味な話の素  No.261 2025年02月号(10501-10570) Since 2003/04/29

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さよならダイエー [70] 2024/02/28 Fri 10570
 本日28日19時をもって、[わが家のダイエー]が閉店します。わたしたちが鹿児島から熊本に来たのは1979年10月のことです。そして、ダイエーは満を持して1980年4月にオープンしたのです。それから45年、[ダイエー]はわが家のお店になりました。
 前世紀の絶頂期には家電や自転車も含めて、いわゆる[ダイエー]として賑わっていました。カリスマ社長の中内氏が福岡にドームを建てるなど、[ダイエーは永久に不滅です]感にあふれていました。しかし、世の中は変わります。ダイエーがどん底に沈み、イオンに営業権を渡し、その名前もなくなりました。それでも、わが家では「ダイエーに行ってくる」「ダイエーで買ってきた」といった会話が交わされ続けてきました。
 閉店は老朽化によるもので再開発が予定されているということです。それはともあれ、[ダイエー]が復活することはありません。お世話になりました[ダイエー]、ありがとう[ダイエー]、さよなら[ダイエー]。
続々々「わたしは貝になりたい」 [69] 2024/02/28 Fri 10569 2月26日 [65] の続き
 ネットでTBSの「わたしは貝になりたい」の情報を見て驚きました。その放送が1958年10月21日まではいいとして、放送されたのが22時から23時40分までだったというのです。そのころわが家にテレビがなかったことは当然です。そこで、わたしはそれを観たのは、電気屋さんか食堂、あるいは床屋さんかもしれないと思っていました。しかし、この時間ではあり得ません。そもそもわたしは10歳の小学生です。それでは、わたしが[観た]というのは記憶違いだったのでしょうか。
 さらに情報を探すと、翌1959年に劇場映画化されていることがわかりました。そうだったのです。わたしがテレビだったと思っていたのは、映画館で観たものと勘違いしていたのでしょう。当時は映画の全盛期で、わが家もしっかり通っていました。
 ともあれ、そんなことからWOWOWで同名の映画を観たいと思った理由でした。
自分は[無知]の自覚 [68] 2024/02/27 Thu 10568 2月19日 [46] の続き
 [禅問答]が本当にどんなものなのかは知りません。本コラムの16日に、「「[ない]ものが[ある]」かどうかは興味深い問いですよね」と書きました。これに直接関連してはいませんが、ギリシャの哲学者ソクラテスさんが「無知の知」と言ったことは高校生のころに聴いた憶えがあります。自分は「自分が何も知らないことを知っている」ということです。ギリシャ後は知りませんが、英語では“I know that I don't know anything.”なんですね。
 これも天の邪鬼的には「自分が何も知らないことがどうしてわかるのかい」と言ってしまいそうです。同じ人物の「汝自身を知れ」も有名な一言です。
 まあ、歴史上の偉人にいちゃもんを付けても笑われるだけでしょう。いずれの言もわれわれが考え、行動するに当たって重要な真実を含んでいると思います。
悲惨な二期目(3) [67] 2024/02/27 Thu 10567 2月23日 [58] の続き
 二期目で業績を上げた大統領が少ない中の一人である、レーガン氏は[所得税の背番号制]導入に加えて、ソ連と兵器制限条約を結んだ]ことが挙げられています。外国人には[背番号制]の評価はできませんが、当時のソビエト連邦ゴルバチョフ書記長と対話にこぎ着けたことは、世界中の注目を浴びました。
 レーガン氏は大統領就任後はソ連を悪の帝国と呼んでいました。そうした流れの中での[兵器制限条約]ですから、まさに二期目の大成果というべきでしょうか。もちろん、当時のソ連の状況と、その中で登場したゴルバチョフという、少なくとも当時のソ連としては自由と情報公開に価値を置く人物の存在を無視するわけにはいきません。歴史的な展開も[偶然]が伴うことは自然のことです。
[理科]の教科書の話 [66] 2024/02/27 Thu 10566 2月24日 [59] の続き
 理科もいろいろありですね。東京書籍は版型に少し違和感があると思いますね。地震のPS波についてはプライマリー、セカンダリーの説明があります。 
 学校図書は「トリセツ」という説明から入ってるところが現代風で中学生も取っつきやすいでしょう。また本文でも対話型のQ & Aが子どもたちに親しみやすい感じがします。ただし、PS波の説明が入っていません。
 教育出版のメインテーマは「自然の探求」で、表紙もこれに徹しています。
 大日本図書の場合は「理科の世界」と純朴です。
 それから啓林館は「未来へひろがるサイエンス」です。日的な「共生」「知的財産」なども入っているところがいいですね。
続々「わたしは貝になりたい」 [65] 2024/02/26 Wed 10565 昨日 [62] の続き
 戦争中、自分たちですら食べるものに困っている状況で、とにもかくにも食べられるものとして敵兵に[ゴボウ]を与えたのに、それが犯罪の証の一つになったのです。何とも理不尽なことだと思ったのでした。それが65年以上も前の記憶です。そんなことで、N氏が主演したリメイク版でも[ゴボウ]の話が出ると予想していました。しかし、その言及はありませんでした。
 ところで、オリジナル版は1958年10月31日にTBSで放映されたものです。それは放送技術的に画期的なものでした。アメリカから輸入した最新鋭のビデオと生で役者が演技するものを合体させたというのです。そんなことから、両者の繋がりというか、ある種の迫力に差が出たようです。やはりビデオの方がそれらしかったのでしょう。テレビが普及していない時代、一般の視聴者がそんなところまで気づくはずもありません。
4人の物語(86) [64] 2024/02/26 Wed 10564 2月19日 [46] の続き
 Aが小学2年生の夏休み、1956年8月25日土曜日の絵日記 きょうふろにはいりました。そのふろはきもちがいいでした。ふろで□□(妹)ちゃんがこっくりとねむりましたので、はやくあがってかがさすのでねせてまたゆっくりはいりました。
 絵には母親と3人で風呂に入っている様子が描かれている。それは木製の浴槽で煙突と風呂釜から炎が飛び出ている。その当時、自宅に風呂がある家は少なかった。そこで多くは家族揃って銭湯に出かけていた。ときおり、風呂がある家に呼ばれて「もらい湯」にあずかることもあった。日記の流れなどから、このときはA宅にも風呂が設置されていたと思われる。
 この日記を見て、Aの頭に「もらい湯」とともに、Kさんの名前が蘇った。父親が国鉄の職員だったことも記憶に残っている。視覚のキーで人名倉庫のドアが開いた。
[図書館]で苦笑 [63] 2024/02/25 Tue 10563
 “Do you know I've stopped reading in the lavatory? I kept feeling it was an insult to the writer.”( Arnold Wesker: The Friends) これは、ある英語の本に載っていた例文です。わたしは、それを[図書館]で読んでいたのですが、この一文に遭遇して笑ってしまいました。「わたしがトイレで本を読むのを止めたって知ってる? それって著者に対して失礼だとずっと思っていたんだよね」。
 いやはや、わたしがこれを読んだのは、わが家の[トイレ図書館(室)]で座っているときだったのです。わたしも、生きている空間はいずこであっても[聖なる空間]とまでは申しません。日本語では[個室]と呼ぶこともある、[トイレ]ですが、いつも変わらない景色の中で、著者のことも思い描きながら活字を追っていきます。ここは地球上でも最高の[図書館]なのです。
続「わたしは貝になりたい」 [62] 2024/02/25 Tue 10562 昨日 [61] の続き
 「わたしは貝になりたい」は1958年10月31日にテレビで放送されたものです。わたしが10歳で、その当時、テレビは白黒でしたが、一般家庭にテレビは存在しませんでした。わたしは番組を観た記憶があるのですが、それがどこだったのかがわかりません。それは町の電気店の店頭かテレビを売りにしていた食堂だったでしょうか。あるいは床屋さんだったかもしれません。
 主演はフランキー堺でした。主人公が床屋だったことはぼんやりと記憶に残っています。彼は戦争犯罪を犯したとして米軍の裁判を受けることになります。その中で捕虜に[ゴボウ]を与えたことが、[木の根っこ]か何か、とんでもないものを食べさせたと非難されていたことが子どもなりに衝撃でした。
