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味な話の素 No.191 2019年04月号(6262-6306) Since 2003/04/29  
鹿児島の思い出 2019/04/30 Tue 6306
 NECからPC8001が発売されたのは1979年のことである。今日のPC(パソコン)の元祖の代表である。この年の10月、私は鹿児島女子短期大学から熊本大学に転任した。
 短大には1年半お世話になった。そんな短期間の勤務だったにも拘わらず、学長は私の退職を快く認めてくださった。もちろん、最初から短期間を前提に採用されたわけではない。私も漠然とではあるが10年くらいの展望を持っていた。
 鹿児島の中心地から南に下ったところに谷山という町がある。あの進学校ラサールもこの地にあった。谷山から山の方に上っていったところが中山町だった。そこに「自由が丘」と呼ばれる新興住宅地があり、私たちの生活の場であった。まだ1歳にならない息子の注射だったか、その目的は記憶にないが、1キロばかり離れたところにある小学校に行った。そのとき、家内と「この子はここに通うんだなあ」と話した。そのくらいの時間は鹿児島で仕事をするつもりだった。ところが翌年の5月、熊本大学に「教育工学センター」が設置され、教員を募集するという話が伝えられた。
 
Short shot: プロ野球のRisk Management(3) 2019/04/29 Mon (5:24am) 6305 continued from yesterday
 かつて、プロ野球にビデオ判定を入れると試合の流れが途絶えてまずいなんて言っていた。私は、このコラムにそれは反対のための反対だと書いたことがある。なぜなら、きわどいプレーに監督が怒って抗議して、まさに「流れが延々と止まる」事態が頻繁に起きていたからある。そんなときは、「ハイ、ビデオを見ましょう」でスッキリする。そもそも、抗議で揉めまくること、それ自身がプロとして最も大事にすべき観客をそっちのけにしているのである。そんなことを当事者は理解しないばかりか、「流れが止まる」なんて屁理屈を付けていたわけだ。しかも、MLBの「チャレンジ制」導入を後追いするのだから、まるで主体性がない。
 
森永太一郎 2019/04/29 Mon 6304 continued from yesterday
 県立高校の卒業式の校長式辞は続く。
 森永製菓の創業者太一郎は「小さい頃から家業の手伝いで勉強する時間がとれず、12歳まで自分の名さえ正確に書けなかったことから、奉公の余暇に手習いをさせてもらう約束で本屋の住み込み店員となり、読み書きを習い始めました」。
 太一郎は1865年(慶応元年)の生まれである。わが国で「学制」が発布されたのは1872年(明治5年)で、小学校は1873年に設置された東京師範学校附属小学校(現在の筑波大学附属小学校)が第一号とされる。その後の1875年ころには全国に小学校ができた。このとき太一郎はすでに10歳だから、学校で文字を習う機会はなかっただろう。
 それにしても、明治政府は成立から5年にして国民の教育を制度化していたのである。当時の人々の間に「義務教育」が必要だという考え方が浸透していたとは思われない。それどころか、子どもたちも貴重な労働力であり、それを学校に奪われてはかなわない。親たちの職業を問わず、大多数がそう考えていたのではないか。そうした状況で「教育」を国の最優先事業として導入したのである。それを断行した人々の将来を見透す力と強い意志には敬服する。
 
Short shot: プロ野球のRisk Management(2) 2019/04/28 Sun (6:21am) 6303 continued from yesterday
 一般的に、人はパニックに陥ってしまうと正常な反応ができない。それはわかるが、件の塁審が「プレーを見ていなかった」のに、「見ていた」と反射的に答えたのはまずかった。そもそも審判制を採用しているスポーツには「審判は自分が間違ったと思っても、それを認めてはいけない」という暗黙の了解があるのだろうか。そうでないと権威が失われてしまうと懸念するわけだ。しかし人間はそもそも間違うものである。むしろ誤りは誤りと認める方が信頼を獲得し、それが権威を守ることにも繋がる。そもそも判定で揉めることが少なくないから、一定の条件でビデオ判定を導入した。これを「リクエスト」と呼んでいる。
 
校長式辞 2019/04/28 Sun 6302
 今年の3月に熊本県内の高校の卒業式に列席した。これは教育委員としての仕事で、委員会からの挨拶をする役目である。入学式や100周年といった特別の行事もある。今年で3年目になるが、様々な学校に出かける機会をいただいている。いずれも感動するばかりだが、とりわけ特別支援学校の行事では心が揺すぶられ、気持ちを新たにして帰ってくる。
 そうした中で卒業式の校長式辞で興味深い話があった。「ピンチはチャンス」を強調する趣旨のものだったが、そこで森永太一郎が取り上げられた。この人は森永製菓の創業者であるが、式辞は「森永太一郎は1865年佐賀県伊万里市に、陶器問屋の長男として生まれました」からはじまった。
 それを聞いた瞬間に、私の心にささやかな驚きが走った。私は小学4年の2学期から中学2年の1学期まで伊万里市で過ごした。それは小学校のときだったが、先生から森永太一郎という人が伊万里の出身だという話を聞いた。こどもにとってキャラメルは大好きなお菓子の代表だった時代である。誰もが森永キャラメルを知っていた。そんな会社を創った人がわが町の出身だというのだから楽しくなったのは当然だった。
 
Short shot: プロ野球のRisk Management(1) 2019/04/27 Sat(6:23am) 6301
 中日とヤクルトの試合でとんでもないジャッジが出て大騒ぎになった。塁審が「よそ見」をしていてプレーを確認せずに「セーフ」とコールした。球場の大型スクリーンにも「よそ見」がはっきり映っていた。依田監督が抗議してビデオ確認となり、「セーフ」が「アウト」となった。私もこのときの映像をネットで探してみた。いやあ、どう見ても「よそ見」はジャッジしたご本人以外(?)は否定のしようもない。判定は覆ったが監督は怒りが収まらない。その理由は、審判が「見ていた」と言い張ったことにある。当人としては、とっさに「そう言うしか」なかったのか。誰が見ても「本当」のことを言っているとは思わないだろう。
 
