![]() |
| |
手元に「九州学生心理学会会報」の第5号がある。発刊は1969年12月になっている。サブタイトルは「九州学生心理学会機関誌」とされ、全体で46頁だ。 奥付を見ると、編集責任者は愛野正晴氏、編集協力者として吉田道雄・安永直美・西原由美子の名が連なる。発行者は「九州学生心理学会常任事務局」で印刷は「九州大学生協プリント部」である。いわゆる和文タイプの入力で謄写版印刷だが、今の若い方は何のことかわからないだろう。この3人と私は九州大学教育学部で心理学を専攻した同級生である。私はまだ21歳になったばかりだ。 当時の入学定員は1学年35名と国立大学の学部で最少人数だったはずである。教授陣の正確な人数は記憶にないが、教育学系と併せれば少なくとも十数名にはなる。そうした環境だから、私たちは日本で最も濃密な心理学の教育を受けたと思う。 さて、会報のトップは「はしがき」で、坂巻善生氏が担当している。彼も同じ仲間である。冒頭の原稿を書いているから会長だったのではないかと思うが、名前には「文責」としか記されていない。次の頁を見ると「巻頭言」があり、こちらは私が書いている。やはり「文責」である。 |
| 早朝夕刊:どちらもチャンス 2019/09/25 Wed (6:05am) 6527 昨日の続き 組織における「人事異動」は人を「動かせて位置を変える」のではない。それは個々人にとって意味がある。まずは「うまくいっている」人物であれば、その力を場所と相手を変えてさらに伸ばす機会を与えるのである。まさに成長のための異動である。もちろん異動は横滑りだけではなく、昇進を伴うこともあるから、縦方向が含まれる。そうなれば、文字通り「異動」となる。 一方、「うまくいっていない」者にとっても「異動」はチャンスとして働く可能性がある。こちらは「心機一転」して新しい職場、仕事、そして仕事仲間との付き合いがはじまる。同じ組織であれば、以前の職場で「うまくいっていない」という情報が伝わるだろうが、新たな職場で「聴いていた話と違うぞ」と思わせればいい。 |
| マニュアル問題(94) 2019/09/25 Wed 6526 8月11日の続き マニュアルに関する自由記述の中に「マニュアルの内容や意味が理解できていないため作業も習慣的になってしまい、遵守が徹底しないことがある」という声があった。これは規則についても当てはまる。そもそも規則やマニュアルが必要な理由が理解されていなければ、その存在そのものの意味がない。そして「規則やマニュアルはそんなものだ」という「常識」が漂えば、職場内でマニュアルを創る側もいい加減になる。そして、それを使う側も自分のあずかり知らない人間が知らないところで創った作文となれば、目を通す気にもならないのは当然である。 本コラムで、「基本」はそもそも「守られないもの」だと断言したことがある(2017年10月18日)。その点、「規則」や「マニュアル」も「基本」と言えるから、やはり「守られないもの」と考えた方がいい。とにかく「基本」をないがしろにするのは「人間行動の法則」と言えるのではないか。ともあれ、働く者たち一人ひとりが、規則やマニュアルを守るのは「自分が安全に仕事をするためなのだ」という意識をもつことが必要である。そうした理解を深めるためにも、職場のリーダーが重要な役割を果たすことになる。 |
| 早朝夕刊:「移動」と「異動」 2019/09/24 Tue (4:31am) 6525 昨日の続き 組織の劣化防止の「対策②」は「異動」である。【異動】 ①物事に前と違った動きが起こること。また、その動き。②地位、勤務、住所などが変わること。新任、退任などの人事の動き(精選版 日本国語大辞典)。【移動】動いて位置が変わること。動かして位置を変えること(同)。 この両者が違うことは一目瞭然であるが、レポートなどでは人事に関することが「移動」と表記されていることがそこそこある。これはワープロの変換ミスなのか、あるいは当人が「移動」だと認識しているのかはわからない。【移動】は名詞だから、「動かして位置を変えること」まで含むのは妥当なのか、素人としては疑問が残る。 |
