日記抄 2019/07/31 Wed 6431
父が長崎から武雄へと転勤になった。私は大学生だったが、その引越で帰省し武雄までやってきた。父が仮にと言って借りた家はまるでお化け屋敷だった。新築中の借家がまだ建たないため、「やむを得ず」借りたということである。しかし、それにしても事実を伝える日本語が思いつかないほどの仮の住処だった。何せアオダイショウまで同居なのである。父としては家探しに精一杯の努力をしたのだと思う。それにしても言語を絶するあばら屋だった。
この日の日記に「自分は〇〇に対して悪いことをしたのではないかという思いが蘇ってきた」と記している。〇〇は妹の名前である。妹は長崎の高校に残りたいと願った。それに私は反対した。もちろん「女の子が一人で生活するのは大変で心配だ」という気持ちからである。しかし、そういう自分は高校2年生のとき父の転勤先である長崎について行かなかった。福岡の高校で卒業したいと言って、一人で残ったのである。私は16歳と11ヶ月で「独立(?)」した。長崎の住宅を去る寸前に妹の友だち2人がお別れに来た。それを見て、自分の意思を通した私が妹の気持ちを思って「悪いことをした」との思いに至ったのである。1967年8月23日(水)のことである。 |
高齢者講習受講記(6) 2019/07/30 Tue 6430 昨日の続き
さて、「セントレア悪夢」を乗り越えて、自動車学校で「高齢者講習」を受講することができました。当日は6人の「同年齢仲間」が集まりました。講習では、「動体視力や「視界チェック」などの検査と実車による運転がありました。クランクや車庫入れなど、40年も昔の自動車学校を思い出しました。
一時停止の地点では「しっかり止まった」つもりでいましたが、「完全でない」と指摘されました。同乗した「仲間」の一人は「一時停止違反でゴールドを剥奪された」と絶叫していました。指導講師からも高齢者は「これでやられるケースが多い」とダメ押しがありました。
ともあれ受講料5,100円也の講習を終え、無事に「終了証明書」をゲットしました。私の場合、71歳の更新ですから、全員が有効期間3年だそうです。免許センターでは「専用の窓口」があり、視力検査と写真撮影だけで終わりということでした。その点ではスムーズに更新ができるわけです。
ところで、警察庁のデータによれば、2016年の「受講者」は、75歳未満が954,186人、75歳以上が1,579,231人で合計は2,533,417人です。この人数が1年間に押し寄せるのですから、「予約が取れない」のは当然というべきなのです。 |
高齢者講習受講記(5) 2019/07/29 Mon 6429 昨日の続き
いつものことですが、運転免許の「高齢者講習」の話題から「セントレア物語」へと脇道に逸れてきました。じつは、ようやく取れた「高齢者講習」の前日がセントレアからの最終便で帰熊することになっていたのです。このところ全国的に大雨などで被害が出ることが当たり前のようになってきました。トランプさんの認識とは関わりなく気候が変動している事は疑いありません。そんな状況で、名古屋から帰る数日前から九州の大雨が予想されていました。つまりは「セントレアがらみ」の「思い出」が否応なしに蘇ってきたのです。
当日も空港のアナウンスは、宮﨑と長崎便は天候次第で引き返す条件付きフライトであることを繰り返し伝えていました。そして、熊本便はしっかりと飛び立ったのでした。しかし、その日はほとんど雲の中で、熊本市上空に至るまで地上の灯りも見えない状態でした。さらに滑走路に向けて降下している最中にかなりの強雨が窓を打ち始めました。いやはやスリリングなことです。雨にしても飛行機にしても私にできることは皆無です。ただ「降りろよ、降りろ」とこころのなかで絶叫するばかりだったのです。そして、飛行機はしっかり熊本空港の滑走路にタッチダウンしたのです。めでたし、めでたし。 |
高齢者講習受講記(4) 2019/07/28 Sun 6428 昨日の続き
セントレアに「ドカ雪」が降り始めました。そんな状況で福岡便は出発していきました。私が乗る予定の熊本便は、それとは10分~20分くらいの時間差だったと思いますが、「セントレア開港後初の閉鎖された日」に飛ばない便になってしまったのです。なにせ、「初」は1回限りです。その機会に巡り合わせたのですから「強運」としか言いようがありません。そこでやむを得ず新幹線に変えて帰熊したのですが、熊本で予定していた午後の仕事はキャンセルになってしまいました。
セントレアにまつわる「もう一つの思い出」は、東京で開催される会議に出席するため羽田行き便を利用したときの「事件」です。この日は羽田が濃霧で混乱し、着陸できない飛行機が上空にどんどん溜まっていったようでした。そのあおりを受けて私が乗った便は、かなり広い円を描いて上空を旋回していました。そのうち搭載した燃料切れの可能性が出てきたとのことで羽田への着陸を断念したのです。そしてその先の着陸地に選ばれたのがセントレアでした。その日は、名古屋から東京に向かっても会議は終わっています。そんなことで、その日はセントレアで熊本便を待って帰ったのです。もちろん運賃の払い戻しはありましたから、1日かけて「無料で遊覧飛行をした」と苦笑いしたものです。 |
高齢者講習受講記(3) 2019/07/27 Sat 6427 昨日の続き
いつも台風や大雨が予想されていると、飛行機の運航状況が気になります。しかし、このときはそうした環境ではありませんでした。また、機材の手当の関係から出発が遅れるといった情報もありませんでした。それにもかかわらず「1時間前の欠航決定」なのです。その理由がわかりました。出発前の点検で無線系統に不具合が見つかったそうで、その回復の見通しが立たないため欠航になったのでした。