丹羽宇一郎著「死ぬほど読書」(9) 2019/04/27 Sat 6300 continued from 4/20
 丹羽氏の翻訳本に対する批判は「大学の先生などのなかには研究生などに下訳をさせて、自分は最後に大まかなところだけチェックするといった人もいます」と続いていきます。私が若いころは、そうしたケースもあったと思います。ずっとあとで知ったことですが、あの向坂逸郎氏の「資本論」もその典型例のようです。資本家の搾取を徹底的に批判するご本人が教え子(?)の労働を搾取してはシャレになりません。何よりも、読者に対する背信行為だと言うべきでしょう。さて、丹羽氏の文章を見てみましょう。

 表現の技術を磨いていない翻訳者の手にかかった本は、 日本語としてもおかしなものがたくさんあるので、翻訳書を選ぶときは注意が必要です。文章の技術に問題があれば、伝わるものも伝わりません。

 これはリーダーの話し方の技術などにも共通しています。リーダーは「自分が伝えたいことを、フォロワーが理解できるように伝える技術」が求められます。その内容がどんなにすばらしいものであっても、相手に伝わらないのでは意味がないのです。しかも理解されない理由を相手の能力や意欲の欠如だと思い込んでいるリーダーがわんさかいます。
 
Short shot: 「ローソン」探し 2019/04/26 Fri(1:47pm) 6299
 コンビニの24時間営業が岐路を迎えている。こんなときこそ、私の好きな「自慢話」ができると心が騒いだ。いつのことか忘れたが、かなり前のことである。ローソンの社長が交替したころ、「状況に応じて24時間営業も再考したい」といった発言をした。それを本コラムで取り上げてけっこうなことだと論じた。ところが、その後はそれも実現されないままで、私としては「やれやれ口だけか」といつか書こうと思っていた。それが随分と前のことなのである。そこで、「こんな経緯があった」と自慢したくて、「その日」を探すのだが、どうしても見つからない。そのうち、このネタ自身を忘れそうなので、とりあえず〝Short shot〟しておこう。
 
公開講座「リーダーシップ・トレーニング 2002」(2) 2019/04/26 Fri 6298 continued from 4/19
 附属中学校校長の仕事とバッティングしないよう、「公開講座」を土日のスケジュールにした。また、それまで3日間連続で完結していたものを、2日の「基礎研修」と1日の「フォロー研修」に分けた。それは2002年のことだが、この方式が2018年までの17年間に亘って「公開講座」の定番となった。
 本欄ですでに触れたが、私は集団力学研究所で「基礎研修+フォロー研修」をワンセットにしたトレーニング・プログラムを実施していた。したがって、この組み合わせのアイディアはすぐに思い浮かんだ。まずは「基礎研修」で職場に帰ってから発揮するリーダーシップについて「行動目標設定」を立てる。そして、それを職場で3ヶ月ほど実行し、その実践度をフォロワーに評価してもらう。それを「フォロー研修」で分析し、さらに新たな高度目標にリフレッシュするという流れである。
 こう書くと何の問題もなかったようだが、じつは乗り越えなければならない大きな壁があった。研究所のコースでは「フォロー研修」の前に、フォロワーたちが受講者の「リーダーシップ」を評価するための調査票を送っていた。その回答を回収して分析し、「フォロー研修」で、その結果をフィードバックするわけだ。ところが「公開講座」では、この手続きが取れないのである。
 
マニュアル問題(88) 2019/04/25 Thu 6297continued from 4/18
 ともあれ、法律は問題が起きなければ意識しませんし、それで無事に生きていけます。そんなわけで、私たちは法律の内容をいちいち確認することはありません。しかし、職場の安全に関する規則やマニュアルについては、「読むのが面倒」という態度ではまずいですね。本当は「常識でわかっているから大丈夫」ということが圧倒的に多いと思います。それでも「マニュアルは読むのが面倒」という理由で放置するとそれが免罪符になるわけです。そうなると規則やマニュアルはないのも同然です。
その一方で、規則やマニュアルが膨大になりすぎていることも事実です。とくに、それらを作成する立場の者には、小さなことでも「落ち」があることは許されません。何と言っても問題が起きると「マニュアルに書かれていなかった」などと責任が追及されるわけです。そんなことを考えると「石橋を100回は叩いて渡る」ほど慎重にならざるを得ません。
 その結果、気が遠くなるような分量の規則やマニュアルができあがってしまいます。これに伴って、必須の手続きや文書作成といった仕事が増えるのも当然の成り行きです。こうしたことから現場に行けなくなったと嘆く管理職が増えています。
 
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(31) 2019/04/24 Wed 6296continued from 4/17
 先生と出会ってもう15年をこえました。相変わらずお元気で毎回すごいパワーと笑顔をいただきました。数回の講話で私自身成長させていただきました。研修生と話をしているとほとんど全ての人が「成長できた!!」と言ってました。先生の講話で研修生50人、そしてその職場の先生方、さらにその先にいる子どもたちにまで影響を与える先生の講話はやっぱすごいなと実感しました。あと10年くらいは活躍してください。休むことも忘れず元気でいてください。私も頑張ります。(中学校教諭 男性)

 熊本大学の学生だったときからの「お付き合い」である。これほどありがたい激励をもらえば、「あと10年(くらい)」は頑張らなくっちゃと思い込んでしまう。また、「休むことも忘れず」の気遣いも嬉しい。とにかく家内の定義によれば、私は回遊魚のマグロと親友である。当の本人が、一生涯を動いて送る宿命だと思い込んでいる。しかし、身も心も、そして大脳も時間とともに確実に劣化する。それが命を授かった生けるものの定めである。こうした貴重なアドバイスをしっかり受け止めて、休みの日くらいは昼寝なんぞしなければいけないですよね。
 
Short shot: 子どもに理解できないこと 2019/04/23 Tue(8:38am) 6295
 子どもに理解できないことがどうして大人に理解できるのでしょうか。それは大人が利口になったからですか。あるいは愚かになったからでしょうか、それとも知識が増えたからですか。本当は逆なんだろうと思うのです。「裸の王様症候群」は大人しか罹らない病気ですね。永年に亘ってつまらない知識に汚染されたから、子どもに理解できないことが大人に理解できるわけです。それは大人の鏡が歪んでいるからではないですか。私は、「子どもに理解できないこと」が「大人に理解できてはいけない」と思うわけです。ともあれ、「子どもの目」を大切に!
 
