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 Back Numbers  10月号(先月)

味な話の素No.175 2017年09月号(5563-5594)  Since 2003/04/29
三つの「気持ち」 2017/11/30 Thu 5594 continued from 11/20
 倫理にとって、「人を思う気持ち,仲間を大事にする気持ち,会社を思う気持ち」が大事だという声がありました。これは、倫理意識やそれにもとづく行動の基礎に個々人の「気持ち」があることを指摘しています。それは「自分以外の者に対する思いやり」でもあります。
 その意味では「情緒的」な雰囲気があり、当然すぎるほど当然と言えるでしょう。ただし「建前」としては誰もが認めるこうした「気持ち」が、必ずしも行動として現れていないことも事実です。組織で絶えることなく発生する問題はそのことを証明しているというべきでしょう。
 私たちは「初心に返る」ことの重要性を繰り返し強調します。そのこと自身が「初心に返る」ことの困難さを伝えています。仕事をしていると、「そんな甘い気持ちでは生きていけない」などと言って、「基本」をないがしろにする事例は枚挙のいとまがありません。組織で事故や不祥事が起きた原因を探ってみれば、そのほとんどが「基本」を無視したものだと言っていいでしょう。一人ひとりが、「建前」を大事にする「こころ」を持ち続けることができてこそ、組織の「倫理的行動」も実現できるに違いありません。
とりとめないままに… 2017/11/29 Wed 5593 
 プロにしかできないことにもいろいろある。そのなかでも「スケールが大きい」ことはとにかく目立つ。しかし、「小さなことに気づく」とか「ささやかなルールや約束事でも守るべきことはきちんと守る」といった一見して「スケールが小さい」ことにプロならではの力を発揮する人がいる。世の中にはプロとして「大きな巨人」もいれば、「小さな巨人」もいるのである。もちろんどちらもすごいのだけれど、私個人は「小さな巨人」の方が親近感がある。それは自分が「小さい」からだろう。
 宇宙はマクロのからミクロまで無限に続いている。ただ物質の世界であれば「真の無限」というものはないのだろう。そうは言いながら、現時点で人間は「大」についても「小」についてもその極限を知り得ていない。いつの日かそれが分かる日が来るのだろうか。
 相対性理論の世界も面白そうだが、ミクロを対象にした量子力学も興味深い。位置を特定すれば運動量を確定ができない、時間とエネルギーを同時に特定できない。まるで禅問答のような不確定性原理の話を聴くと、素人なりにワクワクしていくる。
 今日はこんなことをとりとめなく考えながらおしまいです。ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました。
 
不養生の白袴 2017/11/28 Tue 5592 continued from yesterday
 大学について駐車場から教室のある建物に近づいていった。授業をする部屋が見える地点まで来たときに嬉しさがこみ上げてきた。教室は磨りガラスの窓になっているが、そこから蛍光灯の明かりが見えたのである。それにしても、誰かわからないが随分と早くから来ている学生がいるもんだなあと、さらに嬉しさが追加された。教職大学院の授業で現職教諭の学生かもしれないなどと推測もする。
 ゆったりとした気持ちでにこやかに部屋の前に到達した。ところが、そこには数名の人たちがスーツ姿でいて明らかに何かの準備をしていた。私としては「この部屋はお使いになるのですか」と聴くしかなかった。「ええ、今日は学会で使うのです」という回答が直ちに返ってきた。それに続いて「予約もしています」と確信のある説明も聞こえた…。
 その瞬間、「リスクマネジメント」の重要性を標榜している私が「白袴」であることを認識した。それに、この学会がなければ「案の定」、教室は施錠されていた。
 これ以上引っ張ると「連載」が長くなりすぎるので本日で「不養生の白袴物語」締めることにする。ただ、その日は何とか別の部屋で授業ができたことだけは記しておかねばならない。
 
教室の施錠 2017/11/27 Mon 5591 continued from 11/23
 前期が夏休みを挟んでいるのは流れが悪い。それにも拘わらずこの制度が続いていたのは日本の夏の蒸し暑さにあったのかもしれない。とにもかくにも高温多湿、授業をする方も受ける側もたまったものではない。そんなことが影響していたのではないか。それがある時期から前期の試験までして夏休みに入ることになったのである。
 ただし、うだるような暑さを克服する必要がある。そこですべての教室に空調が整備されることになった。これなら快適に(?)授業ができる。そこまでは良かったが、これが問題を引き起こすことになった。その快適さの故に学生たちが空いている教室に集まりはじめたのである。
 私が学生のころはパチンコや麻雀が「本職」で、学生業は「アルバイト」といった輩たちがゴロゴロいた。そんな時代と比べれば「教室に集合する学生たち」は称賛に値する。しかしその一方で「電気代」は大学にとって深刻な問題になる。いつのころからか教室が施錠されるようになったのは、そんな理由があったのではないか。この点はあくまで私の推測である。学部から離れた施設にいる私に真相はわからない。
 授業の一環として「リーダーシップ・トレーニング」の4コマを土曜日にすると決めていた私だが、その前夜に教室にカギが掛けられている可能性に気づいたのである。しかし、それは「遅きに失した」ことが明確だった。今さら騒いでも仕方がない。そんな状況で翌朝を迎え、私は大学に向かった。
高さんからの手紙(36) 2017/11/26 Sun 5590 continued from 11/19
 リッカート教授のセミナー無事にかる大盛況で終わった。高さんの手紙はその夜の「宴」へと続く。

