔立ちとは違っていたが、いろいろ興味深い話をしていた。わたしは回顧録をあとで読むことになったが、放送で語っていた話と重なり合いながら、とにかく政界の裏の裏事情の話には興味深いものがあった。人間、自分の立場を肯定的に飾ることはある。また、記憶があやふやなこともある。しかし、この年齢になった人物の発言には意図的な嘘はないと思わせる迫力があった。
渡邉恒雄回顧録(1) [64] 2025/06/25 Wed 10874 
 
御厨貴監修・聴き手「渡邉恒雄回顧録」(中公文庫)は索引を含めると717ページもある。渡邉氏は読売のドンとして知られた大物であるが、昨年12月に98歳で亡くなった。戦後政治の裏の裏を知り尽くしたジャーナリストである。それだけにこの本はきわめて興味深い。  このとき首相官邸で記者たちが「万歳」したという。それまでの吉田茂は記者たちから嫌われていたらしい。その理由として、敗戦から9年後の1954年12月10日、吉田茂内閣を鳩山一郎が継いだ。吉田ワンマン」がマスコミを下等なものとするような貴族趣味があり、記者団が反発し、うんざりしていたと述べている(P148 )。
生まれちゃった(4) [63] 2025/06/25 Wed 10873 昨日 [60] の続き
 
ある人物の文の続き
 何のために生まれてきたかと問われて、わからないという人はは少いだろう。一応は何かのために生まれてきたと言う。愛のために生まれてきた。正義のために生れて来た。神のために生まれて来た。世のため、国のため、人のために生まれて来た。金もうけのために生まれて来た。えらくなるために生まれて来た。勝つために生れて来た。戦うために生まれて来た。善のために生まれて来た。生きるために生まれて来た。死ぬために生まれて来た。などなど、人それぞれの答えも出るであろう。
 しかし、生れる前には生まれていないから、生まれてから何のために生まれて来たのかわからないというのが本当かも知れない。
 ケージで飼育されている鶏に何のために生まれて来たのかたずねたら、人間に卵を食われるために生きて来たというだろうか。人間に食われるために生きているというだろうか。
 人間も鶏も生きていることだけがわかっている。
 昨日から続くもので長文になったが、そのまま引用した。
4人の物語(102) [62] 2025/06/25 Wed 10872 6月18日 [41] の続き
 
Aが小学2年生の冬休み、1957年1月3日に書いた絵日記に[七つの誓い]と[ラドン]が登場している。いずれも映画のタイトルで「いっしょにあるとかいてありました」と記述している。その昔、映画は[2本立て]の公開が基本だった。そのどちらかが[主]で、もう1本は[従]的なものであった。今では知らない人口の方が多いと思うが、昔は音楽のレコードにA面とB面があって、A面が売りの曲で、B面は付録感があった。しかし、[七つの誓い]も[ラドン]もA面の資格を持った映画である。それが[二本立て]というのはにわかに信じがたい。そうなると、この物語の執筆者としては、Aに変わって、このあたりの事情について考えたくなる。
言いたいことが言えない空気 [61] 2025/06/24 Tue 10871
 
国土交通省は日本郵便に事業許可取り消しの処分を行った。これを伝える見出しの記事に 「不正を告発しづらい組織風土がある」と記されている(6月6日 熊本日日新聞)。処分発表当日5日に、 首都圏の郵便局に勤務する40代の男性郵便局員が打ち明けた話だとしている。
 [人手不足にもかかわらず、上層部からは労働時間削減の圧力がある。]「そのため時間に追われる配達を強いられ、現場で点呼の未実施は常態化した]といった主旨の内容である。そして、「不審を感じる職員もいたが『波風を立てたくない』との雰囲気があり、(点呼未実施を)指摘する声は上がらなかった」という。[不審]や[疑問]を感じても「言わない」「言えない」状況が、郵便事業の根幹を揺るがす深刻な事態を引き起こした。その損害額はどのくらいになるのだろう。
 ここでも、組織トラブルの2要因[言いたいことが言えない][言っても聴いてもらえない]が効いている。
生まれちゃった(3) [60] 2025/06/24 Tue 108770 昨日 [54] の続き
 
玄侑宗久住職の発言をわたしなりに解釈した。鹿苑寺の住職が徒弟僧に伝えたのは、「人生は生きる意味がない」ということではなく「人間だけでなく、生きものの全てが、はじめから意味を背負って生まれたのではない]ということだった。
 ここで、ある人物が書いた文をご紹介しよう。
 人間は何のために生きているのであろう。それはわからないと いうのが本当かも知れない。生れる前に、俺はこういう ことのために生まれてやろうと思った人など、ただ一人も りないだろう。生れてしまって、気がついたら、俺は生まれて来たと知っても、それから何のために生まれて来たのだろうかと思っても、もう遅いのである。
ああ、勘違い [59] 2025/06/24 Tue 10869
 
[職場におけるコミュニケーション チェックシート]なるものを作成し、研修等で使っている。その中に[自分の伝えたいことがうまく伝わらなかった具体的な体験」を記する欄がある。来月、これを使おうと考え、研修担当者に送った資料に含めておいた。これを受信したメールに次のような記載があった。
 □□たちが「90だった」「100だった」と話していたので、私も会話に参加し、「私は80切りました」と言ったら、「すごいね」と言われました。実は、私は超過勤務時間の話をしていたつもりだったのですが、□□たちは、ゴルフのスコアの話をしていました。内容を確かめないで話すとこうなるんだな、と学んだことを思い出します。
 □□部分は職種が書かれていたので伏せ字にした。超過勤務が話題になる業界である。これってけっこうおもしろい。7月の本番ではこのネタを紹介しよう。
生まれちゃった(2) [58] 2025/06/23 Mon 10868 昨日 [54] の続き
 
玄侑宗久氏の「人間は生まれちゃったんです」の発言に、わたしには「そりゃあそうだ」と大いに納得した。つまりは、ストンと腑に落ちたのである。
 NHKの「アナザーストーリー」では、この発言の前に、「金閣寺」の放火が取り上げられていた。1950年7月2日、鹿苑寺の徒弟僧が金閣に火を点けたのである。その詳細は措くとして、取り調べの中で、徒弟僧は住職に生きる意味をたずねたところ、[意味がない]といった主旨のことを言われたと供述している。この点について、玄侑宗久氏がインタビューを受けて、「人間は生まれちゃったんです」と答えたのである。それは、住職の発言を否定するのではなく、その本意を解説したものだった。
講義の客観性 [57] 2025/06/23 Mon 10867
 
