面会の勧め 2019/06/30 Sun 6390 昨日の続き 落見多君は「一刻一刻、この瞬間」こそが大事だと公言する。これに対して原稿子が問いかけた。
そして死について聞いてみたら、こう言いました。「毎日、毎日が充実しているので、もういつ死んでもよい。そして、目が覚めた時、自分はまた幸福な一日が送れるかと思うと嬉しくなる」。とにかくよく理解できないのですが、全てが思うままになるのだそうです。ある日、私は彼女でもいるから、そんなに楽しいのだろう」と言ってみますと、彼は「彼女は欲しい。しかし、彼女を持つなんてガラではないのだ。でも、それは私にとって何の不幸でもあり得ない」と答えました。大体、彼のことを語るには一日、二日は要するのです。それを全く限られた範囲内で書いてみたのです。もしもっと彼について知りたい方がいらっしゃったら、私のところへご連絡ください。お会わせしましょう。
落見多君について語るには2日ほどはかかるという。筆者によれば永年に亘って付き合っているというから、とにかく何でもかんでも知っているということだろう。これ以上は本人に直接会うことをお勧めである。それはいいとして、落見多君は今も健在なのだろうか。 |
血湧き、肉躍る 2019/06/29 Sat 6389 昨日の続き もちろん落見多君は「ノート貸し業」と言っているが、その対価を取るわけではない。そこは永年の親友である私として彼の名誉のために付け加えておかねばならない。この部分を読んだとき、彼が「借りに来る学生の中には、いつもサボっている悪友だけでなく、生真面目だと思っていた他学部の女子学生まで含まれているから驚くよ」と言っていたことも思い出した。さて、原稿は続く。
こんなことを言っていますが、実を言うと、彼は大学に入って一日だけサボったことがあるのです。それがまたコッケーなのです。コンパで高校時代2年上で応援団長だった怖い(?)先輩に無理やり酒を飲まされてブッ倒れたのです。その翌日はさすがに頭が上がらず「サボった」のでした。この事実を指摘すると、彼はすかさず反論―どうも、負け惜しみだと思えるのですが―します。「あの時ですら、私はシアワセだったのだ」と。彼は自分が幸福である実感を「常に血湧き、肉躍る感じ」だと言います。彼は「一刻一刻、この瞬間が大切な、しかも確実なものであって、一秒後だってあてにはならない。とにかく、この瞬間、瞬間を実のあるものにするだけだ」といいます。 |
授業をサボらないわけは… 2019/06/28 Fri 6388 昨日の続き わが友人である落見多子代君はとにかく生真面目で授業も片っ端から受けてサボらない。悪友の「ちょっとくらいサボれよ」という悪魔のささやきにも乗らず、笑って答える。
「講義が面白いからサボる気になれない。面白くなくなったらいつだってサボるし、時と場合によっては大学だってやめるんだ」と。私は彼とは相当の長い付き合いですから、少々は彼の気持ちもわかるんですが、どうもこれではね。ある日、彼は「『講義が面白くて仕方がない』と言ったら、嘘つけと言われた。でも嘘じゃないから仕方がない」と、またまた幸福そうに言っていました。これを見て彼の友人である志賀比(しがひ)君は最近「落見多君は少し馬鹿じゃないんだろうか」と言い出しました。すると彼は幸福そうに、皮肉たっぷりにこう言うのです。馬鹿なおかげで、僕のノート貸業は大繁盛だよ」。でも、この男、志賀比君の言うように馬鹿なのかもしれません。
この部分は少し解説が必要だろう。落見多君はとにかく授業に出まくるためノートも完璧に近い。誰もがそれを知っているから、試験が間近になると「ノートを貸してくれ」という要望が殺到するのである。 |
コクヨの原稿用紙 2019/06/27 Thu 6387 私の手元にコクヨの400字詰め原稿用紙がある。朱色の罫線でじつに懐かしい。その数枚に青インクの万年筆で書かれているものを読んだ。文書としては稚拙で、不適切な表現も含まれている。しかし、ここではそれが書かれた時代を踏まえて原文のまま紹介しよう。タイトルは「ボカア シアワセダナー」である。
今日私は、友人でQ大に行っている落見多 子代(おちみだ しよ)君についてお話しようと思います。彼はいつもバカみたいに「自分は幸せだ」と言っています。彼は大学の合格発表のとき、自分の名前を見て「勉強するぞ!!」と思い、また「絶対に授業はサボらんぞ!!」と思ったそうです。そして自分に嘘をつくのは他人に嘘をつくよりも悪い。自分に正直でなければいけないんだという彼の考えにより―もっとも彼が本当に正直かどうか、友人の私としても少なからず疑わしく思っているのですが、そういうわけで、彼は講義は時間割の全部を詰めて、そして全くサボろうとしません。「お前無理するな。面白くなかったらサボれ!!」と悪友(?)である私がいくら誘っても、彼はこう言ってサボりません。
こんな調子だが、これから3回ほどの連載になるだろう。 |
