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 味な話の素  No.215 2021年03月号 (7599-7660) Since 2003/04/29

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あれから13ヶ月[31]2021/03/31 Wed 7660
 これで3月も終わる。世界中の人たちと同様に、わたしの生活は過激に変化した。それは3月1日からはじまった。当時、県の教育委員だったわたしは県立高校の卒業式に出席するはずだった。それが[コロナ]で、生徒を中心に校内の関係者だけで実施することになった。これが、[巣ごもり]のはじまりでもあった。その後は、ほとんどの予定が[中止あるいは延期」になった。それから四季が巡り、13ヶ月が過ぎ去った、明日からは新たな年度に入る。
[集団決定]2021/03/31 Wed 7659 昨日の続き
 わたしが「古典的研究」として取り上げる「西鉄バスにおける事故防止」に関する論文は、三隅二不二・篠原弘章「バス運転手の事故防止に関する集団決定の効果」(1967年)である。
 ここで「集団決定」とは、グループ・ダイナミックスの創始者であるクルト・レビンが主導して行った社会技法である。これは、特定の課題について「集団討議」し、最終的には個々人が実行する行動を「自ら決める」ことから構成される。「集団討議」と「自己決定」から二文字ずつ取れば「集団決定」となる。原語は[group decision making]であるから、日本語の方が楽しい。
 「集団決定」は「集団で決める」のではなく、「集団で考えて、最後は自分で決める」ことが重要なのである。レビンたちの研究は、太平洋戦争中に「食習慣を変える」ことを目的にして実施された。その結果、講義や個人教授よりも、「集団決定」が効果的だということが明らかになった。この方法を事故防止に応用したのである。
[李下の冠][30]2021/03/30 Tue 7658 3月28日 [28]の続き
 【李下に冠を正さず:スモモの木の下で手を上げると、果実を盗むと疑われるから、冠が曲がってもそこでは正すべきではないの意で、嫌疑を受けるような行為はすべきでないといういましめ(精選版 日本国語大辞典)】おそらく大部分の人が一度は聴いている慣用句である。もちろん、大抵はその意味だって知っている。そして、世の中で力をもっている人たちは、その意味を「知っている」だけでなく、それに則って行動しないといけない。 
[普遍]よりも「不変]を求めて 2021/03/30 Tue 7657 昨日の続き
 【不易流行:蕉風俳諧の理念の一つ。 新しみを求めてたえず変化する流行性にこそ、永遠に変わることのない不易の本質があり、不易と流行とは根元において一つであるとし、それは風雅の誠に根ざすものだとする説。芭蕉自身が説いた例は見られず、去来・土芳・許六ら門人たちの俳論において展開された(精選版 日本国語大辞典)】
 【不易:①いつまでも変わらないこと。不変。②特に、正風徘徊の理念の一つ。新古を超え、永遠の生命をもつ本質的な姿(同)】
 【流行:④俳諧で、その時々やその時代の人々の好みによって新しさを発揮している句体をいう。時代とともに絶えず変化してゆくもの(同)】
 これだけそろえば、「人間科学」は「普遍」よりも「不変」を使用した方がよさそうに思う。わたしが、今日の[組織安全]の話に「古典的研究」を取り上げるのは、その気持ちが強いからである。つまりは、「人間行動」の根元にある「不変」なるものを活かそうという発想だ。
 
[横断歩道]問題[29]2021/03/29 Mon 7656
 このごろ、あちこちの横断歩道が見えにくくなった。つい先だって、人間ドックをすませたが、視力は年齢の割にはりっぱな成績だった。役所や銀行で手続きの書類を書くときもメガネなしで突っ張っている。横断歩道が見えにくくなったのは、わたしの視力低下のせいではない。ただ単にタイヤですれたものをそのまま放置しているからである。こんなところに、わが国の将来が垣間見える。いまや横断歩道を塗り替える金がなくなっているのだ。
[古典」二題 2021/03/29 Mon 7655 昨日の続き
 わたしは「組織安全」に関わる話をするとき、2つの「古典的研究」を紹介することが多い。それは「西鉄における事故防止」と「三菱重工業長崎造船所の安全運動」のプロジェクトである。前者は1960年代後半、後者は70年代初期に行われたから、すでに研究から半世紀が経過した。
 つまりはいまや「古典」だから、「ずっと前にこんなこともしたのですよ」という昔話と思われるかもしれない。しかし、仕事として話をするのに「昔話」では、単なる時間稼ぎかと顰蹙を買う。わたしとしては、「今日の組織安全にとって本質的な要素を含んでいる」と確信しているからこそ、この二つを紹介するのである。
 ここで、その内容の詳しい説明はしないが、いずれも「集団力」「リーダーシップ」がキーワードである。現生人類が地球上に出現したときから、われわれは「集団力」を駆使してきた。その「力]を十二分に発揮できるようにするのが「リーダーシップ」なのである。
 
[すべて?雑談][28]2021/03/28 Sun 7654 昨日 [27] の続き
 会食では「世間一般の雑談に終始した」らしい。あの大臣の国会における答弁である。わたしの方が例外的なのだろうか、「すべて雑談に終始する会食」などこれまで経験したことがない。それも「世間一般」についてのものだというから、「ネタの豊富さ」に感心する。あるいは「世間で言うところの」という意味なのだろうか。日本のトップ企業の会長や社長が「始めから終わりまで雑談で過ごす」ほど時間を持て余しているとは思えない。  
[共通性]の探求 2021/03/28 Sun 7653
 わたしは、[人間行動や集団で発生する事態]について[普遍的法則]を見つけ出すのは不可能だと思っている。このことは、本欄でも折に触れて書いてきた。
 もちろん、「人間科学的[普遍性]」といった表現はあり得るだろう。ただし、[人間科学的]条件付きである。つまりは、自然科学と同等あるいは同水準の[普遍性]ではないと言うことである。ただし、これを[共通性]と言い換えるのであれば、それはそれで大いに役に立つ。
 ただ、[共通性]は日常的に使うから、[普遍性]と比べてレベルが低そうに感じる人がいるかもしれない。とにもかくにも研究なのだから、もう少しカッコよく、あるいは一般の人にはむずかしそうに思える用語はないかというわけだ。わたしもことばの遊びは好きだから、それを考えるのもおもしろそうだ。
 しかし、本当に大事なのは専門用語ではなくその内容である。人間や集団の出来事に関することなのだから、多くの人たちに「なるほと、ああそうなんだ」と受け止められて、納得して何らかのアクションをとってもらえることを目標にしたい。
 
