今年もお世話になりました 2018/12/31 Mon 6100
今年も最後の日を迎えました。私はついに70歳の大台に達しました。それなりに長く生きてきたのだなあとの思いがあります。
私が10歳になった小学四年生のときは伊万里に住んでいました。その年の7月に父が転勤になり、福岡県の行橋から転居したのです。私が20歳のときは大学生2年生で、福岡にいました。それから10年が経過して30歳を迎えたのは鹿児島でした。その年の4月に鹿児島女子短期大学に採用されて、はじめて大学というところの教壇に立ったのでした。その後、40歳、50歳、60歳になり、そして70歳まで到達したのは、すべて熊本でのことです。
ほかのあらゆる基準と同じように、年齢も人間が勝手に創ったものであり、宇宙全体の流れの中では「無意味」そのものです。しかし、そもそも「無」とも言える存在である人間は「無意味」と言える「時間」の中で精一杯で生きているわけです。自分が「無」であることを自覚しながらも、自分に与えられた「時間」を噛みしめながら大事にしていきたいと思います。
「自分の意志で生まれた人間はいないのだから、自分の意志で自らの命を絶つこともしないでおこう」。師走に出かけた県内の中学校で、生徒たちにこう伝えました。このメッセージがそれなりに受け止められたことが、学校からいただいた感想文から推測できました。
また新年もよろしくお願いいたします。 |
高さんからの手紙(93) 2018/12/30 Sun 6099 continued from 12/23
鹿児島女子短期大学への赴任に際して、高さんから相談を受けた井下さんは「面白いじゃないか」と答えただけだったという。ところが、じつはその「仕掛け人」だったというのだから、これまたいかにも井下さんらしい。高さんはそうした事情を後になって短大の同僚である「たかしよいち」氏から聴いたのである。
高さんの手紙には「たかし氏の話では当初鹿児島女子短大では小生を採用する計画等は全く無かったとのことでした」とある。それから5年目を迎えた年に高さんは久留米の信愛女学院に移籍する。そこは、この手紙をいただいた当時、高さんが在籍していた大学である。そのきっかけは、梁井さん(九州大学昭和34年卒)からの依頼だったとのことである。この移籍の際にも、井下さんは例によって「まあそれもいいだろう」よ言われたそうだ。井下さんは「さむらい」なんだなあと思う。ともあれ、高さんはこれで九大を卒業してから5回目の転職したことになり、手紙には「まさに流浪の民ですな」と記す。
私は永いこと久留米大学に集中講義で出かけていたから、いつかは信愛女学院の高さんのところへ行ってみたいと思っていたが、それは実現しないままで終わった。 |
Short shot : 単純に胡散臭いなあ (7:52am) 2018/12/29 Sat 6098
ゴーン氏についての情報がマスコミから流される。その発信源が検察にあることは言うまでもない。何と言っても拘置所の中だから情報源は限られる。もちろん弁護士も情報源にはなるだろうが、それもきわめて制限されたものにならざるを得ない。したがって、情報は流す側にとって有利なものになるだろう。ともあれ、ゴーン氏は私的損失の付け替えにあたって支援を受けたサウジの富豪に大金を払ったとされる。ご本人はその理由を「日産のトラブルや販売促進のために支出した」としているらしい。それが事実であれば、経営トップ層の全員が納得して払うべき報酬として承認されてしかるべきだろう。私は法人の経営などまるで無知だが、やっぱり胡散臭さを感じてしまいますよね。 |
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(15) 2018/12/29 Sat 6097 continued from 12/22
一年間ありがとうございました。研修で一番学んだことは、自分を振り返ることの大切さです。自分で自分を振り返ることはもちろん同僚の先生方からの意見をいただけたのが有り難かったです。自分をしっかり見つめて、できることを頑張っていこうと思います。(小学校教諭 男性)
この研修は教員を対象として設定された「10年経験者研修」の開始当初(2003年)から、(1)[行動目標の設定]⇒(2)[職場(学校)における実践]⇒(3)[他者(同僚教師)による実践度の評価(『見えてますかシート』チェック)]⇒(4)[データの分析]⇒(5)[新たな行動目標の設定]のステップを踏んでいる。
はじめは(3)の「他者」が「児童生徒」だったが、2014年から「同僚教師」に変わった。また名称も「中堅教諭等資質向上研修」となり、対象の範囲も広がった(2017年)。
いずれにしても、「実践」+「評価」+「分析(振り返り)」の「流れ」に変わりはない。この過程は私が設計する「トレーニング」の「中核」であり、それは「人の集団」すべてに適用できると考えている。ここで挙げた受講者の声からも、自分を「振り返る」ことの重要さが伝わってくる。 |
Short shot : 知だけでは… (6:08am) 2018/12/28 Fri 6096
フランシス・ベーコンは「知は力なり」と述べた。これは私が中学校か高校のときに得た知識である。実際には、「知識は力なり」だそうで、「ラテン語では
"scientia est potentia"、英語では "knowledge is power" とあらわす」という。さらに「日本語の『知』が知識のほかに知恵など広い意味を含むのに対し、ラテン語の
scientia および英語の knowledge は知識(あるいは知ること)という狭義に限定される」という説明される(以上、Wikipedia)。私としては「知」だけでは不充分で、それが「行動」に結びついてはじめて「力」になると言いたいだけのことである。 |
生きていることは… 2018/12/28 Fri 6095 continued from 12/18
われわれは「生を得た瞬間から問題を抱える」が、それは「生を失うときまで続く」のである。いま「自分は何の問題も感じない」という人がいたとしても、現に生きているこの瞬間に「問題を抱えていない者」はこの世に存在しない。体の細胞の数は60兆個あるという専門家の話を聴いたことがある。そのほとんどが日夜を問わず分裂し続けている。そこで「ミスコピー」が発生する可能性はいくらでもある。そうした中から「がん細胞」も生まれてくるわけだ。
