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 味な話の素 No.195 2019年08月号(6432-6480) Since 2003/04/29
先輩のSさん 2019/08/31 Sat 6480 
 
午前中、外大の勉強。午後は勉強に気乗りせず、ハーモニカを買いに天神へ。寮に帰ってからSさんと映画に行く。七時ころに終わって、中洲~福高へ。福高から九大へ。着いたのは十時少し前。まだ発表の様子まったくなし。またまた歩いて貝塚へ。そのとき十一時半。まだ発表の様子はない。あと三十分に私の将来がかかっている。あまりドキドキもしない。

 これは1967年3月15日水曜日に私が書いた日記である。この日、大学の合格発表を自分の目で確かめるために出かけた。当時は午前零時に合格者の氏名が書かれた掲示板が立てられるのだった。テレビとラジオで放送までしていた。その日は同じ寮の隣部屋だった大学生のSさんが映画からずっと付き合ってくれたのである。
 中洲の映画館までは市電で行ったが、あとはすべて徒歩である。それでも午前零時の発表まで時間を持て余していた様子が伝わってくる。いま私の脳裏には鹿児島線のそばにあった墓地のようなところに座って、電車が目の前を走り過ぎるのを見ていたことが蘇る。そんなこんなで時間を潰しながらひたすら待った。このときずっと付き合ってくれた先輩のSさんを忘れることはない。
 
半世紀前の入学式 2019/08/30 Fri 6479 昨日の続き
 
私が大学に入学したのは1967年である。そのときから大学の教員になる目標をもっていた私は「大学生・教授の生態」という本を反射的に購入した。目次を見れば最初の章が「大学教授の生態」とくる。そして「新教授列伝」として、6つのタイプを挙げている。まずは「1.タレント型」にはじまり、「2.学者型 3.道楽型 4.教育者型 5.政治家型 6.サラリーマン型」と続く。大学に入ったばかりの教員志望者が目次を見ただけでゲットしたのは言うまでもない。それは九州大学教養部の今にも倒れそうな建物で営業していた生協でのことである。六本松にあった教養部だがいまは跡形もない。
 その中の一節で、著者たちは「母親たちが大学の入学式に付き添ってくる」ことに驚き、隔世の感ありと記しているわけだ。そのときの大学生がすでに前期高齢者に達しているのである。「なんだ、このごろの若いモンどもは。そもそも彼等は戦争も知らないんだよな。これから先が思いやられるよ」。この著者たちが内心でそんな心配をしたかどうか、いまたしかめる術はない。ともあれ、それから半世紀以上が経過して、年寄りたちが同じことを言っていないか。
 
早出し夕刊:湧き出る「どうして?」 2019/08/29(8:58am) Thu 6478 
 
その昔、「地下鉄の電車をどうやって地下に入れるのか。考えはじめると眠れない」をネタにした春日三球・照代の漫才コンビがいた。この私も何でもかんでも「どうして」という疑問がわき続けて止まらない。ただし「いつもちゃんと眠れる」点は三球氏と違っている。私の「どうして」の一つは「どうして天体が動きはじめたのか」である。これは子どものころからの「疑問」だが、納得できる答は準備されているのだろうか。その前にまずは「天体という『モノ』ができたのはどうして」が来るべきではある。ここで「考えてもわからんものはわからんのよ」でおしまいにするかどうか。古稀を超えても迷っている。 
入学式点描 2019/08/29 Thu 6477 
 
手元にある本の一節。

 1.入学風景 4月に入って春たけなわの頃となると、どの学校にも微笑ましい入学風景が見られることになる。大学の入学風景も、近頃は幼稚園や小学校に劣らず楽しく和やかなものとなってきた。数多くなってきた女子学生の華やかさだけがそういう雰囲気をかもし出しているのではない。着飾った若い母親たちが、自分たちよりも、ずっと背の高い、見るからに頼もしげな息子たちに付添って大学の門をくぐる姿が、以前とは全くちがう近頃の大学の入学風景をかもし出しているのである。小さくてやせこけた学生たちが独りで大学の門をくぐった昔を知っている人から見れば、隔世の感があるというのも無理はない。肩幅もあり、背丈もある、見るからに頼もしげな青年たちは、今は母親に付添われて学長や総長の訓辞を聞くのである。

 まずは皆さまのご感想はいかがだろうか。その書名は「大学生。教授の生態」で、著者は立命館大学に務める二人の教員である。ここまでだと、よくある「大学モノ」の一つのような印象を受ける。しかし、その発行日が1966年10月25日だと聴けば、「えーっ」と驚く方がいらっしゃるのではないか。
 
さすが「イチロー」! 2019/08/28 Wed 6476 
 
「イチローさん栄誉賞辞退」(熊本日日新聞 4月6日)イチロー元MLB選手が国民栄誉賞を受けることを辞退した。政府からの打診に対して「人生の幕を下ろした時に頂けるよう励みます」と答えたという。これで辞退は3回目、引退を決めた今回は受賞すると思った人が多かったのではないか。
 最初は2001年にMLBで日本人選手として史上初の首位打者となったときである。小泉内閣の打診に「まだ現役で発展途上の選手なので、もし賞をいただけるのなら現役を引退した時に」と言って辞退した。「さすがイチロー」という感じだった。その次は、MLBのシーズン最多安打記録を更新した2004年である。この年は生中継で大いに盛り上がった。しかし、これにも辞退を表明した。「うーん、やっぱりイチロー」といったところだろうか。
 そして今回は「現役引退」だから、本人も言っていたタイミングではあった。しかし、これまた固辞となったのである。もちろん「本人の意思」が最優先であり、こころの中は誰にもわからない。ただ、20年近くの間に3回までも打診されて、それを断るのは、誰もができないことを淡々と実行するイチローらしいなあと思う。
 