| 「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(38) 2019/09/24 Tue 6524 8月6日の続き 元気をもらいました。楽しく元気に働くコツを教えていただきました。ポジティブにパワフルにこれからも頑張っていくことができそうです。本当にありがとうございました。吉田先生もこれからもそのままの先生でいてください。(中学校教諭 男性) 講演のあとで「元気をもらいました」という声を聴くと嬉しくてたまらなくなる。それがご本人の今後の生き方に寄与することができる可能性があるとすれば言うことはない。私は理論や理屈で感動してもらうよりも、こうした点で少しでも役に立てればいいと思っている。 そもそも人間の行動に関わる領域で「理論」なるものがあるのか。そんな疑問を呈すれば、専門家から囂々たる非難が飛んでくるだろうか。私はあるとき日本教育心理学会の年報に、「実践は理論に奉仕するためにあるのではない。実践はそれ自身に価値がある。むしろ理論こそが実践に奉仕すべきなのだが、現状はそうなっているか」といった主旨のことを書いた。これには「理論軽視だ」との批判を受けるだろうと思っていたが、少なくとも私の耳には聞こえてこなかった。「おそらく誰も読んでいないんだろうなあ」と推測している。 |
| 早朝夕刊:新人たちの意欲 2019/09/23 Mon (5:44am) 6523 昨日の続き たしかに「新人研修」で講義時間に全身で「やる気ねえなあ」とアピールしている者もいる。しかし、それは「新人だから」ではない。この3月で私は大学を卒業したが、授業でもそんな雰囲気の学生もいたし、人生経験を積んだ組織人にも見られることがある。ところが、その当人がグループワークになると積極的に参加するのである。しかも、そんな人の中には研修が終わってからわざわざ私のところにやってきて、「ありがとうございます。面白かったです」などと声をかけに来たりする。まさに人は見かけによらないのである。 こんなことがあるから、私の「趣味である仕事」はいつまで経っても止められない。 |
| ノルマ、ノルマ… 2019/09/23 Mon 6522 【ノルマ】《名》(ロシア norma)各個人や工場などに割り当てられた、一定時間内における労働・生産の最低基準量。第二次世界大戦のシベリア抑留者が、引き揚げてきて伝えた語(精選版 日本国語大辞典)。そもそもが、きわめてマイナスのイメージを背負った言葉である。ノルマは「達成目標」ではなく「最低基準量」であり、それも上が、おそらくは問答無用で決めるのである。 ついこのごろ、「ノルマ」問題が高級外車を販売するBMWジャパンで発生した。公正取引委員会は、9月日に独占禁止法違反(不公正な取引)の疑いで、日本法人「ビー・エム・ダブリュー」(BMWジャパン)へ立ち入り検査に入った。そもそも通常の営業活動からは達成困難な新車販売台数のノルマをディーラーに課したうえ、達成できない場合に自分で新車を買い取らせ、「自社登録」を強いる不当な取引条件を設けていた疑いがある(東洋経済新報Web版)とされる。BMWと言えば名だたる高級外車である。社名〝B〟のバイエルン州にある本社が関わっていることはないとは思うが、どうなのだろうか。それにしても、「またしてもノルマのプレッシャーか」と嘆きたくなる。 |
| 早朝夕刊:新人たちの意欲 2019/09/22 Sun (5:34am) 6521 昨日の続き 私は「新人」を対象に研修をすることがある。その内容は「リーダーシップ力の育成」というよりは、「モチベーションアップ」に焦点を当てることが多い。リーダーシップはどんな状況にいても、人と関わりをもつ限り欠かせない。したがって新人にとっても「リーダーシップ研修」は必要なのだが、組織としては「モチベーションの向上」に対する期待が大きい。 何と言っても〝Yes-man〟を人生の基本とする私である。そうした組織の期待に応えるべく、新人向けの研修プログラムを創ってきた。その内容は別の機会に譲るとして、私には、受講者である新人たちの多くが前向きであり、意欲的に満ちていると思える。 |
