人生最良のニュース 2020/08/31 Mon 7275 昨日の続き
合格発表の放送がとても聴けないと思った父は、「結果を知らせないでくれ」と言って床についた。そもそも父は周りが困るほど「超早寝早起き」だったが、この日は何時ころに寝たのだろう。ところが、まずいことに夜中に目が覚めてしまった。しかも息子の妹は「落ちた」と叫んでいるようだった。そして母親が泣いている声も耳に届いた。まさに「ダメだったか」と思われる空気を感じたのである。
しかしまだ母は泣いているのがどうもおかしいと思った。落ちているなら泣かないはずだからだ。とうとう俺も起き上がってテレビを見た。恐る恐るそれとなく話を廻してみると、道雄が合格しているという。本当にそうなのか。たしかにそうなのか。俺は何度も聞きかえした。そして大きなため息が出た。やれやれである。あーよかった。本当によかった。本年度最大のニュースであり、俺の一生でも最良のニュースのうちに入るに違いない。
父はこのとき母親が「落ちているなら泣かないはずだ」と考えたようだ。私自身は「わが子が福岡の地で一人で生活して入試にチャレンジしたものの力がおよばなかった」と涙を流す可能性もあると思うのだけれど…。 |
早朝夕刊(29) : 蘇り 2020/08/30 Sun (5:17am) 7274 昨日(早朝夕刊(29))の続き
さてさて、「完全初期化」が終わった。その時点で2時間くらいはかかったかもしれない。何分にも「初期化」しているから、ウインドウズのセットからはじまる。その上で、やおら確認するとネットワーク機能が回復していた。まずはめでたしめでたしである。それから「一太郎」「ホームページビルダー」などのソフトをダウンロードしていく。こうしたステップを踏んでいると半日仕事になる。しかし、その見返りは十分なものだった。PCの反応スピードが「蘇った」のである。もちろん本体が新しくなったのではないから、スピード低下のスピードは加速されるのだろう。一方、私自身の処理速度は低下し続けるのである。 |
「落ちた!」 2020/08/30 Sun 7273 昨日の続き
それにしても「このみすぼらしい酒も煙草もやらぬ貧弱なパッとしない野暮な親父」とはけっこうすごい表現である。とにかく自己評価が低い、いや低すぎる。父が亡くなったのは75歳になって2週間足らずで、わたしが「付き合った」のは44年間だった。子どもとしての印象は、「みすぼらしい」かどうかは別にして、組織人としては「パットしない」まま定年を迎えたのだろうと推測している。そんな中で息子が大学に合格したことで何かしら「勇気づけ」られたのだろう。
今年はラジオやテレビの発表は怖くて見られなかった。「通っていても、通っていなくても、決して俺には言わないでくれと言って床についた。あの発表の一瞬はあまりにも緊迫したものであり、俺の心臓には到底耐え得ないことだったのである。ところが、一眠りしたところ、12時前に目が覚めてしまった。そして○〇の笑い声が聞こえ、母が泣いているのが聞こえた。〇〇が「落ちた!」と言ってようだった。やはりダメだったのか。暗い気持ちになった。
〇〇には私の妹の名前が入る。いやはや何とも「気の小さい」父なのである。「落ちた」と聞こえたというから笑える。 |
早朝夕刊(28) : 「初期化」の後は 2020/08/29 Sat (4:40am) 7272 昨日(早朝夕刊(26))の続き
PCのウインドウズを完全初期化する際はソコソコの時間がかかる。それが終わった時点ではウインドウズ系のソフトであるマイクロソフト・オフィスは入っている。わたしが常に使用するPowerPointとExcelはこの段階でOKとなる。またWordも他の方々とのやり取りでは欠かせない。しかし、このコラムを作成するためのホームページビルダーは改めてダウンロードすることになる。そもそもワープロとして30年以上は使っている「一太郎」が必須である。そのほか、あれやこれやとソフトを入れ直していくと半日、あるいはそれ以上の時間が必要になる。その間の仕事は研修などで使用するノート型で対応する。 |
3枚のはがき 2020/08/29 Sat 7271
九大合格のテレビを見、ラジオをテープにとってあった合格者のところで吉田道雄というのを三度聞いて、今昭和42年3月16日午前3時9分である。合格お目出度う。と同時によくやって呉れた。有難うと言いたい。このみすぼらしい酒も煙草もやらぬ貧弱なパッとしない野暮な親父をどれだけ勇気づけて呉れることか。
これはわたしが九大に合格したあとで父がはがき3枚に綴って送ってくれたメッセージの冒頭である。わたしが高校2年生の夏に、父は福岡から長崎に転勤した。当時は父親の単身赴任など考えられなかった。わたしは自分の意志で福岡に残らせて欲しいと頼んで、それ以来一人で生活していたのである。
いまでは考えられないが、そのころは九州内の民放が九大に合格した者の氏名をテレビとラジオで 放送していたのである。そもそも発表が時代がかっていて、3月16日の「午前零時」に名前が記された看板を大学の職員が本部正面に立てるのが「年中行事」だった。深夜にもかかわらず、「会場」は発表を待つ人であふれかえる。パチパチとフラッシュが焚かれ、さらに雰囲気を盛り上げるのである。その群衆(?)の中に先輩とわたしもいた。 |
早朝夕刊(27) : ともあれ「初期化」 2020/08/28 Fri (5:33am) 7270 昨日(早朝夕刊(26))の続き
第一段階の初期化をしてもネットにつながらない状況は変わらなかった。そこで、自分が作成したファイルも削除して、完全な初期状態にすることにした。この場合、時間がかかるだけでなくファイルも失われる。これが以前は大きな壁だったのだが、今ではほとんど問題がなくなった。それはファイルの大部分をクラウド化しているからである。つまりPC本体は入出力を行うだけの道具なのだ。したがって、一時的にPCのデスクトップなどに保存しているファイルを除けば「削除」するものがないのである。とにかくネットが使えないと仕事にならないから、根本的な「初期化」をすると決めたのは言うまでもない。 |
「生」を超える! 2020/08/28 Fri 7269 昨日の続き
今回の「国難」が国全体の「働き方」を変えることは疑いない。ワクチンの開発などで、多くのことが元に戻るだろう。さまざまな伝統的行事や催しなどは、ついこのごろまで当然だったように回復しほしい。人間はそもそも「人と人の間」にいるからこそ人間なのである。
それでも、一旦走り始めた「テレ」や「リモート」の流れも逆戻りすることはないだろう。それが「生産性」なるものの向上に役立つかどうかしらないが、それなりの影響を与えるに違いない。わたしの仕事でも「研修」をリモート化することで話が進んでいる。前期高齢者後期の身だから、いまさら「仕事」でもないのだが、「新しいチャレンジ」へのワクワク感を味わいながら、いくつかの組織と話を進めている。そのうち2件は日程も確定し、3件は調整中である。
そのポイントは「生」の研修と同レベルのものが提供できるかどうかである。わたしの気持ちとしては「生を超えるぞ」という意気込みでいる。それがどの程度まで実現できるかどうかを大いに楽しみにしている。お日様に背中を押された人間が力を出し切って走っても、自分の影の頭は必ず先にある。人生の目標とはそんなものだ。 |
早朝夕刊(26) : ネットがアウト! 2020/08/27 Thu (5:04am) 7268 昨日(早朝夕刊(25))の続き
