味な話の素   No.228 2022年04月号《8415-8448 》 Since 2003/04/29
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教科書の誤記 [34] 2022/04/30 Sat 8448
 自分は自分で見えないから、いつまでも同じ気分のままだ。しかし、周りは確実に変わっている。とくに子どもたちは体も大きくなるから変化が一目でわかる。わが孫も一番上は高校生になった。教科書も無償ではなくなった。
 ところで、4月の入学式後にピカピカの英語教科書を眺めていた孫がミスを見つけた。K出版のものだが、ある一文で[and]が[an]になっている(P30)。高校は今年度から新学習指導要領に変わったばかりだが、教科書の誤記は聴いたことがない。 「おじいちゃんも高校生のときに三省堂の英和辞典[カレッジクラウン]でミスを見つけて出版社にはがきを出したよ。授業がはじまったら先生に言ってごらん」と笑って話しておいた。
 その後、孫は英語の授業でさっそく先生に言ったらしい。先生も「あっ、ホントだ」といった反応をしたという。教科書は検定とその後の選定作業があるから、多くの人の目に触れているのだが、それでもこんなことが起きるのだ。
[WIFI]事情 [33] 2022/04/29 Fri 8447
 講演や研修で、パワーポイントは欠かせない。アイコンをクリックしてネットにつなげて、自分のホームページに飛ぶこともある。このときはネットの環境が必要になるが、わたしが使いはじめたころはこれが大きなネックだった。
 しかし、時間とともにWiFiが使える場所が少しずつ増えていった。ホテルや空港、駅などの公共施設、飛行機内や新幹線でも無料で解放されている。その多くがパスワードなしだからリスクを伴う。そのため、現実にはあまり使わない。
 また、主として企業で仕事をする場合、そこで使われているWiFiにはつなげないことが多かった。これはセキュリティ上の対応だから当然である。一方、わたしのパワーポイントはジャンプしまくる特性から、先方のPCに入れることができないほど重い。それでけっこう困っていたが、このごろはビジターがアクセスできる環境が整いはじめた。それでもダメな場合はスマートフォンのテザリングでつないでいる。
説明した気分 [32] 2022/04/28 Thu 8446
 災害や事故があると[正常性バイアス]という用語がしばしば登場する。これは、「自分は大丈夫」という思い込み、つまりは自分に都合のいいようにバイアスをかけて解釈することである。それが、緊急時に[適切な行動をとらない]事態を引き起こしてしまうと説明される。
 一応「なあるほど」とは思う。これに対して、ある心理学者は「こういった傾向が人にあることは、『宿題をしなくても、自分が当てられる確率は低い』と思ってサボリを決め込む小学生でも知っているわけで、今さら『正常性バイアス』などとプロっぽい呼び名を付けたところで、問題が解決するわけではない」と指摘する(矢守克也「天地海人」)。「世の中には「わが子のこととなると、事故にあわないか、学校の防犯対策は大丈夫か」と不安を募らせる親たちもいる。これは、[心配性バイアス]と言うべきだろう」と[造語]を提示する。
 ことばで「説明した気分になっているだけでは」意味がない。
コロナ禍の[のめり込み] [31] 2022/04/27 Wed 8445
 アメリカのテレビ番組[CSI:Crime Scene Investigation」の23本を一気に観た。正しくは観てしまった。ラスベガスで起きる様々な事件、ほとんどが殺人だが、これを科学的に捜査していく連続物である。それぞれ45分程度で、オリジナルにはCMが入って1時間番組になっていたのだろう。
 WOWOWのリストを見て、最初は覗き見の程度の気持ちだったが、いつの間にかやみつきになった。日本でも[科捜研の女]が続いていたが、内容的にはこれと同じ部類に入る。ただ、制作費には相当の差がありそうで、[CSI]の重量感は半端ではない。そんなことでシーズン1の23本を1週間ほどの間に観てしまった。
祖父の情報 [30] 2022/04/27 Wed 8444