| 自分で抑えられない… 2019/09/22 Sun 6520 元マラソンランナーの女性が万引きで捕まったことは、テレビの番組で知っていた。そもそものはじまりは現役時代の食事制限にあったという。それが摂食障害を引き起こし、ストレスになったのか万引きという行為に走った。窃盗の繰り返しで起訴され、近々判決が出るという時期に放送を見たのである。その後、執行猶予の判決が出たという記事を新聞で見たような記憶がある。 そうした中、熊本日日新聞の夕刊でドクメンタリーが放映されていたことを知った(4月23日 深ヨミテレビ)。映画監督の砂田麻美氏の原稿だが、それによると執行猶予後に収容された厚生施設で賄い用の鶏肉を自室に持ち帰っていたという。彼女の頭の中のある部分では「してはいけない」という価値判断はできているはずである。しかし、それを覆い尽くすような勢いで「手を出してしまう」力が働くに違いない。おそらく「気が付いたらやってしまっていた」と言うしかないのだろう。本人は当然として、社会にとっても悩ましい問題である。 この点は、すべての依存症に共通している可能性が高いが、今日の大脳生理学をもってしても「そのメカニズム」を説明できないでいる。 |
| 早朝夕刊:老若の距離 2019/09/21 Sat (6:08am) 6519 昨日の続き 組織を含めて生きものの「劣化」抑制策の一つは「若い力、とりわけ新人を活かす」ことである。人類の歴史はトシヨリたちの「今の若いモンは」の愚痴の累積で成立している。これが「自分たちの若いときとは違う」というメッセージであれば当然のことである。時代と環境は時々刻々と変化しているのだから、「同じ」なんてあるはずがない。 問題は「自分たちのときの方が良かった」と価値づけする点にある。その瞬間にロウジンたちは自ら若者たちと距離を取ることになる。先方だって、そんな人たちと進んでお付き合いする気になんてなるわけがない。そして、お互いが離れれば、さらに「理解」は困難になる。 |
| 結果が問題なければ… 2019/09/21 Sat 6518 住友重機械工業の「動く歩道」や「リフト」等を製造する過程で検査に不正があった(熊本日日新聞 1月25日)。またもや「検査の不正」である。こちらも無資格者が検査していた点でこれまでのケースと同じだ。さらに半導体のデータが改ざんされていた。 これらについて、「製品の安全性や性能に問題はなかった」との説明もいつものように「繰り返される」。つまりは、製品としては問題がなかったというわけだ。おそらく現場でも不正は認識しながら「品質に問題はないから」といった理屈で放置されたままだったのだろう。これまた「結果が問題なければそれでよし」、ただし「バレたら仕方がない」の流れである。 不正に関わったのは13人ということで組織性を否定しているが、人数の多寡が問題ではない。そして、「不適切な検査を許してしまう仕組みがあった。現場まかせで上司の監督が不十分だった」と釈明する。しかし、半導体の改ざんは2004年からだと言うから、組織として「気づかなかった」では済まされない。この時点では子会社を含めて検査不正が288件とされていたが、その後「新たに検査不正など5000件」との見出しになった(日経3月28日)。 |
| 早朝夕刊:「劣化」抑制のポイント 2019/09/20 Fri (6:24am) 6517 昨日の続き およそ「生きとし生けるもの」が「劣化」し続けるのは、「生きる」ことに伴う必然である。したがって、「劣化」を完璧に抑制する特効薬はない。そうした中で、「①若い力、とりわけ新人を活かす」「②効果的な異動を実施する」2点は組織の健康維持あるいは改善に貢献する。これに関連して、高齢者にはきついが、「③退き際を誤らない」も追加しておくべきか。個々の構成員が劣化を避けられないのだから、組織が生き続けていくためには「バトンタッチ」が必須である。いわゆる「世代交代」である。そもそも、地球上にいる生きものすべてが、「DNAのバトンタッチ」を脈々と続けてきた成果物なのである。 |
