無限の想像力? [28] 2021/02/28 Sun 7598
[有限]は何となく実感できるが、[無限]は[ことば]だけの世界である。ただし、「有限」といってもすべてが実感できるわけではない。たとえば[宇宙]は膨張し続けているというから、「有限」のはずだが、[実感]どころか、その縁は[創造]すらできない。せめて人間の[想像力は無限だ]と思いたいが、これもあり得ない。われわれは[ことば]で[ものごと]を考えるから、[ことばの世界]というの[制限内]で生きている。ただし、[ことば]で言い表せない[感覚]もあるが…。 |
レビンの言説? 2021/02/28 Sun 7597 20日の続き
Group Dynamics の創始者 Lewin の論文[The Research Center for Group Dynamics at
Massachusetts Institute of Tecnology]が雑誌[Sociometry, 8]に掲載されたのは 1945年である。
その中に、Group Dynamics を仕事にするものであれば誰もが知っている[Nothing is as practical as a
good theory]と言うフレーズがある。「よい理論ほど実践的なものはない」から、「実践的でなければよい理論とは言えない」と、やや過激な感じが漂うものまで、訳はいろいろである。
わたしはこれをレビン自身の[発言]だと長いこと思っていた。しかし、この論文を読むと「そうでもない」ことがわかるのである。「政府・農業・産業・教育・共同体で仕事をする実践家たちは…」ときて、「いわゆる[実践的でなければ…]の言説が社会的経営においても有効であることに気づきはじめている」と記す。ここで、わたしは[the statement]に[いわゆる]を付けたが、レビンはこのフレーズを引用符で括っており、それを自分の発言だとは表明していないのである。 |
生かされている実感 [27] 2021/02/27 Sat 7596
わたしたちが「生かされている」ことは疑いない。そもそも心臓は自分の意志で動いていないことは絶対的真実である。そのほか、[神経反射]に「自律神経」「交感神経」などなど、[神経系]はすべて[自動的][無意識的]に働いている。
このように、[自分の体]ですら[コントロール不能]、つまりは[生かされている]のである。だから、その範囲を社会に拡げれば、[朝から晩まで][寝ても覚めても]生かされていると思う。 |
[リモート研修]の設計 2021/02/27 Sat 7595 20日の続き
いわゆる[ブレイクアウトルーム]なるものを未体験だったこともあり、[受講者が全員参加する講義]+[個別のグループワーク]をセットにしたコースを組み立てた。たとえば、[3グループ]の場合は、1日目の午前中は[講義]だが、午後は[Aグループ]のみで[グループワーク]をする。その流れで、2日目は午前中[Bグループ]、午後[Cグループ」となる。したがって、[4グループ][5グループ]のケースでは、さらに1日がプラスされる。
これだと、受講者は初日の[講義]と1回の[グループワーク]に参加することで終わる。わたしの方は、[同じグループワーク]を3回~5回と繰り返すのである。この提案に対して、それではわたしが大変だろうというご心配もいただいた。それについては、[対面方式]とは違い、[グループ内での発言内容や雰囲気]が手に取るようにわかることから、わたしには[負担感・繰り返し感]といったものはないとお答えした。 |
真の[力]が露わになるとき [26] 2021/02/26 Fri 7594
緊急事態になったとき、個々の組織や人物の[力]が露わになる。それは「弱点」と言い換えることができる。今回の国難「コロナ」はわが国の脆弱さを白日の下にさらした。あちらもちらも[危うさのオンパレード]状態である。その上、官僚たちの劣化までもが追い打ちを掛ける。われわれ世代は[右肩上がりの経済]を実体験してきたが故に現実を観る力を失っているのではないか。このまま「右肩下がり」が続くことを懸念する。 |
出会いと感動 2021/02/26 Fri 7593 昨日の続き
研修では[長崎造船所]における「全員参画運動]について紹介した。わたしは幸運にもこのプロジェクトに参加することができた。これについては、本コラムで高(禎助)さんの手紙を長期に亘って連載した。
今回もそれに関連して、研修受講者の方からメールをいただいたのである。[昭和40年代][温泉での研修][怪我をせんためにはどうすればいいか]といったキーワードから、[あのプロジェクト]だったことは間違いないだろう。ここに記されたような気持ちで研修内容を受け止められていたのだと思うと嬉しくなる。
あれからすでに50年が過ぎ去った。こうした情報をいただくと、[偶然の出会い]に感動するのである。
数年前には看護管理者の研修で、「父がその当時は長崎造船所に勤めていました」と声をかけられたことがある。このときは、「父が先生と同じ空気を吸っていたのかと思うと涙が出ました」と言われた。いずれもわたしにとって素晴らしい出会いである。 |
[ゴジラの評判] [25] 2021/02/25 Thu 7592 昨日[24]の続き
[キングコング]はコマ撮りで[ゴジラ]はぬいぐるみである。わたしはゴジラの方がチャッチイと思った。ところが世の中はおもしろいもので、アメリカで[ゴジラ]が受けたのは、動きが自然だったからだという。「キング・コング」はスムーズさに欠けて機械的だと感じられたらしい。そう言われればそうかなと思えるからいい加減なものだ。ともあれ、あと3年でめでたく古稀を迎える[ゴジラ」はハリウッドの殿堂入りを果たしている。 |
いろいろな出会い 2021/02/25 Thu 7591
いろいろな出会いがある。先だって、リモートによる研修を受講された方からメールをいただいた。