日頃から[放送大学]の覗き見をしている。その中で「心理学研究法」の第12回に気になるところがあった。この回は[心理検査]がテーマである。まずは[心理検査]の目的・対象・方法の概要を説明する。その目的が5項目挙げられている、そのうち、「支援を受けているご本人自身の状態像の把握」「ご家族や関係者との共通理解の促進」が気になった。内容はそれでいいとして、「ご本人」「ご家族」と[ご]が付いている点である。心理学が客観的な視点から研究を進めるとすれば、ここは「本人」「被支援者」、「家族」とすべきである。[ご]丁寧な表現にしたい気持ちはわかる。しかし、「心理学研究法」の授業としては客観的表現とは言えない。
青春時代の家計(8) [56] 2025/06/23 Mon 10866 昨日 [53] の続き
 
さて、「収支予定表」の項目の第5は[寮費]である。これは高校2年生で入寮したときから2,000円で継続していた。当時、下宿は1畳あたり1,000円が相場だったという記憶がある。わたしは6畳の部屋で生活していたから、これが2,000円というのは破格に安かった。そのころ、友人たちが家から送られてくるのは月額15,000円ほどだったと思う。わたしの場合、親からの送金は10,000円にしていた。これには、8,000円の奨学金が大きく貢献していた。かくして、親からは相場を下回る額の送金だったが、収入は友人たちの平均よりも恵まれていた。
対話のスキル [55] 2025/06/22 Sun 10865
 
今日の朝、たまたま5分ほどテレビを観た。落語家の林家正蔵と元宝塚の月城かなの対談である。対話も終盤らしく、正蔵が「かなさんはどうしてそんなに慕われるのですか」といった主旨の質問をした。ここで「慕われる」に耳が止まった。何ともストレートな言葉づかいであることよ。画面一杯に月城かなの顔が映った。わたしには、まことに微妙な表情に見えた。うーん、こんな聴き方ってあるのかしらね。その前の流れを知らないので伏線はあったのだろう。ただ、「かなさんは多くの人から慕われていると聴いているんですが、ご自分で心当たりはありますか」くらいの婉曲的な表現は使いたい。相手がすんなり「そうですね」と切り出せる聴き方である。
生まれちゃった(1) [54] 2025/06/22 Sun 10864
 
玄侑宗久氏は小説家で臨済宗の僧侶とのことだが、わたしはそれ以上詳しいことは知らない。先日、[金閣寺炎上]を取り上げたNHK[アナザーストーり]にご本人が登場した。そのときの言、「人間は生まれちゃったんです」が耳に残る。つまりは「人間は何のために生まれたのか」と思い悩んでも仕方がない。とにかく「自分の意志とは関係なく生まれてしまったのだ」といった主旨の話である。その先には、「そもそも人生の目的などない」という発想にまでつながる。わたし自身はそのように受け止めた。
 この話題、そもそも番組で彼にインタビューした前後の経緯まで書くとなれば、またぞろ収拾が付かなくなる。
青春時代の家計(7) [53] 2025/06/22 Sun 10863 昨日 [49] の続き
 
大学2年生の後期からは箱崎にある学部に移った。九州大学の本部は「箱崎電停」が最寄りで市内電車では[貫線]が通っていた。一方、文化系の文学部・教育学部・法学部・経済学部は[貝塚線]の「九大中門」で降りた。こおうして、わたしの通学は室見橋電停から[貫線]で高校時代と同じく千代町まで行き、それから[貝塚線]に分岐して[九大中門]まで延びた。当時から70年近くの時間が経過しており、この間の所要時間は憶えていない。ただ、朝夕のラッシュ時だと50分から1時間はかかったと思う。
日記の中の母(74 ) [52] 2025/06/22 Sun 10862 6月15日 [39] の続き
 
1973年10月27日土曜日の日記は続く。 われわれ家族は「食が進まないのは便が出ないから」 で「便が出ないのは運動しないからだ」と盛んに言われた。そこで母を無理にでも立たせ、歩かせた。医師としてのミスはここにも現れていると言わねばなるまい。医師は人の命を左右する。今となってはもうどうにもならないが、自分たちは衰弱した母の体に鞭打っていたのだ。それも一途に医師を信じて。肺炎になったのも栄養失調が原因ではないかと思いたくもなる(PM 7:35)
 「もうどうにもならない」との諦めがにじみ出ている。
即プチン [51] 2025/06/21 Sat 10861
 
何と言いましょうか。われながらひねくれているのでしょうか。先ほど、たまたま観ていたテレビで、「世界に一つ」しかないという驚きのボタンをスタジオに届ける話がありました。それを見たときの反応が「エーッ」とスタジオに響き渡ると、すぐに「そのボタンとは…」というセリフが流れて、CMとなります。まあ、いつものことです。
 じつは、わたしの反応も「いつものように」でプチンとスイッチを切って仕事部屋に戻ってきました。いかにも思わせぶりで、CMを突きつけて続きを見せようという魂胆が見え見えなんですよね。そこでわたしが付き合っている天の邪鬼君が元気になるわけです。「そんなら見なくていいや」なんですね。それで一生後悔したことなど、これまでもありませんでしたし、これからもあるはずがないと天の邪鬼君と意見が一致しています。
今日でおしまい メガネからバッテリーまで [50] 2025/06/21 Sat 10860 昨日 [47] の続き
 
私の覚悟していた[待ち時間]とは比較にならない短時間で作業スタッフが空港の駐車場に来てくれました。やはりバッテリー上がりが原因で、室内灯を点けたままだったことも判明しました。担当者は言葉づかいも含めて丁寧で親切でした。あのテレビコマーシャル通りと言っていいでしょう。しかも、バッテリーの対応だけの場合は無料だというのですから、なかなかうれしいものです。まあ、これまでお世話にならないままで長いこと保険料を払い続けていますから、1回くらいは当然だとは思いますが…。
 今回は「今度は大丈夫」という[安心感]の危うさを体感しました。
青春時代の家計(6) [49] 2025/06/21 Sat 10859 昨日 [46] の続き
 
高校時代は、福岡の市内電車で室見橋から千代町まで、西から東に走る[貫線]のプラチナルートを楽しんでいた。とにかく、定期券一枚でどこにでも降りることができるのである。天神の次は福岡県庁前(元)で、ここで降りればアメリカ文化センターがあり、土居町では洋書の丸善も近かった。ところが大学生になると、室見橋から西新電停で[城南線]に入り、教養部のある六本松までの通学になった。その名の通り[城南線]は福岡城址の南側を通る、いわば地味な界隈を走った。そのせいか、保線の状況も今ひとつで、電車が少しスピードを上げると脱線するのではないかと恐怖を感じるほど右に左に揺れまくった。
しっかり読んで [48] 2025/06/20 Fri 10858
 
