母の記憶 2020/02/29 Sat 6782
今から46年半ほど前、母は思いもよらぬ手術ミスで47歳の生涯を閉じた。すでにその年月と同じほどの時間が経過したことになる。そして、気が付けばもうすぐ50回忌を迎える。
その日の朝、北九州の小倉は雨だった。母は数日前から意識がなくなり、父と妹と私は、もう時間の問題だと覚悟していた。そして、とうとう「その時」が来たのである。明け方の5時23分だった。
あのとき、私は何を考えていたのだろうか。夜が明けて霊柩車に乗り、門司区の火葬場に到着するまで、何を思っていたのだろうか。全員が無言のまま車に乗っていた。窓から遠くの景色を見ていた自分を思い出す。棺桶に取り付けられた小窓から最後の顔を見たとき、私はどんな気持ちでいたのだろう。完全に遺骨となった母の骨を取り上げている光景は今も目に浮かんでくる。
そんな悲しい出来事の記憶も次第に遠ざかっていく。もう、母の夢を見ることもなくなった。それでも何かの調子に母の声が聴こえることがある。顔が目に浮かんだりもする。このとき父は56歳の現役だった。その父も母のことを思い続けながら75歳で亡くなった。そして、時間が流れて私自身が高齢者となった。 |
古典的文献 2020/02/28 Fri 6781 早朝夕刊(2月10日)の続き
「Safety Driving シニアドライバー用」の17ページでは「視覚と加齢」の話題が取り上げられている。その内容は「なるほど」と納得する。ただ、その「引用文献」が年代物である点には苦笑いした。
まずは「2002 『交通事故防止の人間科学』より」と、ほぼ20年前の文献で、しかも発行元はわからない。これに続いて「1981年平凡社『心理学事典』」がくる。まさに前世紀、40年近く前の出版物である。因みに私の手元には1967年版があって、処分しきれずにいる。さらに「2007 所 正文『高齢ドライバー・激増時代(光文社)』より」が載っている。こちらは「発行年・著者・書名・出版社」のワンセットが揃っている。
私はこまかいことに「いちゃもん」をつける「趣味」を持っているが、こうした不統一はもっとも「気になるタチ」なのである。それにしても、第三番目の文献も2007年だから「昔」の本である。もっともそのころすでに「高齢ドライバー」の「激増時代」が話題になっていたことを示す貴重な資料ではある。
本冊子の奥付を見ると初版は昭和26年で、手元のものは「令和元年7月1日 第15改訂版発行」と記されている。文献の改訂もお勧めしたい。 |
国家的危機 2020/02/27 Thu 6780
新型コロナウィルスの影響が身近に感じられはじめた。熊本県の教育委員には学校に関わる行事等に出かける仕事がある。まずは3月5日開催予定だった高校生たちのフォーラムが中止になった。昨年まで3回出席したが活力にあふれる生徒たちの発表を楽しんだ。次に3月1日の県立高校の卒業式である。こちらは大事な行事だから実施されるが、最小限の規模にして来賓等の出席を取りやめることになった。来月の中旬には聾学校の卒業式にも出かける予定だったが、同じ理由で出席は取りやめになった。さらに、県内の小中学校を視察する2件のスケジュールも中止である。
このほか、熊本県青少年育成協議会長として「家庭の日」に出席して、作文や画などで優秀な作品を創った子どもたちを表彰する行事もキャンセルになった。この日はプライズでくまモンが登場する。その瞬間は子どもたちは言うまでもなく、参加していた大人も大喜びする楽しいイベントなのである。現時点では今月も静岡や青森、東京、さらに名古屋などで仕事している。私としても十二分に注意しながら移動しなければならない。この年にして未曾有の国家的危機に遭遇している。 |
漫談的技法 2020/02/26 Wed 6779 1月23日の続き
三隅先生に私の講義を「漫談」と「評価(?)」していただいたのだが、「講義・講演における『漫談』の定義」を考えるのもおもしろい。これは、授業も含めて「伝える(べき)事実」は同じでも、それを「どのように伝えるか」の問題である。ラグビーの某選手のように「笑わない」ことを売りにするか、それとも「笑い」を交えるかの選択がある。
ここで「笑い」を強調すれば「漫談」になるが、それが「ユーモアやウイット」を使った結果と言えばスマート感が出てくる。その視点から自己評価すれば、私の場合は「漫談」に近いだろう。とりわけ「高齢者」の方々を対象にした講座では「漫談」の側面が前面に出る。とにかく「楽しい」が最優先なのである。
そうかと言って、ただただ笑い話をしているつもりは毛頭ない。私なりに対人関係やコミュニケーションに潜む問題点やその克服について、様々な「事実」を伝える。その結果、「なるほどそうだなあ」「自分も『今さら』などと考えず、ちょっとチャレンジしようか」といった気持ちになってもらうことを最大の目的と考えているのである。そのための選択肢として「漫談的技法」もあっていい。 |
早朝夕刊(22):私情を抑えて 2020/02/25 Tue (6:14am) 6778 「早朝夕刊」(昨日)の続き
東大医学部卒業の森林太郎陸軍軍医は、緒方正規教授の「脚気細菌説」を否定する北里柴三郎に情緒的で攻撃的な文章を書いた。これに対して北里が反論する。「森林太郎の説によれば、北里は知識を重んじるあまり人の情を忘れたとの事であるが、私は情を忘れたのではなく私情を抑えたのである。学問に疎い者が学問を人情とすり替えて誤魔化すのは如何かと思う」。
これを読んで「うーん」と唸ってしまった。人間、「情」は有り余るほどあっても、いやあればあるほど、心を鬼にして「私情」と一線を画さねばならない。それが学問に生きる者の矜持である。北里の視点が正しかったことは歴史が証明している。 |
「大分合同新聞」の刺激 2020/02/25 Tue 6777 2月8日の続き
九州大学の助手から鹿児島女子短期大学講師に採用された。その鹿児島でいわゆる全国紙に夕刊がないことを知った。いまから40年以上も前の当時、全国紙は北九州からトラック便で送られてきていたと思う。そんなことから前夜のプロ野球のスコアは試合の途中までで終わっていた。おそらく20時台ころに印刷した版だったのだろう。これに対して地元紙である南日本新聞はそうした情報はきちんと掲載されていた。ただし、それまで永いこと読み慣れてきた全国紙だったから地元紙に替えることはなかった。
そうこうするうちに熊本大学に移籍することになったのである。その熊本でさえも全国紙の夕刊はなかった。あるとき大分大学に出張したところ、大分駅で久しぶりに夕刊と遭遇した。それが「大分合同新聞」だった。それを見て突如として「夕刊が読みたいものだ」との気持ちが盛り上がった。私自身、相当のせっかちであることを認識しているが、熊本に帰ってすぐに地元紙である「熊本日日新聞」の購読をはじめたのである。それまで取っていた全国紙もそのまま継続し、これに週刊の〝New
