早朝夕刊(30) : 初「リモート研修」速報 2020/09/30 Wed (5:30am)7335
初「リモート研修」は、1日目を無事に終えた。朝9時30分からの開始だが、9時に先方からの「招待メール」に応じて Zoom を立ち上げた。すでに交信チェックは済んでおり、映像と音声は問題なく繋がった。画面の共有化もスムーズで、わたしが提示するパワーポイントやネットも順調に作動した。まずは「めでたし、めでたし」である。もちろんライブとの違いはある。受講者の表情や笑い声など、そのときどきの反応や会場の空気は把握できない。それでも「コロナ禍」が落ち着かない状況である。まずはこれを「ベスト」としよう。わが家の机上で話したのに、やや声がかれていることに気づいて苦笑した。 |
早朝夕刊(29) : 誰も言わない世界 2020/09/30 Wed (5:10am)7334 昨日の続き
そもそも138字もの一文がわかりにくいことこの上ない。誰が素案をつくったのか知りようもないが、「これではわかりにくいですよね」なんて発言をする者がいなかったのか。これを受け取ったとき、わたしは現役だったし、事務的にわからないことがあれば確認することもできた。誰もがこうした恵まれた状況にいるはずもない。そんな人たちのことを考えながら仕事をしていたのかどうか、大いなる疑問がある。はじめは小さな「前例踏襲主義」「事なかれ主義」で対応していても、それが積み重なっていけば、「巨大鍾乳石」と化すのである。それにしても、「あの年金騒動」が今では「大昔話」になっていないか。 |
「16両編成」が消える日 2020/09/09/30 Wed 7333
7月号の表紙で東海道新幹線のグリーン車をわたし一人で占有した写真を載せた。JR東日本も含めて鉄道会社は大赤字である。とにかく客が乗らないのだから当然である。まさに「コロナ禍」の影響である。
ところで、JR東海の新幹線は開業以来ドル箱を誇り、いつのころからか全て16両編成になった。九州新幹線は8両が基本だからそのすごさがわかる。それもラッシュ時(?)は3分おきというすさまじさである。その一方で、「コロナ」は一時的な現象だと考えたいが、わが国では人口減少が加速している。しかも「コロナ禍」の中でリモートワーク化が進み、それに対応して鉄道への依存度が低下するに違いない。
私はふと思った。あの16両編成がいつまで続くのだろうかと。このまま維持するのはとても無理だろう。20世紀後半の50年を生きた人間にとって、それは寂しい事実ではある。しかし、現実は現実として受け入れる心の準備が必要である。新幹線16両編成の終焉は時間の問題と考えた方がいい。
こうした状況に政治はどう答えるのか。今や目先の利益で誘導している時間などない。すでに取り返しのつかない事態に陥っていないか。 |
早朝夕刊(28) : 「リモート研修」への旅立ち 2020/09/29 Tue (5:38am)7332
この2020年が世界史の教科書に残ることは疑いない。パンデミックが世界を襲った年として。それと同時に人間の思考や行動が変革したことも記録されるだろう。わたしも人生で初めての「巣ごもり」生活を体験し、その流れは続いている。そうした状況で「リモート」による情報交換が日常的になった。そして、本日わたしは記念すべき日を迎えた。今日9時30分から明日の午前中にかけて、「リモート」による研修を行うのである。これまでも「ミーティング」は繰り返してきた。その中にはほぼ1日がかりのものも含まれている。しかし、「研修」となれば、これが初めてなのである。朝から興奮気味でいる。 |
早朝夕刊(27) : 「迎合」のない辞書 2020/09/29 Tue (5:09am)7331 昨日(早朝夕刊(26))の続き
ここまで来たついでに、広辞苑の「ポピュリスム」を引くと、まずは「①一般大衆の考え方。感情・要求を代弁しているという政治上の主張・運動。これを具現する人々をポピュリストという」が来る。それから②に「アメリカの第3政党」の説明があり、③の「中南米における政治運動」で終わる。ここには「大衆迎合」という言葉は含まれていない。最初の①に「そんなニュアンス」がないとは言わないが、まっさらな気持ちで読めば、大衆の立場に立った「大事な主張・運動だ」と受け止めるだろう。そこから「迎合」の意味合いまで読み取ることを期待するのは無理な話である。辞書も複数で確認する必要がある。 |
「特別便」の「漏れ」 2020/09/09/29 Tue 7330 昨日の続き
「ねんきん特別便」には、人生最初の就職先である九大と当時現職だった熊大の記録が掲載されていた。ただし、この二つの間に1年半のブランクがあった。それは私が鹿児島女子短期大学に勤めていた期間である。このとき私は私立学校共済組合に所属していた。鹿児島の短大を退職した際には、私立学校共済組合から書類を受け取っていた。それを手元に保管していたから、いささかの問題もなかった。
その「特別便」には、つぎのような「但し書き(?)」が記載されていた。「『もれ』や『間違い』があった場合でも、別途、各共済組合から送付された「年金加入記録のお知らせ」に記載された年金加入期間が正しければ、後日、各共済組合と社会保険庁との情報交換により、正しい年金加入記録を社会保険庁で管理することになるため、訂正せずに回答しても特に問題はありません」。なんと一文で138文字にもなる。
これを要約すれば、「仮に漏れていても、あとで関係部署と情報交換するから、そのままでいても大丈夫ですよ」と言っているわけだ。世の中を騒がせた挙げ句に「特別便」を出さざるを得なくなった状況で、「そのままで問題ない」の一文を信じた者がいただろうか。 |
早朝夕刊(26) : 「ポピュリスム」いろいろ 2020/09/28 Mon (5:24am)7329 昨日(早朝夕刊(25))の続き
わたしの手元にある電子版の「ブリタニカ国際大百科事典」は「ポピュリスム」の項をロシアの帝政に対する民衆の力を結集した社会主義運動からはじめている。これに対して「精選版
日本国語大辞典」では、「19世紀末にアメリカ合衆国に起こった、農民を中心とした社会改革運動。第三の政党・人民党を結成し、政治の民主化や景気対策などを要求した」ことを筆頭に挙げているがロシアの記述はない。その上で、「1930年代以降に中南米諸国の都市化を反映して発展した、労働者を支持基盤とする民族主義的な政治運動」がつづく。そして最後は「俗に、大衆に迎合するような政治姿勢をいう」でまとめている。 |
年金問題 2020/09/09/28 Mon 7328 昨日の続き
いまや65歳以上が3,617万人、全人口の28.7%にも達した。現在の国力や今後の人口減少を前にして、「年金制度はこのままでいい」と心から信じている者がどのくらいいるだろう。いまや先を見通すことがきわめて困難な時代である。そうだからこそ、政治は100年先とまでは言わないが、20年、30年単位のスケールで仕事をしなければならない。とまあ、この話を広げていくと際限がなくなる。今回は「25mプールのメダカの赤血球=記憶の風化」がテーマだった。
さて、あの政権交代の前後に、年金の記録が杜撰だと大問題になった。そうした事態を受けて私にも「ねんきん特別便」がやってきた。それを見て苦笑した。私の場合も記録がしっかり「漏れて」いたのである。そのときまでは「他人事」と「信じていた」ことが「自分にも当たる」ことを体感したのだった。当時のわたしは熊本大学の職員で文部科学省共済組合に所属していた。また、わたしが給料をもらいはじめたのは九州大学の助手をしたときからで、これが2年間である。「特別便」には「1と2」の番号が振られていて、それらが九大と熊大に対応していることは、その期間からすぐにわかった。 |