今朝7時のNHKニュースはいい感じでした。東京都議選の解説で女性の担当者がアナウンサーと向き合って話をしていました。その際、ファイルのバインダーのようなものを手に持って、それをしっかり読みながらレポートしていました。いつも目線がアナウンサーと合わず、どう見ても[カンペ]を読んでいるとしか思えない。もうそれが日常的になっています。わたしには、そうした[何も読んでいない風]を装うこと自身がフェイクではないかと思うわけです。レポーターは役者ではありません。しっかり情報に目をやりながら伝えることこそ真の姿というものです。
さらに続く メガネからバッテリーまで [47] 2025/06/20 Fri 10857 昨日 [45] の続き
 
さて、車がうんともすんとも言わないことから、自動車の保険会社に電話を入れました。そのサービスの良さを売りにしてテレビでもコマーシャルをしている某損保会社です。電話をすると、丁寧な声ですぐに対応するとのことでした。これは長丁場になりそうだと空港ビルに戻ってトイレを済ませました。すると、すでに「作業スタッフの手配が完了いたしました。到着予定時間18:07」とのショートメールが届いたのです。わたしとしては1時間以上はかかると覚悟していました。その後、作業担当者から電話があって、さらに20分ほど前倒しで着くというのです。
 もう40年ほど近いと思いますが、天草で車のキーを車内に置き忘れてJAFに頼んだことがありました。このときは担当者がバイクでやってきたのですが、どのくらいかかったかは憶えていません。
青春時代の家計(5) [46] 2025/06/20 Fri 10856 6月17日 [39] の続き
 
「収支予定表」の[支出]の4番目には[定期:540円]と記載されている。これは西鉄市内電車の学割の金額である。当時の市内電車は一律運賃だったが、高校時代は室見橋から福岡の中心である天神、映画館など密集し、大人にとっては歓楽街である中洲、老舗の並ぶ川端、さらに博多大丸があった呉服町などを含めた24の電停を含む路線を使っていた。これが一枚の定期券ですべて乗り降り自由なのだから、まさに値千金、プラチナ定期券だった。
 因みに、電車は[千代町]で降りて大抵は歩いて高校に行った。ただし、高校の正面に[福高校前]という電停があった。こちらは[千代町]で乗り換えるとその次だった。
まだ続く メガネからバッテリーまで [45] 2025/06/19 Thu 10855 昨日 [43] の続き
 
同じ駐車場で助手席が見えないままに車を離れてメガネを忘れてしまった。しかも、「室内灯を点けて確かめたら…」という心の声を無視したことが頭にこびりついていました。日頃から、「『うん?』と思ったら確認する」ことを人様にお話ししているわけです。そこで大いに反省し、今度は室内灯の元で『置き去り』のないことをしっかり確認したのでした。ここまでは、「失敗を活かす」「同じ失敗を繰り返さない」行動ができたのです。そして、「今度は大丈夫」と安心したことは言うまでもありません。
 しかしながら、人に[ミスやエラーを引き起こさせる]悪魔は、人間が[安心]するタイミングを虎視眈々と狙っているのです。何と言っても[安心]こそは人類のアキレス腱なのですから。
青春時代の家計(4) [44] 2025/06/19 Thu 10854 6月17日 [39] の続き
 
さて、「収支予定表」の3番目は[理髪:300円]である。今と違って理髪は同業組合が統一価格を決めていて、店休日もすべて月曜日だった。大学生だから[300円]は大人の公定価格だと思われる。わたしは高校生の時から室見にあった寮に住んでいた。通学は市内電車で、[室見橋]が最寄りの電停だった。そのすぐ前に床屋があり、ここが高校時代から[わたしの床屋さん]だった。
 はじめは坊主頭だったが、高校3年生の終盤で長髪になった。高校の生徒会で、学校に長髪を許可することを求める動きがあった。わたしは全校集会で、「高校までは坊主頭もいいもんだよ」と発言した。そのとき、すでに長髪にしていたかどうかの記憶はない。もし長髪だったら、何とも説得力のないものだったに違いない。それどころか、満場がブーイングであふれただろう。いやあふれたような記憶が[ないでもない]。
続々々 メガネからバッテリーまで [43] 2025/06/18 Wed 10853 昨日 [40] の続き
 
空港の駐車場で迷わず自分の車まで到達しキーを押すまでは絵に描いたように順調でした。ところが車のドアが無反応なのです。まずはキーの電池切れかもしれないと推測し、直接ドアにキーを入れて運転席に座りました。ところが、エンジンを始動するボタンも無反応なのです。おやおやと思い、いつも整備を依頼している自動車工場に電話しました。そこで、いくつかの手だけを教わりトライしました。しかし、それでも[うんともすんとも言わない]のでした。その結果、バッテリーが上がっているのではないかと言われてしまいました。その上で、「何か心当たりはありませんか」と聴かれました。このときはまる4日間止めていたのですが、そんなにバッテリーは危ういものだろうかと思ったわかけです。ただし、そう思いながら、「ひょっとすると」と「あること」が頭に浮かんできました。
誰も言わない [42] 2025/06/18 Wed 10852
 
毎年、ある時期になると米の[作況指数]なるものが報道されてきました。農相はこれが実態に合わないとして廃止すると宣言したのです。この指標、1956年から 70年間も続いていたのだそうです。それが実態を反映しないと言われれば苦笑いするしかありませんよね。その理由として、近年の気候変動などの影響を上げているようですが、それではいつごろまで[実態]と合っていたのでしょうか。
 そもそも作況指数は水田10アール当たりの出来具合で、作付け面積が減れば総量も減少するとのことです。その点が誤解されていたと農水省の担当者は言っているようです。自分たちが発する情報が[誤解されないようにする]ところまでが仕事ですよね。それに、農水省が昨年度は「101の平年並み」で生産量は足りていると言っていました。そうなると、当事者自身が[誤解していた]ことになりませんか。どんなことでも、おかしいと思ったら誰かが言ってほしいですよね。
 報道機関もお役所から出される数値だけを流すだけだったことになります。関係者の中に、「これって実態を反映してるのだろうか」と疑問を持つプロがいなかったのでしょうか。何と言っても70年もの間なんですからね。
4人の物語(101) [41] 2025/06/18 Wed 10851 6月11日 [25] の続き
 
Aが小学2年生の冬休み、1957年1月3日の絵日記 きょう大石からかえりました。そして、またもじに行って16分くらいでかえりました。かえり9日からはじまる7つの誓いをラドンといっしょにあるとかいてありましたので見たくなりました。おわり
 Aの母の実家があった大石(現うきは市)から門司に行き、16分で帰ったという。このときのAにはその事情は理解できていなかったに違いない。門司はAの父親の母親と兄が住んでいた。母親は自分の実家に年末年始に亘って滞在した。そこで、バランスをとるため新年の挨拶するため夫の実家にも顔を出したのである。Aは父親が自分の母親を大事にしていたことを憶えている。Aが成人して仕事で北九州に出かけることがあれば、「5分でもいいからおばあちゃんに会ってくれ」と言っていた。
続々 メガネからバッテリーまで [40] 2025/06/17 Tue 10850 昨日 [38] の続き
 
