味な話の素  No.241 2023年10月号 (9540-9590) Since 2003/04/29
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お金も水も… [51] 2023/10/31 Tue 9590
 私は金を貯めるという主義はやめて居る。金を貯めると人間は病気になる。水も貯まるとクサッてしまふ。金も貯めて居ると 心の中にアクが貯まってくる。心にアクが貯まると関係にそれがあらわれて来る。金を貯めるといふのも心の問題であり、すべては心のあらわれであるからである。金といふものは使ふためにあるのである。ただ、金といふものは纏めて使ふところに威力がある。1000円の金も1円宛1000回使ってもアメダマしか買えないが、一辺に使えば一寸したものが買えるのである。つまり、纏めて買うか、小出しに買うかによって同じ1000円でも威力が違って来る。
 これは、わたしの父が1952年10月10日に書いた日記の一部である。父は文章を書くのが好きだったが、お金と水のいずれも「貯まるとクサル」という視点がおもしろい。このとき父は35歳、わたしが小学校に入る前だから、実態はわからないが、おそらく貯金はろくになかったのだろう。
 
現場の声 [50] 2023/10/31 Tue 9589 10月23日 [38] の続き
 「38.規程、マニュアルどおりにやっていたのでは□□□が使用できない面もある」
 回答者が所属する組織が判明する可能性があるため、□□□は伏せ字にした。その点では特殊なケースとも言えるが、「こうした現実」に頭を悩ませている職場は少なくないと思われる。世の中にある規程やマニュアル、さらに約束事は、それが成立した時点では、それぞれ必要な根拠があったに違いない。しかし、それらが永遠に適切であり続けることまでは保証されていない。そうかと言って、法律の改正が必要なものはすぐに変えられない。その上で、自分たちで、普段から問題を整理、見直しながら、変えることを含めて、積極的に対応する姿勢が求められる。
 ここでも、規程やマニュアルのすべてが問題だと訴えているのではない。どこがどのような理由で「□□□が使用できない面」なのか、まずはその声を受け止めて実情を確認する。それが組織や職場に定着すれば、即改善は困難でも、現場で働く者には、言った甲斐があったとの思いが生まれるだろう。
続 往路・復路物語 [49] 2023/10/30 Mon 9588 10月28日 [47] の続き
 千歳を離陸したANA984は日本海上空を飛びながら2時間で伊丹に着いた。そこは5番ゲートだったから、往路からの「6番づくし」は途切れた。まあ人生もそこまでおもしろくはないわけだ。ところが、そんな思いのわたしを驚愕させる事件が発生する。千歳からの便から出たところに空港スタッフが「乗り継ぎ便の案内板を提示していた。そこには「熊本行き527便の搭乗口」が「5番」と記されているではないか。そもそもは8番だったが、それが変更になったことから降り口で変更を知らせる情報だったのである。
 千歳からの便は伊丹16時着で、熊本便は16時40分発である。往路のセントレアのケースとまったく同じで、「ここまで乗ってきた機材が点検と掃除の後に熊本まで飛ぶのである。しかも座席はこれまたA1で「さっき座った場所」どころか、これで4回連続で「同じ席」に「座り占め」ではないか。相当に前のことになるが、千歳→羽田→熊本が同じ機材だけでなくアテンダントまで同じだった。このときもめったにないと言われた。しかし、往路と復路が異なる空港の組み合わせで、機材も座席も同一の方が確率はさらに低いに違いない。わたしは飛行機好きでこれまでの搭乗回数を自慢しているが、今回の4フライトが後期高齢者クラブ会員として冥土の土産に追加すべき大ヒットであることは確実である。
1973年10月29日[48] 2023/10/29 Sun 9587 
 10月29日月曜 5時23分、S内科医師(母に手術を積極的にすすめた人)の臨終宣告。5時4分ころに呼吸が停止し、心臓の鼓動を映していたオシログラフもまもなく一本の線と単調な音にかわっていった。一人のかけがえのない人間の死である。何事につけても私達を思ってくれたやさしく美しい母の死であった。(特室側ロビーにて 私は看病の休憩に、ここへ本を持参して煙草を吸いに来ていた。 AM 6:10)
 8時ころ母は退院した。棺の中に入れられて。まったくひどい話である。葬儀屋のサービス精神の旺盛さがひときわいや味だ。
 夕方からアパートには弔問客が来られた。その中には、H助手、夜には三隅先生、Mさん、I助手、Iさんもやってこられた。ありがたいことである。しかし、母はいまやものも言わない。

 母が亡くなった日に書いたわたしの日記である。今日、満50年目を迎えた。母は47歳、わたしは25歳だった。この日から、56歳だった父は20年近くに亘って、自分の妻のことを思い続けていく。
往路・復路物語 [47] 2023/10/28 Sat 9586 
 先だっての北海道行では、まずはANA332便でセントレアに向かった。ここから千歳に乗り継ぐのだが到着ゲートが6番で、40分後に出発する千歳行きANA707便も6番ゲートである。つまりは同じ機材で飛ぶことになる。それも座席はA1で「さっき座った席」である。これが千歳でも6番ゲートに着いたから、「今日は6番づくし」だと思って楽しくなった。
 さて、復路はANA984便で千歳から伊丹に飛ぶ。これがまた6番ゲートだった。これを見て「ちょっと待ってよ」と頭を巡らせた。往路の707便は13時40分着で、いまから搭乗する伊丹行は14時発の6番ゲートだ。つまりはセントレアから飛んできたあの機材が今度は伊丹に向かうに違いない。このときも座席はA1だから、数日後に「同じ席」とご対面というわけだ。わたしなんぞは、「ここまで来たら」ともう一つの可能性を期待したくなる。しかし、「さすがにそれはないな」と自分に言い聞かせた。 
Fスケール [46] 2023/10/28 Sat 9585
 [Fスケール]と呼ばれる尺度がある。これはアドルノ(Adorno, T. W.)たちが1950年に発表したもので、[F]はfascism の頭文字である。つまりは、各人のファシズム的あるいは権威主義的傾向を測定する尺度なのだ。その具体的な30項目(英語版)はhttps://www.anesi.com/fscale.htmで観ることができる。その結果についての評価も付いているから、お試しにチェックされるのも話のネタになるのではないか。
 私見ながら、この傾向、しばしば問題になるパワハラと大いに関係が強い。しかも、この得点が高いと権威主義的傾向が強いとされる一方で権威への服従も認められる。何のことはない、自分より下位にいる者や弱い者にはやたらと強いが、その一方で、自分より上位の者、とりわけ権威ある者に何とも弱いのである。その現象だけを見れば[正反対の行動]のようだが、その根底には、「自分に自信がない」「自分に満足できていない」といった心の働きが垣間見える。
 これって、格好いいものとはとても言えないですよね。
「トイレの回転音」の続きらしきもの [45] 2023/10/27 Fri 9584 10月25日 [42] の続き
