Short shot : 3つの組織 2019/01/31 Thu(6:25am) 6163
「学習できる組織」=「学習する組織」は必ずしも成立しない。組織だけでなく、個人でも「本当はできる」のに「しない」場合があるからである。その結果として「学習しない組織」になる。このほかに「学習できない組織」があることは、世の中で実証されている。これは官民を問わない。検査不正の自動車会社は言うまでもなく、公的な統計の不正でとんでもない問題になっている官庁などその代表的なケースである。ただし、その原因を構成員の能力に帰するのは単純に過ぎる。正直な話、日本国中で問題が明らかになった組織に所属するすべての人々が、「そもそも学習する能力がない」ほど無能だとはとても考えられない。 |
アクシデント(10 最終回) 2019/01/31 Thu 6162 continued from 1/24
なお、これまで記しました事情から、Nさん個人に対する「好感度」に変わりはございません。ただ、そうした感情とは別に、Tさまには「詳細な情報」をお伝えし、今後の展開に活かしていただくことを祈るばかりでございます。よろしくお願い申し上げます。
これまで10回に亘って「連載(?)」してきた「アクシデント」はこれで終わりになる。先週の内容から推測された方もおられると思うが、これは「横から車を当てられた事故」について、私が保険会社に提出した文書のほとんどそのままである。当初、先方の損保会社はもちろん、自分の損保会社からも「10対0」はあり得ないと言われた。まあ、それが法律の世界かとは思ったが、その後送られてきた書類には、事故の状況を記す欄がほんの数行程度しかなかった。これでは「事実」は伝えようがない。そこで「事故発生後からの経過」について私なりに文書を作成して損保会社に送ったのである。
それから2ヶ月少し経った12月に損保会社から報告があった。結論は「9対1」だった。これは熊本地震の年だったから、すでに2年以上になる。つい先だって、前・後面にドライブレコーダーを取り付けた。 |
Short shot : 3つの組織 2019/01/30 Wed(7:14am) 6161
学習する組織:複雑な状況変化に対応するため、全体のビジョンを共有するメンバーが自発的に考え行動していく組織のこと。各人は新たな知識やスキルを習得するだけでなく、思考の枠組みや行動様式そのものを変化させながら生産性を高める。アージリスが先鞭をつけ、
センゲが体系的に理論を発展させた。学習する組織へのアプローチとして、アージリスの「ダブルループ学習」とセンゲの「5つのディシプリン」がある。(コトバンク抜粋)
この世の中には、「学習する組織」と「学習しない組織」、そして第三に「学習できない組織」がある。わが国では第三の組織が世情を賑わし続けている。まことに由々しきことである。 |
Short shot : どこまでやるの、「日産」 2019/01/30 Wed(6:46am) 6160
日産の問題について新聞に表が載っていた。【11月17日 無資格検査問題の調査報告書を国交省に提出。西川広人社長は報酬の一部を自主返上】とある。カルロス・ゴーン氏の逮捕が11月19日だから、その2日前だ。そもそもは【2018年7月9日 燃費などの測定試験で結果を改ざんする不正があったと発表】【9月26日 燃費測定などの不正に関する報告書を公表。車の構造や装置の検査でもデータの書き換えが判明】 このあたりから雲行きが怪しくなってきた。そして、【11月19日 ゴーン容疑者を逮捕】【22日 ゴーン容疑者の会長職を解任】と続く。しかも、その後、【12月6日 新たな検査不正が発覚】となるから、もう声が出なくなる。 |
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(19) 2019/01/30 Wed 6159 continued from 1/23
1年間、ご講話いただき大変ありがとうございました。「教師の対人関係トレーニング」の講話を通して、自分自身の目標を「後輩の育成」と設定することができました。このことは、1年間を通して職場の先生方より客観的な評価をいただくことができ、リーダーシップという自己評価で終わりそうな行動を他者から評価してもらえたことは貴重な経験となりました。今後の糧として日々精進してまいりたいと思います。(小学校教諭 男性)
研修を通して「対人関係力」を身につける。私が担当している「中堅教諭等資質向上研修」の主要な目標である。この教師は「後輩の育成」を重要な目標として設定したわけだ。研修中に職場の仲間から自分に期待される行動について情報を収集する。それを自分の「言葉=行動」に翻訳して、その実践に努める。そして、それが皆に見えているかどうかをチェックしてもらう。こうした流れの中で行動の改善を進めていくことになる。個々の期待は教師それぞれで違っているが、この男性教諭としては「後輩を育成する」ことに注力したのだと思われる。そうした努力は「自分の成長」にもつながるに違いない。 |
Short shot : 最後の授業 2019/01/29 Tue(6:46am) 6158
昨日28日に「最後の授業」である「教育情報科学」を終えました。学生が20人弱と社会人の受講生がお一人のこぢんまりした授業でした。まだ大学院の演習がありますが、こちらは院生が4人で、いわゆる講義ではありません。これで40年以上に亘って「大学生」を対象にしてきた授業がおしまいになったのです。私は組織や団体の方にもお話しすることがありますが、もっともむずかしいのは「学生に対する授業だ」と言ってきました。いわゆる研修や講演の受講者と違って、学生の受講動機は様々ですから、全員に興味関心をもってもらうことは至難の業なのです。しかし、それによって私のスキルが磨かれたと感謝しています。 |
公開講座「リーダーシップ・トレーニング 2000」 2019/01/29 Tue 6157 continued from 1/22
公開講座「リーダーシップ・トレーニング」は3日間連続で計20時間のコースだった。これでは受ける方が大変だと考慮したのか、私のメモから「絵合わせ」といった「グループゲーム」も入れていたことがわかる。これは、われわれが集団力学研究所で開発したもので、集団の課題解決を通してリーダーシップやコミュニケーションなどのありかたをシミュレーション的に体験するものである。その解説は時間とともに精緻なものになっていったから、「ゲーム」といっても純粋なお遊びではない。しかし、受講者たちにはちょっとした息抜きになっていたと思う。
そうこうしているうちに2000年になった。20世紀最後の記念すべき年である。これまで同様に3コースを実施した。このときも夏季休暇中のスケジュールで、7月27日~29日、8月17日~19日、9月7日~9日の「木・金・土」に開講した。ここまで来て、ふと「そう言えば、このころは9月10日までが夏休みだったなあ」と思い出した。現在は10月のスタート日を含む週から後期という大学が多いと思う。さて、この年も定員は各25名だったが、A~Cまで、それぞれ21名、30名、27名に受講いただいた。 |
Short shot : 7時のニュース 2019/01/28 Mon(7:39am) 6156
今日、朝7時のNHKニュース。そのトップは「嵐の解散」について。おじいちゃんレベルでは5人だったことも新鮮? つぎが大坂なおみ選手のニュース。メンタル面で成長したことがポイントだったか。これで10分が経過して天気予報となった。それから第198回通常国会が召集されることが伝えられる。国会の召集と衆院の解散は、憲法第7条に「内閣の助言と承認により天皇が行う」とされている。総理大臣などによる施政方針演説も行われる。このニュースが天気予報のあとにくるのである。ただ、それだけのことなのだけれど…。因みに、そのつぎのニュースは全国でインフルエンザが猛威を振るっているというものでした。 |
Short shot : 父の年収 2019/01/28 Mon(6:26am) 6155
父が1966年に記したメモがある。「吉田貢の給料、手当、賞与 一切を含めて 1,007,444円(税込)」とある。これに「其の他の収入 ナシ」が付加されている。この年の大卒初任給(公務員)21,600円、高卒初任給(同)16,100円である。また各種の物価として牛乳:20円、かけそば:50円、ラーメン:70円、喫茶店(コーヒー):80円、銭湯:28円、週刊誌:50円、新聞購読料:580円、映画館:400円である(いずれも「団塊世代の思い出」)。このとき父は49歳、妻と高校3年生、中学3年生の子どもの四人家族である。父がメモを書いた動機はわからないが、税込みながら年収が100万を超えたからかもしれない。 |
遠き思い出(8) 2019/01/28 Mon 6154 continued from 1/21