York Times〟を併せて3紙との付き合いがはじまった。 |
早朝夕刊(21):鴎外の活躍 2020/02/24 Mon (6:41am) 6776 「早朝夕刊」(昨日)の続き
日露戦争(1904年~1905年)では、「脚気」で死亡した兵士が3万人近くいたようだ。陸軍の兵士たちは、大事な戦力だから「特別の待遇として(?)『白米』を食べることができた」のである。これがビタミンB1不足に拍車をかけたのだった。
このとき海軍の軍医であった高木兼寛は食事をパンと麦飯にした。これに対して、またぞろ「細菌」派の東大閥がそろって攻撃したという。そんなことで、高木もまた主流から排除されたらしい。
ところで、かの森鴎外は軍医としても知られるが、まさに「細菌」派の実力者として大いに活躍(?)し、「栄養障害」を主張する人々を批判ではなく「非難・攻撃」したのである。 |
「公金収納指定」辞退 2020/02/24 Mon Mon 6775
三菱UFJ銀行が10市を対象に公金収納指定を辞退していた(毎日新聞 2019年2月28日)。これは同銀行が地方自治体の公金の収納事務などを扱う金融機関としての業務をしないということである。一般的に事務経費は金融機関が負担しているが、経営環境の悪化でこれに対応できなくなった。そこで銀行としては職員の派遣費用や口座振替手数料などの経費負担を自治体に求めたが、これが不調に終わったのである。
日銀が「異次元」というマイナス金利政策を継続していることで、銀行を含めて金融機関は厳しい経営を迫られている。銀行によっては、すでに支店を廃止したり、利用の少ない地域では休業日を設ける支店も出はじめた。このままでは危うい地銀が続出する可能性は低くない。一方の自治体も慢性的な財政難で困窮しており、事務経費の負担などの余裕はない。その昔は自治体の公金を取り扱うことは、その地方で信頼される金融機関としてのステータスの証だった。
しかし、いまやAI化の勢いは凄まじい。そのうち、現時点で人が担っている仕事がなくなっていくことは明らかである。そうした中に、銀行業務のかなりの部分が含まれると思われる。
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早朝夕刊(20):「脚気」論争 2020/02/23 Sun (6:58am) 6774 2月18日「早朝夕刊」の続き
前回、北里は「脚気」の原因を「細菌」とする「恩師=東大閥」と対立したと記した。その点を改めてチェックすると、東大教授緒方正規は北里と同郷で北里と同じ東京医学校で学んだ。その緒方の力で北里はドイツへ留学しコッホに師事した。緒方は北里に細菌学に関する技術を伝授したという。したがって資料によるが、「恩」はあったが「恩師」と言えるかどうかは微妙なところがある。
それはともあれ、科学的見解の相違で北里を排除した東大閥勢の情けなさを嘆くだけではすまない。それが人命に関わる重大事態に繋がるのである。前世紀初めの日露戦争では多くの兵士が「脚気」によって亡くなったのだ。 |
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(43) 2020/02/23 Sun 6773 2月16日の続き
10年経験者研修での講話及びトレーニング、大変ありがとうございました。この1年、自分自身に具体的に行動目標を持たせることで、後輩の先生達への声かけ、アドバイス等も内容が変わってきたように自分でも感じています。時には、同僚の先生方に厳しい指摘をしなければならない場面もあったのですが、それは大切にしつつ、普段は吉田先生の様な笑顔で周りに感謝しながら今後も常に努力していきたいと思います。ご指導、ありがとうございました。(中学校教諭 男性)
研修では「行動目標」の設定を繰り返す。そのもとになるのが同僚教師たちから得られた期待の声である。この研修がはじまってしばらくは「児童生徒」から「もっとしてほしいこと」「やめてほしいこと」を書いてもらって、それに応えるための「行動目標」を立てていた。その対象を「職員室の仕事仲間」に変更した。
いずれの場合も、目標が「具体的な行動で表現されていること」「みんなに見えること」「設定した期間中に実践し続けられること」を条件にしている。その結果、「後輩たちへの声かけやアドバイス」の内容が変わってきたのであれば、まずは大成功である。 |
「暴走老人」と「ゴム紐論」 2020/02/22 Sat 6772
藤原智美「暴走老人」(文春文庫)の初版は2009年に出ている。私は読んでいないが、ネットには「役所の受付で書類の不備を指摘され、突然怒鳴り始める。コンビニで立ち読みを注意されて逆ギレし、チェーンソーで脅しをかける。わずかなことで極端な怒りを爆発させる老人たちの姿から、その背後にある社会や生活意識の激変を探り、人間関係の問題を指摘して、『暴走老人』の新語を世に定着させた話題の書」とある。
その作者が昨年の1月に「この先をどう生きるか」を出した。その中には「暴走老人の多くは孤独老人であり、虚栄老人です」と書かれているらしい。「現役時代は組織の肩書や地位で虚栄心が満たされているが、リタイアで『縦の関係』は失われる。その自意識から抜けられないまま、地域などで『横の関係』をつくれない人たちが放り出され、孤立していく」と言うのだ。
誰が言ったか「人生ゴム紐論」なるものがある。昔は50cm(歳)だったゴム紐(寿命)がビーンと延びて80cm~90cmに、それどころか最近は100cm(歳)の声まで聴かれるわけだ。つまりは六掛けくらいで計算すれば、70歳でも42歳の血の気の多い壮年ということになる。
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コストカッター飛来 2020/02/21 Fri 6771 昨日の続き
ゴーン氏が「金の亡者」だという情報があふれている。フランスでも同じ問題が指摘されているから、それは「事実」である可能性は高いのだろう。また経営者として「コストカッター」と呼ばれるのは、「採算が取れない(と本人が考えた)工場や部門をドントン潰していった」からである。それは日産に来る前からの呼称だった。したがって、ゴーン氏が日本にやって来たのは、そうした「実績」が買われたからなのだ。
これを裏返せば、それまでの経営者が厳しい決断を回避したということである。もちろん私は「先の経営者が何でもかんでもドンドン潰すべきだった」と責めるつもりはない。むしろ、それ以前に採算が合わなくなる部門や工場をつくったのが問題だった。ただ、当初は合理的な判断でも、組織そのものの存続が危うくなるまで手を打てなかったのは経営者の責任である。これは推測するしかないが、そうした状況を危惧した人間が日産に一人もいなかったとは思えない。いやしくも多くの人間を構成員とする組織に多様な意見を持った者がいて当然である。ところが、どんな組織でもそうした人材が活かされるとは限らないのが現実である。 |