専門家の怠慢? 2019/08/27 Tue 6475 
 
「大和ハウス 2000棟違法か」(熊本日日新聞4月13日)。レオパレスの次は大和ハウスで、耐火性や基礎構造の仕様に問題があったという。同社の発表によれば、自社基準で不適合と認定したのは2078棟、そのうち2066棟に建築基準法違反の恐れがあるらしい。法で定める認定を受けた仕様を、設計者が十分確認せず設計したのが原因だという。つまりは「設計者」のチョンボということである。それが2000件を超えるのであれば、そのミスを見逃したこと自身が大問題である。設計に関わったのは延べ173人というが、そんな多数の専門家が「十分確認をせず」に仕事をするなんてあるのだろうか。
 耐火性や柱の仕様に問題があったものは2001年1月から10年6月にかけて、基礎構造の方は2000年10月から13年2月にかけて発生していた。これだけの長期間に亘って、多くの「設計者が定められた仕様を確認せず設計」したことになる。すでにかなりの時間が経過しているが、この問題が明らかになったのは「内部通報」によるという。つまりは「気づいていた人間」はいたのである。これがなければ問題はわからずじまいで終わった可能性が高い。何とも危うい話だ。
佐賀の偉人 2019/08/26 Mon 6474 
 
教育委員会の仕事で佐賀に行った。その際に世界遺産の三重津海軍所に出かけた。私にとって世界遺産は初めてだった。そこで佐野常民という佐賀出身の人物を知った。彼が「赤十字病院の祖」という解説があった。西南戦争を機に日赤が生まれたことから、熊本がその発祥の地だと聴いていた。そんなことで、「日赤を創った」という説明に「えっ」と少し驚いた。
 詳しく聴くと、佐野は1877年の西南戦争で敵味方の区別なく負傷者を救護する「博愛社」を創設したのだった。さらに10年後にはこれを「日本赤十字社」と改称しその初代社長に就任したのである。佐野はヨーロッパに出かけたときに「赤十字社」の存在を知ったという。
 まさに佐野こそが「赤十字病院の祖」であることを十二分に納得した。それににしても、三重津海軍所も佐野常民も知らなかったのは私だけなのだろうか。佐賀県は大隈重信や江藤新平、副島種臣、辰野金吾など、歴史に残る人物や長谷川町子や針すなおといった文化人、さらにはグリコの江崎利一、森永太一郎、孫正義などの出身県なのだが、いまひとつ目立たない。私だって伊万里小学校の卒業証書を持っているのだけれど…。
 
早朝夕刊:Study as if… 2019/08/25(5:37am) Sun 6473 
 
Study as if you were going to live forever; live as if you were going to die tomorrow. (Maria Mitchell 1818年~89年)。「まるで永遠に生きるつもりでいるように学び続けなさい。そして、明日にでも死のうとしているかのように生きていきなさい」。ミッチェルはアメリカの女性天文学者で、「ミッチェル彗星 」の発見(1847年)で知られているらしい。この言葉に私なんぞが解説を加える余地などない。私はといえば、「あわてるな。人生はそんなに短くはない。怠けるな。人生はそんなに長くもない」というフレーズを高校の卒業文集に書いた。われながら気に入っているが、彼女の言もこれに通じると思った。  
ノルマ問題 2019/08/25 Sun 6472 
 
かんぽ生命保険の不正販売問題では「顧客に無断で契約書類を偽造」したケースが昨年度に22 件発生していた。ここまでいけば明らかに犯罪行為である。このうち3件は便局員向けの文書に手口が記載されていた。その理由は「過大なノルマ達成のため」だという。日本郵便では「年賀はがきのノルマ」が問題になったが、会社としては否定していた。これに「ああそうなんだ」と納得する者はほとんどいなかったと思う。
 ゼミのときコンビニでアルバイトをしていた学生から恵方巻きをもらった。「これってノルマですから」と笑って言う。それを聴いて対価を払ったことを記憶している。
 あらゆる組織に目標があるのは当然である。しかし、それが「ノルマ」と表現された瞬間に「マイナス」のイメージが生まれる。何を基準に「過大」と判定するのか。その客観的で共通の物差しはない。しかし、身体や精神に支障が出るのは、少なくとも当人にとっては「過大」と言うべきである。個々人の力に違いがあるのも得手不得手があるのも当然である。それを「みんな同じ」というわけにはいかない。こうした点を見極めるのもリーダーの重要な役割なのである。
 
早朝夕刊:小惑星のニアミス 2019/08/24(5:34am) Sat 6471 
 
小惑星が地球にニアミスしたが、その直前まで観測されなかったという。この7月25日に直径約130メートルの小惑星が時速8万6千キロのスピードで通過した。地球から約7万2千キロで月との距離の1/5ほどで、天文学的にはニアミスらしい。地球に衝突しれば東京都を壊滅させるくらいの大きさだった。それが通過する前日になって、米国とブラジルの天文学者らが発見した。専門家によれば、「直径100メートル程度だとかなり地球に接近しないと見えないことがある」という。地球規模では「東京都」の面積といっても点にすらならない。つまり確率はゼロに近いのだが、「ゼロではない」。真夏の怪談話ですませたい。
小学校と教科担任 2019/08/24 Sat 6470 
 
小学校の5、6年生に教科担任制を導入する動きが出てきた。これまで小学校は学級担任制が原則だったから、相当に大きな転換である。その背景には、来年度から小学校高学年で英語が教科になり、プログラミングが必修化されることへの対応もある。教科担任制によって、指導の質を確保するという。併せて、教員の負担軽減も目的になっている。
 小学生だから教師と子どもが「学級」という共通の空間で過ごす意味はある。一人ひとりの問題も発見しやすいだろう。ただ、一人の教師が「何でもかんでも教える」というのは、これまでも無理を生じる側面があった。また、教師も良きにつけ悪しきにつけ「学級」を自分と一体化する雰囲気が生まれる。
 その昔、「学級王国」」という言葉を聴く機会が多かった。そもそもは、担任の独自性を尊重する視点から、子どもたちとの自治的な「王国」を創ろうという主旨だった。それが自由で活力のある学級を実現するとされた。しかし、時とともにその閉鎖性などの問題点の方が指摘されるようになった。いまや、学級で起きる問題も教師たちが担任の枠を超えて協力しなければ解決できないものが多いのである。
 
