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| 続 科学論文と演歌 [42 ] 2023/11/30 Thu 9632 演歌で使う《ことば》は論理的であるよりも《情緒的》であることが求められる。それどころか、妙に《論理的》なのは《詩:うた》にならない。これと対極にあるのが科学論文である。こちらは《論理的》であることが命であり、情緒的な《ことば》を使ってはならない。それに加えて、《だれが読んでも一義的》であることが求められる。それが曖昧でいかようにも考えられるようでは、最初からアウトである。 だから科学は、まずは《厳密な定義》からはじまる。数学であれば、ある方程式を提出すれば、それを世界中の研究者が《一つの同じこと》として理解し、議論し、研究を進める。それは自然科学でも同じはずである。ところが、人のこころを対象にする心理学では、そうはいかない。その特性から、日常的に使っている《ことば》を多用する。たとえば、[学習][態度][魅力][集団][リーダーシップ]などなど、ほぼすべてが《日常語》であふれている。 |
| 科学論文と演歌 [41] 2023/11/29 Wed 9631 わたしは大正生まれの父をもったからか、あるいは昭和生まれなのか、《ド演歌好き》である。演歌は「明治時代の自由民権運動において政府批判を歌に託した演説歌の略(ウイキペディア)」と言うが、《艶歌》《怨歌》といった表記もある。その語源はいざ知らず、わたしは《演ずる歌》だと思っている。歌手が、作詞家と作曲家が創作した物語の主人公を演じて歌いい、その《せりふ》が心を揺すぶる。 そこには《ことば》の強烈なパワーが組み込まれ、音を背景にして圧倒的な力で迫ってくる。ここで《ことばの客観的正確さ》は問題にならない。かくして、漫才の突っ込みネタにあふれる。大川栄策が唄う《さざんかの宿》では「くもりガラスを 手で拭いて あなた明日が 見えますか」は「ガラス拭いて、明日が見えるんかい」と憤慨(?)される。中条きよしの《うそ》は「折れた煙草の吸いがらで あなたの嘘がわかるのよ」には「吸い殻で嘘がわかるんかい」と突っ込みが入る。 |
| J事件の分析と考察(16) [40] 2023/11/29 Wed 9630 11月23日 [30] の続き BBCのレポーターは、30年前に被害を受けたという人物にインタビューする。本人は匿名かつマスクを付ける条件で応じた。彼は15歳のときオーディションでJ氏と出会った。J氏を「気を使ってくれる優しい人だ」と感じたという。J氏しかいない合宿場に行くと風呂の脱衣場ですべてを脱がされ、まるで人形のように全身を洗われた。こう発言したときには声を詰まらせる。まさに夢が壊れたが、我慢しないと売れないからと言われた。その夜は朝まで触られ、その後はそれ以上のことをされた。しかし、自分が知る限りでは、それで辞めた者はいなかった。 彼は、「すでに売れた人はJ氏に対する感謝の気持ちが強いとは思うが、どうして本当のことを言わないんだろう」と疑問を投げかける。自分はずっと日本に住んで、この国は優秀な国だと思っていたが、全然違うんだろうなとその心情を吐露している。 こうしたJ氏の性癖を周りの人間が知らなかったと推測することは不可能に近い。最高裁でも性被害が認められたのである。それからもJ氏は組織のトップであり続け、亡くなった後にも海外の放送局が番組を放映するまで問題が指摘されることはなかった。 |
| 続 刑務所実験 [39] 2023/11/28 Tue 9629 映画[Es]では実験の当事者が亡くなる点がジンバルドーが行った実験と違っている。しかし、その衝撃が極端な形で表現される。この映画は「現実に行われた事件をモデルにした」といったコピーで宣伝されていた。これを見て「死亡者が出た」ことも「真実だ」と思う観客がいてもおかしくはない。このあたりが「実話に基づく」とされる作品の危ういところである。 この点は、ジョニー・ディップが写真家ユージン・スミスを演じた[MINAMATA]においても江川紹子氏が指摘している。この映画のコピーには「実録ドラマ」の文言が見える。 そもそもドラマには演出が加えられるから、すべてが[現実そのまま]でないことは当然である。ただ、観客に「これって本当じゃないよね」と思われては作品がリアリティを失うから制作者も知恵を凝らすのである。 真実性については[ドキュメンタリー]がある。しかし、これとても、「そこにカメラがあること」自身が[いつもの現実」ではなくなっている。ともあれ、世の中のあらゆる事象が「観る側」の大脳に影響を受ける。(了) |
| 刑務所実験 [38] 2023/11/27 Mon 9628 ずいぶん前に[Es]というタイトルのドイツ映画を本欄で取りあげた記憶がある。原題は[Das Experiment 2001年製作]で、わたしは2002年に観た。原題どおりで[ある実験]を題材にしている。それは[監獄実験]と呼ばれ、1971年にスタンフォード大学のフィリップ・ジンバルドー教授のもとで行われた。 一般の大学生を看守役と囚人役に振り分けて、大学の地下に特設した[監獄]で起きる事態を探究する。この実験をもとにジョルダーノが小説[Black Box]を書き、それが映画化されたのである。映画では新聞広告に応募した男たちが大学につくられた[擬似刑務所]で、囚人と看守の役を2週間演じ続ける。看守と囚人の間で様々なトラブルが発生する。その結果、人の命が失われるほどの重大事態が起きるのである。日本版の「es」はフロイトが[イド]とも呼んだ精神分析用語である。それは「本能的衝動、エネルギー」の源になるもので、意識されることはないとされる。 |