性悪説的人間観 2019/06/26 Wed 6386 昨日の続き 今回の問題発覚でJALは出先では搭乗前24時間の飲酒を禁止にした。こうした「時間」という明確な基準を設定した対策も必要ではある。ただ、人間は「心理」で生きているから、それならとばかり「制限時間10分前の23時間50分あたりで猛烈にアルコール度の高い酒をがぶ飲みする」といった「規則遵守派」が出たりする。そもそもそうした行動をすること自身がすでに依存症的で、危うい限りなのである。
とにもかくにも仕事から隔離しないことを前提にすれば、絶対的に有効な対応策はない。そして、これまでどおりに「明確な量的基準」を設定し、それを「遵守する」ことも必要である。乗務前の検査で「基準値」を超えていれば、「何時間前」まで飲んだかどうかは関わりなくアウトにすることだ。
そのチェックも厳正に行われる必要がある。あくまで例外に違いないが、これまで「替え玉」を使ったり、「呼気を入れるパイプ」あたりで何らかのごまかしをしていた悪質なケースが発覚したことがある。こうした、とんでもない事態の発生を防止するのは容易ではない。こんな現実を目の当たりにすると、「性悪説的人間観」が幅をきかせはじめるのである。 |
航空機の飲酒問題 2019/06/25 Tue 6385
「日航副操縦士が飲酒で乗務中止 前夜ビール10杯」こんな見出しが目に入った。JALの副操縦士(42)が乗務前夜にビールを飲んで乗務を取りやめた。副操縦士が午後の便の乗務にあたって検査したところ問題の数値が出た。前日の午後6時ころから飲食店で一人で飲んでいたらしく、「記憶が曖昧で、何時まで飲んでいたか覚えていない」と話しているという。それなら「どうして10杯とわかるの」と余計な質問もしたくなる。問題は相当に深刻である。
航空機の乗務員と飲酒の問題が表面化した発端は、昨年、JALの副操縦士がロンドンのヒースロー空港で飲酒によって逮捕されたことにある。自動車の場合は飲酒運転そのものが酒気帯びを含めて犯罪とされる。それが重大な事故を引き起こす原因となるからである。それにしても、車の運転では罰則は強化され続けてきたが、「根絶」など期待すべくもない現実がある。軽微(?)な飲酒で捕まったという数行の記事は地方紙でも毎日のように載っている。
問題飲酒の原因が過重な労働による疲労やストレスだとの指摘もある。人間の行動が「だだ一つ」の原因で生起することはない。心理学でも「個人的要因」と「環境要因」の相互作用に焦点が当てられる。 |
「講義」と「講議」 2019/06/24 Mon 6384
手元に「学生さん頑張って -答案から-」というメモ書きがある。大学で実施した試験の答案に出てきた「間違いリスト」である。日付がはっきりしないが、前世紀(1900年代末)のものだろう。
まずは「1)講義→講議」。この誤りは社会人でもけっこう多い。教員免許更新講習の試験にも登場したときは思わず苦笑した。
ただし、私はこれを授業のネタにしていた。「講義」の「義」には「ごんべん」が付いていない。つまり、学生の皆さんは講義中に「しゃべってはいけないのだ」と。もっとも、「講」の方は「ごんべん」付きだが、これは教師の「ごんべん」である。講義で教師が無言のままで「しゃべらない」と授業にならないではないか。
その一方で「会議」は「みんなが一堂に会して話さないといけない」から「ごんべん」があるのは当然なのである。ところが、われわれは会議になると発言しないことが多い。まるで借りてきた猫状態で、司会役を大いに悩ませる。かくして、しゃべってはいけない授業で私語をし、会議ではものを言わない。これは何たることか。
とまあ、学生の「誤表記」をこんな話にまとめて授業開始時のネタにしていたのである。 |
規制を呼び込む 2019/06/23 Sun 6383
わが国の経済は「自由競争」を原則としている。とにかく「自由」が最優先なのである。その国で携帯電話の解約金が1,000円以下、端末の値引きも上限が20,000円までと制限されることになった。その旗振り役が総務省なのである。つまりは国が民間企業の価格設定について徹底的に介入するわけだ。
これは文句なしの国による規制であり、「自由競争」とは正反対の出来事である。しかし、現存する大手の通信会社の本音は措くとして、この流れに大きな反論は聞こえてこない。つまりは大手が独占してやりたい放題という「自由競争」をしていたのが現実なのである。私のように相当に長い期間に亘って「真面目一本」でいるユーザーが支払う料金まで、ドンドン機種を乗り換え「させる」サービスに使われるなど大いに問題である。
こうしたやり方そのものが国際的にも「ガラパゴス化」しているのではないか。わが国の電子製品がやたらと多機能で結局は退化してしまった。そのため、それまで追いかけてきた国々の後塵を拝することになった。今回は、「自主的に理性的な競争ができない」がために政府からの介入を呼んでしまったわけだ。そんな現実が私に「失われた〇十年」という苦い言い回しを思い出させる。 |
HPのPR 2019/06/22 Sat 6382
