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| メールのやり取り(14) [90 ] 2024/01/31 Wed 9790 1月26日 [77] の続き 講演後に届いたメールのやり取りも終わりを迎える。 「吉田先生 毎日、[味な話の素]楽しみに読まさせて頂いています。また、先生の Home Page に記載されています読み物も読まさせて頂いております。Mail することで先生にお手数をおかけしますのでこれで最後にします。今まで、私のためにお返事を頂き有難うございます。今後とも、[味な話の素]を読みたいと思います」。 わたしとしては、メールが届けば、必ず自分の思いを込めてお返ししていた。もっとも内容としては、けっこう言いたい放題なものだった。もちろん、何かをお伝えしたい気持ちを持っていたことは言うまでもない。そうしたことから、わたしに手数をかけると思われたようだ。たしかに、ご自分の考えや状況、あるいは体験を洪水のように送ってこられるケースがまったくなかったわけではない。そうしたものを含めて返事を出していたが、文章的には短いものになることもあった。そんなときは、物足りなく思われたかもしれない。 |
| J事件の分析と考察(25) [89 ] 2024/01/31 Wed 9789 1月26日 [77] の続き BBCの記者は元メンバーの発言に自分の思いを語る。 「彼はJ氏に虐待はなかったと思っている。それを聞いて彼に腹を立てるのは簡単だが、それはフェアではないと思う。それは、彼自身、何があったのか整理して受け止められず、J氏を尊敬しているのだから」。 BBCのドクメンタリーでは同じような状況を推測させる関係者の声が繰り返されていく。そして、マスコミもまた「当時、J氏の行為が犯罪だとは認識していなかった」といった趣旨の説明をしている。そして、続ける。 「J氏の加害行為は日本では秘密ではなく、それを取り巻く沈黙は、虐待そのものとほとんど同じくらい恐ろしいと言えるかもしれない」。 最高裁がその行為を認知しても、少なくとも、J氏がその行為を続けられたのは、そうした「日本人たちの『沈黙』によるものだ」と言われても反論するのはむずかしい。 |
| メールのやり取り(13) [88] 2024/01/30 Tue 9788 1月28日 [82] の続き 先生が書かれた[悪魔の法則]をグループの人達に回覧して読んでもらいました。これからも、[味な話の素]を回覧し、何かの気付きになってもらえば良いと思っています。会社以外では、色々とどうすればよいか皆さん考えていますが 会社の仕事に入ってしまうと、仕事に流されてしまい、1日の仕事をどうこなせばいいかでいっぱいになってしまい、将来のこと、周りのことにそのとき気付かなくなっているのではないでしょうか。それが、□□□のように、今を乗り切ればどうにかなるという考えになっているのではないでしょうか。 ここで引用されている[悪魔の法則]は講演時に資料として配付した。組織の安全を脅かし、問題を発生させる悪魔の物語である。それはすべての人間の体内にヘルベスウイルスのように潜んでいるという話だが、自分が書いたものを職場で回覧していただくのだから、ありがたいことこの上ない。 なお、□□□は当時問題になっていた食品系会社の不祥事を指している。その業界や組織は変われども、問題が繰り返される点は変わらない。 |
| 心の合理化-理屈づけ [87] 2024/01/30 Tue 9787 昨日 [85] の続き われわれは一貫性を好むから、自分の行動についても「正当な理由」が必要になる。そうした状況では「誰がやっても同じことをする」というわけだ。 搾取的な傾向をかくすためには、もう1つの合理化の仕方がある。「私はお前にたくさんのことをしてやった。今度は私はお前からほしいものをとってもよいはずだ」。サディズム的衝動のもっと攻撃的な形は次のような2つの形で合理化される。「私はひとからきずつけられた。ひとをきずつけようとする私の願いは復讐にほかならぬ」。あるいは「最初になぐりつけたのは、私や私の友人がきずつけられる危険をふせぐためだったのだ」。 サディズム的人間と、かれのサディズムの対象との関係において、つぎのことがみのがされることが多い。それゆえそれはここでとくに強調してもよいであろう。それはサディズムの対象へのかれの依存である。(日高訳 p162-163) すでに、取り上げたが、「サディストは暴力を振るう対象である相手に依存している」ことが「みのがされていることが多い」という点に目が注がれる。 |
| 現場の声 [86] 2024/01/29 Mon 9786 1月22日 [65] の続き 「52.□□の作業中に足場が悪く滑ったことがある」「53.□□修理のとき、油で足をすべらせ転んだ」 この2件、インタビューや自由記述に出てきたことから、ヒヤリハットで終わったと思われる。そうしたことから、本人も公式には報告していないと思われる。組織や職場に「小さなことでも報告しなかればならない」と決めれば、この手の問題は解消されるだろうか。行動に関わることは、「決めるだけ」では効果は期待しづらい。それは上司のリーダーシップを含めた職場の空気である。構成員たちが「どうせ言っても聴いてもらえない」「言えば言うほどストレスになる」では報告する気持ちは生まれない。 |
| サディズムと思い込み [85] 2024/01/29 Mon 9785 昨日 [84] の続き フロムはサディズムをマゾヒズムと比較する。 サディズム的傾向は、あきらかな理由から、社会的にはずっと害のないマゾヒズム的傾向よりも、いっそう無意識的であり、いっそう合理化されることが多い。しばしばそれは、他人にたいする過度の善意、過度の配慮の結果であるとして、おおいかくされる。もっとも多くみられる合理化はつぎの通りである。「私がお前を支配するのは、お前にとってなにが最善であるか、私が知っているからだ。お前の利益のために、お前は私にしたがうべきだ」。あるいは「私はこのようなすばらしい独自の人間であるから、私は他人が私に依存することを期待するだけの権利をもっているはずだ」。(日高訳 P162) 学校において問題になる教師の体罰観と通底するものがある。自分1人の力だけで人の人生を左右できるなど間違っても考えない方がいい。 |
| 攻撃対象への依存 [84] 2024/01/28 Sun 9784 昨日 [81] の続き 支配することに依存している人間の病理について、フロムは親子関係にも目を向ける。 この状態はとくに両親と子どもとの関係にみられる。そこでは、服従の態度―および所有の態度は、子どもを保護するという「自然」の配慮や感情のようにみえるもので、しばしばかくされている。子どもは金のかごにいれられる。そしてそのかごからでたいということのほかは、なんでもがあたえられる。その結果、子どもが成長したとき、しばしば子どもは愛にたいして深い恐怖をもつようになる。かれにとっては、愛とは、自由を求めながら、とらえられとじこめられることを意味するからである。(日高訳 P165) 親の子離れが話題になることもある。自立できない親は子どもの自立をも阻止しなければならない。そうでなければ自分の存在が危ういからである。この線で行けば、パワハラも自立ができない人間の行為ということになる。ハラスメントの対象がいて自分に安心する。それではいかにも寂しく、侘しく、また悲しい。 |
| 日記の中の母(9) [83] 2024/01/28 Sun 9783 1月21日 [61] の続き 1973年8月10日 金曜 昨夜から□□の叔母さんと病院に泊まる。少々は寝たけれども睡眠不足である。体内のガスの関係であろうか、母がしばしば腹痛を訴えたので案外ねむれなかったのである。しかし、他人にたよるしかない病人を看護することは、ある意味でやりがいのあることだ。腹をたたいただけでも死んでしまうような人間のいはば生死に関わるキーを持っているのである。今日は父と妹が病院に泊まり、わたしは叔父宅に泊まる。 |
| メールのやり取り(12) [82] 2024/01/28 Sun 9782 昨日 [79] の続き メールでは、[Top down]と[Bottom up]について繰り返し問題が提起されている。 今は、Top Down ではなく Bottom Up」と言われていますが、私は、違うと思います、こう言う時ほど、Topが方向性を示し、それに下の者がどうすれば良いかを考え、その方向性が良いかを示してくれるのがTopと、私は考えています。私の、考えについて何かあれがお聞かせくだされば光栄です。度々お手紙を差し上げて申しありません。このような私のものに、お返事を頂き光栄に思っております。「味な話の素」、楽しみにしています。 これは、[Bottom up]を否定するのではなく、これを実現するためには、トップ側の姿勢が重要だと指摘しているのである。文面からは「方向性を示す」とあり、受け身的にも読める。それにも拘わらず、わたしとしては、「トップは口で言うだでなく、行動すべし」の訴えだと考えたい。ついでながら、わたしは[Bottom up]の代わりに[Ground up]の使用をアピールしていることはご存じの方もいらっしゃると思う。 |
| サディズムと対象愛 [81] 2024/01/27 Sat 9781 昨日 [78] の続き フロムによれば、サディストは支配する人間がいないと生きていけない。つまりは攻撃の対象が必要なのである。そして、その対象を愛しているという。 サディズム的人間は、かれが支配していると感じている人間だけをきわめてはっきりと「愛し」ている。妻でも、子でも、助手でも、給仕でも、道行く乞食でも、かれの支配の対象にたいして、かれは愛の感情を、いや感謝の感情さえもっている。かれらの生活を支配するのは、かれらを愛しているからだと、かれは考えているかもわからない。事実はかれらを支配しているから愛しているのだ。かれは物質的なもので、賞賛で、愛を保証することで、ウィットや光彩ある才気で、関心を示すことによって、他人を買収している。かれはあらゆるものをあたえるかもわからない-ただ1つのことをのぞいて、すなわち自由独立の権利をのぞいて。(日高訳 p164-165) 文章はややこしくなってきたが、攻撃が憎しみからではなく、その対象を愛しているから暴力を振るうのである。少なくとも翻訳文ではそう断定している。ただし、「かもわからない」という文言が2回繰り返されているから、フロムの真意がどこにあるの「かもわからない」が…。 |