センターは1997年度から「フレンドシップ事業」に取り組むことになります。この事業は文部省が希望を募ったのですが、学部から手を挙げるところはなく、センター専任の中山玄三現教授と私が「熊本大学」として引き受けました。この事業を展開する仕方は大学によって様々でした。現在の状況は確認していませんが、長崎大学では学部の事業として位置づけ、学生全員が参加していたと思います。
その後、熊本大学では学生のグループである「メイクフレンズ」を中心にした独自の展開となったわけです。これは「全国でも特異な試み」として評価されています(日本教育大学協会編
2010「教育支援人材」育成ハンドブック」第三部 p.214-220)。その末尾には「本当に利発で、しっかりした奥田さん(当時のリーダー)が印象的であった。公民館職員や関わる大人たちとコミュニケーションを通して、多様な人との関わり方を学んだのだろうと推察する。担当教員によれば、この事業に参加する学生は皆明るく、それは『子どもからもらう自己肯定感であり達成感』であろうとのことであった。学校でなく公民館をフイールドとする活動の面白さや配慮すべき点など、学ぶところの多い調査であった」と記されています。 |
Short shot : あふれる「コンプライアンス宣言」 2019/01/27 Sun(6:26am) 6153
世の中は「コンプライアンス宣言」にあふれている。しかし、その多くが「掛け声だけ」で終わっているのではないか。まあ「言うだけ」でうまくいくなら、組織の不祥事など起きるはずがない。それが具体的な行動に繋がってこそ意味がある。ただ額に入れて飾っていることで満足していては、その存在すら忘れられる。人間は網膜に映っていることをすべて見ているわけではない。目に見える世界も「マンネリ化」する。つまりは「あってもない」のだ。宣言を唱和する職場もある。いかにも日本的な感じがする。私は「唱和」は仕事仲間たちとの意思共有化の点で意味はあると思う。ただし、「唱和」するだけではその効果はどうなんでしょうね。 |
高さんからの手紙(97) 2019/01/27 Sun 6152 continued from 1/20
高さんの手紙に「たかしよいち」氏との会話があり、そこで私の名前が出たという。
私は1971年3月に大学院の博士課程を「単位取得満期退学」となった。大学院在学中に学位を取得すると「課程博士」になる。その時点で学位を取得していなければ「退学」というわけだ。その後に学位論文を提出すると「論文博士」である。私たちが若いころは「論文博士」が常識(?)の時代だった。研究人生が終わりに近づいて、その集大成(?)のご褒美といった感じがあった。このあたりの話題も話し始めると面白いが、間違いなく長くなるから、ここでは先に進む。
ありがたく「退学」させていただいてから、私は九大の助手として2年間を過ごした。そのつぎが鹿児島女子短期大学への就職で、それは1978年のことである。短大では児童教育学科の所属になったが、同じ年に「高士与一」氏が短大に赴任されたわけだ。児童文学者の椋鳩十氏の直弟子だと聴いていた。短大は担任制だったが、1年生の担任が高士与一氏で私はその副担任に指名された。その翌年10月に私は熊本大学に転職したから、途中までのお付き合いだったが、とにかくご一緒に仕事をしたのである。 |
Short shot : 前世紀の全盛期に… 2019/01/26 Sat(6:56am) 6151
機械製造のクボタがメーカー向けに出荷している生産設備の部品で検査の品質デー夕を改ざんしていた。わが国の製造業における不正に関するニュースを聴いても驚かなくなったことが恐ろしい。同社によれば一部の不正は約40年前の1977年には始まっていたという。この点が私の驚きを倍加している。つまりは「このごろ」発生したことではないのである。それがクボタに限らず、問題が明らかになった多くのケースに共通している。前世紀、まだ日本の製造業に対する信頼が厚かったと思われる時期からなのである。しかも「リストラ」が流行語になったのは1993年(web
年代流行)だから、そうした状況が原因ではない。 |
マニュアル問題(81) 2019/01/26 Sat 6150 continued from 1/19
東海村で1999年9月に発生した臨界事故は100%フェイルセーフが保証されていた装置ではなくバケツを使用していたことが原因でした。このときも、バケツを使い始めた途端に事故が起きたのではありません。数年前からバケツでも臨界は起きないとの認識で手順書をつくり、それをマニュアル化したのです。これがマスコミで「裏マニュアル」として報道され、一事は流行語にすらなったのです。
ともあれ、「バケツでも大丈夫」と考えたことの問題は措くとして、しばらくは事故が起きなかったわけです。しかし、こうした逸脱は時間の経過とともにその範囲が範囲が拡大していく傾向があります。それはまさに「慣れ」が引き起こす「負のスパイラル事象」というべきものでしょう。「もう少しは大丈夫じゃないの」。そんな気持ちと雰囲気が職場全体を包み込んでいくのです。
こうなると、「おかしい」「危ないのではないか」と思っても、それを口に出せない無言の圧力が支配しはじめます。また、全員が「言った方が良い」と思いながら、「今さら言えない」といった気持ちになってしまう。その結果として「問題に触れること自身」が避けられるようになるのです。
とりわけ安全に関わる者は、こうした「人間とそれが構成する集団」の「弱点」を十分に認識しておかなければなりません。 |
Short shot : 夢は求める者にのみ… 2019/01/25 Fri(6:56am) 6149
福寿園の社是の「五」はラストで。「資本を蓄積しよう 会社の実力は自己資本の充実である。現実に足を踏まえて、そして夢を持とう」。すべての人にとって「自分の体」が資本である。その体を健康に保つには「心の健康」が欠かせない。毎日、大事な資本を蓄積していくことで「自信」というエネルギー源も蓄えられる。これらが互いに働きかけあって相乗効果を産み出す。私は「奇跡は求める者のみに起きる」と言っているが、これは夢にも適用できる。「夢は求める者にのみ現実となる」のである。
社是は「この五つの蓄積を目標に、仕事を通じて社会の発展に奉仕しよう。そして豊かな生活を築きあげよう」で終わっている。 |
Challenge the 人生(5) 2019/01/25 Fri 6148 continued from 1/18
研修のスタートから「意欲喪失感」にあふれるAさんである。その雰囲気をグループワークにまで持ち込まれると、ほかのメンバーの意欲まで失わせてしまう虞がある。しかし、Aさんは「こんな研修など受ける気がしない」といった態度を丸出しにしたままグループワークに入ってしまった。だだ幸いなことだが、メンバーたちがしっかり大人だった。Aさんに適切な対応をしながら、自分たちに求められている役割を果たすことに専念したのである。
そうした状況が続いたものの、2日目の後半ころからはAさんの態度が少しばかり変わったような気がした。私は「研修が明日の午前中で終わるので、何もしないわけにはいかないといった気分になったのかなあ」と推測した。いわゆる「終末効果」である。あと少しで「終わり」となると、最後の力を振り絞ってがんばるわけだ。
ともあれ、Aさんの雰囲気に、少しばかり前向きの兆候が見られたものの、スケジュールは最後の3日目に入っていった。最終日は午前中で研修を終え、みんなで昼食をとって帰ることになる。このとき、私は「一分間メッセージ」と呼ぶものを入れた。そこでは受講者個々人が全員の前で研修で得たことと今後についてアピールする。 |
Short shot : 人は組織の財産 2019/01/24 Thu(6:56am) 6147
福寿園の社是「その四」は「人材を蓄積しよう 事業は人である。己れに厳しく、己れに強く、勇気をもって困難に挑み、不可能を可能にする個性を発揮しよう」。まさに「組織は人なり」、いやそれ以前に「国は人なり」である。私が学生のころ「人財」ということばを聴いて面白いと思った。また「人的資産会計」といった話も興味深かった。人は財産なのである。そうした財産も教育がなければ育たない。そして教育は「ゆりかごから墓場まで」継続すべきものである。昨今は、いやすでに前世紀末から、わが国の劣化現象が止まらない。人を大事にしない、育てようとしない組織が崩壊するのは当然のことである。 |
アクシデント(9) 2019/01/24 Thu 6146 continued from 1/17
損保会社から家内が病院に行くことをお聴きになったNさんから27日にお電話がありました。家内の状況をご心配になり、「しっかり治療をしてください」と言っていただきました。当初から「好感」をもっていたNさんですが、改めて「素晴らしい方だ」と思いました。
