味な話の素  No.212 2020年12月号 (7455-7512 ) Since 2003/04/29

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 今年もご愛読いただきまして、ありがとうございました。新しい年が[明るい出口]に向かうことを期待するばかりです。
「終末期」の国難 2020/12/31 Thu 7512
 今年も無事に命を繋ぐことができましたことに感謝しています。わたしは戦後生まれの[団塊の世代]の真っ只中の人間です。敗戦から間もない厳しい時代の空気は吸っていたはずですが、本当の厳しさは知りません。担任の先生から「日本は一等国からドン等国になった」と聴きました。そのとき日本は病弊した貧しい国だったのだと思います。わたしたちにはそんな比較ができませんから、毎日の状況が当たり前だと思っていました。そして、その環境は少しずつながらいい方に向かっていると体感できていました。
 小学生になってから、特攻機がアメリカの軍艦から猛烈な砲弾を止めどなく浴びせられ、火を吹きながら海面に激突している映像を映画館で観ました。そのときは恐怖を感じるとともに、子ども心に「いま生まれてよかった」との思ったものです。その後も戦争を体験することもなく高齢期を迎えました。かくして「わたしたちは日本の歴史上、もっとも幸運かつ幸福な世代」だと確信していたことは本コラムにも記した記憶があります。
 ところが、その終末期に[コロナ禍]という「国難」が襲来したのでした。それはわたしたちが[人類の歴史に残るパンデミックの体験者]になったことでもあります。
早朝夕刊(27):[YouTube]の裏話 2020/12/30 Wed(6:35am) 7511 早朝夕刊(25)[昨日]の続き
 わたしの[YouTube 動画]は、グリーンバックの前で話をしながらパワーポイントを操作した。スライドの画面は収録後に合成された。そのため、わたしの手がときおりスライドの裏側に消える。ただし、プロジェクトを請け負ったプロもこれはカッコ悪いと思ったのか、2回目の動画ではスライドと手が重なっても[前]に映るように[進化]した。
 ともあれ、講義はパワーポイントで進めていくため、わたしは手元にかなりデカ目のコントローラーをもっていた。これは緑色のレーザーポインターと合体した優れものである。
  
早朝夕刊(26):実り多き[忘年会]? 2020/12/30 Wed(5:51am) 7510 早朝夕刊(23)[28日]の続き
 橋下氏の言うように、忘年会が「[悪口]と[うわさ話]と[自慢話]だけ」だとすれば、[コロナ禍]でなくともやらない方がいいに決まっている。もっとも、[虐げられたサラリーマン]たちには、そんな[ストレス解消]の機会が必要なのかもしれない。ただし、そんな[方法]では根本的な問題解決にはつながらない。それで[親分子分の身内意識]とそれに伴う[連帯感]を確かめるなんてのはいかがなものか。
 ところで、昔はクリスマスになると、[赤鼻ならぬ、赤ら顔になった酔っ払い]たちが夜の街をにぎやかにしていた。そんな[文化]も過去のものになったのではないか。わたしも10年以上[夜の街]を歩いたことがない。
 
「陰陽」あれこれ 2020/12/30 Wed 7509 早朝夕刊[10月8日]の続き
 [透明人間には影がない]が、[世の中に透明人間は実在しないから、あらゆるものには光と影がある]と書いた。それが物質の最小単位の[素粒子]にまで適用できるのかどうかはしらない。
 ともあれ、光があるから影ができる。光が当たる方は[陽]で、影の面を[陰]と呼ぶ。中国地方の[山陽]と[山陰]はその具体的な表現である。一般的に[陽面]は温かく[陰面]は寒い。それは太陽の温度が関係しているからである。その結果として、[陰面]は暗くなる。さらに太陽が目に入るほど距離を置いて眺めると、その暗さは際立つことになる。
 わたしは長野の善光寺で[漆黒の回廊]を歩いたことがある。そのときは、「[漆黒]とはこのことか」と感動した。そこには光がないから[影]もない。
 その点で、[影]は相対的なものである。太陽の高度が低い朝夕は[長い影]ができる。太陽が[真上]に来れば、[影]はほとんんど消えてしまう。そもそも[光源]を移動させれば、「陽]が[陰]になり、[陰]が[陽]に替わる。心の[光源]も、それをどこに置くか、それを柔軟に[移動]させることができるかが人生にとって重要なのだ。
 
早朝夕刊(25):あんたも[カンペ型]かい? 2020/12/29 Tue(6:56am) 7508 早朝夕刊(24)[昨日]の続き
 昨日は、放送大学の講師を[カンペ型][手元チラチラ型]にわけた。そう言うわたし自身が熊本大学教職大学院と熊本市教育センターがジョイントした[YouTube]では目線が[あらぬ方向]に注がれている。このビデオは2回に亘って収録したため、[スーツ]で区別できる。このうち、[リーダーシップ発揮のポイント]を含む3本は1回目に当たるが、こちらは[カメラ目線]の頻度が少ない。
 ビデオではわたしが[パワーポイント]画面を横に置いて、つまりは黒板のように使用している構図である。しかし、[じっとしていない]わたしの右手あたりがときおり[パワーポイント]の[裏側]に消える。
聴衆20万人の吸引力 2020/12/29 Tue 7507
 いまから12年前の2008年7月、わたしは学会でベルリンに行った。そのときに書いた日記を読んだ。

 日曜日(7月20日)に空港に着いてからホテルまでタクシーで行った。その車中で、なにかしら警官が多いのが気になった。

 わたしの主観だが、海外では警察官が目立つ。それも重装備で、これにくらべれば日本の警察官は丸腰に近い。とくに空港では自動小銃を手にした姿が日常的である。それはひょっとしたら軍隊かもしれないが、わたしにはそんな区別もつかない。
 あとで知ったのだが、同じ週の24日に当時のアメリカ大統領候補バラク・オバマ氏がベルリンにやって来ることになっていた。市内の戦勝記念塔で、20万人の聴衆を前に演説をしたのである。この日、わたしは学会出席と重なっていたが、ホテルに帰るために乗った電車から大群衆が見えた。こうした人物が来訪するとなれば、わが国でも大規模な警備体制が敷かれるから、街中に警察官が目立ったのだろう。それにしても、外国の大統領候補の演説に20万人が集まるのだから、その吸引力は強烈である。
 
早朝夕刊(24):情報提供とリモート 2020/12/28 Mon(6:12am) 7506 早朝夕刊(22)[昨日]の続き
 講義あるいは情報提供であれば、リモートでも内容を伝えることはできる。放送大学は言うまでもなく、今日ではさまざまな学習機会がネット上で提供されている。
 わたしはときおり放送大学を観る。そのカバーする領域の広さと内容の充実ぶりにいつも感動する。担当の教師は淡々と講義を進める。それも手元の原稿にしっかり目をやったり、カンペを読んでいることがミエミエであったりする。いずれも映像映えすることが仕事ではないのだからそれで問題はない。ただし、わたしとしては、[カンペ朗読型]よりは[手元チラチラ型]の方が好みである。とにもかくにも[自然体]こそが大事だと思っている。
 