浜田知明と「初年兵哀歌」(8) 2019/04/23 Tue 6294 continued from 416
 「『初年兵哀歌』考」も最終回になった。まったく偶然だが、4月17日から熊本県立美術館で「浜田知明回顧展 忘れえぬかたち」が始まった。学芸員の詳しい解説を聴きながら会場を回った。その後、入り口まで戻ってもう一度ぐるりと巡った。「『初年兵哀歌』シリーズ」に関する情報はとくに興味深かった。浜田氏の「死体」を美的なモデルのように捉える見方に驚きもした。ただ、学芸員が伝えた真意を私の文章で表現することはむずかしい。
 さて、「初年兵哀歌」のラストである。「明ければ日も早や二年兵 花咲く春は今なるぞ 精勤賞や星の数 早く彼女に知らせたい」。入隊して2年が経ち、春を迎えた。古年兵のいじめにも耐えていると「精励賞」のご褒美があるし、「星の数」も増える。そして、その知らせがスウチャンを喜ばせる。「戦争は、武器を使ってやる外交であり、外交は武器を使わないでやる戦争である」(塩野七生「ローマ人の物語」文庫版20 p144)。両者を取り仕切る国によって庶民は翻弄される。「初年兵哀歌」は最初の「御国の為とは言いながら 人の嫌がる軍隊に…可愛いスウチャンと泣き別れ」を繰り返しておしまいとなる。
 
Short shot: 体罰処分 2019/04/22 Mon(7:04am) 6293
 文科省の調査によれば、2017年度に体罰が理由で585人の教員が懲戒や訓告処分を受けた(熊本日日新聞 1月24日)。しばらく前の2011年度までは400人ほどで推移していたが、大阪の高校で体罰が発覚した翌2013年度は3,953人に「急増」した。これは「いじめ」が問題になり、「定義」が変更になった際に「急増」したケースと重なる。その後は減少していると言うが、実数はこんなものではないだろう。教師の年齢は50代が239人と最も多い。いわば分別盛りである。教師は「筋肉力」ではなく、「専門力」「人間力」によって子どもたちに影響を与えるべきである。体罰の「痛み」が「怨み」を生んでは教育とは言えない。
ジャパンディスプレイの現実 2019/04/22 Mon 6292 continued from yesterday
 「ジャパンディスプレイ」が液晶にこだわったと言えば、シャープの凋落と重なる。三重県亀山市に大規模な工場を建設し、「世界の亀山ブランド」と銘打って世界をリードしようとしたが、その液晶重点戦略はあっという間に行き詰まった。そして、いまや台湾の鴻海傘下にある。
 私は、昨年11月のゴーン氏逮捕によって突如として注目を浴びるようになった日産の株40%をルノーが握っていることをはじめて知った。そのことよりもさらに驚いたのは、ルノーの収益の半分以上(?)が日産からだという情報を聴いたときだ。つまり、株を保有する、あるいは保有されるのは、そういうことなのである。
 日経の社説(4月20日)は「ジャパンディスプレイ」の失策の原因を、「官民の寄り合い所帯による組織運営のむずかしさ」と「経済産業省や産業革新機構がバックにいるという『親方日の丸』意識」ではないかと分析している。官民の寄り合い所帯と言えば、あの「もんじゅ」もそうだった。一般論で言えば、集団は異質なメンバーで構成される方が力を発揮する。私はこれに但し書きをつけている。それは「そこに力をもったリーダーがいること」である。そうでなければ、異質の文化が衝突するカオスになるだけのことである。
 
Short shot: Risk Management(3) 2019/04/21 Sun (10:23am) 6291 continued from 4/16
 集団の定義に目に見える「相互作用」を条件として入れる必要はないというのが私の見解である。より正確には、一定の範囲内に2人の人間がいれば、お互いに知らない者同士であっても、そこに「相互作用」が生まれる。たとえばバス停で何の関係もない2人が立っている場面を考えてみよう。この2人がいきなり挨拶をしたり会話を交わすなどの「相互作用」はしないだろう。そして、お互いに「それなりの距離」を保つはずである。この「距離を保つ」行為そのものが、「相互に影響を与え合っている」ことを意味する。つまりは「相互作用」しているのである。それは目に見えない磁場の中でモノ同士の位置が決まるようなものである。
 
北陸の工場 2019/04/21 Sun 6290
 しばらく北陸地方に出かけていたことがある。福岡から小松空港に飛んで、高速で金沢方面に向かう。あるとき、道路沿いに大規模な建設工事が見えた。何本ものクレーンが竹林のようで、すごいものができることはすぐにわかった。私を読んでくださった方に「あそこには何が建っているんですか」と聴いた。即座に「あれはジャパンディスプレイですよ」という答が返ってきた。
 そのとき私は20世紀後半、日本が半導体製造のトップを独走していたころが脳裏に浮かんだ。当時、NHKが「電子立国日本の自伝」と銘打ったシリーズを放映していた。そこでは、戦後後日本の復活を象徴する電子機器、とりわけ半導体産業の隆盛が誇らしげに伝えられた。それを観た多くの日本人が快感を覚えたに違いない。
 その後、高速沿いに威容を誇る工場ができあがった。素人としては、すでに旗色の悪さが目立っていたわが国の巻き返しになるかと期待した。まさに国家プロジェクトの感があった。その「ジャパンディスプレイ(JDI)」が台湾・中国の企業連合から800億円の支援を受けて、その傘下に入る。設立から7年、そもそも液晶にこだわったことが敗因だという。
 
丹羽宇一郎著「死ぬほど読書」(8) 2019/04/20 Sat 6289 continued from 4/13
 丹羽氏の文章の意味が不明な著書に対する皮肉を交えた痛烈な批判にはまったく同感です。こんなことが書いてあるから「死ぬほど読書」は止められなってしまいました。丹羽氏は、一応「著者の頭が良すぎる」のかもしれないと書いてはいます。しかし、これも大いなる皮肉ですね。そんな確率はきわめて低いのではないででょうか。そもそも本を著すのに「読者への配慮」ができなければ、そのことだけで「賢くない」ことは明らかでしょう。丹羽氏の批判の筆は止まりません。