その電話でそうした私の心情をお伝えするとともに、「ご自分から100%責任がある」と言われたことにも触れました。Nさんはこれを否定されませんでした。そうしたことから、「Nさんはやはりいい方だ」とホッとしました。そして、「損保のSさまからお聞きしたこととはちょっとちがうな」と思いました。
大変長くなってしまいましたが、私としては「事実は一つ」という気持ちで本件について述べさせていただきました。もちろん、本状をSさま、Nさまにご呈示いただいてけっこうでございます。多くの処理を手がけていらっしゃるTさまには、単なる接触事故で私のために貴重なお時間を割いていただくことになり、まことに申し訳なく思っております。しかし、私とっては「大きな事故」であり、私なりに立場を明らかにさせていただきたいと考えた次第でございます。 |
Short shot : 「積み重ね」と「変化」 2019/01/23 Wed(8:36am) 6145
福寿園の社是「その三」は「技術を蓄積しよう」である。「利は元である。創意と工夫によって、価値ある商品を生みだそう」。「利は元である」は商売の素人にはよくわからないが、「創意と工夫」は十分に納得できる。仕事は日々が「創意と工夫」の連続である。創る者が成長しなければ、できあがるモノも育つわけがない。それも毎日のことだから「小さな」ものであるべきだ。その意味では「小さな工夫」の積み重ねが「創」につながる。そして、いつの日か、気づいたときは「大変化」なら、こんなすばらしいことはない。 |
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(18) 2019/01/23 Wed 6144 continued from 1/16
軽快な語りと困難に対してもポジティブに向き合われる様子に、研修のたびに元気をいただきました。なにより、グループの先生方と様々な話ができることがこの研修の楽しさでした。先生方の様々な価値観を知れたり、指導法をうかがうことが良い学びとなりました。ありがとうございました。(小学校教諭 女性)
この研修がスタートしたときは「教職10年目」の教員が対象だった。もっとも、採用されたときの年齢には違いがあるため、まったく同じ年齢層ではなかった。また中学校では教科の違いもある。もちろん学校も人間集団であるから、その風土や対人関係は様々である。とりわけ10年目ともなれば、学校のなかでも中堅として位置づけられ、それに応じた仕事をすることが期待される。その実現には、管理職である校長や教頭は言うまでもなく、周りのサポートが重要な役割を果たす。さらに、そうした環境に恵まれていたとしても、やはり「似たような立場」の人間たちと「仲間になる」ことが成長にとって大きな力になる。
その点で、研修において「様々な価値観」や「指導法」についての情報を得たことは教師生活の充実に役立つはずである。 |
Short shot : 「回転と摩擦」で円くなる 2019/01/22 Tue(6:36am) 6143
福寿園の社是の「二」は「得意先を蓄積しよう 商いとは回転である。社格ある得意先を広げよう。一軒、そしてもう一軒、行動と回転の中に生きがいを感じよう」。この世のものは「商い」に限らず「生々流転」である。すべての物は絶えず生まれては変化し、移り変わっていく(新明解四字熟語辞典)。一つひとつ、一事一事に誠意を尽くしてかかわることで「理解者=得意先」が増えていく。ごつごつした岩も回転することでなめらかな表面をした光り輝く丸い石になる。雪だるまが大きく育つのも回転があってこそである。回転には摩擦を伴うけれど、それもまた「丸(円)くなる」ために活かしていけると良い。 |
公開講座「リーダーシップ・トレーニング 99」 2019/01/22 Tue 6142 continued from 1/15
公開講座「リーダーシップ・トレーニング」の3コースが定着しはじめた。このころになると、私も相当な手応えを感じていた。そして、総合病院等からは「職場で実施している教育の一環として組み込んでいる」という話も聴くようになった。こうして「熊本大学公開講座
リーダーシップ・トレーニング」は私のライフワークの一つとして育てられていくことになる。そのうち、事務担当者から「今年は何コースですか」といった、開講を前提にした問い合わせがくるようになった。
そして、1999年度も「いつものように」大学の夏休み期間に3コースを実施した。まずは7月29日~31日、8月19日~21日の「木・金・土」に開講した。この年は8月28日~30日を「Cコース」としているが、こちらは「火曜日~木曜日」である。定員は各25名だったが、「Aコース」と「Bコース」が30名、「Cコース」は32名の計92名が受講した。
こうなると特別な事情がない限り止められなくなってしまった。私としては「趣味の仕事」だからいつもワクワク気分で進めていたが、それにしても3日連続の20時間はかなりすごい。これには受講する方が閉口したのではないか。 |
Short shot : 「信用」と「信頼」 2019/01/21 Mon(7:14am) 6141
京都宇治の福寿園工房で石臼を使った抹茶づくりの体験をした。しっかり臼を回してつくった抹茶を茶筌でしっかり泡立てる。これを飲んでおしまいだが、なかなか美味だった。さて、福寿園の資料館に「社是」が掲げられていた。「一、信用を蓄積しよう 信とはまごころから始まる。誠意をもって人に接し、熱意をもって仕事にあたろう。」ここで、「信用」というよりも「信頼」の方がよりレベルが高そうな気がする。それはともあれ、「誠意」と「熱意」は仕事に限らず、「人生」の基本である。しかも「人と接する」ときだけでなく、「人が見ていない」ときやところでもそれらを維持し続けることが大事だ。 |
遠き思い出(7) 2019/01/21 Mon 6140 continued from 1/14
その後、1988年には教育実習の制度改革が行われました。これに伴って、「観察実習(2年次)」が導入され、これをセンターが担当することになりました。それからさらに制度が変わり、「2年次実習」と「4年次実習(事後指導)」を並行して担当しました。
ところで、「2年次実習」がスタートした当初は専任が私一人でした。そのため、「実習生413名」を3日に分けて受け入れることになりました。それでも1日当たりで140人近くになるわけです。この人数を収容する部屋がセンターにはありません。そこで、お隣にある附属中学校にお願いして、視聴覚室をお借りしました。それでもグループワークをする際には立錐の余地がないほどの賑わいでした。それも今となっては懐かしい思い出になっています。
センター開設から10年目にあたる1988年に名称が「教育工学センター」から「教育実践研究指導センター」に変わり、教育における「実践性」が強調されるようになりました。これは当時の文部省の方針で、全国にあったほぼすべてのセンターの名称変更が進められました。このときに教員の定員増があり、教授1、助教授1の体制になりました。 |
Short shot : 信頼がすべての基本 2019/01/20 Sun(6:48am) 6139
日産自動車を巡る最近の動き(熊本日日新聞 12月7日)にはめまいがする。2017年9月29日に「無資格の従業員が新車の出荷前の検査を行っていた事実」が発覚し、販売の一時停止に追い込まれた。部外者かつ素人に言わせれば、その原因は「決められたこと」を守らなかっただけのこと。それから半月後の10月6日に「約116万台のリコ一ル」を国土交通省に届け出た。これは事故防止のために早めに対応したものだが、「問題が連鎖的に発生している」というマイナスのイメージを与えてしまう。組織にとって商品の品質は重要であるが、それが世の中に出てくるまでの過程への信頼確保がすべての行為の基本である。 |
高さんからの手紙(96) 2019/01/20 Sun 6138 continued from 1/13
高さんの手紙には、鹿児島女子短期大学から招聘した「たかしよいち」氏の話が続いている。
平成4年(1992年)に「西日本文化賞」を受賞されましたが、その直後に奥様は亡くなられました。以後「たかし」氏は久留米で一人住まいです。短大は退職されましたが図書館長は現在も継続(短大でも未だ非常勤の授業をもっておられます)。83歳で元気なもの。わざわざ、「たかしよいち」氏の話をするのは多少理由があります。小生70歳で短大を退職したのですが理事長のシスターがやさしい人で、図書館長室の傍に私の研究用のスペースを設置してくれたのです。そのため毎週非常勤の授業で久留米に行くといつも図書館長室で共同生活(?)をしていたわけです。昨年鹿児島女子短大の話が出た時に「鹿児島には以前私の後輩にあたる吉田道雄さんという人が行ったことがある」という話をしたら「同じ学科だったからよく知っている。吉田さんは確かクラスの副担任かなんかで一緒に仕事をしたこともあるような…」という話で驚きました。本当ですか?
