味な話の素  No.239 2023年05月号 (9236-9328) Since 2003/04/29
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お報せ:電子版「人間理解のグループ・ダイナミックス」(Kindle版)を出しました。  
介護の未体験者 [93] 2023/05/31 Wed 9328 昨日 [90] の続き
 家内の父は90歳を超えても元気で、わたしが東京に出張するとき、家内同伴で母親と一緒に連れて行った。NHKの食堂でカレーをペロリと平らげるほどだったが、その年のうちに亡くなった。母親の方はそれから5年ほど健康に過ごしていたが、体調を崩して3ヶ月ほど入院して逝った。
 こうして、われわれ夫婦は親の介護という経験をしないままでここまで来た。そして、自分たちが高齢者になった。そんな中で、パンデミックの前の2018年に、ドキュメンタリー映画「ぼけますから、よろしくお願いします。」を熊本市内にある老舗映画館電気館で観たのである。
高校生と[Yes-man](3) [92] 2023/05/31 Wed 9327 昨日 [89] の続き
 Zoomによる取材の前に、「質問内容」を記したメールが送られてきていた。そこには「周りの人と違うことをしたくないという思いはなぜ生じるのか」「多数派で居たい、と思う風潮は現代特有のものなのか、近代以前にもあったものなのか」「身分社会との関わり」「日本人は特にその傾向が強いと言われるが、それはなぜか」「内向的な人と外向的な人、集団を動かすのはどちらのタイプか」「どうしたら、みんなが自転車に乗るときヘルメットを被るようになるか」の6点が記されていた。なかなか興味深い内容で、いずれもグループ・ダイナミックスと関わっている。そこで、自分の頭に浮かぶことを記したメモをつくった。
データのメイキング [91] 2023/05/31 Wed 9326 昨日 [88] の続き
 データの不正入力は2019年5月から翌20年5月までに実施した14回の調査で行われていた。オペレータ-が実際に電話をかけた調査票を基にして性別や年齢、居住地などを変えて回答者数を増やしたのである。これを業界では[メイキング]と呼んでいる。こうした不正を隠蔽するために、電話をかけたリストを偽造していた。その数が1886件、全体の12%になるというから半端ではない。たとえば、産経新聞の1回の世論調査で、「固定・携帯電話による聞き取り、全国18歳以上の男女2410人〔固定1019人、携帯1391人〕」といったケーがあるから、その数値の巨大さがわかる。
父の総日数 [90] 2023/05/30 Tue 9325 
 東京の放送局でドキュメンタリー番組の制作を手がけてきたディレクターが映画を作った。タイトルは「ぼけますから、よろしくお願いします」である。広島に住む両親のうち、母親がアルツハイマー型認知症と診断された。仕事の時間を調整しながら東京から自宅に帰ってカメラを回した。その後、母親が亡くなったことが報道されていた。
 わたしの母は手術ミスによって47歳で逝ってしまった。父はそれから20年ほどを一人で過ごしていたが、体調を崩して入院から3ヶ月で亡くなった。享年75歳で、わたしは今年中に父が生きた総日数に到達する。先のことはわからないが、わたしのいまの体調から推測すると父の記録を超える確率は相当に高い。
高校生と[Yes-man](2) [89] 2023/05/30 Tue 9324 昨日 [87] の続き
 さて、いよいよ「取材」の日になった。あらかじめ招待されたZoomにアクセスするとメールをくれた生徒を含めて3人が映った。今回のアプローチのきっかけは、わたしの講演か研修を受けられた顧問の先生のお勧めだったとのこと。高校の先生だと「教員免許更新講習」を受講されたのだろう。いずれにしてもご縁である。わたしは、AIが行き着く先は「義理・人情・浪花節の世界だ」と絶叫しているが、これに「ご縁の世界」も追加することにしよう。
決められたことが守られない [88] 2023/05/30 Tue 9323 昨日 [85] の続き
 そもそも不正入力が発覚した理由ははっきりしないが、フジテレビと産経新聞が調査を委託していた東京の会社が、正式な手続きをとらずに、その半分を京都の会社に再委託していた。不正入力そのものが問題だが、それ以前に決められた手続きを踏むという「基本」が守られていなかった。
 年金に関しても、再委託が表面化して大問題になったことがある。いずれにしても、複数の段階を踏んでいくうちに、本来の主旨が伝わらなくなる。それに責任の不明確さが付いてくる。この種の問題は「いつでも発生しうる」という前提で仕事をすることが求められる。それは性悪説に立つことにもつながるが、「リスクマネジメント」には「確率よりも確実」の視点が欠かせない。その意味で組織の対応としてはこれを受け入れざるを得ないのである。
高校生と[Yes-man](1) [87 ] 2023/05/29 Mon 9322 
 高校生からメールが来た。部活で、自転車に乗るときヘルメットを被らないことについて考えたいという。自校の生徒たちに質問したところ、「みんなが被らないから」という理由が圧倒的に多かったらしい。そこで集団について研究しているわたしにインタビューを依頼してきたのである。ご承知のように、[生涯一Yes-man]で通してきたわたしだから、「喜んで」との文言を付けて[快諾メール]を返信した。いまやリモートの時代である。先方から日程の問い合わせがあり、Zoomの招待状が届いた。
現場の声(15) [86] 2023/05/29 Mon 9321 5月26日 [78] の続き
 「012.現場ミーティングでの作業内容説明はもっと詳しく」
 現実には現場のミーティングで作業内容の説明が十分でないこと、そのために支障が出た体験があることを推測させる。ものごとの説明、「する側」は内容について理解していることが圧倒的に多い。そうでないケースがあれば、それは説明以前の問題である。作業内容の説明は、情報を伝える「コミュニケーション」そのものである。そこでは説明を「される側」からの視点が欠かせない。世の中では「自分にとって当然」であっても、相手には「当然でない」ことはいくらでもある。
世論調査のトラブル [85] 2023/05/29 Mon 9320 5月26日 [77] の続き
 2020年6月にフジテレビと産経新聞から世論調査を委託された会社がデータを不正に入力していたことが明らかになった。これは相当に深刻で、それまで実施していた過去14回の調査に関わるものであった。実際には電話していないのに、架空のデータを1回につき百数十件も不正に入力していたというのである。この調査には内閣支持率も含まれていた。その「結果」はテレビや新聞で取り上げられたのである。これは調査における質問の仕方といった方法の問題ではない。そもそもデーターが本物ではないのだから議論以前の問題である。架空のデータを入力する側は、「大方の予想」と食い違わないような「配慮」をしたかもしれない。そこで「結果」も「誤差の範囲」に収まったと推測する。
[QSR] [84 ] 2023/05/28 Sun 9319 
 「何でも問いかける:Questioning」「何でも感じる:Sensing」「何にでも応える:Responding」、頭文字で[QSR]が頭に浮かんだ。ここで「応える」を「答える:Answering」にした方が「問いかける:Questioning」には対応する。そうなると、[QSA]だが、ここは「対応」も含めたい。まあ、思いつきだから、そのうち頭の整理をしよう。いずれにしても、これが個人はもちろん、組織の健全な成長に欠かせないのである。また、問題の発生を未然に防ぐためにも必要な要素である。その順番は「何でも感じるS」がスタートに来るかもしれない。しかし、それは「何でも問いかけQ」「何でも応えるR」ことの積み重ねによって磨かれる。ともあれ、子どもは「どうして」を繰り返して成長する。大人になっても「どうして」と思うことはある。しかし、これが顕在化することが少なくなってくるのではないか。
「想像」と「空想」 [83 ] 2023/05/28 Sun 9318 
 塩野七生「ローマ人の物語」全43巻の24巻目(p.209)で、塩野氏は賢帝と呼ばれたトライアヌスの大理石像の前で「あなたはなぜ、あゝもがんばったのですか」と自然に口ずさむ。そして、「答えは質問した私が代わってするのだが、このようなことを少しばかり学問的に言い換えると、仮説となる。辞書には、事実を合理的に説明するための仮定、などとあるが、要するに想像だ。ただし、想像とはいっても、諸々の事実に基づいて想像するのであって、基づかないでもやれる空想ではない」と記する。
 仮説を想像と言い、空想と区別するところに塩野氏らしい発想がうかがわれる。ついでに言えば、【事実:①実際にあった事柄。現実にある事柄。真実のこと。哲学では、特に、必然的にあることや、単に可能としてあることと区別される。②略[精選版 日本国語大辞典]】と定義されている。しかし、「現実にある事柄」や「真実」そのものが「事実」だとどう証明するか。あれもこれも、「とりあえず[事実]として」という前提で、まさに仮定のもとで考えていくしかない。
「大は小(少)からはじまる」 [82 ] 2023/05/28 Sun 9317 
 ものごとは[小]あるいは[少]からはじまることは誰もが認めるだろう。何分にも、この宇宙が[ビッグバン]からはじまったことは現時点では多くの物理学者が認めている。ただし、本当の[モノ]がどうしてできたかは十分に説明できていないのではないか。