 文章自体に問題があって読めない、という本もあります。出版されるものである限り、ある一定以上のレベルが保たれていないとおかしいのですが、翻訳書にはけつこうそういうものがあります。 翻訳者は外国語に通じてはいても、 必ずしも文章表現のプロとは限りません。

 私は、翻訳書に限らず「一文が長い」だけで読む気が失せてしまいます。つまりは文章技術が十分に磨かれていないと思うのわけです。もちろん、私も人様ことをとやかくは言えません。天に向かって唾するようなものです。ただ、私自身はワープロの1行40字を基本に一文がそれを超えないよう努めています。
 
公開講座「リーダーシップ・トレーニング 2002」 2019/04/19 Fri 6288 continued from 4/12
 附属中学校の校長になり、3日間連続のスケジュールを見直した。その結果、2002年度には、「2日間の『基礎コース』と1日の『フォローコース』のワンセット版」が完成した。そして、その年も3コースを開講し、受講者は76名になった。
 私は当然ながら事前ににコース・スケジュールを作成する。これには空欄があって、そこに実際の進行にあわせて赤字でメモを入れていく。これが私にとって次のコースを設計する際の情報となる。このスケジュール表が私のコレクションとなった。そして今ではキャビネット1段では足りないほどの「コース・スケジュール」が蓄積されている。すでに「花のフリーター」となり、これらを整理する必要がある。本コラムでも紹介しながら、その分は「サヨナラ」する決断をしなければならない。
 さて、そのメモによれば、2002年は「Aコース 基礎:7月20日(土)、21日(日) フォロー:10月19日(土)」「Bコース 基礎:8月17 日(土)、18日(日) フォロー:11月16日(土)」「Cコース 基礎:9月21 日(土)、22日(日) フォロー:12月14日(土)」となっている。いずれも「土・日」になっているのは、校長職とのバッティングを避けたのである。
 
Short shot: 素人予測 2019/04/18 Thu(6:20am) 6287
 今年の人間ドックは2月終わりだった。ここでは時間がゆったり進む。検査待ちでテレビを見ていたら、2014年に埼玉県で起きた少女の誘拐監禁事件で判決が出るという。一審では懲役15年の求刑に対して9年の判決が出た。これを検察、被告共に不服として控訴していた。検察側の求刑は15年と変わらない。これを見て「おそらく12年だろうなあ」と「ド素人推測」を試みた。そして高裁の判決は「懲役12年」だった。けっこう当たるものだと苦笑いした。判決は法的な論理に基づいて導かれたものだと推測する、いやそうでなければならないのだが、世の中の判決なるものを見ていると、なんとなく予測がついてしまう…。
 
マニュアル問題(87) 2019/04/18 Thu 6286 continued from 4/05
 マニュアルと法律を同列に論ずることはできませんが、けっこう共通点があります。たとえば、すべての国民が法律のほんの一部しか知らないことです。もっと正確に言えば、法律の条文そのものを実際に読んだことがある人はきわめて少数でしょう。ましてや条文そのものまで知っている人は皆無に近いと思います。もちろん、法律に関わる仕事をしている人たちは除きます。それでも、ほとんどの国民がちゃんと生活ができるわけです。世の中には様々な犯罪を犯す人たちがいます。彼等も条文までは知らなくても、「自分が法律に反する行為をしている」ことは認識しているはずです。
 また、法律の場合、「自分はそんな法律があるとは知らなかった」とは言えません。それは国民から法律をつくることを委託され承認された議員が国会で可決しているのです。マニュアルや規則は法律ほどではないとしても、組織の人間であれば「知らなかった」では済まされません。もちろん、教育や研修も含めて、組織として「知らせる」ことをしていなければ、組織自身の責任が問われます。
 その上で、規則やマニュアルも「すべて」を読まなければ、どんな仕事にも手が着けられないとなんてないでしょう。つまりは、それなりに仕事はできるのですから、やはり法律と規則やマニュアルは類似点がありますね。
 
※ サーバー管理会社から【2019/04/15 11:30 〜 2019/04/16 12:26】間の障害情報を得ました。
Short shot: 連想力あるいは妄想力 2019/04/17 Wed(6:13am) 6285
 いつ書いたかもあやしい「メモ」であっても、けっこうそれなりに本コラムの「Short shot」になる。単語が3つほど書かれていたとする。それを見た瞬間に「ああ、あのことを書くつもりだった」と思い出すのが9割にはなる。その点では、自分の記憶力が完全には衰えていないことを確認して、ホッとする。あとの1割だが、「おそらくこんな気持ちだっただろう」くらいのところまではいく。そうなれば、「連想力」「なぞ解き力」が効いてくる。いくつかの単語から物語を創造するわけだ。これは頭と文章力のエクササイズになることは疑いない。もっとも、私の場合は「妄想力」といった方が適切な気がしている。
 
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(30) 2019/04/17 Wed 6284 continued from 4/11
 一年間大変お世話になりました。先生の研修で自分の目標や課題がはっきりしただけでなく、元気をもらうことができた気がします。少しずつ進歩していく教師であれるように、これからも前向きの気持ちを忘れずに教師という仕事に取り組んでいきたいと思います。どうもありがとうございました。(小学校教諭 女性)

 本欄に同じことを書いたことがあるが、私は受講者から「元気をもらうことができた」と言われることを最上の喜びの一つとしている。もちろん、「勉強になりました」が嬉しいことは言うまでもない。ただ、人間は、「まずは元気で前進しよう」という気持ちのエネルギーが基本になる。元気がなければ行動に踏み出すことがむずかしい。その行動の中に「勉強」も含まれているのである。前向きでいくことをテーマにしたとき、「バックミラー物語」を話した。安全で快適な運転のためにはバックミラーで後ろを確認することも大事だ。しかし、それも「前に進むため」である。人生もまた同じ。過去を顧みるのはこれからの人生に活かすためである。そして「人生にはバックギアがついてない」のだから、しっかり前を向いて「豊かな人生創りをしよう」という話である。
 