 ビジネスホテルを中心にトイレットペーパーの紙質を抑える傾向が感じられる。この時代、経費節減だけでなく、SDGs的にも望ましいのかもしれない。しかし、60cm1回派のわたしとしてはそれなりに疑問が残る。これだといつもの倍、あるいはそれを上回るほど重ねる必要性が高まる。紙の厚さが薄いとシャワーの水で溶けかけて[痕跡]の確認がきわめて困難になるからだ。しかも60cm1回で済ませることができなくなる。つい先だっては都市型ホテルを利用したが、こちらは適切な厚さのものだった。わたしの頭に「安物買いの銭失い」ということわざが浮かんだ。
 もっとも、薄手を問題視する60cm派には反論が予想される。①60cmの2、3倍を要しても、コスト的には変わらない。あるいは、せいぜい同じである。②60cm前後派はきわめて少数で、ネズミの[回し車]並に回転させる者はいつもと同じくらいしか回さないから、結果的にはコスト削減となる。③したがって、総合的には、こちらの方がSDGs志向なのである。
 ともあれ、毎朝座って数冊の本を読むことを習慣にし、これを出先でも止めないわたしとしては、けっこう気になるのである。
「4人の物語」(34) [44] 2023/10/27 Fri 9583 10月20日 [33] の続き
 Aが小学生だったころの思い出も果てしなくある。通学路の途中に石屋さんがあった。また学校の近くには定番の文房具屋もあった。そのころ、[マジックインキ]と名付けられた魔法のインクが登場した。ガラスも含めて何にでも書けて、消えない。まさに[マジック]だった。ネットで検索すると、発売は1953年というからAが小学校に入る少し前になる。これが文房具屋に置かれていたが、Aはこれがほしくてたまらなかった。しかし、当時の価格は1本50円、少なくとも30円はした。物の値段の単純比較はむずかしいが、当時、Aの父親の日記によると、月給が残業手当を入れて6,000円程度である。ほかの資料では1/40としたものもある。そうなるとマジック1本が2,000円もする高額商品だったことになる。そこまではなかったとしても、これでは買ってもらえなかったのは当然である。
J事件の分析と考察(11) [43] 2023/10/26 Thu 9582  10月24日 [40] の続き
 検証番組では「わたしたちは…欠けていました」と言った反省言葉が多発される。「わたしたち」という言葉は個人を超えた組織を指している。そして、かなりの数の関係者から聴き取りをしたことを伝える。しかし、それらはいずれも個々人の「証言」に留まっている。「こんなことを言うものがいました。一方で、こうした声もありました」といった具合である。そうした情報に偽りはないとしても、そこには「組織における人間行動の視点」が欠けている。
 たとえば、BBCの報道そのものが公式会議で議題になったのか、すくなととも関連した発言があったのかどうか。それはどの会議でいつ行われ、それがどのような経過で「検証しない(?)」ことになったのか。こうした「事実」を押さえなければ組織問題の検証とは言えない。これに対して、「話題にも上らなかった」「議論にもならなかった」があり得るのだろうか。あるいは「議論したが先に進まなかった」のであれば、これまた問題である。もちろん、「議論したが記録が残っていない」などは組織としてあってはならない。
 こうした事実に基づく分析を「検証」と言うのである。個々人の発言の羅列と分類では組織の問題は明らかにならない。それも、第三者でなく同じ組織に所属する者が聴くのでは説得力がない。
トイレの回転音 [42] 2023/10/25 Wed 9581 
 公共のトイレで用を足していると、個室からトイレットペーパーのロールがやたらと回転している音が聞こえてくる。一体全体何メートル引き出しているんだろうと思ったりする。わたしもトイレに行くたびに巻き尺を持参して、その長さを測定し、平均値を出すことなどしたことがない。だから、単なる推測にすぎないが、自分の場合は60cmくらいのものだと思う。これをやおら三重ほどにして、1触れごとに折りたたみながら痕跡を確かめていく。その結果、1回でおしまいになることも少なくない。シャワーがこれを可能にしていることを実感する。
 わたしが子どものころはちり紙を何枚か使っていた。世の中には新聞紙をくしゃくしゃにして使うという人もいた。大事なところに活字が写(移)ると言う話もあったが、いかにも真実っぽかった。ただし、本当にそうなっているかどうかを確認するには、人に見てもらうか鏡が必要になる。子ども心にも、そんな人がいるのだろうかと首を傾げた。さらには小学校の先生が授業中に[竹べら]を使う話をしたことがある。このときは、「本体部分はそれでいいとして、最後は竹べらだと不都合じゃないのか」と疑問に思った。それに竹べらの処理はどうするのだろう。小学生の頭は混乱を極めた。
 それにしても、いまから60年以上前に小学校の先生が話したことが蘇るのである。記憶の貯蔵庫は一体どこにあるのだろう。ただし、この手の話し以外は消去された可能性が高い。
続々 ホテルの朝食 [41] 2023/10/24 Tue 9580 昨日 [39] の続き
 エレベータで「一期一会」した高校生たちは宴会場あたりで一斉に朝食を取るだろう。ともあれ、8時半の朝食会場は比較的空いていた。わたしはマスクをしていたが、案内されたる席からぐるりと周りを眺めるとノーマスクが9割、いやそれ以上という印象だった。世の中はたしかに変わっている。
 わたしはいつものように、ご飯茶碗と味噌汁をトレイに載せ、スクランブルエッグを加えた。ボイルドエッグなるものもあったが、スクランブルにしたから卵の取りすぎを抑えた。これに野菜を盛り付けて、納豆も置いた。いつもは味付海苔があるが、このときは見当たらなかった。トレイを見ると貧弱感が漂うが、後期高齢者クラブ会員はこれで十分である。
 ゆくり食べ終えて、目的のヨーグルトに蜂蜜を垂らせ、合わせてコーヒーをテーブルに持ってくる。これでおしまいのつもりだったが、適度の距離に座っている中年の男性が白いものを食している。ヨーグルトを取るとき、わたしの網膜には「ミルクプリン」と書かれた札が映っていた。おじさんに刺激されたわたしは「北海道ならではのものに違いない」と勝手に解釈してこれを取りに足を運んだ。すると、すぐ向こうにあった「美瑛牛乳」なるものまで目に入ってきた。これまた疑いなく北海道だと思ったかどうかわからないうちに、白い液体が入ったコップもテーブルの上にすまして並んでいた。
 かくして、ボリュームありすぎの和食専門店を避けてバイキングを選んだが、その目的が達成できたかどうか、少なくともわたしは知らない。
J事件の分析と考察(10) [40] 2023/10/24 Tue 9579  10月17日 [30] の続き
 BBCのレポーターから「日本の社会が何とかしなくてはなりません」と言われてからも、日本のメディアの反応は鈍かった。このところ、ようやく「検証報道」なるものが出はじめた。その中でも、BBCの報道は一方の側に立ったもので、検証が必要だと思ったといった趣旨のことを言った担当者がいるようだ。たしかに、報道は事実を追求するために、多くの情報を収集し、公正に分析することが求められる。それなら、この関係者はBBCが放送したときに「もう一方」へのアプローチを試みても良さそうなものである。それをやったという事実がなければ、何と言っても言い訳にしか聞こえない。世の中には、当事者が「忖度と感じない忖度」や「忖度と思いたくない忖度」もありそうだ。
続 ホテルの朝食 [39] 2023/09/23 Mon 9578 昨日 [37] の続き
 朝食会場に着いたときは8時半を回っていたが、席はかなり空いていた。
