ミステリー電車 2020/11/30 Mon 7454
はじめて敦賀に出かけたときのことである。新大阪から[サンダーバード]に乗って敦賀駅に降り立ったのは1992年9月だった。夏の終わりの空気を吸い込みながら「北陸に来たんだ」と感慨深かった。
その旅程の帰りに不思議な体験をした。夕闇の中を[サンダーバード]が敦賀駅を発車した。電車は山に近づきドンドン登っていくとトンネルに入り、暗闇の度合いが高まる。そのトンネルを出た瞬間である。眼下に街の灯りが拡がった。わたしは敦賀のほかにこれほど明るい市街地があったことに驚いた。それも束の間、電車は再びトンネルに入り、それからは暗闇が続くばかりだった。そしてしばらくすると左側に湖面が若干の光で揺れる琵琶湖が横たわっていた。
それにしてもミステリアスな体験だった。そのときはそう思ったのだが、これには「からくり(?)」があった。北陸線は1957年に複線化されたが、その際に急な上り勾配ルートになるため、線路を[ループ化]したのである。わたしは敦賀市の夜景を2度見たことになる。それを地図を確かめて楽しくなった。 |
裁判官と満員電車 2020/11/29 Sun 7453 昨日の続き
かつての裁判官たちは、判決文は読解困難であるほど権威づけにもなると考えていたのではないか。判決文は「庶民がわからない」からこそ意味があるという感覚である。こうした[空気]に包まれて、裁判に関わる専門家たちによって法律が読まれ、解釈され、ときには曲解されながら、最終的には判決という形で人が裁かれるのである。
しかも、裁判官には[自由心証]という伝家の宝刀が与えられている。外部からいかなる影響を受けることなく、自分の[心証]にのみしたがって、裁判に関わる[すべてのこと]を評価し、判断するのである。その結果、普通の人間には[曲解]や[詭弁]に思えるような[判断]も出てくる。そもそも「何の影響も受けない」事態などあり得ない。「社会の影響を受けることなく」と言いながら、「社会の影響を受けた犯罪」を分析することなどできるはずもない。
事件の詳細は記録していないが、痴漢事件に関わる判決で、裁判官が「電車では人と間隔をおいて乗るように」といった意味合いの発言をしたことがある。その際に被告の男性が語っている。「裁判官は満員電車に乗ったことがないんでしょうね」と…。 |
早出し夕刊(27):洋室でも[グループワーク] 2020/11/28 Sat (11:09am)7452 昨日の早朝夕刊(26)の続き
個々の和室で[グループワーク]をし、決められた時間に[全体会場]に集合する。こうした形式がいつごろまで一般的だったか記憶していない。この方式は[保養所や国民宿舎]のような、和室で宿泊することを前提にしている施設に限ったことではなかった。たとえば関西に本社があるA社が琵琶湖の近くにすばらしい研修所をつくった。ここでの宿泊はベッド方式だったが、「研修所」ということで、メインの会場と個別の部屋が準備されていた。後者は今風で言えば「ディスカッションルーム」仕立だった。そこで、[全体集会]はメインホールで、[個別のグループワーク]は各部屋という流れが続けられた。 |
[信頼]と[信用]の違い… 2020/11/28 Sat 7451 昨日の続き
また実験などで、手続きがいい加減だったり、使用した道具がまずければ、結果が[信頼できない]と言われても仕方がない。ところが、[信用できない]となると、そのニュアンスが違ってくる。鑑定手続きの客観性などが問題だというよりも、鑑定者本人が信頼できないのはもちろんのこと、結果があたかも意図的なもので、もっと言えば虚偽だと決めつけているような印象を持つのである。
もっとも、これはわたしの[語感]であって、国語的には[同じ]と言われれば話はこれでおしまいとなる。あるいは、それが[裁判用語]であって、「内容としては[信頼できない]程度のことだとすれば、これまた一件落着となる。この件は具体的な情報がなく、アナウンサーが[信用できない]と表現したと言う私の記憶からはじまったから、さらに突っ込んで考えるのは止めにしておこう。
ところで、昔の判決文は悪文と言えるほど長文だった。裁判官は多くの条件を前提にして法律用語を駆使しながら判決を創作(?)していくためか、基本的に長い傾向がある。しかも、一般人から見れば「わけがわからないようにしている」と言いたくなるほど難解だった。 |
早朝夕刊(26):和室の[グループワーク] 2020/11/27 Fri (6:45am)7450 昨日の早朝夕刊(25)の続き
[文化的孤島]と呼んだトレーニングの会場は企業の保養所などが多かった。また国民宿舎といったものも使われた。三菱重工業長崎造船所のプロジェクトでは、雲仙の小浜にある国民宿舎に通った。こうした施設は和室が基本だったから全体会合は広間で行い、グループワークは個別の部屋に移動する。こちらも個室ではなく、数人が布団を敷いて泊まる部屋である。そこで、5~6人のメンバーが畳に座って情報交換し議論する。トレーニングを実施する者たちはメイン会場の広間やテーブルのある食事会場あたりにいる。ときおり個別の部屋に[グループワーク]の状況を観察に出かけ、その情報を共有していた。 |
裁判と「精神鑑定」 2020/11/27 Fri 7449
裁判における[精神鑑定]については考えさせられることがある。わたしも[心理学]に関わる仕事をしているから、[人の心」に関する研究には関心がある。ただし、[精神鑑定]となるとよくわからない。
かつて、裁判官が「精神鑑定を信用せず」とした上で判決を出したというニュースを聴いたことがある。そのとき、アナウンサーは「信用せず」と言ったように聞こえた。その裁判の具体的な期日や内容をメモしていなかったため、確認はできない。ただ、わたしの耳が間違いなければ、これは裁判における[精神鑑定]に対する重大な問題提起である。
それは「結果を信頼できない」とは微妙なあるいは明らかな違いがある。もっとも、「信頼できない」には、精神鑑定をした人間に対する信頼感が含まれる可能性はある。そうなると、「信用できない人間」が出した結論だから「信用できない」となる。しかし、科学的な研究でも「信頼性」という用語は使われる。たとえば、ある性格テストを同じ人物に何回か実施する。その結果がいつも同じであれば、「このテストは使える」と評価される。こうした結果の安定性も「信頼性」として考えるのである。 |
早朝夕刊(25):[トレーニングの曙] 2020/11/26 Thu (6:52am)7448 24日の早朝夕刊(24)の続き
わたしが「集団力学講座」に進んだとき、三隅先生をリーダーにした「PM論」は企業組織に適用する測定項目が一応の完成をみていた。そして、「つぎは[リーダーシップ・トレーニング]の開発」という時期を迎えていた。そうしたタイミングに遭遇できたわたしは強運だった。それがわたしのライフワークになったのである。当の[トレーニング]は企業が所有する保養所など、職場以外の場所で行われることが多かった。日常の空気から抜け出て、自由な雰囲気の中で自分たちのリーダーシップや対人関係のあり方を見つめ直そうというわけだ。[感受性訓練]では、そうした状況を[文化的孤島」と呼んでいた。 |
若者のテレビ離れ 2020/11/26 Thu 7447