| 「4人の物語」(47) [80] 2024/01/27 Sat 9780 1月20日 [59] の続き ある日、Aは通勤する父親の自転車の後ろに乗って学校に向かった。いつもはバイバイする自分も母親と妹から見えなくなるまで手を振られた。まずは土手に向かって緩やかな坂を上り、その町で一番大きな川に架けられた橋を渡る。それから今度は緩やかに500mほど下ると突き当たる。父親はそこから左に向かうが、Aの小学校は右方向にあるから、そこで自転車を降りようとした。そのとき、右足がタイヤに挟まれてねじれた。自転車が完全に停止しないうちに足を降ろしたのである。Aにそのときの痛みは記憶にない。ただ、右足を引きずりながら学校に歩いて行った。Aは、その日が学芸会か何かでみんなの前に立たないといけなかったようなことだけは間違いないと妙に確信している。 |
| メールのやり取り(12) [79] 2024/01/27 Sat 9779 昨日 [76 ] の続き [小集団活動]のあり方、[Top downとBottom up]にの課題についてやり取りしている中には、つぎのようなメールもある。 吉田先生 文章の中に、言葉が足りませんでした。[Top Down] を行う際、[Bottom Up] を行える[System]を作らなければ、いくら、「Bottom Up」を求めても難しいのではないでしょうか。下の人は、1日1日をどうこなして行けばいいかで追われてしまうのではないでしょうか? 上の方が、部下の方たちに何を求めているのかを明確にし、それを行える [System」を作らないと [Bottom Up]は難しいと考えます。末端の組織に考える時間を与える[System]を作らなければ、幾ら 経営 Topと車座をおこなっても、その場では、良い答えが返ってきますが、変えるのは難しいのではないでしょうか? 現実の職場で苦労されているリーダーの体験である。さらに言えば、[System ]も機能するようなものでなければ形だけになる。 |
| 弱気人間の暴力 [78] 2024/01/26 Fri 9778 昨日 [74] の続き フロムは、サディスチックな夫は妻が本気で離れようとすると、妻なしでは生きていけないと崩れ落ちる。それを妻が信じようとしてそこに止まろうとすると述べた後に続ける。 何千何万という結婚やその他の人間関係がこの循環をくりかえしている。そしてこの魔術的な循環は断ちきられることがない。彼女なしに生きていけないといったとき、男はうそをいったのであろうか。愛についていえば、すべてはその愛とはなにを意味するかということにかかっている。彼女なしには生きていけないという言葉についていえば、文字通りではなくても、ともかく完全に真実である。かれは彼女なしには、-あるいはすくなくとも、かれの掌中にあって頼りない存在と思われるような人間なしには生きていけない。ただこの関係が破れそうなときにだけ、愛の感情があらわれる。(日高訳 P164) 自分より弱い人間がいなければ生きていけない人間像が浮かび上がる。ここでもパワハラが止まない人間と重なる。 |
| J事件の分析と考察(24) [77 ] 2024/01/26 Fri 9777 1月17日 [50] の続き BBCの記者は元メンバーに、J氏が少年たちにしていたことを親たちは知っていたのかと問う。これには「もちろん、親は知っている事実だった」と答える。そして、「親は『J氏にお尻くらい提供しなさい』」と「パシーン」と手で叩く仕草を付け加える。「周知の事実なんですよ。J氏がホモセクシャルだ少年愛だ」「それを知っているんですけど『ノー』としない」と続ける。 これに記者が「J氏の行為は犯罪の領域に入っていることがわかりますか」と問いかける。元メンバーは「本当にJ氏が犯罪者であり、あるいは犯罪的な行為を行っていたと言ったら、当然支援も受けられなかったと思うし、受け入れられなかっただろう。それを受け入れるのがこの日本なんですよ。トップ企業にのし上げたのは日本なんですよ。日本そのものだと思います」と語る。 これは、問題が大々的に取り上げられる前の発言、あるいは証言である。それどころか、この番組がBBCで流されても、「日本」の反応はまったくないと言えるほど鈍かった。 |
| メールのやり取り(11) [76] 2024/01/26 Fri 9776 昨日 [73 ] の続き 「個々の[小集団活動]を□個立ち上げる」。組織でこんな「目標」が立てられていること自身が「小集団活動」を理解していない証である。これでは「何のため」よりも「何個」という数字が「目標」になる。そんなこともあって、わたしはつぎのようなメールも送った。 「講演では[Top down]と[Bottom up]についても時間があればお話しするつもりでした。おっしゃるとおり、何でもかんでも[Top down]がいいわけがありません。組織の理念や理想、あるべき姿の基本は[Top]が示す必要があります。また、上からの指示や命令がうまく伝わっているときは、それが一番です。仕事の効率もよくなります。問題は上からの指示や命令がうまくいかないときです。そんなとき、組織なのですから、「それならあきらめる」というわけにはいきません。そこで「何とかする」のですが、そこで[Bottom up]の視点から[小集団の力]を活かすことが問題の解決につながるのです。 |
| 山登りも「適応」の積み重ね [75] 2024/01/25 Thu 9775 昨日 [72 ] の続き 人生を山登りにたとえるなら、あくまで頂上を目指すのである。あるとき頂上に立って、あとは下山などあり得ない。ここで「登り続ける」という点では「発達心理学」と同じ発想だと思われるかもしれない。しかし、わたしの、プラスの価値観を背負った「発達」など使わずに「適応心理学」に直した方がいいという考えは変わらない。それは「人生山登り論」にも適用できる。山も上に行くほど空気は薄くなるから、これに体を合わせることが必要になる。それは「発達」ではなく、あくまで「適応」である。また、年齢と共に体力が衰えてくるのは必然である。そこで荷物を軽くすることが求められる。これも「発達」ではなく、周囲の環境に「適応」するのである。人間様は発達し続けるなんて勝手な思い込み、この世に生きるものはすべて「適応」し続けているのですよね。 |
| 暴力と依存 [74] 2024/01/25 Thu 9774 昨日 [70 ] の続き フロムはサディストと表現しているが、今日ではドメスティックバイオレンスである。そうした夫婦関係にある妻が家をでると宣言するとどうなるか。フロムは「予想外のことが起きる」と言いながら続ける。 男は絶望的になり、うちのめされ、でていかないでくれと哀願する。彼女なしには生きていけぬといい、どんなに愛しているかなどという。通常、女は自己主張の勇気をなくし、夫を信じようとし、決心をひるがえして、とどまる。するとまたやりとりが始まる。男は古い行動をくりかえし、女はいっしょに暮すことに困難を感じ、爆発し、男がまた絶望し、女がとどまる。このようなことが何度もくりかえされるのである。(日高訳 P164) 他者を攻撃するのは依存のひとつの現れなのである。そもそも心豊で自分の力に確信を持っている人間は他者を攻撃する必要がないのである。それにしても、フロムが書いていることは今日でも変わらない。 |
| メールのやり取り(10) [73] 2024/01/25 Thu 9773 昨日 [71 ] の続き わたしが[グループ長]宛てに出したメールの続き。 さて、ご質問に対する情報提供ですが、「作業リーダーの責任と誇り」という視点はいかがでしょうか。作業リーダーは「誰でもやれる」ということですから、それが名目的な役割としてとらえられているような感じがします。そうなると、割り当てられた日にトラブルが起きると損だといった気持ちになってしまいそうですね。リーダーになった日はメンバーの方と仕事上でコミュニケーションを交わすことはあるのでしょうか。形式的な情報提供と確認だけだと、「しなくてもいいじゃないの」といったことになりそうです。その日に発生した問題や良好事例、課外に伝えたり、交渉してほしいことまとめる仕事などが含まれれば充実感が生まれます。それを課長が好意的に評価し、他部署と交渉すべきものは行動に移す。それが部下たちに見えれば、「問題や改善アイディアは言ってみよう」といった雰囲気が生まれるかもしれません。 |
| 頂上を目指す人生 [72] 2024/01/24 Wed 9772 昨日 [69 ] の続き 山の頂上が人生の最高値で、あとは下り坂になる。そんな発想はいかにも消極的だ。せっかく天国に近い頂上に着いたというのに、そこから遠ざかるなど、視点がおかしいじゃないか。絶頂を過ぎれば転落、転げ落ち、そして地下の地獄にまっしぐらとでも言うのだろうか。そんな発想は御免蒙りたい。そもそも人生は最後まで頂上を目指す山登りなのである。そして、その頂点は目の前に見えたとしても、タッチしようとするとまた上の方に移動する。それが人生である。頂上の移動が永遠に続けば天国にまで届くのだろうが、幸いなことにこの世に永遠などはどこにもない。 |
| メールのやり取り(9) [71] 2024/01/24 Wed 9771 昨日 [67 ] の続き わたしの講演を聴いていただいた方から届いたメールに回答した。 □□□□さま 先日のフォーラムはお疲れさまでございました。わたしの方は、皆様がご熱心にお聞きいただきましたので、とても気持ちよく時間を過ごすことができました。さて、メールの文面から、日常のお仕事にしっかり取り組んでおられる姿が浮かんで参ります。管理職として責任を感じるが故に、また悩みも多くなるということですね。そうした厳しい現実の中でお仕事をされておられる方に適切な[アドバイス]など僭越この上ないと思います。しかし、私自身が進めて参りました仕事でお役に立つところがあればとも考えます。これはご縁というものですから。しかし、それにしても課題が大きく、1回のメールで終わるようなものではなさそうです。 わたしのような部外者は現場を知らない。そんな人間が提示できる情報の迫力のなさは如何ともしがたい。いつもその限界を承知の上で返信することになる。 |