しかし、その多くは体に備わった防衛機構の働きで抑制されている。NK細胞はその代表と言える。Natural Killer と呼ばれるこの細胞、直訳すれば「自然の殺し屋」という、おどろおどろしい名前がついている。しかし、その実体は危険な因子からわれわれを守ってくれる「用心棒」なのである。ともあれ、あらゆる生きものの体の中では四六時中「問題」が起き続けているわけだ。そして、それは「死」という「生の終わり」まで止まることはない。
つまりは、「生きること=問題を抱えていること」なのだ。ここで重要なのは、われわれが「問題を抱えている」ことが「問題」ではないということである。 |
Short shot : 何のために忙しい? (5:16am) 2018/12/27 Thu 6094
〝It is not enough to be busy. So are the ants. The question is: What are
we busy about?〟(Henry David Thoreau 1817 - 1862) ただ忙しいというだけでは意味がない。蟻たちだって忙しそうじゃないか。われわれ人間にとって大事なことは「何のために忙しいのか」である。。Thoreauはアメリカの作家。世の中には「人を騙すこと」や「犯罪計画を練ること」に忙しい人だっているのだから…。悔いのない「忙しい」人生を送りたいですね。 |
13年目の「公開講座」 2018/12/27 Thu 6093 continued from 12/20
前回までは、手元に残していた「公開講座 募集要項」を眺めながら振り返ってきた。その資料が1996年度からなくなっている。その理由は不明だが、私の「スケジュールメモ」を見れば開講期日と受講者数はわかるので、本連載の続行は可能である。ただし、「受講料」についての情報はない。
さて、1996年度は「リーダーシップ・トレーニング」をスタートしてから5年目に当たる。この年は2回で、11月28日(木)~11月30日(土)と12月12日(木)~14日(土)に開講した。これまでより時期が遅くなっているのは、私が4月から9月まで、半年間に亘ってオーストラリアに出かけていたからである。そうした事情から、この年は止めようかと思ったが、ありがたいことに「今年度はいつですか」という問い合わせをいただいたことからその年の後半に開講することにした。受講者は、Aコース24名、Bコース36名の合計60名になった。
師走の方は人間ドックの2日目と重なってしまった。そこで初日は13時から18時、二日目が9時から18時、最終日が9時から17時という超変則のコースで実施した。「そう言えば、そんなこともあったなあ」と懐かしく思いだしている。 |
Short shot : 表現不能 (12:50pm) 2018/12/26 Wed 6092
日本航空国際線の女性乗務員46歳が勤務中に飲酒していたという。「言語道断」「開いた口が塞がらない」「論外」〝Unbelievable!〟。まあ、どんな表現でも足りない愚挙そのものである。JALでは、10月末にイギリスでパイロットが飲酒して、禁固刑が確定した。これを受けて、航空界では今後の対応策等についててんやわんやだというのにである。この人、過去にも似たようなことをしていたという情報もある。そうなると今回の「事件」を防止できなかった組織としての責任は免れない。ただ、ここまでひどくなると、「一体全体、どうしたらいいの」と嘆きたくもなるだろう。いずれにしても、この人は自力で自分をコントロールできない段階に達していることだけは疑いない。 |
遠き思い出(4) 2018/12/26 Wed 6091 continued from 12/19
コンピュータや教育工学に関わっていたことも幸いして、「教育工学センター」が開設された1979年度のちょうど中間に当たる10月1日から私が専任講師として仕事をすることになった。こうした流れの中で、ごく自然に「視聴覚教育」や「放送教育」にも関わりながら今日に至った。現在でも「教育情報科学」という講義を担当している。
その翌々年だったか、「放送教育」の全国大会を控えているというので赴任早々から準備の一端を担った。この当時はNHKが放送教育に力を入れており、いろいろな仕事で連携した。そんなこともあって、熊本放送局の視聴者会議の委員を勤めたことがある。まだ熊本放送局が九州のキー局だった時代である。
このころはビデオテープレコーダーが学校に入りはじめていたから、これを授業で効果的に活用する方策について様々な議論をした。とくに私はグループ・ダイナミックスが専門領域だから、ハードとしての機器ではなく、ソフトとしての人間、つまりは教師が主役になることの重要性を強調した。私としてはそうした立場でないと話もできなかったのだが、それがそれなりに「新しい視点だ」と評価されてしまった。 |
Short shot : 音楽と星と… (6:01am) 2018/12/25 Tue 6090
音楽は音をベースにして聴くが、目を閉じれば、それに対応した様々な映像が浮かぶ。また体が動くこともある。外国語の歌詞が理解できなくても感動する。リズムに乗ったりもする。一方、太陽からも月からも、さらには目に見えるすべての星からも音は聞こえない。もちろん朝日にも夕日にも音はない。しかし、そのまばゆさに躍動感を覚え、美しさや静けさに感動し、ときには目頭が熱くなることすらある。そしてときには自分の鼓動が聞こえる。沈黙の夕日から「音のない音」が聞こえたりもする。自然も、人間が創った音楽も「映像」と「音」を伴って人の心を動かす…。 |
松下幸之助と学歴 2018/12/25 Tue 6089 continued from 12/21
松下幸之助氏の「自分の体が弱かったから大事なことを人に任せざるを得なかった」といった趣旨の発言については既に書いた。もう一つ、松下氏は「自分の周りにいるもの全員が私よりも学歴があるから、その智恵を借りることは当然だった」というような言い方もしていた。松下氏は家庭の事情から、小学校は三年半しか行かず、9歳のとき大阪に出て働きはじめたため学歴はほとんどないのである。いずれも通勤途上も車の中で聴いたラジオのインタビューだから、正確にはフォローできていないが、およそそんな感じの内容である。
ところで、実際に学歴がどのくらい役に立つのか。とくにこのごろは、学歴にかけては超一流と思われている官僚たちの危うさを目の当たりにする。そのたびに、学歴に怪しげな雰囲気が漂う。
さて、松下氏のポイントは「年齢や経験を問わず人の『智惠』」を吸収する」ことを大事にしたことにある。そうした基本的な人生観が松下氏の行動を決定づけた。それは「自己中心的」で「他人の意見を聴かず」、「権威」を振りかざして「独断専行」に走る者とは対極にある。もちろん「人の智恵を借りる」だけではなく、それを「活かす智恵」と実行に移す「決断力」が伴わなければ人も結果もついてこない。 |
