早朝夕刊(27) : あふれる〝カメラ〟 2020/07/31 Fri (5:35am) 7215
監視社会である。かつてはイギリスの監視カメラの多さが話題になっていた。今日ではそのトップは中国だろう。わが国でも犯罪の摘発に監視カメラが「役立った」ケースが増えてきた。こうなると、それが「増えることはあっても減ることはあり得ない」流れがますます強くなる。個人的にもカメラ付きスマートフォンはいまや常識になった。これに「リモート化」が拍車をかけた。すでに、「家庭にカメラ一台」はほぼ達成されているのではないか。今日ではほとんどのノート型PCは最初からカメラが内蔵されているだろう。 |
SNSお断り 2020/07/31 Fri 7214
わたしとコンピュータとの付き合いはかなりのものである。すでに1970年には「使って」いたから、半世紀を超える。そんなわけで、利用者としてのキャリアは自慢できるほどである。
しかし、わたしにも基本方針はあって、いわゆる〝SNS〟はまったくしない。もちろん、Eメールと一般的なネットは仕事をするからには活用せざるを得ない。ときおり、「〇〇さんが誘っています」といった内容のメールが届くが、これにはお応えしないことにしている。それでも、「家族」に限定したLINEはスマートフォンに切り替えたとき、子どもから「無理やり」にダウンロードされた。それはそれで大いに役立っている。
こうした基本方針をとっているから、ネットでのやり取りはEメール以外は「完全遠慮」を固守してきた。そこに突如として「コロナ禍」の襲来である。世界中の人間が「リモート」で対応することを余儀なくされた。そんな状況で、わたしが〝ZOOM〟というアプリケーションの名前を初めて知ったのは4月のことである。吉田塾のメンバーの一人がこれを導入し仕事で使っているという。それを聴いてわたしはさっそく「試す」ことにした。 |
早朝夕刊(26) : 感動「改ざん・破棄なし」 2020/07/30 Thu (5:17am) 7213
「セブンが残業代4.9億円未払い、加盟店の労務問題『置き去り』の実態(DIAMOND online 2019.12.11)」
これは昨年末のニュースである。この問題は20年ほど前の2001年に労働基準監督署の勧告で発覚していたにもかかわらず、会社は加盟店従業員の給与計算を誤っていたという。コンビニのトップだから、そのスケールが違う。これに該当する店舗数は8129におよび、遅延損害金を含めると3万405人への未払い金が約4億9000万円に達するという。
これについて企業側が批判されるのは当然である。その上で、わたしは「それだけのデータが改ざんも破棄もされずに残っていたんだ」と妙に感動してしまった。 |
「つれずれタイム」 2020/07/30 Thu 7212
つれづれなるままに、日ぐらし硯にむかひて心にうつりゆく由なしごとを、そこはかと なく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。【徒然草 序段】
授業でこの一文を楽しそうに読み、解説を加える先生の顔が目に浮かぶ。そのとき私は高校生、古典の時間である。「徒然」を「とぜん」と読むこともあると聴いた。つまりは「とぜんそう」である。兼好法師あるいは吉田兼好というのも私に親しみを感じさせた。
今年は2月28日まで仕事をした。その後は定例の教育委員会を除けばほとんどの予定がキャンセルあるいは延期になった。手帳を見ると予定になかった熊本市のある委員会が臨時で入ったが、今朝の時点で33件が「中止」あるいは「延期」となった。その中には水害で深刻な影響を受けた人吉での「教員免許状更新講習」も含まれている。
そうした状況だが、先月中旬から講演や研修がボチボチ入りはじめた。何分にも前期高齢者後期のフリーターだから「不要不急の外出」は徹底して避けている。それでも毎日の生活は朝からこれまでどおりである。通勤や外出の時間が急減したから、一日のほとんどが「つれずれタイム」で占められる。 |
早朝夕刊(25) : New York Times 2020/07/29 Wed (4:55am) 7211
いつのころまでだったか、わたしは20年ほど〝New York Times〟の日曜版を購読していた。それは同紙と提携している朝日新聞が発行しており、週刊の8ページ立てだった。わたしの仕事の基本は集団における人間行動をウォッチングすることである。その対象は海外の人々のものの考え方や行動も含まれる。外国人の思考や行動を日本人と比較することはわれわれ自身の理解に欠かせない。また、海外の視点から見た日本を識ることが重要であることは言うまでもない。そうこうするうちにインターネットが普及し「生のニュース」に接することができるようになってから購読をやめた。 |
吉田もおだてりゃ… 2020/07/29 Wed 7210
その連載は、2018年5月29日の電話からはじまった。
「吉田です」「吉田先生ですか、わたし『ようとんかい』の○○と申します」「はあ、『ようとんかい』?」「ええ、豚を養う『養豚』です。わたしは『養豚界』という雑誌の編集をしています」「なるほど。ただわたしは『養豚』にはまったくの素人です。どなたかのお間違いではありませんか」「いえいえ、じつは養豚業界では『人材不足』が課題になっており、『人材育成』のありかたについて悩んでいらっしゃるんです。そこで、この方面で仕事をされている先生に原稿を書いていただけないかと思いましてお電話しました」「ああそうだったんですね。○○さん『豚もおだてりゃ木に登る』と言いますよね。それと同じように『吉田もおだてりゃ原稿を書く』わけです。承知しました、喜んでお引き受けしましょう…」。
とまあ、こんな電話のやり取りから何とわたしは「養豚界」へ進出することになったのである。まさに〝Yes-man〟の面目躍如(?)である。メインタイトルを「元気で安全な職場づくりの社会心理学」とし、「コミュニケーションとリーダーシップ向上」をサブとして付けた。 |
Short shot(24) : 自分の心への先制 2020/07/28 Tue (5:54am) 7209 昨日(早朝夕刊(23))の続き
布地に限らず、堅いものを割ったり裂いたりするときは、小さな穴や切れ目をつくる。そこをちょっとだけ広げれば、あっという間に割れ目、切れ目が拡大して全体が壊れる。われわれはそんな体験を繰り返していながら、こと「安全」になると「まだまだ小さいから」などと言いながら放置してはいないか。それが気づかないうちに大きくなって組織の存続を揺るがす。安全にとっては「自分の心に対する先制攻撃」が欠かせないのである。 |
使わないものは衰える 2020/07/28 Tue 7208
「コロナ禍」の襲来で「新しい生活様式」の模索とその確立が求められることになった。そうした状況下で、私の場合も3月から予定されていた講演と研修の中止や延期が続いた。その後、6月中旬に3ヶ月半ぶりに講演で県外へ出かけた。この講演については、先方から「コロナ禍」のために「中止もあり得る」との連絡を受けていた。そのうち「緊急事態宣言」が解除され、多くの地域で新たな患者の報告がなくなった。これを受けて、参加人数を半分以下に減らし、ウイルス対策をとった上で講演会を開催することになった。