 そもそも[すべてのはじまり]を[無]とすれば、それから「有]が生まれるという理屈はなかなか受け入れられない。そもそも[無]とは「ないこと、存在しないこと」(精選版 日本国語大辞典)と、辞書はじつに素っ気ない。かくして、宇宙の始まりは永遠に[仮説]のレベルを超えることはないだろう。わたしとしては、「大は小(少)からはじまる」ことにだけ合意が得られれば、それ以上は宇宙の起源の話にこだわることはない。
無過失を含む公表 [81 ] 2023/05/27 Sat 9316 
 国立病院で医療事故が発生したとき、それが予期しない合併症や副作用を起こした際には、病院に過失がなくても公表する。これは2012年に国立大学附属病院長会議常置委員会が出した「国立大学附属病院における医療上の事故等の公表に関する指針(改訂版)」において表明されている。
 医療行為の結果として、患者に問題が発生した場合、それを病院側に過失があった医療過誤と、過失のない合併症や副作用などに分類する。そして、医療過誤によって患者が死亡したり、重篤で永続的な障害が残ったりしたときは、記者会見などで速やかに発表する。また、一時的に重篤な状態になったが、その後の治療で回復したが場合は、大学病院のホームページでその概要や原因、改善策を示すべきだとしている。
 ここで「過失がなかった」場合にも公表する点が注目される。これによって、同じことが起きない可能性が高まる。指針の公表から10年を超えるが、その運用状況はどのようになっているだろうか。
大人の「なぜ」と〝why〟 [80 ] 2023/05/27 Sat 9315 
 人間の行動は、あるいは改善は、さらに進歩は、まずは「なぜ」「どうして」あるいは〝why〟から始まる。子どもが身の回りに起きるあれやこれやに「どうして」を発することは、大人の間で話題になる。それが好奇心の現れであり、成長につながるとされる。しかし、それは子どもに限ったことでなく、大人の成長にも欠かせないのである。
 もちろん、「なぜ」「どうして」と問いかけたからといって、そのすべてに納得のいく答えをゲットできるとは限らない。いや、現実には「ゲットできないこと」の方が圧倒的に多いだろう。そうかと云って、ここで「問いかけること」を止めては改善も成長も前進も進歩もない。
紙の辞書 [79 ] 2023/05/27 Sat 9314 
 熊本県の教育委員をしていた2020年に、中学校の教科書について検討した。そこで、様々な教科書に目を通した。英語は6社あったが、自分が中学生のときは開隆堂の《Jack & Betty》だったことを思い出しながら楽しく読んだ。
 S社はスタートに〝Power of Music〟を置いていたが、これがとても新鮮で印象に残った。さらに、はじめの方に「辞書の引き方」が掲載されているのがよかった。いまでは電子辞書が常識だが、「紙の辞書」で目的のことばのページに素早く到達できる快感は何とも言えない。そして、「その周辺のことば」にも視野が拡散していくのがすばらしい。電子辞書でも近辺の単語はリストアップされるが、その語義まで一緒くたに目に入ってくる力は「紙の辞書」に及ばない。探していた単語とはまったく関係のない「ことば」に遭遇して、新しいアイディアが浮かぶこともある。これはデジタルとアナログ時計の違いに似ている。わたしは、「授業や講演などでは時間の経過が[そのまま見える]アナログが絶対」だと確信していた。
 この教科書では、2年生に〝Rakugo Goes Overseas〟、3年生はKing牧師の〝I have a dream〟が載っていたが、どちらもいい感じの文章だった。
現場の声(14) [78] 2023/05/26 Fri 9313 5月15日 [45] の続き
 「011.監督者とオペレーターの意思疎通に欠ける」
 あまりにも一般的過ぎて、「わざわざ番号まで振って取り上げるまでもない」と思われるだろうか。わたしは、こうした声が出てくることを重視したい。そもそも関係者の間の「意思疎通」、つまりは「コミュニケーション」の重要性を否定する者などいるはずがない。しかし、現実にはこれが不十分だったことでトラブルや事故が発生し、場合によっては組織の存続さえ脅かす事例は枚挙にいとまがない。この声そのものは「監督者とその支持を受けたオペーレータ」間の問題を指摘しているが、これを組織におけるコミュニケーションの問題に拡大する視点が欠かせない。
「世論」の定義 [77 ] 2023/05/26 Fri 9312 昨日 [74 ] の続き
 【世論:ある社会の問題について世間の人々の持っている意見。(デジタル大辞泉)】もっとも簡単な字義を挙げたが、[世論]は重要語句だから百科事典でも取り上げられている。そして、これに焦点を合わせた仕事を続ける研究者もいる。ここでそうした情報にも目を向けていると本コラムが先に進まないから、もっとも単純な解説で済ませておくことにする。
 ともあれ、[世論]は世の中の大多数が持っている意見、あるいは価値観、さらには常識、行動や判断の基準と考えることができる。人間の社会や組織では何をするにも全員の完全な合意が得られることはない。それが何らかの決断を要するものであれば、最終的には[多数決]が選択される。もちろん、そうした認識に合意する者が[大多数あるいは多数]だと、わたしは推測するが、それについても[全員一致]はあり得ない。さらに、そうした推測も[全員一致]はあり得ないと、どこまでいっても止まるところがない。そして、この「際限がない」という判断もまた[全員一致]が得られるのか。とにかく[全員]という言葉を使う限りこれまた危ういのである。
「4人の物語」(12) [76 ] 2023/05/26 Fri 9311 昨日 [73 ] の続き
 Aは両親が大陸から引き揚げてきた後に生まれたいわゆる[団塊の世代]に属している。いまでは一般名詞として定着した[団塊の世代]は、通産省の官僚で作家・評論家などとして幅広く活動した堺屋太一氏が書いた同名の小説に由来する。その定義は1947年(昭和21年)から49年(同24年)までの3年間に生まれた者たちのことである。彼らは敗戦後の第一次ベビーブーム世代とも呼ばれる。この間の出生数は、それぞれ267万人、268万人、269万人で、総数は804万人にもなる。世の中で少子化が問題にされ始めて久しいが、出生数が2022年には80万人を切ったことを踏まえれば、その数の多さがわかる。とにかく[団塊]なのである。
失敗を責めない文化 [75 ] 2023/05/25 Thu 9310 5月21日 [63 ] の続き
 一般的に「わたし、失敗しました」と言うのには抵抗感がある。それが外的な要因によるものであれば仕方がないが、原因が個人に帰される場合、失敗したことを他人から責められる可能性が強い。そうなると、まずは自尊心が傷つくが、内容次第で社会的評価や収入にも影響が出るのではないかと考える。神様や仏様であれば、そんな世俗的なものに拘らないから、失敗を進んで認めるだろう。しかし、一般ピープルはそうした心境に達するのは難しい。そこで心配を失敗として求めなかったり、隠したりする。こうした事情を踏まえて、「失敗を責める」べきかどうかが課題になる。これに関わって[No blame culture]なる言葉が登場してからけっこうな時間が経過した。つまりは「失敗した(個人を)責めない文化」が重要だということである。
世論調査と物差し [74 ] 2023/05/25 Thu 9309 5月24日 [70 ] の続き
 この世に事実が一つだとすれば、誰がどこでどのように測定しても同じ結果が出る。たとえば、世界中で公認された陸上競技場の100mトラックの長さは[みな同じ]である。もちろん誤差ゼロなどはあり得ないが、それは誰もが許容できる範囲内にある。これが[人の意見=世論(?)]となると、途端に怪しくなってくる。とにかく結果の違いが大きく、許容範囲を超えていると思うようなこともある。そんなわけで、「大方の方向や傾向だけは同じか」くらいで我慢(?)してしまう。そもそも「世論」とは「調査主体が[世論調査]と呼んでいる[ものさし]で測ったと主張しているもの」と考えた方がいい。
「4人の物語」(11) [73 ] 2023/05/25 Thu 9308 5月23日 [67 ] の続き
 ギブスなどの石膏製品がウインドウに置かれていたお店との距離関係は不明ながら、Aには自宅からそう遠くないところに公衆電話ボックスがあったことも記憶にある。当時、電話は世の中の希少物だった。Aの家に電話が設置されたのは、Aが中学2年生が3年生になったときだから、記憶の公衆電話から10年以上後のことになる。Aの父親の転勤でY市からそれほど遠くない、やはりY市に移ったとき、そこには公衆電話があったかどうかさえ怪しいのである。Aは小学校の友だちに、自分が公衆電話の使い方を知っているかのような話をした。まずは10円を入れてからダイヤルするといったことである。それは「都会から来た坊ちゃん」の自慢話だった。A自身がそれを本当に知っていたのか、親たちから聴いて仕入れた情報だったのか、これまた怪しい霧に包まれるのである。  
学校運営協議会 [72 ] 2023/05/24 Wed 9307 
 現在、わたしは小学校と中学校各1校の学校運営協議会委員を務めている。その詳細は省略するが、この会は「地方教育行政の組織及び運営に関する法律第47条の5第1項」に基づく公的機関である。教育委員会が「コミュニティスクール」として学校を指定し、そこに協議会が設置される。その趣旨は地域社会が地元の公立学校を運営することにある。
 そのため、校長は「学校運営の基本方針」について協議会で説明し、その承認を受けなければならない。また、協議会は教育委員会に学校運営に関する意見や教職員の任用に関する意見を述べることができる。協議会はそうした権限を持っているわけだ。