クリントンの回想記が本コラムの連載になることはミエミエである。しかし、それは先のこととして、本シリーズはPCのスピードが極端に落ちたところからはじまった(25日)。ただ反応が遅くなるだけであれば「読書」で対応できた。ところが今回はネットまでアウトになってしまった。
こうなるとわたしの仕事も即アウトである。そこで修復手続きを何回か試みた。しかし、どうしても復帰できない。そこでPCを初期状態に戻さざるを得なくなった。その際は、個人のファイルを残すかすべて削除するかを選択する。前者の方が軽いので、まずはこちらでやってみたが、それでもネットワークにはつながらなかった。 |
「生産性」ってなあんだ 2020/08/27 Thu 7267 昨日の続き
わが国は「生産性が低い」ことが最大の問題だと指摘され続けてきた。それは事務などのサービス業や農業まで含むのだろうか。工業における生産性は、少なくとも日本が右肩上がりの時代には高い方だったと推測する。
それにしても「労働生産性」の計算基準はどうなっているのだろう。あのGDPにしても、「いらないモノ(?)」も含めてつくりまくればアップし、それを処分する過程もプラスされると聴いたことがある。そんなものが経済の指標になること自身がおかしくはないか。わたしの理解が間違っていることを願うばかりである。
かなり以前のことだが、旅館がお客の履き物を入れるサービスが生産性を低下させるので、これをやめたというニュースを観て愕然とした。いつもは仕事に家事に忙しくしている女性が、このときばかりは奥方様(?)なる。それこそが、わざわざお金を払って宿泊することの大いなる身体的・心理的報酬ではないか。それを「生産性にマイナス」などとは何たることだろう。
ともあれ世の中にあふれまくっている「指標」や「数値」には怪しいものが少なくない。このごろは定番になった「あの数値」もしかりである。 |
早朝夕刊(25) : 待ち時間用図書 2020/08/26 Wed (5:59am) 7266 昨日(早朝夕刊(24))の続き
クリントンの回顧録は出版から16年が経過している。「ああ、もうそんなになるのか」と思う。先日、民主党のバイデン氏を応援するビデオに出ていたが、かなり痩せていて「こんなに年をとったのか」といった印象を受けた。彼はわたしより2歳上で、副大統領だったゴア氏が同じ年生まれである。ただそれだけのことだが、なんとなく親近感があった。その「マイライフ」にはホワイトハウス内で起きたことがあれやこれや書かれている。もちろん、それはクリントン氏自身の主観に基づく記述である。しかし、議会や野党との駆け引きなどであふれていて、「PC立ち上がり待ち時間用図書」として逸品である。 |
外圧から内発への転換 2020/08/26 Wed 7265 昨日の続き
人間の行動を生み出す動機付けには「内発」と「外発」の二つがあるとされる。前者は個々人の内面から湧き上がるエネルギーによるもので、後者は外部からの力が影響する。外発は賞罰と関わりが深く、外部から(?)期待される行動ができれば「賞」を与えられる。それがうまくいかないと「罰」せられるというわけだ。
しかし、内発の場合でも「自分をほめたい」と発言したメダリストもいる。この場合、メダルが目的であれば外発となるが、それは結果に過ぎず、自分自身が努力してきたこと自身に満足しているのであれば、それは内発的となる。それに、当初は他者から「ほめられたい」「しかられたくない」と思っていたのに、いつの間にか「面白くて仕方がない」ものになれば、「外発から内発への転換」が起きたわけだ。
人間とは「どっちか」だけでなく「どっちもあり」なのである。そんなわけで、今回は「コロナ禍」によって「テレやリモート」に追い込まれた点で「外圧」による「行動変容」を余儀なくされたのである。しかし、現実には「テレワークってやってみるとけっこううまくいくんですよ」という肯定的反応が多いことを実感している。 |
早朝夕刊(24) : 待ち時間の読書 2020/08/25 Tue (5:38am) 7264
仕事で使用しているPCの処理スピードが極端に落ちた。それでも「花のフリーター」は「ゆっくりいこうぜ」と余裕がある。最初の立ち上がりまでの時間は「本」を読むのである。すると、まだ数行しか進んでいないのに「早くも」立ち上がる。こうなるとPCに「もう少しゆっくりしてよ」と文句を言いたくなる。
ちなみに現在の「待ち時間向け書籍」はクリントン元大統領の回想録「マイライフ(下巻)」である。これが出版されたのは2004年で、わたしはすぐに「上下巻」セットで購入した。そして「上巻」はすでに読み切っていた。ところが「下巻」の方は書棚の奥に隠れていて、その存在すら忘れていた。 |
「テレ」に「リモート」に… 2020/08/25 Tue 7263
「新しい生活様式」が今年の流行語にランクインするのは決まった言っていい。実際に行動を変えた人の人数はわからない。しかし、おそらく国民の「大多数」が「変化の程度」を問わなければ、日常行動を「変えた」に違いない。もちろん、自分の気持ちに反して「変えさせられた」者もいるだろうが、とにかく「一大変化」が起きたのである。国によっては法的な強制力によって「変化」を実効化した。報道で見る限りそのケースの方が多い印象がある。これに対してわが国では「要請」という緩やかな対応をとった。それで国民の行動が変化したとすれば、またぞろ「集団主義」による「説明」が幅を利かせるかもしれない。
まあ、その議論は別の機会に譲るとして、変化は「個人の生活様式」だけでなく、組織も「新しい仕事様式」へ転換せざるを得なくなった。その結果、いわゆる「テレワーク化」「リモートか」が一気に進んだ。この数年、ICT化が進むにつれて世の中では「今の時代、業種によってはテレワークもありだよね」といった状況になりつつあった。それが「コロナ禍」によって、「そうせざるを得ない」ことになってしまったのである。 |
早朝夕刊(23) : 気楽な15分間 2020/08/24 Mon (6:26am) 7262 昨日(早朝夕刊(22))の続き
ラジオ体操の動画には「英語版」もある。朝一番に英語の号令を聞きながら体を動かすのは楽しいものである。これに2年半ほど前にはじめた「腕立て伏せ」と「コロナ禍」が来襲してからはじめた「筋伸ばし」に「スクワット」を加えてワンセットのおしまいとなる。文字にすれば「けっこう」なものになるが、全部で15分程度だからあっという間である。さすがにラジオ体操は「聴きながら」だが、ほかの三つはテレビを「見ながら」運動で気楽なものだ。私は自他共に認める(?)スーパー粘着質だからとにかく欠かさず続けている。その効果は抜群で、体が引き締まった(?)上に、ベスト体重を維持している。 |
「コロナ禍」後の日本は… 2020/08/24 Mon 7261
今回の「コロナ禍」は「想定外」というよりも、「想定しきれなかった」というべきではないか。あるいは「想定できていた人」はいたかもしれない。ただし、それが「客観的・科学的根拠」に基づいたものだっただろうか。「いつかパンデミックが起きる」と言うだけであれば、居酒屋の会話などでも話題になっていた可能性はある。「ノストラダムスの大予言」なるものもあった。