もちろん安全が第一です。とりわけ無線系統が機能しないまま飛ばすわけにはいきません。そんなわけで客としては次の手立てを考えるしかないわけです。ただ、「その日」は翌日に公的な予定は入っていませんでした。そこで航空会社が提示した選択肢から福岡便に切り替えることにしました。
そう言えば、セントレアは私にいろいろな思い出話を創ってくれる空港です。まずは絶対的自慢話です。ントレアの開港は2005年2月ですが、翌年のある日に降雪で「開港初の空港閉鎖」に至ったことがあります。私は手荷物検査場も通過して、熊本便に搭乗するだけになっていました。ところげ、突如として暗雲が垂れ込め、10m先が見通せないほどのドカ雪が降りはじめたのです。 |
高齢者講習受講記(2) 2019/07/26 Fri 6426 昨日の続き
「高齢者講習」を予約するために電話したのですが、でとにかく「空いていない」のです。もちろん先方の自動車学校が提示した候補日に「それほど先でない日」も数日だけ含まれていました。ところが、おかげさまで、「花のフリーター」にお声をかけていただくことがそこそこあって、私の方ですでに予定が入っていて、その数日はバッティング状態なのです。
そんなやり取りをしていくうちに、ついには2ヶ月以上も先の7月に予約がとれました。これで一安心したのは言うまでもありません。しかし、「リスクマネジメント」の視点から、その日程に「小さなリスク」を感じました。それは「講習」の前日まで名古屋にいて「最終便」で熊本に帰ることになっていたからです。
ほんの少し前に「名古屋便」では困った体験をしていました。最終便といってもセントレア18時発なのですが、17時ちょっと過ぎに手荷物検査場に行ってチケットを機械にかざしたわけです。これに対して直ちにエラーが出たのです。私としては「何だこりゃあ」状況ですが、係員がチケットを見て、「ああ、この便は欠航が決まりました」と言うのです。私としてはもう一度「何じゃこりゃあ」を繰り返すしかありませでした。 |
高齢者講習受講記 2019/07/25 Thu 6425
「高齢者講習」に行ってきました。今年は運転免許証の更新の年です。更新そのものは誕生日の前後1ヶ月となっていますが、さらに半年ほど前に「高齢者講習通知書」が届きました。開封すると「あなたは運転免許証の更新に際し、高齢者講習の受講が必要です」と記載されています。そもそも連絡はがきの表に「講習がお済みでない方は、運転免許証の更新ができませんのでご注意ください」と朱書きされているのです。さらに中には「高齢者講習の予約をすぐに取る」「早めの予約をおすすめします」とこれまた朱書きで強調されています。
私にとって「リスクマネジメント」が大事な仕事の領域です。そんな自分が「受講し損なう」わけにはいきません。そんなわけで、「まだ相当に時間があるけどなあ」と思いながらも、通知書を見て数日後に、最寄りの自動車学校に電話してみました。いやあ、驚いてしまいました。とにかく直近はおろか、相当先まで「空いていない」という答が返ってくるではありませんか! |
かんぽ問題 2019/07/24 Wed 6424
何がどのように問題だったのか、その細かいことは知らない。ただ、第一線の不適切な販売行動によって、かんぽ生命は全顧客2600万人に意向確認を行うことになった。今回の問題が起きなければ必要のないお金と労力が使われる。通信費はもちろん、文書の印刷経費や人件費などで一体全体どのくらいの費用と時間を要するのだろう。仮に告知文の郵送料金が82円としても、それだけで21億3200万円である。
現場第一線の職員は顧客から罵声を浴びているという。しかし、その責任は組織のトップにある。現場の状況を知らなかったではすまない。仮に自分たちの意思と相反する事態だとしても、それならどうしてそんなことが起きたのか。また、どこやらが勝手に暴走したのであれば、その事実がどうして自分たちに伝わらなかったのか。
いつも真面目に働いている第一線の人たちが辛い目に遭う。ことの程度によっては職すら失い、家族が路頭に迷うことすら起きる。 |
本物の緊張感!? 2019/07/23 Tue 6423
ある県の警察学校で訓練中に教官が男性巡査をサバイバルナイフで刺したという。犯人役の教官が巡査ともみ合った際に本物のナイフで胸を2か所を刺してしまった。もちろん「誤って」とされている。教官である警部補は「緊張感を持たせるために本物を使った」と説明しているらしい。そもそも「訓練ではゴム製の模造ナイフを使うことになっていた」のは素人から見ても当然すぎることだ。それを「緊張感を持たせたかった。刺すつもりはなかった」と述べたというが、刺し傷の一つは肺に達していたらしい。
この件、まずは基本のルールを守っていないのだから教官としての資質に疑問を感じる。それこそ「謹慎もの」だが、その後も教官を続けているようだ。これに対して、刺された19歳の巡査は「警察組織そのものを信用できなくなった」と退職した。その後、慰謝料などを求めて提訴したという。
新聞はこれ以上のことを伝えていないが、こうした「事故」が起きた背景に何があったのだろう。そもそも「本物」を使用したのはこのときが初めてだったのか。学校関係者たちは「本物」であることを知っていたのか。「緊張感を持たせるため」というのだから「みんな知っていた」とも考えられる。こうした点は外部の者にはわからない。 |
Sort shot : 「名前」(6) 2019/07/22 Mon (6:53am) 6422 【名前】のLong 〝Short shot〟のラスト。担当者が複数の場合も、それなりの工夫がほしい。たとえば2人、ときには3人の「姓」が記されていることがある。その際はトップのの「姓」だけを書けば良いとは思う。ただ、「それでは他の方に悪いなあ」と考えてしまう人間もいるのである。ここで私がそれに該当するかどうかは言わないことにしよう。この悩みを解消するにはどうするか。たとえば、筆頭だけフルネームにして、他は例外的に「姓」だけにする。「鈴木一郎・佐藤・山田」といった具合に。あるいは「鈴木一郎(佐藤・山田)」ではどうだろうか。もちろん完全ではないが、「出す側」の判断材料にはなる。 |
