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 味な話の素No.192 2019年05月号(6307-6357) Since 2003/04/29
Short shot : 紙幣は輸入品? 2019/05/31(6:50am) Fri 6357
 「コウゾ」「ミツマタ」が和紙の原料であることは小学生時代の知識である。ひょっとしたら試験に出たかもしれない。生産地として高知県がすぐに思い起こされる。ここまで書いて、これは中学校で習ったのかもしれないと思いはじめた。まあ、70年も人生を送っているのだから、数年間の誤差はあってないに等しい。その「ミツマタ」の大半がネパールからの輸入だという(熊本日日新聞24日夕刊)。わが国の紙幣は和紙であり、その原料がミツマタなのである。価格が国産の1/4ほどで、紙幣というお金の製造コストが抑えられるらしい。 
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(35) 2019/05/31 Fri 6356 5月17日の続き
 この度は10年経験者研修で御講義頂き、本当にありがとうございました。吉田先生の研修ではリーダーシップについて多くの学びがありました。周囲の先生方の評価を頂く機会を頂けたので自分自身を客観視することのできる大事な資料となりました。このアンケートを宝にしてこれからの教職生活をさらに充実させていきたいと思います。本日の研修で吉田先生から与えて頂いたヒントを最大限いかして頑張りたいと思います。1年間ありがとうございました。(中学校教諭 女性)

 本コラムでも繰り返しているが、この研修のポイントは「同勤の教師」からの「期待」を認識し、それに「応える行動」を取っていく点にある。その意味で「アクション」を基本に置いている。その特徴から私自身は「研修」と言うより「トレーニング」の方が呼称としてはより適切である。そして、リーダーシップ「力」や対人関係「力」は筋肉と同じように、「トレーニング」によって鍛えることができるのである。もちろん、筋肉のトレーニングでは個々人の体力などの状況に応じて具体的なメニューは違ってくる。そこで、私の「トレーニング」でも受講者に応じたメニューがつくられる。
 
Short shot : 記者会見の質問 2019/05/30(9:08am) Thu 6355
 事件後の会見でマスコミから出される質問のレベルが問われるケースが少なくない。今回の川﨑で起きた殺傷事件に関して小学校の会見が流された。その中で「犯行予告があったという話も…」と、語尾ははっきりしないが、そんな質問があった。質問者は「誰」からその話を聴いたのか。それは異なる複数の人間からの発信なのか。さらにその裏付けは取っているのか。情報のプロであればこうした段取りを取った上で質問することが求められる。もちろん、誰からも聴いていないのに、「そんな問い方」をしたとは思わないが、どうしても欠かせない内容であるなら「事前に予告などはありませんでしたか」と聴けばすむことである。 
切磋琢磨 2019/05/30 Thu 6354
 私が「切磋琢磨」という言葉に出会ったのは高校生のときである。おそらく漢文の授業だったと思う。それ以来、なんとなくいい感じの四文字熟語として頭の中に存在し続けてきた。ただし、自分が実際に書いたり話したりする際に使うことはほとんどなかった。
 その意味は「互いに励ましあって鍛錬や修行をすること。仲間が、互いに協力したり競ったりして、技量を高め合うこと。骨・象牙・玉・石は加工することによって、美しい宝石になるという意味。もとは天性の素質のある者が修養を積み、立派な君子になるという意味であった(学研 四字辞典熟語)」。これには「注記」があって、「『切』は骨の、『磋』は象牙の、『琢』は玉の、『磨』は石の、それぞれ加工法」との解説が追加されている。
 高校生のとき「そんなこと」も教えられたのか記憶にないが、いまになって「ああそうだったんだあ」と妙に感動した。現代では「石を磨く」くらいしかイメージできない。この四文字をチェックしたのは、私の「味な話」の「ネタメモ」に「上下関係のないいわゆるライバル同士は、切磋琢磨しながら成長していく」と書き込んでいたのを見つけたからである。
 
Short shot : 鰯の頭と天の邪鬼 2019/05/29(5:37am) Wed 6353
 テレビショッピングの商品紹介では、隅っこに「個人の感想です」と提示される。だれにも当てはまるとは限りませんよと確認しているのである。つまりは科学的な根拠に基づく評価ではないわけだ。ただし、人間は「信じること」で元気になる可能性はある。もっとも、その効果には個人差が大きいに違いない。こうした番組を見るたびに、「鰯の頭(かしら)も信心から」という言い回しを思い出す。鰯には失礼千万だが、どんなつまらないものでも信じていればありがたい神様に思えるというわけだ。とにもかくにも、「信じる者は救われる」ということである。この際、私なんぞも「天の邪鬼」を信心の対象にしようかなあ…。
 
森永太一郎(4) 2019/05/29 Wed 6352 5月15日の続
 熊本県立高校の卒業式における校長式辞に伊万里市出身の森永太一郎が取り上げられた。私は伊万里小学校の卒業生で、在校中に森永太一郎のことを聞いていた。その人物が熊本県の高校の卒業式に登場したものだから新鮮な驚きがあった。そこで、その内容をフォローしてきたわけだ。太一郎がアメリカでキャラメルに出会い、苦労を重ねながら今日の森永製菓を創ったという話である。校長式辞は終わりを迎える。

 森永製菓は、ミルクキャラメル、チョコボール、ハイチュウ、エンゼルパイ、小枝チョコレート、おっとっと、ウイダーinゼリーなどなど、たくさんのお菓子や食品を創り出しています。森永太一郎の座右の銘が、「ピンチはチャンス」です。アメリカでの修業も、その当時は、人種差別の強い時期でピンチの連続だったそうです。そのような中、ピンチはチャンス、自分を磨き高める絶好の機会であると前向きにとらえ、決して諦めず、チャレンジしていきました。

 そのときどきで自分が置かれている状況を「どう意味づけるか」がその後を決める。人生は〝Never Ending Challenge〟の心を基本に、自分を変えるチャンスを追い求め続けたい。
 
