「係長」の思い 2017/10/31 Tue 5562
肚の中では反対でありながら、表面では賛成しないまでも、だまってしたがうのはやめたほうがよい。反対なら反対とはっきり言うことが大切である。それは何も相手をおこらせようとか、一ぱい食わせてやろうとか、困らせてやろうとかいうのではなく、自分の考えはちがうのだから、ちがうとはっきり言うことである。それは相手のためでもある。相手の言うことが完全とは限らない。思いちがいをしているかもしれないし、思いおとししているかもしれない。それをだまった心の中でつまらぬことを言うと思っているのは、自分のためにも相手のためにもよくないことだ。
これは父が1969年6月27日に書いた日記である。このときすでに52歳だが、ノンキャリアの公務員で係長だった。その当時、公務員は57歳が定年だったという記憶がある。家族は父が「出世」とは完璧に無縁の人間であることを承知していた。そうした状況で、「係長」として曲がりなりにもリーダーシップを発揮するためにどうしたらいいのか。そんな日々の思いの一端を綴ったのだろう。
父は私が「リーダーシップ」や「対人関係」に関わる仕事をしていることを喜んでいた。 |
高さんからの手紙(32) 2017/10/30 Mon 5561 continued from 10/22
さて、大成功で終わった「リッカート・セミナー」だが、高さんの手紙には興味深い裏話が記されている。
通訳は無論三隅先生でした。最初の方は英文原稿を見ながら忠実に通訳をされていましたが、3分の1位進んだところでリッカート先生の講演内容と英文原稿が合わなくなったのです。三隅先生があわてて原稿をめくって探されるのですがかえってメチャクチャになり何がなんだか判らんという状態になったようです。この時の三隅先生の反応はさすがでした。リッカートの英文原稿を両手で机の端に押しのけてしまいその後は原稿なしで生で通訳をされたのです。
このとき私はまだ高校生だった。だからその場にいることは出来るはずもない。しかしちょっと目をつぶると、私のスクリーンにそのときの光景が動画タッチで映るのである。そして「三隅先生ならありそうだなあ」と、つい笑いがこみ上げてくる。前日の打合せの途中で、「あとは自宅で目を通しておこう」と言われてビールが主体になり、そのまま自宅に帰られた三隅先生である。高さんの「総ての原稿に目を通されたかどうか?小生は多少疑っています」という疑念に私が同意する所以だ。
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早朝夕刊(7:00am)臨時のお話し 2017/10/29(2) Sun 5560
そろそろ10月が終わります。そこで「今月号」の整理をしていたところ、11日が「ダブって」いました。これに対応して「日付」を修正したため、「昨日」の分が「今日」の日付になりました。本欄を毎日お読みいただいている皆さまには深くお詫びしますと同時に「今日の分」を少しは書かないといけない気持ちになりました。そこで「ご迷惑ながらどうでもよろしい私的な話題」をもって、本日の「朝刊」とさせていただきます。
私は去る日をもって70回目の誕生日を迎えました。つまりは満69歳になったわけです。いわゆる数え年的には今年が「古稀」のお祝いだということで、子どもたちがお祝いの食事会をしてくれました。孫たちもすっかり大きくなって、皆で食事を楽しみました。
ところで、私の母は44年前の今日10月29日に手術ミスによって他界しました。まだ47歳の若さでした。朝の5時過ぎに父と妹と私の3人が見守る中で脈が止まりました。その日も今日と同じように雨が降っていました。そんなことから、私たちは母に還暦のお祝いもできなかったのでした。そして私は母よりもすでに20年以上も長生きしています。 |
「このように伝えられる」こと 2017/10/29 Sun 5559 continued from yesterday
「日本は憲法により、北朝鮮や中国を効果的に抑止することすら禁じられている」というタイムズ紙を英国の読者はどのように受け止めるのだろうか。これを書いたのは日本に住む記者だと推測するが、「このように伝える」のである。記事は続く。
第2次世界大戦の経験を考えれば、両国の平和主義者の思いは理解できる。安倍氏は、自衛目的以外の海外派兵や宣戦布告を禁じた憲法9条の改正という困難で重要な闘いに直面している。日本を守るために米兵が死んでも逆はできない、という言い分は21世紀に通用しない。通商国家がよりどころとする国際的な安定は危険にさらされている。北朝鮮は6回目の核実験が懸念され、日本は南シナ海での中国の力の誇示にも神経をとがらせる。
ドイツの国防費は国内総生産(GDP)の1.2%、日本は0.9%だ。NAT0は最低2%を目標に設定している。米国に守ってもらう時代は終わった。富める民主主義国が、高い代償を伴う集団安全保障で役割を果たす時代が今、始まらなければならない。
そもそも内容の妥当性について議論があるだろうが、今回は海外の新聞にわが国の情報が「このように伝えられた」ことだけご紹介しておきたい。これと同じことが「逆の場合」でも起こり得るのではないか。 |
タイムズのコラム 2017/10/28 Sat 5558