わたしも久しぶりの講演だったが、それまでのように演台から離れて動き回ることを抑制した。そもそも最前列までの距離が十分にとられていたので、マスクを外すことを了解していただいた。そんなことで、3ヶ月半ぶりの講演は無事に終了した。その日はホテルに一泊したが、ベッドで横になると、声がわずかながら枯れているような感覚があって、思わず苦笑いした。久しぶりだからといって大声ではしゃいだ意識はなかった。それでも「使わないものは衰える」のである。もちろん、それが「声」だけでないことは言うまでもない。 |
早朝夕刊(23) : 先制と安全 2020/07/27 Mon (5:02am) 7207
「攻撃は最大の防御なり」。その起源は諸説あるようだが、何とも殺伐たる表現である。自分を守るにはとにかく相手を先に撃つべしという意味だと思われるからだ。これを国家間の争いに適用すれば、先制攻撃を正当化することになる。まことに危険な発想である。
ただし、わたしが仕事にしている「安全」に限定すれば、「先制は最大の安全保障なり」を行動原理としたい。それも「小さなほころび」を見つけたらしっかりと先制するのである。たとえば、縦糸と横糸でしっかり織られている布地でも、「ほころび」があれば、軽く引っ張っただけでビリビリと裂けてしまう。そんな体験をした人は多いのではないか。 |
北里の「懐」 2020/07/27 Mon (5:38am) 7206 昨日の続き
北里自身が「狭量な恩師」と真反対の行動を取ったことも感動的である。これはNHKラジオで仕入れた知識だが、北里が指導した志賀潔が高い評価を受ける研究で論文を書いたときである。ラジオのため、その論文の詳細は聴き逃してしまった。素人なりに推測すると赤痢菌に関するものだったのではないか。
ここでポイントは北里がその論文を志賀の単著にさせたとことである。その研究の成立に当たっては北里の指導が大きく貢献していたと思われる。それにもかかわらず、弟子の単著にしたのである。今日においても、実質的には単独の研究成果であっても、共著者として指導者の名前が入るケースは少なくない。たしかに、いかに独創的であっても、指導者がいなければ研究そのものができなかったという理屈は成り立つ。しかし、それなら最上級の謝辞でいいとわたしは思う。
その点で、北里の懐の深さは例の「恩師」とは対極にある。あの「恩師」だったら「自分が筆頭著者になる」と主張したかもしれない。これまた100年以上も経ってから、こうした「邪推」をされるのだからお気の毒なことである。これもリーダーシップのあり方を考えさせる。 |
早朝夕刊(22) : 福岡空港 2020/07/26 Sun (6:55am) 7205
ときおり福岡空港を利用する。利用客はうなぎ登りだが滑走路が1本で満杯状態になり、もう1本を増設中で完成は2024年である。ターミナルも一大工事中で、どこをどう歩いているのかわからない状況だった。今年の春から「コロナ禍」で飛行機そのものに乗っていないがどうなっているだろう。
この空港は私が学生のころはまだ占領下のにおいを残していた。現在の国際線ビルがあるあたりは〝ITAZUKE AIR BASE〟の看板があり、日本の民間航空機も米空軍がコントロールしていた。それが「ほんのこの前のこと」だと思い込んでいるのだから、自分が大いに年をとったことに気づいて、つい苦笑いしてしまう。 |
百年後も… 2020/07/26 Sun 7204 昨日の続き
ホモサピエンスは集団をつくって協働することで生き延びてきた。圧倒的に頑強だったネアンデルタール人が滅びたのとは対照的である。その理由が「集団づくり」にあったという(NHKスペシャル「人類誕生」)。
だから人間が「より安定して生きる」ために「閥」をつくるのは「DNA反応」の一つなのだ。しかし、科学的な研究を「閥」で囲んでひたすら「他を排除する」ために使用するのは邪道と言うほかはない。それは「手段」の「目的化」であり、人類にとって不幸の極みである。その結果、100年以上が経過た今日に至っても、北里のエピソードに狭量な教授の話がついて回るのである。自分の理論を科学的に論破した教え子を評価していれば、その名前は称賛すべき科学者として残っただろう。
これから5年ほど経ってから新札が発行される。その千円札には北里柴三郎が登場する。そうなると、北里に関心をもって情報を探索する人が出てくるに違いない。そこで少なからぬ人が「このエピソード」に触れることになるだろう。
ところで、「コロナ禍」で体温計の品不足が報道されていたが、北里はその国産化にも重要な役割を果たしている。 |
早朝夕刊(21) : 「新しい生活様式」 2020/07/25 Sat (6:36am) 7203
「新しい生活様式」が今年の流行語にランクインするのは決まったようなものだ。実際に行動を変えた者の人数はわからない。しかし、その数はきわめて少ないと推測する。おそらく国民の「大多数」が、「変化の程度」を問わなければ、日常行動を「変えた」に違いない。もちろん、自分の気持ちに反して「変えさせられた」者もいるだろうが、とにかく「一大変化」が起きたのである。
海外では法的な強制力によって「変化」を実効化したケースが多い感じがする。これに対してわが国では「要請」だった。それで国民の行動が変化したとすれば、またぞろ「集団主義」による「説明」が幅を利かせるかもしれない。 |
「閥」は「✕」なり 2020/07/25 Sat 7202 3月13日の続き
北里柴三郎が脚気の原因を栄養障害とした説は「主流派の細菌説」によってはね除けられた。北里の恩師は「主流」の旗頭(?)であり、その中にあの森鴎外もいた。これが日露戦争で多くの兵士が脚気で命を奪わることにつながった。
「科学」の正しさは「多数決」や「閥」によって決まるはずもない。また、「師弟関係」が「真実」を保証するなどあり得ない。そんなことは「科学者・研究者」を標榜する者なら全員が「知っている」。その世界で仕事をしている人間で「そんなこと、ちーっとも知らなかったあ」なんていう者がいたら、それは自ら「インチキ」であることを公言しているのである。
ところが人間という動物は個人でも集団の状況でも、「知っている」ことと実際の「行動」にはズレが起きやすい。世に「知行合一」と言うが、それは人々が追求し続けるべき理想なのである。現実は「言うは易く、行うは難し」に充ち満ちあふれている。それはそうだとしても、研究者であれば「自分の仕事の基礎原理」である客観性、実証性については死守しなければならない。それを「閥」なんぞでつるんで「異見」の人を排除するなど笑止千万である。 |
早朝夕刊(20) : ホッとする目線 2020/07/24 Fri (6:30am) 7201 昨日の続き
ときおり「ニュース目線」でホッとすることがある。手元に「3月26日 NHK朝のニュース」と記したメモがある。この日は東京が「コロナ」の重大局面に入ったことを伝えていた。そこでレポートした科学部M記者の目線がじつにすばらしかった。テレビ画面中央のディスプレイを挟んで左側に男女2人のアナウンサーが立ち、右にいる記者とやり取りするいつものパターンである。このときM記者はバインダー様の資料をスタンドに置いていたか手に持っていた。それにときおり目をやりながら対面している二人に話しかける。それが「自然な対話」の雰囲気を醸し出していた。そうなんです。それがいいんですよ。 |
心のままに? 2020/07/24 Fri 7200