専門家の宣言 2019/05/28 Tue 6351
 
「南海トラフ地震で学者ら」「直前余地『ほぼ不可能』」(熊本日日新聞 5月20日)。さらに「100回試み 99回『失敗』」とのデータも見出しについている。地震学会の代議員ら138名のうち、90人の回答結果である。「観測データを基に危険性をするのが地震学者で、予知の実用化が不可能に近いことを改めて示す結果となった」と記している。データをまとめた代表者は「予知の難しさが市民や行政担当者に正しく伝わっていないと指摘」したという。
 素人としては昔からそんな気がしていた。その点で専門家の「正直」な情報はしっかり受け止める必要がある。ただ、「予知の難しさが市民や行政担当者に正しく伝わっていない」理由を考えておく必要がある。そもそも専門家たちは永年に亘り膨大な資金を使って、素人には「予知できるかのような印象」を与えていたのではないか。今回も代議員138名のうち回答者が90名であればその割合は65%である。住所不明などはあり得ないから、35%の専門家たちはどう考えているのだろう。自らの専門性に関わる重要な判断である。それが1/3は「回答なし」でいいのか。また「南海トラフ」以外も事情は同じだということなのか。
常識の呪縛 2019/05/27 Mon 6350 昨日(Sort shot)の続
 
まだテレビが草創期のころ、CMは商品名を繰り返し呼称するパターンが主流だった。三船敏郎という、当時は子どもでも知っているすごい俳優がいた。黒澤明監督の「羅生門」で世界にも知られるようになった。その超大物がCMに登場した。そのコピーは「男は黙ってサッポロビール」である。今日では問題のある表現だと指摘されそうだが、三船には「アリナミン、飲んでますか」というのもあった。ただし、ビールは「黙って」だから本人は無言で飲むだけだった。
 それが時代とともに商品名を呼称せずにイメージ化されていった。ゼロックスの「モーレツからビューティフルへ」などはその典型で、コピー機のCMとはとても思えなかった。そうした歴史的背景のもとで、スターに商品名を言わせないことが「常識」になっていったのだろう。
 そしてCMクリエーターと呼ばれるプロたちが「その世界の常識」に縛られてしまったわけだ。つまりは「クリエート力」を喪失したのである。それに不満を持った「ハズキルーペ」の会長が、名の知られたタレントたちが「商品名」を呼称するCMを創った。どんな世界でも「これまでどおり」が停滞を生み、問題の解決を遅らせる。
 
Short shot : 創造性の喪失 2019/05/26(5:37am) Sun 6349
 「ハズキルーペ」のCMを知らないのはテレビを見たことのない人だけだろう。その新作が好感度でトップを走っているらしい(熊本日日新聞)。このCM、〝Hazuki Company〟の松村会長が主導しているというから興味深い。CMクリエーターには出演者に商品名や機能を言わせるのを「格好悪い」とする雰囲気があり、それに会長が不満を持った。プロの提案は、イタリアを舞台にするなど俳優のイメージを重視するプランばかりだった。創造性こそがカギになるCMの世界でプロの頭から創造性が失われているのは皮肉なことだ。
 
丹羽宇一郎著「死ぬほど読書」(12) 2019/05/26 Sun 6348 5月14日の続
 「西田(幾多郎)には自分が書いたものが他人の目にどう映るか、客観的な視点や想像力がどこか欠けていたかもしれないと思った」というのは思想家に対する最大級の批判である。他人にどのようにに意識されるか。人間はこれを完璧に達成することはできない。しかし、自分にそうした「弱点」があることを自覚するのはリーダーシップや対人関係を考える出発点である。こうした自覚を欠くと「唯我独尊」に陥ってしまう。丹羽氏は続けて言う。

 西田哲学に対する評価は非常に高いものがありますが、その難解さが権威になっているような気がします。っまり、難解さがかえって有り難がられている面もあるのではないでしょうか。難解であるがゆえに深いものが書かれている。抽象度が高いものは高尚である。そんなふうに思い込んでいる人は少なくありません。

 理論と実践にも似たような関係がある。抽象的な理論は実践の上にあってありがたいものといった思い込みがないか。
 
Short shot : リスクの連鎖 2019/05/25(5:42am) Sat 6347
 食物連鎖(しょくもつれんさ、英: food chain)とは、生物群集内での生物の捕食(食べる)・被食(食べられる)という点に着目し、それぞれの生物群集における生物種間の関係を表す概念である。(Wikipedia)これは risk management にも導入すると面白い。基本的には相対的に大きなものが小さなものを食べる。それが鎖(chain)としてつながっていく。最初は周りに気づかれないような小さなミスやエラー、あるいは問題行動がより大きなミスやエラーを引き起こす。あたかも大きなリスクが小さなリスクを喰っているようだ。
 
AI化の極致 2019/05/25 Sat 6346
 AI化が進むとなくなる仕事が多くなるという。それが人間にとってミスの多い仕事であればけっこうなことである。むしろできるだけ早くそうなってほしい。また、創意工夫の余地が少ないものもAIにお願いした方がいいだろう。
 ところで、そのAI化の極限はどうなるか。何せ極限と言うことになれば、人間のすることが完全になくなってしまう理屈だ。そうなると、人間はもはや存在する意味も失うことになるか。もういなくていいわけだ。
 もちろん、これは飛躍し過ぎで、そもそもは「人間が存在する」ためにAI化が意味をもつということである。そうでなければ本末転倒である。ただし、ことの善し悪しは措くとして、人間は手段を目的化する傾向がある。しかも、それを自覚していないことがけっこうあって、いつの間に本末転倒している。そして、そのことに気づいたときには手遅れ状態で、もう元には戻れないとなる。
 ともあれ、私はAI化の極致においても「リーダーシップは永遠だ」と確信する。
 