 さて、わたしが関わっている小学校は児童数が50人に満たないが、運動場や学級園の草取りをしたところ、PTAの出席率が100%だったという。これに加えて地域ボランティアが参加する。文字どおり、地域全体で子どもたちを育てているのである。これぞ教育の原点だと思う。
鍾乳石の話 [71 ] 2023/05/24 Wed 9306 5月22日 [65 ] の続き
 研修受講者の声、「リーダーシップを求められている事は感じていたが、実際にはどのようにすればいいのか? 何から始めればいいのか? 悩んでいましたが、研修を受講して自分のできることをコツコツと挑戦していこうと思うことができた」。
 何ともありがたい反応である。わたしはリーダーシップ研修においても[鍾乳石論]を基礎にしている。鍾乳石が5年や10年でようやく1mmほど成長することを念頭に置いて、[大は小からはじまる論]を展開する。まずは自分の行動を[ちょっとだけ変える]ことからスタートすることを強調する。ただし、自然界では時間が止まることがない。われわれも[小さな変化]の流れを止めては元も子もない。小さな変化を絶やさずに続けていくことが大きな変化を実現する。われわれには、「ちょっと休む」と「ずっと休む」傾向がある。毎日、小さなことをコツコツと継続し続ける。それを楽しみにすることが変化のエネルギーになる。
誤差の範囲外? [70 ] 2023/05/24 Wed 9305 
 G7サミット後にマスコミ各社の内閣支持に対する世論調査結果が出はじめた。それらの間にはいつものようにズレがある。その大きさが誤差の範囲内でなさそうなのが興味深い。さらに、これは先入観が効いていると思うのだが、各マスコミが一般的に指摘されているスタンスと一致する方向の[結果]あるいは[傾向]になるように見えるのがさらに興味深い。
 科学的研究は、自分の仮説、言ってみれば研究者が「こうだろう」「こうに違いない」「こうあってほしい」と思う結果が出ないときでも、その事実を受け入れることからはじまる。こんなことを言うを、「『こうあってほしい』などと予断に満ちた態度が問題だ」と憤る向きがあるかもしれない。そりゃあおっしゃるとおりですが、科学だって[生身の人間]の行為なのですよね…。
資料通りの体験 [69 ] 2023/05/23 Tue 9304 昨日 [66 ] の続き
 「青少年育成県民会議」での講演は60分で配付資料通りの話ができた。わたしには、話したいことをあれもこれも資料に載せ過ぎる癖がある。今回はそれを極力抑えた。それが功を奏して、いつもはバタバタする[ホームページ紹介]までしっかり提示したところで時間が来た。しかも、手元のメモに記していた「AI…」「義理・人情…」「ポンプ」も口頭でほんの少しながら付け加えた。講演時間は90分が多いが[それでも]すべてを話しきれないことを繰り返してきた。その点で、今回はわたしにはいい体験になった。いつになっても、新たな経験が積み重なっていく。
幻のジェット [68 ] 2023/05/23 Tue 9303 5月20日 [59 ] の続き
 国産初のジェット旅客機を製造すべく、華やかに打ち上げられた[MRJ(Mitsubishi Regional Jet)]だった。わたしも1964年に戦後はじめて飛んだ国産のプロペラ機YS11が頭に浮かんだ。「ようやく、ジェットだ」。飛行機大好きのわたしは、新しい飛躍のスタートとして大いに期待した。発表後には海外からの受注も好調で夢はふくらむばかりだった。まずは、2011年に初飛行、そして2013年に納入との予定も明らかにされていた。それが、2009年には納入の延期が発表される。これだけなら、「そんなこともあるんだろう」で終わるのだが、その後も延期がくり返されていく。それでも2015年11月の県営名古屋空港での初飛行で、多くの人が[夢]の実現を確信したに違いない。わたしは仕事で名古屋空港に複数回出かけたが、空港のレストランは製造に関わる外国人技術者であふれかえっていた。それがアメリカで解体されるのである。
 このメモの記載日は定かではない。ただ先が見通せないまま「機材がアメリカで解体される」という情報に遭遇して間もないころであることは疑いない。そして、いますべてが終わってしまった。
「4人の物語」(10) [67 ] 2023/05/23 Tue 9302 昨日 [64 ] の続き
 AがY市で過ごしたのは、おそらく2歳から6歳ころまでである。その間のAには不明瞭かつ確かとしか言いようのない記憶が浮かんでくる。その一つは家の近くに石膏をウインドウに飾っていたお店があった。それは怪我をしたときに使うギブスだった。小さな子どもの目線より相当に高いところに、真っ白な手や足の形をしたモノが置かれていた。それを見て、Aはその使途もわからないままにある種の怖さを覚えていた。ただ、それは自分1人で家に帰るときその店の前を避けるほどのものではなかった。
話のネタメモ [66 ] 2023/05/22 Mon 9301 
 今日は「熊本県青少年育成県民会議総会」が開催される。わたしは、「青少年とともに生きる社会創り」と題して60分の話をする。これは2021年に予定されていてパワーポイントまで創っていたのだが、「コロナ禍」で中止になった。それから2年、前回準備したものとは違った構成にした。すでに1ヶ月ほど前に資料を送っているが、その後も「話したいこと」が増えてしまった。手元には、「AI 記憶 夢 … 意味不明」「義理・人情・浪花節 やせ我慢」「実力も運のうち」「確率よりも確実を」「ポンプの話」の5項目を書いたメモがある。まあ、符帳と言うほどのものではないが、わたしにとっては話のネタというわけだ。さあ、その一つでも追加できる時間があるやなしや…。 
リーダーシップの気づき [65 ] 2023/05/22 Mon 9300 
 講演や研修に出かけると、主催者の多くが受講者からアンケートを取る。その中には、結果をまとめて講師に知らせてくるケースがある。こちらとしては自分の仕事に対する生のフィードバックとして参考になる。本コラムでも、ときおり、それらを取りあげている。
 「後輩指導やリーダー業務をする中で、自分がリーダーシップを発揮していたと気が付くことができた」。受講者は若手リーダーで、いわゆる役付の管理職ではない。研修で、リーダーシップは他者に対する影響力であり、公式の地位とは関わりないことを強調した。それが受け止められたのだと推測する。
 わたしは、「リーダーでなくてもリーダーシップは必要だから、それを発揮している人はいくらでもいる。その一方で、公式のリーダーであるのにリーダーシップを発揮していない人も少なくない」といった話をする。これを聴いて、何とも言えない表情をして笑う人がけっこういる。
 
「4人の物語」(9) [64 ] 2023/05/22 Min 9299 昨日 [62 ] の続き
 Aの父親は自分の母親を尊敬し大事にしていた。昔のこととて兄弟が多く、Aの父親は次男で、兄貴と弟たちの中間に位置していた。そして、あれやこれやのことでしばしば我慢を強いられた。Aには次男であることと我慢を強いられたこととの間にどんな関係があるのかわからなかった。ただ、父親の思い出の中に厳しいものが詰まっていることだけは何となく理解していた。Aが成人して仕事などでM市付近に出かけるときは、自分の母親にあってほしいと頼まれた。そんなとき、Aは父親が体験したらしい子どものころの陽とは言えない体験と母親に対する深い思いが両立していることに不思議な気がした。  
失敗の「微分・積分」 [63 ] 2023/05/21 Sun 9298 
 われわれは基本的には「失敗はしない方がいい」という価値観のもとで生きているようだ。もちろん、「失敗した方が良い」と云う人もいるが、それは何かを失敗した相手を慰め勇気づける状況で発せられることが多い。
 わたしはと言えば「すべての行為は失敗の連鎖である」と考えている。どんな行為、考えであっても、それが少しは、あるいはわずかでも先に進んだとすれば、その前のステップは「失敗」だったのである。つまりは「失敗なしに成功はない」ということである。微分的には、あるいはミクロの視点からは人の行為は「すべては失敗」であり、積分的には、あるいはマクロ的には「小さな失敗の積み重ね」だと見ることができる。
 ただし、失敗なしで「偶然に、あるいは運良く成功する」ことはあっていい。そもそもこの世界は偶然の集合であり、われわれ一人ひとりも「いまここにいる」こと自身が偶然の賜である。
「4人の物語」(8) [62 ] 2023/05/21 Sun 9297 5月19日 [55 ] の続き
 Y市はAの父親の出身地であるM市に近く、当時走っていた路面電車でも行くことができた。ただし、現実には国鉄を使う方が時間的には早かったと思うので、どちらを使っていたかはわからない。Aはそれを記憶しておくほどの年齢ではなかった。こう言えば、「この世に出てきたときの[記憶]すらあると言いながら、そんなことも憶えていないのか」と突っ込まれそうだ。たしかに一貫性に欠けるが、それがAの主観的事実なのである。そしてこの弱点を持っているのが人間であり、AIがそのふりをしようとしても真似のできない特性である。まさに、[AI社会の行く末]はそこにある。それは[義理・人情・浪花節]の世界でもある。
祖父からの手紙[テープ](13) [61 ] 2023/05/21 Sun 9296 5月14日 [40 ] の続き
 祖父はわたしが高校1年生のときに亡くなった。当時は、東京にいた叔父夫婦と同居していた。もともと心臓が悪く、あるとき母が東京へ出かけた。そのときはまだ元気だったが、母にとっては最後の別れと覚悟したと思われる。母から直接そのことを聴いたような気がする。まだ東京に気安く行くなど考えられない時代である。肉親と「これが最後」と思いながら別れるのはどんな気持ちだろう。