ゴーン物語 2020/02/20 Thu 6770
私の講演メモ(台本)に〝Mr. Carlos Ghosn〟が登場するのは2001年からのことである。いま手元で確認できる初出は、2001年2月15日に西日本新聞会館のエルガーラ・ホールで「組織安全の行動科学」と題した講演になる。このときは集団力学研究所のイベントで13時20分から14時50分まで話している。
その中に「3.組織安全のアクション・リサーチ」の項目があり、そこに「職場の安全と風土」「職場の安全とリーダーシップ」に関わる話として、「カルロス・ゴーンとMazdaの社員」について話したのである。
ゴーン氏が日産の最高執行責任者に就任したのは1999年の6月、その後2000年6月に取締役、そして2001年6月に最高経営責任者になった。こうした流れを振り返ると、私はゴーン氏を早い時期から取り上げていたことになる。手元には1999年10月19日の記者会見を伝えるスクラップもある。そこには意気軒昂、右腕を振り上げて。いまにも写真から飛び出すのではないかといった雰囲気のゴーン氏が写っている。その横には、それこそ渋面になったタイミングを狙って撮られたような表情の塙社長が座っている。
この「物語」、かなり長くなる予感がする。 |
ホテルのBGM 2020/02/19 Wed 6769
人口が2万人と少しの町に出かけたときのホテルでの話。朝の食事のためにレストランに行った。そこでジャズがBGMとして流れていた。ジャズと言えばアメリの黒人たちにとって民謡になるのではないか。それが日本の小さな町のホテルのBGMになっている。それなら海外のホテルのBGMで日本の民謡が採用されるのもおもしろくはないか。
もちろん日本資本が経営するホテルではなく、現地らしいレストランで流されるのである。と言うよりも日本の民謡を海外に発信できないものか。そのままストレートでは文化的にむずかしいかもしれないが、そこはプロがアレンジするのである。そんなことを考えたのも、それなりの理由があった。人生は偶然の重なりだとつくづく思う。
話は前夜にはじまる。じつは昨年末から「生活ルーチン」を一つ増やした。それはラジオ体操である。この年だから過激な運動はタブーだが、なにがしかの運動が必要なことはほぼ常識である。そうかと言って勝手な理屈で運動しても偏りがでる。こんなときは「ラジオ体操」に限ると思いついた。いまや素晴らしい時代である。YouTubeで検索すれば「ラジオ体操」は一瞬にして現れる。 |
早朝夕刊(19):「脚気」論争 2020/02/18 Tue (5:28am) 6768 2月14日「早朝夕刊」の続き
北里柴三郎について感動した第二の話は、「恩師の理論」に異議を唱えたことである。それは「脚気」の原因に関するものだった。母校東大閥の指導者たちは「細菌説」を主張していたが、北里は「栄養障害」が原因だと唱えた。つまりは「恩師の理論」とは対立する主張をしたのである。
それは研究者として当然のことであり、その正誤は科学的に検証されるべきである。ところが、これで北里は「忘恩の徒」と非難され、東大閥から排除されたという。ついでながら医師だった森鴎外も細菌説の立場から北里を批判したらしい。まさに北里の実力に感動する一方で、研究者を標榜する恩師たちの情けなさが際立つ。 |
「いまのところ大丈夫」症候群 2020/02/18 Tue 6767 昨日の続き
検疫官の感染について、その後の情報はほとんどない。ともあれ、「WHO基準(?)」に則って手袋とマスク程度の服装で乗客に問診等をしたということだった。さらに、仕事が終わったあとの手袋に関わる動作だったか、かなり危うい行為をしたというニュースが流れていた。
いずれにしても、「検疫官が新は型肺炎に感染」という見出しには目を疑った。当初のニュースでは、船内で感染が確認されていなかったことも軽装(?)の理由として挙がっていた。これまた素人ながら、「いまのところ大丈夫症候群」の罹患を疑いたくなる。水際の防御という高度の「危機管理」を本務としているのだから、一般人が驚愕するほどの「プロ意識」と「行動」を執ってほしいものである。
これは現在の状況を踏まえれば、素人でさえわかる「基本の基本」だと思う。その点で、またしても「『基本』は『基本』であるがゆえに守られない」という私の「仮説」が実証されてしまった。検疫後、本人は事務所で仕事をしたという。それから熱発し、検査したところ感染が判明したらしい。
これは検疫官個人ではなく、組織の「危機管理」に対する意識と判断力の問題だろう。 |
早朝夕刊(18):「想定外」を「想定外へ」 2020/02/17 Mon (6:28am) 6766 「早朝夕刊」(昨日)の続き
検疫官の感染が「想定外」だったという専門家の意見も、私の「これまでなかった症候群」に含まれる。「これまでなかった新種」であれば、「これまで体験したことのない事態」を少なくとも「想定」はしてほしいのである。その背景には「この種のウイルス」の行動は研究し尽くしているという事実があるのだろう。つまりは、「これまでの方法、あるいはWHO基準で対応すれば感染の確率はきわめて低い」という「予測=想定」が成立するのかもしれない。
私は「組織の安全」には「確率よりも確実を」の「認識と行動」が欠かせないと絶叫し続けてきた。リスクマネジメントの辞書から「想定外」を外しませんか。 |
「寅さん」の享年 2020/02/17 Mon 6765
映画の「寅さん」シリーズは48作あるそうだ。私はテレビで「ちょっとだけ」覗いたことはあるが、一本まるごと観たことはない。映画に限らず喜劇は好きな方だと思う。ただ「寅さん」はなぜか最後まで観ることがないのである。ただそれだけのことで、とくに理由を挙げろと言われれば、「どうしてですかね」と答えるしかない。
さて、地元紙の夕刊に山田洋次監督のインタビューが連載されていて、これには目を通している。そこで渥美清が68歳で亡くなったことを知った。「意外と若かったんだなあ」。これが私の感慨である。映画も観ていないから映像から年齢を推測する機会もなかった。つまりは、私が勝手に「もっと年を取っていた」と思い込んでいたわけだ。「寅さん」は「一人の俳優が演じた最も長い映画シリーズ」としてギネスにも認定されているらしい。
渥美自身も「俺は飽きても、観客が飽きないうちは、これをやらなきゃいけない」と言っていたという。そしていつのころからか、ほかの仕事はすべて断っていたらしい。まさに人生のすべてを「寅さん」として生き、生涯を閉じたことになる。これもまた、すごい人生の送り方だと思う。