地元紙が海外の新聞記事を取り上げている。これがなかなか興味深い。やや時間が経過したが英国のタイムズ紙が(8月30日に掲載したコラムが紹介されていた(熊本日日新聞9月4日夕刊)。わが国に直接関係ある内容だ。
英国のメイ首相が訪日する直前、北朝鮮は日本の北海道上空を通過する弾道ミサイルを発射し、安倍晋三首相に安全保障上の深刻な難題を突き付けた。安倍氏は日本の存続に関わる脅威と位置付けたが、日本は憲法により、北朝鮮や中国を効果的に抑止することすら禁じられている。
日本とドイツは70年以上の間、米国の安全保障の傘の下で繁栄してきたが、その基礎は揺らいでいる。ロシアや中国がより大胆になり、米国の有権者は世界の警察官という役割に魅力を感じなくなっているからだ。反民主主義国やテロに対する防衛は必要であり、日本とドイツも責任を分担すべき時がきている。
まずは冒頭に日本は憲法によって外からの脅威に対して「効果的に抑止することすら」禁止されていると伝える。わが国でも基本的に「自衛権」は認められているが、「効果的な抑止」となると、その具体的な手段について議論が分かれている。 |
時間がゆっくり流れていたころ 2017/10/27 Fri 5557 continued from 10/21
「東京と博多は急行で何時間だな?約20時間とちょっとです。特急なら17時間25分です。例の《あさかぜ》です」(「点と線」P114)。
まだ東京と九州間に急行が走っていた時代である。それを牽引するのは電車と蒸気機関車だったはずだ。わが家が佐賀県の伊万里から福岡に引っ越したころ、鹿児島線の一部が電化したばかりだった。「電車は駅に止まっても1分でドアが締まるから急いで乗らないといけない」などと脅かされた。それを聴いて、「ドキドキするなあ」と緊張したことを思い出す。それまでの蒸気機関車では客車のドアも開いていて「飛び乗り」さえできた。時間がゆっくり流れていた。
山陽新幹線が博多まで延びたのが1975年である。テレビでは森繁久弥が登場するCMが流れていた。そのとき東京・博多間は最速で6時間50分かかった。「点と線」の17時間25分からそこまで短縮されたのである。さらに今日では最速で5時間1分だという。世の中には飛行機が大嫌いな人もいる。そうした方も5時間となれば東京まで行く気になるだろう。もちろん私にとっては同じ座席に5時間というのはほとんど考えられないけれど…。 |
「日没する国」 2017/10/26 Thu 5556
アメリカの「コンシュ一マー・リポート」によれば、最新の自動車ブランドの信頼調査で「トヨタ」が首位になった。同誌は非営利の消費者組織であるコンシューマーズ・ユニオン(Consumers
Union)が発刊している月刊誌である。スタートは1936年というから大老舗だ。因みに、わが国の「暮しの手帖」は前身である「スタイルブック」は1946年に発刊されている。
さて、首位の「トヨタ」だが、これは「トヨタ車」全体の評価のようで、前年まで4年連続トップだった高級車ブランド「レクサス」は2位だったらしい。高級車は評価基準が異なるのだろ。また、これを含めて日本車はトップ10に5つのブランドが入ったいう。その6位は「SUBARU」で、日産の高級車ブランド「インフイニテイ」が7位、「ホンダ」が9位である。私は「SUBARU族」でレガシーを楽しんでいる。
それはいいとして、このところこうした日本製の「信頼性」をぶち壊してしまいかねない「不祥事」が後を絶たない。日産は車の会社である。神戸製鋼所の製品も車に使われている。わが国は「日没する国」の様相を呈しつつあるが、それは結果に過ぎない。 |
集団自己満足力 2017/10/25 Wed 5555 continued from yesterday
「基本を守る、とにかく守る」「他人やほかのグループが守っていなくても、それでも守る」「あんた(たち)は固いねとあきれられても、笑われても、やせ我慢してでも守る」。それがプロというものなのです。組織の不祥事を防止するには「これしか」ありません。
そして私は「職場の『自己満足力』を高めよう」とお勧めしています。そもそも、「正しいことをしている」のに「ストレスが溜まる」のはおかしな話です。また外から評価してもらえなくても、「『やせ我慢』しながらしっかり仕事をしている」自分たちに「大満足」しようではありませんか。
厳しい状況のなかで、何の努力もしないで「いまのままでいいんじゃない」と言葉だけで納得する。そんな「自己満足症」は治さなければなりません。しかし、職場の全員が自分たちのしていることを「間違いない」と確信し、地道に努力を続け、外からは評価されない成果が生まれたことで得られる「自己満足」はまったくの別物です。私はそれを「集団自己満足力」と呼んでいます。これこそがメンバーの意欲と団結力を高め、さらなる前進と向上を実現する強力な「エネルギー」となるのです。 |
信頼喪失 2017/10/24 Tue 5554 continued from 10/18
日産や神戸製鋼所の問題は、その影響が国内に止まらない深刻さがある。日本は「高品質」の製品を送り出す国として海外からも高い評価を得ていたのではないか。今回の「事件」はその評価を一気に崩壊させるほど衝撃的だ。