【必死】は【必至】? 2019/07/22 Mon 6421 5月24日の続き
【必至】①必ずその事が到来すること。必ずそうなること。また、そのさま。【必死】①必ず死ぬこと。生きる見込みのないこと。また、そういう情況や場面。②死を覚悟して全力を尽くすこと。また、そのさま。死に物狂い。決死。(精選版
日本国語大辞典)この二つの「辞」は「音」は同じだが意味は違っている。
学生の試験やレポートで両者の混同が見られる。たとえば「必至で頑張る」「失敗するのは必死だ」といった具合である。もう少し正確に言えば、「必死」はしばしば登場するが「必至」の方はお目にかかることが少ない。そもそも「ひっし」と聞いて「必至」のことは思い浮かばないのではないか。
これが私の推測なのだが、「辞典」を最後まで読むと面白いことに気づく。【必至】には「②=➯ひっし(必死)」とある。そこで【必死】を改めて確認すると、「③将棋で、受け手がなく、詰みとなってしまう状態。また、その差し手」との解説のあとに「必死」と記載されているのである。
いやはや、ここまで来ると【必死=必至】ということではないかい。いかにも知った風な顔をして「それって【必死】じゃなくて【必至】だよね」と言えなくなってしまった。 |
煙とホコリの映写光線 2019/07/21 Sun 6420
まだ前世紀のことである。映画などで「背面投影」と呼ばれる試みがあった。映画やスライドなどは映写機から出た光をスクリーンに投映する。映画館では座席後方の映写室からスクリーンに向かって光線が走る。それが画面の内容によってダイナミックに動くのである。私が子どものころは、これを煙草の煙が揺れながら昇っていた。その影響で画面の明るさが幾ばくかは落ちていただろう。いまでは考えられない光景である。煙草の煙がなくでも観客の呼気やホコリの影響もあったと思う。
これが「背面投影」だとスクリーンの後ろから映写する。客は「向こう側」から見るから、左右が反対の映像を映すことになる。そのためにミラーを使っていたのではないかと推測する。そうでもしないと、スクリーンから客席と同じほどの距離が必要になる。そんなこんなの工夫をして背面から映された映像は従来の方式と比べれば明るくきれいだったに違いない。それはそうなのだが、私のような戦後間もなく生まれは、煙やホコリにまみれながら光線がパッパと動いてこそ映画だと思ってしまうのである。 |
Sort shot : 「名前」(5) 2019/07/20 Sat (6:53am) 6419 仕事は「自分(たち)の都合」だけでなく、「相手の立場」から考えることが求められる。それはサービスにだけ限られるものではない。また、日常の仕事においても、「自分」は良くても「仕事仲間」にとってどうなのかを考える。こうしたことができるのがリーダーであり、対人関係スキルそのものなのである。子どもたちに「自分がいやなことを人にしてはいけない」「相手の身になって考えよう」などと言っても、当の大人がそれを実践してモデルにならなければ何とも説得力に欠けるわけだ。〝Short
shot〟の「名前」が〝Long〟になってきたが、郵送を求める場合は文書に「名前=フルネーム」を入れておいていただきたい。 |
ボーディングブリッジの独り言 2019/07/20 Sat 6418
「いつ、これが終わりになるんだろう…」。このごろ、空港に着いてボーディングブリッジを歩くとき自問自答を繰り返す。おかげで心身共に健康で、「花のフリーター」になってからも、あっちこっちに出かけている。そこで、生来の飛行機好きも加わってボーディングブリッジを歩くことが多い。そんなとき冒頭に挙げた問を発するわけだ。
いくら「仕事が趣味」だと言っても、そのうち終わりが来る。ただし、それが具体的に「いつ」になるのかはわからない。何と言ってもすでに70歳を超えている。その日がそれほど遠くないこともわかっている。そんな状況で来年の仕事のお話もいただいている。私はこれまで「イエスマン」の人生を送ってきた。その基本は変わらないから、日程が許す限り「イエス」でお答えしている。ただし、「その日まで生きていたら」との条件付きである。
その一方で、若いころから「退き際」の重要性についても認識してきたつもりである。さあて、どうしましょうか。自分でそうした判断をしなければならないときが近づいてきたなあ…。 |
ライバル 2019/07/19 Fri 6417
【ライバル】①競争相手。好敵手。②特に、恋敵(精選版 日本国語大辞典)【rival】a person, company, or thing that
competes with another in sport, business, etc.(オックスフォード現代英英辞典)。
この言葉は一般的にプラスの意味合いをもっている。お互いが切磋琢磨し技術や知識で力を付ける。ここで重要なことは精神的な面でも双方が成長を実感できることだろう。さらに相手に対して尊敬の念をもっていることも欠かせない。つまりは「この人がいなければ、あるいは組織がなければ自分たちの成長はない」と「お互い」が実感できることが「ライバル」の条件である。その結果として抜きつ抜かれつの状況が実現すればドラマにもなる。
しかし、現実にはそこまで接近したバランスが生まれるのはそれほど多くはないだろう。そこで、「どうしても勝てない」となれば、つい諦めや場合によっては妬みが生じることもあり得る。しかし、それを克服していく過程が人間を成長させる。また「いつも勝つ側」も「この人がいなければ」といった気持ちと態度を維持し続けていくことが期待される。親子の場合、親は子どもが自分を追い抜いていくことをよろこぶものである。最終的には「上下関係のないライバル同士」が理想だと思う。 |
