Short shot : 部屋の反響 2019/03/31 Sun (5:53am) 6261 continued from yesterday
39年と6ヶ月の机に感謝。38年間の研究室に感謝。センターが新築されたとき、研究室は何もない空間だったが、フロアーに電話機だけが置かれていた。これから引越ということで部屋の掃除をしたのである。そのとき電話が鳴った。NHK熊本放送局からで視聴者委員への就任依頼だった。お名前は忘れたが、先方は女性で、お顔はしっかり記憶している。それから随分経ってから、熊本市の社会教育に関わる委員会でご一緒した。何も置いていないカラッポの研究室で電話で話す自分の声が響き渡った。電話が終わって手を叩くと「パンパン」と反響した。一昨日、同じことをしたら、すっかり片付いた部屋でそれなりに響いた。日記には(3月29日12:55pm)と記した。 |
高さんからの手紙(106) 2019/03/31 Sun 6260 continued from 3/24
高さんは手紙の最後をこの次のように締めくくっている。
貴兄の熊本大学での授業にも興味があります。チャンスがあれば一度聴講したいものです。福岡で講演などあればお知らせ下さい。最近の集団力学研究所のHPもなかなかのもの。杉万氏の動画も見ました。しかし60歳代はまだまだ青年期です。お元気でご研究のますますのご発展を心から祈ります。杉万所長にも会われましたら何卒よろしくお伝え下さい。明日も「味な話」を楽しみにしていますよ。どうぞお元気で! 平成23年6月8日太宰府にて
文末には[追記]として、「研究所の歴史のところは年代等かなり小生の思い違いもあると思います。お含み下さい」とある。
私がこの連載を始めたのは2017年4月13日だった。最初のタイトルは「6年前の手紙」としていた。その日付は2011年6月8日である。「吉田学兄」の宛名からはじまった「手紙」はA4判で14ページと長崎造船所のプロジェクトに係わる写真2枚で構成されていた。私は一気に読んだが、すぐに「ホームページ掲載」の許諾を得た。三隅教授が設立した集団力学研究所の記載があるが、私も2006年から10年までの4年間、三代目の所長を務めた。 |
熊本大学卒業 2019/03/30 Sat 6259
昨日は仕事場である「熊本大学教育学部附属教育実践総合センター」の机で日記を書いた。これが最後の机利用となった。職業人生のスタートは27歳で九州大学の助手になったときである。それから2年後に鹿児島女子短期大学に講師として採用された。ここに1年半お世話になってから「熊本大学教育学部附属教育工学センター」に採用された。そのときは30歳だった。
その後、職場の名称が「教育実践研究指導センター」「教育実践総合センター」と変わったが、助教授、教授となって65歳で定年を迎えた。さらに熊本大学シニア教授として5年間勤め、最後は教職大学院で刺激的な2年間を送った。そして今年度70歳の再雇用定年を迎えた。
職業人としての生活が43年、熊本大学が39年6ヶ月になる。日記を書いた机は赴任したときに当時のセンター長吉良偀(すぐる)先生が準備してくださっていた。両袖で幅の広い立派な机に30歳の私は感激し、「しっかり仕事をしなければならない」と心から思った。セットの椅子も大きく深々と座れた。まだセンターの建物はなく、教育学部3階の3部屋が分室とされていた。
ともあれ、明日3月31日をもって熊本大学を無事に卒業します。 |
校長職と公開講座 2019/03/22 Fri 6258 continued from 2/12
附属中学校の校長になった2002年度の「公開講座 リーダーシップ・トレーニング」をどうするか。附属学校には実質的に校長の職務を全うできる副校長がいる。私が校長になった年には松岡謙二氏が新任の副校長として赴任された。松岡氏は教育面は当然として、学校組織の管理者としてトップクラスの力をお持ちだった。「青天の霹靂的衝撃」によって校長になった私が何とか職務を果たせたのは松岡副校長の力があってこそである。この年は教頭も藤本康氏で新任だった。つまりは管理職がオール新任ということになったのである。
ただし、お二人とも附属中学校で教諭として勤務されていた。そして、私の職場は附属中学校の目の前にあったから、当時からお互いによく知っていた。これは私にとって大いに幸いした。そんなことから、校長の仕事そのものはそれなりに果たしていけたが、さて公開講座をどうするかである。
校長は学部の教員が兼任することから、大学人として公開講座を担当するのは問題はない。ただ、それまで10年間に亘って続けてきた、一日8時間、3日連続のスケジュールを入れるのはどうかと考えた。そして、3日連続は避けた方がいいだろうとの結論に達した。 |
Short shot : 今月の写真(2) 2019/03/28 Thu (5:21am) 6257
写真の2枚目は「阿蘇 大観峰」です。阿蘇はユネスコのジオパークに指定されていますが、外輪山の規模は世界最大級とされます。その巨大さは東西18km、南北25kmと言いますから半端ではありません。その中に町があり温泉があり、そして人が住んでいるのです。また、1963年には国立阿蘇青少年交流の家(当時は「阿蘇青年の家」)が開設されました。これは御殿場の国立中央青少年交流の家につぐ第二番目のものです。私も様々な機会に出かけています。最近は教員免許更新講習の会場にもなっています。ともあれ、大観峰はその名の通り、外輪山とその中の光景を一望できる、この世でも最高のポイントの一つなのです。 |
マニュアル問題(85) 2019/03/28 Thu 6256 continued from 2/21
そもそも「マニュアル」は冗長性が高い。そこには「読まなくてもいい」ものまで含まれている。もちろん「いらないもの」ではないとしても、類似のマニュアルと「重複している」ことや「ほとんど常識」であることが圧倒的に多い。たとえば、電気製品の取り扱い説明書は私たちが使う「マニュアル」の典型例である。そのすべてに「安全上のご注意」なるものが記されている。これをしっかり読み込む人がどのくらいいるだろうか。
マニュアルには危険性の程度によって3段階の説明がついている。まずは「危険」とされるもので、これは「死亡や重症を負うおそれが大きい」ものである。つぎは「警告」だが、こちらは「死亡や重症を負うおそれがある」とされ、「注意」となると「軽症を負うことや、財産の損害が発生するおそれがある」になる。この文言だけ見れば、「絶対に読まなければとんでもないことになる」ものばかりである。何せ自分や他人の命を失うかもしれないのである。素人としては、重症と軽症の区別はよくわからないが、どちらにしても避けるべきことである。また財産の損害が生じては困るに決まっている。ただし、文末はすべて「おそれがある」である。 |