公開講座「リーダーシップ・トレーニング 2002」(5) 2019/05/24 Fri 6345 5月12日の続
 
公開講座を「基礎研修」と「フォロー研修」のセットにしたとき、受講者の実践結果を分析する道具をどうするか。集団力学研究所では「フォロー研修」前に「データ収集とフィードバック資料の作成」を済ませていた。公開講座ではこうした手続きを取ることができない。そんな条件下では、受講者が自分で「データ収集」するしかない。しかも、そのデータを「フォロー研修」の中で「分析する」前に集計・整理する必要がある。
 これに対する回答は自然に湧いてきた。つまり「そうするしかない」ということである。まずは受講者が「フォロー研修」にやって来る少し前に、自分で部下(フォロワー)たちに自分の実践行動について評価を求めるわけだ。もちろん、それは「基礎研修」で決定した行動目標に関するものである。ただ、それを「部下評価」と表現しては受講者にも回答者たちにも抵抗があるだろう。そこで回答紙を「見えてますかシート」と名付けた。われながらキャッチーだと思った。
 
奇跡の連載 2019/05/23 Thu 6344
 「奇跡」は連載がお好きなようだ。昨日、「大涌谷の奇跡」を書いたが、同じ日に私の学部最後の授業を受講した学生からメールが届いた。彼とは授業後に立ち話をすることもあり、学生の集まりで講演を頼まれたりした。本人は理系だが教職大学院に進学すると聴いていた。私は年度末で退職することから、「しっかり頑張ってね」と伝えていた。
 今回のメールは「院生生活を楽しんでいます」といった内容で、「吉田先生は最近はどのようにお過ごしですか? また先生とお話ししたいなと思い、連絡したところでした」で結ばれていた。これに対して、私は「元気にしており、けっこう忙しい日々を送っている」と返信した。
 この日、私は熊本大学の附属図書館に出かけていた。仕事も一区切りついたことから16時過ぎに帰宅することにして館外に出た。そして1分ほど歩いたときである。なんと、その学生とバッタリ出くわしたのである。これはもう奇跡としか言いようがない。
大涌谷 2019/05/22 Wed 6343
 昨日の朝、気象庁が箱根山の火山活動が活発化したとして「火口周辺規制」に引き上げたというニュースを見た。このため、町は大涌谷の園地を全面的に立ち入り禁止にしたという。熊本には阿蘇があり、こうしたニュースが流されるので関心がある。「大涌谷」の名前も久しぶりに思い出した。
 その後でひげを剃りながら録音していた放送を聴いていて驚いた。森浩美氏のトーク番組だが、そこで「黒たまご」という作品が読まれた。夫をガンで亡くした妻と男の子とが登場する話である。学校から行方不明になった息子が箱根で発見される。そこから先を淡々と聴いていたら、何と大涌谷が出てきた。
ニュースを見て1時間もしないうちに「大涌谷」に再会するとは、これはもう奇跡的な偶然である。放送を録音したのは1月27日だったから、どうしても「奇跡」を付けたくなる。私はこうした「偶然」を繰り返し体験していて、本欄でも取り上げてきた。人生は楽しいものである。
 
Short shot : 素数と自然界 2019/05/21 Tue (8:30am) 6342
 素数(prime number)は、1 より大きい自然数で、正の約数が 1 と自分自身のみであるもののことである。自然数(natural number)は、一般に者を数えたり順番を付けたりするときに使う。この素数だが、これがどんな規則で現れるのかはわかっていないそうだ。また、理屈はわからないが「リーマン予測」なるものがあり、これを証明したり、あるいは否定したりすることができていないらしい。そもそも自然界自身に「数学」も「数式」もない。あるのは「性質」や「関係」だろう。人間はそれを数学で理解しようとしているわけだ。
 
マニュアル問題(91) 2019/05/21 Tue 6341 5月10日の続き
 安全は、国語辞書によれば、「危害または損傷・損害を受けるおそれのないこと。危険がなく安心なさま」である(スーパー大辞林)。この語義には「誰が」という「主語」が省略されている。それが「個人」だけでなく「集団」や「組織」も含まれることは当然である。
 また、この語義には「外部から」加えられる「危害」や「損傷」に重点が置かれている。おそらく、執筆者は「内部から発生するものも含まれているのは当然だ」と言うのだろう。ともあれ、個人の場合でも体内から自らを危機に陥れる状況は生まれる。組織においては「内部」から「危機」に瀕することはいくらでもある。
 そもそも頻発する「不祥事」によって、組織は内から「危害または損傷・損害」を受けているのである。その中でも「規則やマニュアル」を守らない行為は、程度次第では組織の存続すら脅かす。そして、その原因を現場で働く当事者の意欲やモラルの低さに求めるようではトップの見識が疑われる。
 
ルートインのトイレ 2019/05/20 Mon 6340
 全国ネットのビジネスホテルが増えた。その中でもルートインはよく利用する。設計がまったく同じだから、部屋の中にいるとどこだかわからない。
 トイレはINAXのシャワートイレである。ウォシュレットはTOTOの製品だから別の名前がついている。トイレに座ると正面にトイレットペーパーとリモコンがある。「シャワートイレのリモコンは、取り外して便座に向けてご利用くださいませ」というラベルも貼られている。これを見るといつも苦笑いする。
 バスルームが狭いので台座にスイッチを付けた製品は設置しにくかったのだろうと推測する。かくして、いざ水を流すときにはリモコンを手を延ばし、しっかり握ってから便座に向けて「よいしょ」あるいは「えいやっ」と電波を飛ばすのである。このときリモコンの向きは反対になる。日本中でみんなが同じことをしているのを想像するとやっぱり笑ってしまう。もっとも、実際は手に取らずとも機能することの方が多いけれど… 。
 