「わたしは貝になりたい」配信中止 [61] 2024/02/24 Mon 10561
 WOWOWで放映されていた映画「わたしは貝になりたい」が削除されました。主役が昨年末から問題になったN氏だったからです。WOWOWとしては自社のガイドラインを基準に配信していたということです。折からN氏の行為が問題だとされていましたから、配信を知ったときは驚きました。
 WOWOWとしては、「お客様からの様々なご意見や現在の状況などを勘案して、今後の配信の中止を決定しました」としています。予定では今月末までだったと思うのですが、この決定は2月14日付です。
 そうした事情は知らずに、わたしは何と2月14日に観たのでした。そもそも、この映画が劇場で公開されたのは2008年です。そのときは見損なったので、N氏とは関わりなくこの映画を観たいと思っていました。それには、それなりの背景があります。
大昔の話(8) [60] 2024/02/24 Mon 10560 2月22日 [53] の続き
 天ヶ瀬にあるブリヂストンタイヤの保養所の部屋で[相互評価表]の作成に精を出しました。その間も研修は続いています。それが講義であればいいのですが、グループ・ディスカッションだと、その終わりには[相互評価]のデータが出ます。それまでには、いま作業中の計算を終えて[相互評価表]を完成しておかなければなりません。そんなことで、電卓を叩く続けるのです。この[電卓]、つまりは電子式卓上計算機のことですが、それはそれは相当な大きさと重さがありました。とにもかくにも、1960年台から70年ころのころですから、それが最新鋭機でした。学生の生計が1ヶ月1万5000円ほどで足りる時代に10万円ほどする代物だったのです。
まだ、[公民の教科書]の話 [59] 2024/02/24 Mon 10559 2月20 日 [48] の続き
 霞ヶ関にある官庁のビルを空撮し、それぞれの官庁名を記しているのは[帝国書院]らしいと思います。この出版社は、わたしたちの年代には地図帳で馴染んでいました。写真そのものは[東京書籍]にも掲載されてはいますが、個々に番号がふってあって非常にわかりにくいんです。その点、[帝国書院]はちゃんと文字が入っているわけです。 [自由社]には元号の令和に関して4紙の社説を取り上げているところがおもしろいですね。社説の比較は[育鵬社]のものにもあります。
 今の時代、社説そのものを読み切る力も大事です。ただし、教師たちがこうした情報を使って、生徒たちに「なるほど」と思わせる授業に仕上げることが大事になります。
悲惨な二期目(2) [58] 2024/02/23 Sun 10558 昨日 [55] の続き
 Gould教授は、アメリカ大統領で2期目に業績を上げた例外を二人挙げています。
 その一人はレーガンで第40代大統領です。その業績とは、[所得税の背番号制]を完璧に導入したことだそうです。それは20世紀後半における経済政策の最重要課題だったと言います。ここでは、わたしが英文記事から翻訳したメモをもとにしています。したがって、[所得税の]と記していますが、原文は手元に残っていないので、その詳細はわかりません。
 そう言えば、わが国では[マイナンバー]についての議論が今でも続いています。そもそもこれが話題になりはじめたのは前世紀ですが、当初は[国民総背番号制]と言われていました。いやはや、その文字ずらからして[明るさ]に欠けていますよね。
日記の中の母(58) [57] 2024/02/23 Sun 10557 2月16日 [38] の続き
 前回、1973年10月15日には、3つの仕事が記されていた。一つは[四国電力]で、リーダーシップの調査をすることになっていた。このときわたしは髙松にだけ出かけた記憶がある。おそらく、全社の調査ではなく、対象が本店に限定されていたのだろう。ともあれ、この日はその打合せを研究所でしたのである。
 ここまで書いてふと思い出したことがある。三隅先生の講演の鞄持ちで四国電力の本社に出かけた。その夕刻に食事会があった。風格のある料亭で、そんなところでの食事など思ってもみなかった。どこかのタイミングで芸者さんまで入ってきて日本舞踊を踊った。まだ20代前半の若者は、とくに感慨もなく、「これって、どこが楽しいんだろう」と思っていた。
邪推ショート・メモ [56] 2024/02/22 Sat 10556
 TSMC、熊本第2工場の着工「年内」に見直し】JASMの堀田社長が第2工場の建設開始時期について「年内を予定している」と明らかにした。今年3月までとしていた計画を見直す。見直しの理由は示さなかった。(熊本日日新聞 2月21日 一部を抜粋) 社長が「理由を示さなかった」ことで素人は邪推する。あの国の大統領の行動に懸念を深めたのではないかと。
悲惨な二期目(1) [55] 2024/02/22 Sat 10555
 ある年の1月16日、ニューヨークタイムス紙に掲載された記事のメモが出てきました。わたしは前世紀から今世紀に入ってからも “The New York Times International Weekly”を購読していました。日本では朝日新聞社が発行しています。その期間がいつからいつごろまでだったか憶えていません。そこに掲載された記事を本コラムで取り挙げていましたから、少なくとも2000年代の一桁ころまでは読んでいたのでしょう。
 そのうち、インターネットで海外のマスコミ情報を読むことができるようになりました。アメリカのABCニュースなども、そのまま視聴できる時代です。
 さてさて、いつものように前置きが長くなりました。今回発見したメモの頭には[悲惨な二期目 NT1.16]としか書いてありません。おそらく2000年代初めの1月16日ということです。これはアメリカ大統領のことで、テキサス州立大学のGould教授によれば、「この100年間で、すばらしい2期目を体験した大統領はいない」という記事です。
リーダーの醍醐味 [54] 2024/02/22 Sat 10554 2月17日 [42] の続き
 [PとM]の話題に一区切り付けましょう。リーダーシップはフォロワーの意欲や満足度、さらには事故防止にまで影響を及ぼします。それだけに、リーダーの責任は重いのです。しかし、そうかと言ってストレスを感じることはありません。自分の努力によって、フォロアーたちが活き生きと仕事に取り組み、みんなが健康で安全な職場が実現できるとすれば、それは[望ましいリーダーシップを発揮している証]なのです。
 そして、異動や退職で別れることになったとき、フォロワーたちから「わたしが責任ある立場になったら、□□さんのようになりたいです」「わたしが元気で意欲をもって仕事ができたのは□□さんのおかげです」などと言われたら大感激ではないですか。
 ここで[P]や[M]は[行動]であり、「生まれつき変化しない特性」ではないことを改めて確認しておきましょう。それは、日々の努力によって、だれもが行動化できるのです。ともあれ、リーダーシップの改善に終わりはありません。それは、生きている限り続く、[生涯学習]なのです。
大昔の話(7) [53] 2024/02/22 Sat 10553 昨日 [51] の続き
 わたしは長崎造船所の作業長を対象にした研修では、前回までにご紹介した[相互評価表]づくりが第一の仕事でした。これは自慢話ですが、その作成技量は他を寄せ付けないレベルに到達していたのです。
 最初に[相互評価表]の作成をはじめたのはブリヂストンタイヤの職長が参加する[リーダーシップ・トレーニング]でした。大分県の天ヶ瀬温泉にあった会社の保養所で行われたものです。グループ・ディスカッションが終わり、[相互評価]が行われます。わたしは、その回答紙を集めて、スタッフの部屋に戻ります。そこは12畳ほどの部屋でした。そこで、電卓を使って集計に通りかかります。
[指定席]ゲット [52] 2024/02/21 Fri 10552
 表紙の写真を追加しました。とうとう、[わたしの西鉄電車]がラストランを迎えました。昨日から明日までの3日間で[熊本市電]の現役を退きます。維持管理のための部品が調達できず、明日22日で車検が切れるとのことです。
 今月の初日にお話ししましたが、わたしが福岡にいたとき、とくに高校時代に思い出の深い電車です。毎日の通学で室見橋から貝塚までの貫線・貝塚線[5番系統]に乗って千代町まで乗っていました。学校の帰りは九大前から来る電車の電停が近く、この連接車に乗る確率は高くありませんでした。しかし、朝は室見橋の始発で、決まった時間に発車するので、これが[通学専用電車]だったのです。