Short shot : 今月の写真(1) 2019/03/27 Wed (6:43am) 6255
あっという間に時間が経っていきます。今月の表紙写真について説明をし忘れていました。毎回、「その月」に撮ったものをピックアップしているのですが、今回は3月の阿蘇でした。まずは小国町にある「鍋ヶ滝」です。滝そのものは落差が10m、幅が20mほどなので小規模なものです。ただし、滝の内側に入ることができるという魅力的なスポットです。数年前にペットボトルのお茶のCMで使われて人気スポットになったといいます。小国と言えば黒川温泉です。この写真も家内と黒川温泉に出かけたときに撮ったものです。熊本在住40年目を迎えた私ですが、この滝は初めてでした。秋は秋ですばらしい紅葉でしょう。 |
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(27) 2019/03/27 Wed 6254 continued from 3/20
これまでの研修、誠にありがとうございました。初めて同僚の先生方に自分についてアンケートを取りましたが、正直辛かったです。しかし、そんな私と違い同僚の先生方は温かく笑って受けてくださいました。2回目ともなると爆笑でした。あのアンケートで一気に職員室の空気が変わったことで私自身も救われましたし、アンケートや10年研を通して会話が広がったりと良いことがたくさんありました。そして、そんな職場で働きかけて、花が好きになり、コーヒーの薫りが好きになり、自分が変わっていくのを感じました。これからは花を育てていきます。(小学校教諭 男性)
同僚からの期待を聴くのは、それがある種の「評価」であることから、その人が置かれた状況次第では「正直辛い」こともあり得る。私は「トレーニングは最悪でも『効果0(ゼロ)』でなければならない」と言い続けてきた。しかし、自分が設計する「トレーニング」は人と人との関わりと直結しているから、「効果マイナス」のリスクを抱え続ける。それは宿命なのである。そうした中で、「花を育てていく」ほどプラスに「転じた」教師がいたことを知ると、私も嬉しくなる。 |
浜田知明と「初年兵哀歌」(6) 2019/03/26 Tue 6253 continued from 3/19
「初年兵哀歌」はまだ終わらない。「七日七日の日曜も めぐり合わす祭日も 嫌な古兵の洗濯で 涙で送る日の長さ」。軍歌に「月月火水木金金」というものがある。ここには「日曜日」がない。そもそもの発信元は大日本帝国海軍である。「海軍は日露戦争勝利後も、『勝って兜の緒を締めよ』とばかりに休日返上で猛訓練を行っていた。1908年(明治41年)に津留雄三(当時海軍大尉、のち海軍大佐)が、『これでは、まるで月月火水木金金じゃないか』とふと同僚に漏らした言葉が、やがて海軍中に広まったものとされる」(Wikipedia)。
とにもかくにも初年兵には「休日なし」というわけだ。しかも「いやな古兵の洗濯」で明け暮れるのである。これでは体だけでなく、心の健康にも悪いに決まっている。その上、少しでも汚れが落ちていなかったりしたら、それこそ「懲罰」の大口実となる。つまりは「いじめ」が正当化される。それも、そうした行為を「集団」で実行するとなると、罪悪感は雲散霧消し、暴力行為はさらにエスカレートする。そうなると、「これは自分たちの欲求不満による八つ当たりなのだ」と冷静に分析する力が失われる。 |
第一線とトップの責任 2019/03/25 Mon 6252
レオパレスという名前は随分と昔から知っていた。それがいま大変な状況にある。細かい事情は措くとして、社長の会見記事を読んだ(2月8日熊本日日新聞)。
まずは問題が発覚したことに「率直に驚いている」という。つまりは「現場で起きていることをまったく知らなかった」のである。また、コスト削減が目的だったのではとの質問には「建築現場の作業効率を上げるのが一番の目的だった」という。どんな仕事でも「作業の効率化」は必要なことだ。しかし、それをトップが「叱咤激励(?)」すれば、「コスト削減」とほとんど同義語になるのである。そして、施工不良の原因を問われて、「現場の法令順守意識の希薄さと情報共有の体制が不十分だった」と答えている。
新聞記事では会見時の発言のニュアンスは伝わってこないが、これを読む限りでは、「現場の意識の問題」が主たる原因だったという印象を与える。「情報共有体制」の不備について言及してはいるが、トップの責任についてはかなり曖昧な表現である。今日では、トップには「現場の法令順守意識」を維持し続ける働きかけや態勢づくりをしておくことが求められているのである。 |
Short shot : 筒香選手の提言 2019/03/24 Sun (6:29am) 6251 continued from 3/18
DeNAの筒香選手がスポーツ教育で勝利第一主義が支配的になっていることに関して記者会見で発言した。「指導者は子どもと同じ目線で歩み寄り、信頼関係が生まれて必要なのだ。それで子どもたちが成長していく」といった内容である。記事によれば「指導者が変わることを求めた」という。自分が関わっている野球界でも勝利至上主義が子どもたちのけがにつながっていると批判した。「連投、連投で肘や肩の故障が小中学生に増えている。メンバーが固定され、試合に出られない子どももいる」と指摘している。つい最近、新潟の高野連が投球数を100球に制限することを導入すると発表し、日本高野連が再考を促して話題になっていた。 |
高さんからの手紙(105) 2019/03/24 Sun 6250 continued from 3/17
「高さんからの手紙」もいよいよ終わりに近づいた。ともあれ、手紙の最後の部分を見ることにしよう。
つまらない話を長々と誠に申し訳ありません。なにしろ毎日が日曜日なので!こんなに永い手紙を書いたのは生まれて初めてです。この手紙も断捨離OKです。なにやら遺言状みたいになりましたが、まだまだ元気で遊んでいます。熊本大学は後3年前後とか。時の経つ早さに驚きます。長崎をはじめ日立造船(あれがPMTでは一番楽しかった)等など貴兄の永きに亘るご支援に心から感謝しています。
私の先輩たちの間では「サンデー毎日」という言い回しが流行っている。同誌は毎日新聞出版の週刊誌だが、それをもじって「毎日が日曜日」というわけだ。ここで引用されている「日立造船」とは、長崎に続いて日立造船堺工場で展開されたプロジェクトで、第一線監督者である作業長を対象にしたリーダーシップ・トレーニングである。PMTは「PM式リーダーシップ・トレーニング」の略称で、三隅教授をトップに展開された「リーダーシップPM論」をベースにしている。高さんから「あれがPMTでは一番楽しかった」と言われては、私としては感激するしかない。 |