受講者のメモ 2019/05/19 Sun 6339
 先週、大分で一日半の仕事をした。その中で「味な話の素」を紹介するのは私の定番である。もちろん、2003年4月29日(火)から当日まで毎日書き続けていることを自慢する。これに対して2日目の朝、受講生が笑顔で私のところへやってきて次のような内容のメモを渡された。

 「吉田先生へ 2003年4月29日から数えて、2019年5月18日は 5,864日 837週5日 192ヶ月20日 16年20日 すごいです!!」

 「味な話の素」をスタートした日からのデータを整理していただいたのである。ありがたや、ありがたや。ともあれ月日は着実に過ぎていくものである。そもそもはリーダーシップや組織安全に関する素原稿を書きためておいて、適当な分量になったら書籍にしようと考えてはじめた。しかし本線から脇道に逸れることが頻発し、さらには逆走までも繰り返しながら今日に至った。幸い「ネタ」はワンサカあり、今のところいつまでこのドライブが続くのかは自分にもわからない。
 
Short shot : 今度はサッカー 2019/05/18 Sat (8:15am) 6338
 サッカーで大誤審があった。こちらもビデオで見ればゴールしていることは素人でもわかる。それにもかかわらずチェックはなかったようだ。当然のように試合は抗議で中断してしまった。先日はプロ野球で「よそ見していた塁審のセーフコール」が問題になったばかりである。試合は誤審された方が勝ったらしいが、とにかくひどすぎる。こうした問題が起きた原因をしっかり解明しないと審判の信頼が失われる。それにしても、旧態依然とした状況が批判されている相撲界だが、なぜかビデオ判定の導入は大昔のことであるのはおもしろい。
 
信頼というもの 2019/05/18 Sat 6337
 塩野七生著「ローマ人の物語」は文庫本で43冊になる。専門家によれは、この本は歴史書ではなく歴史小説だという批判があるようだ。それはそうとして、とにかく面白いことは事実である。私自身はようやく半分までいった。
 暴君ネロという呼称は小学生のときに何かを読んで知っていた。そのネロは元老院からも国民からも見放され自ら命を絶った。「それを知ったパルティア王ヴォロゲセスからローマの元老院に、次の要請が寄せられた。『あなた方がネロをどう評価するかはあなた方の問題だが、パルテイアとアルメニアにとつてのネロは大恩ある人である。それゆえに、これまでに毎年行ってきたネロへの感謝祭を、今後もつづけることを許してもらいたい』」(同20巻)。信頼とはこうしたことなのだろう。「戦争は、武器を使ってやる外交であり、外交は、武器を使わないでやる戦争である」。これが塩野氏のオリジナルだとすれば、何ともすばらしい表現力の持ち主である。
 
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(34) 2019/05/17 Fri 6336 5月9日の続き
 研修「対人関係トレーニング」では職場の仲間達の目を通して自分の実践をふり返り、自己分析をすることができました。また自分もよく周りを見て行動するようになったと感じることができました。情報交換ではお互いの話を聞きアドバイスすることで自分もまだまだ頑張らないといけないという気持ちと、自分も頑張っているという肯定的な気持ちをもつことができました。吉田先生のお話がとても楽しく研修の時間があっという間にすぎていきました。先生の益々のご活躍を願っております。ありがとうございました。(中学校教諭 男性)

 自分が周りからしっかり見られていることだけでなく、自分が周りを見て行動するようになった点で成長を感じられたようだ。また、「頑張らないといけない」と思うだけでなく、「頑張っている自分」に気づくという両面があるのもすばらしい。こうした体験の積み重ねがエネルギーになって、さらに成長していかれる姿が目に見える。
 
ホームの新聞 2019/05/16 Thu 6335
 地元ではあまり鉄道を使わない。福岡にある集団力学研究所と関わりがあったときは、毎月2回ほど鹿児島線を利用していた。その際も特急を使っていたから、在来線が使用するホームで乗り降りすることは少なかった。
 仕事で東京や大阪などに行くと、時間帯によってはホームに刷り上がって間もない感じの夕刊が「行き先」を書いた紙とともに紐で括られて置かれている。ときには週刊誌もあったような記憶がある。つい先だっては名古屋の私鉄のホームでこの状況に遭遇した。そうした光景を見るたびに笑みがこぼれる。「これを盗む人がいないんだ」。そんな気持ちになってささやかな感動を覚えるのである。
 たしかに紐で括られているからそのまま持ち去るなどあり得ないことではある。そうではあるけれど、どの家も開けっぱなしで何の問題も起きなかった、私が子どものころの田園風景が目に浮かんでくる。そんな日本がこれからもずっと続いってほしいと思うのである。
 
森永太一郎(4) 2019/05/15 Wed 6334 5月6日の続
 森永太一郎が試みたサンフランシスコでの伊万里焼販売はピンチに陥った。校長の式辞は続く。

 そんなある日、太一郎が公園のブランコで落ち込んでいるとき、老夫婦が、キャンディ一をくれました。そのキャンディーを食べた太一郎はその美味しさに心を打たれます。そのキャンディー工場の清掃係として入社し、キャンディーをはじめ西洋菓子の製法を身に付けていきます。11年にわたる修業の後、日本に戻り東京で森永西洋菓子製造所をつくり、マシュマロやキャラメルを日本に広めます。最初はリヤカーで販売するなど苦労しましたが、地道な努力でお店を大きくし、後の森永製菓まで発展させました。

