母の五十回忌 2018/10/31 Wed 6018
一昨日は母の命日だった。母が亡くなったのは1973年10月29日のことである。朝の5時過ぎに家族に看取られながらこの世を去った。享年47歳であった。いまなら疑いなく手術ミスと認定されたにちがいない状況であった。
あれから45年もの年月が走り去ったことになる。ふと気が付くと、母の生涯47年にも達するほどの時間が経っている。この世には回忌法要というものがある。一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌、二十七回忌、三十三回忌、…。すでに母の三十三回忌は終えている。ある情報によれば、三十三回忌で故人は「成仏」し、「ご先祖」になるのだという。したがって、これが最後の法事とされているらしい。そもそも、このくらいまで行けば、残された者たちの寿命が尽きるだろう。
しかし、私たちは五十回忌まで営む確固たる意思を持っている。それが可能であるのは、母がそれだけ若くして亡くなったからである。もちろん、私自身が70歳を超えたのだから、あと4年はしっかり生きていかなければならない。とにもかくにも、「五十回忌」まで達しないままで母を「ご先祖様」にするわけにはいかない。 |
Short shot(6:16am)金魚の糞的たたきあげ 2018/10/30 Tue 6017 私の「トレーニング」はいわゆる「たたき上げ」によって「トレーニング」されたのである。その際に最も大きな影響を与えたのが高禎助氏である。はじめは「金魚の糞」のように大先輩たちに「くっついて」トレーニングに出かけたいた。そこで「話の仕方」、今日の「プレゼンテーション技法」と言うべきものを身につけていった。
ところで、長崎造船所のトレーニングは雲仙の小浜にある国民宿舎の一部を借り切って行われた。そのときの思い出の一コマに高さんの〝labor から
work へ〟という話がある。 |
7年目の「公開講座」 2018/10/30 Tue 6016 continued from 10/15
「公開講座」も年を重ねて、1990年には7年目を迎えた。この年は9講座で、私の担当は「パソコンソフト入門」のみになった。これを「A」「B」の2コース開設した。8月1日(水)から3日(金)と6日(月)から8日(水)の合計6日間である。最終日は9時から16時で、合計20時間になっている。定員は25名、受講料が4,940円である。時間が増えたことから、それに伴って上がっている。
「パソコンソフト入門」はこのときも〝Lotus 1-2-3〟を使っている。前年まで大車輪で4コース、「夜間」の21時までの開講だったが、ここで「常識」的なレベルに戻ったようだ。日記をチェックすればその理由はわかるかもしれない。さすがに「疲れた」かとの推測も成り立つが、当時の私は夜間を忌避するメンタリティでなかったことは疑いない。
また、「ワープロ入門」がなくなった理由も記憶していない。こちらは「専用機」を借用していたことでもあり、そのあたりの調整がむずかしくなったのかもしれない。ジャストシステムと交渉して「一太郎」の3.5インチフロッピー版の貸出を受け、パソコンで「ワープロ入門」をしたときもあるが、その時期は定かではない。はるか昔の物語である。 |
Short shot(6:27am)「ライフワーク」の発見 2018/10/29 Mon 6015
私は三菱重工長崎造船所の「全員参画による安全運動プロジェクト」に参加することができた。当初は学部学生だったから、末席の末席を汚すだけだった。しかし、ほんの「覗き見」程度だったとは言え、造船というモノづくりに勤しむ人々がいる仕事場の空気に触れることができた。また、その現場で指揮をとる作業長を対象にした「リーダーシップ・トレーニング」にも参加した。そして、そこで展開されるダイナミックスが私の体に少しずつ染み込んでいったのである。そうした中で、私は「リーダーシップ・トレーニング」の面白さの虜になり、ついには「ライフワーク」として生涯を通じて関わることになった。 |
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(8)2018/10/29 Mon 6014 continued from 10/20 吉田先生の話は何度聞いてもためになり、また面白いです。話の組み立て方も勉強になります。前回お聞きした講話と今回の10年経験者研修で、さすが吉田先生と思われる共通点を見つけました。それは粘着質にならなくてはいけないという部分です。先生の今回の数回にわたる研修は非常に粘着質で、とても丁寧に資料も準備していただき私たちの教師としての資質を向上するために粘り強く研修してくださいました。私は学級の子どもたちにも先生の粘り強い取り組みの方法をまねしながら、手立てを打っていきたいと思います。先生のように、いつも前向きに明るく頑張ります。一年間、大変ありがとうございました。(小学校教諭 男性)
これほど持ち上げてもらったら、言うことはない。私は研修や講演会で「ホームページ」を紹介する。お勧めの読み物等を挙げた上で、「味な話の素」にも触れる。そもそも話のトピックスとしても「味な話の素」から引用することが多い。つまりは、そうした材料にするために「話の素」を書いているのでもある。そこで、私は〝Back Numbers〟欄まで開けて、2003年4月29日からずっとアップし続けていることを「自慢」する。そのとき、続く理由の一つに私の「粘着質」を挙げるわけだ。これを「肯定的」に受け止めて、ご自分の仕事に生かしていただけるというのだから、ありがたいと言うほかはない。 |
高さんからの手紙(84)2018/10/28 Sun 6013 continued from 10/21