わたしは017/12/02の本コラムに「どこも同じでは…」のタイトルで、「最近の放送は[類似番組]が並んで食傷する」といった主旨のことを書いた。これついてコメントした学生のレポートがある。
ニュース番組においても、放送局は「真実を追求し国民に深い理解を求める」目的よりも優先して視聴率の確保のため、論点のずれた放送に偏っているように思う。私はニュース番組を見ることで新たな知見が広がり、その話題の分野について興味を持ち知識も増え、教養・社会的面でも自分を高めてくれていると考えている。またクイズやお笑いといったバラエティー番組は私たちの生活に明るみを与え、場を賑わせてくれる大切な娯楽であると言えるだろう。実際に私も好んで見ることがある。しかし、個人的な意見だが現在のテレビジョン放送局の実態はあまり好きではない。ジャンルがエンターテイメントに縛られ埋もれてしまった放送枠。万人受けする似たり寄ったりの作品が並ぶ光景はつまらない。同じ内容の芸能ニュースばかりが何週間も飛び交う画面。私たちが目を向けるべきところは他にもたくさんあるはずだ。
すばらしい内容だから全文を残しておきたくなった。若者のテレビ離れは発信する側の問題なのである。 |
人生の1/3 2020/11/25 Wed 7446 昨日の続き
大学生のわたしは「少しでも暇な時間は睡眠に充てる」ことを基本にしていることを記した上で続ける。
そうは言うものの物事には限度というものがある。私の場合睡眠時間は8時間としている。10時半に床に入るから、起床は6時半ということになる。しかし、私の目覚ましは7時半に合わせている。つまり、8時間以上寝ても学校に遅刻さえしなければ許されるわけである。もちろん、早く起きた時は本を読むなどのことをして満足な時間を過ごす。この後は学校から帰宅するまでは特に記することがない。そして、その後も私のモットーとする、常に満足な時間を過ごすということにすれば良いのである。
しかし、これだけのことがまたなかなか実行できない。それは短い期間ではあるけれども、私の19年の経験が明白に物語っているのである。私の人生の1/3がだいたい終わったのである。
[人生のだいたい1/3]は興味深い。このとき19歳だから、[人生60年]を意識していたことがわかる。いまから半世紀ほど前は[そんな感じだった]のだろう。すでに[前期高齢者後期]を迎えた。夜の10時台に就寝する[習慣(?)]は今も変わらず続いている。 |
早朝夕刊(24):[3時間]の[グループワーク] 2020/11/24 Tue (5:31am)7445 昨日の早出し夕刊(23)の続き
わたしは[リーダーシップ]に関わる[グループワーク]を3時間に集約することを決め、そのおおよそのイメージも描けた。そこで課題だと考えたのが[グループ数]である。一般的に多いのは[5~6人]の構成で4、5グループのケースである。これで受講者数が30名~36名ほどになる。こうした人数とグループによる[ワーク]をどうするか。このところお馴染みになった各種の[リモートアプリ]は[グループワーク]のノウハウを組み込んでいる。それはそうなのだが、問題はそれらがわたし自身の期待する程度にまでうまく機能するかどうかである。そこで、[グループワーク]のあり方について考えた。 |
一日の[時間割] 2020/11/24 Tue 7444
ときおり、若いころに書いた日記に目を通して笑っている。
1967年10月11日水曜日 大学生になったのだから、もちろん勉強しなければならない。しかし高校時代のようにガツガツ勉強する必要は全くない。従って自由な時間が増してくるのである。そこでその暇を有効に使えばよいのであるが、そこがなかなかうまくいかないのである。
1日をゆっくり考えて、楽しい時間割を作成しよう。私の場合はその都合上、夜る床につくところから1日の時間割は始まる。10時が一日の勉強とその他人間としての活動に終止符を打つ時間である。それから30分の間に歯を磨きトイレを済ませる。そして日記を書く。それが終わったら少々早い時でもとにかく床に入る。
私の睡眠時間に対する考え方は次に述べるようなものである。高校時代を終え、人間として満足な時間を過ごしている時は別として、少しでも暇な時間は睡眠に充てよう。なぜならヒマの過ごし方で金もかからず体にも良いものは睡眠だと考えるからである。
一日のタイムスケジュールを就寝時からはじめている。これはなかなかユニークな発想だと思う。起床時間は就眠時間に関係しているのである。 |
早出し夕刊(23):[3時間]の[グループワーク] 2020/11/23 Mon (8:32am)7443 昨日の早出し夕刊(21)の続き
そもそも2日間12時間で構成してきた「基礎研修」を[リモート版]では1日にすると決めた。わたしは「二日間[リモート]で集中するのはむずかしそうだ」と推測したのである。そこで、まず[全員参画]の[講義・情報提供]を半日の3時間とした。その後は[リーダーシップ]に特化した[グループワーク]を導入する。これに充てる時間は3時間に制限されるが、その中で受講者は[リーダーシップ]の課題に集中していくことになる。わたしとしては、[リーダーシップ]に関わる広範におよぶ情報をできるだけ提供したい。しかし、それらを3時間の[グループワーク]に整理、集約しなければならない。 |
早朝夕刊(22):[映像」の信頼性 2020/11/23 Mon (6:20am)7442
韓国のテレビニュースで[AIキャスター]が登場したという(熊本日日新聞 11月16日 夕刊)。いわゆる[合成映像]だが、「声だけでなく、表情や身ぶりも実物と見分けが付かないほど」らしい。本コラムでも、いつのことか記憶にないほど前に、写真のデジタル化によって合成が容易になる[危うさ]を取り上げたことがある。そもそも、われわれの網膜細胞が[ドット的]なのだから、行き着くところまで行けば、「[証拠写真]が[証拠]にならなくなる時代が来る」というネタ話だった。その[脅威」が[動画]にまで拡がったのである。今後、[映像]の信頼性が確保できなくなることを危惧している。 |
大記録と品格 2020/11/23 Mon 7441 11月16日の続き
白鵬の優勝回数記録が破られることはないだろう。この他にも白鵬が獲得した、あるいは獲得しつつある栄誉は永遠のものになる。そんな人物に、過去の記録を羅列して「他弱だった」と言うのは失礼千万である。そもそも、いま生きて活躍している本人に何の責任もない。ただ、「一強他弱」はどんな世界でも望ましいことではない。白鵬は横綱ながら「かちあげ」の多用をはじめ、「横綱の品格」に関わって批判を受けることが少なくない。
政治の世界でも「一強他弱」の状況が続いた。その結果として、安倍総理の首相在任期間は憲政史上最長になった。この記録も破られることはないだろう。そうした中で、首相は国会でのヤジ発言で「品格」を問われることがけっこうあった。国のトップだから何を言われても泰然自若としていることが期待されたのである。
ともあれ、二人はおそらく未来永劫に亘って破られることのない記録達成と品格で批判された点で共通している。ここは「実るほど頭を垂れる稲穂かな」の精神が必要なのである。わたしは「[実力]も[運]のうち」と言い続けてきた。どこまでいっても[おかげさまスピリット]が大事だと思う。 |
早出し夕刊(21):[3時間]の設計 2020/11/22 Sun (8:35am)7440 19日の早出し夕刊(19)の続き