 成功者の話はいつ聴いてもすばらしい。そしてその話は幸運にあふれている。ここでも、落ち込んでブランコにいた太一郎に老夫婦がキャンデーをくれたことが運命を変えたという。その美味しさに感動してキャンデー工場に就職したとすれば、その幸運さはさらに輝いてくる。
Short shot : フリー感の楽しさ 2019/05/14 Tue (5:41am) 6333
 大学に勤務しているときは、講演等の仕事を受けても、いつも終われば「とんぼ返り」と決まっていた。新年度からは「花のフリーター」となり、前後の時間に余裕ができた。たとえば一昨日は日曜日だったが早めに東京に着くようにした。ホテルに入ってテレビを点けると相撲が映った。「そうだ五月場所だ」と思って、両国に行ってみた。羽田に近いホテルで50分ほどかかった。さすがに国技館、それも初日である。夕刻に着くようではチケットが残っているはずもなかった。そのまま同じ路線で帰ってきたが、そのフリー感を楽しんだ。
 
丹羽宇一郎著「死ぬほど読書」(11) 2019/05/14 Tue 6332 5月5日の続
 丹羽氏の西田幾多郎批判はまことに厳しい。もちろん、西田氏が「自分の考え方を理解できない者は賢くない」などと上から目線の発言はしないと思いたい。私の学生時代に西田哲学を信奉する友人がいた。その彼からも「絶対矛盾自己同一」について「わかる」説明をしてもらえなかった。そのとき私は、「彼はわかっていない」ことだけは「わかった」。丹羽氏は西田氏の文章についてさらに付け加えている。

 戦時中、西田幾多郎は東条英機(1884~l948年)が大東亜共栄国の新政策を発表する演説に助力を要請され、「世界新秩序の原理」と題する論文を書いて提出しています。しかし、内容があまりにも難解なことも手伝って、東条英機の目に触れることはありませんでした。西田は私の理念が理解されなかったと嘆いたそうです。この逸話からも西田には自分が書いたものが他人の目にどう映るか、客観的な視点や想像力がどこか欠けていたかもしれないと思ったりしました。
 
白寿間近の運転 2019/05/13 Mon 6331
 熊本県公安委員会からはがきが届いた。表に「高齢者講習通知書」と朱書きされている。「講習がお済みでない方は、運転免許証の更新ができませんのでご注意ください」とあり、その下に「すぐに中をご確認ください」と記されている。私もその時期を迎えたわけだ。
 ところで、この2月に「英殿下 運転免許を返納」という記事が載った(熊本日日新聞11日付け)。わが国でも高齢者の自動車事故がしばしば問題にされる。人生の終わり近くで人の命を奪うという不幸な事態は避けなければならない。さて、英国のフィリップ殿下は、1月に衝突事故を起こしていた。かなりの高齢だとは承知していたが、なんと97歳だというから驚愕する。その事故のあとにもシートベルトを着用しないで運転しているところを目撃され警察から注意を受けたらしい。そんなこともあってか、「運転免許証を自主返納した」のだろう。国の文化が違うとはいえ、97歳の皇室が公道で運転していたのだろうか。
 
Short shot : 堺屋太一氏 2019/05/12 Sun (6:52am) 6330
 今年の2月8日に堺屋太一氏が83歳で亡くなった。氏は「団塊の世代」の名付け親として知られている。私は1948年生まれだが、「団塊の世代」は1947年から49年の3年間にこの世に登場した800万人の子どもたちのことである。その成長期が経済の高度成長期と重なって、「塊」となって仕事に突進した。今年中にその全員が70歳を超える。そう言えば、1970年代後半から80年代にフジテレビ系で竹村健一氏が司会する放談(?)番組で渡部昇一氏らとトークしていたのが堺屋氏だった。「維新の会」橋下氏のサポーターでもあった。
 
公開講座「リーダーシップ・トレーニング 2002」(4) 2019/05/12 Sun 6329 5月4日の続
 
公開講座では、集団力学研究所で実施していた、「フォロー研修」前のデータ分析ができない。それは「基礎研修」で決定した行動目標を受講者がどのくらい実践できたのか、その程度を明らかにする重要なものである。これがなければ「フォロー研修」の意味がない。集団力学研究所の「フォアマンスクール」でも「データフィードバック」が「フォロー研修」の核になっていたのである。
 それが公開講座では基本的にできない理由があった。まずは、「公開講座」は私一人で担当していた。そんなことから、「フォロー研修」の前に、すべての受講者へ「調査票」を送り、それを回収し、かつ全員向けの「フィードバックシート」を準備することは不可能だったのである。そもそも附属中学校の校長職を兼任することになったことから、それまで3日連続だった「公開講座」のスケジュールを「基礎研修」と「フォロー研修」に分けたのである。この壁をどうにかして乗り越えていかなければならない。
 
Short shot : 少し前の思い出 2019/05/11 Sat (6:08am) 6328
 東京にはけっこう行っているが、久しぶりに新宿のホテルに泊まった。羽田からバスに乗ったのだが新宿の町並みを見ながら思いが巡った。西新宿のビル群が林立する場所が浄水場だったことを知っている人はどのくらいいるだろうか。いつのころか、私はこの広大な跡地が副都心になるという写真付きの情報を見た記憶がある。そこに47階の京王プラザホテルがオープンしたのが1971年のことである。ドラマで使う背景の主役が霞が関ビルからここに移動した。とにかく目立っていた。その記憶をほんの少し前のものと感じる世代である。
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スクラップ 2019/05/11 Sat 6327
 「スクラップ ①切り抜き ②鉄やその他の金属の切りくず(日本国語大辞典抜粋)」
 明石市長が暴言を吐いたと報道され、それを理由にして退職した。たしかに聴いてみると、とんでもない言葉が並んだ。ところが、その前か後には市民のことを考えた発言や自分も土下座するつもりがあるといった発言も録音されていた。その部分が流されると市民の評価が変わり、改めて行われた選挙では前市長が大勝した。そもそも、かなり前の録音記録が選挙が遠くない時期になって世の中に出回ったことに不自然さを指摘する声もある。
 それはともかく、このケースでは録音の一部が「スクラップ」されたものであったことは疑いない。本件に限らず、世の中の情報は厳密に言えばすべて「スクラップ」されている。こうして、①切り抜きである「スクラップ」はそのまま②鉄やその他の金属の切りくずのような「スクラップ」と化すのである。それは鉄や金属と同じですぐにはなくならない。
 