丹羽宇一郎著「死ぬほど読書」(5) 2019/03/23 Sat 6249 continued from 3/16
丹羽氏によれば、「理解できない本」があっても、「大事なことが書いてありそうだから」無理に読もうとすることがあるという。わたしにも同じような傾向がある。そして、「ある経済学者の本は每回、途中までしか読むことができませんでした。その著者の本は目次を眺めると、興味をそそられる見出しがズラリと並んでいます」。まずは看板倒れということか。
「でも実際に読み始めると、論理構造がどうもしっくりこない。著者の頭がよすぎるのか、飛躍がたくさんあってついていけない」。その著者は専門雑誌に投稿する論文と同じ調子で書いているのかもしれないが、「論理構造がしっくりこない」「飛躍がたくさんある」と言われてはおしまいだ。失礼ながら、とりあえず丹羽氏の判断を正しいとすれば、たとえ専門雑誌であっても、「飛躍」があれば論文として批判されるべきである。
そもそも社会科学の研究で、著者が頭の中で飛び回っていてはまずいに決まっている。もちろん、「飛躍がたくさんある」のが「頭がよすぎる」からでないことは誰でもわかっている。それでも、きつい皮肉を挿入したくなるほど、丹羽氏はカチンときたのだろう。 |
公開講座「リーダーシップ・トレーニング 2002」の衝撃 2019/03/22 Fri 6248 continued from 2/12
「公開講座シリーズ」の続きです。
それは2002年1月10日のことである。当時の学部長から電話が入った。「あなたに附属中学校の校長になっていただきたい」とストレートに言われた。これを聴いてまずは大いに驚き、即座に「それはむずかしい」といった返事をした。人生を〝Yes man〟として過ごしてきた私としては、これは「数回目(?)」の〝No〟だった。息子が小学生のとき、所属していたサッカー部の責任者である保護者から、「審判が少ないので、資格を取ってほしい」と言われた際に、反射的に〝No〟と回答した。これを含めて、記憶している限り「人生2回目の〝No〟」だったのではないか。
とにかく想像だにしなかったことで、附属学校の校長の仕事がどんなものかも知らなかった。それに、当時は研究プロジェクトを抱えていて、その展開に支障が出るのではないかと考えた。電話では「まずは直接お会いしましょう」となった。その数日後に学部長室に出かけたが、「これは受けるしかない」と言われた。こうして、私としても承諾せざるを得なくなった。そして、その年の4月に熊本大学教育学部附属中学校長の辞令を拝受したのである。 |
Short shot : 電子賽銭 2019/03/21 Thu (5:52am) 6247
「電子賽銭」というものが出現したという(熊本日日新聞 2/28夕刊)。京都府福知山市の海眼寺は2018年にスマートフォンで決済する「ぺイペイ」で賽銭できるシステムを導入した。ツイッ夕ーでQRコードを受け取って賽銭する「クラウド参拝」と呼ばれる形式で話題を呼んだのだそうな。まあ、わが国では、公序良俗に反せず、当然として他人の迷惑にならなければ何でもありの「自由社会」である。それまでなかったアイディアで「新商品」を開発するのも知恵というものだ。ただし、「賽銭」まで「バーチャル」となれば、御利益だって「バーチャル」に違いない。私なんぞはいかに窮地に陥ってもご遠慮申し上げます。 |
マニュアル問題(84) 2019/03/21 Thu 6246 continued from 2/16
さて、久しぶりに「マニュアル問題」を思い出しました。マニュアルを読まないのは、「読むのが面倒だから」というものがありました。まことに単純明快な回答です。規則やマニュアルを守るのは仕事の大前提です。ところが、それを「読むのが面倒」ということでスルーするというわけです。
マニュアルではありませんが、つい先だってはの国会では、ある大臣が自分の所管する一大イベントの「憲章」を読んでいないことが話題、いや問題になっていました。この方の場合も「読むのが面倒だった」からでしょうか。おっと、また脇道に逸れてしまうところでした。こと「マミュアル」について、それを「読むのが面倒だ」という声を聴いてどう思われますか。
「そうした考え方そのものが大間違いだ」と絶叫されますか。そうした気持ちになられる方もいらっしゃるかもしれませんが、「大間違い」を強調しただけでは問題の解決は期待できません。「規則やマニュアル」は「読むのが面倒」なだけでなく、「読まなくてもすむもの」と認識されていることが多いのではないですか。組織全体に、こうした「常識」が定着していれば、「面倒でない」ものだって読まれないでしょう。 |
Short shot : うーん… 2019/03/20 Wed(5:13am) 6245
先月21日、「8500万円盗難死亡警官関与か」との見出しに目が行った(熊本日日新聞夕刊)。広島の警察署内で保管されていた現金8572万円がなくなったのは、2017年5月である。どう考えても内部の人間だと言われていたにもかかわらず解決したとの報道はなかった。そして、警察幹部や職員互助会などで資金を集めて弁償するといったニュースを見たのが2月初めだった。ところがここに来て「事件後
に死亡した当時30代の男性警察官が関与して いた可能性が高いとみて、窃盗容疑などで容疑者死亡のまま書類送検することを検討している」という。本人が関与を否定したまま亡くなったことから、ここまでかかったのか。 |
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(26) 2019/03/20 Wed 6244 continued from 3/13
吉田先生、一年間にわたり、多くのことを学ばせていただきありがとうございました。私は教員の経験は13年積ませていただいているのですが、他県から採用試験を受け直して今年度から熊本に来ました。県が違えば、学校が違えば分からないことも多く,何が分かっていて何が分からないかも分からない日々でした。そのような中、先生の研修通してチャレンジすることの大切さを再確認し、意欲を高めるきっかけをいただきました。今日のお話の中でも「めげたらおしまい」「順番を変える」「位置を変える」ことで、もっと見えてくるものがありそうだなと未来が少し明るく考えられるようになりました。今までの自分とこれからの自分をつなぐ機会になりました。ありがとうございました。(小学校教諭 女性)
教員の採用は都道府県と政令市の仕事である。したがって、他県の教員になるためには改めて採用試験を受けなければならない。私はかなり以前から、採用は現在どおりとして、各単位に「全国区」制を導入することを提案してきた。この話はすでに本欄でも取り上げたことがあるが、ともあれ13年のベテランにとって、私の研修がご本人にとってプラスだったのであれば、これ以上に嬉しいことはない。 |