じつは「本当」なのである。なお、熊本市出身の高士与一氏は2018年1月7日に89歳で亡くなられている。 |
Short shot : 朝一番の新聞? 2019/01/19 Sat(7:48am) 6137
先日の朝、知り合いから電話があった。私のことが地元新聞の投稿欄に載っているという。その後も同じことについて別の方からもメールがあった。私は投稿欄を積極的に目を通すことはないが、家内はけっこう読んでいるらしい。公務員アパートに住んでいたときは、新聞が玄関ドアまで届けられた。そこで「まずは新聞が朝一番」という生活を送っていた。その後、マンションに転居したことで、新聞は1階の郵便受け止まりとなった。これを自宅玄関まで持ってきてもらうためには、毎朝チャイムが鳴ってロビーの入り口を解錠する必要がある。私は早起きだから時間に問題はないが、年間を通してこれを継続するわけにはいかない。 |
マニュアル問題(80) 2019/01/19 Sat 6136 continued from 1/12
久しぶりの「シリーズ:マニュアル問題」ですから、「マニュアル」に関して深刻な問題が起きたケースについて考えてみましょう。
前世紀の終わり、正確には1999年9月に、原子燃料をつくる工場において臨界に達する事故が起きました。きわめて不安定で危険な原材料を扱うことから、そこには100%フェイルセーフの装置が設置されていました。それにも拘わらず「臨界」が起きたのです。
その原因はまことに単純なものでした。安全が保証された装置を使わずに、バケツで原材料を混合していたのです。こうしたことが許されないのは当然で、作業工程についての「マニュアル」があったはずです。しかし、現実には「正当なマニュアル」ではなく、別のマニュアルが作られて使用されていたのです。事故当時、それが「裏マニュアル」ということで、連日のようにそのことばがマスコミを賑わせました。そのころはコンピュータゲームが話題になり、攻略本には解説書に記載のいない「裏技」が紹介されたりしていました。そういえば「裏ビデオ」なんて専門用語(?)もありましたね。つまり、「裏」は「知られていない秘密」といった意味と「後ろめたさ」を浮くんだ含んだ接頭語(?)でした。 |
Short shot : 二つ返事 2019/01/18 Fri (2:36pm) 6135
私は〝Yes-man〟、つまりは「『二つ返事』マン」である。さすがに、すべてに「〝Yes〟しか言わない」とはいかないが、「おおむね〝Yes〟」なのだ。そんな人生を送ってきたから、とにかく様々な体験をさせていただいた。ところで、「二つ返事」は「はい」を二回繰り返して、「喜んで承諾しますよ」という気持ちを伝えることである。その昔、桂三枝が「はあーい、はあい、はい、はい」と、相手を茶化しながら発していた「四つ返事」とは正反対なのだ。ただし、「はい、はい」と詰めて言うと「『ハイ』は一つでいい」なんて叱られることもあった。つまりは、相手との関係と内容、そしてイントネーション次第なのだ。 |
Challenge the 人生(4) 2019/01/18 Fri 6134 continued from 1/11
人生そのものが必然として「問題」を抱えており、その中にはどんなに努力しても解決できないものもある。しかし、そうかと言って解決に向けた働きかけを放棄するわけにはいかない。つまりは、チャレンジ「し続ける」しかないのだ。私は、人生はこうした宿命を背負いながら〝Never
Ending Challenge〟の旅をしていくものだと考えている。つまりは「チャレンジ」に終わりはないのである。そして、この〝人生のChallenge〟にとって、「自分が変わり続ける」こそが最も重要なポイントだと思う。
ここで、そのことを実感させた体験をご紹介しよう。それはある企業の管理職を対象にした3日間の研修での出来事である。研修は「リーダーシップ」の改善と向上を目指したもので、年も押し詰まった12月に行われた。受講者は24名だった。初日は昼食を終えてからの開始で、冒頭に「リーダーシップ」の講義を入れた。その話を始めてまもなく一人の人物が気になりはじめた。それはAさんで、「こんな研修など受ける気がしない」という雰囲気を体全体で醸し出している。私にはそう見えた。それが講義に対してだけであれば良い。しかし、同じ態度をグループワークにまで持ち込まれると問題が生じる。 |
アクシデント(8) 2019/01/17 Thu 6133 continued from 1/10
損保会社から最初の接触があってから3日後の9月26日に、再び先方の担当者であるSさんからお電話がありました。Nさんは「すみません」と謝罪されたことはお認めになったと言われました。ただし、「『100%』とは言っていない」と否定されたとのことでした。これを聞いたとき、まずは「やれやれ」という気持ちになりました。ご本人にもご事情がおありだとは思いますが、私は「100%」という数値を複数回にわたってお聴きしたことを明確に記憶しています。もちろん、発言の回数など記録しておりませんが、少なくとも1回ではありません。
そこで私は、Sさんから「Nさんが『100%』という発言を否定されている」と伝えられたとき、「私たちがNさんに対してもっていた好感度がさがってしまいますね」と申し上げました。
ともあれ、ややがっかりした状況の中で、私は再びNさんとお話しする機会がありました。じつは、26日にSさんからお電話をいただいた際に、家内が体に痛みを感じるというので、医師の診断を受けたいとお伝えしていたのでした。Sさんからそのことをお聴きになって、27日にNさんからお電話をかけてこられたのです。 |
Short shot : ドコモの値下げ 2019/01/16 Wed (7:31am) 6132
NTTドコモが携帯電話の通信料金を値下げすると発表した。来年度からで、2〜4割程度になるらしい。社長によれば「料金プランが複雑で分かリにくかった。シンプルで分かリやすい料金に大胆に見直す」と語っている。それなら「もっと早く自主的にシンプルにしといてよ」と言いたくなる。官房長官が値下げを求める発言を繰リ返してきたが、「ドコモが自主的にした」と回答して、その影響を否定した形になっている。これを聴いて「ああ、そうなのか」と思う人はまずいないだろうと、私お得意の邪推をする。それに値下げの対象が「通信料金」に「限定(?)」されている。このあたりはちょいと気になるなあ。
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「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(17) 2019/01/16 Wed 6131 continued from 1/09
たくさんの宝物をいただきました。吉田先生の笑顔とお話しからパワーをいただき、いつも「明日から頑張ろう!」という力が不思議と湧いてきました。コミュニケーション力、本当に大切です。そして自分自身の心ともコミュニケーションがとれる様、小さな工夫をしていきたいと思います。本当にありがとうございました。(小学校教諭
女性)
私は「小は大を兼ねる」というタイトルで話をすることが多い。もちろん辞書的には「大は小を兼ねる」なのだが、日常の行動やリーダーシップ、それに対人関係などには「小」こそが重要な役割を果たすのだ。たとえば「小さなことに喜べる」人間は朝から楽しくてたまらない。また、お店に行ってたくさんの商品が並んでいるのを眺めるだけで嬉しくなる。
対人関係にしても、他人や部下、あるいは子どもの「小さなことや行動」を発見し、それをほめる、認める、あるいは評価する。それはほかの人には気づきもされない「小さなこと」であればあるほど良い。そんなとき、相手の心に「○○さんはこんなところまで私のことを見てくれているのだ」といった感動が生まれる…。
こんな話が役立ったのかもしれない。 |
Short shot : 不適切統計 2019/01/15 Tue(6:37am) 6130
