早朝夕刊(87) : 「正義」の思い込み 2020/06/30 Mon (6:09am) 7157 6月28日(早朝夕刊(84))の続き
ジャニスは「不敗の幻想(あるいは思い込み)」は「倫理観・道徳観」にも影響をおよぼすと言う。「自分たちが正しい」と確信するのである。それはそのまま「相手は間違っている」と断定することになる。そもそも古来より戦争の当事者は「自分たちの正義」を主張する。どんな形であれ、勝利した側は「正義が勝った」と宣言する。とにかく「勝てば官軍」なのである。この世に生きる一人とて、他人の頭のなかを知ることができない。だから、「自分たちが正義」と本気で言っているのか、あるいは方便として使っているのかはわからない。そもそも「正義」ということばもその概念もきわめて曖昧なのである。 |
「人間理解のグループ・ダイナミックス」絶版 2020/06/30 Tue 7156
私が初めて単著として書いた「人間理解のグループ・ダイナミックス」を絶版にした。この本は心理学関係の書籍を中心に出している京都の「ナカニシヤ出版」から2001年11月10日付で発行された。その後、2015年7月20日には第13刷になり、今年は20年目にあたる。昨年、在庫の問い合わせをしたところ、「残部が20冊ほど」との回答があった。そこで私は「これでおしまいにしましょう」と伝えていた。そして今月の初めに「在庫がなくなった」との情報を得た。
初版が出たとき私は52歳だったが、今や前期高齢者後期、そろそろ潮時である。ともあれ第13刷まで行ったのだから感謝するしかない。担当者によれば「18,000部ほど販売できた」とのことだった。ありがたや、ありがたや。その後、書棚にあるわが本の奥付を見ると第一刷のものだった。その瞬間は「最後の第13刷は記念に残していてもよかったなあ」と思った。しかし、すぐに「仕方がないな」で決着がついた。これまで記録魔を自認してきた私は、「ないならないでどうちゅうこともないわな」とあっけなく納得した自分を笑った。それだけ自分が成長したんだと思ったのである。 |
Short shot(86) : 高校生と映画 2020/06/29 Mon (5:48am) 7155 昨日(Short shot(85))の続き
「ゴールドフィンガー」が「一本で250円は高い」と書いていることから、その日は三沢ピクニックセンターから西鉄電車で天神まで帰り、そのまま中洲の封切館に行ったのでしょう。日記の記述によって、①高校生が平日、学校行事の帰りに中洲の映画館で映画を観ることができたこと、②当時の映画は二本立てが主流だったこと、そして③入場料が250円は、少なくとも高校生にとって相当に高い設定だったこと、がわかります。私の自宅は香椎でした。中洲で映画を観たあとは西鉄の市内電車で貝塚駅までいき、さらに同じく西鉄の宮地岳線に乗り換えて香椎宮前まで帰ったことになります。まだ16歳でした。 |
ブックレット評に感謝 2020/06/29 Mon 7154
本来はある方からブックレット「組織安全のグループ・ダイナミックス」についてメールをいただいた。その中に次のような記述があった。
「こうして拝見しますと、日付が重要な意味をもっていると感じます。何せ歴史がありますので。何があった後に(あるいは、何が起こる前に)、この文章は書かれているのか。その日付情報が文章本体とセットになって、二重三重の知恵やアドバイスを提供してくれるように思います」。
ブックレットでは本コラムの1回分を1ページに割り振り、見出しにはそれを書いた「日付」を入れた。そこで、それぞれの内容が書かれた日がわかるのである。まさに私が大事にしたいと思ってきたことをきっちり表現していただいたわけで、じつに嬉しくありがたいことである。
これまで何かに刺激を受けたり、頭に思い浮かんだりしたら、その思いを直ちに書き込むことをモットーにしてきた。ある程度の時間が経過して、それに関わることが話題になっとき「自分はすでにこう思っていたんだぞーっ」と鼻をヒクヒクさせて自慢したいのである。私はそうした「自己満足感」を味わえることこそが、本コラムを持続させる源だと感じている。 |
Short shot(85) : 「ゴールドフィンガー」 2020/06/28 Sun (5:28am) 7153 5月8日(Short shot(22))の続き
「007」シリーズの第3作目は「ゴールドフィンガー」です。制作は1964年ですが、私がこれを観たのは1965年5月4日です。そのことを日記に書いていました。この日は火曜日で当時も3日と5日は祝日でしたが、4日が平日だと休日ではありませんでした。私は高校2年生でその日は遠足で小郡の三沢ピクニックセンターに出かけています。ネットで検索したところ、このセンターは前年の64年に開設されていました。日記によれば遠足の帰りに同級生で仲良しだったY君が「『007
ゴールドフィンガー』を見に行く」と言ったので私も一緒に出かけたのです。「一本で250円とは高いですよ」と書いています。 |
早朝夕刊(84) : 「合理的(?)判断」 2020/06/28 Sun (4:57am) 7152 昨日(早朝夕刊(83))の続き
山本五十六の「冷静かつ客観的(?)」な情報を基礎にした意見は採用されなかった。一般的には陸軍が開戦に突っ走ったと言われる。その際の判断の根拠はどこにあったのか。物量の圧倒的な差は十二分に踏まえた上で、「合理的(?)」に判断した結論が宣戦布告だったのか。たとえ物量で「比較にならないほど」劣っていても、「精神力」で勝てる。本気でそう信じていたのか。さらに物量では劣るから、戦闘になれば多くの戦死者が出ることは「合理的(?)」に予測していたのか。それはそれでやむを得ないと考えたのか。そして多くの兵士を戦場に送るトップたちがそんな判断をもとにして戦いをはじめたのか。 |
指導者と長期的展望 2020/06/28 Sun 7151
国立大学の法人化がスタートしたのは2004年度からである。その後、予算の削減が続き、研究のレベル低下を懸念する声をしばしば聴くようになった。ノーベル賞を受賞した研究者は口を揃えて「このままでは日本の研究はダメになる」と言う。
明治政府は「富国強兵」をスローガンにして国を挙げて突っ走った。後者の「強兵」についての評価は分かれるだろうが、当時の指導者は「国の将来」を見据えていた。これまでのところ、日本の自然科学の水準は世界でも上位にあるのだろう。世界広しと言えども、「外国語を識らなくてもノーベル賞が取れるのは日本くらいのものだ」という笑い話(?)がある。その基礎が明治を出発点にした海外からの知識と技術の吸収とその応用にあることは疑いない。
学校の制度にしても、「働く子どもを学校なんぞに取られてはかなわない」と反対する人間が多い中で言わば強圧的に導入したのである。当時の指導者たちにインタビューする術はない。しかし、少なくとも歴史の結果から推測するなら、彼等は100年先までとは言わないまでも、日本が世界の中で一定の地位を獲得するという長期的な展望を持っていた。 |
早朝夕刊(83) : 「不敗の幻想」の対極 2020/06/27 Sat (6:25am) 7150 昨日(早朝夕刊(80))の続き
日本が国際的に孤立し、国際連盟から離脱したのは1933年である。その後も1940年には日独伊三国同盟を締結し米英との関係は厳しさを増していった。そうした中で「日米開戦」について近衛首相から問われた連合艦隊司令長官山本五十六の回答がある。「それは是非やれと言われれば初め半年や1年の間は随分暴れてご覧に入れる。然しながら、2年3年となれば全く確信は持てぬ。三国条約が出来たのは致方ないが、かくなりし上は日米戦争を回避する様極極力御努力願ひたい(近衛日記)」。山本は留学や滞在でアメリカの実力を認識していた。ここで述べられていることは「不敗の幻想」とは正反対のものである。 |
Short shot(82) : ありがたや「前例」さまさま! 2020/06/27 Sat (5:23am) 7149 6月14日(Short shot(50))の続き
この世の中に「前例」ほどありがたいものはない。これを盾として使えば向かうところ敵なし状態になる。何と言っても「自分の責任」をしっかり回避できるのである。そして、相手の発言に頷きながらダメ押しをするといい。「いやあ本来であればあなたのおっしゃるとおりです」とか「私だってあなたの立場であればそんな気持ちになりますよ」と付け加えるのである。これがうまくいけば、相手が引き下がってくれるかもしれないのである。 |
ひたすら「無秩序」へ? 2020/06/27 Sat 7148 6月24日の続き
本来は「手段」だった「お金」が「目的」に化ける。その最大の理由は「お金」の「汎用性」である。世の中には「お金で買えないもの」はある。あるいは「お金で売買してはいけないもの」もある。しかし人間の因果な特性がそうした壁を乗り越え、盾を突き抜こうとする。一方に「売る側」があれば、その向かい側には「買う側」が存在している。
さらに「お金」は「モノ」だけでなく「こころ」まで売り買いされる可能性まで否定できない。もちろん、それが違法な行為であれば、一般人でそこにまで至るケースは少ないに違いない。しかし、壁の高さや盾の頑丈さは弱まっているような気もする。その背景には従来の倫理意識といった、良きにつけ悪しきにつけ人の行動を律してきたものの影響力の低下があるように思われる。
熱力学や情報の領域で「エントロピー」という物理量が使われる。おそらく正しい理解ではないが、「ものごとが不可逆的な場合、秩序ある状態から無秩序へと変化していく」というところだけが気になる。その流れに乗って言えば、人間の社会もひらすら無秩序の状態へと向かっているのではないか。もちろん、それが杞憂であればそれが一番である。 |
Short shot(81) : 「七十肩」知らず? 2020/06/26 Fri (9:02am) 7147 6月14日(Short shot(51))の続き
YouTubeで「ラジオ体操」を探しているとストレッチから筋トレなどの動画もあふれている。そこで「腕立て伏せ」と「ラジオ体操」にもう一本プラスαする気になった。わが人生でこれほど規則的に運動をしたことがない。ふと、「そういえば、以前は四十肩、五十肩なんてものを患ったなあ」と考えた。ひょっとして「還暦肩」まで体験したかもしれない。毎日の「巣ごもりトレーニング」が「七十肩」を追い出してくれそうな予感がする。 |
早朝夕刊(80) : 「客観的評価」力の喪失 2020/06/26 Fri (5:59am) 7146 昨日(早朝夕刊(77))の続き
「自分たちは負けるわけがない」という「不敗の幻想」が「全員一致」の空気とともに集団を支配する。こうなると相手の実力に対する客観的評価など期待すべくもない。太平洋戦争が敗戦に終わったとき、「物量に天地の差があるアメリカに勝てるわけがない」と大多数の日本人が思ったという。われわれ戦後世代はそうした情報を何度も聞いたり読んだりした。海軍にはアメリカに留学した者もいて冷静な分析をしていたが、陸軍にはそうした人間がいなかった。そんな指摘をする本もあった。私にはこうした言説を「客観的」に評価する力はない。ただ海軍には「開戦しても、もてて1年」との声があったという。 |
「飢餓海峡」 2020/06/26 Fri 7145
映画の飢餓海峡を観た。東映の作品で1962年の公開である。これまで2回ほど観た記憶がある。
青函連絡船洞爺丸が1954年9月26日に台風15号に襲われて沈没した。この事故の死者・行方不明者は1100人を超えた。その同じ日に北海道の岩内では大火があり、市街地の八割が焼失した。作家の水上勉がこの二つの出来事をつなぎ合わせて創作したのが「飢餓海峡」である。もちろん内容は全く異なるが、私にはこの映画と松本清張の「ゼロの焦点」がいつも重なって見える。「ゼロの焦点」は1958年、「飢餓海峡」は1965年の連載ものである。前者は戦後の混乱期に、後者は連絡船の転覆事故に端を発している。殺人者として追求されるのは「ゼロの焦点」では女性で、「飢餓海峡」は男性である。
両者に共通しているのは経済的に厳しく、人の心がすさびがちな時代を背景にしている点である。そして、ある一定の期間を過ぎてから事件が発生する。消し去りたい過去から逃れて今や地方の有力者あるいはその妻が主人公である。「飢餓海峡」はモノクロで3時間を超える。その中でも、左幸子が演じる杉戸八重の演技には「さすがプロだ」と感嘆する。 |