父の従兄(現在80過ぎ)が長崎造船所に勤めていました。労災で左腕の肘から先がありません。私が小学4年の時だったと思いますが、そのおじさんから聞いた話です。
私が生まれた頃(昭和40年代)に工場の先輩が上司から温泉に行こうと誘われ、遊びと思ってついて行ったら研修だった。その先輩が温泉から帰ってきてから訳のわからんことばかり言うようになった。「怪我をせんためにはどうすればいいか?」ということをずっと話すようになったと。そのような話を聞いたことがあります。
温泉とはもしや小浜温泉だったのでしょうか? その中で今でもはっきり覚えているのが「ルールは守りなさい。交通ルールもそうだよ。自分を守ってくれるから。でも守れないルールがあったら変えてもいいんだよ」。この意味がわかったのは、だいぶ後になってからでした。
あまりに感動的なので全文をアップしてしまった。わたしの思いは改めてまとめることにする。 |
[ゴジラとキングコング] [24] 2021/02/24 Wed 7590
今日では、[ゴジラ]の第一作を映画館で観た人間は希少価値があるのではないか。わたしはその中の一人である。初公開は1954年だからわたしは小学2年生である。この年で観たのだから、それは恐怖の怪獣だった。もちろんとびきり楽しみもした。その後、テレビでアメリカの「初代キングコング(1933年)」年を観て驚いた。その動きがじつに自然で素晴らしく、映像作成の技術はキングコングの方がはるかに高級だと思ったのである。 |
[アフリカン・アメリカン] [23] 2021/02/24 Wed 7589
オバマ氏は米国で初の黒人大統領になった。しかし、「一般の『アメリカの黒人』とは決定的に異なる点があった」という。これは、トニ・モリスン著「『他者』の起源」の「解説(集英社新書)」で森本あんり氏が書いていることである。
その理由は「オバマの父親は黒人でしたが、アフリカ大陸に生まれ育ったケニア人」だったからである。米国では元奴隷を先祖に持つ黒人を「アフリカン・アメリカン」と呼ぶことから、オバマ氏はこれに当たらないのである。 |
二つの価値 2021/02/24 Wed 7588
猫に小判:貴重なものを与えても何の反応もないことのたとえ。転じて、価値のあるものでも持つ人によって何の役にも立たないことをいう(広辞苑)]。
経済学に[交換価値]と[使用価値]という概念がある。この両者は対立するものとされる。前者は[ある財が他の財と交換される歳の交換比率(相対的価値)]である。後者は[当該財がその使用者に対して有する有用性(ないし絶対的価値)あるいは効用]である(ともにブリタニカ国際大百科事典)。[猫]にとって[小判]はまるで[使用価値]がないということだろう。一方の[交換価値]は[交換]が意味をなす[社会]を前提としている。 |
[第六感:腸覚] [22] 2021/02/23 Tue 7587
[五感:①視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五つを感覚する器官…(精選版 日本国語大辞典)」。これに、第六感というものがあり、「身体にそなわった感覚器官を超えて、モノを直感する感覚…(同)」とされる。わたしは、器官としての[腸]も加えるのが当然だと思う。そもそも[腸]は大脳よりも先に生まれた器官であり、人間の生活にとって大きな影響力をもっている。したがって、[聴覚]あるいは[腸力]を第六感と呼ぶべきなのである。 |
[自己ペース] [21] 2021/02/23 Tue 7586 21日[19]の続き
プログラム学習の原理第4は[自己ペース]である。スモールステップで学習が進むにしても、個々人の状況で習得スピードは異なっている。学習を確実にするためには、[個々のペース]にあわせることがポイントになる。こうした際に[平均値]を使って、[裴時間です。先に進みます]ではまずいのである。わたしは、[平均値]ほど危うく、人の判断を誤らせるものはないと思い続けている。比較すべきは、今の[自分の現実]である。 |
[ユーモア]か[傲慢]か 2021/02/23 Tue
7585
2008年の国連総会で当時首相だった麻生太郎氏の発言が話題になった。その演説の冒頭で同時通訳の装置にトラブルが発生した。このとき麻生氏はすかさず、「機械は日本製でないよね」という趣旨の発言をした。これに対して会場に笑いが起きたとの情報もある。またとっさのときに機転の利いた発言だったとの声もあった。もちろん、その場にいなかった者としては、「そんなことがあったんだ」と受け止めた。
ただ、このとき、わたしは「それを製造した国の人たちはどう受け止めただろう」と思った。人間関係において、とりわけコミュニケーションではユーモアが重要な役割を果たす。それが発信力になって個人的に好感を持たれる。とりわけ重要な役割を果たしている人であれば、国や組織の評価にもつながる。
ただし、発言に自分たち以外の者を含めるときは、それが他者にも[ユーモア]と認識されるかどうかを配慮する必要がある。発言が[侮辱]や「傲慢の現れ]と受け止められては元も子もない。それに、産業界で頻発する不祥事の情報に接するたびに、「日本製がらみの冗談」が通じるのか不安になる。 |
コロンボ刑事のファーストネーム[20] 2021/02/22 Mon 7584
ピーター・フォークはあの世に逝ったが、「刑事コロンボ」は[現役]として未だに活躍している。NHKのBSと4Kで全作が放送中だ。
ところで、[Colombo]のファーストネームは何というか。答は[Frank]である。様々な映画や放送などの裏話やトリビアについての情報がネット上にあふれている。コロンボ刑事についても、警察手帳が瞬間的に映ったことがあり、そこに[Frank]と記されている映像付きの情報である。何とも愉しいネタだことよ。 |