 その夜リッカートセミナーの総てのプログラムが成功裡に終わり春吉の「みとま旅館」(現在はありません)で和食と日本酒の打ち上げ会が行われました。リッカート先生は終始上機嫌であり、この席上で「グループダイナミックスの発展のためには大学と社会現場の中間に位置する研究所が必要だ」という意味のことを極めて熱心に三隅先生に語りかけられたことを覚えています。日本酒を飲みながら三隅先生も深く頷いておられたようです。先生が集団力学研究所の設立を決意されたのはこの夜だったのではないかと小生は思います。(産業心理研究会時代から研究所設立の構想は三隅先生にあったと思いますが)

 三隅先生はアメリカに行かれてから、集団力学にかかわる研究施設について関心をもたれたと思われる。そして、高さんが指摘されているように、産業界との関係が深まるにつれて、「集団力学研究所」の設立を考えられていたに違いない。それがここにきてリッカート教授からの強力な後押しを受けることになった。それが美酒の力と相俟って、先生の「決意」を促すものになったのではないか。高さんの推測は十二分に頷ける。
 
正直な愚か者? 2017/11/25 Sat 5589 continued from yesterday
 ETC「閉鎖中」の表示を見て、わが車は「一般」の入り口へ向かった。そこには機械式のカード配給機があるだけで、自動的に出てきたものを取るしかなかった。誰かがいれば「ETCはダメなんですね」と聴くのだが、それもできないのである。
 それから車を少し進めて驚いた。横から「閉鎖中」のETCを「パスした(?)」車が続々と出てくるのである。どうなったのかはわからないがとにかくETCは稼働したようなのだ。何と言うことだろう、これでは「閉鎖中」に対応した「正直者(?)」ではなく、「愚か者」ではないか。私もETCには休日割引があることは知っていた。しかし、真っ赤な大LEDらしき表示を見て「正直」に対応したのである。あとでネットでチェックするとETCでは30%引きになっていた。今回は「まともに」払って4,250円だったから1,300円ほど高い通行料を払ったことになる。
 手元の「利用証明書」には「高速道路は便利でお得なETC あなたもETCを使ってみませんか!」と印字されていた。それを言うなら「ちゃんと使えるように対応してよ」と声を大にして叫びたくなった!
 
ETCトラブル 2017/11/24 Fri 5588 
 昨日は義母の十三回忌で福岡まで出かけた。福岡と言っても北九州側の行橋である。お寺で法事を終えて、両親が住んでいた辺りを回ってから昼食を済ませた。その後、さらに南に下った豊前市に足を伸ばして墓参りをした。そして熊本に帰る途上で門司にある私の両親の墓にも行った。自宅に帰り着くまでほぼ400kmの日帰りだった。来年は古稀を迎える身としては強行したと言えるかもしれない。そのせいか、目覚まし無用の私にしてはいつもより遅めに起きたが、気持ちと肉体の疲労感はない。
 ところで、この行程のはじまりである熊本インター入り口であるトラブルに遭遇した。ETCの通路の上に「閉鎖中」という「真っ赤」な表示が点灯していて、すでに数台の車がバーが開かない状態で止まっていたのである。私は「おやおや」と思ってスピードを落としたところ、別の進入路から入ってきた車が「赤表示」のETCの入り口へとどんどん進んでいく。わが家の車の中では「ダメだとなっているのだから入ってはいけないでしょう」という声が聞こえた。その意見を待つまでもなく、「リスクマネジメント」の専門家(?)である私は「無理をしてはいけない」という基本の基本を厳守すべく「一般」の入り口へ向かった。
 
