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 味な話の素  No.203 2020年03月号(6783-6844) Since 2003/04/29
早朝夕刊(31):聴く力 2020/03/31 Tue(5:29am) 6844
 
先週金曜日だったか、高校野球が中止になったことからNHKの朝番組で放送済みのビデオを取り上げていた。いつもだと「趣味の仕事場(?)」に移動するのだが、この日は広島県の教育長が出たときのものだった。私は県の教育委員でもあり、広島県の話は以前から聞いていたので、これを観ることにした。
 その中で教育長が「上意下達」と発言したとき、博多大吉が即座に「上意下達?」と聞き返した。その場面に感動してしまった。こうした状況では、自分にわからないことがあっても、「ええ」などと言ってつい流していくものだ。博多大吉はそれを「全国放送」で「聴くことができる力」を持っていたのである。
 
心頭を滅却すれば… 2020/03/31 Tue 6843
 
母親から読んでもらった童話やおとぎ話は別にして、私はいつごろから「本」を読み始めたのだろうか。一方の父親からは「本を読んでもらった」という「定かな記憶」はない。しかし、就寝のため横になった耳元で「物語」のような話を聴いていたぼんやりとしたイメージは残っている。
 小学生のころは漫画も読んだ。とくに「赤胴鈴の助」「矢車剣之助」などは今でも目に浮かぶ。これもマンガだが「神州天馬侠」もタイトルとともに難なく思い出す。それが吉川英治の冒険小説の漫画版であることは何となく知っていた。
 これを読んだとき、信長の焼き討ちにあった寺の僧が「心頭を滅却すれば火もまた涼し」と言いながら命を果てる一コマが強烈だった。それから今日まで、折に触れてこの「名言」が蘇ってくる。小学生のときも友だちにこれに関連した話をした。凡人は「心」と「頭」を「滅却」することなどできるはずもない。ただ、これを「対象をどうとらえるか、どう解釈するか」で「物事の見え方」が異なってくると捉えることもできる。
 私はいつも「われわれ人間は『事実』に意味づけをしながら生きている」というメッセージを発信している。
 
早朝夕刊(30):社長の「かな」 2020/03/30 Mon(6:09am) 6842
 
本欄の「ぼやきシリーズ」の代表的テーマに「かなかな症候群」がある。初出は「気になる言い回し」と題した2005年7月28日である。まだ〝No. 837〟とかわいい。
 当日の書き出しは「ときおり人の言い回しが気になって、このコラムで取り上げている。〝かなかな〟〝とおもう〟症候群はその代表である」だった。老若男女が「かなかな」と言いまくる。組織の責任者までが使いまくる。
 阪神タイガースの選手がコロナに感染した。その経路は定かではないが、球団社長の発言は「(自粛ではなく)外出禁止で臨んだ方が良かったかな、という反省もございます」と振り返ったという。やっぱし「かな」なんだあ…。
 
「頭の中」は… 2020/03/30 Mon 6841 3月25日の続き
 
それにしても「抗拒不能」には苦笑いする。法律では日常では使わないような用語を創って(?)楽しむ傾向がある。一般人にはわかりにくい方が特別感があってカッコいいではないか。これも「抵抗あるいは拒否できないこと」なのである。
 裁判官の頭の中はわからない。しかし、その裁判官も被害者や加害者の頭の中はわかるはずがない。だから、前後の関係やそこにいた者たちの言などから「推測」することになる。これが「推測」から「想像」に変わり、ひょっとして「邪推」にまでいかない保証はない。裁判官は人間なのである。われわれも裁判官の頭の中を「推測」あるいは「想像」、ひょっとして「邪推」するしかない。
 さらに、「周り」にいた者たちの「証言(?)」も「事実」ではなく「被害者がそんな風に見えた」のである。ここでも、「『推測・想像・邪推』のうちから正しいと思うものを選んで○で囲みなさい」という問題が出されたら、彼等はどれを選択するだろう。ところで、問題が起きた午前5時40分過ぎに、少なくとも4人以上がその様子を目撃していたらしい。その「周りにいた者たち」は事態を漫然と「眺めて」いたのだろうか。
早朝夕刊(29):避難所の「3密」 2020/03/29 Sun(5:31am6840
 
一昨日(27日)、九州の北部で激しい雨が降った。佐賀県唐津市では「土砂災害警戒情報」が出されていた。昨年も大雨による被害が全国で多発した。地球全体の気候変動が原因だとすれば、この傾向は増幅しながら繰り返されるだろう。そうした事態に対する備えが必要なことは言うまでもない。この難題に追い打ちをかけるのが現在進行中のコロナ感染である。
 大雨が降れば避難所に人が集まる。この場所が、いま避けるべきとされる「密閉空間、密集場所、密接場面」の条件をすべて満たすことになる。「密閉空間」は窓を開ければ緩和できるかもしれないが、風雨が強ければそれもむずかしくなる。さらに、報道で目にするように、避難する人たちは、相対的には高齢者が多い。梅雨前に終息できるかが懸念される。
 
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(47) 2020/03/29 Sun 6839 3月22日の続き
 
10年経験者研修で「対人関係トレーニング」をして頂き、ありがとうございました。一年間の研修を通して何よりも吉田先生の魅力あふれる人間性に心打たれました。私自身は教職員としての十年間を通し、生徒にとって魅力ある先生であったろうかと考えさせられました。また目標を決め実践し、評価をもらうことで少しずつ自分の中で何かが変化していくことも実感できました。今回の研修は、これからの私を方向付けるすばらしい研修になったように思います。吉田先生におかれましては、おからだに十分注意され、これからも元気に過ごされますよう祈念してお礼の言葉と致します。(中学校教諭 男性)
 正直なところ、ここまでの「褒められすぎ」に恥ずかしさが追いかけてきて、本コラムに上げるかどうか迷いが生まれた。しかし、せっかくいただいた「声」を連載しているのである。ありがたく承って記録に残す方を選択した。私は大学の教員として過ごしてきたから、学校の先生方の苦労を知らない。そうだからこそ、自由気ままに、かつ無責任に好きなことを話せたのである。それが「魅力」につながったとすれば、これほど恵まれた人生はない。
早朝夕刊(28):テレワークの加速 2020/03/28 Sat(5:17am6838
 
コロナ問題で東京をはじめテレワークをするところが増えてきた。私が知っているいくつかの組織でも、そうした体制にしたところがある。テレビでは全員が机上のPCを外して持ち帰る「画」が流されていた。あれってほんとなのかなあ。
 そのことは措くとして、可能なところはそうした方がいいだろう。オリンピック時にテレワークを準備をしていたところもあった。これらの動きがコロナで一気に加速された感がある。
 これが「働き方改革」の一つのあり方としてプラスに作用するのであれば、それはそれで「結果オーライ」ということになる。今回の「コロナ禍」でせめてもの「成果」ということになるだろうか。
イオンの「売りつくし」 2020/03/28 Sat 6837 3月26日の続き
 
日本国中、どこに行っても屋上の上に「D」のマークが輝いていた。とくに鉄道で移動するときは少し高めを走る列車の窓からそれが見えた。「あっ、ここにもダイエーがあるんだ」。そんな感じだった。ダイエーが当初から創った店もあったが、あちこちのスーパーを飲み込んでいったのである。そして、1980年にはスーパー業界で初の売り上げ一兆円を達成した。
 その後も福岡にドーム球場を作るなど様々な展開を続けた。その勢いは止まるところを知らないかのようだった。しかし、いつのころからか経営が厳しくなり、ついには破綻して熊本も「イオン」になった。その後の2014年には、わが家の近くに「ゆめタウン」ができた。これは広島市に本社がある「株式会社イズミ」が展開するスーパーマーケットである。
 この店ができてから私の庭にあるダイエー(?)はどうなるかと思っていたが、その結論はすぐに出た。二つの店の賑わいに完璧な差が生まれたのである。そして、「イオン熊本中央店売りつくし」のチラシになった。営業は3月で終了し、大改装するという。ただし、できあがりは食料品は残るものの、「ホームセンター」仕様だと聞いた。
 