公式に「事故防止」を「全員参画」の運動として掲げることがむずかしい状況の下で、岩井氏は新しい試みを「組溶3係」をパイロットヤードにしてはじめることにしたのである。私の記憶では、「組溶3係」は「船殻工作部の組み立て溶接第3係」だったと思う。ここで「船殻」と呼ばれるのは、「艤装(ぎそう)、機関などを除いた、船の骨格と外郭を形成する構造主体。工場で作ったブロックを船台上あるいはドックで組み立てる(マイペディア)」である。これに対して「艤装」は「船としての機能するために必要な装置や設備の総称であり、またそれらを取り付ける作業を指す。船体をおおまかに完成させ進水を終えた後に行われることが一般的(ウィキペディア)」とされる。
すでに高さんの手紙で語られていたように、長崎造船所における「全員参画運動」のルーツは、1966年12月に平田氏が艤装工作部で開始した「作業班別話し合い運動」にある。ともあれ、後に船殻工作部全体に広がっていく一大プロジェクトは、組織として大々的にスタートしたものではなかったのである。こうしたことから高さんの立場は必ずしも明確ではなかったようだ。 |
「周回遅れ」の残像 2018/10/27 Sat 6012
「中国の発展ぶりに驚き 日中高校生が交流」 こんな見出しの記事を見た(8月3日 熊本日日新聞夕刊)。日本の高校生ら16人が北京に出かけ、中国の若者たちと交流会を開いた。「進んだ技術が想像以上に身近になっている」「相互交流の重要さに気付いた」といった声が上がったという。新興企業や大学のAIの研究組織なども視察した。また、スマートフオンを使った電子決済やシエア自転車の普及ぶりにも驚き、「都会だとは聞いていたが、まるで未来都市だ」と感想を述べている。
これが「現実」である。われわれ世代は、想像を絶する「周回遅れの中国」が頭にこびりついていて、いまでもそうした基準で評価をしがちではないか。GDPだけが国の真の力ではないとしても、ついこの前まで「日本はGDP世界第二」などと言っていた。しかし、彼の国の「後ろ姿」は猛スピードで遠ざかっている。
「昔は日本人のノーベル賞受賞者がドンドン出てたんだけどね。いまや中国人ばかりだ」。私がこの世にいる間にこんな慨嘆を聴くことになるのかどうか。ともあれ、これからの若者たちには「現実」を見て、しっかり行動し未来に向かって前進していただきたい。 |
アクシデント(2) 2018/10/26 Fri 6011 continued from 10/18
渋滞でやむを得ず遠回りを覚悟して初めての道に入ったのですが、すぐに左折できる道路を発見しました。これは幸運でした。この道なら、シネコンを出たときに行こうと思っていた大通りまで比較的早く、しかも簡単に到達できるはずです。そして、それは思った通りでした。道路は真っ直ぐに延びていて、かなり先の方ですが、「大通り」に繋がっているのがわかりました。
それから大通りに近づいて行ったのですが、そこに入るための車がけっこう並んでいます。そこには信号がないのでなかなか入れてくれない感じです。それでも左折ですから、そのうち入れるだろうとの思いがありました。ところが、さらに進んで見ると大通りまで直線で続いていると思っていた道の直前がお店の駐車場になっていたのです。そして道路そのものは右に90度しっかり曲がっていたのです。そして左側は大型電気店の建物があって壁になっています。こうなると、「お店」に寄らないのに、その駐車場を通り抜けすることになります。それがわかった瞬間、私の心に迷いが生じました。 |
「免震」の「背信」 2018/10/25 Thu 6010
「免震」装置を製造する会社が「大激震」で信頼は一気に崩壊している。一連の経過を見ていると、自らの組織には「免震装置」を付けていなかったようである。それに案の定と言うべきか、「免震装置」のデーター改ざんは「他の会社」にも広がっている。この流れもしばらくは止まらないだろう。これでは「免震」ではなく「背信」であり、信頼から逃げてしまう「免信」ではないか。
このところ、わが国では官民を問わず、「改ざん」に対する意識が低下しているように見える。つまりは「約束を守る」という「基本」の「基本」がないがしろにされている。「そもそもの基準が厳しいのだから、少しばかり外れても大丈夫」。そんな「自己合理化的認識」が組織で、職場で、仕事仲間の間で共有化され、これに納期などの外圧が加わる。もう、仕事や成果に対する「責任」も「誇り」という言葉も死語化したかのようだ。
そんな思いがあるためか、昨夜、私の夢の中にマグレガーの亡霊が出てきた。彼は「人間ってのは『X理論』で対応すべきなのかなあ」と暗鬱なる表情をして嘆息していた。もちろん、この話は嘘ですが…。 |
第三の定年 2018/10/24 Wed 6009
おかげさまで、つい先だって70歳となりました。すでに4年半前に熊本大学の定年である65歳でめだたく退職いたしました。その後、ありがたいことに「シニア教授」として採用され、今日まで現役時代と変わらない環境で仕事をさせていただいています。この「再雇用」にも定年があり、満70歳になった年度末までです。つまり、私は来年3月31日に第二の定年退職をするわけです。このとき、九州大学の助手に採用された27歳からずっと続いていた「組織人」としての生活が完全に終わりを告げます。
職業人のスタートが1976年4月ですから、なんと43年にもなるのです。もっとも、いまのところ体調はすこぶる良好で、「動きを止めると死んでしまうマグロ体質」にまったく変わりがございません。ほんとうに「ありがたや、ありがたや」の心境です。来年度からは心身共に「フリーター」になりますが、私としては勝手ながら「第三の定年」を「75歳」に設定するつもりでおります。もちろん、それまで「体と頭」あるいは「頭と体」がまともに機能するかどうかはわかりません。ただ、それは「人生」を通じて言えることなので、「そのときはそのとき」です。はい。 |