| 現場の声 [37] 2023/11/27 Mon 9627 11月20日 [26] の続き 「42.機械の修理のための小予算ぐらいは管理室にあってもよい」 国のレベルから個人まで、財布の問題はむずかしい。あちらからもこちらからも「お金がない」という声が発せられる。ここで挙げた組織における「管理室」の位置づけは不明だが、「機械修理の予算くらいは措置してよ」ということである。とくに「小予算」「ぐらいは」にその気持ちがあふれている。おそらく、小さな修理についてもけっこうな書類の準備が必要なのではないか。 多くの組織で、「一定範囲内」の物品購入や修理費は決定権が与えられているだろう。いわゆる権限委譲であるが、これをどこまで実現するかは個々に異なっているに違いない。これは組織全体の相互信頼の問題でもある。決定権を持っている者が、この声にどう答えていくかが次のステップになる。回答が「否」の場合でも、説得力のある説明が求められる。 |
| 母の死とメモ(4) [36] 2023/11/26 Sun 9626 11月19日 [25] の続き ⑥熱 ほとんど全入院期間を通じて高温が続いていたが、これについても「おかしい」という判断しか受けていない。先にも述べたように、このような状態で我々に運動をすすめている。熱については、夜間も含めてほぼ全日家族がベッドの横で付き添った。そして、検温のたびに体温をレポート用紙に記録していた。 ⑦病院の教育体制について 補足として付け加えるならば、10月28日の危篤状態が続いている際に、我々のブザーでかけつけた看護婦は人工呼吸器の操作方法を知らず、最初我々が医師のやり方を見て憶えていたことから、その看護婦に方法を教えるということまで生起している(Mark8 respiratorという製品)。先の酸素テントの不備といい、この件といい病院全体の医療に対する姿勢に疑問が生ずる。 母が亡くなった後、日付が記されていないわたしのメモである。いまから50年前のことで、ワープロなど存在すら思い及ばなかった時代の手書きである。自分にとって最も身近な肉親を予期しない形で失った者の思いが込められている。しかし、ここで挙げた7項目のうち、少なくとも6つは個人的感情を超えた問題が指摘されている。このとき、わたしは三菱重工業長崎造船所で展開中の「全員参画による安全運動プロジェクト」に最年少の駆け出しながら参加していた。そうした状況で、わたしの頭の中では、事故防止、危機管理、リスクマネジメントに関わる様々な思いが飛び交った。(了) |
| 続 刑事コロンボの声 [35] 2023/11/25 Sat 9625 昨日 [33]の続き 声優が亡くなって交代することは当然だが、「コロンボ」では、同じ回の中で明らかに小池の声が変わることがある。わたしの「勝手ベスト5」にランクインする「祝砲の挽歌」でもそれが発生した。その理由を推測するのヒントが放映時間である。「祝砲」の場合、1時間37分で、劇場映画と変わらない。コロンボは1970年代から放映されていた。当時の時間枠は記憶にないが、海外のドラマに90分の時間を当てることはなかったのではないか。それをリマスターでノーカットにすれば、声を入れていない部分を再録することになる。そこで二代目の声にすべて入れ替えるという判断はしなかった。とにかく小池の「コロンボ」と「家のかみさん」の一言は視聴者の耳に定着していたから…。 これはすべてわたしの推測である。まちがっていたら笑うしかない。 |
| みなし公務員 [34] 2023/11/25 Sat 9624 アスリートたちには何の責任もないが、オリンピックが金まみれであることは誰もが知っている。開催地を決める際に実力者に支払われるコンサルタント料という名の裏金はいつも問題になる。それが賄賂になるのかどうかは国によって違うだろう。日本の場合はオリンピック委員会に関係すると「みなし公務員」になる。つまりは公務員と同じ収賄と贈賄の罪が成立する。国立大学は法人化したため、教職員の身分は公務員でなくなったが、公務員に準ずる扱いを受ける。そのため、物品の購入で便宜を諮ったとして教員が逮捕されるケースもあった。ついでながら、国立大学の「教官」は法人化後は「教員」になった。「官」は公務員の「官職名」である。 |
| 刑事コロンボの声 [33] 2023/11/24 SFri 9623 名作「刑事コロンボ」は全69回で、そのセットをNHKが何度か繰り返して放映していた。オリジナルを4Kにリマスターしたとの触れ込みで、たしかに鮮明だった。コロンボの声は小池朝雄で、「家のかみさん」と共に定着していた。ところが彼は1985年い54歳で早逝した。後任は石田太郎でさらに銀河万丈に変わっているが、銀河のことはウイキペディアではじめて知った。二代目の石田は小池のコピーに徹した。もちろん違いはわかったが小池のコロンボが引き継がれていた。こんなときの二代目の仕事はむずかしく、また受け入れられるまではにつらいだろう。アニメの「ルパン三世」も山田康雄で決まっていたが、彼も62歳で亡くなってしまった。後を継いだのがモノマネで売っていた栗田貫一である。さすがプロだけあって、わたしの耳レベルでは区別が付かないほど「同じ」に聞こえた。 |
| 「4人の物語」(38) [32] 2023/11/24 Fri 9622 11月17日 [23] の続き Aが3年生の夏休みに書いた日記はおもしろい情報を伝えてくれる。初日の7月21日の気温は31℃である。昔は水銀柱で赤い棒が気温によって伸縮した。これと同じ31℃が3日後の24日まで続く。さらに25日、26日は33℃である。前日24日から母の実家がある浮羽郡大石村(現浮羽町)に行った。翌26日は叔父が久留米の石橋文化センターに連れて行ってくれた。日記には「ボートをうかしているところで、しゃしんをうつしてもらいました」と記している。そのときの写真は手元にあるが、この日のことをぼんやりながら記憶していた。 それから随分経って久留米大学に非常勤講師として出かけるたびに、懐かしい思いで文化センターの前を通過した。そして27日も33℃と書いている。地球温暖化で「暑くなった」と絶叫しているが、昔も相当に暑い中で生活していたのである。もっとも、当時の寒暖計の精度も測定時間もはっきりしないが。 |