Sort shot : 「名前」(4) 2019/07/18 Thu (5:43am) 6416 ともあれ、返信封筒がないままに郵送を求められれば、封筒に宛先を書く。このときも住所に「郵便番号」が付いていないことがある。その場合は、ネットで検索しなければならない。そして、「名前」でなく「姓」のみだとどうなるか。実際に封筒書きするとわかるが、そのド真ん中に「吉田様」といった漢字で3,4文字の宛名が「ポツン」と並ぶ。いかにも寂しいのである。というよりも不格好きわまりない。とくに住所が長い場合はその貧弱さがさらに際立ち、まるで「住所様」宛てなのかと疑いたくもなる。そうかと言って不釣り合いにドでかく書くのもなあんか滑稽なのである。 |
「教育情報科学」 2019/07/18 Thu 6415
私は1993年度から昨年度末にシニア教授を辞めるまで、「教育情報科学」という講義をした。その間、26年にもなることに自分でも驚かされる。私が「情報科学」の授業をすると聞けば、30歳ころまでの私を知っている友人たちは奇異に思うかもしれない。
そもそものはじまりは、私が1979年に「熊本大学教育学部附属教育工学センター」の講師として採用されたところにある。その名称から想像されると思うが、当時はテレビなどの視聴覚メディアを教育に活かす研究と実践を進めることも「教育工学センター」の重要な柱だった。私自身は子どものころからゲルマニウムラジオを作ったりしたし、テレビにも興味があった。また、中学三年生のときにわが家にテープレコーダーが来ると、それで「家族インタビュー番組(?)」などを創って楽しんだ。
そうした流れの中で、大学に入ると「コンピュータ」に出会った。それはプログラムを組まなければ動かない代物だったため、プログラミング言語であるFORTRANなどを勉強した。しかし、それで「命令する」と大型のコンピュータが瞬時に計算をするのである。うまくいったときは大いなる快感を覚えてやみつきになった。後に流行語にもなった「オタク」の走りである。 |
Sort shot : 「名前」(3) 2019/07/17 Wed (5:43am) 6414 何らかの文書を返信する際に「FAX」か「郵送」を求められることが、「未だに」ある。わが家はかつても含めてFAXを持ったことがない。昨年度まで勤務していた大学にFAXはあったが、もう何年も使った記憶がない。これがメールでOKとされていればpdf化して返送できる。このケースが多くはなったが、まだ「FAXと郵送」が「改善されていない」ところがある。ご自分たちで疑問を感じないのだろうかと思う。とにかく先方から「紙」の文書をもらわないといけない。そのことだけが頭にあって、これまでの「定形」に手を入れることをしていないのだろう。 |
八村選手の「持ち方」 2019/07/17 Wed 6413
このところ、とくにスポーツ界で両親のいずれかを日本人とする日本人選手の活躍がめざましい。その容貌は東アジアでよく見られるモンゴロイド系の日本人とは異なっている。こうした人たちの活躍によって、この国おいて多様さを受け入れる状況が進むだろう。私は1996年、オーストラリアで半年を過ごした。その間、老夫婦と若者から町の地理やバスの時刻について尋ねられた。当地では容貌は国籍と関係がないことを実感した。
そもそも差別やいじめは、自分たちと「異なる」点を強調することで発生する。敗戦後間もなく、米兵と日本人女性との間に生まれた子どもたちで深刻な状況に追い込まれた者が多い。そうした中でエリザベスサンダースホームといった施設も生まれた。
ところでNBAのドラフトで話題になった八村選手だが、先日、契約書にサインしているニュースを見て感動した。そのペンの持ち方がしっかり美しいのである。このごろは、親指を浮かせた筆記具の持ち方をするケースが圧倒的に多い。私はこうした学生たちに「親指姫」「親指小僧」と皮肉を込めて呼んでいた。これは若者を卒業した人にもけっこう見られる。そんな中で八村選手のペンの持ち方はまさに模範だと嬉しくなった。 |
Sort shot : 「名前」(2) 2019/07/16 Tue (5:24am) 6412 組織の責任者から届く文書には「フルネーム」が記載されている。これは当然である。ただそうしたものの下方に「担当者」の「名前」や住所・連絡先等が記載されている場合、ほとんどが「名前」ではなく「姓」のみである。これも読むだけならそれでもいいが、何らかの返信を封書で求められることがある。このときも返信用の封筒が入っていれば、概ね宛先が表書きされている。それが部課等であれば「御中」を、担当者の「姓」が入っていれば「様」を書き加えて返送する。このときも「名前」ではなくほとんどが「姓」である。 |
丹羽宇一郎著「死ぬほど読書」(13) 2019/07/16 Tue 6411 5月26日の続き
いつものことながら時間は走り去っていく。先々月までは毎週連載していた「死ぬほど読書」もまことにお久しぶりである。
さて、前回は丹羽氏が西田哲学を取り上げ、「難解であるがゆえに深いものが書かれている。抽象度が高いものは高尚であると思い込んでいる人がいる」と指摘したところで終わっていた。
その続きはこうなる。「しかしながら、それは錯覚です。やさしいことを難しい言い回しにするのは簡単なことですが、反対に難しいことを平易に表現するのは難しいものです」。そして、「こと哲学者や思想家といった人たちは、簡単なことをわざわざ難しくいう傾向があります。簡単なことを難しく考えるのは、頭のなかでクリアに整理されていないものがあるゆえなのかもしれません」と推測している。こうした問題の原因は当の本人だけにあるのではない。その「難解なる内容に潜む『真実』(?)」を「十二分に」、あるいは「本人の頭の中ではそう思っていなかったかもしれないことまで理解(?)し」、それを一般大衆に宣う方々の存在である。そして、それが「上から目線」であることが圧倒的に多いと思うのは気のせいだろうか。 |