Full shot : イブと振替休日 (6:28am) 2018/12/24 Mon 6088
今日は「クリスマスイブ」、わが国では昨日の天皇誕生日の振替休日。「教会暦の一日は日没から始まり日没に終わるためクリスマスは24日の日没から25日の日没までとなる」「したがって、…『クリスマス・イヴ』は既にクリスマスに含まれている。つまり、『クリスマス・イヴ』とは『クリスマスの前夜』ではなく、その言葉の通り、正に『クリスマスの夜』なのである」。(Wikipedia)この話題はNHKでも取り上げていた。
さて、「振替休日」の本日だが、私は4限目に授業をする。月曜日の「振替」が増えたため、授業時数が確保できなくなったからだ。今日は熊本大学の公式授業日である。わが国の「休日数」は既にアメリカを超えているらしい。それで日本人が国際的にも心置きなく休日を楽しめるようになったか。心にゆとりが持てるようになったか。きわめて怪しいと言わざるを得ない。しかも、「10月10日」であるべき「体育の日」を「振替休日」にして、戦後復興のシンボルである「東京オリンピック開会式」という歴史を消してしまった。遺憾千万である。
さて、私は「趣味の仕事」ですから、ワクワク気分で出勤しますが、学生たちはどうでしょうねえ…。 |
アクシデント(6) 2018/12/24 Mon 6087 continued from 12/17
私は「自分にはまったく瑕疵がない」と認識していました。先方から見れば正面はフェンスがあり、「左折するしかない」状況です。つまりは何らかの理由で左折できずにぶつけてきたのです。それに、ご本人が「スリップした」かのような説明をされるのですから事実は明らかです。
警察の到着を待っている間に雨が降り始めました。私は傘を差し、その若者も入れてしばらく話をしました。彼は「自分も以前ぶつけられたことがある」「雨で渋滞しているので警察はなかなか来ないだろう」などと言っていました。それから20分くらい経過したでしょうか、まだ距離はあるものの少し向こうに赤色灯が見えました。おそらく通報したパトカーだろうと推測しました。若者も「あれでしょう」と言います。たしかにその通りだったのですが、周辺が大渋滞だったこともあり、私たちのところに到着するまで、さらに時間がかかりました。
警察官は2人で、簡単に「その瞬間」について聴いてから、それぞれの免許証と車検証を淡々とメモしていました。そのときも若者は「タイヤが摩耗していた」といった説明をしていました。このときも私には「いい人だなあ」という思いが募りました。 |
Short shot : 座席の責任 (6:00am) 2018/12/23 Sun 6086
前期高齢者の中間点である古稀に達した。それでも飛行機は窓側を好んで選ぶ。上空から見る雲を見るのは私の趣味の一つである。雲との出会いも「一期一会」なのだ。ところで座席には、それに応じた責任が伴う。窓側で楽しんだからには、到着してからもゆったりしておくことが肝要である。通路側の乗客をさておいて、すぐに立ち上がり荷物を取ろうとするなどの行為は慎まねばならない。かく言う私はしっかりゆったり行動する。こんなことを書く理由は、運悪く通路側に座ったとき、座席の責任を自覚していない人がけっこういるからだ。やれやれ。 |
高さんからの手紙(92) 2018/12/23 Sun 6085 continued from 12/16
集団力学研究所を辞めた高さんは三隅先生から鹿児島女子短期大学への就職について声がかかり、推薦状を書かれたのだった。この件について井原さん、野瀬さん、井下さんに相談すると、井下さんだけが「面白いかもしれない」と賛成してくれたという。これに関する裏話がすばらしい。
井下さんは秘書課程には「人間関係論」が必須であるとして「私と二人一緒なら赴任しても良い。自分一人なら鹿児島に行く気持ちはない」と主張して大学側もやむを得ず小生を同時に採用したとのことです。(これは最近、井下さんが亡くなられてから「たかしよいち氏」に聞いた話で驚きました)井下さんはこのことを当時私にはなにも話されず「まあ就職口はなんとかしよう」と言われただけなので小生はその経緯を全然知らなかったわけです。
まさに井下流の面目躍如、「よっ、これぞ井下屋!」と大向こうばりに一声も二声もかけたくなる。それどころか、「じーん」ときて、目頭が熱くなる。井下さんは、とにかくそんな方だった。高さんが生産性本部を辞めて「失業状態」にあったとき、西日本新聞社の仕事を紹介したのも井下さんだった。 |
Short shot : 妊婦加算 (8:13pm) 2018/12/22 Sat 6084
厚生労働省は、いま問題になっている風疹の対策として、予防接種の機会がなかった39〜56歳の男性を対象に2019年から約3年間、免疫の有無を調べる抗体検査とワクチン接種を原則無料にすると発表した。当然のことだと思う。これに対して妊婦加算は凍結だという。そもそも妊婦に対して医師が一般の患者よりも配慮するのも当然である。ただし、それを妊婦個人の負担にしたところが問題になった。これまた「当然」を繰り返さざるを得ない。一方で「少子化」への対応が喫緊の課題だというのにどうして税金で対応できないのだろう。 |
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(14) 2018/12/22 Sat 6083 continued from 12/15
今年度の研修では、大変お世話になりました。数回にわたる研修は大変貴重なものであり、また楽しい時間でもありました。「見えてますかシート」はとても勇気がいりましたが、現在の自分を見ることができました。また、先生方に目標を宣言することで、自分自身も意識しながら行動できました。人に見えるようにするには自分が思っている以上に大きく行動しなければならないことを痛感しました。自分の目標を知ってもらうことで先生方にたくさん声をかけていただき、自分を知ってもらうことの大切さを感じました。研修で学んだことを忘れず、また新たな気持ちで頑張っていきます。ありがとうございました。(小学校教諭 女性)
研修の中で受講者は自分が学校で実践する行動を決める。それから一定期間をおいて、その実践度について同僚から評価を受ける。このときに「見えてますかシート」と名付けた道具を使用する。人の行動は「自分で『しているつもり』」であっても「見えて」いなければ意味がない。同僚教師たちから評価されることは本人にとって「勇気」が必要だった。しかし、その結果、「自分を知る」ことができたという。ここで重要なことは、本人の実践に対して周りからサポートされた点である。研修は個人の学びだけで終わるのでは十分とは言えない。その成否は「研修」から帰ってからの「実践」と、それに対する職場全体の理解とサポートで決まるのである。こうしたとき、職場のリーダーに期待される役割は大きい。 |