 そこで、前日のことを思い出した。夕刻の5時過ぎにチェックインした際はフロア全体がごった返していた。ただし、かつてのようにそこら中で外国語が飛び交う状況ではなかった。何かの団体が会合を開いていたようである。チェックインしてエレベータに向かうと女子高校生がワンサカいた。一見して修学旅行だとわかるが、キラキラでピカピカのキャリーバッグにあふれていた。いまや修学旅行の宿泊先は都市型ホテルになったのだろうか。われわれが、「修学旅行御用達」然としていた旅館に泊まっていたのは、浦島太郎の昔話のようだ。
 エレベータでは、わたしが奥の方に立ったことから、高校生から「何階ですか」と聴かれた。わたしが階数を伝える前だったから、「いいじゃないかい、高校生」と心の声が聞こえた。他人と一緒にエレベータに乗れば、ドアに近い方が率先して行き先階を聴くのは常識ではある。それでも先に聴かれたことに、ある種の心地よさを感じた。こちらも一言「どこから来たの」と問いかけると「広島です」との答えが返ってきた。それに「わたし熊本」と反射的に言ってしまった。マスクをしたおじいちゃんがどこから来ようと彼女らには関係ないが、一応は「わーっ」と声を上げた。わたしの方が上の階だったが、「失礼します」「旅行を楽しんでね」でおしまいになった。この間30秒足らずの「一期一会」を楽しんだ。
現場の声 [38] 2023/10/23 Mon 9577 10月16日 [27] の続き
 「38.教育訓練が現場にマッチしないものがある」
 これは現場での作業が主たる業務の職場から出たものである。事故が発生すると深刻な結果になる確率の高い職場である。ここで適切な教育が行われていないとなれば問題であることはいうまでもない。こうした声がインタビューやアンケートで[初めて]明らかになったとは考えにくい。ここでは「教育訓練」は導入されているのだが、その内容が適切でないということである。そうなると、それにコストを掛けてもパフォーマンスに繫がらない。それどころか、最悪の場合は事故を引き起こす可能性を高めていることになる。これこそ「現場の声」が活かされなければならない。その際も、必要な教育訓練の内容について「現場の声」を聴くことが欠かせない。
ホテルの朝食 [37] 2023/09/22 Sun 9576 
 おそらく季節外れではなく、この時期らしいのだろうと推測しながら冷え込んだ北海道で仕事をした。熊本に帰る日はホテルでゆったりと過ごす。朝食を和食にするかバイキングにするかで、ほんの少し迷った。コロナはおとなしくなったとは言え、後期高齢者クラブ会員である。すでにインフルエンザとコロナの第7回目の予約を終えた身としては、和食は人を介することが少ないから、こちらの方が安全かとの思いもある。しかし、自宅では定番のヨーグルトが、数日ではあるものの口にしていない。
 それにホテルの和食はかなりのボリュームでエネルギー過多になりがちだ。このごろは、手を付けずに残すことを学習したが、席を立つとき、調理した人やサービスしてくれた人たちに申し訳ない気持ちになる。その点、バイキングは自分の必要量に合わせることができるから気持ちが楽になる。また、いまや声高に叫ばれるSDGsに親和的でもある。とまあ、そんなわけで最終的にはバイキングにしようと意思決定した。
回答忘れ(1) [36] 2023/09/22 Sun 9575 
 講演ではしゃべりたいの一心で時間をフルに使う。そこで、「ご質問があればホームページの表紙にある[メール]ボタンを使ってご質問ください。内容にご満足いただけるかどうかは別にして、必ずお答えします」とお伝えする。これは質疑応答を入れた研修の場合でも同じである。そして、この「お約束」はずっと守ってきたつもりだった。ところが、ある方から「ご無沙汰しております。下記メールをしてから2か月が経ち、自分なりに学んだところがありますので報告させて頂きます」とのメールが届いた。回答するのを忘れていたのである。わたしは、すぐに以下のように返信した。
 こんにちは。メールの冒頭で「あっ」と叫んでしまいました。まことに申し訳ございませんが回答を失念しておりました。ご質問いただきましたときに、「ゆっくり」とお答えしたのが失敗の原因です。その内容から、お答えがけっこうな分量になりそうだと考えたのがいけませんでした。これを踏まえて、まずは最初にいただいたメールにまで戻って、あらためて「ゆっくり」お答えしたいと考えました。
 こうしたことで、上記の[Q&A]について何回か続けることになる。
メガネと名鉄 最終回 [35] 2023/10/21 Sat 9574 昨日 [34] の続き
 
今回の「メガネ忘れ思い込み事件」ではしっかり学習した。
 ①人間は、意識しないままで様々な行動をしていること。それはモノを置くといった行動に出現しやすい。とりわけメガネ等のように日常的に使用するものはほぼ無意識、自動的な取り扱いを繰り返している。
 ②緊急事態では視野が狭まり、行動の多様性が失われること。問題に気づいたとき、電車の発車まで2分ほどしか残されていなかった。カバンの中を確認するだけで時間を要した。そこでは、電車を「降りるか、降りないか」が喫緊の選択肢となった。そのときメガネは座席前のネットに挟んでいたのだが、テーブルを倒していたことから、そのままでは目に入っていなかったと思われる。
 ③対応は早いほうがいい。車内で車掌さんから「電話しましたか」と聴かれるまで、名古屋駅に着いてから落とし物センターに電話するつもりだった。その場合でも、めでたし物語は成立したはずである。しかし、電車内で電話したからこそ、安心もしたし、電車を降りて改札を通るよりも数分ほど要しただけで問題が即決したのである。
 ところで車内からの電話で「緑色のケースに入ったメガネ」の存在が確認できたことを対応してくれた車掌さんに伝えたくなった。そこで、名古屋駅で降りてから電車の最後尾に行ってみた。しかし、すでに乗務員が交代したようで、直接お礼を言うことはできなかった。仕事を終えて再びセントレアに戻った際はあの駅員さんはいなかった。わたしが事務所を覗いているのに気づいて、「何かご用ですか」と改札にいた駅員さんが寄ってきた。そこで、ことの顛末を話して感謝の意を表しておいた。
 旅は「ヒヤリハット」体験を生み出すが、「ホッとニッコリ」経験が付いてくることもある。
続々々 メガネと名鉄 [34] 2023/10/20 Fri 9573 10月18日 [31] の続き
 
まずは届け出が必要と言われて、わたしは「何分にも仕事に差し支えるので、電車に連絡などしていただけないのでしょうか」と踏み込んだ。これに対して駅員さんは「やってみます。お名前は」と聴いて「名古屋に着いたら係員に聴いてください」と言ってくれた。こうした一連のやり取りをして、あの電車から10分後に発車する次発に乗ることができた。
 その電車の中で車掌さんが回ってきた。「セントレアの駅員さんにお願いしたのですが」と前置きして事情を説明した。今どきだから、車内から走行中の電車に連絡ができるかもしれないとの期待もあった。これに車掌さんは「わたしが中に入って混乱するといけないので、落とし物のセンターに連絡してはどうですか」と言って電話番号を教えてくれた。わたしはこれを名古屋駅に着いてからの段取りだと思って席に戻った。しばらくして検札に回ってきた車掌さんと目が合うと、「電話しましたか」と聴いてきた。車内で電話するのは控えていたが、早めに電話した方が良さそうな感じである。そこで乗降口まで行って教えられた番号に話した。