 昨日は、当時通勤のサラリーマンたちと競って取り合いをしていた[わたしの指定席]をゲットすることができました。そんなわけで座るとすぐに、隣の人に写真を撮ってもらいました。どう見ても、ラストランのために乗ったことが見え見えの若者でした。シャッターのお礼を言ったついでに「わたしは高校のとき福岡でこの席に座っていたんですよ」と余計な自慢話もしました。
 あれから、60年が過ぎてしまいました。
大昔の話(6) [51] 2024/02/21 Fri 10551 昨日 [49] の続き
 1グループ6人構成として、1人について[PとM]各5項目の[自己評価]を合計します。こちらは、5段階の5項目ですから、暗算で集計できます。一方の[他者評価]は、1人に対して5人分のデータがあります。こちらも、[PとM]の5項目を合計しますが、それが5人分ありますから、その平均値を算出して、1人の[他者評価(平均値)」が決まります。
 さらに、6人グループ全体の[自己評価]、[他者評価(6人分)の平均値]が揃うと一つのグループの[相互評価表]ができあがります。いえいえ、これに各人の[自己評価]と[他者評価(の平均値)」の差も計算しなければなりません。そもそも、リーダーシップは[自己評価]と[他者評価]にズレが生じます。これも重要な情報なのです。これと同じ方法で6つのグループの集計をして、マジックインキを使って、模造紙6枚の[相互評価表]を作成します。
 もう、ウン十年前のことなのにドンドン記憶が蘇ってきて、ここまで一気に書いてしまいました。お読みになる方は「よくわからんなあ」と思われるでしょうね。お時間だけとってしまい、申し訳ございません。
[発酵]と[腐敗] [50] 2024/02/20 Thu 10550 2月12日 [28] の続き
 【発酵:酵素の働きによって有機物質に化学変化をもたらす代謝プロセス】
 【腐敗:有機物が微生物の作用によって変質する現象】いずれも、ウィキペディアに若干の修正を加えた。
 専門的な化学的知識はないが、この両者はいずれも同じ過程のことを指している。それなのに、どうして名称が違うのか。その線引きの基準は、人間にとって有益か否かがである。つまりは、自分たちに都合のいいものは[発酵]と呼び、害を与えるものには[腐敗]という名前を付けて区別しているのだ。生物に意志があるとは思えないが、この世に生まれてきた生きものが生きものとして生きようとする。それが[生命活動]である。人類はその過程を「自分たちの利益」を基準にして判断する。
 そこで、[正義]とはなんだろうと思う。人間の同じ行為も自分たちの利益が基準になる。それに合致すれば[正義]、そうでなけければ、相手を[正義に反する《腐敗した》奴ら]と決めつける。人類はちっとも賢くなっていない。
大昔の話(5) [49] 2024/02/20 Thu 10549 2月18日 [44] の続き
 大昔のことです。リーダーシップ・トレーニングでグループ・ディスカッションが終わるたびに[相互評価]を入れていました。そこで、これを集計する必要があります。そして、「先ほどの会合で、みなさんのリーダーシップについてお知らせします」と解説するのです。
 そのため、[自己評価]と[他者からの評価]を表にするわけですが、[他者からの評価]は計算しなければなりません。たとえば、6人グループの場合、1人が5人から評価されています。ここで、具体的な段取りを説明するために、[Aさん]のケースを考えましょう。[Aさん]には、5人のメンバーから[PとM]それぞれ5項目の評価がなされています。そこで、まずは[P][M]それぞれの5項目を合計して、[Aさん]の[P]と[M]の評価点とします。これを5名分集計し、さらに5で割れば、[AさんのP行動 M行動]の[平均値]が出ます。
続々々 公民の教科書 [48] 2024/02/20 Thu 10548 2月18日 [43] の続き
 [東京書籍]の教科書にも2つの新聞記事を提示して、両者の比較を呼びかけています。さらに、社説も取り上げているところが興味深いですね。また、有罪が確定し、服役中だった菅谷利和氏の無罪が確定したことも掲載されています。いわゆる冤罪は袴田事件や機器輸出業者の問題などが繰り返されています。また、「東京書籍」では、[水俣病を考えよう」ということで、これに重点を置いた記述があります。さて、[帝国書院]の教科書にも菅谷氏が取り上げられています。これに加えて、フェイクニュースの例と新聞記事の比較が載っています。前者は熊本地震のときに流されたライオンの写真です。動物園から逃げたと大騒ぎになりました。その後、AIのレベルアップに伴って、世の中に出回る情報の[危うさ]というより、[危険性]が高まるばかりです。
グーテンベルク以来の… [47] 2024/02/19 Wed 10547 昨日 [41] の続き
 言わずと知れたグーテンベルクの活版印刷術は人類に多大な影響を及ぼした。ルターの宗教改革も活版印刷による情報伝達で実現したという。そこで、人類全体の生き方を変えるような技術や発明が生まれると、[グーテンベルク以来]といった修辞が付けられる。
 インターネットはその代表例である。ただし、その根底には電子に関わる技術をはじめ、無数といえる変革の蓄積があることは言うまでもない。かつて、ナチスが権力を握っていたドイツではラジオが大衆を動かした。その当時、映画の威力も甚大だったが、映像の影響力はテレビに移っていった。そして、今やSNSなどをはじめとした電子技術が人類を動かしている。正しくは、動かされているというべき状況がある。大国の大統領が、ほとんど私的とも言えるメッセージを発信する時代である。それで人が、国民が、そして世界中の人々が動くと同時に影響されるとなれば、この先どうなることかと心配になってくる。
4人の物語(85) [46] 2024/02/19 Wed 10546 2月12日 [28] の続き
 Aが小学2年生の夏休み、1956年8月22日水曜日の絵日記。つくえでなにやらしていると、ふうりんが「ちりんちりん」となりました。ぼくは、それをみて、うれしくおもいました。かぜもすうすう、ふいてきましたので、その日はきもちが、ほんとにいいでした。
 窓越しだろうか、赤いガラス製の風鈴が描かれている。短冊が風に靡いている様子が絵から見える。この絵が目に入ってきた瞬間、Aは[その風鈴]が頭に蘇り、たしかに繊細なガラス音が「チリンチリン」と聞こえた。その昔、夏祭りでは夜店で風鈴を売っていた。いまはどうなんだろうと思う。南部鉄の風鈴など、豪華なものもあるが、子どもには今にも割れそうなガラスの響きが涼しさを呼んだにちがいない。
必読書50冊! [45] 2024/02/18 Tue 10545 2月12日 [30] の続き
 「世界のエリートが学んでいる MBA必読書 50冊を1冊にまとめてみた」という本があります。何とも長い書名(?)ですが、キーになるのは[MBA必読書]でしょう。MBA[Master of Business Administration]の頭文字で、日本語では[経営学修士]という訳が定着しているようです。わたしなんぞはご縁のないところですが、組織論などを扱う世界では、とくにハーバード・ビジネス・スクールが頻繁に登場します。そんなわけで、長いタイトルの本にも目を通したわけです。そうそう、著者は永井孝尚氏で[KADOKAWA]から出版されています。
 ともあれ、多くの必読書から、さらに選りすぐりの[必読書50冊]をまとめたということです。それにしても、ここで、[リーダーシップ論は、その定義を試みる者と同じほどある(?)]ことを思い出してしまいます。組織論や経営論の領域でも、「経営論は論者の数だけある」ということでしょうね。まあ、人間の世界ですから、そんなものだと考えましょうか。
大昔の話(4) [44] 2024/02/18 Tue 10544 昨日 [41] の続き
 長崎造船所の作業長を対象にした「リーダーシップ・トレーニング」は島原半島の小浜温泉にある国民宿舎で実施されました。その中で、様々なディスカッションを繰り返すのですが、各回ごとにメンバーのリーダーシップについて[相互評価]があったのです。文字どおり、いま終わったばかりの会合で、[自分はどのくらいリーダーシップを発揮したか]、また[ほかのメンバーたちは、それぞれどうだったか]をチェックするのです。
 そこで用いられたのは、[討議場面におけるPとM尺度]でした。その内容は、たとえば「自分から発言した」「ほかのメンバーの発言を理解しようとした」といったものです。ただし、50年以上も昔のことですから、その詳細は記憶のかなたに飛んでいっています。会合ごとの評価ですから項目数は、[PとM]それぞれ5つだったはずです。いま、これを書きながら、単なる懐かしさを超えて、「この方式、リーダーシップ改善に役立ちそうだなあ」との気持ちが湧いてきました。