Short shot : お隣同士 2019/03/19 Tue(4:52am) 6243
仏、駐伊大使召還へ=大戦以降「前例ない挑発」(2月7日 時事通信)こんな見出しに目が行った。私は知らなかったが、「両国は難民問題などをめぐって関係が悪化。サルビーニ伊内相が複数回にわたりマクロン仏大統領を『劣悪大統領』呼ばわりしたほか、ディマイオ伊副首相が5日、仏全土で続く反政権デモへの支持を表明し、対立が深まっていた」という。世界中の「お隣同士」は仲良くするのがむずかしいのである。ともあれ、わが国でこうした情報はほとんど流されていない。それに、「その事実」を知っても、「ああ、そうなんだ」で終わりではないか。われわれの「お隣」との摩擦ニュースもこれと同じなんだろう。
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浜田知明と「初年兵哀歌」(5) 2019/03/19 Tue 6242 continued from 3/12
「初年兵哀歌」はさらに続く。「夜の夜中に起されて 嫌な勤めは不寝番 もしも居眠りしたならば 行かなきゃならぬ重営倉」。
自衛隊や警察などをはじめ、様々な施設の前には警備の担当者が立っている。昼間であっても、基本的には何も起きない状況でひたすら立っているのは肉体的なものよりも精神的な強靱さが要求されると思う。ましてや、戦闘地域における夜中ともなれば、そのストレスは想像を絶する。そのうえ、「居眠り」でもしようものなら「重営倉」というのだからたまらない。
そもそも「営倉」とは、「大日本帝国陸軍に存在した、下士官兵に対しての懲罰房」である(Wikipedia)。これに「重」がついているだけに、その中でどのようなことが行われていたかは、ある意味では想像がつく。あるいは事実は想像以上のものだったかもしれない。明日の命もわからないような状況下での懲罰だから何でもありだった可能性が大きい。それも「居眠り」という「違反行為」を犯したのだから、その人間に罰を与えるのは当然だという正当化が行われる。
自分の行為が「権威によって正当化される」ことで、どんなことをしても「自分の責任」は免罪符を与えられたと合理化する。そのとき、自分のストレスを発散しているという意識は消えている。。 |
筒香選手の発言 2019/03/18 Mon 6241
「子どもの将来つぶれる」という見出しが目に入った。小見出しは「筒香選手、意識改革訴える」である(共同通信1月25日)。筒香選手はプロ野球DeNAの外野手で強打者として知られる。彼は日本外国特派員協会で行われた記者会見で、「勝つことが第一に優先され、子どもの将来がつぶれてしまっている」と発言した。筒香選手は現役だが、少年野球チームのスーパーバイザーとして指導法の改善に向けて積極的に発言しているという。
このところ、高校野球界で投手の球数制限が話題になっている。松坂、ダルビッシュ、さらには大谷までが腕の筋肉を痛め手術を余儀なくされた。球速が150kmにもなるボールを投げるのだから、その筋肉には一般人の想像を超える負担がかかるのは当然である。そうした状況で連投を重ねる高校野球のあり方に、大リーグの関係者は驚きを隠さないようだ。
高校時代の影響があるかどうかは実証できないだろうが、大谷にしても大リーグ1年目の途中で投げられなくなってしまった。それは本人だけでなく、野球を楽しみたいと思っているファンにとっても大きな損失である。つまりは、長期的にプラスを考える発想が必要なのだ。 |
Short shot : エリートの認識力? 2019/03/17 Sun (6:42am) 6240
勤労統計の不正について「特別監査委員会」による聴き取りが行われた。ところが、幹部職員を対象にした際に官房長が同席していたことが明らかになった。しかも職員に質問していたという。また課長補佐級以下では身内が聴取したこともわかっている。こうした情報が耳に入ってくると、「うーん」と唸ってしまう。この聴き取りは「外部有識者による調査」とされていたようだ。一般的に、かつ今の時代状況を考えれば、そうした場に当事者よりも上の地位にいる者が同席すれば、「それだけで誤解を招く虞がある」くらいのことには気づきそうなものである。おそらくはエリートを自認している者たちがそのあたりの判断ができないのだろうか。 |
高さんからの手紙(104) 2019/03/17 Sun 6239 continued from 3/10
高さんは九州国立博物館のボランテイア活動を振り返る「ボランティア」としてリーダーシップを執ることになった。
例によって、[(1)ブレーンストーミング (2)KJ法による分析 (3)問題点のまとめ (4)改善案の作成]という、長崎以来のプログラムです。博物館側からはなにしろ交通費等を含めて報酬一切なしのボランテイア集団だから5時間もの研修に果たして何人参加するかという危惧がもたれましたが、最終的には84%の参加率で意外と喜ばれました。調子に乗って最終日には集団決定まで実施しました。89頁(2006年8月13日)〜95頁まで。まさか73歳でボランテイア集団に集団決定をするとは思ってもいませんでした。効果があったかどうかは不明です。30頁(2005年9月18日)に白樫三四郎氏も登場します。その他は読んでも意味なしです。
記載されているページは、高さんが書いた「九国博ボランティア日記」で、「高禎助 九国博」で検索するとトップに出てくる。スタートは2005年5月20日だが、写真とともに活動の様子が窺える。私には1970年初頭の三菱重工業長崎造船所における「全員参画による安全運動」の光景と重なる。最終回は2008年4月13日の「第300回」と区切りが良いのはいかにも高さんらしい。
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理解できない本の責任は? 2019/03/16 Sat 6238 continued from 3/09
丹羽氏は著書「死ぬほど読書」で、本を選ぶ際に「タイトルに釣られるな」と強調し、「私が本を買う決め手とするのは、目次です。書店で本を手にしたときは、まず目次をじっくり読みます。目次を見れば、どういう内容なのか、どういう構成で展開しょうとしているのかがほぼわかる」と述べている。私はと言えば、本を買う前に「目次」を「チラリと見る」ことはあるが、「じっくり読む」なんてことは人生の中で一度もしたことがない。本を手にして「パラパラ」とめくって「面白そうだ」と思ったらすぐ手に入れる。これが私の書籍選択法である。学校教育的には最悪の方法として「〇」はもらえないだろう。