Short shot : 隣の車両 (6:38am) 2018/12/21 thu 6082
東京では電車に乗ることが多い。JR、私鉄、地下鉄、モノレールを問わず、いずれも長い車両である。自分が座っている座席から両側の車両を眺めると、「右に左に揺れ動いている」ように思えるから面白い。もちろん、自分の車両も同じ動きをしているのだが、「堅い車両」がグニャグニャと曲がることもなく「しっかりじっとしている」ように感じられる。これを向こうの車両から見ると、こちらの方が「揺れ動いている」わけだ。つまり、揺れているのはお互い様なのである。電車が「自分の主観的な立場だけから物事を判断するのは気をつけましょう」と教えてくれている。 |
松下幸之助と虚弱体質 2018/12/21 Fri 6081
松下幸之助氏が自分の履歴をラジオで語った番組を聴いた。もちろん、それは相当に昔、おそらく1960年代の録音である。松下氏の発言で印象的なことが2点あった。いずれも「松下電器産業=現パナソニック」が発展した理由に関係したものである。
まずは、重要な仕事を人に任せたことである。それは「自分は体が弱かったので、大事なことを人に任せざるを得なかった」からだという。つまりは、健康の面で虚弱な体質だったことが幸いしたというわけだ。それは結果として「人を信頼すること」にも繋がった。今日、様々な面で権限を委譲することは組織の活性化の重要な要因として認識されている。それは権限を委譲された者の責任感を刺激し、それが働く意欲の高揚にも繋がる。さらに、風通しの良い組織を創るためにも重要な役割を果たす。現在進行中の日産問題は、ゴーン氏一人に権限が集中したことから発生した、ある意味では当然の結果である。
ともあれ、権限委譲を「自分の虚弱体質」によると「解釈」した松下氏の発言は組織の在り方、人間の生き方に対して示唆的である。人生では「弱点」と思われることが「強味」にもなるのである。 |
Short shot : ドライブ・レコーダー (5:52am) 2018/12/20 thu 6080
わが家の車にも「ドライブ・レコーダー」を取り付けました。せっかくですから「前後撮影対応2カメラ」というものです。つまりは「前」だけでなく、「あおり」が発生しやすい「後ろ」も撮すわけです。何分にも「か弱き前期高齢者」ですから、このごろの状況を踏まえての「リスクマネジメント」です。そのおかげで自分自身の運転マナーも良くなることでしょう。バイクに対して危険行為をした男が捕まりましたが、自車に搭載したドライブレコーダーの記録も有力な証拠になったようです。何とも皮肉なことですが、「自分の非」も記録されるのですから、注意しなければなりません。 |
12年目の「公開講座」 2018/12/20 Thu 6079 continued from 12/12
前年の1994年は教育学部の「公開講座」が2つに減少したことを「衝撃」と表現した。その翌年1995年はさらにそれを上回るショッキングな年になった。なんと「公開講座」が私の担当する「リーダーシップ・トレーニング」だけになったからである。それはもう「事件」と言っていいだろう。かつて12講座もあったことを踏まえると「どうなったのだろう」と驚いてしまう。ただし、それも20年以上も昔の出来事だから、その理由はわからないままで終わるしかない。
さて、私はと言えばこの年は「A」から「D」までの4コースを開講している。いずれも9時から17時までの3日間で、最終日は16時に終了する「定番」である。日程は7月20日(木)~22日(土)、8月28日(月)~30日(水)で、Cコースは10月4日(木)~6日(土)だった。定員はすべて24名の合計72名だが、受講料は6,700円とまた値上げしている。実際には、Aコース34名、Bコース36名、Cコース35名と定員をはるかに上回る応募があった。
この勢いを前にして、お調子者の私らしく、「もう1コースを追加しよう」という気になり、後になってから「Dコース」まで立ち上げた。こちらの参加者は23名だったが、年間受講者数は128名になった。同じ年に4コース開講したのも、受講者が100名を超えたのも、わが公開講座の歴史に残る記録である。
ところで、募集要項のなかに「受講の許可」という項目があって、そこに「受講許可書を交付します」と記されている。いかにも「上から目線」だと思って苦笑いした。 |
遠き思い出(3) 2018/12/19 Wed 6078 continued from 12/14
私が1979年に「熊本大学教育学部附属教育工学センター」に採用されるまでの細かい経緯は承知しておりません。その当時、熊本大学にいらっしゃった先輩の篠原弘章先生から、「応募してみないか」と声をかけていただいて、業績等の書類を送ったのでした。そのとき三隅先生に「こんなお話しをいただいたのですが」とお電話しました。先生はすでにそれをご存じで、「その話は篠原君から聞いたよ。ただ、その職にはいろいろな人が応募してくるから、吉田君が首尾よく採用されるかどうかはわからない。それを承知の上で、書類だけは出しておきなさい。うまくいかなかったときはいまのところ(鹿児島女子短期大学)でしっかり仕事をすれば良いのだから」とのことでした。
こうした状況でしたが、ありがたいことに私が採用されることになりました。熊本大学に赴任してしばらくして、専任講師は「機器やコンピューターだけの専門家」ではなく、「教育方法や心理にも関わっている者」にしたいとのことだったとお聴きしました。私は調査のデータ処理にコンピュータ言語のFORTRANを使用して報告書をまとめていました。また、福岡市立教育研究所の教育工学部門で研究指導した実績があったことも採用に際してプラスになったのかもしれません。 |
Challenge the 人生 2018/12/18 Tue 6077
このところ、人は生を得てから死に至るまで、「問題」と直面し続けるのは当然であることを強調してきた。それは生きている証でもある。つまり、われわれにとって「問題があること」が「問題」ではないのである。真の問題は、「問題があるにもかかわらず、それに「気づかない」ことだと強調したい。これに対して「それほど鈍感じゃない」という声も聞こえてくる。そうしたケースでは、「問題」に気づいても、その「解決のために努力しない」ことこそが「問題」なのだと答えたい。