続々 公民の教科書 [43] 2024/02/18 Tue 10543 2月6日 [13] の続き
 中学生が使う公民の教科書の続きです。[教育出版]は免田栄氏を取り上げています。免田氏は熊本の出身ですが、死刑囚として初めて再審無罪の判決を受けた人として知られています。また、水俣病裁判の写真も掲載されています。こちらも熊本に関連の深い内容です。
 さらに、新聞のトップ記事を3本挙げて、見出しや記事に違いがあることについて問題を提起しています。わたしが子どものころは、こうした違いについて考えたことがありませんでした。そもそも自宅で新聞は一紙だけしかとっていなかったので、「比較する」すべもなかったのです。
 それから相当な時間が経過して、わたしは大学で「教育情報科学」という題目の講義を担当していました。その中で同一の出来事を報じた複数の新聞を提示して、それぞれから受ける印象の違い、それが生まれる要因などについて話をしていました。学生たちからは「同じことがこんなに違うとは思ってもみなかった」といった驚きの声が聞こえてきました。当時の学生たちは、中学校の公民で「まだ学んでいなかった」のでしょうね。
リーダーの[P]と[M] [42] 2024/02/17 Mon 10542 昨日 [39] の続き
 リーダーに求められる行動は[P:performance]と[M:maintenance]の2つというのが[PM論]の中核を占める考え方でした。三隅二不二先生が創設した[集団力学研究所]は、様々な組織で調査を進め、わたしが関わっているころには30万人を超える人々からのデータを集めていました。それらに共通していたのは、[PとM]を十分に発揮しているリーダーがいる集団では、メンバーの仕事に対する意欲や満足度が高いことでした。さらに、事故や災害の発生が少ないという報告もありました。組織におけるトラブルや不祥事もトップをはじめとしたリーダーシップの問題が影響しています。こうした点でも、リーダーの責任は大きいのです。
 そんなこんなで、[リーダーシップPM論]は、20世紀後半の[リーダーシップ論]として評価されていたのです。わたしはほんの一時期ですが、集団力学研究所の3代目所長をしていました。そのときは、[PM論]の旗を振っていたわけです。
大昔の話(3) [41] 2024/02/17 Mon 10541 2月9日 [21] の続き
 いつもの悪い癖が露わになっています。わたしとしては「自分が未だに大昔のネタを使っている理由」についてお話しするつもりでした。その気持ちはまった変わっていません。ただ、ものごとの[理由や原因]を①などの番号を使って挙げるときは、箇条書き程度で押さえておくものが常識というものでしょう。ところが、自分が末席ながら関わることができた造船所のプロジェクトの話題を②として挙げた途端に、箇条書きどころか、一気に[深入り感]があふれてきました。わたしとしてはそれに気づいていながら、ここは本気で[深みに嵌まる]意志を固めたのでございます。まさに「いつものこと」ですから、「ご用とお急ぎでない方」のみお付き合いいただければ幸いです。
 ともあれ、それは1970年代のことですから、すでに半世紀を過ぎました。そこで、わたしが参加出来たプロジェクトが三菱重工業長崎造船所で展開されたものだったことも明記しておこうと思います。
続 [選択疲れ][40] 2024/02/16 Sun 10540 2月13日 [32] の続き
 わたしたちには、[あっても、あると気づかないもの]があります。その例として[空気]を挙げましたが、そうしたものはいくらでも挙げることができるでしょう。そもそもわたしたちが[ある]と気づくのは、そのほとんどが感覚器を通してです。そこで[視細胞]が感じることのできない波長の光は見ることができません。それは、聴覚でも同じで、音波が耳に届いても、一定の周波数内の音しか聞こえないのは当然のことです。
 そうした限定された能力で世の中を観ているにもかかわらず、「自分は何でも観ている、わかっている」などと思い込んでいては、「世の中がわかっていない」と笑われてしまいますね。対人関係においても、事情はおなじで、「すべては見えるわけがない」ところからスタートした方がいいのです。
 ところで、「[ない]ものが[ある]」ことは証明できるのでしょうか。幻覚などは[ない]と仮定すれば、「[ある]ものが[ある]のは言えますが、「[ない]ものが[ある]」かどうかは興味深い問いですよね。どうでもいいですかね。
リーダーシップの[M] [39] 2024/02/16 Sun 10539 2月14日 [34] の続き
 リーダーは仕事を達成するための働きかけである[P]だけ発揮すればOKとはいきません。仕事が順調に進むためには、「集団の健康維持」にも気を配る必要があります。リーダーはメンバーが元気で気持ちよく働けることにも注力しなければなりません。りーだーが「部下が優れた仕事をしたとき、それを認める」「部下の立場を理解する」ことでみんなが気持ちよく仕事に励むでしょう。
 こうした行動を「集団の維持」に焦点化したものとして[Maintenance]、つまりは[M]行動と呼ぶわけです。ここで「修理する」という意味の[repair]は使いません。日本語でも「修理」は、ものが壊れてしまった後で、それを「回復する」「もとに戻す」際に使われます。そもそもリーダーは集団を壊してはいけません。そうではなくて、問題が起きないように日ごろから「保守・点検」することが求められているのです。その点で、リーダーは「集団のメンテナンスのプロフェッショナル」ということが出来ます。
日記の中の母(57) [38] 2024/02/16 Sun 10538 2月9日 [21] の続き
 1973年10月15日 月曜日  気ばかり焦って大変であった。午前中は四国電力の人 が来所し、サーベイについて打合わせをした。中食をとってからは三隅先生から依頼されているプログラムを作成した。研究所と大学を行ったり来たりであった。その上にマーケッティング・サービ スの調査が入ってきているのである。一生懸命にやればこの位のラッシュなんかではへこたれるようなはずがないのだが、気ばかりが焦る。一つ一つを慎重に計画的にやってゆけばよいのに、いつもの生活が祟ったのにちがいない。
 母の病院にも何日かおきに泊まりながら北九州からの[通学と通勤]が続いていた。もう半世紀も前のことだから、四国電力の名前もそのまま転記した。集団力学研究所が四国電力で管理職のリーダーシップ調査をすることが決まっており、その打合せをしたのである。わたしはその担当者の一人だった。 大学院の博士課程に進学し、この年の5月から週2日勤務の研究所研究員になっていた。
大昔の話(2) [37] 2025/02/15 Sat 10537 昨日[35]の続き
 大昔のネタを使う理由の続きです。
 ②造船所のプロジェクトはわたし自身が参加し、その展開を実体験したからです。ただし、参加したと言いながら、わたしは大学4年生から大学院に進学した学生でした。つまりは、末席に座って、あれやこれやの小間使いをしたのです。
 たとえば、作業長が参加する[リーダーシップ・トレーニング]では、ディスカッション後に、その会合における個々人のリーダーシップを相互評価することになっていました。わたしは参加者たちが記入した回答用紙を回収して、集計し、それを模造紙に表としてまとめる大役を担いました。
 1回の研修で24、5名が参加し、5、6名からなるグループが構成されます。たとえば、6名の4グループでは、[リーダーシップの自己評価]が24枚になります。そして、各人が「他の5名」について評価するので、1グループで[5枚×6名=30枚の他者評価]が得られます。これが4グループだと120枚で、[自己評価]と合わせてデータは144枚になります。
家族への通信(4) [36] 2025/02/15 Sat 10536 昨日[33]の続き
 修学旅行で六甲山に行ったことは記憶に残っていません。ただ、その日のうちに宿泊先の琵琶湖まで移動していますから、バスで[登った]のでしょう。それからポートタワーに行き、展望階から神戸の景色を楽しんでいます。こちらははっきりと憶えています。日記には「神戸はさすがに大都会と言えるであろう」と書いています。今は福岡もかなり大きな町になりましたが、当時は神戸との開きを感じたのでしょう。
 そう言えば、横浜と神戸はアジアでも1、2位を争う貿易港でした。それが、わが国の経済の沈滞と中国や韓国をはじめとした国々の躍進でランクを下げてしまいました。今では、東京・横浜・川崎の3港を合わせて世界19位です。
 さてさて、神戸からは開通して間もない名神高速道路を走りました。「バスが時速88kmでぶっ飛ばす」と書いているのですが、何とも中途半端ですが、理由はわかりません。その途上で「新幹線がチラッと見えた」と喜んでいます。東海道新幹線の開業から1年半ころの話です。