早出し夕刊(79) : オリンパスとわが家の歴史 2020/06/25 Thu (9:43am) 7144
オリンパスがカメラ事業を売却するニュースは私にも衝撃を与えた。わが家が初めてカメラを買ったのは1964年である。それがオリンパスPENで、フィルムの一コマを半分に分けて撮影するハーフサイズだった。これだと24枚取りのフィルムが48枚、36枚が72枚にもなる。いかにも日本人らしい発想の製品だった。
その後1973年11月には36mm のオリンパスOM 1を購入した。私にとって初めての一眼レフである。これを買った経緯はわが楊の歴史的事件がかかわっているが、それを語るのは時期尚早だと考えている。オリンパスは医療用の内視鏡等で世界的に知られている。したがって会社がなくなるわけではない。ただオリンパスのカメラはわが家にとって多くの記録を残してくれた。その意味で大事な思い出作りの製品だから、私なりの衝撃を受けたのである。 |
Short shot(78) : 「民主主義」の体感? 2020/06/25 Thu (6:15am) 7143 6月15日(Short shot(53))の続き
国のトップが勝手なことをしないように制御する手立てとして国民が投票する選挙がある。それが「人民が権力を所有するとともに、権力をみずから行使する政治形態(精選版
日本国語大辞典)」である「民主主義」の基本なのだ。そして「人民」とは「国家を構成し、社会を組織している人々(同)」である。まさに人類が歴史の中で手にし、最も重要とされる国家の構成原理である。いまそれを体感している「民」がどのくらいいるか。 |
早朝夕刊(77) : 「全員一致」の幻想 2020/06/25 Thu (5:37am) 7142 6月22日(早朝夕刊(70))の続き
どんなことも「過ぎたるは…」である。「過度の楽観論」が「過度のリスクテイキング」に走らせる。それも走り出すと止まらないのは「慣性の法則」と言うべきか。それどころかスピードはドンドン加速する。それに対応して、もともと「客観的な評価力」に欠けていた集団に「評価を歪める力」が加わる。こうして「過度の楽観論」は「歪んだ楽観論」に化けるのである。
ここまで来ると「おかしい」と思う人間がいても否定的な発言などできなくなる。仮に懸念を述べる者がいると「馬鹿なことを言うな」と一笑に付され、除け者にされる。こうして、一見すると「全員が一致している」という幻想が生まれる。 |
孫とじいちゃん、ばあちゃん 2020/06/25 Thu 7141
おそらく10年以上前のある日のことである。走り書きのような「ワープロメモ」が出てきた。
家内がベランダで鉢植えに水をやっていた。それを見て、わが孫は自分の水遊びのために買ってもらっていた「じょうろ」を風呂場から持ってきた。この2つは色がまるで違うだけでなく、形とてそれほど似ているのでもない。それでも孫は二つの道具の共通性を発見したのである。そして水を入れるようにせがんで満杯にしてもらった「自分のじょうろ」でおばあちゃんと同じように鉢植えに水を注ぎはじめた。いかにも満足げである。ところが注ぎ口からの放水量が本人にとってまどろっこしいほど少ないようだ。そこでじょうろをひっくり返してしまった。それから「お代わり」を要求する。このあたりはやはり赤ん坊に近い。
それでも、じいちゃんとばあちゃんは「何と賢い孫なんだろう」と大いに喜ぶのである。こうして自分たちの孫を絶賛するのは古今東西を問わないだろう。まことに平和な光景なのである。
この「メモ」を見た瞬間に「ああ、そんなことがあったなあ」と当日のことが目に浮かんだ。その服装まで思い出した気がしたが、これは怪しい。 |
早朝夕刊(76) : 稀なるホテル体験 2020/06/24 Wed (6:14am) 7140 昨日(早朝夕刊(73))の続き
ホテルの朝食バイキングの会場でイヤホンを付けてご飯を食べている人の中には女性の姿もありました。家族や友人グループとは違って粛々感にあふれていたというのは私の気のせいかもしれません。食事を終えて部屋に戻るためエレベータにいくと、その前にもそれらしき人たちが立っていました。こちらと目が合うと軽く会釈して「おはようございます」と笑顔が返ってきました。一般の宿泊者に対しては相当に配慮している空気が満ちていました。
この連載(?)に、「それがどうしたの」と聴かれれば、もちろん「それだけ」のことではありますが、こんな機会はほとんどないと思ったものですから、つい…。 |
退職記念講演会(75) : これっきり物語 2020/06/24 Wed (5:39am) 7139
「退職記念講演会」のタイトルは「私のワクワク人生 これまで、今、そしてこれから -グループ・ダイナミックスの旅人として-」にしました。このタイトルのもとで私は公の場ではじめて両親を紹介しようと思いました。そこで二人が結婚式を挙げたときの写真を挿入したのです。私が2歳のころ母と写った写真も挙げました。その時間は1分もなかったのですが、私としては十分に満足していました。その後、〝
YouTube〟アップをお勧めいただいたことから、またまた「その気」になったのでした。すでにお話しましたが、私自身の私的な「人生の振り返り物語」は、後にも先にもこのとき限りのものです。 |
「お金」の「目的化」 2020/06/24 Wed 7138 昨日の続き
「お金」は腐ったりしないから、欲しいものが現れるまで「貯めて」おくことができる。その間は貯金していてもいい。そうした個々人の貯金も銀行で合わせると大金になる。これが企業や商店などに貸し出されて経済がドンドン大きくなる。そうした中でモノやサービスが大量に供給される。われわれにとって「欲しいもの」も多種多様になる。そうした刺激で「あれもこれも」欲しくなるから、「お金」もたくさん欲しくなる。そこまではことの流れとしては自然と言えば自然でもある。
しかし、それが加速するうちに「モノ」ではなくそれをゲットするための「手段」である「お金」が前面に登場する。そのとき「手段」が「目的」に化けるのである。とにかく欲しいのは「モノ」ではなく「お金」になるのだ。そうは言っても一般庶民の場合は高が知れている。そもそも限界があるから「お金が目的だ」と公言する人だってそれほどいるとは思えない。
私はミスター・ゴーン氏」にインタビューしたことがない。だから彼の本音はわかるはずもない。ただ、洪水のようにあふれ出てきたマスコミ情報かを見聞きすると、「お金」が「目的化」していたのではないかと思ってしまう。 |
Short shot(74) : 挫折への対応? 2020/06/23 Tue (11:28am) 7137
つい最近、ある方から「『味な話の素』のチャレンジは挫折しました」と言われた。これを聴いて私も苦笑した。いくら「巣ごもり」が続いているとはいえ、われながら「書きすぎ感」に充ち満ちている。そもそもは原則「一日1コラム」で、ときおり「早朝夕刊」を出し、さらに〝Short
shot〟なども書き加える流れだった。その歯止めが壊れて先月は106個、今月もこれで97個目になる。ここに来て、セーブすべきか否かを考えはじめた。 |
早朝夕刊(73) : やんごとなきご夫妻と 2020/06/23 Tue (6:05am) 7136 昨日(早出し夕刊(71))の続き
昨日の「お知らせ」はホテルのエレベータが一時的に使えないという案内である。該当期間は9月26日から28日までの3日間とされ、これに(期間中、時間未定ではございますが、15分程度複数回の予定となっております。)との註が付けられている。このとき私は大分県の看護協会が主催する講座に出かけていた。
そして宿泊するホテルで、なんとやんごとなきご夫妻と同宿と相成ったのだった。そのとき開催されていた国体がキーワードである。ホテルの朝食の会場には黒っぽいスーツにイヤホンをつけたまま食事をしているそれらしき雰囲気の人たちがわんさかといた。 |
退職記念講演会(72) : もう一つの「理由」 2020/06/23 Tue (6:05am) 7135
「講演会」をアップしたもう一つの「理由」は、これまた超私的ですが両親の記憶を残しておきたいと思ったからです。とりわけ引っ込み思案だった父と生涯を通じて控えめだった母のことです。今回の息子の妄動を知って「自分たちの結婚写真まで人様にお見せするなんてとんでもない」とあの世で怒っているかもしれません。私にもそんな思いはあるのですが、これほど有難い人生を送らせてもらうきっかけを作ったのは父と母なのです。 |
腐らないが危うい 2020/06/23 Tue 7134 6月20日の続き
「お金」が抽象的に「モノ」を代表するようになれば、すぐに使用しないことも選択肢の一つになる。「お金」は腐ることがない。ただし、人によっては「かさばる」こともあるだろう。そんなときのために金融機関があって、そこに預けておけばいい。これだと置き場所に困ることもなく、盗まれたり焼失する心配もない。しかも、「利子」なるものまで付いてくるから堪らない。
もっともわが国では「ゼロ金利」が当たり前のことになったから「利子」なる用語はすでに死後同然である。また「かさばるほどあって置き場所に困る人」がどのくらいいるのだろう。わが国で「格差社会」ということばを頻繁に聴くようになって久しい。日本の富裕層の上位40人の資産総額が全世帯の下から53%の資産に匹敵するという情報もある(Web週刊現代)。
さて、「お金」が「腐らない」のは事実として、その「価値」の方はけっこう危ういのである。そもそも海外との関係では、いわゆる為替相場が変動するから、円の価値は毎日上がったり下がったりする。さらに、国の財政が危機に瀕すれば、「ハイパーインフレ」なるものが襲撃してくる。そのとき「お金」の価値は暴落するのである。 |
早出し夕刊(71) : ある「お知らせ」 2020/06/22 Mon (8:41am) 7133
手元に「お知らせ」と記したA4の紙がある。
本日は大分全日空ホテルオアシスタワーをご利用いただき誠にありがとうございます。大変恐縮ではございますが下記の期間中、警備上の都合により一時的にエレベーターを専用とする為使用できない場合がございます。ご滞在中、大変ご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご理解賜りますよう宜しくお願い申し上げます。ご不明な点等ございましたら、フロントにお問い合わせくださいませ。大分全日空ホテルオアシスタワー総支配人小西孝彦
記 高層エレベーター一時専用化 該当期間 平成20年9月26日(金)~9月28日(日) |
早朝夕刊(70) : 「過度な楽観論」と「過度なリスクテイキング」 2020/06/22 Mon (5:54am) 7132 6月20日(早朝夕刊)の続き
自分たちが徹底的に優位だと「信じている≒思い込んでいる」メンバーたちから構成される集団は自らの行為に伴うリスクを低く評価する。その結果、客観的には「リスクが高い≒失敗する可能性が高い」選択をする「リスク」が高まる。「過度な楽観論」が「過度なリスクテーキング」を引き起こすのである。
前世紀末だったと思うが、NHKがケネディについて制作したドキュメンタリーがあった。その中で大統領と永年に亘って付き合いのあった友人がピッグス湾作戦を評して、「とうもろこし畑にゴルフボールを投げれるようなものだった」と語っていた。つまりは「信じがたい暴挙」と言いたかったのだろう。 |
退職記念講演会(69) : YouTube アップの「わけ」 2020/06/22 Mon (5:13am) 7131
私が「退職記念講演会」のビデオをアップしてはどうかとのお誘いに「それもいいなあ」と思った理由が二つあります。その一つは、私の職業生活だけでなく、自分の誕生から講演当日に至るまでの振り返りをまとめることができたからです。そんな超私的なことに関心があるのは自分だけだとわかっています。ただ今後もこうした「90分ワンパック」ものを創る機会などあるわけないと思ったわけです。それは、自分自身の振り返りをどこかに残しておこうというジコチュウ的発想なのでした。それに、仕事にかかわる講演でこうした内容をお話しすることはあり得ません。そこで「その気になった」のでした。 |
アメリカのニュース 2020/06/22 Mon 7130
今年は2020年で「子年」である。そこに「コロナ」が襲ってきた。海外のニュースではWHOが命名した〝COVID-19〟が繰り返されている。〝Corona
Virus Disease 2019〟である。