人生は、自ら「問題や課題」を発見し、その解決にチャレンジし続けていく過程ではないか。もちろん、世界中には筆舌に尽くしがたい厳しい状況で生きていかざるを得ない人々がいる。そうした現実を知っていながら、自分は安全なところに立って、「チャレンジが人生」などと平気で言っていることには忸怩たるものがある。私としては、そうした決定的な限界があることを認めなければならない。しかし、その上で「人生はチャレンジ」と言い、それが「自己充実感」を生み出すとともに、さらに生きるエネルギーに転化していくことを強調したい。 |
アクシデント(5) 2018/12/17 Mon 6076 continued from 11/23
とにかく、駐車場に車を止めて対面するやいなや、先方から「ぶつかった責任は自分にある」と言われるのです。さらに、少し離れたところにいた家内と娘に対しても「自分が悪いのです。すみません」といった意味合いのことを明確におっしゃいました。その上で「ブレーキがきかなかった」と言いながらタイヤを指さして説明までします。つまりは、「タイヤがすり減っていたからだ」との趣旨が込められているわけです。
私たちはシネコンにいたので気づいていませんでしたが、少し前まで小雨が降っていたようで、道路はうっすらと濡れていました。私は「ぶつけられた」と確信していましたが、この若者の正直さにある種の感動すら覚えました。こうしたときは、自分の責任を回避しようとする人の方が圧倒的に多いに違いありません。それどころか、すごんだり脅したりで相手を威圧する輩だっているようではありませんか。
こんなことはない方がいいに決まっていますが、不幸中の幸いだというべきでしょうか、あるいは妙な言い方ですが、私は「いい人に当たられたな」といった思いになっていました。 |
高さんからの手紙(91) 2018/12/16 Sun 6075 continued from 12/09
高さんは自分の思いから集団力学研究所を退職する。その後の展開をみることにしよう。
三隅先生からは鹿児島女子短大学長宛に過分の推薦状を書いていただきました。この時も一応井原さん、野瀬さん、井下さんに相談はしたのですが、例によって井下さんだけが「面白いかもしれない」と賛成してくれました。貴兄もいた鹿児島女子短大に小生を紹介したのは井下さんです。当時同短大は教養学科に秘書課程を設置しようという計画があり学科長に井下さんが招かれたわけです。
鹿児島女子短期大学は私がはじめて講師として勤めた職場である。それより以前に九州大学で助手の2年間を過ごした。そのときの辞令に「文部教官助手」と記されており、その意味では「教員」ではあった。しかし、その間は単独で授業を担当することはなかった。ただし、高さんの紹介で九州産業大学に「職務分析」という講義題目の授業をしに出かけていた。厳密に言えば、この非常勤講師が私の大学における最初の講義である。私が鹿児島女子短期大学に勤めたのはわずか1年半に過ぎず、1979年10月には熊本大学の講師になっていた。それからしばらくして、高さんが鹿児島女子短期大学に移籍されたことを知って大いに驚いたことを記憶している。 |
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(13) 2018/12/15 Sat 6074 continued from 12/08
10年経験者研修「教師の対人関係トレーニング」では、吉田先生から多くのアドバイスと元気を毎回もらうことができました。職場の中でのミドルリーダーとして自分に求められていることは何なのかを知るとともに自分がやるべきことも明確に見つけることができました。吉田先生から教えていただいたことをこれからの日々の実践に生かしていきます。本当にありがとうございました。(小学校教諭 男性)
ここで「ミドルリーダー」とあるのは、受講者たちが文字通り「中堅」という立場の教員だからである。「中堅」の「堅」は文字通り「堅い」となるが、組織の真ん中にいる者の「態度」が「堅い」のではいただけない。ここでは、「柔軟性」をもった「リーダーシップ力」の基礎をしっかり「固める」意味での「堅さ」を確立してほしいおである。文字としての「堅い」には「中身が詰まっている」というニュアンスが含まれているという。私としてはリーダーとして「自分がやるべきことを明確に見つけることができた」と書かれただけで、最上級の嬉しさを感じる。校長や教頭は言うまでもないが、こうした思いに至った教員たちを学校全体でさらに育てていただきたい。 |
Short shot : 「あおり」の判決 (3:55pm) 2018/12/14 Fri 6073
ド素人法律家としては「危険運転致死傷罪」はむずかしいのではないかと思っていた。そもそも、裁判所が適用のむずかしさを指摘していたからである。しかし、今日の判決はその予想を覆した。ただし、「停車中の事実」には適用できないとしたらしい。つまりは、「法律の専門家」としての「判断」に筋を通したということか。これに被告側が控訴する可能性は高いだろう。発生した一連の事実を認めた上で、「この法律には該当しない」として争っていたからである。そうなると、高裁、さらには最高裁までいくこともあり得るだろう。 |
遠き思い出(2) 2018/12/14 Fri 6072 continued from 11/19
私が熊本大学に赴任した当時から「教育工学=理科教育・科学教育」といった状況はかなり続いていきました。しかし、そのとき私には「教育工学」が誤解されていると思われました。「教育工学」は科学的に教育過程を分析し、それを実践に活かすことを目的にしているのです。それは「科学教育」ではなく「教育科学」と呼ぶべきものであり、「科学教育(含教育工学)」という位置づけそのものが適切ではないと感じたのです。
そもそも私は「工学」とは「科学性」と「実践性」を同時に備えたものとして捉えていました。事実、当時の「教育工学的研究」に「マイクロティーチング」と名付けられたアプローチがありました。これは文字通り「マイクロ=小規模」な条件下で教師の様々な働きかけの効果を明らかにするもので、心理学の小集団実験に近いものです。その中には「機器の活用効果」が含められることは当然ですが、教師のコミュニケーションスキルや対人関係力なども重要な要因になるのです。
これに関しては、初代センター長吉良偀先生と佐藤静一先生(第5代目センター長)との共同研究も進めました(吉良・佐藤・吉田1980.「教授訓練におけるマイクロティーチング的手法の研究.