早朝夕刊(27):自暴自他棄 2020/03/27 Fri(5:51am6836
 
【自暴自棄】物事が思いどおりにならないために、自分で自分の身を粗末に扱い、投げやりな行動をして将来の希望を捨てること(精選版 日本国語大辞典)。
 静岡県で「ウイルスをばらまいてやる」と言ってパブに出かけた男性が亡くなった。そもそも内臓のガンに冒されていたという。そうした状況で「コロナウイルス」に感染したため、「自暴自棄」になったのだろうか。いま心身共に健康な人間が「『自暴自棄』は何としても避けるべきだ」と言っても迫力はない。ただ、この人物は「自暴自棄」を超えて「他棄」にまで至っているのである。社会のリスクマネジメントにはこうした人間の存在を無視できない。
 
「理念」の印籠?! 2020/03/27 Fri 6835 昨日(早朝夕刊)の続き
 
KR氏のことである。オリンピックについて誰より知っていても、知識だけでは何とも迫力がない。いやいや自分は経験もあると言われるに違いない。それならそれで、「理念」という「建前」を振りかざして、「これが目に入らぬか」では説得力に欠ける。現実をご体験であれば、それを踏まえて発言されるといいのにと思う。
 この点で、アスリートタレント(?)の武井壮氏の一言には納得させられた。おそらくKR氏も出演していたある番組で、「オリンピックだってアメリカメディアのビジネスじゃないか」という声が上がった。これに対して武井氏は「スポーツはお金がないとできないのです」といった趣旨の発言をした。あるいは「存続できない」だったかもしれない。
 それを聴いて「そりゃあそうじゃ」とストーンときた。ことの善し悪しはとりあえず措いて、スポーツで成績を上げるには金がかかるのは私にだってわかる。「そうしないとスポーツが楽しめないのだから、『ビジネスファースト』だってありなんだ」と言われれば、それもまた一つの論である。なまじ「理念」を「印籠」のように振りかざすから、「何言ってんのよ」となるのである。
 
早朝夕刊(26):サヨナラ「理念」 2020/03/26 Thu(5:40am6834 3月23日の続き
 
「ステートアマチュア=国家的アマ?」。社会主義国では国が資金をつぎ込んで選手を育てる。国際大会で優勝でもすれば、それだけで一生暮らしていける。国としてもこれほど国民の関心を呼び、国威発揚に効果的なものはない。まさに「それ行け、やれ行けドンドン」である。これに対して、西側からは「そんなのプロじゃないか」と大いなる批判が起きた。それに、そもそも勝つためにはお金がかかるのである。
 その結果はどうなったか。IOCは1974年に「憲章」からアマチュア規定を削除する。後生大事にしてきたオリンピックの崇高なる「理念」が消えてなくなったのである。クーベルタン氏は何というだろうか。
イオンのチラシ 2020/03/26 Thu 6833
 
「イオン熊本中央店 店内改装のため『売りつくし』 売り切れご免」「イオン熊本中央店40年目の大改装 ☆在庫一掃売りつくしセール開催中」 これはわが家の庭(?)にある「イオン熊本中央店」のチラシである。このお店を私は「ダイエー」と呼んでいる。
 今から41年前の1979年10月1日付けで私は熊本大学に採用された。いわゆる公務員宿舎に入居して間もなく、大先輩の篠原弘章先生が言われたことを記憶している。まずは、「吉田さん、宿舎から近くに『ニコニコ堂』というスーパーがあって、午前2時まで開いているから便利だよ」との情報である。それから、「来年はあなたのアパートの近くに『ダイエー』ができるから、もっと便利になるね」と続けられた。そして、1980年2月に「ダイエー熊本店」が華々しく開店したのである。
 オープン当日はもちろん、周囲の道路は大渋滞が続くことになる。篠原先生が言われたように、わが家は徒歩で10分ちょいのご近所だったから、車なしで見物に出かけた。翌日の新聞はダイエーの創業者中内功社長がやって来て、その盛況ぶりに大満足していたと伝えていた。チラシが言う「40年」前のことである。
 
早朝夕刊(25):理屈で勝てないと… 2020/03/25 Wed(6:04am6832
 
われわれは自らを霊長類と呼ぶ。【霊長目:哺乳綱の一目。動物界中最も頭脳が発達し、人類も含む。(精選版 日本国語大辞典)】
 ここにはゴリラやチンバンジー、オランウータンなども入っていて、わが親類である。その中でもヒトは「理性」に基づいて行動できることになっている。つまりは、「情緒と理性」「感情と理屈」のバランスを取ることができるのである。ところが、理屈で勝てないとなれば、感情が優位になる。理性が影を潜め情緒が支配する。そこで相手の弱点を突く、悪口を言うなどして貶めようとする。それが物理的な暴力になることもある。
 こうしたメカニズムが「差別」や「いじめ」を生み出す。
 
加害者の「誤信」 2020/03/25 Wed 6831 昨日の続き
 
第一審の福岡地裁久留米支部で「準強姦罪」をめぐって問題になったのは、「(1)女性が心理的、物理的に抵抗できない抗拒不能の状態だったか、(2)抗拒不能であることを被告が認識していたかどうか」の2点だった。一審では、「テキーラの一気飲みなどで女性が眠り込み、抵抗できない状態だった」ことは認定した。ただし、「女性に意識があるように周囲に見えていた点や、明確な拒絶の意思を示さなかった」として、「性交を許容していると誤信する状態だった」と判断したのである。
 ここで「誤って信じた」のは加害者である。つまりは「合意していた」あるいは「そう思った」の類いである。しかも、「周囲」の人間が「意識があるように見えた」と証言したようである。これに関して高裁の判決では「女性の意思とは思えなかった」とする目撃者の証言について言及している。いつものようにマスコミの情報しかないので、「周囲」だの「目撃者」だのは「同一の人物たちなのかい」と聞きたくなる。
 われわれ一般人が知っておくべきことは、法律とは「厳密に曖昧」であり、かつその「解釈」が人間である裁判官の頭の中で行われるという事実だ。
 
早朝夕刊(24):大きなボール 2020/03/24 Tue(5:27am6830 昨日の続き
 
ソフトバンクの内川選手は優れたコーチの指導で開眼し、投手の遅い球にも対応できる打法を身につけた。そして、その年のジャイアンツ戦でチェンジアップをひきつけて左中間にヒットを打った。その年に右打者の歴代最高打率3割7部8厘を記録し、さらに7年連続3割を達成した。
 打席でボールが大きく見えたり、戦闘機がロックするように照準が寄っていく感じになったりしたという。打撃の神様と呼ばれた川上哲也氏が「ボールの縫い目が見えた」という逸話を残している。これは、野球に限定した話題ではなく、冷静に落ち着いて事に対すれば、その実態をしっかり把握できることを伝えているように思える。
 