ただし、丹羽氏の「死ぬほど読書」は氏が言う「あざといもの」ではなく、私としては十分に満足した。そこで、さらにその内容で面白い部分や共感できるところをフォローしてみよう。その一つに、「理解できない本は著者にも問題がある」との項があって、なかなかいいことが書かれていた。それは、「読んでいて、なかなか読み進められない本があります。単に面白くないだけなら、そこで読むのをやめてしまえばいいのですが、なかには読みにくい文章でありながらも、何か重要なことが書いてありそうだから頑張って読んでみようという本があります」からはじまる。 |
Challenge the 人生(12) 2019/03/15 Fri 6237 continued from 3/08
「えっ、お礼ですか」という私の疑問に、電話の向こうでAさんは続けた。
「ええ、研修で決めたことを『今さら』という気持ちと戦いながら実践しました。そして、退職の日を迎えたのですが、何と部下たちから気持ちのこもった寄せ書きをもらったのです。そのとき私は声が出ないほど感動しました。私が自分の行動を変えないままでいたら、皆から胴上げされた途端に手をはずされて全身がフロアに叩きつけられてもおかしくない、そんな関係だったのです」。Aさんはここまで一気に話してから、少しばかり息を吸い込んで続けた。「それが寄せ書きなのです。私にとって研修のときに書いた『行動目標』とこの『寄せ書き』が人生の宝物になりました。そうなんです、私にとって『奇跡』が起きたのです。まさに『奇跡』『奇跡』なのです、先生…」。
私はこのときこそ、「Aさんには『あのフレーズ』がピッタリだ、今こそ使うべきだ」と確信して、つばを飲み込み、できる限り落ち着いた声を創って電話で呼びかけました。「Aさん、いま『奇跡』ということばを3回も使われましたね。そうです、私も『奇跡』だと思います。そしてAさん、ここで大事なことがあります。『奇跡』は求める者にのみ起きるのです」。電話の向こうでAさんの嬉しそうな顔が浮かんだ。
Aさんは〝Challenge the 人生〟で「奇跡」を実現したのである。そして、そんな発言をした私も「われながら、何という格好良いことを言っているんだ」という自己満足感に浸っていた。 |
コインの刻印かすれ 2019/03/14 Thu 6236
歴史のある企業の不祥事やトラブルに慣れっこになっていることに不安を感じる。今度は宇部興産の問題である(10月3日 熊本日日新聞)。同社はポリエチレン製品などの検査不正問題が発覚したことから、補充調査を行ったという。その結果、「国内外のグループ会社で新たに2件の不正が見つかった」と発表した。
スペインにある「ウベコーポレーションヨーロッパ」で、客と取リ決めた試験をせずに、コンピュー夕で同じ数値を成績表に記載し続けていたらしい。それも1997年ごろからのことだという。その製品はヨーロッパにある18の会社に出荷していた。ほとんどお決まりの「品質や安全性に問題はなかった」とのコメント付きである。不正が判明した後は正常に戻っているというが、記事にはそれがいつのことかは記されていない。
「今度は海外でもか」とつい嘆息したくなる。それも、「少なくとも1997年ごろから」と言うのだから、これまた、私がこのごろガックリしている「前世紀末からのこと」なのだ。個人、組織を問わず、「責任と誇り」はコインの両面である。いまや、そのコインの表も裏も風化して、刻印自身がかすれているのではないか。 |
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(25) 2019/03/13 Wed 6235 continued from 3/06
吉田先生、一年間大変ありがとうございました。先生の研修を通してリーダーシップをとる一員なのだという意識を持って頑張ることができました。自分の仕事内容や頑張りを他の先生方はどのように思っていらっしゃるかなと思っても自分ではなかなかたずねられませんが、先生の研修のおかげでとてもよい機会をいただきました。先生方からいただいた評価が励みになりました。先生のお話はいつも楽しく、その中に大切なことがたくさん込められていて、本当に勉強になりました。「確率よりも確実を」という言葉を心に留め、謙虚さを大切に頑張りたいと思います。吉田先生の研修をまた受けられる日を楽しみにしております。(小学校教諭 女性)
こんなに評価していただけるから、トレーニングは止められない。「確率よりも確実を」は組織の安全について話すときに使う「ワンフレーズ物」の一つである。学校においても多くの問題が発生する。そのとき教師はそのほとんどすべてのことで責任を負わされると言っても過言ではない。そんな緊張感の中で先生たちにしっかりとリーダーシップを発揮してほしい。それが期待できる声が聴けるのが嬉しい。 |
浜田知明と「初年兵哀歌」(4) 2019/03/12 Tue 6234 continued from 3/05
「初年兵哀歌」はまだ続く。「日は早落ちて月が出る 古兵の履いた泥靴を 月の光に照らされて 磨く我等の哀れさよ」
いつの時代も新人の駆け出しはつらいものだ。古株の泥靴を月明かりの下で磨かされる。これも修行で、そのうち自分が古年兵になったら「思いっきりしごいてやるぞーっ」とばかり、そのときの場面をイメージした者もいるだろう。こうして、「いじめ」や「暴力」が代々に亘って引き継がれていくのである。
社会問題になっているDVや虐待も、加害者自身が親たちから同様のことをされていた被害者であるケースが少なくないという。長い年月の間に心の底に抑圧されたエネルギーが同様の行為を引き起こす。それが事実であれば、その暴発をどうやって止めることができるか、現代の大きな課題である。一般論としては、まずは抑圧したエネルギーの開放が欠かせない。そのために、まずは、「ひどい仕打ちを受けたのは本人が悪いからではない」という事実を心から理解し、納得できることが求められる。さらに、世の中には、その気持ちをわかってくれる人がいる」ことを体感するのもきわめて重要だと思う。ここが出発点になるのではないか。 |
テレビに映ってますよ! 2019/03/11 Mon 6233
つい先だって、駅の待合室に行くとテレビで国会中継中だった。時間は15時40分ころで、ちょうど与党の委員が質問をしていた。政府側の席には安倍総理をはじめ閣僚が並んでいる。画面で見る限りでは安倍総理も疲れ気味のようだ。あるいは、事前に提出された項目を与党の委員が質問するので、ゆったりしているのかもしれない。そのお隣の麻生財務大臣は配付された資料に目を通している。