熊本大学教育学部紀要(人文科学), 29, 221-236.21. 吉田・吉良1982.「マイクロティーチングにおけるモデリングの機能. 熊本大学
教育学部紀要(人文科学), 31, 279-287.)。 |
Short shot : Convinic Economy (8:10am) 2018/12/13 Thu 6071
ド素人経済学者として、かなり前から頭をめぐっている「キーワード」がある。それは〝Convinic Economy〟だ。その詳細は「味な話の素」の特徴である「ダラダラ連載」になるに違いない。そこで〝Short
shot〟として「一言概要」だけ記しておきたい。それは、今後、「コンビニ」が「大ショッピングモール」と交替していくという私の予想に関係している。わが国は少子高齢の国となる。そんな状況で大規模工場で大量生産することでは生き残れない。それとは真反対の「コンビニ的(convinic)」視点こそが不可欠だという提案である。 |
「新」ネタ 2018/12/13 Thu 6070 continued from 12/07
釈迦が言うところの「四苦八苦」は、つまるところは「人生はあの世に逝くまで問題と格闘しなさい」という意味だろう。【旧約聖書:伝道の書 1-9】に〝There
is nothing new under the sun〟と記されているらしい。たしかに、この世の中に「新しいもの」などあり得ないと思う。私なんぞが「たったいま、思いついたぞ」と興奮しても、うん千年の歴史の中でだれかが同じことを考えたり言ったりしているに違いない。
しかし、それでめげていては思考が停止してしまう。そんなわけで、相当程度に能天気であることを自覚している私としては、頭の中で考えたこと、思い至ったことを自分なりに表現していくつもりである。その流れの中で、このところ私は〝Challenge
the 人生〟なる「『新』ネタ話」を「十八番(おはこ)的」に展開している。先週まで連載した「四苦八苦」で触れたが、この「ネタ話」は「人間は受精によって生命を得た瞬間から(死という)問題を抱える」という話からスタートする。そして、その状況は「いま」も、さらに「これから」も生涯に亘って続く。したがって、われわれが「問題」を抱えているの生きているものが背負うべき宿命であることを強調する。 |
11年目の「公開講座」 2018/12/12 Wed 6069 continued from 11/24
私が「公開講座」をはじめて11年目の1994年は衝撃的なことが起きている。教育学部の講座が2つだけになっているのである。このあたりの事情はまったく記憶にない。講座数は減少傾向にあったものの、前年でも7講座であるから、やはり衝撃的と言っていいだろう。
私にしても、それまでの「コンピューター」関連の講座は卒業した。本来の専門である「リーダーシップ・トレーニング」に絞ったのである。そのかわりこれをA・Bの2コース開講した。定員は各30名である。スタートした翌年は前年の感触から勢いに乗って42名にし、38名の参加を得たが、「トレーニング」としてはやや人数が多く、2コースに分けたのである。最終的には「Aコース」29名、「Bコース」35名の計64名とわずかながら目標を上回った。期日は7月27日(水)から29日(金)と8月22日(月)から24日(水)の各3日間でトータル20時間とした。受講料は6,100円と変わらない。
なお、「もう一つの講座」は音楽家の吉永誠吾助教授の「楽しい弦楽アンサンブル」である。吉永先生はバイオリンのプロとして知られ、教育学部ならではの「公開講座」といった感がある。 |
モンキーとセニョリータ 2018/11 Tue 6068
バナナ大好き人間です。その種類はたくさんあるようですが、「モンキーバナナ」と「セニョリータバナナ」なんて呼び名を聞いたことがあります。「セニョリータ」がイタリア語で未婚女性を指すことくらいは知っていますが、これがバナナの呼称に使われるのは面白いですよね。そこでWikipediaでチェックすると、レディ・フィンガー (Lady Finger)と言われる種類で「果実の長さが7 - 9cmほどの小型バナナ。皮は薄く、果肉はやわらかくて濃厚な甘みを持っている。日本では主にフィリピンから輸入している。モンキーバナナとも呼ばれる。通称としてフィリピン産をセニョリータ、エクアドル産をオリートと呼ぶ」のだそうです。
「レディ」だから「セニョリータ」ということでしょうかね。これと並んで「モンキー」でもあるのですから、そうなると「レディ」はどんな顔をするでしょうか。
ところで、 バナナの生産国ですが、1位がインドで、2位は中国だそうです。その後、インドネシア、ブラジルと続いて5位がエクアドル、日本人にはお馴染みのフィリピンですが、生産量は6位なんですね。台湾は10位以内にランクインされていません(FAO
2016)。 |
今月の表紙 2018/12/10 Mon 6067
(左)Deicing Car(熊本空港) : 数年前に千歳空港で飛行機に降った雪を取り除いている機械を見た。そのときは「さすが北海道、九州ではあり得ない」などと思っていた。ところが12月の熊本空港でも似たような装置が登場したのでいささか驚いた。このときは翼についた氷を溶かしていたのだと思う。ネットで調べると〝Deicing
Car〟と呼ばれるものだった。〝Deicing Car〟、つまりは「溶解氷車」とでも訳すのかしら。ともあれ九州にも「あった」というわけである。
(右)新幹線の連結(東京駅) : 新幹線の連結は九州では見られない。東北新幹線の「はやぶさ」「やまびこ」と連結する通称「ミニ新幹線」で、標準軌道幅にした在来線を走る。その一つは福島で別れた「つばさ」が山形へ向かう。もう一つは盛岡から秋田まで走る「こまち」である。このときは2セットが並んでいたので九州人としては迷わずシャッターを切った。ただし、どれとどれが連結しているのかをちゃんとメモしていなかった。もちろん、見る人が見れば正解はすぐにわかるはずなので、私としては「楽しい個人的体験」を伝えるだけで満足感を味わっている。 |