| 車内エイゴ 2019/09/20 Fri 6516 「ザ・ドア オブ ザ・ライトサイド ウイル オープン」。これは私がJR東海道「こだま」、JR西日本とJR九州の「さくら」で聴いた車掌の車内放送である。英語の原文は〝The doors of the right side will open〟であることは明らかだ。ただし、私に言わせれば苦笑を誘うほど「カタカナ英語」なのである。細かいことを言えば、JR九州の「さくら」に乗車していた年配の車掌が、やや「英語ッぽいなあ」と感じた。 これらがインバウンドを意識していることは誰にだってわかる。「どうしてもう少し英語っぽく言えないんだろう」。私が抱いた素朴な疑問である。もちろん、ネイティブ顔負けの発音を要求するつもりは微塵もない。それにしても「意図的」ではないかと思えるほどのレベルなのである。私が利用した3社で共通していたため、そんな思いに至ったわけだ。 これを聴いた外国人たちがどんな印象をもつだろうと余計な心配をする。それなりに自然に耳に入ってくるくらいの流ちょうさがあるべきではないか。すでに海外からの旅行者たちから車内で問いかけられる機会も増えているはずだ。「意図的」というのは私の誤解であってほしいと思うけれど。 |
| 早朝夕刊:「生けるもの」と「劣化」 2019/09/19 Thu (6:12am) 6515 組織はそれぞれ固有の風土をもっている。和辻哲郎風に言えば、それが人間の思想や文化に影響を及ぼす。さらに、思想や文化は人々の「行動」に繋がっている。まずは風土があり、そこで醸成される思想・文化とそれに伴う人々の行動が組織の行動規範を形成していく。 私はこの「行動規範」と「常識」は同義だと考えている。その常識が組織としての振る舞いを決める。それが組織の成長に貢献することも、その存続を危うくすることもある。そもそも「生きもの」は誕生したときから終焉に向かってスタートを切る。そして、生きている限り「劣化」する力を生成し続ける。人が構成する組織も「生きもの」である。 |
| 高齢者の運転免許更新 2019/09/19 Thu 6514 運転免許を更新した。何分にも「花のフリーター」だから、免許センターへ平日に出かけた。更新手続きは2階だが、エスカレーターを昇ったら目の前に受付の人がいた。「高齢者の更新です」と伝えると、必要書類と免許証の提出を求められた。 書類を書いて第一の受付に渡してから第2の受付へ進む。そこで更新手数料2500円と交通安全協会費2000円を支払う。それから視力検査だが、軽くクリア。目はいいのである。その後、窓口に書類を提出して椅子で待っていると、写真撮影で名前を呼ばれた。一度に呼ばれたのは3人で、待つ間もなく終了。まだ仕事をしているので残暑厳しき折りながらネクタイを着用していった。もちろん、違反した際に警察官に見られることを意識したのではない。危機管理上、運転免許証の提示がないと入れないところがある。そんなときは免許証の写真と生顔をしっかりと比較さるから、ポロシャツよりもネクタイ付きの方がカッコウつくわけだ。 写真を撮り終えて数分で新免許証を手渡された。全行程で15分ほどだった。高齢者講習受講の効果があって(?)、あっという間にゲットした。 |
| 早朝夕刊:おもしろ答案「辞典」 2019/09/18 Wed (6:36am) 6513 7月22日の続き 学生の答案に「浦づけ」と記されていた。もちろん「裏付け」の誤りで、本来は「記載されたことがらを証明するために文書に裏書きすること」(【精選版 日本国語大辞典】)である。文字通り「裏」に「書き付ける」のだ。さらに、「③物事を他の面から確実にすること。また証明すること。また確実にするもの。証明するもの。証拠」とワンサカ列記されている(同辞典)。今日ではこの意味で使うのが一般的である。 一方、「浦」は主として海岸や海辺などを指している。したがって、海岸に船が着くときなどは「浦づけ」になるのかしら。答案には試験内容とは関係のない「裏付け」が記されていることもある。 |