 それからしばらくして、母から「おじいちゃんが亡くなった」ことを聴いた。祖父が東京に発つ前のある時期はわが家にいた。今日で最後という日、わたしは何でもいいから録音してくれと頼んだ。その音声がほぼ60年の歳月を経てテープに残っている。両親を大事にするようにと繰り返し強調する祖父の声は昨日聴いたような気がする。
慰霊碑の9人 [60 ] 2023/05/20 Sat 9295 
 食事中に治療中の歯に被せた仮歯が割れたので歯医者に出かけた。お昼時だったが、待合室のテレビでG7の広島サミットに集まった首脳が平和応援の慰霊碑に歩いて進み、花輪を手向けるところだった。これを見てわたしは目頭が熱くなった。それぞれに花輪を渡したのが中学生たちだった。こうした場合、軍人がサポートするのが一般的だと思うが、この点もよかった。かくして、これだけの首脳が同時にヒロシマで犠牲者に黙祷するのは歴史的なことである。もちろん、単なる形式だ、演出にすぎない、パフォーマンスだ、国が偏っているとか、あるいはそれ以外の批判はいくらでもあるだろう。それが人間の世界というものだ。ただ、「だからあれはなかった方かいい」という人は少ないのではないか…。
「入れ子」memo [59 ] 2023/05/20 Sat 9294 昨日 [56 ] の続き
 メモで引用された入れ子状態のメモには日付がないためいつ書いたのかはっきりしない。
 「三菱重工の航空機MRJは納期を伸ばしに伸ばしてきたが、2020年半ばの初号機完成を目指していたらしい。その名称もスペースジェットに改める方針で、繰り返される開発遅れのイメージを刷新したいようだ。それにしても、ここでボンバルディアの買収とは何なんだろう…。その後、この動きがどうなったか知らない。ともあれ、2020年半ばになっても飛ばなかったことは事実である。
 文面から2020年の中ごろに書いたと推測される。そんなメモがあることを忘れているうちに、スペースジェットは乱急流の中を飛び続けたかのようだ。そして、今年になって素人目には決定的な見出しに遭遇する。[スペースジェット国交省が登録抹消](熊本日日新聞 2022年4月13日)。これを見たとき、わたしは「ああ、やっぱりそうなったんだ」と思った。とくに、驚きやガックリ感もなかった」。
 あれあれ、このメモもいまから1年以上も前に書いたようだ。
権力の力(5) [58 ] 2023/05/20 Sat 9293 昨日 [57 ] の続き
 「権力」と「権限」はほとんど同義に近いほど密接している。その「権限」をもとに責任者は様々な行為をする。だから、その結果に「責任を負う」「責任を取る」ことは当然である。しかし、この世の中ではこれがけっこう曖昧になる。責任者が責任を取らない、あるいは少なくともそのように見えることはワンサカある。
 それどころか、本来は「権限」に基づいて指示された行為を「した者」だけが責任を取らされるといった物語も枚挙のいとまがない。黒澤明・三船敏郎コンビで「悪い奴ほどよく眠る」という映画があった。これに乗っかれば、「悪い奴ほどよく笑う」「悪い奴ほどよく、あるいは首尾よく、あるいはうまく逃げる」「よく隠れる」「よく消える」とまあ切りがない。それに「悪い奴ほどよく、あるいはいつの間にか、うまく戻る」「よく蘇る」なども追加すべきか。
権力の力(5) [57 ] 2023/05/19 Fri 9292 昨日 [54 ] の続き
 地位を背景にプレッシャーかけるのは、地位という「虎の威を借りた狐」に似ている。それで周りが言うことに従っているとすればちょいと、いや深刻な悲劇である。そこには人間的な影響力がないだけでなく、ひょっとしたら専門力も怪しい可能性が高い。
 ところで、こうしたタイプの人たちは、自分の上にいる権威者には弱い傾向がある。しかも、面従腹背、内心ではまったく評価していないとすれば、これはもう喜劇の登場人物としては最高のキャラクターになる。自分自身がまったく同じことをしていること、そして同じように部下たちから見られていることに思いが至らないとすれば喜劇としか言いようがない。
memo再生 [56 ] 2023/05/19 Fri 9291 昨日 [53 ] の続き
 昨日まで、ときどき目の前に出現するmemoについて、いつもの[前置き]が続いた。今回は、[MRJ]とタイトルを付けたmemoに遭遇してしまったのである。これまでの流れからmemoとは書いたが、このときはけっこうその気で入力していた。
 「三菱重工業のスペースジェットが頓挫に近い様相を呈してきた。このコロナ禍で需要の見通しが立たないことが致命的な打撃になった。世界の航空機製造会社はいずれも深刻な事態に陥っている昨今の状況だから何とも致し方ない。そんな中で三菱重工がカナダ航空機大手のボンバルディアの小型ジェット旅客機事業の買収を進めているという報道のメモが見つかった。それは地元紙熊本日日新聞では2019年6月6日に掲載された記事に対するものである。
 買収のニュースがスペースジェットから撤退するかのような厳しい情報が伝えられたあたりで出てくるのだから皮肉なものである。メモにはつぎのようなことが記されている」。
 何と、このmemoそのものが「以前のメモが見つかった」ことをきっかけに書いているのである。つまりは「メモの入れ子」というわけだ。
「4人の物語」(7) [55 ] 2023/05/19 Fri 9290 昨日 [52 ] の続き
 ともあれ、人の記憶はある体験をした場所にじっと留まることはない。それはその後に追加された情報や体験によって創られていく。それは小さな改編のこともあれば、ほとんど創作同様のものまで幅広い。そして本人自身がその幅については確認できないのである。こうした特性をすべての人間が持ちながら社会という人間集団と関わり、情報を交換し続けている。何とも危ういのである。ここまで至ると、人間の記憶が必然的に伴う宿命的あいまいさだけが強調される。しかし、わたしはこれこそがAIにはできない人間力だと思うのである。
権力の力(4) [54 ] 2023/05/18 Thu 9289 昨日 [51 ] の続き
 地位や立場に伴う力ほど儚いものはない。その地位から降りると「ただの人」になる。昨日までは「地位」というユニフォームを着た自分にしたがっていた周囲の人間が、今日は「あんた、誰なのよ」なのである。そんな現実にガックリする人がいるかもしれない。しかし、昨日までの力は「地位」という上着が持っていたものなのだから、それは自然な反応なのである。「パワハラ」が一夜にして「パワレス」と相成るわけだ。ここで、「ガックリ」するよりも憤りを覚えて、「あいつら、ひでえ連中だ」などと叫んではいけない。その相手から見れば、自分が「ひでえ人だ」と思われ続けてきたことに気づいた方がいい。ただし、「上着を脱いだ」後で気づいても手遅れであることは言うまでもない。
memoと断捨離 [53 ] 2023/05/18 Thu 9288 昨日 [50 ] の続き
 自分のアタマに浮かんだことを紙切れに、ときにはPCにメモするだけで「メダカが鯨になる」ことはほとんどない。まあ、そんなことは百も、いや一億も承知の上である。それでも、いつかは書きたいというエネルギーはとろ火のまま消えないのである。かくしてメモは増え続けることになる。松本清張が80歳を超えても、まだ書きたいことが山ほどあるといった話をしていた記憶がある。そんな超大物と自分を並べるのは失礼千万ではあるが、その思いには共感を覚える。
 もっとも、「いつか使うかもしれない」は「永遠に使わない」ことと同義だろう。後期高齢者クラブに入会する身としては、このあたりで「断捨離」しておかないとまずそうな気がしてきた。
「4人の物語」(6) [52 ] 2023/05/18 Thu 9287 昨日 [49 ] の続き
 AIの能力が拡大し続けているが、記憶のメカニズムについてはよくわかっていない。短期記憶、長期記憶、海馬にシナプスなどなど、これに関連した用語はいろいろあるが、その機能の説明は仮説的な段階である。これまで記憶は心理学の対象になってきたが、これからは脳科学が先を走るだろう。科学と言われるものはどこまでいくのか予測できない。ただ、「これ以上行ってはいけない」といったブレーキは効かないに決まっている。それは人間という動物の行動法則と言える。これを最強の長所だ考える立場もあるだろうが、わたしなど、長所と短所は裏表、光と陰だと思うのである。おそらく行くところまで行ったとき、人類は「めでたき終焉の日」を迎えるのだろう。
権力の力(3) [51 ] 2023/05/17 Wed 9286 5月15日 [43 ] の続き
 世の中も組織も集団も一定の秩序が必要だから、一定の権力も欠かせない。ただし、これに匹敵する適材がその地位を占めるかどうかは別の問題である。力があるから権力を握ったのか、権力を握ったから力を発揮するのか。まあ、鶏と卵論争のようになりそうだが、権力を自分あるいは自分たちのために使う人間は困ったもんだと言わざるを得ない。歴史の上では、あるいは現実の世界でも、「その反対」の人、つまりは「無私の人」「私欲のない人」は、仮に権力を握ったとしても尊敬される。権力を人のために使うからである。
メダカのMemo [50 ] 2023/05/17 Wed 9285 昨日 [47 ] の続き
 手元にあるmemoから「何かを書きたかった」ことはわかるが、それが何だったのかが記憶の彼方に飛んでいることもある。それをまるで憶えていないのであれば、諦めの境地に至って心穏やかに[ボツの儀式]を執り行う。その一方で「たしかに何かを言いたかったんだよね」と頭を絞りたくなるものもある。