無罪から有罪への転換 2020/03/24 Tue 6829
 
飲酒で意識がもうろうとなっていた女性に性的暴行を加えたとして、福岡高裁は会社員に懲役4年を言い渡した(2月5日 西日本新聞Web版)。これは福岡地裁久留米支部で無罪となった判決の控訴審に関する記事である。準強姦罪(「準強制性交等罪」に名称変更)に問われた第一審の裁判官はこの法律をどう「解釈」して無罪としたのか。
 「準強姦罪」第178条2項に「人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、わいせつな行為をした者は、第176条の例による」とある。第176条には、「13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の懲役に処する」いう強制わいせつに関する定めがある。そこで第178条2項は「相手が心理的あるいは身体的に抵抗ができない状況を利用し、あるいはそうした状態にさせてわいせつな行為をする」ことを罰するのである。
 第一審では「女性は酩酊状態で抗拒不能の状態にあった」ことは認定した。そうなると、素人は単純に「有罪で決まり。あとは量刑の問題だ」と考えるだろう。ところが、裁判になるとそう簡単にはいかないのである。
 
早朝夕刊(23):アマチュアの祭典? 2020/03/23 Mon(5:26am6828 3月19日の続き
 
オリンピックについて「自分は誰よりも詳しい」という自信にあふれたKR氏は元気に発言を続けている。その基本が「理念」や「憲章」にあることもしっかり伝わってくる。しかし、「アスリートファースト」は木っ端微塵に吹き飛ばされ、「ビジネスファースト」になっていることは明らかである。この点はすでに触れたが、私が子どものころの教科書では、「オリンピック」はそもそも「アマチュア選手の祭典」だと習った。ところが、社会主義諸国が国を挙げて選手を養成し、オリンピックだけでなく様々な競技会で華々しく活躍するようになる。彼等はそれで生活することから「ステートアマチュア」と呼ばれた。 
母親の「励まし」 2020/03/23 Mon 6827
 
ソフトバンクの内川聖一選手のコラムを読んだ(熊本日日新聞 2020年1月27日夕刊)。プロになったものの結果が出ず、7年目のオフに「来年駄目だったらやめる」と母親に言うほどだったらしい。その後、コーチとの出会いなどから右打者として歴代最高の3割7分8厘を記録した。
 このコラムで興味を引いたことがある。まずは、①「やめる」に対する母親の答である。「まあいいんじゃない。やれることを全部やってもう無理だと思ったら、やめて帰ってくればいい」。内川選手としては「がんばれ」を期待する気持ちがあったようだ。そこで「やれることを全部やってみよう」という気になった。こうした思いに至ること自身が個人の力だと言えばそれまでではある。ともあれ、「励まし方」はいろいろあるものだ。
 そうした中で、②内川選手は優れたコーチと出会うことになる。自分が長所だと考えていた「泳いでも打てる」ことを短所と指摘されて「電気が走った」という。どんな世界でも人は人との出会いによって「変わる」ことができる。あるいは「変わるチャンス」を得ることができる。これには出会いそのもののタイミングも影響するだろう。
 
早朝夕刊(22):ミトコンドリア 2020/03/22 Sun(5:41am6826
 
細胞の中に「ミトコンドリア」というものがあることは中学生のころには知っていた。そのときは、「ミトコンドリア」という「言葉の響き」が印象的だった。おそらく、高校の「生物」で登場して、それなりの情報提供はあったと思う。しかし、その内容の記憶はまったくない。「真核生物の細胞小器官」だと解説されているが、素人には理解不能である。
 あるとき、ミトコンドリアのDNAは母親から子に受け継がれ、父親は関与しないという情報に出会った。つまりは、そのDNAで母親、母親の母親、さらに母の母の母の…とたどることができるのである。この一点だけを取っても、「母親は強いのだ」と感動する。
 
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(46) 2020/03/22 Sun 6825 3月08日の続き
 毎回、楽しく実り多い講話をしていただき、ありがとうございました。私達の年代は先輩から学びつつも、後輩の指導にあたる立場になったんだなと言うことを実感することができました。「自分が変われば周りの反応も変わる」「自分を変えるためには、目標を立て、それを周囲の人に伝えることが有効だ」と学ぶことができました。これからも自己変革を続けていきたいと思います。本当にありがとうございました。(中学校教諭 男性)
 私はキーフレーズ、〝Cha,Cha,Chaでいこう〟と〝Never Ending Challengeの心 〟をしばしば使用する。前者で〝Challenge the Chance to Change yourself〟と呼びかける。まずは「自分」が「変わる」ことを「チャンス」と考える。その大事さを訴える。しかし、その〝Change〟に終わりはない。そこで「いつまでも」の気持ちを込めて、「〝Never Ending Challengeの心〟で行こう」とたたみ掛けるのである。こうした自由記述を読むと、私の気持ちを十二分に受け止められたことが伝わってくる。自分を「先輩」と「後輩」の間に立つ「中堅」に位置づけて、その役割を果たすためにチャレンジし続けていただきたい。
 
早朝夕刊(21):「開口」に「閉口」 2020/03/21 Sat(5:08am6824 3月8日の続き
 
「バス」の「営業運転者」については、「走行中は、職務に必要のない話はしない」と規定されているが、「タクシー」は適用外になるのだろう。それにしても、いつもではないが、「職務に必要ない」お話好きの運転手がいて閉口することがある。
 あるときは、奥さんがギャンブル好きで閉口しているという話を聞き続けて閉口した。運転手氏自身は目的地に着くまでずっと「開口」していたのである。ついでながら、客としては聴きたくもないラジオのスポーツ中継を流すのはいかがなものか。ご本人が興奮されては困るのである。あるいはサービスと勘違いしてるのだろうか。ラジオも「職務とは関係ない」よね。
 
在宅記録 2020/03/21 Sat 6823
 
今年の正月明けは6日だった。私の日程では8日に県教委に出かけるまでの2日間は予定が入っておらず、外出なしとなった。これは仕事をし始めて初めてのことである。それだけではない。私は小中学校のときから大学まで、ずっと「組織」に所属していたから、これまでにない体験をしていることに気づいた。
 もちろん赤ん坊のときは家庭という組織にはいたが、これには社会的かつ集団的な組織への出席は求められていない。私は幼稚園には行かなかったので、厳密には6歳以来のことになる。つまりは65年ぶりに「出かけなくてもいい」状況に置かれたのである。「フリーター」とはこのことなのだと思うとある種の感慨がわいた。
 ともあれ、それはそれでなかなか面白い。もちろん私としては、家でぼんやりしているわけではない。いや、一瞬たりともぼんやりしておれないのである。それどころか、在宅で仕事にせっせと励んでいると言った方が実情に近い。ラッシュ時の通勤も縁遠くなり、使える時間は大幅に増えて、「生産性」は向上している。そんな話をしたら、現役バリバリの女性が「家にいると集中できないので自分は無理」ということだった。
 
早朝夕刊(20):自殺者数への懸念 2020/03/20 Fri(6:30am6822 昨日の続き
 
警察庁の速報値によれば、2019年の自殺者数は、全国で1万9959人だった。前年度より881人、率にして4.2%の減少である。前世紀末の1998年から14年連続して3万人を超えていたから大きく減ったことになる。しかしながら、単純平均で、毎日55人、1時間に2人以上が自ら命を絶っている事実はきわめて重い。
 さらに予想もしなかったコロナウイルス禍が進行中で、健康はもちろん経済的なダメージか広範に拡がっている。こうした状況で、心身への直接・間接的な影響が強まることは明らかである。今回の数値が反転してしまうことが懸念される。経済的な支援は当然として、今こそ人と人との関わりが不可欠である。
 