| 本物の爽快感 [31] 2023/11/23 Thu 9621 昨日、朝7時からのNHKニュースで爽快感を味わった。産後の母親をサポートする試みの報告である。レポーターのFさんが大きなバインダーに目を通しながらレポートしていた。いつもは、アナウンサーと目を合わせて対話するのではなく、明らかに書いた原稿を読んでいることが見え見えのレポーターにうんざりし続けている。いかにも原稿なしで話していると見せること自身が「フェイク」ではないか。 これに対してFさんはときおりバインダーを見ながら、もちろんしっかりとアナウンサーに向かって情報を提供していた。その姿には、爽快感を越えて鳥肌が立つ感動を覚えた。ご本人の所属は[映像センター]となっていたので、いつものように邪推した。報道部や政治部、科学部などの[プロ]の記者さんではないのかもしれない。だからこそ、「ふり」などしないで原稿を見ながら話したのではないか。事実を伝えるニュースなのだから、すべてが[事実]であってほしい。 |
| J事件の分析と考察(15) [30] 2023/11/23 Thu 9620 11月18日 [24] の続き BBCのレポーターはJ氏の裁判で週刊誌側の弁護士を務めたK氏にインタビューしている。裁判でJ氏は「少年たちの証言は事実でない」と述べたが、「嘘をついた理由」は言わなかった。これに対して弁護士は反対尋問で「これらの少年たちが明白な嘘をついたのは寂しいからということですか」と質問した。J氏はいろいろ答えたが、「少年たちはあなたはどう思うのか」と問いかけると、「少年たちは嘘の証言をしたということは僕は明確には言い難いです」と答えたという。これは裁判記録を読みながらの引用であることから、ほぼそのままの発言があったと思われる。発言時の空気や前後関係は推測のしようもないが、J氏が自分の行為を認めたと受け止めるのが普通だろう。そして事実、最高裁まで彼の行為を認定したことになる。 裁判でK弁護士は証言した少年に「法廷にいるJ氏のことをどう思っているか」と問いかけた。このとき少年は「長生きしてほしい」と答えたという。レポーターは「深刻な被害を受けても、ある種の忠誠心(royalty)を示しているのは悲しいことですね」と返している。この点について考える前に、さらに番組の先に進む必要がある。 |
| 続々 専門力と人間力の優先順位 [29] 2023/11/22 Wed 9619 昨日 [28]の続き そんなある日のことです。泌尿器科として大事なことを決めなくてはならなくなりました。それがはじめてだった師長が「これまではどうしていたの」と問いかけました。これにスタッフたちは「いつもこうしていました」と答えた上で、「わたしたちはこの方がいいと話していたのですが、前の師長さんがそれは駄目だと言われていました」と付け加えたのです。それを聴いた師長は「ああそうなの、じゃあなたたちの提案どおりにしてみよう」と言って、それまでと異なる方法で対応することになりました。それは部下の意見を活かすことであり、あっという間にスタッフたちの師長に対する信頼感が高まったのです。こうしたことから、師長は泌尿器科においても素晴らしいリーダーシップを発揮するようになりました。 わたしは、[専門性と]いうのはそういうものなのだと考えています。別の面から見れば、[専門性]が十分でないところで、[人間力]が効果をもたらしたと言えるかもしれません。(了) |
| 続 専門力と人間力の優先順位 [28] 2023/11/21 Tue 9618 昨日 [18]の続き リーダーの[専門力]は、すべての面でフォロワーより優れている必要はありませんし、そもそもそんなことは不可能でしょう。そして、わたしは、自分が知らないことやわからないことを部下にきちんと聞くことができるのも、[リーダーの専門性]だと考えています。 これに関連して、ある病院の師長のケースをご紹介しましょう。この師長は救命救急室ICUでリーダーとして高い評価を得ていました。とにかく危機的な患者であふれる仕事場ですから、現場のリーダーとして決断にも行動にもスピードと確実さが求められたのです。その後の人事異動で、師長は泌尿器科に異動になりました。ICUと泌尿器科では仕事の内容もペースもまったく違っていることは素人にも想像が付きます。そもそもマスターしておくべき情報も異なるわけです。そうしたことから師長は新しい科の[専門力]が低下してしまいました。そうした状況で、師長は「知らないうこと、わからないこと」は徹底して部下たちに聞き回ったのです。これに部下たちは「今度の師長さんはなんでもかんでも聞いてくるね」といった会話を交わしていたといいます。ただし、そうした師長の態度に「すごい人だ」といった空気が漂っていました。自分たちが上役に教えるという快感があったかもしれません。(続く) |
| 専門力と人間力の優先順位 [27] 2023/11/20 Mon 9617 研修を受講された方からの質問:リーダシップ力の向上については、得意分野(例えば対人関係)を伸ばすご意見と、苦手部分(例えば専門技術)を伸ばす方が良いというご意見もあるようですが、当然バランスが良いのが一番と思いますが、どちらからのアプローチが良いのでしょうか。 わたしは次のような回答をお送りした。 ご質問をいただきまして、ありがとうございます。はじめに、研修でお話ししたリーダーシップの公式[リーダーシップ力=(専門力×人間力)/フォロワーの人数]に関わるエピソードをご紹介しましょう。ある方から、この式に対して「掛け算はどちらからかけても同じ結果が出るから、[人間力×専門力]でも同じですよね」と質問されました。これに対してわたしは即座に「そうではありませんよ」と答えました。組織で仕事をしているのですから、[仕事の専門性]が最も大事であることは言うまでもありません。その上で、[人間力]がなければ[リーダーシップの力]は危ういということです。ともあれ[専門力]が基礎であり、[人間力]がどんなに優れていても、職場でリーダーシップは発揮できません。 |