先送り体質 2018/10/23 Tue 6008 共同通信によると、2015年の時点で韓国の単身世帯が34%になったという。その内訳は未婚者が約44%、配偶者との死別が約30%だった。さらに離婚率も約16%と上昇している。これに高齢化も加わり、65歳以上が14%を上回った。ただし、わが国はすでに27%だから、すでに先行きの不安を打ち消せない段階に達している。
韓国の人口は2017年11月時点で約5142万人ほぼ半分である。いずれにしても、一定の経済水準に達した国々では類似の現象が起きてくる。こうした事実は何十年も前からわかっていたことである。しかし人類と呼ばれる生きものは、「先のことはわかっても、むずかしいことは先送りする体質」をもっている。いつまでたっても「待ったなし」と言い続けるだけで、ついには破壊の時期を迎えるように思える。そうなると、お互いを破壊しあう深刻な事態まで引き起こす。
こうした性向は個々の人間だけではない。その人間を国民としてみれば、国家が「先送り体質」を常備していることは、すでに1000兆円を超える借金を膨らませたことで実証済みである。さらに、組織も人間から構成されている。世の中に明らかにされる事故や不祥事のほとんどが、「問題に気づいて」いたにもかかわらず、その解決を「先送り」した結果であることは疑問の余地がない。 |
3秒10円時代 2018/10/22 Mon 6007 大昔(1992年)の「通話明細書」が出てきた。当時のDDIのもので、行橋に午前9時27分から44分9秒かけて2,110円である。行橋には家内の両親が住んでいた。福岡は19分3秒で590円になっている。東京は7分19秒かけて240円の記録もある。
いまでは一定金額で「かけ放題」などのサービスや、さらに「無料電話」まで存在しているらしい。卵の価格が相対的に低価格を維持していて、「物価の優等生」と言われていた。これに対して電話代の方は「維持している」どころか「超低価格」になっている。それはもう「優等生」などといった表現では事実を伝えることができないほどである。
たとえば、私が20代のころ、公衆電話で東京にかけると3秒で10円だった。一言だけ話し、相手の声をちょいと聴くと「カチャン」と10円が落ちる音が響くのである。しばらくしてから100円玉も使えるようになった。ところが、こちらは100円が落ちたら最後、途中で終わっても「おつりなし」の優れものだった。
そんなわけで、電話することはいまの若者たちが想像すらできないほどお金のかかる行為だったのである。そうした時代を体験した団塊世代は、今日でも「市外通話」というと「びびって」いるかもね…。 |
早朝夕刊(5:52am)ジュリーの「どたキャン」2018/10/21 Sun 6006 沢田研二の「コンサートどたキャン」が話題になっています。ジュリー君は御年70歳、私と同じ1948年生まれです。古稀を記念して年間66回のコンサートツアーをしているそうです。まあ、スケールは比較になりませが、私も向こうを張って、66回の講演・研修ツアーにチャレンジしますか…。
私は基本〝Yes man〟の人生を送ってきましたから、状況が許せば大抵は〝Yes〟です。比較的規模の小さい学校の講演会にも出かけます。いざ会場にいくと校長先生が「今日は参加者が少なくて申し訳ありません」とお詫びされることもあります。しかし私は人数にはこだわりません。たとえ少人数であっても手を抜いたりはしていないつもりです(これって自慢?当然でしょ)。それが〝Yes
man〟のあるべき姿(?)だと思っているわけです。ジュリー君とは年齢は同じでも格が違い過ぎますけどね…。 |
高さんからの手紙(83)2018/10/21 Sun 6005 continued from 10/14
高さんの手紙は長崎造船所における「全員参画運動」のスタート時の事情を語る。
岩井さんもグループダイナミックスの導入で事故防止に成功したのは西鉄実験だけであり、造船現場で導入し成功したケースは世界になかったわけですから、所全体の労務部の安全管理方針に最初から対立する方針を公式に打ち出すわけには行かなかったのだろうと思います。「組溶3係」をパイロットヤードに先ず実績をつくることから始めようというのが岩井氏の考えでした。安藤先生などもパイロットヤードの実験を高く評価してくれているようですが、これは私の発想ではなくて岩井さんの指示によるものでした。
いつの時代も組織は「公式」「建前」が前提で仕事が進められる。事故防止も「トップダウンで」が大前提の中で「全員参画による活動を安全に結びつける」ことは、まさに「新たな挑戦」だったのである。もちろん、組織が「公式」や「建前」を基に動くのは当然である。それは、組織内で「基準」を明確にすることでもある。個々人が勝手に「本音」や「自分の基準」で行動すれば組織は混乱する。このところ頻繁に発覚する「不祥事」は「すべきこと(公式・建前)」をないがしろにしていたことから発生しているのである。 |
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(7)2018/10/20 Sat 6004 continued from 10/12 一年間、本当にお世話になりました。大学の時や教員免許講習でも先生の講義をとっていた隠れファンです(笑い)!対人関係トレーニング研修では、自分の期待されている部分や自分に足りない部分がはっきりしたことで、これからの目標が明確になりました。これから学校の中堅的立場として先生から教わったことを生かしていきたいです。先生もまだまだ現役をつらぬいてください!(小学校教諭 女性)