不安の原因 2017/11/23 Thu 5587 continued from yesterday
 私が「集中4コマ」の前夜にふと不安になったのは、「土曜日にいつもの教室が空いているかどうか」についてだった。私は熊本大学の本拠地がある黒髪地区ではなく、附属小中学校と同じ京町キャンパスにあるセンターでずっと過ごしてきた。そんなことから、休日の教室が施錠されているかどうかをしっかりとは知らなかったのである。
 私が学生のころは大学全体が解放区のような感じだった。もちろん研究室や事務室などは施錠されていたが、教室はいつでも誰でも入れるところだった。それは熊本大学に来ても続いていたと思う。そのうち大学の開講時期に変化が出てきた。われわれ世代は7月10日あたりから夏期休暇になった。それが二ヶ月続いて9月10日ころに前期が再開されたのである。そして「残り」数回の講義でめでたく15回30時間となる。
 さらに試験へと続いて10月前半ころだったか前期終了となり、そのあとにまたまた「試験休み」なんぞがついてきた。いまから思えば、なんとも悠長な時間が流れていたものである。しかし、この制度は「悠長」というよりは「冗長」だった。前期の流れが夏休みで途切れてしまうのである。
 
白袴の事情 2017/11/22 Wed 5586 continued from yesterday
 はじまりは授業時間の変更だった。教職大学院の授業で「リーダーシップ・トレーニング」について講義するために4コマが予定されていた。ただ、「リーダーシップ・トレーニング」の性格上、毎週小刻みに4回というのでは、その雰囲気すら伝わらない。そこで一気に4コマを集中しようということになる。これはまことに妥当な判断である。
 そこでその時間を通常の講義日ではなく休日の土曜日に移動させた。これに伴って「振替休日」の手続きが必要になる。つまりは「休日」に「授業(仕事)」をすることになるからである。いまや「働き方改革」が新聞やテレビでも取り上げられる時代である。それと直接関係はないが、ともあれ「休日出勤」の代わりに「平日」に休みを「振り替える」ことになる。そして、その手続きは総務係をとおして終わっていた。
 ところが、前日の夜になって私の頭にある種の不安が過ぎった。授業時間を移動させることを教務係に伝えていなかったのである。これまで時間を変更するときは、その事情も含めて教務係へ申し出してきた。ところがこの授業は複数の教員が担当することから、自分が確認するという意識が薄かったのである。
 
不養生の白袴 2017/11/21 Tue 5585 
 医者の不養生:口では立派なことを説いているが、実行が伴わないことのたとえ(故事ことわざ辞典)。同辞典はさらに「医者は患者に養生の大切さを説くものだが、案外と自分自身は注意していないことから。風来千人(平賀源内)の『風流志道軒伝』には「医者の不養生、坊主の不信心」とある。不信心な坊主は名僧にはならないが、不養生の医者が必ずしも藪医者というわけではない。医者に限らず、専門家とされる者は、かえって逆のことをしがちである」と解説している。「不信心な坊主は名僧にはならない」というのも面白い。
 医者については万国共通(?)なのか、英国圏でも〝Physician, heal yourself(お医者さんよ、あなたの病気をお治しなさい)〟 と言うらしい。ややニュアンスはちがうが、「紺屋の白袴」というものもある。専門としていることでも、自分のことは配慮しないといった意味である。
 かく言う私も、一応は「リスクマネジメント」や「危機管理」をグループ・ダイナミックス的な視点から分析し、安全な組織創りを目指して仕事をしているつもりである。ところが、そんな私が「不養生」「白袴」状態になってしまった。
 
社会への還元 2017/11/20 Mon 5584 continued from 11/12
 倫理意識に求められるものとして「企業の利益は社会へも還元されるものだと認識して行動すること」を挙げた人がいました。これは「個別組織の利益」だけを判断や行動の基準にする危険性を指摘しているものです。個人も組織も社会があって存在しているのです。
 人によっては「組織は最終的に社会のためになるべきだ」という論は理想に過ぎないと批判するかもしれません。「そんなことを言っていたらこの競争社会では生きていけない」というわけです。その一方で「組織は存続することが第一であり、その構成員にとって望ましいものを提供できればいい。そのためには反社会的な行動をとるとらないなどは議論しても仕方がない」といった意見に賛同する人はいないでしょう。自分が所属する組織が健全であることは、その構成員であれば誰もが期待するはずです。
 そもそも「不健全」な組織は、いずれ問題が発生し、崩壊の危機に瀕するのです。「自分たちの生み出した利益」が社会からも評価されることは、組織の存在にとって欠かせない条件なのです。「組織活動」が「社会」の基準をベースにしたものになるのは当然でしょう。「組織」は「社会の目」に配慮することが求められますし、それによってさらに高い評価を得ることになるのです。
 
高さんからの手紙(35) 2017/11/19 Sun 5583 continued from 11/12
 いまでは海外の知名人を呼んで講演会を開催するのはめずらしいことではない。しかし、半世紀も前に、九州の地でリッカート教授のセミナーを企画するのは想像もつかないほど画期的なことだったに違いない。その成功の要因を含めて高さんの手紙は続いていく。

 まあ考えてみればマネージメントシステム4 (集団参画型)は日本的経営と共通するものがありますから企業の参加者の(三隅先生の名通訳もあり)共感度は高かったのではないでしょうか。リッカート先生は後に「ミシガン大学近くのデトロイトでアメリカの自動車産業の経営者達はシステム4に関心を示さなかった」と言っていますから、先生もアメリカの産業人よりも日本の産業界のポジテイブな反応を肌で感じられて内心喜ばれたのではないかと小生は想像しています。