 その結果は素晴らしいものだった。事情説明などのやり取りに2分ほどはかかったが、最後に「緑色のケースに入ったメガネですね。名古屋駅中央改札口の右側にある事務所でお預かりしています」と回答を聞いて、今回の物語はめでたし、めでたしで終焉を迎えた。
「4人の物語」(33) [33] 2023/10/20 Fri 9572 10月13日 [24] の続き
 Aの父は公務員だった。その当時、公務員の給与水準は民間よりも低かったらしい。それが事実であるかどうか知らないが、Aの親たちはそんな話をしていた。まだAが小学1年生か2年生のころ、10円玉がきっちりと積み重ねられる貯金箱があった。それにお小遣いをせっせと貯めていた。そう言えば、別の時期には福助の形をした陶器製のものもあった。Aは円筒形のポスト状の貯金箱を壊したことが思い出される。その理由は、家計が苦しくてやむを得ず子どもの貯金を足しにしたのだった。Aは自分の家がどの程度の収入だったか知りようもなかったがそんな記憶が蘇ってくる。おそらく敗戦から10年を経過しない日本では、そうした光景は珍しくなかっただろう。Aにとって、それは嫌な思い出ではなく、両親が子どもたちと共に懸命に生きようとしていた姿として映るのである。
時代は変わる [32] 2023/10/19 Thu 9571
 ある組織の研修に出かけた。今年もあっという間の10月である。わたしはスーツにネクタイを着けて行った。これを見て担当者の方が「自分の組織は年間を通じてノーネクタイになりました」と言われた。同じ業界では遅い方だとのことである。世の中が変わっているのである。わたしが大学に勤務しているころは、ネクタイを着けているわたしの方が少数派だった。ある口の悪い先生は「みんなパジャマじゃないか」と苦い顔をされていた。もちろん常時ネクタイ装着の方だった。
 その昔、教育委員会からの依頼があったとき、「まずはご挨拶を」と言われて、真夏もスーツにネクタイ、汗まみれになって来られていたことを思い出す。そもそも「ご挨拶だけならお見えいただかなくてもけっこうです」とお断りしても、「電話では失礼ですので」と仕事場まで来られていた。これは企業体の方でも同じだった。それが当然の時代があったことを思い出す。もちろん、いまの方がはるかにいい。これも変化であり、改善なのである。
続々 メガネと名鉄 [31] 2023/10/18 Wed 9570 昨日 [29] の続き
 「電車に乗ってすぐにメガネケースを座席前のネットに入れた」。これを疑う余地のない事実だと確信した理由はわからない。そんなことなら乗っているときに気づきそうなものだが、緊急事態ではそうした魔物が暗躍するのである。ともあれ、名鉄に戻って、先の駅員さんに「お恥ずかしい話ですが、あの電車のネットに入れたのではないかと思います」とわたしの絶対的解釈を話した。このとき、わたしの頭の中には「10分ほど前に出た電車はまだ名古屋に着いていない。そこでいま連絡してもらえば名古屋駅で戻ってくるだろう」との思いがめぐった。
 先ほど手渡したチケットには車両号車と座席番号も刻印されている。それでも、こちらから求めるのは遠慮して「どうすればいいでしょうか」とたずねた。これに「紛失届を出していただかないといけませんね」という主旨の回答が返ってきた。「えっ、いまから15分くらい後には名古屋に着く電車の忘れ物について、まずは届け出をと言われても」と困惑した。さらに、たまたま名古屋駅が終点で、電車は次の駅まで回送されるという。そして、自宅に着払いで送ることになる可能性もあるのだそうな。いやあ、それでは仕事に差し支えてしまう。とにかく、このままでは相当にまずい。
J事件の分析と考察(9) [30] 2023/10/17 Tue 9569  10月7日 [12] の続き
 BBCのレポーターは、文春が集めたとされる少年たちの情報に共通点があると語る。それは「合宿所」と言われる複数の施設でJ氏から受けた被害の内容である。その1つを読むのだが、その内容はきわめて生々しく深刻である。さらに、両親と誰かの家に行って、「両親が自分と同じ部屋にJ氏の布団を敷いた」「両親は隣の部屋で寝ていた」という被害者の声を伝える。これが例外的な一例だとしても、親が事情を承知した上で、自分の子どもをJ氏に提供したのである。その理由は「子どもを芸能界にデビューさせる」以外には考えられない。もはやそれは[鬼畜]にわが子を差し出す売春行為である。
 かくしてレポーターは「日本の社会が何とかしなくてはなりません」と語りかける。英国からやってきたBBCのレポーターがである…。
続 メガネと名鉄 [29] 2023/10/17 Tue 9568 昨日 [28] の続き
 メガネを「忘れた」ことに気づいて電車を飛び降りて、改札横にある窓口に行った。ここで事情を話すと、駅員は「わかりました」と指定席チケットを受け取って、「またこの窓口に来てください。顔を覚えておきますから」と言って、改札ゲートを通らない通路を教えてくれた。わたしはラウンジに戻り、受付に「忘れ物」をしたことを伝えて、先ほどまで仕事をしていた場所に向かった。そこはまだ空いていたが、メガネどころか埃さえない。あのときも心の中で[指差呼称]したのだから当然である。その状態を見て、「やっぱり」と思った瞬間だった。わたしの頭の中で自問の声が鳴り響いた。「うん? 待てよ。電車に乗ってすぐにメガネだけを座席前の網ポケットに入れたんじゃないか」。これには、なぜか確信に近いものがあった。もちろん、しっかり意識した行為ではなかったから、バッグからPCを取り出す際に「あっ、メガネがない」とあわてたのである。
メガネと名鉄 [28] 2023/10/16 Mon 9567 
 先日、ANAでセントレアに着いてからラウンジで仕事をした。空港によるが、航空会社の専用ラウンジのほかに、カードで入場できるところがある。ここは到着便の客も使えるため、早い便で着いたとき、ホテルのチェックイン時間の調整に都合がいい。先月は羽田から千葉方面に向かうバスまで1時間ほどの待ち時間が発生した。このときもカードラウンジを使った。
 そんなわけで、しばらく仕事をしてから名古屋に向かうため名鉄に向かった。電車に乗り、キャリーバッグを荷棚に載せ、手持ちのバッグを開いてPCを出そうとしたが、眼鏡がないことに気づいた。その瞬間ラウンジに忘れたのではないかと考えた。もちろん、ほんの5分ほど前にそこを出るときは、心の中で[指差呼称]をしたはずである。わたしは、机上で仕事をしたり、新聞を読んだりするときしかメガネはいらない。ありがたいことである。しかし、そうは言っても、これから仕事だから、メガネは必須である。とにかくラウンジに戻らなければならない。そこで発車まで2分を切っている電車から躊躇なく降りた。
現場の声 [27] 2023/10/16 Mon 9566 10月9日 [16] の続き
 「37.□□の打ち合わせが作業当日の朝になることが多い」
 □□の部分は組織の特性が明らかになるため伏せ字としたが、仕事の段取りや作業についての打合せがギリギリになることは多くの職場で起きているのではないか。それでも「ほとんど問題になることがない」という経験が蓄積されて、それが当然のことになる。悪魔はそうした小さな隙間を狙っている。様々な要因が重なって、「その朝」せざるを得ないことがあっても、すぐに本来あるべき、なすべき手続きに戻る力がなければまずいのである。これは小さなことではないが、直ちに重大な問題が発生しない場合は、「こんなこともありだよね」が「いつものこと」に変わってしまう。