「隠れファン」などと言われると、またまた調子に乗ってしまう私がいる。大学時代から講義を聴いてもらっていたとなるとけっこう長いお付き合いである。それに免許更新講習では選択必修講座を担当しているから、本気で選択していただいたわけだ。ありがたや、ありがたや。
「中堅教諭等資質向上研修」で、私は「対人関係トレーニング」というタイトルで仕事をしている。それは、受講者が自分の学校で一緒に働く教師たちから「もっと伸ばしてほしいこと」「少し気をつけてほしいこと」について「自由記述による」回答を得ることから始まる。同僚たちから「自分への期待と課題」を提示してもらうのである。これを分析することを通して、実践する行動目標を設定する。そして一定期間後にそれについて同僚から評価を受けるのである。こうした過程を通して個々人の行動変容と成長を促進する。こうした研修の目的が達成されていると思ってよさそうだ。 |
「結果」と「原因」の取り違え 2018/10/19 Fri 6003 今度は免震に関わる装置の数値改ざんである。それが20年近くも続けられていた可能性があるという。日本製が高品質だとはすでに神話になりつつあるのではないか。とにかく、「このごろ」明らかにされる「不正」が「高品質」を謳歌していた「あのころ」から行われていたと聴けば、誰だって暗澹たる気持ちになるに違いない。
今回、改ざんに関わった担当者は「納期に間に合わせるためだった」「検査で不適合となれば、部品を分解して再検査まで5時間かかる」と言っているらしい。いまや、自分の仕事に誇りと責任がもてない時代なのだろうか。もちろん当事者たちの責任は免れないが、そうした行為に走った原因を「個人的問題」に帰しておしまいではまずいに決まっている。
ただ結果としては「震度7程度でも倒壊の恐れはない」という。つまりは「問題は生じない」というわけだ。こうした説明はもう聞き飽きた。それは「改ざん後」の「結果」ではなく、「どうせ大丈夫なんだから、少しくらい改ざんしても問題ない」という気持ちを引き起こす「原因」なのではないか。
こうした問題が発覚すれば、個人は言うまでもなく組織の存続まで危うくなる。そんなこと、誰にだってわかる。それができないのだから、その原因は個々人だけに帰することはできない。 |
アクシデント 2018/10/18 Thu 6002 それは2016年9月22日のことでした。家族で映画を観に行った日に「事故」に遭ってしまいました。その当時も、本欄で少しばかり触れたのですが、まだ日が浅いこともあって「倉庫」に保管していました。それから2年が経過したので、改めて話題として取り上げようと思います。
そもそもの始まりは菊陽町の「光の森」にある映画館に出かけたことにあります。我が家から車で30分ほどの距離です。この年は大地震のため「我が家の『庭』にあるシネコン」は閉鎖したままでした。そんなこともあって、久しぶりの映画鑑賞となりました。しっかり楽しんでの帰りがけですが、駐車場の出口からして猛烈な渋滞でした。当初は左に出るつもりでしたが、ほんの先の交差点で車が動かない状況です。
そこでやむを得ず右折に切り替えることにしました。そしてようやく道路に入ったのですが、JR「光の森」駅前も大混乱です。ここでは右折したかったのですが、こちらも狭い交差点でお互いに「譲るもんか」の突っ張りあいで二進も三進もいきません。そんな状況ですから、自他共に「根っからの気弱」を認める「私」は仕方なく左折したのです。この方向に曲がるとかなり遠回りにはなるのですが仕方ありません。こちらに進むのは初めてでしたがとにかくそちらに向かったのです。 |
危うき「権威」 2018/10/17 Wed 6001 生理学・医学部門でノーベル賞を受賞した本庶佑が「マスコミの皆さんはネーチャーやサイエンスに掲載されると大騒ぎするが、本物は1割程度で9割は嘘です」といった趣旨の発言をしていた。人の発言ながら「嘘」と断言するのを聴いて「おいおい、大丈夫かい」と勝手ながら心配した。しかし、それは権威をありがたがることに対する痛烈な批判だと考えれば、まさに痛快でもあった。
本庶氏は科学における「疑うこと」の重要性を強調していたが、それには「権威ある雑誌」に対しても「疑念をもつこと」が含まれるに違いない。かつて、「ソーカル事件」なるものが起きた。ニューヨーク大学のアラン・ソーカル物理学教授が、科学用語と数式を含めながら、いい加減な内容の哲学論文をでっち上げて投稿したところ、ソーシャル・テキスト春夏号にそのまま掲載されたのである(1996年)。そもそもの動機は数学や科学用語を使用して権威付けようとする者たちを批判することだったようだ。
私なんぞが叫んでも、犬の遠吠えと言われるだろうが、権威ある(?)雑誌に載らなくても、大学のRepositoryを通してたくさんの人たちに読んでもらう方が格段に満足できる。 |
生と死と意志 2018/10/16 Tue 6000 デカルトは「我思う故に我あり」と言った。そもそも「存在」とは何か。それを知るために、デカルトはこの世の中のありとあらゆるものの存在を疑った。そして、最終的には「疑い続けている自分」が「存在」していることだけは「確か」だとの思いに至った…。素人哲学者としては、この程度の理解度である。それも正しいのかどうか、けっこう怪しい。