「正直が一番」。これは洋の東西を問わず人間の行動として推奨されていると思う。少なくとも建前としてはそうではないか。それに、「心にもないこと」を言えば、ささやかなりとも胸が痛む。その重大性に程度の差はあっても、ともあれそれは「嘘」だから。
世の中では「アベノマスク」も見事に風化した感がある。そのマスクに関して官房長官が記者会見で「そのおかげで『価格が低下した』」と言って「自賛した」ことがある(5月20日
朝日新聞デジタル)。マスクの配布で需要が抑制され、店頭の品薄状況が改善してきたことをその理由として挙げたわけだ。しかしながら、この時点では、「配布予定の約1億3千万枚にはほど遠く、いまだに布マスクが届いていない世帯が大半」と記される状況だった。そんなときに、この説明を聴いてどのくらいの人が「なるほどそうだ」と納得しただろうか。
それよりも何よりも、当のご本人が「心からそう信じている」のだろうかと思う。世の中には様々な仕事がある。その中でも政治家は「心の中」とは異なる発言を公的に発言する可能性が高い職業ではないか。いやはや普通の人間にはとても勤まらない。 |
早出し夕刊(19) : 納得しないよね 2020/07/23 Thu (10:34am) 7199
一回り前の2008年11月27日の記事だから、いまごろ取り上げるのに躊躇するが、「感謝祭 ブッシュ大統領 七面鳥 合鴨」なるメモが出てきた。
ホワイトハウスでは「感謝祭」の際に、「特別に選ばれた七面鳥2匹に恩赦が与えらる」という。「開拓者が初めての収獲を神に感謝したことを記念したのが始まり」と云うから、そのこと自身は大いにけっこうだ。しかし、それが恒例だと言われても、七面鳥にはとんでもない行事である。その上で「恩赦」と言われても七面鳥側は納得しがたかろう。日本でも合鴨を稲作の害虫駆除に活用して、その後は食べると聴いたことがある。合鴨たちだって納得しないよねえ。 |
取り繕わず自然に… 2020/07/23 Thu 7198 7月17日の続き
アメリカのニュース・レポーターの目線はプロフェッショナルの域に達している。ホワイトハウス近辺からであれ、デモをバックにした街中であれ、はたまたハリケーン被害の現場であれ、とにかく「こちら目線」である。それだけではない。話し方が立て板に水レベルなのだ。彼等の場合、対話ではなくカメラに顔を向けているから、ニュースを読むアナウンサーと同じ感じになる。彼の国では、こうした街頭中継でもプロンプターを使っているのだろうか。そのあたりの事情は知らないが、スタジオにいるキャスターとのやり取りは、わが国の類似した場面での光景とは迫力が違い過ぎる。これぞプロフェッショナルと感動する。
こんなことを書いたからと言って、わたしは日本のレポーターに同じレベルになることを要求しているわけではない。こうしたことには文化やお国柄の違いがあっていい。ただ、「実際は原稿を読んでいるにもかかわらず、『読んでいない』ように取り繕う」ことは止めませんか」と言いたいのだ。ときおり原稿に目をやりながら、しっかりジェスチャーを交えて話をしているレポーターを観ると、その自然さがじつに気持ちいい。 |
早出し夕刊(18) : アリ地獄、ギャンブル地獄 2020/07/22 Wed(9:27am) 7197
「アリ地獄」は昆虫だが、「抜け出せない苦しい状況のたとえにもいう」(精選版 日本国語大辞典)。問題状況から脱出しようともがけばもがくほど事態はさらに悪化する。それは「ギャンブル」で負けた者が「損を取り返そう」として、さらに負け続けるのにも似ている。
話題の「Go to」の迷走を観ていて、この二つのことが思い浮かんだ。「非常事態宣言」「給付金」「○○マスク」…。することなすことが「裏目」になり続ける。そこで「起死回生」のつもりでいたら、これまた批判の洪水だ。そもそも「キャンセル問題」など、素人だって十二分に想定可能である。事務方の疲弊か、それとも諦めなのか。 |
「ゴジラ」と〝King Kong〟 2020/07/22 Wed 7196
WOWOWで「ゴジラ」あるいは〝GODZILLA〟を7本放映していた。このうち3本は「アニメ」である。わたしは「ゴジラ」にアニメがあることを識らなかった。スタートは1954年の「ゴジラ」である。そのほかの3本はアメリカ映画〝GODZILLA〟だった。このシリーズでわたしが見たのは「ゴジラ」のみだった。これだけは何度観ても飽きることがない超オリジナルだと確信している。アニメはもちろんだが、アメリカの〝GODZILLA〟は顔かたちも含めて「ウーン」なのである。「超オリジナル」とは言ったが、ゴジラの生みの親は〝King Kong〟(1933年)だと信じている。これこそが怪獣映画の元祖の称号を与えられるべき作品なのである。それ以前にも恐竜が登場するものがあったとしても、わたしには〝King Kong〟の衝撃が忘れられない。
わたしが〝Kong〟と初めて出会ったのは小学生のときである。NHKテレビで観た。その動きはまるで実在しているようだった。そのために、アニメのように1コマ分ずつ動かしながら撮っていったという。それだけでも、気の遠くなるような時間と結果としてものすごい金がかけられた作品であることがわかる。その点でゴジラはぬいぐるみ方式だから人が入って動くわけだ。子ども心にも、何というかキングコングと比べてゴジラは安上がりの日本製品だと思った。
わが国は太平洋戦争に敗れ、米軍を中心にした連合国軍に占領され、経済状態はボロボロであった。そうした状況下で生産される日本製品は「安かろう、悪かろう」と評価されていた。 |
早朝夕刊(17) : おもしろ答案 2020/07/21 Tue(6:30am) 7195 昨日の続き
「おもしろ答案」の中でも「集中抗議」は傑作の筆頭である。わたしが某大学に「集中講義」に出かけた際に出くわした。大学ではかなり以前から「学生評価」が導入された。学生たちが自分の受けた授業について評価する制度である。授業の内容はもちろん、すすめ方や効果的な機器の活用など様々な視点から教員がチェックされる。そうした状況で「集中抗議」されるようでは「赤点」必至である。
ただし、この事例はこれまで取り上げた手書きではなく、ワープロによるレポートで出現した。つまりは、「完璧な誤変換」と考える方が自然だろう。いずれにしても、こうした「おもしろ答案」との出会いは楽しい。 |
保安検査の問題 2020/07/21 Tue 7194
熊本空港は民営化して、新たなビルを建築中である。このためしばらくは仮設で運用されるのだが、そのオープンが4月7日だった。とにかく「コロナ禍」が渦巻いている中だから大々的な記念式典もないままに終わった。教育の場では入学式が軒並み超縮小、あるいは中止の状況だから致し方ない。わたしは先月中旬に初めて暫定的なターミナルを利用した。完成は2023年だから、自分がそのころまで元気でいるかどうかはわからない。
空港と云えば伊丹空港で刃物系を持った乗客を保安検査場でパスさせて大騒ぎになったことは本コラムでも触れた。そうした中で、保安検査を請け負う大手の警備会社が「5年以上もずさんな警備」をしていると指摘されたことがある(週刊文春オンライン
2020年2月6日号)。保安検査場に法律で定められた資格保持者を配置しない「警備業法違反」の疑いがあるというのである。記事を読むと「まったく配置していない」のではなく、人手不足が理由で「配置基準を満たしていない」ということのようだ。