 そんなときは「逃がした魚は大きい」の心境に陥って落ち着かなくなる。そのとき書いていないのだから、じつはメダカくん程度だったに違いないと思われるかもしれない。しかし、アイディアや発想は[メダカが鯨になる可能性]をはらんでいる。それは単なる大きさだけでなく、魚類から哺乳類への質的転換に繫がるかもしれないのだ。
「4人の物語」(5) [49 ] 2023/05/17 Wed 9284 昨日 [46 ] の続き
 人間の記憶はどこまで遡ることができるのだろう。Aは小学生、あるいは中学生のころまで「自分がこの世に生まれ出てきたときの記憶がある」と思っていた。海のような中で息苦しく必死でもがいているうちに、突如として世界が開けたのである。ただ、それは夢の中の出来事で覚醒している時に頭に浮かんだことはなかった。それでも自分としては記憶が残っていると思っていた。M市にあった親戚の家の離れで癇癪を起こしてちゃんちゃんこのまま庭に寝っ転がったまま泣き叫んでいる自分を思い出すこともある。それは母親から後になって聴いた笑い話と重なりあって、Aとしてはそのときの自分を記憶していると思い続けている。
嬉しくなる質問 [48] 2023/05/16 Tue 9283 
 研修の受講者から質問の届いた。「先生のHPの情報を転載する際の著作権ポリシーはどうなっているでしょうか。(吉田先生からの情報はすべて自由に引用して問題がないと伝えて良いでしょうか)」。
 これに対してわたしはつぎのように返信した。「HPとして公開しておりますので、ご自由に引用していただいてかまいません。もっとも、「引用」ですから、「吉田のHPから」といったクレジットを付けていただければと思います」。
 こうした質問をされる方は著作権などに対する意識がしっかりされているのだろうと思って嬉しくなる。世の中には人様の知恵を自分のもののようにばらまく人たちもいる。困ったもんですよね。
Memo魔の悩み [47] 2023/05/16 Tue 9282
 わたしは何かがあるとmemoをする。そのために、用紙を裁断した際にできる余りの部分を[5×7㎝]ほどの紙片にして手帳のポケットや机の側に置いた箱に入れている。本コラム向けのネタも同じである。ただし、この方式には重大な欠陥がある。それは書いたはいいが、あっという間にmemoしたこと自身を忘れてしまうのである。そして、何かのきっかけでmemoが眼前に現れる。それが賞味期限内であればいいが、「いまごろ書いてもね」とボツにすることも多い。
「4人の物語」(4) [46 ] 2023/05/16 Tue 9281 昨日 [44 ] の続き
 Aの父親は公務員試験に合格しノンキャリアの公務員になった。すでに34歳になっていたが敗戦後6年ほどで、安定した職に就くことができたのである。初任地は同じ県内のY市である。Aの記憶にもその町での生活についてかすかながら複数の記憶がある。はじめてY市に引っ越したとき、Aはまだ3歳だったが、父親がほかの町へ転勤するまで3年間ほどをその地で過ごした。Aの記憶に残っているのは5歳から6歳のころのものだろう。
現場の声(13) [45] 2023/05/15 Mon 9280 5月8日 [24] の続き
 「010.現場からの運転状況等の確認が完全とは言い難い」
 ここで[運転]とは機器の稼働を含めて様々なものがある。ただ、それが「どのような種類の運転」であれ、「確認」が十分でないことを懸念として表明している点が重要である。これは現場から決められた情報が伝わってこない状況を指しているように思われる。そうであれば、「確認」という手続きだけでなく、それが連絡されていない可能性もある。つまりは、部署間のコミュニケーションの問題になる。これはわたしが収集した記述だが、回答者がこの問題を職場で指摘していたかどうかはわからない。 
「4人の物語」(3) [44] 2023/05/15 Mon 9279 昨日 [42] の続き
 Aの父親は妻の実家に近い町で事務の仕事をしていた。大陸から引き揚げてきた身としては、とにかく食べることが最優先だった。そのうち、人から声をかけられたのか、あるいは自分で探したのかはわからないが、公務員の試験を受けることにした。その試験に合格したときだと思われる集合写真がある。まさにセピア色に変わっているが、福岡市の大濠公園を背景にしている。それは1951年のことで、敗戦からすでに6年が経過していた。
権力の力(2) [43] 2023/05/15 Mon 9278 5月13日 [37] の続き
 権力は人の身に付着しているのではなく、その地位や立場にくっついているのである。それは、言わば一時的にまとう上着である。だからこれを脱いでしまえばその効果は消えてなくなる。黄門さんの付き添いお二人さんはチャンバラ上手だったかどうか知らないが、「印籠」をかざすまでは、そこいらのお兄ちゃんかおっさんにしか見えなかった。まあ、それなりに品は良かったかもしれないが、次から次へと登場する悪い人たちの目には「なんだこいつら」と映ったのである。それが「印籠」1個だけで、そこいらにいた全員が土下座なのだから、その権威と力には大仰天する。
「4人の物語」(2) [42] 2023/05/14 Sun 9277 昨日 [38] の続き
 AはF県にある母親の郷里に近いY町で産声をあげた。国鉄の線路近くで、Aがおそらく2歳のころだろうが機関車に向かって手を振っていたらしい。そのことは小学生のとき母親の里帰りのとき、昔のわが家の前を通過したときに母親から聴いた。Aの両親は、いわゆる中国大陸からの引き揚げ者で、そのころは母親の郷里近くに住んでいたのである。世の中は食糧難だったから、曲がりなりにも食べるものが手に入る田園地帯で生活することにしたのだった。とは言え、農業をしたことのないAの父親は地元の小さな会社の事務員として家族の命をつないでいた。
えっ、まだあるの… [41] 2023/05/14 Sun 9276 5月11日 [31] の続き
 さて、「十戒」はおそらく文部省推薦で、学校から[公式の映画鑑賞]として大挙して出かけたのである。それは70mmといわれる横幅が普通の映画の2倍の巨大な画面に写しだされた。ただし、そのとき地方にフルで70mmに対応した機材があったどうかわからない。「十戒」の主演はチャールトンヘストンだったが、相手役のくるくる頭でとにかく彫りの深いユルブリンナーが印象的だった。ともあれアメリカ映画のスケールには、子どもながら驚くばかりだった。
 小学生が映画を観ることができるのは、学校ぐるみで出かかるときに限定されていた。そんな環境だったから観劇した数少ない映画はいまでも記憶に残っている。ところで、当時は「文部省推薦」なるクレジットが出る映画があった。もうそんなものはないよねと、一応チェックしてみたら、「文部科学省選定」なるものがあって…。
祖父からの手紙(12) [40] 2023/05/14 Sun 9275 5月07日 [19] の続き
 さて、手紙にはわたしがおじいちゃんに送っていた手作り「新聞」に対するコメントが付いている。
 「道雄さんの編集室だよりについて一言言わしてもらいましょうか。今度のニュースはとてもとても良く出来ていまして本当におじいちゃんびっくりしました。ただ一つ間違った字がありましたね。それは名刺に『社長招介』とありましたが「紹介」ではなかったですか。これさえなかったら満点でした。ありがとう。本当にありがとうみんな体を大事にしてね。8月9日 おじいちゃん」。
 最後に漢字の間違いを指摘して手紙は終わる。わたしは、このときはじめて「紹介」と「招待」の「しょう」の区別を知ったように思う。「これさえなかったら満点でした」。おじいちゃんはほめ上手の教育者だった。
またまた、2要因 [39] 2023/05/13 Sat 9274 昨日 [35] の続き
 問題が発生したとき、その原因を解明しないと、また同じことを繰り返す。それは組織にも個人にも共通している[特性]である 。診療費未収の病院は、問題が起きた時期の関係者からの聴き取りもしないという。組織を辞めた人間への対応に法的な強制力はないと推測する。そんなわけで、この件はこのままで終わるのだろう。
 ともあれ、これも、わが伝家の宝刀「言いたいことが言えなかったか」「言っても聴いてもらえなかった」のいずれかだったに違いない。外部者にはわからない事情もあるだろうが、回収できなくても潰れることはないから、まさに「親方日の丸」そのものである。これは純粋に事務上の問題だから、当該病院で医療に従事している医師や看護師、そして専門スタッフたちにとっては、病院名が出ただけでも「やめてよ」と思っているに違いない。
「4人の物語」(1) [38] 2023/05/13 Sat 9273 
 これから少し長めのお話しをします。タイトルは「4人の物語」です。わたしに小説家的才能があれば、かなり面白い物語に仕立て上げられる内容だと思っています。しかし、世の中はそれほど甘くはありません。そんなわけで、登場人物も「A・B・C・D」とアルファベットを振るだけにしておきます。この4人の構成は、男女それぞれ2人ずつになります。彼らが同じ年に生まれたことだけは、この時点でお報せしておきます。もちろん書き下ろしですから、現時点で確定してはいませんが、この4人以外にはそれほど多くの人間は出てこないと思います。本日は掲載予告だけでおしまいです。
権限の力(1) [37] 2023/05/13 Sat 9272 
 世の中には権限というものがある。それは組織や人を動かす力になる。その権限にも序列がある。悪代官がやりたい放題をするのも権限をバックにしていたからである。しかし、そんな[悪(わる)]も、さらに上位の権限を持った者から「この印籠が目に入らぬか」と言われれば、土下座するしかなくなる。それにしても、印籠をかざすのは本人ではなく付き添いだから、権限はモノで威力を発揮するのである。つまりは人そのものではなくてもいいのである。