  ※ 本日は朝から原因不明のサーバーエラーが出ていました。現在は、回復したようです(1:43pm)
Short shot: Risk Management(2) 2019/04/16 Tue(5:37am) 6283 continued from 4/14
 グループ・ダイナミックスは、集団において発生する人間に関わるすべての事象を研究対象にする。ここでグループ=集団とは、「相互作用のある2人以上の人の集まり」ということになる。つまりは2人いれば、それは集団なのである。ただし、「相互作用=お互いに影響を与え合っている」という条件がつく。しかし、われわれは真空の中で生きているのではない。また、お互いの「影響」の程度を明確に決めることはできない。まったくの他人が一ヶ所にいても「無影響」ではあり得ない。たとえば病院の待合室、面接試験の控え室、はたまたバス停で待っているときでさえ、2人だけでも互いに「影響」を及ぼし合う。
 
浜田知明と「初年兵哀歌」(7) 2019/04/16 Tue 6282 continued from 3/26
 「初年兵哀歌」も終わりが見えてきた。「一期の検閲二期三期 秋季演習も早過ぎて 嫌な古兵が満期する 見送る我等の胸の中」。
 軍隊の制度はまったく知らないが、「検閲」があり、「古年兵の満期」なるものがあったようだ。ここで挙がっている「検閲」の具体的な内容はわからないものの、この言葉はそれだけで暗い感じを与える。その主体が「権力」であることは明らかで、そこから見た秩序を維持するために行われるのが「検閲」である。
 今日では、日本国中に監視カメラが設置されている。誰もが一歩外に出れば、カメラから逃れることはできない。それが犯罪捜査に決定的な武器になっている。東京のハロウィーン騒動も、最近のアポ電事件も監視カメラによって犯人が突き止められたという。こうなると、「カメラはあった方がいい」、「少なくとも必要悪だ」という空気が生まれる。
 そもそもこの世の中で犯罪が起きなければ、それに関わる法律はもちろん、取り締まる人間も、違反者を捕まえる者も、その人たちを拘置する者も、それを裁く職業人も、そしてもちろん監視カメラもいらない。しかし、人間は犯罪を犯さないほど賢くはない。
Short shot : メモの解読 2019/04/15 Mon(6:44am) 6281
 本コラムにで取り上げようと思って書いたメモがある。それには、「単なる名前や単語のメモ」と「未完成の文章」の二つに分かれる。あまり時間をおかないで書くつもりのものが多く、その日が特定できないケースが多い。とにかく「メモ」がワンサカあるから、こうした記録はちゃんと取っておきべきだったと反省する。しかし、過去のことはあれこれ言っても仕方がない。ただし、日付不明でも話題としてまとめられるメモの方が圧倒的に多い。そこで私の記憶が重要な役割を果たす。「これはどんなことを書くつもりでメモをしたのか」を思い出すわけだ。そして、それがけっこううまくいきそうなので興奮する。
 
筒香選手と権威 2019/04/15 Mon 6280 continued from 3/24
 DeNAの筒香選手は高校野球の球数についても問題を指摘している。その際に、「新聞社が主催しているので、現状が良くないと思っている方がたくさんいても、なかなか思いを伝え切れていない」と語ったという。プロの選手だからマスコミのバックアップが人気を左右する。そうした中での一歩踏み込んだ発言である。
 四国某県の野球連盟が甲子園に出場した高校のダンス同好会の発表会に選手がユニフォームを着て出たことを問題にした。「商業的利用」を禁じた野球憲章に抵触するというのがその理由だった。これには「猛反論」が湧き上がり、結局は「お咎めなし」になった。「権威」を笠に着ていると自分たちのことが見えなくなる典型である。春も夏も新聞社が購読者開拓に利用していることは誰でも知っている。
 昨年は秋田県の某高校が活躍したが、その際に「全員が地元出身」という見出しが前面に出た。そもそも都道府県代表となっているのだから、本来は「それが当然のはず」なのである。それに強豪校の選手はそのままプロ野球に繋がっている。そんなこんなで、「権威」が細かいことまで首を突っ込んでいると恥をかくことになりますね。
 
Short shot: Risk Management(1) 2019/04/14 Sun(6:32am)6279
 子どもたちの「いじめ」は教育における深刻な問題である。もっとも、「いじめ」は子ども特有の問題ではない。それは大人社会が抱える問題である。「□□ハラスメント」と呼ばれるものすべてが「いじめ」と同義と言える。こうした大人の問題行動が子どものいじめを誘発しているのである。ところで、「いじめ」、そして「差別」はどうして生まれるのか。その原因を一つの要因で説明することはできないが、ある事実だけはすべての人々が認めるだろう。それは「人間が一人で生きていないから」である。つまりは、「人が2人以上」いれば、「いじめ」や「差別」の発生可能性は「ゼロ」ではあり得ないのだ。
 
温情主義の落とし穴 2019/04/14 Sun 6278
 JA阿蘇で顧客の葬儀代2,199万円を着服していた元臨時職員の男性が懲戒解雇された(熊本日日新聞 2月19日)。本人は少なくとも18年7月〜12月に計22回、現金で集金した葬儀代1件当たり70万~100万円を着服したというから、金額も回数も半端ではない。ここでは過去にも着服問題が起きたらしい。つまりは同じことが繰り返されたわけだ。
 この手の事故としては、PTAの金銭を担当者が着服するケースもある。とにかく金銭に関しては「一人」でしないことが基本である。それは常識だから、どんな組織でも規程には記されているに違いない。しかし、それが徹底されないのである。おそらく仕事が多すぎるなどの理由もあるのだろうが、まずは「基本が守られていない」のだ。
 また、これまでは「弁済すれば内部の処分で済ませる風潮があった」という。何でもかんでも訴えればいいというわけではないが、罪の重さを軽んじる空気が漂っていては、そうでない組織とくらべて問題が発生する可能性は高くなる。いわゆる「温情主義」なるものは、日本人の集団と対人関係の中から生まれたプラスの側面をもっていたと思う。しかし、それが犯罪に繋がっては元も子もない。
 