わたしは戦後まもなく生まれたから、戦争の恐怖や厳しさを体験していない。もちろん、敗戦国としての日本は学校の先生が「一等国からドン等国になった」と言う状態だった。それでも経済は「右肩上がり」で、子どもも明るい未来がくると思っていた。しかし、それも前世紀末から怪しくなった。
「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すのが世の常である。わが国全体の活力が少しずつ失われ、「劣化」と思われる現象が積み重なっていった。その進行が止まる気配はない。かくして、気がつくと取り返しのつかない事態に陥るのではないか。それでもわたしは平和で幸福な人生を送らせてもらった。そのことに大感謝しながら、このままさよならだろうと信じ切っていた。 |
早朝夕刊(22) : 「素早く」ですよ! 2020/08/23 Sun (6:07am) 7260 昨日(早朝夕刊(21))の続き
「ラジオ体操」の動画には「方言版」もある。これもかなり楽しめる。福岡出身者としては「博多弁版」も悪くないが、九州人としては「佐賀弁版」がけっこう気に入っている。
このほか、「全国ラジオ体操連盟ラジオ体操指導委員」による「モデル版」もある。これを基本とするとタレントをはじめ多くのケースで誤り(?)が目立つのは「第一の8番目」である。これは「腕を上下に伸ばす運動」で「素早い動作で瞬発力を向上させる」ことがポイントで、足と連動させて腕を上げ下げする際は「素早く」が求められている。ところが、とくに腕を下げるときに、ゆっくりと横に回し気味になる映像がほとんどなのである。 |
高校2年生の読書 2020/08/23 Sun 7259
8月28日土曜日 「女の一生」が終わった。今日は全く勉強はせずに読みまくった。そして「四十八歳の抵抗」に取りかかった。「女の一生」は特に印象に残らなかった。午後3時頃からひどい雷が鳴った。
わたしが高校2年生の夏休みに書いた日記の一部である。モーパッサンの「女の一生」を読了したあとは、石川達三の「四十八歳の抵抗」である。いずれも「超おとな向け」の小説だから、16歳のわたしが理解できたとは思えない。モーパッサンの方は「世界文学」の一つとして目に入ったのだろうか。また「抵抗」を読んだ理由は、9月2日木曜日の日記からわかる。
「四十八歳の抵抗」を終了した。程度は少々高かったような気もするがけっこう面白かった。人生の峠、48歳。父も今その年なのである。
いやはや、「程度は少々高かった」とは笑ってしまう。しかも「けっこうおもしろかった」とくるから、「どこがどのようにおもろかったんや」と自分に追い打ちをかけたくなる。わたしが基本的に小説を読まなくなったのはいつからのことか記憶にない。ただ、高校生時代はおとなの世界に興味津々で、背伸びしながら小説を楽しんでいたわけだ。 |
早朝夕刊(21) : 愉快な「ラジオ体操」 2020/08/22 Sat (5:18am) 7258
前期高齢者後期を迎え、昨年の12月に「ラジオ体操をするぞ」と決めた。わたしが超粘着質であることは、本欄でも繰り返し述べてきた。ご想像の通り、年末の一念発起以来、とにかく毎日が「ラジオ体操の日」である。
今日ではいつでもYouTubeで「ラジオ体操」を観ることができる。その多さにどれにするかで迷ってしまう。そんなことで「今日はこれでいこう」「明日はあれで」とけっこう楽しんでいる。その中でも傑作の一つがタレントの草薙剛バージョンだ。第一の方は無難にこなしている。ところが第二になるとかなり笑える。本人がよく知らないことが見え見えで、わたしは吹き出しながらご一緒している。 |
「マスク」より「臨時病棟」 2020/08/22 Sat 7257
阿蘇警察署が老朽化したことから新しい庁舎が建てられ、今月11日にその開庁式があった。新聞には3階建てのスマートな建物が載っていた。その建築費は18億円ほどだという。
これを観て反射的に「あのマスク」が頭に浮かんだ。現時点でマスクの最終的な費用は明らかにされていないと思う。わたしの記憶だと当初は460億円という数値が報道されていた。その後、官房長官がなぜか260億円になったと発表した。さらに「その後」、施設や妊婦向けとして追加配布するというニュースが流れた。これまた不評で「希望するところへ」と修正されたが、これらの費用が247億円という。全戸配付と合わせれば500億円を超える。
新築なった3階建ての阿蘇警察署が18億円である。武漢であっという間に臨時の病院を建てた映像にはだれもが驚いたに違いない。わたしのような素人は全国の公有地や病院の空き地に臨時の病棟を建てる場合、超高めに見積もっても10億円はかからないと思う。仮に10億円としても、500億円あれば「すべての都道府県」に臨時の病棟を造ってもおつりが来る計算である。この方がはるかに喜ばれる税金の使い方ではないか。 |
早朝夕刊(20) : 物差しの共有化 2020/08/21 Fri (5:54am) 7256
机の抽斗にカセットテープがあったので聴いてみた。いつの記録か記憶にないが、なにやら井戸端会議風である。
甲「私はこのごろ健康に気をつけていて運動をはじめたんだ。それが面白いように効いて、半年で62.3kgから体重が53.2㎏まで減量に成功した」
乙「ああ、そうなんだ。わたしだって137.3ポンドが117.3ポンドになったのよ」
丙「そんなこと言うなら、わたしも16.6貫から14.2貫だから、すごいでしょう」…。
とまあ、こんな会話のテープなどあるわけがない。ともあれ、この3人の減量前後の体重はまったく同じである。現実の世界でこんなことをしていたら仕事にならない。物差しの共通化は欠かせない。 |
ほんの一言の効果? 2020/08/21 Fri 7255 昨日の続き
首相は「アサヒマスク」の情報を周りの誰かから聴いたのだろう。その際に「あの朝日だって布マスクを3千円以上で売ってますよ」というノリの会話になったと推測する。そこで、「機会があったら皮肉ってやれ」くらいの気持ちになったことは想像に難くない。何分にも「アベノマスク」の評判が芳しくなかったからである。そのとき「日本のものづくりの技術が結集されたものだ」と認識していたとは思えない。そうであれば別の機会に推奨すべきだろう。
それにしても「周りの人たち(?)」は本気で首相をサポートしているのだろうか。「朝日がマスクを3,300円で売っている」という事実だけに目を奪われて、その背景を確認していなかったに違いない。不評が続く中で「これは使える」と勇んだのはいいとして、ちょっと調べれば、「これを挙げると逆効果になるなあ」と判断するレベルのものだった。「危機事態」における「リスクマネジメント力」あるいは「想像力」の欠如ということか。ともあれ、悪循環はなかなか止まらない。ほんの「一言」がさらにまずい方向に貢献する。これも首相の「言わなきゃよかったボックス」に入るに違いない。 |
早朝夕刊(19) : 「本当のこと」≠「嘘ではない」… 2020/08/20 Thu (5:12am) 7254
「本当のこと」と「嘘ではない」は同じではない。そもそも「情報公開」の「情報」は「本当のこと」が前提であり、「公開」して、みんなに知らせる点が重要である。ところが、「そのまま」明らかにすると都合が悪いとなると、それを隠そうとする力がはたらく。そうかと言って何もしないわけにはいかないご時世である。ただ、そこで「嘘」を言うのは気が引ける、あるいは「バレた」ときのデメリットが心配になる。そこで「苦肉の策(?)」として「本当のこと」を言わないが、そうかといって「はっきりとした嘘」も避けようとするのである。これだと後で責められても、「嘘をついたわけではない」と言って逃げられる。 |