そして、現実は…[27]2021/03/27 Sat 7652 昨日 [26] の続き
 「○○のような□□はしたことがない」。この発言から「○○」の部分を省けば、「□□をしたことがある」ことは、だれもが、そして疑いなくご本人も知っていた。論理学や修辞学の立場からは、「○○条件」を除いたら、確実に「□□」という結論が得られるとは限らないのかもしれない。しかし、普通の人生を送ってきた人間であれば、ほぼ100%の確信をもって「したよね」と思っただろう。
 そして、現実はやっぱり「そうだった」。
 
[リモート版] 出発進行! 2021/03/27 Sat 7651 3月20日の続き
 わたしにとって本格的な[リモート版 リーダーシップ研修]を実施したのは2020年10月21日である。この日、記念すべき[スタート]を切った。
 北海道にある組織の研修だが、前年は、対面の「リーダーシップ・トレーニング」を実施していた。この年も6月に「基礎研修」、9月に「フォロー研修」が決定済みだった。そこに「コロナ」が襲来した。これでまずは中止と決まったが、その後どうするかが課題になった。先方は継続したい意志をおもちだったが、さすがに今年度はという判断も十分にある状況が続いた。そのなかで、イメージしていた「リモート版」について提案したのである。これは、3時間程度の「全体講義」と個別のグループによる「リーダーシップの分析と行動目標設定」とを分離するスケジュールである。
 何分にも未体験のものだったが、「リモート会議」で意見交換を進めた。その結果、「これで行きましょう」との結論に達し、いよいよ「リモート版」が実施されることになったのである。
人間らしさの基本[26]2021/03/26 Fri 7650 昨日 [25] の続き
 【会食:何人かの人が寄り集まって、いっしょに飲食すること。[精選版 日本国語大辞典]】 人間が「食」を必須とし、「集」によって生き残ることができたとすれば、[会食]はまことに[人間]的なものであり、これに伴う[喜び]が至上のレベルに達するのは当然である。そもそも「会って食べる」というストレートな言い回しがすばらしい。ところが、[人間のらしさの基本]が[コロナ]によって満たされなくなったのである。
[普遍性]ということ 2021/03/26 Fri 7649
 【普遍性:すべてのものに通じる性質。また広くすべての場合にあてはめることのできる性質。[精選版 日本国語大辞典]】 自然科学で言う[普遍性]はこれにちかい。ただし、[すべて]にこだわれば、[すべて]を押さえておかなければ、あることが[普遍的]だと言えない。
 数学的帰納法では、①P(1) が成り立つことを示す。②任意の自然数 k に対して、「P(k) ⇒ P(k + 1)」が成り立つことを示す、という段取りから、「すべての自然数に(n)が成り立つ」との結論を得る。これは人間が考えた(?)自然数だから[すべて]と言われれても、「そうだよね」と納得する。
 しかし、それが自然界になれば、そもそも[すべて]の定義がむずかしい、と言うよりも不可能に違いない。自然科学の[普遍性]すら、[ことばの遊び]をすれば、それが存在するのかどうかも怪しくなってくる。ましてや、その対象が[人間]となれば、[普遍]という用語の使用そのものが許されない(?)と思えてくる。そして、わたしの仕事は[人間の集団]にかかわっているのである。
条件がつくと…[25]2021/03/25 Thu 7648 昨日 [24] の続き
 「わたしは朝ご飯を食べていません」「わたしは朝ご飯は食べていません」「わたしは和食の朝ご飯を食べていません」「わたしは和食の朝ご飯は食べていません」「わたしはみなさんのような朝ご飯を食べてはいません」「わたしはみなさんのようには朝ご飯を食べていません」「わたしはみなさんが考えられておられるような朝ご飯を食べていません」…。
 最初の2つ以外は[条件付]で、「食べていても」「食べていません」で終わる。
 
[始まり]の話 2021/03/25 Thu 7647 
 人類はアフリカのイブから始まった…。とは言うものの、何をもって、あるいはどこからを[はじまり]とするかで話は違ってくる。また、一口に[はじまり]と言っても、けっこう曖昧である。つまりは、あれやこれやと条件を付けなければ[話]が[はじまらない]。
 さらに、現時点における[人類の知恵]では説明できない[はじめ]もある。その典型は[宇宙]である。「いつはじまったか」「どうしてはじまったか」「どのようにはじまったか」などは、すべて仮説として考えているだけに過ぎない。[宇宙の始まりはビッグバンではない]と言う研究者もいる。
 ともあれ、こまかい[条件]は知らないが、人類に関しては冒頭の「最初はイブから始まった」という[説]が素人に広まった。そうした[理解]は[誤解]だという指摘もある。そんなこんなを聞いたり読んだりしているだけで楽しい。
 それはいいのだが、そもそも[イブ]からはじめて[何]を書くつもりだったのかをわすれてしまった。やれやれ、[はじめ]どころの話ではない。
会食の種類?[24]2021/03/24 Wed 7646 昨日 [23] の続き
 ホモ・サピエンスを名誉ある創始者として、「会食」は人間の存続になくてはならないものとなった。だから、「会食」そのものを忌避・制限するのは「人間性を否定する(?)」ことになるのだろう。ただし、それは「ひたすら楽しい」ことだけを目的にしたい。もちろん、それによって「みんながそれぞれ成長する」ことも大いに期待したい。しかし、世の中には「だれかから[疑惑]をもたれるような[会食]」が存在しているらしい。 
トノサマバッタは救世主? 2021/03/24 Wed 7645 昨日 [23 ] の続き
 「食」は「生きる基本」だから、話題に事欠かない。手元に情報元を記していないメモがある。おそらく昨年の記事だと推測する。「弘前大学と昆虫食専門会社がトノサマバッタの食料利用に向けた共同研究を始めた」というニュースである。
 トノサマバッタは栄養価が高いらしい。油で揚げるとエビのようなサクサクした食感になるという。日本人は大豆を原材料にしてタンパク質をとってきた。それが食生活の改善(?)によって肉が増えた。その消費量と並行するように大腸ガンが増えたとされる。
 それはともあれ、世界的には人口爆発で食糧難は深刻な問題だ。わが国は、この調子だと経済的に疲弊していく可能性を否定できない。大規模な地震が発生すれば、「最貧国」になるという予測もある。そうした中で相対的に安価で飼育(?)しやすい食料源の開発は「国家的リスクマネジメント」そのものである。バッタ・プロジェクト最大の問題は、エサであるイネ科植物の生の葉っぱが季節に依存しており、大量に安定して確保できないことだという。つまりは、バッタの「食の問題」なのである。
 