 リッカート教授はマネジメントのあり方を4つにわけて、それぞれを「システム1~4」と呼んだ。その内容は「システム1」が「独善的専制型(Exploitive Authoritative)」、「2」は「温情的専制型(Benevolent authoritative)」、「3」は「相談型(Consultative)」、そして「システム4」が「参画型(Participative Group- team oriented)」である。高さんの手紙には「参画」という用語が登場している。
 
OHP 2017/11/18 Sat 5582 continued from 7/22
 私は長いこと講義や講演でOHPを使っていた。最初の出会いは記憶にないが、大学生のときだったと思う。トランスペアレンシーと呼ばれる透明のシートがフィルムである。
 それまではスライド映写機を使って35mm幅のフィルムをスクリーンに拡大して映していた。映画は動く映像だが、やはり同じ幅のフィルムを大きくする点では同じである。これほど小さな映像をあれだけ大きく映すのだから映写機とスクリーンの距離も大きくなる。そうなると、光の明るさは光源からの距離の二乗に反比例するという原理によって暗くなる。そこで映写する際には会場の周りに暗幕を張って、できるだけ「真っ暗」にするのである。
 われわれの世代の人間は、何かを「映写」するとなると、反射的に「カーテンを締めたがる」のである。そんな状況でOHPが登場した。これには大きな「フィルム=トランスペアレンシー」を使うという発想の大転換があった。たとえばA4判だと297mm✕201mmだから35mmと比べれば「とてつもない」大きさである。こうなるとスクリーンの近くまで機器を移動できるから、明るさもしっかりしていて、暗幕がいらなくなった。
 
思い出の名機 2017/11/17 Fri 5581 
 また1年が走り去っていく。人間の主観的な時間は様々だが、いつの時点でも年月のスピードは速い。昔から「光陰矢のごとし」、英語でも〝time flies〟 〝time has wings〟なのである。
 そして年末が近づくと「年賀状」が頭に浮かぶ。今年も「喪中欠礼」のはがきが届きはじめた。ただし、日本郵便の年賀状発行部数はどんどん減っている。東京などの電車内は老若男女が無言でスマートフォンに向かっている。そんな時代だから新年の挨拶で「年賀状」が使われないのは時代の流れである。
 そう言えば、プリントゴッコという簡易印刷機が世の中を席巻した時代があった。発売されたのは1977年だが、88年には72万台も売れたという。しかし、PCとカラープリンターの台頭もあって、2008年にはメーカーの販売を終え、2012年にはサポートも終了している。ほぼ30年の寿命だったが、価格が3万円近くもしたにも拘わらず、追随品を寄せ付けなかった。製造元の理想科学工業はもともと謄写版印刷を手がけていたが、その技術を活かした大ベストセラーになった。
 もっとも、いま「謄写版」といっても、それが何なのかわかる人は圧倒的に少ないだろう。
 
15年目の「10年経験者研修」 2017/11/16 Thu 5580 continued from 07/01
 教員が受けなければならない研修の一つである教職「10年経験者研修」が導入されたのは2003(平成15)年度です。私は、スタートした年から熊本市が実施しているこの研修のお手伝いしています。しかも単発の講演ではなく、1年間に亘る研修期間中に4回も関わるというものです。
 そんなことで今年ですでに15年目を迎えたわけです。ただし、今年度から「中堅教諭等資質向上研修」と名称が変更になりました。私の担当分は6月と7月の2回を終えたところです。研修の内容や時間は少しずつ変化しながら、それなりの評価をいただいて未だに継続しているのです。
 じつは私が実践してきた「リーダーシップ」や「対人関係」の改善を目指した「トレーニング」が教育の分野に受け入れられるまでには相当の時間が必要でした。その経過をご紹介していると、それはそれは長い話になります。そんなわけで、その「歴史」については別の機会に譲ることにします。本日のコラムでさえ7月1日付けの続きですから、「別の機会」が訪れるかどうかは怪しいものです。ともあれ、これから私がお手伝いしている熊本市の「10年経験者研修」をご紹介することにいたしましょう。
一般人の視点 2017/11/15 Wed 5579 continued from 10/07
 倫理的行動に関するアンケートに、「企業人としての意識に縛られず、一般人としての視点でも物事の判断ができること」という声がありました。ここでの「企業人」とは「組織の価値観に囚われた者」といったことになるでしょうか。そうなると、つい「自分のあるいは自分たちの利害関係」を考えてしまう。その結果として誤った判断や行動を引き起こす危うさが生まれます。
 マスコミ等で組織の不祥事が報道されると、多くの人たちが「どうしてそんな非常識なことをしたのだろう」と驚きます。もちろん、私たちにはきわめて限定された情報しか見えませんし聞こえてこないわけです。しかも、その情報は伝える側のフィルターを通したものであることも忘れてはいけません。
 しかし、そうした条件を踏まえた上でも、「そんなこと常識では考えられない」と言いたくなります。このときの「常識」は、おそらくここで指摘されている「一般人としての視点」によるものでしょう。つまりは「普通の判断」をすればいいのです。ただし、「組織」にはそれができない「力」が働くこともまた厳然たる事実だと思われます。そもそも組織を構成しているのは「人」ですが、そこに「常識的な判断」を阻害すする「力」が生まれやすいのです。
 