| 「これまでもあった」症候群 2019/09/18 Wed 6512 2018年6月14日、山陽新幹線で人身事故が起きた。北九州市内にある高架橋に設置された検査用の足場から侵入したと思われる。それは福岡県内に住む52歳の男性介護士で自殺と推定されている。電車は博多発の「のぞみ」で、JR西日本は確認のため新下関駅で停車させた。その結果、先頭車両の先端が割れているのを確認した。 運転士は「ドン」という異常音に気づいていたという。ただ、過去に小動物に当たったことがあって、このときも同じだろうと考えて運行を続けたらしい。新幹線の軌道内に「人が入ってくる事態」は想定外と言えるほどきわめて「確率が低い」に違いない。これに「過去の経験」による「思い込み」が加わったのである。そこで「その場で緊急停止」することには「抵抗」があったと推測される。 ただ、JR西日本の場合、さまざまなトラブルが起きると「とにかく走らせる」ことを優先させる価値観とそのプレッシャーが共通の要因として働いている印象を受ける。それが運行関係者に「できるだけ止めない」「できれば止めたくない」という気持ちを起こさせるのではないか。それでも小倉駅で運転士が確認するのが当然のことだった。 |
| 早朝夕刊:個々の引き出す 2019/09/17 Tue (5:47am) 6511 JALは12日の成田・中部便に乗務予定だった副操縦士からアルコールが検出され交代させた(熊本日日新聞 9月14日)。このため15分遅れの出発となったが、本人を解雇処分するという。同社では8月にも鹿児島・羽田便の副操縦士がアルコールのために諭旨解雇されている。 JALとしては飲酒に関して厳しい条件を付け、さらに注意喚起をし続けているに違いない。それでも同じことが繰り返される。こうなると、まずは検査を厳密にし基準超えの場合は即解雇の厳しい対応をするしかないのか。世の中では、ある行為が大問題になり、それが発覚すれば窮地に追い込まれることがわかっていても同じことをする人が絶えない…。 |
| 女性社員の発見 2019/09/17 Tue 6510 15日の続き 〝THE JAPAN THAT CAN SAY NO:Shintaro ISHIHARA〟は「Noと言える日本」の英語版である。前書きは〝Japan as No.1〟の著者Ezra F. Vogel氏が書いている。その第3章に、あるエピソードが記されている。 熊本の川尻にあるNECの半導体工場では他の工場で発生しない多くの不良品が出ていたが、その原因が掴めないままでいた。そんなある日、女性従業員が通勤途上に工場近くの踏切で待っていたところ、長い貨物列車が通過していった。そのとき彼女は「この振動が不良品の原因ではないか」と直感した。それを責任者に伝えたことから対応策を講じられた。その結果、不良品率が見事に低下したのである。彼女は18歳だったが、石原は「仕事と会社に対して誇りをもっていた」と記したあと、「こうした仕事に対する倫理観は日本の優れた学校教育の反映である」と続けている。 一昨日はソニーの若い女性が不良品率の低下に貢献したケースを取り上げた。いずれも、現場で働いている人々が意見を出しやすい雰囲気があった点で共通している。原著の「Noと言える日本」はソニーの盛田昭夫との共著だったが、英訳では石原の単著になっている。 |
| 早出し夕刊:安全セミナー 2019/09/16 Mon (9:45am) 6509 もう数年前のことだが、ANAの機内誌「翼の王国」にヒューマンエラー対策セミナーのPRが載っていた。それは、安全を確立するANAのノウハウをセミナーとして商品化したものであった。それを見るたびに、「JALも安全性向上を目的にした教育をしているはずだが、この手のPRはできないだろうなあ」と思っていた。その理由は単純で、1985年8月12日に発生した羽田発、伊丹行きJAL123便の墜落事故の重大な責任を背負っているからである。当事者たちは「安全教育などおこがましい」と批判されることを意識していたに違いない。 |