| 現場の声 [26] 2023/11/20 Mon 9616 11月13日 [17] の続き 「41.□□警備等で点検終了が遅い早いといわれるが何を基準にしているのかわからない」 ある行為に対する評価を行う場合、その基準が明確でなければ現場で働く者が戸惑い、あるいは不満を感じる。そうなると日頃の対人関係が影響を及ぼす可能性が拡大する。これまで地球上に生きてきた人間を含めて、われわれは全員が「透明の色メガネ」をかけている。そのメガネで「良き者」と映れば評価は肯定方向にずれる。その反対に「悪しき者」として見えれば否定的なものになる可能性は否定できない。そうしたズレ要因をなくすために自分のメガネを外すことはできない。 ただし、「透明のメガネをかけている」と自覚するか、メガネの存在すら気づかないかといった点で個人差がある。ともあれ、客観的基準は「透明の色メガネ」の影響を減少させる。 |
| 母の死とメモ(3) [25] 2023/11/19 Sun 9615 11月12日 [15] の続き ④便がでないことについて、食事について 医師は食事が入らないという再三の訴えに対して、「それは運動しないからだ」と最後までいい続けた。「運動して食事も入れば、傷口もふさがる」とも付け加えた。我々はそれを信じ、すでに10月5日の時点で、歩かせようと考え、顔が蒼白になるのも仕方ないと思いながら母をベッドから降ろしてトイレまで連れて行ったこともある。歩行の練習もさせた。あいかわらず食事は入らなかった。それが点滴一本でもっていた体であった。また、食事を食べないと我々が再三訴えたことで、看護婦が浣腸したが、この時看護婦は「腸には何も入ていない」と我々に伝えた。さらに10月19日のレントゲンの結果について、看護婦は「腸には何も入っていない」ことを確認した。そして、それまではいつもあっていたレントゲンフィルムの説明はこのときだけは行なわれていない。この看護婦の我々に対する報告は「運動しないから、腸が働かず、腸に便がたまっていて食事もいけない」とする医師の報告と全く対立する。 ⑤1本の点滴について. 10月28日、医師から最後通告を受けた時、我々は「食事がほとんど入っていないということを再三報告したのに点滴一本では処置が不十分ではなかったか」との疑問を提出した。これに対して医師は「食べなければ駄目だ、点滴は水みたいなものだから」との回答を提示した。 まことに重大な発言である。食事が入らないのを知りながら「水みたいなもの」を与えて、なおかつ傷口のあいた状態で、家族に「運動させよ」と指示し続けていたことになる。しかも、この「運動」をすすめた理由は腸に飲食物かたまっているからとの判断によるものであり、この点について全く反対の報告が看護婦からなされていることは前項ですでに述べた。 |
| J事件の分析と考察(14) [24] 2023/11/18 Sat 9614 11月9日 [11] の続き いくつかの放送局がJ 事件に関する「検証番組」を放送していた。そのすべてに共通していたのは、芸能ネタ だから報道しなかったという点である。いかにも報道の立場からニュースの情報を厳密に規定しているように聞こえる。それは当時の社会状況として一理あるとしよう。しかし、それならそれでワイドショーではどうして取り扱わなかったのか。ワイドショーは芸能人のつき合い、結婚に離婚、はたまた酔っ払い運転をしたのなんのと追いかけまくっているではないか。 それは大手新聞社とその新聞社が経営している週刊誌の記事の違いに似ている。あるとき、某大新聞と同名の週刊誌が大阪市長だった橋下氏の出自について書いた記事が問題になった。市長が記者会見で当該新聞社の記者を責めた。これに対して「会社が違う」と答えて、橋下氏から猛反発を食らった。その後、新聞社が橋下氏に謝罪する事態となった。この記事を書いた著名なライターは斯界から退場した。かくして、新聞では取り扱わないネタを同系の週刊誌で追いかける光景はめずらしくなかった。 最高裁が、芸能界で飛ぶ鳥を落とす勢いのJ氏の性加害行為を認めたのである。これを芸能ネタだからと言って報道局で取り扱わないとしても、どうしてワイドショーでもスルーしたのか。その事実と理由は説明されていない。第三者の「検証」であれば、そこまで踏み込むに違いない。 |
| 「4人の物語」(37) [23] 2023/11/17 Fri 9613 11月10日 [12] の続き Aの手元に絵日記が3冊残っている。それぞれ、小学2年生の「夏休み」と「冬休み」、3年生の「夏休み」のものである。すでに70年近くが経過していることから、表紙の厚紙はかなり傷んでいる。その表紙は姫路城の広場で写生している学生帽を被った制服の男の子とそれを見ている赤い服の女の子である。なつかしき[極東]製で、現在は[株式会社キョクトウ・アソシエイツ]になっている。そのスタートは1956年7月21日土曜日で、天候は晴れのち雨、気温は31度である。起床時間が[6時前10分]就寝時間は[午後8時]と健康そのものである。朝は5時台だから「早起き過ぎ」の感がある。それは後期高齢者に達したいまも続いている。さて、その日の本文、 きょう、□□□ちゃん(妹の名前)が、「あっ、大きいかにが。」といいました。ぼくがいったら、かにが小さいかにをだっこしているようにあるいていました。□□□ちゃんがむこうのほうでまたかにをとっていました。 地面を歩く小さいカニを抱っこしたカニの絵が描かれている。担任の相良先生の[三重○]つきである。 |
| 続々[集団決定:不易と流行] [22] 2023/11/16 Thu 9612 昨日 [21] の続き これに対して「それじゃあボトムアップにも配慮しよう」というのもいかがなものかいうのがわたしの立ち位置です。そもそもモノを作り、サービスを提供してくれている人たちを「ボトム」と呼んで平気でいることがすでに問題だと考えるのです。フォロワーたちが気持ちよく仕事ができる、何でも言える。そのためには井戸のポンプのように、その時々でリーダーが心と頭を真空にできるかどうかが鍵になります。ポンプが圧力をかけては大事な水が昇ってこないのは当然です。 そもそも、リーダーは、「黙っていても」その地位自身が圧力を持っています。これを補うのが「専門力」であり、そうした力も併せて、「こんなリーダーになりたい」といった気持ちを引き出す、つまりは尊敬され、目標にされるような「自分創り」にも注力したいものです。 ご質問の回答からから遠く離れた感がありますが、まずは日常の対人関係が「圧力低減」や「集団止考阻止」も含めて、すべてのインフラになるということです。(了) |