大昔の話 [35] 2024/02/14 Fri 10535
 わたしは、組織安全に関わるお話をする際に、[古い話題]を取り上げています。たとえば、1960年代に行われた「バス会社の事故防止」の研究や1970年代に展開された「造船所における安全運動」などです。それは、半世紀以上も前のことになります。若い人だけでなく、組織で中堅、さらにはベテランクラスの方にとっても[大昔]の話です。何と言っても、後期高齢者であるわたしが学生時代の研究ですから、「今どき、そんな話が役に立つとは思えない」と考えられて当然ですね。
 そうした声が聞こえてくることを承知しながら、そんな話題にこだわっているのです。しかしながら、わたし自身は、それが年のせいだとの認識はないんです。もちろん、それには理由があります。まず①バスの研究は恩師の三隅先生とわたしの先輩が実施した研究です。したがって、その経過に関わったわけではありません。それでも、成功裏に終わった研究を実施したお二人から直でお話を聞くことができたのです。
リーダーシップの[P] [34] 2024/02/14 Fri 10534 昨日 [31] の続き
 [PM論]の基本は、その名のごとく、[P]と[M]です。これが[行動論]なのですから、「リーダーには[P]と[M]の行動が求められる」ということです。日常の職場や集団を振り返ってみましょう。ご自分を含めて、リーダーはさまざまな行動をしています。それらを眺めていると、少なくとも2つの違った働きかけがあることに気づくでしょう。組織や集団には固有の目標や課題があります。リーダーには、それをスムーズに対処・達成するための行動が求められます。たとえば、「業務上の決済をすばやく行う」「規則に従うことを厳しく言う」などはその代表でしょうか。また、その地位にふさわしい専門的・技術的知識を持っていることも欠かせません。こうした行動を[達成]を意味する英語の[Performance]の頭文字をとって、[P行動]と呼ぶのです。しかし仕事が順調に進むためには、「集団」のメンバーたちが心身共に健康でなければ[目標の達成]は期待できません。
家族への通信(3) [33] 2025/02/14 Fri 10533 12月17日[35]の続き
姫路城の絵葉書[1966年3月20日 消印大津 父が記した番号45] 本日(19日)、一番気に入ったもの、写真の姫路城の美しさと88kmでぶっ飛ばす名神高速道路のバス。新幹線はちょっと見た。明日は京都である。琵琶湖の見える大津の旅館にて
 これは高校の修学旅行で関西に出かけたとき自宅に宛てて送ったものです。当時、福岡の高校の修学旅行は東京が一般的でした。ところが、わたしが通っていた福岡高校は、関西止まりだったのです。その理由は、受験のため修学旅行に当てる時間を短縮することにあると言われていた気がします。ともあれ、2年生の3月18日、寝台列車で博多駅を出発しました。これを[贅沢]と考える時代です。そして、翌朝には姫路に着いて、まずは定番の姫路城に出かけます。それから山陽線に乗って神戸まで行き、六甲山にも登っています。この日は雪が降っていました。
 「えらく、細かいことまで憶えているなあ」と思われますか。このネタはわたしの日記です。
[選択疲れ]では… [32] 2024/02/13 Thu 10532
 人間に限らず、この世に生きているものは外界から絶え間なく様々な刺激を受けています。ただし、それをすべて感じていては情報過多で身動きできません。そこで、それぞれにとって[生きるために必要なもの]を選択しながら[感じて]います。もちろん、大抵は「自分が[選択]している」という意識もありません。これまた、すべて意識していたら、[選択する]という意思決定の連続で、それこそ「自分は生きている」と感動する暇がありません。それどころか、[選択]に疲れ果てて、「自分はなんのために生きているんだあ」と絶叫したくなるでしょう。
 また、「そこにある」のに、その存在に気づかないものもあります。その代表選手が[空気]ですね。朝から晩まで、自意識のない睡眠中も[空気]は身の回りに充満しています。そして、そのおかげでわたしたちは生きているのです。ところが、わたしたちはそんな絶対的に欠かせないものが「ある」ことを、「あっても気づいていない」わけです。
一世風靡の[行動論」 [31] 2024/02/13 Thu 10531 2月11日 [27] の続き
 とりあえず、リーダーシップを[行動論]から考えようと[覚悟]したとしましょう。そうなると、「それでは、リーダーはどんな行動をとればいいのか」という疑問が湧いてきます。当然のことです。ところが、これまた「行動論者の数だけ[行動]の数がある」わけです。世の中には[リーダーシップ行動論者]もけっこういるからです。
 そこで今回は、わたしの恩師三隅二不二先生が提唱された[PM論]をご紹介しようと思います。社会科学系の研究は主唱者が他界されると影が薄れることが少なくありません。[PM論]についてもそうした感じがします。しかし、前世紀の後半から、[PM論]はリーダーシップ論を超えて、組織経営に活用できる考え方として、一世を風靡したものです。それは、三隅先生と[PM]論のデビュー作となった「新しいリーダーシップ」(1966年)がダイヤモンド社から出版されたことからもわかります。ダイヤモンド社はドラッカーの著作をはじめとした経営書出版のトップリーダーです。
[理論]は言ってる人の数だけ… [30] 2024/02/12 Wed 10530 1月26日 [67] の続き
 組織の経営に関わる理論あるいは見解は[人間科学]の領域に含まれます。「リーダーシップの理論は[その定義を試みる者と同じほどある]」。これは、リーダーシップの研究者自身の自虐的(?)見解です[Bass, B. M. (1990) . Bass and Stogdill’s handbook of leadership (3rd ed.)]。それと同じように[組織論]も「言ってる人の数だけある」と断言しても怒られないでしょう。そもそも違うことを言わなければ[新奇性]がありません。そうでないと、[二番、三番煎じ」と批判され、笑われるだけです。
 ただし、わたしたちの世界は「先に言ったモン勝ち」でもあります。その点では、ドラッカー氏は前世紀の中盤にはすでに斯界の大物で、その膨大な著作を中心に組織経営論に多大な影響を与えました。ドラッカーさんが日本の組織経営に関心を持ち、評価したことも知られています。そんなこともあって、2005年には[ドラッカー学会]が設立され、今に至っています。
教育実習生への期待 [29] 2024/02/12 Wed 10529 2月10日 [23] の続き
 「意見が出なかったとき、自分で授業を進めていった」
 生徒に問いかけをして意見が出ないと、そのまま先に進んだことを指摘しているのでしょう。その真意はわかりませんが、「もう少し意見を引き出す工夫をしてほしい」という気持ちを伝えていると推測します。リーダーであれば、その時々で、メンバーたちから意見を引き出すことが重要なことは教師に限らず誰もが理解しています。ただ、「わかっていても」、これがけっこうむずかしいわけです。
 これは、リーダーとメンバーとの関係の状況にも影響を受けます。「意見を言った方が楽しい」「意見を言うと、リーダーが予想外の反応をしてくれる」。とまあ、こんな評価をされているリーダーのもとでは、そこそこ意見が出てくるでしょう。
 さてさて、ほかにも「大きな字で板書してほしかった」「いっしょに遊ぶ時間も取ってほしかった」等々、教育実習生に対する評価や要望は続きますが、この「期待シリーズ」はこのあたりでクローズとします。実習生との関わりも「はるか昔の物語」になりましたから…。
4人の物語(84) [28] 2024/02/12 Wed 10528 2月5日 [11] の続き
 Aが小学2年生の夏休み、1956年8月19日日曜日の絵日記。天気は晴れなのに、気温25度とは「ホンマかいな」と首を傾げる。当時は赤い水銀が入った寒暖計だった。
 ひるごろ水でっぽうをつくりました。ぼくのは、ちょっとだけしかとびませんでした。でも、なんかいもしていると、よくとぶようになりました。ぼくもやっぱりとべるのだなとおもいました。
 Aは、これを竹筒でつくった記憶がある。日記には鉄砲を使う自分と井戸の手動式ポンプが描かれている。「ぼくのは」と書いているから、友だち何人かと遊んだのだろう。近所に水鉄砲の作り方を教えてくれるおじさんかお兄ちゃんがいたのではないか。
 担任が赤ペンで花丸を描き、「Aさんのえにっきはよむのがたのしいみですね」との添え書きがある。その当時、教師は子どもの日記にも一人ひとり目を通していた。この時代、学級は60人近い児童が教室にすし詰め状態だったが、現在のような疲弊感とは無縁の世界が広がっていた。