まだ「ネット時代」における「巣ごもり」を続けている。そこでアメリカの〝ABC〟〝CNN〟〝NBC〟〝FOX〟などのニュースを覗いてみる。〝CNN〟はトランプ大統領と折りが合わないようで「フェイク」だと決めつけられている。一方〝FOX〟はスーパー保守のようで共和党と仲良し感がある。わが家のネット環境では〝ABC News〟が途切れることがほとんどなく、これを毎日15分ほど観るようになった。アメリカの「コロナ渦」は未だに深刻だが、最近は警察官が黒人男性を死に至らしめた事件が取り上げられ続けていた。さらにこのところ最大の話題はボルトン前大統領補佐官の政権暴露本〝The Room It Happened〟である。トランプ大統領側は書籍に機密情報が含まれているとして出版の差し止めを求めたが、地裁はそれを却下した。ABCのインタビューでボルトン氏は「トランプ氏は不動産屋としてはいいが、政治経験が欠如している」などと批判している。 |
早出し夕刊(68) : 熊本城と父の姿 2020/06/21 Sun (9:17am) 7129
未だに「巣ごもり」が続く中でラジオ体操をする。 私の部屋から熊本城の天守閣がちょっとだけ見える。今の家に入居して22年になるが、当初は遠目に熊本城が100%あった。それからぼちぼちマンションなどのビルが建ち始め、天守閣が少しずつ隠れていった。それでも本丸御殿の屋根瓦はしっかり見えるし天守閣も1/6ほど視界に残っている。
私はそれを見ながら「いち、にい、さん、し…」と体操に励む。遠くの熊本城に父親がニコニコしながららラジオ体操をしている姿が重なる。なんと下着のシャツとステテコである。伊万里市の金比羅山の麓にあった借家の庭だ。体操のたびに父の笑顔が浮かぶのは悪くない。 |
早朝夕刊(67) : 異なる条件下での類似した結果 2020/06/21 Sun (6:01am) 7128
武漢が新型コロナウイルスで封鎖されたのは1月23日午前10時である。それから数日後、知人とこんな会話を交わした。「さすが中国ですね。あっという間にロックダウンですからね。」「いやあ驚きました。東京や大阪であんなことはありえませんね。」
あのときほぼ100%の日本人が同じように考えたのではないか。
ところが5月の連休明けから、東京をはじめ日本国中でロックダウンと類似の状況が起きたのである。一方は国家による統制、他方は要請である。ここでどちらが優れているかといった議論はしない。異なる条件下で類似した現象が起きることがグループ・ダイナミックスの視点から興味深いのである。 |
退職記念講演会(66) : YouTube アップの誘い 2020/06/21 Sun (5:12am) 7127
講演会のあとで、複数の方から「ビデオがあれば YouTube で公開してもらいたい」といった趣旨の話をいただきました。じつは講演の模様は学生がビデオで撮ってくれていました。何と言っても私の話を聴きたいとおっしゃっているのです。そうしたお声をかけていただくたびに「ありがたいことだ」と思っていました。また、自分としても「公開してもいいなあ」という気持ちになっていました。それには自分なりの理由があったからです。 |
「法」と「道義」 2020/06/21 Sun 7126 昨日の続き
法治国家は国民の行為すべてを法律で評価・判断する。そして法律に違反しなければ罪に問われることはない。それは直ちに「違法でなければ何をしてもいい」という結論を導き出すのだろうか。この論理を100%支持する者は「ほとんど」いないだろう。
ところで、こうした際に「法的責任」と並んで「道義的責任」が対として使われる。この「道義」は【人の行うべき正しい道。道徳のすじみち。(広辞苑)】である。違法行為の「ほとんど」は「道義」に反するものに違いない。ただ、法律がかかわるのはあまたある「道義的行為」のうちの一部に限定されている。巨額の交付金を受けた話題の議員が国会内でマスコミから問われて「違法ではありません」と答えていた。これに関する法律は知らないが、「違法でない」ことは事実なのだろう。さらにご本人たちは「お金を多くの関係者に渡した事実」も認めるに違いない。その点はあちこちに証言者いることから否定できない状況にある。その上で、「あれは違法ではない」と主張するのは素人にも推測できる。
それにしても「お金」で票が動くとすれば、「先進国」の看板を降ろさないと外国から嗤われる。 |
退職記念講演会(65) : 一気にアップ 2020/06/20 Sat (5:53am) 7125
昨日の〝Short shot〟で〝YouTube〟デビューをお知らせしました。その際はあくまで「テスト」であることを強調しました。そして5秒程度の「動画」と前日体験した「雲間から視界が開けて45秒で着陸」の3本の映像を公開しました。そして、そのうちに「退職記念講演会」もアップすることをお伝えしていたわけです。ところが、その後一気にアップしてしまいました。その間の事情も踏まえながら、何回かにわけてお話しましょう。 |
早朝夕刊(64) : 「確信」という「思い込み」 2020/06/20 Sat (4:59am) 7124 昨日(早朝夕刊)の続き
昨日まで「リスクテイキング」の視点から「リスクの確率」とその対応について考えた。ジャニスは「自分たちが負けるはずがない」と確信している集団は過度な「リスクテイキング」を選択しがちだと言う。ここで「確信している」はメンバーがそのように「思い込んでいる」と言い換えるべきだろう。
そして「過度な」とは、客観的には「成功する確率がきわめて低い」にもかかわらず、リスクを伴う行動をあえてすることを意味している。ただしメンバーたちはそれを「成功が困難な選択肢」だと思っていない可能性が高い。ともあれ、「不敗の幻想」は冷静な判断を妨げ、とんでもない行動を引き起こすのである。 |
「お金」はいつも「罪作り」 2020/06/20 Sat 7123 6月18日の続き
「お金」は抽象的な「モノ」を代表している。そして原則として「いつでも」使える。そう信じることができるから「モノ」の代わりになれるのである。しかも「いま使わなくてもいい」のだから、これを「貯める」こともできる。そうなると一度の「物々交換」では得ることのできないより価値のあるモノを手にすることが可能になる…。
こうして「お金」は普通のモノとは比較にならない魅力をもってくる。そして、それはいつの間にか「魔力」に転じる。かくして、「手段」であったはずの「お金」が「目的」と化すのは時間の問題である。まさに「大化け(おおばけ)」するわけだ。
国会閉会の翌日に逮捕された議員夫婦もその容疑は「お金」にまつわる違反にかかわっている。この件は裁判によって犯罪かどうかが判断されるのだから、ここで素人が余計なことは言わないでおこう。それにしても当の本人たちが「現金」を配って回ったという報道が事実とすれば、ほとんど理解不能な行動と言うほかはない。普通の感覚を持っていれば、そんなことをしたらまずいことくらいわかるだろうにと思う。
いつの時代も「お金」は罪作りなモノなのである。 |
Short shot(63) : YouTube デビュー 2020/06/19 Fir (10:15am) 7122
かねてから「そのうちに」と思っていましたが、このたび「YouTube デビュー」を果たしました。チャンネルは「味な話の素」です。デビューといっても「超ソロソロ」ですから「完全テスト版」です。とりあえず昨日の「雲が切れて着陸45秒」を最新版として入れてみました。
じつは数人の方から6年前の「退職記念講演」のビデオをアップしたらというお声を頂戴したものですから、その気になったわけです。ただし全体で90分を超えますので簡単にアップとはいかない感じです。今回はそれに向けた準備というところです。お時間がございましたら右のサムネイルをクリックして「テスト版」をご覧ください。 |
早出し夕刊(62) : 個人差に戻る? 2020/06/19 Fri (9:02am) 7121 6月16日(早朝夕刊)の続き
自分の子どもが水に飲み込まれたとき、親がどんなことをしても助けようとする。それは当然のことである。その際に「リスク」を冷静に計算し適切な行動を選択する余裕などあり得ない。それは「危機的状況」における「反射的行動」である。そもそも「リスクマネジメント」の視点から言えば、そうした「危機的状況」に遭遇しないよう前もって対応することが期待されるのである。
川や海での水遊びには「水難のリスク」が伴う。それが「0」でなければ遊びに行かないというわけにはいかない。ただ、その「危険度」の評価は人によって違う。そうなると結局は「危険な確率」に対する個人差の問題に戻ってくる。 |
おもしろ答案 2020/06/19 Fri 7120
「おもしろ答案」シリーズの最後がいつだったかわからなくなった。このごろは「フリーターの巣ごもり」が続いて、1日に2本はおろか、3本や4本をアップロードしまくっている。その勢いが余って連載物がいつどこまで行っていたのか危うい状況にある。老化現象もこの傾向に拍車をかける。
それはそうとして、昨年11月6日に「活気的・画期的」を取り上げていることは確認した。このときは〝Short shot 〟扱いだったが、まだまだご紹介したいイッピンがある。
たとえば【容易しい】などはどうだろう。私の手元にある辞典で確認した限りでは、「やさしい」は「易しい」のみで、「容易しい」は見当たらない。ただし「容易だ」「容易な」はある(明鏡国語辞典
広辞苑)。そうは言いながら「容易しい」で意味は十分に伝わる。そして「容易い」とすれば、こちらは上記の辞書にちゃんと載っている。学生の答案には【た安い】もあった。こちらは基本的にあり得ないと思ったが、それは私の独断的思い込みかもしれない。国語辞典では「やすい【安い・易い】」とあって、「①悩みがない ②安心」と並んで「③容易である」も並んでいる(広辞苑)。 |
Short shot(61) : 雲から45秒で 2020/06/18 Thu (4:30pm) 7119
ANA便は10時30分に「熊本空港に着陸出来ない場合は福岡空港に向かう可能性もございます。あらかじめご了承ください」のいわゆる「条件付き運航」となりました。これって熊本空港ではけっこうあるのです。ともあれ、あとはお天気任せです。飛行機は高度を上げて最初から純白の雲の上を1時間以上飛び続けました。そろそろ熊本市内が見えるだろうと思っていました。何と市内はパスして視界が開けたのは着陸45秒前でした。 |
早出し夕刊(60) : 巣立ち?と雲行き 2020/06/18 Thu (9:52am) 7118
3月1日から3ヶ月半の「巣ごもり」でしたが、ついに「仕事」に飛び立ちました。最後の2月27日は小牧からFDAで帰熊していました。そして今回は熊本から小牧へ同じFDAとなりました。全路線で便数が削減されていてFDAの名古屋便再開も少し前のことでした。やはり便の都合から帰路はANAにしていました。
ここから行程や仕事の様子などを書いていく予定でいました。ところが先ほどANAからメールが入ってきました。熊本周辺の天候を調査中とのことです。九州が大雨になりそうで、プロペラ機は計器着陸ができません。まさに雲行きが怪しくなってきました。10時45分までに確定するといいます! |
「見通し力」と「信用」 2020/06/18 Thu 7117 昨日の続き
石でも貝でもかまわないが、「お金」の起源は興味深い。それは物を交換するための大発明である。こちらに手に入れたいものを得るために「お金」という道具を「手段」として使う。モノを渡した方に「当座は欲しいものがない」場合でも交換が成立する。そのときは「お金」をもらうことで終わる。
もちろん、自分に何かが必要となれば、それを使って目標を達成することができる。そこには「信用」という前提が存在している。今ではなく、あとになってから「お金」が使えることが、関係する人たちの間で了解されているのである。そうでなければ、「そんな石や貝なんぞいらねえ」と拒否されればおしまいになる。そこには「社会」があり、「信用」を基礎にした「交換制度」が成立していたのである。
「信用」は「将来を見通す力」と深く関係している。ある研究者の話で、ゴリラだったかチンパンジーだったか忘れたが、彼等は病気から回復すると平和そのものらしい。「また同じような病気に罹ったらどうしようか」といった不安がないように見えるという。これが事実であれば、将来の交換可能性を踏まえた「お金」は人間ならではの発明になる。 |