早朝夕刊(25) : 第一声と「うん?」 2020/09/27 Sun (5:34am)7327
菅首相の第一声の中に「国民が喜ぶ政治」が入っていた。その言葉自身にとくに問題はない。それはそうなのだが、私の頭の中では「うん?」という声が聞こえた。そのとき「ポピュリズム」という言葉がペアーになって出てきたからである。それは「人民主義と訳されるが、その意味は適用範囲によって異なる(ブリタニカ国際大百科事典)」。
歴史的には19世紀の後半にロシアで発生したナロードニキ運動も含まれる。それは絶対君主体制の打倒を目指した知識人たちによる社会主義運動である。その拠点は農村であり、民衆の力による抑圧体制の変革を目的にしていた。「ポピュリズム」の走りと言うべきか。 |
他人事の世界 2020/09/09/27 Sun 7326 9月25日(早朝夕刊(23))の続き
プールにいるメダカの赤血球レベルで、記憶の彼方に消え去ったものに「年金問題『騒ぎ』」がある。年金記録の中にでたらめなものがあふれていたという「あの問題」である。世の中で起きるトラブルは絶えることがないが、そのほとんどが「他人事」に思われる。しかし現実にそうした事態に巻き込まれてしまうと、「まさか」「どうして自分(たち)に」という思いが募ってくる。
たとえばわたしの場合は母親を手術ミスで亡くした。山崎豊子の原作「白い巨塔」が映画化されたのは1966年である。まだ大阪駅前が再開発されていない戦後のバラック状態だったと思う。そんな時代に、田宮次郎扮する財前五郎が駅の横にあった郵便局から岡山の母親宛てに現金書留を送るシーンは今も蘇る。優秀な頭脳と技術の持主で、自分自身に過剰なほど自信家の財前が誤信をするのである。その結果、患者は亡くなり、その家族が裁判を起こすというストーリーだった。これに医学部の教授昇任を巡る暗闘が絡められる。
映画の公開時期から推測すると、わたしは高校3年生だったが、この映画をたしかに観た。そのとき誤診や手術ミスなどまったくの他人事だった。 |
早朝夕刊(24) : 身近な人たちの旅立ち 2020/09/26 Sat (5:09am)7325
守屋浩氏が亡くなった。わたしが小学生のころ、ラジオから「ぼーくのこいびと、東京にいっちち ぼくのきもちを知りながら …」と歌う声を繰り返し聴いた。子ども心に、東京が一生に一度でも行けるだろうかと思うほど遠い遠い時代である。わたしは伊万里小学校の5年生だった。この歌よりも「ありがたや節」がさらに印象的だった。お金がなくても、恋人から振られても、何があっても、「ありがたや」のプラス思考で行こうと勇気づけてくれた。それは、いつの間にかわたしにとってカラオケの十八番になっていた。何分にも前期高齢者後期である。最近は心理的に身近にいた人たちの旅立ちが増えてきた。 |
「羅生門」 2020/09/26 Sat 7324
全く素晴らしい。これ以上の感動を与えうるものがあろうか。とにかく素晴らしい。「羅生門」は黒澤明と三船敏郎の名コンビによる作品だが、とにかく面白いと思う。この成功の原因は芥川龍之介の原作が大変面白いことも大いに影響している。今から14年前にグランプリを獲った作品である。
一つの殺人事件についての4人の証言がまるで違っていて、その真相はわからない。ここで明らかなことは、山中で夫婦が賊と出会ったこと、賊が男を騙して縛り、女に暴行したということ、そして男が死んだこと。この三つ以外に4人の証言のどれが事実なのかさっぱりわからない。芥川、そして黒澤の両氏がこの物語を通して言いたいことがよくわかる気がする。本当に人間は信用できない手前勝手な奴ばかりである。エゴである。人間ほど頼りになるものもいないが、逆に信頼を裏切るのも人間である。何しろ嘘をいくら言っても本当だと言い張れば事実はわからなくなるのであるから。今日は記念すべき日である感銘の日である。
1965年12月11日土曜日、高校2年生のわたしは福岡の西新にあった映画館で「羅生門」を観た。その日に書いた日記である。 |
早朝夕刊(23) : ほとぼりが冷めるのを待てば… 2020/09/25 Fri (5:16am)7323 昨日(早朝夕刊(22))の続き
われわれが記憶に留めるのは「25mプールの水の中にあるメダカの赤血球」くらいだと考えた方が良さそうだ。それも「自分に直接関わることファースト」であるのも当然である。かくして世の中のことは記憶の彼方に飛んでいく。昔の人たちだって「人の噂も七十五日」だと認識していたのである。そんなわけで、世の中が騒然としていても「ほとぼり(熱・余熱)は冷める」に決まっている。これを一般的に「風化」と言ったりもする。かくして、記憶のメカニズムを知っている者は時間の経過をひたすら待つのである。しかも、この特性は世の中だけでなく当の本人の記憶まで風化させる力があるように思われる。 |
なんでか「教育情報科学」2020/09/25 Fri 7322
わたしは熊本大学を退職するまで「教育情報科学」なる講義を担当していた。学会などで旧知の仲間たちにその手の授業をしていると言うと首をかしげられることが多かった。「おまえが、なんで『情報科学』なんや」というわけだ。このあたりの経緯はすでに本コラムで触れた。それを改めて書き始めるといつものようにおびただしく脱線して元に戻れなくなる。ここでは1979年に「熊本大学教育学部附属教育工学センター」に採用されてから、「視聴覚教育」の授業を担当したくらいの説明でおしまいにしておこう。
その「情報科学」のネタ探しの一環として海外のマスコミに興味をもち、朝日新聞社が発刊している〝New York Times日曜版〟を購読していた。まずは取り上げる話題が違うのは当然である。わが国で騒動となっているニュースなど出てくるはずもない。アメリカに影響を与えることではないからである。ただし、これはアメリカだけの現象ではない。どの国にしてもニュースが「自国ファースト」であることは当然なのである。それでも、ときおり「自分の国がこんな風に見られているのか」といった思いになる記事が載ることもある。 |
早朝夕刊(22) : メダカの赤血球 2020/09/24 Thu (5:33am)7321
われわれはあふれる情報あるいは刺激の中で生きている。だから、その「すべて」を受け止めることができないのは当然である。さらにそれを消化するのは、全体の量から見れば「ゼロ」にちかい。ラジオで魚類の専門家が、われわれが知っている魚の種類は「全体を25mプールの水とすれば、耳かき一杯くらい」と話していた。科学の世界でこんなものだから、毎日入ってくる情報や刺激のうち個々人が消化しているのは「25mプールにいるメダカの赤血球くらい」ではないか。それも「消化している」というよりも、厳密には「そのつもり」になっているだけのことである。 |
真夜中の思い出 2020/09/24 Thu 7320 6月9日の続き
大学の合格発表を午前零時に行うという「事大主義的儀式」に立ち会うため、わたしは寮の先輩の寿崎さんと九大に出かけた。その日は映画を観て、卒業した高校にも寄っていたが、それでも発表会場に着いたのは22時ころだった。それから、その時間が来るまで大学近辺をさまよった。その場所の一つが鹿児島線沿いにあったお墓のあたりだったことを鮮明に記憶している。その後は電車でここを通過するたびに思い出す場所になる。
そうこうするうちにその時間がやってきた。わたしは午前零時の暗闇の中に照らし出された名表のなかに自分の名前を見つけた。そのとき私は心の中で叫んだ。「よおーし、これから勉強するぞーっ」。こんなことを書くと「嫌みな奴だ」と失笑されるかもしれない。しかし、わたしは間違いなくそう思ったのである。このとき、長崎のわが家でもテレビの中継を見ないでおこうと早めに床に入った父が目を覚ましてしまった事件が起きていた。それを父から届いた3通の「連続はがき」で知ったことは、先月末から今月初めにかけて本欄に記した。それから真夜中の福岡市内を寿崎さんと歩いて帰ったのかどうか記憶にない。 |