[行動論]の覚悟 [27] 2024/02/11 Tue 10527 2月9日 [22] の続き
 リーダーシップを[行動論]の立場から考えると、それを[改善・向上]することが可能になります。しかし、それで「めでたし、めでたし」となるほど現実は甘くないのです。それは[特性]ではなく[行動]なのですから、自分の行動をいつも振り返り、その改善に努力し続けることが必要になります。そうしないと、リーダーとしての評価は維持できないのです。それどころか、少しでも気を抜けば、せっかくの評価もあっという間に地に落ちてしまいます。
 そんなわけで、[行動論]を採用すれば、まずは努力が報われる喜びを味わうことができます。その一方で、日々[行動の修正・改善]さらには[向上]に気を配り続けることが欠かせないのです。ここで[手抜き]をすれば、厳しい評価に晒されます。そう考えると、リーダーシップを[行動]として受け入れるには、[運命論]的な[特性論]よりも、大いなる覚悟が求められるのです。
続 おみやげの爆買い中 [26] 2024/02/11 Tue 10526 昨日 [25] の続き
 辻井氏が鍵盤を打ってすぐのことでした。わたしはピアノ以外に別の楽器が協奏しているのではないかと耳を疑いました。それほど多様な音が頭の中に響き渡ったのです。しかし、ステージの上には辻井さんとピアノしかありません。いつのことだったか記憶にありませんが、「ピアノはすべての音を出す」とだれかが言っていました。県立劇場の座席で、「まさにその通りだ」と納得しているわたしがいました。とにかく、ピアノがかくも多様な音を出す楽器だとは思ってもみなかったのです。
 そして、もう一つ、「いま、ここで」という「時間と空間を共有している」ことを体感しました。ピアニストが鍵盤を叩き、それが空気を伝って自分の耳に到達する。これぞ、まさに[生]ということですね。
 それにしても、楽譜なしで素人の心にも響くのですから、それは天性としか言いようがありません。ともあれ、会場にあふれるアンコールに応えた演奏は3回にも及び、素晴らしい2時間が終わりました。
おみやげ爆買い中 [25] 2024/02/10 Mon 10525
 このところ、おみやげの爆買い中です。「どこに持っていくのか」ですって? すでに、後期高齢者、今年は満年齢で77歳です。これを世の中では[喜寿]と呼ぶようですね。まあ、とにかくそんな年齢なものですから、[冥土の土産]に決まってます。
 昨日は辻井伸行氏のピアノコンサートに出かけました。ピアノソロ公演[2025 日本ツアー]のスタートとなる第1回目が県立劇場で開催されたのです。わたしがプロのピアノ演奏を生で聴いたのは生まれて初めてのことでした。いやはや、演奏曲はベートーベンにリスト、ショパンというのです。それはもう、ド演歌で身を震わせるわたしの音感からは地球の裏側から聴くほど遠いところにあるわけです。しかし、静寂の中に手を引かれた辻井さんが登場すると万雷の拍手です。そして、ピアノの音が響き渡った瞬間でした。文字では表現できない不思議な気持ちがわき上がってきました。
 かくして、ほんの数秒でこれが[冥土の土産]に追加されたのです。
旧作のアップロードに困惑 [24] 2024/02/10 Mon 10524
 映画「釈迦」を観た。You Tubeの[カドカワコレクション]で1961年の公開である。わたしが中学1年生になる年だから当時は佐賀県の伊万里に住んでいた。映画のタイトルを見ただけで街中にあった映画館の正面に置かれていた看板を思い出した。。上映時間は2時間35分の大作だが、本郷功次郎が釈迦を演じたことははっきり記憶している。映画そのものも観たような記憶がある。
 それにしてもオールスターキャストで、わが国初の70mmとの触れ込みである。たしかにわたしの世代には出演者も懐しき面々が勢揃いしている。勝新太郎に市川雷蔵、山本富士子、京マチ子、さらには中村鴈治郎や杉村春子など、挙げていけば切りがない。このごろ気づいたのだが、ほかにも東映や日活、東宝などの映画会社がYouTubeで旧作をそのままアップロードしている。いやはや、これではますます時間がなくなってしまう。WOWOWにも観ないといけないものがワンサカあるのだから。
教育実習生への期待 [23] 2024/02/10 Mon 10523 2月8日 [18] の続き
 「授業中は何について書くのか、条件を最後まではっきりと明確に言ってほしい」
 これまた中学生からの鋭く、かつ厳しい意見です。授業内容はわかりませんが、実習生が「□□について書きなさい」という課題を出したのだと推測します。それならそれで、「書くために必要な条件をしっかり提示してほしい」という要望です。「最後まで」というのですから、頭の方はまともな流れだったのでしょう。「はっきり明確に」と重ねているところに、これを書いた生徒の気持ちがにじみ出ているようです。
 教師と生徒たちの関係のあり方によりますが、現職のプロにとっても、こうした[ストレートな意見や気持ち]が出てくることが大事ですね。そして、そうした指摘に、「ああ、そうか。しっかり付け加えるよ」などの反応を即座に返せるのがプロというものでしょう。こうした態度や行動は教室場面に限らず、あらゆる組織のリーダーに求められています。
行動論 万歳? [22] 2024/02/09 Sun 10522 昨日 [21] の続き
 リーダーシップを「行動論」から考えると、自分の努力で改善できる可能性が広がる。そうなると、だれもが「行動論」に飛びつきたくなる。しかし、これまた安易に考えてはいけない。
 まずはリーダーとしての自分に求められている行動を明らかにする必要がある。それは「おそらくこんな行動が期待されているだろう」と「想像・推測」するだけでは意味がない。そもそも、リーダーが「推測するフォロワーの期待」と「フォロワーがリーダーに期待する行動」にはズレがある。リーダーは「自分は彼らのために働きかけているのにわかってくれない」と嘆く。その一方でフォロワーたちは「自分たちの期待や気持ちにそぐわない行動ばかりしている」とストレスを募らせる。フォロワーの要求に応えることができないのは当然として、お互いに「ズレ」があることを認めるところが出発点になる。その上でリーダーとして必要な行動を実践するとしても、これまたそれほど容易ではない。
日記の中の母(56) [21] 2024/02/09 Sun 10521 2月2日 [03] の続き
 1973年10月14日 日曜日 昼間ぼんやりしていたことを今になって後悔している。私にはしなければならないことが実に色々ある。その中には三隅教授の依頼を受けたコンピューターもあった。18日までだったと記憶している。福岡に根拠地をおいていないので、ほとんどプログラムミスが許されない状況にある。心にわずかながら焦りを感じはじめている。とにかく、毎日何をしなければならないかを考えて行動しておかないと大変な失敗をまねくことになりかねない。仕方ないではすまないのである。
 これを書いたのは母が入院している病院で[8:35pm]とある。母の手術後は福岡の寮から小倉の実家に本拠地を移していた。福岡にある大学も集団力学研究所にも小倉から通っていた。その詳細は記していないが、三隅先生から依頼されていたデータを分析するためのプログラムをつくらなければならない状況にあったようだ。わたしなりにストレスを感じていたことがうかがえる。
続々 特性だけであれば [20] 2024/02/08 Sat 10520 昨日 [17] の続き
 [特性論]ではなく [行動論]を受け入れれば、自分のこれからのリーダーシップに夢を持つことができる。現時点でリーダーシップが発揮できていなくても落胆することはない。それは、リーダーとして求められている行動を執っていないだけのことなのである。そこい気づいたら、不足している行動ができるように努力すればいい。[特性論]を[決定論・運命論]とすれば、[行動論]は[努力論・行動改善可能論]と呼ぶことができる。
 ともあれ、[行動論]は、みんなを勇気づけてくれる。「勇気づける」などと言われると、いかにも情緒的で、非科学的な感じがする。「[グループ・ダイナミックス]って、科学じゃないの」という声が聞こえてくる。これには、「そこが自然科学と人間科学あるいは社会科学の違いなんですよ」とお答えするほかはない。自然科学は[意志をもたないモノ]に関わる[科学]だが、社会科学は[意志をもった人間]を対象にしている。ただし、[人間科学]も[可能な限り客観的]な視点から[事象]を捉え続けることは言うまでもない。
続々々 仕事の評価 [19] 2024/02/08 Sat 10519 昨日 [16] の続き