「リーダーシップ・トレーニング」に欠かせない[3要素]の「①組織や集団と人間理解に関する基礎情報」は講義形式で実施してきた。そこで、これを[受講者全員]に聴いてもらう状況をつくればいい。その際、受講者が一箇所に集まるケースもあれば、自分の職場からリモート参加することもある。それは「②リーダーシップにかかわる基礎情報」でも可能である。ただ、その場合は、上記の①と②を3時間以内に収めるように設計しなければならない。わたしとしては、それらに関して提供したい情報量を考えると相当に厳しい時間である。「①組織や集団と人間理解に関する基礎情報」だけで3時間はほしい。 |
[取り逃がす可能性]を受け入れる 2020/11/22 Sun 7439 昨日の続き
たとえば関係のいい二人が、静かに穏やかな会話を交わす雰囲気で犯罪行為について告白されるのがもっとも望ましい。もちろん、それが真犯人のものであることが前提だが、その確率がどのくらいあるのだろうか。
一方で、否認を続けるケースではどうなるか。現実と映画やドラマの真実度については疑問もあるが、強烈な圧力をかける事態が生まれる。いわゆる脅し、ときにはすかしながら[自白]にもっていくのである。それは[説得」程度のこともあっただろうが、少なくとも物理的な[暴行」が加えられたり、「友人や家族が認めている」といった類いの[虚偽]情報の提示なども組み合わされたという。こうした問題の存在が認識されたことから[取り調べの可視化]が実現したのである。ともあれ「物的証拠第一主義」が大原則である。
もちろん、プレッシャーを伴う状況がなくなることで、本当の犯罪者を[取り逃がす」可能性も[ゼロ]ではなくなる。そもそも世の中に「絶対」はないのである。そうした[事実]をわれわれ一人ひとりが受け入れることも求められる。それも[他人事]ではなく、[自分たち]すべてに関わっているものとして…。 |
コミュニケーションと犯罪の告白 2020/11/21 Sat 7438 昨日の続き
世の中には、厳しい状況で生きている人たちがいる。その一方で、鉄面皮の人間もいる。そこで、「平気で嘘をつく人たち」という本さえ出現するのである。
わたしは[集団との関わりをとおして人間を理解する]ことを目的にした[グループ・ダイナミックス]を仕事にしている。そうしたことから、人間の行動について「これはどうなっているのだろう」と想いをめぐらす。たとえば[真犯人が取調官との通常のコミュニケーションで自発的に「自分がやりました」と答えたり、告白したりする割合」である。
ここで[通常]とは、「この事件はあなたがやったのですね」と問われて、「ハイそうです」とすんなり認めるような状況である。さらに、「どうしてこの事件を起こしたのですか」と問われて、その理由を淡々と話すことも含まれる。いわば、穏やかな雰囲気の中で日常的な対話をしているような状況である。これに対して、現実には犯罪を犯していてもそれを認めない人たちがいる。もちろん、[動かぬ証拠]があれば否定しようもない。そのままで裁判になっても罪を問われる可能性は高い。しかし、十分な[証拠]がない場合にはどうなるか。 |
早出し夕刊(20):[ものすごい人] 2020/11/20 Fri (7:32am) 7437
世の中にはすごい人がいる。この人も「ものすごい」と驚嘆する。東京芸術大学卒で俳優から検事となった三原桃さんだ(熊本日日新聞11月16日夕刊)。幼いころから将来の夢は俳優だった。高校のとき母の勧めで三味線に触れ、その道にと思い芸大に入学した。しかし舞台や映画ではパットしなかった。その間に俳優たちが不当な契約などで困っている現実を見たことから法律の道に進むことを決意する。そこで法科大学院に進学し司法試験に合格したというから「ものすごい」としか表現のしようがない。はじめは弁護士志望だったが、司法修習生のときに検事に変えたという。現在は横浜地検の所属である。とにかく「ものすごい」。 |
心が痛む裁判 2020/11/20 Fri 7436 昨日の続き
「裁判官の爆笑お言葉集]という書名だが、その終わりに取り上げられているケースには心が痛む。
母親が障がいのある娘の首を就寝中に絞めて殺害した事件だ。前日に一家3人はディズニーランドに出かけた。美しい光にあふれた[エレクトリカルパレード]を見れば、音を聴くことのできないわが子が楽しめると思ったという。自宅に帰ってから夫に離婚を迫るが相手にされなかった。ギャンブル好きの夫は多額の借金を抱えており、それが原因で家庭が維持できなくなっていた。そうした状況で先行きを案じた母親は娘の命を奪ってしまったのである。
娘がお気に入りのミッキーマウスを傍らに寝かせたという。この事実を知っただけでも涙があふれてくる。その後に自分も手首を切って自殺を図ったが死にきれなかったのである。判決は執行猶予のついた懲役3年の有罪だった。これも元々の原因を探ればギャンブルにまで行き着く。[それのみ]を[殺人行為]に結びつけることはできないとしても、[ギャンブル]が深刻かつ重大な問題を引きおこす可能性は否定できない。世の中には、表にはでないものの、厳しく深刻な現実の中に生きている人々がいる |
早出し夕刊(19):[基礎情報3時間]の設計 2020/11/19 Thu (7:32am) 7435 昨日の早朝夕刊(18)の続き
「リーダーシップ・トレーニング」の[リモート化]にあたって必要なものを考えた。まずは「基礎研修」だが、[これだけは欠かせない]要素としてつぎの3点にまとめた。それは、①組織や集団と人間理解に関する基礎情報 ②リーダーシップに関わる基礎情報 ③リーダーシップを改善・向上するために実践する行動目標の設定、である。そこで、①組織や集団についての基礎情報の提供を3時間とする。この間に10分の休憩を挟めば実質170分になる。これだと、9時に開始すれば12時でまとまりが付く。組織によって9時30分スタートの場合もあるが、これも12時30分で終わるから[午前中3時間]となる。 |
言葉の選択 2020/11/19 Thu 7434 昨日の続き
陪席裁判官が「刑務所に入りたいのであれば、放火より軽い犯罪にしなさい」と発言したのに対して、裁判長が「そう言いたくもなる」とフォローした気持ちは十二分にわかる。おそらく「不規則発言」に内心ではたまげ、あわてたことだろう。そのまま放置すれば、「小さな犯罪ならいいよ」とのお勧めにも聞こえてしまうものね。それにしても、超例外なのだろうが、どの世界にもこうした言動をする人がいる。
また、裁判官が未成年の女性に淫行をして捕まった事件における裁判官の発言も笑いを抑えがたい。被告に向かった裁判官が「言葉は悪いが、単なるロリコン、単なるスケベおやじだったのではないか。日本の司法の歴史の中で、とんでもないことをしたというのは分かっていますな」と叱ったという。自分たちの神聖なる職業が汚されたという心情があふれ出たのだろう。それにしても、「ロリコン」だの「すけべおやじ」などと言って断罪するとは、これまた裁判官らしからぬ生々しいお言葉の選択ではある。
わたしは一度だけ裁判の傍聴に出かけたことがある。そのときは民事だったが、欠席裁判で裁判官と弁護士が形式的なやり取りをするだけで終わった。 |
早朝夕刊(18):[ベスト・チョイス]の設計 2020/11/18 Wed (5:35am) 7433 昨日の早朝夕刊(17)の続き