いつか誰かが言っているけれど… 2021/02/22 Mon 7583
[この世に存在するすべてのものは《いまのままでいようとする》]。いつのことか、こんな[わたしの仮説]を書いた記憶がある。
ここで[わたしの]と、所有を示す格助詞を付けた。しかし、凡人の考えることはすでに誰かが言っている。たとえば、ニュートンの[慣性の法則]はその代表例である。ただし、彼は「モノ」について言及しただけだから、それを「モノ⇒者(人間)」にまで拡大したのはわたしの発想である。もちろん、それでも[同じこと]を言っている人物や書物、あるいは遺跡の記録は[天文学的無数]にあるはずだ。
その点では、わたしの「天文学的あるいは妄想的自己満足力」が自分を満たしているだけのことである。それでも「楽しく、愉しい」のだから「ありがたや、ありがたや」の呪文を唱えたくなる。
そもそも重力なるものの起源と原理はどうなっているのか知らないが、これが宇宙に遍く存在していて、「すべて」を決めているような気がする。 |
[積極的反応][19] 2021/02/21 Sun 7582 10日[8]の続き
プログラム学習では[3.即時フィードバックの原理]が重視される。学習者は[スモールステップ]で前に進んでいくが、ステップごとに、反応の成否について情報が与えられる。これによって、自分の力で修正を加えていくことが可能になる。フィードバックは外部から与えられるだけでなく、自分自身で評価できる力を身に付けていくことも行動変容に欠かせない。ただし、完璧に「客観的な自己評価」はこの世に存在しない。 |
縮む身長、伸びる若者 2021/02/21 Sun 7581
わたしの身長は[公称 163cm]だった。それは[若いころ]で、時間の経過とともに[縮んで]きた。人間ドックで、ポーンと頭を叩く、まことに失礼な[身長・体重測定器]を使ったとき、看護師さんが[大台]を切る数値を読んだ。それを聴いて、わたしは「え、えーっ」と叫んだ。その凄まじい迫力に気おされて、看護師さんが「もう一度測りますか」と聴いてきた。わたしが「よろしく」と答えたのは言うまでもない。そして、2回目はかろうじて「大台」をキープしたのである。このときは「測定器」の[忖度]を体感した。
ところで、わた しが生まれた1948年の成人男子の平均身長は160.6cmだった。これが1970年には165.9cmまで伸びた。それはわたしが22歳のときである。そんなことで、わたしは同世代の中では「平均よりも少し低い」くらいだった。その後も平均身長はドンドンと伸びて、退職するころは男女ともにわたしを見下ろす学生が多くを占めるようになった。 |
映画[十戒] [18] 2021/02/20 Sat 7580
小学生のときに学校から映画[十戒]を観にいった。そのとき、チャールトン・ヘストンとユル・ユルブリンナーの顔が脳裏に焼き付けられた。映画の公開は1956年だが、伊万里の洋画館で上映されたのは、少なくとも58年以降である。わが家が福岡県の行橋から伊万里に引っ越したのは、わたしが4年生の7月だからである。おそらく5年生ころだろうが、[モーゼの出エジプト記]など知りようもない。あれは、[文部省推薦]だったのだろうか。 |
研修の[リモート化]2021/02/20 Sat 7579 13日の続き
リモートになじんできたことで[講演]だけでなく[研修]も可能だと思いはじめた。いや、より正しくは「研修の[リモート版]を創ろう」と考えた。ここでポイントになるのが[グループワーク]である。これについては、Zoom
を紹介してもらった知人から[ブレイクアウトルーム]なるものが使えるとの情報を得た。
英語の[break out]は突発するといった意味だと承知していたが、Zoomでは[break out room]が[個別の部屋]を指すという。つまりは、[グループワーク]が可能なのである。かくして、[リモート研修]は確実なものになってきた。ただし、わたし自身は[break out room]は未体験のままである。これを「できること」にしてプログラムを創るわけにはいかない。
そこで、まずは[講義(情報提供)]と[グループワーク]を分離することを考えた。前者は3時間ほど[受講者全員]が参加する。そして、後者は[1グループ]ずつ[グループワーク]を行うのである。 |
[清濁] が[白]に [17] 2021/02/19 Fri 7578
色の世界は魅力的だ。この世に見えるすべての色の素が[赤・青・緑の3原色]であることに感動する。また、その「3色」が重なり合えば「(純)白」になるもの素晴らしい。すべての色を再現できる[3色]が一緒になるのだから、「白色」は「清濁を問わず、この世のあらゆる色」が集合した結果だと考えることもできる。そう気づいたとき「白」に対する自分の見方が変わってくるのを覚えた。もちろん、望ましい意味合いを伴って…。 |
その気になれば… 2021/02/19 Fri 7577 17日の続き
わたしは40年に届くほどの年月を「人差し指フリー」でお箸を持ち続けていました。それは「いまさら変えられない」というよりは「変えることができない」という[信念あるいは確信]と同居していたのです。
ところが、ほんの一週間の[入院]だけで、推奨されるテクニックを身につけられました。まさに「やればできる」を実体験したわけです。より正しくは「[やろうと思えば、あるいはその気になれば]できることがたくさんあるのです。
もちろん、[素手で空を飛ぶ][10年前の自分になる]などと、できないことがわかっていることにチャレンジするのは時間の浪費と言うべきでしょう。大事なのは、何もしないで、頭から[自分にはできないと決めつける]ことを避けることです。
この連載(?)、社会教育主事講習の最終講義に当たって、受講生のみなさんからいただいた感謝状の引用からはじまりました。講習で話したこの「ネタ」は気に入っていただいたようでした。