 
Short shot : 今月の写真(2) 2019/04/13 Sat(6:44am) 6277
 写真の2枚目をご覧になった方から「富士山ですか」と聴かれた。私は何の気なしに4月に撮った写真としてピックアップしたので、あまり意識していなかった。山の端から太陽の光が輝いているところが気に入っていたからである。正解は鳥取県の大山である。その形状と地元名を合わせて伯耆富士とも呼ばれるという。つまりは「富士山ですか」と問いかけられても当然なのである。この写真は家内と旅行したときホテルから撮った。まさに今から日の出でというタイミングである。はるか西方の海に沈む対応もいいが、山から顔を出す日の出もまたすばらしい。わが国が全体として双方に恵まれているのは、幸せと言うほかない。 
丹羽宇一郎著「死ぬほど読書」(7) 2019/04/13 Sat 6276 continued from 4/06
 哲学の本などは「難解」であることが前提で、できるだけ「理解できない」ことを最優先にしていると思いたくなるものにあふれていた。また、読む方も訳のわからないことをありがたがる傾向があった。私が若いころ、カントの哲学書は英語版で読んだ方がわかりやすいという皮肉を聴いたこともある。日本の哲学書は「素人にわからないように書く」ことに専念していたように思われる。
 今から20年以上前になるが、私はオーストラリアで半年過ごしたことがある。そのとき哲学の入門書を買って読んだ。もちろん初歩的な内容ではあったが、カントやヘーゲルなどの思索について「英語の方がわかるなあ」と実感した。ともあれ、丹羽氏の「難解本批判」は続く。

 結局突き詰めると、著者自身も自分のなかでうまく整理できていないのかもしれません。私はこの手の本に出会うと、著者本人もよくわかっていないんじやないかと勝手に自己弁護して、残念ながら本を閉じることもあります。

 私は「本を閉じる」ことはほとんどしない。それなりの対価を払ったのだからもったいない感が先行する。しかし、それは人生の時間の無駄づかいになる危険性がある。
Short shot : 今月の写真(1) 2019/04/12 Fri(6:44am) 6275
 今月の1枚目は天草の松島である。かつて天草は離島として船で往き来するしかなかったが、そこに五つの橋を架けた。これを合わせて「天草五橋」と呼ぶ。写真はそのうちの4号橋である。今から40年前、熊本に来てはじめて天草五橋を走った。松島にある展望台下に絶景が広がる。橋は1966年9月24日に有料道路として開通した。当初は39年間を償還期間としていたものが、9年間であっという間に償還してしまった。わが家が熊本に来たときは、すでに無料化されていた。それだけ多くの車が走ったわけで、まさに「元気な未来の夢にあふれた日本」だったのである。昨年5月には 「1号橋」と並んで「天城橋」が開通している。
校長職と公開講座 2019/04/12 Fri 6274 continued from 3/22
 附属中学校の校長に就任したことから、それまで連続3日間だった「公開講座 リーダーシップ・トレーニング」の実施がむずかしくなった。もちろん、「リーダーシップ・トレーニング」は私にとって生涯の趣味、いや仕事だから中断する気はまったくなかった。
 そこで頭に浮かんだのが集団力学研究所で担当していたトレーニング方式だった。そもそもは高さんが主導して開催されていた「フォアマンスクール」と呼ばれるトレーニングがあった。その名の通り、組織の第一線監督者を対象にしたもので、受講者のリーダーシップ調査が組み込まれていた。つい先だって終了した「高さんからの手紙」で触れられていたように、高さんは研究所を辞められたが、「フォアマンスクール」は好評だったことから、研究所の主要な研修プログラムとして引き継ぐことになった。
 その際に、それまで1回完結型だったものを[「基礎研修」→「職場での実践」→「フォロー研修」]という2回の研修をセットにしたスケジュールに改編した。そうしたことで、私に「3日連続」をこのパターンにするアイディアが頭に浮かんだのは当然であった。そして、それがそのまま「公開講座」に活かされる。
Short shot : 最悪の凶器 2019/04/11 Thu(8:31am) 6273
 「ことばは人間理解、最強の道具 ことばは人間誤解、最悪の凶器」。これは私がおそらく20年以上前から語り、また書いてきたお気に入りフレーズの一つである。いつの時代にも影響力がある人間が「ことば」を「凶器」にする。当人にとっては、それが「凶器」であることにさえ気づかないようである。さらに、ブーメランとなって自分に対する「凶器」になることにも…。ご本人としては、身内の会合で「受けねらい」のつもりだったのだろう。「心とことばと行動」は人生を動かす密接不可分の歯車。これは昨年から使い始めた「3K物語」の中核だが、「ことば」は、その人の「心」と「行動」を現すのである。
  
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(29) 2019/04/11 Thu 6272 continued from 4/03
 今年度、リーダーシップ研修として「対人関係トレーニング」を学ばせていただいた事に感謝申し上げます。ありがとうございました。先生の講座で自分自身のこれまでを振り返ることができました。そして、今日のスタートアップ研修で次の目標を設定しましたので、達成できるよう、明日からの教育活動に邁進していきたいと思います。先生の講話はいつもウィットに富んでいて、講話の後は心がスッキリと軽くなったことを覚えています。生涯忘れることのできない講座となりました。ありがとうございました。(小学校教諭 男性)

 「生涯忘れることのできない講座」という一文だけでも、私のやる気を引き出してもらえる。だから教師はやめられない。私は過分な評価だと思われるときでも、褒められると真に受けて、嬉しくなる。日本人は褒められたとき「そんなことはありません」と否定する傾向がある。それはそれで長い歴史の中で育まれた対人関係上の行動様式である。ただ、褒められれば嬉しくて当然だから、それなりに喜びを表現しても問題はないだろう。そんなわけで、私は褒められると、「嬉しいなあ、やる気がでまーす」と反応することが多い。
 