「皮肉」は勘違い? 2020/08/20 Thu 7253 昨日の続き
首相が記者会見で「アサヒマスク」を皮肉ったことが騒ぎになってから続報が出てきた。話題のマスクは定価2枚3,300円の「高級品」だった。そもそもは「繊維の街
大阪府泉大津市」の市長と泉大津商工会議所がマスク不足の解消を目指して、地元の繊維メーカーが高品質の製品をつくったのだという。それが皮肉まじりの反撃を受けたため、泉大津の市長が首相官邸に出かけて首相補佐官と面会した。市長にとっては、首相の発言によって「必要火急」の用事となったわけだ。
市長は記者団に対して、価格に批判が出たことを「若干残念なところは当然ある」「現場のモチベーションがちょっと下がってしまった」と述べたという。その上で「大津毛織の布マスクは150回繰り返し洗っても使える」と語っている。さらに補佐官から、首相は「決してこの2枚3,300円が高いと言っているのではなく、それだけの価値があるものだと、日本のものづくりの技術が結集されたものだと認識している」と伝えられたという。これを聴いて「なあるほど、そうだったんだあ」と腑に落ちた人がどのくらいいるだろう。あの「皮肉を込めた反撃」は思い込みだったのか。 |
早朝夕刊(18) : 誤解の素 2020/08/19 Wed (5:36am) 7252 8月17日(Short shot(16))の続き
わたしは「コロナの死亡者数」は深刻さの指標になると思う。それも各都道府県の人口に対する割合が問題になるだろう。これに「重傷者数」も大事な指標だと考えていた。ところがある番組では、その「定義」が国と都道府県によって異なっているらしい。これについても国は「都道府県の誤解だ」と言うのだろうか。
共通の土台に立っていない数値は役に立たないだけでなく、それこそ「誤解の素」であり、適切な対応を誤らせる。こまったものである。さらに重症者を収容できるベッド数についても国の出した数字は「過大だ」という指摘がある。われわれ一般人には、「そのこと」自身が「事実」なのかどうかすらわからない。 |
皮肉を込めた反撃? 2020/08/19 Wed 7251
すでに「コロナの第二波」が到来したと言えるのか、言えないのか。正体は不明でないのに、適切な対応策が不明の状況はいつまで続くのか。世界を覆うパンデミックが人類の歴史に残ることは疑いない。それにしても「コロナがらみ」でいろいろのことがあったし、これからもあれやこれやと想定できないことが起こるに違いない。
ともあれ世界中で「危機状況におけるリーダーシップ」の発揮が求められている。これまでのところ、わが国の状況は深刻と言えるほど危うい。たとえば「マスク問題」だが、4月の首相記者会見で朝日新聞の記者が「あのマスク」が「批判を浴びている」と指摘したらしい。これに対して首相は「御社のネット通販でも布マスクを2枚3,300円で販売しておられたと承知している」と皮肉を込めて反撃した。「自分たちもけっこうな高値で売っていて、そんな質問ができるね」という意図だったと思われる。これに記者がどう反応したかわからない。ただWeb情報を見る限り、説得力ある反論をしなかった、あるいはできなかったと推測した。この反撃は大いに効果があったようで、「朝日新聞」に対する批判があふれた。 |
早出し夕刊(17) : 「嘘」の誘発 2020/08/18 Tue (12:11pm) 7250
東京都の「感染防止徹底宣言ステッカー」が話題になっていた。都のWebで項目にチェックするだけでゲットできる。もちろん(?)自己申告である。この容易さを問われた知事は職員が確認に回っていると答えていた。わたしの聞き違いでなければ、その時点での実績が「70件」だった。さらに聞き違いでないことを願うが、これを話題にした番組ではダウンロード済みが20万件だという。
人間として「性善説」は大事にしたい。ただ、2つの数値を提示されると、「これでは『虚偽申告をしてしまう』チャンスを与えているのではないか」と言いたくなる。このごろ、先を考えない「アイディア」が多すぎないか。 |
講演デビュー? 2020/08/18 Tue 7249 昨日の続き
九州生産性本部における講演は他大学での講義や学会発表などを除いて、人生初の「対外的仕事」だったと思う。それまでもリーダーシップ調査や研修で企業組織の方々に「話」をしたことはあった。しかし、この講座では単独の講演である。それも偶然の流れながら、講座の最後の位置づけだ。ときは1976年6月だからわたしは27歳だった。
この講演が高(禎助)さんからの紹介であることは間違いない。高さんには学部4年生のころからお世話になっていた。三菱重工業の長崎造船所で展開された「全員参画による安全運動の実践」に末席で参加させてもらったときからのお付き合いである。そうした成果が、日立造船堺工場の作業長を対象にした「リーダーシップ・トレーニング」につながった。このときは高さんとご一緒して、南海電鉄のみさき公園駅にあった同社の保養所「南海荘」に通った。そうした中で、企業人を前にした講義や講演らしきもののノウハウを学んでいったのである。
いまから40年以上も前、OHP を使いながらわたしはどんな話をしたのだろう。その内容に「リーダーシップ・トレーニング」が含まれていたことに感慨を覚える。 |
早朝夕刊(16) : たしかな数値は… 2020/08/17 Mon (5:42am) 7248 昨日(Short shot(15))の続き
今や「感染が『確認された』者の人数」が増加していることは疑いない。ただし、それ以上はよくわからない。コロナが問題になりはじめた当初から検査対応が追いつかず、「調べないから少ない」などと言われていた。ドンドン検査する韓国と比較すれば、その遅さは際立っていた。そんなことで「オリンピックに悪影響があるから意図的に検査をしていないのだろう」といった声まであった。
こうした状況を見ながら、わたしは「『死亡者数』だけはたしかだろう」と思っていた。わが国でこの数値がいい加減だとは思えないのである。もちろん死亡原因の特定を誤る可能性はあるが、問題になるほど多くはないだろう。 |
講座のパンフレット 2020/08/17 Mon 7247
わたし手元に九州生産性本部のパンフレットがある。それは「第一線リーダー養成講座」の「ごあんない」で「夜間講座を中心とした8日間・30時間コース」とされている。講座の開催期間は1976年6月23日(水)から7月7日(水)までで、一泊二日の合宿と夜間の講義の六日間から構成されている。合宿の会場は福岡市内の「ホテルタカクラ」で講義は財団法人九州生産性本部セミナー室で行われる。参加費は1名につき会員企業は45,000円、一般企業は60,000円で、テキスト等の資料代、ホテルの1泊3食分が含まれている。それでも44年前だから、かなりのお値段である。
「日程と研修内容」を観ると、最終日の7月7日17時30分から20時30分までの講義はメインタイトルが「リーダーシップと自己啓発の方向」で、内容として「1.理想的なリーダーのタイプ」と「2.リーダーシップトレーニング」が挙がっている。その講師が「九州大学教育学部助手集団力学専攻