講演や研修で「味な話の素」のPRをすることが多い。とくに講演ではいただいた時間が1時間程度だとこれを紹介しているとメインの話ができない。またライブで繋いでHPを開いたりすれば、ついつい深入りして解説したくなる。そんなわけでいただいた時間が短いときは「マイHPのPR」を断念することが圧倒的に多かった。
しかし、このところ私はその方針を変えはじめた。自分として話したいことがあっても時間の制約でカットしたり短縮したりせざるを得ないとき、「詳しくはこちらもご参考にしてください」とHPのことを伝えるわけだ。それも「今日は十分に話せませんでしたから」と末尾に取り繕うとバタバタ感が出る。そこで、冒頭に「今日のテーマでお話ししたいことがたくさんあります。だだし、時間の関係でほんの一部しかご紹介できないと思います。そこで、不足分は私のHPで補足していただければ幸いです」と前置きしておくのである。
そのときどきの流れもあるが、これが5分から10分ほどかかる。つまりは純粋な講演時間は50分ほどになる。しかし、この方式をとれば講演の終わりに「さらにご関心があれば、HPをご覧ください」で済むのである。 |
心理学の退場 2019/06/21 Fri 6381
「光遺伝子学」なるものがある。その内容は細かいところは言うまでもなく、大雑把なことも理解できない。ただ、この視点から細胞の情報伝達についての理解が飛躍的に進むらしい。とりあえず「脳科学辞典(ウェブ版)」によれば、「光によって活性化されるタンパク分子を遺伝学的手法を用いて特定の細胞に発現させ、その機能を光で操作する技術である」とされる。これによって、「特定の神経の活動を高い時間精度で正確に操作することが初めて可能と」なり、「神経活動と行動発現とを直接繋げることが可能となった」という。
つまりは人間の行動を脳細胞の神経活動から説明するだけでなく「操作」することまで含まれるのである。ついにここまで来たかと思う。これで「心理学」は「光遺伝学」にとって変わられることになる。いま、われわれは「こころ」というものがあるという前提のもとで、それが目に見えるものとして現れた行動や様々な反応から人間を理解しようとしている。それが「光遺伝子学」では、究極的には「行動の操作」まで可能になるわけだ。その完成がいつになるのか知らないが、行動解明の具体策が明確にされたことになる。
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個人番号の漏えい 2019/06/20 Thu 6380
政府の個人情報保護委員会が、昨年度に個人番号を含む情報が漏えいするなどのマイナンバー法違反またはその恐れのある事案が、134機関で279件あったと発表した(熊本日日新聞6月12日)。書類の紛失や民間事業者が必要ないのに情報を収集した事案が中心で、悪用の報告はなかったという。その中には100人以上を紛失したケースも3件あった。また民間議者による約2520人分のマイナンバー誤送付や、行政機関が誤ってウエブサイトに掲載した例もあった。
何と言っても「国民皆ナンバー」という前提である。漏えいは論外だが、収集の手続きもバラバラの感がある。制度化された当初から厳格な手続きを取っていたところがある一方で、「おいおい大丈夫かい」と言いたくなるところも少なくない。誰でも開封する可能性のある単なる返信封筒対応のところもある。それも普通扱いで簡易書留にもなっていない。私が最も驚いたのは「メールで知らせてください」と言うものである。ある公的機関だが、これは担当者ご本人の問題ではない。そもそもマイナンバーに対応する事前の教育がなされていないのである。
そして、「ちゃんと収集」されたとしても、今回のように「漏れる」リスクがついてくる。やれやれ…。 |
リスクの連鎖 2019/06/19 Wed 6379 5月25日の続き
食物連鎖では、目に見えないプランクトンを小魚が食べる当たりから物語がはじまる。その微生物が何らかの有害物質を「食べて」いたら、それを食する小魚の体に入る。しかもそれが繰り返されれば「蓄積」される。そして、それをさらに大きな魚が食べていくことで「蓄積」と「濃縮」が進む。そうした魚を一気に飲み込む大きな魚や動物がいる。鯨などはその代表である。
いずれにしても、こうした輪廻のようなサイクルができあがり、最後は人間に辿り着く。はじめは目に見えないほどのことがついには人間の健康にまで影響を及ぼす。これは「人間中心」の視点だが、人間を措くとしても地球の生態系に変化をもたらす。
人間が関わる組織のリスクも「連鎖」する。最初は目に見えない、気づかない小さな「リスク」がより大きいものに喰われて「蓄積・濃縮」される。そうした状況が放置されれば、ついには大きなトラブルとして目の前に現れるのである。そうなったときはもう取り返しがつかないところに至っている。さらに人間には、「見たくない」「気づきたくない」という、リスクマネジメントにとってきわめて危険な性行が備わっている。 |