そんな私が人間に関して「これは間違いない」と「確信」していることがある。それは、「この世の中に自分の『意志』で生まれてきた人はいない」ということである。そもそも「意志」とは大脳機能と深い関わりをもっている。卵子と精子は大脳を装備していないし、その出会いはきわめて偶然性が高い。悠久の時間が流れる中で一人ひとりが生を受けたのである。そこで私は直感的に考える。いや、それは短絡的だと言うべきかもしれない。それはどうであれ、自分の「意志」で生を受けたのでないのなら、「死」だって、自分の「意志」で絶ってはいけないのではないか。
他人には計り知れない苦悩を抱えている人がいる。私には、そうした方々に説教じみたことを言う資格はない。それを承知の上で、「自分の『意志』で自分の命を奪うことは止めにしませんか…」。
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平成の「公開講座」 2018/10/15 Mon 5999 continued from 10/08 元号が平成に変わった1989年の「公開講座」は11講座がリストに挙がっている。この年も私は「ワープロ入門」と「パソコンソフト入門」の2講座を担当した。ただし、さらに調子づいたようで、いずれも2コースになっている。
まずは「ワープロ入門」が7月24日(月)、25日(火)の2日間で、9時から17時の開講である。こちらは14時間で前年と同じだが、これに「夜間コース」なるものが登場する。これを26日(水)から29日(土)の4日間に亘って18時30分から21時までやっている。この4日で10時間だから「昼間コース」より4時間少ない。受講料はいずれも4,120円で、前年よりも「値上げ」されている。
もう一つの「パソコンソフト入門」も「昼間」「夜間コース」の二本立てだ。こちらは7月31日(月)から8月5日(土)まで6日間のぶっ続けである。前年度も「若さ」が出ていると思ったが、これだけの仕事ができたのかと、われながら驚いてしまう。じつは、後に開講する「リーダーシップ・トレーニング」でも「夜間コース」を設定したが、「パソコン」講座の「夜間」はまったく憶えていなかった。なお、定員は4コースとも20名だった。 |
高さんからの手紙(82)2018/10/14 Sun 5998 continued from 10/07
岩井氏の長崎造船所船殻工作部復帰とともに三隅先生との話し合いが行われ、高さんは長崎に出かけることになった。しかし、その出だしは超順調でもなかったようだ。
ただし小生は集団力学研究所と三菱長崎造船所との正式な契約で行ったわけではありません。当時の安全管理は長崎造船所の労務部安全課が管理していたのですが、事故防止は「上部からの安全規則の徹底と違反者に対する徹底した処罰」が基本でしたから船殻工作部の全員参画運動とは真正面から対立するものだったわけです。艤装工作部の話し合い運動は成功していましたが、これは安全には一義的には関係なく作業工程への参加がメインテーマであったわけです。労務部としては当時最も災害が多発し死亡災害もでていた船殼工作部に対して公式にはトップダウン方式による安全管理方針を変更するわけにはいかなかったわけです。
この時代の雰囲気が伝わってくる。安全も「徹底したトップダウン」が大前提だったのである。それはトップだけでなく、船をつくる現場でも「作業長」は絶大なる力を持っていた。そんなことで、安全のために部下の意見を聴くなどといった状況は想像すらできないことだったに違いない。 |
早朝夕刊(6:42am) 誕生日の新聞 2018/10/13 Sat 5997 私が還暦を迎えたとき、誕生日の新聞コピーをいただいた。西日本新聞だった。トップは「政界浄化へ邁進 吉田首相抱負を語る」である。はじめに6行のリードはあるものの、いきなり「問」「答」の問答形式になっている。今日では考えられないパターンである。その横には「明朗政治の確立へ 首相・國民の協力を切望」という囲み記事もある。組閣に当たって首相は「すべてのやましい事件に関係している人は避ける」と答えている。このときも政界がらみでやましい事件があったのである。そもそも大見出しからして「政界浄化」である。このときから70年、政治は進化したのでしょうかね。 |
タモリたちとの共通性 2018/10/13 Sat 5996 タモリ、森口博子、博多華丸、氷川きよしと私には共通点がある。それは福岡市立高宮中学校だ。ただし、同校の卒業生は芸能人の4人で、私が卒業したのは福岡市立香椎中学校である。現在は香椎第一中学校に校名が変わったと聞いたことがある。
私は大学4年生のとき、卒業する先輩のOさんから高宮中学校で警備員をするバイトを引き継いだ。警備員といっても、体力のない私だから、担当は土日の日直である。夜間は屈強な福岡大学の剣道部員が引き受けていた。ちょうど職員の日宿直から警備会社へ委託されるようになる過渡期である。
土曜日はお昼過ぎから夕刻までで、日曜日は1日の勤務だが、人はほとんど来ないし、電話もめったにかからない。そんなことで、数回の見回りを除けばほとんどフリータイムだった。そうした環境で、私の卒論は高宮中学校で書いたと言っても過言ではない。タイガーの手回し計算機を使ってデータ処理をした。日曜には事務職員Tさんの息子さんがやってきて、家庭教師もした。バイト中にバイトをしていたのだから職務専念義務違反ということになろうか。それも半世紀近く昔のこどだから立派に時効が成立している。
まあ、そんなこんなで冒頭の芸能人たちが中学生だったころとは重なりもなく、ただそれだけのお話しでした。 |