早朝夕刊(59) : 80万台の衝撃 2020/06/17 Wed (5:12am) 7116
昨年の出生数が86万5235人だったことが厚生労働省の人口統計で明らかになった。前年と比べて5万3166人の減で、90万人の大台を割ったのである。われわれ団塊の世代が生まれた1947年は267万9千人、48年が268万2千人、そして1949年には史上最多の269万7千人に達した。この3年間で805万5千人にもなる。
その後は減少し続けて、2016年には100万人の大台を切った。これはかなりの衝撃だったが、それからわずか4年にして80万人に突入したわけだ。
これにもまた「うーん」と唸ってしまった。出生数の統計を取り始めたのが1899年明治32年というが、それから121年、初めて100万人を切ったのである。 |
早朝夕刊(58) : 個人差と状況力 2020/06/16 Tue (5:12am) 7115 昨日(早朝夕刊)の続き
「リスク」の評価に個人差があることは事実であり、それが日常の行動にも現れる。ただ「リスクが現実になった状況」ではそのときどきの状況が行動を決定する。
たとえば、自分の子どもが海や川で流されたとき、親は自分の命そのものが失われる確率など計算をするはずがない。その結果、子どもが助かる一方で親が命を失ったというニュースに心を痛めることになる。ただし、この場合でも「リスク評価」に「個人差」があって、親と言えども「他者に助けを求める」可能性はある。
また、そこに「瞬間的」な「リスク評価」は含まれているが、状況的には緊急事態発生に対する「危機管理的行動」とも考えられる。 |
「物々交換」と「お金」 2020/06/17 Wed 7114 昨日の続き
生きていくために必要なモノを持っている者同士が交換する。これは言わば「直接的交換」であり本能的反応に近い。そのレベルであれば動物の世界でもやっているかもしれない。ただ多くの場合は同種の動物でも奪い合いの要素の方が強そうな気はする。そうした戦いの結果、勝ったものが生き残るのではないか。
アリなどは人間のように集団で行動し、協働・協力によって共同体を構成しているように見える。その振る舞いだけを記述すればたしかにそうなる。しかし、それは「本能的反応」と考えるべきだろう。つまりは意図的・意識的であることを前提にした「行動」ではない。それは生得的なものであり、「反応」にすぎないのである。
これが人間の場合は違っていると思われる。単純な「物々交換」が最初は偶発的行われた可能性はある。しかしその「効用」が認識されれば直ちに「意図的・意識的」なものとして日常化していっただろう。その時点から、それは「しくみ」や「制度」になる。そして「物々交換」が「同じモノ」を仲介にした交換に移るきっかけはどんなものだったのだろうか。石や貝殻が「お金」になったのはいつだったのか。 |
Short shot(57) : 「大独裁者」 2020/06/16 Tue (5:49am) 7113
チャップリンの独裁者を初めて観た。原題は〝The Great Dictator〟だから「大独裁者」とすべきだろう。あの「歴史に残る独裁者」が主人公なのだから。それに風貌はまるで「そっくりさん」である。ただしチャップリンは〝Tomainia〟の独裁者〝Adenoid
Hynkel〟と「ゲットーに住むユダヤ人の床屋」を二役で演じており、真の「主人公」は後者にすべきだと思う。アメリカでの公開は1940年だが、わが国では1960年のことである。 |
Short shot(56) : パンを求めて190km 2020/06/16 Tue (5:49am) 7112
新型コロナウイルス感染の拡大に対応してイギリスで外出制限が出されていたときのお話である。時速180kmもの猛スピードで走っている車が捕まった(5月2日
熊本日日新聞夕刊)。その理由が笑える。パンが地元より1ポンド133円ほど安いことから、これを買うために190km以上も離れたロンドンへ行った帰りだったらしい。車には男の子二人も乗っていたという。ちなみに1ポンドは450gほどで、日本の1斤とほぼ同じだそうな。 |
早朝夕刊(55) : 「リスク」は「確率」 2020/06/16 Tue (5:29am) 7111 昨日(早朝夕刊)の続き
そもそも「リスク」は「現実に存在する現象」ではなく、そうした事態が発生する「確率」の問題である。英語辞書では〝 the possibility
that something unpleasant or dangerous might happen.(macmillan dictionary)〟と定義している。ある辞書は〝chance〟を使っている。
ともあれ、人がある行動によって「死に至る確率が高い」と考えれば、あえて危険を選択しないという仮説はあり得る。これを前提にすれば無謀なと思われる行動をとる人間は、問題が発生する確率を低く評価していることになる。しかしそれは可能性の一つに過ぎない。個々人の行動はそれぞれが置かれた状況によって大きく影響される。 |
「手段」の「目的」化 2020/06/16 Tue 7110 昨日の続き
それにしても、「地位」に対する広辞苑の【①くらい。身分。②立場。】は精選版 日本国語大辞典や明鏡国語辞典に含まれる「社会や組織」が欠落している。この点で広辞苑は今ひとつである。
さて、二日連続で「目的」「手段」「 地位」の辞書的な意味合いを確認してきた。そこでいよいよ本番だが、「目的を達成するために手段がある」ことには異論がないだろう。その上で、本来は手段だったものがいつのまにか目的に変わってしまうケースの多いことがしばしば話題になる。
その典型的なものが「金(かね)」である。人間は一人ですべてを生産できないから必要なモノを他人から手に入れなければならない。原始の時代は「物々交換」で済ませていたが、そのうち腐敗したり壊れたりしにくい「貝殻や石など」が交換を媒介することになった。これを「物品貨幣」と呼んでいる。原始人が大きな丸い石を間に挟んで対面し、双方が必要な物をやり取りしているマンガを小学生のときに観たことがある。同じ「物(ぶつ)」でも「布や穀物、さらには家畜」などは「それ自身」が使える、つまりは「使用価値」を有しており、「商品貨幣」と呼ばれる。 |
Short shot(54) : 「判例」と「前例」 2020/06/15 Mon (6:33am) 7109 昨日(Short shot(50))の続き
一般社会で「判例」に当たるのが「判例」である。これが裁判と同様に人々の行動を制御する。その典型がいわゆる「前例踏襲主義」だが、これはお役所の「専売特許」でもない。そもそも多様な背景をもつ人々の個別状況をすべて斟酌していては仕事が進まない。そこに「前例」があれば対応が容易になる。「どうしてなのか」と追及されても「これまでもこのようにしていますので…」と答えれば、自分の責任でないこともアピールできる。 |
Short shot(53) : 歴史は繰り返す 2020/06/15 Mon (5:29am) 7108 昨日(Short shot(49))の続き
国やそのトップが様々なことに「自分たちに都合が悪い」と評価する。その上で、これに対応した統制的なシステムをつくる。こうした事態は人間の歴史で繰り返されてきた。そのときどきで「力」を持っている側の「自由』が圧倒的多数の「自由」を奪う。まさに「抑圧」の歴史である。こうした問題状況に陥らないために「三権分立」といった制度が発明されたと。また、国のトップを直接・間接的に選挙で選ぶのもその対応策なのである。 |
早朝夕刊(52) : 「リスク判断」の個人差 2020/06/15 Mon (5:29am) 7107 昨日(早朝夕刊)の続き
人が行動を起こすとき、それに伴う「リスク」の判断基準に違いが生まれる、普通に考えれば無謀としか言いようのないことをする者たちがいる。 そもそも「人間は死を恐れ、可能な限りそうした事態が起きることを避けようとする」とは言えるだろう。
しかし、それもあくまで一般論であり、「自らの死を全く恐れない人はいない」とは断言できないのである。
仮に「死ぬことを恐れる」としても、その対応には相当な個人差がある。まさに「石橋を叩いて渡る」人がいてもいいし、「石橋を叩いても渡らない」人がいてもおかしくない。その一方で、橋がないのに、川を飛び渡ろうとする人間だっているのである。 |
「地位」 2020/06/15 Mon 7106 昨日の続き
昨日は【目的】と【手段】の辞書的定義だけで終わってしまった。 じつは、これに【地位】を絡めて考えるつもりだったのである。
そこで「地位」についてもいくつかの辞書を探すと次のような語義が提示されている。まずは広辞苑【①くらい。身分。②立場。③存在する場所。位置。④土地のありさま。地勢】と様々である。精選版
日本国語大辞典も内容はほぼ同じだが、たとえば【①社会や組織などの中での、その人の置かれている位置。その人の身分や能力などの段階。くらい。】とかなり丁寧に記載されている。また明鏡国語辞典は【社会やある組織の中で占めている立場。身分。】と二つの辞書の①に限定している。ここで気づいたのだが、このところ国語辞書として引用しているのはカシオの電子辞書
Ex-word に搭載されているものである。従来の辞書版ではもう少し詳しい記述があるのかもしれない。
ところで「地位」といえば、私はこれまで①と②の意味だけで使ってきた。それが「存在する場所や位置」また「土地のありさまや地勢」までも表現することを初めて知った。これだから人生は長生きするものだ。ありがたや、ありがたや…。 |
Short shot(51) : いろいろ「ラジオ体操」 2020/06/14 Sun (5:35am) 7105 6月10日(Short shot(34))の続き
いい時代である。ラジオ体操はYouTubeを使えば放送時間に拘束されない。それも「いろいろ」あって楽しい。そこで「今日はこれでいこう」と毎日のように選択する。さらに個々の「動作」のポイントをていねいに解説するものもある。これでより効果的な運動が実現できる。何と言っても「巣ごもりフリーター」だから時間については超裕福なのである。そうは言っても「規則正しく」も大事だから体操は9時までには終わっておきたい。 |
Short shot(50) : 「判例」「前例」踏襲問題 2020/06/14 Sun (5:35am) 7104 昨日(Short shot(47))の続き
「判例」や「前例」が幅を利かせるとなると、それらが誤っていた場合、真の問題解決はできないまま放置され続ける。裁判では、かなり稀なようだが最高裁判所がそれまでと異なる判断をすることがある。その際はマスコミでも大きな話題になる。世の中が変われば裁判所の「解釈」にも変化が生じるわけだ。ただし、最高裁の判事たちは「軽々しく解釈を変更するわけにはいかない」という心情を抱き続けているのではないかと推測する。 |
Short shot(49) : 永遠の問題 2020/06/14 Sun (4:55am) 7103 昨日(Short shot(45))の続き
トランプ氏の「文句の正当性」は措くとして、SNSの内容を「誰」が「評価・判断するのか」が問題になる。この点についての異論はほとんどないと思う。その上で、「この問題は永遠に問題であり続けるしかない」というのが私の結論である。つまりは、そのときどきの力関係がこれを決めるのである。国がその力を発揮しているケースもある。またトランプ氏の言い分もご本人の「基準」で「判断」すれば「フェイクだ」となるのである。 |
早朝夕刊(48) : 人生とリスクテイキング 2020/06/14 Sun (4:55am) 7102 昨日(早朝夕刊)の続き
われわれは「リスク」と共生していかねばならない。そして、多くの場合は意識しないままに「自分として無視できるあるいは許容できる」範囲内で行動している。
「リスク」と言えば、心理学で「リスクテイキング」という用語が使われる。それは「リスク」の存在を認識した上でリスクを伴う行動をとることとされる。これに対して「人間のあらゆる行動には『リスク』がある」と考えるならば、われわれの人生は「リスクテイキング」の連続であり、その積み重ねからできあがっていくことになる。これを「意識する」ものに限定しても、それを「リスク」と判断するかどうかの基準は人によって大いに違っている。 |
「目的」と「手段」 2020/06/14 Sun 7101