 有名私立大学の学生がコロナウイルス対策の持続化給付金をだまし取ったとして詐欺罪に問われた。これに対する裁判で懲役3年の判決が出た(熊本日日新聞3月31日)。コロナがらみの許しがたい犯罪だからニュースとして取り上げられるのは当然である。
 それはいいのだが、記事の終わりに本人の祖父の名前が書かれていた。われわれ世代の者であれば誰もが知っているスポーツ界のレジェンドである。すでに20年以上前に亡くなっている。成人年齢が18歳に引き下げられて、[実名報道]について様々な意見が出されていた。それとは関係ないが、犯罪と関わりのない祖父の名前を出す公益はあるのだろうか。
因果関係 [29] 2022/04/26 Tue 8443
 時間の経過を伴って発生するすべての事象には因果関係がある。後に起きることは、それ以前に起きたことの結果である。もちろん、その原因が特定できないことはある。しかし、それは人間の能力では「原因がわからない」ということにすぎない。
 ともあれ、「原因はないが結果がある」ことはない。だから、「何も起きない」事象には「何も起きない原因」がある。人間が危ういと思うことをしても、「人間にとって」問題が発生することもあれば。そうでないこともある。この事実が人間の世界に不都合な多くの問題を引き起こす。かくして、あらゆる事故やトラブル、不祥事が[因果関係]の連鎖のもとで発生し、表面化するのである。
 早春の知床の海で起きた観光船の事故では、乗船者全員の命が失われた可能性が高い。われわれのような素人には、報道で伝えられる情報しかない。おそらく転覆したと推測するが、その物理的な要因とは別に、人間的原因は明らかだと思われる。
中畑さん、ちょっと違うよね  [28] 2022/04/25 Mon 8442
 サンデーモーニング(4月3日)で[ランニングホームラン]が話題になった。その理由は審判の動きである。ボールが右中間に飛んだことから二塁の塁審はボールの行方を追う。そこで、ランナーが二塁に達した際の判定のために三塁の塁審が二塁に向かう。その空いた三塁にはホームの審判が走る。さらには、一塁を踏んだことを確認した塁審はすかさずホームに到達しておく。かくして、三塁までを駆け抜けてホームインした選手の判定は一塁の塁審が確認し、めでたくランニングホームランが成立した。
 画面には塁審の動きが写っていて、そのことが話題になったのである。これを観た中畑清氏が「審判を追ったカメラマンがすごいね。野球を知ってる」といった発言をしていた。素人ながら、あれはカメラマンではなくミキサーの腕だろうと思う。複数のカメラにはカバーする範囲が決まっているに違いない。もちろん中畑さんに文句を言う気持ちなどさらさらありませんよ。
[軽犯罪法]あれこれ(30) [27] 2022/04/24 Sun 8441 4月17日 [19]の続き
 「二十七 公共の利益に反してみだりにごみ、鳥獣の死体その他の汚物又は廃物を棄てた者」
 ちょっと見ただけでは、当然過ぎるように思える一文だが、突っ込みどころ満載である。そもそも「ごみ、鳥獣の死体その他の汚物又は廃物を棄て」る行為で「公共の利益に反しない」ものってあるんだろうか。しかも「みだりに」とまで付いているである。
 これが一般人の感覚だと思うが、このことば、法律用語としては「法定の除外事由がないのに」と解釈するのだそうな。つまりは、「ただし、この場合はこうした行為をしていい」と法律で決められている人には適用されないのである。しかし、ちょっとまってくださいな。そもそも「公共の利益に反する」ことをしていい人って、この世の中にいるのでしょうか。法律用語の「公序良俗」は「公共の秩序、善良なる風俗」で、これを阻害する行為は、そもそも法律として許されない。大学1年生の授業で聴いた四文字熟語が懐かしい。
[知]を[力]にする(6)《ハードとヒューマン》  [26] 2022/04/23 Sat 8440 昨日 [25]の続き
 [知識→意識→行動]はサイクルになる。実際に[行動]することで、「自分はできる」という自信が生まれる。それが新たな[知識]を得ようとする動機づけになる。さらに、「やってみて初めて得られる知識」もある。こうして[好循環のスパイラル]が上昇気流として動きはじめるのである。