厚生労働省の「毎月勤労統計」の調査が不適切に行われていたことが発覚した。専門的なことは分からないが、とにかく「してはいけないことをしていた」ことだけは疑いないようだ。それも2004年からだというから驚いてしまう。私は本コラムを2003年4月に立ち上げてから、「わが国の劣化兆候」について繰り返し触れてきた。いまや「劣化」に関しては「官民格差」が見事に璧に消失し、国全体が無秩序状態に向かって突進しているかのように見える。①それは意図的にはじめたのか ②その理由は何か ③誰も問題に気づかなかったとは考えられないが、それにもかかわらず今日まで至った原因はどこにあるのか。 |
公開講座「リーダーシップ・トレーニング 98」 2019/01/15 Tue 6129 continued from 1/08
公開講座「リーダーシップ・トレーニング」が7年目を迎えた1998年、私は50代に突入した。さらに18年半も住み慣れた公務員アパートを出てマンションの生活をはじめた。わが吉田家も家内の両親も生涯を通じて借家で過ごした。その点では両家を通じてはじめての持ち家である。
家内の父親が窓から熊本城の天守閣が見えることに感動してくれた。私の父は1992年に亡くなっていたし、母親はすでに1973年に、いまなら「手術ミス疑いない」状況で他界していた。享年47歳である。子どもが成長し、曲がりなりにも「自宅」を持つころまではいてほしかった。
この年は「リーダーシップ・トレーニング」を3日間のスケジュールで3コース開講した。いずれも「木・金・土」の計20時間で、日程は7月30日~8月1日、8月27日~29日、9月10日~12日である。定員は25名だったが、各コース27名、28名、29名が受講した。第1回目の1992年は予測が立たず、定員割れはまずいというので、知り合いの数人からは受講の約束を取った。つまりは「根回し」をしたわけだ。ところが、2年目からは予想を上回る応募があり、ついには「3コース」が定着してきたのである。 |
Short shot : またぞろ? 2019/01/14 Mon(7:26am) 6128
消費増税に伴って「プレミアム付き商品券」が出るそうだ。「またぞろ」である。2万円で2万5千円分が検討されているという。一定の収入のある世帯と低年金者向け給付金を受け取る人は除外される。より具体的には住民税非課税世帯を中心にしながら、年収400~500万円への拡大も考えるらしい。さて、大金持ちが受給資格のある人に言いました。「2万円を渡すから商品券の交換に行ってちょうだい。券をもってきてくれたら
2,000円あげる」。これで一セットあたり 3,000円のゲットとなる。同じことを200人に頼めば、計算上は60万円也。大金持ちはそんなセコいことをしないか。でもゴーンさんのこともあるし…。 |
遠き思い出(6) 2019/01/14 Mon 6127 continued from 1/07
私としては、「日本教育工学雑誌」に「教育実習生のリーダーシップ」に関する論文が掲載されたことで、自分の仕事が「教育工学」の研究に含まれることを確認したのです。ここで自惚れをお許しいただけるなら、「教育工学センター」の開設当初から専任であった吉田が中心になって活動し、「(科学教育ではない)教育科学」を推進する「教育工学センター」の機能を(それなりに)果たしていたということです。
さて、「センター」が発足したのは今から40年前のことですが、しばらくは所属する教育学部の授業や教育実習に関わることはありませんでした。私自身は「センター専任として授業をする」と言い続けていたのですが、実際に正式な講義を開講したのは1993年度からです。それまでも、養護教諭養成特別別科(1984年から)や文学部(1989年から)、さらには教養部でも講義を担当してはいました。センターは「あくまで『附属施設』だから」といった評価があったのかもしれません。これは「教育実習」についても似たような状況で、かなりの時間が経過するまで、センター専任は実習委員会の正式メンバーではなかったと記憶しています。 |
Short shot : 「自由」って? 2019/01/13 Sun(5:42am) 6126
あらゆる「ことば」が「完全ある共通理解」ができないとして、その程度は「ことば」によって様々である。たとえば「自由」など、手に取って見えないもの、つまりは「抽象概念」なるものは徹底して共有化を拒否するもののように思われる。そもそも「自由」ってなんだ。それを「何でもかんでも自分のしたい放題にしていい」などと考える者はいないだろう。そうなると「自由」とは「制限される」ことを前提にして成立する。しかし、その「制限」は誰が、どのようにして加えるのか。また、「自由」と「自由放任」で使用される「自由」は同じか違うのか。こんなことで「自由に(?)」遊んでいる自分がいる。 |
高さんからの手紙(95) 2019/01/13 Sun 6125 continued from 1/06
高さんの手紙には、鹿児島女子短期大学から信愛女学院に移籍した後のエピソードが続く。
鹿児島短大の「たかしよいち」氏は平成2年(1990年)に信愛に来ていただきました。たまたま前の図書館長が退職し学長から「誰か良い人を」と相談を受け推薦したのです。(鹿児島時代は学科が違うのでそれほど親しくはなかったのですが焼酎位は一緒に飲むという位の関係)たかし氏も久留米信愛へ変わることを一度決められたのですが、鹿児島短大で猛烈な反対運動というか引きとめ運動が起こり、なにしろ鹿児島の看板教授だから小生もこれは無理だなあと一度は諦めたのです。ところが奥様の方がすっかり久留米の街を気にいってしまい、結局幼児教育学科教授兼図書館長に就任されたわけです。
ここで引用されている「たかしよいち」氏は、「熊本県の出身で、東洋語学専門学校(現熊本学園大学)を卒業。 考古学、古生物学などの分野の児童向け図書を数多く刊行、絵本、日本神話の再話、原作漫画も多い。椋鳩十に師事し、1978年、椋の後任として鹿児島女子短期大学教授を務め、1990年より久留米信愛女学院短期大学教授を務めた」。(Wikipediaを一部改変) |
Short shot : 不定冠詞レベルの理解 2019/01/12(6:36am) Fri 6124
たとえば、「犬」という「ことば」は「みんな知ってる」。だから話が通じる。しかし「いま私が頭に浮かんだ犬」は誰にもわからない。そんなわけで、「その私の犬」については「みんな知らない」のである。つまりは不定冠詞が付いた「犬=a
dog」は「ことば」としては誰もが理解できるが、「本当は共有していない」のだ。そんなわけで、人間の間で「完全理解」など望むべくもない。そもそも不可能なのである。そうかと言って、「だから人とコミュニケーションなどしない」というわけにもいかない。われわれは社会の中で人との関わりを完全に絶っては生きていけない、あるいはきわめて生きづらいのである。 |
マニュアル問題(79) 2019/01/12 Sat 6123 continued from 11/13
組織における不祥事やトラブルが「想定外」と言うよりも「規則やマニュアルが守られない」ことから発生しています。少なくとも私にはそう見えます。そこで、本コラムではこうした問題の原因を探索するシリーズを連載してきました。ただし、それがいつの間にか「休止」状態に陥ることを繰り返しています。そのこと昨年の11月13日に久しぶりに思い出したのです。
そのときは「引き続き連載する気になった」と意気込みました。ところが、その先は一歩も進まないままなのです。ここに来て、「また忘れていること」を「思い出した」というわけです。そこで、本シリーズの最後のパートというつもりで力を入れてみたいと思います。もっとも、老化も手伝って「過去にも似たようなことを言っていたよ」と言われることを「繰り返す」可能性は大いにあります。それにお気づきになったらパスしていただくのがベストです。私のコラムもどきで人生の時間を無駄にされてはいけませんから。