問題づくし 2020/03/20 Fri 6821 昨日の続き
 
毎月勤労統計の「不正」問題なるものがあった。その内容は記憶から吹っ飛んでいるが、当時の担当課長が2013年には不正に気づいていたが、これを放置して上司や総務省に報告しなかったとされる(熊本日日新聞 2019年2月4日)。
 その後、課長は14年に翌年の調査手法を示したマニユアルから不正に関する記述を削除する。これについて特別監察委員会は「元課長に隠す意図はなかった」とした。しかし、「不正」と認識しながら「言わない」のは「隠す意図」の有無とは関係なく問題である。
 「不正」は「企業からの苦情や実務を担う都道府県への配慮で始まった」らしい。現場が大変だったのだから、それを「問題」として提起すればいい。それができなかったのなら、それは組織の問題である。発言しても聞き入れられなかったとすれば、それも問題である。「不正」に課長以外は誰一人として気づかなかったのか。そうであれば、これまた問題だ。気づいても「言えなかった」のなら、やはり問題である。「言っても聞いてもらえなかった」のなら「不正を知りながら問題にしないこと」が大問題である。
 いやあ、このくらいで止めないと止まらなくなる。
 
早朝夕刊(19):外圧を「望ましい変化」に 2020/03/19 Thu(5:48am6820 昨日の続き
 
学生のメールに私は次のような返信をした。
 あなたの3倍の人生経験を持つ私にとっても今回のコロナ問題は「初めての国難」です。その「歴史的証人』として、今後の教職に活かして下さい。この国民的体験が、世の中の流れに与える変化に注目しています。厳しい体験が「プラスの変化」をもたらすことを期待し、そうなることを願っています。
 いま生きているすべての人間が進行形で体験している事態が歴史に残ることは疑いない。未だに、新型コロナウイルスの終息も危機の収束も見通しが立たない状況にある。われわれは内発的に変化しきれないところがあるが、この外圧を望ましい変化に繋げたいものである。
オリンピックと「金」 2020/03/19 Thu 6819 昨日の続き
 
「オリンピック」と言えば「誘致」の際に大金が動くという話も聴く。IOCの関係者に特定の都市への投票を依頼するのである。それが取りまとめとなれば、けっこうなお金が動くのだろう。IOCに公職選挙法などは存在しないが、それは不正に当たるから本当にヤバいケースだと問題にはなるようだ。そう言えば昨年だったか、わが国の関係者もフランスの当局から問題視されているというニュースが飛び交っていた。
 オリンピックの理念としては、「開催地の投票」に絡んで金が動くことを禁止していると推測する。私自身はオリンピック憲章なるものを確認してはいない。「そんなことでコラムなど書くな」と叱られそうだが、かつての担当大臣ですら国会で「読んでません」と答弁するのだから、とりあえずお許しいただきたい。いずれにしても、「公正=フェアプレイ」を基本中の基本としているはずのオリンピックで金が問題になるなどは不適切に決まっている。しかし、この問題は「淀みに浮かぶ泡沫」のように、かつ「結び」、かつ「消えて」いくことを繰り返している。ここにおいても、クーベルタン氏の崇高なる理念の影はまことに薄くなっている。
 
早朝夕刊(18):休校要請の現場 2020/03/18 Wed(5:44am6818
 
少し前のこと、実習で学校と関わっている学生からメールをもらった。
 連日、コロナウイルスや学校休校要請について討論しているニュースを見ています。学校休校要請の翌日、わたしは朝から実習先(中学校)にいました。その時の職員室の状況は目に焼き付いています。そこでは、いろんな先生の姿があり、とても珍しくレアな体験をしました。評価が終わっていない教科に時数を提供する様子や、文部科学省の会見と教育委員会からの知らせがくるまでどう動いていいか分からないといった様子、臨時休校に向けて休暇中の課題表を即作成し始める先生の様子など、多種多様でした。
 まるで実況中継を視ているようだ。
 
自信に満ちた専門家 2020/03/18 Wed 6817 昨日の続き
 
にわかにオリンピックのネタが話題になってきた。今回のコロナが問題になりはじめたころから、テレビで元JOCの委員(?)KR氏をときおり観るようになった。オリンピックの理念等を踏まえながら、自信に満ちて冷静に語っている様子が窺える。おそらく専門性に優れたすごい力の持ち主なのだろう。
 ただし、この世の中には理念や憲章が建前倒れになっているケースがけっこう多い。オリンピックでも、「アスリートファースト」を否定する専門家はいない。しかし、「灼熱の真夏」に開催するという1点だけを取り上げても、その「理念(?)」が最初から崩れていることは明らかである。東京オリンピックの開会式が10月10日だったことを記憶に刻んでいる私なんぞは、どうして秋にしないのか理解できなかった。
 じつは、その理由が「米国の放送局」の事情にあるという。秋に開催すると、「フットボール」や「バスケットボール」と重なるから営業的にまずいらしい。つまり、「オリンピック7月開催」は「ビジネスファースト」という「経済システム」の結果なのである。かくして、クーベルタン氏(?)の崇高なる理念の影はまことに薄いのである。
 
早朝夕刊(17):「司法書士」+「弁護士」 2020/03/17 Tue(5:35am6816 3月15日の続き
 
昨日と今日は人間ドックである。母が47歳で亡くなったこともあって、「御守り」のつもりで36歳から「通って」きた。今年で41回目になる。花のフリーターだから平日でも仕事に差し支えることはない。
 検査の待ち時間中にテレビを観ていたら、「法律事務所」の「過払い金取り戻し」のCMが何回か出てきた。よく視ると「司法書士事務所」とある。日曜日の「早朝夕刊」に「弁護士」の仕事として取り上げたばかりだが、私が視たのは「司法書士」が関わっているものだった。この点について訂正しておかなければならない。ただし、弁護士が関わっているものがあるのも事実だから、その趣旨に変更は加えない。
 
ビジネスに躍らされる 2020/03/17 Tue 6815
 
「ランドセル商戦 もう熱い」(熊本日日新聞 2019年5月5日)。昨年の記事だが、この時期に翌春小学生になる子ども向けのランドセル商戦がピークを迎えているというのである。
 昨年の5月は元号が変わることもあって、ゴールデンウィークは10連休だった。これを利用して、親ではなく孫が帰ってくるというので、「ランドセルを」となるらしい。さらに、10月の消費税増税も控えて、とにかく「この時期に」と「熱くなる」のである。ここまで来ると、前期高齢者後期としては「ビジネスに踊らされている」と思うのである。
 もちろん、ものごとには表と裏がある。たとえば、早い時期に販売数の目処が立てば、むだに作らなくてよくなるというメリットもある。とくに食料品や衣料品などは「作る一方で捨てまくる」という病理現象とでも言うべき状況がある。しかし、そんなことを言っても、ランドセルの「売れる時期」が前倒しになったら、今度はそこで「作りまくる」だけのことだろう。専門家は景気回復のためには個人消費を伸ばさないといけないと絶叫している。その妥当性は識らないが、そうかといって「5月にランドセル」って、いかがなものか。
 
早朝夕刊(16):大学人生43年 2020/03/16 Mon(5:57am6814
 
私は大学という職場で人生を過ごした。そのスタートは九大の助手だった。辞令の正式名称は「九州大学助手教育学部」である。それから2年後には鹿児島女子短期大学に講師として赴任した。これが1年半で終わり、「熊本大学講師教育学部」の辞令をもらった。その後は「助教授」「教授」となり、65歳の定年で退職した。
 助教授の辞令は文部大臣の発令だった。国立大学がそんな時代である。教授の際は熊本大学長名の辞令になった。定年後はシニア教授という、一般には再雇用に当たる立場になり、さらに5年間、熊本大学のお世話になった。かくして、私は大学という職場だけで43年間を過ごしたのである。
 