この際は[リモート]を[ベスト・チョイス]として、具体的にどうするか。そこで最初に[基礎研修]の[リモート化]を考えた。これまでもっとも標準的な「基礎研修」は2日12時間だった。スタートから対人関係の基礎的情報を提供し、グループワークをを通してコミュニカーションのスキルアップを試みる。そうした準備をした上でリーダーシップの理解を深め、職場で実践する行動目標を設定して終わる。
わたしは、このすべてを[リモート]に翻訳することはまったく考えなかった。研修で使用する[情報や道具」を単純に移し替えるだけでは「生」のダイナミックさは失われる。それで2日間は長すぎる。 |
おもろい裁判官 2020/11/18 Wed 7432
人も人生もさまざまである。同じような罪を犯しても、その背景はすべて異なっている。報道される情報で知る限りは、人間とは思えない殺人犯がいる。その一方で、生きる望みを失った老夫婦が配偶者の首を絞めるといった悲惨な事件も増えてきた。超高齢社会を迎えて、こうしたケースが増え続けるのだろうか。それも人ごとではないのだが、いまのところ「何とかしなければいけない」と嘆いているだけである。
幻冬舎新書に[裁判官の爆笑お言葉集]という変わったタイトルの本がある。著者の長嶺超輝氏は国立大学の法学部出身である。彼は司法試験にチャレンジし続けたようだが、残念ながら希望はかなわなかった。そこで[裁判ウォッチャー]になったらしい。書名から伺えるように、堅苦しいと思われる裁判官のかなり[おもろい」発言を集めまくった。刑務所に入りたいとの思いから神社に放火した男がいた。これに対して陪席裁判官は、「刑務所に入りたいのなら、放火のような重大な犯罪ではなく、窃盗とか他にも…」なんて言ったらしい。これに裁判長も「そう言いたくもなる」とフォローしたという。これが事実だとすればかなり笑える。 |
早朝夕刊(17):[ベスト・チョイス]の提案 2020/11/17 Tue (5:50am) 7431 15日早朝夕刊(16)の続き
まずは、(1)[基礎/フォロ-]のいずれも[生]の[集合型]を【原則】とした。その上で、3つの対応を掲げた。
(2)[基礎]は[生]とするが、[状況]によっては、[フォロー]をリモートにする。
(3)[状況]に応じて、[基礎/フォロー]ともにリモートとする。
(4)【原則】[基礎/フォロー」ともにリモートとする。
二つの研修を[生]と[リモート]で組み合わせるから対応は4パターンになる。わたしとしては、(4)にも【原則】のラベルを意識して付けた。この「コロナ禍」が一時的なものだとは考えにくい。そうした状況で[リモート]は[次善の策]というのはいかにも消極的ではないか。これぞ[ベスト・チョイス」[原則]なのである。 |
「絶対」と「相対」 2020/11/17 Tue 7430
「[絶対]ということばは[絶対に使ってはいけない]と言うときだけにしか[絶対に使ってはいけない]」。わたしはこんなことば遊びをしてきた。学校教育では[絶対評価]といった用語が使われる。それは[達成度]を基準に子どもたちを評価することを意味している。これに対して他の子どもたちと比較するのが「相対評価」だ。オリンピックのメダルは後者である。
陸上競技の100m走などはゴールした順に順位が決まる。そのときどきの記録は注目されるとしてもメダルには関わりがないから[相対評価]である。これを[絶対評価]に変えるなら、[9秒60で走れば全員が金メダル]となる。
物理学の世界には[絶対零度]なるものがある。温度は物質の熱振動を基本にしているから、振動しない状態が想定される。理科の授業でそれが[−273.15℃]であることは学んだ。ただし、それは古典力学の世界での話である。量子力学と呼ばれる領域では[不確定性原理]なるものがあって、エネルギーが最低の状態でも振動をしているというのだから素人は混乱する。かの超人で[相対性理論」のアインシュタインは絶対的(?)に[不確定性原理]を嫌ったというから楽しい。 |
懐かしき切磋琢磨の時代 2020/11/16 Mon 7429 昨日の続き
横綱栃錦と初代若乃花が活躍したときは栃若時代と呼ばれた。その後大鵬と柏戸が登場し柏鵬時代になった。ただ大鵬が一方的に強く優勝を重ねていった。そのころ「巨人・大鵬・卵焼き」の3点セットが人気の代名詞と言われたりもした。わたしなんぞは、親譲りの天の邪鬼だから、そんな状況でとくに相撲には興味を失った。
それから随分と時間が経って、曙と若ノ花、貴ノ花のが三つ巴で優勝決定戦になったのは1993年名古屋場所である。このときは横綱曙、大関貴ノ花、関脇若ノ花の3人が13勝2敗で並んだのである。大関の小錦は9勝6敗、関脇武蔵丸は8勝7敗と振るわなかったが、それでも勝ち越しはしている。
貴ノ花が横綱になった1995年の初場所もその成績に目を見張る。優勝は新横綱貴乃花だが大関武蔵丸と同じ13勝2敗で優勝決定戦をしている。横綱曙と大関若乃花が12勝3敗で続き、大関貴ノ浪も11勝4敗なのである。さらに小結の安芸乃島も11勝4敗だから上位の実力のすごさがわかる。
貴乃花は1995年の名古屋場所で優勝が10回目に達した。その成績は13勝2敗、大関武蔵丸が12勝3敗、横綱曙と大関若乃花が11勝4敗である。 |
早朝夕刊(16):COVID-19 Before & After 2020/11/15 Sun (5:50am) 7428 13日早出し夕刊(14)の続き
わたしは[COVID-19 Before & After]のタイトルを付けたパワーポイントを作成した(2020/8/16)。それは、これまで実施してきた「リーダーシップ・トレーニング」にかかわるもので、スライド3枚から構成される。トレーニングは「基礎」と「フォロー」がセットになっている。最初の「基礎研修」では、受講者たちがリーダーシップについて理解した上で、職場で実践する行動目標を設定する。その後、3ヶ月ほど経過してから、一人ひとりが自らの実践を振り返り、その結果を分析するのが「フォロー研修」である。そこで、スライドのトップには[Before=これまで]のものを「[基礎/フォロー]とも[生]の[集合型]」と記した。 |
横綱・三役の競い合い 2020/11/15 Sun 7427 昨日の続き
いまから60年ほど前の1957年、大相撲春場所では横綱と三役の6人が10勝以上で競っていた。このほか大関に松登がいたが、こちらは9勝6敗でとりあえず勝ち越し、関脇大内山は5勝10敗と振るわなかったから、上位全員が好成績だったわけでなない。しかし、白鴎が勝ちまくっていたときの「一強」とは違って緊張感あふれる状況だったことは疑いない。
初代若乃花が新横綱になった翌年1958年の春場所もすさまじい。このとき優勝したのは大関朝汐で13勝2敗だが、同じ勝ち星の関脇琴ヶ濱がいて優勝決定戦をしている。それだけでもファンは喜んだはずだが、このとき横綱千代の山と新横綱若乃花の成績は12勝3敗である。もう一人の横綱栃錦も11勝4敗で続いている。さらに小結若前田は10勝5敗と二桁勝利している。つまりは、強いことが期待される横綱と大関・関脇・小結の三役力士たちは単純に強かったのである。
歴代の力士を比較して最強はだれかなど議論してもまったく意味がない。縄文人や弥生人と現代人のどちらが科学知識をもっているかを競うなど笑い話にもならないのである。それぞれの時代の中で競っていたことが大事なのだ。