名脇役の言 2019/08/23 Fri 6469 
 
俳優の六平(むさか)直政は名脇役である。風貌はきわめて強面で若いころは怖い役が多かった。ただし、こうした俳優が年齢を重ねると好々爺を演じるようになる。あの「青汁まずい。もう一杯」の八名信夫も頼りがいのあるおじいちゃんになった。
 さて、六平直政だが、ある日の夕刊にインタビュー記事が載っていた。もともとは美術大で彫刻を学び、大学院に進学している。ところが主任教授と合わずに中退したというから、なんとも可笑しい。しかも、「俳優業は何の役にも立たない」と言い、「もっと役に立つ仕事に就きたかったね」と語る。
 あとは一気呵成に喋ったのかどうかわからないが、「役者なんて誰がやっても同じだ」として、「結局はいい台本かいい監督に出会うしかない」と続ける。いやあ生まれもった風貌、そして声も含めて「本人の力と努力」だと思うが、ここまで言い切られると爽快である。そして、「監督との微妙な関係を紡いでいればまた呼んでくれるな」とくる。あれだけ頻繁に登場するのだから、そうした生き方に監督が惚れ込むに違いない。最後は「なまいきな人はダメ」で締めくくる。六平氏に学ぶことがじつに多い。
 
Short shot : 今どきの「お悔やみ欄」 2019/08/22(5:44am) Thu 6468 
 
新聞を読みながら、たまたま「おくやみ」の欄が目に入った。かなり大きな活字で「おくやみ」とある。昔はもっと小さかったが、さらに※付きの説明が付いていた。「市町村役場に死亡届を出される際に、掲載を希望される方のみ掲載しています。葬儀の日程などはわかりません」。これも時代の流れに伴う変化である。昔は届けられたものは自動的にすべて載せていたと思う。今日では、「届け」に際の新聞掲載の可否が問われるのだろう。 
施工不良 2019/08/22 Thu 6467  
 
私も「レオパレス21」という名前はよく知っている。おそらくテレビのCM経由だと思う。報道でも「賃貸アパート大手」とされている。この会社が関わった物件の施工不良が明らかになってしばらく経つ。この3月末時点で問題の数が1万4,599練というから半端ではない(熊本日日新聞 4/12)。これまで公表していた数値が大幅に増えた。この時点で問題があるのは7割を超える。まだ未調査のものがあり不備の数はさらに增える可能性が高いという。
 それまでは1990年代から2000年代の着工分が大半だったが、2015から18年の新しいブランドでも不備が見つかった。これだけの数に問題があって、誰もそれに気づかないとは考えにくい。住宅会社が「その程度のチェック」もしなかったのであれば、それだけで致命的である。つまりは「気づいても放置していた」か、さらに「問題工法を意図的に採用していた」と邪推されても反論しにくいだろう。つまりは、「これはが問題だ」と認識していた内部の関係者は「ゼロ」ではなかったはずである。そうなると、私には定番の疑問が浮かぶ。「知っている人間がいたのに、どうしてそれが放置され続けたのか」である。
トップの責任 2019/08/21 Wed 6466 8月15日の続き  
 
組織における多くのトラブルや不祥事の責任がトップにあることは言うまでもない。不祥事が起きた際に「そのことは聴いていない」としても、「聴かされない状況をもたらしたあるいは放置していた責任」は免れない。トップは社会的には成功者として称えられる。また、様々な意思決定をして組織と人を動かす醍醐味もある。さらに、その組織では高給取りなのだ。これだけいいことがあるのだから、まずいことが起きれば責任を追及されるのは当然である。
 それにしても上層部の問題から組織が危機に陥るケースが繰り返される。その結果、真面目に働いている第一線の人々が被害者になる。ときには職さへ失ってしまう。今回の〝7pay〟問題でも、「登録を積極的に促した分、常連客から怒られ続けている」「数人の従業員を事前研修に派遣したが、今となってみれば無駄だった」「多額のロイヤルティーを払っているのに、開発費としてドブに捨てられた」。こうしたオーナーの声に経営トップはどう答えるのだろうか。「ドブに捨てられた」開発費だが、これも元はといえば客が商品に払ったものだ。つまりは社会全体の無駄遣いになっているのである。
 
早朝夕刊:〝Marubustu〟 2019/08/20(5:10am) Tue 6465 8月14日(早出し夕刊)の続き
 
IDとパスワードの流出が問題であることは言うまでもない。しかし、それ以外にもわれわれの周りには様々な脅威がある。最近、リクルートキャリアが学生の内定辞退確率を企業に販売していたことが明らかになった。トヨタやホンダといった大企業がこれを購入したこともわかった。個々人への説明と本人の了解を取る点でかなりあやしそうだ。そうなると当事者が理解していた目的を超えた「活用」が行われ、それが「販売」されていたことになる。またまた私の頭に「いつもの疑問」が浮かぶ。こうした情報を「商品化」する際に「法律上、あるいは倫理的に問題ないですか」と発言した人間がいたのかどうかである。 
「声」の説得力 2019/08/20 Tue 6464 昨日の続き  
 
「天声人語」が文化勲章の授与を断った大江健三郎氏を評価した一方で、受賞した俳優を批判していることに対して、74歳の男性の「声」が続く。

 私はこんな天声人語子は好きでない。人それぞれに考えは違うであろろが、人の好意は素直に受けるのが礼儀というものではなかろうか。この俳優がたんかを切って断ったら、大方のファンはこの俳優から離れていったであろう。天声人語子の言わんとすることも分かるが、世の中はもっとおおらかに生きていきたいものである。さもないと、表彰のたびに世の中がギクシャクする。私は夏目漱石という人をあまり好きでない。その理由の一つが、漱石が博士号を断ったことである。漱石は文豪ではあったが、人間としてはヒネクレ者であった。われわれはもう少し、心にゆとりのある暮らしの中で生きたいと思う。

 最後に夏目漱石が登場したので笑ってしまった。博士号の拒否は夏目漱石を肯定的に評価する事実の一つとして挙げられることが多い。ただ、漱石に「ヒネクレ者」的側面があった感はある。ともあれ、これに「天声人語子」がどう答えたのかは知らないが、「声子」の文章は大いなる説得力をもっている。
 
早朝夕刊:〝Marubustu〟 2019/08/19(5:19am) Mon 6463 8月17日の続き   
 
〝THE BROTHERS〟で〝Marubutu〟という文字を認識した瞬間に私の記憶の中にある「丸物」が蘇った。それは八幡市の時代のものである。わが家は1953年から1955年まで八幡市大門3丁目に住んでいた。私が4歳から6歳ころまでのことだ。ウイキペディアによれば、戦災で焼失していた「九州百貨店」を再建して1954年に「八幡丸物」として開業している。私が小学校に入学する前のことだから、まさにおぼろげながらではあるものの、おそらく母からに違いないが「丸物」というデパートの名前を聞いていた。人間の記憶がどこまで遡るのかはわからないが、〝Marubutu 〟が私に母親の顔まで蘇らせたのである。 
「天声人語」への「声」 2019/08/19 Mon 6462 昨日(早朝夕刊)の続き  
 