 「持ち上げておいて落とすか」「落としておいて持ち上げるか」、どちらが効果的だろう。いずれか一方が[いつも正解]ということはあり得ない。そこは、相手との関係のあり方によって[正解]を選択すればいい。ただ、ここで重要なのは[バランス]である。評価すべきは評価して伸ばす。それを現実場面でサポートする。その一方で正すべきは、これを指摘する。ただし、その修正にも積極的に援助することを忘れない。わたしの耳には「とにかく否定的なことばからはじまる」「評価してもらえることがあっても、うまくいかなかったときのことを取り上げる」といった嘆きの声が聞こえてくる。リーダーのみなさん、そんなことしてませんよね。
教育実習生への期待 [18] 2024/02/08 Sat 10518 1月29日 [75] の続き
 「黒板に板書した後に、黒板の前に立たれたから、見えないことがあった」
 何ともありそうな、しかしちょっとだけ」微笑みたくなる指摘ですね。黒板に書いたのはいいが、その前に立ち塞がれては何を書いたのかわかりませんというのである。教室場面における教師の[基礎技術]であるが、実習生としては板書に力が入ってしまったのだろう。こんなとき「先生、見えませーん」といったフィードバックがあれば問題は解消する。ただし、現職の教師も含めて、児童生徒から「それが言いにくいじゃないの」という声が聞こえてくるケースもある。そして、これは教師だけでなく、あらゆる組織のリーダーに関わっていることは言うまでもない。そもそも、自分の行動は自分には見えないものなのである。
続 特性だけであれば [17] 2024/02/07 Fri 10517 昨日 [14] の続き
 リーダーシップが個人の特性だけで決まるとすれば、「あなたはリーダーとしての特性に欠けています」と言われれば人生は一巻の終わりとなる。仮に組織内で異動しても、転職してさえも、まずいリーダーシップは変わらないというのである。いやはや、何とも夢のない話である。
 その一方で、「あなたはリーダーとしての特性に充ち満ちています」と告げられたとしても、状況は似たようなものではないか。もちろん、「けっこうですよ」と言われるのだから一旦は喜んでみる。しかし、「このまま何もしなくったってうまくいく」など、面白味のない人生だろう。そこには、「努力が報われる」「目に見えてよくなる」といった実体験をする余地がない。また、「この仕事で自分が変わった」「この仲間たちのおかげで自分が成長できた」など、人生で感動する力が得られない。何もかもが「自分の特性」だとすれば…。ああ、おもしろくない。
続々 仕事の評価 [16] 2024/02/07 Fri 10516 昨日 [15] の続き
 人を褒めることを人類が回避すべき最悪の行為と確信している。こうした態度や行為が相手の意欲につながるとは思えない。少なくともやる気を喚起するよりも喪失させる確率の方がはるかに高い。また、人間の世の中では「どっちかだけ」の二者択一も[正解]にはなりにくい。ドラッカーが記憶に止めていたという編集者は、若き人たちを「好意的評価」と「厳しい批判」の二刀を巧に使ったのである。
 ところで、仕事に限らず、人を評価するにも[順番]がある。
子どものころ、「叩いてさすれば元通り」などと友だちとザレ合っていた。本当に「元通り」になるかは相当に怪しいが、子どもながら「どっちかだけではまずいよね」くらいの判断力はあったのかもしれない。
続 仕事の評価 [15] 2024/02/06 Thu 10515 昨日 [12] の続き
 人の評価は「持ち上げてばかり」では、その真意を疑われる可能性がある。「この人は本心から自分のことを評価してくれているのだろうか」と考えてしまう。もちろん、「落とすばかり」では、「持ち上げるばかり」よりも不信感はさらに深まる。加えて反発心も燃え上がる。
 世の中にはフォロワーがいいことをしても、わざわざうまくできなかったことを引き出して、「それはいいけど、あんたはこんなこともしたよな」などと言うリーダーがいる。こうした人は、他人の失敗や弱点であれば100年前のことまで大脳に刻まれているかのようである。その特殊能力は、生まれながらにして「人を落とす能力」を授かったかのごときである。いやいや、「生まれながら」などということはない。それは人と関わっていく中で「身に付いたものの見方、行動の仕方」、つまりは、後天的な「対人関係反応」だと考えた方が事実に近いだろう。もちろん、「遺伝×環境論」から言えば、[個人的特性:0]とまで断定はできないけれど。
特性だけであれば [14] 2024/02/06 Thu 10514 2月2日 [5] の続き
 リーダーシップが[特性]だけ決まるとしましょう。そうなると、リーダーとして望ましい[特性]を探したくなります。ここで[特性]とは「まったく、あるはほとんど変えることのできないもの」とします。それがどのくらいの数あるのかはわからないとして、一応の[特性チェックリスト]なるものが出来上がったとしましょう。そうなると、ことは簡単です。特性チェックリストでリーダーシップのタイプが決まりますが、それでご本人のリーダーシップの善し悪しが判定されてしまうわけです。ここで「あなたはリーダに相応しい特性の持主です」と判定されれば、その人たちはウキウキ気分で職場生活を続けることができるでしょう。その一方で、「リーダーに求められる特性なし」となれば、もうお先真っ暗です。
続 公民の教科書 [13] 2024/02/06 Thu 10513 2月4日 [08] の続き
 [日本文教出版]では、1ページに公民を学ぶにあたってとの前書きがあり、公民についての説明があります。ただし、このように社会と関わり合いながら生きていくことを「公民」と言いますというのにはやや違和感があります。 [育鵬社]の教科書では、3ページに、「なぜ公民なのか」という概念図があります。これが非常にわかりやすいのです。そして、31ページにも「公と私」という文章の中で公民とはどのような学習であるかについて説明があます。その中で「公の民とはこのように自分を国や社会など公の一員として考え公のために行動できる人のことを言います」とあります。これは大人にもわかりやすいと思いました。
仕事の評価 [12] 2024/02/05 Wed 10512
  Drucker, P. F.(1909-2002)は、20世紀半ばから、世界中のビジネス界に多大な影響を与えた。その著書は刺激的で示唆に富む話題であふれている。彼が20歳のとき新聞社に勤めていたが、当時の編集長がとった指導・訓練の仕方が興味深い。これは[ドラッカー「プロフェッショナルの条件」上田惇生訳 ダイヤモンド社]に掲載されているが、原文に一部手を入れて紹介する。
 
当時50歳くらいだっ編集長は、毎週末に若いスタッフ一人ひとりと差し向かいで、その週の仕事ぶりについて話し合った。さらに、新年と6月の土曜午後と日曜を使って、半年間の仕事 ぶりについて話し合った」。
 編集長はいつも、優れた仕事から取り上げた。 次に一生懸命にやった仕事を取り上げた。その次に、一生懸命やらなかった仕事を取り上げた。最後に、お粗末な仕事や失敗した仕事を痛烈に批判した。
 まことに印象的なドラッカーの体験談である。
4人の物語(83) [11] 2024/02/05 Wed 10511 1月29日 [75] の続き
 Aが小学校2年生の夏休み、1956年8月18日土曜日の絵日記。この日は29度で30度を切っている。
 かえるをとりました。いとにわたをくくって、じっとしていると2ひきかかりました。そして、くりかえせば、くりかえすほどとれました。□□ちゃん(妹)も「とれた、とれた」といっていっしょうけんめいとっていました。
 絵に描かれたのは茶色のカエル2匹で、白い糸が垂れ下がっている。Aにはこのときの光景が蘇ってきた。いまから70年近く前の住宅地の側溝にはカエルが住んでいた。庭に植えたトマトやきゅうり、ヘチマなどの葉にはアオガエルがいた。いま、どこでカエルの鳴き声を聞くことができるだろう。
続 [ミス]の思考実験 [10] 2024/02/04 Tue 10510 昨日 [07] の続き
 続[ミス]の思考実験 [10] 2025/04 Tue 10510 昨日 [07] の続き  わたしは、「すべての行為が、その前の段階を基準にすれば『失敗』だ」と考えている。 ただし、老化によって、それまで到達していた行為のレベルが落ちることはある。これも[失敗]に入れることはできるが、後期高齢者の身にある者としては、「退化あるいは退行」と呼んで、[失敗]とは違うファイルに入れておきたい。ただし、これも「人間は必ず失敗する」という大きな風呂敷に包めば心が落ち着く。ともあれ、「人間は必ず失敗する」と言いたいのだが、これを「ミス」と読み替えることも可能だというのが、わたしのもう一つの提案である。つまりは、「人間は必ずミスをする」ということだ。[ミス]を[ミス]と認めない[ミス]に注意しよう。  [思考実験]という大げさなタイトルを付けた割には、大した[思考]にはなりませんでしたね。「[ミス]を[ミス]と認めない[ミス]に注意しよう」という[落ち]で[落ち着く]程度ですから…。