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早朝夕刊(15):文章づくりと不満足感 2020/11/14 Sat (6:30am) 7426
夕刊に「語る」という表題がついた連載ものがある。このところ、水野良樹氏が「そして歌を書きながら」と題して書いている。プロフィールには[ソングライター 「いきものがたり」のリーダー]などと記されている。個別の内容は措くとして、その文章力にいつも感動しながら読んでいる。さすがに[ソングライター]、詞のプロであることを実感させられるのである。わたしも「味な話の素」で好き勝手に書きまくっているが、毎日が文章づくりの勉強をしているつもりだ。もちろん、回数を増やすだけで文章力が上達するはずもない。いつまで経っても満足感が得られないことが継続するエネルギーになっている。 |
「一強」の状況的要因 2020/11/14 Sat 7425
安倍首相と白鵬は長いこと「一強」だった。その理由を分析すればあれやこれや出てくるだろう。ただ、状況的な要因として両者に共通しているのは、「周りが[強くない]」、もっとストレートにいえば[弱い]という事実である。まさに「一強多弱」あるいは「一強他弱」ということだ。
まことに言いにくいが「周りが弱すぎる」のである。政治状況はわざわざ説明するまでもないだろう。角界については、白鵬に申し訳ないが、とにかく「他が弱すぎた」ことは否定できない。たとえば貴乃花の時代は曙がいて武蔵丸もいた。さらに武双山などの大関もけっこう強かった。
相当に昔(?)の話になるが、団塊世代が子どものころは栃錦と若乃花に朝汐などが拮抗する状況があった。わたしは初代若乃花ファンでだったが、相撲はラジオで[聴戦」するしかなかったが、大いに興奮した。
わたしが小学校3年生だった1957年の春場所は関脇朝汐が13勝2敗で優勝している。このとき、横綱栃錦と鏡里、関脇玉之海の3人が11勝4敗で並んでいる。また横綱千代の海と大関若乃花が10勝5敗である。横綱・大関・関脇の6人が10勝以上を挙げていて、切磋琢磨している状況がうかがえる。 |
早出し夕刊(14):「リーダーシップ・トレーニング」のリモート化 2020/11/13 Fri (8:24am) 7424 昨日の夕刊(13)の続き
看護協会の講習に「グループワーク」を導入した。ただ、受講者が80名を超える規模で、ライブの場合も12グループほどにわけていた。こうしたことで、わたしが一人で個々のグループの情報を収集することはできない。それでも「グループの力」によって講習の効果を高めたいと強い思いを持ち続けてきた。それこそが[グループ・ダイナミックス]なのだから。さて、わたしはライフワークである「リーダーシップ・トレーニング」については、[6人構成の6グループ]程度を標準にしてきた。そして、[基礎研修2日」と「フォロー研修1日」をセットにしている。そこで、これを「リモート化」することを考えた。 |
横断歩道で止まらないワケは… 2020/11/13 Fri 7423
横断歩道で人が渡ろうとしていることがわかったとき、どのくらいの車が止まるか。その数値を都道府県別に調査した結果を見ることがある。JAFによれば全国平均は21.3%ということだ。つまり、8割は止まらないのである。トップは長野県で74.2%にもなる。これに続くのが兵庫県の57.1%だった。一方、[ワースト3]は宮城県5.7%、東京都6.6%、岡山県7.1%でかなり低い。
具体的な調査方法は確認していないが、わたしはこの点に興味関心がある。道路交通法第38条第六節の二に「横断歩行者等の保護のための通行方法」が記されていて、ともあれ「止まる」ことが原則である。そこで、まずは、「①この決まりを知っているか」を聴いたみたい。その上で、個々人に「・いつも止まる ・3回に1回くらい止まる ・2回に1回くらい止まる ・ほとんど止まらない」といった選択肢を設定する。さらに、その理由を確かめるのである。これに対して「止まらないといけない」ことを認識している者はそれほど少なくないだろう。そして、「止まらないらないワケ」として、「それらしきモノ」があれやこれやと挙がってくるだろうと推測する。 |
早朝夕刊(13):効果の感触 2020/11/12 Thu (6:19am) 7422 10日の夕刊(12)の続き
看護看護協会の「リモート講習」について受講者の感想をピックアップしたメールをいただいた。わたしにとって心地よいものを選ばれたのだと推測しながらも、それなりの効果があったと思った。[Zoomによる講義でも多くのことを学ぶことができ、充実した時間でした]にはホッとした。また、[いま抱えている現状に突き刺さる講義で、とても興味深く、納得いく内容でした][いままでの講義とは違い、どう行動を起こすべきかという考え方を教えて頂き、とても勉強になり、良い刺激を貰いました]といった声もあった。そんなことで、とにもかくにも「初リモート講習」としては一定の評価を得たと思った。 |
一人の命は… 2020/11/12 Thu 7421 昨日の続き
[依存症]は[完全に治癒できれば元通り」とはいかない。本人はもちろん、周囲の人々、そして社会全体に[目に見える、見えない傷]を残す。個々の人生に[元通り]はない。これに対して「それは人数としてはわずかだろう」という答はあり得るだろうか。
日本赤軍に日航機がハイジャックされ、乗客の身代金600万ドルと服役・勾留中の9名の釈放を要求されたのは1977年9月のことである。これに対して福田赳夫首相が「一人の生命は地球より重い」と述べて、身代金を支払い釈放に応じた者を解放した。これは「超法規的措置」とされた。同機にはアメリカ人も乗っていて、犯人グループは彼等から先に命を奪うと脅したという。
この措置に対しては国内外から様々な意見が出された記憶がある。わたしのような法律の素人は、現在でも法学部などでの授業に取り挙げられるべき重要な事例だと思う。もちろん、実際にどうなっているかについての情報はもたない。
いずれにしても、[依存症は完治できる][そうなるケースはきわめて少数だ]といった回答はどう考えても説得性に欠ける。それは経済的な対策でバランスが取れる問題ではないのだ。 |
依存症の影響 2020/11/11 Wed 7420 昨日の続き
ギャンブルと依存症の結びつきを完全に阻止することは、少なくとも経験的には不可能だと思われる。科学的な見地からも、ギャンブルによって依存症が生まれないようにする手立ては発見されていない。そもそも依存症は治療をしても、そこから完全に立ち直ることが困難であることは周知の事実である。アルコールに覚醒剤などはその典型であり、完治の割合に差があるかもしれないが、ギャンブルも同様である。
また、こうした依存症はそれに囚われた本人だけの問題ではすまない。それは家族をはじめとして身近な人々にも重い負の影響をおよぼす。本来は健康で生きていける人間が依存症という病に倒れる。また最悪の場合は自ら命を絶ち、あるいは犯罪に手を染める事態を引き起こすことさえあり得る。そこまでいけば、個人や周囲の人間の範囲を超えた社会全体の問題となる。