新聞には読者からの投稿欄がある。朝日新聞の場合はネットを見ると、「声」「かたえくぼ」「朝日川柳」となっていて、「声」は500字程度である。個人情報として「住所、氏名、年齢、性別、職業、連絡先(電話番号は携帯も)を明記してください」とある。今回、「身辺整理」の途上で「発見」した「声」は1994年のものだから、まだ「携帯」は入っていなかっただろう。また、「趣旨は変えずに直すことがあります」との但し書きがあり、「採用分には謝礼をお送りします」と記されている。さて、74歳の男性が投稿した「声」のタイトルは「天声人語氏の勲章観に偏り」である。

 大江健三郎さんに文化勲章を受けてもらえないか、と文化庁が打診したら、大江さんは断ったそうだ。これは大江さんの信念に基づいてのことなので、それはそれでよいと思う。十七日の「天声人語」はその行為が大変立派なことのように称賛していた。そして「かなり名を知られた俳優が政府か表彰され、ありがたいと感激していたのには驚いた。『冗談じゃない。えらそうに表彰なんかするない。おれには客の拍手があらあ』くらいのことは、言ってもらいたかった」とあった。
  
早朝夕刊:「声」 2019/08/18(5:49am) Sun 6461 昨日の続き
 
さて、「身辺整理」の件だが、新聞を中心にしたスクラップも対象にしている。これも相当程度に整理が終わった。これらはスクラップブックとバラのものに分けられる。スクラップブックに貼ったものは、その時点では「後々まで残しておこう」と考えた記事である。バラの方は「とりあえず面白いじゃないか」というレベルのものだ。こちらは「ちょっと見ただけ」ですぐに処分できる。ただし、「ちょっと」ではなく「ついつい全部読んでしまう」ケースも出てくる。その代表例とも言えるのが、朝日新聞の「声」の一文で、投稿者は74歳になる無職の男性である。その日付は1994年10月24日(月)とメモしている。
7連休 2019/08/18 Sun 6460 
 
知人からのメールの返信に、「今年の夏は『7連休』です。ただし、わが家で『趣味の仕事に』勤しんでいます」と書いた。これに対してすぐに「うらやましいですね」と返ってきた。私も昨年までは大学の「夏季休暇」が2日ほどあったが、その日を除けば出勤していた。じつは「その日」だって研究室に出かけていたことも少なくない。しかし、4月からはめでたく「花のフリーター」になって「研究室」はなくなった。
 世で言う「連休」がスタートした10日の土曜日は熊本市内で3時間の講演をした。明日19日は八代で「教員免許状更新講習」で「対人関係スキルアップ・トレーニング」を担当する。これは前泊だから今日のうちに出かける。その結果「7連休」ということになるのである。
 連休とは言うものの、早い話がこの間は「外注の仕事がない」ということだ。この期間でお呼びが掛かって忙しいのはお坊さんたちだろう。禅寺の息子だった私の先輩は「お盆になると檀家をまわってお経を読んでいた」と話していた。この時期は一家総動員で大忙しなのである。私なんぞは、ここで研修や講演を依頼されることはかつてなかったし、今後もないはずだ。
 
早朝夕刊:〝THE BROTHERS〟 2019/08/17(5:38am) Sat 6459 
 
ダウナー(Downer, L.)著〝THE BROTHERS〟(1995)をわが家の「トレライ」で読んでいる。堤康次郎からはじまる「堤ファミリー物語」で〝THE BROTHERS〟は堤清二と義明兄弟のことである。本の中に堤清二が池袋の〝a small department store Marubutu(丸物百貨店)〟を買収する話が出てくる。清二はその経営を旧制中学校からの友人増田通二に任せた。店名の「丸物」を「パルコ」に替えた。〝PARCO〟はイタリア語で「公園」である。Downerは「ファッションといえばフランス語だった日本で、増田はイタリア語を選択した」と書いている。※「トレライ」とは「トイレット・ライブラリー」の略語。 
ありがとう、さよなら 2019/08/17 Sat 6458 
 
まだまだ「身辺整理」が続いている。若いころから日常的に「ものをため込まないスピリット」をもっていたつもりではある。定期的ではないがときおりいらないものを整理していた。とくに紙類については大昔は土の上で、かなり進化してからは焼却炉で燃やしたものだ。それぞれ様々な思いを背負った「紙」を目の前の火中に投げ入れる。文字の色が変わり形を変えながら燃え上がって灰になる。この時間が「お別れ」の気持ちをいやが上にも高めた。「ありがとう、さよなら」。なんと素晴らしい日本語であることよ。
 ところが、焼却によってダイオキシンが発生することが判明し、一般人がものを燃やすことを禁じられた。私たちが住んだアパートにも共有の焼却炉があったが、これも封印され、そのうち撤去された。勤務先に設置されていたかなり大きな焼却炉も同じ運命を辿ることになった。それ以来、焼却による紙類との「お別れの儀式」はなくなった。環境に問題が起きるとすれば、そうした感傷に浸っているわけにはいかない。しかし、私の心のなかでそれが懐かしい思い出であり続けているのである。そして今やシュレッダーの時代となった。
 
早朝夕刊 : 「機能」よりも「形態」? 2019/08/16(6:22am) Fri 6457 昨日の続き  
 
「国語」の勉強や「学力クイズ番組」であれば、「設置する」と「携帯」は意味が違うとなる。この裁判では「受信する機能の有無」ではなく「携帯」という形態は法律に記されている「設置」に当てはまるかどうかが争われたと推測する。当事者が「そのこと」を争点にしたのだろうか。それにしても、裁判官が「言葉」の意味の違いにこだわって判断したことが興味深い。ところで二審の東京高裁は、放送法施行時に携帯型ラジオが存在したことなどから「『設置』には『携帯』も含むと解すべきだ」と判断した。ここでも徹底して「言葉」にこだわったわけだ。そして最高裁に上告された結果「義務あり」となった。 
1963年1月「新年所感」 2019/08/16 Fri 6456 
 