[会食」は欠かせない[23]2021/03/23 Tue 7644 昨日 [22] の続き
 【会食:何人かの人が寄り集まって、いっしょに飲食すること[精選版 日本国語大辞典]】われわれ人間は[食なし][集団なし]で生きていけないのだから、[寄り集まって][飲食する]ことを好むのはDNAにすり込まれた特性なのだ。この[飲]に【②酒を飲むこと。酒盛り[同上]】が含まれることは自然である。これで花見も盛り上がるし、様々な目的のパーティも楽しくかつ有意義なものになる。人間に[会食]は欠かせない。 
書いといてよかった 2021/03/23 Tue 7643
 五木寛之氏が地方紙に掲載している「新地図のない旅」をときどき取り上げている。その中に、「馬に失礼な言い方」というものがあった(熊日新聞10月24日土曜日)。

 今はもう忘れられた表現だが、昔は、「むなしく馬齢を重ねて-」などとあいさつしたり、書いたりしたものである 「なぜ馬なんですか?牛齢じゃ駄目なんですか」などと先生に質問して叱られたこともあった。

 五木氏の疑問、わたしも同感である。じつは「鬼畜が怒る」というタイトルで、本欄に[鬼畜の仕業]という表現が彼等に対する侮辱だと書いた(2005年3月24日)。松本清張の小説「鬼畜」にも[鬼のような]母親が登場する。人間として信じがたい犯罪が発生すると、犯人に対して「犬畜生」などと表現することに対するコメントだった。そこでは、「むしろ、鬼畜があきれる」と付け加えている。
 ともあれ、自分と似たような発想をする人がいることを知るのは何とも楽しい。それも一流作家の言ともなれば、我ながらにんまりしてしまう。それにしても書いといてよかったなあ。
 
みんなで食べると楽しい[22]2021/03/22 Mon 7642 昨日 [21] の続き
 ホモ・サピエンスが生き残った主因の一つが「集団力」なのだから、われわれが「仲間と一緒にいる」ことで安心するのはDNAレベルの心情だと言える。そして、生きるための第一条件が[食べる]ことである。「人はパンのみにて生くる者に非ず《新約聖書 マタイ伝》」は正しいとしても、[食なし]で生命が維持できないことも事実なのである。だから、われわれは「みんなで集まって食べる」と楽しく嬉しくなる。 
原酒の知恵 2021/03/22 Mon 7641 昨日 [21]の続き
 「失敗は樽に寝かせておくと自慢話になる」というネタは、3月3日の本コラムに書いたから、繰り返しは避けるが、[時間]という[樽」の力が作用する範囲はまことに広い。ホモ・サピエンスが生き残ることができたのも、彼等が気が遠くなるような時間をかけて、[失敗]を積み重ねた結果である。琥珀色の香り豊かでまろやかな熟成されたウイスキーと同じように、[時間の樽]の成果を活かさない手はない。
 現実に、カタツムリや蓮の葉から、雨水で洗浄されるビルのタイルや、油物も水玉のように弾く皿などが開発されている。新幹線のパンタグラフから発生する騒音対策に、フクロウの翼の[ノウハウ]が活かされたという話も楽しい。
 そう考えると、「組織安全」の[原酒]は「ホモ・サピエンスにあり」と言える。自分たちより大きくパワフルな動物を捕獲するために、「①自らの弱点を自覚する」「②それを克服するために[集団力]を発揮する」という[原酒に含まれる知恵]が[時間の樽]の中で、香り豊かな[組織安全の基本原理]として熟成されたのである。
 
生き残りのキーワード[21]2021/03/21 Sun 7640 3月19日 [19]の続き
 ネアンデルタール人と比べてひ弱な「われわれの祖先たちが生き残ることができた秘密は、実はその弱さにこそあったと考えられている」(NHK 人類誕生)。この[弱点の意識]が、[安全に狩猟できる道具]を創り、仲間たちと[力を合わせる]体制ができあがったという。
 ここで重要なポイントは、[1]自分たちの弱点を認識した [2]それを補うために、お互いが協力して目的を達成しようとした。そこに[集団力]の萌芽が見える。
仰天の繰り返し?2021/03/21 Sun 7639
 どこかの郵便局で、料金別納制度を悪用してスタンプを押すべき切手をそのまま金券ショップで換金した幹部がいた。その額が1億5000万円を超えたらしい。これには仰天した。
 料金別納の郵送料は切手で払うことができるらしい。つまり、本来は切手を一枚ずつ貼らないといけない手間が省けるわけだ。支払う側のメリットはそれだけではない。切手を金券ショップで購入すればコストも削減できる。
 郵便局は納付された切手にスタンプを押して処分することになっている。ここが最大の[落とし穴]になる。この段取りをパスすれば未使用の切手が手元に残るのである。それらを金券ショップに持ち込めば現金化される。こうした問題の[可能性]があるだけで、それを防止するための方策をとるのは当然だった…。
 わたしはさらに仰天した。上記のメモを書いたのは、いつのことか忘れるほど[昔]なのである。先だって聴いたニュースは、「このとき」の蒸し返しとは思えないのだが…。
[縦横左右]書[20] 2021/03/20 Sat 7638
 昔の街角の風景には「右書き」の看板などが写っている。今日でも右舷の船名は船首側から「右書き」である。もともと文章は「縦書き」で右から左へ書いていた。だから「右書き」は自然だっただろう。これに「左書き」が加わった。それはアルファベットと同じ「横書き」である。これで英語はもちろん、数学などが「見やすく、わかりやすく」なった。「縦書き or 横書き」「右書き or 左書き」の混在は日本人の思考を柔軟にしたと思う。 
[リモート版 リーダーシップ研修] 2021/03/20 Sat 7637 3 月13日の続き
 