早朝夕刊(21) : ミスの報告と環境 2020/09/23 Wed (6:06am)7319
仕事でミスをする叱られる、将来に響く。そうした状況下では「ミスしない」ことに神経を使う。それが適度の緊張感に繋がるのであればけっこうなことである。しかし、それでも人間はミスをする。そこで自分のあるいは自分たちのミスを隠したくなる。そうした気持ちになること自身は自然である。しかし、それは組織にとってマイナスに働くことになる。こうした壁を取り除くにはそれなりの環境づくりが求められる。自分からミスを報告しても将来に響かない、むしろミスを申告することを組織への貢献と見なす。もちろん、同じミスを連発することには程度と限度があるけれど…。 |
「敬老の日」の誤読 2020/09/09/23 Wed 7318
敬老の日に「65歳以上 最多3617万人」という見出しの記事が載った。小見出しは「敬老の日 団塊世代 全員70代に」である。本コラムでも繰り返し取り上げているが、名付け親の堺屋太一氏によれば、「団塊の世代」とは太平洋戦後の1947年~49年に生まれた者を指す。いわゆる「第一次ベビーブーム」の世代である。
それは情報は周知のことだが、記事の中に「当事者」であるわたしに「ちょっと気になる数値」があった。「『団塊の世代』が全員70代となり、70歳以上は78万人の大幅増で…」の一文である。この記事この部分だけを見て、「1949年生まれの78万人」が増えたと読んでしまった。わたしの記憶では、「1949年生まれ」は269万人である。この二つの数字を引き算すると「191万人」だから、そんなに多数が70代に達する前にあの世に逝ったのかと驚くよりも、「これってどこから出てきたの」と数値そのものを疑った。
しかし、それも一瞬のことで、「70代以上」で昨年中に亡くなった人の数を引いた結果なのである。つまりは、わたしの早とちりだったが、同時にいま「団塊の世代」は何人ぐらい生きているのか知りたくなった。 |
早朝夕刊(20) : 避難指示体験 2020/09/22 Tue (6:01am)7317
台風10号が接近した際に友人から電話があった。「熊本市に避難指示が出ているけど大丈夫か」と言う。わたしの周辺に限ればとくに問題のない状況だったのでその旨を伝えて感謝した。たしかに知り合いの地域に「避難指示」が出たとなれば心配する。このときは「熊本市全域」で、対象世帯数は346,685、対象人数に至っては732,776人と半端ではなかった。
こうした体験をすると、その数値が意味するところがわかってくる。ほかの地域の災害の際に、ニュースで「避難指示者数」が多いと「そんなにすごいのか」と驚くことがある。しかし、その「危険度・深刻度」には同じ地域内でかなり違っているのである。 |
「粘着質」の鑑 2020/09/09/22 Tue 7316
わたしが尊敬する人は今このときだけでなく、長い歴史の中にもたくさんいらっしゃいます。鎌倉時代の説話集「古今著聞集」に登場する藤原成通さんは、その筆頭とも言える方です。彼は蹴鞠の名人だったとのことですが、その記録に圧倒されまくりです。
まずは蹴鞠場に立ったのが7,000日といいます。たとえば、今日を初日とすれば、7000日目は2039年11月22日というすごさです。しかも、そのうち2,000日は一日も欠かさず連続らしいのです。これでも2026年3月15日になります。わたしが「粘着質中の粘着質」と称賛するのにはご賛同いただけると確信します。
そもそも、わたし自身が「粘着質」なのです。つまりは藤原さんを引き合いに出して「自慢する」いつものパターンになってしまいました。本コラムは2003年4月29日スタートですから、本日で6,356日連続となります。そして7,000日目は2022年6月28日です。まずは、そこまで元気で書き続けることを目標にしましょう。
ところで、手書きの日記は高校1年生の11月19日から続いていますから、本日書くと20,396日となります。成道さんはわたしの「粘着質」をほめてくれるでしょうか。 |
早朝夕刊(19) : 中立・正義… 2020/09/21 Mon (5:58am)7315 昨日の続き
いろいろな歴史があって制度がある。だからアメリカの最高裁判事が終身であることにも理由があるに違いない。ただ、ド素人の外国人としては、アメリカの最高裁人事もまた権力闘争の一つの結果であるとの印象を受ける。その結果として選任された判事の任期が終身と聴けば、それなりのめまいがする。
国を問わず、裁判におけるすべての判断が法と良心に基づくというのが原則に違いない。しかし、それも人間が頭の中で考えた結果であり、所詮は建前に過ぎない。そもそも、感情を持たない人間はいない。機械ではないのである。「絶対零度」のように誰もが認めざるを得ない「中立」や「正義」など存在しない。 |
鳴かず飛ばずで… 2020/09/21 Mon 7314
三菱重工業の「三菱スペースジェット」の納入延期が繰り返されている。同社が「三菱リージョナルジェット(MRJ)」の事業化を決定したのは2008年のことである。当初は2013年の納入開始が目標とされた。ところが翌09年には納入が延期になる。この年には海外からの受注にも成功しており、日本人の期待を大いに高めた。
しかし、2020年の今になっても、文字通り「鳴かず飛ばず」の状態が続いている。そして「コロナ禍」によって、さらに「お先真っ暗」の状態である。また同種の機材については中国が先行している。
こうした状況を受け、将来的な開発中止も視野に含めた大幅な見直しが進められているという(Aviation Wire)。愛知県営名古屋空港(小牧)のレストランは昼時になると外国人が目立ってくる。彼等は「航空機の市場投入に不可欠な「型式証明(TC)」と呼ばれる航空当局による“安全に関するお墨付き”を取得するために採用した外国人エキスパート(DIAMOND online)」である。今回の「コロナ禍」は想定外だったとしても、この時点で「まだ飛んでいない」ことについての原因分析が求められ、責任も問われるだろう。 |
早朝夕刊(18) : 「忖度」の大暴落 2020/09/20 Sun (5:50am)7313
【忖度:他人の心中をおしはかること。推察(広辞苑)】このことばの市場価格が下落してからかなりの時間が経過した。それは単なる「下落」を超えた歴史的「暴落」であった。人間は自分の気持ちだけで動いてはいけない。相手の気持ちを推し量る能力がなければ社会そのものが成立しない。だから「忖度」だってそれなりの存在価値をもっているのである。しかし、それが権力と結びつくとややこしい状況が生まれる。いつの間にか、取り巻たちの「自己保身」用「ごますり道具」と化すからである。この数年で、それがあからさまになってしまった。将軍綱吉の「生類憐れみの令」が周りの忖度だったという話もある。
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米最高裁判事の死 2020/09/20 Sun 7312
昨日からアメリカのニュースは最高裁判事 Ruth Bader Ginsburg 氏の死亡をトップで伝えている。Ruthさんは女性で何と享年87歳である。しかし、その年齢に驚くことはない。アメリカの最高裁判事は終身だからである。その後任は大統領が指名するのだが、その時期を巡って大きな問題になっている。