自動車工場で無資格者が検査していたというニュースと重なって見える。どうやら〝whistleblower〟の情報らしい。 |
おもしろ答案 2020/07/20 Mon 7193 昨日の続き
学生の答案に「天変地位」とあった。もちろん、「天変地異」の誤りである。昨日はメールの誤変換を取り上げたが、この「おもしろ答案」シリーズの対象はすべて手書きのものだ。
そもそも「天変」は文字通り「天に起こる変動」で、「天空に起こる異常な現象や、それによってもたらされる災害」とされる。「暴風、大雨、雷鳴」だけでなく、「日食、月食」さらには「彗星など」も含まれる。ここで引用した語義はすべて【精選版
日本国語大辞典】に拠っている。まさに「天空」で起きる現象である日食や月食、それに彗星の運動は今日的知識では説明可能なものである。
もう一つの「地異」は「地上におこる異変。地震・津波・噴火・洪水・異常気象など」と、わが国らしくあれもこれもが含まれている(同辞典)。最後の「異常気象」は、その原因が「天変(?)」で結果が「地異」と云うことだろう。
ところで「同じ辞典」で、「天変」では「起こる」、「地異」では「おこる」と表記が異なっている。また「暴風、大雨…」「地震・津波…」と区切りも「、」「・」の違いがある。ほとんど揚げ足取り感があるが、何と言っても「辞典」ですからね。 |
早朝夕刊(16) : おもしろメール 2020/07/19 Sun (5:38am) 7192 昨日(早朝夕刊(15))の続き
講演の主催者から書類の送付を依頼するメールが届いた。そこに「同封しております返信用封筒でgp変死にただ来ますようお願いいたします」と記されていたので反射的に笑った。これが「ご返信いただきますよう」であることは一目瞭然である。
私は「ご依頼の件、承知いたしました。講演の日まで『変死』しないよう健康に気をつけて過ごします!」と返信した。すぐに「誤変換、赤面です。申し訳ありませんでした」と返ってきた。私としては先方も苦笑いされただろうと思って、もう一度笑った。メールをはじめて四半世紀近くになる。自分もしっかり見直さないで送信し、あとで誤変換に気づくことが多い。 |
カウント不能の影響 2020/07/19 Sun 7191
この世のすべての人間が受精卵という一個の細胞から人生をスタートする。それが母親の胎内で分裂を繰り返しながら人間になっていく。ただし、一個の受精卵と言えどもDNAのレベルですでに個性を持っている。そして母親の胎内環境が胎児に大きな影響をおよぼすことは周知の事実である。胎児性水俣病はその典型的かつこの上なく深刻なケースとして挙げることができる。
この世の中に出てきてからも、われわれは周りの環境に影響を受けながら生きていく。その環境は身の回りにあるものすべてが含まれる。いわゆる自然環境も物理的環境も、そして人間も環境である。さらに自分が受精卵として命を得ると同時に付き合うことになるDNAは遺伝という形で影響をおよぼし続ける。これは言わば「体内環境」と言うべきだろう。これらのすべてが相互作用しながら影響し合う結果が生きることである。
さらに一人ひとりの人間がそれまでの歴史も踏まえた他の人間から影響を受けている。そうした人間が「環境」として影響をおよぼしてくるのである。したがって、人生は「天文学的」どころか「カウントできない」数と量の影響を受けているわけだ。 |
早朝夕刊(15) : おもしろ答案 2020/07/18 Sat (5:13am) 7190 7月15日(Short shot(14))の続き
学生の答案で、「以外」が「意外」の意味で使われていたので「意外」に思ったことがある。漢字は表意文字だから、「意外」を「以外」と勘違いする可能性は低いのではないかと、まずは推測した。そうなると、「ほとんど無意識」ということになるか。
いやいや、「自分が思ったことの範囲外にあること」なので、確信しながら「以外」と記したしたのかもしれない。その経緯については書いたご本人に確認していないから、「深層」いや「真相」はわからないままである。日本語には「同音異義語」がわんさかあるので、こうしたケースが頻発する。今では手書きだけでなく、メールでも「オモシロ」表現が多い。 |
驚きの「秋山違い」 2020/07/18 Sat 7189
「巣ごもり」が続く中で、長年保存していたスクラップの整理も進行中である。私なりに重要だと考えたり、おもしろいと思ったりしたものだ。その中で、「数学者のはずが元野球選手 秋山違いでも講演成功」(2003年11月22日
熊本日日新聞)は最高に愉快な記事に入る。
福岡県内の中学校で体育館が完成し落成記念講演を開催することになった。学校は数学者の秋山仁氏を考えていたのだが、来校したのは当時福岡ダイエーホークス元選手の秋山幸二氏だった。そもそもは、校長が数学者の秋山氏の講演を聴いて感銘したことからはじまった。そこで体育館の落成記念に講師として招聘したいと考えたのである。その意向を受けた県は秋山氏が野球解説をしていた県内の放送局を紹介したという。
記事を読む限り「苗字」だけで情報のやり取りをしていたことが取り違えの原因とされている。学校関係者は平謝りだったが、秋山氏は「自分でよければ」と気持ちよく応じたそうだ。もちろん中学生たちは大いに喜んだから「めでたし、めでたし」となった。それにしても、「苗字だけ」で講師依頼のやり取りをするというのには、苦笑しながらとにかく驚いた。
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レポーターの目線 2020/07/17 Fri 7188
プロの行動が気になる質である。とくに人に顔を見せるプロの目線が気になる。テレビのニュースではアナウンサーが大きな字で書いた原稿を手元に置いて読み終わるごとに横にずらしている。ただし、そうした手の動きはあるもののアナウンサーの目はこちらをじっと見ている。これはカメラのレンズあたりに手元の原稿を映し出す装置があって「それ」を見ながら原稿を読んでいるのである。レンズの前にセットされているハーフミラーと呼ばれる鏡はレンズに映らない。これを使うとアナウンサーが視聴者に目を合わせて語りかけている感じになる。原稿に目をやってはこちらを見直すよりは数段カッコいい。
それはそうなのだが、ニュースでアナウンサーと対面しているレポーターの目が原稿に向いているのが見え見えであることが多い。それも目線が固まって、人と会話しているときのものではない。どうしてそんな不自然なことをするのだろう。完璧に暗記するか、それがむずかしいのならメモに目を落とせばいい。それが人間というものだ。メモなど見ていないように見せかけながら、どう見たって棒読みしていることがバレるのはじつに格好悪い。 |
繰り返す脱線 2020/07/16 Thu 7187
長崎電気軌道が運行する路面電車が同じ交差点で5回目の脱線をした(熊本日日新聞 4月22日夕刊)。乗客5人と運転士に怪我はなかった。この交差点では線路が分岐する。事故の原因は分岐点を通過する際の運転ミスだという。この交差点の脱線は2007年から5回目らしい。それを聴くと「ああそうか、運転手のミスか」ではすまなくなる。