マニュアル問題(92) 2019/06/18 Tue 6378 5月21日の続き マニュアルが守られない理由として、「マニュアルがペーパーベースになっておりアナログ感がある。なかなか読む機会がない」とう声があった。いまやペーパーレスが当然の時代である。コンピュータで提示される情報を読むことが日常的になったのである。そして、文書だと「読む機会がない」という。
ただし、マニュアルの置き場所を決めておけば読むことはできる。電子的情報でも「読む機会」は意識的につくらなければならない。こうした声の背景には「文書をじっくり読む機会や習慣」の減少があるかもしれない。あらゆる情報が電子ベースで伝えられ、それに対する回答も電子ベースで行う。しかもラインなどでは「簡潔。一言」で時間を惜しむように情報が飛び交う。これが多くの現代人にとって日常的な事象になっている。
しかしディスプレイで確認したつもりでいても、印字した文書で気づくエラーもある。また私の場合はメモや書き込みも手書きとキーボード入力とに違いがある。こうした両者のメリットとデメリットを整理することが必要だ。ともあれ、電子ベースでないと「読む機会がない」といった回答がごく自然に生まれる状況になっているということだろうか。 |
人生の「足し算」「引き算」 2019/06/17 Mon 6377 昨日の続き 家康の遺訓は「及ばざるは過ぎたるよりまされり」で終わる。つまりは「やり過ぎはいけない」ということである。この「過ぎる」には「自分を責め過ぎる」も含まれるはずだ。その点で「腹八分目」は食べることだけに限らない。喜びも悲しみも、楽しみも。苦しみも、とにかく「八分目」で「満足する」あるいは「受容する」ことが大事なのである。昨日記したように、私としてはそのすべてが「次の行動につながる」ことでOKとしたい。
ところであるとき、私の頭の中で「人生は『足し算』『引き算』『あまり』」というキーワードが響き渡った。さっそくこれを話題にしようとしたら、「人生は重荷を負うて…」という家康の声まで加わった。そこで本題に入る前に「遺訓めぐり」となってしまった。
その本題だが、「人生は足し算」で、失敗を含めた様々な体験と身につけた知識と技術が足し合わされて充実していく。ただし、私のような高齢者になると、「父の享年」まで「あと5年」、「平均余命」まで「あと15年ちょい」と引き算をしたくなる。これだと一日ごとに「減っていく」のだけれど、そこで「毎日を充実させながら」過ごしていくなら、「引き算」も楽しくなる。 |
適度の自罰ごころ 2019/06/16 Sun 6376 昨日の続き 家康の遺訓は「おのれを責めて人をせむるな。及ばざるは過ぎたるよりまされり」で一区切りつく。心理学では「自罰・他罰」という言葉を使う。家康の言は「他罰」を諫める「自罰のすすめ」と読める。
われわれは自分の責任を棚に上げて人を批判することがある。これはまずいに決まっている。ただし、ものごとは程度を考える必要がある。子どものころ、「郵便ポストが赤いのも、電信柱が高いのも、みんな私が悪いのよ」といった言い回しが流行って(?)いた。これは明らかに世の中に対する「居直り」の感があり、これを堂々と言える人は心配ない。
しかし、とりわけ「望ましくないこと」の原因がすべて「自分にある」と考える、あるいは信じ込むのは「適切な程度」を超えている。そもそも完璧な人間など存在するわけがない。またどんなことにも「表と裏」「日向と日陰」「プラスとマイナス」がある。そうした状況の中で生きているのだから、「すべて自分だけが悪い」なんてことはあり得ない。そこで、自分の責任を適切に受け止めることで次の行動につながっていく。われわれに求められているのは、そうした程度の「自罰・自省的こころ」を維持することである。 |
時間の樽 2019/06/15 Sat 6375 昨日の続き 家康は言う、「勝つことばかり知りて、負くること知らざれば害その身にいたる」と。つまりは「成功体験」しか知らないと永い人生にとってはプラスにならないということ。そして「失敗」を生きる力にすることが豊かな人生を実現すると言いたかったのだと思う。
私のネタ話に「失敗を自慢話に」というものがある。はじめから失敗を目標に何かにチャレンジするするはずはない。しかし、人生は何が起きるか予測できない。だから面白いとも言える。ときには予期せぬ「成功」もある。それならめでたしめでたしだが、大小を含めて思い通りにならない失敗にも直面する。その中には「取り返しがつかない」と思われるものがあるかもしれない。そんなときは明日を見ましょうよ。「取り返しが効かない」のだから。
ウィスキーの原酒は透き通った水のように見える。それが琥珀色で香り豊か、深い味わい深くなるのは樽に入れて寝かせるからである。失敗は辛く、苦い。さらに恥ずかしさや悔いまで混じり合って、原酒のように透き通っているとはとても思えない。しかし、その失敗も「時間」という樽に寝かせておくうちに、まろやかさを帯びて、輝く自慢話になったりもする。 |