1961年、1962年、そして今年1963年 僕は日記経験3年目という、もうりっぱな〱(縦書きの日記で「くの字点」 以下同じ)ベテランとなってしまったわけである。しかし人間には進歩というものが必要である。どれだけ科学が発達しても進歩がなければそれっきりというわけになってしまうのである。だから私はこの2年の経験を生かして、61年、62年よりも、もっと〱進歩した1年をすごすとともにもっと〱進歩した日記を書こうということを私1963年度の「新年所感」としておこうと思う。

 これは、私が博文館の「當用日記 1963」の最初のページに書いたものである。このとき中学2年生だから、私としては文章の未熟さにかわいらしさを感じる。さらに、毎月のはじめに書く「一月要記」には、
 「年のはじめの月、一月である。中学三年生への道も又高校への道もかゝりつゝある一月であるから、てき度に勉強しててき度に遊んでやろうと思う。もう来年は高校だ。がんばれ〱」と記している。踊り文字の「ゝ」や二字以上を繰り返す「くの字点」を何度も使っている。おそらく大人の文章を見て、「面白い、カッコいい」と思っていたのだろう。
早朝夕刊:「設置」と「携帯」 2019/08/15(6:15am) Thu 6455昨日の続き
 
法律は、第三者的に学ぶだけであれば興味深くかつ面白い。しかし、それが現実に運用されると、その結果に影響を受ける人間が出てくる。そこでは興味深いとか面白いなどとは言えなくなる。ともあれ、最高裁はワンセグ機能付きの携帯の所有者もNHKと受信契約を結ぶ義務があるとの判断をしたが、それまでの経緯と判断の根拠が「興味深い」のである。
 そもそもは、テレビを持っていなかった男性がNHKを相手に起こした一審で、さいたま地裁は契約義務を否定した。その根拠として放送法の「設置」という用語を取り上げ、「『設置』は設け置くという意味で、『携帯』の意味は含まない」と解釈したのである。
 
 
〝7pay〟トラブル(5) 2019/08/15 Thu 6454 
 
〝7pay〟の開発には複数のグループ会社が関わっていたとされる。そのため「システム全体の検証ができておらず、リスク管理の体制にも問題があった」。これは「セブン&アイホールディングス」の記者会見における発言である。複数のグループが関わるのは当然として、だからこそセキュリティを含むリスクの検討をし過ぎるくらい行うのが常識である。
 ここでも「基本の基本が押さえられていなかった」ということである。こうした状況で「これはおかしい」「危険だ」と思った人間が一人もいなかったとは考えにくい。そうでなければプロ集団とは言えない。その上で、「①そのことを指摘できたか」「②できたとすれば、それが活かされなかったのはどうしてか」「③指摘できなかったとすれば、それはどうしてか」といった疑問に答を出す必要がある。それは専門的技術力ではなく組織における人間力の問題なのである。
 組織で発生するトラブルの原因は、その結果の深刻度とは関係なく、「言いたいことが言えなかった」「言っても聴いてもらえなかった」の二点に集約される。私は永年に亘って、この「集団的要因」が持つ重要性を指摘し続けてきた。
 
早出し夕刊:〝7pay〟トラブル(4) 2019/08/14(8:59am) Tue 6453
 
そもそも〝7pay〟の問題は、「不正に入手したIDとパスワード」を使ったことで発生した可能性が高い。新聞にそう書かれているのだが、そもそも「IDとパスワード」が「不正に入手」できることが根本的な問題である。ときおり個人情報が流出した「事件」が起きる。その際に「不正に使用されたケース」は「現時点で確認されていない」といった意味合いのコメントが関係者から出されることが多い。しかし、今回のようなトラブルが発生すると、そうした過去の漏えいもまったく無関係とは言えないのではないかと思ってしまう。 
罰則がないから… 2019/08/14 Wed 6452 
 
参議院選挙で「NHKから国民を守る党(N国)」が生まれた。NHKの受信料については折に触れて話題になる。これに関連して最高裁は「ワンセグ携帯」の所有者もNHKと受信契約する義務があるとの判断をしている(3月12日)。すでに「テレビが映る受信機を持っていれば契約の義務が生じる」ことは確定していたと思う。
 このことを踏まえてだろう、「N国」の代表者は議員会館に受信機があるということで、NHKに出かけて「受信契約」は結んだ。ただし、受信料は払わないという。法的には受信契約と受信料支払いはワンセットだと思われるが、未払いに対する罰則はないのである。これに対して、NHKとしては支払いを求めて裁判することになるはずである。何といっても公的な政党の党首が受信料を支払わないだけでなく、そのことをアピールしているのである。NHKとしてはそうした状態を放置するわけにはいかない。その結果、裁判所が最終的には「払いなさい」との判断をするのだろう。
 ところで、「決まりとしてはしないといけないが、罰則がないから無視する」というのは、リスクマネジメントを考える立場からはかなり気になる発想ではある。
早朝夕刊:〝7pay〟トラブル(3) 2019/08/13(6:43am) Tue 6451 
 
今回の〝7pay〟トラブルの原因はセキュリティ対策が「常識的な許容限度」を「遙かに下回る」レベルだったことにある。その詳細は知らないが、「二段階認証]という「常識的手続き」が含まれていなかったことが最大の問題とされている。つまりは「基本が守られていない」という、私に言わせればトラブル発生の「いつものパターン」が起きただけのことなのである。おそらく「10月の消費税アップ」に間に合わせるという強烈なプレッシャーがあったのだろう。私は関係者の中に「このまま走っては危ない」と問題を指摘した人間がいたと確信している。それがどのようにしてネグレクトされたかに関心がある。 
公開講座「リーダーシップ・トレーニング 2002」(7) 2019/08/13 Tue 64507月10日の続き
 
附属中学校の校長になって、3日連続だった「公開講座」を2日の「基礎コース」と1日の「フォローアップコース」に分離した。そのため、それまでなかった「行動目標」の実践度について「部下による評価」を導入した。これに対応するため、様々な背景をもった受講者全員が「部下評価」を得るために、「見えてますかシート」を創った。
 受講者は「フォローアップコース」の少し前にこのシートを配付して、部下からチェックしてもらうのである。その際の項目数は「3つ」に限定される。このくらいだと部下たちもあっという間にチェックできる。回答すべき項目数が増えれば時間を要するから「ちょっと書いて」というわけにはいかない。回答する方が「こんなに忙しいのに」といった気持ちになれば回答内容の信頼性も低下する。
 その数は「基礎コース」で決定する「行動目標」が「3つ」であることに対応している。受講者は「3つしか」決めて帰らないのである。二つのコースの間は3ヶ月ある。この期間に行動目標をあれもこれもと盛り込んでも実践できないことは目に見えている。とにかく「3ヶ月でできること」に注力し、「成功体験」を実感することを目指すのである。
 