| 続[集団決定:不易と流行] [21] 2023/11/15 Wed 9611 昨日 [20] の続き ご質問に対するわたしの回答: 自分たちが「同調圧力」や「集団止考」の影響を受けている可能性があることを明示し続けることでしょう。リーダーが「いま、言いたいことがあるのに言っていないことはないだろうか」といった問いかけをするのも効果が期待できます。さらに「自分にはこんな意見や考えも頭に浮かぶんだけれど」とリーダーが提示することもあり得るでしょう。リーダーが「こんなとき、黙っていてこんな失敗をしたことがある」と自らの体験談を語るのもメンバーの気持ちを動かすものです。 いずれも「その場」での一時的あるいは短期的な対応です。もっと中期的な展望では、構成員が「言いたいことを言える」「言ったら真剣に受け止めて対応を考えてくれる」と認識する関係を創り続けていくことが求められます。リーダーがトップダウンの力だけに、それも高圧的な雰囲気でそれに依存していては「圧力と負の忖度」のインフレが蔓延することでしょう。口では「何でも言え」と言っても、フォロワーはそのむなしさを感じるだけです。 |
| [集団決定:不易と流行] [20] 2023/11/14 Tue 9610 研修を受講された方からのご質問【小集団活動の基本は、集団で協議はするが最終的には自己決定することが行動に繋がるとのご指摘には納得ですが、集団で協議する以上、同調圧力、集団止考は多少なりとも出てくると思います。誤った選択をしないために、例えばどのような対策が有るのか教えていただきたいです。】 いまでは「小集団活動」という用語もセピア色感がある。しかし、芭蕉の「不易と流行」ではないが、人の行動は変わることのない普遍性とその時々の状況における特殊性とが相互作用すると考えている者としては、「[集団力]は永遠なり」なのである。「思い立ったが吉日」「人の振り見て我が振り直せ」、「他山の石 以て玉を攻むべし」(中国「詩経」)などなど、今日でも[真理]であり続けている格言やことわざ、慣用句は枚挙に暇がない。服飾の世界で「流行は繰り返す」と言われるのも、人間の心の根底に[不易性]なるものが潜んでいるからに違いない。 そうした確信から、わたしは前世紀の「小集団活動」に関わった体験の[語り部]となった。この質問は、事故防止のプロジェクトで導入した[集団決定法]の情報に関するものである。 本日は質問の「背景」だけで終わってしまった。 |
| 4Kあれこれ [19] 2023/11/14 Tue 9609 わが家が初めて大画面のテレビを買ったのはパナソニック製で50インチのプラズマだった。これが2016年4月の前震でテレビ台の上からずれた。さらに本震で台の上から落ちてしまった。プラズマテレビは前面がガラス貼りだから割れずにすんだかと思った。ところが、これを息子に手伝ってもらって立て直そうとすると、「ガシャガシャ」と割れたガラスがぶつかり合うような音がした。その瞬間に「まだ生きている」という期待も粉々に割れたのである。これは大いなるショックではあったが、わたしは心の奥底で少し微笑んだ。「これで4Kテレビが買える」と思ったのである。そんなことで、さっそくソニーの液晶を購入した。ただし2016年の段階では4Kの本格的な放送が行われておらず、YouTube 等で美しい画面を楽しめる程度だった。例えば花火は見事なものだし、山手線を一周する運転席の後ろから一周するのをただ淡々と映すだけでもそれなりに楽しめた。 |
| [27,403日]超え [18] 2023/11/13 Mon 9608 [27,403日]これは、わたしの父が生きた日数である。わたしはこの数値と並び、翌日から日数を加算している。父は配偶者を47歳で失ってから19年間、一人で生きた。住み慣れた福岡を離れたがらず、熊本のわが家には10日おきに来ることを繰り返していた。自宅からJRの在来線を乗り継いで来るかと思うと、全行程をタクシーを使うなど、おもしろいことをする人だった。父の葬儀で中学生の孫が涙を流した。これを見たある方が、「やさしいおじいちゃんだったのでしょうね。感動しました。わたしの孫は泣いてくれるかなあ」と声をかけてくださった。 ともあれ、わたしは両親よりも長生きしたのである。これから先、生存日数の更新はどこまで続くだろうか。 |
| 現場の声 [17] 2023/11/13 Mon 9607 11月6日 [07] の続き 「40.事故防止技術会議が各部署の担当者の連絡場所となっている」 本来の「事故防止」を目的にした会議が単なる「連絡場所」と化しているのである。わが国は生産性が低いと指摘され続けているが、目的を達成していない「会議」も多そうである。 ただし、この声の真意は、会議が「事故防止の議論」ではなく、単なる「事故のリストアップ」に終わっていることを指摘している可能性がある。「これがありました」「あれもありました」、さらに「ほかの組織ではこんなことがありました」といった具合である。現実にはこの手の「会議」がけっこう多いのではないか。 他組織の情報は「他山の石」として重要な役割を果たす。ただし、事故や問題が発生した事実だけを速報してもその情報価値は低い。問題が発生した要因に関わる情報、さらには具体的な対策なども伝えることが求められる。いずれにしても、会議では議長や司会のリーダーシップが重要になる。 |