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自分の[弱さ]を知る[強さ] [16] 2021/02/18 Thu 7576
哲学者イマヌエル・カントは1724年に生まれ、1804年に79歳で亡くなった。当時としては長命である。本人の体躯は貧弱であったが、おそらくは、それを念頭に置いて健康管理に気を配り、規則正しい生活を送った。かくして大病もせずに天命を全うしたのである。
大学に入った年に受けた「哲学」の授業で、わたしはそんな話を聴いた。講義内容は記憶から薄れているが、このエピソードはしっかり頭に残っている。わたしは事故や不祥事防止に、[自分の弱さを知る強さ」を重要なキーとして提起している。カントの場合もそれが適用できると思う。 |
[フツー]でなくなる 2021/02/18 Thu 7575
世界中、国の施設などは[権威]を体現している。そのほとんどが、でかくて荘重である。それは庶民を見下ろし、近づくことを拒んでいるように見える。そんなところでも、そこで仕事をする者には日常的な職場である。
たとえば裁判所でも内部の人間にとってはとくに緊張することもない仕事場に違いない。個々の裁判官も当然のことながら普通の人間である。ただし、社会から与えられている[権限]は相当に大きい。それも[自由心証主義」なるものがあって、[自分の心証:裁判官の主観的な認識または確信(精選版
日本国語大辞典)]をもとに判決を下すことが保証されている。
こうした[権力:他人を強制し服従させる力(同)]を行使するのだから、それに相応しい[舞台装置]が必要になる。それは心理的におどろおどろしい雰囲気を漂わせる方が効果的である。そんな「環境」の中で息をしていると、[フツーの人間]が[フツー]でなくなる可能性が生まれる。 |
リンカーンさーん! [15] 2021/02/17 Wed 7574 昨日[14]の続き
トランプ氏が[peacefully]と[patriotically]、とくに前者を入れたには意図的だったかどうかわからない。ただ、「自分はちゃんと[peacefully]と言ったんだ」という[アリバイ(?)]づくりだったかもしれない。さらに驚いたというより苦笑したことがある。それはトランプ氏が[of
the people, by the people, for the people]と、どこかで聞いたことのあるセリフを発したからである。リンカーンはどんな顔をして聴いただろうか。 |
[いまさら]から[いまこそ]へ 2021/02/17 Wed 7573 昨日の続き
さて入院の9日間は本を読むこと以外はすることがなく、時計の動き方もスローモーション状態が続いた。そんな中で、ぼんやりながら「お箸の持ち方ぐらいは練習するか」といった思いに至った。とにかく40年近くも3食毎に「慣れ親しんできた」テクニックである。これを一週間で変えるなど、無謀な試み以外の何者でもない。それに「いまさら」感もある。
まあ、そうは思いながらも時間は途方もなく与えられている。そんなこんなで、やおら「お手本」の持ち方に挑戦しはじめた。最初はぎこちなかったものの、回数を重ねるうちに何とかカッコウも付きはじめた。そして退院する日には一応の完成をみたのである。
あれから35年以上が経過した。そしていまでは「お手本(?)」になるほどのテクニックを披露している。北海道産の小粒な小豆も1個ずつしっかりむことができる。この体験から、わたしは「いまさら」を「禁句」にして、「いまから」「いまこそ」を「金句」に変えた。 |
[Walk down to the Capitol] [14] 2021/02/16 Tue 7572 昨日[13]の続き
トランプ氏が登場したのは、[SAVE AMERICA MARCH]の大看板が掲げられた会場である。それから50分を超える話は、その内容と音調からアジテータの空気に満ちていた。プロンプターはあったが、それを読んでいるとは思えないほどの迫力である。話し始めてから20分くらいで[Walk
down to the Capitol]のフレーズが発せられた。あまり報道されていないようだが、その際に[peacefully]と[patriotically]を付け加えていた。 |
巨人の快進撃 2021/02/16 Tue 7571 昨日の続き
さて、入院の9日間は時間の使い方に困ってしまった。たしかに手術ではあったが、それも局所麻酔で1時間程度のものだった。つまりは術前・術後ともに元気なのである。本はけっこう持ち込んでいたが、それもすぐに読んでしまう。
そう言えば、相部屋の人がテレビを点けていて野球中継の音声が聞こえてきた。当時は巨人戦が野球中継を席巻していた。パリーグなんぞは存在そのものが曖昧な時代である。ネットで覗くと、わたしが入院していた9日間の巨人は7勝1分けの快進撃である。熊本は巨人ファンが圧倒的に多かったから、病室全体が大いに賑わっていた記憶がある。因みにわたしは現在でも[西鉄ライオンズ]ファンを自認している。
この間の投手が、槙原・西本・カムストック・江川・定岡・岡本・角・加藤(初)・齋藤と、何とも懐かしい名前が並んでいる。ただし、この絶好調は維持できなかったようで、最終的には阪神タイガーズが優勝し、巨人は3位である。 |
弾劾裁判の顛末 [13] 2021/02/15 Mon 7570
トランプ氏が弾劾裁判で無罪になるのは、議会の勢力関係を踏まえれば、はじまる前から折り込みずみだった。そもそも大統領を辞めた人間に[弾劾裁判]ができるのか、それは憲法違反だという論理が共和党から出された。そう言われれば「そうか」という気もするが、そこは問題ないとされて議事が進んだようだ。