| サディストとパワハラ [70] 2024/01/24 Wed 9770 エーリッヒ・フロムは「自由からの逃走」で取り上げているサディストの記述は興味深い。 サディストはかれが支配する人間を必要としている。しかも強く必要としている。というのはかれの強者の意識は、かれがだれかを支配しているという事実に根ざしているから。この依存はまったく無意識的であるかもわからない。こうして、たとえば、ある男はその妻をひどく残酷にとりあつかい、くりかえし、いつでも家をでていってもよろしい、またそうしてくれたほうがありがたいといっている。ときには妻はひどくいためつけられ、家をでることさえあえてできない。それで二人とも、けっきょく男のいうことが真実であると信じている。ところがもし妻が勇気をふるいおこして、家をでると宣言するやいなや、二人にとって、まったく予想しなかったようなことが起るであろう。(日高六郎訳 東京創元社 P163-164) サディストをパワハラ行為を繰り返す人間と置き換えることができる。本書は1941年出版だが、人間の本性は古今東西、文化の違いなどは関わりないようだ。 |
| あの世の必要性 [69] 2024/01/23 Tue 9769 あの世のことはあの世の人にしかわからない。個人的にはこの世が終わればすべておしまいで十分だと考えている。このままみんながあの世にいけば、過密になって困るに違いない。人生にあの世まで求めるのはSDG’s的にも問題ではないか。ただし、ほとんどの人々にとって、毎日が苦しみの連続だったころは、あの世を前提にしなければ生きるエネルギーも萎えてしまっただろう。その点で、[あの世]は必要だったと言える。ところで、人生は山を登るが如しとも言う。 ある時期に長寿に達して、その後は下り坂という発想である。 |
| 有無を言わせない [68] 2024/01/23 Tue 9768 昨年10月9日の出雲駅伝の出場選手がドーピング違反で、所属チームが失格処分を受けることになったらしい(1月19日スポーツ報知)。その詳細は措くとして、「ドーピングは故意ではなくても、うっかりミスでも許さない」とあるのにいささか驚いた。他人から悪意で薬を盛られてもアウトなんだろうか。とにかく記録がアウトになるのはわかるが、犯罪行為が明らかになれば、本員の資格停止などは避けられるのではないか。それにしても「うっかりでもアウト」は厳しいが何ともわかりやすい。 そして、今度は大阪市が放置自転車は「即撤去」という記事に目が行った(産経新聞1月21日)。とにかく駐輪禁止地区にあるのものはドンドン撤去する。チェーンロックも即破壊というすごさである。大阪のおばちゃんが「みーんな止めとるやんか。なんでうちだけあかんのや」と食ってかかる不法駐車追放のCMを思い出す。いやいや「アホ」は昨年亡くなったコメディアン坂田利夫の芸だけでやめときましょう。 |
| メールのやり取り(8) [67] 2024/01/23 Tue 9767 昨日 [64 ] の続き 若者と年配者の間で思い悩む[グループ長]のメールは続く。 言葉では、小集団活動の重要性を言っていますが、グループ員からは、忙しいのに何でそんなにに時間を使うのか(因みに、所属するグループでは12の小集団活動を立ち上げることが目標になっています)と言われてしまいます。これをやって行く重要性を認識して貰うには、どうすれば良いのか教えていただければ光栄です。色々な事を、やるには先ずその環境を作ってからやらないと、皆分かってはいるのに忙しくてそんな事に構っていられないのではないでしょうか。一人一人にゆとりがないと言葉では分かっていてもなかなか行動に移せないのが現状のように感じます。 最後にメールが個人のものを使われたことが付記されていた。この組織では「12の小集団活動を立ち上げることが目標」とされていることに衝撃を受けた。まさに「立ち上げること」が「目標」なのである。こまかい事情はわからないが、この時点ですでにアウト状態である。 |
| GDPと悪魔の指標 [66] 2024/01/22 Mon 9766 わが国の1人当たりのGDPがOECD加盟国38ヶ国中21位で過去最低になったという。G7の中でも最下位である(熊本日日新聞12月26日)。次の22位には韓国が続いている。かつてはGDP世界第2位の経済大国と言っていた。ただし、日本は1億を超える人口だから、1人当たりとなれば、第2位は張りぼてのようなものだった。その点では、中国も10億以上の人口だから、1人当たりはかなり低くなる。また、わが国が過去最低の21位と言いながら、ドイツは16位、英国18位、フランス19位 、イタリア20位で、ベスト10にも入っていない。そもそもGDPには怪しいところがあって、犯罪が増えれば、パトカーも刑務所などの施設の建設だってGDPに含まれる。戦争すればドーンと増加するのだから、怪しいどころか悪魔の指標といった方がいい。 |
| 現場の声 [65] 2024/01/22 Mon 9765 1月15日 [43] の続き 「50.□□で使用手続きを取らなかったことがある」「51.|□□使用を無資格者が行っていることがある」 この声が発せられた組織の業務形態が明らかになるため、伏せ字にした。ともあれ、この手のトラブルや不祥事は枚挙にいとまがない。ここでは、「ことがある」と記されているが、こうした「こと」はいつの間にか常態化し、定着してしまう。そこまでいけば、だれもが「おかしい」と思っていても、「これって駄目なんじゃないですか」とは言いにくくなる。そして、職場全体に「だれか言わないかな症候群」が拡散していく。 |
| メールのやり取り(7) [64] 2024/01/22 Mon 9764 昨日 [63] の続き 世の中には流行というものがある。何分にも「はやり」だから、たくさんの人や組織が飛びつく。現在は[DX]なるものがキーワードのようだ。これぞ「猫も杓子も行動」である。ただし、猫や杓子さんには失礼千万、ここにも人間の傲慢、自己中心性がほとばしり出る。ついでながら、「猫も杓子…」の語源については諸説ありとのこと。 わたしが大学生のころは、「小集団活動」があっちの組織、こっちの組織でも「はやって」いた。それは海外の組織研究者にまで知られていた。とにもかくにも、「これを入れればみんなのやる気が高まる」から「生産性が向上する」し、もちろん「事故やトラブルもなくなる」という単線図式である。しかし、それなら、世の中のあらゆる組織から問題が解消して、めでたし、めでたしとなる。そんなうまい話は過去にもなかったし、これからだってあるわけがない。それでも、現実には「うまくいった」ところと「そうでない」ところがあるのは疑いない。 |
| メールのやり取り(6) [63] 2024/01/21 Sun 9763 1月19日 [56] の続き 若者と年配者の間で思い悩む[グループ長]のメールは続く。 このような中で、グループのパフォーマンスを発揮させるのには、どうすれば良いのか考える中、私は、グループ内のコミュニケーションをあげるためのミーティングが不可欠と感じています。それは、同じ目標を持ち達成するためにどうすればよいか話し合うことにあると思います。先生が、忙しさの中に小集団活動があるのではなく、忙しさの中に組み込むと言われましたが、忙しい中で皆さんに小集団活動の中で色々話し合ってもらい、お互いに意見を認識してもらう重要性をどのように理解してもらえば良いのか大変悩んでいます。 わたしはメールをいただくと必ず返信するが、すでに10年以上前のことで、それは残っていない。わたしが講演で話したのは、「小集団活動」を形だけ導入して「忙しい仕事に余計な負担が増えるだけ」と受け止められては意味がないということだった。 |
| ダ・ビンチの健康メモ(13) [62] 2024/01/21 Sun 9762 昨日 [58] の続き 健康メモのラストは「 頭を休め、気分は陽気に保つべし」である。頭の休め方は人様々だ。いわゆる[遊び]といっても個々人でその定義は違っている。わたしなんぞは「仕事が趣味」などと誤解されること必定のセリフを発している。気分転換というのもある。それは「まったく違うこと」をすることを意味していると思うが、それも個人差がある。たとえば、「本を読んでいる」ことは継続していても、その内容がゴロリと変われば[気分転換]になる人がいてもおかしくない。つまりは、「本人の気分が陽気になる」のであればすべてよしということである。ともあれ、ダ・ビンチさんが健康メモの最後を[陽気さ]で締めたところを見ると、ご本人がそれを大事にしていたのだろう。(了) |
| 日記の中の母(8) [61] 2024/01/21 Sun 9761 1月14日 [41] の続き 1973年8月9日木曜 叔父の家から自宅へ帰り、洗濯、水あび、鳥の世話をして、病院へ向う。母は、まだ痛みは残ってるものの、一応の話は出来るようになっている。しかし、尿がうまく自分で出せずに苦労している。点滴が何本もあって、いつ終るのかと大変である。今日は叔母さんと私がここに泊まることになった。父と妹は自宅に帰る。夜の電話では妹はグースカ寝ているとのこと、やっぱり疲れるのだ。松本清張の「蒼ざめた礼服」を一気に読み終えてしまう。相変らず暑い毎日が続いている。 この当時、家族はボンボンベッドを病院に持ち込んでベッドの横で寝ていた。 |
| 続「おもしろ体験」 [60] 2024/01/20 Sat 9760 昨日 [57] の続き 北海道での仕事だから厚手のコートを着ていった。これを預けたのだが、しばらくして乗務員がやってきて小声でささやいた。「お預かりしているコートですが、他のお客様の香水の匂いが強くて、それが移ってしまいそうです。本日はお隣の席が空いていますので、よろしかったらこちらに置いてよろしいですか」。いやあ、なかなかの配慮である。つい、「そうですね。家内に誤解されてはまずいですよね」と、いつものことながら余計な一言を付け加えた。そして、熊本空港に到着する最終段階に「何かご要望はございませんか」とたずねられた。ここで、「じつは、前回は往復とも機材と座席が同じで、みんなに自慢話をしたばかりでした。今回は乗り継ぎのクルーが同じで、これもまためずらしいことだと聞いたことがあります。今日のことも自慢話になるでしょう」と、言わなくてもいいことをプラスしてフライトを終えた。 |
| 「4人の物語」(46) [59] 2024/01/20 Sat 9759 1月12日 [34] の続き Aの父が自転車で緩やかな坂を登って土手の上から振り返る。その先には橋があり、見送る側からは見えなくなる。そこでAの母親とA、そして妹が大きく手を振る。これが毎日の光景だった。すでにAは小学生だったから、自分の登校時間もあったに違いないが、とにかく手を振ったのである。おそらくAの父は同僚が出勤するよりもかなり早い時間に出かけていたのだろう。Aは、父親がそうした行動をするタイプの人間だったと今でも思う。 ともあれ、「家族が出かけるときは、姿が見えなくなるまでバイバイすべし」はA家の家訓となった。そして、それは今に至っても続いている。ただし、他人様と別れるときも家訓を守ろうとするから、事情を知らない人の中には、「いつまで振り返らにゃあいかんのかいな」とうっとうしく感じる者がいるに違いない。Aはそれが分かっていても、やめられない自分に苦笑いする。 |