 これはあらゆる人間組織の営みにとって、成長を続ける力になる。その営み中に[安全文化創続]が含まれていることは言うまでもない。組織で起きるミスや事故の原因の多くが[ヒューマン・エラー]に起因していることは、いまや常識と言っていい。いわゆるハードの安全性を極限にまで追求するだけで安全は実現できない。それに、働く人々の[ヒューマン・スキル]が伴うことで、安全度が高まる。これを[組織の安全=ハードの整備・充実×ヒューマン・スキル]という式にすることができる。その上で、[安全追求はNever Ending Challenge」であることを強調しておきたい。
[知]を[力]にする(5)《ヒューマンスキル》  [25] 2022/04/22 Fri 8439 昨日 [24]の続き
 専門的な[知識]を提供するだけで、それが自動的に[意識化]され、さらに[行動]につながることはない。この過程を完成させるためには、人間的な要因が欠かせない。ここで、専門知識にかかわるわる[テクニカル・スキル]に加えて、対人関係をスムーズに促進する[ヒューマン・スキル]の重要性が浮かび上がってくる。
 安全を実現するために欠かせない[専門的知識]を受け入れる。そして、その重要性を[いつも意識]しながら、[知識]を[行動]に繋げていく。その際は、それを自ら進んで行う動機付けを生み出すことが重要になる。ここで大きな力を発揮するのが、職場の管理監督者のリーダーシップである。その力によって、部下たちの意欲が高まるだけでなく、仕事仲間たちの[ヒューマンスキル]が向上すれば、人間関係も望ましいものになる。組織のメンバーがそうした力を身につけることによって、はじめて[安全]な組織を実現することができるのである。
[知]を[力]にする(4)《知を行に繋げる》  [24] 2022/04/21 Thu 8438 昨日 [23]の続き
 さて、[知行合一]にしても、Lewinの[引用]にしても、とりあえずは[知(識)]と[行(動)]は別物との前提を置いていいだろう。王陽明さんの真意は、「[行]を伴わない[知]は[行]とは言えない」だったとしても、[知=行]と言ってしまえば、[知行]という二文字は必要でなくなる。いやはや相変わらずことばの遊びをしているなあ。
 ともあれ、[知]と[行]を別の物と考えるとして、それでは[知(識)]を[行(動)]動につなげるにはどうすればいいか。ただ[知識]を伝えるだけであれば、関連する分野の専門的な知識と情報をもった者がいればいい。また、豊富な知識が整然とまとめられた書籍やコンピュータなどを使って教育すればすむ。しかし、それだけでは、[知識]が日常の生活や仕事で[意識化]され、さらに[行動]にまでつながることは保証できない。
 それが可能であれば、人間の世界で、およそ[犯罪]と呼ばれるものが発生するはずがない。
[知]を[力]にする(3)《王陽明とLewin》  [23] 2022/04/20 Wed 8437 昨日 [22]の続き
 王陽明の「知行合一」は「実践を伴わない《知》は意味がない」ことを意味するという。この発想は、Lewinが[引用した]"nothing is as practical as a good theory"とほぼ同じである。先月の本コラムで、その元祖はDorpfeldが1873に書いた[小中学校におけるカリキュラム理論の基礎(吉田訳)]にまで遡れるという話題を取り上げた。しかし、それよりさらに400年ほど前に王陽明が同じ主旨のことを発想していたのである。
 いやはや、ここでも[先に言ったモン勝ちの法則]が成立している。それに、わたしが知らないだけで、[同じこと]はさらに何百年も前から[だれかが言った]可能性がある。いや、それは可能性といういよりも[ほとんど事実]に違いない。「おいおい、[事実]ではなく[ほとんど事実]ということなら、それを日本語では[可能性]と言うんだよ」。そんな声がわたしの頭の中から聞こえてきた。ことばの遊びで大事な時間を盗ってしまいました。
[知]を[力]にする(2)《王陽明と知行合一》  [22] 2022/04/19 Tue 8436 昨日 [21]の続き
 「知識は力の栄養素だが、[知識=力]は成立しない」。わたしは「知識が現実の行動につながらなければ意味がない」と考えた。世の中には、知識があっても、それが行動を引き起こさない事象に充ち満ちている。「わかっちゃいるけど止められない」「わかちゃいるけどやってしまう」。これが原因で、事故や不祥事、そして犯罪が繰り返される。