空港の駐車場で助手席にメガネを置き忘れた[事件]がわたしの行動に影響を与えたことは言うまでもありません。その次に空港駐車場を利用したときは、室内灯を点けてしっかり座席を確認したのです。これで大事なものを置き去りにすることはないと思った瞬間に嬉しくなったことを憶えています。
 さて、仕事を終えて熊本に帰ってきました。今回は3階に止めており、わが車のところへ近づいていきました。高齢者にとって、車を止めた階数だけでなく[どこに止めたか]を記憶していることが大事になります。その点で、わたしはまだ大丈夫だと確信したがっています。とにかくその場所に躊躇することなく歩いて行ったのです。そして、ドアを開けるために車のキーを押しました。
青春時代の家計(3) [39] 2025/06/17 Tue 10849 昨日 [37] の続き
 
1970年代前後は物価が上昇していたが、当時は賃上げのスピードもけっこうなもので値上げを十分にカバーしていた。わたしの「収支予定表」には、食費のほかに[牛乳:20円✕30=600円]の記載がある。
 その当時、牛乳は若者だけでなく国民にとってタンパク質やカルシウムを補給する栄養源だった。毎朝、寮の勝手口の外に置かれた[牛乳箱]に180mlのビンが入れてあった。牛乳屋さんが配達していたのである。寮生の中で牛乳を取っていたのはわたし一人だった。母親が牛乳を飲むことを勧めたからである。ともあれ、多くの家庭の玄関には牛乳瓶を入れる木箱が置かれていた。朝になると、この箱から牛乳を、郵便受けからは朝刊を取るのが日常的な光景だった。
続 メガネからバッテリーまで [38] 2025/06/16 Mon 10848 昨日 [36 ] の続き
 
バッグにメガネがない理由はすぐに思いつきました。車の助手席に置き去りにしてきたのです。空港まで運転する際に資料を見るためメガネも出したのでした。車を降りる際には資料と携帯は間違いなく元に戻したのですが、メガネに気付かなかったのです。駐車場は低いのか全体が暗く座席はよく見えません。このとき、わたしは自分が「ルームライトを付けた方がいいか」と一瞬ながら思ったことが頭に浮かびました。そうなんです、そうするだけでメガネが助手席に残っていることがわかったのです。
 羽田からの京急でクレジットカードを使った際は「うん?」と思って、改札で確認しました。これは先月5月号でご紹介しました(24日)。メガネの件では、この「うん?」のリスク管理がなされていなかったのです。なんともいけません。
青春時代の家計(2) [37] 2025/06/16 Mon 10847 昨日 [35] の続き
 
わたしが大学2年生時の「収支予定表」によれば、最初の項目は[食費]である。その内訳は[朝食:45円×30=1,350円][昼食:90円×30=2,700円][夕食:100円×30=3,000円]となり、[合計:7,050円]である。これを見て、生協の朝食が45円だったことを思い出した。昼食も生協で摂ったが、入学時の1967年は[80円]で、翌年[90円]に値上げされていた。ついでながら、[毎月29日]は[にく]の日で、[特性豚カツ]が100円で提供された。いつもは[紙と紙一重の差しかない豚カツ]の肉が少なくとも衣よりは厚かった。
 わが国が右肩上がりの経済成長を遂げていた1960年代後半は物価もドンドン上がっていた。
メガネからバッテリーまで [36] 2025/06/15 Sun 10846 昨日 [17] の続き
 
今年初めのころのことでした。空港までは車で行きます。この数年ですが、飛行機と会う時刻にタクシーを呼ぼうとしても断られる事態が続きました。その中には3日前に電話してもアウトになったこともあります。タクシー会社は熊本に来たから40年以上の予約してきたところです。その他のところに電話してもまずは断れれるわけです。そんなことで、空港は自分で運転することが定着しました。
 空港の駐車場は立体になっていますが、全体が暗く車内ははっきり見えません。そんなある日のことです。いつも早めに移動して手荷物検査場を通り、ラウンジで仕事をすることが習慣になっています。そこで、バッグからPCを取り出し、次はメガネになります。わたしは机上で仕事をするとき以外はメガネはいりません。それは、まことにありがたいことですが、そのメガネが見当たらないのです。
青春時代の家計(1) [35] 2025/06/15 Sun 10845
 
わたしが大学2年生のときの[家計簿]が出てきた。高校2年生から福岡で下宿をはじめたとき、母親から「家計簿をつけなさい」と言われていた。それは経済的な問題だけでなく、生活そのものを律する基本的な情報だったからである。それまでも、子どもながらに、いわゆる[小遣い帳]なるものはつけていた。
 その[家計簿]に、「収支予定表」がはさまれていた。それによれば、収入は親からの送金が10,000円と奨学金の8,000円で合わせて18,000円である。当時、学生が1ヶ月生活するために必要な平均額は15,000円だった。その点で、わたしは両親からの送金を10,000円に抑えていたので、[親孝行(?)]の部類に入っていた。それは奨学金の8,000円のおかげである。この奨学金は高校3年生のときに募集があった。担任の花谷先生が受けてみないかと声をかけてくださった。試験に通れば、大学4年間の奨学金が確定するという。ただし、翌年大学生にならなければ「なかったことにする」というものだった。大学に入学してから受ける奨学金が3,500円だったから、8,000円の重さがわかる。
日記の中の母(73) [34] 2025/06/15 Sun 10844 昨日 [17] の続き
 
1973年10月27日土曜日の日記は終わらない。医師の説明が説得力に欠けるからだ。
 母の傷口が塞がらず、食べたはずの米粒がそのまま出てくることを訴えても、MS医師は「食べないから肉がつかない」と答えてきた。それはそうかもしれない。しかし、胃をすべて切った上に手術時に「針の先ほどの穴」を開けていたために腹膜炎を起こしたのである。そんな状態でまともに食べられるはずもない。事実、母は食べる努力をした。家族も無理やりと言えるほど食事を口に持って行った。しかし、その結果は吐き上げるばかりだった。そうした状況を家族として再三再四訴えた。これに対して点滴1本で終わっていたのだから、今から思えば、無理な話だった。
平成以降? [33] 2025/06/14 Sat 10843 昨日 [31] の続き
 