| ダ・ビンチの健康メモ(12) [58] 2024/01/20 Sat 9758 昨日 [55] の続き 第10番目は「夜には布団をきちんと掛ける」である。昔の夏はタオルケットのような薄手のものを体にかける感じだった。しかし、わがくにも亜熱帯化し、夏はクーラーを付けたまま寝る。これも以前は専門家が体に悪いなどといっていたが、今ではクーラーを使えと奨励する。小中学校で遠距離走をするときも、「水を飲んではいけない」といわれていた。これまた、じつは「水分補給」が大事なんだそうな。科学は仮説からなっており、自然界はそれが克服されることを望んでいるのだろうが、日常的なことも、けっこう怪しい[事実]が流布されるものだ。さてさて、夏でもクーラーとなるから、タオルケットとはいかず、そこそこの布団を使うことになる。その点では、年間を通して「布団をきちんと掛けている」ことになる。 |
| おもしろ体験 [57] 2024/01/19 Fri 9757 昨年、[往路:熊本-中部-千歳 復路:千歳-伊丹-熊本]の4便すべてが同じ機材、座席という奇跡のような体験をした。 そして、年が明けて、まったく同じルートの便に乗ることになった。さてさて、今度はどうかいなとニヤリとするのは自然の成り行きである。 しかし、それは初日の中部空港でアウトになった。千歳に向かう便の搭乗口は空港中央を挟んで正反対と言えるほど離れていた。それでも、帰路の[千歳-伊丹 伊丹-熊本]は体験済みの同じ機材、座席だった。それだけであれば、わざわざ取るあげるほどでもない。そう思って[先ほど]の席に向かうと、今度は客室乗務員が同じだった。ずいぶん前のことだが、やはり北海道に出かけたとき、乗り継ぎの便で乗務員が同じだったことがある。それがけっこう確率の低いことだと聴いて、それなりに盛り上がった。その意味では、今回もおもしろ体験をしたとは言える。 |
| メールのやり取り(5) [56] 2024/01/19 Fri 9756 昨日 [53] の続き グループ長は課長に当たる方である。個々の仕事に違いはあっても、仕事の割り当てに対する不満はどこにもある。それを調整していくのは、管理職に普遍的な[悩ましい悩み]である。リーダーに割り当てられれば、その間は「安全、品質、生産とその仕事に責任」が生じる。これが個人の力に対する評価につながれば意欲がわくだろう。しかし、このケースでは「資格者の持ち回り」である。また、手当などの報酬とも結びついていない。 そこで、若い人が「給与の高い年配者に」と言い出すのも理解できる。一方の年配者は「若者に経験を積ませろ」となる。その根元に「自分たちも同じように育ってきた」という思いがあるかもしれない。それは「昭和の台詞」として、われわれが若いころは頻繁に聴いていた。しかし、すでに「昭和は遠くなりにけり」である。若者たちが「先輩方が自分たちを育ててくれている」と実感できる状況であれば、景色は違ってくるのではないか。 |
| ダ・ビンチの健康メモ(11) [55] 2024/01/19 Fri 9755 昨日 [52] の続き 第9番目は「仰向けに寝て、頭を下げて寝ない」である。赤ん坊時代の記憶はないが、わたし自身はそもそもうつ伏せに寝ることがイメージできない。それでは息苦しいだろう。ともあれ、胸を圧迫しな方が健やかに眠れそうである。ただし、完全仰向けのまま眠ることはできないのではないか。いわゆる寝返りの意味と効果は知らないが、それなしでは一晩過ごせないと推測する。もう一つの「頭を下げて寝ない」についても、ベッドや布団の上で枕を使えば「頭を下げる」ことはあり得ないと思う。いずれにしても正解である。ついでながら、わたしは海外も含めて「枕を選ばない人間」で、いまでも大いに助かっている。 |
| 冬の北海道 [54] 2024/01/18 Thu 9754 北海道から帰ってきた。北の国は今季最強の冬群団が襲来したとのことだった。ご当地の雪は小さい粒子のように見える。それが風に舞う。そのときに雪に加えて積もった雪の粉も一緒になるからすさまじい。車で走っていても、ときおり前が見えなくなる。それは」文字どおり[ホワイトアウト]そのものである。道路は凍結しているから、九州人のわたしなんぞはそもそも運転する気持ちにならない。昔はスパイクを装着したタイヤが使われていて、これで道路を砕くから粉塵が舞っていた。しかし、いまやスタッドレスである。 タイヤの脱着など自動車学校の経験しかない人間には、それだけでも[不可能な世界]が存在していることを知る。もっとも、北海道の人たちもディーラーにタイヤを預け、タイヤ交換も依頼すると聴いた。その方が安全性についても問題がなくなる。 ともあれ目的地まで、わたしは車の後ろの座席で[ホワイトアウト]を動画で撮りながらはしゃいだこの間、何とも能天気な人間を乗せて、慎重に運転していただいた。ありがとうございます。お疲れさまでございました。 |
| メールのやり取り(4) [53] 2024/01/18 Thu 9753 昨日 [51] の続き 講演後にある組織の作業グループ長の方からいただいたメールである。それは「嫁姑問題とは違って、仕事に直結していた。挨拶の部分はカットして、本題から読むことにしよう。 グループは作業内容によりますが、おおよそ6人で1グループを構成し、4日出て2日休みのシフトを組んでいるので、2日毎にメンバーが変わります。リーダーは、4日間するように割り当てています。先生の話では、リーダーは目標を持ち、方向性を示し、皆に認められ着いてきてもらえることが理想と感じました。しかし、当グループでは、資格を取得していれば誰でも持ち回りで割り当てています。手当ては出ないので、割り当てが偏ると、リーダーとして安全、品質、生産とその仕事に責任が出るので不満も出ます。とくに、若い人からは高い給料をもらっている人にやらせてもっと自覚を持たせて欲しいと言われますし、年配者からは若い人に経験を積ませろと言われます。リーダーになる人の評価ができ手当てが出ることがはっきり皆が理解していればやり易いのですが、そのようなシステムにはなっていません。 |
| ダ・ビンチの健康メモ(10) [52] 2024/01/18 Thu 9752 昨日 [49] の続き 第8番目は「運動するならほどほどに」は今日においても正解である。何事も「過ぎたるは猶及ばざるが如し」で、ほどほどがいい。 わたしも古稀を迎えてから腕立て伏せを開始した。はじめは10回程度だったが、とにかく止めないで続けてきた。粘着質は我が取り柄であり、欠点なのである。あれから5年、今ではディープに20回は何のこともなくいける。その後、スクワット80回も加わった。さらにストレッチにラジオ体操が待っている。これだけやっていれば成果が上がるのも当然と言える。我が人生を通していまや最厚の胸板を有するに至った。それがまた、「やればできる」の確信の炎となって燃え上がる。めでたし、めでたし。 |
| メールのやり取り(3) [51] 2024/01/17 Wed 9751 昨日 [47] の続き あっという間に「嫁姑問題」にたいする疑問点がまとまったので、その日のうちに返信した。これに対して、お礼のメールが届いたのは言うまでもない。回答の中には、、そもそも「嫁姑問題」と言っても、「嫁と姑のいずれにパワーがあるのか」「旦那はドッチに付いているのか」などの疑問も含まれていたことを思い出す。この体験談、その回答内容は本欄で掲載した。ただし、いまここで、それがいつのことだったかを検索する時間的な余裕を持っていない。 じつは、今週初めから仕事で北海道にやってきた。月曜日は暴風雪情報が出され、北海道は高速が止まるほどの天候だった。九州人には未体験のこともあった。そうした中で、いま未送信のメールに対する回答などを優先している。文書を作成しなければならないものもあることから、「嫁姑問題メール」の日付チェックは棚上げしておきたい。 |
| J事件の分析と考察(23) [50] 2024/01/17 Wed 9750 1月10日 [29] の続き 少年のころJ事務所に所属していた人物は顔出しをした状態で話を続ける。その内容はあまりにも具体的過ぎるのである。「体をなでまわされる、いじられる。いわゆる男の子のだいじなところをぐりぐりされるみたいなことをされる」。さらに子どもたちはどう考えていたのかを問われて、「基本的には小中学生で未経験な子どもたちが多かった」と言い、「初体験がJさんだ」と今でも笑い話になるという。さらに、自分自身は「そこまでやられていないので、被害には遭っていない。ただマッサージしてもらったレベルのほんの少しの延長だった」と笑顔で語る。「本当にファミリーな感じだった」というのである。裁判でも被害者とされる人たちが、最後に「長生きしてください」と述べたと言うが、おそらくそうした心情を吐露させるような関係を浮かび上がらせる。 |
| ダ・ビンチの健康メモ(9) [49] 2024/01/17 Wed 9749 昨日 [45] の続き 第8は「便所は早めにいく。またあまり長くいてもいけない」ありがたいことに、わたしは365日トイレの訪問者である。小学生のころは和式に座っていきんでいた記憶がある。また、昼間にお腹が痛くなって危うくなることがしばしばあった。そのうちには心理的なものもあったのではないかと思う。そうした緊急事態は昔話になった。ところで、わたしにとってトイレは「読書室」を兼ねている。現時点では、あれやこれやの分野に亘って4本が進行中だ。 その点で、ダ・ビンチの「長くいてはいけない」に反することこの上ない。 |
| 「発達」心理学? [48] 2024/01/16 Tue 9748 「発達心理学」なるものがある。その昔は誕生から青年期ころまで、人間の成長・発達を対象にしていた。しかし、人間は年齢を重ねても成長するとして、今では老齢期も「発達心理学」の領域に含まれる。そんなことから、わたしのような後期高齢者も研究対象なのである。そうした流れにケチをつけるつもりは毛頭ない。ただ、「発達」という、「進化」を思い浮かべさせる用語を使うのはどうなんだろうと思う。年を取っても伸びるものがあるんですよ、身に着くものだってあるんですよと励ましてもらえるのは、高齢者にとってありがたくはある。しかし、そこには「発達」が望ましいことだという価値意識が見えてくる。それでは科学とは言えない。 わたしが「進化論」を「適化論」と言い換えることを提案しているのと同じ理屈です。つまりは、「適化心理学」というわけですな…。 |