Sort shot : 「名前」 2019/07/15 Mon (5:40am) 6410 大辞林【なまえ 名前】①ある人や事物を他の人や事物と区別して表すために付けた呼び方。②氏名。またその名字を除いた部分。私の場合、それは【吉田道雄】あるいは【道雄】であり、【吉田】ではない。私はメールの宛名には可能な限り【名前=フルネーム】を記する。つまり、「吉田様」ではなく「吉田道雄様」にする。それは「私の仕方」だから、人様に同じことを求めるつもりは毛頭ない。この点は明確にしておかなければならない。ただし、封書やはがきなどにの場合は「フルネーム」の方が圧倒的に多いと推測する。 |
タイトルからの勝手的解釈 2019/07/15 Mon 6409 昨日の続き 五木氏は羽仁氏を「たしかに優れたヒューマニストだった。その識見や分析力などには卓越したものがあったと思う」と続けながら、「しかし、日本人大衆が愛する歌を、一蹴するのはおかしい、と私は感じた」と語る。美空ひばり論争は「大した記事にはならなかった」らしい。それは編集者の意思なのか、あるいは羽仁氏の意向なのか、今となっては五木氏にもわからないだろう。
それにしても、「青くさい若輩の私と正面から向き合って議論することを避けなかった羽仁さんに、私は深い敬意を抱かずにはいられなかった」という。五木氏は宗教にも造詣が深く、こころ広き人だと思う。このとき羽仁氏は「世の中でちょっと売れていい気になっている若僧をつぶしてまえ」と思ったのではないかと邪推する私のような小人とは違うのである。ただ、「とはいうものの、美空ひばりの歌を黙殺することは、彼女の歌に心惹かれる大衆の心情を無視することではないかと思う」点では一致しているとホッとする私がいる。
さらに、「戦前、戦後を通じて、この国の正統的な知識人と庶民大衆のあいだには、『深くて暗い河』があった」として、「思想家丸山真男の『亜インテリ』という表現に、私は今なおこだわり続けている」と締めくくる。私はここで再び頷いた。自らを「知識人」と認識する人間の「亜種」論である。「亜種」とは「生物分類上の一階級。種の下の階級」(大辞林)だ。巨人たちがこうした「上から目線」から開放されるときは来るのだろうか。
最後に五木氏がタイトルを「美空ひばりと羽仁五郎」という「順」にした点に、勝手ながら氏の心を読めたような気持ちになった。 |
巨人の上から目線 2019/07/14 Sun 6408 昨日の続き 羽仁氏の迫力にほぼ受け身状態だった「ふだんは口数の多い」五木氏が一転して「激しい議論のやりとり」を展開した。そのきっかけは羽仁氏の「美空ひばりは、日本人の恥ですよ」「あんな歌にうつつを抜かしている限り、日本の民主化は不可能だ」との発言だった。私は五木氏のこのときだけでなく、これを書いたいまの心情が十二分に理解できる。
五木氏が羽仁氏と議論したころ私は学生だったが、そもそも自らのことを、世界を、社会を改革する先導者と認識しているように見える知識人・思想家の中にはこうしたタイプの人がいた。そして、その状況はいつの時代も変わらないのかもしれない。権力や権威と果敢に対峙し、いかにも「民衆・大衆」の立場に立っているようでいながら、「懸命に生きる普通の人」が築いた文化を否定する。その一貫した「上から目線」には感動すら覚える。そして、一般大衆は「あんな歌にうつつを抜かしている」のであり、こんな状態では「日本の民主化は不可能だ」と断じる。ある政治学者との対談では、羽仁氏は浅間山荘事件に関して「正義は虐げられている側、抑圧されている側、つねに少数の側にある」と連合赤軍を擁護したという(Wikipedia)。 |
五木寛之と羽仁五郎 2019/07/13 Sat 6407 昨日の続き 自他共に認める(?)大巨人羽仁五郎氏は五木寛之氏に語りかける。「アウシュヴィッツはね、君、あれは歴史の大転回点なんだよ。人類の歴史はアウシュヴィッツ以前と以後に分かれると言うべきだな」。この言い回しからして、いかにも羽仁氏らしい。私の脳みそには、その徹底した上から目線のドデカイ顔がいまのことのように蘇る。
これに対して五木氏は「雄弁に語る大思想家を前に、ふだんは口数の多い私も、言葉ずくなに相槌を打つしか」なく、「これでは対談にならない」と圧倒されるばかりだった。それが後半になって、「羽仁さんがもらしたひと言が、私のささやかな抵抗のいとぐちになった」。
羽仁氏が「美空ひばりは、日本人の恥ですよ」と発言したのだ。「君は歌謡曲や演歌などの世界を小説に書いているそうだが、あんな歌にうつつを抜かしている限り、日本の民主化は不可能だ。そうは思わないかね」。これに対して五木氏は敢然と「思いません」と答え、そのあと「噛み合わない激しい議論のやりとりが続いた」という。
これに困った編集者が、「ところでアウシュヴィッツ以後の時代とは、どういうものでしょうか」と話題を必死に差し戻したらしい。 |
五木寛之氏の思い出 2019/07/12 Fri 6406 五木寛之氏が「新・地図のない旅」というタイトルで地方紙に連載している。熊本では熊本日日新聞の夕刊最終面に載っている。その中に本コラムで取り上げたいと思うものがあってスクラップしたが、日付をメモしていなかった。幸い、これが4月30日付けの「Web東奥」にアップロードされていた。熊本日日新聞もこのあたりに掲載されたのだと思う。