教科書読みまくり [26] 2023/10/15 Sun 9565 10月8日 [14] の続き
 I社は「ムッソリーニの率いるファシスト党が政権を握りやがて独裁を始め」という説明があるのみで、他社と比べるとさらりと終わっている。これだけで、「ファシズム」なるものに、生徒の関心が向くのかどうかはわからない。K社は「ヒトラーやイタリア」を説明した後で、「このように民主主義が基本的人権を否定し軍事力で領土を拡大しようとする独裁政治をファシズムと言います」「国家がすべてである」と言ったとの表現もある。
 N社では、ファシズムを「基本用語の説明」として「当時のイタリアのように民主主義や自由主義を否定する独裁政治のことです」とあり、その後にいきなり「ファシスト」が出てくる。「ファシズム」一つ取っても教科書によって表現や量が違うのは当然である。これを教師がどう伝えるかがポイントになる。ところで、「ナチ:Nazi」は「National-sozialistische Deutsche Arbeiterpartei : 国家社会主義ドイツ労働者党」の略称。
 ところで、「ファシズム」は古代ラテン語で古代ローマの儀式用の棒の束、転じて団結の意味に由来している。狭い意味ではイタリアのファシスト党が権力を握っていた時期とされる。「団結」は基本的に肯定的に使われる。このほか、「一丸となって」「一糸乱れず」といった言い回しもあるが、やはりプラスの意味合いがある。しかし、それが、異論を唱えることに対する圧力になって、不幸な結果をもたらした事例も忘れてはならない。
「科学」考 [25] 2023/10/14 Sat 9564 
 科学は、身の回りで起きるものごとをを理解したいという人間の欲求からはじまったと言える。その対象は自然現象だけでなく、生きもの行動、さらには人の心にまで拡がるのも当然である。ここで重要なキーワードが客観性である。この点は、自然現象については可なりの程度保証される。ところが人間の心と行動になると、それが怪しさを増す。一般的には、科学は世の中で起きる現象を記述することからはじまる。その大部分がデータの収集であり、それが蓄積されて現象の解釈が可能になる。この解釈も自然科学では論理性が高く、合意が得られやすい。もちろん異説、異論はあるとしても、その相違点は論理的に整理されやすい。これが人間にまつわる解釈だとはるかに難しくなる。それ」場合によっては混乱にまで達する。
 科学の重要な役割は現象の記述と解釈だけでなく、これから先を予測することになる。自然科学であれば、次の皆既日食がいつになるかも正確に予測できる。一方、人間の行動では、「おそらく」「多分」といったレベルで、厳密な確率すらはっきりしない。
 もっとも、地震がいつどこで起きるかは自然現象だが、科学者たちは、現時点では予測をあきらめたようだ。
「4人の物語」(32) [24] 2023/10/13 Fri 9563 10月6日 [10] の続き
 Aの手元に、小学校の入学式当日に撮ったと思われる写真がある。まるで礼服のような子供服を着て、帽子を被っている。おそらく蜜柑と思われる1本の木の横に立つという構図である。Aはそこが借家、ただしくは借間のわが家の前にあった銭湯の左奥の家の前であることを憶えている。その木があるのはAより1学年下のKTという女の子の家で、父親は当時の国鉄に勤めていた。それは100%確実ではないが、Aはおそらく間違いないと思っている。
 K家とは母親同士がご近所づきあいをしていた。そこで子どもの晴れ姿を蜜柑の木があるKさんの家の前で撮ったのだろう。自宅は味噌醤油を造る商店の間借りで玄関もスライド式の簡素なものだった。そうしたことから、おそらく母親が記念写真の背景としてはいまひとつだと考えた可能性がある。それだけではない。そのころ、写真機なるものを所持している家などほとんどなかった。わが家がオリンパスのハーフサイズカメラを買ったのは、Aが高校生になってからである。Kさんが写真機、つまりはカメラを持っていて、「入学記念に写真を撮ってあげよう」と言ってくれたのではないか。そこでKさん宅の前が撮影場所になったのかもしれない。この部分だけはAの完全なる推測である。
手のシワ [23] 2023/10/12 Thu 9562 
 飛行機は窓側に座る。同じところを繰り返し通過しても飽きない。また、雲を観るのはわたしの趣味だと言える。昨日も窓側だったが、今回は手元にメモをする仕事を続けた。窓から秋の日射しがボールペンを持ったてに当たる。その右手を何気なく眺めると、小さなシワで一杯になっている。その瞬間に三隅先生が頭に浮かんだ。ただしくは先生の手である。いつのころだったか、先生がものを書いておられるとき、その手がわたしの目に飛び込んできた。そのとき、「先生も年を取られたなあ」と思った記憶がしっかり残っている。わたしも後期高齢者クラブ会員である。若い人には、手のシワだけでも「年寄り」に見えることだろう。
文化と人間関係 [22] 2023/10/12 Thu 9561 
 人間関係は文化によって異なっている。兄弟、姉妹は年齢の違いを明確にしている。これが英語だと[brother]か[sister]で、それだけでは年齢の関係はわからない。伯父と叔父、伯母と叔母も区別する。自分の父母より上、つまりは父母の兄や姉が[伯父、伯母]で、弟や妹を[叔父、叔母]と表記する。同じ「きょうだい」でも[兄弟、兄姉、兄妹、姉弟、姉妹、弟妹]など、じつに細かい。ここから見えるのは、「年齢差」を重視するメンタリティである。もちろん、年長者を尊敬し、大事にすることは望ましいが、これは社会における人間関係に序列を付けることに力を注いだ結果だろう。それが制度などにも影響を及ぼすと、文化として人の態度や行動に反映される。さらに潜在意識として権威主義にまで繫がると「とかくにこの世は住にく」くなる…。  
羽田の時計台 [21] 2023/10/11 Wed 9560 
 羽田で売っているモノを買ってくるように頼まれた。そのお店がどこにあるかわからない。そこで[information]にスマートフォンで店のホームページを見せてたずねた。さすが[インフォーメーション]である。「それは[5番の時計台]の前の辺りです」と瞬時に答えが返ってきた。ただし、わたしの反応は「はあ?時計台?そんなものどこにあるの?」だった。
 第2ターミナルがオープンしたのが2004年12月だから、わたしは20年ほどここをうろついてきた。その数は数百回にはなるだろう。それなのに[時計台]の話しなど初耳である。女性はわたしに「あそこに時計がありますね。番号も付いています」と言って指さした。あったあった、たしかにあった。それまでも視界に入っていたに違いない。それでも[時計台]と意識していないから、わたしにとっては[時計台]は存在していなかったのである。それに[番号]まで付いていたとはびっくり仰天してしまう。われわれは網膜に入ってくる刺激がすべて意識化されるわけではない。いや、それは「ほんの一部」なのである。これからは羽田に行くたびに[時計台]が必ず目に飛び込んでくるに違いない。
高校生と[Yes-man](24) [20] 2023/10/11 Wed 9559 10月4日 [07] の続き