吉田道雄氏」となっているのである。このパンフレットは「身辺整理」の過程で封筒からポロリとこぼれ出てきた。これを見た瞬間に、ぼんやりながらその日のことが蘇ってきた。 |
早朝夕刊(15) : 確認された数値 2020/08/16 Sun (5:37am) 7246 昨日(Short shot(14))の続き
そもそも「感染の確認」の方法が素人にはわからない。まずははじめに体調悪化を認識した個人が検査を受ける。これで陽性となれば「1人」となる。さらに「濃厚接触者」にも検査が行われ「感染」が判明すれば「1人」が追加される。ただし、「感染経路不明」の場合は、ほかに「感染者」がいる確率はきわめて高いが、これは「1人」に入らない。しかも「無症状」のケースが多いらしいが、その人たちも「1人」としてカウントされない。そうなると、「感染確認者」は「氷山の一角」である可能性が否定できなくなる。また「感染者数」の「確認」方法がすべての自治体で同一なのかどうかもわからない。 |
研究室のワンカップ 2020/08/16 Sun 7245 昨日の続き
AERAの特集「頭脳棺桶 国立大学」には16枚の写真が挿入されている。そのトップは「廊下が実験室。拾ってきた部品などで海藻類の培養装置をつくっている京大・植物生理学の加藤哲也講師」との説明がついている。当の加藤講師は奥の方で笑っているが、「どうですか、ひどいでしょう」と苦笑いしているように見える。
さらに「ビーカー代わりにワンカップ大関のカップやコーヒーの瓶が並ぶ」「卒業する学生が売り払った冷蔵庫。実験試薬がつまっている」という写真が並ぶ。ビーカーを買うお金がないからワンカップになったという。実験室にある物は拾ってきたものが多くて、拾うのばかりがうまくなったと自虐的に語る。こんな調子で特集の最後まで惨憺たる状況の記述が続くのである。
そもそも文部省の「国立学校」に対する予算は1979年度をピークに減少し続ける。わが国の財政が厳しくなり、あらゆる分野で「削減」がキーワードになった。したがって、単純に「教育」の予算だけは例外にしろとは言えない。ただ、教育を含めて将来を見据えた政策の意思決定が行われてきたのかどうか。その場しのぎのバラマキではお先真っ暗である。 |
早朝夕刊(14) : 確認された数値 2020/08/15 Sat(5:54am) 7244 昨日(Short shot(13))の続き
わたしはニュースの「全国では昨日、979人の感染者の発表がありました」という言い回しに反応する。たしかに「発表があった」ことは100%の事実である。また、日本地図の「都道府県別」の図には「新たな確認 感染者」と記されている。この二つを合わせると、「昨日は各自治体から合計979人の感染者を『確認した』との発表がありました」と言うべきだろう。たしかに、あとで提示する分県地図に「新たな確認」との文言は入っている。そうだとしても、ことばのプロとしては、事実を厳密に伝える必要がある。その人数の人たち(だけ)が「新に感染した」のではなく、「感染が確認された」(だけ)なのだから。 |
国立大学の環境 2020/08/15 Sat 7243
わたしの「資料袋」には新聞の切り抜きや雑誌のコピーなどが詰め込まれている。これらが「わが身辺整理」の対象になっていることは言うまでもない。とにかく「少しずつ、しかし確実に」をモットーに整理を続けている。
その中に、雑誌AERA の1991年5月28日号の特集「頭脳棺桶 国立大学」のコピーがある。冒頭には「国立大学が日本の繁栄から取り残されている。廊下で実験する狭さ、資料室に虫がわく汚さ、ビーカーも買えぬ貧しさ、安い給料……。その劣悪環境の中で、日本の頭脳が疲弊しはじめている」とのリード文がある。
国立大学が法人化した2004年度以来、継続的な予算削減を受けた研究の劣化に警鐘が鳴らされてきた。また、ノーベル賞の受賞者たちは口を揃えて日本科学の将来を憂える。そんなことから、大学が厳しい状況にあることは社会的にも認知されているかもしれない。
しかし、こうした劣化傾向は「法人化」後ではなく、前世紀末からはじまっていた。AERAが国立大学の悲惨な状況を特集したのは、その時点で取り上げるべきだと判断するレベルに達していたからだ。したがって、その「はじまり」はさらに遡ることになる。 |
早朝夕刊(13) : コロナの数値 2020/08/14 Fri(5:39am) 7242 昨日(Short shot(12))の続き
NHKニュースでは「都道府県別」で示された全国地図を表示しながら、アナウンサーが「全国では昨日、979人の感染者の発表がありました」と伝えていた(8月13日朝7時台)。地図の上部にはそれまでの累計や死亡者数など、いくつかの数値が並んでいる。その最初は「新たな確認 感染者」で、この日は979人だった。
このほかにも、様々な番組で、「重傷者数」や「現時点での入院患者数」、「退院者の累計」などが集計されて伝えられる。これを「専門家」が解説するわけだ。わたしも仕事で「データ」を扱うことがあるが、こうした「数値」に対していつも「何なんだろうなあ」という気分でい続けている。 |
感謝の返信 2020/08/14 Fri 7241 昨日の続き
まだ「ほめまくられメール」は続くのだが、このくらいで区切りを付けることにしよう。この「ありがたやメール」に対してわたしは次のように返信した。
こんにちは。とてもありがたい、かつ楽しいメールをいただきました。わたしが「ホームページはヤフーで吉田道雄と入れるとトップに出る」と自慢した際に、数人の方が「わかってるよ」というお顔をされました。その中にいらっしゃいましたね。附属中学校の名ばかり校長でいましたのは、2002年と2003年ですから、もう一回り昔になりました。それにもかかわらず、話のネタを憶えていただいているとは、大感激、嬉しくなります。何分にも、私は「言うだけ」の身ですから、ほんの少しでも気持ちが軽くなられたら、それで大満足ではございます。
ともあれ、「問題を抱え続ける」のが教育ですので、これからも「Never Ending Challengeのこころ」で前進しましょう。同僚の先生にもよろしくお伝えください。「ダイエー」も「イオン」になりましたが、相変わらず牛乳は楽しめます。また、午前中は「シネプレックス」で「海難」を観てきましたよ。よいお年をお迎えください。
ありがたや、ありがたや。 |
Short shot(12) : 「コロナの感染者数」考 2020/08/13 Thu(6:43pm) 7240
朝から晩まで「コロナの感染者数」がニュースで伝えられる。たとえば、今朝7時のNHKニュースでは、「東京感染者(日別)」という標題の付いた棒グラフが表示された。これはどの放送局も共通で、4月の「緊急事態宣言」からのデータによっている。とにかく毎日のことだから、すっかりお馴染みになった。さらに簡略化された全国地図が表示され、ニュースの時間帯によって前日か当日の「都道府県別」の感染者数が挿入されている。 |
「大風呂敷的話題」への意欲 2020/08/13 Thu7239 昨日の続き
とにかく「ほめまくられる」から、「うれしさ」もエスカレートしてくる。
それから講演開始までの5分間、周りにいた方々に私がいかに吉田先生の大ファンであって、毎日更新される「味な話の素」を愛読していて、最近の話題には中央町の石段があったことなどを興奮気味に語っておりました。すると、中学時代にお世話になったという同僚も色々な記憶を蘇らせたようで、「思い出しました!!