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早朝夕刊(17):これまでなかった症候群 2020/02/16 Sun (6:20am) 6764 昨日の続き
検疫官のが感染について、専門家は「これまでなかった」「想定外」といった話をしていた。これを聴いて「おやおや、そううなんだ」と思った。
私は「組織安全」や「危機管理」における「これまでなかった症候群」「これまでもあった症候群」の危うさを指摘してきた。リスクに直面したとき、「これまでなかったから」というセリフが頭に浮かんだときは、自分(たち)が「リスク状態」に陥っていると考える方がいい。安全を脅かす悪魔は、365日24時間に亘ってこうした「心の隙間」を狙っている。いま求められているのは、「これまでなかった」新種のウィルス対応であり、「これまでどおり」ではまずいのだ。 |
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(42) 2020/02/16 Sun 6763 2月9日の続き
吉田先生のお話は、お聴きしているだけで元気が出て心が温かくなるものでした。先生のように、目の前で子どもたちが「先生の話、聴きたい」と思ってくれるように人間関係づくり、信頼関係づくりに努めていきたいと思います。先生の研修を通してリーダーシップをとっていくこと、自分が変わろうと思うこと、まずやってみることが大切だと感じました。Never
Ending Challengeで一日一日を大切に、そして充実したものにできるよう日々精進していきたいと思います。吉田先生、ありがとうございました。(中学校教諭 女性)
いつもながら、「ありがたや、ありがたや」の気持ちで一杯になる。これだから「教師は辞められない」のである。研修で「〝Never Ending
Challenge〝のこころで行こう!」と呼びかけた。最後は、私の信条である「あわてるな、人生はそんなに短くはない なまけるな、人生はそんなに永くもない」というフレーズで締めくくった。文面から、これにも反応してもらえたことが伝わってくる。教育にとってもっとも大事なことは教師が元気になることである。そんなエネルギー源として役立てたのであれば言うことはない。 |
早朝夕刊(16):ガラガラバイキング 2020/02/15 Sat (6:59am) 6762
先週、セントレアのホテルに泊まった。朝食はお決まりのバイキングだが、いつもと景色が違っていた。朝の7時台だと人が多く待たされることもあるのだが、これがガラガラなのである。食事中はあちらこちらから外国語が聞こえてくる。そんな状況に慣れきっていたから、その静寂さに戸惑ってしまった。ホテルのスタッフも手持ち無沙汰に見える。
ある統計では中国から観光客だけで40万人も減少したという。人間の目に見えないウィルスが国の、いや世界の国々の経済に打撃を与えている。小規模経営の組織はこれだけで存続していくことができなくなるに違いない。われわれはそうした時代に生きているのである。 |
WHOの基準 2020/02/15 Sat 6761 2月13 日「早朝夕刊」の続き
検疫官が感染したことについて、テレビニュースから専門家の話が聴こえてきた。その一つは「WHOの基準に則った」といったニュアンスのものだった。それは事実なのだと思う。しかし、WHOに新型のウイルスに対する科学的な評価ができているのか。おそらく「否」に違いない。これまで遭遇したことのないリスクに対して既存の基準を使って正当化するのはいかがなものか。
「わが社は、そもそも厳しい基準を設定しているので、仮に不正があったとしても製品の安全性には問題がない」。このごろは耳に胼胝ができるほど聞くセリフである。こうした問題が起きる前であれば、いや今でも、しかるべき筋は「わが国の検疫体制は世界標準よりはるかに厳しい対策を取っている」と胸を張るのではないか。
私は「わが国の環境に対応する技術水準は世界のトップを走っている」といった「自己評価」に危惧の念を抱き続けてきた。それを本コラムに書いたこともある。リーダーシップの世界では「自己評価」が危ういことは「常識」である。根拠の曖昧な期待を抱き続けてウン十年、周りを見ればあれもこれも他国の後塵を拝することになった現状がある。 |
早朝夕刊(15):北里柴三郎とノーベル賞 2020/02/14 Fri (6:54am) 6760 2月11日の続き
船山信次氏の北里柴三郎に関する話で感動したことが三点ある。まずは彼が第1回ノーベル賞を授賞する資格が十二分にあったということである。コッホに師事した北里は破傷風に対する血清療法を確立した。これが偉大なる業績であることは世界の誰もが認めている。ところがノーベル賞は同僚のベーリングが授賞した。じつは、この研究に必須の実験データは北里が提供したものだった。かくして、北里はノーベル賞を受賞すべきだったのである。 こうした「事実」をもとに、ノーベル賞の価値まで否定する気持ちはない。ただ、「人の世の中」は、誰もが納得できる公平な評価を期待できるほど単純ではないのである。 |
妄想メモの洪水 2020/02/14 Fri 6759 いろんなことが頭に浮かぶ。そろそろ人生の整理をしなければならないのに困ったことだ。今から17年前の2003年に「味な話の素」を書きはじめた。そのときは「頭に浮かぶものがあれば」くらいの気持ちだった。それでも「あれやこれや」と大きなこと、小さなこと、もちろん中くらいのことが頭に浮かんで書きたくなる。それは妄想的と表現すべきほどだ。
そこで、ワープロに「その内容に関連する数個の単語」や「20字ほどのメモ」を入力していった。そこまでは良かったが、その後も「妄想」が止まらないから、メモは増え続けていく。メモの末尾に赤字で「328頁 2012/04/23 5:30 ネタをドンドン減らそう」とあり、さらに「376頁 2013/01/19」「333頁 2116/08/22 5:59」と続く。そして今日の時点では「448頁」に至っている。
すでに「とにかく減らそう」という意志は木っ端微塵に砕かれ状態にある。それだけではない。前世紀つまりは1980年代の講演メモまで手元に残っている。こちらも鋭意(?)整理し続けているが、「おおっ!なかなかいいこと言ってるじゃないか」と純粋自己満足的感動を呼び起こすフレーズや項目が目についてしまう。 |
早朝夕刊(14):目と耳を疑う素人 2020/02/13 Thu (6:53am) 6758
この国の「危機管理体制」は「劣化」を超えて、すでに「崩壊」しているのではないか。ダイヤモンド・プリンセス号に入った検疫官が新型肺炎に感染していた。この見出しほど目を疑うものはない。手袋とマスク程度の防御レベルの服装で乗客に問診等をしたらしい。その時点では船内で感染者が確認されていなかったという。これを聴いて今度は自分の耳を疑った。そもそも「検疫」は水際の「危機管理」である。こうした事態が起きるのだから、クルーズ船に「検疫」に出かけた目的そのものが理解できていないのではないか。ただし、そうした疑問を持つのは素人だからで、専門家としての「言い分」はあるようだ。 |