早朝夕刊(23):[巧みな(?)]答え方 2020/12/28 Mon(5:55am) 7505
  「政治家の忘年会は[悪口]と[うわさ話]と[自慢話]だけ」。テレビで橋下徹氏が言うのを聴いて笑ってしまった。大阪府知事と市長経験者で、中央政界とも関わりがあった人の言うことだから、そんな程度のものなんだろう。
 仕事を一休みと思ってテレビを点けたら重鎮の[N」氏の顔が映し出された。例の会食の件が話題になっていたようで、女性キャスターが「みんなが控えているのに」と突っ込んでいた。これに「会食と言ってもなかなか会えない人たちと大事な話をしただけ」と同じことを2回ほど繰り返すのを観てスイッチを切り仕事に戻った。政治家たちの[答えにならない答え方をする]巧みさに感動する。
自分たちの番 2020/12/28 Mon 7504 昨日の続き
 昨年2月3日に映画「ぼけますから、よろしくお願いします」を観た。ドキュメンタリー番組を製作してきた信友直子監督の作品である。広島県に住む自分の両親の日常を追いかけたものだ。テレビで観た記憶があったが、熊本市内の老舗[電氣館]に出かけた。母親が認知症で父親が世話をする状況が映し出される。いわゆる「老老介護」である。父親は介護サービスを頑なに拒んだという。
 わが夫婦では、私の母は医療事故で47歳で逝った。父は75歳で亡くなるまで一人で生活していたが、体調を崩して3ヶ月入院して亡くなった。家内の父親は92歳まで元気だったが、やはり入院して3ヶ月ほどで天命を全うした。母親も一人で生活を続けたが、体調不良になり、入院3ヶ月で逝った。われわれは親の介護を体験しなかったのである。
 そして、いまやそれが自分たちの番になった。映画を観てロビーに出るとテレビ局からインタビューされた。いつものおしゃべり癖は消えて、「人ごとではないと思いました。親子で観るといいでしょう」で終わった。この程度の反応なのにニュースで流れたらしい。知人が夕食の準備中に「どこかで聞いたことのある声だな」と思ってテレビを観ると私が映っていたという。そんなことなら、もう少し気の利いたことを言っておけばよかったかもしれない。
 
早朝夕刊(22):コロナの襲来 2020/12/27 Sun(6:35am) 7503 早朝夕刊(21)[昨日]の続き
 わたしがはじめて[Zoom]に出会ったのは4月のことである。そのときは「なかなか面白いものだ」と思ったくらいだった。しかし、[コロナ禍]で予定の[中止]や「延期]が重なるうちに、[リモート]について考える気になった。これを研修の手段にするためにどうしたらいいか。情報を提供するパートは問題なくクリアできる。そもそも講義等は一方的な要素が多いからだ。
 ただし、対面であれば受講者の反応がストレートに返ってくる。こちらからも質問することもできる。こうした双方向のコミュニケーションは、個々人の会話だけでなく、講義も含めたあらゆる[人対人」の場面で欠くことのできないものである。
 
[目は口以上に心を伝える] 2020/12/27 Sun 7502 昨日の続き
 いつだったか、NHKのニュースで[家庭でのコロナ対策]について米原解説委員と渡辺アナウンサーがニュース担当のアナウンサーを間に挟んでレポートしていた。
 このとき解説委員は手に持った原稿あるいはメモを見まくっていた。その雰囲気がいかにも自然体でホッとした。解説委員はコロナの専門家ではないから、ニュースで伝える内容をすべて記憶しておくことが期待されているわけではない。しっかり正しい情報を伝えることこそが仕事なのである。そこでは視聴者代表と言うべき担当アナウンサーと語り合っているのだ。その際は、互いの目と目が合ってこそ、信頼感あふれるコミュニケーションが成立する。一方の渡辺アナウンサーもセットのドアを開ける[演技]をしながら、チラチラと台本(?)に目をやっていた。わたしは、これもまたほほえましく、いい感じだと思って嬉しくなった。
 ともあれ、[そらんじていない]のに[そらんじている風]を装うのは不自然だ。それでは訴求力が低減する。わたしは、[目は口以上に心を伝える]と確信している。大人は子どもたちに、[人は見栄えよりも内容が大事だ]と教えているではないか。
 
早朝夕刊(21):コロナの襲来 2020/12/26 Sat(6:52am) 7501 早朝夕刊(20)[昨日]の続き
 わたしに関しては、2月ころから「コロナ」の影響が出はじめた。世の中ではマスクの入手がむずかしくなりそうな空気が生まれていた。そうした状況ではあったが、2月27日は名古屋で研修ができた。その翌日は熊本で1時間半の講演をした。
 そして、これを最後に、3月以降の予定は[中止]あるいは[延期]のオンパレードとなった。この月だけで手帳に10件[中止]の文字が加えられている。その中で予定通りに実施されたのは熊本県教育委員会と熊本市の[いじめ防止等対策委員会]のみだった。翌4月は年度初めでもともと予定は少なかったが、教育委員会への出席を除いて、[巣ごもり体制]に入った。
[自然体]でいきましょうよ 2020/12/26 Sat 7500 昨日の続き
 ニュースのレポーターの使命は[事実]を伝えることである。それも正確を期さなければならないから、[メモ]を確認するのは当然かつ自然である。つまりは無理して[丸暗記]する必要などないのだ。それを[あたかも頭に入っている]かのように振る舞うから、目線だけでなく表情までが不自然さ、ぎこちなさを生み出してしまう。
 トランプさんのおかげで[Fake News]が「流行語(?)]になった。この[fake]には[1. 捏造する、でっち上げる]だけでなく[2. 見てくれをよくする 3. 振りをする、装う、見せかかる]といった意味もある(ランダムハウス英和辞典)。われわれが接するニュースが[1.]でないのは当然だが、[2. 3.]まで含めれば、[Fake]と言われても反論しにくいだろう。とにかく[自然体]であってほしい。
 そんなわたしだから、ときおりスタンドに置いたメモに目をやりながらレポートしている状況に出くわすとしっかり嬉しくなる。その頻度はきわめて低いが、[そうそう、そうでなくっちゃあ」と応援している自分がいる。一方、土曜日お昼の「生活小百科」でもカンペがミエミエなのに苦笑いする。話のプロぐらいはセリフを憶えておいてほしい。
 
早朝夕刊(20):そろそろ[リモート]話に… 2020/12/25 Fri(6:52am) 7499 早朝夕刊(19)[23日]の続き
 トレーニングにおける適正[グループ構成員数][グループ数]について、[経験的結論]まで述べた。このシリーズの[最終目標]は[リモート]による研修の展開を紹介することである。そもそもは10月25日の「[リモート無縁]の生活」がら書き始めたから、すでに2ヶ月が経過した。それでも、[リモート]の臭いすらしない。それがソロソロはじまることになる。そんなことで、本連載が「終わる目処」は立っていない。われながら、[粘着質]の面目躍如と言うべきだろう。ともあれ、ここで想定外の[コロナ禍]が襲来したのである。
 
レポーターの目線 2020/12/25 Fri 7498
 アメリカの ABC ニュースを見ているとレポーターの報告が素晴らしい。プロンプターを使ってるのかどうか知らないが、ほぼ完璧に目線がカメラを向いている。ほんの一瞬だけメモらしきものに目を向けたケースはあったがから、プロンプターを使っていない可能性もあると思った。
 一方、わが国の場合はどうか。たとえば朝のNHK のニュースでは、レポーターは二人のアナウンサーと対面しているように見せているが、その目はほかに向いている。その上、目の動きもほとんどないから、カンペを読んでいることがミエミエである。まさに[目は口ほどにものを言い]で、表情全体が不自然になる。
 こうした状況を観るたびに、どうして原稿を読まないのだろうかと思う。プロのアナウンサーならメッセージを頭に入れて視聴者に語りかけることも期待される。もっとも、そのアナウンサーもプロンプターを使っていることはミエミエだが、目線がカメラに向いているからそれほど違和感はない。これが舞台の役者となれば、セリフを憶えて演じるのは当然である。一方、ニュースのレポーターはセリフを覚えるプロではないから、メモを見ても不自然ではない。
 