 ところで、王陽明は「知行合一」を唱えた。これによって、「《知》と《行動》を一致させよ」というよりは、「実践を伴わない《知》は意味がない」ことを主張したとされる。あるいは、「《知》は《行動》によってはじめて得られる」とも言っているらしい。まことにその通りである。王陽明は16世紀初頭の儒学者だが、とにかく「先に言ったモン勝ち」である。後発の人間が何を言っても、すでに「だれかが言ってる」でおしまいなのだ。
 それでもめげずに、「知識から意識へ、そして行動へ」のMy phraseは記しておこう。
[知]を[力]にする(1) [21] 2022/04/18 Mon 8435
 高校のとき[倫理社会]の教科書に出てきた「知は力なり《Knowledge is power.》」という一言が印象的だった。担任の花谷登先生が専門とする教科だったことも関係していると思う。これはイギリス経験論の創始者であるフランシス・ベーコンのことばである。それまで哲学の領域で支配的だった演繹的形式論理学ではなく、帰納法の優位性を強調した。
 わたしが[哲学]という用語に関心をもったのは、父が妙に[哲学好き]だったからである。もちろん、[好き=理解している]が成り立たないのは、父だけの話ではない。ともあれ、そんなわたしの[哲学嗜好]に拍車をかけたのがベーコンのことばだった。それから、[知る]行為には[知らないことを知る]ことが含まれていることを「知った」。そのときは、ことばで表現できない感動を覚えた。
 さらに時間が過ぎ去っていくうちに、わたしは、「知識は力の栄養素ではあるが、[知識=力]は成立しない」と考えはじめた。
だれ一人として、人の命を奪ってはならない [20] 2022/04/18 Mon 8434
 この地球上に活きる人間は、だれ一人として、人の命を奪ってはならない。それが権力者であろうと、一般人であろうと、強者であろうと、弱者であろうと、とにかくだれ一人として人の命を奪ってはならない。その理由は、「そんな権利はないから」ではない。そもそも「人の命を奪うこと」は「権利の有無」で議論すべき問題ではない。とにかく、人間は、だれ一人として、人の命を奪ってはならないのである。
[軽犯罪法]あれこれ(29) [19] 2022/04/17 Sun 8433 4月10日 [28]の続き
 「二十六 街路又は公園その他公衆の集合する場所で、たんつばを吐き、又は大小便をし、若しくはこれをさせた者」
 軽犯罪法は[一般常識]を基準に、これに反する行為を処罰の対象にしているように見える。わたしが子どものころは[痰壺]なるものが、街中の公的機関などにけっこうあった。その名のとおり「痰を入れる壺」である。いまでは考えられないが、昔は肺結核が不治の病で多くの人々が亡くなった。罹患した人の痰やつばには結核菌が含まれていることから、これを所定の壺に入れるのは結核予防のために重要だったのである。明治政府は1904年(明治37年)2月に「肺結核予防規則]を発令している。その第1条は、「学校、病院、製造所、船舶発着待合所、劇場、寄席、旅店其ノ他地方長官ノ指示スル場所ニハ適当箇数ノ唾壺ヲ配置スヘシ」である。
 あわせて、公共の場で[大小便]をしてはいけないし、「させる」こともアウトなのは当然というわけだ。
パワハラ考 [18] 2022/04/16 Sat 8432
 「熊本大学は学生に対する2件のパワーハラスメントに対して懲戒処分した(熊本日日新聞3月29日)。いずれも大学院の准教授で、学生に対して「人間のくずだ」などと繰り返し発言したという。また、「卒業させない」などのメールを日常的に送って、卒業論文に必要な研究データへのアクセスを妨げたらしい。もう一人は大学院生3人が授業の出席要件を満たしていたのに、受講していないように扱った。さらに、授業時間以外で雑務や自分の研究に必要な作業をさせたという。それぞれ、停職3カ月、2カ月になった。
 外部の人間に詳細はわからないが、大学教員の問題事例がときどき明るみに出る。教員と学生のパワーの差はきわめて大きい。パワハラは、そうした[差]を認識していないからでなく、それを利用して自分を安定させようとすることから発生しているのではないか。自分に満足し、こころ穏やかであれば、他者を攻撃したり傷つける必要などないのである。