世界中が[コロナ禍]で混乱し、わが国でも「緊急事態宣言」が発令された。わたしの場合も、3月からはほとんどの予定がキャンセルないし延期になった。そうした状況で、7月29日に、[リモートによる研修]について、[リモート]ではじめて情報交換をした。
 その前に、わたしはメールで[リモート研修]について基本的考え方を提示していた。それまで対面を前提としてきた[リーダーシップ研修]を[リモート版]にするための素案である。もちろん、[対面版]と同レベルのものでなければならない。
 そのポイントは[グループワーク]だった。すでに、「[ブレイクアウトルーム]なるものがあって、複数グループに別れてディスカッションができる」との情報は得ていた。しかし、未体験のわたしにとって、[対面版]と同程度にいくかどうか判断できなかった。そこで、[情報提供]の時間は全員が参加し、[グループワーク]は[1グループずつ]個別に、つまりはグループの数だけ繰り返すスケジュールを考えた。
 
生き残りの理由[19]2021/03/19 Fri 7636  昨日 [18]の続き
 人間もわたしは「集団との関わりを通して人間を理解する」ことを目的にした[グループ・ダイナミックス]を仕事にしている。NHKの「人類誕生(2018年)」でネアンダルタール人と現代人を比較していた。「強じんな体。レスラーのように筋肉隆々で、マンモスやバイソンなど大型動物を狩る屈強なハンター」だったネアンデルタール人ではなく、「華奢で、力もひ弱だった」ホモ・サピエンスが生き残った。その理由がじつに興味深いのである。 
先に言ったモン勝ち 2021/03/19 Fri 7635 昨日の続き
 わたしの「名言 or 名言」を知っている友人からメールが届いた。

 風呂から上がり偶々出ていたテレビの番組を見ていたら、吉田くんが書いている内容によく似たことを言っているのに気が付きました。それは、「100分de災害を考える」という番組で、「第3回セネカ『生の短さについて』~『時』とのつながり~」副題は「『生』のはかなさを見つめ、決して計量できない質的な時間を取り戻すことの大切さを考える」とありました。

 わたしの「言」を憶えてもらっていることが、まずもって嬉しい。さっそくメールを書いた。

 すごい偶然に驚いています。数日前、録音していたNHKの「カルチャーアワー」を聴いていたら、「セネカ」が「わたしと似たようなことを言っている(?)!」のを知り、一人で興奮していました。おそらく、「論語」や「徒然草」などを含めて、古今東西の古典には、わたしたちが「思いつく」こと「すべて」が含まれているに違いありません。人生と同様に、歴史にもバックギアがありませんので、先に言ったモンには勝てません。それでも、わたしとしては「これは自分のオリジナルな発想だ」と「自己満足」するだけで満足しています。
 
[狩猟]と[農業][18]2021/03/18 Thu 7634 16日 [16]の続き
 人間も生きものとして食べることは必須である。そこで[食べ物]を探すのだが、[相手]が動けば、こちらも動く必要がある。その典型は[狩猟]で、それは[攻撃的]要素を伴う。また、[追跡]や[移動]が欠かせない。かつて[Chaser]という車があった。まさに[追跡車]だが、格好よく人気があった。
 これに対して[農業]は[定着]がキーワードになる。それは、狩猟の「攻撃性」に対して、自然災害の受忍を含めて[受け身的]である。
[マイフレーズ]の確認 2021/03/18 Thu 7633  
 わたしは高校の卒業文集に「あわてるな、人生はそんなに短くはない。なまけるな、人生はそんなに永くもない」と書いた。講演の終わりに、この[マイフレーズ]をネタにすることがあるが、手元に「文集」はない。そんな中で、あるとき同窓生が実物を見て教えてくれた。
 原文は、「あわてるな 人生はそんなに短くはない。なまけるな 人生はそんなに長くはない」だった。これで、わたしの記憶はほぼ間違いないことが確認できた。ただし、「永く」は、最初の「短く」と対比させているのだから、原文の「長く」の方がよさそうだ。その上で、「長く」に「も」を挿入したい。
 さらに友人は「ただ一瞬を悔いなきものにするのみ」が続いているとして、「最後の一文、覚えてましたか?」と問いかけてきた。その部分は、わたしの記憶から完全に消えていた。「ああ、そうだったんだなあ」と遠くを見る目になった。それにしても、「一瞬を」とは、いかにも18歳の若者らしい表現であることよ。
ピロリのパワー[17]2021/03/17 Wed 7632 昨日の続き
 わたしの「人間ドック」の[締め]は[趣味の胃カメラ]である。今回も担当の医師から[問題はありません]という一声を聴いて無事に終了した。しばらく前に[ピロリ菌]を除去した。「その後が相当に回復してきましたね」とも言われた。ピロリ菌はウン十年も胃の粘膜を攻撃し続けたのである。胃酸の中で生きるこの菌のパワーには驚愕するほかはない。ともあれ、「花のフリーター」としては、もうしばらく「趣味の仕事」ができそうだ。 
読まない取説 2021/03/17 Wed 7631
 その昔、機器のマニュアルあるいは取扱説明書はけっこう分厚いものが多かった。個々人で違いはあるだろうが、あれを最初から最後まで、一言一句読み通す人はあまり、いやほとんどいないだろう。そもそも提供側にとっては使用者から文句を言われないように、細大漏らさず掲載しておいた方が安全である。
 そんなわけで、使う側もほとんど読まない人間が増えてくる。それに「分厚さ」に圧倒されて、読む気喪失状態にもなる。それに印刷物は場所をとるから敬遠したくなる。そうしたことから、ネットからダウンロードする方式が一般的になりつつある。
 それよりも、わからないことがあると主要な内容をインプットすればネット上で解決法・対処法がワンサカ出てくる。だれもが自分と同じ問題に遭遇していることがしっかりわかって楽しくなる。こうなると、[取り扱い説明書:取説]をめくる気持ちがなくなるのも自然の流れである。とにかくすごい時代になったものだ。
 
至上の喜び [16] 2021/03/16 Tue 7630  
 「食べること」が人間にとって至上の喜びであるのは当然である。そもそも生きものは「食べない」ことには生きていけない。しかも、いつの時代も、「食べるもの」はすんなり手に入らなかった。。飢餓は地球上にいるすべての生きものが抱えてきた課題であった。かつて「飽食の時代」ということばが流行っていたが、それは人類史では、ホンの最近の話に過ぎない。それも一部の国や地域のもので、今日でも多くの人々が飢餓で亡くなっている。
 