コストカットの末路 2020/02/13 Thu 6757 「スズキの検査不正、一気に拡大 隠蔽が常態化」(日経Web版 2019/4/13)。これも繰り返される不祥事の一つである。外部調査報告書によれば、完成検査時に上司が検査員に「合格範囲内で数値を書いておけ」「書き直しをするとチェックシートが汚くなる」といった指示をしていたとされる。ブレーキやハンドル、速度計、ライトなどのチェックでは、「決められた手順で検査せず本来不合格のものを合格にしたり、一部を省略したりしていた」という。
こうした不正行為の一部は1992年ころから行われていた可能性が指摘されている。検査員になる前の無資格者の検査や教育期間中に検査員の印鑑を借り検査をしたとの「供述」もあったようだ。また「一部」という条件付きながら、不正が1981年ごろから始まっていた可能性があるという。
こうした記事を読むと、すぐに「同じことをしていた別の企業」が頭に浮かぶ。それも「複数」である。他社で問題が発覚したため、「書類の差し替えなどで隠蔽し」、その実態は「課長クラスまで認識されて」いた」というから暗澹たる気持ちになる。これも「コストカットで生き残る戦略だ」と正当化されたのか。
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早朝夕刊(13):勝手に電子化 2020/02/12 Wed (6:47am) 6756
三菱電機へのサイバー攻撃で防衛装備庁の情報が流出した可能性が出てきた(2月10日 朝日新聞デジタル)。防衛省は「防衛装備品に関する『機微な情報』が含まれていた」と発表した。当初、三菱電機は「防衛・電力・鉄道などの社会インフラに関する機微な情報、機密性の高い技術情報や取引先に関わる重要な情報は流出していないことを確認した」としていた。
問題の資料は「注意情報」とされ、貸し出しの際に「保全の徹底」が求められていた。それにも拘わらず、同社が「勝手に電子化し、インターネットにつながったパソコンに保存していた」という。つまりは、「基本の基本」が守られていなかったのである。 |
単純ミスの責任 2020/02/12 Wed 6755 2019年12月30日の続き 裁判官が判決の内容でなく、そもそも「取るべき手続き」を取らなかったのは「単純ミス」である。それで裁判をはじめからやり直せば、一体全体どのくらいの経費がかかるのか。これは税金の無駄遣い以外の何者でもない。被害者は言うまでもなく、裁判員に与える心理的な影響も計り知れない。また裁判員には経済的な負担の問題すら与えているのではないか。
裁判官は「自由心証主義」という絶対的な力が与えられている。裁判では「訴訟において、証拠の範囲や信憑性について裁判官の自由な判断を認め、これに法律上の制限を加えない主義」(Weblio辞書)が採用される。あとは裁判官の良心に委ねられるという伝家の宝刀である。それは人類が永年に亘って積み重ねてきた経験によって獲得された「知恵」なのだろう。
だから、裁判官は「判決」に関しては責任を問われることがない。それは後に冤罪であることが判明してもしかりである。さらに裁判官は国会の弾劾裁判によらなければ罷免もされない。国民はこうした約束事を受け入れている。ただし、単純な「手続きミス」であれば話は別である。これにはしかるべき責任をとるべきではないか。 |
早朝夕刊(12):北里柴三郎 2020/02/11 Tue (5:41am) 6754
新千円札の肖像として北里柴三郎が決まった。北里は1853年、熊本県阿蘇郡小国町に生まれた。つまりは熊本出身の偉人である。NHKカルチャーラジオ
科学と人間「薬と毒の歴史をひも解く」で日本薬科大学教授船山信次氏が北里のことを取り上げていた。その内容がじつに興味深かった。
とりわけ3つの話題が記憶に残った。北里は地元の熊本医学校から東京医学校(現在の東京大学医学部)に入学した。卒業後は私も子どものころから名前だけは知っている細菌学の第一人者だったコッホの元で研究し破傷風菌の純粋培養に成功する。さらに、破傷風に対する血清療法の確立という歴史的な偉業を達成したのである。
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初歩的ミス 2020/02/11 Tue 6753 昨日の続き
「東名のあおり運転」裁判は、高裁が地裁の「不意打ち」判決を差し戻したことで、審理は「はじめから」やり直しになるらしい。しかも、その見解が裁判員との合議抜きだったことを「越権行為」だと批判している。これで裁判は「ふりだし」に戻ることになる。
とにかく「最初からのやり直し」らしく、裁判員も交代するようだ。法律の適用や判断については、裁判所によって異なる結論が出ることは十分にあり得る。それが三審制の存在意義とも言えるだろう。そもそも人間は過ちを犯すのである。
しかし、裁判官にはこんな初歩的な手続きの問題で被害者はもちろん、社会全体を惑わさないでもらいたい。そもそも、税金の無駄づかいをしてはいけない。世の中で繰り返される不祥事の流行に乗って、裁判のプロまでが劣化しているのだろうか。あるいは、定員と比較して裁判件数が過剰になり、この世界でもブラック化が進んでいるのか。
たった一人の法曹関係者から聞いた情報に過ぎないが、このごろは「判決文を書くのがうまくない判事」や「判決よりも和解を好む判事」が増えているという。どんな職業でも完璧を求めることはできないけれど…。 |
早朝夕刊(11):暖機運転とアイドリング 2020/02/10 Mon (6:39am) 6752
私が運転免許の更新に当たって「高齢者講習」を受講したことは本コラムでも取り上げた。その際に「Safety Driving シニアドライバー用」というB5判87頁の小冊子が配付された。これは直ちに私の「トイレ指定図書」となり、毎朝ゆっくり楽しみながら目を通している。
「交通公害、地球温暖化の防止等」の中に「むだなアイドリングはやめよう」という項目がある。私が免許を取ったときは「暖機運転」という言葉が存在しており、エンジンを暖めてからスターとすることが推奨されていた。そう言えばわが愛車も信号で停車するたびに「アイドリングストップ」モードになって、ガソリンの節約量を刻々と明示してくれる。 |