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(6)2018/10/12 Fri 5995 continued from 10/05 先生には1年間大変お世話になりました。いつも先生の研修を楽しみにしていました。先生のご講話はおもしろくてかわいらしく(すみません)、最後にはしっかりと納得させていただける大変心に残るものばかりでした。私も先生のような教師になれたらと思います。時折、先生のホームページを拝見させていただき、元気をいただきたいと思っています。また研修(リーダーシップ)においても、自己を省みることができ、仕事をしながらいつも3つの行動目標を気にかけていました。大変緊張感のある、充実した毎日を過ごすことができました。先生のお陰です。先生におかれましては、お忙しい日々かとは思いますが、お体をご自愛され、いつまでもお元気でいてください。(小学校教諭 女性)
古稀を迎えようというのに、「かわいらしい」と言われて年甲斐もなくけっこう喜んでいる。研修で決めた「行動目標」を「いつも気にかけ」「緊張感をもって」仕事に取り組むことが「行動変容」をもたらす。こうした研修はささやかなきっかけになればそれでいい。その結果もまずは「小さな成功体験」で十分である。それが「小さな自信」になり、〝Never
Ending Challenge〟のエネルギーを生み出せば、こんなすばらしいことはない。 |
法治国家というもの(8)2018/10/11 Thu 5994 continued from yesterday
「あおり運転」の裁判の「最終回」である。テレビや映画では攻める検事と防御する弁護士が激しい議論を展開する。そして、弁護側が予想もしなかった「隠し球」を投げつけて攻守逆転、まさに「逆転満塁サヨナラホームラン」となる。まあ、実際に傍聴したことはないから、いつもの邪推レベルだが、これはどう見てもテレビの見過ぎなのだと思う。
この事件の記事では「公判前整理手続き」なるものが登場している。これは要するに裁判官と検察官、それに弁護士が「事前に打ち合わせ」をするものだと思われる。つまりは「こういう法律をもとに裁判を進めることで、皆さんよろしいですね」という感じで、公判を含めた裁判の段取りがあらかじめ話し合われるのである。それは、国会の審議で事前に提出された質問について官僚が原稿をつくり、それを閣僚が読んで答弁する状況と変わらないのではないか。
そうした流れの中で、「検事さん、私としては本件にこの法律を適用するのは無理ですなあ…」と「事前に説明」したということだろう。さすがに裁判官は「これで無罪にあるのはまずいなあ」と考えて、事前に訴因の変更を勧めたのではないか。この「邪推」が当たらずとも遠からずとすれば、私たちの目に見える裁判はじつは「事前のシナリオ」どおり展開されているだけのように思えてくる。 |
法治国家というもの(7)2018/10/10 Wed 5993 continued from yesterday
「あおり運転」の裁判の連載はあと1回は続きそうだ。私は「裁判員裁判に向け、横浜地裁が危険運転罪の適用に否定的な見解を『公判前整理手続き』の中で示していたことが分かった」という部分に興味をもった。
現在は、教育の一環として中学生の裁判所見学もあるようだが、一般人が実際の裁判を傍聴することは少ないと推測する。私の場合、大学時代の友人が裁判官として熊本地裁に勤務していたことがある。あるとき、司法修習生に対する講話を頼まれた。私はその際に生まれてはじめて法廷に入った。しかも裁判官たちが入廷する「向こう側」のドアから入って、いろいろ説明をしてもらった。いまのところ、私が法廷に「入った」のはこれが最初で最後である。
裁判は「公判」と呼ばれるように、「公開」が原則だから、誰でも傍聴することができるわけだ。しかし、多くの一般人はテレビドラマや映画でしか裁判の様子を知らないのではないか。そこでは検事と弁護士が丁々発止、つばぜり合いをしながら緊迫した時間が流れる。そして、ついには相手側を仰天させるような「隠し球」を突きつけて法廷が騒然となる。それはまるで「逆転満塁サヨナラホームラン」を彷彿とさせる。 |
法治国家というもの(6)2018/10/09 Tue 5992 continued from 10/03 「あおり運転」後、高速道路上に車を止め、4人が死傷した事件の連載6回目です。検察は担当判事から「危険運転致死傷罪」の適用がむずかしいと言われたわけです。そこで検察は、「高速道路上にワゴン車を止めたことで、その相手を死に至らしめた」ことから、「監禁致死傷罪」へと訴因変更を請求したのです。
この「監禁致死傷罪」は最高刑が懲役20年で、その刑期は「危険運転致死傷罪」と同じになります。これに対して「過失運転致死傷罪」は最高刑が懲役7年ですから、両者には相当な違いがあります。起訴した罪が、「その法律の罪には該当しない」となれば被告は「無罪」なのです。そんなことから検察としては「同じ刑期を求刑できる」法律を使うために、「訴因変更」をせざるを得なくなったのでしょう。それが「人を裁くのは法律による」という法治国家の「約束事」なのですね。
ろころで、私は法律の「専門家集団」の世界は一般庶民の日常的判断基準あるいは価値観からかなり離れていると思うことがあります。そうした「乖離はまずい」ということで「裁判員制度」ができたのでしょう。制度が導入された当初、法曹関係者たちの「裁判員の(新鮮な)視点に驚いた」といった類いの声が取り上げられていました。こうした話を聴いて、私なんぞは「いまごろそんなことに気づいたのかい」と「驚いた」ものです。現実には新しい制度が本来の目的を実現するものになっているかどうかはよくわかりません。 |
30代最後の「公開講座」 2018/10/08 Mon 5991 continued from 10/01 「公開講座」の4年目は1988年(昭和63年)だから、「昭和最後」の講座になった。この年も教育学部全体は12講座で、私は「ワープロ入門(前・後期)」と「パソコンソフト入門」を担当した。「ワープロ入門」は「前・後期」として同じものを2回実施している。前期は7月22日(金)~23日(土)、後期は25日(月)~26日(火)の4日間である。朝の9時から17時までの7時間びっちりのスケジュールだった。