Short shot : 好物の食べ方 2019/05/10 Fri (5:43am) 6326
 「好きなものを我慢して長生きするより、思いっきり食べて早死にした方がいい」。こんな考えの人もいて、「なるほど」とも思う。ただこうした問題に対する正解は一つではない。たとえば「好きなもの」を「適切な量」食べ続けるというのはどうだろう。その場合、「少しばかりの我慢」は「我慢して受け入れる」わけだ。しかし、それができれば「早死に」の時間が多少は延期されるだろう。そこで私は、「好きなものを少しずつ」トライしている。たとえば、毎朝の蜂蜜もスプーン一杯を1/4ばかりに抑えることにした。
 
マニュアル問題(90) 2019/05/10 Fri 6325 5月3日の続き
 いずれにしても、「規則やマニュアル」というものがもっている、「読まなくてもすむ」「分量が多い」といった問題を完璧に克服する解決策はありません。それは問題と言うよりも、基本的特性と考えるべきでしょう。
 しかも現実に問題が発生すると、監督官庁などがさらに指導をすることになります。その結果、さらに詳細な規定を盛り込むことが必要になります。これが規則やマニュアルの厚さを増してしまう状況を生みます。「書類づくりで手一杯で、現場に行けなくなった」。しばらく前から、こうした嘆きを管理者たちから聴くことが多くなりました。じつに悩ましい状況です。
 ともあれ、仕事や専門性のレベルに合わせて、それぞれが読むべきものを作成することなどがこれまで以上に求められるでしょう。そのためには時間と経費がかかりますが、今の時代、それも避けて通れません。そんなわけで、
職場で「基礎やマニュアルは読むのが面倒だから」という声が飛び交うようではまずいですね。
 
Short shot : 研究者+α 2019/05/09 Thu (6:26am) 6324
 ラジオで山中伸弥氏の講演を聴いた。山口県の中学生たちを対象にしたものだった。その内容は興味深く、若い世代を勇気づけたに違いない。私が山中氏の素晴らしさを感じたことがある。それは「ips 細胞」を作成(あるいは発見か)するに当たって貢献した3人の名前を挙げたことである。奈良先端科学技術大学院大学の助手と山中研究室における最初の博士号取得者、そして細胞を作る専門技術者である。ラジオの聞き流しだから名前は憶えていないが、「自分だけ」の顔をせずに貢献者を世の中に発信し続けることに「研究者+α」を感じる。
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(33) 2019/05/09 Thu 6323 5月2日の続き
 「教師の対人関係トレーニング」において、毎回のめり込んでしまう話術に感動させられました。何事も前向きに、そして自分の信念を貫こうとする姿勢をもつことの大切さを明るく話してくださりとても楽しい時間を過ごすことができました。次年度は既に「1年担任で!」と言われましたので、先生から教えていただいたことを忘れず、焦らず、諦めずにじっくりと子どもたちと向き合っていきたいと思います。また、どこかでお会いできるのを楽しみにしております。ありがとうございました。(中学校教諭 女性)

 次年度の担任も決まり、意欲をもって仕事を迎える気持ちが伝わってくる。そのために少しでも役立ったとすれば、私としてはこの上なく嬉しい。とくに「焦らず、諦めず」は成長にとって欠かせない。「あわてるな、人生はそんなに短くはない。怠けるな人生はそんなに長くもない」。私は研修の終わりに、高校の卒業文集に書いたこのフレーズをプレゼントした。
 
Short shot : 高齢大臣 2019/05/08 Wed (5:05am) 6322
 私が子どものころ、大臣は老人ばかりだった。現在、安倍総理大臣を含めて20名の閣僚のうち、私より年上は二人だけしかいない。最年長は麻生太郎氏の78歳で、これに原田義昭環境大臣の74歳が続く。第3位は官房長官の菅義偉氏が69歳、最年少は山下貴司法務大臣の53歳である。昔は寿命が短い中で高齢者がもっと多かった気がする。当時の70歳は「おいおい、大丈夫かい」という印象だった。しかし、気づけば自分がそんな年齢になっている。正直なところ、それにふさわしい行動ができているのかどうか、相当に怪しい。
 
海外体験 2019/05/08 Wed 6321
 私の海外体験はかなり遅く、1992年に中国へ出かけたのが初めてだった。もちろん、そのときまでパスポートも持っていなかった。当時の中国では、外国人は国民が使用する人民元とは異なる紙幣に交換しなければならなかった。それだけ経済格差が大きかったのである。あれからすでに27年が経過した。いまや中国は国全体としては巨大な経済力を持つに至った。まさに隔世の感がある。
 この中国行きが起爆剤になったわけでもないが、その後はいろいろな国に出かけて、訪問先もそこそこの数になっ。中国の次はアメリカで、三隅先生の「レビン賞」受賞に同席させていただいた。それから、オーストラリア、シンガポール、マレーシア、ニュージーランド、ギリシャ、韓国、オーストリア、チェコ、ドイツ、デンマーク、ノルウェー、フランス、オランダ、ポーランド、そして現時点での最後はフィンランドである。この16カ国訪問のすべてが学会や研究会などの仕事がらみである。
Short shot : プロ野球のRisk Management(8) 2019/05/07 Tue (6:19) 6320 昨日の続
 この「事件」は審判団の問題だけで留まらない。実際の映像を観ようとネットで探したところ、当日の放送が出てきた。その中で、ヤクルトの小川監督が審判たちと話しているシーンが映った。これに対して実況継中のアナウンサーと解説者が「一体全体、何をやってるんかい」といった雰囲気で疑問を呈していた。あのときは、「監督が抗議したのだから『リクエスト』に応じるのはおかしい」と質していたのだと思われる。私もそのルールは後で知ったのだが、少なくとも解説者は、その事実をちゃんと解説しないとまずいよね。
収支メモ 2019/05/07 Tue 6319
 手元に「1968年8月現在」と記されたメモがある。私が大学2年生のときのものだ。「1ヶ月の収支予定表」で、「A. 収入」には、「家より 10,000 奨学金 8,000 総計 18,000」なっている。そのとき私は「特別奨学金」という高額の奨学金を得ていた。このほかに「一般奨学金」があり月3,500円だった。「特別奨学金」は高校生のときに試験を受けて合格すれば、給付が約束されるものだった。ただし、翌年に大学へ進学しなければ、その権利は失われる。受験会場は福岡中央高校だった。
 この時代の大学性の生活費は、月15,000円が相場だった。下宿は「六畳一間6,000円」くらいであった。そんな経済状況で、8,000円は生活費の半分を超えるのだから高額である。そこで親からの仕送りは10,000円に抑えていたから、私は「親孝行」を押し売りしていた。しかも、一般よりも3,000円も多くなるので、アルバイトもしないで「20%上積み」された「裕福な生活(?)」を送っていた。
 