「参画」の起源? 2017/11/14 Tue 5578 
 ラジオで近衛文麿の国民に対するメッセージを聴いた。それは1940年(昭和15年)9月28日に放送されたものだった。私が驚いたのは、そのなかに「参画」ということばが登場したことである。
 私は講演などで「皆さんは『参画』ということばはいつごろから使われていたかご存じですか」と問いかける。そして、「じつは私が20代のことですが、三菱重工業の長崎造船所で行われた事故防止のプロジェクトをまとめたスライドのタイトルが『全員参画による安全運動の実践』となっているんです」と解説するのである。つまりは、「皆さんが想像するよりもずっと古くから使われているのですよ」と「自慢」しているわけだ。もちろん、私も実際に使われはじめた時期は知らなかったが、「造船所プロジェクトが行われた1970年ころより少しばかり前くらいではないか」と思っていた。
 ところが、戦争中に首相が発した国民へのメッセージから飛び出したのだから大いに驚いた。今後は自慢話にできなくなった。私の主観的定義だが、「枯れ木」でも「参加」したことになるが、「参画」は実際の活動に「直接関わり、責任を分担する」点で異なっている。
 
笑顔と渋面 2017/11/13 Mon 5577 continued from 11/10(2)
 さて、「米中会談」の件である。
 私は、新聞等に掲載される写真は「1/60秒の真実」だと考えている。われわれは報道で様々な場面の写真を見る。そこに写った人物あるいは人物たちが満面の笑顔でいたり、しかめっ面の渋面でいたりする。ここが興味深いのだが、「同じ機会」に撮られた「同じ人物」が、ある報道では「笑顔」なのに、別のものでは「渋面」であったりする。その写真は記事の内容と「ピッタリ合致」している。伝える側は大量に撮った写真から内容に合わせて写真を選んでいるのだ。
 もちろん、いずれも「事実」なのである。ただし、それは「シャッターを切った瞬間の『事実』」であることを認識しておく必要がある。まさに「1/60秒の真実」なのである。
 この点を踏まえた上でトランプ氏と習氏の握手の写真を見ると、合衆国大統領が笑っていない。それは「見ようによって」は「渋面」のようでもある。ニュースの映像では、かねがね「この人は歯を見せて笑うことがあるのだろうか」と思っていた習近平氏が満面に笑みを浮かべていた。会談では相当規模の商談が成立したという。こうして、おとといの〝Michio Twitter〟第1号となった。
高さんからの手紙(34) 2017/11/12 Sun 5576 continued from 11/05
 リッカート教授のセミナーは三隅先生の「原稿なし通訳」で成功裏に終わった。まことにめでたし、めでたしである。ただ舞台裏ではちょっとしたミスがあったらしい。その主人公は高さん自身だった。

 実は小生にもミスがありました。前述したガラススライドの順番を3枚間違えて映写したのです。(前日英文原稿を参照してかなり念入りにチェックしたのですが途中で原稿無視の講演になったので小生もスライド映写のタイミングが狂ったわけです) 講演が終了したあとでリッカート先生にスライドのミスを謝ったら「kousan今日の講演は間違いなく成功したと私は実感している。何事も完全主義はよくない」となぐさめて下さいました。確かにこの講演は成功だったと拍手で私も実感していました。

 私の知る限り高さんはいつも「完璧」を目指す精神で仕事をされていた。その当時、ビジネス界では超大物と言うべきリッカート教授の講演である。その話にスライドを同期させるのは至難の業だったに違いない。しかも「三隅先生ペース」の訳だから映写のタイミングが3枚ほどズレたとしてもやむを得ないと言うべきである。リッカート教授の「何事も完全主義はよくない」ということばは重くかつ温かい。
Michio Twitter(2) 2017/11/11(2) Sat 5575 
 