本日終了! 2020/12/24 Thu 7497 12月13日の続き
 想定外の[コロナ禍]で教育実習に行けなかった学生に、先週と今週の4日間に亘って集中講義をしている。教員免許の取得に[教育実習]は必修である。しかし、この状況ではその原則を緩和せざるを得ない。そこで文部科学省が実践的な授業科目の受講を[教育実習]に代替できる特別な対応を取った。そんなことから、わたしにもお声がかかったのである。そもそも熊本大学は非常勤職員も70歳までだったと記憶している。わたしは、[前期高齢者後期]だから、こちらも原則をはずした特例になったのだと思う。もちろん、[Yes-man]のわたしだから、ご依頼に即答したことは言うまでもない。
 とまあ、こんなことを10日から13日にかけて本欄に書いた。それが本日で終了する。大学の授業時間に合わせて、4日とも1限目の8時40分から授業をスタートする。この時期は寒くなってくることもあって、現役時代には遅刻する学生がいたことを記憶している。この点は「どうかな」と思っていたが、そんな心配はご無用だった。蓋を開けてみると受講生たちががばっちし[出席」してくれた。
早朝夕刊(19):適正[グループ数] 2020/12/23 Wed(6:02am) 7496 昨日の早朝夕刊(18)の続き
 グループワークでは[騒音効果]が重要な役割を果たす。したがって、少なくとも[3グループ]はほしくなる。各グループが[5人]だと全体で15人だから、これが望ましい最低人数ということになる。
 ここで「騒音効果」のみに注目すれば、受講者が多ければ多いほどよさそうに思える。しかし、あらゆるものには[限度]がある。そもそも[騒音]あるいは[雑音]はマイナスの要素をもっている。これが効くのは[適正レベル]であることは言うまでもない。ここでもわたしが得意とする[経験主義]が幅を利かせる。それによれば、[4~5グループ]がお勧めとなる。これは[騒音]だけでなく、講師が全体の動きを見渡せる数なのだ。
 
「あってはならぬが、なくては困る」 2020/12/23 Wed 7495
 「あってはならぬが、なくては困る」。これは熊本の葬儀社のキャッチコピーである。いまから41年前のこと、熊本に来たときこのテレビCMを観て家内と笑った。その言いたいことがあまりにもよくわかったからである。たしかに「あってほしい」ことではないが、「なくては困る」のが葬儀社である。このコピーで検索すると、いまでもこれが受け継がれていた。ただし、最近は「家族葬」なるもののウエイトが増してきたことが窺われた。想定外の「コロナ禍」のもと、こうしたこぢんまりした内々の形がこれまで以上に増えてくることだろう。
 ところで、このコピーを聴いたとき、[hygene morale]を思い出した。心理学者のハーツバーグが提唱した「動機づけに関する2要因」である。一つは[motivator morale] で、それが満足されれば意欲が高まる。これに対して[hygene morale]は「衛生要因」と呼ばれ、それが十分でないと不満を感じるが、充足されたからといって意欲につながるわけでもないものである。つまりは働く人々に「なくては困る」が「あってもやる気が高まるわけでもない」というわけだ。
早朝夕刊(18):[グループ数]と[騒音効果] 2020/12/22 Tue(5:53am) 7494 昨日の早朝夕刊(17)の続き
 [グループワーク]のグループ数が[3]になると様相が異なってくる。ほかの[2グループ]が発する[笑いを含む声]の内容が聴き取りにくくなるのである。わたしはこれを[騒音効果]あるいは「雑音効果」と呼んでいる。いずれも響きのいい表現ではないが、まあ、[雑音]よりは[騒音]の方が少しは[まし」だろうか。
 何と言っても[騒音]だから、それぞれのグループはこれを打ち消すように[ボリューム]を上げる。そのことが、さらに全体の「活動量]を増大させる。つまりは、「その場がにぎやかになる」のである。これまた[経験的]なものだが、こうした[空気]が[グループワーク]を活性化させる。
 
[前期高齢者後期]の手帳選び 2020/12/22 Tue 7493 昨日の続き
 わたしは手帳の選択で揺れに揺れていたが、2017年には[高橋書店]の[No.104]に戻り、そのまま今日に至っている。その決定要因は[翌年3月]までの[メモ欄]の有無だった。
 ところで、購入期日を記しはじめた11年から5年間は[出張先]で買っていた。それが、地元の熊本で手に入れるようになり、そのまま続いている。また、購入日は[2017年]だけは11月である。その年も10月は県外に出かけているから、[出張先で購入]の習慣を替えなければならない状況ではなかった。わたしとしては、「そろそろ地元で買うか」という程度の気分だった。それも3年間は車で出かけて駐車場のある[書店]で買った。その購入先もいま使っている20年版は熊本の中心街にある[文房具店]に替えた。そこまでは歩いて気軽にいけるので、ちょっと運動をするつもりになった。今年も10月に同じお店で2021年版を購入した。もちろん[高橋書店]の[No.104]である。
 この4日間、[手帳]を題材にして私的な物語を続けてきた。それは、すでに[前期高齢者後期]に突入済みの自分が、「まだ翌年3月までのメモ欄が付いた手帳を買っている」ことに苦笑いしたからである。
 
早朝夕刊(17):[グループ数]と[コスパ](3) 2020/12/21 Mon(5:54am) 7492 昨日の早朝夕刊(16)の続き
 トレーニングのグループワークで[2グループ]の場合、声を含めた[活動量]に差が生まれる。その結果、[活動量]の多い方がその場を支配する可能性が出てくる。それも、「あっちの方が元気がいいなあ」程度であれば大した影響はない。しかし、「あっちの方がいい意見が出ているなあ」となれば放っておくわけにはいかなくなる。
 それが刺激になって押され気味のグループが奮起すれば、[聞こえること]がプラスに働くのだが、現実は理想どおりにはいかない。こうしたことから、「できることなら[2グループ]でない方がいい」との[経験的法則(?)]が成立する。つまりは、[3グループ]はほしくなるのである。
 
不可解な選択 2020/12/21 Mon 7491 昨日の続き
 つぎの1年分の[メモ欄]がある[高橋書店]の手帳[No.104]は2013年から定番になるかと思いきや、3年目の2015年は[日本能率協会]の[NOLTY]に舞い戻っている。その[メモ欄]は[翌年3月]までしかないから、[高橋書店]のメリットは帳消しなのである。
 それにもかかわらず[舞い戻った]のは、単なる[気分]だったに違いない。わたしは子どものころから[落ち着かない][じっとしておれない]ところがあった。その行動パターンは未だに続いているが、それが[手帳選び]にも影響していたのだろう。その証拠に、翌16年にはあっという間に[高橋書店]に復帰する。ただし、それは[No.50]で、[メモ欄]を開いてみると[翌年3月]までしかない。
 この選択は、われながら[不可解]としか言いようがない。そもそも[手帳]を購入するときは陳列棚に並んでいるものを[あれやこれや]吟味する。これは書店で本を眺めて楽しんでいる状況に似ている。手帳の場合は、「うーん、どちらにしようか」と思案しつつも、気分的にはけっこう嬉しがっている自分がいる。そうした空気が、[1年分」の「メモ欄」のない[No.50]の方を手に取らせてしまったのだろうか。
 