| メールのやり取り(2) [47] 2024/01/16 Tue 9747 1月14日 [42] の続き 組織の安全と事故防止の話をし終えてホテルに帰ると、「嫁姑問題」についての見解を問う質問メールが届いていた。それを見て、まずは笑いがこみ上げてきたのは自然だった。講演の内容とは関係のない、あまりにも私的な内容だったからである。しかし、わたしは「ちょっと待てよ」と考えた。それは家庭という集団における「安全・安心」の問題ではないか。そうであれば、講演と直結していると言える。ということで、これにマジメに取り組む気になると、あれやこれやと疑問が湧いてきた。ありがたいことに、わが家では「嫁姑問題」は発生しなかった。したがって、経験談は語れないが、「これはどうなのか」という疑問は止めどもなく湧いてきて、あっという間に10個に達した。 |
| ダ・ビンチの健康メモ(8) [46] 2024/01/16 Tue 9746 昨日 [45] の続き 第7は「食事の時間に飲むな、空腹の時も飲んではならぬ」という。これはアルコール党、晩酌習慣者にとって、相当に厳しいお達しである。ただし、「空腹時の飲酒」は現代でもしない方がいいというのが常識だ。もっとも、一秒でも早く酔っ払いたいと願う「効率最優先」の御仁もいらっしゃる。ただし、それは体を痛める効果も超特急クラスに違いない。短期的な快楽追求が長い目で見ればアウトであることはアルコールだけでなく、組織の不正などとも共通している。「急がば回れ、ちょっとだけ考えよ」がキモである。 |
| ダ・ビンチの健康メモ(7) [45] 2024/01/15 Mon 9745 昨日 [40] の続き ダ・ビンチの健康メモの第8「葡萄酒は必ず水で割り、少量をたびたび飲むようにせよ」これはアルコール全般に当てはまる教訓だろう。昔は「一気飲み」が宴会やコンパの常用語だった。それが理由で命を失った人までいる。今になって、昔の風習をすべて野蛮だと切り捨てるのはいただけない。しかし、それが常識でなくなったのであれば、そうした時代があったことを憶えておくことが大事だ。 今では、上司が「俺の盃が受けられないのか」なんて迫れば、それだけで一発パワハラである。そんな圧力で自分に力があることを示すなんて何ともわびしく悲しい。大昔、三船敏郎が「男は黙って□□ビール」と一声かけてジョッキを飲み干すCMがあった。今日ではジェンダー的にあり得ないセリフだが、「上司は黙ってプロフェッショナル」でいきたいものだ。その専門性で影響力を与えることこそ、リーダーシップの本質である。 |
| 劣化するテレビ [44] 2024/01/15 Mon 9744 ひとりの後期高齢者がそう思うだけなのだろうか、テレビ番組の質は年を追うごとに劣化し、もはや目を被いたくなる段階に至った。海外のテレビもこんなにひどいのだろうか。文句言うなら見るなと言われそうだが、じつはテレビをほとんど観ていない。その昔、評論家の大宅壮一が黎明期のテレビを称して、一億人が愚かになると批判した。オリジナルの表現には現在使用しない言葉が使われている。ご関心があれば、「大宅壮一」「一億」で検索すればすぐ出でてくる。ともあれ、若い人たちもテレビ離れが進んでいるとの話もあるが、テレビの先が危ぶまれる。もちろん、これは「個人の感想」ですけれど…。 |
| 現場の声 [43] 2024/01/15 Mon 9743 1月8日 [23] の続き 「48.作業実績をあげるため作業に無理がある」「49.年間作業計画で天候や諸行事等が多く入り無理を生じている」 わが国の製造業は世界でトップクラスだった[はず]である。その業界で、不正を含む様々な問題が明らかになり続ける。この国が元気のいいころ、海外では入国関係の官吏のの不正や製造業で働く労働者の意欲のなさ、いい加減さが話のネタになっていた。 アメリカの自動車は金曜日や月曜日にできたものは買わない方がいい。週末はやる気が落ちているし、月曜日は遊びすぎでいい加減だからというのがその理由だった。運転中にゴロゴロと音がするので自動車工場に持って行ったら、ドアの中にコーラのビンが入っていたといった笑い話もあった。しかし、このごろ明らかになる問題は「無理を強いた」という[反省]のオンパレードである。しかも、[ウン十年前から]というものがある。その中には、まだ世界でトップクラス的だったころも含まれる。 |
| メールのやり取り(1) [42] 2024/01/14 Sun 9742 わたしは長い間いろいろなところで講演をする機会があった。いまでも回数は減ったものの、お声がかかれば出かけている。若いころから[Yes man]を信条にしていたから、ありがたいとしか言いようがない。とにかくしゃべりたい性分で時間いっぱいで終わることが多い。また、質疑の機会があっても十分な回答はできないこともある。そこで、メールのアドレスを提示して、「何かございましたら、こちらへどうぞ」と伝えておく。 あるとき、講演後にホテルに帰ると、早くも質問のメールが届いていた。早速開いてみると、講演に対するお礼が目に飛び込んできた。そして、その後に、「ところで先生は嫁と姑の関係についてどうお考えでしょうか」と続いていた。これには失礼ながら笑ってしまった。その日は組織の安全や事故防止がテーマだった。それがストレートに私的な話題を提示されたのだから、笑いが生まれることはご理解いただくしかない。 |
| 日記の中の母(7) [41] 2024/01/14 Sun 9741 1月7日 [20] の続き 1973年8月8日水曜 研究所は電話で欠勤。午前中に病院へ行く。手術から時間が経っていないので、目は時々開けるが、非常に痛そうである。仕方がない。おばさん、おじさんが昨日に引き続いてやってきた。午m後から夕方までいてくれるということで、妹が自宅に帰る。おばさんが病院に泊まっていいと言ってくれているから、妹を休ませようとしたのに、心配なのかろくろく寝ずに夕方にはまた病院にやってきた。父も泊るというので、わたしはおばさんの家に泊まることになった。本人が一番一日が長いだろう。とにかく仕方のないことだ。 わたしは大学院の博士課程1年生だったが、日記から、週の何日かは集団力学研究所の所員として仕事をしていたことを思い出した。 |
| ダ・ビンチの健康メモ(6) [40] 2024/01/14 Sun 9740 昨日 [37] の続き ダ・ビンチの健康メモ第7は、「昼間に寝ては決してならぬ」だそうな。ヨーロッパ当たりでは昼寝が定番だと聴いたことがある。ダ・ビンチ時代のイタリアならフツーだったような気がするが、実態はどうだったのか。それは措くとして、現代では、短い昼寝は仕事の効率化にもプラスにはたらくというから、ダ・ビンチさんの健康法とはちと異なっている。 わたしも昼寝の効果は実感している。そもそも、「毎日が[サンデー毎日]の花のフリーター」だから昼寝の時間はおおむね確保できる。ところが、そうした好条件に恵まれていながら、未だに「仕事が趣味」の性癖から足を洗えない人間は、ほとんど昼寝をしないままでいる。 |
| 失敗体験運動 [39] 2024/01/13 Sat 9739 今日の成功は昨日の失敗の賜である。すべての行為、あるいは思考が身に着いた、良くなったと思ったら、その前のものはすべて失敗だったと考えよう。素晴らしきかな失敗、失敗なくして成功なし。それは本人も失敗だと気づかないほど小さく、ささやかなものかもしれない。そう、それでいいのだ、いやそうでないとまずいのである。何と言っても、ドデカイ失敗は心にも身にもダメージが大きい。とにもかくにも「小さな失敗体験運動」をはじめませんか。小さな失敗を積み重ねられない、その失敗から学べないのでは成功など夢の中でも実現しないと思いますよ。 |
| 大統領が知らなかった… [38] 2024/01/13 Sat 9738 アメリカの国防総省の長官が年末に癌で入院した。その事実をバイデン大統領が新年になってから知ったことが問題になっている。これを組織的な視点から見れば。「年が明けてから知った」と言うより「年明けまで知らされなかった」のである。ペンタゴンの最高責任者の健康に関する情報が国のトップに知らされないのだから、アメリカ版「あってはならないこと」である。ご本人が「みんなに黙っといてね」と言ったとしても、それができないのがシステムである。つまりは、どこかの判断で「言わないどこう」となったのではないか。その経緯についての詳細な分析が待たれる。 |
| ダ・ビンチの健康メモ(5) [37] 2024/01/13 Sat 9737 昨日 [35] の続き ダビンチの健康メモ第6は「怒りに対して用心し、澱んだ空気は避ける」である。そして、第7に「食卓を離れるときは、姿勢を正せ」と続く。「怒りに用心する」はストレスを避けるためにも「すぐにカッとなるな」というのは十分にわかる。「短気は損気」なのである。 そもそもの引用は[Ameba]からだが、meijiの「偉人の好物」では、「おこらないように気をつけて、悲しい心地から逃げるように食事を終えて席を立ったなら、しばらくそのままでいましょう」と一括されている。ただし、こちらの文意も、天下のmeijiが発出するメッセージとしてはよくわからないから困ったものだ。そもそも食事のときに姿勢を正してと言いそうにも思えるが、まあ原文が読めないのだから、勝手に空想するしかない。 とにかく「カッカするな」はストレスに満ちた現在の方がさらに大事になっている。食後に限らず、机に座っているときも、歩いているときも、姿勢に気を配るのは大事だくらいに受け止めておけばいいでしょうか。 |
| 何というレベルか [36] 2024/01/12 Fri 9736 昨年、石油精製販売大手のE社社長が酔って女性に抱き付いたとして解任された(熊本日日新聞12月20日)。これは11月以前のことのようだが、この会社、前年の8月にも当時の会長が女性に対する不適切行為で辞任している。記者会見した社外取締役の監査等委員は「2年連続でトップによる不適切行為がなされたことは痛恨の極みだ」と謝罪しているが、こんなトップを頂いている真面目な社員たちには同情を禁じ得ない。上述の委員は「幹部の人たちの意識が不十分だった」と述べたと言うが、とにかくレベルが低すぎる。この組織、「このくらいいのよ」と笑って許容するカビだらけの昭和風土が生き残っているのではないか。 |