 高校生たちの作品は、まずは県大会で3位だったとの連絡が届いた。さっそくお祝いのメールを送ったところ、「テスト勉強期間を削って編集した甲斐がありました(笑)」とユーモアあふれるメールが返ってきた。それから3週間ほど経過して、「全国大会が東京でありました。準決勝まで行くことができ、制作奨励賞をいただきました」との連絡があった。めでたし、めでたしである。
 彼女らの作品は県大会と全国大会で編集が異なっていた。いずれにしても、わたしは、もう少し丁寧な言い回しをすればよかったと大いに反省した。高校生に向かって「だよね」タッチで答えていたからである。いつも話し出すと、相手のことなど考えずに言いたいことを言いまくる悪癖をコントロールしていなかった。
 そんなことで、本コラムで公開するのもどうかと思いながら、URLは掲載しておこう。どちらもGoogle系ファイルで容量が大きく視聴していただけるかどうかは確認できない。
 県大会:
https://drive.google.com/file/d/12dUdywfZNYll-12QBowVHbMZcRpm7EWz/view?usp=drivesdk
 全国大会:https://drive.google.com/file/d/1UtqPvh7fcXPOpGZW2EVh-v_7Bs-Es8-k/view?usp=drivesdk
日立造船の思い出(3) [19] 2023/10/10 Tue 9558 10月5日 [09] の続き
 日立造船の保養所「南海荘」での研修は2泊3日で実施された。当時、研修と言えば朝8時30分から21時ころまでびっしり詰まっているのが一般的だった。そして、夕食後にグループで様々な課題をディスカッションするのが定番で、それは「結論が出るまで」終わらなかった。そうしたことから、、早く仕上げるグループでも22時台は普通で、その多くは23時を過ぎるまでがんばった。そして、タイミングを見計らって、サプライズ的におにぎりの差し入れがあるといった、まあ演出に近いものもあった。これにメンバーたちは感激するのだが、わたしもたくわんと合わせて食べる握り飯の美味しさはいまでも思い出す。
 日記には、「最終日、いつものことながら気持がほっとする。しかし、このコース、これから8回行われるのであり、これはその手始めにすぎない。しかし、研修ではデータ収集という研究上の意味でも重要なコースとなる。したがって、研究所の仕事であると同時に自分自身の仕事でもある。今回は2月で、雪も降る寒いトレーニングではあったが、スタートとしては順調にいったと思う」と記している。1975年2月19日、わたしが26歳のときである。
好み・趣味の変化 [18] 2023/10/10 Tue 9557 
 日曜の朝は「健康カプセル! ゲンキの時間」「がっちりマンデー」が長いこと7時からの定番だった。高齢者になって「ゲンキ」の方はテーマは選びながらも見続けている。一方の「がっちり」はパスすることが増えてきた。一時は、出張で見逃すと大物を逃した気持ちになることさえあった。しかし、このごろはスタートから見はじめても途中で「いいか」とスイッチオフすることもある。もっとも、テレビ番組に限らず、好みや趣味が変わるのは自然なことである。
 これは書籍についても同じで、青年期は小説もけっこう読んでいたが、いまでは最後の小説が何だったのかも記憶にない。ただし、書籍は一人の人間にとっては無尽蔵にあるから、好きなものを選ぶことができる。テレビもBSを含めて番組は大いに増えたが、わたしの主観的価値観から言えば、「どうでもいい、同じようなモノ」ばかりになった。とりわけ地デジの夜の番組はワンパターンで見る気にならない。
オー・ヘンリーの「新作」 [17] 2023/10/09 Mon 9556 
 オー・ヘンリーは「最後の一葉」の作者として知られている。それはわたしが子どものころの教科書にも載っていた。また、「賢者の贈り物」にも感動した。その一方で彼の人生は波瀾万丈だった。銀行に勤めていたときに横領したとして有罪となり、3年ほどの刑務所生活を送っている。その後作家として成功したが、過度の飲酒で肝硬変と糖尿病を患い、47歳で亡くなった。
 ところで、久しぶりに[ChatGPT]ちゃんに「次の3語を含めた400文字程度の文章を作りなさい オーヘンリー 作品 刑務所3年」と入れてみた。さすが実力発揮、即座に「オー・ヘンリーの作品には、しばしば刑務所の背後に潜む人間の心情や善意に焦点を当てたものがあります。その中でも『刑務所3年』という作品は、作者の巧妙な筆致と物語の深い感受性を示す素晴らしい例です。 この物語は、主人公が刑務所で3年間を過ごす過程での出来事を描いています」ときた。さらに流れのいい文章は続くが、わたしがヘンリーの「刑務所3年」を読みたくなったのは言うまでもない…。
現場の声 [16] 2023/10/09 Mon 9555 10月03日 [05] の続き
 「36.安全委員会の質疑内容が周知、伝達、指示されていない」
 組織によって「安全委員会」の名称は異なることもあるだろうが、こうした会合での内容が伝わっていないことを問題にしてる。ここで「質疑内容」であることに気づく。審議事項やそれから推測される全体的な内容は推測できるものもあるだろう。それよりも、そこで交わされた「質疑」に意味があるのではないか。ただしこの声には、「質疑」だけでなく、それに対する「応答」が含まれていることは疑いない。自分たちが抱いている仕事に関わる疑問や要望がどのように議論され回答がなされているのか。これが具体的に伝わらなければ委員以外の人間は蚊帳の外になる。委員会そのものは代議制で当然として、その内容が伝わらなければ何が起きても「知らなかった」となる。
目とメガネとリアリズム [15] 2023/10/08 Sun 9554 
 わたしが映画監督だったとしよう。まあ、そんなことはあり得ないなどと現実的な議論をされては先に進めない。ともあれ、監督のわたしの最大の悩み、それは[目]であり、[メガネ]である。
 その昔、フィルムの感度が低く、撮影する際は強力なライトが欠かせなかった。そして、明るい野外でのロケーションでも照明が使われた。このとき登場人物の顔を大写しにすれば、その目にライトが写り込む。さすがに、目だけをスクリーン一全体に映し出すことはほとんどないとしても、メガネはさらに難物である。顔が動かなければ、ライトが入らない角度から撮影することもでき。しかし、そこは何と言っても「活動写真」である。人物がわずかでも向きを変えると、チラリと複数のライトが反射する。
 二人の人物が薄暗い部屋で対峙している。そんな緊張した場面でメガネに5、6個の白い光が見ている者の目に飛び込んでくる。これは「リアリティ」を追求する監督にとって最大の悩みだったに違いない。今日では映像の保存がフィルムから半導体に変わり、その感度は驚異的に進化した。それでもライトいらずとまでは至っていなのではないか。ただし、すでにCG的処理でその問題を克服しているケースがあるかもしれない。
教科書読みまくり [14] 2023/10/08 Sun 9553 10月01日 [02] の続き
 T社は「ファシズムの台頭としてムッソリーニの率いるファシスト党が政権を握り」「ヒトラーによるファシズム体制を世論が支持するようになりました」と「台頭」や「世論の支持」などの文言が含まれており、この点で、一言二言のY社とは一線を画していると思った。T社の場合、さらに「ファシズムの解説」があり、「国民の民族意識をかって大衆を動員し、議会による民主主義を否定した上で熱狂的な世論を作り上げて政策への反対の声を上げにくくする独裁的な政治体制をファシズムと言います」と説明されている。