Short shot : 「イエスマン」の弊害 2019/06/14(6:12am) Fri 6374 レオパレスの外部調査委員会が報告書を国土交通省に提出した。その中で「創業者のイエスマンのような役職員に対して他の社員が意見を言えるような雰囲気ではなかった」と指摘した。「人生、イエスマン」を自称する私としては気になる表現ではある。それはちょっとそうとして、組織の不祥事が明らかになると、「問題を認識していながら、それを指摘できなかった」と指摘される。この点は、時代も環境も組織の目的や規模を問わず、さらには地球上のどこでにも共通している。つまりは人間組織の「共通特性」とすら言える。だからこそ、組織の崩壊を防止するためには、異なる考え方や意見の持主を大事にする必要がある。 |
1㎜だけ「深く」、1㎟だけ「広く」 2019/06/14 Fri 6373 昨日の続き 家康の遺訓は人との関わりに展開する。「堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え」。「堪忍」とは文字通り「堪え忍ぶ」ことである。世の中の不正義に憤り、敢然と戦うことも大事ではある。また、「何でもかんで我慢」となれば、あの太平洋戦争時代に逆戻りする。そんな歴史の記憶は頭に置きながら、すぐに「切れない」心の余裕をもちたいものである。
世の中にはストレスの空気が充満している。毎日それを吸っていると、ちょっとしたことにも「我慢」ができなくなる。こうして人を傷つける、さらには命を奪う、ネットで人を攻撃する、また運転中に煽るなどなど、とにかくあっちもこっちも攻撃的である。それがいじめや差別にもつながっていく。学校におけるいじめが深刻な問題になるが、おとなの世界でもまった同じことである。
そんなときほんの少しだけつばを飲み込んで自分の状態を振り返ることができればと思う。わずか1mmでいいから、「自分の方が懐が深い」、1㎟でも「心が広い」と思って気持ちを落ち着かせるのである。それは理想だと言われるかもしれない。しかし、「理想」の実現を求めて行動を変えることができるのは人間だけの特権ではないか。 |
家康の遺訓 2019/06/13 Thu 6372 徳川家康の遺訓は示唆に富んでいる。「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず」。家康にとって何が重荷だったのか聴いてないのでわからない。たしかに、生きていく中ですべてが思いのままにはならない。それが重荷と感じられるかもしれない。もちろん、「重い荷物」が単なる苦痛を意味するとは限らない。人生の一日一日が価値あるものだから、その点で重いと考えることもできる。ともあれ、結論としては焦らずあわてずに毎日を過ごすといい。そうなれば充実感にあふれ、次の日の意欲につながる。
これに続いて、「不自由を常と思えば不足なし。こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし」とくる。人間の欲は際限がない。少しでも豊かになると、それが当たり前になり、「あれも足りない、これも足りない」と不平を言う。そもそも欲望の完全充足などあり得ない。だから、「足りないくらいがちょうどいい」と思っていた方が気持ちも豊になる。経済的に不充分でも「心の億万長者」になれる。自分の欲が満たされないときも、困ったときを思い出せば、現状がまるで天国と思えてくる。毎朝ワクワクで起きられれば、それで大満足しよう。 |
データの不備 2019/06/12 Wed 6371 ミサイルの配備計画のために行われた調査に不備があったことが問題になっている。ミサイル発射に際して必要なレーダーの電波が遮られないことが条件だった。そのため、候補地付近にある山の仰角を計算したが、多くのケースで「過大」な数値を出したらしい。つまりは電波が反射されてレーダーが適切に機能しないというわけだ。ある地点からの距離と山の高さがわかれば、仰角は素人でも計算できる。それを誤ったのは、「高さ」と「距離」について、それぞれ異なった縮尺の地図を使っていたためらしい。「うーん」と唸らざるを得ない。
このところ行政機関が発信するデータの信頼が失われる事態が問題になっている。そんな時期だからこそ、データの分析には慎重にも慎重を重ねることが求められている。ましてや、本件はミサイル配備というきわめて精度の高い分析が求められる。その数値が「この程度」のミスで誤っていたとはにわかに信じがたい。責任者は「チェック体制がしっかりしていなかった」と述べているが、どのような「体制」になっていたのだろうか。そもそも「チェック」は「誤りを見つけるためにする」くらいでないとまずい。 |
Short shot : 〝Fail Safe〟の基本 2019/06/11(10:12am) Tue 6370 那覇空港のビルが停電して発着便に遅れが出た。今年の3月に新しいターミナルビルがオープンして店舗が増え、開店時の電力使用量が想定を超えて過電流になったのが原因である。一般家庭でブレーカーが作動したようなものだ。素人でも非常用電源はなかったのかと思うが、これは電力会社からの供給が停止したときに作動する設計だった。このごろは「うーん」と唸る事態が多過ぎる。①過電流でアウトになるなら、それに対応したシステムにしておくのが基本だろう。②複数の便が欠航や遅延に追い込まれたが、店舗と航空業務の電気系統を分離しておくのは〝Fail