こうした問題の発生を十二分に阻止する方策があるとは思えない。そもそも依存症になってしまえば、当の本人たちにとって取り返しがつかない。仮に「そのときは完璧な治療をする」ことができたとしても、病の期間中に体験する心身の負担が完全になくなることはない。 |
早朝夕刊(12):リモート講座事始め 2020/11/10 Tue (6:46am) 7419 昨日の夕刊(11)の続き
看護協会の講座は1.5日だった。今年の受講者は例年と変わらず80名を超えた。この人数を対象に、グループワークも取り入れながら10年以上に亘って「ライブ」で対応してきた。それが一気に「リモート」になったのである。グループは5、6人の構成にしていた、今回は最大でも4人程度で、しかも適切な距離が必要になった。こうした状況だったが、これまでわたしの「ライブ」をご存じの方が事務局におられたことから、それなりの流れができあがったと満足した。グループ発表はむずかしいので、くじ引き方式で発表者を指名した。その際は、事務局がタブレットでその顔と声を中継し、臨場感にあふれた。 |
「依存症」問題 2020/11/10 Tue 7418 昨日の続き
さて、[IRはギャンブルだけでない]というのは事実に違いない。推進派の橋下徹氏によれば、そもそも[3%に過ぎない]らしい。ものごとの判断は二つに分かれる。その数値を聴いて、「その程度なのだから、かまわないじゃないか」と考えるか、「その程度なのだから、なくったっていいじゃないか」と判断するかである。
そもそも反対意見のほとんどが「IRのすべてが悪いから止めろ」ではなかったはずだ。もちろん、「コロナ禍」となっては、「すべて白紙」という意見も出てくる可能性はある。しかし、これまでの議論は「コロナ」を仮定していなかった。ここで問題になっているのは「ギャンブル」の導入についてである。それが「ギャンブル依存症」だけでなく、お金に絡むさまざまな犯罪を誘発する可能性を懸念し反対しているのである。
とりわけ[依存症]が問題で、推進する人たちでも、「IRのギャンブルで[依存症]になる人間が出るはずがない」と断言できる者は1人もいないはずである。これに対しては「そんなケースが出ないよう努める」としか答えようがないだろう。あるいは「その場合は十二分に対応する」となるか。 |
早朝夕刊(11):リモート始動 2020/11/09 Mon (6:02am) 7417 6日の夕刊(8)の続き
リモーアプリ7本体制を実働する場がやってきた。それは九州の他県で行われた看護協会の講座である。日本看護協会は看護師のレベルアップのために公式の認定講座を設定している。そのうち、看護管理者等を対象にしたものとして「ファーストレベル」「セカンドレベル」「サードレベル」がある。わたしは地元の熊本ではこれまで3コースとも担当してきた。このうち、ある県では「コロナ禍」対応で県外の講師はリモートとされたのである。そこでわたしにも「リモートで可能か」との問い合わせがきた。これには大声で「待ってました」と絶叫しそうになった。PCの前で叫んでも唾が先方に飛び散る心配はない。 |
「だけではない」と言うとき… 2020/11/09 Mon 7416 昨日の続き
世の中は「だけではない」ことに充ち満ちている。それどころか、ものごとには無数の側面があるから、あらゆるものが「だけではない」部分をもっている。だからこそ「だけではない」はくせ者なのである。このことばには「だけでないこと」の重要性を相対的に低めようとする力が作用するからである。こう発言した頭の中では「もっと大事なことがあるんだよ」という声が聞こえている。
わたしもいじめの問題について話すとき、「[いじめはいけない]と言うだけでは十分でない」などと言う。わたしとしては、そのこと自身は間違っていないと思う。しかし、その際は「もちろん[いじめがいけない]と言い続けることは必要ですよ」と念を押している。その相対的重要性を低めてはならないと考えるからである。
ところで、ものごとには無数の局面があるのは事実としても、それらの間に[重要度][緊急度][優先度」などの[度数]に違いがあるのは当然である。もっとも、[度数」を判定するに当たって[すべての者が納得する」ことはまずあり得ない。そこでまたぞろ「数の論理」が話題になるのだが、今回はその議論はパスすることにしよう |
今月の表紙(10):街中の雲 2020/11/08 Sun (5:51am) 7415 昨日の続き
わたしは「雲」が大好きだ。前期高齢者になっても飛行機は基本的に窓側の座席を取る。機上からの雲は絶景である。雲は出会うたびに違った顔をする。ときには力強く怖さを感じる。また穏やかで繊細さも見せてくれることもある。しばらく眺めていると雲はフッと消えたり、ゆったりと生まれたりする。時間の流れとといっしょになって流されていく。その受動性がこれまたよろしい。写真は街中の交差点で信号が青になるのを待っているときに撮った。この時期らしい優しくうっすらとした感じが心を和ませる。 |
「だけではない」のは事実としても… 2020/11/08 Sun 7414
「コロナ禍」でIRの議論が表に出てこなくなった。一時は推進する立場から統合型リゾートは[ギャンブルだけではない]という声も聞こえていた。世の中の情報はマスコミを含めて[一部]が強調されることが少なくない。そもそも一つの事象でも[すべて]を伝えることは時間や空間がどれだけあっても不可能なのである。
仮に一人の人間を取り挙げるにしても、名前に性別、身長・体重などはっきりしている情報も無数にある。頭髪の本数や細胞の数に至っては本人を含めてだれにもわからない。生物的・身体的特徴に加えて趣味や行動の特徴なども大事な情報である。かくして、個人にかかわる情報の数そのものが[無数]にあることだけは[だれにもわかっている]。
そもそも一人ひとりの視覚にしても眼球の奥にある網膜の細胞に写っている[すべて]のものを認識してはいない。そのとき自分に必要な対象に焦点を合わせることで、目の前に起きている事態やモノについて理解するのである。そんなことだから、IRが[ギャンブルだけ]に焦点化されているのは事実なのだろう。しかし、[だけではない]との言い回しはかなりくせ者なのである。 |
今月の表紙(9):校舎とイチョウ 2020/11/07 Sat (6:17am) 7413
色とりどりの紅葉もいいが、一色のイチョウの美しさにも感動する。写真は熊本大学の「校舎とイチョウのツーショット(?)」である。熊大の前身である旧制五高の赤レンガを意識したデザインで、文系地区の建物はこうした色合いで統一されている。わたしは再雇用も含めて熊大からリタイアしたが、「教員免許状更新講習」の担当でときおり「古巣」に出かける。そんなとき、3、4階にある教室から構内を眺めると鮮やかなイチョウが目に飛び込んでくる。そのうち落ち葉として地上に積もるから、後片付けをされる方々には申し訳ないが、イチョウは「おとなしく」しかも「鮮やか」なところがいい。 |
昨日のことのように… 2020/11/07 Sat 7412
わたしは中学2年生の夏休みに佐賀県の伊万里中学校から福岡市の香椎中学校に転校した。父の異動に伴うものである。その当時は毎日のように米軍戦闘機の音が聞こえていた。板付基地から飛び立ったジェット機は博多湾から志賀島を飛び越えて飛んでいく。しばらくすると「ドカーン」と木造の職員宿舎を揺らす爆発音を発する。それが音速を超えたときの衝撃によるものだと知った。その情報をいつだれから得たのか記憶にない。