これについて鉄道ジャーナリストの梅原淳氏が分岐点のメカニズムについて解説している。私も福岡の路面電車が廃止されるまで乗っていたが分岐点がいくつもあった。電車が直進するか曲がるかで線路が生きもののように動くのを観るのが楽しみだった。私も一応のメカは承知している。梅原氏の分析を読めば、脱線の原因が運転手の「ミス」によることははっきりしている。ただし、梅原氏は「それでも事故が起きない」手立てが必要だとまとめている。
何のことはない、私の結論も「それ」なのである。とく確率そのものはきわめて低いにしても、同じ地点で「5回」はない。コストの問題も絡むのだろうが、「人間はミスを犯す」ことを前提にして対策を取っておくことが「リスクマネジメント」の基本である。 |
Short shot(14) : おもしろ答案 2020/07/15 Wed (6:21am) 7186 昨日(Short shot(13))の続き
世に「おもしろ答案」のネタは尽きない。アルファベット系でもスペルミスなどが「おもしろ効果」を生み出すことはあるだろう。しかし、同じ「音」の漢字が揃っている日本語ほどにはなるまい。ただし、漢字の元祖である中国の事情は知らない。ときおり「おもしろ答案」と思い込んで、辞書を引いてみると「この表現もあった」と苦笑いすることがある。たとえば「影像」などは、ちょっと目で「映像」の誤りだと勘違いしたことがある。 |
ビックリ看守部長 2020/07/15 Wed 7185
受刑者と筋トレをしていたとして刑務所の看守部長が減給の処分を受けた(熊本日日新聞5月2日夕刊)。受刑者が刑務作業の休憩を取っているときに一緒に筋力トレーニングをしたという。筋力トレーニングそのものは受刑者が普通に行っているものだろう。看守部長自身は事実を認めた上で、「悪ふざけの延長でやってしまった」と言っているらしい。
刑務所の組織や受刑者との人間関係のあり方は知らないが、職員と受刑者たちとの間に信頼関係が築かれていることは望ましいはずである。ただ、本人が「悪ふざけ」ということばを本当に使ったのであれば、何とも行き過ぎとしか言いようがない。したがって、処分の対象になったのも当然である。
ところが記事を読んでいくと、問題は「筋トレ」だけで済まないようだ。それ以外にも「何か面白いことをやれ」と指示して受刑者同士で粘着テープを口付近に貼らせるなどしたという。これはもう「悪ふざけ」で済まされる行為ではない。また、勤務を抜けて面会室に行き、担当する受刑者の面会人に「いつも手紙をありがとう」などと言葉をかけたこともあったという。やれやれ「筋トレ」だけじゃないんだ。 |
Short shot(13) : おもしろ答案 2020/07/14 Tue (6:34am) 7184 昨日(Short shot(12))の続き
報道が「『進むべき道』『規範』を伝えるもの」だと単純に受け止めるのは問題である。われわれ自身が個々の情報を自分たちの力で吟味・評価し、自分の判断で行動することが必要なのである。学生が「報導」と書いたことに軽い衝撃を受けたのは、本人が報道を「自分(たち)の行動を導く権威と力を持っているもの」として認知しているのだろうかと思ったからだった。おそらく、単純に「導」と思い込んでいただけのことだろうが…。 |
whistleblower 2020/07/14 Tue 7183
英語の〝whistleblower〟は〝whistle-blower〟あるいは〝whistle blower〟とも表記される。〝whistle〟には「口笛、汽笛、警笛」といった意味があるが、「ホイッスル」はすでに日本語になっている。サッカーやバレーボールなどでは審判がホイッスルをもっている。〝blow〟は【風が「吹く」 人が息を「吹く】ということで、語尾に〝er〟が付いた〝blower〝は「吹く人」になる。テレビのドキュメンタリーでガラスの工芸品をつくる様子を観ることがある。ガラス職人さんは真っ赤に溶けたガラスを吹く人である。
〝whistleblower〟の「笛」は「警笛」で、日本語ではどぎつくなるが「内部告発者」と呼ぶ。世の中に存在する組織には、家族も含めて「プライバシー」がある。何でもかんでも「白日の下に晒す」わけにはいかない。また、業務の性質によっては様々な事情から「守秘義務」を負うことは常識である。こうしたことも含めて、組織・集団は基本的にクローズされている。その結果、内部で起きている事象が外部からは見えない事態が発生する。そのなかに違法なことや非倫理的なものが含まれていても、それを押さえようとする力が働く。 |
Short shot(12) : おもしろ答案 2020/07/13 Mon (1:01pm) 7182 昨日(Short shot(11))の続き
学生の答案に「報導」の二文字を発見したときは、やや大袈裟ながら小さな衝撃を受けた。もちろん本人は「報道」と書いたつもりである。もともと「道」には「人の進むあり方」「ことわり・道理」と言った意味がある(精選版
日本国語大辞典)。それらを「報せる」のが「報道」だとすれば、報道機関は「規範」を伝える役割を担っていることになる。これが「報導」となれば、世論を「導く」意味合いがより濃くなり影響力が増大する。 |
制度は違うけれど… 2020/07/13 Mon 7181
アメリカのABCやCNNのニュースをウエッブで観ていると、しばしばトランプ大統領の記者会見に遭遇する。その頻度などはわからないが、ときには2時間にもなるようだ。それも「ぶっつけ本番」の激しいやり取りがある。大統領がCNNの記者などに〝Fake
News〟などと罵倒・絶叫する様子は日本のニュースでも観たことがある。大統領は記者が質問を続けようとしても、それを払いのけるようにして他の記者を指差す。これも日常的な光景である。いずれにしても事前打ち合わせのない真剣勝負である。
これとは別に報道官が政府として公式に会見する。わが国では官房長官の記者会見がこれに対応している。日本では総理大臣の公式な記者会見はきわめて少ない。それも記者からの質問が事前に提示されていてこれに答えるだけという批判が沸き起こった。首相が準備された原稿をプロンプターで読むだけだとの話もある。個々のデータなどは専門家の力を借りるしかないが、これでは心が伝わらない。政治制度が異なるとは言え、その違いの大きさに驚いてしまう。 |
Short shot(11) : おもしろ答案 2020/07/12 Sun (6:45am) 7180 6月19日の続き
定期試験の解答にあった「真夜」にも「なるほど」と思った。何と言っても「真夜中」である。「しんや」と言うからには「真」だって意味は十分に通じる。もっとも「真」はその場全体が「一様」に拡がっている。これに対して「深」には「浅い」地点から「深い」ところまで落ち込んでしまう雰囲気が感じられる。つまりは「深」の方が「三次元的」である。最近よく聴かれる「反省」だが、「真に」と「深く」に違いがあるだろうか。 |
「みさき公園」と研修 2020/07/12 Sun 7179
南海電鉄の関連会社が運営する「みさき公園」が営業を終了した。まずは3月31日に動物園と水族館が終わり、遊園地も4月1日から営業を休止している。その上で敷地や設備を岬町に譲渡したようだ。和歌山県にあるこの施設が「味な話の素」に突如として登場するのには、それなりの理由がある。
いまから40年以上も前になるが、私は南海電鉄の「難波」から「みさき公園駅」まで頻繁に「通った(?)」のである。それは多くの場合日が沈んだあとのことで、暗闇の中に観覧車の影らしきものが見えたような見えなかったような、そんな状況を思い出す。