父の原稿(3) [17] 2022/04/15 Fri 8431 昨日 [16]の続き
 自分の向き不向きは、自分だけでなく他人にもわからない。そんなことを言いながら、父の[雑感]は続く。

「かえって、例えば文化系向きと思える者が、逆に理科系の優れた素質を持っていることがあり、理科系に適していると自他共に評価されていても、その人の隠れた素質は逆に文化系をやった方がうまくいくことがある。私が経営者になったら、採用した社員にはじめの半年は、例えば事務として採用したものには営業の仕事をやらせてみる。営業担当として採用したものには技術系の仕事をやらせてみる。そうすることによって、事務として採用したものが営業で優れたし実績を上げたり、営業係として採用したものが案外に事務家として優れた能力を持っていることも稀には発見するであろう。しかもそのように意外な場面で成績を上げる者は将来性が高いと思う。それは内面と外面の両面に力を持ったものだからである」。

 ここまで来て、父の[組織人材論]は終わっている。
父の原稿(2) [16] 2022/04/14 Thu 8430 昨日 [15]の続き
 父の「雑感」は続く。

 「人にはそれぞれ向き不向きというものがある。蓼食う虫も好き好きというようにそれぞれの好みというものがある。性分というものがあり、適正というものもある。学校の成績で言えば文化系を得意とするものもあれば、理科系を得意とする者もいる。会社で言えば外勤型もあれば内勤型もある。営業向きもあれば事務屋向きもあれば、技術屋向きもあろう」。

 このあたりの並列を繰り返す表現はリズムがあってけっこうおもしろい。ペンを走らせはじめると頭の中にあれやこれやが浮かんできたのだろう。わたしもその血を引いている。

 「好きこそ物の上手なれ、得手に帆を揚げるなどと言って人はそれぞれ適したことをやるのが良いと言われる。ところが実際にはそれが問題であって、俺は事務屋向きだと自他共に許していることが必ずしも本当にそうではない。」

 この世の中、自分ばかりか、他人さままでが得意だと思っていても、それでうまくいくとは限らない。
 明日14日は夕刻以降にアップします
父の原稿(1) [15] 2022/04/13 Wed 8429
 父はものを書くのが好きだった、父は公務員だったが、会社の「社内報」にあたるものにときおりペンネームで投稿していた。その一つ、「雑感」のタイトルを付けたものが見つかった。掲載された時期ははっきりしない。 

 「鬼と思うような強い人が、ある時にはまるで赤子の手でも捻られるように弱い人であることもある。そうかと思うと、まるで借りてきた猫のような人のいい弱気な男が、ある面ではテコでも動かぬような強いところを見せることもある。抜け目がなくてピンといえばカンとくるような目から鼻に抜ける才子が、どうかするとまるで愚鈍で凡庸な所をさらけ出すこともある。自分の思うようにならぬのがこの世の常である。自分の思うようにしようとしてかえって過ちを犯す人がいる。自分の思うようにならぬと諦めてしまうのは賢明ではない。少しでも思うように近づくように努力するのが素直というものである」。

 「テコでも動かぬ弱気な男」は父自身に違いない。
[紙]の辞書 [14] 2022/04/12 Tue 8428
 紙の辞書が懐かしい世代である。ただし、日常的には電子辞書を使う。さらに、スマートフォンの音声入力で検索すれば辞書に変身する。それでも書棚には大判の[広辞苑」[ランダムハウス英和辞典(2巻)][成語林]と中判の[現代国語表記辞典][アメリカ俗語辞典][新スタンダート和英辞典]が座っている。
 最後の[新和英…]は従来の[ローマ字・アルファベット順]ではなく、「カナつづり五十音順」である。わたしは、その画期的試みに感動して飛びついた。漢和辞典で知られる大修館が1964年5月1日に発刊したものだが、書棚にあるのは初版である。そのときわたしは高校生だから、ただしくは「飛びついた」のではなく「買ってもらった」のである。
 その価格は980円だ。そのころ、福岡の市内電車が片道13円、往復切符で25円だった記憶がある。現在はバスで10倍はするから、単純計算で9,800円になるが、さすがにそこまではいかないだろう。