| ダ・ビンチの健康メモ(4) [35] 2024/01/12 Fri 9735 昨日 [31] の続き 健康メモの第5は「薬をやたらに飲む者は、悪しき忠告を受けた者だ」と来る。薬の飲み過ぎは今日においても大いに問題だ。ここで悪しき忠告者が当時の医師だったのかどうかまでチェックしていない。ただ、ややこしい薬をちらつかせながら、「これで疲れが取れるよ」とか「想像力が高まるよ」などと耳元でささやくのは悪しき者、つまりは悪魔だと考えた方がいい。とりわけテレビのBS系では、健康食品のCMがあふれ、「個人の感想」に充ち満ちているが、これってもちろん「悪しき忠告」ではないですよね。 |
| 「4人の物語」(45) [34] 2024/01/12 Fri 9734 1月5日 [12] の続き 父親が仕事にで帰るとき、母親が小さな子どもを抱っこして「いってらっしゃい」と見送る。Aが子どものころは一般的な光景だった。夫は仕事、妻は子どもを育て、家事に勤しむのが当たり前の時代だったからだ。それでも、物心つくまでは、その記憶がはっきりしないのは当然である。Aが、自転車に乗って通勤する父親を母親と妹と手を振って見送っていたのを憶えているのは小学生になってからである。 Y市に引っ越したのは良かったが、Aの記憶では、最初は雨漏りのする借家に住んでいた。その次は味噌醤油を造る会社あるいは商店の一角にある借間だった。自宅の前に銭湯があって、内風呂のないのが当たり前の時代だから、何とも便利だった。そこにしばらく住んでいるうちに、運良く新築の市営住宅が当たった。そして、住宅からAの父はゆったりとした坂を登って川の土手から振り返る。母親と子どもたちは、それに「いってらっしゃい」と手を振った。 |
| 「多すぎる」が止まらない [33] 2024/01/11 Thu 9733 1月3日 [06] の続き マニュアルや規則は、そこに記されている文言だけを記憶しても意味がない。その内容が行動とつながることが最も重要なのである。ある意味では、そうした内容がそのまま身について、まさに体の記憶となり、あえて思い出す努力をしないでも期待される行動が取れればいい。しかし、現実には、「マニュアルが多すぎて憶えることができない」といった声があふれる職場は少なくない。今の時代、「多すぎる」状況が「増えすぎる」流れが止まらない、 |
| 「玉砕電報」(11) [32] 2024/01/11 Thu 9732 1月9日 [26] の続き 大本営が栗原中将の「玉砕電報」の原文を遺族に渡すことを了解したのか否かはわからない。この点を、梯氏は「硫黄島は遺骨の帰らない戦場でしたから…。軍の中にも、大本営から見捨てられながらも、劣悪な条件の下で多くの兵を率いて最後まで戦い続けた栗林さんを気の毒に思う人がいたのでしょう」と語っている(nippon.com)。 これは、見方を変えれば「内部告発」のようにも思えてくる。組織の問題や不祥事が明るみにでる契機の一つに「内部告発」がある。これがなければ組織内のことはなかなかわからない。これについては「公益通報者保護法」なるものがあって、「内部告発者」ではなく「公益情報の通報者」と呼ばれる。ただし、この法律がどの程度効果的に働いているのかどうかは知らない。(了) |
| ダ・ビンチの健康メモ(3) [31] 2024/01/11 Thu 9731 昨日 [28] の続き 第4は「食材には良く火を入れ、味付けはシンプルに」だ。われわれは刺身などの生ものを食べる。これは魚介類が新鮮だからで、とくに肉類は火を通すのが基本である。そもそも人類は[火]を使うことを身につけたから、心も体もここまで適化したとも言える。ここでわたしは[進化]ではなく[適化]を使う。生きものは環境により適応できたから種が分化してきた。あくまで現時点でトップを走っているように思い込んでいる人類が、自らを[進化の最先端]などと叫んでいるだけのこと。たまたま、[適化]下だけに過ぎない。そうそう、「味付け」もシンプルがいい。あれやこれや付け加えれば、それだけ素材の味から遠ざかる。塩にしても、保存が目的なのは致し方ないが、塩分は高血圧の元凶、控え目の薄味がいい。 |
| メイコさんとの出会い [30] 2024/01/10 Wed 9730 中村メイコさんが89歳で亡くなった。われわれ団塊世代にとって、子どものころから馴染みのある芸能人である。まだラジオ中心の時代にも、いつも聴いていた声だった。すでに2歳のときに映画デビューしたというから芸歴86年、ギネスものである。最後の収録が昨年末25日で、亡くなったのが31日という。まさに生涯芸能人だったことになる。 おそらく2003年だったと思うが、熊本空港から東京に向かう際に、同じ飛行機に乗ったことがある。まだ出発前の搭乗中に機内のトイレに行ったら使用中だった。ほんの少しだけ待っていると、そこから中村メイコさんが出てきた。ただ、それだけのことである。ご冥福をお祈りします。 |
| J事件の分析と考察(22) [29] 2024/01/10 Wed 9729 1月3日 [06] の続き BBCレポーターは、自分の経験を1990年に出版している人物に会う。書籍の一つは「[Jズ]のずべて 少年愛の館」だという。その出版は週刊誌で問題になるよりも10年前のことである。 彼は1980年、J事務所に13歳で入所し、6年間を過ごした。インタビューに「J氏の仕事はタレントを発掘し育てることがメインの仕事だから、レッスンをしているときには必ず来る。リハーサルやイベントの本番に必ず来る」と語る。そして、「みんなでご飯を食べに行こう、映画を観に行こう、ドライブしよう」といったことは少なくなかったという。さらに、「J氏がそういう癖を持った人であることはたしかだ。子どもたちに対して必要以上のかわいがり方をしたのはたしかだ」と続ける。 |
| ダ・ビンチの健康メモ(2) [28] 2024/01/10 Wed 9728 昨日 [25] の続き ダビンチの健康メモの第2は「夕食は軽く」である。テレビの健康番組で「夜は脂肪がたまる」といった点から、食べ過ぎ厳禁などと専門家が宣っているから、科学的に[当たり]である。第3は「腹の中に入れるものは、全て良く噛むべし」とくるから、これまだ[大正解]である。前世紀から[8020(ハチマルニイマル)運動]なるものが提唱されている。これは「80歳になっても自分の歯を20本維持しよう」という運動である。生きるエネルギーの素は基本的に口からはじまる。そのスタートで重要な役割を果たすのが歯である。うまくかめないと何かを口に入れる気が失われるから、身体的だけでなく、心理的にもダメージが大きい。 |
| 「想像力欠如」以前 [27] 2024/01/09 Tue 9727 京都新聞社夕刊に掲載した寄稿コラムの4本に日本経済新聞の複数記事から出典を示さずに引き写した部分が多数見つかったと発表した(熊本日日新聞12月21日11月16日)。原稿の主は大阪経済大学教授で4本の盗用が認められたとしている。その内容はオリンピックに関連したものだが、2020年10月~23 年8月に亘って「現代のことば」と題して掲載された。その一部が日経の記事と酷似していたという。さらに、同じ筆者のコラム1本の内容が、掲載した京都新聞の記事と酷似していることもわかったらしい。 何とも稚拙な話である。そもそも盗用が問題だが、それが新聞に掲載されればどうなるかくらいの想像力も持ち合わせていないのだろうか。学生たちには「こんなことしたらいけないよ」と実例として挙げてちゃんと教えてくださいね。 |
| 「玉砕電報」(10) [26] 2024/01/09 Tue 9726 昨日 [19] の続き 大本営で作戦を担当する班に所属していた大佐が、栗林中将の遺族宅を訪ね、「これをもってご遺骨と思わるべし」と夫人に原文を手渡した(梯氏のインタビュー nippon.com)。梯氏は、「硫黄島は遺骨の帰らない戦場でしたから…。軍の中にも、大本営から見捨てられながらも、劣悪な条件の下で多くの兵を率いて最後まで戦い続けた栗林さんを気の毒に思う人がいたのでしょう」と語っている。これを遺族が保管していたことから電文の改ざんが明らかになったのである。 梯氏は現物を見ているいるが、直された辞世の句の前に朱色の◎が付いていて、「悲しき」が墨で消され、「口惜し」と書き直されていたという。大佐の権限と思いはわからないが、修正が明らかな原文を手渡すことが制度的に可能だったのだろうか。大佐個人の強い意志があったのかどうかはわからない。 |
| ダ・ビンチの健康メモ(1) [25] 2024/01/09 Tue 9725 歴史のスーパースター、レオナルド・ダ・ビンチの自画像から、けっこう長生きした印象を受ける。実際は67歳で亡くなっているが、15世紀から16世紀の寿命としては長生きだったのではないか。彼がローマにいた1515年、63歳のときに書いた健康に関するメモが興味深い。(Ameba) まずは、「食欲のないときは食うべからず」からはじまる。前世紀、この国が[お祭り騒ぎ」で浮かれていたころ、「飽食の時代」という言葉を頻繁に聞いていた。敗戦後「奇跡の経済成長」を達成し、GDPは世界第2位に躍り出たとはしゃいでいた。それから世紀末を超えて20年、今や「奇跡の劣化」に列島は沈没の危機に瀕している。またぞろ脇道に逸れそうだから、もとに戻すとして、食欲のないのにものを食べては、そもそもうまくないに決まっている。それが精神衛生上からもうまくないことは明らかである。 |
| 地震の映像 [24] 2024/01/08 Mon 9724 1月2日 [03] の続き 能登地震は懐れた家の中で亡くなった人の数が多い。熊本でも30時間以内に益城町や西原村では2度にわたって震度7の揺れが。家屋も壊滅的な打撃を被ったが揺れ自身によって亡くなった人の数は能登ほど多くはなかった。能登では耐震の家屋が少なかったという情報もあるが、熊本でもかなりの家屋が破壊されていたが、大きな火災は発生しなかった。 今回は、東日本大震災の体験から津波を恐れてとにかく高い方へ、海から遠い方へと逃れた人が多かったようだ。熊本の場合は内陸部で、津波のことは強くイメージされていなかった。避難者の様子がニュースで流される。。わたしも車中で6泊したことを思い出す。避、m少なくないことから、この「難所として開放された熊本学園大学の駐車場で夜中に車中で起きて、廊下にまで寝ている人たちをまたいでトイレに行った。水やおにぎりの列に並び、カレーを食べたことも思い出される。 |