| 続々 基本が必要な理由 [16] 2023/11/12 Sun 9606 かくして[基本]は歴史を踏まえ、おそらく現代では科学的知見の[基礎]にも支えられた「誰もがすべき」こととしての役割を果たしているのだと思います。それは[組織安全」についても適用できると考えたいものです。構成員が個々人の経験と、それから生まれた勘によって仕事をしていては、組織としては危うくて仕方ありません。そこで、「これこれについては、これを共通の[行動や考え方]としよう」と合意できたものが[基本]にすることになります。 ここで、すべての人間が「その場で合意」できるものではなく、先人が合意して創りあげたものも「基本」として働くことになります。大げさな話しですが、「基本的人権」は長い歴史の中で人類が合意しながら創りあげた大いなる成果です。また、法律なども「自分は合意していないから守らない」というわけにはいきません。 ただし、ものごとには[変化]が求められます。その意味で[基本]の内容が、時代や環境に対応して、[合意]のもとで、変化していくことは[進化]に繫がるはずです。あるいは、変化を前提としない[基本]は、それだけで問題を抱えていると言えるでしょう。(了) |
| 母の死とメモ(2) [15] 2023/11/12 Sun 9605 11月5日 [06] の続き ③腹膜炎の原因について ガン手術に伴なって転移が起こることが容易に発生し、またガン性腹膜炎というものが存在しているという知識は私にもある。 しかし、腹がポンポンにふくれ上がるまで、理由もわからず、再手術で初めて腹膜炎だとわかったのである。そして後、医師は「食道にボールペンの先程の穴があいていたからだ」と説明した。これは腹膜炎の原因がガンではなく、手術時の分物理的傷害によるものであることを示している。 その後、胸の傷口から食べたはずの米粒などが出てきた。医師の言うようにボールペンの先程の穴のものを再手術した後に、そこから米粒が出てくるのだろうか。 我々のこの訴えに、医師はただ「おかしい、わからない」と繰り返すだけであった。 |
| 続 基本が必要な理由 [14] 2023/11/11 Sat 9604 昨日 [13] の続き さて、もう一つの「基本」はどうでしょう。こちらは、「基本的姿勢」「基本的人権」「基本的生活習慣」といった使われ方をします。そうしたことから、わたしは、「基本」は「基礎」と異なり、価値を含んでいると考えています。つまりは「べき」という陰の声が伴うのです。野球のウォーミングアップなのでしょうか、選手たちが上体を捻りながらスキップするシーンを観ることがあります。あれは小学生からMBLの大谷選手までやっているようです。スポーツの素人ながら、「[基礎]を維持するための[基本的]トレーニング」なのだろうと楽しく推測しています。 それはいいとして、あれをしなければ「体力が維持できない」「野球のスキルが落ちる」とは到底思えません。しかし、少なくとも現時点までは、あの動作が「野球に役に立つ」と認識されているのだと思います。それは相撲で親方衆が[四股]や[鉄砲]が大事だと強調するのに似ています。ともあれ、選手や相撲取りたちは、「これは基本なんだよね」と納得しながら、みんなで同じことに励んでいるように見えます。(続く) |
| 基本が必要な理由 [13] 2023/11/10 Fri 9603 研修の受講者から質問が届いた。 「基本の特性』の内容について納得しました。『では、なぜ、基本が必要なのか?』について、自分なりに考え、自分なりの結論は出してみましたが、『基本はなぜ必要か』について、先生のお考えも伺いたいです」。 わたしは「基本だから改めて言わなくてもいい」と放置したり、「基本なのにどうしでできないのか」と憤ったりするのは止めましょうという話をしている。その理由は「基本は、そもそも守られないもの」だからである。こうした見方に対して質問をいただいたのである。なお、「基本の特性」については、表紙の【 You Tube [Group Dynamics Short Lecuture]】からご参照いただきたい。 わたしは以下のような回答をした。 はじめに「基礎」と「基本」という言葉について考えてみたいと思います。まずは「基礎」ですが、こちらは人間も含めてあらゆるものに必要な土台だと考えています。たとえば「基礎代謝」は人間が生命を維持していくために不可欠な最低限のエネルギー量です。それは人類の歴史も文化も人種も越えた普遍的なものです。もちろん、基礎代謝に個人差はありますが、これがなければ生きていけません。同じように、ビルを建てる場合も「基礎工事」が必要になります。たとえば鉄筋コンクリートのビルを建築する際にまずは「基礎工事」からはじめます。これも、国の制度や文化、人種とは関わりありません。誰がどこでビルを建てるにしても、「基礎工事」は必ず必要です。このとき、地盤の特性で基礎工事の具体的な方法や強度などが異なってくるのは、「基礎代謝」の場合と同様です。そこには特定の主義や価値観が伴うことがありません。とにかく必要だからです。(続く) |
| 「4人の物語」(36) [12] 2023/11/10 Fri 9602 11月3日 [03] の続き Aは小学生のころ、すでにヨーグルトが好物になっていた。それを、正式名称かか通称かわからないが、[酪農]と呼んでいた店で味わうのが楽しみだった。そのヨーグルトは、牛乳瓶よりは直径があるが、高さは1/3ほどのビンに入っていた。現在プレーンと呼ばれるものよりは甘く、ドロドロ系だった。これがとにかくおいしかった。ただし、牛乳に手を加えた製品だから、小学生には高額商品だっただろう。おそらく土曜日や日曜日に街へ出かけたとき、その何回かに1回くらいは甘酸っぱい味を楽しんでいたのである。 そのお店にはテレビが置かれていた。ブラウン管のモノクロで、画面は20インチ程度だったのではないか。当時は野球と並んで相撲が人気スポーツだった。どちらかと言えば、相撲人気の方に軍配が上がっていたような気がする。相撲をテレビ観戦するために何かを食べに店に来ている人がいたに違いない。 |