 改めて読むと、「意識をかって」の部分はわたしの転記ミスの可能性が高い。また、前回のT社とここで挙げたT社は違っていると思われる。原本はすでに返却しているので確認しづらいが、「ファシズム」についての情報をはっきり伝える意志が感じられる。
手荷物検査と水筒 [13] 2023/10/07 Sat 9552 
 世の中は知らないことに充ち満ちている。年を取ると喉の渇きを感じなくなる。そこで意識して毎日1.5~2リットルの水分を取るように勧められている、そんなことで、この夏からちょっと外出するときも350㎖ほど入る水筒を持参しはじめた。これが習慣になって、出張する際の備品チェックリストに水筒が加わった。もちろん出先ではコンビニや自販機もあるが、それも水筒に移しておくと冷たい状態で持ち歩ける。
 つい先日、羽田の手荷物検査場を通った。水筒には液体が入っているからペットボトルと同じつもりでバッグから出しておいた。ペットボトルは検査機を通過してから携帯検知器らしきものに填めてチェックするが、水筒はどうなるかご存じだろうか。コンベアのトレイに乗せられてきた水筒とわたしの顔をほぼ同時に見た係員が「蓋を開けて一口飲んでください」ときた。まことにわかりやすい。持主が臨時の「生体チェッカー」になるのである。もちろん、快くそれに応えたが、「一口」飲みながらつい吹き出しそうになった。人生、高齢になっても初体験の山々に囲まれている。今後もかなり期待できそうだ。
J事件の分析と考察(8) [12] 2023/10/07 Sat 9551 9月30日 [48] の続き
 BBCのレポーターは、J氏の写真がほとんどなく似顔絵を使わざるをえなかったと語る。かくして、謎めいた人物の雰囲気が醸し出される。わたしはJ氏の世界とは遠い距離のところにいるが、たしかに顔写真はほとんど見たことがない。
 レポーターは当然のように「文春」に向かう。そこで対応したのは、1999年から2000年の連載に関わった当時の記者二人である。彼らは、J氏から性的虐待を受けたという人物から情報を得た。それを手掛かりに複数の同じ体験者から話を聞いていくと、それらの内容が一致していた。その中には、話しながら涙を流し体が震える者もいたという。記者の一人はそう語りながら、インタビューの途中で胸を詰まらせる。中学生で被害者になったとすれば、まさに「鬼畜の仕業」である。
 連載後、記者たちはその世界で危険人物視され、メディアから嫌がらせを受け、「つぶしにかかってきた」という。インタビューの終わりに今の気持ちを問われ、「23年間絶望のままでいる」と答えている。このインタビューに対応したとき、彼らは現在のような事態を予想だにしていなかったに違いない。いまや、J氏の名を冠した事務所が消滅するにまで至ったのである。
 かくして、世の中ではメディア自身が当時の状況について検証すべきだという声が上がっている。メディアは権力の横暴に挑戦することに最大の存在意義がある。それが無視に止まらず「つぶし」という抑圧する側に回ったとすれば、第三者による検証は不可欠であり、それ抜きには世の中の信頼を得ることができない。ただし、時間が経過すれば多くの人々の記憶から消えて行く。
「学習」の落とし穴 [11] 2023/10/06 Fri 9550 
 わたしがChatGPTに「東京都の人口が1000万を超えた年」を聴いたところ、誤った答えが返ってきたことを本欄で紹介した。公表されている統計数値が違ったのだから、わたし自身かなり驚いた。それがわかったのは、「その年」が自分の中学生だったことを記憶していたからである。ともあれ、「統計数値なら大丈夫だろう」はかなり危ういのである。
 これに対して、ある時期まではそうであっても、そのうち「学習」するから大丈夫という答えが返ってきそうである。しかし、人間の世界はそれほど単純ではない。どこかで何物かが「誤った学習」をさせるためのデータを大量に発信する可能性が十二分にある。その内容が重要であればあるほど、その危険の程度は深刻さを増す。
 心理学では「学習」は「経験によって行動が変わること」とされる。生来的に備わっていなかった行動は学習によって身に着くのである。ただし、経験次第で望ましくない行動を学習することもある。薬物使用による行動の変化などはその典型例である。AIの「学習」も、それを積み重ねることで生まれる危うさにも気をつける必要がある。
「4人の物語」(31) [10] 2023/10/06 Fri 9549 9月29日 [46] の続き
 Aは自分たちが雨漏りを洗面器で受けていた借家にどのくらいいたのか記憶はない。まだ小学校に入る前のことである。それに比べると、Y市に引っ越して2番目の借家は記憶の量がかなり増加する。まずは、家の持ち主が味噌や醤油を造っていたことが蘇る。借家というよりは借家というよりは間借りだった。居住部分から出ると、すぐに大きな樽が並んでいた。それが発する醤油というか味噌というか、その臭いをAはいまでも憶えている。また、目の前に銭湯があった。その当時、自分の家に風呂がある家庭など、Aが記憶する限りほとんどなかった。その点、住まいの前に銭湯があるのは大いに価値があった。それにしても、味噌醤油の樽と同居というのは、雨漏りで洗面器が役に立つ環境とどれほど違うのだろう。そうした物件しかない時代だったのか、家賃を考えると、そうしたところしか借りられなかったのか。Aがその理由を父親に聴いたことはない。いまとなっては永遠の謎である。
日立造船の思い出(2) [09] 2023/10/05 Thu 9548 10月3日 [06] の続き
 大阪の難波から南海電鉄に乗って南に向かうと終点の和歌市駅の前に「みさき公園」がある。そこに日立造船の保養所「南海荘」があった。はじめて行ったときは一人で、草ぼうぼうの真っ暗闇の中を歩いた。明るい時間帯はどうと言うこともないが、重いバッグを手に、悪い輩が目の前に現れるのではないかと恐ろしくなった。
 日記によれば、それは1775年2月16日のことである。その日は日曜日で、友人の結婚式に出席して、6時台のANA便で福岡から大阪に飛び、最終目的地の「南海荘」到着は22時と記している。携帯の地図やナビのない時代である。手書きの地図を頼りに暗闇の中をとぼとぼと歩いている自分の姿が目に浮かぶ。さすがに山賊が出る場所ではないにしても、灯りも乏しい細道を歩くのだから、そりゃあ不安だったよね。
 ところで、このとき乗ったのは、[ボーイング727]で[フライトは28回目]と書いている。いまでは1400回を超える生涯フライトを自慢しているわたしが飛行機に「乗り始め」たころである。
客観という主観 [08] 2023/10/04 Wed 9547 
 主観とは、そのうちの主が自分の家にいて、自分の家を見るようなものだ。そこに客がやってきて、まずは外観を眺め、チャイムを鳴らして主の登場を待つ。それから家に上がって部屋の中を眺める。あちこち動いて覗き回るわけにはいかないが、トイレくらいは行ってもおかしくない。
 同じ家でも、主が観るものと客が観るものに違いがあるのは当然である。むしろ同じことなどあり得ない。主としては「客にはどのように映っただろうか」と想像することはできるが、客と同じ目線で自分の家を観ることはできない。かくして、主は、あるいは自分というものは、これを客観的に観ることなど不可能なのだ。いやいや、自分以外のものにしても、物理的な現象は別だとは思うが、真に客観的な見方などできないのである。なぜなら、人間は一人ひとりが固有の大脳を持っているのだから。そんなわけで、世の中は「客観という主観」に充ち満ちている。それは善悪、いい悪いといった問題ではなく現実である。という結論は客観的なのでしょうかね…。 