「不意打ち」判決 2020/02/10 Mon 6751 2019年12月30日の続き あらゆることが放置していると「あっ」という間に過去のことになる。東名の「あおり運転」事故の第二審で「差し戻し」になったことに触れたのは、何と昨年末の12月28日である。これについては驚きとともにどうしても言いたいことがあって、30日まで3日づづけた。それでも「本当に書きたいこと」まで到達していなかった。ところが年が明けると宮崎の初詣など新年気分で取り上げているうちに、「東名のあおり運転」のことは頭から吹っ飛んでいた。
そこで「その続き」ということである。前回までのポイントをまとめると次のようになる。①高裁は地裁が「危険運転致死傷罪」を適用したことは認めた。②地裁の裁判官は「公判前整理手続き」の段階で同法の適用が難しいとの見解を表明した。③ところが、その変更を当事者に伝えないまま同法を「適用」して判決を出した。
高裁はこの②と③に問題があるとして「差し戻し」たのである。事前に「この法律は適用できないよ」と書面で提示しておきながら、蓋を開けてみると「やっぱり適用しちゃった」のである。高裁は「不意打ち」と表現したようだが、被告側にすれば「だまし討ち」になる。 |
早朝夕刊(10):CAのマスク 2020/02/09 Sun (6:21:39am) 6750
先月末、今年になって初めて東京で仕事をした。その日は武漢からチャーター機の第2便が羽田に到着した後だった。飛行機は国際線に着いたはずで、国内線は平常どおりだった。仕事を終えて帰る日は、機内に入るとキャビンアテンダント全員がマスクをしていた。現状に対応した処置として当然で、とくに違和感はなかった。ただ、これまで1300回以上のフライト体験を大いに自慢している者にとっても初めて見る光景だった。
ともあれ新型ウイルスはこれからどうなるのか。今後の展開が見通せないだけに、経済も含めた影響が懸念される。前期高齢者の「フリーター」としては、わが家でおとなしくしておくべきか。
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「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(41) 2020/02/09 Sun 6749 2月2日の続き 吉田先生、1年間研修をありがとうございました。教員になって10年以上が過ぎ、 自分のスタイルもある程度出来て、学校でも様々な役を任されるようになって変な自信が出てきていたと思います。そんなときに職場の先生方から評価をいただき自分を変えていくのは大変だと最初は思ったけど、これからの厳しい現場を乗り越えていくには変わっていくことが大事だと思いました。(中学校教諭 女性)
いつの時代にも教師たちは様々な問題に直面してきた。そして、いまでは教育の場が「ブラック」と評されたりもする。そうした中で中堅の教諭が文字通り中核として元気に活躍してもらう必要がある。そこで「様々な役」を担うことになる。それが、教師の自信に繋がり、成長をもたらすのである。しかし、それが心の中に「変な自信」となってしまうと期待された役割を果たせなくなる。人間は自分自身を振り返る力をもっている。そして、それを活用することで成長し続けるのである。
私が関わった講習が、こうした考え方とその行動に少しでも影響を及ぼしたのであれば嬉しい限りである。いまこの先生が職場でリーダーシップを発揮されていることを願う。 |
早朝夕刊(9):放射「能」の意味 2020/02/08 Sat (5:39am) 6748
岩波新書に「広辞苑に遊ぶ」と題したしおりが入っている。その1枚で「放射能」を取り上げていた。
「能」の字が示すように、本来は物質が放射線を出す現象または性質を言う語。放射能をもった物質が漏れるという意味で、「放射能漏れ」という言い方をすることがあるが、もとの意味からすれば誤用。「放射性物質漏れ」とでも言うべきところだが、報道などで頻繁に使われて、『広辞苑』でも、放射能放射性物質自体を指す用法があることに「第7版」から言及している。
これを読んで、小学生のころに「能」の意味を知ってから、「どうして『能力』のようなものが漏れるのだろう」と疑問に感じた記憶が蘇った。 |
大分合同新聞 2020/02/08 Sat 6747
大分合同新聞が4月から朝刊と夕刊を統合すると発表した。この記事を見て感慨深いものがある。統合の理由に、①人件費・原材料費の上昇、②人手不足で配達員の確保が困難化が挙げられている。これに購読数の減少も加わっているのではないかと思う。
私は30歳になるまで北部九州で過ごした。父の転勤で小学4年生の2学期から中学2年生の2学期の4年間は伊万里市民だった。それでも新聞の夕刊は配達されていたのではないか。小中学生が新聞読みに没頭することはないが、それなりに目を通して(?)いたものである。
新聞のタイトルや見出しの活字である「ゴチ」や「明朝体」をまねて書き、自宅の様子を載せて母方の祖父に「吉田家新聞」を発送していた。これに対して祖父から丁寧なお礼と感想を記した手紙が返ってきた。その中には誤字の指摘もあった。どのくらい続いたか記憶にないが一人で生活していた祖父にとって孫からの新聞は楽しみの一つだったに違いない。
それはさておき、上記の事情から、私は新聞は朝刊と夕刊がセットになっているものと思い込んでいた。その「常識」が覆ったのは30歳になる年に鹿児島に行ったときだった。 |
早朝夕刊(8):入力方式の変更 2020/02/07 Fri (6:27am) 6746 昨日の続き
ラインの入力ができなくなり「やれやれ、どうしたものか」と思案した。そこでネットを検索すると「一時的に入力方法を変更する」ことが勧められていた。それにしたがって操作したところ、「これまで見たことのない」入力の画面が表示された。
まずは「文字が小さい」ことが目立った。そもそも「らくらくフォン」が高齢者をターゲットにしていて、表示の大きさは売りの一つだった。ただし、その代償として、たとえば「かな」と「カナ」や「記号」なども切り替えが必要であった。その詳細は省略するが、「新入力方式(?)」はそうした「弱点」の多くがクリアされていた。さらに、ローマ字入力までできるのである。 |
「組織人」の終焉 2020/02/07 Fri 6745
昨年の3月に組織人としての生活が終わった。そもそもは65歳で熊本大学を退職したのが6年前だった。これで給料取りの終了と思っていたが、それから5年間は再雇用になった。いわゆる有期雇用のシニア教授で、具体的な額は措くとして年末には「給与所得の源泉徴収票」が送られてきた。地方税も給与からの源泉で、その点「現役時代」と変わらなかった。それも満70歳を迎えた年度である昨年3月に終了した。これで「組織人」としての生活にも終止符が打たれたのである。