私が向かったのは日立造船の保養所「南海荘」であった。そこで堺工場の「リーダーシップ研修」を継続的に進めたのである。研修の責任者は本コラムでしばしば登場する高禎助氏である。当時は集団力学研究所の副所長だった。この一文を書いているだけで、日立造船の研修担当者M課長、I係長、若手のNさんの顔と名前が目に浮かび、その声もしっかり聴こえる。まさに「3次元ワンセット」なのだ。すでに40年以上が経過しているとはとても思えない。人間の記憶力とその再生力に驚いてしまう。 |
システムの危うさ 2020/07/11 Sat 7178
2月10日の朝 、JRの券売機で4時間半に亘ってクレジットカードが使えなくなった。いわゆる「システム障害」だがその影響は深刻かつ甚大である。私も出張の際はほぼ100%が現金を使わないカード決済である。今年のケースだと、朝JR券が手にできなければ新幹線線に乗れず、福岡空港から仙台に行くことができなくなったわけだ。さらに仙台空港からJR仙台駅までは現金ですませても、その先の東北新幹線はカード決済で予約していたから、ここでもアウトになる。しかも、このときは翌朝にも1時間か2時間か忘れたが同じトラブルが発生していた。いまやわれわれが薄氷の上で生活していることを実感する。
こうした中で〝covic19(coronavirus disease 2019)禍〟が世界に広まった。ウイルス対策の一つとして現金を使わないことの利点も強調されている。今回、わが国が新種ウイルスの検査態勢で後進国であることが明らかになったが、「キャッシュレス化」についても相当に遅れていることがわかった。政府としては消費税率10%化を機会に「促進を図ったが、運用する「システム障害」時の対応はどのくらいのレベルになっているのだろうか。 |
早出し夕刊(10) : 病院と「コロナ禍」 2020/07/10 Fri (6:03am) 7177
「コロナ禍」で病院が大変なことは誰もが知っている。それには「コロナ」への対応だけでなく、「コロナを懸念する患者」が来なくなったことも含まれる。いわゆる「不要不急」の来院が抑制されたようだ。国民の医療費が膨大な額になることの深刻さが指摘されて久しい。その点だけ見れば、仮に「不要不急の来院」というものがあるのなら、それが抑制されること自身は望ましい側面もある。しかし、そのことで病院が存続できなくなれば、それも大問題である。
未来の予測に不確定要素が含まれることは言うまでもない。しかし、「超高齢化社会」の到来については、いま起きていることは完璧に予測可能だった。 |
ことばを失う 2020/07/10 Fri 7176 昨日(早朝夕刊(9))の続き
人吉の街が水に浸かった。その中に「上村うなぎや」も含まれている。ホームページには「創業から伝統の味を守り続けて100年あまり…」とある。いつも行列のできるお店として知られている。その「うなぎ」を今月の写真にして、3日に取り上げたばかりだった。その伝統の味である「タレ」が水害で失われたという。そのインタビューを観てことばがなかった。
さらに、教員免許状更新講習で定宿にしているホテルのが水に浸かったことは昨日も書いた。今年は人吉で行う2回の講座のうち、8月末は「人吉旅館」に予約していた。旅館の女将の堀尾里美さんが、いまから40年近く前に私の講義「視聴覚教育」を受講されたことがある。最後の講義が終わったときに、「人吉で旅館の女将をしています。ぜひお泊まりにおいでください」とお誘いを受けていた。それから2,3年後に一度だけ宿泊するチャンスがあったが、その際は急な事情でキャンセルした。今回は、講習前日に時間が十分あることから、ようやく「ウン十年ぶり」に約束が実現することになり楽しみにしていた。それがこの大災害である。その厳しい状況を観てお声がけすることばがない。 |
早出し夕刊(9) : 県南の大水害 2020/07/09 Thu (5:35am) 7175
熊本地方は豪雨に伴う水害で大変なことになった。その様子が全国に報道され、私にもご心配の電話やメールをいただいた。今回の被害は県南が中心で、その後は福岡県に近い北部で大きな被害が発生した。私が住む熊本市の周辺の厳しい被害情報は得ていない。
人吉には教員免許更新講習で毎年出かけている。空撮で水に浸かった町並みのなかに定宿にしているホテルが目に飛び込んできて衝撃を受けた。今年も今月の22日が講習で、前日に予約を入れていた。しかし、このホテルの利用は不可能だろう。また講習の会場は避難所になっているとのことである。まだ2週間ほどあるが、講習の延期も検討されている。 |
「一強」の共通性 2020/07/09 Thu 7174 6月6日の続き
「大相撲」といえば、横綱白鵬は優勝記録を更新中である。その回数は44回で、2位の大鵬32回を遙かに上回る。素人ながら、この記録が破られることはないだろう。さらに、白鵬の記録はそのほかでも群を抜いている。通算勝利数1160勝、幕内勝利数1066勝も2位以下を圧倒する。
そのなかで唯一2位に甘んじているのが連勝記録の63勝で、これは双葉山の69連勝に6勝だけ及ばない。さしもの白鵬といえども、その年齢等からこの記録を超えることは不可能だと断定できる。それにしても、白鵬の偉業は評価しても仕切れない。この点をまずはしっかり押さえておかねばならない。
その上で、唐突ながら横綱白鵬と安倍首相に大いなる共通点を見いだすのである。まずは、これまで「一強」と呼ばれてきた点で共通している。そして安倍首相も在職日数がそれまで憲政史上最長だった桂首相の2886日を超えた。この記録は白鵬と違って、いつのことか抜かれないとは言えない。しかし、桂内閣が明治時代のものであることを考えると、この記録が破られる可能性はきわめて低い。両者は「最長在任」あるいは「最多優勝」でも共通しているのである。 |
早出し夕刊(8) : 寐る前と起きたときの「重大問題」 2020/07/08 Wed (5:38am) 7173 昨日(早朝夕刊(7))の続き
私は頭の中に気になることがあっても「とりあえず」は眠る。ただし、目が覚めた瞬間にそのことを思い出す。つまり、「そのこと」が原因で「眠れない」状況にならないのである。この点に関しては私はかなり得をしているような気がする。ありがたや、ありがたや。
ところで、この数日なのだが、私は「眠る瞬間」まで頭の中で思い巡らせていて、しかも「起きた瞬間」に思い出す相当に深刻かつ重大な問題を抱えている。それは、「自分が買い物などで使用した紙幣やコインが、世の中を巡り巡ったあとでもう一度自分に戻ってくることがあるのだろうか。あるとすればその確率はどのくらいなのか」ということだ。 |
安いパンを求めて大移動 2020/07/08 Wed 7172 6月16日(Short shot(57))の続き
先月、パンが日本の1斤くらいで130円ほど安いというので、190kmの距離を時速180kmで走って捕まった人のニュースを取り上げた。
たとえば、高級パンの「乃が美」が一斤432円だから、これが100円以上も安いのは魅力的ではある。そうは言っても、そのために200km近くも足を伸ばすかいという話である。イギリスのガソリン価格は知らないが、それだけで「差額」は吹っ飛んでしまいそう。それも余計な心配、お節介か。