画面が質問者に戻ると記憶にある顔が見える。元大阪府知事の太田房江氏である。しっかりと目を開けて質問を聴いている様子である。また、最前列に立っている質問者のマイクの向こう側にややふっくら気味の男性議員がいる。この議員に向き合う形でごま塩感のある年配の男性が映っている。この人、ときおり顔が動くと、あくまで見た目ではあるが、やや強面感がある。じつはこの二人は私がテレビ画面を見たときから「私語っている」のである。それも満面の笑みと表現すれば言い過ぎになるが、とにかく笑顔の会話が楽しそうなのである。どう見ても、質疑応答を聴いているとは思えない。議員の皆さん、全国中継されてますよ。 |
Short shot : 両親の学校 2019/03/10 Sun (6:06am) 6232 continued from 2/17
父の「年収メモ」には「門司商業学校 昭和9年卒」とある。母は「福岡県朝倉実業学校 昭和18年卒」である。家屋は「持ち家ナシ」で公務員アパートのは14坪と記されている。父はさらに上の学校に行きたかったらしい。しかし、両親にはそうした余裕はなく、就職と相成った。姉がいたが、おそらく結核だと思われる病のため、若くして亡くなっている。あとは兄弟四人で、父はその二番目だった。母が卒業した学校について話した記憶はほとんどない。卒業後はどうしていたのかわからないが、もうすぐ18歳というころに父と結婚した。そう言えば、私も自分が通った学校のことを子どもたちと話した記憶はないなあ。 |
高さんからの手紙(103) 2019/03/10 Sun 6231 continued from 3/03
信愛女学院の退職後、高さんは九州国立博物館ボランティアとして活動している。このあたりの状況もまた面白い。
最初の3年間「九国博ボランティア日記」なるブログを書いていました。今年(2011年)の3月これを電子書籍にしました。ただの日記で面白くもなんともないのですがタダです。現在のところ高禎助で検索するとトップにでてきます。(高禎助という名は日本では小生だけらしい)iPad用ですが普通のパソコンでも「ファイルを直接開く」をクリックすれば読めます。サイズを100%に縮小が必要。実はこのボランテイア中1年目の終わり頃のことですが、博物館側からボランテイア活動も1年が経過したので「ボランテイア活動をこのあたりで振り返って今後の参考にしてはどうだろうか」という話があり、つい「ああそれならKJ法など使えば面白いかも」等と言ったのが運の付で「それならお前さんが研修の世話人をやれ」となり結局6回のミーテイングを担当しました。
ここでも、高さんの一言が、「それではあなたにしてほしい」につながった。これぞ「人から求められる」モデルそのものである。それまで培ったスキルやノウハウが活かされるのだから最高である。 |
Short shot : 悲しき命名 2019/03/09 Sat (2:22pm) 6230 continued from yesterday
「心愛」という名前の子どもが命を絶たれた。情報は警察からのものに限定されているが、時間とともに父親の問題が止めどもなく出てくる。「心愛」という名前が悲しさに追い打ちをかける。「心を愛する」「心から愛する」こととは真逆の行動には驚きを超えて、それが真実であるとは信じがたい。十分な食事を与えない、シャワーの水を浴びせ続けるなどの行為が死に至らしめたとすれば、それはもう殺人行為と変わらない。動画まで撮っていたという。父親は外ではごく普通だったらしい。こうした二面性の分析も求められる。 |
キャッチコピーに釣られて? 2019/03/09 Sat 6229 continued from 3/02
丹羽宇一郎著「死ぬほど読書」は「タイトルに釣られるな」と強調する。それに広告も含めた方がいいかもしれない。少し前の新聞広告に、「長男が自閉症、妻がうつ病で自殺未遂、自分は大企業で左遷」といったコピーとともに、佐々木常夫氏の「人生は理不尽」が載っていた。いま手元にその新聞がないので、文言の正確さは保証できないが、およそそんな内容だった。
ともあれ、これはもう読むしかないと思い、ほとんど衝動的に手に入れ、あっという間に読んだ。私はそれまで佐々木氏のことを知らなかったが、その後、数人と本を話題にしたところ、超有名人だった。そのうち二人は実際にご本人を講演に呼ばれた組織の方だった。とくにお一人は氏のすごさを称賛された。また三人目の方は講演料を訊いて「とても呼べないと思った」とのことだった。その額は確かに「とても無理」と思わせるレベルだった。
ともあれ、読み進むにつれて、私にはとてつもない辛苦を超楽観的に克服する姿が伝わってきた。その点で読者に勇気を与える一冊だと思う。ただ、何とも曖昧な表現ながら、「それだけ感」が漂ってきた。活字も大きく、だからすんなり読めるのだが、「今ひとつ感」なのである。世の中には、こんな曖昧な評価をする天の邪鬼がいるから、著者も悩ましいことだろう。 |
Challenge the 人生(11) 2019/03/08 Fri 6228 continued from 3/01
年末の研修で、受講者のAさんは「あと3ヶ月で退職」という状況で、「今さら」ながら「リーダーシップの発揮にトライしてみる」と言われたのでした。それから、いつものように月日は飛ぶように過ぎていきました。そして新年度を迎えた4月のある日のことです。あの逆転満塁サヨナラホームランを放ったAさんから電話があったのです。
「もしもし、吉田先生ですか。昨年末に研修でお世話になったAです。憶えておられますか…」。あの忘れようのない懐かしい声が研修最後の笑顔と一緒になって受話器の向こうから飛び込んできました。「いやあ、お久しぶりですAさん。もちろんです、憶えていますよAさん。あのとき、3月にご退職とお聴きしていましたが、その後いかがですか」「はい、おかげさまで親会社から第二の就職先を紹介してもらって元気にやっています」「いやあ、それはよかったですね」「ありがとうございます。じつは先生にあることをご報告して、お礼も言いたくてお電話しました」。
あの会社は面倒見のいいことで知られていた。Aさんも無事に再就職できたのである。そして律儀のもそれを私にもお知らせいただいたわけだが、私は「えっ、お礼ですか?」と問い返した。 |
Short shot : お久しぶりのインフル 2019/03/07 Thu (5:44am) 6227 continued from yesterday
それにしても、この前にインフルエンザをゲットしたのはいつだっただろう。もう記憶にないほどの大昔である。何分にも罹患者230万人と言うから、日本人の50人に一人はインフルという状況なのである。私は自分の誕生日を予防接種の日と決めている。それが効いたのかかどうかわからないが、とにかく高熱が出なかった。瞬間最高が8度1分程度ですんだ。その後も7度台が少しは続いたので、これがインフルとの戦いだったのかもしれない。とにもかくにも前期高齢者も折り返し点を過ぎた。インフルそのものだけでなく肺炎が命取りになる年齢である。もちろん、玉三郎お勧めの肺炎球菌の予防接種も終えてますよ。