【目的 ①成し遂げようと目指す事柄。行為の目指すところ。意図している事柄。②〔哲〕意志によってその実現が欲求され、行為の目標として行為を規定し、方向付けるもの。】【手段
目的を達成するための具体的なやり方。てだて(ともに広辞苑)】
日ごろから「する」はいいとして、「やる」は話しことばならまだしも、文章で使用するのは上品でないと思っていた。たまたま、「目的」と「手段」を広辞苑で引くと「手段」の語義として「やり方」と記されていた。「おやおや」と思って「やり方」を観ると「遣り方:物事を行う方法。しかた」とある。ついでに「やる」まで足を伸ばしたら「遣る・行る」と表記することがわかった。また「勉強をやる」「やるだけのことはやった」「給料だけではやっていけない」など、日常会話でなじみのある文例に遭遇した。これからは「やる」も大いに使うことにしよう。
こんなことを前期高齢者後期になって書いていては笑われるかもしれない。しかし、私としてはいつになっても知ることは楽しい。今日は「目的と手段」を「地位」と関連づけて取り上げるのが「目的」だったのだが、脇道に逸れた。 |
Short shot(47) : 「前例」と「真偽」 2020/06/13 Sat (10:19am) 7100 昨日(Short shot(42))の続き
「先例」「前例」で「真偽」を[判断する」となれば、「本当は『偽』であっても『真』だとする可能性」を否定できない。「この人の言っていることは『嘘』の可能性もあるけれど、『これまでの例』では『本当だと考えましょう』と言ってきてるもんね」。現実の裁判がこれほど単純な判断に基づいて展開されているはずはない。しかし、すでにある判例も頭に入れながら「ストーリー」を創りあげていくことはたしかなのではないか。 |
Short shot(46) : テレワーク初仕事 2020/06/13 Sat (7:10am) 7099
昨日、 Google meet でプロジェクトの打ち合わせをした。先方は熊本県内の企業である。 午前10時から1時間20分ほどの情報交換だった。すでに
Skype やZoomは体験ずみだったが、リモートを本格的な仕事の打ち合わせに使ったのは初めてだった。その結果は十分に満足できるものになった。県内とはいえ、車で片道1時間ほどのところだから往復2時間かかる。これに時間の余裕をプラスして移動すると総計は2時間30分くらいは必要になるだろう。また確率は極めて低いものの、交通事故に遭遇する心配もしなくていい。 |
Short shot(45) : 誰の基準? 2020/06/13 Sat (6:08am) 7098 昨日(Short shot(41))の続き
トランプ氏は世論調査で高い不支持率を出した CNN にも「いい加減だ」と大批判している。両者はまさに犬猿の仲模様である。世論調査に潜む問題は措くとして、大統領のツイッターに「警告」を付けた件に戻ろう。そもそも何かをする際には「誰か」がかかわっている。問題の警告も「誰か」が設定した基準によって判定する。それが直接にはAI機能を備えた機器であっても、事前に基準を与えて運用している「誰か」がいるのである。 |
早朝夕刊(44) : 〝Living with Risk〟 2020/06/13 Sat (6:08am) 7097 昨日(早朝夕刊)の続き
そもそも「生きる」ことは「リスク」とのやり取りにあふれている。どんなに穏やかな毎日を送っていても、外に出れば交通事故の可能性はゼロでない。歩行中に思わぬものが落下してきて命を失う悲惨な事故も起きる。あるいは「想定外(?)」の天変地異に巻き込まれることもある。今回の「コロナ禍」も「リスク」の典型である。
そもそもリスク抜きの人生など考えられない。われわれは〝With Corona〟も含めて〝Living with Risk Spirt〟を磨きながら生きていく力が求められているのである。そうなると、個々の「リスク」を評価することが必要になる。どの程度の「リスク」であれば許容できるのだろうか。 |
命は地球より重い 2020/06/13 Sat 7096
「一人の生命は地球より重い」。これはハイジャック事件の際に身代金を支払うとともに服役中の受刑者を釈放するに当たって、福田赳夫内閣総理大臣が発したことばである。ここで「命」とはハイジャック機で人質になった乗務員と乗客のことである。
1977年9月28日、日航機がハイジャックされバングラデシュのジア空港に着陸した。日本政府は犯人グループの要求に応えて身代金600万ドル(当時のレートで16億円)を支払い、指名に応じた6人を釈放した。このうち二人は殺人犯で政治的・思想的背景はなかった。
本事件の詳細は省いて、ここでは「一人の生命は地球より重い」という判断について考えたい。これは「ことば」の意味としてはこの上なく正しい。もっとも、「人の命」の重さ・大事さをほかの何かと比較すること自身が問題ではある。その重要性は絶対の価値をもっているからである。したがって、命を毀損するものがあれば、それは無条件に悪であり、それらを排除するのは当然である。そうした事態を目の当たりにして手を拱いていることがあれば、それは犯罪行為である…。
この一連の「文章」にどのくらい問題があるだろうか。 |
Short shot(43) : 「かな」かなあ? 2020/06/12 Fri (12:25pm) 7095
今朝の NHK ニュースで「店舗の感染拡大予防ガイドライン」の運用についてレポートしていた。その中で衣料品店の取り組みが取り上げられ、感染制御の専門家がアドバイスしていた。そして、現場で得られたノウハウを社会で共有することの重要性を指摘し、「ある店舗でいい取り組みがあったらそれを広めてもらうことも大事なことなので、どんどん進歩させていくということが大事なのかなと思います」。ここで「かな」かなあ? |
Short shot(42) : 「先例」「前例」「判例」 2020/06/12 Fri (11:58am) 7094 6月10日(Short shot(32))の続き
大脳の分析によって発言の「真偽」が判定できないとなれば、そのために「何らかの評価基準」が必要になる。その一つが「先例」である。裁判では「判例」がこれに当たる。それは「前例」主義と言える。法律に具体的なすべてのケースを書き込むことはできない。そこで「法律のプロ」である裁判官が、個々の状況を「解釈」して判決を出す。これが「判例」として法律と同じほどの影響力をもつ。とくに最高裁判所の判例はきわめて重い。 |
Short shot(41) : 驚きツイートの元祖? 2020/06/12 Fri (6:10pm) 7093 昨日(Short shot(38))の続き
そもそもツイッターなるもので自分の主張を、しかも人々を驚かせるそれを発信しまくった最初の政治家はトランプ氏だったのではないか。その前にも同じことをした政治家がいたかもしれないが、何せ彼は世界でも最も影響力ある「アメリカ大統領」なのだ。その人が個人的な生活や趣味を語るのであればいざ知らず、政策にかかわることを「彼らしい表現」で投稿しまくった。最初は世界中が驚いたと思うが、みんなすぐに慣れてしまった。 |
早朝夕刊(40) : 「拙速」と「リスクテーキング」 2020/06/12 Fri (6:10am) 7092 昨日(早朝夕刊)の続き
客観的かつ冷静な分析を伴わない「不敗の幻想」は「拙速」につながり、過度の「リスク」を背負い込ませる。後者は「リスクテーキング」と名付けられ研究も行われている。ともあれ「負けるはずがない」のだから「すぐにでも行動に出ないのは時間の無駄」なのである。
ここで影響力ある人間が「『攻撃は最大の防御』と言うではないか」と言えば、「集団の空気」が「前のめり色」に染まる。この点は後で検討する「斉一性への圧力」とも密接にかかわってくる。それが「危うい」ものになりやすいことは容易に想像できる。 |
「90万円×5」? 2020/06/12 Fri 7091
まずは私が100万円をもっていて、A銀行に貯金をしていました。あるとき、あるものが必要になったので、自分の預金を担保にしてA銀行から90万円を借りました。そしてあるものを90万円でBから買いました。Bはその90万円でCから商売の道具を手にれました。CはBに売ったものと同じ道具をつくるために、Dから90万円分の材料を仕入れました。Dは自分のところに在庫がなくなったので、Eに材料を買いに出かけました…。
どこまでいっても終わりのない「売り買い」の物語である。銀行はこの日の最初に私の要望に応じて90万円だけ貸したのである。ところが、その90万円が、私からEまで5人の間を移動し、各人が「買い物」をして「必要なもの」を手にしている。これが経済の働きだといういうものだろう。
いま「資本論」第3巻第二部(岩波書店刊)の「文字」を「見る」作業の真っ最中である。そこで上記のようなことが書かれているのではないかと「勝手に推測」するに至った。それが正しいのかどうかはわからないが、私としては「それでいいじゃない」の気分である。何と言っても「文字」を「見ている」だけなのだから…。 |
Short shot(39) : 音声認識ソフト 2020/06/11 Thu (2:27pm) 7090
その昔、「ドラゴンスピーチ」という音声認識ソフトがあった。これを購入してしばらく試してみたが、完成度は今一つだった。あらかじめ準備された文章を読んで自分の声を学習させる段取りもあった。それにヘッドセットをつけるのも面倒だった。じつは録音していた講演の録音起こしに使うことを考えたがほとんど役に立たなかった。そんなこんなで、私としては「まだまだだなあ」という評価をして、音声認識は頭の中から消えていた。 |
Short shot(38) : 誰かが判断している 2020/06/11 Thu (5:37am) 7089 昨日(Short shot(35))の続き
頭にくると直ちに行動する。それを「フル感情で」が「トランプ氏らしい」と片付けることはできる。しかし、ツイッターに投稿(?)された内容に「警告」を附す判断を誰がするのかを考えてみるのも意味がある。トランプ氏の目には、ツイッター社が自分に不利な内容のものはフェイクであってもチェックなしで載せていると見えるのだろう。私にその評価はできないが、「誰か」が「何らかの基準」を基に「判断」しているのは疑いない。 |
Short shot(37) : 「発言の事実」「内容の真実」 2020/06/11 Thu (5:14am) 7088 昨日(Short shot(32))の続き
裁判では被告人が述べたとされる調書が重要な役割を果たす。また法廷での「発言」も重要な「事実」だろう。ただし、「発言した事実」と「その内容が真実であること」は別物である。実物の「調書」を見たことはないが、これも「事実」と「認定された」ものの「一部」が記されているのだろう。その内容は訴追する側、つまりは検察の「ストーリー」に沿った「表現」になっているのではないか。そもそも取り調べでの「えーっ」「うーん」「えっ」などまで書き込んでいたら、まともな「ストーリー」として成立しない。 |
早朝夕刊(36) : 「ウサギ症候群」 2020/06/11 Thu (5:14am) 7087 昨日(早朝夕刊)の続き
ことが「勝負」となれば、「勝利」が目標になる。それも可能な限り「確実」なものにしたい。そしてできれば早く決着をつけたい。それに伴う様々なコストを抑えることができる。それが戦闘であれば人命喪失という究極のコストがかかるのである。それを考えれば、「自分たちが負けるわけがない」などと「ウサギ症候群」に感染して「昼寝」などしている余裕などあってはまずいのである。しかしながら、「言うは易く行うは難し」は古今東西を問わず全人類に当てはまる究極の真理のようだ。「ウサギ団」では「自他の状況や力」の分析はそっちのけで、「早くやってしまえ」といった声が大きくなるのである。 |
「する側立場」「される立場」 2020/06/11 Thu 7086 昨日の続き
記名を求める「上司評価」に部下側から「遠慮して正しく評価できない」「名前を書いた評価表がどんな扱いになるのか」といった声が出るのは当然である。これに対して評価されるある課長は「遠慮もわかるが、評価にはそれなりの責任がある」と記名に理解を示している。