ただし、それなら退任前の数日間に大統領として[してはならないこと]をしても不問に付されることになる。そんなことは許されないから、今後のことを考えれば[弾劾裁判]は問題ないとの見解も説得力がある。 |
ゴールデンウィークの入院 2021/02/15 Mon 7569 11日の続き
わたしは36歳で手術のために8日間も入院した。ただし、それはいまなら日帰りですむ程度のものだった。医師から「せっかくだから検査も含めて余裕をとったら」と言われたのである。
当時も[仕事が趣味]でバタバタしていたが、[ゴールデンウィーク]に合わせることにした。それだと授業や仕事に影響が出ないのである。そもそも団塊の世代は[休むこと]に後ろめたさを感じる空気を背負って育ったところがある。それこそは[昭和の価値観]と言えるだろう。
今日でも、わたしの「仕事が趣味感」は変わっていない。ただし、そこには[ゆっくりいこうよ]という気持ちが伴っている。そもそも、[仕事が趣味]などと言えるのは、この上なく恵まれた状況にいることができたからである。世の中には「なんとも能天気な人間だ」とあきれ、さらには怒られる方がいらっしゃるだろう。わたしはいつもそのことをしっかりと認識し、自分の運の良さに心から感謝し続けている。 |
ちゃんと引き継いでくれるって [12] 2021/02/14 Sun 7568 昨日[11]の続き
性懲りもなく、「貴重なお時間」を拝借するので、お急ぎの方はパスをお願いします。
さて、「替えがたい」は「替えるのが不可能」と断定しているわけではない。いまから45年前の1976年9月9日、中国の最高指導者毛沢東が82歳で亡くなった。その後、中国は瓦解することなく、次の指導者たちに引き継がれていった。このとき、わたしは「余人をもって替えることができない」ことはないんだなあと思った記憶がある。
そもそも、「不可能」だとすれば、とうの昔に地球上に存在するほとんどの組織が消滅していることになる。誰かがちゃんと引き継いでくれてきたから、人類はここまで生き延びてきたのである。 |
[等質]と「異質」 2021/02/14 Sun 7567
集団に関わる研究は、構成員の[等質性]よりも「異質性」のパワーを認めている。この[異質性]を昨今の言い回しでは[多様性]と呼ぶことができる。そもそも[いろいろなアイディア]が出てくるのは、みんなが[多様な]視点や価値観をもっているからである。そんなことで、[等質集団]の力は、それらの足し算、つまりは[加算的]になる。一方、「異質集団」の方は、掛け算、つまりは[積算的]と考えることができるのである。
ただし、そこから[積算的]効果を引き出すためには、大事な前提条件がある。それは、その集団を率いる者のリーダーシップである。これがしっかり発揮されなければ、[異質性][多様性]は混乱を引き起こす要因として作用する。構成員たちは[好き勝手]な意見を述べ、行動する。これでは組織は目標の達成ができないばかりか、いずれ衰退し、崩壊するしかない。
この話題を取り上げたのは、初めてではないことは知っているのだが…。 |
時間を盗んでしまって… [11] 2021/02/13 Sat 7566 昨日[10]の続き
[替えがたい]⇒[替え]+[難い=かたい][かえる(代・換・替・変・易)②あるものの役目を他のものにさせる。代理をさせる。(精選版 日本国語大辞典)]「かたい(難)①むずかしい。容易でない。困難だ。(同)]
「余人をもって替えがたい」とは、[ほかの人]が[役目を替わる]ことは[むずかしい」という意味である。昨日からお時間をとってしまい、まことに申し訳ありません。こんなことは誰だってご存じですよね。 |
[COVID-19 Before & After] 2021/02/13 Sat 7565 6日の続き
はじめてリモートによる打合せをした組織とは、その後も3回ほどやり取りをした。これで、少なくとも情報交換はリモートでいけることを体感した。その間にも研修を延期した組織とは、今後のことについてやり取りすることになる。その選択肢は[再延期か中止]のいずれかである。
すでに情報交換でリモートを体験してきたわたしは、「研修もリモートでできる」と考えはじめていた。そこで、本欄ですでに触れたが、[COVID19
Before & After]のタイトルをつけた提案をした。
まずは「[Before]は[基礎/フォロー]ともに[生]の「集合型」」だったことの確認からはじめた。ここで[基礎/フォロー]とは、わたしが提案している[リーダーシップ・トレーニング(研修)]のセットのことである。[基礎]において、リーダーシップについて理解を深め、職場で実践する[行動目標]を設定する。それから3ヶ月ほど経過してから、その成果を「フォロー」で確認するという流れである。 |
分解[余人をもって替えがたい][10] 2021/02/012 Fri 7564
[余人をもって替えがたい:他の人に代わりにやらせることができない。その人にしかできない(実用日本語表現辞典)] まずは[余(字義):①あまる。あます。のこる。のこす。②あまり(新漢語林)]
また[われ、自分(=予)]の意味もある。[余人:①ほかの人。それ以外の人。とくに自分以外の人。よにん。②あまりの人。残りの人(精選版 日本国語大辞典)]
ここで余人が[②あまりの人。残りの人]でないことは明らかだ。 |
もうれつビーバー 2021/02/12 Fir 7563
英語に[work like a beaver]という言い回しがある。その意味は「猛烈に働く」である(Weblio英和対訳辞書)。これに[employee]を付けて[work-like-a-beaver employee]とすれば「猛烈社員」となる。また、[beaver]を[bee]としても同義になるようだ。