昨日朝は名古屋のホテルにいました。都議選のNHKニュースはそこで見たわけです。それから熊本へ帰ってきました。そして6時にはNHK第一放送の[Nらじ ニュースのしゃべり場]を聴いていました。当然のことながら都議選がトップに取り上げられました。まずは、多く候補者が届け出をしたことから話がはじまります。今度は朝と違って「平成以来最多」となりました。みなさん、これで「ああ、何年ぶりなんだあ」とすぐにおわかりになりますか。また、「平成が31年まで」とはっきり記憶されていますか。手帳を見ると、平成は1989年から始まっています。そこで、引き算をすると今年で37年目になることがわかります。「平成は31年で令和になりましたから、この間37年になりますね」と説明することはできないのでしょうかね。
[スーダラ節]考(4) [32] 2025/06/14 Sat 10842 昨日 [30] の続き
 
[スーダラ節]の3番
 一目見た娘にたちまちホレて よせばいいのに すぐ手を出して
 ダマしたつもりがチョイとだまされた 俺がそんなにもてる訳ゃないよ
 分かっちゃいるけど やめられねぇ
 アホレ スイスイスーダララッタ…。
 やれやれですね。おそらく、お金を貢いでそれっきりということでしょう。若いころ、飲み屋さんに通い詰めていた友人がいました。彼は男前でプロの女性にもてたようでした。その後のことは聴いていませんが、けっこう巻き上がられたなんて[噂話]はわたしの方にも流れて来ました。騙したり、騙されたりしたのでしょうかね。
 ところで、[スーダラ節]は作詞:青島幸男、作曲: 萩原哲晶のコンビです。
昭和44年? [31] 2025/06/13 Fri 10841
 
みなさん、[あること]が昭和44年以来最高だそうです。ここで、「うわーっ、□□年も前じゃないかあ」とのけぞる方はどのくらいいらっしゃいますか。
 今日の朝7時のNHKニュースで「都議選の立候補者が昭和44年以来多い」のだそうです。ここでどうして[1969年]という西暦を使わないのでしょう。その一方で、画面には「都議選2025]と表示されているのですから苦笑します。
 そもそもNHKはニュースで長いこと元号を使っていました。さすがに最近は西暦表示が目立つようになっていたのですが…。
 ところで、ニュース原稿を書いている人たちは「昭和生まれなのかしら」「昭和44年が何年前か即わかるのかしら」と余計なことを考えてしまいます。これを読むアナウンサーたちはおわかりなのでしょうか。「これって、見てる人が、どのくらい前のことかわかるますかね」といった議論はなされていないのでしょうか。
[スーダラ節]考(3) [30] 2025/06/13 Fri 10840 昨日 [28] の続き
 
[スーダラ節」の2番
 ねらった大穴 見事にはずれ 頭かっと来て 最終レース
 気がつきゃ ボーナスァ すっからかんのカラカラ 馬で金もうけした奴あないよ
 分かっちゃいるけど やめられねぇ
 アホレ スイスイ スーダララッタ…
 ここは[馬]だから公営ギャンブルにボーナスをつぎ込んだサラリーマンの悲劇というか、ある意味では喜劇が描かれるわけです。家族がいれば悲劇の度合いは計り知れません。そもそもギャンブルは[馬]に限らず「金儲け」にはならないのです。そりゃあ、宝くじだって投資した以上にゲットする者だっていますよ。でも、それは自分が筋トレして大谷選手になれる確率とどっちが高いのでしょうねえ…。
想像力欠如だけでない [29] 2025/06/12 Thu 10839
 
組織における安全管理の問題は、「想像力の欠如」が原因だと推測されることが多い。事故やトラブルが発生する前に潜在的なリスクを想定し、適切な対策を講じることが重要である。しかし、現実には「想像力の欠如」だけでは説明できないことがしばしば発生している。だれもがある行為を続けること、あるいはいないままでいることがどのような結果を導くかはわかっている。それがわからない人たちで構成されている組織は、そもそも存在しえないか、すくなくとも長続きしない。それでも、みんなが問題行動を止めない状況もあり得るのである。
[スーダラ節]考(2) [28] 2025/06/12 Thu 10838 昨日 [27] の続き
 
クレージーキャッツが世に出た[スーダラ節]は、サラリーマンを笑いのターゲットにしたものです。それはsれは超自虐ソングでした。
 飲み始めはいつも「チョイト一杯のつもり」ですが、そのうち「ハシゴ酒」へと移ります。それも「いつの間にやら」と自分でも気付かないと言うのです。いやいやそんなこともないでしょう。なぜなら、「わかっちゃいるけどやめららない」のですから。その結末は変えるつもりでやってきた駅のホームにある「ベンチでゴロ寝」ときます。運が悪いと、ここで財布を取られる被害に遭遇することだってあるのです。毛管がエルメでもなく「これじゃ身体にいいわきゃない」のです。
 しかしながら、人間様は「分かっちゃいるけどやめられねぇ」と嘆くことを繰り返すのです。「わかっていて」もそれが「止められない」あるいは「できない」のは[チョイと一杯]だけに限ったことではありません。世の中で起きる組織の不祥事なども、その大半が[わかっちゃいるけど症候群]に含まれるのです。
昭和の唄読み解き[スーダラ節](1) [27] 2025/06/11 Wed 10837
 
昭和の時代に一世風靡した[クレージーキャッツ]の唄は傑作にあふれています。その多くが青島幸男が作詞したもので、とにかく、人を食っているというか、世の中を皮肉りまくるのです。人間「自分の弱味」を直に突っ込まれると怒ることもあります。しかし、おもしろおかしく唄われると、笑ってしまうのです。[スーダラ節]は、[クレージーキャッツ]の名前を全国区にした超名(迷)作でした。
 チョイト一杯のつもりで飲んで いつの間にやら ハシゴ酒
 気がつきゃホームのベンチでゴロ寝 これじゃ身体にいいわきゃないよ
 分かっちゃいるけど やめられねぇ
 アホレ スイスイ スーダララッタ スラスラスイスイスイ
 スイスイ スーダララッタ スラスラスイスイスイ スイスイ スーダララッタ スラスラ スイスイスイ
 スイスイ スーダララッタ スーダララッタ スイスイ
 「スイスイ」以下は、舞台の上で全員が騒ぎまくるという流れです。とくに意味はなさそうですが、とにもかくにもく調子がいいのです。
続々「恐怖のミイラ」 [26] 2025/06/11 Wed 10836 昨日 [24] の続き
 