いきなり〝Michio Twitter〟なるものを開設したのですが、これについて数人の方から反応をいただきました。その中には「詳しい内容を知りたい」という声もありました。ありがたいことです。昨日のNo1については、改めて触れさせていただきます。まだはじめたばかりですが、ともあれボチボチ書いていくことにいたします。 
青函連絡船 2017/11/11 Sat 5574 continued from 10/21
 いまでは「青函連絡船」は歴史になった。そのスタートは1908年(明治41年)である。そして青函トンネルの開通を受けて1988年(昭和63年)にその役割を終えた。営業距離は113kmだからかなりのものである。この間を4時間ほどで就航していたようだ。私は青森と函館の桟橋まで行ったことがあるが、利用したことはない。
 私のような根っからの九州人でも「青函連絡船」の名前はよく知っている。松本清張の「点と線」でも「青函連絡船」が重要な役割を果たしていた。犯人と目される人物が、死体が発見された九州博多の香椎海岸から遙か遠い青森で青函連絡船に乗っているのである…。このほかにも水上勉の「飢餓海峡」では連絡船が猛烈な台風に見舞われて転覆するところから物語がはじまる。
 現実に、連絡船「洞爺丸」が1954年9月26日に台風15号によって転覆事故を起こしている。このときは死者・行方不明者が1115人にも達した。さらに石川さゆりがが「津軽海峡冬景色」で「北へ帰る人の群は誰も無口で 海鳴りだけをきいている わたしもひとり連絡船に乗り こごえそうな鷗見つめ 泣いていました」と歌う。作詞者は阿久悠だが、その「ことばの魔術師」ぶりに感動するしかない。
Michio Twitter(1) 2017/11/10(2) Fri 5573 
 私はTwitterとは無縁の人間。携帯電話も「公式」には「もっていないこと」になっている。とにかく捕まるのがいやなのは子年だからか。さて、Twitterは140字以内という制限があるらしい。私の「早朝夕刊」は320字としているからこの倍以上になる。そこで「あとで詳しく書くかもしれない内容」については「メモ」として120字程度の〝Michio Twitter〟を開設する気になった。ここで重要なのは「書くかもしれない」という部分である。メモをしたのはいいが、そのあとは「梨の礫」ということもありうる。いや大部分がそうなる可能性大である。。ともあれ、〝Michio Twitter〟の第1号。

 
昨日の米中会談は歴史的な日になるだろう。それは中国が「自分たちはアメリカをコントロールすることができる」と確信した日として…。

 これで63字、Twitterとしてもちょっと短いが、今日は「前置き」が長くなったし、いかにも「つぶやき」らしいのではないか。
 
自分を信じないこと 2017/11/10 Fri 5572 
 人間にとって「自分を信じる」ことは大事です。それが意欲を生み出し、新しい行動を引き起こすのです。それはそうなのですが、私は「自分を信じない『力』」もまた人生において重要な役割を果たすと思います。
 もういまから40年近く昔のことです。私は煙草を止めることに成功しました。私の父は人生を通じて酒もタバコも嗜みませんでした。子どものときから父の生き様を見ていた私ですから、煙草も吸わないはずでした。ところが大学に入ってから煙草を覚えたのです。そうですね2年目くらいだったでしょうか。それから30歳を超えるまでタバコを吸い続け、禁煙するころには毎日30本ほどまでになっていました。しかしその後は「1本も」吸っていません。
 禁煙が継続しているのは、「私が自分を信じていないからだ」と信じています。世の中には禁煙したにも拘わらず宴会の席などで「お遊び風」に友人から1本だけもらって吸う人がいます。もちろんあとは何もなかったように禁煙を続けるのです。
 私はそんな危険なことは断じてしません。私の場合は「お遊び」などしようものなら、その瞬間から「喫煙人」に戻ってしまうことを確信しているからです。つまりは、「自分を信用していない」から禁煙が続いているのです。
 
「OHP」 2017/11/09 Thu 5571 
 私の教師人生は1978年に鹿児島女子短期大学に採用されたときにはじまった。その前の2年間は九大の助手をした。採用時の辞令には「文部教官助手」と書かれていたから、一応「教官」ではあった。しかし実際に「授業」を担当することはなかった。
 助手のとき、九州産業大学で「職務分析」という講義を担当した。これは非常勤だったが、私としては、はじめて報酬を受けてした「授業」である。これは集団力学研究所の高さんから紹介された。それまで高さんが担当されていたが、おそらく多忙が理由で私に声がかかったのだと思う。
 それまでも九州生産性本部で講演をしたことがあった。これまた高さんからの話だった。そのほか当然のことながら、大学院の演習や学会で発表をすることはあった。ともあれ、鹿児島女子短期大学の講師に採用されたのが1978年である。この時点から数えて来年は40年の節目を迎える。
 ところで、演習や学会での発表も含めて、「OHP」が欠くことのできない機器だった。私は永いこと講演の依頼があると「OHPをご準備ください」と言い続けていた。この〝Over Head Projector〟こそは、私のパートナーだったのである。
 