「タ」と「ダ」の混乱 2020/03/16 Mon 6813 昨日の続き
 
講演や研修で宿泊する際は、主催者がホテルの予約を入れてくれることが少なくない。そうしたケースでもこちらが名前を告げれば、フロントの担当者から間を置かずに「承っております」と言われる。ところが、このときは様子が違って、私の「名前が見当たらない」らしい。
 そこで、ひょっとしたら先方の組織名で予約されているかもしれないと思って、それを伝えてみた。しかし、やっぱり「見当たらない」というのである。これでは埒があかないので、講演を依頼された方に電話した。それを聴いて先方も驚いたようで、「今日、Sさんがホテルに出かけて支払いも済ませました。宿泊者の名前も告げています」との答が返ってきた。
 そんなわけで、ついには関係者がホテルにやって来ることになった。その結果、「原因」が明らかになった。私の名前が「ヨシ
ミチオ」になっていたのである。これには参ってしまった。たしかに、私は「ヨシダ」であって「ヨシタ」ではない。しかし、全国ネットを誇る「ホテルR」のPCで、「当日支払い済み」の事実までわかっていて「タ」と「ダ」の違いもチェックできないとなれば、何とも頼りないシステムだことよ。
 
早朝夕刊(15):弁護士のCM 2020/03/15 Sun(5:30am6812
 
いつのころからだろうか、法律事務所、つまりは弁護士のCMを日常的に見るようになった。そのほとんどが、「借金」と「肝炎」に関わるものである。両者とも「お金が戻る」「給付金が得られる」「可能性」あるというものだ。これに「調査するだけは無料」といったメッセージが加わる。これらに心当たりの人がいれば、一般人は法律に縁遠いから、強力な支援であるに違いない。
 それはそれでけっこうなことである。それにしても、「時代が変わったものだ」と思う。団塊世代のわれわれにとって、弁護士事務所がテレビでCMを流すといった風景を観ることなど想像すらしていなかった。この業界も大変なんだなあ。
 
「お名前が…」 2020/03/15 Sun 6811
 
年末には中央労働災害防止協会のキャラクター「ヨシダ君」で大いに気を良くした(12月7日)。それから間もなくのこと、今度は「ヨシタさん事件」に遭遇することになってしまった。
 その「物語」は某市にあるホテルRのフロントで、私が「吉田道雄です」と名前を伝えたときからはじまった。このとき対応したのは、穏やかな雰囲気でおそらく同ホテルのフロントでは最年長者だろうと思える人物だった。一般的には名前を告げると、10秒そこらで、「はい吉田さま、本日より禁煙ルーム二泊でございますね」といった反応がある。
 ところが、このときはPCによる確認が少しばかり手間取っていた。それからこちらを見たフロント氏は、「吉田さま、お名前が見当たりません」ときた。この回答に、心のなかで「えーっ」と軽く驚いた。私はたしかに「ホテルR」と聴いていたのである。まずは、「えーっ、おかしいですね」と反応した上で、私は「見当たらない」理由を推測してみた。
 この日は講演を依頼されていて、その終了後に主催者の代表者たちと食事をし、そのまま宿泊する予定だった。そこで、先方がホテルの予約をし、その連絡を受けていたのである。
 
早朝夕刊(14)水の力 2020/03/14 Sat(6:24am6810
 
人間は水がなければ生きていけない。そもそも、水がなければ地球上に「生命体」が生まれることはなかった。その一方で人間は「水によって」命を奪われる。「なくてはならない」ものが「生きること」を脅かす。われわれは、そんな「相反する」作用の中で生きているのである。私自身、予想もしなかった大きな地震に見舞われた。それは多くの住民に大きな被害をもたらし、その後遺症は未だに残っている。
 それでも熊本では津波の被害はなかった。東日本大震災では、巨大な津波が押し寄せた。海水という水が陸地を襲い、そして、海に戻る際にも多くの命と物を押し流した。水は生きものの命を奪うのである。
 
人間集団の観察鏡 2020/03/14 Sat 6809
 
児童生徒に対して話をするときは、「仲間づくり」「コミュニケーション」などが中心になる。その内容は「いじめの防止」や「生き方」に関わるものであることが多い。また、「人権」や「性教育」を考える生徒集会で話したこともある。「どうしてあなたが『人権』や『性教育までも』?」と疑問に思われる方もいらっしゃるだろう。そこは何と言っても「〝Yes-man〟の吉田さん」なのである。
 そんなことで、私は「熊本県人権施策・啓発推進委員会」の委員でもある。また、「性教育」の話は養護教諭から依頼を受けるケースが多い。もちろん、「人権」にしても、「性教育」にしても、私はその領域における歴史的背景を踏まえた専門知識はまったく持っていない。そこで、話の内容は自分が仕事をしてきた「グループ・ダイナミックス」の視点から、「人間関係のあり方」「集団の力を活かす」といったものになる。
 そうなると、「人権」や「性教育」関連の講話としては、それまで聴いたことがないことから、それなりの新鮮さは感じていただいているようである。「グループ・ダイナミックス」は「人間集団」を観察する拡大鏡として役立つのである。
 
早朝夕刊(13):再考「脚気原因論争」 2020/03/13 Fri(5:21am6808 2月25日の続き
 
脚気の原因を「細菌」とし、北里柴三郎らが指摘する「栄養障害」とする声は「学閥と権威」ではね除けられた。その結果として日露戦争において多くの兵士の命が失われたのである。北里らの見解では、脚気を防止し癒やすために「栄養障害」に対処すればいい。ところが、「主流(?)」を「自認」する研究者閥は「細菌」が原因だと主張する。したがってその「細菌」を突き止めなければ治療のしようがない。そして、「異説(?)」を唱えた者は主流から外される。その結果、日露戦争では「脚気」の兵士たちは不明の「細菌」で命を失い続けたのである。その数、3万人との情報もある。何とも悲惨な話である。
 
安全文化の「育成と維持」 2020/03/13 Fri 6807
 
原子力規制委員会の「健全な安全文化の育成と維持に係るガイド」を読んだ。その中に「用語の解説」があり、「安全文化の育成と維持」については次のように述べている。「職員がリーダーシップを発揮して主体的に安全文化を育成し、安全文化が劣化しないように維持し、安全文化をさらに高めていくという、安全文化を継続的に改善するということがより想起されるよう、本ガイドでは、従来用いていた『醸成』を『育成と維持』に変更している」。
 この部分を見て、「規制委員会も『醸成』を乗り越えたか」とにんまりした。すでにご存じの方もいらっしゃると思うが、私は「安全文化創続」という用語の使用を提唱してきた。私は日本語の専門家でないから「厳密」な分析はできないが、「醸成」には「終わり」がありそうになのである。つまりは「醸成し終わればそれでめでたしめでたし」というニュアンスが含まれていると感じてしまうのだ。そこで「安全文化」を実現する道に終点があるはずはなく、絶えず「創り続けていく」べきものである。そのことを強調するために、「創続」の使用を提案した。本コラムでの初出は2017年2月17日である
早朝夕刊(12):誰にもわからない 2020/03/12 Thu(5:23am6806
 
この世界は、人間の知恵ではわからないことに充ち満ちている。自分は知らなくても、その道の専門家なら識っていることはある。その数は無数で、数えることができない。その一方で、子どもでも思い浮かぶ基本的・根源的疑問なのに、専門家が答えられないと断言できるものも無数にある。
 私は小学生のときから「どうして天体が動き始めたのか」を識りたいと思い続けてきた。これは「どうして宇宙が生まれたのだろう」と同じ疑問である。そして、宇宙の発生自身が何らかの「動き」の結果であり、そのときのエネルギーが天体を動かしているのだろう。その目撃者がいない以上、専門家にも正解はわからない。
 