この日は「大知識人を思い出す/美空ひばりと羽仁五郎」である。「もうすでに四十年ちかい昔の話である」からはじまる文章は、五木氏が、当時の「知識人の中の大巨人(吉田の表現)」と目されていた羽仁五郎氏と雑誌上で対談した日の思い出で記ある。体制変革の嵐が吹きすさぶ中で、満を持したかのように1968年に出版された氏の大ベストセラー「都市の論理」は、表紙の赤い文字が印象的なペーパーバックだったが、大学2年生の私も読んだ。
「そんな一流の知識人と対談をすることになって、まだ新人作家の私は大いに緊張し」「おそるおそる対談の席にのぞんだ」という。その気持ちは十二分に想像できる。相手は「思想の巨人」なのだ。「その対談は冒頭から羽仁さんの独擅場だった」のも、さもありなんと頷きたくなる。 |
法廷の珍事 2019/07/11 Thu 6405 検察官「今日は求刑できません」珍しすぎる求刑延期のウラ側 こんな見出しが目に入った(毎日新聞 3/2 配信)。相当にめずらしいことのようだ。というよりも「珍事」なのである。検察側の論告要旨の求刑欄が空白だったという。男が車上荒らしの常習累犯窃盗罪に問われたのだが、この事態で結審が延期されることになった。記事ではこれを「事件」と呼んでいる。
裁判で検察官の起訴状朗読から冒頭陳述など淡々と進んでいたが、途中で「私には決められないから、求刑できません」となった。記事には細かい経緯が書かれているが、問題発生のポイントは、「東京地検では捜査を担当する『捜査検事』と公判に立ち会う『公判検事』に分かれ、求刑は起訴を決めた捜査検事が行っていることが多い」点にある。つまりは「捜査検事」が求刑を入力していなかったということだろう。
それにしても、開廷後の論告朗読しながら2枚目になって「空白」に「初めて」気づいたことは否定できない。世の中は、報道される事件よりも軽微なものが圧倒的に多いから、検事も大変だろうとは思う。しかし、「斜め読み」すらしないで人を裁く仕事をしてはいけない。
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公開講座「リーダーシップ・トレーニング 2002」(6) 2019/07/10 Wed 6404 5月24日の続き お久しぶりの「公開講座シリーズ」である。附属中学校の校長を兼任したことから、それまでの3日コースを「基礎研修2日」「フォロー研修1日」のセットの変更した。この発想はすでに集団力学研究所で導入していたから、ごく自然に生まれた。
課題は受講者が「基礎研修」後に実践した行動目標に対する「部下評価」をどうするかである。研究所の場合は事前に調査を実施し、その分析を終えてから「フォロー研修」でフィードバックしていた。これに対して大学の公開講座には、それに充てる予算も人手もない。そこで思いついたのが、「フォロー研修」で受講者が自ら結果を集計し分析する方法である。調査も事前に受講者が実施する。部下たちが回答後に封をして提出したものを受講者が回収して「フォロー研修」に持参する。
ただし、これを「部下評価」と言えば、受講者も回答者も抵抗を感じるかもしれない。そこで、回答紙を「見えてますかシート」と呼ぶことにした。
この時点では苦肉の策だったが、やがてこの方式が私のトレーニングを特徴付けるものになる。 |
Sort shot : ふるさと納税500億円 2019/07/09 Tue(6:42am) 6403 ふるさと納税で話題になった泉佐野市は2018年度の寄付額が497億円との見通しを立てていた(熊本日日新聞4月16日)が、最終的にはどのくらいまでいったのだろう。市は総務省とけんか腰で、2月からは「100億円還元」としてアマゾンのギフト券を贈るキャンペーンを展開した。その結果、全国の寄付金額の10%以上、市の一般会計予算に匹敵するほどになった。市は「本市のふるさと納税の取り組みを多くの方々にご支持しただいた成果」とのコメントを出している。うーん、これって「取り組みに対する支持」と言えるのだろうか…。 |
今月の写真 2019/07/09 Tue 6402 今月の1枚目は7月の松江城である。何といっても国宝だから、それだけで重みがある。総体的に黒イメージで、その点は熊本城に似ていると思う。白鷺の姫路城とは対照的である。他にも国宝の城である松本城、犬山城には行った。もう一つの彦根城は新幹線から眺めただけである。米原経由で長浜市に仕事で出かけたことはあるが、そのときは足を伸ばさなかった。
もう1枚は「フランクフルトの夕日」である。これも7月で空港のホテルから撮った。森の向こうに沈む太陽はどこにいてもすばらしい。もう20年以上も前のことだが、オーストラリアのパースで半年を過ごした。そのときはインド洋に面した西海岸にあるフリーマントルの夕日が抜群に美しかった。それは天草の海に沈む太陽とまったく同じものなのだが、その場所に応じた情緒が働く。もちろん、どちらにしても「きれいだなあ」と心が動く。太陽は山にだって沈んでいく。空を朱色に染めながら山の端の向こうに消える太陽も感動的だ。 |
Sort shot : 北海道の「くま」 2019/07/08 Mon(6:42am) 6401 JR北海道の函館本線は函館駅から長万部駅、小樽駅、札幌駅を経由して旭川駅までの423.1㎞の幹線で ある。そこを走るローカル電車に乗った。座席に座ってふと見上げると、「クマなつ」と記された中吊り広告が目に飛び込んできた。よく見ると、右下に「熊本」とある。背景に教会があり、漁港に停泊した船に女性が座っている。天草の世界遺産「崎津集落」である。キャッチコピーは「息をのむほど、美しい夏がある」。「熊本デスティネーションキャンペーン2019.7.1~9.30」だそうな。心のなかで微笑みながら何度となく眺め返した。 |