| 私とゴルフ(2) 2019/09/16 Mon 6508 昨日の続き 忍者のようにクラブを持った私は思いっきりスイングした。すでに40年以上も昔のことで記憶は定かでないが、数回は空振りをしたはずだ。それから、ようやく当たったボールは、これまたあやふやな記憶ながら飛ぶと言うよりはコロコロと転がった。それを何回かトライして、最後はちょっと程度の距離は出たかと思う。その度に周りのみんなの笑い顔が見えた。 自慢じゃないが私は「負けず嫌いでない」ことにおいては誰にも負けない自信がある。そのときも「よーっしっ、今に見ていろ」なんて気分にはなりたくてもなれない性分である。そんなわけで、「こりゃあダメだワイ」とすんなり判断した。それ以来、ゴルフとは完璧に無縁なのである。 ところで、このところ渋野選手が脚光を浴びている。そのきっかけになった全英オープンで優勝したとき、1977年にメジャーを制した樋口久子元女王が渋野選手を「新人類だ」と評していたので思わず笑ってしまった。いまの若者たちが「新人類」という言葉を聴いたら「新語か」と勘違いするかもしれない。「新人類」は前世紀末に「旧人類たち」の間で流布されたもので、今日ではすでに「死語化」している。 |
| 早朝夕刊:個々の引き出す 2019/09/15 Sun (5:42am) 6507 ソニーがトランジスタを製造しはじめたころ、集団就職で採用した女子社員に仕事に対して厳しい姿勢の者がいた。彼女は自分のつくる結晶の良品・不良品率と製造工程をフォローした。その結果が上司に報告され、歩留まりが大きく向上する。さらにそれが添加物の変更にまで繋がっていった。こうして、不良品率の低下だけでなく、トランジスタの性能そのものが飛躍的に伸びたのである(【ミネルバ日本評伝選 井深 大】)。 何ともいい話ではないか。現場で働く者が自ら進んで問題を発見し、それを上司に伝える。それを可能にする風土が組織全体の力になるのである。その重要性は時代が変わっても変わることはない。 |
| 私とゴルフ 2019/09/15 Sun 6506 ゴルフは遠く離れた地点にあるホールに向かってボールを打ち、それに要した打数の少なさで競う。この点は単純明快だから、そのことも知らない人は皆無に近いだろう。仮に知らない人がいても、一言説明すれば誰だってすぐにわかる。もちろん、様々な約束事はあるはずだが、それは少しずつ知っていけばいいのだろう。かく言う私が「最低限」のことしか知らないのである。 私は人生の中で、一度だけゴルフクラブを持ち、ボールを打ったことがある。それは1970年代の初めころだと思うが、荒尾市にある「三井グリーンランド」でのことだ。現在この施設は「グリーンランド」と改称している。集団力学研究所がグリーンランドから管理者のリーダーシップと従業員のモラールに関する調査を依頼された。そこで西鉄大牟田線で現地へ出かけた。調査は原則として職場単位で実施することから、ゴルフ関連の仕事をしている方々については打ちっぱなしのところまで行った。そのときに、「打ってみませんか」と誘われたのである。 まずは忍者もどきの手の組み合わせ方でクラブを持つように教えられた。これで準備万端、人生ではじめてスイングをした。 |
| 早朝夕刊:「いまのまま」 2019/09/14 Sat (6:30am) 6505 あらゆる「モノ」は安定を求める。その典型が「慣性の法則」である。つまりは外から力が働かない限り、モノは「いまのまま」を維持する。これは「モノ」からできている人間がもっている「こころ」についても当てはまる。これが私の仮設である。 そこを基点に人間の行動についても理解していきたい。「いまのまま」には「静止」と「運動」双方がが含まれる。環境が変化すれば、「いまのまま」を維持するために自らが「変わる」ことで対応する。それがうまくいかなければ、「いまのまま」でなくなってしまう。そうなったときは「そのときの状態」が「いま」となって、これを維持する力が働くことになる。 |
|