Ginsburg 氏は当時のクリントン大統領から1993年に指名された。つまりは民主党大統領からの支持が背景にある。ここでトランプ氏が指名すれば共和党に近い立場の者になることは明らかである。これまで、最高裁判事9名は共和党系5名、民主党系4名で構成されている。このうち、黒人が1名で女性が3名だった。
トランプ氏はすぐに指名すると発言しているようだが、そうなれば保守系が6人になる。すでに女性の名前が報道されている。それも制度だから当然のようだが、大統領選まで2ヶ月を切っていることが問題になっているのである。過去に同じような事態が起きたとき、「共和党」が次期大統領が指名すべきだと主張したことがあるという。洋の東西を問わず、政治の世界では過去の発言や主張などを無視したり反故にするのが常識らしい。 |
早朝夕刊(17) : 展望力の差 2020/09/19 Sat (6:22am)7311
「マイライフ クリントンの回想 下巻」(2004年 朝日新聞社)に「学校の選択制やチャータースクリールやインターネットの全校導入などの改革案が盛り込まれていた」との記載がある(p175)。これはクリントンが1994年に行った施政方針演説の一文である。
大統領は教育問題を第一に取り上げたようで、「教育改革法案 〝目標2000年〟」として議会に可決するよう求めたという。その後の経緯は知らないが、この時点で「インターネットの全校導入」が提起されていることに驚く。それから四半世紀経過したが、わが国の教育における環境は周知の通りである。これは政治における「展望力」の差ではないか。 |
「営業運転者の心得」のおしまい 2020/09/19 Sat 7310 昨日の続き
高齢者講習でもらった「Safety Driving シニアドライバー用」で取り上げられていた「営業運転者の心得」もあと4つです。「⑦バスの乗務員は旅客が車内で法令の規定などに反する行為をする時はこれを制止することなど必要な措置をとること」。これは当然ですが、ときには逆ギレ状態になる旅客もいそうです。そんな場合、女性の運転手などは対応に苦慮するかもしれません。法令違反や迷惑行為は困ったものです。
「⑧旅客自動車の事業者は旅客自動車が踏切を通行するときは赤色旗、赤ランプなどの非常信号用具を備え付けること」。これまた、他人様から言われるものではなさそうですが、書いておかないと対応しない事業者がいるのでしょうか。
「⑨旅客自動車の運転者は1日1回、運行の開始前に日常点検を実施し又はその確認をしその結果を報告すること」。いわゆる始業点検でしょうが、結果の報告先は事業者なのかな。
そして最後の10番目は「代行運転自動車の運転者は代行運転自動車標識を表示しなければならないこと」です。
その多くが一般人にとっても常識に近いものですが、それらが事業者と運転者の心と体に染み込んでいることが大事なポイントですね。 |
早朝夕刊(16) : 二重否定 2020/09/18 Fri (5:41am)7309
「自分が使用しうるよりも多くの銀行券をもたないような銀行業者や貨幣取引業者は、ロンドンにはいない」(向坂逸郎訳「マルクス 資本論 第3巻第二部
p600-601)。 つまりは、「ロンドンにいる銀行業者や貨幣取引業者は自分が使用しうるよりも多くの銀行券をもっている」ということである。これはページの変わり目にあるから、文末から文頭に戻ってしまう。いわゆる「二重否定」である。ドイツ語の流れではどうなるのか知らない。それにマルクスあるいはエンゲルスがこの部分を強調したかったのかどうかもわからない。
ともあれ、二重否定は読む人にエネルギーを使わせる。わたしの参考にならなかったとは言えないなあ。 |
「営業運転者の心得」 2020/09/18 Fri 7308 昨日の続き
さて、「旅客自動車等の運転者の心得」の④は「乗務距離の最高限度が定められているタクシーの運転者はその最高限度を守ること」。これは運転手の疲労を考えてのことだろうか。また、「最高限度」が決められていないケースもあるのだろうか。長距離の高速バスでは交代要員がいるようだが、タクシーもこうした決まりがあるのだ。
「⑤旅客自動車の乗務員は旅客のいる車内では喫煙しないこと」。もうこれは常識になっているが、ずっと以前はタクシーで運転手が吸っていたこともあった。運転手が喫煙者の場合、その場で吸っていなくても車内は煙草特有の臭いがただよう。ご本人はそれに気づかないから、その点がややこしい。ただし、それも「いまや昔の物語」になりつつある。
「⑥自動車の事業者はガソリン、灯油、塩酸などで危険な状態のものを持っているものを乗車させないこと」。これは「事業者」となっているが、相手は運転手も旅客も含めてのことだろうか。ガソリンや灯油は目につきやすい可能性があるが、塩酸はどうなのだろう。ここで「など」とされているから、そのほかにも危険なものはいくらでもある。塩酸があって火薬がないのはどうしてかと素人は考えた。
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早出し夕刊(15) : トップがお詫びで「かな」! 2020/09/17 Thu (8:36am)7307
ゆうちょ銀行が連携するサービスを通じて109件、1,811万円の被害を確認したと発表した(NHK 7時のニュース)。副社長が謝罪する記者会見で発言した一部が流された。「私どもとしては汗をかいてきたつもりですけど、汗のかきかたが本当に十分だったのかと、反省材料はあるのかなと…」。
またまた「かな」である。そもそも謝罪会見で「汗をかいていた」はない。「慎重に対策を講じてきたつもりではございましたが…」でしょうよ。「反省材料」も「反省すべき点」くらいは使ってほしいものだ。そしてとどめが「かな」である。自分でも判断できない程度の反省なのか。「かな」を聴くと即座に興奮するわたしでした 。 |
続「営業運転者の心得」考 2020/09/17 Thu 7306 3月21日(早朝夕刊(21))の続き
高齢者講習で配付された「Safety Diriving シニアライバー用」について連載していた。その中に記載されていた「旅客自動車や代行運転自動車の運転者などの心得」の3つまで取り上げたのが3月8日である。その後、「コロナ禍の巣ごもり」となり、この話はどこかにいってしまった。本コラムではいつものことである。
その日は「①路線バスは、夜間、道路を通行するときは室内灯をつけること」「 ②バスの運転者は、旅客のいるバスの走行中は、職務に必要のない話はしないようにすること」の二つをあげた。これを受けて、3月21日に話し好きのタクシーの運転手に閉口する話を書いてからは放置状態である。読者の皆さんからは「続きなんかどうでもいいよ」という声が聞こえる。ただ、わたしとしては「一区切り」つけないと、喉に刺さった魚の骨状態のままになる。
そこで、「③タクシーの運転者は食事や休憩回送のための旅客を載せることができない時は回送板を掲示すること」から再出発しよう。流しのタクシーが来ないで困っていたとき、「天の助け」とばかりに走ってきたタクシーが「回送」という表示をつけて疾風の如く走り去る。これにはかなりのショックを受ける。 |
早朝夕刊(14) : 全智全能=神? 2020/09/16 Wed (6:03am)7305
全智全能:[意味]完全な知識と能力。全てを理解し、あらゆることを行うことができる神のような力。[構成]「全」は、完全であること。「知能」は、知識と能力。[例]古代の神は全智全能と崇められている。ことに耶蘇教の神は二十世紀の今日までもこの全智全能の面を被っている。〈夏目漱石、吾輩は猫である〉[標記]従来は「全智全能」と書くのが普通であったが、現在では常用漢字の「知」に書き換える。(大修館