好意的批判者 [36] 2023/05/12 Fri 9271 
 人はほめられると嬉しくなるが、批判されると気分が悪くなる。これが普遍的であると言い切る自信はないが、まあ一応はそんな気がする。しかし、「あのとき、あの人から言われていなかったら、いまの自分はない」と思うことがある。それには、「あのとき」は気分が悪くなった記憶が伴っていそうだ。
 それでは、「いま」批判されて気分が良くなることはないのだろうか。おそらく、「この人」に言われると気持ちよく受け入れてしまうといった相手がいるのではないか。いや、自分の成長のためには、そんな人がいてほしいと思う。こうした数少ない人をわたしは「好意的批判者」と呼んでいる。
親方日の丸 [35] 2023/05/12 Fri 9270 
 お若い方は「親方日の丸」という言葉をご存じだろうか。昔は頻繁に使われていたが、このごろはあまり聞かない気がする。【親方日の丸:(親方は日の丸、すなわち国の意) 経営上破綻をきたしても、国がその面倒をみてくれるからよいの意で、官庁や国営・公営企業などの安易な経営体質を皮肉っていうことば。[精選版 日本国語大辞典]】である。
 公立病院で診療費を未収のまま放置したため、1億5400万円が時効で回収不能になった。その期間が1997年から2014年というから仰天するほかはない。そもそも毎年度の決算で問題にならなかったのかが、素人には不思議感がある。時効は3年で、その後に患者が払わないと言ったら、それでおしまいだという。当時の担当者からの聴き取りもしていないし、今後もその予定はないというから、原因もわからない。まさに「親方日の丸」そのものである。
読書雑記(5) [34] 2023/05/12 Fri 9269 5月02日 [05] の続き
 漱石は「草枕」で「俗世間」だの「利害損得」だのと上から目線で世の中に文句を言っている。しかし、それで相当の収入を手に入れたに違いないと高校生のわたしは日記に書いた。けっこう辛口なる評価だが、漱石が朝日新聞の専属になる際の覚え書きには「月俸二百円。累進式なり」とある。山﨑光夫(「胃弱・癇癪・夏目漱石」講談社)によれば、現在の貨幣価値に直せば、年俸にして三千万円ほどだという。現代の売れっ子作家なら年収が億に達するかもしれない。そうなると、高校生が推測する漱石が「相当の金を手に入れた」という評価が正しいかどうかは意見の分かれるところではある。もちろん、「山路を登りながら、こう考えた」から始まる名文にはしびれるけれど。
組織の成長と2つの要因 [33] 2023/05/11 Thu 9268 
 組織の問題は「すべて2つの要因」で発生する。それは、構成員たちが「言いたいことが言えない」、あるいは「言っても聴いてもらえない」である。これほど単純に言ってしまうと真意は伝わらないが、じっくり説明するなら時間がいくらあっても足りない。ともあれ、世の中の組織が関わる不祥事や事故、さらには不正や犯罪が「2要因」によっているという主張である。
 そんな中で、ある人と話をしていてふと頭に浮かんだ。それは、この2つの要因が問題を起こすだけでなく、組織の「成長」を阻害するということである。事故はもちろん、不祥事などは限度を超えると世の中に明らかにされる。しかし、「成長しない」組織がわざわざ問題にされることはあまり聴かない。ともあれ、個々人が成長するためには、組織の成長が欠かせない。「2要因」はこれにマイナスの役割を果たすのである。また、わたしの大風呂敷の範囲が拡がった。
啓発と刑罰  [32] 2023/05/11 Thu 9267 昨日 [30] の続き
 法律や規則は人の行動を規制するだけでなく、それに反することをすれば制裁が加えられる。法律の場合だと刑罰として、身体の自由を奪われ、あるいは財産を没収される。その極限が死刑である。世の中の大多数は、自分だけでなく誰もがそうしたことにならないように願う。そのためには様々な啓発が大事になる。赤ん坊を観るたびに、みんな可愛くて純粋だと思う。はじめから犯罪者などいるはずもない。それが社会や人と関わるうちに問題行動を起こすケースが生まれる。まずは啓発が必要であり、刑罰は最終的な手立てにすべきなのである。「啓発(けいはつ)」と「刑罰(けいばつ)」には順番がある。
映画禁止の小学校 [31] 2023/05/11 Thu 9266 5月7日 [23] の続き
 わたしは「十戒」という凄まじいスケールのアメリカ映画を小学生のときに観た。その学校は児童が映画館に入ることを禁止していた。佐賀県の伊万里小学校である。そんな中で、同級生にNという映画館の息子がいた。何分にも家業だから映画は見放題である。ただし館内の席に座っていると小学生だとばれる。そのあたりはどんな秘策をとっていたのかは知らない。
 わたしは4年生の夏休み前まで福岡県の行橋市に住んでいて、家族と好きな映画を観まくっていた。当時は2本立ての入れ替えなしで、休憩時間に菅原都々子のヒット曲「月がとっても青いから」が流れていたことが記憶に浮かぶ。そんな環境から2学期に転校すると「映画禁止」だというのだから、それを聴いておののいた。
決まりというもの [30] 2023/05/10 Wed 9265 
 そもそも決まりや法律はないほうがいい。これがすべてのはじめにあると思う。ただし、この世の中で同じ人間が一人もいない、つまりは全員が違っていることそのものによって、様々な「違い」が生まれる。これってことばの遊びに近いが、それが人間の間に問題を生み出す根源的要因なのである。そこで二人以上がともに生きるために約束事が必要になる。それが集団になれば決まりとなり、法律になっていくのは自然の流れである。本当は、そんなものがなくても全員が平穏に生きていければいいのだけれど…。
論語の細道(4) [29] 2023/05/10 Wed 9264 5月7日 [23] の続き
 「人知らずして慍(うら)みず、亦た君子ならずや」
 人がわかってくれなくても気にかけない、いかにも君子だね。ここで「人」は他者だけでなく社会も含んでいるだろう。人の評判など気にすることなく、わが信ずることを全うするがいいというエールのようだ。ただし、「君、それが君子君なんだよね」と言われると、「自分なんか一般ピープルだもん」とすねたくなる。まさに小人(しょうじん)的発言だが、小人は小人で小さな信念とともに生きていきたい。
前には前が… [28] 2023/05/10 Wed 9263 昨日 [16] の続き
 いまから47年前、ロッキード事件に関する国会の証人喚問で「記憶にございません」が乱発された。この発言、それが嘘だとは証明できない点できわめて強力なセリフだった。証人喚問で虚偽発言をすれば罪に問われるのである。わたしはこの戦法がこのとき発明されたのだと思っていた。
 いやいや、それは甘かろうぜ。人間がすることを遡ればどこまでもいくのである。NHKの海外製作ドキュメンタリー「マフィアの暗黒史」を観ていたら、上院の公聴会で大物ボスのフランコ・コステロが、質問に対して「細かいことは記憶にない」と答えている様子が流れた。この瞬間、半世紀前の国会におけるセリフが最初でなかったことを知った。上には上があり、前には前がある…。
母性・父性・人性 [27] 2023/05/09 Tue 9262 
 【[母性]女性のもつ母親としての性質。母親として、自分の子供を守り育てようとする本能的特質。 [父性]父親としての性質。 [人性]人間のもっている自然の性質 (デジタル大辞泉)】デジタル版だから簡潔そのものだが、母性に対する父性の簡素さには笑ってしまった。ともあれ、今日的には母性は本能的なものではなく、文化や社会によって異なるという捉え方の方が多いのではないか。それは父性も同じである。そもそも性別を超えた「人性」を基本に据えるべきだという発想もあるだろう。そんなこんなで、「人性と自分の人生」を考えていくのも面白そうだ。
気をつけよう「平均値」 [26] 2023/05/09 Tue 9261 
 ものごとを平均値で判断することがいつも気になる。そもそも平均値は「あってもない」という訳のわからない特性を持っている。たしかに「数値」としては目の前に「ある」。しかし、そんな「人やもの」は「ない」のである。たとえば、「100点の人10人、0点の人10人」の平均値50点は計算できるし、メモすれば目の前に「ある」。しかし、そんな人は1人も「いない」のである。そんなものでものごとの判断をするのは何とも怪しく、かつ危ういことこの上ない。ところが、世の中には、平均値を使って人を動かそうとする者たちがけっこういるのである。お互い、気をつけましょう。
外からの目 [25] 2023/05/09 Tue 9260 昨日 [22] の続き
 定期的に人間ドックでチェックしていても、膵臓ガンなどは発見漏れがある。それを聴いて、「だからドックに行っても仕方ないのよ」では、人生のリスクマネジメントとしてはアウトである。ここは、「ちゃんとしていても完璧はないのよ」と考えたいものだ。組織においても同様で、「自覚症状待ち」では取り返しがつかない事態が発生する可能性を背負ったまま生きていくことになる。そもそも「自覚症状あり」でも放置しているケースが少なくないのを観ると、「組織も人間も同じだなあ」との思いになる。ともあれ、「自覚症状なし」で問題に気づくには、人間ドックのように「外からの目」が必要なのである。
現場の声(12) [24] 2023/05/08 Mon 9259 5月1日 [03] の続き
 「009.監督者と作業責任者が同一人となっている」