「パソコンソフト入門」は〝Lotus 1-2-3〟を使った。いまや〝Excel〟の時代だが、当時は〝Lotus 1-2-3〟こそが表計算ソフトの代表だった。こちらは7月28日(木)~29日(金)の2日間で、やはり14時間である。定員はすべて20名だったが、ありがたいことにすぐに満員となった。それだけ強い需要があったということだ。受講料はそれまでと同じ3,000円をとキープしている。
それにしても、22日から29日までの1週間で42時間の講習である。私はこの年の秋には40代に突入する。まさに30代最後の「公開講座」だったが、このスケジュールを平気で乗り切っていたのである。これはもう若かったとしか言いようがない。 |
高さんからの手紙(81)2018/10/07 Sun 5990 continued from 9/30
長崎造船所の艤装工作部で1966年12月から「作業班別話し合い運動」がはじまった。毎週土曜日の朝8時から50分間、2,000人が「話し合い」をするのである。そのコストは[人数×50分×50週]だから、8,000時間を超える。その当時は組織的に「全員による話し合い」など想像もつかない時代である1。そこに「成果が目に見えない」「運動」を延8,00時間ものコストをかけて導入したトップの覚悟はいかばかりのものだっただろうか。まさに英断としか言いようがない。さて高さんの手紙は再び岩井氏に戻る。
昭和44年(1969年)11月に岩井氏は三菱東京本社から長崎に帰り船殼工作部長に就任します。氏は最初からグループダイナミックスの導入を決意されていたわけです。そこで、昭和45年(1970年)5月に岩井氏と三隅先生の話し合いが行われ私も長崎に行ったということになります。
この年は、いわゆる「70年安保改定」で大学は騒然としていた。いわゆる大学紛争の火が燃えさかり、その頂点に達するのである。しかし、その一方で大坂では万国博覧会が開催される。まさに明るい未来が実感できる平和なイベントに多くの国民が大阪の会場に出かけた。私は学部の4年生になっていた。 |
職務質問の見逃し 2018/10/06 Sat 5989 富田林署から逃走していた容疑者が山口県で逮捕された。逮捕の根拠は加重逃走容疑である。刑法第98条に「裁判の執行により拘禁された既決又は未決の者又は勾引状の執行を受けた者が拘禁場若しくは拘束のための器具を損壊し、暴行若しくは脅迫をし、又は2人以上通謀して、逃走したとき」とあり、「3月以上5年以下の懲役」になる。今回の場合は面会場のアクリル板を破壊したのだから完璧に該当する。
いざ捕まってみると、いろいろな情報が出てくる。逃走中に高知県内の道の駅で県警の警察官2人から職務質問を受けていた。そのときも自転車を使っていたが、職務質問をしたということは、警察官が不審感を抱いたからだろう。しかし、偽名を名乗った人物を問題の逃走犯だと気づくことはなかった。警察官の不審感を払拭するほどしっかりした応答をしたのだろうか。そのとき、自転車の防犯登録番号を照会することもなかったらしい。
人と人との関わりあいの中でのことで具体的な証拠はないのだから、「問題の人物を完璧に見逃さない」ことまで要求はできない。しかし、自転車の照会をしていれば、警察の手で逮捕する可能性はあったわけだ。逮捕後に写真などを見て当該の警察官が上司に報告したらしい。それが警察から公表されたとすれば、そのこと自身はそれなりに評価すべきか。 |
早朝夕刊(5:58am) 今月の表紙② 2018/10/05 Fri 5988 今月のもう1枚は阿蘇中岳の噴火口である。阿蘇山の南北25km、東西18kmに及ぶ外輪山は世界最大級とされている。噴煙を上げる火口の間近まで行って下を覗くとコバルト色の水から水蒸気がでている。これがじつに美しい。この写真はかなり前の10月に私が撮ったものである。素人がこうした写真を撮れる場所は世界広しといえども、そうそうないだろう。ただし、火山活動は微妙で、噴火に関する注意報や警報が出されることが少なくない。現時点では火口への規制は解除されているが、中岳のときおり閉鎖される。一生に一度しか訪れない環境客にとっては、運次第ということになる。 |
「中堅教諭等資質向上研修」受講者の声(5)2018/10/05 Fri 5987
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9/28 長期間に渡り、我々のために研修をしていただき、本当にありがとうございました。この研修で学んだことは「やるのは自分だ」ということです。アクションを起こさせるには自分以外にありません。常に今の自分を客観的に評価しつつ(できないときは同僚の先生方にお願いしながら)自分を振り返り、一歩一歩前進していきたいと思います。本当にありがとうございました。(小学校教諭 男性)
私の担当は5月にはじまり、7月、12月、2月の4回になる。熊本市の教育センターで行われる「中堅社教諭等資質向上研修」のスタートから終わりまで続くわけだ。そんなことから「長期間」という実感があるのだと思う。研修の中で「やるのは自分だ」という意識が高まったことが成果として挙げられている。私は自分の具体的な体験をもとにして、〝NeverEnding Challenge Spirit〟の重要性を訴えている。