四字熟語辞典】
「神のような」の説明はじつに愉快だ。辞書の執筆者が「全智全能=神」と考えているのである。夏目漱石の記述は読みようによってはきわめてきわどくかつ危うい |
ありえへん! 2020/09/16 Wed 7304 昨日(早朝夕刊(13))の続き
ドコモ口座の不正引き出しだが、同様の事態が「りそな系」の銀行で昨年5月に発生していたという(9月9日 毎日新聞Web)。その事実を複数の銀行は知らなかったらしい。つまりはドコモが伝えていなかったのである。これまたびっくり仰天、組織としての危機対応能力が欠如していると言うほかはない。
いまやステークホルダーは組織にとって基礎単語である。それが株主や従業員、顧客、そして社会にまで拡大していることも常識である。もちろん(?)、広辞苑にも載っている。今回の件は重大な社会的事件であるだけでなく、組織にとって深刻な「不祥事」と考えるべきである。とにかくコンプライアンス云々のレベルにも達しない信じがたい話である。
昨年の5月の時点で、何らかの対策を取ったのだろうか。ともあれ、このときに「他の銀行にも伝えたほうがいい」といった意見が「まったく出なかった」のだろうか。普通の健康な組織であれば「出ないはずがない」と思うのだが、実際はどうだったのか。もし「出なかったた」とすれば「どうして出なかったのか」、「出た」とすれば「どうしてその意見が採用されなかったのか」を明らかにする必要がある。組織としての体質そのものが問われている。 |
早朝夕刊(13) : 「基本」ができない 2020/09/15 Tue (5:54am)7303 9月12日(早朝夕刊(10))の続き
いまや情報セキュリティに最大の注意を払うのは組織活動における「基本の基本」である。わざわざコンプライアンスやCSR(Corporate Social
Responsibility : 企業の社会的責任)といった用語を使う以前の「常識」である。もちろん、人間のなせる技に「完璧」はない。だからこそ、組織には「それほどの手立てを取っていても問題が起きてしまうのか」といった反応を引き出すほどの対策が求められるのである。わたしなんぞは「メールによる二段階認証」にも危うさを感じている人間である。目先の利益を追求するあまり、何の関係もない人間に経済的/心理的負担をかけて社会の信頼を失うほど愚かなことはない。
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夕べに逝って、朝蘇る 2020/09/15 Tue 7302
【子曰、朝聞レ道、夕死可矣 [子曰、朝に道を聞きかば、夕べに死しすとも可なり」[論語 里仁第四]】「朝に道を聞いて会得したなら、その晩死んでも心残りはない、の意で、道(真理)のきわめて重要なことを強調した句(精選版 日本国語大辞典)」。
人間は生まれ、死に至ることを繰り返していると思う。わたしはあの世に逝ったこともなければ、いわゆる臨死体験なるものにも遭遇していない。それでも夜になれば床について「いつの間にか」意識がなくなっている。これがずっと続いて、翌朝目覚めることがなければあの世に逝ったことになるに違いない。仮に目が覚めたとすれば、それは蘇ったのである。その意味で「生まれ、死に至ることを繰り返している」と言ったわけだ。
わたしは昨年の誕生日がこの世に生まれてから25,935日目であった。つまりは、これだけもの回数を「生まれ、あの世に逝き、蘇った」のである。それでも人生に飽きないのだからありがたいことである。「朝に心機一転、しっかり過ごせば夕べには明日に向かって死すとも可なり」。そんなわけで、今後も「毎日をしっかり過ごす」ことにチャレンジし続けていきたい。 |
早朝夕刊(12) : 評価と仕事 2020/09/14 Mon (6:34am)7301 昨日(早朝夕刊(11))の続き
「サワコの朝」で俳優の六角精児が、」自分は「何をするにも全力を挙げる」と言いながら面白い話をした。「1万円くれる芝居と10万円くれる芝居に差をつけることができたらすごい」といった内容である。つまりは、報酬の多寡には関係なく、「とにかく全力」ということである。それがどんな仕事であっても、あるいは趣味であっても「手抜き」はしない。それが「プロフェッショナル・スピリット」と言うべきだと思う。
そうした信条そのものがすばらしいが、それは相手、六角氏の場合は観客からの評価として返ってくることで強化されてきたのではないか。世の中、お互いが評価し合うことで生き方や仕事に磨きがかかる。 |
「同じもの」に対する評価? 2020/09/14 Mon 7300 9月11日の続き
虹の色が国というか、文化によって異なるのは面白い。ほんの少し見ただけでも、「二色」から「八色」まで、その幅も半端ではない。その事実を知って、「そもそも虹は七色に決まっている。それ以外の数を上げるなんて信じられない。彼等は間違っている」などと言う者がいるだろうか。まあ、「信じられない」はあっても、「間違っている」という評価は間違っている。
こうした地域の人たちに「虹」が自分に与える印象を聴いたらどうなるだろう。仮に全員が「とてもきれい。幸せになる」と答えたとしても、それは「異なるもの」に対する反応だと考えていい。たとえば、ある人には「金」を、他の人には「銀」を、そしてもう一人には「銅」を見せて、それに対する感想を聴くようなものである。さすがに「金/銀/銅の比較は別の意味も含まれるから不適切だ」と顰蹙を買うかもしれない。
わたしとしては、それも承知の上でことを大袈裟にした。ここで「同じ現象やことば」も文化によって、また人によって「見ている、考えているものが違う」ことを強調しようと思ったからである。そうであれば、「同じもの(?)」に対する評価が違うのは当然であり、驚くことはない。 |
早朝夕刊(11) : 記憶の不思議さ、奥深さ、すごさ… 2020/09/13 Sun (5:07am)7299
昨日の「サワコの朝」(TBS)のゲストは俳優の六角精児だった。その中で、高校の演劇部に所属していた話題が出た。それを聞いた瞬間にあるセリフが記憶の引き出しからこぼれ出た。「いかんいかん、そりゃいかん。おとっつぁんに叱らるる…」。私が高校1年生のときの文化祭で演劇部の劇を見た。そこで同じ学年の女子生徒が発したセリフである。
物語の内容もこのセリフの前後もまったく覚えていない。それなのに、他人が「高校の演劇部」と言った瞬間に、1964年のおそらくは5月に聴いた特定のセリフが蘇る。人間の記憶の不思議さと奥深さ、それを一瞬に頭の中に呼び出す検索能力のすごさにただ感動する。 |
上司の対応 2020/09/13 Sun 7298 昨日の続き
「あなたに恥をかかせるつもりはなかったのだから了承してほしい」。自分とは異なる対応をした上司からこんな声をかけられれば部下も納得する度合いが強い。これに対して、何の対応もしないとか、あるいは「あんな対応をしていたんじゃ先方が怒るよ。もう少しうまく対応しろよ」「わたしまでもってくるなよ」などと言えば部下は不信感を募らせるだけである。おそらく周囲の部下たちの上司に対する評価にも影響を与えるに違いない。
ところで、教育の現場で保護者も関わるトラブルが発生したとき、「まだ校長が出る段階ではない」と言っているうちに取り返しがつかなくなるケースが少なくない。「校長がやってきて説明してくれた」。それだけで問題が収束することもある。これもいわゆる「初期対応」として重要なポイントである。
もっとも、国際的なレベルになると「格」が重視される。こちらに対して先方は誰が出てくるかが話題になったりする。国や組織においても似たようなことがある。たしかにトップは多忙でもあり、すべての者に対応できないことは当然である。ただし、わたし個人はそんなしきたりの世界は息苦しいなあと思う。 |