さてさてこの課長さん、ご自分は記名式で正直に上司の評価ができるのだろうか。あるいは何の抵抗もなく思っている通りの回答をされるのだろうか。人は「する立場」と「される立場」で評価をいとも簡単に変える。興味深いことに、無記名による結果がいいと「部下がゴマをすっている」と笑いながら分析する上司もいる。これに対して私は「ゴマをすっていると本気で思われるのであれば、部下から正直に回答してもらえる関係をつくりましょう」と伝えることにしている。あるいは「それがごますりの結果だとしても喜んで受け入れましょう。そして気持ちよくこれまで以上にリーダーシップの発揮に力を注ぎましょう。そうすればゴマの程度はドンドン減っていきますよ」とも話す。
匿名による評価の結果の捉え方そのものが、「リーダーシップ力」を反映しているのである。 |
Short shot(35) : 大統領のカチン 2020/06/10 Wed (1:58pm) 7085
世の中で起きるあらゆる事象には「光と影」がある。どちらかが「100%正しい」なってことはあり得ない。そのことをいつも頭に置きながら自分の目につく出来事を見ていきたい。先月の29日、トランプ大統領がSNS企業にプレッシャーをかける大統領令にサインした。自分が挙げたツイッターに「事実であることを確認する」よう促すチェックをつけられてカチンときたらしい。これを「この人らしい情緒的行動」で片付けることはできる。 |
Short shot(34) : ワンサカ「ラジオ体操」 2020/06/10 Wed (5:40am) 7084 昨日(Short shot(30))の続き
「粘着質」を自認する私だから、「ラジオ体操」もはじめると止まらない。それでもワンパターの繰り返しでは刺激がないが、そんな心配はまるで無用である。いまや
YouTube の時代である。検索一発、「ラジオ体操第1、第2」はワンサカ出てくる。各地の「方言版」もあれば、英語版まで揃っているのである。さらに各動作の目的と方法を解説する動画も準備されている。そんなわけで、私の体操は正統派だという自信がついてきた。 |
「巣ごもり記(16)」(33) 2020/06/10 Wed (5:10am) 7083 5月29日の続き
3月13日は聾学校の卒業式でした。私も出席の予定でしたが、最小限の規模で実施することになり出かけませんでした。こうして「巣ごもり」の続く3月は2週間ほどが過ぎていきました。日記を見ると、15日まに外出したのは4日でした。まさに想定外と言うべき、小学校入学以来はじめての「長期巣ごもり」となったのです。このとき自分が「正真正銘のフリーター」であることを体感しました。わが家に居つづけて済むのですから…。 |
Short shot(32) : 「信じる」か「信じない」か 2020/06/10 Wed (5:10am) 7082 昨日(Short shot(29))の続き
最先端の大脳研究でも「思考の中身=個々人の発言内容」の確認はできない。そうなると、「それを信じるか」「信じないか」の選択肢が残される。そこで、そのいずれかを決める基準が必要になる。裁判ではその判断を裁判官、さらには裁判員に委ねるのである。そうかと言って、それが「恣意的」かつ「そのとき勝負」ではまずいに決まっている。そうした場合に重要になるものとして、「先例」と「常識」さらには「可能性」などがある。 |
早朝夕刊(31) : 「ウサギとカメ」状況 2020/06/10 Wed (4:55am) 7081 昨日(早朝夕刊)の続き
自分たちが負けるはずがない。まさに「不敗の幻想」である。 その根底に「自分たちの力」に対する「過信」がある。それは「自らの力を客観的かつ冷静に評価できない」ことの結果である。さらに「相手に対する評価」にも影響を及ぼす。敵の能力を見誤るのである。
こうした「過信」を生み出す要因の一つは「過去の経験」だろう。これまで一度たりとも負けたことがなければ、今度も同じに違いない。そんな気持ちになる。あるいはなりたくなる。そこに「ウサギとカメ」状況が生まれるのである。そうなれば「過信」はいとも簡単に「油断」を呼び起こす。こうして、その場は「楽観的雰囲気」に支配される。 |
情報視力 2020/06/10 Wed 7080 6月8日の続き
熊本市が17年前に実施した「上司評価」の記事だが、回答を提出しなかった部下の声も掲載されている。「制度の考えには賛成。でも、名前がわかるとなれば遠慮して正しく評価できない」と「こぼしている」という。また「提出した職員」の「身近にいる部下が一番正確に評価できると思っているが、名前を書いた評価表がどんな扱いになるのか」と「不安げ」に語っている。
前者の「こぼす」、後者の「不安げ」は本人の言なのか記者の推測なのかはわからない。このあたりは報道を含めて情報を得る側が意識しながら読む必要がある。それは「客観的な事実」と「主観的な推測」を識別する力である。
私は永いこと大学で「教育情報科学」と題する講義をしていた。このときに「いの一番」に強調していたのが「情報視力」である。ラジオであれば「情報聴力」が適切だろうが、そこはもっとも感度のいい「視力」で代表させた。いっそのこと「情報五感」、さらには「情報第六感」まで含めることも考えたが、私としては「情報視力」にまとめた。そんなことで、文末が「しそうだ」で終わる記事も概ね書く側が「推測している」と考えて読んだ方がいい。 |
Short shot(30) : 父と「体操」と「ランニング」 2020/06/09 Tue (4:55am) 7079 6月6日(Short shot(20))の続き
ラジオ体操をするたびに小学生時代が目に浮かんでくる。私が5、6年生のころであるが、父と毎朝いっしょにラジオ体操をした。わが家には乾電池式のポータブルトランジスタラジオがあり、それを庭先に出して放送を流した。父は家計の事情など考えないで突如としてこの手のものを買い込む傾向があった。ラジオ体操第2まで終えると、次に二人で走った。海岸に延びる堤防の道で、その距離は片道300mくらいはあったのではないか。 |
Short shot(29) : 虚偽の証明 2020/06/09 Tue (4:55am) 7078 昨日(Short shot(27))の続き
自分のおあおり行為でバイクが転倒したとき、「(ああ、やってしまった)これで自分の立場や生活が終わった」と思わず「はい、終わり」と言ってしまった。これを聴いて「それはそうかもしれない」と頷くものは皆無と言っても過言ではないだろう。しかし、「それが100%虚偽だと証明する証拠を出せ」と言われたら、それを実証できる科学的根拠は示せないのである。そもそも人間として「そんな発想は許せない」とは言えるけれど。 |
早朝夕刊(28) : 楽勝の空気 2020/06/09 tue (4:55am) 7077 昨日(早朝夕刊)の続き
そもジャニスはケネディ政権の「ピッグス湾侵」作戦が「集団止考」に陥った要因を「3つのタイプ」に分類している。それは「タイプⅠ 自らの集団の力と道徳性に対する過大な評価」「Ⅱ
閉鎖的な心理傾向の強まり」、そして「Ⅲ 集団として一つの結論に至るべきだという圧力」である。
まずは「タイプ Ⅰ」だが、「われわれが負けるわけがない」という自分たちの力に対する過信が問題になる。とくに当時のアメリカから観ればキューバはカリブ海に浮かぶ小さな島に過ぎなかった。軍事力に至っては比較する気も起きなかったに違いない。そうしたことから、「意思決定の場」は「楽勝の空気」にあふれただろう。 |
合格発表「前日」 2020/06/09 Tue 7076 6月5日の続き
九州大学の合格発表は3月16日午前零時だった。その「前日」である15日に私がとった行動を翌日の日記に記している。
その日の午前中は願書を提出していた大阪外大の受験勉強をしたようだ。ただし午後からは「あまり気乗りせず」の状態になって、なぜか「ハーモニカを買いに天神」へ出かけている。小学生のときにハーモニカが一応は吹けるようになっていた。
それから室見の寮に帰り、隣室だった大学生の寿崎さんと中洲の映画館に行っている。その当時は二本立てが普通だったが、映画館を出たのが19時ころだった。
それから母校の福岡高校に寄ってから九州大学へ向かった。寿崎さんも一緒だから誰かに会いに行ったのではなく、校舎をぐるっと回った程度だったのではないか。中洲までは市電に乗ったはずだが、その後はすべて徒歩である。
どんな経路をたどったのか不明だが、九大の正門に着いたのは22時少し前で、発表まではまだ2時間もあった。そこでさらにブラブラしながら西鉄宮地岳線の貝塚駅まで足を伸ばしたようだ。映画を観ている時間を除いて、この間に寿崎さんとどんな話をしたのだろう。ここまで書いてふと笑いがこぼれた。 |
Short shot(27) : 驚愕の「ストーリー」 2020/06/08 Mon (6:06am) 7075 昨日(Short shot(24))の続き
被告が自分を護るための「ストーリー」に驚愕するケースに遭遇することがある。バイクの大学生を煽って死亡事故を引き起こした事件があった。事故が発生してから10秒ほど経過したところで、被告のドライブレコーダーに「はい、終わり」という声が記録されていた。被告はこれを「自分の立場や生活が終わった」という意味だったと発言したという。被告の頭の中は誰にもわからないから、その可能性を100%否定することはできない。 |
Short shot(26) : テレ講演? 2020/06/08 Mon (5:25am) 7074 昨日(Short shot(23))の続き
そもそも私は九州熊本という「遠隔地(自虐的?)」で仕事をしてきた。そこで県外から講演や研修でお声がかかると、「打合せ」に熊本まで来ていただくことが少なくなかった。その中には熊本が初めての方もいらっしゃって、「それはそれで有意義」ではあった。ただ、今回の劇的な外圧によって、その様相が激変するだろう。それは打合せに限らない。まだアイディアのレベルながら、ある方から「講演をZoomでしませんか」と提案された。 |
早朝夕刊(25) : たしかなリーダーシップ 2020/06/08 Mon (5:18am) 7073 昨日(早朝夕刊)の続き
そもそも「等質」のメンバーから構成される集団であれば、「リーダーシップ」はほとんど不要とさえ言える。まあ、全体の方向付けくらいは提示する必要はあるが、それも容易に受け入れられるだろう。そうなればとにかく先頭に立って、後ろを振り向くこともなく前に進めばそれでめでたしめでたしとなる。
これに対してメンバーの「異質度」が高ければそれだけ一つの目的に向かって集団としてまとめることにエネルギーが必要になる。その上で全体を効果的に動かしていくとなれば、専門的な知識や技術だけでなく、人を動かす知恵も力も欠かせない。まさに「たしかなリーダーシップ」が求められるのである。 |
記名式評価? 2020/06/08 Mon 7072 昨日の続き
熊本市の「上役評価」の回収率が1/4程度と低かった理由は明らかである。それは回答が「記名式」だったからである。
評価項目は、自分の上司が「部下の意見を聞くか」「部下の行動を信頼しているか」といった内容の20項目から構成されていた。これを5段階で回答するのである。担当した部局は「回答を記名にしたのは責任を持って評価してもらうためで、上司に名前を知らせることはない」としている。また評価される上司の「名前を出すのは当然。好き嫌いで恣意的に評価されてはたまらない」という声も載せている。
こうした反応を読んで私自身は苦笑いした。これでは回収率が低くなるのは当然である。仮に「恣意的に評価される」ことがあったとすれば、「そのこと自身」がすでに問題なのである。それは「部下を信頼していない」「そんな関係しかできていない」ことの裏返し反応と言える。それに「予想しなかった結果」になったときは、その原因を真面目に探求すればいい。そして管理職が自らの行動を変える行動に打って出れば部下の味方も変わるのである。
記事が掲載された2003年から17年が経過したが、いまどうなっているだろう。 |
Short shot(24) : 常識を超えた「ストーリー」 2020/06/07 Sun (10:00am) 7071 6月5日(Short shot(17))の続き
弁護士にもいろいろな人がいる。被告の冤罪を晴らすために人生をかけた正義の味方がいる。その一方で「悪徳弁護士」という表現もある。そんな人物が実在しているかどうかはしらないが、これは正義とは真反対の存在である。裁判に関しては報道から得る情報だけに限られるが、ときおり「どうなのかなあ」と首をかしげたくなるときもある。犯行の動機やその後の行動について常識では考えにくい「ストーリー」が展開されて驚愕する。 |