冷たい布団に入るのがお好きなんでした!」とか、毎回退屈なはずの校長先生のお話が面白いと同級生の間で評判だったとか、熱く語っておりました。 同僚「大江の元ダイエーで様々な牛乳を眺めるのが好きだって全校集会で聴きました!」
私「そのお隣のシネプレックスはご自分の映画館のようにBlogに書かれてた!!」などなど。
いやあ、「校長が生徒たちに何たる話をしてたんやあ」とドキッとする。お二人の記憶に面食らいながら、恥ずかしさも吹っ飛んで、いつもの「ありがたや、ありがたや」がわたしの頭の中で響き渡るのである。こうした反応をいただくと日常生活で「小さな体験」を「大風呂敷的話題」にしようという意欲がわいてくる。 |
「ほめられる」嬉しさ 2020/08/12 Wed 7238 8月9日の続き
ある年の12月25日に熊本県内の学校で講演をした日の夜に「クリスマス プレゼントのようなお話」と書かれたメールをいただいた。
本日は勤務校での人権教育のご講演ありがとうございました。私は自称吉田先生の追っかけなのですが、今日のお話が始まる5分前まで吉田先生が講師である事を知らず、内心「冬休み初日のしかもクリスマスの午後2時に職員研修なんてありえない!!」とプンプン怒っていました。数日前から、隣に座る若き同僚が「附属中学時代にお世話になった校長先生なんです!」と話していたのに、それがまさか吉田先生とは思いもしませんでした。ですから、会場で着席してホワイトボードに吉田先生のお名前を見つけた時はもう本当に驚いて、天と地がひっくり返る、いや地獄が天国に変わりました。一瞬にして憂鬱が悦びに変わることがあることを、文字通り体感することができました。
「私的なメールを公開して、自分の自慢話にするなどもってのほか」。そんな批判の声を覚悟しながらも、「ほめられる」ことの嬉しさを残しておきたい気持ちが優勢になってしまう。それがそのままわたしの生きるエネルギーになるのである。 |
早朝夕刊(11) : ほめる免許 2020/08/11 Tue(6:04am) 7237
わたしにはリーダーシップと関連付けた「ほめる免許」というネタ話がある。これは昨年アップした7本の動画にも含まれていて、本トップページの「最新のお知らせ」から観ることができる。
その内容を手短に言えば、「リーダーのフォロワーを『ほめる』行動が効果を及ぼすためには、リーダー自身がフォロワーから『ほめられる』必要がある」ということに尽きる。ここで「ほめられる」は「信頼されている」「評価されている」「尊敬されている」などと同義である。つまりは、リーダーとフォロワーとの間にそうした関係ができあがっていないと、「ことばだけ」でどんなにほめても、リーダーシップにはならないのである。 |
「養豚界」デビュー 2020/08/11 Tue 7236 8月9日の続き
養豚業界の専門誌「養豚界」のMさんから連載の依頼があったのは、2018年5月29日である。その電話で「豚もおだてりゃ…、吉田もおだてりゃ連載原稿を書く…」などといきなり言ったものだから先方も唖然としたことだろう。
ともあれ、その日の18時28分に出版元である緑書房のMさんからメールが届いた。まずは電話で連載企画の原稿を引き受けたことに対するお礼が記されていた。すでに雑誌が「養豚の生産者に向けた専門誌」であることは聴いていたが、養豚業界でも人材不足が課題となっており、そうした状況で「人材育成」を上手く行っていくための方策を理解するために原稿を依頼したという。文末に「詳細については企画書をお送りいたしますので、こちらをご確認いただけますと幸いです」としてファイルが添付されていた。
さらに、「企画の内容についてぜひ先生のご意見をいただきたいと考えております。一度打ち合わせのお時間をいただければと考えておりますが、7月の1~2週目あたりで、先生のご都合を伺えますでしょうか」と書かれていた。こうした経緯を経て、前期高齢者のわたしは「養豚界」にデビューすることになった。 |
早朝夕刊(10) : 謝らない誤り 2020/08/10 Mon(5:42am) 7235 8月5日(早朝夕刊(5))の続き
吉村知事の「うがい薬」発信については、すでに取り上げた。その翌日には「釈明(?)」記者会見をしていた。その中で「誤解」ということばが出てきて苦笑した。このことば、どこかの大臣も使っていたからだ。
あの時も「国民の大多数(?)」が「誤解」したのだと「胸を張って(?)」言われてしまった。そんなら一刻も早く「誤解だ」と訴えておくべきだった。
知事の場合は反応が即日だったので、「誤解だ」との発言が翌日になったのは仕方がない。それならそれで、「誤解を招く発言だった(かもしれない)」と言って一言「謝罪」しておけば、「さすが」と評価されたかもね。リーダーは「謝らない誤りを犯してはいけない」のです。 |
研修の「リモート化」 2020/08/10 Mon 7234 8月6日の続き
すでに研修が予定されていたいくつかの組織に、「次善の選択肢」ではなく、「コロナ禍における『ベストチョイス』を」とメールで提案をした。もちろん、「素案」であるが、頭の中ではそれなりの整理をしたものだ。何分にも「コロナのおかげ(?)」で4月あたりからリモートによる情報交換の機会が増えてきた。それも組織ごとでアプリケーションが違うので、あれやこれやを体験している。すでに〝ZOOM〟を含めて5本で対応したことを本コラムで取り上げた(8月4日「早朝夕刊)。その後、さらに〝Teams〟も加わって、わがPCは「リモートアプリ」で大賑わいだ。
こうした状況の中で、わたしが提案した「リモート研修」についても情報を交換した。これまで「生」の「グループワーク」を基本にしてきた研修を「リモート化」するのである。そこでまずは「試案」を提示し、それを検討するために、まさに「リモートミーティング」を開催したのである。そして、複数の組織と会議を重ねるたびに、わたしの「案」もバージョンアップしていった。その結果、3つの研修をリモート化することが決まった。そのうち2つは日程も確定している。
|
早朝夕刊(9) : 正義の多義性 2020/08/09 Sun (6:03am) 7233
「正義」ということばも「立場」によって異なる。こちらから見れば「正義」でもアチラの視点からは「悪魔の行為」に映る可能性がある。わたしは「正義」がこうした「立場や視点の違い」とかかわっていると考えてきた。しかし、それは「同じもの」をどちらから見るといったことではなさそうな気がする。たとえばわれわれが言う「白い」が英語では〝white〟である。これは見方の違いではなく言葉そのものが異なっているのである。「正義」と〝justice〟にしても、そもそも「同じ」でないことは当然というべきである。 |
メールの整理 2020/08/09 Sun 7232
わたしは「ほめてもらう」ことが大好きである。それで有頂天になってやる気プラグが点火する。雑誌「養豚界」からシリーズ物の原稿依頼があったときも嬉しくて興奮した。初めて電話をしただいたのに「豚もおだてりゃ木に登ると言いますが、わたしもほめられるといくらでも原稿を書きますよ」と答えてしまった。先方はさぞかし呆れたに違いない。
ところで、わたしが継続中の「身辺整理」にはメールも含まれる。現役時代と比べれば数は大きく減少したが、それでも送受信しない日はない。その結果、メールはドンドンとたまっていく。そこで今年度に入ってからこれを「少しずつ」整理しはじめた。その際は一つずつ内容を確認するから時間はけっこうかかる。しかし、それは楽しい一時である。
熊本地震のときはたくさんのメールを頂戴した。そのほとんどが「大丈夫ですか」とご心配いただいたものである。当時、研修でお手伝いしていた関西の会社からはボランティアでわたしの職場にも来られた。そのときの連絡やわたしのお礼のメールがしっかり残っている。さらに、地震当日に海外の知り合いからもメールが届いてグルーバル化を実感した。 |
早朝夕刊(8) : 今月の写真(2) 2020/08/08 Sat (5:23am) 7231