Safe〟の基本中の基本だと素人は考えるが、いかがだろうか。 |
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(36) 2019/06/11 Tue 6369 5月31日の続き 1年間、大変充実した研修をありがとうございました。楽しいお話しと表情で先生の様に授業が進められると楽しいだろうなと思いながらの研修でした。今回、同僚の先生方からの生の声を聞き、今後益々頑張らなければならないなと改めて思いました。目標設定のための4つのポイントを今後も忘れず常に向上心を持ち組織のリーダーとなれる教員を目指して頑張りたいと思います。1年間本当にありがとうございました。(中学校教諭 男性)
ここで「目標設定のポイント」としているのは、「自分に期待されていること」「自分が実践したいこと」「設定した期間中に実行できること」「職場の皆に見えること」である。この研修では、自分が勤務する学校の教師たちから「期待する行動」について情報をもらっている。そのすべてを一気に実践することは現実的ではない。そこで、「自分も実践したいこと」と重なるものから目標を設定することにしている。そして、それを一定期間は実行できることも重要なポイントになる。さらに、その実践が「皆に見えること」で実践の評価を得ることができる。この体験が研修後の行動変容にもつながることを期待するわけだ。 |
ぢっと手を見ると… 2019/06/10 Mon 6368 昨日の続き 窓側に座る人間には「ストレスから逃げる者が多い」のかどうか知らないが、私は断固として「窓側志向」である。とりわけ飛行機では雲を眺め、下を見るのが堪らない。こうなると、またまた「雲好きは○○タイプ」とか「下を見下ろすのが好きな者は□□タイプ」と言い出す心理学者さんが出てきそうですなあ。
それはともあれ、窓の外に目をやるとき、なぜか自分の手の甲が目に入る。そのとき「はたらけど はたらけど猶 わが生活 楽にならざり ぢつと手を見る」が頭に浮かぶ。もちろん、啄木が置かれた状況と違っていることは承知の上である。
わが手でグーをすると表面が張るからとくに感じないが、パーにすると小さなシワが広がる。その状態を見ると三隅先生を思い出す。それは先生が60歳ころだったと思う。たまたま私の目の前で書き物をされているときだったか、ふと先生の手の甲を見た。そのとき「頭髪は真っ黒で、脂ぎったという表現がピッタリのエネルギッシュな三隅先生も、手はお年相応なんだなあ」と心中で思った記憶がある。そして、いまや自分の手がそのときの先生と同じ状況になっていることに気づくのである。老化が手の甲に現れているということだ。 |
窓側族の特性? 2019/06/09 Sun 6367 いくつになっても乗り物は窓側に座る。心理学者の某氏によれば、窓側派は「ストレス逃避タイプ」らしい。「自分の身体のどちらかに壁をつくることで、自分の逃げる世界をつくる。つまり、ストレスの原因から逃げるタイプの人に多い」という。これに対して通路側派は「ストレス積極解消タイプ」で「通路側で自由に行動をとれる世界を持つことでストレスの根本に向き合える人。自分の行動を自由にコントロールすることで、問題と向き合い、積極的に解決に向かう」とのことである。
やれやれ、すると私って「ストレス回避タイプなんだあ」と大笑いした。私も一応は心理学者の端くれなんだけれど、末尾の「多い」という言い回しが泣かせる。つまりは例外もあるわけで、「そうでないこと」も「少なくない」のだろう。他人にストレスを与えることはあっても、ご自身はストレスの「ス」の字も感じていないと思われる人だが、窓側大好きな人を知っている。今度この方に会ったら、この話をしてあげようかなあ。もっとも、こういう人は例外ですかね。
えっ、「それって、あなた自身のことじゃないか」ですって!ここはノーコメントでご容赦いただくことにいたしましょう。 |
奇妙な嬉しさ 2019/06/08 Sat 6366 熊本県庁での会議に出席した。この日は議事や報告が多く9時30分からはじまった会議が終わったとき12時を回っていた。さらに、出張に関わるブリーフィングが1時間ほど加わった。時計を見ると2時近くなっていた。この日は弁当を持参していなかったが、駐車券の処理のために地下に降りると食堂が開いていた。時間が時間だから、メニューの多くは「完売」で、麺類とカレーくらいしか残っていなかった。私はカレー大好き人間として、選択に迷いはなかった。そしてビーフカレーを食べ終わったときは2時30分近くになっていた。
その日は会議が終わったら県庁から近い県立図書館に行くことにしていた。そこで予定通り車で図書館に向かった。ところが、あと二つの信号で到着するというときに、当日が休館日だということに気づいた。このときすでに3時近くである。それから方向転換して熊本大学の図書館に行っても中途半端な時間になってしまう。そう思って、今日は家に帰ろうと考えた。