| J事件の分析と考察(13) [11] 2023/11/09 Thu 9601 11月4日 [05] の続き BBCのレポーターは、J事務所がスターを生み出す仕組みを解説する。まずはJ氏が頂点にいて、事務所に入る少年はジュニアと呼ばれる。それからトレーニング後、人気のあるグループのバックダンサーとなり、運がいいとテレビや雑誌に出られるかもしれない。子どもたちはテレビを夢見てその地位を獲得しようとする。そのデビューを決めるトップがJ氏である。デビューとなれば、彼はJ氏から離れマネージャーが着く。ここまでたどり着けばスターという流れである。 わたしは[ジャニーズ]と言えば3人か4人で構成する特定のグループかと思っていた。それは[ジュニア]が付いても同じだった。このドクメンタリーで[ジャニーズJr.]がワンサカいることをはじめて知った。 いつだったか、人気タレントが、自分は信号待ちしているときにJ氏に声をかけられたといった話を聴いたような気がする。J氏には逸材を発見する能力があるんだと思っていたが、お気に入りの男の子を渉猟していたのだろうか。 |
| 続 心の悪魔 [10] 2023/11/08 Wed 9600 その上で、さらにやっかいなの規則やマニュアルを守っても事故やトラブルが発生する可能性があることです。わたしは個々の職場を知りませんので、法定速度を守って運転していても事故に遭遇することがあるという一般的な例を挙げました。こうなると、[悪魔]はますます勢いづきます。そして耳元で「規則やマニュアルなんか守っていても事故は起きるんだぞ。それなら、ルール無視で仕事の効率を上げる方がいいに決まってるじゃないか。もともと事故が発生する確率はやたらと低いんだからよ」などと言われれば平常心が揺すぶられしまいそうです。 さて、「手順を守って事故が起こるのは手順が悪く、あくまで不幸な事故」の部分は、「定められた[手順]そのものに誤りがある」という意味でしょうか。ワークショップでは時間の制約からお伝えしたかどうか記憶が曖昧なのですが、「規則やマニュアルは、[頑なに守る][やせ我慢してでも守る]と同時に、変えられるものは[ドンドン変える][それでうまくいかなければもとに戻す]の[両立]が求められることをお伝えしたと思います。法律になると自分たちだけで変えることはできませんが、そのときどきで気づく課題や問題点を組織全体に発信し続けることが改善につながるでしょう。(了) |
| 心の悪魔 [09] 2023/11/07 Tue 9599 組織の安全に関わる研修の受講者からご質問が届いた。 「グループワークの際にも伺いましたが『手順を守っても事故が起きる』の説明に対し、私の業務経験から、手順を守らないこと自体が『悪』であり、手順を守って事故が起こるのは手順が悪く、あくまで不幸な事故扱いと考えていますが、やはり第5の悪となるのでしょうか」。※「心に潜む悪魔論」の詳細は、表紙の[YouTube 動画7本]の中にある「悪魔の法則」をご参照ください。 これに対して、わたしは次のようにお答えした。 貴重なお問い合わせをいただきありがとうございます。今後メッセージの発信に注意すべき課題が明らかになりました。その理由は、わたしが、自分の意図を十分に伝え得ていなかったことが明らかになったからです。 わたしの主旨は「心の中に[悪魔]がいて、それが自分たちの行動に悪さをする」という点にあります。つまりは、行為の「善悪」に言及したのではなく、「悪魔と言えるような心の働き」の存在を受け止めましょうということです。そうした視点から、「規則やマニュアルを守らなくても事故の確率は低いよ。生真面目にそれを守っていたら、仕事ははかどらないよ」とささやく[悪魔]に対応しなければならないと申し上げました。(続く) |
| 珍種? [08] 2023/11/06 Mon 9598 先日、ある研修会の休憩時間に受講者と[コロナ]の話題になった。「わたしは感染したんですが、周りでも罹った人ばかりなんですよね。先生はどうですか。」「わたしは自覚症状なしの場合は別として、感染は未体験です。家内も罹っていません。」「ええーっ、そんなことってあるんですか」。わたしの発言が信じられない風情である。何分にも高齢者だから、2020年からは外出も最低限に抑えた。最近、ようやく広大(?)なフードコートで家内と昼食を4年ぶりに摂ったくらいである。その後、ある人に「感染してない方が少ないんですかね」と聴いたら、「そうですよ、自分も含めてみんな体験者だから」との答えが返ってきた。われわれの方が珍種のような気がしてきた。 |
| 現場の声 [07] 2023/11/06 Mon 9597 10月23日 [38] の続き 「39.点呼時と作業現場でミーティングを行うが各種チェック表を持参するのが大変」 個別の現状はわからないが、点検時と現場で様々なチェックを二重に行っているのだろう。この回答を得たときはチェック数だけでなく、チェック表も物理的に嵩張るものだったのかもしれない。これは推測だが、いまではこれらもタブレットやスマートフォン仕様になっているのではないか。そのため、物理的な量や重さなどは解消された可能性がある。後は、その内容の適切性である。安全にとって、二重どころか三重のチェックは欠かせない。ただし、「◯◯よし」の指差呼称も気が付けば無意識の繰り返しになっているケースがある。チェック項目の優先順位付けや選択を普段からこまめにしておくことも必要だろう。その際に、AIの活用も期待される。耳元で「そんな時間なんてないんだよ」という声が聞こえる。 |
| 母の死とメモ(1) [06] 2023/11/05 Sun 9596 10月29日 [48] の続き 母が1973年10月29日に亡くなったあと、わたしは以下のようなメモを書いた。ボールペンによる手書きだが、日付を記していない。葬儀からそれほど時間は経過していないと推測する。 今から振り返ってみると医師としてなすべきことを果さなかったか、あるいは義務は果したとしても、重大な過失を伴なった治療過程であったとしか考えられない。 ①胃の病変(ガン)はほんの一部であるという診断 内科医はガンは胃の一部であり、切り取るのも一部であると診断したが、事実上そのほとんどを切り取った。 ②腹膜炎をおこしたこと 8月7日の手術後、私の記録によると少なくとも10日から胃ではなく腹痛を訴えている。11日は家人の手を握り、「死ぬ!!」と叫ぶほどの苦痛を訴えたが、そのことを伝えてもこれといった処置はなく、13日、妊娠状態の如く腹が膨らんでから、やっと再度開腹をした。 しかも開腹するまで原因が何かをつかめず、私の記録ではガスがたまったからだろうという判断であった。また13日は術後酸素テントに入ったが、一晩中のどのかわきを訴え続けた。後に医師はこの酸素装置のうち水分を供給する部分が故障していたことを発見し、我々に伝えた。日常の点検の杜撰さを思わせる一面であった。 素人の認識である。いまから半世紀前のレベルでは①は責められてはかなわないということかもしれない。しかし、それをどのように伝えるかは信頼関係に影響する。 また、②については、当時であっても不手際とのそしりは免れないだろう。 |