[想像力]が効かない [13] 2022/04/11 Mon 8427
 熊本市の小学校に勤務する現職教諭(51)が女子高校生に対する「面会強要」の疑いで逮捕された(熊本日日新聞2月12日)。生徒に「あなたがSNSを利用しているアルバイトについて話したいのでひとりで来てほしい。来なければ関係機関で対応する」との封書を投函した。アルバイトとは「援助交際」だったようだ。
 この二人はSNSで知り合って一度は会っていた。教諭は「援助交際をしないよう伝えようと思った」と供述しているらしい。人間は心の中にある動因がそれを抑える力を上回ると行動となって現れる。シーソーのように両者は静止しているのではなく、ある程度の幅で上がったり下がったりするのは自然だろう。それが問題行動に繫がるのを抑止するのは[想像力]である。「これをやってしまうと、こんな結果になる」。ただそれだけのことなのだが、そこがうまく機能しないのである。封書を書き、投函するのだから、想像する時間は十分あっただろうに。
[軽犯罪法]あれこれ(28) [12] 2022/04/10 Sun 8426 4月3日 [05]の続き
 「二十五 川、みぞその他の水路の流通を妨げるような行為をした者」
 水路は、今も昔も日常の生活だけでなく、様々な産業にとって不可欠のものである。農業では水をめぐって紛争が起きたりもする。そもそも「川」は公共物であることが原則である。とくに上流で変なことをされると、それより下流の人間が被害を被る。これに「みぞその他の水路」が加わるから、とにかく水の流れを妨げてはいけないのである。
 わたしが子どものころは町のそこここに透き通った水が流れる川や水路があり、そこでおばさんたちが洗濯をしていた。「川で洗濯」は桃太郎の時代だけでなく、戦後のある時期まで普通の光景だったのである。
 水の流れを物理的に妨げなくても、有害な物質を流せば川や水路は使えなくなる。そこまでいくと、もう「軽犯罪法」の世界ではなくなる。わが国のいわゆる高度経済成長期に公害が一気に問題化する。川だけでなく海への工場排水が重大な被害をもたらした。 
信頼できない[証]? [11] 2022/04/09 Sat 8425
 証券会社と幹部が[相場操縦]の疑いで起訴されるという。株のことはよく知らないが、これまた「あってはならないこと」というよりは、「してはならないことをした」のだと推測する。金融関係の組織で「とんでもない人間がとんでもないことをした」事件は昔からある。つまりは「濱の真砂型」あるいは「五右衛門型」事件の一つである。因みにこの[二つの型(パターン)]はわたしの命名である。
 さて、今回は[幹部ら7人]だけでなく法人が訴追されたのだから、株や法律の素人でも[相当に酷い行為]であることは想像できる。これまでも、企業組織の関係者や報道関係者がインサイダー取引で告発されたことがある。これがアウトは当然だが、証券を取り扱う会社がインチキしたのではまともな経済活動ができなくなる。そもそも[証券=securities]の体をなしていない。
 問題の取引は2019年12月から1年間のことらしいが、それが明らかになった経緯も関心がある。
「あってはならない」こと [10] 2022/04/08 Fri 8424 
 世の中で繰り返される「あってはならないこと」は、当事者たちが、それを「あってはならないこと」と認識していたかどうかが問題になる。しかし、「あってはならないこと」とは、当事者たちが「してはいけない、あるいはしなければならない」ことを知っているにもかかわらず、それを「した、あるいはしなかった」ことを意味しているはずである。ここで、「じつは知らなかった」というのであれば、「それを知らなかったこと」そのものが「あってはならないこと」に含まれる。
 いやはや、ことばの遊びをしている気分になってきた。しかし、「長期に亘って不正な検査を続けてきた」といった報道に接すると、すべての当事者が「不正と認識していたのか」と考え込んでしまう。組織は時間とともに人も新陳代謝する。新人の教育で、「これは不正な方法だけとやっていいんだよ」と繰り返されてきたのだろうか。そんな教育など、まさに「あってはならない」のである。
セピア色の残像(2) [09] 2022/04/07 Thu 8423 4月2日 [04]の続き