早朝夕刊(16):[グループ数]と[コスパ](2) 2020/12/20 Sun(6:45am) 7490 昨日の早出し夕刊(15)の続き
 [トレーニング]では[グループのメンバー数]だけでなく、[グループの数]も考慮したい点がある。たとえば[2グループ]ではどんなことが起きるか。その昔は[グループ]ごとに個別の部屋に移動して[ワーク]に取り組んだ。それが時代環境の変化にともなって、[全体会場]で「グループワーク]を実施する方式に移行した。
 この状況下で[2グループ]が[ワーク]をすれば、お互いの声が聞こえてくる。そこで、人によって声の大きさが違うように、[グループ]から発せられる[音]も異なってくる。それには声だけでなく笑いなどが含まれる。また、それらが相互に作用してグループ固有の雰囲気が生まれる。
 
翌年の[メモ欄] 2020/12/20 Sun 7489 昨日の続き
 わたしの手帳は、2010年から[能率協会]版となり、11年は[能率手帳ポケットカジュアル]、12年は[能率手帳ワイド]と続いていく。このとき[2011年10月18日購入]と記している。これが購入日を特定できる初めての記録である。
 そのつぎの2013年に[高橋書店]版の[No.104]が登場する。ここで[高橋書店]版に戻った理由は明確である。ほとんどの手帳のはじめは[月単位のメモ欄]が付いている。わたしは[その年]のメモをこの欄に記すことはなく、すべて[手帳本欄]を使う。だから、この部分は不要だが、[翌年]の部分が役立つのである。たとえば、学会などの年中行事は翌年の開催日が1年前には決まるし、[翌年の仕事]を受けることもある。
 したがって、[翌年メモ]は大事なのだが、ちょっとした問題が発生する。わたしが知る限り、ほとんどの手帳が[翌年3月」までしか付いていないのである。その中で[唯一(?)][高橋書店]の[No.104]の[メモ欄]は[翌年の12月]まで含まれているから、[来年中の仕事]はすべてカバーできるのだ。こうして、翌年2014年も[No.104]を10月に購入している。
早出し夕刊(15):[グループ数]と[コスパ] 2020/12/19 Sat(10:35am) 7488 昨日の早朝夕刊(14)の続き
 
[トレーニング]が[5人あるいは6人]の1グループに[メリット]はある。しかし、これを依頼する側にとっては[コスト・パフォーマンス]の側面から[デメリット]が生じる。組織内の教育であれば、その目的等でこうした状況もあり得るだろう。しかし、外部から講師を呼んで実施する研修となれば、コストに対応したパフォーマンスをゲットしなければならない。
 そんなことから、特別の事情を除いて、わたしも[5人あるいは6人]の1グループといったケースで仕事をすることはほとんどない。さらに、[トレーニング]の設計に当たって、ある程度の[グループ数]が期待される[経験的基準]がある。
 
[手帳]遍歴 2020/12/19 Sat 7487
 わたしは翌年の手帳を10月に購入する。それも[高橋書店]の[No.104]と決まっている。この習慣がいつからはじまったのか知りたくなった。
 そもそも熊本大学に赴任した1979年の翌年から文部省(当時)共済組合から給付される手帳を使い続けていた。それが2007年より[有償]とされた。これを機に「それなら市販に切り替えよう」と考えた。そこで購入したのは[日本能率協会]の[エクセルカジュアル]だった。翌年は[ポケットカジュアル]に替えたが、見た目はほとんど変わらない。
 かくして[能率手帳]が2年続いたが、2009年は[高橋書店]の[ティズビュー]に替えた。とくに[日本能率協会]版に不満があったわけではない。それは、2011年に復活していることからわかる。ただの[気分転換]だったのではないか。やや幅広の[ティズビュー]はその年で終わっているから、お気に召さなかったようだ。
 そのためか、翌2010年は[能率手帳 小型版]に戻っている。ただし、その表紙裏に[北大路書房]のロゴマークが印字されている。これは心理学関連の書籍が多い京都の出版社からもらったものである。
 
早朝夕刊(14):[グループ」数 2020/12/18 Fri(6:58am) 7486 12月15日早朝夕刊(13)の続き
 
[グループワーク]のメンバー数を[6人、あるいは5人]を基本とした経緯はおわかりいただいたと思う。それでは、[グループ数]はどうだろう。
 たとえば、[6人グループ]が一つのケースはきわめて少ないが、体験したことはある。このときは、わたしも[メンバー]のように[参加]した。もちろん、[正式メンバー]が主役だから余計な口出しを控えたこと言うまでもない。また、ほかにグループがないので基本的に複数のグループ間に生じる時間のズレはない。こうしたこともあって、スケジュール全体の時間に余裕が出てくる。その結果、当初は提供する予定のなかった情報を加えることができる[メリット]も生まれる。
[教育実習生」と[漢字ミス] 2020/12/18 Fri 7485
 
わたしの手元に中学生が[教育実習生]を評価したデータがある。これらを本コラムで連載的に取り上げていたことがある。それは10年ほど前の[昔」になった。それでもまだけっこう面白いものが残っている。
 [漢字のミスが多かった]
 これは教師としてはまずい。すべての漢字をマスターすることはできないとして、授業で使う漢字ではミスがないように努めなければならない。まさに[当然]のことだからとくにコメントすることもない。ただ、いまやコンピュータが必須の生活道具である。その[おかげ]で漢字を手書きする機会は圧倒的に減った。わたしなんぞも昔は書けた漢字が怪しくなってきた。そのかわり(?)に、やたらと画数の多い漢字も、その[ことば=読み]を知っていれば自由自在に使える。
 わたしの叔父はだれもが認める[達筆]だった。その叔父から「ワープロのメリットは何なの」と聴かれたことがあった。わたしは「たとえば手紙を書くとき、ワープロで下書きをつくり、それをしっかり推敲することができます。その上で、完成した文章を[手書き]すれば、すばらしいものに仕上がるでしょう」と答えた。これに対して叔父は「なあるほど」と言ってくれた。
 
[削減=get]を! 2020/12/17 Thu 7484 昨日の続き
 そもそも[自分たちの意見やアイディア]が組織から受け入れられることは単純に嬉しい。自分たちの[存在]が認められるのである。それで成果が上がれば[評価]がついてくる。これが[仕事に対する意欲]を高めるのは当然である。かくして、仕事仲間たちの間に[コスト削減の喜び]とでも云うべき心理的な効果が生まれたのである。これこそは[好循環のスパイラル]と呼ぶべきものである。
 世の中では、「コスト削減」の大号令が働く人々を心身共に疲弊させている。その結果が事故や不祥事などにつながるケースは枚挙にいとまがない。そもそも[小集団活動]は[全員参画]と併せて使われることが多い。その[核]は「トップダウン」ではなく、「グラウンドアップ」を大事にする点にある。後者は「ボトムアップ」と言われるが、わたしはこれほど働く者に対する侮辱的表現はないと考えている。ともあれ、自分たちの意見が尊重され、それが仕事の意欲向上や自らの安全にもつながる。どんな仕事にも改善する余地はある。それに気づくのは仕事をしている者である。「削減=gain」でいこう!
[二律背反]の両立 2020/12/16 Wed 7483
 【二律背反:哲学で、相互に矛盾する二つの命題が同等の妥当性を持って主張されること。[精選版 日本国語大辞典]】
 「あらゆる活動でコストを削減することは必須である」「あらゆる活動で安全は欠かせない」。ここで[コスト削減]と言われると[金儲け優先]のイメージが漂うが、ここでは「コスト・パフォーマンス]の観点から考えている。ともあれ、これは「コストと安全」の問題である。この両者は瞬間的には「対立」するように見える。
 わたしが「グループ・ダイナミックス」のドアをノックしたころ、組織における小集団活動が盛り上がりはじめていた。その中で「安全な職場づくり」を目指したさまざまなアイディアが出されはじめた。それを職場ぐるみで採用することで現実の事故が減少したのである。こうした[成功体験]は[事故防止]だけでなく、[コスト削減]活動にも波及していった。組織としては[事故防止]を目的にしていたものが、[コスト削減」にまでつながったのである。これこそ、[二律背反]の[両立」が実現した見事なケースではないか。
 