| 現場の声 [23] 2024/01/08 Mon 9723 1月2日 [03] の続き 「47.安全を確保するため人員を確保すべきで、職務についてももっと重視すべきである」 深刻な人手不足が国中に広がっている。あらゆる領域で必要な人材が得られない。そうした中で安全を確保するための人員が確保できないとすれば、危うい綱渡りになる。わたしが得たインタビューやアンケート情報には「人が足りない」という声にあふれている。「作業計画時での適正要員の配慮が必要ではないか」「作業は人員に応じた作業計画をたてるべきで、部外工事に未指定業者が関わっていることがある」「様々な事故防止体制も人員の減少によりうまく働いていない」「人員が少ない時に無理な作業は組まない」等々、枚挙に暇がない。交通関係の事故でも運転士の過重な負担によると思われるものが少なくない。いま、「2024年問題」として、その状況はさらに厳しさを増している。 |
| 「玉砕電報」(9) [22] 2024/01/08 Mon 9722 昨日 [19] の続き 硫黄島戦で指揮をとった栗原中将を取り上げた「散るぞ悲しき」の著者梯久美子氏のインタビューがある(nippon.com)。 中将が辞世の句に「悲しき」と書いた訣別電報は大本営宛のものである。そのため、敗戦時に焼却されていてもおかしくなかった。現実に、大陸を含め様々なところで文書が焼却廃棄されたことは歴史的事実である。海外でも、ロシア軍の侵攻に対してドイツ軍がアウシュビッツ収容所の破壊工作を行っている。 そうした状況で、中将の「訣別電報」の原文が残ったのである。それには種村大佐と呼ばれる人物が関わっていた。大佐は大本営で作戦を担当する第20班に所属していたが、玉砕の翌月に栗林中将の遺族宅を訪ねた。その際に、「これをもってご遺骨と思わるべし」と夫人に手渡したのである。 |
| 不正はどこでも[21] 2024/01/07 Sun 9721 地元紙に「オスプレイ製造 不正か」との見出しが出た(熊本日日新聞12月12日)。昨年11月29日に鹿児島県の屋久島沖で墜落した輸送機ある。記事によれば、ボーイング社が複合材の製造過程で必要な基準を満たさない不正があった。これを司法省が訴えて、 同社が810万ドル (約11億7400万円)を支払う内容で和解していたという。その時期は9月のことで、かなりの時間が経過してからわかったことになる。その事実が発覚したのは内部告発による。その不正によって80機以上のオスプレイに影響するとの報道もある。この権威についてボーイングは「法的責任を認めたわけではない」と回答したという。 米国でも内部からの情報がなければ、事実はわからないままになったのだろう。その不正行為がどのくらい続いたのかについての情報はない。 |
| 日記の中の母(6) [20] 2024/01/07 Sun 9720 2023年12月31日 [67] の続き 1973年8月7日火曜 母の手術は午後1時半から3時半頃まで予定通り2時間少しかかった。とにかく終った後は回復を待つだけである。今日は□□からも伯母が手伝いに来てくれた助かった。 父が「こういう時子供のいない人は寂しいだろうな」と言っていた。□□(妹)がしっかり看病しているから、このことを指して言ったのであろう。親子のよさというのはこうしたところにあるのだと思う。 また父は 「だから、親より先に死ぬのはまずいな」とも言った。私も両親より先に死んではならないのである。この言葉も当たっている。父も母がなくてはならない人になっているのだ。今日は父と□□(妹)が病院に泊まる。私は今夜ぐっすり寝てから、明日頑張ることになりそうである。 |
| 「玉砕電報」(8) [19] 2024/01/07 Sun 9719 昨日 [17] の続き 作家梯久美子氏は栗林中将の辞世の句「國の爲重きつとめを果し得で矢彈盡き果て散るぞ悲しき」の末尾が新聞では「口惜し」に変えられたいたことに気づいた。この両者には明らかな違いがある。「口惜しい]には悔しさがにじみ出ている。また、「惜しむらくは自分に機会があれば…」との思いが漂う。一方の「悲しい」は現状に受け身的で反発性が感じられない。大本営にとって、帝国陸軍中将が、その命を「悲しい」で終わらせてはまずいのである。 そして、それは「最高指揮官陣頭に 壯烈・全員總攻撃 敵の損害三萬三千」(大本營發表(昭和20年3月21日12時)となり、さらに「たとひ魂魄となるも 巻土重來の魁たらん 栗林中將・最後の無電」の見出しが躍るのである(朝日新聞、昭和20年3月22日)。 |
| 講習希望内容(1) [18] 2024/01/06 Sat 9718 教員に対する免許更新講習は廃止になったが、私は講習の1つとして、「危機管理」を担当していた。講習前の受講者にアンケートが実施され、その中に講習で取り上げてほしい内容に関する項目があった。 ある高校教師は「自然災害時の対応」と記していた。これは熊本での地震や水害時の体験、あるいは状況が念頭にあると思われる。東日本大震災では石巻市立大川小学校の児童74人、教職員10名が津波に襲われて亡くなった。その後、遺族が起こした裁判で、学校には一般より高いレベルの防災意識と対応が求められた。この見解は最高裁で確定した。 事故と裁判の経緯については、「止まった刻(とき) 検証・大川小事故」(河北新報社報道部 岩波書店)で、その詳細がフォローされている。 日常の中に非日常を想定し、行動にまで繋げることは容易ではない。それは、あらゆる組織と個人に共通している。 |
| 「玉砕電報」(7) [17] 2024/01/06 Sat 9717 昨日 [14] の続き 指揮官栗林忠道中将が大本営に送った電報の本文は次の一文で終わる。 「終りに左記駄作御笑覽に供す。何卒玉斧を乞う。 栗原中将の原文は漢字カタカナ表記で句読点がない。和文は右から左に書いていくから、「左記駄作」となるのである。この期に及んで「駄作」とはいかにも日本人的表現である。それは三つの辞世の句からなる。 國の爲重きつとめを果し得で矢彈盡き果て散るぞ悲しき 仇討たで野辺には朽ちじわれは又七度生れて矛を執らむぞ 醜草の島に蔓るその時の皇國の行手一途に思ふ |
| はがきと封書の価値 [16] 2024/01/06 Sat 9716 今年は郵便料金がも上がる。はがきは63円から85円になるという。なんと一気に35%アップである。年賀状の販売数の減少が続いているが、これが85円となると、今年の年末はさらに厳しい数字が出るに違いない。日本郵便としても苦しい選択だろうが、まさに悪循環、下降スパイラルである。情報通信に関わる状況を見れば、この流れが反転する可能性はないと言える。 もっとも、ものは考えようで、手書きのはがきが100円以下で日本国中に届くのだから、こんなに安価なものはないのかもしれない。ついでながら、封書は110円らしい。こちらは33%のアップで、3桁に突入する。そう言えば、昔は緊急時に欠かせなかった電報もいまや慶弔専用になった感がある。 |
| フライトレコーダー[15] 2024/01/05 Fri 9715 昨1月4日 [11] の続き 羽田の機体衝突事故は客観的なデータが揃っている。公開された管制官と二機とのやり取りからは、海上保安庁機のミスが濃厚になっている。海保機内で何が起きていたかはフライトレコーダーでさらに明らかになると思われる。こちらは搭乗者6名のうち機長が生存している。待機位置まで行く流れの中で、離陸前に必要とされる会話以外の話が行われていなかったかどうか。素人の邪推ではあるが、6名はお互いに顔見知りだった可能性が高いのではないか。これから震災の対応で新潟に向かう。そうした空気の中で私的に近い会話が交わされることはなかったと思いたい。 |
| 「玉砕電報」(6) [14] 2024/01/05 Fri 9714 昨日 [09] の続き 指揮官栗林忠道中将が部下たちの勇猛果敢な戦いぶりを称賛した後、、「玉砕電報」は次のように続く。 m 然れども執拗なる敵の猛攻に將兵相次いで斃れ爲に御期待に反し、この要地を敵手に委ぬるのやむなきに至れるは誠に恐懼に堪へず、幾重にも御詫申上ぐ。特に本島を奪還せざる限り皇土永遠に安からざるを思ひ、たとひ魂魄となるも誓つて皇軍の巻土重來の魁たらんことを期す、今や彈丸盡き水涸れ戰ひ残れる者全員いよいよ最後の敢鬪を行はんとするに方り熟々皇恩の忝さを思ひ粉骨碎身亦悔ゆる所にあらず茲に將兵一同と共に謹んで聖壽の萬歳を奉唱しつゝ永へに御別れ申上ぐ。 硫黄島は本土への空襲を阻止する最後の日本領土だった。この地の空港を奪取されれば東京をはじめとした本土への空襲が容易になる。しかし現実には「執拗なる敵の猛攻に將兵相次いで斃れ」「今や彈丸盡き水涸れ戰ひ残れる者全員いよいよ最後の敢鬪を行はんとする」という極限の状況に陥ってしまったのである。 |
| 初夢 [13] 2024/01/05 Fri 9713 【初夢:現実の夜に見る夢。また正月2日の夜に見る夢。古くは、節分の夜から立春の明け方に見る夢。(広辞苑)】 何ともはっきりしない定義ではある。ともあれ、正月2日に起きても思い出せる夢を見た。それが、これまで何度となく見た記憶のある内容なのである。まずは飛行場まで何としても行かねばならないが、これが相当に危ういのである。とにかく電車を利用することになっているのだが、その駅がわからない。しかも電車はどこかで乗り換えが必要であることがわかっている。もはや諦めの気持ちだけが残っている。 それから突如として、どこかの宿屋に泊まっている。その玄関はそれまで何度も見たことがあると夢の中で思う。そのことを夢から覚めても憶えている。わたしの記憶では飛行場と宿屋がセットになった夢は繰り返されている。 とにかく夢は不思議なものだが、どちらかと言えばプラスよりマイナスの方が多い気がする。朝、目覚めてから「ああ、夢でよかった」と思うことが少なくない。フロイトの理屈だとどんな解釈になるのだろうか。 |
| 「4人の物語」(44) [12] 2024/01/05 Fri 9712 12月29日 [62] の続き Aの父親は自転車で通勤していた。父親はY市に転勤してくる前に新品の自転車を買ったのではないかと思われる。それは自宅の中に新聞紙を敷いて自転車を置いている光景が頭に残っているからである。ただし、その後、別の市に移った後で父親が中古の自転車に乗っていた記憶もあるから、実際がどうだったのかは怪しいところが残る。その当時、新品の自転車を買うには大いなる決断が必要な贅沢品だった。だから盗難にあっては大変とばかり自宅の中に置いていたのである。もっとも、今日でも自転車に盗難の保険が付いているから、人間の心は時代を超えて変わらない。イタリアにも「自転車泥棒」という名作があった(1948年公開)。 |