早朝夕刊(10) : 誰も言わなかった? 2020/09/12 Sat (6:41am)7297
ドコモ口座の問題は「問題以前」というべきである。それは組織として信じがたい「杜撰さ」に起因しているからだ。報道によれば、本人確認の段取りがきわめて甘かった。これを受ける銀行側も「ドコモがやるのだから」といった程度の認識だったようだ。
そもそも運用開始前に、組織内の誰かがこうした問題点を指摘したはずである。もし、そんな意見がまったく出なかったとすれば、関係者全員が無能だったことになる。セブン・ペイの不正アクセスという前例も話題にならなかったのか。副社長が記者会見していたが、これは社長が説明すべき、組織としての重大不祥事である。そのことにも気づいていなかったのか。 |
そのときの声掛け 2020/09/12 Sat 7296 9月9日の続き
前例効果が思わしくなく、「責任者を出せ」と絶叫されたらどうするか。そこまで至れば、さらに上位の者にバトンタッチすることもあり得る。相手は「それだけ」でも落ち着く可能性がある。つまりは「自分の主張」が「とりあえず」通ったからである。
現実には問題の状況や個々人の特性などが絡み合うから、どんな収まり方をするか、あるいはそれでもうまくいかないかはわからない。ここで最初の人物とは異なる回答、つまりは相手が求めるレベルにちかい内容で一件落着することもあるだろう。そうなると、はじめに「前例」を強調して防御していた人間はガックリするに違いない。何分にも自分の力が十分でなかったと言われているのも同然だからだ。
こんな時にこそ、上司の力量が問われる。「〇〇さん、わたしが出ていかざるを得なくなって、あなたに恥をかかせてしまったね。しかし、あなたの対応は間違っていたわけではないから心配しなくていい。それでも、あそこまで追求されるとNOと言い続けるのが難しい。そこで私の責任であなたとは違う回答をしたんだよ。恥をかかせるつもりなどまったくなかったのだから了承してほしい…」。 |
「七色」の虹… 2020/09/11 Fri 7295
♪七色の虹が消えてしまったの シャボン玉のような あたしの涙 あなただけが生甲斐なの 忘れられない ラブユーラブユー 涙の東京♪
これは1966年発表の「ラブユー東京」の歌詞である。黒沢明とロス・プリモスが唄ってヒットした。自分をすぐに消えてしまうシャボン玉に擬した悲しい女性の心情が語られる。それは明るい希望のシンボルである「七色の虹」と対極をなしている。
そもそも「七」は人間と相性がいい。一週間は7日で、七福神は縁起がいい。地球には「七つの海」があり、何せ「ラッキー7」なのだ。そこで「七色の虹」も洋の東西、老若男女を問わず人の心を和ませる素晴らしい自然現象だと言いたくなる。わたしも「老若男女」の部分は間違いないと推測するが、こと「虹」に関しては「洋の東西」というわけにはいかないのである。
その理由は単純で、国によって「虹の色数」が違うのだ。たとえばアメリカでは6色、ドイツでは5色、インドネシアのフローレス島では4色で、台湾のブヌン族では3色となり、南アジアのバイガ族では2色だというから新鮮な驚きがある。その一方でアフリカのアル族では8色と、日本の7色を上回っている。 |
何せ「世論」だから… 2020/09/10 Thu 7294
わたしがアメリカの大統領選挙についてコメントできるはずもない。ただ、今回の「コロナ禍」による「巣ごもり体制」後は、アメリカの ABC News
を毎日10分ほどのぞき見る習慣ができた。
あちらでも〝COVID-19〟が長いことトップニュースを飾っていたが、警官による黒人の圧死事件が発生し、それに伴う全米でのデモの様子が目立って多くなった。そして、いまや〝2020 ELECTIONS〟で大賑わいである。このニュースがトップを飾るのは当然である。
その映像を見る限り、マスクもつけずに背広姿で東奔西走(?)し、支持者たちに絶叫する「元気なトランプ」が目立っている。これに対してバイデン候補はマスクをつけて静かである。そして支持者たちの前で大声て叫ぶことはない。先週はマスクの下から発せられる、あるいは漏れ出てくるといった雰囲気の「声」が弱々しく迫力に欠けるように感じる映像も流された。彼の国でも無党派層がかなりいるらしいが、この人たちはどちらを選択するのだろう。
何と言っても「世論」である。「元気な方」から「それゆけ、やれゆけ」で揺さぶられる可能性はいくらでもある。「世論は古今東西を問わず」というべきか。 |
早朝夕刊(9) : 人心は一日にして? 2020/09/09 Wed (513am)7293
いわゆる「世論調査」で菅義偉自民党総裁候補の評価が高まっているらしい。さらには安倍内閣の支持率も上がっているという。「人心」は「人の噂の七十五日」どころか、「一日にして揺れる」もののようだ。そもそも「世論調査」とは何なのか。「世論」とは何なのか。そして「支持率」とは何なのか。
ともあれ、菅氏の評価がアップしたのはスピーチの効果である。専属のスピーチライターがいるのかどうか知らないが、「生い立ち」からはじめたのがとにかく利いた。その点では、周りに「あのマスク」提案者とは異なる能力をもった人間がいるのかもしれない。それにしても「世論」とは何なのか。「支持率」とは何なのか。 |
「前例提示防御」の効果 2020/09/09 Wed 7292 9月7日の続き
これまでの流れを一言で要約するのはむずかしい。そもそも本コラムは書き始めから脱線/道草は常識で、あちらにこちらにいったり来たりするからである。そこでここでは「前例」の「メリット」だけに焦点を合わせよう。
何か問題が起きて「責められた」とき、「これまでもこのようにしていますので効果」は抜群である。とにかく「自分の責任」を回避できる。その上で、「あなたの気持ちは十二分にわかります。わたしだって本当はそう思います」と追加する。そして、できるだけ申し訳なさそうな雰囲気を醸し出しながら、「何分にも、これまでもこのようにしか対応していないものですから、私の一存ではどうにもならないんです」で収拾を図る。もちろん、トラブルになっている内容によっては、対応する側も心から相手の気持ちが理解できることもあるに違いない。
ともあれ、こうした「前例提示防御」で、先方が納得や満足するところまでいかないにしても、一件落着となる可能性はある。それでも相手が引き下がらないケースも想定される。たとえば、「あんたでは埒があかない。責任者を出せ」などと絶叫される状況にまで至ったらどうするか。 |
早朝夕刊(8) : PCRと広辞苑 2020/09/08 Tue (5:13am)7291
PCR(検査)は、Polymerase Chain Reaction の頭文字で、「ポリメラーゼ連鎖反応」と訳されている。「広辞苑」を引くと「ポリメラーゼ」の説明があり、さらに「ポリメラーゼ連鎖反応」が別項目で続いている。今日のネット社会では「ポリメラーゼ連鎖反応」と入力すれば、その解説はワンサカ出てくる。ただ、「新型コロナ」など地球上に存在しなかった時点で「広辞苑」がこの用語を収録していたことに驚いた。
ここでは、そのことを書いただけでおしまいである。そもそも「ポリメラーゼ」とは「DNA やRNA などの核酸を合成する酵素の総称…」らしいが、その先の記述はわたしの理解力を超えている。 |
「リモート」のメリット体感 2020/09/08 Tue 7290
「今日は1時から4時まで会議だから…」「わかった」。このごろは、こんな会話が家内とわたしの間で交わされるようになった。その時間が近づくとわたしは自分の机に座り「会議」の準備を始める。そこで立ち上げるアプリは、Zoom