37回目のドック 2021/03/16 Tue 7629
 昨日から「人間ドック」である。わたしは36歳のときから「通い」はじめて、今回が37回目を迎えた。熊本大学に勤務中は共済組合の補助があったが、退職後はこれがなくなった。その結果、負担額はかなり増えたが、それまでと同じコースを続けている。何分にも「花のフリーター」だから、何が何でも健康が一番である。
 第一日目のメインは大腸ファイバーだ。自分でもモニターを覗きながら、「わがものながら、けっこう美しい」ことに感動する。そして、担当の医師から「とくに異常はありませんでした」と言われてホッとする流れである。
 この世に生まれて72年以上が経過した。体のあちこちが「旧版」になるのは自然の流れである。だからこそ、「ドック」の重みは増すばかりだ。
 本日のメインは「胃カメラ」となる。こちらも、わたしには「趣味レベル」に達している。とにかく、すんなり飲み込んでさっと終わるのが自慢である。ファイバー同様、「異常なし」の一声を期待している。
組織における[小腸と脳][15]2021/03/15 Mon 7628 [本日]の続き
 [脳と腸]の話を持ちだしたのは、それが組織における[トップダウンとボトムアップ]を連想させるからである。ここで念のためながら、わたしは[ボトムアップ]を忌避して[グラウンドアップ]と呼んでいる。
 ともあれ、現実に[モノを創り、サービスを提供している]人々の情報こそが大事であり、それを欠いては組織が健全に動くことはないと言いたいのである。上位の者たちは第一線の声を聴く力を磨き続けていく必要がある。
 
[小腸]と[脳]の関係 2021/03/15 Mon 7627
 藤田紘一郎東京医科歯科大学名誉教授は専門の寄生虫学の立場から発信している。とくに自分の腸にサナダムシを[飼い]続けていたことはご存じの方もいらっしゃるだろう。とにもかくにも[腸が大事]と言う結論に行き着くのである。
 同姓で解剖学が専門の藤田恒夫新潟大学名誉教授(故人)も[小腸は大脳からの独立国]といった話をしている。
 そもそも生きものは[腸]からはじまったのである。とにかく活動に必要なものを取り入れなければ生きていけないのだから、この話は完璧な説得力を持っている。その後に、[腸の活動]を効率的にする細胞が発達して、それらが[脳]になるわけだ。そんなことで、[脳]が[腸]を支配するのは本末転倒とも言える。NHKの人体に関するシリーズで、山中伸弥教授が、最近の研究で[腸]は[大脳]に信号を発して、影響力を発揮していることがわかってきたといった解説をしていた。
 ただし、藤田氏らが話題にしている[腸]とは[小腸]のことで、[胃と大腸]はさらに時間が経過してできあがっていったらしい。
 
[現状維持]の力学 [14]2021/03/14 Sun 7626 2月22日の続き
 わが宇宙にある[重力]は文字通り[力]である。これがすべての関係の源になっている。たとえば[水]は重力によって[低き]に流れる。もちろん[すべてのモノ]は[いまのまま]を維持しようとするが、重力によって引っ張られて動かざるを得ない。ここで「モノ」に意志はないから、[いまのまま状態]が[重力]によって[位置が移動する]と表現するべきだろう。ところで、地球上の[水]には重力とは反対の[上方に向かう力]も働く。 
未来から観る力  2021/03/14 Sun 7625
 [発想の転換][逆転の発想]は聞き慣れたことばである。これに[苦境]を合わせると[ピンチをチャンスに]が頭に浮かぶ。いずれも、現状を打破し、行動を変えるための力になる。わたしは、組織の安全を確立するには[弱味を強味に]あるいは[弱点こそ長所]」の視点が欠かせないと言ってきた。ただし、それは多くの先人たちがとっくに指摘していることである。
 [自分の強味]を活かすのはいいとして、それが新しいチャレンジを抑制することもある。わたしはアイディアあふれる[SONY]が[iPod]の後塵を拝したのも、[強味]でまっしぐらになったからだと解釈している。スティーブ・ジョブスは「これから先はネット化する」ことを見据えて、[iPod]を空っぽの箱にした。[SONY]は他の追随を許さない技術で[密度の高い箱]を創ろうとした。しかし、[目の前の技術]はいまやよその国に追いつかれ、すでに追い抜かれてしまった。
 [未来の立ち位置]から[いまを観る力]が求められている。わが国にその力があるのか。前期高齢者後期は心配でたまらない
 
[権力依存症] [13] 2021/03/13 Sat 7624
  [権力:他人を強制し服従させる力(新版 日本国語大辞典)] これによって得られる快感は半端なものではない。自分の周りの者たちが自分の言うまま、欲するままに動くのだ。ある政治家が[SPがついているのが快感]といった意味合いの発言をしていた記憶がある。自分が屈強なプロフェッショナルから護衛されている。それだけでも[自己高揚感]は極みに達する。それが、[いまの状態]をいつまでも続けたいという[権力依存症]を引きおこす。
 
仕事の[リモート]化 2021/03/13 Sat 7623 3月6日の続き 
 [巣ごもり]のもとで、[Zoom]や[Skype]を使いはじめたのは4月からである。いずれも非公式、あるいは私的なもので、後者には孫たちとのやり取りが含まれる。
 こうしたなか、[仕事に直結した情報交換]をリモートで行ったのは6月5日である。先方も当方もリモートに馴染んでおらず、スタートに手間取った。「顔は映っていますが、声が聞こえません…」。この手の会話が交わされるのである。
 それでも繋がれば、その力は実感できた。このときの目的は、10ヶ月ほどかけて実施する組織ぐるみのプロジェクトの構想について情報共有することだった。こちらが提示する案をもとに具体的なスケジュールの検討が進んだ。その結果、「それで行きましょう」との合意が得られた。これまでは、先方の担当者が当方へやって来るケースがほとんどだった。それが[リモート]で可能なことが実証されたのである。このとき、わたしは仕事環境の革命的な変化を体感した。
 