早朝夕刊(13):[経験知」と[理論知] 2020/12/15 Tue(6:57am) 7482 日の早朝夕刊(12)の続き
 
わたしとしては、[グループ]あたりのメンバー数を[6人を基本とし、5人も可とする」原則を維持してきた。それは[理論的]な結論ではなく、[経験的]に得られたものである。
 人と人が関わる状況で、「経験知」を圧倒し、沈黙してしまうような「理論知」を見つけ出すことはほぼ不可能である。私に言わせれば、「そんなものがあるなら、疾うの昔に賢い誰かが発見しているに違いない」のである。これまで地球上に現れた人間は[何人]いるのだろうか。それでも[人間]の関わりについて[みんなが納得する行動理論]はないに等しい。「それはお前さんが[経験知]に依存している言い訳だな」という声が聞こえる。
[自分が先に変わる]スピリット 2020/12/15 Tue 7481
 人は人と[関係]をつくりながら生きていく。[ヒト]は[ヒト]と関わって[人間]になる。その[関係]が安定していれば、当事者たちは生きやすい。しかし[関係]は固定したものではない。それは指の先に載せた[やじろべえ]に似ている。外に出て遊ぶときは、風が吹いてクルクル回り出すこともある。あるいは指から落ちてしまうかもしれない。
 人と人の[関係]も同じように揺れたりねじれたりする。[やじろべえ]なら人が指を動かしてバランスをとればいい。人間関係の[やじろべえ]の場合は、両サイドが安定を維持するよう努める必要がある。平衡状態が崩れそうなときは、それをもとに戻すために行動しなければならなくなる。その努力が[どちらの側]にも求められることは言うまでもない。
 そんなとき、「自分が先に変わる」という意志は役に立つに違いない。そうなれば、[関係]が変わるから、相手も変わる可能性が高まる。それこそが[対人関係]の基礎だと思う。[相手が変わるのが先だ]などと互いに突っ張り合いをしていては、事態の方が[先に進まない]のである。とくにリーダーは「自分が先に変わるスピリット」を発揮したい。
 
早朝夕刊(12):[メンバー数とグループ] 2020/12/14 Mon(6:49am) 7480 日の早出し夕刊(11)の続き
 
 かくして、[リーダーシップ・トレーニング]の[目的]を踏まえた[経験]によって、グループワークは[6人を基本とし、5人は可とする]原則が生まれた。もちろん、さまざまな事情から「7人]や「4人」になることはあったが、それはかなり例外的なケースで数的にはきわめて少ない。
 たとえばメンバーが[7人]であれば、ただちに[7人の1グループ]と決まる。これが[8人]だと、[4人の2グループ]になる。メンバー相互でやり取りする情報量を考慮して[4人」は避けたいが、やむを得ないケースが出てくる。そして2グループの[9人=5+4][13人=6+7][14人=7+7]が続く。さらに3グループでも「19人=6+6+7」がある。これが[21]だと「5+5+5+6]でクリアできる。
 
[法廷闘争]の終わり? 2020/12/14 Mon 7479
 トランプ大統領の選挙に対する[法廷闘争]は終焉に向かいつつあるという。文化や制度の違いと言えばそれまでだが、一連の流れは興味深い。テキサス州政府がバイデン氏の勝利確定を阻止する裁判を起こした。共和党が強い州だろうことは容易に推測できるが、それにしても大統領選挙の結果に[州政府]が裁判を提起するのだから驚いてしまう。
 いやいや、[驚く]こと自身が彼の国の文化を理解していない証に違いない。とにもかくにも[州]の独立性がわが国の[自治体]とはまったく異次元なのだ。わが方の[3割自治]などと揶揄的な表現をされる状況とは天地の違いがある。
 ともあれ、その[州政府]の訴えを[最高裁]が却下した。ほんの少し前、どのくらい反対の声があったか知らないが、トランプ氏は亡くなった「民主党系」の判事の後任に[共和党系]の判事を任命した。これで[保守対民主]の比率が[5:4]から[6:3]になった。これも大統領選挙の結果を踏まえてのことという見方もあった。今回の判断は[そうした懸念]を払拭したと言えるのだろうか。仮にも[判事]となったからには、「法と良心にしたがう」ということか。
 
早出し夕刊(11):[The BROTHERS]読了 2020/12/13 Sun(9:43am) 7478 10月28日の続き
 
 Lesley Downer〝The BROTHERS〟(1994)を「読み終えるときが見えてきた」と本欄に書いたのは10月28日だった。わたしの[トイレ図書]の一つだが、本日「[そこ]でめでたく[読了]」した。本文だけで422ページになるが、[読み始めた日]を記録していなかったのは[メモ魔]を自認する者として大失態である。日記に記述している可能性はあるが、そこまで確かめる時間はもっていない。
 〝The BROTHERS〟とは西武グループを築いた堤康次郎の子である堤清二、義明[兄弟」を指している。「[堤物語]はこの二人で終焉を迎えるのか、それとも[新たな章]で人々を驚かすのだろうか」で終わった。
早出し夕刊(10):[7人]と[4人] 2020/12/13 Sun(9:12am) 7477 12月10日の早朝夕刊(9)の続き
 
メンバー間で個々人の情報を交換する際に、一人3分の[道具]を使う。そこで、6人だと18分が必要になる。それもきっちり3分とはいかないから、[ロスタイム]の調整に3分ほどプラスする。これをあわせると21分になる。さらに一人増えた7人だと21分に調整時間3分を加えるが、それでは足りない事態も発生する。
 この[道具]は、その後の[グループワーク]の展開に重要な役割を果たすものだ。それでも、全体のスケジュールを踏まえると、それほど時間をかけられない。一方、メンバーが4人だと、[アッ]という間に終わってしまう。この場合、他者から得られる[自分理解]の情報は3人分だけになる。
[おだて]られなくても… 2020/12/13 Sun 7476 昨日の続き
 わたしは[豚もおだてりゃ木に登る]組に所属している。それは「養豚界」という業界誌の原稿を一発で引き受けたことからも実証済みである。編集部から電話で執筆を依頼されたとき、「豚さんだけでなく、吉田もおだてりゃあ連載を書きますよ」と即答した。
 わたしのように「仕事が趣味」などと言っている人間は単なる能天気者である。世の中にはしっかり仕事をしていても周りから評価されない人たちがいる。いわゆる[縁の下の力持ち]である。こうした仕事をきちんと評価することが求められる。それは[おだてる]とは無縁の[評価]として考えるべきである。
 その上で、わたしは[おだてられる]ことを[真に受ける]のもいいじゃないかと思う。それで[やる気]が刺激され、講演や研修で使用するパワーポイントをバージョンアップするエネルギーになる。来週から4日かけて30時間の[集中講義]だ。突然の「コロナ禍」で教育実習に行けなかった学生が対象の「教育情報科学」である。久しぶりの[授業]に興奮しスライドづくりに精出した。[おだてられた]のではないけれど…。
あえて[リモート]で 2020/12/12 Sat 7475 昨日の続き
 