生きた英語あれこれ(3) 2019/04/10 Wed 6271 continued from yesterday
 Paty Dukeは「奇跡の人」でスーパー子役になった。そうした流れの中でコミカルな連続番組〝Paty Duke Show〟が日本のテレビでも放送された。私は毎週この番組を楽しんだ。それから50年以上が経過したが、彼女は2016年3月29日に69歳で亡くなった。生年は1946年12月14日だから、私よりも2歳上になる。中学生から高校生になる思春期の只中で憧れた俳優だった。
 さて、「カメラがとらえたアメリカ英語」だが、表紙の裏にも赤鉛筆で[P109. l4 よい→わるい]と書いている。そこで109ページを見ると、3行目に[Overwork is injurious to health.]とあり、4行目に「過労は健康によい」という訳がついている。その「よい」を赤鉛筆で丸く囲ったのは私である。それにしても相当にすごい誤訳である。これは高校生なのによく見つけたと褒めるほどの手柄ではなく、誰もが気づくエラーと言える。しかし、現実には著者の金口教授も研究社の編集スタッフもパスしてしまった事実は否定できない。
 私は三省堂の英和辞典でも〝fling〟の訳に「ミス」を見つけて編集部にはがきを出したことがあるが、このときはメモをしただけで終わったのだと思う。
 
生きた英語あれこれ(2) 2019/04/09 Tue 6270 continued from yesterday
 「カメラがとらえたアメリカ英語」の裏表紙にはペン書きで私のサイン〔Michio Yoshida〕と購入した日付〔4,16,1964〕が記されている。私が高校に入学して半月ほど経過したときで、この年10月には東京オリンピックが開催された。
 さらに〔Today is the day when Patty Duke came.〕と一応は英語の一文を書いている。Paty Dukeは子役としてヘレンケラーを演じてアカデミー助演女優賞を受賞した。それは「奇跡の人(The Miracle Worker)」という映画で、私は中学3年生のときだったと思うが、母と福岡の中洲にあったSY松竹座で観て感動した。
 三重苦を背負ったヘレンケラーが、躾を含めて一人の人間として育てようとする教師のアニーサリバンとの厳しい葛藤が繰り広げられる。そして、食卓の水をサリバンにひっかけた罰としてポンプから水くみを強制されたとき、「水」と「言葉の概念」が突如として連関し、〝war…ter〟と声を絞り出す。その感動のシーンは50年以上が経過した今でも忘れられない。これを演じたパティ・デュークは16歳だった。ほとんど同じ年齢の私は彼女に憧れのようなものを感じた。ところで、文末の[came]は〔has come〕の方がいいだろう。
 
生きた英語あれこれ 2019/04/08 Mon 6269
 本の整理をしていたら「カメラがとらえたアメリカ英語(金口儀明 1964年1月30日 研究社刊)が出てきた。書名から想像できるように、アメリカ国内の看板や標識などの写真を並べ、そこで表現されている英語を解説したもので、なかなか興味深い。たとえば〔WHILE U WAIT(お待ちの間に)〕の類いでは、〔through→thru〕〔night→nite〕〔light→lite〕などが取り上げられる。著者は〔lite〕を見て煙草の〔hi-lite〕を思い出したという。
 じつは、この一文は私にも印象深く、その指摘は読んだときから半世紀を超えた今でも記憶にある。〔Now Being Served(只今営業中)〕〔Come In and Browse(入ってご覧ください)〕では、ネット社会用語になった〔browse〕が本来の使われ方をしている。
 〔Sorry… You Got Here Either Too Early or Too Late!〕は閉店後のおもちゃ屋に行ったとき、店の表に掲げたあったという。〔申し訳ございません。お見えになるのが早すぎました。あるいは遅すぎたのかもしれません〕とユーモアたっぷりに呼びかける。まさに生の英語満載の本である。著者の金口氏は当時上智大学教授だった。
 
高さんからの手紙(107:最終回) 2019/04/07 Sun 6268 continued from 3/31 (2017/04/13 start)
 集団力学研究所は三隅先生が初代所長をされていたが、1996年に病気で倒れられたことから、1998年安藤延男九州大学名誉教授が第二代目の所長に就任された。その安藤先生は大先輩であるが、2014年10月に85歳でお亡くなりになった。私は第三代目になるが、とにもかくにも大学2年生のころから研究所と関わりを持たせていただいたことは「高さんからの手紙」物語でも触れた。その後は杉万俊夫九州産業大学教授(京都大学名誉教授)が第四代目所長として新たな展開を進めている。
 私がはじめて研究所の存在を知ってから半世紀もの永きに亘って、三隅先生をはじめ、諸先輩方と研究所に育てていただいた。そんなことから研究所に係わっていた時代は、福岡に頻繁に出かけていた。しかし、このごろは、福岡空港を利用するときに博多駅から地下鉄に乗り換えるくらいで、福岡の町はご無沙汰気味である。
 高さんには本コラムを朝食後に毎日アクセスしていただいている。高さん、これからもよろしくお願いします。
 最後に、「集団力学:グループ・ダイナミックス」よ永遠に!!
 
丹羽宇一郎著「死ぬほど読書」(6) 2019/04/06 Sat 6267 continued from 3/23
 丹羽氏の「某経済」関連の本に対する批判は続く。「言い回しも独りよがりで読者への配慮がまったくない。学者の感覚で難しく語ることが高尚だと思つているのかもしれません」とくる。とうとう「独りよがり」とまで言われ、「読者への配慮がない」と批判され、さらには「学者の感覚」まで揶揄されている。
 それが誰の何という本なのかは書かれていないが、私も若いころから同じような気持ちにならされた本があった。昔から、「難しく語ることが高尚だ」という感覚はかなり強かった。著者たちは、それが権威あるものの証だと思い込んでいるのではないかと疑った。そして社会にも「わからないことがありがたい」と受け止める悲しき空気も流れていた。
 自然科学や数学の世界では数式などを駆使して世界を理解しようとする。その際に数学が重要な道具になるが、これは約束事をしっかり頭に入れていないと、素人にはまさにチンプンカンプンである。その一方で、人間を対象にした、いわゆる社会科学では「論理構造がしっかりしていること」や「飛躍のないこと」がとりわけ大事になる。丹羽氏は某著作に対してその点が問題だと批判しているのだ。
 