おそらくは高視聴率を取った「怪傑ハリマオ」も終わり、その後の番組が「恐怖のミイラ」でした。これはミイラが動き回っていろんなことをするストーリーだったのでしょう。そもそも自宅にテレビがないのですから、ほとんど観た記憶がありません。「怪傑ハリマオ」にしても、食堂などで観たわけで、子どものわたしがどのくらいストーリーを追えたのか、怪しいところです。自宅にテレビがある超裕福な家の子たちだけが、「昨日はどうだった、こうだった」と楽しそうに話していることもありました。
 それはそうと、テレビのミイラは措くとして、本物のミイラは人間と違って犯罪を犯しませんし、ミスだってしません。人間がミスをするのは生きている間だけです。これを逆から言えば、わたしたちは「生きているからミスをする」のです。
4人の物語(100) [25] 2025/06/11 Wed 10835 6月4日 [09] の続き
 
Aが小学2年生の冬休み、1957年1月2日の絵日記 きょうかえるつもりでしたけれども、「二日の方がいそがしいから。」というのでぼくもてつだって、かえらないことにしました。夜は「ねこ」といっしょに初ゆめのようにねました。ねこは「グー、グー、グー。」ときもとよさそうにねていました。
 Aの母親の実家に帰省中のことである。誰が「いそがしいから」と言ったのかは不明だが、おそらく雑貨商だった叔父だろう。Aは祖父が[ジョン]と言う名前のイヌを飼っていたことは記憶しているが、ねこはまったく憶えていない。
続「恐怖のミイラ」 [24] 2025/06/10 Tue 10834 昨日 [17] の続き
 
「怪傑ハリマオ」は仁丹の提供でした。わたしが小学生のころ仁丹に「自動車ガム」なるものがありました。おそらく4枚入りだったと思いますが、その1枚がガムではなく自動車の写真が載ったカードでした。トヨペットやダットサンといった国産車もありましたが、外国車のカードが出ると子どもたちは大喜びでした。1950年代から60年代前半のことです。まだ日本車が海外から評価されるなど夢ですらあり得なかった時代でした。わたし自身は[仁丹]とのご縁がなくなって久しいのですが、その当時は仁丹製の体温計もありました。今では考えられませんが、それは水銀で熱を測るものでした。
正解あり過ぎ!? [23] 2025/06/10 Tue 10833
 
ある健康番組によれば、「暑熱順化」で熱中症に対処することが大事だそうです。そのための対策の一つが入浴で発汗することだと言うのです。番組に出演した専門家は「41度の湯に10分間、2週間浸かる」ことを勧めていました。これを聴いた瞬間に苦笑を超えて大笑いしました。わたしなんぞは41度でヒリヒリ感にあふれ、3分でも浸かっているとめまいが起きそうです。そもそも一風呂フルコースでも20分未満でさっぱりしています。ここで専門家のアドバイスを聞いていたら、心臓に悪いですよね。さらに、もう一つ「味覚性発汗」というものがあり、辛いものを摂ることもいいそうです。これで2回目の爆笑となりました。健康番組では「香辛料は控え目に」が定番ですよね。
 これって、「善は急げ」対「急がば回れ」のことわざと似てませんか。つい、「どっちなんかい」と言いたくなります。そうそう、「石の上にも3年」というめったやたらと気の長いお勧めもありますね。
若者のネット行動 [22] 2025/06/09 Mon 10832
 
愛知県で女子高校生が殺害された。本件は読売新聞4月3日の記事による。東京在住の生徒は、母親に「ネットゲームで知り合った人の家に泊まりに行く」と話したという。その後、連絡が取れなくなった母親が行方不明届を警視庁に提出した。容疑者自宅のクローゼットに遺体があった。容疑者は「ネットゲームのことで口論になって刺した」と供述している。女子高生の友人の話では「オンラインゲームが好きで、みんなを誘っていた。オンラインゲームで知り合った友だちと仲良くしていて、『もしかしたら会うかもしれない』と話していた」という。
 自分の子どもから「ネットゲームで知り合った人の家に泊まりに行く」と言われて、了解する親がいるのだと驚いてしまう。記事の情報だけでは、それがスンナリのなのか言い合いをした結果なのかはわからない。
 子どもたちは、中学校の時からネットの危険性について授業で学んでいる。それでも、新幹線を使う距離に住んでいる見知らぬ人物のところへ出かけるのである。これもまた驚くほかはない。
「恐怖のミイラ」 [21] 2025/06/09 Mon 10831
 
わたしが子どものころ、「恐怖のミイラ」というテレビドラマがありました。その前が「怪傑ハリマオ」で、これは今風に言えば、高視聴率を維持して最終回を迎えたに違いありません。そのスポンサーが仁丹で、カラー作品だったことも記憶の片隅にあります。こう書くとわたし自身が毎回テレビの前にいたと思われるかもしれません。じつは、そのころわが家にテレビはありませんでした。より正確には友だちの家でもテレビがあったのは一握りというか、2、3人だったでしょう。団塊の世代で1学級が60人を超えるほどの人数でしたから、その希少ぶりがおわかりでしょう。
虫食い方式(20) [20] 2025/06/08 Sun 10830 昨日 [17] の続き
 
その後、「虫食い」の部分をできるだけ狭めていきました。このことで、受講者の方々が書き込む文字数が減少したわけです。対面であれば、全体として「穴埋め」状況を確かめることができます。現時点では、ある程度の絞り込みができたと考えています。ただ、リモートの場合は、どのくらい書き込まれたが把握しづらいため、該当する箇所は、わたしも手書きで書きながらペースを合わせるようにしています。
 ところで、わたしの資料はA4用紙に2枚のスライドを配置しています。これで[虫食い]のスペースにすんなり書き込むことができます。一般的にA4用紙にかなりの数のスライドを入れ込んでいるケースも見かけます。わたしとしては、提示するスライドを必要最小限に絞りながら、1枚1枚はしっかり大きくすることを基本にしています。
祖父からの手紙(20) [19] 2025/06/08 Sun 10829 4月29日 [75] の続き
 
わたしが祖父に送っていた手書きの「伊万里ニュース」が届かなかったことから、わたしの健康を心配する手紙が届いた。
 もし病気でなかったら、何と言っても学校が第一だから無理につづけていただきたいとは申しませんけれど、ニュースの形でなくても時々皆揃って少しづつでも寄せ書きしてもよし、お便りをください。おじいちゃんはさびしいです。お知らせを待っています。 道雄様 9月16日朝10時 
 中学生になったわたしの便りを楽しみにしていたことが十二分に伝わってくる。このときの祖父は67歳で、わたしよりはるかに若い。ただし、今から半世紀以上も昔のことで、今なら立派な高齢者だっただろう。わたし自身がこの手紙にどう答えたのかはわからない。
日記の中の母(72) [18] 2025/06/08 Sun 10828 6月1日 [01] の続き
 