まずは「受け止める」 [12] 2021/03/12 Fri 7622 昨日[12]の続き 
 わたしに[自虐趣味]はないが、[自分は自分が見えない]事実は頭に置いておこうと考えている。それは[他者の目]が絶対的に正しく、[自分のことはわからない]と、[自虐的]にあきらめているからではない。[自分は自分を見ることができない]ことの認識が大事だと思うのである。まずは、[ああ、わたしがそのように見えている人がいるんだ]という事実を受け止める。その上で、その対応を考えることにしているのである。
 
フラットファイル 2021/03/12 Fri 7621 昨日の続き 
 アメリカの未来学者アルビン・トフラーの「第3の波」が出版されたのは1980年である。その波とは、[農業革命][産業革命][脱工業化]とされた。第3番目の波は[情報革命]につながる。わたしは、自分が担当していた授業「教育情報科学」で大いに活用させてもらった。
 ところで、[わたしの仕事]にも[波]が何回か打ち寄せてきた。子どものころから[情報記録]の道具は[ノート]だった。そのうち、[ルーズリーフ]なるものに出会う。それが学習用として主役の座を占めるようになったのは大学に入ってからである。[ルーズリーフ]の[一葉]が完成するたびにコクヨの[フラットファイル]に綴じていくのを楽しんだ。それは厚手のカラー紙仕様で、いまでも単価50円ほどで販売されているのを発見すると口元が緩む。現職中は研究室の書棚に、「心理学」「グループ・ダイナミックス」「卒業論文」といった背表紙の[フラットファイル]が並んでいた。それも退職する際に処分したが、これはわたし個人にとって[第一の波]だった。
 
[自分の声]と[他者] [11] 2021/03/11 Thu 7620 昨日[10]の続き 
 わたしは本コラムに[声]のネタを記したことがある。それをもとに、講演や研修で[自分]や[他者]との関係について話している。地球上で生きた人類のなかで、[自分を見た人はいない]だけではない。[自分の声]を聴いている[他者]には[自分が聴いている声]は、これまでも、また未来永劫にわからないというネタである。いま意図的に[わかりにくく]表現したが、最後の[声]は[わたしが聴いている自分の声]である。
 
[ノート]から[カード]へ 2021/03/11 Thu 7619 昨日の続き 
 「知的生産の技術」に刺激を受けて、わたしの[ノート]は[カード]に替わった。大学院の時代は、スポット的に[講演]や[講義]の依頼があった。その際は、関連した情報を記している[カード]を並べ替えながら[配付資料]を作成した。この「並べ替え」が[カード]ならではの大メリットだった。もちろん、[カード]も、それをもとにしてつくった[配付資料]も手書きである。こうした状況は、われわれ世代しか知らない時代になった。
 ともあれ、本を読んでも、アイディアが浮かんでも、あるいは興味深い体験をしても、とにかく[カード化]していくから、その[枚数]は半端なものではなくなる。そこで、[関連した領域別]の[カードボックス]が増えていった。情報が多くなると整理が大変になる。そこで時間があれば、[カード]の集約や整理に精を出した。この[作業]がわたしを楽しませた。そこでアイディアが浮かぶと、またカードが増えるのである。
過大・ピッタリ・過小… [10] 2021/03/10 Wed 7618 6日[6]の続き 
 自分自分が[見えない]状況で[自分を評価する]のは至難の業である。それは[過大]になったり、「過小」になったりする。あるいは[ピッタリ]のことがあるかもしれないが、そもそも[ピッタリ]であるかどうかも[ピッタリ]とはわからない。それも時々刻々と揺れ動くから、[ピッタリ]な状態など[あり得ない]と考える方が合理的である。それは[過小]と[過大]の間を揺れ動く際に、偶々[ピッタリ点]を通過しただけのことなのだ。
講義とカード2021/03/10 Wed 7617
 わたしが講義や講演、そしてトレーニングに関わりはじめたころ、ワープロはもちろん、いわゆる[パソコン]はこの世に存在していなかった。それは前世紀、具体的には1980年代前半ころまでのことである。その当時、わたしは講義などの[ネタ]を[カード]にまとめていた。もちろん手書きである。それ以前は[ノート]だったのだろうと推測しながら、ある事実を思い出した。
 梅棹忠夫「知的生産の技術」(岩波新書)が出版されたのは1969年である。その中で主役を務めた「京大式カード」はあっという間に世の中に広まった。わたしは大学3年生だったが、その衝撃は半端なものではなかった。それまで、わたしはいわゆるノートよりもルーズリーフを好んで使っていた。その自由度を一気に[カード化]したのが「知的生産の技術」だった。同書はベストセラーになり、わたしは大学の生協で山積みにされた[京大式カード]をけっこう買い込んだ。
テレビ離れ [9] 2021/03/09 Tue 7616 
 もうテレビを観なくなってからどのくらいなるだろう。このところ、[巣ごもり]だから、休憩中などにリビングのテレビを点けることはあるが、夜の番組など高齢者には[どれもこれも同じ]としか思えない。少なくとも[いつも観よう]という気になるものがない。そのうえ、ときどき[倫理規程違反]がでてくる。その割合は知らないが、大手のキー局が番組制作会社にコストや納期のプレッシャーをかけて丸投げしている状況が窺われる。
[パッシング]2021/03/09 Tue 7615 昨日の続き 
 森あんり氏の解説には、次のようなことも書かれている。

 そのため肌の色が薄く、一見、白人2に間違われる「アメリカの黒人」は「パッシング(白人として通ること)」と言って、黒人の出自を隠し、黒人社会と決別し、白人になりすまして白人社会に入って行くということが、19世紀後半からとくに20世紀の前半にかけて頻繁に行われました(トニ・モリスン著「『他者』の起源(集英社新書)」の解説 森本あんり P.148)

 いま、時代は21世紀である。ここで言う「パッシング」はなくなったのだろうか。また、アジア系やヒスパニック系、アラブ系などはどうなっているだろう。
 このあと、「自分の本来の姿を隠しながら生きることの精神的負担は計り知れません。結局は、白人社会で心の安寧が得られず、かといって黒人社会に戻ることもできずに彼らは苦悩するのです。『パッシング』したものの、そのために自滅していった人びとが、じっさいたくさんいたのです」と続いている。
 