日本語だと「コマネズミのように働く」ということになる。ネズミはチョロチョロ走り回る。それを[働く]と見るだけでなく、[落ち着きがない]と評価するときもある。わたしの干支はネズミだが、子どものころから後者の意味で[評価(?)]されてきた。英語の[beaver]や[bee]もその所作が[せわしない]ように見えるところから、栄えある[代表]の座を獲得したと推測する。
もちろん、それは人間が[主観的]かつ[恣意的]に決めつけただけのことである。それに、ひょっとしたら「自虐的]な深層心理がそうした[見方]をさせる可能性もある。彼等は与えられた環境に適応しているだけなのに…。 |
名投手と3割打者だけでは…[9] 2021/02/11 Thu 7562
田中投手が楽天に復帰した。その実力はメジャーで折り紙付きだから、ソフトバンクの柳田選手との対戦などは、いまから楽しみだ。わたしは[じっとしておれない質]で、野球中継も全試合見るなどとてもできない。それでも、[瞬間的対決]は見逃さないことにしたい。野球は9人で進行する。もちろん、DHも控えの選手もいるが、[名投手と3割打者]だけ揃えても野球は勝てないに違いない。それが組織活動のおもしろいところである。 |
[お箸物語] 2021/02/11 Thu 7561 昨日の続き
スクリーンに映し出された「顔写真」に、多くの人が「えっ、だれ」といった反応をする。そのなかで、数人は笑い顔になる。そこにあるのは、わたしが30代後半の顔なのだ。まだふくよかで、[ドックのデータ]によれば、体重は64kgほどあった。
わたしは「わかりませんかあ」などと言いながら、「これはちょっと古かったですね」と、もう一枚の写真を並べて提示する。そこには、いまや54kgにスリム化した[わたし]が映し出される。そこでやおら話を続ける。「わたしは家内から『お箸の持ち方が気になる』とずっと言われていました。それに対して、『もう30年以上もこれでやって来たのだから、今さら変えるなんて不可能だ』」などと釈明していたのです…」。
これを枕にして「お箸物語」がはじまる。もう40歳が近づいた1985年4月30日から5月7日までの9日間、わたしはある軽い手術を受けるために入院した。この期間はゴールデンウィークと重なっていた。 |
[積極的反応][8] 2021/02/10 Wed 7560 8日[6]の続き
プログラム学習では[2.積極的反応の原理]が基本になる。学習する者が[積極的]に反応する、あるいは[働きかける]ことが重要なのである。仕事においても[やらされ感]は意欲を低下させる。
しかし、世の中には[単純作業]と呼ばれるものがある。これに「積極的」な気持ちで向き合おうと言っても説得力に欠ける。ここで重要なのは、それが[なくてはならない]ものであるという意識とともに、正当に評価されることである。 |
[お箸の持ち方]は… 2021/02/10 Wed 7559 昨日の続き
こちらの誘導で、[筆記具の持ち方]から[お箸]のそれへと話題を転換する。その上で、ある人物が箸を持っている[手元を写した写真]を提示する。それは一見して[奇妙な持ち方]である。箸は中指と薬指によって支えられ、それを親指が上から押さえている。その結果、人差し指は何の役割も果たしていない。まさに[自由]に動いて、箸を持ったままで[人を指せる]状況にある。この写真を見ると会場に笑いが起きる。その中には「自分もあれに近い」といった[告白]が含まれていることもある。
ここでわたしは「この人は36歳の男性ですが、皆さん全員がご存じです」と声をかける。会場に軽いざわめきが起きるのを確かめてから、「絶対に知ってますよ」とさらに念を押す。そして「手元だけではわかりませんよね。それでは顔をお見せしましょう。みんな『ああ、知ってる』と言われるに決まってます」と笑いながら、やおら[36歳の男性]の顔写真を映し出す。 |
[自分を知っている]?[7] 2021/02/09 Tue 7558
あるとき、[対人関係トレーニング]の前後で調査を実施した。その中に「あなたは自分のことをどのくらい知っていますか」という項目を入れていた。そこで得られた結果は興味深いものだった。トレーニング前よりも後の方っで得点が低下した参加者が多かったのである。
これをわたしは[トレーニングの効果]を示しているものと考えた。トレーニングは、日常の[対人関係]の中で「自分を知る」ことを目的としていた。その体験によって、「自分のこと」を「知らなかった」ことをしっかり「知ること」ができたのである。 |
[持ち方]と言えば… 2021/02/09 Tue 7557 昨日の続き
ともあれ、[筆記具の持ち方]にからめて、「結果が良ければ、過程は軽んじていい」わけではないことを強調する。それから、「筆記具の持ち方と言えば、すぐに連想する持ち方がありますよね」と呼びかける。これには会場にいる多くの人がニッコリうなずく。それが「箸の持ち方」であることは、みんなわかっているのである。ただし声を挙げて言う人はほとんどいない。
あるとき、目の前に座っている女性に、「それって何だと思いますか」と聞かずもがなの問いかけをした。これに対する回答が「消しゴム」だったのにはさすがに戸惑った。その場に笑いが広がったから、ご本人に悪いことをしたと思った。その後も1回だけだが、「消しゴム」が登場した。
そんなことから、「その答が[箸]のことだと思われている方は…」と言いながら挙手してもらう方法に変えた。その上で、手を挙げた人に、「それって、何だと思いますか」と確かめる。いかにもわざとらしいが…。 |
まずは[スモールステップ]から[6] 2021/02/08 Mon 7556
アメリカの心理学者スキナー(Skinner, B. F. 1904-1990)が提唱した「プログラム学習」には、5つの原理が挙げられている。
[1.スモールステップ]学習は小さなステップ(段階)を踏んで進める。これだと[成功]しやすいから[満足感] があり、先に進む[意欲]が高まる。わたしは、人間行動の変容や事故防止に、「小は大を兼ねる」「大は小からはじまる」との発想が必要だと強調してきた。それはこの原理と軌を一にしている。 |