板付基地は私が大学生になっても存在しており、占領下のにおいを残していた。米軍のファントム戦闘機が九州大学構内に墜落したのは1968年6月のことである。たまたま場所が建築中の大型計算機センターだったことは、まさに不幸中の幸いだった。この事故で九大の学長を先頭に基地撤去のデモが行われた。
現在、国際線ターミナルがあるところに〝ITAZUKE AIR BASE〟の看板があった。当時は日本の民間航空機も含めて米空軍が航空管制をしていた。先日、岩国基地の戦闘力が強化されているというニュースを観て板付基地を思い出した。それを「昨日のこと」のように憶えているのだから、人の記憶はすさまじいものだ。 |
早朝夕刊(8):リモート7本で準備万端! 2020/11/06 Fri (6:06am) 7411 昨日の夕刊(7)の続き
半年あまりで、[Zoom][Skype][Google meet][V-cube][Webex][Teams]まで来たが、 10月になって熊本県内の行政機関との情報交換に[Meeting plaza]なるものが飛び出したのには驚いた。こちらはNTT系だった。これでついに「リモート・セブンスター」となった。まさに「花の七人衆」である。ラッキーセブンは縁起もいい。とにもかくにもこんなことになるとは想像もしなかった。かくして、わたしは現時点で7本の[リモートアプリ]に対応可能であることを自慢し、縦横無尽(?)に使いこなしている(?)」のである。まさに朝からワクワクで新たな展開に準備万端なんです! |
取り調べの可視化 2020/11/06 Fri 7410
くわしい状況は知らないが、取調中の可視化が進んでいる。木村拓哉・二宮和也の映画「検察側の罪人」(2018年公開)では取調室の状況が見せ場になった。二宮演じる検察官の被疑者に対する壮絶な攻撃は背筋が寒くなるほどだった。もちろん、それが事実かどうかは知りようがない。
ただ、現実世界でも郵便不正に絡んで逮捕された厚生労働省の村木厚子局長の事件がある。本件は逮捕から保釈までの拘束日数が164日にもなった。その間の取り調べについて、村木氏は検察官がどうのような「攻め方」をしたのかを詳細に語っている。
いわゆる冤罪事件も密室での取り調べから生まれることが指摘されてきた。こうしたことから、取り調べの可視化は必然と言える。その一方で、可視化によって罪を逃れる犯罪者が出る可能性はゼロとは断定できない。検察側にはこうした問題の発生を防ぐ対策の創造と技術の向上が求められる。「十人の真犯人を逃すとも一人の無辜を罰する勿れ」と言われるが、可視化はわれわれにそれを自分のこととして受け入れる覚悟を求めている。 |
Short shot(7):現代の「南北戦争」 2020/11/05 Thu (9:04am) 7409
わが国の報道もアメリカの大統領選挙でにぎわっている。どちらが勝っても暴動が起きるのではないかと心配する声がある。彼の国は銃器の所有が、一定の条件はあるらしいが許容されている。そこで合法的(?)に武装した集団が対峙すれば不測の事態が発生してもおかしくない。それは内戦であり、まるで「南北戦争」すら思い起こす。国が分断されているのである。そんな状況に「対岸の火事」と「高みの見物」を決め込んでおれるのか。 |
ある方のご指摘で[Google meet]のダブりに気づきました!
本コラムでは「一度公開したことは誤字脱字等の明らかな誤り以外は修正しない」ことにしております。明日、改めて修正版をアップしますので、ここでは「チョンボ」をご報告させていただきます。 |
早出し夕刊(6):ついにラッキーセブン[Google meet] 2020/11/05 Thu (8:41am) 7408 昨日の夕刊(5)の続き
[Zoom][Skype][Google meet][V-cube][Webex]に[Teams]が参加した。あとは「ラッキーセブンか」と思っていたら、本当に来た。お次は[Google
meet]である。その名のとおり[Google]系で[g-mail]と相性がいい。それにしても「コロナ禍」で[リモート花盛り]の様相を呈してきた。これまでも「テレビ会議」を導入していたところはあった。わたしも、たとえば東京の本社での講演を支社や工場でも[視聴する]ケースは何回か体験したことがある。それが「コロナ」という外圧によってリモート化が定着してきた。ともあれ、わたしも半年あまりで[七つ星]対応となった。めでたし、めでたし。 |
「北風」的雰囲気では… 2020/11/05 Thu 7407
安全に限らず、上からの指示や命令だけでは組織は健全に動かない。それらがみんなに「気持ちよく、納得して受け入れられる」ことが必須の条件である。そうなれば、各人がそうした指示や命令にかかわる行動を進んでとることになる。もっとも、「気持ちよく」とか「納得」などは何とも曖昧な表現ではある。それを受け止める側の「程度」が問題になる。このあたりが「口で言うほど」簡単ではないのである。
ただし、その点にこだわりすぎて、「わかる者だけわかればいい」となってはまずいに決まっている。こうしたとき「下から」の情報を得ることが欠かせない。個々の指示や命令に対する「下」の考えや意見を汲み上げるのである。もちろん、これにも「程度」の壁が付きまとう。何でもかんでも言うとおりにしていたら組織は動かない。そもそも一人ひとりが違うのだから「完璧に納得し受け入れる」ことなど期待できない。そこは「小さな前進」を積み重ねていくのが正しい選択ではないか。
「下の意見など聴いていたら先に進まない」。そんな「北風」的雰囲気で指示や命令を与えていると、みんなが「コート」をしっかり押さえて抵抗する。 |
早朝夕刊(5):「おいでなすったな」第六は[Teams] 2020/11/04 Wed (5:55am) 7406 昨日の夕刊(4)の続き
今年の4月からはじめた[リモート]だが、7月までに[Zoom][Skype][Google meet][V-cube][Webex]の5本対応体制となった。次から次へと[初物]が登場するから「おいでなすったな」とワクワクする。そして、8月に入るとマイクロソフト系の[Teams]が加わった。すでに書いたが、アプリは共通する部分が多いから、「新参者」に出会っても戸惑うこともない。むしろ「[✵✵]ではこんな機能があるのですが、このアプリではどこにありますか」などと余裕(?)の質問をする。先方も使いはじめのケースが多く、「よくご存じですね」と驚かれる。小者はそんな反応に小さな快感を味わっている。 |
繰り返されるセリフ 2020/11/04 Wed 7405
今年の2月、「三菱電機、パワー半導体検査不備 14年から4年以上」との見出しが躍った[日経新聞 10日付Web版]。三菱電機は二種類の半導体製品の出荷検査に不備があったと発表した。これは福岡市にある同社の製作所で起きたものだ。その期間は2014年11月上旬から19年6月下旬までで、合計4705台が出荷されていた。
この間、4年半以上にもなるのだから、「気づかなかった」ではすまされない。仮にそうであれば、製造業に携わる組織としての能力が疑われる。ことの詳細を見ると、14年5月に顧客と新しい検査規格を取り決めたらしい。ところがその後も旧い規格のままで検査を実施していたという。その変更が製造現場認識されていなかったのだろうか。そうだとすれば、検査不備が意図的だったとは言えない。しかし、新しい規格への変更は重大な事項である。それが実行されていなかったのだから、組織の問題を指摘されてもしかたがない。