全国の大学で[リモート化]が一挙に進んだ。対面授業を復活させているところもあるようだが、それでも[100%復帰]の大学はなさそうである。「小中学校が生で授業をしているのに大学はどうしてできないのか」といった声もあるようだ。わたしは大学と関わりがなくなったからコメントはしないが、大学にとっても悩ましい問題である。教員が対面授業をしたいと思うのは当然だから…。
 わたしが引き受けた[集中講義]は受講者が少ないので対面でも可と言われたが、ここはあえて[リモート]にさせてもらうことにした。それは自分が前期高齢者後期だからではない。これまでわたしは授業ではディスカッションを重視してきた。そうなると、対面では全員がマスクを付けて、[ソーシャルディスタンス]を維持しなければならない。これでは[口角泡を飛ばす]状況は望み得ない。それならいっそのこと[リモート]にして、みんなが[NOマスク]でディスカッションする方がいいではないか。これが、あえて「リモート]を選んだ理由である。
 すでに[Zoom]で受講生たちに[招待メール]を発信した。これで[授業]の「初リモート]が楽しめる。
 
[前期高齢者後期]の[Yes man] 2020/12/11 Fri 7474 昨日の続き
 
[教育実習]の代替授業は年内に終わるという条件付きだった。わたしの回答は、もちろん[Yes]である。前期高齢者後期に至る今日まで、わたしの行動はすべて[Yes manの原理]によって支えられてきた。ここで[No]などと言おうものなら、「これからの人生に禍根を残す」ことは疑いない。それに退職した人間に[お声がかかる]のだから、これはもう[欣喜雀躍]以外の表現が頭に浮かばない。
 そんなわけで、12月に4日間で15コマ30時間の[集中講義]をすることになった。わたしが依頼された授業は「教育情報科学」である。これは単なる情報機器の活用法ではなく、わたしは[情報視力の育成」に焦点を合わせて授業をしていた。今日ではSNSなどが[こどもたちのいじめ]とも絡み合っている。それに、今年は想定外の国難[コロナ禍]のもとで、学校が長期に休みになり、[リモート化]への要請が高まった。その結果として、わが国が[情報]に関わる領域で[後進国」であることも明らかになった。今回の[集中講義]ではこうした[新しい事実]を盛り込んでいくことになる。そんなこんなで、34ページの資料づくりも終わり来週の開講を待つだけになった。
早朝夕刊(9):[経験重視]の理屈づけ 2020/12/10 Thu(5:47am) 7473 12月8日の早朝夕刊(8)の続き
 
わたしは、グループの人数を[経験]から[6人を基本とし、5人も可とする]原則を維持してきた。ここで[4人]あるいは[7人]を避けたい[経験的根拠]はある。
 一般的に[グループワーク]は相互にディスカッションしたり、一定の作業に取り組んだりする。それが特定の課題などについての[情報交換]だけであれば[7人]でもとくに問題は生じない。ところが、私のプログラムでは[メンバー個々人に対する情報]を相互に交換するものが含まれる。もちろん、それは世に言う[個人情報]ではなく、[グループワークを通じてつくられたイメージの伝達」といったものである。これが「自己理解」のために欠かせない。
 [教育実習]の代替措置 2020/12/10 Thu 7472 
 
[教育実習]は教員免許状の取得に必修である。ところが、[コロナ禍]はこれを困難にした。こうした状況に対応するため、文部科学省は教員免許法の省令を改正した。その結果、やむを得ない場合は教職課程の認定を受けた授業で代替できることになった。
 熊本大学では教育学部の学生たちは教育実習が成立したようだ。それは永年に亘る地元との関わりによるものだろう。ところが他学部の学生の場合、[教育実習]ができないケースが出てしまった。そもそも教員免許は、教育学部以外の学生たちも一定単位の必要科目を受けることで所得できる。これを[開放制]と呼んでいる。たとえば文学部の学生が国語や歴史の教師に、理学部の学生が理科や数学の教師になるといった具合である。
 こうした学生たちは自分が卒業した学校などで実習するケースが少なくない。これが[コロナ禍]で軒並みアウトになってしまった。今年の3月ころからの状況を踏まえればそうなってしまうことは容易に想像できる。学生たちにまったく責任のない事態になってしまった。そうした中で、わたしが現役時代に担当していた授業ができないかとの問い合わせがきた。それは9月の末だった。
[自罰]と[他罰] 2020/12/09 Wed 7471 
 
生まれたときは[みんな同じ]に見える。トランプ大統領もこの世にデビューしたとき赤ん坊だったことは100%疑いない。それが時間の経過とともに違いが目立ちはじめる。それは[個性]と呼ばれたりもする。
 人の思考や行動に与える「遺伝]と「環境」の役割は昔から議論されている。身長などの体型や顔は親に似ていることが多い。こうした生物的な要素は[遺伝]がかなり効いている。これが行動特性となれば[環境]が大きな影響を与える。わたしが学生のころ[自罰]と「他罰]について興味があった。何でもかんでも[自分が悪い]と思う人がいる一方で、何でもかんでも「周りが悪い」と信じて止まない人もいる。
 生まれたときから「お前が悪い、悪い、とにかく悪い」と言い続けられると、本人もそれを受け入れてしまう可能性は高くなるだろう。これと対照的に、人生のスタートから、周囲の人間たちに「世の中が悪い、あいつが悪い、とにかく周りが悪い」と耳に多子ができるほど聞かされれば、自分も同じような見方をするようになっても不思議ではない。人を含めた周囲の環境が個々人の「自罰・他罰」傾向に影響をおよぼしているように思う。
 
早朝夕刊(8):[経験重視]の理屈づけ 2020/12/08 Tue(5:47am) 7470 昨日の早朝夕刊(7)の続き
 
「リモート・トレーニング」の[連載]が突如として[受精卵]や[胚」の話題になった。われわれがこの世の存在するはじまりの時点では[自分の思考や意志の外]でものごとが決まっている。だから[まずは経験を積むことが大事]という話に[持っていきたかった]だけのことである。
 つまりは、「グループワーク」の人数を[経験的]に[6人を原則とし、5人も可とする]原則を正当化することを意図したのである。どんな世界にも専門家がいるが、一般人が問題を指摘する事態が発生すると、[だから素人はやってられない]といった雰囲気を前面に出す人たちがいる。ときおり、そんな思いになる判決もある。
[朝イチ]の一コマ 2020/12/08 Tue 7469 昨日の続き
 