結果がよければ? 2021/02/08 Mon 7555 5日の続き
筆記具の「持ち方」を指導したい生徒が自分よりはるかに上手な字を書く。それを見れば、「そんなら仕方がないか」と振り上げた拳をやおらさげてしまう。わたしは教師までがそんな反応をするのを確かめてから、にやりと笑って話を続ける。
「そこが問題なんですよ。それって、[結果が良ければ過程はどうでもいいや]の発想です。つまりは、うまくいっていれば、[基本]や[決まり]は守らなくてもよしなんですね」。
ここで「筆記具の持ち方」を引き合いに出すと、「そんなもん強制することがナンセンス」と言われそうだ。たしかにそんな時代なのだから、強制なんぞするつもりはない。ただ、結果が良ければ、あるいは問題が起きなければ、規則やマニュアルを遵守しなくてもいいという考え方がまずいことを訴えたいのである。世の中で発生するトラブルや事故の中には、そんな発想から引き起こされたケースが少なくない。ものごとは結果だけでなく過程が大事なのである。 |
電気の契約[5] 2021/02/07 Sun 7554
世の中はドンドン変わっていく。九州電力から「お知らせ」と記されたはがきが届いた。開いてみると「ご契約更新のお知らせ」とある。いまの契約は3月末で終了し、新たに1年間更新されるとある。これに伴う手続きは不要だが、「引き続き、当社とのご契約を継続いただきますようお願い申し上げます」とある。そう言えばガス会社から電気とセットの案内などがあった。電力の自由化は知っていたが、年度毎の契約とは思っていなかった。 |
それでは心は伝わらない… 2021/02/07 Sun 7553
国会での発言でL議員が批判を浴びている。もともと攻撃的な人だが、「そんなことだから心が伝わらない」と言って首相を責め立ててようだ。この絶叫ののしりパターンが大向こう受けすると思っているのだろうか。歌舞伎なら大袈裟な所作に見開いた大目玉で「いよーっ〇〇屋」となる。しかし国会では冷静な議論をすることが期待されている。大声の絶叫や聞き苦しいヤジあるから、子どもには国会中継を見せられない。
そもそも「そんなことでは心が伝わらない」ことを理解されていない。ご本人は反省しているらしいが、その割には行動の変化は認められない。この方はあの人に、「口だけで責任があると言いながら本当の責任はとったことがない」と責め立てていたのではないか。
そう言えば、「反省するだけなら猿でもできる」というCMがあった。そんな失礼千万なセリフ聴けば、猿は怒るよりも「あきれてものが言えない」と笑うだろう。 |
[law maker or law breaker?][4] 2021/02/06 Sat 7552
[ABC News]では[law maker]という語が頻出する。いわゆる[議員]のことで、彼等の仕事は「法律をつくること]だから当然である。わたしたちも中学校で[立法/行政/司法]の[三権分立]について学習したから、[国会]が立法機関であることを知っている。だから、その構成員である議員が「Law
maker」であることもわかっているはずだ。しかし、わたしには、国会議員たちが「法をつくる人たちだ」という印象がきわめて薄い。日本では議員立法の少ないことが影響しているのかもしれない。
それはそうと、このごろは「法をを犯している」のではないにしても、自分たちが提起した行動規範を平気でないがしろにする議員が登場している。これでは、[law
maker]ではなく[law breaker]と呼んだ方がいい。 |
[リモート]初仕事 2021/02/06 Sat 7551 1月30日の続き
わたしが[Zoom]と初めて出会ったのが4月で、「こんなものがあるんだ」と思う程度のお試しをした。翌5月には息子の家族と[Skype」を立ち上げ、孫たちとやりとりをはじめた。その月には、かねてからの知り合いと[Zoom]でお話しをした。そのことは前回の本コラムで取り上げた。
そして6月5日には、はじめて仕事で使うときがやってきた。それは[対面研修]の打合せが目的で、アプリは[Google meet]だった。とにかく[仕事での初利用]ということで、お互いに立ち上げや音声調整などで少し時間を要した。それでも情報交換はスムーズに進み、「これは使える」と実感した。
とにかく移動時間がないから、すこぶる効率的である。これまでは、講演の打合せでも遠方から熊本まで、担当者が複数で来られることも少なくなかった。そうした場合、情報交換は長くても2時間ほどで終わっていた。それに要する移動時間はもちろん、交通費までがいらなくなったのである。 |
「親指小僧」 2021/02/05 Fri 7550 昨日の続き
わたしは、筆記具の持ち方の話をした上で、仮定の質問をする。
皆さんが教師だとしましょう。授業中に「親指姫あるいは小僧」がいることに気づきました。そこで、あなたは「〇〇さん、鉛筆の持ち方が教科書とはちがうよね」と語りかけ、「正統派(?)」として指導しようと試みます。これに対して「〇〇さん」は、ニッコリ笑って答えました。「先生、わたしはこの持ち方を10年以上続けてきました。だから、[今さら]変えるのはできないんです」。
そして、「先生見てください」と言って、サラサラと10字ほどの文字を書いたのです。それを見たあなたは驚愕します。その文字の見事さは、自分が逆立ちしても到達できないレベルなのです。さあ、この現実を目の当たりにした教師であるあなたは、生徒の〇〇さんに対してどんな対応をとりますか。
この問いかけけに、現職教師を含めて、全員から「そこまですごいのなら何も言えない」という趣旨の答が返ってくる。 |
[凝縮 vs.拡散] [3] 2021/02/04 Thu 7549