 ここで「監督者」と「作業責任者」を様々な役割名と入れ替えれば、多くの組織で共通する問題ではないか。つまり、本来は別人が担当すべき業務を同じ人間が行っているのである。大企業においても監査が監査の役割を果たしていないことが不祥事の原因になっている例がある。この記述者が所属する職場では、「別人が端とするきまり」があるにもにもかかわらず、それが守られていない事実を訴えているのである。これを直ちに是正することは当然として、どうしてそうした事態が起きているのか、あるいは起きたのかを明らかにする必要がある。
論語の細道(3) [23] 2023/05/07 Sun 9258 昨日 [16] の続き
 「朋あり、遠方より来たる、亦楽しからずや」
 永年の友人が遠くからたずねてくるのは楽しく、嬉しいことである。そもそも若いころは友人は身近にいるものだが、進学や就職でお互いの間に距離が生まれる。そんな友人と久しぶりに出会って昔話に花が咲く。後期高齢者クラブに入会する年になれば、そうした遠方の友人と出会う機会は失われていく。私の場合、いくつかの地を転々としたから、小学校や中学校のときから続いている友人はいない。数年前まで非常勤で久留米大学に出かけていたが、そのときはよく会う友人がいた。彼は大学時代に同じ寮で生活した。仕事で熊本に来たときも食事をしていたが、お互いの年齢もありしっかりご無沙汰である。
自覚したときは…[22] 2023/05/08 Mon 9257 昨日 [20] の続き
 自覚症状がないと問題に気づかないから対応策も採らない。そのまま時間が過ぎていって、「なんだかおかしい」と自覚したときはすでに手遅れで命取りとなる。これは個人の健康だけではなく、組織にもそのままあてはまることは、絶えず発生する不祥事を観ればすんなりわかる。もっとも、その多くは「自覚している、あるいは気づいている」にもかかわらず放置していたケースが多く、その点では「自覚症状がある」のだから、これはもう論外である。
 個人であれば、自分の感覚だけでなく人間ドックといった手立てを取って問題を発見しようとする。それでも膵臓ガンは発見しにくいというから人生は思い通りにはいかない。
論語の細道(2) [21] 2023/05/07 Sun 9256 昨日 [16] の続き
 まずは学び、それを振り返りながら自分のものにしていく。そうした中で様々なことに対する理解が深まっているのを実感する。まさに孔子さんのおっしゃるとおり、これは生涯学習のすすめである。さらに言えば「学べば学ぶほど学んでいない自分に気づく」のもまた快感ではないか。それがさらに学びへのエネルギーになることを体感し、喜びを強化する。かくして上昇スパイラルが出来上がるのである。現実の竜巻は御免被りたいが、「知のトルネード」は、人がどんな年になっても成長の原動力となる。めでたし、めでたし。
赤信号の人心 [20] 2023/05/07 Sun 9255 昨日 [18] の続き
 「痛み」の大部分は黄色の信号と考える必要がある。本当に命を奪うような事態が起きたとき、人は気を失う。つまりは、赤信号までいってしまうと、すでに手遅れ、そのままアウトになる可能性が高い。そこで、「黄色信号」を目にしたら、そのときに適切な対応をすることが欠かせない。とにかく「ボヤのうちに消し止める」「小さいうちに対応する」ことをすべての基礎にすべきなのである。しかしながら、日本国中の交差点では「赤信号突破」が常識化している。人心はすでに「赤信号」だらけなのである。
祖父からの手紙(11) [19] 2023/05/07 Sun 9254 4月30日 [59] の続き
 わたしの祖父に対する記憶は肯定的だから、「家康の言」を使った「努力せずに不自由だ不自由だと不平ばかり並べてはいけない」という考えに「そうだなあ」と思ったに違いない。わたしには母方の祖父しかいないが、子ども心に教養人として尊敬していたと思う。とにかくいろんな本を読んでいてもの知りだった。これは半世紀も前のことだが、通信教育で勉強していると聴いたような気もする。
 この点は父も同じで、子どもの目から観て、とにかく「勉強好き」だった。当時、民放のラジオで旺文社が提供する大学受験講座があった。週日、科目ごとに受験生向けの放送が流れる。父はそのテキストまで買い込んで聴いていた。当時はテープレコーダーもなく生放送である。ただし、その成果はわからないけれど…。
教師のことば [18] 2023/05/06 Sat 9253 
 われわれは打撲したり切ったりすれば痛みが走るし、ときには血が流れる。その感覚で自分の危機を知って対応する。小学生のとき、担任の樋渡茂雄先生が「ケガをしても痛くないとそのまま放っておくから死んでしまう。だから痛いのは必要なんだよ」と言われたことがいまでも耳に残っている。それを聴いて、わたしは「なあるほど」と合点し、大いに感動した。その知識は先生が発見されたものではない。しかし、教師の発言は大人になっても、さらに老人期を迎えても人間に関わる真理の一つとして生き方に影響を与え、心に留まり続けるのである。ともあれ、これは「自覚症状」の重要性をしっかり伝えている。
AIのおかげで… [17] 2023/05/06 Sat 9252 昨日 [15] の続き
 AIのおかげで「めでたし、めでたし」「ありがたや、ありがたや」が実現したら人間はどうなるのだろう。とにかく「したいことをしたいだけ」すればいいのか、またそれができるのか。たとえば絵を描きたいと思って近くの山に出かけて頂上からの展望を書いてみる。「ああ、けっこう良くかけたなあ」と自己満足する。しかし、絵そのものはAIの方がはるかにうまいのである。こんなとき、「いやいや、自分の方が個性がある」なんて主張はかなり危うい。何と言ってもAIなのだから、自分の技術レベルを読み込んだ上で、「自分より自分らしい」作品を描ききるのである。
 そこまでいくと、この世の中から「自分」がいなくなってしまう。そんな「自分」を「めでたし、めでたし」と喜んでなどいられませんよね。
論語の細道(1) [16] 2023/05/06 Sat 9251 
 「論語」の「巻一 學而第一」は「子の曰わく、学びて時にこれを習う、亦た説ばしからずや。朋あり、遠方より来たる、亦た楽しからずや。人知らずして慍みず、亦た君子ならずや」で始まる。この一節は多くの人が知っているだろう。わたしも高校の漢文で習った気がする。ここで漢字の原文は措いといて、読みと訳は「岩波文庫」(金谷治訳注)によると、頭の一文は「先生がいわれた、『学んで適当な時期におさらいする、いかにも心嬉しいことだね』」となる。ここで「そのたびに理解が深まって向上していくのだから」と[]で囲んだ解説が挿入されている。
AIと脳 [15] 2023/05/05 Fri 9250 昨日 [12] の続き
 これから先、[AI]の「左脳化」が加速し続けることは疑いない。これがロボット化と相俟って、まずは人間であれば健康を害する危険性のある仕事などを請け負うことになる。タクシーが自動化されると言うが、同じ技術が「移動と運搬」すべてに適用されれば、どうしても「ゼロ」にはできないだろう機器のトラブルなどを除けば、交通事故は「ほぼゼロ」の状況になる。まさに、「めでたし、めでたし。ありがたや、ありがたや」が地球上に実現するのである。
「資本論」の幕切れ [14] 2023/05/05 Fri 9249 
 マルクス「資本論」(向坂逸郎訳)の「文字」を読んできたが、「第3巻第2部 第52章 諸階級」は1104頁から始まってつぎの頁の10行目に{手稿はここで中断されている。}と記されてクローズとなる。この章冒頭の「労働賃金、利潤、地代を各自の所得源泉とする、単なる労働力の所有者、資本の所有者、土地所有者、すなわち賃金労働者、資本家、土地所有者は、近代の、資本主義的生産様式に立脚する社会の三大階級階級をなす」と、この本にしては驚くほどの「短文」が目に飛び込んできた。
 これを見て、「いよいよまとめに入りなさったな」と思った瞬間に「おしまい宣言」である。何ともあっけない幕切れなのである。ただし、この後にエンゲルスの「補遺」が付いているから、もう少し「文字読み」は続くことになる。
「論語」と経典 [13] 2023/05/05 Fri 9248 
 論語:孔子が紀元前479年に亡くなった後、門人たちがまとめていったもので、[漢]の初期、紀元前2世紀ころにできた(岩波文庫「論語)。
 仏経典:釈迦は紀元前5世紀ころに仏教を説いた。これを弟子たちが口伝で伝えるうちに経典としてまとめられた(野村美術HP)。
 聖書:ユダヤ教の聖書は複数の文書からなり、紀元前4世紀までに書かれ、キリスト教の旧約聖書と内容は同じ(Wikipedia)。
 「クルアーン(コーラン):預言者ムハンマドが伝えた啓示を書記たちが記録し、死後にまとめられた。ムハンマドは紀元600年前後の人物とされる。(Wikipedia)。
 クルアーンについては、やや異なる部分もあるが、教祖や予言者の言を弟子や書記たちが記載しまとめた点で共通している。これはなかなか面白いことで、口伝、記述する過程の中で、関わる人間の解釈も加えられたのではないか。
AIと脳 [12] 2023/05/04 Thu 9247 昨日 [09] の続き
 AI(Artificial Intelligence:人工知能)は、その名の通り、人工の[脳]である。一方、本家の[大脳]は左右に別れていて、左は言語や計算力、論理的思考で右は想像力やひらめき、さらには感情と関わっていることは現代人の常識になっている。そうなると、どちらが優勢かとか、あるいはバランスが取れているかなどと話が進む。それによって個々人の性格や行動が違ってくるといった話がにぎやかになる。それが科学的事実かどうかは措くとして、[AI]は「左脳」に違いない。さらに言えば、「右脳」抜きである。人間であれば、「左脳」優性であっても、感情がはたらくと計算力や論理思考に影響が現れる。