早朝夕刊:〝7pay〟トラブル(2) 2019/08/12(6:09am) Mon 6449 
 
この時代、あらゆる危険性を100%想定し、それに対する100%の防御をすることは不可能である。神でない人間としては100%完璧を要求することはできないのである。そもそも「100%」であること自身が事前に証明できない。こうした中では、その危険性を「許容される限度」まで徹底して検討しておくことが求められる。ただし、この「許容限度」も客観的に評価することがきわめてむずかしい。やはり曖昧ながら、専門家はもちろん一般人も「そこまでやっていてもこんな問題が起きてしまうのか」「とてもそこまで予測するのはむずかしかっただろう」とため息をつく程度のレベルには達していなければならない。 
藪内正幸絵本原画展 2019/08/12 Mon 6448 
 
家内に誘われて宇城市の不知火美術館に出かけた。同館の開館20周年記念事業として開催されている「藪内正幸絵本原画展」を見に行ったのである。私は動物画家とされる藪内氏のことは名前も知らなかった。
 会場に入っていきなり目を奪われた。とにかく細密な動物の絵に圧倒され続けるしかなかった。とくに絵本のデビュー作である「くちばし」は、原画の横に添付された「本文」を読みながら楽しんだ。それにしても、鳥の羽や羽毛、動物がまとうふさふさとした毛が本物以上に見えるのである。小学生のときや高校生時代のスケッチもまた素晴らしい。サントリー愛鳥キャンペーンの新聞広告の原画も展示されていた。この広告のシリーズは見た記憶がある。
 絵本の印刷技術もハイレベルではあるが、「原画」に見られる筆遣いの迫力は強烈である。生きものと作者の息づかいまで伝わってくる。もちろん、それは見る者の気持ちなのだろうが、やはり「本物」に触れる機会は多い方がいい。これからは、書店や図書館に行ったとき、絵本や図鑑も手に取ってみようと思う。その藪内氏は1940年の生まれだが、すでに2000年に60歳の若さで亡くなっていた。
 
早出し夕刊:〝7pay〟トラブル 2019/08/11(9:34am) Sun 6447 
 
今回の〝7pay〟騒動は大組織が関わったトラブルとして歴史に残る大失態である。コンビニをめぐっては、このところ本部とオーナーとの関係に深刻な問題があることが明らかにされてきた。そのほとんどが本部側が批判される状況にある。そうした流れの中で、〝7pay〟トラブルは親会社「セブン&アイ・ホールディングス」の組織力に対する疑問を生み出した。その深刻さは、7月1日の立ち上げから1ヶ月にして「サービス廃止」に追い込まれたことに現れている。つまりは犯罪行為を引き起こしただけで終了なのだ。その詳細は知らないが、「リスト型アカウントハッキング」と呼ばれる手口で不正が行われた。これは、外部で入手した個人のIDとパスワードを使って「本人になりすます」手法らしい。 
マニュアル問題(93) 2019/08/11 Sun 6446 6月18日の続き
 
「マニュアルや規則が守られない理由」として、「なぜマニュアルをつくるのか,その意味を理解していない」という声がありました。ここで「マニュアル」を「規則」と入れ替えることもできます。
 この問題は二つの視点から見ることができます。まずは「作成者」側のものです。一般的に製品を販売する際には「マニュアル」をつくるのは当然です。使用者に「使い方」を伝えなければならないからです。しかも、今日では製品に起因する様々なトラブルが起きたとき、その責任を追及される可能性が高いのです。そこでマニュアルは詳細になっていきます。トラブル発生の「あらゆる可能性」を考慮すれば、マニュアルに盛り込む内容は増える一方になります。その結果としてマニュアルが厚くなって、読む気持ちを殺いでしまうことも事実です。しかし、それは製造者の責任ということでしょう。
 さらに、これを個々の組織や職場で「マニュアル化」することもあります。このとき、作成する人たちが「マニュアルをつくる意味」を理解しておくことが大前提になります。そうでなければ、「マニュアル作成」そのものが、貴重な時間を取られる無駄な作業になってしまうからです。
 
腕帯の価格 2019/08/10 Sat 6445 昨日の続き
 
血圧計の腕帯のマジックテープが頻繁にはずれるようになった。そのためまともに血圧が測れないのである。そこで腕帯を交換する必要がある。そう思いながら、私にはある苦い記憶が蘇った。
 それは電動剃刀にまつわるものだ。私は日常的には〝Schickの5枚刃〟でひげを剃る。しかし、ときおり電動も使いたくなって、出張には超軽量の「安物」を携帯する。そのうち刃の切れ味が落ちたので替え刃を買いに電気店へ出かけた。目的のモノはすぐに見つかったが、その価格と値引きされている本体価格にはわずかな差しかないのである。その衝撃が尋常でなかったてめに、私は「どちら」も買わずに帰ってきた。
 その体験から、血圧計でも同じことが起きるのではないかと考えたのである。血圧計自身は正常に機能しているのだから何とももったいない。そんな不安を抱えながら現物を持って電気店に行った。そして店員に恐る恐る「腕帯が緩くなったんですが」と声をかけた。これに対して店員は「交換用の腕帯」がある売り場に案内してくれた。その価格がじつにリーゾナブルだったので、私は嬉しさのあまり絶叫しそうになった。世の中、こうでなくっちゃ。
 
血圧計トラブル 2019/08/09 Fri 6444 
 
私の粘着性はいろいろなものを対象に発揮されている。この「味な話の素」もスタートして16年を超えた。しかし、これは「つい最近」はじまったことにすぎない。手書きの日記を書いたのは小学生のときだ。それにしても、高校1年生だった1964年11月19日(木)から今日まで「毎日」書き続けていることには、われながら「粘着質だなあ」と感動を覚える。
 朝と晩に血圧を測っているのもまた「粘着質」は発現したものに違いない。こちらは、どちらかを「忘れる」ことがある。また、出張に血圧計は持っていかない。指先につまむ方式の血圧計はあるが、さすがにそこまでこだわるつもりはない。この血圧計もいつから使い始めたか記憶にないが、少なくとも20年以上になるはずだ。それは現在の住まいに移る前からであることがはっきりしており、その期間がすでに20年を過ぎているからである。いま使用しているものは二台目で、初代は友人から健康のためにと言ってプレゼントされた。その二台目もかなり使い込んできたことから腕帯の不具合が出てきた。マジックテープの強度が低下して圧力がかかるとすぐにはずれるのである。
 