Short shot : プロ野球のRisk Management(7) 2019/05/06 Mon (6:03am) 6318 昨日の続
 あのとき、「見ていなかった」と正直に認めることはご本人にとって「しにくい」ことだったとは思う。また「審判」という職業的立場から、他のメンバーもそれができなかったのだろう。しかし、その「踏ん切り」を誤ることで問題が「事件」になった。それもネットで拡散してしまったから、これから先ずっと「誤審の証拠動画」として消し去ることができない。かつて中日の宇野選手がセンターフライを頭にぶつけたシーンは「珍プレー」として残っている。こちらはご本人も笑えるエラーだが、今回は不名誉がつきまとう。
 
森永太一郎(3) 2019/05/06 Mon 6317 4月29日の続
 高校の卒業における校長式辞で森永太一郎が引用されたことで、連載(?)が止められなくなった。ともあれ、人が社会生活を送るに当たって必要な基礎能力として、「読み」「書き」「算」が挙げられる。教育はその達成に重要な役割を果たすが、森永太一郎は少なくとも自分の名前が書けなかったというのだ。

 15歳から伊万里焼の問屋に奉公、19歳で上京し、伊万里焼の営業所で働き、20歳で結婚。24歳の時、伊万里焼を売り込もうと、妻と長女を残して、アメリカに渡ります。しかし、アメリカのサンフランシスコでの伊万里焼の販売は、なかなかうまくいかず失敗し、ピンチに陥ります。

 森永製菓の創業者が伊万里出身であることは小学校の先生から聞いた。伊万里の市街地に近くに木々に囲まれた小高い丘のようなところがあり、そこに太一郎の銅像があったような気がした。ネットで探してみるとそれは伊萬里神社だった。いまから60年前の光景が、その場所も含めて蘇った。
 
Short shot : プロ野球のRisk Management(6) 2019/05/05 Sun (5:38am) 6316 昨日の続
 あのときの依田監督の動きは抗議としか思えない。自分で塁審のところまで行ったのである。どう見ても、冷静に主審のところへ歩いて行って「リクエスト」を求めたという雰囲気ではない。それにもかかわらず「リクエスト」を受け付けたようで、ビデオ判定になった。いつもの邪推であるが、「これはどう考えてもやばい、自分たちの分が悪い、まずいよなあ…」。審判たちはそんな後ろめたさを感じたのではないか。そして、大型スクリーンでも繰り返し映し出された「脇見判定のセーフ」が「アウト」に訂正されたのである。
 
丹羽宇一郎著「死ぬほど読書」(10) 2019/05/05 Sun 6315 4月27日の続
 丹羽氏の矛先は哲学の大家にも向けられる。

 哲学書のように難解で、思うように読めないという本もあります。学生時代、仏教思想と西洋哲学の融合を試み、「善の研究」などで知られる哲学者の西田幾多郎(1870~1945年)の本を読んだことがあります。しかし、西田哲学の有名なキーワド「絶対矛盾自己同一」をはじめ、書いてあることがよく理解できない。日本を代表する独創的な哲学者という評価が頭にあるものだから、きっとすごいことが書いてあるに違いないと思って読むのですが、なかなか理解できない。一度読んでもわからないから繰り返し、繰り返し読む。それでもよくわからないものだから、最後は読むのをやめてしまいました。自分のことは棚に上げていいますが、 読み手にわかりやすく伝える配慮が欠けていると思ったからです。

 丹羽氏のこうした批判を聞いて、西田氏はどんな答え方をするだろう。「自分の書いたことがわからない者はわからなくてもいい」か。
 
Short shot : プロ野球のRisk Management(5) 2019/05/04 Sat (5:51am) 6314 昨日の続
 あのときも、審判なら他の3人が二塁のプレーを見ていたはずである。少なくともそうしなければならなかった。私はプロ野球の規程は知らないが、主審が審判のリーダーだろう。塁審が「よそ見ジャッジ」したとき、それを「見ていたはず」の主審が「おいおい、ちょと待って、いまのはアウトだったよ」と指摘すれば、後に尾を引く問題にはならなかったに違いない。ところが、そうした自発的対応がないままに監督の「リクエスト」に応えてしまった。規則では監督が抗議した場合は「リクエスト」できないことを後で知った。
 