や Webex、Teams、Skype などなどいろいろだ。いまでは「そうした会議」が週に2回、3回ある。
昨日は「東京の会議」にも「出席」した。これは数年前から参加している委員会の定例会で、年に2回ほど午後に開催される。この時間帯だから、朝の便で熊本から出かけて、会議の終了後にUターンする。あるときは、羽田の霧で着陸できずセントレアで降ろされる「事件」に遭遇した。そのため、会議に出席できないまま熊本に帰った。
さて、昨日は台風の到来で全便欠航になったから、これまでどおりだと、わたしは「欠席」せざるを得なかった。ところが今年は「コロナ禍」の対応で、事前に「リモート化」が導入されていたのである。今回は台風の状況を見て、わたしは事前に「停電の場合は欠席になります」と連絡をしていた。現実にはわが家では停電もなく予定通り「出席」し、まさに「リモート」化のメリットを体感したのである。 |
早朝夕刊(7) : マスクのこれから 2020/09/07 Mon (7:30am)7289
先月29日、マスクや消毒液の転売禁止が解除された。すでに日本製のマスクを大量に買い占めているところがあるに違いない。これを高額で転売すれば大もうけすることは明らかである。何と言っても自由市場経済を旗頭にするお国だ。可能な限り規制しないという原則で対応したいのだろう。ただし、一旦解除すると「もう一回」ができないお国柄でもある。このあとどう展開していくか。
ところで、「すっかり忘れていた」シャープのマスクの当選案内が届いた。今となってはけっこうなお値段で、しかも9月1日から送料を有料にするという。それでもこれが「話のネタ」になることは疑いない。すぐに購入しましたよ。 |
歴史的メモ(?)の発見! 2020/09/07 Mon 7288
はるか昔のことになるが、「『判例』と『前例』」「ありがたや『前例』さまさま」と題して〝Short shot〟を書いた。前者は6月15日、後者は6月27日である。いつものことだが、「それっきり」のパターンである。ところが、その「続き」のつもりで記したと思われる「メモ」が発掘された。そうなると、「これを埋めたままにしておくわけにはいかない」と思ってしまう。
そもそも「ことのはじまり」は検察関係者で注目を浴びていた「K氏の賭けマージャン」の発覚にあった。何とも脇が甘いと驚きながら書き始めたら止まらなくなった。そのスタートは5月21日で、〝short
shot〟として6月27日まで続いていたのである。それはそうとして、「K氏」については満額の退職金などが前面に出てマスコミで大いににぎわった。あれから3ヶ月ほど経つが、世の中はすでに「忘却」している。昔の人は「人の噂も七十五日」と言ったが、じつに名言である。現代のスピード社会では、「七十五日」どころか、「十五日」もすれば見事に雲散霧消する。
そうした中で、歴史的発掘をしてしまったわたしとしては、「もう少し(?)」プラスαしたくなった。 |
早朝夕刊(6) : 元号のみのニュース 2020/09/06 Sun (5:09am)7287
NHKのニュースでは元号しか使わない。本コラムでも、何かがあると取り上げているが、とにかく摩訶不思議な対応である。今回の「かつて経験したことのない最大級の台風」の報道もそうだった。そのすごさを伝えるために「第二室戸台風」の映像が流された。その際の説明が「昭和36年」のみなのである。もう一つは「平成27年の台風21号」で、瞬間最大風速が前者は84.5m、後者は81.1mだったという。このときに、それぞれ1961年と2015年を並記しないのである。その時間尺度が体感できるのは、いまや高齢者だけに違いない。組織の中で「西暦も入れたほうがいいですよ」といった意見がまったく出ないなど信じられない。それでも採用されないとすれば、その理由は何なのかを、わたしは知りたくてたまらない。 |
父の想い 2020/09/06 Sun 7286 昨日の続き
父が送ってきた3枚目のはがきも終わりになる。
〇〇(母の名前)がテレビで聞いたそうだが教育学部は8.6倍という競争率のため最低点は文系で最も高かったそうではないか。大阪に行くなら一つだけ頼みがある。それは門司のわが母〇〇(わたしの祖母の名前)に会ってもらいたい。(帰りでもよい) 不合格になった人々のことを思い、心おごることなきよう。もう4時になる。
入試の競争倍率は、わたしの記憶では7.3倍だったような気がする。まあ、そのあたりはどうでもいいが、ともあれ父の喜びがいまでも伝わってくる3枚のはがきである。父が母親を大事にしていたことはわたしが小学生のころから伝わっていた。このときも「孫が大学に合格した」からではなく、近くを通るのなら寄ってくれという気持ちが現れたものである。
はがきの締めに記された「不合格になった人々のことを思い、心おごることなきよう」との教えはわたしなりに受け止め続けているつもりでいる。父自身がそうした信条で生きていたのだと思う。
朝の4時まで一気に書いたはがきの消印は[長崎 42 3.16 前8-12]である。出勤の際に、嬉々として投函したに違いない。 |
早朝夕刊(5) : そのあとの振る舞「落ちた!」 2020/09/05 Sat (4:37am)7285
自民党の総裁選候補者の菅義偉氏は「安倍政権の政策を継承して前に進める」、岸田文雄氏は「変えるべきは変える」、石破茂氏は「独自政策の実現も目指す」としている(4日NHKニュース)。すでに菅氏の当選は決定事項のようだが、三者の強調点が興味深い。岸田氏と石破氏は「こうした発言しかできない」と思う。また、菅氏も同様で、現時点で「わが道を行く」など間違っても言えない。
わたしの関心は菅氏の「そのあと」の振る舞いである。実際にパワーを持ってしまえば、君子豹変してとまでは言わないが、それなりの独自性を発揮したくなるのではないか。来年の総裁選挙までの「リリーフ」と思われたくはないから…。 |
「教育と医学の会」 2020/09/05 Sat 7284 昨日の続き
父は何にでも関心をもつ人だった。だから新聞に掲載された「集団力学」に関わる記事をスクラップしても不思議ではない。そうかと言って「何でもかんでも切り抜いた」わけでもない。わたしは父が組織の一員として働いている自分のあり方をいつも考えていたのだろうと推測する。それも「なかなかうまくいかない」という現実が影響していたに違いない。
ともあれ、わたしは高校に入学して間もなく「集団力学(グループ・ダイナミックス)」の存在を「父から知らされた」のである。そして、合格発表の日の深夜、「集団力学」が息子へ宛てた「はがき」に現れたわけだ。
さらに父は「教育と医学の会」の存在も知っていたことがわかる。これは教育学部と医学部が連携する九州大学における先進的な試みであった。わたしが学生時代に学長になられた池田数好先生は医学部出身の教育学部教授だった。わたしが公的な場で初めて講演らしいことをしたのは「教育と医学の会」であった。また、同会が編集する雑誌「教育と医学」から依頼されて2回ほど原稿を書いた。そんなとき、わたしは父に、「教えてもらった」「教育と医学の会」のことを話した。
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今月の写真(4) 2020/09/04 Fri (4:42am)7283
石川県小松市にある「那谷寺」の山門である。「なたでら」と読む。境内には芭蕉の句碑があり、「石山の石より白し秋の風」と刻まれている。あの「奥の細道」に登場する魅力的な寺である。この句からも「秋」の素晴らしさが伝わってくる。わたしが出かけたときも紅葉の兆しが見えていた。