ともあれ、まずは「外出制限違反」の罰金60ポンドで、当然ながら速度違反も加わったに違いない。今日の時点で1ポンドは134円だから8,000円ほどになる。これに速度違反が追加となれば1万円は下らないだろう。そうなると、75斤は買わないとペイしない。パンの大きさはバラツキが大きいようだが、仮に「9.5cm×9.5cm×20cm」として1805㎣センチになる。これを75倍すると135,375㎤で135リットルほどである。これだけのパンを車に乗せるなんてことを考える人っているのかいな。それに「そんな量のパンを何人で食べるんかい」と笑ってしまう。
「えっ、パン75斤の容量まで計算するあんたもひまね」ですって…? |
早出し夕刊(7) : 寐る前と起きたときの「つながり」 2020/07/07 Tue (10:33am) 7171 7月5日(早朝夕刊(5))の続き
私は「どうしようか」「困ったもんだなあ」という思いが頭にこびりついているときは、そのまま寝床までもっていく。ゆっくり横になって目を閉じるとそれが瞼の裏側に浮かぶ。そこまではなんとなく憶えているのだが、そのあとすぐに寝付いてしまうようなのである。少なくとも結果としてはいつもそうなっている。ただし、翌朝がきて目が覚める瞬間に「あっ、そうだった」と寝る前に頭にあったことを思い出す。このように「寝る前」と「起きた瞬間」に同じことが繋がっているときは、私としてはきわめて大きな問題を抱えているのである。ただし、前後二つのタイミングの間にちゃんと睡眠時間が入っている。 |
感動「大独裁者」 2020/07/07 Tue 7170 6月16日(Short shot(57))の続き
チャップリンの「大独裁者」で主人公の床屋は強制収容所に送られる。こうした施設がすでに1940年の時点で問題になっていたのである。
二役のもう一人の主人公はヒトラーそっくりである。さらに、誰が見てもイタリアのムッソリーニ以外には考えられない人物も登場する。当時のファシズムの両巨頭である。その二人が特定の国を圧倒的な軍事力で飲み込もうとして言い争いをする。そんなシーンも皮肉なタッチで描かれている。まさに力ずくの取り合い、早い者勝ち、そして互いに騙し合いのオンパレードである。
アメリカでは1940年に公開された。これまでもチャップリンが地球の風船をもてあそぶ写真は見たことがあった。それをNHKのBSで観たのだが、最近は映画の修正技術が素晴らしく、劇場で公開した時よりもクリアではないかと思うほどの鮮明さである。チャップリンにとって初めてのトーキーだったという。
その内容もさることながら、2時間を超える作品だったのにも驚いた。私は何の解説も知識もなく見たが、最後の3分を超える演説が見所だ。とくに「独裁者は滅びると」といった趣旨の宣言をしたシーンは迫力に満ちて感動した。 |
早朝夕刊(6) : 「カンカン」問題 2020/07/06 Mon (6:03am) 7169
今にはじまったことではないが、世の中は「スピード感」「緊張感」にあふれている。このお尻にくっ付ける「感」って何だ。そんな「感じ」でという意味なら、「もっと『緊張感』をもって言ってよ」と文句を付けたくなる。あるいは、「迅速に」「直ちに」などには「古くさ感」があるのだろうか。また、「緊張して対応する」では「筋肉がこわばって堅くなりすぎ感」が伴うから不適切だというのか。このごろ「カンカン」が気になる。 |
「地位」の位置づけ 2020/07/06 Mon 7168 6月27日の続き
「目的」と「手段」の転倒について、本来は手段だった「お金」を代表例として考えた。そこで興味がわくのは「地位」である。それは「目的」なのか「手段」なのか。ここでストレートに「目的」と言うわけにはいかない。
まず「地位」には、それに対応する権限が付いてくる。それは組織の目標達成を促進するものである。さらに、そのことは一定の地位にある者に「満足感」を与える。その内容によっては「自己実現」につながる可能性もある。これらはどれも「手段」的な要素が強い。
ただ、「地位」が個人にとってプラス感情をもたらすことから、個々人にとって「目的」と化する特性ももっているのである。そのため、自然の流れで「地位」が「目的化」することは大いにあり得るだろう。人間にとって「満足感」を求め、「自己実現」を目指すことは奨励されてもいい。
ここで問題になるのは、「地位」を得るために「手段を選ばない」ことである。さらに、一定の「地位」に就いたあとの「ふるまい」が大事になる。個人的な欲求を満たすために「地位」を利用していると周りから評価されるようではまずいに決まっている。そこでリーダーとしての「品格」が問題になる。 |
早朝夕刊(5) : 能天気の権化でも… 2020/07/05 Sun (6:53am) 7167 7月1日(Short shot(1))の続き
家内の「床に入った瞬間に寝ている」という証言に対して多少の自覚がないでもない。ときおり「少し寝ながら考えてみるか」と「気を張って」床に入るのだが、何の進展も観られないことが多いのである。というよりも、いつもそうだといった方が正しいだろうか。とにかく「気がついたら寝ていた」という感じはする。
私にはそんな雰囲気が漂っているのか、「あなたは思い悩むことがあるのですか」とストレートに聴かれた方がいらっしゃった。私がそれまで遭遇したことのない「脳天気の権化」に見えたようである。そんな私でも「どうしようか」と焦ることもあれば、「困ったもんだなあ」と考え込むことはある。 |
どっちも「正義」だもんね! 2020/07/05 Sun 7166 7月3日の続き
「自分たちが正しい」と「確信」すれば、当然「相手は間違っている」となる。こちらが「正義」で相手は「邪悪」なのである。われわれはしっかりした倫理に基づいた行動ができる。これに対して「彼等は不道徳な心性」から行動する。人間の歴史を振り返れば、あらゆる争いの原因は「こっちの方が正しい」と主張して譲らないことにある。どちらも「わが方の正義」の旗を振りかざすのである。
さてさて、この「正義」が大いなるくせ者で、「定義」がワンサカある。いまから10年ほど前、ハーバード大学のマイケル・サンデル教授の「これから『正義』の話をしよう」が話題になった。この本、けっこう面白かったが、その結論は「あれも正義、これも正義」のオンパレードだった。そして「道徳に関する政治」が「公正な社会の実現をより確実にする基盤でもあるのだ」で終わる。
それはいいが、その「公正さ」に議論が沸騰する。ところで宗教は「倫理・道徳・正義」のすべてに関わる。それが「行動の原動力」だから、お互いを認めることがむずかしい。これがいわゆる一神教と呼ばれる宗教同士になれば、葛藤の強度も半端ではないと思われる。 |
夕刊:球磨川決壊(4) 2020/07/04 Sat (5:48pm) 7165
今月の表紙写真で「人吉の鰻」を話題にしたばかりだが、昨日からの豪雨で大きな被害が出た。私は教員免許状更新講習で今月と来月の2回に亘って人吉へ出かける。ニュースの空撮をみると、いつも宿泊しているホテルも水に浸かっていた。今年は「コロナ渦」で人の動きが激減しホテル業界も苦境に陥った。そこで県でも宿泊を応援する企画を打ち上げたばかりである。今度は水害から復帰しないと宿泊に対応できなくなる。とくに温泉の設備は大丈夫だろうかと心配している。いつのころからか、「風水害」が発生しない年はなくなってしまった。あらためて「災害列島」における生き方を考えなければならない。 |