Short shot(23) : 外圧効果? 2020/06/07 Sun (5:03am) 7070 昨日(Short shot(21))の続き
パンデミックが現実のものとなって、「テレワーク」を余儀なくされた。その結果、テレビ番組の創り方も劇的に変わってきた。そもそも人間には「変化に対する抵抗力」が備わっている。それもかなり強力である。それでも「抵抗できない外圧」が加われば自分たちの意志とは関係なく変わらざるを得ない。あるいは無理やり変えられてしまう。それがマイナスになることもあるが、ときには「このほうがいいんじゃないか」と妙に感動する。 |
早朝夕刊(22) : 異質性とリーダーシップ 2020/06/07 Sun (5:03am) 7069 昨日(早朝夕刊)の続き
集団は構成員が「異質」であれば「様々な視点」から「多様な意見やアイディアが出る」点で優れている。そう言われれば、「ワンサカ意見が出ては収拾がつかなくなるんじゃないか。『船頭多くして船山に上る』ではどうしようもない」と反論したくなる。私もその疑問には200%賛成である。
そのとき「リーダーシップ」が重要なキーワードになることは、本「味な話の素」でも折に触れて強調してきた。組織のリーダーは「異質なメンバー」から「多様な意見」を引き出すとともに、最終的な「意思決定」段階においては「決定的な影響力」を発揮することが求められる。それが「リーダーシップ」なのである。 |
「逆」評価 2020/06/07 Sun 7068 4月28日の続き
さて、「上役評価を敬遠」という見出しの記事を読み進めてみよう。熊本市で「部下が上司の勤務形態や仕事を評価する」調査を実施したところ、「集計済みの市長部局分の回収率が約1/4にとどまった」という。このほかの部局は未集計のようだが、「提出は義務付けなかったが、実名としたことが敬遠されたとみられる」と続いている。これは市の担当者の声なのか記者が推測したことなのかわからない。市としては「評価した部下名は上司に伝えないと説明しているが、逆評価の定着には遠慮が大きな壁となったようだ」と、こちらは記者が推測している印象を受ける。
ここで「逆評価」と表現されていることから、それまでは考えられなかったものだという感じが出ている。これは2003年1月の記事だが、当時はそれが常識だったのである。私の恩師三隅二不二先生が提唱していたPM論は、リーダーシップの測定は「部下評価」によっていた。それは1960年代のことで、歴史的にきわめて早い時期から「逆評価」を当然のこととしていたのである。そのため、組織での「PM調査」はトップや担当者が「部下評価」の意義を理解したケースに限られていた。 |
Short shot(21) : 3つの新体験 2020/06/06 Sat (8:56am) 7067 6月4日(Short shot(14))の続き
来週は「Googleミート」で打合せをすることが決まった。もちろん「ぶっつけ本番」とはいかない。そこで昨日のお昼過ぎに10分ほどテストした。かくして私自身が1ヶ月の間に3種類の「リモート」体験をすることになった。今回の「コロナ禍」によって「テレコミュニケーション」への流れが一気につくられたのである。私の知人にも、現実に「テレワーク」をやってみると「けっこうできる」ことを体感したと言う人が少なくない。 |
Short shot(20) : 「ラジオ体操」の追加 2020/06/06 Sat (6:51am) 7066 5月12日(Hyper shot(31))の続き
腕立て伏せの効果(?)が見えて「やる気」が出た。そこで今度は「ラジオ体操」を「やる気」になった。それが昨年12月22日である。これまた「粘着質」の実力発揮で続けている。そして「コロナ渦」に襲われてからは自宅でのトレーニングメニューに組み込んだ。この時代、ラジオ体操は何種類も動画がある。体操とピアノ伴奏はおなじみのものだが、画像が違うとマンネリ感が抑えられる。これまた皆勤賞で子どものころを思い出す。 |
早朝夕刊(19) : 集団の特性 2020/06/06 Sat (6:51am) 7065 昨日(早朝夕刊)の続き
人間を含めて遺伝子をもつ細胞からなる「生物」は突然変異などの影響を受けながら今日に至っている。その過程で「等質」よりも「異質」の交配の方が有利な結果をもたらすことは周知の事実だろう。
これを「人間集団の意思決定」にそのまま適用することができる。まったく「等質」のメンバーが議論すれば、出てくる意見やアイディアも類似してくる。そうした状況では採用すべき選択肢も限られる。これに対して「異質」、つまりは多様な構成員がいれば、「様々な視点」から情報が出され、具体的な対応策もまた多様になることが期待される。かくして、集団活動における「異質性」の優位性が導き出される。 |
熊本市の「部下評価」 2020/06/06 Sat 7064 4月28日の続き
熊本市の「部下評価」に関する記事(2003年1月14日)からいくつかのことが頭に浮かんだ。まずは1980年代後半に熊本市の職員研修を阿蘇まで出かけて実施したことである。このときはご担当された方の歌が素晴らしくプロ並みだった。国立阿蘇青年の家(当時)での研修だったが、懇親会の様子が今でも目の前で展開する。
その後も「公開講座リーダーシップ・トレーニング」の話に合わせて「部下評価」について紹介していた。そうした流れの中で「部下評価」の記事に出会ったのである。ただし、それが「うまくいっていない」との印象を受ける内容だった。この記事をスクラップしながら、私は「おやおや、導入したまではよかったが成果は今ひとつか」と思ったに違いない。
恩師の三隅二不二先生は「リーダーシップは部下評価でないといけない」との方針を打ち出されていた。さらに「その結果はリーダーの自己啓発に使われなければならない」ことも強調されていた。そこで、企業組織で管理職のリーダーシップについて部下評価をしても、その結果はリーダー本人だけにフィードバックスし、人事考課のデータとして使用しないことになっていた。 |
Short shot(18) : 毎日、歯を磨くのは… 2020/06/05 Fri (5:28am) 7063 昨日(Short shot(15))の続き
私には「虫歯予防デー」の期間を除いて話す「虫歯予防デー物語」がある。すでに本欄でも触れたことがあるが、講演で「今日、歯を磨いていない方は手を挙げてください」と呼びかける。これまで「手を挙げた人」は一人もいない。それを受けて「磨いていなくっても手なんか挙げませんよね」と追加する。その上で「ところで今日は『虫歯予防デー』ではないのですが、ここにいらっしゃる全員が『歯を磨いている』のはどうしてなんでしょう」と問いかける。これに対してもあえて手を挙げる人はいたことがない。そこで私の方から「歯を磨かないと気持ち悪いですよね」とみんなの気持ちを推測して付け加える。 |
Short shot(17) : 「ストーリー」の構成 2020/06/05 Fri (5:28am) 7062 昨日(Short shot(13))の続き
そもそも裁判が「ストーリー」を必要としている。「この人は、『これこれこういう理由』で犯罪を犯しました。おしまい」とはいかない。犯罪の「事実」の前に「どうしてそうした行為が起きたのか」を語らなければならない。さらに犯罪行為が「このような結果をもたらした」こともストーリーに含める必要がある。これに被告の「意図」や「心情」にかかわる情報も求められる。そうでなければ裁判という「公式の儀式」は成立しないのである。また人類の歴史を通じて培われてきた知恵によって、被告の防御権も擁護されなければならない。そのために被告側には法律の専門家である弁護士がつけられるのである。
|
早朝夕刊(16) : 集団の特性 2020/06/05 Fri (5:28am) 7061 昨日(早朝夕刊)の続き
ジャニスが「集団止考」に陥りやすい集団の要件として「高凝集性」を挙げたことには異論もある。たしかに「まとまりのない」集団であれば、いとも簡単に「集団止考」現象が発生するに違いない。そうだとすれば、「凝集性の高い集団」であっても「思考停止」が起きるのだと言い換えてもいい。
これに関連して、集団を構成する人々の「等質性・異質性」も重要な要因になりうる。あるいは「類似性・非類似性」の問題である。これに関しては、基本的に「異質」、つまりは「非類似集団」の優位性を示す報告が少なくない。 |
大阪はどうする… 2020/06/05 Fri 7060 6月3日の続き
九大に合格したことから「大阪外大はどうしようか」と思った。すでに大阪行きの切符を購入し宿泊先も決めていた。本音を言うと解放感が高まって、受験よりも「大阪」に行ってみたいという気持ちがあった。小学生のときに祖父と伯母に連れられて大阪城に行ったことは憶えていた。まだ東京・大阪は抜きんでた大都市だった。そんなことで受験を口実にして「行ってみたい」と単純に思ったのである。「ついでに京都もいいなあ」とまで考えたかどうか記憶にない。
そのころの日記を見ると、合格発表から二日目の18日に身体検査があり、翌19日には両親と妹がいる長崎に帰省している。その日の日記には「父も待っているだろうと考えて長崎に帰った。父と握手!!これこそ私が待っていた瞬間だった」と記している。その後も「戸籍記載事項証明書」などを本籍の門司に取りに行ったりして、九大の手続きに時間がかかっている。そんなことで、「大阪に行かない」ことは既定の事実になっていった。
3月23日の日記には「大阪では外大の入試が行われたはずである。独語学科の144番の席は空席である。私がいま福岡にいるのだから」と書いている。 |
Short shot(15) : 「虫歯予防デー」 2020/06/04 Thu (8:24am) 7059
本日6月4日は「虫歯予防デー」、正式名称は「歯と口の健康週間」である。その歴史は古く、日本歯科医師会が主導して1928年から10年間は6月4日が「虫歯予防デー」とされていた。その後、「護歯日」「健民ムシ歯予防運動」「口腔衛生週間」「口腔衛生強調運動」「歯の衛生週間」など名称のめまぐるしい変遷を経て2013年からは「歯と口の健康週間」と呼ばれるようになった。名称が「週間」だから、4日~10日の7日間となる。 |
Short shot(14) : 「リモート」体験 2020/06/04 Thu (6:17am) 7058
私が話題の「リモート」をスタートしたのは5月になってからである。まずは「吉田塾」のメンバーのお一人と「Zoom」を体験した。また孫たちと「Skype」でやり取りをしはじめた。さらに兼ねてからお付き合いのある組織の方々5人と「Zoom」でミーティングとなった。お一人はワシントン住まいで、グローバルな双方向コミュニケーションが実現した。そして今度はある組織から「Googleミート」で打合せをする提案があった。 |
Short shot(13) : 「ストーリー」創り 2020/06/04 Thu (5:27am) 7057 6月2日(Short shot(6)の続き
われわれは他人が「記憶にございません」と発言したとき、「そんなわけないでしょう。嘘に決まってる」と言うことはできる。しかし、それが「本当に嘘であること」は証明できない。専門的なことはわからないが、被疑者の「自供」や「供述」は「自発性」や「任意性」が重視される。それが「強要」されたものであれば、圧力によって「創られる」可能性が高まる。その場合、追求する側が「創ったストーリー」に添ったものになっていく。 |
早朝夕刊(12) : いよいよジャニス 2020/06/04 Thu (5:27am) 7056 昨日(早朝夕刊)の続き
カストロ政権の転覆を狙ったアメリカの「ピッグス湾」上陸作戦の概要を見た。いよいよこの意思決定に対するジャニスの分析、つまりは「集団止考」を生み出した要因を取り挙げるところまでやってきた。
ジャニスは「決定」の過程を分析する前に、集団の「凝集性」が高いことを重要な要因としている。ここで「凝集性」とは「まとまる力」によってメンバーがその集団に魅力を感じて惹き付けらる傾向である。その魅力にも様々なものが考えられる。まずは「活動そのもの」、そして「所属しているメンバー」はその代表だろうが、「集団の名声」や所属することで得られる「利益=メリット」なども魅力になる。 |
伸び縮みの世界 2020/06/04 Thu 7055