ソニーは[ウォークマン]を[発明]した。その成功の勢いで、さらに[小型/軽量化]を追求し続けた。箱の中に可能な限りの情報を[凝縮」するのも、その一貫だった。わたしはこれを[内向き思考]と呼ぶ。
そのうち、スティーブ・ジョブズが iPod を[発明]した。こちらは情報のダウンロードに方向を変えた。「外向き思考」による[箱]への転換である。そして、いまやクラウドが常識となった。あのとき、日本製品の優位性が失われた。 |
[親指姫]と「親指小僧」 2021/02/04 Thu 7548 昨日の続き
まずは、「チャレンジの大切さ」については、最終的に[Never Ending Challenge]をキャッチフレーズとしてまとめる。そこに至るまでのストーリーは「親指姫物語」からはじまる。
わたしは鉛筆やボールペンなどの筆記具を使うときの「持ち方」が気になる。この世の中には、親指が前に突き出た「書き方」をする人がとにかく多い。小学校や中学校の教科書で「持ち方」のモデルが示されている。わたしは、その「正統派」だが、教員時代は学生の半分以上、いやそれ以上が「親指突出型」に見えていた。
そこで、これを話題にして女子学生たちには、「親指姫が多いね」と呼びかけた。一方の男子学生は「親指王子」となるが、こちらは「親指小僧にしよう」と提案した。わたしとしては教員を目指す学生たちへの「啓発活動」のつもりだった。ただし、教師たちにも「親指組」が少なくない現実がある。そんなわけで、わたしの「活動」の効果はかなりあやしかった。 |
サプライズ[感謝状]2021/02/03 Wed 7547
わたしは2013年度で熊本大学を退職した。その後、シニア教授として再雇用されたが、それも18年度で終わった。それまで続けていた「公開講座」や「社会教育主事講習」も区切りがついた。その最後の「社会教育主事講習」では、思いがけず「感謝状」をいただいた。それは受講生からの「サプライズ
プレゼント」だった。
吉田道雄殿 あなたは長きにわたり、社会教育主事講習の講師としてご活躍され、私たちにチャレンジの大切さを伝えてくださったり、箸の話から「今さら」は禁句で、「今こそ」であるということ、また、いじめや差別をヘルペスに例えた興味深いお話や、ウイスキーに例えたお話、失敗を自慢話にすることなど、ご自分の経験をもとにユーモアを交え、おもしろおかしく、でも、とても興味深く、深い話をたくさんしてくださいました。
冒頭から192文字で、わたしがその日に伝えたことを一気にまとめられている。これを理解するには若干の解説がいる。 |
[今月の写真][2] 2021/02/02 Tue 7546
わたしは雲を見るのが好きだ。地上からはもちろん、飛行機から眼下に見る雲はすばらしい。ときには暗雲となっておどろおどろしい姿を見せることもある。また、雲は季節によって表情を変える。
今月の写真は2月に撮った。まるで浜辺に打ち寄せる波のようだ。あるいは砂丘にできる風紋を思い起こさせる。わたしは前期高齢者後期になっても、飛行機の席は必ず窓側を選ぶ。ただ、「コロナ禍」で飛行機に乗る機会が激減したけれど…。 |
自分のことのような… 2021/02/02 Tue 7545
「私自身、口から先に生まれてきたような人間である。勝手に喋らせておけばとどまるところがない。ホラ吹き男爵と紙一重といったところである。しかし、その語り口は感情的で論理性がない。自分でもそのことはよくわかっているのだ。身振り、手振り、表情までも総動員して相手に実感を伝えようとする。したがって対談を活字化した場合、自分の思いの半分も表現できていないように感じることが多い」。
これは、わたしのことでは「もちろん」ない。文筆家五木寛之氏の連載「新・地図のない旅」(熊本日日新聞1月30日夕刊)から抜粋した。彼の大物と自分をくらべる勇気は毛頭ないが、なにかしら自分のことを言われているようで、笑ってしまった。
「いやあ[論理性がない]なんて、五木さんも謙遜して書いているんだよ。自分だって、[論理的思考]はしてるよな」。この[自分]とはわたしのことである。このごろは、「リモート」で喋りまくっているような気がする。 |
[今月の写真][1] 2021/02/01 Mon 7544
NHKのBSで「誰でも自由に弾けるピアノ」を放送している。タイトルは「駅ピアノ」「空港ピアノ」「街角ピアノ」などいくつかある。わたしは楽器と言えば小学生のころハーモニカがすこし吹けたくらいのものだ。ピアノは「楽器の王様」らしいが、放送では世界中の誰もが楽しそうに弾いている。
今月の写真は新幹線浜松駅のコンコースで撮った。河合楽器の旗艦モデル「シゲルカワイ」という名の風格あふれるグランドピアノである。 |
[事実誤認」への対応 2021/02/01 Mon 7543
日本政府がまとめた「グリーン成長戦力」の記述に在日英国大使館から「事実誤認があるのではないか」との指摘があった(1月20日 熊本日日新聞)。これは「脱炭素社会実現」に向けたものだが、「英国が2050年に発電量の約65%を再生可能エネルギーで購う目標を設けているかのような記述」があった。大使館によれば、そうした設定はしていないという。
これを受けて、大使館は「誤解を招く内容がある」として、経済産業省に連絡しただけでなく、研究機関や NPO 法人にも「こうした目標を掲げておらず国の政策ではない」とのメールを送った。
経産省は「成長戦略を議論する会議では出典が19年の報告であることを示して紹介した」「議論を進めていくための参考値」と釈明する。こうした場合は、何としても弁解しなければならない動機づけが働くようだ。「言っていないことを言っている」と「言った」のだから、「間違ってました」と「言えば」いいのに…。 |
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