いろんな人がいる 2019/08/08 Thu 6443 
 
地元紙の夕刊に「県外フラッシュ」というコラムがあり、じつにいろいろなミニ情報が載っている。ある日(4月19日)の見出しは「盗撮疑いで福岡の税務署職員を逮捕」と「交番訪れ『拳銃よこせ』、容疑の男逮捕」である。
 前者の税務署員は45歳、郵便局の夜間窓口で女性のスカ—卜内を盗撮しようとしたという。迷惑行為防止条の「卑わいな言動」に当たるらしい。最初から夜間窓口に盗撮が目的で出かけることなどあるのかと思う。たまたま用があって行った際の出来心かもしれない。いずれにしても失うものが多き過ぎはしないか。
 もう一件は東京上野の交番に男が現れ「拳銃をよこせ」とカッターナイフを出したらしい。そのときは男性警察官3人によってすぐに取り押さえられたという。こちらは52歳である。カバンからナイフを取り出した瞬間らしいから「あっ」という間のことだろう。その結果は「強盗未遂」と「公務執行妨害」による現行犯逮捕である。警察官が拳銃を所持していることは常識だから、カッターナイフで「拳銃よこせ」には究極の無理がある。そんなことは考えなくてもわかると思うのだが、世の中いろいろな人間がいるものだ。
脂肪・糖質吸収を抑制するチョコ 2019/08/07 Wed 6442 8月2日の続き
 
「好奇心旺盛」な私は「脂肪や糖の吸収を抑える」とアピールしている「もう一つのチョコレート」があることを発見しました。こちらも「機能性表示食品」とされていて、袋の裏書きに「1日当たりの摂取目安量」の記載があります。そこに「1日当たり1袋(50g)を目安にお召し上がりください」と書かれていたのには大感動しました。なんと、「全部食べていいい」のです。
 これなら「ストレス」が増加することなど考えられませんから、即座に購入しました。そして安心して1袋(500g)を飲み込んだことはご想像のとおりです。その後になって私は独り言を発しました。「これだけ食べたら脂肪と糖の吸収抑えられるのか」。それから改めて袋を確認したところ、「栄養成分表示欄」に「脂質18.1g 糖質18.2g」と書かれていました。
 これを見て次の疑問が浮かんできます。「この『脂質と糖質』は完璧に抑制されるのかしらね」。いや、「それ以上」に抑制するからこそ、大きな文字を使ってアピールしているのではないか。そんな気もするのですが、本当はどうなのでしょうね。それをメーカーにマジで問い合わせる気力はございませんが…。
 
Short shot : 情報のプロ 2019/08/06(9:37am) Tue 6441 
 
詳細は承知しないが、毎日新聞が掲載した記事に登場した人物の1人が架空だったとして、おわびを掲載したという。記事で取り上げられた17歳の少女は「難病で外出が難しい」ということで電話で取材し、実際には会っていなかった。その後、少女が実在しないことがわかったらしい。つまりは「ネット上での『なりすまし』」にひっかかったわけだ。私は「そもそも『基本』は守られないものだ」と指摘してきたが、情報のプロがこれでは困る。 
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(37) 2019/08/06 Tue 6440 6月11日の続き
 
1年間の長期に渡り、10年経験者研修で講話をして頂きまして本当にありがとうございました。吉田先生の講話は毎回楽しいエピソードをたくさん話ながら他の同期の先生方と対人関係を学び合い、とても有意義でした。先生からはいつも元気を頂き、自分もいつも笑顔を忘れないようにしたいといつも反省させられていました。今後は学んだことを生かし、ミドルリーダーとして頑張っていきます。(中学校教諭 男性)

 この研修は期間中に合わせて4回あるが、1回当たりの時間が3時間15分程度である。この中にグループワークを入れるから、「話す時間」はかなり制限される。したがって、いわゆる「講義」ではなく「エピソード的」なものになる。つまりは「一口物語」といった感じだ。そんなわけで短時間に「なあるほど」と受け止めてもらえるような「ネタ」を準備する。
 これが自分にとって楽しい時間になる。「あれにしようか、いやこちらの方がインパクトがある。でも、それだったら前回とかぶるんじゃないか…」。こんな会話を自分と交わしながら15分程度の「物語」ができあがる。それを喜んでいただくと、その刺激でさらに意欲が湧いてくる。
 
早朝夕刊:今月の写真(2) 2019/08/05(5:43am) Mon 6439 
 
今月の雲(?)は幕張の空である。写真の右手が京葉線の海浜幕張駅で電車が頻繁に走っている。幕張と言えば、「幕張メッセ」「マリンスタジアム」が知られている。また、放送大学の本部もあり、私も所属していた組織に関連した協議会で行ったことがある。また、かなり以前に生協の団体から講演依頼があり、その会場が幕張だった。この数年は、「JA共済連」の研修で講演に出かけている。幕張には共済の研修センターがあり、朝の8時ころにその宿泊施設から撮った。写真の先には太平洋が広がる。青い空と白い雲がじつに美しく仕事意欲が高まる。ただし、その下では猛暑も合わせて襲ってくる。 
「連載物」と移ろう気持ち 2019/08/05 Mon 6438 
 
本コラムの構成に私の移ろう気持ちが表れる。たとえば、5月号までは「日替わり連載物」が多かった。毎週、「同じ曜日に同じテーマ」を取り上げるわけだ。私は「粘着質」が「自慢」だから、「連載」自体は苦にならない。ただ、本欄を訪問してくださる皆さまには「ダラダラ感」があって、「またこの話題か」と退屈されるのではないか。そんな声が幻聴のように聞こえる。
 そこで、私の「忖度力」が働くと「連載」にブレーキがかかる。それはかまわないのだが、いずれのテーマも「終わった」わけではない。そこで、「ああ、あれって放りっぱなしだなあ」と突如として思い出すことになる。今日も「『中堅教諭等資質向上研修』受講者の声」を連載していたことが頭に浮かんだ。つい数日前、ある会合で熊本市の教育センター長にお会いして、「そのこと」を思い出した。私はこの研修をセンターで永年に亘って担当していたのである。そこで、その続きの第37回目のために「簡単な前書き」を書きはじめたのだが、ご覧の通り、すでに1回分の字数に達してしまった。
  