「のぞみ」トラブル(7) 2019/07/08 Mon 6400 昨日の続き 報告書では、小倉を出てから「パーサーbも8号車で何かが焦げたような異臭を感じ、また、本件車両の東京駅方デッキで、いつもと違う『キーン』 という音を聞いた」との情報が続いている。さらに、客室乗務員aは、新山口駅付近を通過中に、パーサーaから「8号車及び7号車の車販準備室で焦げたような臭いがする」との報告を受ける。そこで車掌aとともに確認に行つたのだが、「車掌aは7号車の車販準備室で焦げたような異臭を少し感じたものの、徐々に異臭を感じなくなった」。これは聴き取りにおけるご本人の発言だろうが、「異臭を感じたものの、徐々に感じなくなった」とはどういう状況なのだろう。ここまで登場した車掌a以外の3人もそうだったのか。
こうした状況下で車掌aは運用指令員bに、「7号車及び8号車でいぶしたような臭いがする。異常な音はしていない」 と列車無線を使用して報告した。報告書を読む限りこの後も異常を感じさせる兆候があったにも拘わらず、そららがドンドン打ち消されていく印象がある。
そこには「可能な限り『電車を止めない』意思」が働いているかのようだ。この電車が停止したのはJR東海のエリアである名古屋駅だった。
すでに本コラムの連載分量(?)を超えている。本件については、改めて考える機会があればと思う。 |
Sort shot : 緑の運河 2019/07/07 Sun(9:23am) 6399 夏の北海道に行ってきました。これまでも、2回の家族旅行を含めて、北海道へはそれなりに出かけてきました。しかし、そのほとんどが雪景色の時期です。いわゆる吹雪を体感したり、高速道路が凍結で閉鎖され、一般 道を使って登別温泉に行ったことを思い出します。小樽にも5,6回は行っていますが、素敵な運河はいつも雪景色でした。それが今回は鮮やかな緑の運河と出会ったのです。九州でいえば5月の新緑といったところでしょうが、緑に覆われた北海道は気持ち的にも鮮やかで小麦畑も黄金色に輝いていました。 |
「のぞみ」トラブル(6) 2019/07/07 Sun 6398 昨日の続き 最初の「気になった」「おかしい」音は減速で聞こえづらくなり、電車は小倉を出た。その後、客室乗務員aは、巡回中に博多から小倉間で気づいた「音と同様の音を聞いたが、気にはしなかった」という。ここで、もう一度車掌aを呼んで「ほら、この音ですよ」と言わなかった理由がわからない。
そもそも「おかしいな」と「気になった」ことだった音である。それがまだ続いているのに、今度はどうして「気にはしなかった」のか。職務上の権限については知らないが、車掌aが「別におかしいことはないじゃないか」などと言われれば、「そんなことありません。確かに聞いたのです」とは返しにくい関係があるのだろうか。
ここで車掌aに期待されるのは、「いま減速しているからよくわからないなあ。また同じような音がしたら知らせるように」という発言である。それに、車掌aは「問題らしきことを知らされた」のだから、自分で改めて確認すべきではないか。何と言っても、ことは乗客の「安全」に関わるのである。しかしながら、報告書の文章だけ読むと、車掌aはそれ以上は問題を感じなかったように思われる。
すでにこの話題で6日連続となってしまった。 |
「のぞみ」トラブル(5) 2019/07/06 Sat 6397 昨日の続き 運輸安全委員会が提出した報告書の冒頭に「本報告書の調査は、本件鉄道重大インシデントに関し、運輸安全委員会設置法に基づき、運輸安全委員会により、鉄道事故等の防止に寄与することを目的として行われたものであり、本事案の責任を問うために行われたものではない」と記されている。いわゆる「ノーブレーム(責任を問わない)」を基本にしているということである。
ともあれ、報告書には関係者たちからの聴き取り結果が詳細に整理されている。それを読み進むと「ここでどうにかならなかったのか」という、「いつもの事象」が起きていることがわかる。列車が博多駅を出発し小倉に向かっているときに巡回していた客室乗務員aはデッキで「ホー」という汽笛のような甲高い音に気付き「気になった」が、そのまま16号車まで行った。同乗務員は戻る途中にも甲高い音が鳴つていたので「おかしいな」と思い、そのことを車掌aに連絡した。
これが問題に気づく最初のポイントである。「気になった」「おかしいな」は安全確保にとって「キーワード」なのだ。そこで、この事実を車掌に伝えたのは当然のことだった。ところげ、車掌aが問題のデッキに来たとき列車は小倉駅に近づき、減速によって音も小さくなっていく。それもあってか、車掌aは「通常とあまり変わらないと感じた」という。 |
「のぞみ」トラブル(4) 2019/07/05 Fri 6396 昨日の続き 「のぞみ台車」のトラブルが発生したのは2017年12月11日である。そのあとJR西日本がHPでその経過についてアップした。これに対して私なりの視点でメモをしたが、その後の展開を見てから「まとめて」いこうと考えた。それほど重大な事態だと考えたからである。ところが、問題がJR西日本のみならず、台車メーカーである川﨑重工業にまで拡大した。そんなことから、メモが「お蔵入り」してしまったことは、本シリーズのスタートで書いた。
そこで「気を取り直して(?)」ネットで検索したところ、「運輸安全委員会」の本件に関する「報告書」があった。今年の3月28日付けのもので、本文だけで99ページに及んでいる。そこには当日の乗務員や運転指令とのやり取りなどが詳細に記されている。そのため、たとえば「異臭」の情報が指令室を含めた関係部署にどのように伝えられたか、「異臭等」が発生した際に「誰があるいは誰たちが」「どのように判断し」、「どんな対応をするか」が明確にされていたか、といった私の疑問はほぼ解消された。ただし、疑問点が明らかになるほどその深刻さに身震いした。「このとき神がいたのではないか」。そんな思いが脳内を走った。 |