人口増加の要因 [8] 2021/03/08 Mon 7614  
 一般的に、人口は先進国で減少あるいは停滞しているが、貧困国では増加している。素人知恵ながら、その理由の一つは死亡率が高いからではないかと思う。われわれ人間を含めて、生命には自己を保存する力が備わっている。「この世の[モノ]のすべては[慣性の法則]にしたがう」。これはわたしの個人的な解釈だが、[法則]は、[生きもの]についても、[生まれたからには、その状態を続ける]力として働いているのである。 
一滴の血  2021/03/08 Mon 7613 昨日の続き 
 森本あんり氏は、トニ・モリスン著「『他者』の起源(集英社新書)」の解説で次のよう記している。

 アメリカの黒人は必ずしも肌の色が黒い人を意味するのではありません。いわゆる「一滴の血」という歴史的に認められてきた法的根拠によって、アメリカ合衆国では黒人の血が一滴でも入っていれば、黒人というカテゴリーに入れられてきたのです。

 「法的根拠」とあるが、「入れられてきた」という[現在完了的表現]から、[現在でもそうなんだろうか]と驚いたり、疑問に思ったりする。これに続いて、

 そのため中には肌の色が薄い、すなわち白人の血がたくさん入っている人で、一見、白人にしか見えない人びとがいます。それでも彼らの先祖をたどり、どこかに黒人の先祖がいれば、その人は黒人と見なされています。それは、 21世紀の今日のアメリカ社会においても通用している了解事項です(同書P.146)。

 わたしが中学生のときに観た映画はこうした状況における葛藤をテーマにしていたと思う。
 
[本邦初 オールカラー映画][7] 2021/03/07 Sun 7612
 わが国ではじめてのオールカラー映画は「カルメン故郷に帰る」である。木下恵介監督、高峰秀子主演ということ[だけ]知っていた。つい先だって、これが[WOWWOW]のリストに挙がっていた。とにかく[本邦初]なのだから、[映画ファン]としては必見である。そして、その結果は…。松竹映画30周年と銘打った1951年公開の作品で、富士フイルムを使用している。その内容についての[素人論評]は「せぬが花」としておきたい。
旧い映画の記憶  2021/03/07 Sun 7611 2月24日[23]の続き 
 わたしが子どものころ、アメリカでは白人専用のバスやトイレ、さらに学校やお店、施設で黒人の使用や出入りが禁止される場所があることを知っていた。ただ、ボクシングなどのスポーツやジャズに代表される芸能の世界では、世界的に知られる黒人がいた。
 私が中学生のとき、テレビの[映画]番組で、[肌の色が白い黒人]が登場するものを観た。主人公の葛藤をテーマにした物語である。今から60年近く前のことだから、詳細な内容は記憶にない。ただ、子ども心に「アメリカにはこうした問題があるんだ」と思った。
 そのころのテレビは白黒だが、昼間の時間帯は番組の企画や材料不足だったのだろう、15時から16時ころに旧い邦画や洋画を放映している局があった。わたしは中学校から帰って、おやつを口にしながら、ときおりこれを観ていた。トニ・モリスン「『他者の起源』」の解説(森本あんり)の中に、これと関連したことが書かれていて、自分の中学生だったときの記憶が蘇った。
 
[他者]あっての[自分] [6] 2021/03/06 Sat 7610 4日[4]の続き 
 「自分がこの世の中で一人」であることは、デカルトの「我思う故に我あり」と同程度に確実な事実である。ただし、「だから自分を知っている」となると疑問符が付く。もっと正確には、「それは誤りだ」と言い切ることもできる。そもそも[自分]という[ことば自身]が[他者]の存在を前提としている。つまり、[自分]とは[社会集団]のなかで生まれるのである。しかも、[自分]と関わる[他者]も[自分]をもち、また意識している。
[リモート研修]事始 2021/03/06 Sat 7609 2月27日の続き
 研修を[リモート化]しようと考えていたところ、看護師を対象にした研修会が入った。その研修自身は永年に亘って担当していたが、突然の「コロナ渦」で延期状態だった。それが9月になって実施することになった。ただし、わたしを含めて県外講師はリモートの条件付きである。
 わたしが担当する日程は9月29日と30日の二日間となった。アプリケーションは[Zoom]である。先方はすでに[リモート]を体験しており、従来の会場を二つに分けで[密]回避策をとっていた。担当者は、それまでわたしが実施してきたスケジュールを熟知しており、様々な資料の配付を含めて順調に進んだ。発表の際にはタブレットを発言者のところにもっていくという段取りもしっかり組み込まれていた。研修後に送られてきた会場の写真で、パワーポイントとわたしが同時に映っていることがわかった。それを見て自分の気持ちも伝わったように感じた。
 かくして、わたしの[
リモート研修]は無事に終了した。 
[学習者が検証する] [5] 2021/03/05 Fri 7608 2月23日[21]の続き 
 プログラム学習の第5原理は[学習者検証:Leaner verification]である。これは[プログラム]の評価は[学習者]が行うという意味である。教授者が期待した成果が得られないとき、それは[学習者]ではなく、[プログラム]の問題だと考える。この視点は、[リーダーシップ]に適用することができる。リーダーは「自分はこれほど一生懸命やっているのにうまくいかないのは部下たちのせいだ」などと考えてはいけないというわけだ。
 
[深刻な問題] 2021/03/05 Fri 7607
 もう一昨年になるが、新聞の見出し「性犯罪『衝動抑えられぬ』」に衝撃を受けた(熊本日日新聞 3月1日)。これに小見出し「繰り返す被告が心境 長崎拘置支所 再犯防止難しさ浮かぶ」が続いていた。
 当時、わたしは熊本県教育委員で月1回の委員会に出席していた。会議では県の教育に関わる様々な議題について審議する。その中で、教職員の不祥事に対する懲戒が含まれることがある。いずれも重大な事案だが、教員の児童生徒に対するセクハラは、被害者が子どもであるだけにきわめて深刻である。それがPTSDとなり、生涯に亘って影響をおよぼす。その厳しさは当事者でなければわかるはずもない。
 そもそも[セクハラ]を含めて、「性に関わる問題行動や犯罪」は、今日の社会が抱える重大課題である。そうした状況で、「性犯罪は繰り返される」との指摘もある。冒頭に挙げた新聞の見出しは、「その傾向」が否定できないことを示唆するもので、きわめて衝撃的だった。
 