短気者とCM [09] 2024/02/04 Tue 10509
昨日の朝6時過ぎ、たまたまテレビを点けると、東京の千代田区長選挙のニュースが流れていた。若手の女性候補が小池都知事が押す現職に挑戦しているという流れである。街頭でも人があふれている。YouTubeでも大いに盛り上がっているらしい。街角では「こんな正直な人はいない」という女性のコメントを拾っていた。今の時代、YouTubeと来れば、現職危うしの空気感が漂う。そのままナレーションは、「さて選挙の結果は…」となり、その後にCMである。いやはや、この手がやたらと多い。バラエティも含めて、結果をすぐに言わずにCMをはめ込む。これで視聴者を縛っておこうという魂胆がミエミエである。
 しかし、世の中には短気な人もいる。その一人であるわたしは、ナレーションを聴くと同時にテレビを切って部屋に戻り、ネットで結果を見た。大差で現職が勝っていた。
 ただ、それだけのことですが…。
公民の教科書 [08] 2024/02/04 Tue 10508
 コロナが襲来した2020年に中学校の教科書を評価したことがあります。本コラムでも、ある期間に連載していたのですが、いつものパターンで[一時停止]が続いていました。それをやおら、復帰してみる気になりました。
 社会科に「公民」という科目があります。「公民」の教科書は6冊ありましたが、それぞれ特色を出していました。ところで、そもそも「公民」とは何かその定義は小学生のころから明確になっているのでしょうか。少なくとも、わたしの時代は「公民」なる教科はありませんでした。あるとき、高校では「倫理社会」がなくなって「公民」になったと聴いたことがあります。アメリカでは「公民権」という言葉が使われることは若いころから知っていました。
[ミス」の思考実験 [07] 2024/02/03 Mon 10507
 【思考実験:考えの上で、ある実験方式を想定し、それからどのような結果が得られるかを吟味すること。理論体系の矛盾の検証や実験装置の設計などに用いられる。[精選版 日本国語大辞典]】
 アインシュタインはこれがお得意だったらしい。それはともあれ、ここで[ミス]について、思考実験的解釈を試みよう。
 人間は行為を重ねながら外界に対応する。それを[適応]と言いたいが、あらゆる行為が[適応]に当たるかどうかはわからない。人間の行為のほとんどは、主観的には[適応]を目指しているとは言えるだろう。しかし、周りから見て、「とても適応」とは思えない行為を見ることはある。また、[適応]として、その瞬間あるいは時点で適切だと思える行為が、結果として問題を起こすこともあり得る。その点では、結果次第で「適応的行為」と評価されることになる。
後悔先に立たず [06] 2025/02/03 Mon 10506
 ときどき世の中で知られた人物がトラブルを起こし、一気に注目を浴びます。そうなると、しばらくはワイドショーなどで取り上げられ続けます。ご本人に責められる理由はあるにしても、針の筵状態で精神的に厳しい状況に落ち込むことになります。本人だけでなく家族、とりわけ子どもたちがいれば、その気持ちは想像すらできません。
 それにしても、芸能界でトップを走っていたと思われるN氏が引退に追い込まれたのは、わたしのようなテレビをほとんど観ない者にとっても衝撃でした。何が起きたのかはわかりませんが、少なくともその原因は数時間ほどの間の出来事にあるのでしょう。それで40年近くにも亘って築き、これからも継続できたものがあっという間に失われたのです。「後悔先に立たず」といいますが、悔やんでも悔やみきれないことになってしまいました。
特性か行動か、はたまた状況か [05] 2024/02/02 Sun 10505 1月30日 [78] の続き
 人間の行動が単一の要因で決まらないことは当然です。そんなことで、「リーダーシップの善し悪しは[特性]だけで決まる」などとは言えません。まったく同じ理由で、[行動だけ][状況だけ]の[だけ論]では先に進めません。そもそも遺伝子のレベルですら、様々な原因で変化するわけです。いわゆる[突然変異]なくしては[進化]そのものがあり得ません。ついでなから、わたしは[進化]ではなく[適化]を使うべきだと考えています。まずは、遺伝子から見れば偶発的な事故でコピーミスが起きます。その結果、状況に対応できずに生命が終わるケースが圧倒的に多いと思われます。その一方で、これもまた偶然ながら、周りの環境に対応できる、しかもそれまで以上にうまく対応できるものになる可能性が、きわめて少ないながら出てきます。
フレーズの思い出 [04] 2024/02/02 Sun 10504 昨日 [21] の続き
 「過去と他人は変えられないが、自分と未来は変えられる」 わたしがこのフレーズを初めて聴いたのは前世紀の終わりだった。福岡の集団力学研究所で開催していた定例のシンポジウムにプロ野球のダイエー(現ソフトバンク)の社長をゲストに招いたときだった。
 事前の打ち合わせの際に、わたしが“"Challenge the Chance to Change Yourself”、つまりは「自分が変わるチャンスに挑戦しよう:自ら変わるのは[チャンス]と捉える」という意味で「わたしは“ Cha-Cha-Cha”で行こうと強調しています」と話した。これに対して先方が「それはいいですね。わたしも日ごろから社員たちに「『過去と他人は変えられないが、自分と未来は変えられる』と話しています」との答が返ってきた。これを聴いたわたしは「いいこと言うなあ」と感動したのだった。ただし、その後になって、これが社長のオリジナルでないことを知った。
日記の中の母(55) [03] 2024/02/02 Sun 10503 1月26日 [67] の続き
 1973年10月13日 土曜日 また、1週間が過ぎた。疲れが出ている。父から1,500円もらって肉を食べた。わたしも25歳になってしまった。母の病院生活も二ヶ月を超えて、今年いっぱいの覚悟は必要なようである。
 このときわたしは大学院博士課程の1年目だった。奨学金と研究所のアルバイトで、何とか生活はできていた。それでも父親からスタミナ代をもらったのである。それにしても母の状況は好転しないままで、年越しまで視野に入りはじめていたことがわかる。
よく知られたフレーズ [02] 2024/02/01 Sat 10502
 元アイドルのメンバーで、アルコールに絡んで不祥事や酒気帯び運転で問題を起こしたタレントが講演した記事があった(熊本日日新聞1月26日Web)。その中で「自身の経験を踏まえ『過去と他人を変えることはできないが、自分と未来は変えられる』と語った」という。わたしはこのフレーズをずいぶんと昔から聞いている。これをカナダの精神科医Eric Berneの言葉だとして、“You cannot change others or the past. You can change yourself and the future.”を挙げているものがあった。
 そこでそれがいつのことかを知ろうと[Copilot]で検索した。その結果、日本人の「そのホームページ」のみが出てきた。これには「うん?」と思って[Chatgpt]に「聴いて」みると「明確な出典はない」「同様の考えは、多くの哲学者、心理学者、自己啓発の著者によって表現されているが、このフレーズを最初に作った人物についての確かな記録はない」ときた。まさに「詠み人知らず」なのである。なお、Eric Berneは[交流分析]の開発者として知られている。
さよなら電車 [01] 2024/02/01 Sat 10501
 熊本市内を走っていた電車がラストランを迎えます。この電車、わたしは中学生から高校、大学、大学院、さらに大学の助手に採用されてからもお客さんでした。とくに高校生のときは朝のラッシュ時に乗る室見橋電停では、サラリーマンたちと特定座席の獲得バトルを繰り返していました。進行方向後部の運転席につながる位置のものです。ここは、右側が運転席ですから、乗降車側にはドアがあり、車掌がいました。しかし「こちら側」は空間なのです。子どものころから[隅っこ]にいるとなぜか安心感がありました。
 ともあれ、その電車が福岡市電時代の塗装のままで熊本市内に登場したときは目を疑いました。そもそもの製造は1957年だそうです。写真は上熊本にある車両工場に出かけた際に撮ったものです。永いこと、お疲れさまでした。