やれやれ、今日だっていつものように「前口上」だけで終わってしまいました。本当は具体的な問題を取り上げるつもりだったのですが、それは次回からにします。 |
Short shot : 創り続ける 2019/01/11(5:31am) Fri 6122
今年は穏やかな正月だった。はじめて京都で年を越したが、晴れ間が多く天候に恵まれた。宇治川の橋を歩いて渡っているとき、ほんの数粒の雨を感じただけである。熊本に帰る新幹線も定刻通り。翌日は同じころに地震が発生し九州新幹線が止まってしまった。熊本では恒例にしている加藤神社の初詣に出かけたが、このときも晴天だった。北海道では大雪で千歳空港が閉鎖され航空会社も乗客も大変だったようだ。悪天候だけは如何ともしがたい。私にとって、今年は「独立=フリーター元年」となる。これまでと変わらない気持ちで仕事に取り組んでいきたい。とにもかくにもキーワードは「創り続ける」である。 |
Challenge the 人生(3) 2019/01/11 Fri 6121 continued from 12/28
とにもかくにも、人間を含めた全ての生きものが生を得た瞬間からから人生を終えるまで「問題」を抱え続ける。そんなわけで、自分たちに「問題」がいつもつきまとっているのは当然で、そのこと自身が「問題」ではないのである。本当の問題は、「問題があるにも拘わらず、問題があることに気づかないこと」ことなのだ。
こんなことを言えば、「自分は問題に気づかないほど鈍感じゃない」と反論されるかもしれない。それはそれでけっこうなことである。そんな方には「真の問題」は「問題に気づいていてもその解決にチャレンジしないことだ」と付け加えたい。これについても、「自分は問題に気づくだけでなく、その解決のためにいつも取り組んでいるぞーっ」と言われる人が多いに違いない。また、問題によってはどんなに努力しても解決できないものもある。
そんな場合には、解決を目指してとにかくチャレンジし続けるしかない。あきらめないことである。こうした事情も踏まえて、私は人生を〝Never Ending Challenge〟の旅だと考えることにしている。チャレンジに終わりはないのである。そして、〝人生のChallenger〟にとって、「自分が変わり続ける」ことこそが最も大事なのだと思う。 |
Short shot : 今月の写真(右) 2019/01/10(6:43am) Thu 6120
すでに繰り返し書いているが、私は「飛行機好き」だ。そして、昨年末までの「人生のフライト数」が1,287回になっていることも、記録魔の私は確認している。ただし、これには昨年の9月に自衛隊のヘリコプターCH-47JAに体験搭乗した1回が含まれている。このときは熊本空港から市内の周辺を周回する20分ほどのフライトだったけれど。
さらに私は「雲好き」でもある。雲は大地から見上げるのも良し、飛行機から見下ろすのもまた楽しである。ときには「雲の中」を揺れながら飛ぶこともある。写真は熊本空港から離陸して間もなくの阿蘇周辺である。厳しさをアピールする山を綿のような雲が包もうとしている。 |
アクシデント(7) 2019/01/10 Thu 6119 continued from 12/24
一応の事情を聴いた後、警察官は「あとはお互いの連絡先を交換して、保険会社に連絡してください」と言って引き上げました。そこで連絡先を交換し、若者は慌ただしく車を運転していきました。やはり急ぎのところがあったのでしょう。こうした流れを踏まえて、私たち家族は若者に好感を持ちました。あれだけ率直に自分に非があることを認める人はそんなにいないはずです。それどころか、非があると認識していても、絶対にそれを認めない人の方が圧倒的に多いのではないかと思います。しかも「自分の責任が100%」とまで言ったのですから、感動すら覚えました。「相手がいい人でよかったね」。これが家族全員の一致した意見でした。
これからが「①その後の経緯」になります。翌日23日の朝、先方が加入している損保会社のSさんから連絡がありました。私は、これまで書いてきた事実を淡々とお伝えしました。これに対して先方からは、「路上の事故で責任が『10対0』はあり得ない」と言われました。それをお聞きしたとき、私はいささか驚きました。しかし、同じ日の午後に自分が加入している保険会社のTさんからも同じようなことを伝えられ、「法律の世界はいわゆる常識とは違うのだ」と思いました。 |
Short shot : 今月の写真(左) 2019/01/09(6:43am) Tue 6118
いわゆる「水前寺公園」の正月風景。写真の奥に見える出水神社は初詣でにぎわう。そもそも「水前寺公園」は正式には「水前寺成趣園」と呼ばれる。細川忠利が築いたもので典型的な桃山式庭園だという。全体を東海道五十三次に見立てたもので、富士山もある。写真の鳥は「アオサギ」だと思う。
私は、動植物に関する知識がきわめてヤバい。子どもが小さいころ、動物図鑑だったか「シロ・マブタ・ザル」の写真が載っていた。これを見た私は「『シロマ・ブタザル』というんだよ」と解説した。それから相当な時間が経過してから、「目の周りが白い」から「シロ(い)マブタ(の))サル」であることを知った。写真を見れば一目瞭然で、とても「ブタ」には見えなかった。そもそも「シロマ」なんて訳がわからない。その程度の私ですから、写真は「多分、アオサギ」だと思うのですよ。 |
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(16) 2019/01/09 Wed 6117 continued from 12/29
先生の講話、研修を通して、たくさんの学びがありました。教師としての自分を変えるきっかけを作って、与えてくださったと思っています。日頃の忙しさを言い訳にして自分を成長させていない面があったと反省し、行動目標を意識して仕事に取り組むことができました。意識して行動すれば自分を成長させてくれるのだと強く感じました。先生の研修を受けることができてとても感謝しております。ありがとうございました。(小学校教諭
女性)
私は研修の冒頭に〝Never Ending Challenge〟と題した話をすることが多い。まずは、「何もしない」で「できない」というのは「思考停止だ」とやや大袈裟に断定する。また、「今さら」ではなく「今から」「今こそ」がキーワードだと伝える。
さらに「失敗を自慢話にしよう」という話を加える。ウイスキーの原酒は透明で水のように見える。それを樽の中で寝かせると、豊かな香りとまろやかな味をもった琥珀色の銘酒ができあがる。失敗すると、そのときは苦く辛く、また恥ずかしさも伴う。さらに深い後悔もついてくる。こうした点は原酒の透明さと同じとは言えないかもしれない。しかし、その「失敗」も「時間」という「樽」の中で寝かせておくといい。そしてときおり振り返るのである。ウィスキーが味わい深い銘酒になるように、「失敗」がキラキラと輝く豊かな体験として、行動のエネルギーになるに違いない。またリーダーであれば、それがフォロワーに失敗を乗り越える勇気と前進する力を与える。
こうした話をしっかり受け止めていただけたのだと思う。ありがたや、ありがたや。 |
Short shot : 笑いと品格 2019/01/08(5:40am) Tue 6116
オーストラリアの若者が軽いおふざけでナメクジを食べて命を失った。もうかなり以前のことだが、友人が誕生日か何かのサプライズのつもりでつくった砂丘の落とし穴にはまって亡くなってしまった人もいた。これは日本でのことだ。テレビでもおふざけで笑いものにする番組が後を絶たない。いわゆる「いじり」という言葉も、そんな中で生まれたのではないか。人間にとって笑いは健康に生きるために欠かせない。もちろん、私も笑うことが大好きである。ただ、その源泉をどこに求めるかを考えないといけない。自分より弱い者を困らせて笑いのネタにする。それって、自分で自らの品格を貶めているんですよね。
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「公開講座」14年目 2019/01/08 Tue 6115 continued from 12/27