スタンプにしやすい[葉っぱ]を選ぶのは当然である。そこで「ひねくれていないもの」にしましょうという呼びかけになった。これを小耳に挟んだわたしが反応した。「うーむ、[ヒネクレ者かあ]…。
 お断りしておくが、ここで[朝イチ]のガーデンデザイナーを責める気持ちは毛頭ない。ただ、「そうか、葉っぱにも[ヒネクレた」と表現したくなるものがあるんだ」と改めて思ったわけだ。もちろん、葉っぱに[意志]はないから、自らひねくれているつもりなんてないはずだ それどころか、与えられた環境と状況の中で一生懸命に生きようとしていることがそうした結果をもたらしただけなのである。
 自分より少し上に日射しに恵まれた葉っぱがあって、すくすくと育っている。ほんの少し下に居場所を見つけたものの、先輩(?)に栄養分を吸い取られる。さらに上が大きな葉っぱだから太陽の顔も拝みづらい。それでも何とか生きていこうと日射しを求めて体をよじらせる。そんな結果が[ヒネクレている]ように見えたのである。
 わたしはこれが[トキワシノブ]だけの話でないように思える。それはわれわれ人間社会にも当てはまるのではないか。誰もが与えられた環境の中で生きている。最初から[ヒネクレたくてヒネクレタ者」などいない。
 
早朝夕刊(7):[外界]と[意思/思考] 2020/12/07 Mon(5:23am) 7468 昨日の早朝夕刊(6)の続き
 
そもそも人間の命は自分の外からはじまる。卵子と精子に思考やそれに伴う意思はない。この二つが出会い、一つの受精卵になるのにも思考や意志は関わっていない。すべて[自分」の外界で発生する現象である。受精卵が細胞分裂を繰り返していくが、[胚]の段階では人間はほかの動物のそれと酷似している。
 これについてはドイツの生物学者ヘッケルが描いた絵が知られている。彼が唱えた「個体発生発生を反復する」という説には批判もあるが、ド素人だからこの先まで立ち入ることは止めておく。
 ともあれ、自分の生命が[外界]に依存しており、思考や意志を伴わない状況は生まれてもしばらく続くように見える。
 
[朝イチ]の一コマ 2020/12/07 Mon 7467 昨日の続き
 
朝から[一仕事]を終えると朝食である。これが7時少し前からになる。その後は歯磨きと腕立て伏せからはじまる[エクササイズ]に励む。ラジオ体操込みで15分とかからないから、まさに[Super short version」である。
 そんなわけで8時ころには、再び[趣味の仕事]体制に入る。一応は[書斎]らしきものがあり、[家庭内巣ごもり]となる。このごろは[情報交換や打合せ]、そして[研修]本体も[リモート]化が進んできた。そうしたことで、この部屋の稼働率がうなぎ登りで上昇している。
 それは先月30日のことだった。ここいらで水分補給をしようと、お茶を飲みに居間にいくとNHKの[朝イチ]の放送中だった。そのとき、MCの博多大吉、華丸の二人が鉢植えから葉っぱを切ろうとしていた。あとで[NHK+]で確認したところ、トキワシノブという植物の葉でスタンプをつくるコーナーだったことがわかった。ともあれ、ハサミを向けた二人にガーデンデザイナーの講師が指導している。スタンプづくりだから、[葉っぱ]はできるだけ平らなものがいいのはよくわかる。その点を強調するためか、[ひねくれていない葉っぱ]といった声が耳に飛び込んできた。
 
早朝夕刊(6):[グループ間]効果 2020/12/06 Sun(6:22am) 7466 昨日の早朝夕刊(5)の続き
 いつのころからか、[グループワーク]を個別の部屋[=Sub文化的孤島?]に別れて実施する方式は採用しなくなった。そうなると[グループ間]効果も生まれる。まずは1グループ当たりの人数だが、これまたいつのころからか、[最適は6人、5人も可]としてきた。この数値に[科学的根拠]はなく、あくまで経験的な感触によっている。[7人は多すぎる]し、[4人は少なすぎる]のである。
 [適切な人数]を[科学的あるいはそのような体裁]で分析することは可能である。たとえば、[グループワーク]中の発言の量や長さ、これに対する他者のうなづき反応回数などはデータになる。メンバーに対する[お決まりのチェックリスト]をつくってもいい。
[朝もはよから]… 2020/12/06 Sun 7465 
 
わたしの趣味は仕事。朝もはよからワクワクせっせと仕事に勤しむ。その日の予定によっては[念のため]目覚ましをセットすることはある。しかし、ほぼ100%は[その前]に目が覚める。
 そんなわたしの起床時間はおおむね5時前後である。それからコップ一杯の水を飲み、トイレをすませ、口をすすいでから[味な話の素]に取りかかる。これをアップするとつぎはひげ剃りと簡単な整髪をする。それから[早朝夕刊]を書くこともあった。これは[不定期]を原則としているが、[巣ごもり]になってからは[やたら]と増えた。本コラムは[ため口系]も含めて[好き勝手]なことを[好き勝手風]に書いている。
 しかし表現形態はどうであれ、[本人]にとってはマジに[趣味の仕事の一つ」なのである。わたしの仕事とする[グループ・ダイナミックス]は、[集団との関わりを通して人間を理解する]ことを目的にしている。この年で、学会発表や研究論文づくりなどする気はない。しかし、わたしの[人間行動]に関する興味関心はさらに強まっている感じがする。かくして毎日の仕事は5時前後の[味な話の素]づくりからはじまるのである。
 
早朝夕刊(5):全体会場での[グループワーク] 2020/12/05 Sat(5:35am) 7464 昨日の早朝夕刊(4)の続き
 
たとえば[ホール]で複数のグループが[グループワーク]をする。そのことでトレーナー側も[全体の動き]が見える。また個々のグループに近寄れば、そのときどきの[発言内容やメンバーの様子]もわかる。そもそもは[個別の部屋=文化的孤島]が確保できないことから、全体会場で[グループワーク]を実施するようになった。ただし、それだけが理由だった確信はない。
 その理由はともあれ、[やってみる]と、悪くないと言うよりも[この方が何かといいではないか]と思われた。それに、全体の会場だけを確保すれば「リーダーシップ・トレーニング」ができる。この点も主催者側に大きなメリットがある。
 
[ガン]がなかった(?)ころ… 2020/12/05 Sat 7463 
 
わたしが子どものころ、[脳卒中」と「心臓麻痺」が怖いと言われていた記憶がある。おそらく当時の[トップ2]だったと思う。その呼称もいまでは[脳梗塞][心筋梗塞]などに変わっているのだろう。いつのころからか[くも膜下出血]といった怖い病も聴くようになった。そして日本人の死因のトップに[ガン]が躍り出てから随分と時間が経過した。
 人間一人が備えている細胞の数をカウントした研究はないようだが、[30兆個]という数値あたりが専門家の一致しているところのようだ。これらが、とにかく[細胞分裂]を繰り返しているのだから、[コピーミス]が頻発しても当然である。それでもすぐに深刻な事態は起きないことが多いのだろう。それが時間の経過とともに命に関わる可能性も生まれる。視点を変えれば、[細胞分裂=生きていること=がん細胞を作り続けること]という図式が見えてくる。江戸時代は[ガン]そのものが認識されていなかっただろうが、大多数の人々が[ガンが命を奪う」前にほかの病で天命を全うしていたのだろう。
 