1973年10月27日土曜日 この日の日記はまだ続く。MS医師の説明である。
 母の目が左上を向いて固定している。これについて「糖が低減した場合は、糖を入れれば回復する。また、これほど頑固ではない。左の肺炎も同じことで考えられない。これほど頑固で目が左上を向いているのは、まず脳溢血だが、これは血圧から考えにくい。つまりは、脳血栓かガンの脳への転移、これがもっとも考えやすい。いずれにしても、この頑固さは右脳に問題がある」とM医師は語った。
 それまで、回復しないのは「食べないから」という主張で一貫していた。食べた米粒が傷口からそのまま出ていたことを訴えても、「食べないから傷口が塞がらない」などと言い続けてきた。
 母は手術から2ヶ月半の間、立ち上がることもできない状態から一歩も進まなかった。こうした状況の中で行われた医師の説明である。日記からはしれが単なる言い訳としか聞こえなかったことが伝わってくる。
虫食い方式(19) [17] 2025/06/07 Sat 10827 昨日 [15] の続き
 
いつものことながら、大いなる脇道を通りながら、わたしが研修で使う資料を[虫食い]あるいは[穴埋め]方式にしている理由はお伝えできたと思います。
 その上で、これも進化し続けていることをお報せしておきましょう。この方式を導入した当初はとにかく[虫食い]づくりに熱中しました。その結果、資料のスライドに[虫食い]があふれることになりました。その弊害は直ちに現れてきます。わたしが話をすることで、受講者の皆様に[虫食い]部分をせっせと埋めていただくのですが、これが忙しくなりすぎたのです。わたしは、あれやこれやとお話ししたがる性癖があります。それがしゃべりつづけるのでは、[参画]などどこかへ吹き飛んでしまうのです。
個とシステム(3) [16] 2025/06/07 Sat 10826 昨日 [14] の続き
 
「大脳細胞と行動」、「個人と組織」の類似性は現実の場面でもはっきり見ることができます。たとえば、世界にかつて実在した、あるいは現に実在している「東西」「南北」問題はその典型的なものでしょう。これらの国々や地域では、それを構成する人々の人間的資質に変わりはありません。それにもかかわらずアウトプットは様々な側面で異なっています。もっと正確に言えば無視できない大きな差があるのです。とりわけ経済的な格差は深刻なケースが少なくありません。その原因が構成員の資質ではないことは言うまでもありません。
虫食い方式(18) [15] 2025/06/06 Fri 10825 昨日 [13] の続き
 
世の中は[主役]だけでは始まりません。映画などでも[脇役]の存在が必要不可欠です。また、[その他大勢]の人たちもなくてはならない存在です。この「なくてはならない感」が大事です。そうした思いがあれば、「みんなが主役」ということになりますね。
 そんな発想から、授業でも学生に[参画]してもらおうと考えました。その対応策の一つとしが、わたしは[穴埋め]、ご質問では[虫食い]方式を採用することにしたのです。それは大学での講義にはじまりましたが、間を置かずに研修や講演で使用する資料に取り込んでいきました。それは、[参画]をキーワードにしているわたしとしては、当然の流れだったのです。
個とシステム(3) [14] 2025/06/06 Fri 10824 6月2日 [06] の続き
 極悪非道な人間が亡くなって、その大脳を解剖しても、脳細胞一つひとつは誰のものとも変わらないのです。少なくとも、現在の科学の知見では、歴史に残る善人の脳細胞との区別はできないでしょう。脳に限らず、個々の細胞は与えられた役割を果たしるだけのことです。その上で、それらが集合して大脳のシステムになるととんでもないことをしでかすことがあるわけです。その中には「トンでもなく素晴らしい」ことも含まれます。
 わたしには、これと同じことが組織を構成する細胞にも当てはまると思えるのです。個々の構成員が与えられた仕事に勤しんでいても、組織全体ではとんでもない事態が起こり得るわけです。組織と個人の行動を考える際にはこうした視点が欠かせないのです。
 ともあれ、構成員の個々の能力や一生懸命さとシステム全体のアウトプットは一致するとは限りません。
虫食い方式(17) [13] 2025/06/05 Thu 10823 昨日 [10] の続き
 
さて、[参加]は、その場に「いる」ことは事実ですが、それだけのことです。たしかに「加わって」いますから[人数]としてはカウントされます。しかし、「それだけ」であれば、「枯れ木も山の賑わい要員」になる可能性もあります。この世には「参加することに意義あり」というものもあります。わたちはそれを否定するつもりはありません。ただ、仕事をするにしても、遊びに熱中するときでも、「自分が生きている、活きている感」があれば楽しさも、愉しさもあふれますよね。そして、それは自分が主役として場の中心にいることを意味しているわけではありません。
個とシステム(2) [12] 2025/06/05 Thu 10822 昨日 [11] の続き
 
大脳細胞を観察すれば生来の聖人や善人と極悪非道の犯罪人を見分けることができる。現代の科学レベルでそんなことが可能であるはずがありません。これから先のことはわかりませんが、そんなことは心情的にずっと不可能であってほしいものです。それに、そんな状況になったときは、人間の行動が予測されることになります。そうなれば、今わたしたちが付き合っている動物が持っている自由度すら保証されなくなるでしょう。それは、人間が単なる生物体に成り下がることを意味しています。
 先日、テレビでアインシュタインの大脳が本人の意志に反して取り出されたという番組がありました。また、夏目漱石の大脳は東大に保存されています。それで何かがどのくらいわかったのでしょうね。
個とシステム(1) [11] 2025/06/04 Wed 10821
 
机の上に、亡くなった2人の人物の大脳細胞を高精度の顕微鏡を通して撮った写真が置かれています。その1枚は極悪非道で、世の中を震撼させた犯罪者のものです。もう1枚は、だれからも尊敬された歴史に残る偉大な人物のものです。
 いま、この細胞を採取した大脳生理学の専門家が解説をはじめました。「みなさん、ここに提示した2つの細胞は、一見して違いのあることがおわかりでしょう」。専門家は周りの人たちの反応をうかがいながら続けます。話を聴いている人たちの表情には、「ひょっとしたら、相違点はこれかなあ」という雰囲気が感じられます、それを確認した研究者は続けます。「そうなんです。こちらにはあちこちに赤い斑点のように見える細胞がありますね。まるで悪魔のようでしょう。これが信じがたいことをしでかした極悪人の細胞であることが一目瞭然ですね」。そして、もう一つの細胞の美しさをその所有主であった素晴らしい人物と結びつけたことは言うまでもありません。
虫食い方式(16) [10] 2025/06/04 Wed 10820 6月2日 [06] の続き
 
わたしの学生体験から、教員が一方的に情報を流すだけではおもしろくないということは明らかでした。それならプリントをわたすか文献を紹介すればいいのです。それでは授業ではないでしょう。そんなことで、自分が教員になったときは[参画]を意識したのです。また、それ以前に経験することができた造船所の事故防止プロジェクトからも[参画]の重要性が頭に残っていました。
 ところで、わたしは[参加]と[参画]の違いにもこだわってきました。もちろん、[参加]ではなく[参画]を徹底的に重視するわけです。これについては本コラムでも取り上げたことがあります。
4人の物語(99) [09] 2025/06/04 Wed 10819 5月23日 [82] の続き
 