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桜田さんのサプライズ 2019/03/07 Thu 6226
五輪担当の国務大臣桜田義孝氏は国会における答弁や他の機会での発言で顰蹙を買っている。とりわけ「オリンピック憲章」を読んだことがないというのにはかなり驚いた。ただ、サポートすべき官僚たちにもその間の事情を訊きたくなる。「大臣、少なくとも『憲章』はご理解いただいておかないといけません。私どもが解説いたしますのでお時間をお取りください」。このくらいの助言はあってしかるべきだと思うのだが、事実はどうだったのだろう。
私が附属中学校の校長になったときも、学校行事や校長の仕事について説明された。いわゆるレクチャーである。それが常識である。この助言を桜田氏が拒否したのなら論外だが、その辺りがわからない。官僚がそうした進言もしなかったとすれば、これまた大いなる疑問符が付く。
その桜田氏だが、新聞情報によれば、「大工として働きながら大学に通い、20代で建設会社を立ち上げた苦労人」ということである。本当は、こうした人生の苦労を味わった人にこそ庶民の立場に立った政治をしてほしいところだ。しかしながら、これまでのところ、そうした期待に応えてもらえる雰囲気が今ひとつだなあ…。 |
Short shot : インフル ゲット 2019/03/06 Wed (5:57am) 6225
インフルエンザが大流行で、罹患者は230万に達するという。じつは、私も1月にめでたく「A型判定」をゲットした。当初は8度1分の熱が出たので念のため病院に行って検査を受けた。その結果は「陰性」だった。その後は熱も7度台まで下がったので、単なる熱発くらいと思っていた。ただし、それから咳が出はじめてすんなり止まらない。そこで耳鼻科へ行った。チェックはしたと伝えたが、医師から「そんならいいですね」と言われて、「いや検査します」よ答えた。何せ「リスクマネジメント」は私の大事な仕事である。その線に沿った行動をしないといけない。そして再検査で「お見事、当たーり」になった。 |
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(24) 2019/03/06 Wed 6224 continued from 2/27
これまでの10年の経験をふり返ったとき、自分の課題や反省ばかりに目が向き、他の先生方が自分をどう思っているのかは考えにありませんでした。これからの教職人生は成長より結果に期待されると思っています。そのため、自分はどのような教員であり、何ができ、何を目指すのかが、この9ヶ月の研修で得られたと思います。楽しく元気に仕事を果たし、よりよい人間になることを心に留め、、明日からがんばっていきます。御指導ありがとうございました。(小学校教諭 男性)
総体的に教師は生真面目である。そんなことから、「反省」ということばが頻繁に使われる。この教諭も「他者を意識したことがなかった」と反省している。その結果として新たな目標を見出すことができたというのだからすばらしい。
そもそも「反省」とは「自己の過去の言動についての可否、善悪などを考えること(日本国語大辞典)」である。それは自分の過去をできる限り客観的に評価することなのだ。その中には「可」も「善」も含まれているのであり、「否」や「悪」ばかりを見つけ出してしょげることではない。しっかり「反省」して過去の自分をほめることがあっていいのだ。 |
Short shot : 識別力の鬼っ子 2019/03/05 Tue (5:28am) 6223
そもそも「いじめ」とは自分(たち)と違うもの(たち)に対して行われる攻撃である。人間がロボットのようにすべて「同じ」であれば、「いじめ」も「差別」も起きるはずがない。しかし、人間はあらゆるものに価値付けをする。自分の世界の中にあるものに「良い、悪い」といった判断をする。それは生きていくために必要な能力でもある。目の前にあるものすべてを口にしていたらとんでもないことになる。偶然に出会った生きものすべてに手を差し伸べていたら食べられてしまうかもしれない。そこできちんと「識別」する能力は不可欠なのである。しかし、ここで人間は「識別」だけでなく「価値付け」をする。 |
浜田知明と「初年兵哀歌」(3) 2019/03/05 Tue 6222 continued from 2/26
「初年兵哀歌」は続く。「乾パン齧る暇も無く 消灯喇叭は鳴り響く 五尺の寝室藁布団 ここが我等の夢の床」。
尺貫法の時代である。空腹の中で消灯ラッパが鳴れば寝なければならない。寝室(?)は5尺というが、1尺が30.3cmとして152cmほどである。体格は現在と比較にならないほど貧弱だったとしても、縮こまるようにして藁の布団に(?)に寝ていたのだろう。大陸では寒さもこたえたに違いない。乾パンをかじる時間も怪しければ、体を燃やすエネルギー源すら途絶えてしまう。
「海山遠く隔てては 面会人とて更に無く 着いた手紙の優しさよ 可愛いスウチャンの筆の跡」。
故郷から遠く離れた戦地である。面会人など来るはずもない。しかも、上等兵たちからはいじめられる毎日だ。そんな初年兵たちは、親兄弟や家族、そして恋人からの手紙を待ち望んだに違いない。「可愛いスウチャンの筆跡」に心が和んだことだろう。しかし、当時の書簡は全て検閲されていたと思われるから、その内容を知った人間が「何と軟弱だ」といじめをエスカレートさせることもあったと推測する。そうした関わりが薄い者の中には、その欲求不満が暴力的な行動を引き起こす要因にもなったのではないか。 |
Short shot : ボクシングと血圧 2019/03/04 Mon (6:18am) 6221
それなりに健康には気を使っている。人間ドック35回の記録もその気持ちが行動になったものである。そこで、原則として朝夕は血圧を測定し体重を量る。もちろん、出張中などはパスになる。この土曜日の朝食後に血圧を測ろうとしたのだが、その少し前に何の気なしにWOWOWを選択していた。おりからボクシングの中継中だ。しかも、あわやノックアウトかと思えるシーンが続く。それを見ながら血圧計のボタンを押した。いやあ、驚く勿れ「150」が表示された。ありがたいことに血圧は良好で、こんな数値が出たのは初めてのことだった。血圧は変動するというが、テレビだけでも大きな影響が出ることを実感した。 |
一匹ネズミ 2019/03/04 Mon 6220