関ヶ原の裏切り 2017/11/08 Wed 5570 
 「天下分け目の関ヶ原の戦い」は、1600年9月15日に徳川家康率いる東軍と石田三成らの西軍が相対した決戦である。そもそもは豊臣秀吉が亡くなったあとで実権を握った家康が石田三成と対立して起きたものだ。両軍で20万にも達する兵が相まみえたとされるが、その勝敗は半日ほどで決着した。歴史上「天下分け目」といわれる戦いとしては「あっけなく終わった」ということになる。
 そうした結末に至った大きな要因として小早川秀秋の裏切りが挙げられる。彼が東軍に「寝返った」のである。歴史の真実は知らないが、「関ヶ原の戦い」に関するほとんど総ての記述にこのことが記録されている。つまりは歴史に消えることのない名を残しているわけだ。小早川秀秋は筑後国久留米の大名であるから九州とは縁が深い。
 彼の記録に触れるたびに、私は現在の政治家のことを思う。彼等も後の世に評価されることを覚悟して仕事をしてほしいと。後々になっても「□□はこんなことをしてしまった」などと言われ続けるようになってはまずいに決まっている。小早川秀秋には跡継ぎがいなかったようである。そうでなければ子孫までもが辛い思いをする。
 
「主観的判断」の危うさ 2017/11/07 Tue 5569 continued from yesterday
 その昔、「日本の常識、世界の非常識」といったタイトルの番組が放映されていた。「自分たちには当然」と思われていることも、他人の目から観れば、「非常識きわまりない」ことがあり得るのである。
 もちろん、国にしても組織にしても、それぞれの風土や歴史、そしてそれらによって醸成された文化や規範が存在している。そうしたものはいわゆる個性として活かすべきものを含んでいることは疑いない。しかし、それが構成員の「問題に気づく感受性」を低下させる可能性があることも認識しておく必要がある。
 また、組織の業績が良好で、職場の大多数が「人間関係もうまくいっている」と思っているときは、「問題に気づいても、それを指摘できない雰囲気」が生まれやすい。誰しも自分から進んで「事を荒立てたくない」のである。
 昨日は「個人」の問題として「他人の立場から考えてみること」の重要性を指摘したが、「個人」を「組織」に読み替えれば、そのまま同じことが言える。もちろん、「完全無欠の客観性」は存在しない。しかし、「主観的判断」の危うさにいつも気をつけていることが「倫理的行動」にとって欠かせないのである。
 
「虚像」の「自分」 2017/11/06 Mon 5568 continued from 10/16
 組織において問題が発覚すると「なんでそんなことをしたのか」と驚き、憤りさえ覚える。自分たちから見れば到底理解できないようなことをしているのに呆れもする。
 しかしそれは「他者」だからこその心情なのかもしれない。そもそも人間は「他者が見るようには自分を見ることができない」宿命を背負っている。鏡は「虚像」だし、写真や動画にしてもレンズを通して映った「虚像」にすぎない。これに対して「他人」に映った私は「実像」である。その事実を受け入れるなら、「他者の立場から物事を観る」「自分が相手の立場にいたらどうするかを考える」ことがきわめて重要になる。「自分たちの立場」を基準にすれば、それは「主観的な判断」による行動を引き起こす。その結果として「倫理的」な問題が発生する可能性が高まる。
 もちろん、人間は完璧に「他者あるいは第三者の立場」になりきることはできない。その点では「自分たち」が「自分たち」の行動に対して行う評価はどこまでいっても「主観的」なものである。したがって、そうした弱点を自覚しながら、ひたすら「他者の立場で物事を観る」努力を継続していくしかないのである。
 
高さんからの手紙(33) 2017/11/05 Sun 5567 continued from 10/30
 リッカート教授の講演中に原稿との対応が付かなくなってから三隅先生が取られた行動はきわめて興味深い。高さんの手紙は次のような事実を伝えている。

 時々リッカートはかなり長く話したのに通訳は「まあ内容は大体こういうことだ」と一言で終ったりして小生も「少し短すぎるなあ」と思ったりしました。「どういう意味か?もう一度話してくれなどとステージ上でのやりとりもありました。しかし意外にもこの後半の原稿なし生通訳というのが迫力满点で電気ホールの聴衆には大好評だったのです。内容は「システム4」に関するものが中心だったわけですが、この講演会でグループダイナミックスに関する産業界の関心が一気に高まったことはまちがいありません。

 いかにも三隅先生らしいなあと思う。リッカート教授の逐語訳ではなく、先生が理解されていた「組織論」や「システム4」について話された部分が相当にあったのではないか.それどころか、リッカート教授が言っていないことまで付け加えられた可能性だって否定できないと思う。しかし、そうだからこそ講演が一貫性のあるストーリーになり、聴衆にも感銘を与えたのだろう。私はこのセミナーから数年後に三隅先生の講義を受けることになったが、こうした三隅先生の行動は十二分に想像することができる。そう言えば、先生は「○○君、ここから先はあなたが訳しなさい」と突如として周りにいる者に振られたりされることもあった。
本物の色 2017/11/04 Sat 5566 
 