社外取締役 2020/03/12 Thu 6805
 
「社外取締役 問われる統治」(熊本日日新聞 2019年2月28日)。社外取締役は企業組織の経営をチェックすることが期待されているが、その機能不全が問題になっている。また、なり手も不足しているらしい。それも影響しているのか、一部の人間が複数の企業で兼務するケースも多いようだ。こうしたことから、その役割が果たせていない組織において不祥事が発覚している感がある。
 報道の時点で上場企業の98%が社外取締役を一人以上設置していた。その割合が全取締役の1/3以上の企業は38%にもなるという。しかしながら、形だけ作っても、その中身が目的に沿ったものでなければ意味がない。また、意図的に「中身が伴わない」ことにしてしまう組織も存在しているに違いない。コンサルティング会社のトップは「経営者は実際には監督でなく助言を期待しており、(経営者の)言うことを聞いてしまう社外取締役は多い」と指摘している。
 これでは経営者の耳に痛い発言など抑制されるに決まっている。そもそも「社外」という「客観的で常識的」な立場からの判断が期待されているのに、不祥事に繋がる事態まで容認する可能性があるとすれば論外である。
 
早朝夕刊(11):サンドイッチの味 2020/03/11 Wed(6:20am6804
 
ある研修で受講者から相談を受けた。「自分の立場は上と下に挟まれたサンドイッチの状態です」ということで、仕事でも悩ましいことが少なくないという。そのとき私は反射的に次のような趣旨の話をした。「それは大変でしょう。ただ、サンドイッチは『中身』が充実していないとおいしくないですよね。あなたの『行動力』が職場の『味』を決めるのですよ…」。
 それから数ヶ月後、研修の成果報告会が開催されたとき、ご本人がこのことをご紹介された。私の答が力になったと言ってくださったのである。じつにありがたいことである。こうした体験ができるから、私はまだ「趣味の仕事」を辞められないでいる。
 
ブランドとネット 2020/03/11 Wed 6803
 高級と冠が付こうが付くまいが、服飾品には完璧に無縁の私である。だから「どうでもいいと言えばいい」のだが、時代の変化を感じる記事には目を通す。「ニューヨークの五番街に異変?」(熊本日日新聞 2019年3月5日)をスクラップしていたのもその類いである。
 アメリカの有名衣料品ブランドがニユーヨークの5番街あたりからドンドン撤退しているらしい。ギャップは1月に、カルパ ン・クラインは春に閉店した。ラルフローレンは2017年に卜ランプ大統領の自宅がある「卜ランプ夕ワー」近くにあった店を畳んでいたという。どれもが「旗艦店」である。
 ネット通販の攻勢に太刀打ちできなくなったのである。とにかく場所代と人件費が高すぎてビジネスにならないわけだ。高級感あふれる「空気」の中を「風を切って」歩き、素人は外からのぞき見るだけのスーパー店舗ににこやかに入る。その入り口には洗練された店員が待ち受ける。それこそが優越感を超満足させる「付加価値」だったのだろう。それが「ネット」ビジネスに追いやられるのだから、時代は変わったのである。
 もっとも、ネット通販すらしない私には何の関係もない話ではあるが…。
早朝夕刊(10):「不当」と「不法」の「誤解」 2020/03/10 Tue(6:48am6802
 
某岡の県議がマスクをネットオークションで888万円ほど「売り上げて」いた。どんなものかわからないが、「2000枚1セットで89回出品」というから半端ではない。ご本人によれば、「不当な利益を上げていたわけではないが、誤解を与えてしまったことを謝罪する」とのことである。
 お節介ながら、「不当な」を「不法な」に修正されることをお勧めしたい。【不当:正当・妥当、または適当でないこと】【不法:法に違反していること】(精選版 日本国語大辞典) ついでながら、【誤解:ある事実について、誤って思い込むこと】(同) いやはや、話を聴いた「全員」が「誤解する」って、前代未聞の「事実」ですよね。
 
中学生の感受性 2020/03/10 Tue 6801
 中学生に対して話をする機会がある。そんなときは、全校生徒が体育館に集まる。会合によっては保護者も後方に参加している。学校では講演が終わると感想文を書かせるのが定番のようだ。後日、講演のお礼とともに送られてくることが多い。それは、何人分かをピックアップした現物であったり、学校でワープロされたものであったりする。学校から事前に送付するとの知らせを受けたときは、「全員分を送ってください」と言うことにしている。
 大人たちは、自分たちが作りあげた社会が影響を与えている事実を無視して、「このごろの若い者は」とか、「子どもたちは」と嘆く歴史を繰り返す。そんな状況で「子どもたちの書いたもの」を読むと頼もしさすら感じる。
 たとえば、「私が聞いた中で一番心に残った言葉が『人間は〝事実〟に〝意味づけ〟をしながら生きている』です」と書いた2年生がいた。その具体的な内容は措くとして、これは成人向けに話しているレベルのものである。そのときノートになるような資料は配っていないにもかかわらず、「〝〟」といった符号まで付けている。それだけで話しに行って良かったと感動する私がいる。
 
早朝夕刊(9):〝management〟と〝leadership〟 2020/03/09 Mon(6:10am6800
 
数年前からIAEA(国際原子力機関)が「安全」に欠かせない要因として〝management〟と〝leadership〟をペアで取り上げた。その後、「『マネジメント』と『リーダーシップ』はどう違うのですか」と聴かれることが多くなった。つまりは、この二つが「まったくの別物」だとすれば、「どこがどう違うのか」という疑問が生まれるのである。
 そんなときは、そのときどきで、私なりの「考え」を伝えていた。その結論を先に言えば、〝management〟は「設計力」で、〝leadership〟は「影響力」である。これは組織に関わる大きなテーマだから、「長編」になることは疑いない。本日はその「予告編」としておきたい。
 
子どもたちに話す 2020/03/09 Mon 6799
 教育の場で、子どもたちに話をする機会がある。その回数で最も多いのは中学生だが、小学生や高校生が対象のこともある。児童生徒全員が体育館の床に座って聴くパターンがほとんどである。
 あるとき、小学1年生から6年生までの子どもたちに話をするよう依頼された。これに保護者も加わるというのである。そんなことで、私が体験した講話の中でも、その困難さはトップレベルに入るものになった。とにもかくにも、これだけ「年齢幅」がある「子どもたち(と大人)」に「聴く気持ち」を維持してもらわないといけないのである。そうした条件を踏まえて、「朝からワクワク、元気でいこう」をベースに走りきった。
 その翌年にも「同じ依頼」があったところをみると、とりあえずはうまくいったということだろう。そうだとしても、「あれはないよなあ」という思いもあって、私としては「少し学年を限定しましょう」と提案した。これに対して「去年と同じでいいんですけど」とは言われたが、〝Yes-man〟を自認する私が「自己主張」したきわめて稀なケースになった。
 その結果が「どの学年」になったかについては、もう記憶の彼方に消えている。
早朝夕刊(8):営業運転者の心得 2020/03/08 Sun(6:16am6798 2月28日の続き
 
高齢者講習で配付された「Safety Diriving シニアライバー用」の70ページに「旅客自動車や代行運転自動車の運転者などの心得」が記されている。その末尾にある「その他の心得」には運転者が守るべき9つの事柄が挙げられている。当然ながら、タクシーも「旅客自動車」である。
 「①路線バスは、夜間、道路を通行するときは室内灯をつけること」。たしかに、車内が真っ暗だと不安になる。長距離の夜行バスに乗ったことはないが、こちらは暗くないと眠れないだろう。「 ②バスの運転者は、旅客のいるバスの走行中は、職務に必要のない話はしないようにすること」。運転手は乗客と四方山話をしてはいけない。
 