公開講座「リーダーシップ・トレーニング」の7年目を迎えた1997年の開講は3コースである。スタートした92年は受講者の根回し、93年は前年の影響について様子見、その結果94年は2コース、これに自信をつけて95年は一気に4コース、そして96年はオーストラリアで半年過ごしたことから、11月と12月に2コースの開講となった。それを受けての97年である。
この年は7月17日(木)から19日(土)、8月25日(月)から27日(水)、9月11日(木)から13日(土)に開講している。時間はいずれも最初の二日間が9時から5時までで、最終日は4時で終わっている。受講者はそれぞれ、26名、28名、33名である。
この当時の思い出というか、特記事項は集団力学研究所のスタッフがサポートしてくれたことである。研究所には複数の企業から出向されていた方がいらっしゃって、所員として仕事をしていた。いずれも将来を期待された力のある方で、勉強に来られていたのである。とりわけ九州電力と西日本鉄道からは長期に亘って多くの方を派遣していただいた。「公開講座リーダーシップ・トレーニング」は「修行コース」の一つになっていたのである。
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Short shot : 最悪の悪乗り 2019/01//07(5:53am) Mon 6114
オーストラリアのシドニーで悪乗りしてナメクジを食べた男性が8年後に亡くなった。ナメクジには「広東住血線虫」と呼ばれる寄生虫がいて、それが原因で命を失ったのである。ことのはじまりは2010年で、当時19歳だった男性が屋外で友人らとワインなどを飲んでいたところナメクジが出てきた。それを見て「食べてみるか」という話になって飲み込んだ。その結果、寄生虫が脳にまで侵入し昏睡状態に陥った。その後、意識は回復したものの脳に重い障害が残り介護が必要になった。若者に限らず「軽い気持ち」で悪乗りしてしまうことがある。そうした行為が命取りになるという実例である。何とも気の毒な人だ。 |
遠き思い出(5) 2019/01/07 Mon 6113 continued from 12/26
1985年11月、細川護煕熊本県知事は県内すべての学校にコンピュータを導入する「マイタッチ計画」を打ち上げました。これは全国初のプロジェクトとして注目され、私は「教育工学センター専任」として参加しました。そのときも「主役は教師であり、コンピューターを使用する場合であっても児童生徒に対するリーダーシップやコミュニケーションの在り方が重要だ」と指摘しました。いま振り返っても、それこそが「教育『工学』センター専任」の仕事だったと思っています。
これに関連して、「教育工学センター紀要第1号(1984)」に掲載されている論文「マイクロ・コンピュータによる算数教材の作成とその活用(附属小学校 白石教諭との共著)」は、授業にPCを導入した研究としては国内で初めてのものに含まれるはずです。
また、日本教育工学会の「日本教育工学雑誌」に「教育実習生のリーダーシップに関する実証的研究 :現職教師との比較および実習中の変化(1984)」「教育実習生のリーダーシップ測定項目の作成と妥当性の検討
: PM式リーダーシップ(1989)」を投稿しました。いずれも「教育工学」の研究として認知されたわけです。 |
Short shot : まずは「生き方改革」から 2019/01/06(5:43am) Sun 6112
「働き方改革」は誰もが聴く「日常用語」にはなった。ただし、その実現は容易でない。そもそも「働く」ことは「人生」の一部であり、それを構成する日々の「生活」と切り離して議論することはできない。つまり、「働き方」は「生き方」の「一部」なのである。したがって、「生き方」を変えなければ「働き方」が変わるはずがない。私が若いころ、まずは「モーレツ」が流行語(?)になり、その「反省」から「モーレツからビューティフルへ」と変わった。あれからウン十年が経過したが、いまだに「経済成長」が追い求められる。ド素人経済学者は「経済が永遠に成長し続ける」なんてあるはずがないと思う。 |
高さんからの手紙(94) 2019/01/06 Sun 6111 continued from 12/30
高さんの手紙は「新天地」の解説へと進んでいく。
信愛女学院というのはフランスのリヨンの近くのショファイユという小さな村から明治10年に来日した5人のシスター達が作った学校です。熊本信愛の方が歴史ははるかに古い。彼女達は結局一度も故国フランスに帰ることなく日本に骨を埋めたことになります。小規模で家族的な短大で穏やかな大学生活を過ごしました。70歳で定年。76歳まで非常勤。
国立大学は65歳が定年だが、私立大学の場合は70歳が多いのではないかと思う。高さんは定年後の76歳まで信愛女学院に所属されていたのである。私は5年前の3月31日に熊本大学を65歳で定年退職したが、その後もシニア教授として今日に至っている。とくにこの2年間は教職大学院の教員として刺激的な環境で仕事ができた。シニア職は70歳までとなっており、私は本年度末に熊本大学を「完全リタイア」する。また久留米大学で途中にブランクはあったが、前世紀末から非常勤講師として講義をしてきた。久留米大学も非常勤講師の定年が70歳である。そんなわけで、現在進行中の熊本大学での大学院と学部の授業が「私の授業」として完全なる最終版となる。 |
Short shot : ツアーの迷子 2019/01/05(6:39am) Sat 6110
迷子:道に迷ったり、親にはぐれたりなどして家に帰れないでいる子ども(精選版 日本国語大辞典)。京都で年を越して、新大阪駅から帰る「さくら」で騒ぎが発生した。発車の少し前に誰かが乗っていないことが問題になっていた。ツアーの添乗員と思われる女性が「迷子になった」と通路を慌ただしく往き来している。発車時間が迫って、自分が駅で待つべきか否かの選択を求められ、事態はさらに緊迫した。そして、まさにドアが閉まろうとしたとき、「いたいた、乗って、乗って」という絶叫が響き渡った。「迷子」は「年配の女性」だった。ありとあらゆるツアーでこうした「事件」が発生しているに違いない。添乗員の苦労が察せられた。 |
理屈はどうであれ 2019/01/05 Sat 6109
ゴーン氏は自分の懐に入るお金について、「様々な試み」をしていたことは疑いないようだ。そのこと自身はご本人も認めているらしい。
たとえば退任後の報酬についても「為替の変動」などがあって「金額は確定してしない」のかもしれないが、「とにかくもらう」ことは「確定していた」わけだ。それとは別に、「業績が一定の水準に達したときは『一定の水準(?)』で報酬を受けることも『一時的』には検討された」らしい。こちらは報告書に記載しないと法に抵触する虞があるとのことでお流れになったという。ただ検討しただけだとしても、どれもが個人の手に入る「金」がらみのことである。
もちろん、そうした金額は個々の組織が法に則って決定すればいい。ちゃんとした手続きを経て承認された上で、それを堂々と公表すれば何の問題も起きない。ところが報道からは、ゴーン氏が自分の報酬を隠そうとしたように思えてしまう。つまりは個人的利益を得るため意図的に進めた行為だと見えるのである。
ゴーン氏は、そもそも「組織」とは何なのだろうかと改めて考えさせてくれた。組織のトップは、現実にものを創り、サービスを生み出している人たちのことを一瞬たりとも忘れてはならないのに…。
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Short shot : 道路の白線 2019/01/04(5:26am) Thu 6108