その後は給与の源泉がなくなったため、地方税や健康保険料などを個人で支払うことになった。それも一定期間でまとめて引き落とされる。こうなると具体的な金額がしっかりわかる。現役時代は、もろもろの内容が一緒に記されているから、引かれて当然といった、ある種あきらめ的と言うか、あるいは受け身的な読み方をしていた。それが個別に見えるようになって、「けっこう引かれていたんだなあ」と感慨に耽る。とくに健康保険料は雇用者の大学が1/2を拠出していたから単純に「倍」になった。そんなわけで、「年金だけでは生活できないと」いう話の真実性を体感しはじめた。 |
早朝夕刊(7):ATOKのout 2020/02/06 Thu (6:43am) 6744 昨日の続き わが家の連絡に限定したラインで発信しようとしたところエラーが出た。「Super ATOK ULTIAS for らくらくを終了しました」とのメッセージが出て文字入力ができない。これを見たとき、「おおっ、入力は
ATOK だったのかあ」と感動を覚えた。ATOK といえば、私が30年以上も前からワープロとして使っている「一太郎」の日本語変換システムである。その当時の「jX-WORD太郎」の薄いマニュアルは捨てきれずにいる。これについて触れ出すといつものように脇道に逸れて帰れなくなるから、また別の機会に譲る。
ネットでチェックすると、1月16日からこのエラーが「らくらくフォン」で発生していることが判明した。 |
「川柳」効果 2020/02/06 Thu 6743 昨日の続き
リーダーシップについて話すとき、私は二つのポイントを強調する。その第一は「リーダーシップを行動として考える」、第二は「自分で行動しているつもりでも相手に通じているかどうかはわからない」ことである。まずは、「行動」は「エクササイズで改善することができる」と訴える。そのために役立つのが「リーダーシップ・トレーニング」である。ただし、トレーニングによって「行動」が変わったと思い込むだけでは意味がない。リーダーシップの影響を受ける側から「行動が改善した」と認識される必要がある。つまりは、「やってるつもり」だけではリーダーシップを発揮しているとは言えないのである。
そのことを「川柳的に皮肉を込めて」例示するのはきわめて効果的だ。そんなことから、1990年代に作成した私の講演メモには次のような名作が並んでいる。
「まかせると言ったすぐから口を出し」「活性化、叫ぶあなたが辞めなさい」「安請け合い、苦労するのは部下ばかり」「議論して、困ればいつも社の方針」「人手不足、上司応援なお遅れ」「会議とは名ばかり上司独演会」「F1を1階フロアという課長」。
部下はしっかり観察している。 |
Short shot(6):アメリカの高齢政治 2020/02/05 Wed (10:53am) 6742
内政干渉がタブーであることを承知してはいる。その上で、アメリカの大統領選挙の民主党候補者の年齢が気になる。ニュースに登場する4人のうち3人は70代である。それもバイデン氏とサンダース氏は80歳に手が届きそうなのだ。そもそもトランプ大統領が私よりも年上だから、アメリカの政治が高齢者によって動かされていることになる。アイオワでは38歳のブティジェッジ氏がリードしているらしいが、最終的にはどうなるのだろう。 |
早朝夕刊(5):Lineのout 2020/02/05 Wed (6:54am) 6741 2月2日(早朝夕刊)の続き 仕事で外に出るときはPCを持参する。これでメールの確認やインターネットへのアクセスもできる。そんなことでスマートフォンは電話としての役割以外は最低限の「らくらくフォン」にした。これは高齢者をターゲットにした仕様で自分に適合していると考えた。
世の中にはラインやフェースブックなどのアプリケーションがある。またPCには「〇〇さんが誘っています」などのメッセージが入るが、これらには対応しない。私の「可能な限り捕まりたくない精神」は強固なままなのである。ただし、わが息子から「家族間だけはラインにすべきだ」と強引にインストールされた。そのラインで問題が発生したのである。 |
「川柳集」の復活 2020/02/05 Wed 6740 昨日の続き
このところ、私は「リスクマネジメント」の講演や研修で「サラリーマン川柳集」からの引用を復活し始めた。たとえば、「無礼講、酔いが覚めれば無礼者」という初期の「古典」がある。いかにも「ありそう」で、その光景が目に浮かぶ。これによって、リーダーが「何でも言いなさい」と太っ腹ぶりを見せようとしても、現実には「言いたいことが言えない」状況をつくっていないかと問い掛ける。
私は「世界中の事故や不祥事を引き起こす要因は『言いたいことが言えない(言えなかった)』『言っても聴いてもらえない(聴いてもらえなかった)』のいずれかである」と言い続けてきた。これはリーダーシップ発揮のあり方の問題である。それを「無礼講、酔いが覚めれば無礼者」に託すのである。
まさに「川柳」だから、そこにいる大多数が笑う。おそらく「そうそう、そんな上役がいる」という思いに違いない。それが笑えるのは、自分がその被害を被る部下である状況を想定しているからだろう。そのとき、「これは上役である自分のことであり、反省すべきだ」などと考える者は皆無ではないか。そのこと自身が「リーダーシップ物語」のネタになる。 |
早朝夕刊(4):没落の虞 2020/02/04 Tue (6:22am) 6739
研究者たちが日本は基礎研究に金をかけなくなったと嘆いている。そして今後の科学に不安を訴え警告する。現時点ではノーベル賞の授賞ラッシュと言えるほどの勢いがあることは疑いない。しかし、それは過去に行われた基礎研究の賜であり、やがてわが国の研究が凋落の道をたどることは容易に想像できる。
その先駆けがすでに「経済」で起きてきた。今日でも、表向きの数値は世界第3位のGDPなどと言っているが、この30年ほどは停滞し続けている。これに対して中国の突出は措くとして、どの国もそれなりに伸びている。一方、わが国は南海トラフに起因する大災害が起きれば最貧国になりかねいと専門家が警告するほどの状況なのである。 |
サラリーマン川柳集 2020/02/04 Tue 6738
「サラリーマン川柳集」の発表は毎年の恒例行事になった。これは1987年にスタートした第一生命の大ヒットイベントである。これで契約数が伸びたかどうかは知らない。その作品集が出版されはじめのころ、3冊買い込んで福岡から帰る高速バスの中で読みはじめた。もう冒頭から抱腹絶倒、思わず吹き出した。その反応が大きすぎて、周りの乗客から怪訝な顔で見られてしまった。
まさにタイトルどおり、サラリーマンたちの悲哀が笑いになって爆発する。熊本市の教育センターのトイレには選び抜かれた秀作が貼ってあった。これで笑いながら一時が過ごせるわけだ。
ところで、明石市の市長さんはまたもや暴言でニュースになっていた。ご本人はアンガーマネジメントのトレーニング中らしいが、リーダーには「怒り」を「笑い」に、せめて「皮肉」に変換できる力が求められる。