生きていくチャレンジなのだから失敗があるのは当然である。しかし、その失敗も「自慢話にしよう」と呼びかける。それは最初は水のような原酒が樽に寝かせることで、琥珀色の香り豊かでマイルドなウィスキーができあがるのと同じだというお話しである。失敗の「樽」は「時間」である。失敗をじっくり寝かせていれば、それが自分の生きる力になり、フォロワーには苦境にめげないエネルギーを与える。こんなネタも、「やるのは自分だ」という気持ちの醸成に役立ったとすれば嬉しい限りである。 |
安全と先制攻撃
2018/10/04 Thu 5986
「攻撃は最大の防御なり」という。その起源は諸説あるようだが、いかにも殺伐とした表現である。自分を護るには、相手を先に撃つべしという意味だと思う。とりわけ国家間の争いで先制攻撃を正当化することになる。そうした発想で人生を送り続けるのはどうかなあと考える。
ただし、自分が関わりをもっている「安全」に限定すれば、「問題事象に対する先制攻撃は最大の安全保障なり」を適用したい。それも「小さなほころび」を見つけたら、直ちに先制することが重要である。布地も縦糸と横糸でしっかり織られていればいいが、ちょっとして「ほころび」があれば、小さな力で引っ張っただけで「ビリビリ」と避けてしまう。われわれが堅いモノを壊したり破ったりするとき、まずは小さな穴をほがしたり、切れ目を入れたりする。そうすれば、そこにちょっと力を入れただけで、あっという間に破壊が終了である。
そんな体験を繰り返していながら、こと「安全」になると、「まだまだ小さいから」などと言いながら放置してはいないか。そんなことを考えていると、安全にとって大事なのは「自分の心に対する先制攻撃」ではないかと思えてきた。 |
法治国家というもの(5)2018/10/03 Wed 5985
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9/27 東名高速における「あおり運転後の死亡事故」の容疑者を、検察は「危険運転致死傷罪」で起訴したのです。ところが横浜地裁はその適用に否定的な見解を「公判前整理手続き」の中で示したというのです。つまりは、男が犯した行為が訴えられた法律では裁けないよと意思表示したわけです。このままいけば、彼は「無罪」ということです。それが法律に基づく「法治国家」の原理なのです。
弁護側としては容疑者の行為によって「4人が死傷した」事実は否定できません。そこで、裁判で「危険運転致死傷罪」の適用が「法律の拡大解釈」だと主張するのは当然です。そして、裁判所が適用に難色を示したのですから、法律論からは「無罪にするよ」と発言したようなものです。
そこで、検察は「高速道路上にワゴン車をとどまらせたとする監禁致死傷罪」を付け加えるため、訴因変更を請求したというのです。つまりは「無罪」を避けるための方策を取らざるを得なくなったのです。裁判所もその変更を認めたようです。道路上で「監禁」が成立するのかどうか、素人にはわかりませんが、その「解釈」について論議され、最終的には裁判官が判決を出すことになります。 |
今月の表紙① 2018/10/02 Tue 5984
まずは左の写真だが、どこを撮したものかおわかりだろうか。じつは飛行機から見た兵庫県の淡路島である。東京や名古屋など、東から西へ向かって熊本へ帰るときは内陸側を飛ぶことが多い。羽田を発って間もなく眼下に富士山が見える。やがて琵琶湖や京都、大阪も視野に入る。そしてすぐに「よく見る地図」とは上下がひっくり返った淡路島を左下に見なが進んでいく。
これに対して熊本から東へ向かう際は四国上空から太平洋側を沿って飛ぶ。その場合、淡路島は「地図」で見るような形状をしている。また富士山や伊豆大島も左側にあって、「地図どおり」である。
もう大昔と言うべきほど時間が経っているが、あるときロシアや中国側から見たアジアの地図に遭遇したことがある。それだとロシアや中国には、日本列島が障壁になって太平洋に出ることを拒んでいるように映るのだとの解説が付いていた。「言われてみればそうなのかもしれないなあ」と妙に納得した記憶がある。
一般的に、地図や地球儀は「北を上」にして「表現」している。しかし宇宙規模で見れば、地球に「上も下もない」はずである。われわれは、人為的に北を上にしているだけのことである。 |
「マイコン」の「公開講座」
2018/10/01 Mon 5983
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9/22 「公開講座」の3年目には「教師のためのBASIC入門」が新たに登場した。こちらは8月3日(月)~5日(水)までの20時間である。この年は2講座とも20時間で受講料は3,600円だった。
今日では「コンピュータプログラム」は専門家のものと思われているかもしれない。しかし、コンピューターが世に出はじめたころは、使用者が「プログラム」を組むのは当然だった。それも大型計算機の場合は、コンピュータ本体に触ることはなく、自分の目的に応じたプログラムづくりにひたすら励むことが大事な仕事だった。そのうちに超高価ながらも、とにかくパーソナルにコンピューターが使える時代になった。その際に「BASIC」と名付けられたプログラム言語が一般人にとってもっとも身近なものであり、多くのユーザーがこれを学んだ。
私は大型計算機でデータ処理をするため「FORTRAN」と呼ばれる科学計算向けのプログラムを一応は習得していた。そして、「BASIC」は「FORTRAN」の弟分といった仕様で、けっこうマスターしやすかった。そこで、さっそく教師を対象にした「BASIC入門」なる講座を開設したのである。因みに当時のPCは「マイコン」と呼んでいたことが募集要項からわかる。 |
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