Aが叔父から買ってもらった「カルタ」から、力道山の思い出話に広がっていた。ここでAが小学校2年生のときに書いた絵日記に戻ろう。
 1957年1月1日 きょうたこを上げました。よく上がり風がつおいので、ものすごく上がりました。おじいちゃんとお母さんが「しっぽをながくしてごらん」といいましたので、ながくすると、もっともっとさっきより大へん高く上がりました。しっかり走る自分と糸で繫がった凧の絵が描かれている。それは奴凧だったかもしれないとAは思った。
冗談と大統領 [08] 2025/06/03 Tue 10818
 
彼の国の大統領によれば、選挙前に「自分だったら[現在進行中のあの戦争]を24時間で終わらせる」と言ったのは「冗談だった」とのことです。それを聞くと、当選後の[様々な大統領令]もすべて[冗談]っぽいと思えてきます。それにしても、ジョークで政治をやられてはかないません。
 そう言えば[トランプ]にも[ジョーカー]がいます。それは、「最後の切り札」「番狂わせの一手」という意味だそうです。まあ、[最後の切り札]にしては[朝令暮改][コロコロ変わり]で、本当の[最後]はご本人もおわかりでなさそうです。もう一つの「番狂わせ」感はあり過ぎでしょう。ただし、[一手]どころか、今後も含めれば数百手の[ギネス認定]も夢ではなさそうですよね。ともあれ、[トランプ]の[ジョーカー]は[冗談]のために用意されたものではないと思うのですが…。
USスチール [07] 2025/06/03 Tue 10817
 
“Beating Japan(1993)”に次のような記載があります。
 日本は1986年から1991年にかけて760億ドルの不動産投資をしている。しかし、その後、不動産価格は少なくとも20から30%下落することになった。ある日本の投資家が1990年にカリフォルニアのゴルフクラブを8億4100万ドルで購入した。ところがその17ヶ月後には5億ドルで売却した。
 同じ時期の1989年、三菱地所がニューヨークマンハッタンのロックフェラーセンターを所有する会社の株51%を取得した。も買収し、アメリカ人の不興を買った。その後は不動産価格の低下で元の木阿弥に終わている。
 日本製鐵の買収話ですが、国際金融など、まったくのド素人ながら、わたしの頭には前世紀の悪夢的情報が蘇るのです。
虫食い方式(15) [06] 2025/06/02 Mon 10816 5月31日 [90] の続き
 
わたしの体には[参画]が染みついています。わたしが学生のころです。正直なところおもしろくない授業がありました。その内容に興味がなかったのではなく、教員が一方的に情報を提供するばかりだったからです。また、「うん十年?」も同じ資料を使う教師もいました。もう時効だと思いますから科目名を挙げておくと、それは「人文地理学」でした。その先生の講義について記したボロボロのノートが何代にも亘って(?)引き継がれていたのです。何とも懐かしい思い出ですが、今から半世紀ほど前の大学は、そんなとんでもない授業が存在していました。この話題を書きながら科目名も先生の名前も、はたまた容貌と授業の様子まで思い出すのです。新入生にとって、その衝撃の強烈さがおわかりでしょう。
昭和の唄[読み解き](23) [05] 2025/06/02 Mon 10815 5月25日 [73] の続き
 
最高裁が賭博を違法とする理由を挙げたのは1950年でした。それから75年、賭博に関わる状況は激変しました。いまでは、ネットを通じた賭博、今風ではギャンブルが大問題になっています。それだけでも海外に流れ出たお金は相当なもののようです。ギャンブルに夢中になれば仕事も、そして家族をも忘れることでしょう。わが国の経済にとっても、みすみす円が流出するのですから大変なことです。とにもかくにも、事態はまずい方向に向かっているのです。
錫蘭の花? [04] 2025/06/02 Mon 10814
 
植物の名前も詳しくないのですが、写真はわが家のベランダで6月に撮ったものです。Googleレンズで検索すると、「セイロンベンケイ」とおう名前のようです。カタカナと並べて[錫蘭弁慶]と記されています。セイロンの漢字表記が[錫蘭]だとは、後期高齢者になって初めて知りました。わたしたちが子どものころは[セイロン]でしたが、その後[スリランカ]に変更されています。それはそうとして、葉の先に大きな特徴があり、その特徴を出したくて接写したのでした。
ああ、やめられない [03] 2025/06/01 Sun 10813
 
少し前のことになります。わたしの研修をお受けになった方とお話しする機会がありました。その研修はおそらく15年ほど前になると思います。その方が研修で今でも印象に残っていることがあると言われたのです。それは「相手を褒めるときは、重箱の隅に残った米粒の裏まで覗いて褒めましょう。その一方で、叱るときは重箱の蓋がわれたときにしましょう」といフレーズでした。わたしと言えば、ずっと長いことこのネタは倉庫に入れたままです。それにしても、自分が発したワンフレーズを記憶に留めていただいているのですから、感動する他はありません。こうしたことがあるので、わたしはこの仕事を止められないままでいるのです。はい。
6月の空 [02] 2025/06/01 Sun 10812
 
6月は梅雨の季節、紫陽花が似合います。昔は、葉の上をカタツムリがゆっくりと歩いていました。でんでん虫のお家は雨に打たれると汚れが流されてきれいになる。それを、ビルのタイルに取り入れたというお話しもあります。何億年もの適応を繰り返しながら達成したノウハウです。人間が学ばない手はありません。そんな雨の日も雲の上にまで昇れば青と白の世界です。それにしても、6月というのに真夏の雲に見えます。これも気候変動の影響でしょうか。
日記の中の母(71) [01] 2025/06/01 Sun 10811 5月25日 [73] の続き
 瞳孔の開いた母はのどにつまる痰と闘いながら、かすかな息をしている。その呼吸も止まりがちである。どこかをにらみつけるようなまなざしの母の毛布の上でこの日記を書いている。本当にいい人だった。日曜日の夜、家に帰る時、テレビを見ている母に熱があったので「もう寝なさい」と言ったら、母は「これが終ってから寝る」といって、NHKのてんぷくトリオが出ている番組をみていた。あのとき、母は少しでも心から笑えただろうか。それが、人間として母として会話を交わした最後の母であった。あまりにもひどい。こんないい母が。その時、私の誕生祝もできなかったとあやまっていた。(PM.7.14)
 これは1973年10月27日土曜日の日記。医師Mがミスを認めた日のことである。