私は「リーダーシップ」をテーマに講演や研修をしていることから、「川柳集」は「貴重な引用文献」だった。ただし、一時は「わっ」と盛り上がるが、その熱も時間の経過とともに冷めていくものである。そんなことで、いつのころからか「川柳集」の引用はしなくなっていた。 |
早出夕刊(3):今月の写真 2020/02/03 Mon (9:41am) 6737
この4月で熊本地震から4年が経過する。熊本城は自慢の石垣を含めて大きな打撃を被った。それでも昨年の10月には大天守が「新築完成」し、いま小天守の工事が最終段階に入った。やや遠巻きではあるが、天守閣周りにも入ることができるようになっている。ただし、石垣の方は気の遠くなる数がいくつかの場所に分散して保管されている。これらの修復までは20年かかるともいう。
私の趣味の一つは雲を見ることである。ある朝、東の空を観ると太陽が雲間から強烈なパワーで自らの光を通そうとしていた。雲の一部は白く輝き、また一部は濃い灰色を主張し、その間に青空がのぞく。何とも不思議な気持ちになった。 |
リーダーシップと体罰 2020/02/03 Mon 6736 星陵高校のサッカー部総監督が解任された(熊本日日新聞 2020年1月25日)。この処分の前に、部員に対する暴言や暴力が理由で懲戒処分を受けていた。「教育上極めて不適切な言動を重く受け止め、校長が判断した」という。
第三者による調査委員会が「部員に『身体障害者か』と言ったほか、部員のほおを平手で殴るなどの行為が複数件確認された」などとした報告書を提出していた。総監督は60歳ということだが、指導者として何とも寂しいことである。
どんなスポーツでも「心技体」の充実は基本の基本である。総監督を任せられるのだから「技」と「体」には大いに優れているに違いない。ところが、それに「心」が伴わないと問題が起きる。スポーツでは「自己コントロール力」も重要な役割を果たすはずだ。体罰も含めて、問題を起こす指導者にはこの辺りの力が欠けているのではないか。
私は昔から「リーダーシップ=(専門力×人間力)/フォロワー数」という「公式」を提唱している。この式は、「専門力(技・体)」があっても「人間力(対人関係力:心)」が「ゼロ」や「マイナス」では望ましい影響を与えることができないことを伝えている。
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早朝夕刊(2):「らくらくフォン」問題発生 2020/02/02 Sun (6:55am) 6735 昨日の続き 昨年4月からは「花のフリーター」になったことから、名刺とメールに限って携帯の番号を公開した。それより前に携帯の調子が悪くなってスマートフォンに替えていた。私は仕事で外出するときはPCを持ち歩くから携帯で十分だった。ただし、移動中に乗り換える際には手元で時刻表を見ることができれば便利である。
そんなことを考えてスマートフォン、それも機能は最小限の「らくらくフォン」にした。これは入力時の文字が大きいなど、いわゆる高齢者向けの製品である。私としては「移動中」にPCの代役を果たせばいいと思っているので、それで十分に満足していた。ところが先月になって問題が発生した。 |
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(40) 2020/02/02 Sun 6734 2019年12月22日の続き 吉田先生の研修を毎回楽しみにしておりました。いつもエネルギーを頂き笑顔になれて嬉しかったです。また講話の中でもたくさんのヒントや勇気をいただきました。教員としてはもちろん一人の人間として忘れずに大切にしていきたいなと思う言葉も多くいただき、本当に感謝しております。これからもまたどこかで吉田先生のお話を聞ける日を楽しみにしております。先生どうかご自愛ください。1年間ありがとうございました。(中学校教諭 女性)
この講習は5月から2月にかけて4回実施しており、1回は3時間ほどだった。その中にグループワークを入れるため、40分くらいの講話をしていた。そこでその日のテーマに関わる内容を選んで話をするから、慌ただしい限りであった。もちろん、材料を精選すればいいのだが、それがむずかしいのである。「あれもこれも」話したくなるのだ。人様には「自分が変わること」の重要性をいつも強調しているが、自分は「題材の精選」すら前期高齢者後期に至っても「変えることができない」ままでいる。それにもかかわらず、仕事の「ヒント」や「言葉」があったと評価していただける。ありがたや、ありがたや。
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早朝夕刊(1):熊大卒業と携帯 2020/02/01 Sat (6:12am) 6733
私はかつて「携帯を持っていないこと」になっていた。とにかく365日24時間、どこにいても捕まるのは御免被りたかった。ところが財団法人集団力学研究所の所長になったときは、連絡が取れないと困ると説得され、携帯を持たされてしまった。それでもこれを研究所とのやり取りだけに限定し続けて所長を辞めたときにお返しした。
その後は個人的な携帯を持つようになったが、これも家族と大学の職場のスタッフだけの連絡を原則とした。ただし、講演で出かける際に空港などでお迎えいただくときの緊急連絡先として例外的にお伝えしていた。しかし、昨年3月に熊本大学を完全卒業したから公的連絡先がなくなった。 |
銀行の行く末 2020/02/01 Sat 6732 三菱UFJ銀行が10市を対象に公金収納指定を辞退していた’(毎日新聞 2019年2月28日)。これは銀行が地方自治体の公金の収納事務などを扱う金融機関としての業務をしないということである。一般的に事務経費は金融機関が負担しているが、経営環境の悪化でこれに対応できなくなった。そこで銀行としては職員の派遣費用や口座振替手数料などの経費負担を自治体に求めたが、これが受け入れられなかった。
日銀が「異次元」というマイナス金利政策を継続していることで、銀行を含めて金融機関は厳しい経営を迫られている。すでに支店を廃止したり、利用の少ない地域では休業日を設ける支店も出はじめた。このままでは危うい地銀が続出する可能性は低くない。すでに支店に店休日を採用しているところもある。自治体も財源難で困窮している。
その昔は自治体の公金を取り扱うことが、それぞれの地方で信頼される金融機関としてステータスの証でもあった。いまやAIが急速に発達している。その結果、現時点で人が採用されている仕事がなくなっていくことは、止められない流れのようである。その中に銀行業務のかなりの部分が含まれるのではないか。 |
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