早出し夕刊 : 今月の写真(1) 2019/08/04(8:42am) Sun 6437 
 
今月の写真の1枚目は、「国立阿蘇青少年交流の家」で撮った。熊本大学が実施している「教員免許状更新講習 阿蘇サテライト」に出かけたときのものである。正式な名称はメモしていないが、ラグビーをしている九州の小学生たちが一堂に集まった大会が開かれていた。まさに炎天下、平地よりは涼しいとされる阿蘇ではあるが、遠くから子どもたちの歓声が聞こえてきた。今年はラグビーのワールドカップが開催されるが、熊本も会場の一つになっている。日本ラグビー協会の新会長になった森重隆氏は私が卒業した高校の後輩(?)らしい。 
禁煙した日 2019/08/04 Sun 6436 昨日の続き
 
今回、販売が終了する「エコー」は1968年(昭和43年)に発売された。私は大学2年生ころから煙草を吸い始めた。そのスタート日は日記に書いていると推測する。時間があるときに日記をチェックしてみたい。そんなことで、「エコー」は私が喫煙者になってから後に発売されたのでしっかり記憶している。
 当時、20本入りでは「ハイライト」が70円、「ホープ」「ピース」が80円だった。いずれもフィルター付きである。また、「いこい」という銘柄は「五線譜」に「四分休符」のマークが入っていた。まさに「いこい」を表現するスマートなデザインだった。さらに喫煙と肺がんの因果関係が明らかになるにつれて、「チャコールフィルター」なるものが付いた「セブンスター」なども発売される。
 そうした中で、私は1982年1月10日に喫煙とさよならした。最後は主として「チェリー」だったが、そのころ毎日30本ほど吸っていた。「ヘビースモーカー」の定義は知らないが、起きている間、1時間に2本程度になるから、けっこうなものである。早いもので、禁煙から37年以上になった。
 
煙草3銘柄の終了 2019/08/03 Sat 6435 
 
日本たばこ産業は「わかば」「エコー」「ゴールデンバット」の販売を終了すると発表した。私はそのすべてを「吸った」体験者である。
 「ゴールデンバット」は1906年(明治39年)の発売である。緑の地に黄金のコウモリのデザインはすばらしい。志賀直哉の「暗夜行路」にも出てきたのではないか。半世紀くらい前の青春時代に読んだ記憶に基づくものだから、それが「事実である」保証はない。いわゆる「両切り」と呼ばれるフィルターなしだった。「バット」は安価で、ハイカラな「両切り」としてピースがあった。「バット」は20本入りで、ピースは紙箱が10本入りだった。丸い缶の50本入りもあって、「ピー缶」というスマートな呼び方をされていた。
 「わかば」は1966年(昭和41年)の発売である。イギリスの保健機関だったか、「煙草と肺がん」の因果関係を指摘しはじめたころである。もっとも当時はそうした情報が深刻に捉えられるような状況にはなかった。それでも、健康なイメージづくりの必要もあって、「わかば」にはフィルターが付いていたと思う。
 
早朝夕刊 : 監視対象2万人 2019/08/02(5:49am) Fri 6434 
 
フランスのニースでトラックによるテロ事件が発生したのは2016年7月14日だった。この日はバスティーユ牢獄の襲撃が起きたフランス革命勃発の記念日である。このテロで84名が亡くなり負傷者も202名にも達した。この大惨事を慰霊する会を伝えたニュースを見たが、フランス政府は過激な行動をする虞のある者を監視しているという。その対象になっているものが2万人もいると聴いて驚いてしまった。もちろん、「虞の程度」には差があるだろうが、そのために必要とされる費用は膨大なものに違いない。今後も「安全のための経費」が増加することは避けられないだろう。もっと他に充てることができればいいのに…。 
ストレス増進効果? 2019/08/02 Fri 6433 昨日の続き
 
そもそも「チョコレート」の袋に「1日当たり摂取目安量」と記されていること自身に笑ってしまいました。これは表に「機能性表示食品」と書かれていることと関係がありそうです。そこでネットで検索すると、「『機能性表示食品』とは、事業者の責任で、科学的根拠を基に商品パッケージに 機能性を表示するものとして、消費者庁に届け出られた食品」という解説がありました。
 たしかに袋には、「届け出番号」なるものが記載されています。このチョコが「一時的、心理的なストレスを低減する」ことが科学的に実証されているのですね。しかも「消費者庁に届け出られた食品」なのです。
 それはともあれ、私が笑ってしまったのは「1日当たり10g(5粒程度)」という目安です。私なんぞは、「5粒」で止めるなど、夢の中でも起こり得ません。さらに、「チョコレートの過剰摂取をさけるため、摂取目安量を超えての摂取はお控えください」と「太字」で指摘されているではありませんか。これほど配慮に満ちた「注意書き」にも拘わらず、一瞬にして10粒ほどを飲み込んだ私が、「この上ない強烈なストレス」状態に陥ったことは言うまでもありません。
ストレス低減効果? 2019/08/01 Thu 6432
 
家内と一緒に買い物にスーパーへ出かけます。店内ではお互いに自主独立が原則で、私はあちらのコーナー、こちらの売り場へと放浪します。そんな中で、お菓子の売り場に回ったところ、「事務的な作業による一時的、心理的なストレスを低減する」との文言が目に飛び込んできました。それは某社のチョコレートで、製品名の上になんと「メンタルバランスチョコレート」と書かれています。私としてはここまで読んで手を出さないわけにはいきません。
 この私、生来の「チョコレート好き」なのです。かつて私は「アーモンドチョコボール依存症」だったことを告白しなければなりません。とにかく箱を開けるとなくなるまで食べ続けるほど重症でした。それが祟って2008年時点で体重65kgという肥満状態でした。そして「チョコボール」を絶って1年間で12kgの減量に成功したのでした。
 さて、問題のチョコですが、袋の裏に「1日当たり摂取目安量」として「10g(5粒程度)を目安にお召し上がりください」という「注意書き(?)」がありました。これを見て一人で笑ってしまいました。