そして、車を自宅に向けたとき、私の口から笑みがこぼれ落ちた。「いやあ、これがフリーターなんだあ」。そう思うと、妙な嬉しさがこみ上げてきて、私は家に着くまで笑っていた。 |
目に入ったご縁 2019/06/07 Fri 6365 佐賀で仕事があり、今回はJRになった。新幹線効果があって新鳥栖までは25分程度、あとは在来線の特急に乗り換えると次の停車駅が佐賀である。この間も15分はかならない。そんなことから、新鳥栖で20分ほどの待ち合わせがあるにも拘わらず、熊本・佐賀間は1時間を切ることになる。
さて、そうした行程のため熊本駅に行った。新幹線が開通して8年もの時間が経過して、ようやく熊本駅がちょっとした駅らしくなってきた。これまで新幹線の駅としてはもっとも貧弱な駅前の光景が維持され続けてきた。これは私の個人的な意見ではなく、おそらく万人が認めるはずである。これからは結構な規模のショッピングビルも新設されるという。現在、駅前にあったJRホテルが解体中で、いまから2年くらい経つと、それなりの景色になるらしい。
ところで、乗車までに少し時間があったので、100円ショップの〝Can✵Do〟を覗いた。ウロウロしていると「高齢者マーク」が目に飛び込んできた。先だって娘からこのシールは70歳から車に装着することが推奨されていると聴いていた。「うーん、どうしようか」といささか迷ったが、目に入ったのもご縁だと108円也で買った。 |
大容量の思い出 2019/06/06 Thu 6364 写真は「EPSON 大容量ターミナルフロッピー TF-50」に添付されていた「取扱説明書」、つまりはマニュアルである。これに5.25インチのフロッピーディスクが2枚挿入できる。記憶容量は1台当たり3.2メガバイト(アンフォーマット時)で1ドライブで1.6メガバイトとされている。実際に使用する際はこれをフォーマットするため容量は1.97メガとなり、1ドライブでは1メガを下回る。これが「大容量」なのである。
マニュアルに印字された番号から推察すると1984年製だと思われる。その概要として「非常にコンパクトで使い易い形になっております」と記されている。そこで外形寸法を見ると、「幅120mm 奥行き350mm 高さ165mm」だから、奥行きはか なりのものである。さらに重量が7.5kgとなれば、ぴらぴらのフロッピーディスク2枚を使用する装置としては相当に重い。フロッピーディスクについては「両面高記録密度・倍トラックのフォーマット済みのディスクをご使用ください」とあり、その下にはフロッピーディスクの構造図まである。
私は、この最先端の装置をNECの PC-9801に接続し、「大容量」の余裕を噛みしめながら嬉々としてデータ処理をしていた。 |
Short shot : 今月の写真 2019/06/05(5:45am) Wed 6363 今月の写真は「あじさい」と「夕方の雲」の2枚。あじさいは梅雨の風物詩である。ここの青ガエルがプラスされればさらに盛り上がる。漢字の「紫陽花」も雰囲気が出る。青ガエルの「青」には「緑色」という意味がある(広辞苑)。ここにも色に対する感覚のおもしろさが漂う。もう1枚は「夕日」がゆらゆらと揺れ、それを受けた雲が幻想的な雰囲気を生み出している。太陽はすべての色の源泉だ。私は「雲ウォッチング」が趣味だと思っている。夕焼け雲もいろいろで、全体が朱色に染まることもあれば、写真のように厚い雲が太陽の一部を覆って赤みが抑えられることもある。とにもかくにも雲との出会いも一期一会である。 |
一体全体、どうしたのか 2019/06/05 Wed 6362 昨日の続き ボーイング737MAXの事故原因について「欠陥のあるセンサーからの情報によって失速防止システムが不必要に作動したため、操縦士が高度を保とうとしても機首が下がり続け、墜落事故を引き起こした可能性がある」とされている(下線は筆者)。この可能性が事実であれば、欠陥が事故の直接的原因となる。
これに対して、同社は「警告装置が作動しなくても機体の安全性や操縦に悪影響はない」と考えた。その結果、「コックピット表示ソフトウエアの更新時に対応することにして、それまでは既存のままで問題ない」と結論付けたらしい。その判断がどのレベルで行われたのかはマスコミ情報だけに依存する者にはわからない。ただ、「会社上層部はこの見直しに関与しておらず、ライオン航空機事故後に初めて問題を知った」というのである。それ自身がすでに相当に問題であるが、それはライオン航空の事故後である。
こうした事実があるにも拘わらず、同社は第二の事故であるエチオピア航空機の墜落からしばらくは「機体に問題はない」と受け取れるメッセージを発信し続けた。この点はどう考えても弁解の余地はない。一体全体、どうしてこんなことになってしまったのか。 |