同社は「新しい検査規格の値より高い電圧をかけても製品に問題がないよう設計しているため、安全性に問題はないと考えている」という。このセリフ、問題が発覚するたびに繰り返し聴かされる |
早朝夕刊(4):続いて第五の[Webex] 2020/11/03 Tue (5:17am) 7404 昨日の夕刊(3)の続き
さて、[Zoom][Skype][Google meet][V-cube]まで来たが、まだまだ「リモート・アプリ」の流れは止まらない。新参の[V-cube」で情報交換した翌日には[Webex]なるものに遭遇する。これは30名ほどが出席する会議だった。これまでは東京に出かけていたが、これが[リモート化]された。このときは多人数での情報交換を体験したがじつにスムーズにいった。その後、わたしがお付き合いする組織では[Webex]を採用するところがもっとも多くなった。それぞれがセキュリティを含めて適切と判断して導入されている。ともあれ、映像・音声ともに、わが家の光ネットシステムで十分に対応することができた。 |
リスク感度 2020/11/03 Tue 7403
ニュースの足はドンドン速くなっている。ゆうちょ銀行の不正引き出しが明るみに出たのは9月のことだ。記者会見で問題の原因を問われた社長は「何がいけなかったかというと、安全性に対する全体のリスク感度が低かった」と答えた。つまりはリスクに対する感受性が低いため、その評価も甘くなったことを認めたのである。まったくの部外者から見てもその通りとしか言いようがない。
今後セキュリティレベルを高めるのは当然として、組織として明らかにすべきことがある。それは導入を検討する際、リスクに関して行われた議論の内容である。今の時代、ネットに絡むソフトに関しては十分すぎるチェックをしなければならない。そうした状況下で、「このレベルでゴーサインを出せばこんな問題が起きる」と考えた人間が一人もいなかったのか。わたしの「常識」ではそんなことはあり得ない。いやあってはならないのである。仮にそうした意見が出せなかったとすれば、どうしてなのか。あるいは懸念する意見が出たにもかかわらずそれが活かされなかったのか。こうした点を押さえなければ、「感度が低い」と言うだけでは同じことが繰り返される。 |
早朝夕刊(3):第四は[V-cube] 2020/11/02 Mon(6:23am) 7402 昨日の夕刊(1)の続き
さて、わたしの「リモート研修案」に対して7月中には関心をもたれる組織が出はじめた。そこで具体的な打合せをすることになり、登場したのが[V-cube]である。わたしにとって [Zoom][Skype][Google
meet]に続く、第4の初体験アプリになる。このころになると、使い勝手に共通性があることもわかってきた。いずれも双方向のコミュニケーションが基本なのだから基本的な部分が似たようなものになるのは当然である。わたしとしても、3本で培った知識と技術が活かせるのである。こちらとしては「何でもござれ」と心に余裕が生まれてきた。それに新しいものに接するのだから、じつに面白く楽しい。 |
メリット、デメリット評価 2020/11/02 Mon 7401
人間のすることに100%正解はあり得ない。だから意思決定にあたっては、複数の選択肢がもつメリットとデメリットを比較して、メリットが多い、あるいはデメリットが少ないものを選ぶことになる。ところが、メリットやデメリットの評価がこれまた全員一致といかないのである。それも、たとえば性別や年齢で異なるケースがけっこう多い。
わたしは熊本県明るい選挙推進協議会の会長を8年間に亘って務めたことがある。その間、学生に対して選挙で投票に行くよう呼びかけ続けた。さまざまな政策のメリットとデメリット評価は年齢層で異なることが多い。現在、団塊の世代に代表される「塊」が圧倒的シェアを誇っている。たとえば20代が100%投票しても、団塊の世代を含む高齢者たちの投票率が60%にでもなれば、おそらく高齢者向けの政策にウエイトが置かれる。
大阪都構想の住民投票は「反対」が多数だった。わたしは早寝だから、「賛成」がわずかに上回っている時点で気が遠くなった。目が覚めてから結果だけを知ったが、これから出てくる分析に興味がある。 |
Short shot(2):開けて見ればトランプ? 2020/11/01 Sun(10:05am) 7400
選挙に素人でかつ外国人ながら、アメリカの大統領選挙には関心がある。トランプ対バイデンのいずれが勝利するか、さまざまな意見が飛び交っている。世論調査ではバイデン氏のリードは変わらない。ただ、ABCニュースをウォッチしているとトランプ氏の行動力とパワーは圧倒的である。一方のバイデン氏の顔は77歳のそれで迫力が今ひとつなのだ。アメリカの有権者が何を基準に投票するのか知らないが、「開けて見れば現職」もありそうな気がしている。 |
早朝夕刊(1):「コロナ禍」のベストセレクト 2020/11/01 Sun(6:52am) 7399 10月31日の続き
この連載は月をまたいでしまった。わたしはメールで「リモート」による研修を提案した。そのまとめにとして「[コロナ禍]では[次善の策]であるリモート化を選択せざるを得ない」と書いた。その上でつぎのように続けた。
このように表現すると「引き気味」ですが、私は「「リモートの導入」こそが「『コロナ禍』における『ベスト セレクト』」という発想の転換が求められていると考えています。「リモート」が「生」に及ばない点もあれば、「その逆」もまた「真」なりです。ここで大事なことは「学び」の機会を提供し続けることだと思います。また、それに「適合する道具」のイメージも出来ています。
このやり取りは7月のことである。 |
ことばは人格の体現 2020/11/01 Sun 7398
地方紙の電話投稿欄には読者のいろいろな意見が載っている。昨年の3月19日だが、71歳の女性が孫の指導者の発言を伝えていた。タイトルは「先生の言葉に孫がっかり」である。
小学6年生の孫が「ホワイトデー」に母親と一緒にクッキーを焼いて、「バレンタインデー」でチョコをくれた女の子にお返しをした。孫は地域のスポーツクラブで剣道をしていて、クッキーをたくさん焼いたものだから指導してくれている先生にも渡した。これに対して「返ってきた言葉は、ありがとうどころか毒は入っとらんどね」だった。孫がおばあちゃんに「がっかりした」と言ったのは当然である。「スポーツは豊かな心を育てることも目標の一つだと思います。冗談のつもりだったのかもしれませんが、指導者は子どもたちへの接し方にも配慮お願いしたいです」。
孫とおばあちゃんの気持ちがよくわかる。「ことばは人間理解最強の道具」だが、一方で「人間誤解最悪の凶器」でもある。子どもからの贈り物に「毒は入っていないだろうね」とは、まさに「毒の入った」返しことばではないか。これを聴いた指導者は「ホンの軽い気持ちで、そう言っても問題が起きる関係だとは思っていなかった」と釈明するだろう。ことばはそれを発する者の人格を体現する。 |
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