| あり得ないこと [11] 2024/01/04 Thu 9711 元日に能登で大きな地震が発生し、翌2日には羽田空港でJAL機と海上保安庁の航空機が衝突した。前者は[天災]であり、現在の科学水準では地震発生の厳密な予測はできない。一方、後者が[人災]であることは疑いない。それも「あってはならない」とされる人災である。その原因については詳細な分析を待つしかないが、航空管制官とのやり取りは記録に残っている。また、左右の座席で着陸時の様子をビデオで撮っていた乗客がいたに違いない。そうしたことから、事故原因は相当に高い精度で確定できるに違いない。すでに交信記録が公表された。それは海上保安庁機側のミスを推測させるものである。 それにしても、「あり得ない」「あってはならない」ことが現実に起きたのである。海上保安庁機は地震の救援に向かう予定だったという。 あれだけの炎に包まれたJAL機から全員が脱出できたことは奇跡に近い。 |
| BEATING JAPAN(1) [10] 2024/01/04 Thu 9710 このところ、読書室[トイレ]で〝Beating Japan〟をゆっくり読んでいる。著者は、Francis McINERNEYとSean WHITEで、1993年に出版された。わたしは1996年4月から半年間オーストラリアにいた。その9月12日、西オーストラリア大学の生協でこれを買った。裏表紙に$16.95のラベルが貼られている。本書そのものには[U.S.A. $12.95 CAN $15.99]との印字がある。それぞれの国のドルで価格が異なるのが面白い。わたしの記憶では、当時のオーストラリア$は85円ほどだったが、現在は96円程度だから、30年近くで13%の円安になっている。 タイトルは「やっつけろ日本」「ぶっ飛ばせ日本」といった訳になるだろう。わたしはオーストラリアで最後の1ヶ月を過ごしていたが、この刺激的なタイトルに引き込まれて購入した。これは昨日まで書いた「予言の書」の続きのはじまりとなる。 |
| 「玉砕電報」(5) [09] 2024/01/04 Thu 9709 昨日 [07] の続き 「玉砕電報」と言いながら、余計なことを書いて4回が終わった。このまま終わるわけにはいかないが、「続々々…」と「々」を重ねるのも見苦しい。そんな新年初めて(?)の反省から、番号を振ることにした。 硫黄島の指揮官栗林忠道中将が、全滅を覚悟して総攻撃を敢行する前に大本営に宛てて電報を打った。その際に使用した可能性が高い無線機が2012年に地下壕で発見されている。まずは電文をフォローすることからはじめたいが、これも1回では終わらない。 戰局遂に最後の関頭に直面せり十七日夜半を期し小官自ら陣頭に立ち、皇國の必勝と安泰とを祈念しつゝ全員壯烈なる総攻撃を敢行す。敵來攻以來想像に余る物量的優勢を以て陸海空よりする敵の攻撃に対し克く健鬪を續けた事は小職の聊か自ら悦びとする所にして部下將兵の勇戰は眞に鬼神をも哭かしむるものあり。 栗原は「想像に余る物量的優勢を以て陸海空よりする敵の攻撃」と表現している。しかし、戦争の開始を決定した者たちに彼我の差が「想像」すらできなかったはずはない。そうであれば無能のそしりを免れない。 それにしても栗林の部下たちの戦いぶりを称賛する格調高い文章に感動を覚える。 |
| 続 「予言の書」考[08] 2024/01/03 Wed 9708 12月27日 [58] の続き 研究者も含めて過去に書いたことは、その内容の妥当性が検証の対象になる。かくして、ハーマン・カーンの「21世紀は日本の世紀」という未来予測は誤っていたことが実証された。これから80年で太陽が西から上がるほどの奇跡が起きて、最終的には「日本の世紀」になったとしても、カーンの予測は当たったとは言えない。カーンは直線的に伸びる「スーパーパワー日本」を予測したのである。 いまだに「国債発行など心配に値しない」と景気のいいことを言い続けている専門家がいる。これだから素人はやってられないと言わんばかりである。そんな人たちは30年ほど前にどんなことを言っていたのだろうと思う。そのときの予測が、いまのわが国の経済状況を言い当てていたのであれば、素人として感動してもいい。そうでなければ、「自称専門家という素人」の称号を授与しよう。これに対して、「自分の予測はもっと長い展望で評価しないといけない」などと言うのでは、「ノストラダムスの大予言」と変わらない。 |
| 続々々「玉砕電報」[07] 2024/01/03 Wed 9707 12月30日 [65] の続き わたしは[鍾乳石論]を提唱している。それは「ちょっとずつを積み重ねること」を大事にする。つまりは「塵も積もれば山となる」ということだ。そのキモは[チマチマ同時並行]を楽しみ、かつ前進することにある。 そんなわたしが市立図書館から人生で初めて借りた「散るぞ悲しき」を3日間で読み終えた。貸出期間は2週間だから、[鍾乳石論]で対応しても問題はなかった。ただ、この本にはそれを超える力があった。 そして、今後は図書館を積極的に利用する気持ちが高まっていたことも「3日読み」を促進した。わたしは青年期から「自分が読む本は現物を手に入れる」ことにしていたから、手元の書籍は増える一方だった。大学の研究室でもわが家でも書棚が本であふれるのを楽しんでいた。その方針を変えたのは、大学の定年が近づいてきたころだった。書籍もわが[身辺整理]の対象になったのである。やれやれ、書いている内容はタイトルの「玉砕電報」から遠ざかるばかり…。 |
| J事件の分析と考察(21) [06] 2024/01/03 Wed 9706 12月27日 [56] の続き この国には事を荒立てないことを重視する[忖度文化]がある。それが問題があっても警鐘を鳴らせなくしているのではないか。これがBBCレポーターの仮説である。その上で、J事務所とマスコミの関係は密接かつ複雑だと言う。J事務所のアイドルの出演を確保するためならメディアはできる限りのことをすると認識されていると続ける。 そして、「どうやらお互いに納得済みの決まりことがあるようだ」と推測する。それは、「J事務所の若手グループを起用して売り出しに協力すれば、事務所の人気グループに出演してもらえる」「ライバル事務所のアイドルグループがJ事務所のタレントと同じ番組に出ないようにする」、そして「J氏やタレントについてマイナスのことを言わない」といったことである。こうしたことが暗黙裏に了解されているという推測である。まさに「阿吽の呼吸」と言うべきか。その後、これが実情を知らない外国人の邪推だと反論できているとは思えない。 |
| 能登の震度7 [05] 2024/01/02 Tue 9705 現実の夕刻、家内が仕事部屋のドアを明けて「テレビ点けてる?」と声をかけてきた。その少し前に居間にいてテレビを見ていたから、消し忘れしたのかと思って、「あっ、消してなかったか」と答えた。家内は、能登半島で大きな地震があって津波警報が出ていることを知らせるつもりで声をかけたのだった。 熊本地震を思い出す。わが家も2016年4月16日午前1時すぎ、震度6強のゆれに見舞われた。そのすさまじさが蘇る。すでに4月半ばだったが、退避した戸外が寒かったことを憶えている。冬の北陸は寒さが格段に厳しい。輪島では火災が発生してかなりの範囲に広がっている。観光地の朝市の辺りだという。ここにも2回ほど行ったことがある。 |
| 水前寺公園 [04] 2024/01/02 Tue 9704 もう1枚の写真は、水前寺公園ですが、正式には[水前寺成趣園]と呼ばれます。肥後細川家初代当主忠利公が1632年にお茶屋を建てたのがはじまりだそうです。高齢者なら歌手の水前寺清子が頭に浮かぶでしょう。写真写りとしては夏の緑の方が映えるかもしれません。まあ、冬の枯れた光景もそれなりの雰囲気が漂います。 公園内に出水神社があって、正月三が日は初詣で賑わいます。市内電車の停車駅に「新水前寺駅前」がありますが、これはJRの駅で、ここで降りると水前寺公園はけっこう歩くことになります。この駅で折り返す電車があって、その電車で運転士が「この電車は水前寺公園には行きません」と繰り返しているのに遭遇したことがあります。そこから二つ目が「水前寺公園」で、その中間に「国府」という電停があります。わが家には「ここで降りると、少し歩くだけで正面に出水神社の大鳥居が見えるようになるから、こちらの方が[水前寺公園]っぽい」という声もあります。わたしも「なるほど」と思うのですが、付け替えは地球がなくなってもあり得ないでしょう。 |
| 現場の声 [03] 2024/01/02 Tue 9703 12月25日 [51] の続き 「46.監督者には作業計画書を渡すだけではなく説明してほしい」 つまりは、「作業計画」の説明がなければ、現場の監督者が困るのは当然である。これと同じ主旨の声が複数あることから、この組織では[説明なし]が定常化しているように見える。これを受けてそこで困った監督者がどう対応しているのかまでは把握できなかったが、その時点までは問題になる事故やトラブルは起きていなかったのだろう。そして、何かがあると、「よくわからずに仕事を進めていた」ことが明らかになる。ものごとは、「まずは当然のことからはじめる」のが原則である。それが長期的な視点に立つリスクマネジメントの要諦である。 |
| 熊本城 [02] 2024/01/01 Mon 9702 新年の写真は何といっても熊本城が似合います。大地震が発生した2016年から8年目になりますが、大小の天守閣は再建され、昨年にはわたしも最上階まで昇ってきました。今年のお正月は久しぶりに賑わうことでしょう。ただし石垣となるとまだまだで、現時点では2052年とされています。はじめから、自分たちが「熊本城完全復興祭」まで命は続かないと確信していましたが、そのことを数値で示されたわけです。わが家からも天守閣が見えていたのですが、ビルが建ってきて、今ではほんのちょっとだけ覗ける状態になりました。自分たちのマンションも人様に同じことをしたのですから、ものごとは順番です。 |
| 謹賀新年 [01] 2024/01/01 Mon 9701 新年、明けましておめでとうございます。おかげさまで[味な話の素]は、まだ続けることができそうです。これまでどおり、[あれやこれや]を取り上げていきます。 21世紀に入って四半世紀が過ぎようとしています。アメリカの未来学者ハーマン・カーン(Herman Kahn)は、1970年に「The emerging Japanese Superstate: challenge and response.(邦訳:超大国日本の挑戦)」を出版し、「21世紀は日本の世紀」と予言しました。しかし、この未来学者の未来予測は完璧に外れたことは誰の目にも明らかです。敗戦後の経済復興と成長は「奇跡」と呼ばれました。そして、いま「奇跡の劣化」が起きているのです。新年早々から[劣化]の話で恐縮ですが、ものごとは現実を受け入れることからはじめなければなりません。 |