リスクの話 [11] 2023/05/04 Thu 9246 
 組織のリーダーがリスクに関して「具体的なケース」を挙げることは大事です。それも「自分の体験」だと迫力が伴います。それを聴いたフォロワーたちから「ああ、そんなことってわたしも経験したことがあります」といった声が聞こえてくればチャンス到来です。「どうしてそうなったの」「そのときどうしたの」「その結果、どうなったの」と問いかけていけば、課題の原因とそうした事態における対応法を一緒に考えることができます。
 このとき、「ドデカイ経験話」でない方がいいでしょう。むしろ「小さな、人に言うほどのことでないもの」にこそ、不祥事や事故防止のお宝が潜んでいるのです。小さなことを無視したり、見て見ぬ振りをしているうちに、重大な問題が隠されてしまうことは、組織で頻発し続ける現実が語ってくれていますよね。
家族への通信 [10] 2023/05/04 Thu 9245 
 1970年7月のはがき[消印日読めず 父が記した番号169]
 「福岡相互銀行の調査で大阪方面に次の日程で出張します。7月13日門司下・関支店 14日宇部・徳山支店 15日広島・大阪支店 帰りは万博でも見てきますか。なお日当付き ホテル指定 特急使用 帰福は飛行機の予定 以上」
 集団力学研究所の調査に出かける前に出したお報せ。銀行の支店に出向いて、リーダーシップとモラール項目からなる調査を実施していく。わたしの記憶では、黒崎・若松・八幡・小倉・福山支店にも行った。
 この年、わたしは大学4年生だったが、大阪で万博が開催されていた。ただし、チケットをもっていなかったから、「万博でも…」と書いてみただけだった。ところが、最後の大阪支店で仕事を終えたあと、支店の方から「万博にいっしょに行きませんか」と誘われたのである。もちろんチケットもいただいた。かくして、はがきに書いた「万博行き」が実現した。いまでも福相さんへの感謝は忘れない。
文章生成AI [09] 2023/05/03 Wed 9244 
 このところ「文章生成AI」が議論を呼んでいる。その代表が OpenAI and releasedの[ChatGPT]だが、[GTP]は[Generative Pre-trained Transformers]の頭文字である。まずは愚直に英和辞典を引いてみよう。[chat:①しゃべり、歓談 ②ゴシップ(ただし英語=英国)③コンピュータのチャット]などなど(ジーニアス英和大辞典に一部加筆)。われわれ世代の学校英語では「チャット」は聴いた記憶がないが、いまの若者たちには日常語だろう。
 [generative]は動詞[generate:生み出す、想像する…]の形容詞形で「言語については生成的な、分を作成する」という意味がある。[pre-trained]は「事前に訓練された」となるが、これは様々な情報をもとに文章を生み出すこと、つまりはそうした学習を積み重ねていくノウハウが組み込まれたという意味だろう。そして、[transformer]は「変形、変化、変質させるもの」で「変圧器」も日本語で「トランス」と呼んでいる。
家族への通信 [08] 2023/05/03 Wed 9243 
 高校2年の9月から福岡で寮生活をはじめたわたしが家族に出した、姫路城の写真が付いた絵はがきがある。表には1966年3月20日大津局の消印が打たれている。父が私から届いた郵便物に振った番号はNo45である。
 「本日(19日)、一番気に入ったもの、写真の姫路城の美しさと88kmでぶっ飛ばす名神高速道路のバス。新幹線はちょっと見た。明日は京都である。琵琶湖の見える大津の旅館にて」
 高校2年の3月に修学旅行で関西方面に行ったときのものである。
まだ新幹線も高速道路もめずらしい時代だった。新幹線は高速道路から走り去るのを眺めただけだった。このときから50年以上が過ぎ去った。
義理と人情と浪花節 [07] 2023/05/03 Wed 9242 
 ある会合で、わたしが「AI化の行き着く際は『義理と人情、浪花節の世界だ』」と発言すると大いに笑われた。自分としては本気でそう思っているのだが、まあ笑われるのも一興である。この話は100回シリーズになってもおかしくないので、あえて連載など考えず、思い出したら書き続けることになるだろう。ともあれ、「なんでもかんでもAI」となったとして、そのとき人間はどうなるのか、というよりもどうして過ごすのかというお話である。もう少し身近な話題に焦点を合わせれば、「DX化」に積極的に取り組むとして、それって何が目的で、組織をどのようにしたいんですかと聴きたくなるのである。
組織は学ばない [06] 2023/05/02 Tue 9241 
 
大学の同窓会が会計担当の元役員が運営費約293万円を私的に流用した疑いがあるとして警察に告訴状を提出した(4月6日 熊本日日新聞)。総計が2500万を上回ると聴けば驚くほかはない。細かいことは措くとして、2001年度から20年6月まで 同窓会役員として会計を担当したという。
 組織の会計担当者の使い込みは後を絶つことがない。石川五右衛門は「浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ」という自らの言の普遍性にあの世でほくそ笑んでいるに違いない。事実、海岸から「砂浜」は失われつつあるが、のこの手の問題は絶えることがない。それにしても、「同じ人物が一人で会計を永年に亘って担当する」というワンパターンが繰り返されるのだから、コメントのしようがない。
 わたしの「そもそも組織は永遠に学ばない」との確信は強化されるばかりである。何のことはない、「任期を短期間にする、複数で担当する」だけでこの手の問題は防げると思うのだが…。
読書雑記(4) [05] 2023/05/02 Tue 9240 4月15日 [29] の続き
 「草枕」を読みはじめて6日目、1964年12月13日の日記。
 「テレビはそろそろ飽いてきた。これまでよく見ていた『サンセット77』も観なかった。あとは「草枕」を読んだ。「草枕」は面白いことは面白いのであるけれども字がむずかしい。それに漱石は「俗世間」だの、「利害損得」などなんだかんだ書いているけれども、結局、彼は「草枕」によって相当の収入を手に入れたに違いない」。
 ここで引用されている「サンセット77」は当時大いに流行っていたアメリカの探偵シリーズである。日曜日の夜8時から軽快なテーマ音楽とともに主役たちが豪華な車に乗って登場する。スポンサーがサントリーだったことも思い出す。
強者の法 [04] 2023/05/02 Tue 9239 昨日 [02] の続き
 そもそも規則や法律は何のために、誰のためにあるのだろう。強い者は何もなくても弱者たちを支配できるから、決まりなどいらない。ただし、自分の見えないところで反乱でを起こされるとまずいので、支配を確実にするために「反逆罪」といった法律を考えたくはなるだろう。権力者は自分の地位が脅かされるのを避けようとするに違いない。そこで、強者は自分たちがその状態を維持し、さらには強固にするために規則や法をつくる。
現場の声(12) [03] 2023/05/01 Mon 9238 4月25日 [50] の続き
 「008.□□の使用責任者が明確でない場合がある」
 □□は機器名だから、これを明記すると組織が特定される。仕事に欠かせない機器の使用責任者が「明確でない場合がある」のだ。この「場合がある」が重要になる。責任者を決めておくことは規則に記されていると推測するが、これが守られないのである。しかも、「いつも」ではないとなれば、「明確でない」ときに、自分が指摘するのも面倒になる。それによって対人関係が「面倒になる」こともあるだろう。
 トラブルや事故はこうした[ニッチ]の状況で発生する。規則違反でもほとんど問題は起きないが、起きてしまえば大問題となる。ここで「確率よりも確実を」というわがフレーズが生きてくる。「責任者を明確にする」ことをルーチン化し、たとえば、全員が見えるところに氏名を記入しないと仕事を始められないという段取りを設ける。「そんなこと、当然してるけど、それでもダメなのよ」が現状なのだろうか。
放っておけば… [02] 2023/05/01 Mon 9237 
 
世の中のものごとは、二者択一で決めることがむずかしい。それは「絶対は絶対にない」ことが「絶対に正しい(?)」のだから当然である。そこで、「あれかこれか」ではなく「あれもこれも」と云いたくなるが、これまた非現実的だという声が「絶対に」出てくる。いやはや、漱石さん、「とかくに人の世は住みにくい」は「絶対に」当たってますよ。そうなると、何かを決めるときは、「強い者」が「これが正しいんだ」と宣言して「弱い側」に有無を言わせなくする。そもそも同じ人間は「絶対に」いないから、様々な面で力の差がある。こうした状況を放置しておけば、強者が弱者を支配することになる。
熊本のパノラマ [01] 2023/05/01 Mon 9236 
 
熊本空港から飛び立つときは阿蘇方向であることが多い。離陸すると阿蘇の煙を右に見ながら機体は左に旋回する。眼下にはHONDA熊本工場やSONY、東京レクトロンなどが見える。台湾の半導体企業TMSCが建設中の工場には何本ものクレーンが重なる。それから機体が左旋回を続けると、眼下には熊本空港がどーんと座っている。さらに上昇していけば、左側の窓から阿蘇と外輪山が視界に拡がる。あっという間に空港は小さくなっている。このくらいの高度になると、はるか遠くには福岡がかすんで見える。最近は、阿蘇の中岳から白い煙が流れている。こんなパノラマを楽しみながら、わたしは幸福感に浸る。