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(45) 2020/03/08 Sun 6797 3月01日の続き
 お忙しい中、私たち10年経験者のために年間を通じて計画的な研修を実施してくださり、本当にありがとうございました。この研修を通して、改めて「目標を立てることの大切さ」や「目標を立てるだけで終わらず実践することの重要性」「定期的に実践を振り返ることの必要性」を感じることができました。「10年経験者研修」を受けるにあたり職場でもたくさんの先生方にご協力いただき、以前よりも先生方とのきずなが深まったと思います。また教材研究を通し、今回立てた目標のもと、生徒と関わっていく中で生徒とのきずなもより深まったと確信しています。「教師」という職に就いて生きていく中でとても大切なことを学ばせていただきました。(中学校教諭 女性)
 読み進めながら、私は心の中で「ありがたや、ありがたや」と繰り返していた。研修では同僚教師たちから情報を複数回もらう。その過程で「きずなが深まった」という。そして、何よりも「教材研究」という、教師にとって最も大事な仕事を通して「生徒との関わり」が深化していったとのことである。それを「確信」ということばで表現されている。これ以上、嬉しいことはない。
早朝夕刊(7):大王の「リーダーシップ論」 2020/03/07 Sat(6:11am 6796
 
〝I am not afraid of an army of lions led by a sheep; I am afraid of an army of sheep led by a lion.〟Alexander the Great
 「私は羊に指揮されているライオンの軍隊は恐れない。私が恐れるのはライオンに指揮されている羊の軍隊である」(アレクサンダー大王紀元前356年 - 同323年)。
 日本人であれば、学校の教科書でアレクサンダー大王の名前を一度は見たはずである。この言の意味を解説する必要はまったくないだろう。これほど「リーダーシップ」の重要性を伝えているものはない。どんなに屈強な兵士たちが揃っていても、一人の優れたリーダーに率いられた「か弱い兵士たち」にはかなわないのである。
時代の変化と演題 2020/03/07 Sat 6795
 
教師に対する講演の内容は様々だが、このごろは、「いじめ」や「不祥事」に関する話を求められることが多い。これについては企業等の場合も同じ傾向がある。前世紀には、「リーダーシップ」や「コミュニケーション」「組織・集団づくり」といったタイトルが多かった。それが今日では、「安全文化」「事故防止」「危機管理」「リスクマネジメント」などのキーワードを使った講演や研修への期待にシフトしてきた。これも時代の空気を反映している。
 ともあれ、自分の提供する情報が役に立つのであれば、何よりも嬉しい。今から40年前、熊本大学に採用されて数年間は「情報教育」のプロ(?)と位置づけられていたこともある。そもそも赴任した仕事場が「教育工学センター」で、当時はいわゆる「視聴覚機器」を含む機器を活用する研究が「教育工学」とされていた。また、NHKが主導していた「放送教育研究大会」の全国大会が熊本で開催されることになっていた。また、「コンピュータ」が身近になる可能性が感じられはじめた時期でもあった。私自身もビデオやコンピュータなどの機器は「好き」な方だったから、しばらくはこちらに注力した。
 
号外:「大チョンボ」発見 2020/03/06 Fri (8:39am)
 
あるテーマを取り上げようと思って、参考に本コラムの2月号を開けて見ました。何と運のいいことでしょう、そのテーマとは関係ないのですが、「大チョンボ」に気付きました。同じことを1日と24日にダブってアップしていたのです。私は「味な話の素」の原稿を「一太郎」で書いてから「ホームページビルダー」に移し、それをアップしています。その後は「一太郎」の原稿を消去するのですが、このときはそれを忘れていたと思われます。今から考えると、24日には、何となく「もう上げたよなあ」と思った記憶がかすかにあります。そのときに「確認」した覚えもあるような気がするのですが、結果を見ればそれを怠ったのでしょう。それでも、この2日の表現にはマイナーな違いが認められました。そんなことで、「大チョンボ」ではありますが、カウンターはそのままで続けさせていただきます。
 
早朝夕刊(6):否定できない「事実」 2020/03/06 Fri (6:11am)6794
 
虐待によって亡くなった女児の父親の裁判で動画が再生された。子どもが助けを求める悲痛な姿と声が27分31秒にも亘って録画されていたという。それも撮られた動画の一部なのだろう。新聞に掲載された内容の悲惨さを表現する言葉がない。裁判上の「手法」としてか「本心」なのかわからないが、父親は「躾だった」と主張しているようだ。
 本人の頭の中のことは知りようがないが、「動画に撮っておく」事実だけでも、その心が尋常でないことは明らかである。正直なところ、「理解の範囲を超えている」としか言いようがない。しかし、それが否定できない「事実」である。人間とは何だろうと考え込んでしまう。
 
「懐深い」NHK 2020/03/06 Fir 6793
 
地元紙熊本日日新聞のコラム「デスク日記」に面白いことが書かれていた(2月23日)。このごろ、「なので」という言い回しが気になるというのである。それも、「話し言葉のお手本」と言える NHK のアナウンサーが普通に使っているのを聞いたからだという。私も「なので」が「気になる派」である。
 コラムは文化庁の調査で「ら抜き」の「見れる」「出れる」が半数を超えたことも併せて話題にしていた。これを見て私の笑いが追加された。じつはNHKの「ことば力アップ」でアナウンサーが「ら抜き」を取り上げていたのを聴いたことがあるからだ。その詳細は措くが、番組の最後に「言葉の使用については、文法的な基準から厳密に成否を追求するのではなく、世の中の趨勢を見ながら柔軟に対応していきたい」といった流れでまとまた。
 そこまでは良かったのだが、最後を「(自分としては)懐深くいきます」と締めたのである。これを聴いて「ウン?」と反応し苦笑した。私の感覚では自分の行為について「懐深い」とは言わない。これは相手や人の態度に対する褒め言葉だと思う。それが「日本語」をテーマにした番組だったことから思わず笑った。
今月の写真(5) 2020/03/05 Thu 6792
 
数年前に家内と日光の東照宮に出かけた。それが3月だったことから、「三猿」を取り上げた。私が「見ザル」「言わザル」「聞かザル」の話を始めて聞いたのは小学生のときだった。左甚五郎という、記憶に残りやすい彫刻家の名前も識った。担任だった樋渡茂雄先生の話だったと思う。
 この「三猿」は猿の成長を描いたレリーフの1枚で幼少期にあたる。その時期には「悪いこと」を「見ない」「言わない」「聞かない」よう育てるというものや、その起源は「論語」の「礼にあらざれば視るなかれ、礼にあらざれば聴くなかれ、礼にあらざれば言うなかれ、礼にあらざればおこなうなかれ」にあるという解説もある。
 
「列島劣化」の現実 2020/03/05 Thu 6791
 やや古いが「世界の港における貨物取扱量(2017年)」の記事がある(熊本日日新聞 2018年10月5日)。それによると、トップが上海で3位の深圳を含めて上位10港のうち7つが中国の都市だった。シンガポールは2位で、釜山が5位と、8位までアジアである。この記事の中に「日本はランク外だった」と記されている。そう、横浜港も神戸港も「ランク外」なのである。
 今や中国が上位を占め、シンガポールが大健闘しているのには「そうだろうなあ」と思う。しかし、釜山が5位と聞けば、単なる経済や地理の事情だけでなくなる。それは空の仁川空港のハブ化などとも繋がるものがある。私は本コラムで、仁川空港や釜山港が国家戦略的に整備される一方で、わが国の影響力が失われている現実を大いに心配した(2011年7月26日)。「現状は〝先進国〟などとうぬぼれている状態から遠く離れてしまっている」とも書いた。
 そして、その後もこうした流れの勢いにブレーキはかからないまま、国の弱体化、劣化が加速度的に進行している。そのうち、「日本人がノーベル賞を受賞する時代があったらしい」などと言われる時代が現実になることは疑いない。
今月の写真(4) 2020/03/04 Wed 6790
 