中部国際空港の国内線で、やはり先月撮った写真である。とにかく人がいないのである。この空港が開港したのは2005年2月17日だが、この年の12月22日の大雪で滑走路が凍結したことから開港初の閉鎖となった。わたしは二度とあり得ない「初閉鎖」に遭遇する機会に恵まれたことを自慢話にしている。しかし、そうした状況であっても「人はいた」のである。
ついでながら夕刻にセントレアホテルのチェックインも待ち時間なしの「お一人様」だった。いつもは外国語が飛び交い、それなりの時間を要していたからスンナリには違和感すら感じた。バイキングでなくなった朝食会場にいたのは、わたしを含めて3人だけだった。 |
26%の「民主主義」 2020/08/08 Sat 7230
アメリカの大統領選挙はどうなるか。トランプ大統領の吸引力は低下し続けているようだ。とくに「コロナ禍」や「人種問題」の影響が大きいとされる。そうした状況を転換させるためにも中国との葛藤を強化しているとの解説もある。
大統領補佐官だったジョン・ボルトン氏の暴露本によれば、トランプ氏の頭に中にあるのは自分が再選することだけだという。ただし、この本がトランプ氏に大打撃を与えたのでもないらしい。その理由が「すでにみんなが識っていたことだから」という説があると聴いて苦笑してしまった。
国民の一人一人が一票を持って投票する。人類の体験と知恵の蓄積によって到達した「民主主義」だが、その機能が十分に働かなくなっている。そもそも投票率が50%あたりで揺らいでいる。そのうちの過半数で政権が執れるわけだ。これが単純化し過ぎであることはもちろんだが、有権者の1/4に「大受けする」だけで国の政治を動かせるとすれば、少なくとも「民主」という表現が正確なのかどうか、はなはだ疑わしい。スーパービジネスマンとしてトランプ氏が「岩盤支持層
〝bedrock support〟」だけに的を絞るのも頷ける。 |
早出し夕刊(7) : 今月の写真(1) 2020/08/07 Fri (11:59am) 7229
表紙の写真は「その月のもの」を原則にしてきた。先月の「石狩挽歌碑」と人吉の「上村うなぎ屋」は昨年7月に撮ったものである。
今月はその原則を措いて先月のものにした。まず1枚目だが、これは東海道新幹線「こだま号」のグリーン車である。わたしが名古屋から乗ったとき「たった一人」であることに衝撃を受けた。たしかに普通車と比べてグリーン車の乗客が少ないのは、どの路線でも見かける光景ではある。しかし、それが「東海道新幹線」での出来事となると、わたしレベルの人間にとっては大きなニュースである。そんなことで、今回は表紙写真の原則を守って、来年7月まで待つことができなくなった。 |
「つれづれ」なればこそ 2020/08/07 Fri 7228 7月30日の続き
今後もキャンセルが続くと予想されるが、「あること」を前提にパワーポイントの準備をしている。これも時間があるからかなりパワーアップできる。そんな状況で、机を前に「つれづれ」感を楽しんでいる。人間には考える時間が必要だ。しかし、「いま考えろ」と迫られるとかえって頭が固くなる。視野も狭くなるから大したアイディアは生まれない。そこで「つれづれなるままに」あれやこれやと想いをめぐらす。するとけっこうおもろい視点に気づいたりする。
組織の事故や不祥事防止も、「どうしたらいいか、何をなすべきか」などと突き詰めずにゆったり思いを馳せてはどうか。朝から晩まで批判されている政府の対応を観ながらふと思った。そもそも「リスクマネジメント」は「危機」以前の対応に重点を置いている。しかしながら、現実に危機が発生したあとの、いわゆる「危機管理」の重要な要素として「リスクマネジメント」を位置づけることも必要なのではないか。
例の「マスク」はその典型的なケースだろう。「布マスク2枚」の配付を「いま言ったら」かなり批判されるのではないか。しかもいかにも「小さすぎる」。「いまシンガーソングライターのインスタグラムに自宅でゆったりの動画でコラボすれば猛反発を食らうかもしれない」。こうした「リスク」について検討することが、まさに「危機管理下のリスクマネジメント」なのである。 |
早朝夕刊(6) : 合わせづらい目線 2020/08/06 Thu (4:45am) 7227
話題の「マスク」8,000万枚を介護施設などを対象に追加配布するという「計画」は再検討を余儀なくされた。今後は「希望する施設」があれば配付していくという。厚生労働大臣がその変更を記者発表するとき、ずっと原稿に目をやったままだった。公式発表だから正確さが要求されることは十分に理解できる。ただ、その内容・分量ともに暗記が出来るほど短かった。何とも格好悪くて記者たちと目を合わせづらかったのだろうと邪推した。 |
新しい「仕事様式」 2020/08/06 Thu 7226 昨日の続き
今年のわたしが「コロナ」が「定着」した状況で関係者に送ったメールである。
こんにちは。このところ東京だけでなく、全国的に「第二波」感が漂ってきましたね。わたしも3月から3ヶ月半ほど「巣ごもり」で過ごしていました。ようやく6月中旬から、一部ではありますが「予定」されていた仕事が復活してきました。そうした中で「生活様式」だけでなく、新しい「仕事様式」、私の場合は「講義/研修様式」へのチェンジにチャレンジするチャンスがやって来たと受け止めています。
そこでわたしなりの「コロナ対応」をご紹介します。1)「基礎/フォロー」ともに「生」を【原則】とする。2)「基礎」は「生」とするが、「状況」によっては「フォロー」をリモートにする。3)「状況」によっては「基礎/フォロー」ともにリモートとする。となります。
「コロナ禍」の元では「次善の策」である、2)3)を選択せざるを得ません。このように表現すると「引き気味」ですが、わたしは2)3)こそが「『コロナ禍』を前提にした『ベスト
セレクト』」という発想でチャレンジすることを考えています。「リモート」が「生」に及ばない点もあれば、「その逆」もまた「真」なりです。いま大事なのは「学び」の機会を提供し続けることだと思います。 |
早出し夕刊(5) : ビックリ「うがい薬」 2020/08/05 Wed (8:45am) 7225
大阪府の吉村知事は「コロナ対応」で株を上げ続けてきた。ところが、ここに来て「大チョンボ」である。その詳細は知らないが、ある種の「うがい薬」がコロナ対応にもよろしい可能性があると記者会見で言ってしまった。ご本人も「買い占めしないで」と訴えていたが、そうした発言が効果を持たないどころか、逆のエネルギーにつながる可能性があることは容易に想定できる。
大阪府の施設で得られたデータのようで、その数値自体は事実としても、普遍性があるかどうかまでは見極めていないと推測する。わたしも研究者の端くれとして、「自分たちが『発見した』事実をだれよりも先にアピールしたい」という気持ちはわかる。しかし、知事が研究者と同じスタンスでいるのはいかがなものか。 |
コロナ禍の講演・研修 2020/08/05 Wed 7224
今年の流行語として「リモート」は当確だろう。そして「コロナ禍」は世界の流行語のトップに位置づけられることは言うまでもない。それもきわめて負の重さを背負った「流行語」である。
こうした状況下で、予定していた講演や研修の中止あるいは延期が続いている。ただし、「このまま先送りするのではなく、何とかして実施したい」という声も聴くようになった。講演も研修も「生=ライブ」が望ましいことは論を俟たない。わたしも「それ」が自分の仕事だと考えてきた。たしかに講演の方は情報提供に意味があるから、「リモート」にしても情報量としてはカバーできる。ところが、研修は情報提供と言うよりもグループワークによるディスカッションと意思決定が重要になる。それらが「リモート」で可能なのかがポイントになる。
一方で、「コロナ」がすんなり治まるなどあり得ない。それどころか、「テレビに登場する専門家たち」は「第二波がこんなに早く来るとは思わなかった」と異口同音に言う。秋から冬にはさらに厳しくなるのではないかと誰だった考える。そこでわたしは秋口に東京で予定している研修の担当者の方にメールを送った。 |
早朝夕刊(4) : 頭の筋トレ5本勝負 2020/08/04 Tue (5:37am) 7223 昨日(早朝夕刊(3))の続き