標準装備の不全 2019/06/04 Tue 6361 昨日の続き 安全を高めるために標準装備された警報装置は、機体と対向する空気の流れの「迎角」を検出し、失速を警告する2つのセンサーの情報が一致しなかった場合、操縦士にそれを知らせるものだった。まさに安全を確実にするための優れものである。しかし、それはオプションの計器を追加購入するという条件付きだった。もし、そうであれば追加なしでは「機能」しない設計にすべきである。
素人としては推測すら危ういが、今回は「この装置」が問題になったような印象を受ける。つまりはこれが「働いた」ためにパイロットが混乱したのではないか。この「邪推」が正しければ、とんでもなく深刻な問題である。それは「人間が間違ったときでも、ハードが安全を最優先する方策を選択する」という〝Fail safe〟の設計思想とは真逆の状況である。
これまた「邪推」と言うべきだが、ボーイング社はこの装置を売りの一つにしていたのではないか。そうであれば、「オプション」を条件にするのではなく、文字通り「標準装備」として「セット」にしておくべきだった。「この車には衝突防止装置がついていますが、『レンズ』を買っていただかないと作動しません」なんてあり得ない。 |
組織の機能不全 2019/06/03 Mon 6360 昨日の続き ここで技士が装置の「危うさ」を認識していたにも拘わらず経営トップに伝えなかったから最初の事故が起きたとしよう。そのこと自身がすでに大問題だが、ボーイング社の発表によれば、それでも「危うさ」の情報が伝えられなかったことになる。事故によって人命が失われるという、安全にとって最悪の事故なのである。このとき適切な対応を取っていれば「第2の事故」を防止することができたはずである。
こうした状況で経営層に問題が伝わらないとなれば、組織の機能不全を疑わざるを得ない。ここで問題なのは「重要な情報を伝えなかった者たち」よりも「それが伝えられなかった事実」である。情報を知らなかったから2つの事故が発生した後もしばらくは「機体の問題はない」と発表し続けた原因だというのであれば、それは組織に欠陥があったということだ。
そもそも737MAXには失速を警告する装置が標準装備されることになっていた。航空機の安全を第一に考えるのであれば、それは当然のことである。ところが、そこには大きな落とし穴があった。この装置を作動させるためには航空会社がオプションの計器を追加購入することが条件になっていたというのである。 |
人間組織の普遍的特性? 2019/06/02 Sun 6359 昨日の続き 失速は航空機にとって致命的な問題である。だからこそ、それを防止する警報装置が重要な役割を果たす。その装置に欠陥があることを事故が発生するまで経営者たちが知らなかったのが事実であれば、それは組織に欠陥があったと考えるべきである。米国ではこうしたケースに対してどんな対応がなされるのか知らないが、本件は組織に起因する事故として事実が世の中にも明らかにされることを期待する。
この種の事例に遭遇するたびに、「組織の問題は洋の東西を問わないものだ」と思う。わが国では、組織の問題が絶えることなく発覚し続けている。そんな現状を目の当たりにして、「この国は大丈夫か」と不安に駆られる。しかし、今回の経緯を見ていると「ボーイング、お前もか」と言いたくもなる。ボーイングの場合は国際的な影響力が大きいことからニュースとして入ってきた。しかし、日本に関わりの薄いものは伝わってこないのは当然である。したがって、同じようなことはけっこう起きているのだろう。
つまりは、こうした「組織の問題」は人間集団に共有されていると考えるべきではないか。ある意味では、「日本だけではないんだ」と妙に安心してしまいそうだ。 |
ボーイング737MAXの事故 2019/06/01 Sat 6358 インドネシアのライオン航空とエチオピア航空のボーイング737MAXが墜落して多数の死者が出た。いずれも同じような状況で起きたことから、同機に共通の問題があるのではないかとの声が上がった。そこで、アメリカ以外の国では飛行停止が続いた。
こうした動きに対してボーイング社は機体に問題はないとしていた。しかし、最終的には失速警報装置の欠陥を認めることになる。あるいは、認めざるを得なくなったと言った方がいいかもしれない。事実として、指摘されていた問題を抱えていたのである。しかも、その欠陥を同社の技士が2017年に確認していたことが判明した。それは189名が亡くなった最初の事故が起きる1年前である。このとき欠陥が明らかにされていれば、2つの事故は防げていたことになる。
何ともショッキングな事実である。しかも、ボーイングの経営陣がその欠陥を知らされたのはライオン航空機の事故が発生した後だったという話まで出てきた。ネットでこの情報を知ったとき、さらに驚愕した。航空機は絶対安全が基本であり、その実現に総力を挙げることが最優先される。したがって、安全に影響を与えるあらゆる情報が経営者まで届くのは基本中の基本である。 |
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