| J事件の分析と考察(12) [05] 2023/11/04 Sat 9595 10月26日 [43] の続き BBCのレポーターは「日本社会が何とかしなければならない」と語った後に、「文春の連載後、テレビもラジオも新聞も少年たちの証言を無視した」と続ける。J事件の情報が伝えられたとき、わたしは「恐縮です!」と言いながら芸能人などに迫りまくっていたレポーター梨元勝氏の顔が浮かんだ。彼はすでに故人だが、その傍若無人ぶりの行動を思い出して、「ひどい人間だ。こんな大事なことを表に出さないなかったのか」とある種の怒りを覚えた。ところが、まもなくそれが誤解だったことがわかった。彼はJ氏の行動を問題視し、それを取り上げようとしたという。ところが、そのために業界から干されたらしい。わたしが観た放送局の検証ではこうした事実については触れていない。 それにしても、当時のほかのレポーターたちは何をしていたのか。彼らが存命であれば、その真相を聴いたみたい。芸能ネタなら夜討ち朝駆けで突撃しまくっていたプロたちが、最高裁で加害が認定されたJ氏を取り上げなかったのはどうしてなのか。いまや、歴史の証人として語るべきではないか。 |
| ワクチン余談 [04] 2023/11/03 Fri 9594 先日、新型コロナワクチンの7回目接種に出かけた。注射が終わると、看護師さんから、「お風呂には入ってもいいですが、打ったあとをこすらないでください」と言われた。わたしは「そうですね。それがすぐに忘れてしまうんですよ。2週間ほど前にインフルエンザの予防接種をしたときも同じことを言われました。それなのに、風呂に入ってこすってしまってから『ああ、こすったらいけなかった』と思い出したんです」と応じた。これが看護師さんのツボにはまったらしく、しばし笑いが止まらなかった。 そんなことで、その日の入浴時には「こすってはいけないぞ」と自分にしっかり言い聞かせた。それから数分後だろうか、今回もしっかりこすってしまった後に気が付いた。そして、苦笑いを抑えられない自分が浴槽台に座っていた。やれ、やれ、これって後期高齢者クラブ会員になったからでしょうか。 |
| 「4人の物語」(35) [03] 2023/11/03 Fri 9593 10月27日 [44] の続き Aは小学校の運動場でみんなが日食を見たことを憶えている。記録を探すと、それは1958年4月19日である。当時はガラス板にろうそくの炎の先を近づけて煤を付け、黒くなった部分から太陽を観た。まだろうそくがどの家にもあった時代である。このときは奄美諸島と八丈島は金環食だった。太陽がどのくらい欠けたのか記憶にないが運動場全体で歓声が起きたに違いない。 太陽と言えば[日光写真]も懐かしい。白黒が反転したフィルム、と言ってもセロファン紙のようなものだったが、これを名刺大ほどの印画紙の上に重ねて太陽にしばらく当てると、写真が出来上がる。太陽光が当たる部分が変色し、黒い部分はもとの白いままで残って写真のようになった。この写真、放っておくと白い部分も変色して、そのうち映像は見えなくなった。これによって、小学生のAはフィルムと印画紙の関係を知ったのである。 |
| 雲のお話 [02] 2023/11/02 Thu 9592 「雲好き」という割には、雲の名前を知らない。表紙は11月に飛行機から撮った。その表情から、いわゆる[うろこ雲][いわし雲]ではないか。この雲は巻積雲と呼ばれ、上空の気温差によって生じる空気の流れによってできるという。これが厚く広がると天気が崩れやすいらしい。上空から見れば太陽光線を反射する雲は大抵が純白でまぶしい。しかし、その下は雨となれば、まさに暗雲だから、雲も[光と陰]を背負っているわけだ。 空気は目に見えないが、その流れを雲が教えてくれる。さらに天気の先行きも予想可能になる。人間集団の空気も目には見えないが、それが構成員の行動という形を取って現れる。こうした中で[忖度雲]や[圧力雲]、そして[見ざる雲][聴かざる雲][言わざる雲]などなど、天空に負けないほど多種類の[雲]が発生する。その先の天気はけっこう予想できるのだが、天気予報ほど活用されない組織が多くはないか。 |
| 銀杏あれこれ [01] 2023/11/01 Wed 9591 秋は銀杏の出番である。この時期は全国で銀杏のプロムナードが美しさを競う。学園紛争が世間の耳目を集めていたころ、東大の駒場祭で「止めてくれるなおっかさん、背中の銀杏が泣いている」という名コピーのポスターが話題を呼んだ。大学の紛争に打ち込む息子を心配する母親に、止むに止まれぬ戦いをしている戦士の背中に刻まれた銀杏がむせんでいた。そのころ、高倉健の任侠物が世間を席巻していた。そうした中で、学園紛争の闘士と任侠界に身を置く者に共有された心情を伝える一句は絶妙だった。それは、外形的行動は「左」と「右」の対極にあると見えても、そのメカニズムは同じことだと訴えた。これこそ集団における人間行動の理解を目指すグループ・ダイナミックスの真骨頂だった。 やれやれ、このままだと話が止まらなくなる。今月の写真は熊本県庁の銀杏である。ここには、[ルフィ像]なるものがあって、とくに若者たちが写真を撮る光景に出くわす。後期高齢者クラブのメンバーはよく知らないが、熊本県出身の作家が描く漫画に由来するらしい…。ようやく季節らしい気温になってきた。ふと気が付けば今年も2ヶ月でおしまいですね。 |