高校生と[Yes-man](23) [07] 2023/10/04 Wed 9546 9月27日 [43] の続き
 世の中の「変革」のはじまりは、一人、あるいは少数が担う。宗教の始祖は一人だし、宗教改革を推進したのも、歴史に残るのは一人の名前である。しかも、変化を導入する際は抵抗されるし、さらに迫害につながることもある。それでもジワジワと変化が生まれ、気が付けば世の中の大勢となる。わたしが運転免許証を取って、[マジメ]にシートベルトを填めていたら、みんなから「マジでやってるの」と笑われた。いまから40年以上前のことである。日本国中のエレベーターの前には灰皿があった。ビル内の通路での歩きタバコは日常の光景だった。それでも、エレベーターの中でタバコを吹かす人間はいなかった。ただし、後期高齢者ともなれば、これまでの人生で「一人だけ」いた。まことに信じがたいことである。
 高校生たちに、こんな事例を挙げて、「まずは、あなたたち3人がヘルメットを被って自転車に乗ることよ」と勧めた。そして、「いつの日にか、それが常識になったとき、『あれって、わたしたちが最初にはじめたんだよ』と自慢しようじゃないの」と付け加えた。
日立造船の思い出(1) [06] 2023/10/03 Tue 9545 
 「日立造船」が社名を変更するとのニュースを観た。来年10月に「カナデビア」になるという。
 わたしは「日立造船」と関わったことがある。前世紀1975年前後の数年間、事故防止を目的に、班長を対象にした「リーダーシップ・トレーニング」に出かけていた。そのときの責任者は集団力学研究所副所長の故高禎助氏で、わたしは大学院の学生だった。その前の1970年から73年にかけて三菱重工業長崎造船所で「全員参画による安全運動」が展開され、成果を上げていた。そこで、同じ造船業である日立造船からプロジェクトの依頼があったのだった。わたしは長崎プロジェクトに参加させてもらい、現場におけるアクションリサーチの魅力に取り憑かれていた。その体験を通して「これを自分のライフワークにする」と決めていた。長崎では、短時間のレクチャーを任されたこともあり、さらに腕を磨きたいと思っていたのである。高氏はそうしたわたしの気持ちを察して、「日立造船プロジェクト」のスタッフとして、「吉田君、一緒にやってみるかい」と声を掛けてくださったのである。
現場の声 [05] 2023/10/03 Tue 9544 9月25日 [40] の続き
 「35.準備作業で作業のやり過ぎがある」
 これは、ある特定の作業についてのものだが、同じ声が複数あることから、現場では否定的に受け止められているようだ。これ以上の情報はないが、こうした声は、実際に仕事をする人たちに、「ここは変えてほしい、変えた方がいい」という共通の意識があることを推測させる。それでも「とにかくやれ」と要求する管理者たちが頭に浮かぶ。
 法はもちろん、規則やマニュアルを[頑なに][やせ我慢]してでも遵守する。そして、そのことに[誇り]すら感じることを大事にしたい。その一方で、[変えられる][変えた方がいい]ものは、ドンドン変える。それがまずいとわかれば、[朝令暮改スピリット]で元に戻せばいい。わたしは、こうした[相反行動]の両立が安全には欠かせないと考えている。ともあれ、「現場の声を聴こう」の一言に帰結する。
Asovism [04] 2023/10/02 Mon 9543 
 何かの調子で[Asovism]という[新語]が頭に浮かんだ。研修や講演で、「わたしの趣味は仕事」まではいいとして、「仕事は遊び」などと口を滑らしている。もちろん、そうした状況にいることに感謝しているからである。そんなわたしだから、つい「遊び」から、「Asovism]に繫がった。ここで、ホイジンガの著書「Homo Ludens: A Study of the Play-Element in Culture(1938)」が思い出される。この話、高校生のときに聴いたが「ホモ・ルーデンス」とは「遊ぶ人間」のことである。友だちと「人間はみんな[遊び人だあ]」と大いに盛り上がった。「ホモ・サピエンス(知恵を持つ人間)」のように、自分たちが生きものの頂点にいるかのごとき傲慢さ、勘違いがなくて素晴らしい。「AIの行き着く先は義理と人情、そして浪花節の世界だ」と勝手に絶叫している。これからは、「AIの先は[Asovism]で行こう」というキャンペーンを張ることにしよう。
表紙の写真 [03] 2023/10/02 Mon 9542 
 日光東照宮の[三猿]は多くの人が知っている。小学生のとき、[眠り猫]を左甚五郎が彫ったという話は聴いていた。そのほかの彫刻は誰の作品か確定されていないという。さて、[三猿]は「見ざる、言わざる、聞かざる」だが、同じ発想のものが古代エジプトやアンコールワットにもあるらしい。孔子の「論語」に「礼にあらざれば視るなかれ、礼にあらざれば聴くなかれ、礼にあらざれば言うなかれ、礼にあらざればおこなうなかれ)」が留学僧によって伝わったとも言われる(Wikipedia)。つまりは、「[礼]にもとることを観るな、聴くな、言うな、するな」ということだろう。
 しかし、それは「問題があっても、『観ない』『聴かない』『言わない』」の「組織不祥事3点セット」ではないか。天の邪鬼を自認するわたしは、そんな皮肉なことを言いたくなる。そう思って[三猿]を眺めると、彼らが「忖度三猿」のように見えてくるから笑ってしまう。いやいや、世の中には「三猿から笑われる深刻な状況」に充ち満ちている。そうそう、孔子が最後に上げている「礼に反することはするな」は「コンプライアンス」の基本である。
教科書の読みまくり [02] 2023/10/01 Sun 9541 9月24日 [38] の続き
 社会科の「歴史」は出版社の数が多く、教科の特性から、対象として取りあげる時間そのものが長い。そんなことから、わたしには突出してこれがいいとの印象を受けるものはなかった。そこで、いくつかの「用語」に対する記述に焦点を合わせてみた。その一つが「ファシズム」である。
 たとえば、T社の教科書には「ファシズムと呼ばれる政治運動も登場した」「イタリアではムッソリーニがファシスト党を率いた」といった記述がある。Y社では「ヨーロッパではイタリアとドイツを中心にファシズムと呼ばれる政治体制が成立した」「ムッソリーニがファシスト党を結成した」となる。いずれも、一言二言で事実を記述している感がある。
表紙の写真 [01] 2023/10/01 Sun 9540 
 「日本で唯一『幸福』の名が付く現役の駅です」(熊本県球磨郡あさぎり町HP)。昨年の10月、あさぎり町に出かけたとき撮った。正式名は「おかどめ幸福駅」で、JRから引き継いだ第3セクターくま川鉄道の駅である。そこから歩いてすぐのところに岡留熊野神社があり、昔から幸福神社と呼ばれていたことからこの名が付いた。何分にも熊本であるから、[くまモン]が至る所にあふれており、本駅も例外ではない。写真には写っていないが「幸せを呼ぶハンカチならぬ[黄色い]ポスト」もある。これにラブレターを投函すると相手に想いが通じるという御利益があるらしい(人吉球磨ガイド)。わたしが行ったときは、福岡ナンバーの家族連れがやってきて写真を撮っていた。秋の青空は清々しい気持ちにさせてくれる。