いっぴきおおかみ:群れを離れて一匹だけで暮らす狼の意 集団に属さず、独自の立場で行動する人。【三省堂 大辞林】 私は大学という組織に所属してきたから「一匹狼」の定義はあたらない。そもそも、「狼」ほど強くない。ただ、専門の仕事の領域では、やや「一匹的」なところはある。職業生活の大部分が「センター」の所属で、いわゆる「卒論指導」をする学生がいなかった。また、専門としている「グループ・ダイナミックス」の講義もしていない。さらに、三隅先生がご健在の際に共同研究なるものに参加したことはあるが、人生のほとんどは一人で仕事をしてきた。
その点で、私は「一匹ネズミ」ではある。何といっても、私は1948年(昭和23年)生まれの「団塊の世代」ど真ん中人なのだ。ネズミは人に目立たないところでちょろちょろと走り回る。私も「リーダーシップ・トレーニング」と「組織安全」の「超狭屋根裏」でチョロチョロと仕事をし続けてきた。それは「ニッチ族」と呼ぶべきか。しかし、「ニッチ族」はなかなか楽しいものである。
それに、わが大恩師である三隅二不二先生だって子年生まれなんですよね。もちろんデカさは比較になりませんが…。 |
Short shot : ルール 2019/03/03 Sun (6:31am) 6219
世の中にどうして「ルール」があるのか。その答として、「奴隸制度などの時代は権力者だけが自由で、民衆は権力者が定めたルールに従うのみ」だったが、その後に「人類がたどリ着いた知恵が、互いの自由を認め合う民主主義」で、そこでは「みんなでルールをつくる」ことになったというものがあるらしい(熊本日日新聞2月16日)。しかし、これは「ルールがある」理由ではなく、「誰がルールを決めるか」に対する答である。私の答は「人類が一人でないから」だ。地球上に一人しかいなければ「ルール」などいらない。自分が思うままに生きていけばいい。しかし自分以外に一人でも人間がいればそうはいかない。 |
高さんからの手紙(102) 2019/03/03 Sun 6218 continued from 2/24
久留米の信愛女学院を退職した高さんの次の仕事はボランティアだった。
70歳で信愛短大を定年で辞めたら、たまたまこの年に太宰府で九州国立博物館が開館しボランティア募集とのことで、これに参加し6年間を過ごし今年(2011年)の3月に引退しました。実は国立博物館ではボランティアがあまり永くいると威張って弊害があるというので、九州国立博物館で初めて3年間の任期制度をもうけたのです。したがって小生は第1期のボランティアということになります。ところが全員が急に止められても2期生が困るというわけで希望すれば3年間延長可となったわけです。
高さんは信愛女学院でもそうだったが、博物館の場合も、「いざ辞める」となると「引き留められる」ことになった。これは、その仕事ぶりが評価されたからである。それに加えて、高さんの人徳に違いない。私は高さんからボランティアの話はお聴きしていた。そもそも私は博物館めぐりが好きな人間である。出張の際は地元の博物館に出かけていた。そんな私だから高さんが在任中に行きたいと思っていたのだが、現実としては未だに九州国立博物館に行く機会を持たないままである。
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タイトルに釣られる? 2019/03/02 Sat 6217 continued from 2/23
「死ぬほど読書」の著者丹羽宇一郎氏は元伊藤忠商事社長で、2010年に民間出身では初の駐中国大使に就任している。その関係から、現在は公益社団法人日本中国友好協会会長である。丹羽氏は徹底した読書家らしく、私としてはタイトルに惹かれて内容は吟味せずに購入した。そして、すぐに読了した。
その中に「いい本を見抜く方法」という項目がある。そこには、「タイトルは…練りに練った末に決まったものも多いので、タイトルに釣られて買ってしまうこともあります。しかし、実際に読んでみるとたいしたことがなくて、ああ失敗したな、と思うことも少なくありません」と書かれている。さらに「ある編集者は、タイトルで売れるかどうかがほぼ決まってしまうといっていましたから、中身はさておき、とにかく売らんかなというあざといものも増えているのかもしれません」と続く。タイトルに目を奪われて、この本に手を出してしまった私としては大いに苦笑いした。
つい先だっては、新聞広告とタイトルに引かれて佐々木常夫氏の「人生は理不尽」を読んだ。佐々木氏のすごさは疑いないが、本としては正直なところ「うーん」だった。 |
Short shot : 課長の訪問 2019/03/01 Thu (5:47am) 6216 continued from 2/28
父の転勤にあたって、上司である課長が母を訪ねてきて話をされた。たまたま自宅にいた私の記憶では、課長の話は概ね次のようなものであった。「奥さん、吉田さんは仕事がしっかりできる人です。だから、もっと早く係長になっていて良かったはずなんです。ただ、どうも仕事では何というか頑ななところがある。それでも、私は吉田さんの力を認めているので係長に推薦したんです。とにかくちょっとだけ変わればいいんです。奥さん、これからですよ。長崎に行かれたら少し柔らかくなるよう、気をつけてあげてください…」。このときからすでに50年以上が経過したが、高校生の私はこんな聴き方をした。 |
Challenge the 人生(10) 2019/03/01 Fri 6215 continued from 2/22
Aさんの「告白」と「ラスト三ヶ月だけのリーダーシップ行動目標」の話を聴いて私は感動を覚えました。そして思わず、「いいじゃないですか。そもそも人間に『今さら』などありません、すべては『今から』でチャレンジしましょう」と大きな声で応えていました。そこにいた受講生の皆さんは、私が興奮していることを見抜いたに違いありません。
研修の大半でまったく意欲のなさそうに見えたAさんでしたから、最後の「メッセージ」の頭でいきなり「私は3月には退職するのですよ」と言われたのです。それを聴けば、誰だって「これはヤバいな」といやな予感がするでしょう。Aさんはそれを見事に裏切ったわけです。まさに研修の土壇場で、Aさんは大逆転サヨナラホームランを打ったのでした。そのおかげで、研修は私が経験した研修の中でも、とりわけ締まりのある終わりを迎えることができました。
そこで気をよくした私はいかにも準備していたかのような顔をして、「みなさん、Aさんだけではありません、『人生は〝Never Ending Challeng〟のこころ』で行きましょう」と絶叫したのでした。こんなすばらしいハプニングが起きるのですから、私が研修にやみつきになるのは当然なのです。 |
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