自分を観た人間はいない [4] 2021/03/04 Thu 7606
 自分たちのことを[可能な限り客観的に評価する力]は[よりよく生きるため]に欠かせない。ここで[可能な限り]という条件は永遠にはずすことができない。そもそも、人類の歴史の中で[自分を観た人間]は一人もいないし、これからも未来永劫その状況は変わらない。鏡があれば[自分が見える]と思うのは勘違いである。あれが[虚像」であることはみんな知っている。ビデオなどの動画にしても[本物]ではない。 
卒業の[ご褒美] 2021/03/04 Thu 7605 昨日の続き
 [感謝状]は、「ご自分の経験をもとにユーモアを交え、おもしろおかしく、でも、とても興味深く、深い話をたくさんしてくださいました」と、ありがたいことばで一区切り付く。わたしは[実体験]と[笑い]を大事にしたいと考えてきた。そもそも[人間の行動]は[実例]で説明することで納得しやすいのである。そうした思いが[ユーモア]「おもしろおかしく]という表現につながったのであれば望外の喜びである。
 そして、「感謝状」は「社会教育主事の後輩たちがこの話を聞けないというのはとても残念ですが、先生の講義を受けた私たちが先生から学んだことを活かし、頑張っていきます。先生の今後の益々のご活躍を祈念いたします。本当にありがとうございました。平成30年8月8日 社会教育主事講習 受講生一同」で締めくくられている。
 わたしにとって、文字通りの[サプライズ]だったが、おそらくは30年以上続けた講座最大の[ご褒美]となった。
今月の写真 [3] 2021/03/03 Wed 7604
 熊本県阿蘇郡小国町は大分県との県境にある。そこにある[鍋ヶ滝]は滝の裏側にも入れる。高さは9mで長さが20mだから、水が勢いよく「ドーン」と落ちる迫力はないが、とにかく美しい。いつだったか、「生茶」のCMでも登場した別天地である。
 医学者北里柴三郎は小国町の出身で、その肖像が新千円札に登場することになっている。同町内には記念館がある。やはり小国町出身の画家坂本善三の美術館もあるというすばらしい町である。
 
ウイスキーと自慢話 2021/03/03 Wed 7603 昨日の続き
 [感謝状]の「ウイスキーに例えたお話、失敗を自慢話にする」については、二つがつながっている。
 まずは、「今さら」から「今こそ」への転換を推奨するのだが、そこに「失敗はしたくない心」が立ち塞がる。わたしも、「その気持ちはわかる」と伝えてから、ウイスキーの話にはいる。
 ウイスキーの原酒(?)は水のように透明である。これを樽に寝かせてじっくり待つと、琥珀色で香り豊か、まろやかな味わいに仕上がる。失敗もこれと同じで、最初は苦くて、つらい、恥ずかしさまで付け加わる。その点は「透明水」に見えるウイスキーとはかなり違っている。そこは「お話」だからマジで突っ込まれては先に進めない。
 ともあれ、「[失敗]も[樽]に寝かせておけば、ウイスキーならぬ[味のある豊かな自慢話]ができあがる物語に展開していく。もちろん、[失敗]に[ウイスキー]と同じ[樽]はない。それは[時間]という[樽]だというのが話の結末になる。
 
今月の写真 [2] 2021/03/02 Tue 7602
 熊本では3月が花見時である。入学式とさくらがセットになっているところもあるだろうが、こちらでは卒業式と相性がいい。この時期には、熊本城の石垣を背に[花見の宴]で賑わっていた。それが2016年4月の地震で城内は立ち入り禁止になった。その年の花見は終わっていたから、17年から「宴」のお預け状態が続いている。
 今月の写真は熊本大学構内にある旧制五高の赤レンガ教室を飾るさくらを選んだ。今年も美しい花を咲かせるときが来る。
[心のヘルペス] 2021/03/02 Tue 7601 昨日の続き
 素人レベルで言えば、「(単純)ヘルペスはウイルスで、通常は神経の中に潜伏している。これが、紫外線曝露、ストレス、寝不足、疲れ、感染症などによって目を覚ます。現実には多くの人々がこれを体内に宿しており、一生同居する」というものである。
 わたしは「いじめや差別」を引き起こす「ヘルペス」は大抵の人の心の中に潜んでいる。そして、心が健康な間は表に出てくることがない。ところが、心にストレスを感じたり、心が疲労したり、さらには弱くなったりすると、「表」に出てくる。それが「いじめや差別」につながるのである。かくして、われわれは自分の「心」に「ヘルペス」が潜んでいることを認識し、これが力を出さないように、「心の健康」を維持し続けなければならない。これが、わたしの「いじめや差別とヘルペスの話」である。
 感謝状から、「自分自身の危うさ」を自覚することを強調した点を評価していただいたことが伝わってきた。
 
米国の[COVID-19]死者数 [1] 2021/03/01 Mon 7600
 先月、アメリカの[COVID-19]による死者が50万人を超えた。ABC News は同国の死者数として、[心臓病:659,000人][ガン:599,000人][第二次世界大戦:405,399人][第一次世界大戦:116,516人][9.11テロ:2,974+4,000人(関連死を含む)]といった数値を挙げていた。ほぼ1年間でこれだけの人が亡くなったのである。ほかの国も含めて、死者数が、それぞれの国に特有な文化や集団関係などと関わっているのだろうか。 
感謝状の話 2021/03/01 Mon 7599 2月19日の続き
 社会教育主事講習の[最終講義(?)]で、受講生のみなさんから感謝状をいただいた話の続き。
 そもそもは2月3日がスタートだった。まずは、「箸の話から『今さら』は禁句で、『今こそ』であるということ」について、初回も入れて11回アップしてきた。それが19日のことで、そのままどこかに飛んでいた。
 いつものことであるが、ここは生来の粘着質ぶりを発揮して、「その後から文末」まで行き着く必要がある。それに、今になって気づいたが、せっかくいただいた、ありがたい[感謝状]の写真もアップしていなかった。ここで遅まきながらご覧いただければ幸いである。
 さて、「[お箸][今さらは禁句][今こそ]」といった[キーワード]に続いて、「いじめや差別をヘルペスに例えた興味深いお話やウイスキーに例えたお話、失敗を自慢話にすること」がそれなりに評価していただいた。そこで「いじめや差別」を「ヘルペス」を例に挙げた話から解説したい。