 Downer〝The Brothers〟はセピア色の残像で満載だ。外国人から見た日本であることも興味深い。

 日本が1985年から89年に投資した額は4,330億ドルに上る。これはスペインのGDP(output)を上回っていた。工場への直接投資は85年の60億ドルが、89年には450億ドルに達する。そんな中、ソニーがコロンビア映画を、三菱地所がニューヨークのロックフェラー・センターを買い取る。セゾングループはスコットランドの名門ゴルフコース買収のためにロックフェラー・グループと提携する。

 ロックフェラー・センターが買収されるときは、アメリカのシンボルが買われたということで大騒ぎになった。また、松下電器も映画のMGMの買収までいったが、いろいろあったようで最終的には手を引いた。これに対して、ソニーは[Sony Pictures Entertainment (Japan) Inc.]として現在も続いている。あれもこれも、いまの若者たちの知らない[セピア色の残像]である。
電車と監視カメラ [08] 2022/03/06 Wed 8422
 新しく製造する列車に防犯カメラの設置が義務付けられることになった。また、手荷物検査の円滑化などの対策もまとめたという(熊本日日新聞2021年12月4日)。どこもここも防犯カメラだらけになってきた。もう昔と言えるほど前のことだが、わたしは本欄につぎのようなことを書いた。
「このままだと、そのうち[防犯カメラ設置法]なるものができる。それぞれの家で指定された場所にカメラの設置が義務づけられる。その状態は抜き打ち検査の対象になる。これに違反していると直ちに逮捕となり、裁判で大抵は刑務所に入れられる。もちろん、檻の中でも看守にカメラで監視され続ける。そして、その看守たちもまたカメラで監視されることになる…」。
 これを書いたとき、わたしは笑い話でなくけっこう本気で懸念していた。その後も、犯人がカメラの情報で捕まることも増加し、カメラ設置の流れは加速するばかりである。人間はいつまで経っても賢くなれないようだ。
[自己満足力《筋》]強化 [07] 2022/04/05 Tue 8421
 そろそろ[後期高齢者]への準備をはじめるときが来た。これからどんな生き方をするか考える。わたしたちは十人十色だから、他人様に迷惑をかけなければ、どんな生き方も認め合いたいものである。それができる社会づくりが求められる。そして、人から「ありがとう」と声をかけられる生き方がいい。もちろん、はじめから「ありがとう」と言われるために何かをするのは邪道である。そんなつもりはサラサラなかったのに、ニッコリ笑って「ありがとう」と言われるところがいい。
 こうした関係が「みんなの常識」になっている社会であってほしい。そのためにも、「小さなことをほめる、評価する」ことを「日常の景色」にしたいものだ。ご存じのように、わたしは「ほめられ好き」である。少しでもほめられ、おだてられると調子に乗る。こうした生活で「満足」できれば、[後期高齢期もまた楽しからざるや]である。わたしは日々[自己満足力筋]強化に取り組んでいる。 
単調な日々の中で [06] 2022/03/04 Mon 8420
 このごろは[単調]な日々が増えた。先輩たちが自虐的響きで[サンデー毎日]と呼んでいた。つまりは「毎日が日曜日」というわけだ。それをわたしも実体験する年齢を迎えたのである。
 これに伴って、日記に書くべきものが少なくなった。かつては「その日に考えたこと」を記していた。だから新しいことがなくても、あれやこれや好きなこと、ときには妄想に近いことが日記のネタになった。むしろ「今日○○した」といった内容の方が少なかった。その役割が、20年近く前に[味な話の素]に取って代わられた。そこで、[日記]はその日のことを書く[日記]になった。ところが、[単調]な日々のために取り上げる材料が大いに減ってしまった。
 こんな書き方をすると、落ち込んでいるように思われるかもしれない。しかし、事実はまったく逆なのだ。毎日、筋トレ体操やトイレの読書を含めたルーチンをきちんとこなせていることが、何とも楽しくて仕方がないのである。
[軽犯罪法]あれこれ(27) [05] 2022/04/03 Sun 8419 3月27日 [28]の続き