世界中がパンデミック状態のもとでネット通販が売り上げを急激に延ばしている。その理由は素人にもわかりやすい。テレワークが進んでリモート会議にかかわるソフトや機材の会社の笑いが止まらないというのもわかりやすい。人の世は多様で仕事にしてもいろいろある。だから一方にマイナスがあっても、ほかのどこかではプラスになっている。
少子化が進み、未婚者が増える時代では結婚式場の需要は減少する。そのかわり老齢人口が相対的に多いから葬儀などに関連したビジネスには順風が吹いているだろう。われわれ団塊の世代は全員が70代を迎えているから、その傾向はしばらく続くに違いない。ただし葬儀も家族葬のようなこぢんまりタイプも増えていそうだ。さらに「コロナ渦」の影響で葬儀そのものが「3密」となれば、これを大々的に行うことができなくなってくる。
そうそう、今回の「マスク」や「消毒液」「心肺装置」の不足に対応して電機メーカーや自動車メーカー、酒造メーカーなど、これまで関わりのなかったところが製造に踏み切った。マスクに限らず、短期的には安いものが危機状況ではとんでもなく高くつくことも学んだ。 |
Short shot(11) : シスコの「グッドトッホ」 2020/06/03 Wed (5:45am) 7054
従兄が「グッドトッホ」と読んだのはもちろん冗談である。しかし、それから60年は経っているのに、「ホットドッグ」よりも「グッドトッホ」の方が頭に浮かぶ。ところで命名の起源は【20世紀始め、アメリカで使い始めた語で、漫画家ドーガンの造語とされる。この食べ物に犬の肉が使われているという噂に基づいて作ったという説と、犬のダックスフントの形から連想したという説がある。(精選版
日本国語大辞典)】後年、私はサンフランシスコで本場の「グッドトッホ」を口にして大いに感動した。 |
今月の写真(10) : バルーン 2020/06/03 Wed (5:25am) 7053
佐賀のバルーンミュージアムのフロアに展示されたバルーン。佐賀で「バルーンフェスタ」が初めて開催されたのは1980年である。いまや国際的に知られる一大イベントで、昨年の第40回大会には16の国と地域から約120機が参加し、観客は92万8千人にもなったという。それも今年は「コロナ渦」で10月30日~11月3日の開催は初の中止が決まった。佐賀平野の秋空にゆったりと浮かぶバルーンの群はただそれだけで画になるのだけれど…。 |
早朝夕刊(9) : 責任は誰よりも早く潔くtouann 2020/06/03 Wed (5:25am) 7052 昨日(早朝夕刊)の続き
敗戦となれば責任を回避するためにみんなが逃げまくる。そして「孤児が一人だけ残る…」。こう述べたあとケネディは続ける。"Further
statements, detailed discussions, are not to conceal responsibility because
I'm the responsible officer of the Government..." 「これ以上の説明や細かい議論をして責任を曖昧にすることはない。なぜなら政府で責任をもつべきは大統領である私なのだから」。
相当な意訳だが、「ピッグス湾作戦」が大失敗に帰したすべての責任を自らが認めたのである。私は、組織のリーダーは「謝らない誤りを犯してはいけない」と言い続けてきた。ケネディはそのモデルと言っていい。 |
九大と大阪外大 2020/06/03 Wed 7051 5月26日の続き
私の身辺整理中に「昭和42年度 大阪外国語大学 入学試験受験証票」がこぼれ出てきたことは5月20日に書いた。この年、私は九州大学と大阪外国語大学に願書を提出した。前者が「一期」で後者が「二期」である。九大の入試は3月3日から5日までの3日間だった。試験の教科は初日が「国語」「数学」、二日目が「外国語」「理科」、最終日は「社会」で12時に終了した。私の受験番号は2289番だった。当時は科目と時間は共通だが「文化系」と「理科系」に分かれていた。外国語は「英・仏・独」から選択する。検定料なるものは3000円である。
大阪外国語大学は「ドイツ語」で願書を出した。試験日は3月23日から25日までだが、最終日は「健康診断」で、[受験の必要のあるもののみ]との注意書きがある。試験は初日が「外国語」「数学」、二日目が「社会」「国語」で「理科」が入っていない。こちらの受験番号は第144番で、検定料は九大と同じ3000円である。
九大の合格発表は3月16日で、当時は合格者の名前を書いた掲示板が立てられた。それも「午前零時」といういかにも大時代的な演出で、何と合格発表のテレビ放送まであった。 |
Short shot(8) : 「グッドトッホ」 2020/06/02 Tue (5:53am) 7050
私が高校生だったか、従兄と福岡の大濠公園に行ったときのことである。彼がいきなり「あっ、『グッドトッホ』だあ」と大声をあげた。その目線の先にワゴン車が止まっていた。車体にはたしかに「グッドトッホ」と書いてある。いかにもわざとらしいが、誰だってそれが「ホットドッグ」であることはすぐわかる。ただ、船名と同じようにフロント側から「ホットドッグ」と書けば、横書を左から読むと「グッドトッホ」になるのである。 |
今月の写真(7) : あじさい 2020/06/02 Tue (5:53am) 7049
紫陽花は梅雨に似合う花。【あじ(あぢ)は「あつ」で集まること、「さい」は真藍(さあい)の約で、青い花がかたまって咲く様子から名付けられたと思われる。(精選版
日本国語大辞典)】子どものころ、雨の中で紫陽花の葉の上をゆっくり前進するカタツムリや鮮やかな緑のアマガエルが飛び跳ねるのを眺めていた。いまでは紫陽花はあるがカタツムリやアマガエルはとんと見なくなった。人間が彼等を追いやってしまったのである。 |
Short shot(6) : 大脳の中身 2020/06/02 Tue (5:53am) 7048 昨日(Short shot(2))の続き
現時点では「大脳」が処理している「中身」はわからない。だから容疑者が任意に「自供」した場合でも、そこに「自供したという事実」はあるものの、その「内容」の「事実」まで確認されたわけではない。本人の「勘違い」「記憶違い」などの可能性が「ゼロ」ではないからだ。その典型的な事例に「記憶にございません」がある。宣誓を伴う国会の証人喚問で登場した「究極の回答」だが、その真偽は科学的に評価できないのである。 |
早朝夕刊(5) : 勝ったとき、負けたとき 2020/06/02 Tue (5:53am) 7047 昨日(早朝夕刊)の続き
ケネディ大統領が引用した"Victory has...orphan... "は帝政ローマの政治家・歴史家であるタキトウスの言らしい。「戦に勝ったときには、100人があるいは1000人が『おれが、おれが』と自分の貢献を主張する」のは古今東西を問わないようだ。ちょっと意味は違うが、どこかの国でも誰かさんに「恥をかかせた」だの「花をもたせる」だなどと危機管理そっちのけの話が聞こえてくる。
その一方で、「戦いに負けたときは100人か1000人かしらないが、『ボクは関係ないもんね』と一斉に知らぬ顔の半兵衛」を決め込む。しかも「こんなことになったのは『あいつのせいだ』」と顔をしかめて一人に責任を押し付ける。 |
大相撲と子どもたち 2020/06/02 Tue 7046
大相撲夏場所は中止になった。これまでも敗戦直後に焦土と化した東京での開催が中止されたことはある。私はまだ生まれていないが、小学生のころから相撲に関してそのくらいの知識はもっていた。
あのころの日本のプロスポーツ界では大相撲はトップクラスの人気だった。おそらく野球と競い合っていたのではないか。そんなことで小学生たちが運動場で遊ぶ種目も相撲が多かった。野球は三角ベースにしても数人はいないと成り立たない。それに、ベースは地面に棒か足で描けばいいが、バットにボールさらにグローブまで必要になる。これに対して相撲は二人だけでは遊びにはならないとしてもとにかくできる。それに何と言っても道具がいらない。だから小学校では10分間の休み時間に3、4人もいればそれなりに楽しめた。
そんなわけで、とくに男子にとって相撲は人気のスポーツだったのである。小学生の子どもたちも誰かのファンだったし、私も本場所の中止に関する豆知識くらいはもっていた。今回の「コロナ渦」のもとで大阪の春場所は無観客で成立したが、夏場所はどうにもならなかった。それにしても今回の「コロナ渦」は想定外だった。 |
Short shot(4) : 全米のデモ 2020/06/01 Mon (5:24am) 7045
この数日、全米の都市でデモが発生し、コロナ関連のニュースを追い越してしまった感がある。一部では暴動の様相も呈しているから当然だろう。その原因は警官が黒人を逮捕しようとした際に相手を道路上に伏せて頸部を脛で押さえ続けた。それが8分46秒にも亘って死に至らしめたのである。その映像が繰り返して流される。ほかに警官がいるもののそれを止める様子はない。このところアメリカでは人種に関わる事件が連続している。 |
Short shot(3) : キーワード「変える」 2020/06/01 Mon (5:45am) 7044
私のネタに「変える、変える、ちょっとだけ変える」がある。これは「変える」を「かえる」や「カエル」に「変えれ」ばユーモラスな笑い話風にもなる。私は「対人関係」「リーダーシップ」「コミュニケーション」などの改善や「組織の安全」の確立などに焦点を合わせて仕事をしている。こうした「人間集団」に関わって発生する様々な現象・出来事を考えていくに当たって、「変える」は何としても欠かせないキーワードなのである。 |
Short shot(2) : 「事実」と「仮説」と「推測」 2020/06/01 Mon (5:24am) 7043 5月31日(Short shot(71))の続き
われわれが「事実」と呼んでいるものは「仮説」あるいは「経験」に基づく「推測」である。そこまで断言すると叱られそうだが、少なくとも「そうでない」ことを証明するのはまず不可能である。今日の科学技術によって、人の「大脳」内で起きている現象を相当な精度で把握できるようになった。さらに大脳の視覚野の信号から、ぼんやりながらも「見ている像」がディスプレイに表示される段階にまで達したというニュースもあった。 |
早朝夕刊(1) : ケネディの回答 2020/06/01 Mon (5:24am) 7042 5月31日(早朝夕刊)の続き
そもそも「記者会見」は公開だから記録を残すのは当然だ。その性質は非公開の会議と同じではない。したがってケネディの会見とどこかの国の議事録不作成を同列に議論できない。こうした考え方もあるに違いないが、この点については改めて考えることにしよう。
さて、「大失敗」した作戦について記者から問われたケネディ大統領は答えた。"There's an old saying that victory
has a hundred fathers and defeat is an orphan... "(The President's
News Conference 21 April 1961)「勝利したときには100人の父親がいるが、敗北のあとは孤児が一人だけ…」。この〝hundred〟を〝thousand〟としたものもある。 |
福岡都市圏 2020/06/01 Mon 7041
わが家が福岡市に引っ越したのは1963年7月で私は中学2年生だった。香椎の公務員住宅27号に入り、10分ほど歩いて香椎中学校に通った。そのころは校舎のすぐ前が博多湾だった。ときおり福岡空港から飛行機に乗るが、いまや眼下の香椎中学校は内陸部に見える。また校名も香椎第一中学校に変わった。私の記憶には校舎は新しく、移転して間もなかった風景が残っている。プレハブ教室もあって全校的には整備中だったと思う。2016年には卒業生の大隅良典氏がノーベル賞を受賞したことで大いに盛り上がったことだろう。もちろん私とは何の関わりもない。
当時は香椎が福岡市になってそれほど時間が経っていなかったが、ともあれ私は福岡市民になったのである。福岡市の統計によれば、そのときの人口は 712,083人である。それから57年の年月が流れた。一般に「都市圏」と言われるものにはいくつかの基準があるが、「広域行政圏」としての「福岡都市圏」は2020年1月1日現在で推計人口2,585,237人を擁する。まさに九州を代表する大都市圏である。この規模で鉄道の中央駅から地下鉄6分で空港に着くのは世界でも福岡くらいのものだろう。 |
|