今年もすでに9月、秋の入り口の前にいるはずである。朝、窓を開けるとほんの少しばかり「肌寒さ」を味わいながら暑さ厳しかった夏を懐かしむ。そんな風情が目に浮かぶのだが、今年は未だに熱中症のニュースが流れている。それに、このごろの台風は赤道付近ではなく、わが国の近くで発生する。この地域の海水温が高いからだという。 |
父と「集団力学」 2020/09/04 Fri 7282 昨日の続き
父は60年代はじめころから新聞の切り抜きをはじめた。わたしは中学生だったが、ときおりスクラップブックを覗き読みしていた。西日本新聞の「大学群像」は大学の教員の人と研究を紹介する連載ものである。そのスタートは1964年4月1日で、66年6月18日の496回まで続いている。その期間と回数から、休日を除いてほぼ毎日掲載されていたと思われる。
三隅先生が登場した日付ははっきりしないが、切り抜きには(31)という数字が付いている。大学の情報は「文系」の「文学部」からはじまるのが習慣だった。そんなことから、三隅先生の記事は5月の末ころだったのではないか。わたしが高校に入学したばかりのときである。
父が「集団力学」を知った正確な時期は明らかでないが、遅くともこの記事で、「集団力学(グループ・ダイナミックス)」「三隅二不二」「リーダーシップPM論」を目にしたのである。いつのことか忘れたが、父はこの記事をわたしに見せたことがある。父は何にでも興味関心をもっていたが、「集団力学」がおもしろそうだと思ったことは疑いない。それは、ほかの教員の切り抜きがない事実から明らかなのである。 |
今月の写真(3) 2020/09/03 Thu (5:05am)7281
毎月、その月に撮った写真を掲載しているから、前年より前のものが対象になる。ただし、8月は「コロナ禍」のすさまじさに驚愕し、今年の7月のものを採用した。つまりは例外である。
さて、今月の1枚目は秋空の阿蘇にした。これは正式名称「熊本県野外劇場」で「アスペクタ」と呼ばれている。まさに巨大な野外ステージで、雄大な阿蘇を背景にして音楽のイベントが開かれる。その中でも「阿蘇ロックフェスティバル」はよく知られている。今年は5月30日と31
日の開催が予定されていたが、コロナのために中止となった。発起人の泉谷しげるは、「みなさん!コロナと戦い、来年、元気に逢いましょう!」と呼びかけている。 |
集団力学に関心あり 2020/09/03 Thu 7280 昨日の続き
福岡市は歴史的に商業で栄えた都市であり、北九州市が工業地帯だった。そんなことで「スモッグのない九州」を勧めた父は息子に念を押す。
なおすでに万々承知だろうが、身体検査や健康診断を欠席しないよう。昨年はこれに欠席し、不合格になったのが8名いたそうである。健康診断は3月18日に行われるようである。九大の教育学部では集団力学(グループ・ダイナミクス)という興味のある講座がある。この種の学問には私も素人として関心がある。また教育と医学に関連を持った研究がされているようであり、希少価値のある前途のある学部のように思う。
父の九大教育学部に関する情報は受験生レベルを超えている。健康診断を欠席して不合格になっった受験生が8人いたなどまったく知らなかった。さらに父は「集団力学(グループ・ダイナミックス)講座」と「教育と医学の会」にも言及している。とりわけ「集団力学」には「素人として関心」をもっていたのである。もっとも、わたしはこのことをすでに知っていた。西日本新聞が連載していた「大学群像」で三隅先生が取り上げられたことがあり、父はその記事をスクラップしていたのである。 |
早朝夕刊(2) : 就業者数外 2020/09/02 Wed (5:08am)7279
昨日お昼のNHKニュースが、7月の完全失業率は2.9%で、前月から悪化したと伝えていた。コロナ禍の現状を反映しているのである。それを細かく観ると7月の就業者数を6,655万人だったらしい。これも4ヶ月連続の減少である。その他、非正規労働者や失業者数も挙げていた。さらにコロナの影響で解雇あるいは雇い止めとなった人が5万人を超えたという。まさに経済危機であり、これを立て直していくための政治が求められている。
ところで、わたしはこのニュースを自宅で観ていた。いわゆるリタイア組の一員なのである。就業者数が6,655万人という数値を目の当たりにして、「自分はこの中に入っていないんだ」と思った。 |
近所の勧め 2020/09/02 Wed 7278 昨日の続き
父は息子の大学合格を「自分の一生でも最良のニュースのうちに入る」と喜んだ後、つぎのように続ける。
大阪外大については、合格の可能性が強いが、両方ともパスした場合どちらにしようかと迷うようなこともあり得るので、この際、九大だけにしてはどうかと私は思う。遠くの親類より近くの近所である。また九州の人間は九州で学ぶがよく、わざわざスモッグを吸いに大阪や東京に出かけるまでもないことと思う。
このときわたしは二期校として大阪外大を受験することにしていた。父としてはこれを止めたらどうかと勧めているのである。「大阪外大については、合格の可能性が強いが」には苦笑する。そんなこと言ったら外大に叱られてしまう。これも「親の気持ち」の表現としてご容赦いただくことにしよう。さらに「遠くの親類より近くの近所」などと勝手に改ざんしてはいけない。しかし、ここで「それは『他人』だろうが」などと目くじらを立てることもない。父だってそのくらいのことは承知で書いているのである。スモッグと東京・大阪がペアになっているのも時代だなあと思う。二つの都市とくらべれば福岡市は空気のきれいな町だった。 |
早朝夕刊(1) : リスク管理以前 2020/09/01 Tue (5:58am)7277
アフリカのマダガスカルの東にある島国のモーリシャスの沖合で貨物船が座礁し大量の重油が流出した。貨物船の名前は「わかしお号」で、日本の商船三井が運航していた。流出した重油は1,000トン以上と言われ、それが環境に重大な影響を及ぼすことは素人にもわかる。この事故で船長と副船長の二人が「航行の安全義務に違反した」として逮捕された。国籍はインドとスリランカである。船の所有者は長鋪汽船で商船三井が借りていた。船籍はパナマである。
船長が供述したというその原因を聴いて愕然とした。自分の家族と通話するためにWifiを使おうとして島に近づいたらしい。リスク管理以前の問題である。、 |
自分の心臓には耐え得ない 2020/09/01 Tue 7276 8月31日の続き
夜中に目が覚めてしまった父は、母と妹に「恐る恐るそれとなく話を廻して」みた。すると息子が合格しているという。それでも確信が持てず(?)「何度も聞きかえした」…。
わたしは社会人あるいは組織人としての父を知らない。もともと酒を飲まなかったから、酔った勢いで仲間を家に連れてくることもなかった。正月になると叔父の家に父の兄弟たちが集まる慣習があった。その場は男3人、時には遠方の四男も加わって談論風発の大騒ぎだった。そんなときの父はアルコール抜きなのに子ども心にも大言壮語気味ではあった。
しかし、それは兄弟間のコミュニケーションの場である。社会での父は一見おとなしく、控え目で、内心では不満があっても外には出さない傾向があったように推測している。わたしが講義や講演を仕事にするようになったとき、「自分は一人の人に話をするときでも心臓がバクバクする。お前はすごいな」と感心していた。父は神経が繊細で気が小さく、けっこう心配性だったと思う。そんなことだから、母や妹は深夜まで起きていて、合格発表の放送を聴くつもりでいたのに、父は「自分の心臓には耐え得ない」と考えたのである。 |
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