今月の写真のもう1枚はバラの花である。何とも言えない淡い色合いで咲いている。カメラでは目に映った色まではとても再現できない。これこそ「本物」「生」の力だろう。
 私は永年にわたって「教育情報科学」という授業をしている。スタートしたのは1993年だから、今年で25年目になる。その中で視聴覚機器を効果的に使って授業を進める方法についても考える。今日では死語化した感もあるが、「視聴覚教育」と呼ばれたものを題材にする。英語だと〝Audio Visual Education〟で、これを〝AV教育〟と略していた。この〝AV〟に学生たちが反応する。もちろんその意味するところは完璧にちがっている。
 ともあれ、「視聴覚教育」のポイントは「可能な限り本物志向」である。ただ、すべての「本物」に接することができないから、それに近いものとして「視聴覚教材」を導入するというストーリーである。しかし、それで「本物を知った」と誤解してはまずい。「本物」はやはり「教材」とは同じではないのである。
 わが家の「バラ」の色も私のデジカメテクニックではとても「本物」を表現することはできない。それが本物というものである。
 
朝焼けとタワー 2017/11/03 Fri 5565 
 
東京の朝と夜は早い。今月の写真は日の出前の東京湾方面を眺めたものである。その中央に立っている東京タワーが美しい。撮影したのは午前5時40分ころで間もなく太陽が顔を見せる。
 本日3日の東京は日の出が6時5分だ。これに対して熊本は6時36分だから30分の違いがある。西方は朝が来るのが遅い。これが根室になると5時55分とさらに早起きになる。経度は根室が145度5833分、東京は139度7414分、そして熊本まで来ると130度7167分である。根室と熊本は経度で15度の違いがある。地球が一周で360度回転し、それが一応24時間かかる。つまりは15度で1時間の差があるというのが中学生ころに知った「事実」である。日の出と日没には緯度も関係してくるだろうから、単純ではないが東と西とでは朝晩の感覚が異なる。
 東京で仕事をすると午後4時台には暗くなりはじめるから驚く。因みに今日の日没はくまもとで17時25分、東京は16時44分、根室は16時7分である。もうすぐ九州場所がはじまるが、中入り当たりに翌日の取り組みを紹介するが、まだ明るさが残っている博多湾が映る。そのとき東京はすでに漆黒の世界である。
 
いつのまにか「常識」に 2017/11/02 Thu 5564 continued from 10/25
 
とうとう愛車の〝SUBARU〟のご登場です。まだ車検をしていない新車がリコールの対象だそうです。じつは、わが家の〝LEGACY〟も購入してから2年半ほどで、車検をしていません。
 最終的に実施する点検を無資格者がしていたのですが、「指導中の『仮免者』でOKだ」と「信じて疑わなかった」というのです。その期間が30年にも亘っていたのですから、これはもう「職場の『常識』」としてしっかり「定着」していたわけです。そうなると「基本ルール」すら見直されることはないのでしょう。
 あるいは、それに気付いた人間が「これって資格がないと出来ないんじゃないですか」などと疑問を呈しても「いやあ正式にはそうなっているが、現実としては『仮免者』でもいいことになっているんだ」と上長から言われれば「ああそうなんですね」でおしまいになったのでしょう。そして関係者が代替わりしていくうちに、「それで問題なし」という「常識」になって疑問すら出てこなくなったのかもしれません。
 そもそも当該資格を取るための指導をする際に、最終検査に「基本ルール」があることも確認しないで教育など出来るはずがないのですが…。
 
14年ぶりの「気になる目線」 2017/11/01 Wed 5563 
 
本コラムをスタートして間もない2003年5月27日のことです。私は「気になる目線」と題して、「テレビで海外や国内で起きた事件などを現場から記者が報告する。そんなとき、目線が気になることがある。その視線、どう見てもカメラに向いていないのである」云々と書きました。まだNo.39という若さです。
 このごろまた同じことが気になりはじめました。NHKのニュースで記者たちが中央にある大型ディスプレイを挟んで二人のアナウンサーとニュース性のある話題について会話します。そのとき情報提供者がアップされるのですが、目線がアナウンサーに向いていないんです。あれはどう見ても「原稿」を読んでいるとしか思えません。先日、スペインのカタルーニャの独立を現地から報じていました。その際も情報提供者はカメラではなく原稿に目が向いていました。報道の役割は事実を伝えることです。そして記者は役者ではないのですから、無理をする必要はありません。情報を完璧に記憶するか、それができなければ原稿を台に置いたり手で持ったりしながら読んでいいのです。あまりの不自然さに「見て見ぬふり」がバレバレですよ。