まずは、〝ZOOM〟と〝Skype〟を体験したが、組織によってセキュリティの観点から使用するアプリケーションが違ってきた。あるところとは〝Google
meet〟でコミュニケーションをとっている。こちらは研修の打合せで複数回の会議をした。また〝Webex〟を採用しているところもけっこうある。さらに先日は〝V-CUBE〟なるものも体験した。
幸いというか、当然と言うべきか、「映像・音声・共有化」については使い勝手がほとんど同じで、それほど迷ううことはなかった。それでも、この数ヶ月で5つの「Web会議」に遭遇したのである。前期高齢者後期にとっては「頭の筋トレ」になったと確信している。 |
コンプライアンス以前 2020/08/04 Tue 7222 昨日の続き
神戸市の警察で署長たちがコロナに感染したことがあった。署長らの異動に伴う歓迎会を居酒屋で開催したという。参加した警察官たち8人が陽性と判明したのである。それが3月27日のことだと知って唖然とした。人事異動の際に歓送迎会が行われるのは世の常識である。しかし、現今の「世の常識」はそれを中止することだ。つまりは、この方々は常識を知らない人たちなのである。しかも署のトップ2が感染とはお話にならない。とりわけ署長には呆れてしまう。何と言っても署長である。部下たちが内心どう思っていたか知らないが、「やっぱり歓迎会はしないといけませんね」と署長に声をかけたとする。これに対して署長が取るべき行動は1つしかない。「その気持ちだけはありがたくもらっとくよ。ただ、こうした時期だから会合そのものはなしだね」。この「事件」のために、120人ほどの署員が自宅待機になったという。このケースは「コンプライアンス意識」が救いようのないほど欠落している点で金メダル級である。しかも副署長は会合を開いていないと嘘を言っていたようだ。ナンバー2が嘘をつくなど「コンプライアンス」以前の問題だ。 |
早朝夕刊(3) : 〝Skype〟と孫たち 2020/08/03 Mon (5:31am) 7221 昨日(早朝夕刊(2))の続き
わたしも「SNS基本方針」を変更して、〝Skype〟を導入した。これは原則として「プライベート限定」である。それが5月のことで、孫たちとのコミュニケーションは大いに増えた。もちろん直接的な関わりでないという弱点はあるが、「コロナ」が終息しない状況ではベストの選択である。
もっとも、母の日や父の日にはおばあちゃん、おじいちゃんも拡大解釈的対象者としてプレゼントをもらった。その際は息子の車でやって来て駐車場でやり取りするという「新企画」である。お互いに全員がマスク着用でコミュニケーションを交わすのである。そんなわけで、孫の誕生祝いも自宅でできない状態が続いている。 |
〝Compliance〟と「コンプライアンス」 2020/08/03 Mon 7220
【compliance : the act of obeying an order, rule, or request: the state
of being to do willing to do what other people want you to do: [Cambridge
Dictionary]】コンプライアンス「命令・規則あるいは要請に従う行為(吉田訳)」
【コンプライアンス ①(要求・命令などへの)承諾。追従。②法令遵守。特に、企業活動において社会規範に反することなく、公正・公平に業務遂行することをいう。 ③服薬遵守。処方された薬剤を指示に従って服用すること。④省略《weblio大辞林》】
いま「コンプライアンス」を「法令遵守」に限定して解釈する組織は皆無だろう。英語でも「法律」にしたがうだけでないことは明らかである。 [Cambridge
Dictionary]の〝willing to do what other people want you to do〟は「他者がしてほしいと思うことをする」と言っている。他者には個人的に関わっている人間だけでなく、社会とその文化までも含まれると考えよう。
つまりは「法律に違反しなければコンプライアンスは大丈夫」は明らかに間違っているのである。そもそも、そうした発想をすること自身が「コンプライアンス遵守」から逸脱している。 |
早朝夕刊(2) : お次は〝Skype〟2020/08/02 Sun (5:43am) 7219 昨日(Short1shot(1))の続き
いわゆる「リモート」はプライベートでも展開があった。わが家から車で30分ほどのところに息子の家族が住んでいる。この距離だから月に2回くらいは往き来していた。そこに「コロナ」が降ってわいてきた。前期高齢者後期のわれわれだから、孫たちと会うのもストップ状態となった。
そこで登場したのが〝Skype〟である。このアプリを使って昔(?)から海外にいる子どもたちと会話している知人がいる。そんなことで、〝Skype〟の名前は承知していた。ただし、「SNSお断り」がわたしの基本方針だから、これに興味関心をもつことはなかった。しかし、「コロナ禍」で状況が決定的に変わってしまった。 |
規則やマニュアルの要件(95) 2020/08/02 Sun 7218 2019年9月25日の続き
人間と同様に、組織も「元気で健康であることが求められる。これを言い換えれば「活性化と安全」とでも言えるか。この両者は独立しているのではなく、相互に作用し合う。また、「安全」とは「健全な組織活動」が実現されている状態を指す。それを実現するための手段として「規則やマニュアル」がある。したがって、それらを無視あるいは軽視する発想や行為は「組織の安全」を脅かす。
ただし、天下り的に「規則やマニュアルを守れ」と叫ぶだけでは、「守られるものも守られない」状況を創り出す。そもそも「規則やマニュアル」は関係者たちが「守らなければならない理由」を知っていることが基本である。どうしてそんな決まりがあるのかを識らなければ、それは単なるお題目であり、せいぜい丸暗記で済ませてしまう。その存在理由は法律にまで遡ることもあるだろう。そうした場合でも、法律が生まれるきっかけになった事故のケースなど、具体的な情報を提供すると全員に納得感が生まれる。わたしはそれを「なあるほど感」と呼んでいる。
これと合わせて大事なことは、「規則やマニュアル」を守るのは、「組織のためだけでなく、自分のためだ」という認識である。 |
Short shot(1) : 〝ZOOM〟体験 2020/08/01 Sat (3:16pm) 7217 昨日の続き
まずは「お試し」で〝ZOOM〟を体験した。それは4月のことだが、テレビではリモートを使ったやり取りが普通の光景になりはじめていた。わたしも「これは使えるなあ」と思った。それから間もなくして、かねてからお付き合いのある方からミーティングのお誘いがあった。このときも〝ZOOM〟だったが、国内だけでなくワシントンで仕事をされている方も参加された。全員の映像と音声がしっかり安定していて、時間を忘れて楽しんだ。 |
林知己夫先生 2020/08/01 Sat 7216
ときおり「放送大学」にチャンネルを合わせる。たまたま自分の関心を引くものがあるとそのまま終わりまで観ることもある。そもそもほかの番組と同じで「ふらり」と立ち寄った感なので、すぐにほかのチャネルに切り替えることのほうが多い。そんな中で「アーカイブ版」に出会うこともある。
けっこう前になるが、いきなり懐かしいお顔が目に飛び込んできた。文部省の統計数理研究所長だった林知己夫先生である。林先生は国民性に関する調査や質的データ処理を対象にした「数量化理論」のプロフェッショナルである。放送大学でも「データ解析法の基本」が講義題目でアーカイブとして放映されていたのである。
私の恩師である三隅二不二先生が「国民性」や「働く意味」について研究を進める中で深い関わりを持たれるようになった。集団力学研究所の仕事でもサポートしていただいて勉強会だけでなく、三隅先生共々夕食をご一緒したこともけっこうある。先生からは「吉田くん」と名前で呼ばれて単純に嬉しかった。まだわたしが30代のころである。先生は2002年に84歳でお亡くなりになった。三隅先生も同じこの年に78歳で他界された。 |
|