高さんからの手紙(90) 2018/12/09 Sun 6066 continued from 12/02
高さんが集団力学研究所を退職する前後のことが綴られる。
長崎でも小生に本当の関心があったのは実践活動そのものでした。ただ長崎の場合は三隅先生や貴兄や篠原さん(彼はPMサーベイのデータを眺めながらかなりクールな意見を言っていました)等、日本でもトップレベルの九大研究者グループが背後に存在していたために、総合的に見た場合「Action実践+Research研究」が実現したということになります。三隅先生は当時「なにも研究所を辞めることはないよ」とは言ってくれましたが、当時の自分の選択は間違ってはいなかったと思います。その方が結果的に研究所が発展すると考えたのです。(その意味で小生は死ぬまで研究所の発展を願っている一人のつもりです)
私もトップレベルの研究者の中に入れていただいた点は恐れ多いだけでなく、その評価に忸怩たるものがある。しかし、それが高さんからの評価ということに心からの喜びを感じる。私は、この「長崎プロジェクト」に参加させていただいたことで、自分の「ライフワーク」が決定したのである。それからは、三隅先生からも「吉田君はトレーニングだね」と認知されるようになった。
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「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(12) 2018/12/08 Sat 6065 continued from 11/26
10年経験者研修では大変お世話になりました。耳が痛い言葉ほど今自分に必要な言葉であると感じた一年間でした。「この研修は今日からが本番!!」という気持ちをもって、今後の教職生活を全うしたいと思います。みんなとあたたかく関わりながら、自分らしさを発揮してがんばろうという思いでいっぱいです。一年間、どうもありがとうございました。(小学校教諭 男性)
ここで「耳が痛い」と記されているのは、「同僚教員たち」からの期待のことである。研修では、同じ学校に勤めている教師たちから「もっと実践してほしいこと」と「気をつけてほしいこと」について情報をもらう。その中には管理職も含まれており、また先輩の声もある。これらを真摯に受け止めて、前向きに対応して行くという気持ちが伝わってくる。私は最後のプログラムを「スタートアップ研修」と名付けている。私が受講者たちと関わるのは「ラスト」だが、対人関係スキルアップは永遠に続くチャレンジであり、新たなスタートが「今からはじまる」という意味を込めているのである。 |
「四苦」+α3と4 2018/12/07 Fri 6064 continued from yesterday
さて、「四苦」の+α3は、「求不得苦(ぐふとくく)」となる。人間には求めても得られないものがあるのだ。この「苦」は「求めるもの」が多いほど深刻になる。それは、「求める」ものがなければ「苦」もないということでもある。
しかし、「欲求」がただちに問題だというわけではない。たとえば「生きたい」という欲求はなくてはならない基本的なものである。これがなければ人間そのものが存在しなくなる。しかし、それが行きすぎて、「他人の生きたい欲求」を無視したり阻害したりしてしまうこともある。その典型として、人の命までを奪う悲劇もなくなることがない。そこで個々人が「適度の欲求」をもち、お互いに調和させながら生きていくことが求められるのである。
最後の「苦」は「五蘊盛苦(ごうんじょうく)」だという。五蘊とは「色」「受」「想」「行」「識」の五つで、肉体と精神の構成要素らしい。ただし、不勉強な私だから「すべては苦に満ちている」という意味だとの解説を読んだものの、よくわかっていない。とにもかくにも生きていることは「苦」との戦いだということだろう。こうして、「四苦」+「α4個」=「八苦」というわけだ。私としては人生は「苦」と言うよりも「問題や課題」に対するNever
Ending Challengesだと考えている。 |
「四苦」+α2 2018/12/06 Thu 6063 continued from yesterday
さて、「四苦」の+α2として、お釈迦さまは「怨憎会苦(おんぞうえく)」を挙げておられます。私たちは生きている間に「怨み憎む者」たちと「出会う」ことになります。私たち個々人は独立した個性をもっており、みんな違っています。それは姿形だけでなく、中で考えることも、その結果として現れる行動も異なって当然です。もちろん物の見方や価値観もまったく同じといったことはあり得ません。こうした「違い」から、様々な葛藤や軋轢が生じます。それは「みんなが違っている」ことによる宿命なのです。つまりは、そうした事態から逃れることはできないわけです。これはまさに「対人関係の問題」に他なりません。それならどうするか。そうした宿命を受け止めた上で、それに対する対応について考え、その実現にできる限りの努力をし続けることが大事なのだと思います。よく「ピンチはチャンス」と言われます。これに動詞をくっつけて「ピンチを成長のチャンスにする」にバージョンアップして、果敢にチャレンジしていくことが大いに期待されます。その際に「相手を変える」よりも「自分の方が先に変わる」という気概をもっていたいですね。 |
「四苦」+α 2018/12/05 Wed 6062 continued from yesterday
人間にとって、まずは「生」「老」「病」「死」がきわめて重要な「四つの苦」とされる。われわれが、そのいずれもから逃れることができないのであれば、生きることを通じて「チャレンジ」し続けるといい。「四苦(しく)」は「よんく」とも読める。まさに「四駆=四輪駆動車」のように、「四苦」で人生の地面をしっかり踏みしめて、力強く前進していきたいものだ。
さて、「四苦八苦」だから、まだ「四苦」では足りない。そこで第五番目として「哀別離苦」が挙げられている。これは愛する者と別れなければならない「苦」である。人生において出会いと別れが繰り返される。そのうち、「苦」とされる代表は「死」による離別だろう。