早朝夕刊(4):[静止画]から[動画]へ 2020/12/04 Fri(5:50am) 7462 昨日の続き
 
複数の[グループワーク]を[全体会場]で実施すると、トレーナー側はすべてのグループの状況を把握することができる。ときおり笑い声が出るグループもあれば、対照的に静かなディスカッションが進行するところもある。そして、それらが意識されないままに影響し合っていることが感じられる。これを全体として観ると楽しく興味深い。
 まさに[グループ・ダイナミックス]が展開しているのである。個室に別れる場合は[ときおり]状況を覗くから、[そのときのスチル写真]を撮るようなものである。それが[グループワーク]のはじめから終わりまで[動画]を観るような状況が生まれることになった。
[まだ大丈夫?]の確認 2020/12/04 Fri 7461 
 
自分の力がまだ問題ないことを確かめる…。そんな自分がいるような気がする。昨日も一日中いろいろな[こと]をした。
 午前中はルーチンワーク。これが6種類ある。①[味な話の素]づくり:最近では[早朝夕刊]を出す頻度が増えた。②運動:スクワット23回、腕立て伏せ17回、腹筋23回、4種のストレッチをそれぞれ30秒、そしてラジオ体操第一と第二。ストレッチ以外は中途半端な回数だが、それには[今後も1回ずつは増やしていく]という気持ちを込めている。③英語:NHKの語学講座を15分程度、インターネットでABC Newsを原則として一件、これに[刑事コロンボ]をYouTubeで10分ほど視聴する。④書:このところ般若経を写す。と言っても、ひとまとまりの[4文字程度]だけでおしまい。⑤[ブックレット3]の原稿:仮題は「続[人生をよりよく生きるノウハウ探し]」である。⑥[リーダーシップ・トレーニング スケジュール]の整理:過去の記録をpdf化する。これも1回あたりは2~3枚といったところ。こうしたルーチンに加えて[集中講義]の資料作成をはじめた。
 自分がまだ大丈夫であることを確かめるような毎日である。
 
早朝夕刊(3):[完璧]というもの 2020/12/03 Thu(4:57am) 7460
 
[完璧は求め続けるもの]だと思う。他人やその道の素人から見れば[完璧]を極めたと思われ人たちはいる。しかし、ご本人たちは[さらに高み]を目指しているに違いない。インタビューなどでそうした発言を聴くことが多い。
 一般人であれば、そもそも[完璧]など無縁だと思えるかもしれない。しかし[完璧]が求め続けるものであれば、それまでの距離を縮めることはできる。それに、[完璧]も、それぞれの人にとって違っていてもいい。いい。個々人が[自分の完璧]にほんの1ミリずつでも近づく努力をすることに意味がある。それはそうと、答案などで「璧」でなく「壁」とした例がけっこうあったことを思い出す。
[全体会場]での[グループワーク]へ 2020/12/03 Thu 7459 11月28日早朝夕刊(27)の続き
 
研修のために整備された会場を使用する際も、[全体集会はホールで、グループワークは個別の部屋で]が基本パターンだった。とくに個々の組織が有する[研修所」ではそれが踏襲された。これに対して、主催する側が様々な組織から参加者を募って開催する研修への期待も出はじめる。
 たとえば集団力学研究所の高禎助氏が企画した「フォアマン・スクール」はそのケースである。これは、企業組織の第一線監督者を対象にしたもので、[リーダーシップ]の改善と向上を目的としていた。その実施に当たっては研究所が会場を借りることになる。そうなると使用できる部屋数は限られてきて、メインホールのみだったりする。そこでは、複数の[グループ]で行う[ワーク]も同じホールで実施する。
 これを実体験してみると、とくに問題ないことがわかってきた。もともとは職場から離れた[文化的孤島]である保養所などを会場にしてきた。そして、[グループワーク]も個室である[文化的孤島]で進めるという流れだった。その[孤島]がホールという[全体会場]に移されることになった。この方式になった最初の理由が[部屋がないから]だったのかはわからない。
 
今月の表紙(2) 2020/12/02 Wed(6:26am) 7458
 
北海道の新千歳空港で、飛行機の翼に積もった雪を溶解するためにホースで水蒸気を当てる装置を見たことがある。そのときは「さすが北海道だなあ」と感動した。その上で、「九州では考えられないなあ」と思った記憶がある。
 しかし、「今月の写真」は熊本空港で撮った、ある年の12月の光景である。九州といえども熊本空港は阿蘇につながる台地にある。雪も積もれば霜が降ることもある。それらが翼状で氷になれば飛行機は飛べない。そう考えれば九州の熊本に同じ装置があって当然なのである。それにしても、[コロナ禍]における航空会社は深刻な危機に瀕している。再び飛行機が空を飛び交う姿を見たい。
笑いの波動 2020/12/02 Wed 7457
 
講演会で話をしていると、ときおり[過激に受ける人]と出会う。わたしとしても[笑ってほしい]ときはそれなりの反応を期待する。ところが、こうした方の場合は[まだ笑う段階]に至っていないのに声が出てしまうようだ。その空気が周りに拡がっていくからおもしろい。もちろん話をしているわたしも楽しくなる。これはしっかり[集団現象]である。
 世の中には[ムードメーカー]と呼ばれる人がいる。その人がいるとその場が明るくなる。それでメンバーの意欲も高まれば集団の目標も達成されやすくなる。わたしは[朝からワクワク」することが多く、その気持ちをもつことをお勧めしている。もちろんそのときどきの事情もあるから、[いつも完全に]とはいかない。それでも[ワクワクしている]気になる、あるいは「そのようにイメージする]ことはできる。それは[単なる思い込み]と言われれば、これを否定するつもりはない。それでも、[自分がワクワク]していれば、その波動が伝わって、みんなが[元気になる]可能性は十分にあるだろう。
今月の表紙(1) 2020/12/01 Tue(6:01am) 7456
 
熊本市の河内にあるみかん狩り場。青空の下でみかんのオレンジが映える。みかんの生産量は和歌山県がトップで愛媛県、静岡県と続き熊本県は第4位である。長崎県と佐賀県の九州勢が5位と6位、福岡県も9位でベストテン入りしている。九州はみかんの産地と言っていいだろう。
 わたしが子どものころは、こたつでみかんは冬の風物詩の一つだった。そのころのみかんは大ぶりなものが多く、甘いよりも酸っぱいイメージを抱いていた。そんなことでシロップ漬けの缶詰の甘酸っぱさに惹かれた。それがこのごろは蜜が吹き出さんばかりに甘い。時代の変化とともに食べ物の多くやわらかくて甘いものになったようだ。
二人の先生 2020/12/01 Tue 7455
 
わたしは大学に入学する前から将来は研究職に就きたいと考えていた。その気持ちは[学生相談室]の古味堯通先生と社会学の執行嵐先生との出会いで決定的になった。
 まだ新入生の5月ころだったと思う。わたしは大学に残るにはどうしたらいいかを聴きに[相談室]に出かけた。「吉田くん、□□は三日やったら止められないと言うけれど、大学の教員は1日やっただけで止められなくなるよ」。古味先生はそう言われた。同学年の東国光くんと執行先生のご自宅に遊びに行った。先生は[飯より好きなお酒」が回ったところで、「きみたち、大学に残りなさい」と嬉しそうに言われた。
 それから半世紀以上の時間が流れたが、いまでも[そのとき]が頭の中のスクリーンに映し出される。そんな状況で、わたしに3つの夢が生まれ、それが目標に変わっていった。[本を書くこと]「海外に留学すること][博士号を取ること」である。いくつかの事情から[留学]は実現しなかった。ただ、西オーストラリア大学で半年間を過ごせたことで、[留学]も[準達成]されたと考えている。