新しい「研修様式」 2020/07/04 Sat 7164
「コロナ禍」によって、「新しい生活様式」への転換が求められている。私の場合、3月1日から「巣ごもり」を続けていたが、6月17日に「講演」に出かけた。主催者の側も座席を「1個おきにする」などの対応が取られた。これまで私は最前列の近くまでいって話をするのだが、それこそ適切な距離を保つようにした。
その日の夜ホテルのベッドに横たわったとき、軽いながら「喉の痛み」を憶えて苦笑した。歌手は声のトレーニングに余念がないという。私なんぞは「声のプロ」ではないが、講義や講演時の声も「使わないと錆びるんだなあ」と妙に感心してしまった。
これに続いて一昨日の2日は1日5時間の研修に出かけた。これが「巣ごもり後」の「研修復帰第1弾」になった。研修ではグループワークのためにメンバー数をどうするかが悩ましい。私がこれまで蓄積してきた経験をもとに、まずは「6人グループ」が基本で、やむを得ない場合は「5人も可」としてきた。しかし、「コロナ」以降は「5人」でも適切な距離をとるのは容易でない。そこで今回は「3人~4人」を試みた。その評価はこれからとして、研修も「転換」を求められている。 |
今月の写真(3) 2020/07/03 Fri (8:54am) 7163
7月は「土用の丑の日」の「うなぎ」である。毎年のように、この日の前後に家族で熊本の老舗に出かける。当日は予約で一杯、一般的にはほとんどアウトだから、その「前後」にはずすことにしている。昨年はたまたま人吉で有名なうなぎを食する機会を得た。ある方が早めに出かけて並んでくださった。おかげで仕事を終えて車で着いたちょうどそのころあいで順番がきた。そう信じていたのだが、それにしてはタイミングが良すぎる。われわれが現れるまでは「お先にどうぞ」と譲っておられたのだと推測した。あまりにも美味なる鰻の味に感動して、そこを確かめるのは完璧に忘れていた。ごちそうさまでした。 |
「思い込み」の進化(?) 2020/07/03 Fri 7162 6月28日(早朝夕刊(87))の続き
「自分たちがで圧倒的に正しい」と「確信する」、あるいは「思い込む」と、その程度に応じて相手に対すの評価が低くなる。「そもそも彼等の、あるいはあいつらの考えていることは間違っているのだ」「もともと愚かなのだ」となり、「そんな連中に力なんてあるはずがない」と「進化(?)」あるいは「深化」、ひょっとして「真化」する。だれが言うとなく、そんな空気が集団全体を包む。それが力をもっている者の発言であれば、それは疑いようのない「事実」に昇格する。そして、「既定の事実」をもとにしながらすべての決定が行われていくのである。
こうした環境ができあがると、「われわれは思い込みをしているのではないか」など、その「事実」に疑問を呈するような発言はあり得なくなる。あるいは「言いたくても、言えなくなる」のである。その壁を乗り越えて問題を指摘する者が現れても、その瞬間に一笑に付される。まさに「言っても、聴いてもらえない」状況である。発言について笑われたり無視されたりするならまだいい。地球上ではそうした人間がいつの間にかいなくなってしまうケースもある。こうして集団は「一丸」となる。 |
今月の写真(2) 2020/07/02 Thu (5:43am) 7161
小樽市にある「石狩挽歌記念碑」が7月の逆光を受けて建っていた。「石狩挽歌」は作詞なかにし礼、作曲浜圭介の演歌である。北原ミレイが唄ってヒットした。北海道で仕事を終えた帰路、数時間の小樽観光に連れて行っていだいた。小高い山の上にある「にしん御殿」を観てから、「小樽貴賓館」にある記念碑に出会った。演歌好きの私がシャッターを切っていると、ご一緒していただいた方から「目の色が変わりましたね」と笑われた。「海猫(ごめ)が鳴くから ニシンが来ると 赤い筒袖(つっぽ)の やん衆がさわぐ 雪に埋もれた 番屋の隅で わたしゃ夜通し 飯を炊く…」。私の頭の中で歌が流れた。 |
「仕事」考 2020/07/02 Thu 7160
【仕事】《仕:1役人になる。つかえる。2動詞「する(為る)」の連用形「し」の当て字》《事:1ことがら。できごと。2しごと。しわざ。3つかえる。…(goo辞書
漢字)》「仕事」は「あることがら、あるいは与えられた、もしくは指示されたことがらにつかえる」ものか、それとも「あることがら、あるいはしたい、もしくはしなければならないと思うことがらをなす」ものか。人間、可能な限り「なす」の心で「仕事」をしたい。
そもそも人間は「仕事」を「させられる」と思った瞬間に意欲は低下する。そこで、「させられ感」のあるものに「意味」付けができるといい。私は「人生は客観的事実ではなく、その意味付けの積み重ねが重要だ」と考えている。それも「自分にプラス」であることが望ましい。
ただし、そんなことを私のような者が叫んでも迫力はないなあと思う。何分にも「仕事が趣味」などと能天気なことを言い続けている人間なのである。これまでの人生を振り返れば、本当に楽しい仕事の連続だった。そもそも人にも環境にも恵まれた。そう考えると、私は「仕事をした」のではなく「させてもらってきた」と言うべきなのである。 |
Short shot(1) : 睡眠こぼれ話 2020/07/01 Wed (5:07am) 7159
私は考え出すと眠れなくなる…。というのは真っ赤な嘘である。それが証拠に夜になると必ず寝ている。これまでの人生で一睡もしなかったことなど記憶の片隅にもない。しかも家内の情報では寝入りも尋常ではなく、床に就いた瞬間に寝息が聞こえるという。私自身はこれまで一度だってそれを聴いたことがない。だから「それは本当なのか」と若干の疑いを持っている。しかし、そんなことを言えば夫婦間の信頼関係が崩れてしまう。何といっても配偶者であるから、その言うことは「信じる」か「信じたふりをする」のが礼儀というものだ。せっかくうまくいっている関係が壊れるとまずいので黙って聴いている。 |
大揺れ大相撲 2020/07/01 Wed 7158 6月2日の続き
大相撲の大阪場所=春場所は無観客で実施したが、さすがに夏場所はどうにもならなかった。これまで敗戦後に開催が中止されたことは知っていたが、5月の夏場所が3回目になることがわかった。それも2度目は「つい最近」の2011年のことだ。
このときは、現役力士の八百長問題が発覚し、3月の春場所が中止された。ああ、そうだった。新しい事柄であればあるほど「記憶に残らない現象」の典型例である。その影響は夏場所にまでおよんで、翌場所の番付編成のためと位置づけられた「技量審査場所」として開催された。このときは無料開放となった。これまた5月場所だったのは偶然の一致である。
さらに2010年には力士の野球賭博が発覚し7月の名古屋場所は開催されたものの、NHKが生中継をしないという前代未聞の異常事態となった。これまた、「そう言えば、そんなこともあったなあ」レベルの記憶である。
様々なことで「記憶の風化」が問題にされる。時間とともに個々人の記憶が薄れることは生理現象の一つである。それも昔と違って、われわれは膨大な量をともなった情報暴風に晒され続けており、「風化」圧力は強まるばかりである。 |
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