現在でも「ひな壇」という言葉が使われる。これは「雛祭の時、人形や調度を飾り並べる、階段式の段」(広辞苑)のことである。最も豪華なものは「七段飾り」と呼ばれる。最上段には「内裏雛」が並ぶ。それぞれ「男雛」「女雛」である。わが家では、この二人の代表者、それも超ミニチュアを飾ることにしている。ところで、この二人の位置だが、「関東雛」と「京雛」があり、前者は「男雛」が左、後者は右ということになっている。
 
「ひとかけら」の思い 2020/03/04 Wed 6789
 直木賞を受賞した川越宗一氏が書いた「日常を彩る『ひとかけら』」を読んだ(熊本日日新聞 2月3日)。川越氏は高校生のときに大阪で阪神淡路大震災を体験した。そのことに触れながら書かれたエッセイの文末が心に残った。
 「大きな文学賞までもらっておいてなんだが、自分の小説が日常を失った人を救えるような大仕事ができるとは思えない。だが、あるいはだからこそ、僕の小説は誰かの日常を少しでも彩れるようなものであってほしい。日常を続ける、あるいは日常への復帰をこころざす動機の、せめてひとかけらくらいにはなれるような小説を書けるようになりたい。直木賞の受賞決定から2日後の夜、テレビを消してから、僕はそう思った」。
 川越氏の控えめな筆に好感をもっただけではない。それは、自分の仕事に持ち続けてきた想いと同じだったからである。私の仕事が他の人たちを救えるなどとは夢にも思っていない。ただ、それが誰かにとってささやかなりとも役立つのであれば嬉しい。あるいは、日常の仕事や生活の中で、せめてひとかけらくらいにはなれるといい。私は、そうした仕事ができることのありがたさを感じながら過ごしている。
 
早朝夕刊(3):追跡可能性 2020/03/03 Tue(6:12am) 6788
 
トレーサビリティー【traceability】〔追跡可能性の意〕①食品の安全を確保するために、栽培や飼育から加工・製造・流通などの過程を明確にすること。また、その仕組み。 ②ある測定結果が必要な精度を満たすために、その測定機器の校正手段が、国際標準や国家標準などに対する連続した比較校正の流れの中に位置づけられていること。(三省堂 大辞林 第三版)
 一般人には①の語義が頭に浮かぶ。これが「人間」にも適用されるようになった。先月、東京のホテルでチェックインしたところ、定番の氏名・住所・電話番号に加えて、「前泊地」と「後泊地」を記入するよう求められた。ウィルス感染への対策である。
  
「表情」のリスクマネジメント 2020/03/03 Tue 6787
 新型ウイルスが問題化しはじめたころ、厚生労働省の記者会見をした担当者が笑っていると批判された。私もニュースを観たとき、「これはまずい」と思った。時々刻々と状況が変わるため、記者会見も頻繁に行われていく。その度にどう見ても「笑っているように」映る。そこでネットで検索すると、懸念したとおり批判が沸き起こっていた。
 ご本人としては真剣に仕事をしているはずである。ただ、世の中には「どうしてもそのように見える」人がいる。記者会見で大事なの正確な情報を伝えることである。しかし「その伝え方」も人に影響を与えることになる。とりわけ顔の表情は「心の反映」だと推測されるから、注意が必要になる。「どうせ他人のことと思っているのではないか」。そんな「誤解」を受けるのは本意でないはずだ。
 あの時、周囲にそうした誤解を受ける可能性を心配した者はいなかったのだろうか。そうであれば、厚生労働省のリスクマネジメントに疑問符が付く。また、気づいていたけれど指摘しなかった、あるいはできなかったとすれば、これまた組織としては問題である。批判されてからでは遅いことは今日の常識でなのある。
早朝夕刊(2):不審な動機 2020/03/02 Mon (5:57am)6786
 
静岡で60代の男性が新型ウイルスに感染しいていることが判明した。それだけなら「静岡もか」ということになる。ところが、この男性が例のクルーズ船の乗客で、下船後にスポーツクラブの浴室を使ったとなれば話は違ってくる。それも下船当日の2月20日と22日の2回である。
 これを知ったら、誰だってあきれ果てるに決まっている。本人はその事実を市の調査で申告していなかった。それも利用したのが浴室のみということで、その動機に不審感を抱くのも当然である。その後に体調を崩して感染していることが判明した。世の中には常識で考えられないことをする人間がいる。それもクルーズを楽しむ60代である。
青空の「ブーン」 2020/03/02 Mon 6785
 
大抵の子どもは飛行機が好きだと思う。私もその一人だった。佐賀県の伊万里に住んでいたころ、小学校の運動場のずっと上の方にある青い空を飛行機が「ブーン」という音を立てて飛んでいた。ただし、それも1回か2回しか記憶はない。飛行機なんて頻繁に飛ぶものではなかったのである。
 「ブーン」だから、あれはプロペラだったのである。その音もかすかに聞こえるほどだったから、かなり高いところを飛んでいたのと思う。「自分なんか、一生かかっても飛行機には乗れないだろう」。子どもながらそんな思いで真っ青な空を眺めていた。ぽかんと口も開けたままだったに違いない。
 そのころの飛行機といえば超贅沢なもので、それこそ半端な金持ちだって乗れない代物だった。そもそも、空を飛んでいる飛行機は見たことがあっても、それが実際に飛び上がるところや着陸する姿は映画で見るしかなかった。それが1960年ころの小学生の目に写った飛行機である。
 あれから時が過ぎ、多くの者が変わった。今では、飛行機は「遠出の足」である。夏ともなれば、サンダル履きの若者だって乗ってくる。そのまま海水浴にでも行くんかいなと聴きたくなる。
 
  
早朝夕刊(1):見出しの「印象」 2020/03/01 Sun (6:18am) 6784
 
 「新型肺炎 韓国感染977人 日本上回る 検査数4万件、死者11人に」(熊本日日新聞 2月26日)。大見出しからは「韓国の状況は日本より深刻」との印象を受ける。彼の国とは「いろいろ問題」が起きてしっくりいかない状況が続いている。そんな背景があると、「韓国の方がひどい」「日本の方がまだいい」などと思ったりしないか。しかし、小見出しの「検査数4万人」を見れば、「わが国は何件だったか」と考える。記事にその数値はない。時間が経過するとともに「彼我の検査数に桁違いの差がある」ことがわかってきた。つまりは大量に調べているから「日本を上回る」数値になった可能性が高いのだ。
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(44) 2020/03/01 Sun 6783 2月23日の続き
 10年経験者研修での講話及びトレーニング、大変ありがとうございました。この1年、自分自身に具体的に行動目標を持たせることで、後輩の先生達への声かけ、アドバイス等も内容が変わってきたように自分でも感じています。時には、同僚の先生方に厳しい指摘をしなければならない場面もあったのですが、それは大切にしつつ、普段は吉田先生の様な笑顔で周りに感謝しながら今後も常に努力していきたいと思います。ご指導、ありがとうございました。(中学校教諭 男性)
 研修では「行動目標」の設定を繰り返す。そのもとになるのが同僚教師たちから得られた期待の声である。この研修がはじまってしばらくは「児童生徒」から「もっとしてほしいこと」「やめてほしいこと」を書いてもらって、それに応えるための「行動目標」を立てていた。その対象を「職員室の仕事仲間」に変更した。いずれの場合も、目標が「具体的な行動で表現されていること」「みんなに見えること」「設定した期間中に実践し続けられること」を条件にしている。その結果、「後輩たちへの声かけやアドバイス」の内容が変わってきたのであれば、まずは大成功である。