「のぞみ」トラブル(3) 2019/07/04 Thu 6395 昨日の続き JR西日本のHPによれば、重大なトラブルは13号車の台車であり、車掌が「臭い」を知覚したのは「7・8号車付近」である。しかし、HPには「13号車の台車」に異常があって「焦げた臭い」がしたとされている。ただし、これは「結果」としてそうした判断になったわけで、走行中は「7・8号車付近」の「臭い」は「車掌による車内点検」で「問題なし(?)」となって、小倉駅を発車したと推測される。
まずは、このときの車掌の「報告内容」とそれを受けた司令室が「問題ないと判断した(?)」理由を明確に整理しておく必要がある。後日、「台車の製造責任」にまで問題が広がってしまったことから、「台車トラブル」だけに目が向いてしまう危険性がある。
このとき異臭を感じたのは「パーサーおよび客室乗務員」である。いわばプロの鼻による訴えなのだから、それなりにチェックすることが期待される。車掌が「おそらく大丈夫」で済ませることはないはずである。幸いにも重大な事故は発生しなかったものの、結果としては小倉で運行を停止しておくべきほど、台車は深刻な状態になっていた。第三者の私でも、神がいたのではないかと叫びたくなる。 |
Sort shot : 全員一致の判断 2019/07/03 Wed(6:29am) 6394 鹿児島で起きた事件の再審請求を最高裁判所が地裁・高裁の決定を取り消した。高裁までは再審を認めていたが、これを否定したわけだ。それも5人の裁判官全員が一致して出した結論である。これまでの流れからすると異例とも言える判断だという。しかも最高裁が事実認定にまで踏み込んだ。人間の能力では、その場にいない限り100%の真実はわからない。それを第三者が「判断」するのが裁判である。素人ながら、「全員一致」という情報が気になる。裁判員制度がスタートして10年、5人の判事たちの心に何らかの意思が働いたのだろうか。 |
「のぞみ」トラブル(2) 2019/07/03 Wed 6393 昨日の続き HPを整理すると、①「7.8号車付近で焦げたような臭いがする」と車掌が申告した ②これに対応するため(?)「岡山駅から保守担当者が添乗し確認した」
③13・14号車間で「うなり音」を確認した ④これが「走行に支障するような音ではなかったため、運転を継続した」となる。HPによれば、「焦げたような臭い」については「車掌」が車内点検をした」ように読める。しかも、それは「7・8号車付近」であるから、今回トラブルが判明した「13号車」のものではなかったのだろうか。
しかし、HPではこの点について、「13号車にあるモーターの回転を車輪に伝達するための継手が変色しており、異臭(焦げたような臭い)の原因と考えられます」としている。ここでは「異臭」が「7・8号車付近」であったこととの関連は記されていない。これが重大インシデント発生の翌日段階におけるHPによる公開情報である。
まずは、小倉駅で「焦げたような臭いがした」ことは事実として確認されている。しかし電車は発車したのだから、車掌が車内点検して問題ないと判断したと推測される。それならどうして岡山から保守担当者が添乗したのだろうか。 |
「のぞみ」トラブル(1) 2019/07/02 Tue 6392 一昨年の12月11日、JR西日本の「のぞみ」に関わる重大トラブルが発生した。これについて、「その後」の情報を待って「連載」しようと考え、原稿を寝かせていた。ところが、期待した情報に接することができなかったり、トラブル以前の「車輪の製造過程」おける問題が発覚したりで、どこまで待っていればいいのかわからなくなった。そんなわけで、昨年の初めころから「お蔵入り」になったままの原稿がある。この件については、改めて考えることはあるかもしれないが、この辺りで「その原稿2回分」をアップする気になった。こうした「前置き」を付けたため、実質的には3回になる。いや、時間が経過して読み直しをするからけっこう長くなる予感がする。
問題の「のぞみ34号」は博多駅を13時33分に発車した。次の停車駅である小倉駅は同50分の発車である。その際に、「7・8号車付近でパーサーおよび客室乗務員より『焦げたような臭いがする』との申告があった」(JR西日本2017年12月12日付けHP)。その後、HPは「車掌による車内点検のほか、岡山駅より車両保守担当社員が添乗して確認したところ、13・14号車間で『うなり音』を確認しましたが、走行に支障するような音ではなかったため、運転を継続しました」と続く。 |
すでに「能天気」だった 2019/07/01 Mon 6391 6月30日(昨日)の続き もっと落見多君を理解したければ本人を紹介すると言った原稿氏は最後にこうまとめる。
しかし、長い間、そうです19年も彼と付き合っている親友としての私が言えることは、彼と友だちになったらロクなことにならないということです。彼と付き合いたいと思うなら、「太宰」「人間失格」「幸福」と「ガラじゃない」という言葉は、毎日でも聞かされるであろうことを覚悟しなければなりません。とにかく、ある面では人に理解されない人間です。でも、そのことは勿論、彼にとって不幸であるはずはないのです。(おわり)
この文章、400字詰め原稿用紙3枚半と少しである。筆者は大学二年生の私なのだが、文章は相当に稚拙である。ここで取り上げられている「おちみだしよ」君は当初からお気づきの方がいらっしゃるだろう。いかにも不自然な名前で、後ろから読めば「よしだみちお」となる。つまりは、自分で自分のことを書いたわけだ。タイトルの「ボカア シアワセダナー」は、そのころ流行っていた加山雄三の名台詞である。文中に登場する志賀比君は親友の東国光さんを逆さ読みにした。
このとき、すでに私は「朝からワクワク、能天気」状態だったことがわかる。 |
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