公開講座「リーダーシップ・トレーニング 2002」(3) 2019/05/04 Sat 6313 4月26日の続
 集団力学研究所の「フォアマンスクール」では、「フォロー研修」の前に受講者へ「リーダーシップ調査票」を送付する。それを使って受講者の「リーダーシップ」を「部下」が「評価」し、その回答が研究所に返送される。これを研究所で分析、整理しておいて、「フォロー研修」で受講者個々人にフィードバックする。これが一連の流れである。
 当初、データの分析とフィードバックシートの作成は外注だった。この方式は、PCの時代になって、私が分析とフィードバックのためのプログラムを創り、自前で対応できるようになった。まだ私が30代で、しっかり頭が動いていたころである。そもそも自作のBASICプログラムでPCを動かすのが楽しくて仕方がなかった。
 プリンターはドットマトリックスで、一人分のフィードバックシートのプリント3枚が5、6分かかった。こうして、研究所の「フォロー研修」では、受講者が「部下評価の結果」を受け取って分析をすすめるという方式が定着していた。
 
Short shot : プロ野球のRisk Management(4) 2019/05/03 Fri (5:25am) 6312 4月29日の続
 「審判の権威」は措くとして、件の審判が誰が見てもアウトのプレーを「見ていた」と言ったから問題が大きくなった。このミスは審判団の危機管理としても問題がある。このとき、他の審判は誰も二塁上のプレーを見ていなかったのか。プロ野球の審判は少なくとも4人いるから、他の3人の行動が問題になる。とくにリーダーと思われる主審はどこを見ていたのか。打者が打ったボールは外野手に捕球されたから、その時点でバッターはアウトである。そこで動きがあるのは二塁走者だけであり、素人でもそこに目がいくはずだ。
 
マニュアル問題(89) 2019/05/03 Fri 6311 4月25日の続き
 最近は、電気機器などのマニュアルはけっこう厚い本冊とは別に簡易版がつくられています。それを読めば当座の使用には対応できるようになっています。ともあれ、組織が遵守すべき規則やマニュアルについては、「読んでおきなさい」だけ終わってはいけません。安全を壊す悪魔は「忘れたころ」を狙っているのです。
 これに対抗するためには、基本に戻って、教育・研修、そして日常的な指導を繰り返すしかありません。本コラムで規則やマニュアルは、それが「基本だから守られない」ことを指摘しました(2017/10/18)。様々な問題が起きるたびに世の中は「基本なのにどうして守らないのか」と責め立てます。しかし、そもそも、そうした発想が正しくないのです。私たちは何事に付け「基本だから守られないのが当然だ」と考えた方が、世界中で起きている困った事態を理解することができるでしょう。いまでは日常語になった「基本的生活習慣」も「基本」が守られないことを実証していますね。
Short shot : 今月の写真「雲との一期一会」 2019/05/02 Thu (5:37am) 6310
 今月の写真の2枚目は「5月の夕暮れどき」です。私は自然現象の中で、「雲」をウォッチングするのが何より好きです。もう23年も前のことですが、私はオーストラリアで半年を過ごしました。短期間ながら、その間は日常的な仕事を離れたゆったりした時間が流れていました。休日には6㎞ほど歩いて広大な公園に出かけます。そこの芝生に寝っ転がると目の前に青空が広がります。そこに白い雲がやってきて、形を変え移動し、消えていく。それだけでいつも感動でした。もちろん、「夕暮れ雲」も「一期一会」の出会いを想わせます。
 
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(32) 2019/05/02 Thu 6309 4月24日の続き
 1年間、わたしたちのために10年経験者研修の講師として対人関係トレーニングをしていただきありがとうございました。研修では目標をたて、行動にうつすことの大切さや、今自分たちに求められていることなど多くのことを学びました。その中で、先生の笑顔や力強いお言葉で私自身、毎回元気をいただいて帰ることができていました。自分も目の前の生徒に元気を与えることができる人でありたいと感じることができました。本当にありがとうございました。(中学校教諭 男性)

 教師は「教えること」が仕事である。この「教える」は「伝える」とは違っている。それには「気持ちを伝える」など情緒的な側面が含まれる。ともあれ、教師は「知識や情報」を発信するだけでなく、児童生徒たちの「元気」を引き出すことでもプロフェッショナルであってほしい。そのためには教師自身が元気であることが求められる。研修で、そうしたことの重要性を実感されたと言われれば、私もうれしくなる。私は研修中に「元気でいきましょう」とは言ってはいない。おそらく、高齢者のわりには座ることもなくウロウロしまくるので、そう感じられたのだろう。
 
Short shot : 今月の写真「久木野のタンポポ」 2019/05/01 Wed (5:53am) 6308
 今月の写真の1枚は「タンポポ」です。昨年5月、開通した南阿蘇へ通じる俵山トンネルを走って久木野に出かけました。ここは蕎麦の産地で地震前には温泉と蕎麦のセットを楽しんでいました。蕎麦店で若干の待ち時間があり、その間に近くをぶらりと回ると黄色のタンポポが目に飛び込んできました。周りには、丸くなった種が吹き飛ばされるのを待っていました。タンポポもいろいろな種類があるようですが、私には区別がつきません。海外では食用に供するらしいですね。また、葉や根っこに含まれる成分は薬用作用があるといいます。
 
永遠なる「身辺整理」 2019/05/01 Wed 6307
 「身辺整理」は人生にとって永遠の課題である。あるいは「闘い」と言うべきかもしれない。私は5年前に熊本大学を定年で退職した。そのときを見据えて、意識的に身の回りの整理を「かなり」進めた。それなりに成果があって、書籍は1/3以下になり、研究室の本棚は空きの方が多くなった。それでも「かなり」と表現せざるを得ない状況で年度末を迎えた。
 そもそもは、定年までに「完璧整理」のつもりだったが、最終年度の途中からシニア教授として再雇用されることが決まり、ついつい詰めが甘くなった。その後、5年間の「執行猶予」中にもしっかり整理を進めてきた。しかし、それでも最終的には少なからぬ数の段ボール箱に荷物をまとめることになった。古稀を迎え、前期高齢者の折り返し地点に立っても、完全に「身一つ」を実現できない自分がいる。
 そんなわけで、「花のフリーター」生活を送りながら、「身辺完全整理」を目指した「自分との闘い」が続いていく。