通勤時の道路の白線が薄くなってけっこうな時間が経過する。それが右折車線で右側に膨らむから前方から来る対向車との距離感が気になる。それも熊本市の中心部である。白線を引き直すには耐久日数のようなものがあって、その時期まではこのままなのだろう。こうした事態には財政が関連していると推測している。つまりはすり減っても、すぐに引き直すお金がないのである。道路が「目に見える形」で「国の勢い」を伝えているのだと思う。こうした国の老化や劣化は「見えない」ものの方が圧倒的に多いはずだ。そうこうしながら時間が流れていく。そして、気が付くと事態は大きく変わっている。そのときはもう取り返しがつかないのである。 |
法治国家のハードとソフト 2019/01/04 Fri 6107
高速道路上で発生した「あおり運転」による死傷事故の裁判は注目を集めた。横浜地裁の判決は懲役18年だった。これに対して被告側は控訴した。被告は「すべての行為を認めた」上で、その罪は「危険運転致死傷罪」にはあたらないという論理である。ド素人法律家としても、当該法は「適用できない」としていたのだから被告が控訴するのは当然の帰結だと思う。一審は裁判員裁判だが、法律に関して「より高度(?)の専門性」を自認する(?)高裁がどう判断するかは予断を許さない。
この事件、そもそも「倫理」的にはまったく許すことのできない非道な行為である。それでも、法治国家では人の行為を裁き、評価を下すのは「法律」に基づくという約束がある。それも「素人」ではなく国が承認した「プロ」である法曹家たちの議論に委ねるのである。そこに「裁判員」という、「法律のノンプロ」が参加することを認めたのが裁判員制度である。私には「法律=ハードウエア」「倫理=ソフトウェア」の図式が頭に浮かぶ。ハードウエアも健全なソフトウェアがなければ動かない。ときには暴走すら引き起こす。法律違反さえしなければ何でもありの発想は心の劣化の結果とは言えないか。 |
Short shot : 除夜の料金 2019/01/03(5:18am) Thu 6106
京都の初詣巡りでガイドさんから聴いた話。ただし、私は確認していない。あるお寺では鐘をつくと「平常価格300円」のところ、「除夜の鐘は特別価格の3000円」だそうな。「それはいけない」。そこにいた一人がそう呟いた。私も同感した。その昔、宗教施設は信者を中心にした良民たちの寄進やボランティアで維持されていたのだろう。そんな時代でなくなったのも「とうの昔」のこと。大事な鐘もつけば減る。その維持のために「300円」くらいはあってもいい。ただ、特定の日は「スペシャル価格」というのはいかがなものか。まるで人の「足下」を見る「値付け」のようだ。まあ、資本主義の世の中、新年早々から目くじらを立てていては笑われますか…。 |
ミスの集積体 2019/01/03 Thu 6105
ガン細胞が、健康な細胞が分裂する際の「コピーミス」の結果であることは、素人レベルの理解としては間違いないと思う。そうだとすれば、われわれ生物、とりわけ人間は「ミスが集積し、びっちり詰まった生きもの」ということである。そもそも最初の「単細胞生物」がどうしてできたのかは知らない。それはスーパー専門家ですら「推測」しかできないことである。その出現の原因は措くとして、単細胞が分裂する際に「完璧なコピー」を繰り返していたら、それは「永遠」に「そのまま」でい続ける。
ところが環境の変化や外界の刺激などが原因で、うん億回、あるいはうん兆回の分裂の過程で「ミスコピー」してしまう。それでも、そのほとんどが地球上で生きていくことができないまま消えてしまったに違いない。ところが天文学的に「少ない確率」で「分裂以前よりうまく生きていける」ものが発生することもあるだろう。そうなると、それが「新生物」となって増殖していく。
そうした「コピーミス」の天文学的「繰り返し」によって、ついには人類に達したのである。したがって、われわれは「ミスコピー」の産物なのである。そんな人間だから「ミス」を安易に責めてはいけない。そもそも「ミスの集積体」が「ミスを犯す」のは当然なのである。
目くそが鼻くそを嗤っていては、それこそ嗤われますよね。 |
Short shot : The love of money… 2019/01/02(5:55am) Wed 6104
〝The love of money is the root of all evil.〟「金銭への愛は、すべての悪の根源」(新約聖書「テモテへの手紙一」
6章10節)。ゴーン氏は新年を日本の拘置所で迎えるとは夢にも想像していなかっただろう。われわれに流されるマスコミの情報によれば、ゴーン氏は「金銭に対する愛に溺れてしまった」ようだ。そもそも「お金」は必要なモノを手にするための有効な「手段」であった。それがいつの間にか「目的」に「化ける」から恐ろしい。そのときから、「目的」のためには「手段」を選ばない動機づけが高まる。それが「正しくない手段=悪」を産み出すことは、「新訳聖書」の時代から「常識」だったわけだ。クロマニヨン人が登場してからたった4万年です。お金の歴史なんて、ついこの前からはじまったのでしょう。そんな短期間ですから、人間の本性は変わらないのですね。 |
温水洗浄便器 2019/01/02 Wed 6103
新年早々ですが、皆さんは、はじめて「ウォシュレット」を使った日のことを覚えていらっしゃいますか。「ウォシュレット」はTOTOの商品名で、一般名詞としては「温水洗浄便座」です。ホテルではINAX(現LIXIL)の「シャワートイレ」や松下電工製に出会うこともあります。ただ、日常の会話ではおそらく「ウォシュレット」しか聴かないと思います。まさに初発者の影響は圧倒的なのです。
さて、私は「ウォシュレット」を生まれて初めて使った場所を記憶しています。それは福岡市の千代町にある西部ガス本社ビル、通称「パピオン」の3階にあるトイレです。さすがにその日時までは特定できませんが、少なくとも1996年以前であったことは確実です。そのころ私は集団力学研究所が主催する研修コースである「フォアマンスクール」を担当していました。この研修は、そもそも高さんが始められたものでした。その高さんが、本コラムで連載中の「手紙」にあるように、研究所を辞められてから私たちが引き継いだのです。「フォアマンスクール」は受講者を派遣される組織から好評を得ていました。そこで、何としても継続すべきだとの結論に至ったのです。そして、その会場が「パピオン」だったというわけです。 |
Short shot : 上賀茂神社の「人形」 2019/01/01(5:30am) Tue 6102
大晦日の日に京都へ移動し、上賀茂神社に出かけた。この日は「御禊・大祓式(ぎょけい・おおはらえしき)」があった。人形(ひとがた)の紙に名前と年齢を書いて頂ける。因みに100円也。これを神職が橋殿の殿上で中臣大祓を奏上しながら小川に流す。「人形」は本人の罪・穢をうつすものとされ、これに息を吹きかけて半年間の罪穢を祓い清める。これを「水に流して(?)」もらい、新年を清々しく迎えるのである。とくに罪も穢れも背負ってはいないつもりだが、その無自覚さが罪であるに違いない。ともあれ、私も「人形」をお預けしたので、「半年間」の分はクリアしたわけだ。ただし、その前の69年と6ヶ月は「なかったこと」にしていただこう。 |
新年のご挨拶 2019/01/01 Tue 6101
新年、明けましておめでとうございます。今年は京都で年を越しました。さて、私はこの3月で、九州大学助手から鹿児島女子短期大学、熊本大学まで、43年間続いた組織人生活が終わります。新年度から花のフリーター〟がはじまります。熊本大学は65歳で定年を迎えましたが、その後5年間はシニア教授ということでお手伝いをしてきました。退職願あるいは届けは4回目、定年としては2回目になります。
フリーターに定年はないのですが、「心づもりはいるなあ」と思います。そこで、勝手ながら第三の定年を75歳に設定することにしました。おかげさまで次年度の仕事についてもお誘いがあり、「それまで生きていたら」という条件付きでお引き受けしています。まことにありがたいことです。
皆さまにとって、今年も良い年でありますように。 |
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