マニュアル問題(86) 2019/04/05 Fri 6266 continued from 2/28
 たとえば、すべての日本人にとって憲法は「生き方」「考え方」「行動の仕方」を示した基本マニュアルだと言える。もっとも、「憲法をマニュアルと同列に並べるなど言語道断だ」と叱られるかもしれないが…。その憲法を基礎にして法律や条令が連なってくる。さらに、それらを元にして企業や組織で規則がつくられ、人の考え方や行動に影響を与え、あるいは規制する。また、「家族が守る10箇条」といった個別の指針もある。
 これらはいわゆるマニュアルではないが、そこに所属しているメンバーが守るべき約束事が示されている点で共通している。ところで、「家族の約束事」はその適用範囲が家族の構成員に限られるから、全員が内容まで知っている。ただし、「知っていること」と「実践すること」が一致するとは限らない。この問題はまた別の機会に考えることにしたい。
 ともあれ、構成員数が少し多くなって組織の規則くらいになるとどうだろう。ほとんどの会社には「社是」なるものがある。その多くは理念やスローガンが数行で表現されている。この程度であれば、構成員の全員がそれを知っているに違いない。もっとも、それが実現されている度合いは、家族の場合よりもさらに怪しくなる。
 
「世に憚る」キックオフ 2019/04/04 Thu 6265
 北海道にやってきました。「フリーター」の「初仕事」は4月1日に行われた県教育委員会の辞令交付式でした。これは継続している教育委員の仕事です。そう考えると、新規の仕事としては今回の北海道が「初仕事」になります。
 昨日は、熊本から中部国際空港へ飛び、さらに新千歳というルートでした。これははじめてのことで、離陸後しばらくして雪をかぶったアルプスが眼下に見え、やや遠くには富士山がありました。熊本からの便でCAから「千歳にもご一緒します」と声をかけられました。つまりは同じメンバーが乗るということです。しばらくおいて千歳便に乗り換えとなったのですが、機材も座席も熊本からの便と同じでした。
 もう相当に昔のことになりますが、千歳・羽田・熊本と乗り継いだとき、「ご一緒です。とてもめずらしいことです」と言われた経験が一度だけあります。ただし、その際の機材は違っていました。そもそも乗り継ぎをすることが少ないのですが、今回の2回目が「初仕事」に関係していたのですから、私としては「憎まれっ子世に憚る路線」のキックオフとしては「まことに幸先がいいなあ」と気持ちよくなったわけです。北海道は快晴でした。
 
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(28) 2019/04/03 Wed 6264 continued from 3/27
 吉田先生、私達のためにたくさんの研修をしてくださってありがとうございました。先生のほがらかな話し方、明るい笑顔、私も先生のように子ども達と接したいと強く思いました。楽しいお話しの中に学ぶべきこと私たちが気づかなければならないことがたくさん散りばめられてハッとさせられることも度々でした。今日自分で決めた行動目標を日々の忙しさに忘れてしまわぬようしっかり心に留めておきたいと思います。手紙も楽しみです。先生からどんなお言葉をいただけるか楽しみに待ちたいです。(小学校教諭 女性)

 私としては一つでも「ハッとする」体験をすることができれば、人は変わることができると思う。そもそも教育や研修は草花に水をあげるようなものである。その水が草花の中にある成長力を引き出すように、研修も個々人の成長する力を刺激すればいいのである。
 ここで「手紙」「お言葉」とあるのは、研修の終了時に「自分」に宛てて書いた「手紙」を指している。それを私が預かり3ヶ月後に返却する。その際に、「意味不明の漢字二文字」と「私の署名」を筆書きで添える。それは「心深」「考動」「活飛」など、私の「気持ち」を伝えるもので、全員に違ったものを送るのを楽しみにしている。
デジタルコンテンツ 2019/04/02 Tue 6263
 熊本大学教職大学院に発足から2年間に亘ってお世話になりました。そして、はじめて入学した院生たちと一緒に修了となったのです。その教職大学院が「研修用デジタルコンテンツ」を作成しました。私は、「リーダーシップ」や「コミュニケーション」、「組織の安全」など、7本を担当しました。このうち、「人生を動かす3つの歯車」は新作(?)です。
 お時間とご関心をお持ちであれば、右側のQRコードでアクセスできます。あるいは You Tube 「熊本市教育センター公式チャンネル」でも検索が可能です。さらに、[YouTube 吉田道雄]で検索すると私が担当した7本が出てきました。
 いずれも講演のノリでお話しを進めたのですが、結果として「ぶっつけ本番」となりました。録画は日を置いて2回に分けて行われました。どれも撮り直しをしませんでしたから、出来具合にはかなりのバラツキがあります。私としては理論を解説するのではなく、日常の実践に焦点を合わせることにしました。この中の1本でも、皆さまのものの見方や行動の変化を創り出すために少しでもお役に立てば嬉しい限りです。ともあれ、私が「熊本大学教職大学院」に存在していた記念になりました。
フリーター初日 2019/04/01 Mon 6262
 本日より「花のフリーター」となりました。
 熊本大学では65歳とシニアの70歳で、2回の定年を迎えました。「フリーター」となれば定年とは無縁ですが、自分なりの心づもりは必要です。そこで私としては「第3回目の定年」を75歳に設定しました。ただし、「退き際」はしっかり念頭に置いておかなければなりません。自分が怪しくなったと思ったら「定年前」でもリタイアすることが肝要です。ところが年を重ねるほど、そうした「感受性」も鈍化してくるから気をつけないといけません。
 定年後は「サンデー毎日」と言われる方が少なくありません。これは実在する週刊誌の名前をもじったものですが、「毎日が日曜日」というわけです。かなり自虐的な表現ではあります。私の場合は、ありがたいことに、いまのところ「サンデー化」は避けられそうです。
 今日は「花のフリーター」のスタート日ですが、午前10時には「お仕事」が入っています。私は熊本県の教育委員を務めていることから、「平成30年度新規採用職員辞令交付式」に出席するのです。新採用の教員たち一人ひとりが名前を呼ばれて起立していきます。すばらしい「初仕事」になります。