われわれは日々の生活の中で多くの人々と関わり続ける。そして、お互いになくてはならない存在になる人が多ければ多いほど、「別れ」に際しての「苦」も多くなる。しかし、それを「苦」と表現することもできるだろうが、むしろ「悲しみ」と呼ぶべきではないか。その深さは「自分の人生を豊にしてくれた人と関われた証」なのである。そう思えば、「悲しみ」とともに、「喜び」もついてくるに違いない。 |
「四苦」目は「死苦」 2018/12/04 Tue 6061 continued from yesterday
「四苦八苦」の「四苦」目は「死」となる。人生は「生苦」からはじまって「死苦」で終わりを遂げるのである。それにしても「死」によって成仏するとも言うから、これを「苦」と定義するのには、宗教心の希薄な者にとって疑問も残る。たしかに、「自分の心身がすべて終わり」だから、人によっては「もっと生きていたい」「まだし残したことがある」と思えば「悲しい」気持ちになるだろう。そして、そうした「未練」を抱えたままで「おしまい」となるからこそ、「死」は「苦」なのかもしれない。また、身体の状況によっては「苦しい思い」をしながら亡くなる人もいる。
ただ、これは生きている者の永遠の「推測」であり続けるが、本人としてはときには夢を交えながら静かに「死」の世界に移りゆくのではないか。そのときが来れば、大脳が働くことを止め、それに伴って心臓や肺の機能も停止していく。そして、「本人」にとってそれまでと違うことが一つだけある。それは「目覚めの朝が来ない」ということである。
こうした本人にしか体験できないことに対する他者の「推測」がいつの日か科学的な「事実」として明らかにされるのだろうか。そうなれば、「死」は本当の「苦」となるような気がする。 |
第三の苦「病」 2018/12/03 Mon 6060 continued from 11/30
お釈迦さまによれば、第三の「苦」は「病」である。その程度は様々だとしても、万人にとって「病」が「苦」であることは疑いない。そして、世の中には「病」に苦しんでいる人々がいることは厳然たる事実である。しかし、その一方で「病」を受け入れるだけでなく、果敢に戦いながら有意義な人生を送っている方々もいる。
私はエアロビック競技元日本代表の大村詠一さんと彼が学生のころに出会った。大村さんは8歳のときにインスリンが分泌されない1型糖尿病を発症した。このためインシュリンの注射を毎日4回以上する生活を送っている。その人が「エアロビック」でトップクラスの選手になったのである。ご本人は「この病に出会わなかったらいまの自分はない」といった趣旨の発言をしている。
私も書籍やテレビで「病と闘う」すばらしい人々の情報に接するが、大村さんとはじかに会話を交わし、その生き方に「迫力」を感じている。彼はまずもって徹底的に明るい。私との関わりは、彼がはじめて授業を受けたその日にメールを送ってきたことがきっかけである。人と関わりをもつことにも積極的なのである。私には、大村氏が「病は重くても、心は軽く」を実践し、「苦」を「楽」に転換しているように見える。 |
高さんからの手紙(89) 2018/12/02 Sun 6059 continued from 11/25
高さんが集団力学研究所の退職を決めた理由は「国際化」にあったという。さらに手紙の先に進んでみよう。
小生はグループダイナミックスを使って企業の労務部か人事部に入って仕事をしてみたいと思っていただけです。したがって卒業時に大学院に入ろう等とは最初から全く考えていませんでした。唯先日同窓会誌にも書きましたが三隅先生のご配慮で生産性本部に入ったり、ここで集団力学研究所ができたり、たまたま三菱長崎のアクションリサーチに参加したりしたために研究者の仲間と見られるようになったというのが本当のところです。
これが高さんの社会人としてスタートする際の思いだったという。ただし、その根底に「グループ・ダイナミックス」が厳然として存在していたことは疑いない。そこで得られた知見と技法を、目の前で呼吸をしている社会と組織の中へ果敢に導入し、実践的な成果を得ること。それこそが、「グループ・ダイナミックス」の目的であり、存在意義があるのだ。アメリカの思想家である
Ralph Waldo Emerson(1803-1882)が言っている。"An ounce of action is worth
a ton of theory. Don't be too timid and squeamish about your actions."
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俺でもできる… 2018/12/01 Sat 6058
「工場閉鎖と首切りなら俺でもできる…」。ゴーン会長の逮捕は、事情を知らないものには青天の霹靂だった。まさに電撃的なニュースが駆け巡った後、閉鎖された日産の工場に働いていたという男性が冒頭のことばを発したのである。
それは前世紀末のことだった。コストカッターの異名を背負ったゴーン氏が5つの工場を閉鎖して2万人以上の人員を削減した。そうした「効果(?)」があって、日産は「V字回復」を達成した。それが高く評価されてゴーン氏は神様となった。
その一方で、日産では検査に関わる不正などの不祥事が発覚し続けた。その原因がゴーン氏のなりふり構わないコスト削減にあるという「見方」も見え隠れしてはいた。しかし、外から見る限りゴーン氏の責任を追及する事態は起きないようだった。人は神様になってはいけない。
私はツイッターやフェースブックとは無縁だが、あの橋下徹氏がツイッターで「ルノーやゴーン氏に助けてもらわなければならないほど日産をダメにした、日産の経営陣がバカだろう」と呟いたという。文末はいかにも氏らしい過激な言い回しだが、前世紀末の日産をどん詰まりの状況にまで至らしめた経営陣がいたことだけは疑いない。 |
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