 「二十四 公私の儀式に対して悪戯などでこれを妨害した者」
 そもそも[儀式]とは、「公事・神事・仏事または慶弔の礼などに際し、一定の規則に従って行う作法。また、その行事」とされる(広辞苑)。無制限に範囲を拡大できる便利な[助詞]の「など」付である。その参加者のほとんどが、「いま悪戯をしてはいけない」と確信しているものと考えていいだろう。ここで[ほとんど]という厳密さに欠ける便利な[副詞]を使っている自分に苦笑いした。文末の「だろう」も断定を避ける曖昧語だなあ。
 さて、この「悪戯」に「冗談」も含まれるかどうかを考えた。アカデミー賞の授賞式で司会者の[joke]をきっかけに平手打ち事件が起きた。実際にどのような言葉を使ったかは確認していないが、妻の容姿に関する発言だったらしい。彼の国の価値観は知らないが、「言葉」は「人間理解最強の道具」であるとともに、「人間誤解最悪の凶器」であることを忘れてはならない。
セピア色の残像 [04] 2022/03/02 Sat 8418
 かなり前、Lesley Downer著〝The Brothers -The Saga of the Richest Family in Japan-〟を取り上げたことがある。書名の〝Brothers〟は西武王国の堤清二・義明兄弟のことである。

 「1980年代後半、日本は[多幸感]にあふれていた。ブッシュとゴルバチョフの両大統領が冷戦の終結を公式に宣言した1989年までに、日本は世界の銀行になっていた。この国は3,500億ドルにも達する世界最大の債権国であり、一方のアメリカは6,500億ドルという世界最大の債務を抱える国だった。1987年4月に安田海上火災はゴッホの[ひまわり]を3千990万ドルで購入した。それは提示価格の2倍だった。1990年5月には、大昭和製紙の会長がゴッホ[医師ガシェの肖像]を8千250万ドルで購入する。さらに当人は『わが家の庭に置く』として、ロダンの彫像を160万ドルで購入した(P363)」。

 詳細は確認していないが、わが脳みその片隅にセピア色の残像が見える。
今月の写真 [03] 2022/03/02 Sat 8417
 天草の五和町の海で《イルカウォッチング》に参加した。野生のイルカが200頭も住んでいるという。春から夏がベストシーズンらしいが、ツアーは一年中開催されている。もちろん、台風をはじめ天候に影響を受けるのはいたしたかない。その遭遇率は90%を誇るというから、ご対面できない可能性もあるわけだ。わたしたちが出かけたのは4月だったが、めでたくイルカの群と遭遇し、ジャンプする様子も間近で観ることができた。
濱の真砂と「あってはならないこと」 [02] 2022/04/01 Fri 8416
 「あってはならないこと」とはどんなことなのだろう。「あってはならないこと」だから、「あってはならない」のである。そうとしか言いようがない。ところが、現実には[しょっちゅう〈ある〉]から頭が混乱してしまう。そもそも「あってはならない」という言い回しも問題だ。それでは[ある困ったことがら]が自然に起きてしまったかのようにも聞こえるではないか。しかし、この発言は、自分が関係する「だれか」が「してはならない」ことを「してしまった」ときに出てくるものである。
 ともあれ、人間とは「してはならないことをする」習性をもっているように思える。そのおかげで新聞もテレビもネタに困ることはない。そうした情報を受けて、われわれ一般ピープルも「してはならないことをした人間たち」を話題にして時間を過ごす。「石川や、濱の真砂は尽きるとも、世に盗人の種は尽きまじ」。五右衛門さん、あなたの辞世の句はいまも生き続けていますよ。
今月の写真 [01] 2022/04/01 Fri 8415
 天草といえば[天草四郎]である。寛永14年(1637年)に勃発した島原の乱で、キリシタンとして一揆軍を指導したとされる。天草を五橋で結ぶパールラインの4号と5号橋の間に[天草パール・センター]がある。そこに写真の像が建っている。四郎が[天からハトを呼んだ瞬間]だという。数年前の四月にイルカウォッチングに出かけたとき、ここから船に乗った。天草は《藍より青い》海と空がすばらしい。そこに白い雲が浮かべば、それだけで心がゆったりとしてくる。わたしは毎年のように五つの橋を走ってきた。