日産に至っては問題が発覚し、社長が公表したあとも無資格者が検査していたことが判明した。まさに開いた口が塞がらない。トップの指示が課長レベルまでは届いていたが、その先が不徹底だったという。
「日産の工場で働いている大勢の従業員とその家族は一人もテレビは見ないし、新聞も読まないのか」ときつい皮肉を言いたくもなる。社長の記者会見があった翌日の会社は「どうしたことか」と大騒ぎになったはずである。事情をよく知らない者は驚き、うすうす問題だと思っていた者は不安や焦りを感じただろう。そうしたなかでの「規定違反」である。
新聞情報では「ハンドルを左右に切って状態を確認する」作業に無資格者が関わっていたという。これを読んで私は「そうか」と妙に納得した。つまりは「その程度のこと」だから誰がやっても問題が起きるはずもない。そんな都合のいい解釈が問題を引き起こしたのではないか。 |
鍾乳石変化 2017/10/23 Mon 5553 continued from 10/21
「たばこは動くアクセサリー」。私が子どものころにこんなコピーがあった。これはとくに女性をターゲットにしたPR大作戦だった。成人男性の7割が喫煙する時代である。当時の映画でたばこが登場しないものはあり得なかった。
授業で大学生たちに「日本国中のエレベーターの前には吸い殻入れがあった」と言ったら全員が驚いた。けっこうな大人たちも「そう言えばそうでしたね」と思い出すほど灰皿や吸い殻入れが駆逐された。
世の中の変化は少しずつであっても、気が付いてみれば大きな変化が生まれているものである。「変わらない、変わらない」と突っ張るよりも「わずかでも変わってみよう」という気持ちが大きな変化に繋がるということである。私はこれを「鍾乳石変化」と呼んでいる。ケースバイケースながら、1㎝の鍾乳石ができるのに70年というものもある。「鍾乳石に学びましょう」である。
私は大学生になってから30代のはじめまでたばこを吸っていた。そんな私が卒論の調査で通っていたブリヂストンタイヤの久留米工場の応接室にタイヤを模した灰皿があった。あるときこれをもらって寮に置いたところ皆からうらやましがられた。 |
高さんからの手紙(31) 2017/10/22 Sun 5552 continued from 10/15
三隅先生が「飲酒運転で帰られた」との衝撃的事実から思い出したことがある。私は学部生から院生の時代に福岡市内の中学校で警備のアルバイトをしていた。警備といっても私の体力であるから、土日限定の日直である。宿直は某大学の剣道部員で固めていた、まさに「警備」としては最適の実力者が揃いだった。おやおや飲酒運転の話からまた脱線しそうだ。
そのころ土曜日は半ドンで授業があっていた。私の勤務は13時から17時だったと思う。そろそろ終了というころに、その時間まで仕事をされていた先生が事務室に来られることがあった。そこには冷蔵庫があって、ゆっくりとビールを取り出されるのである。「吉田君、一杯飲みなさい」と勧められることもあった。しばらく歓談(?)して、「それじゃあお先に」といって帰られる。ただし、ご自分のバイクに乗ってである。あれは最低でも「酒気帯び」であり、おそらくは「飲酒運転」だった。その当時も飲酒による事故は発生していた。しかし、現実には「ちょっと一杯くらい」は許容範囲という社会風土があった。今日では考えられないけれど、それでも飲酒して事故を起こす人間がいる。 |
同時代の風物 2017/10/21 Sat 5551 continued from yesterday
「点と線」を中学2年か3年のはじめころに読んだ。いま読み返してみると相当に大人の内容で、どこまで理解していたのかわからない。私は少しばかり苦笑いした。
旅行会社のPR誌「旅」で連載が始まったのが57年である。いまから60年前になる。それから世の中は大きな変貌を遂げてきた。物語のなかには当時の風物が書き込まれていて興味深い。明治や大正の小説だと自分は同時代人ではないから「これって何だ」とか「ああそうだったんだ」で終わる。これに対して「点と線」は中学生だったとはいえ、私と「同時進行」の物語である。それだけでも一気に読んでしまう価値があった。
たとえば「もんぺ」という用語が出てくる(P95)。私たちにとってモンペ姿の女性はごく普通だった。しかし、いまの若い人たちは「もんぺ」と聞いても何のことやらわからないだろう。
また次のような場面がある。「卓の上の接客煙草をすすめた(P101)」。その昔、「煙草」はあらゆるところにあった。私がまだ学生のころ「組織調査」である会社に出かけて応接室に招かれた。応接テーブルには重厚な蓋のついた箱があり、その中に「接客煙草」が入っていた。 |
「点と線」の風景 2017/10/20 Fri 5550 continued from 7/21
松本清張作「点と線」は福岡市の香椎海岸で男女の死体が並んでいるところからはじまる。私は中学2年生の夏休みに、父の転勤で佐賀県の伊万里から福岡市に引っ越した。香椎がようやく福岡市に編入されたころで、私は香椎中学校の2年生になった。自宅は御幸町の公務員宿舎で平屋の2軒長屋であった。
当時は叔父が小倉の朝日新聞社に勤めていて、松本清張とは文学談義を交わした後輩だった。そんな話も聴いていて、そのころ飛ぶ鳥を落とす勢いだった清張の名前はそれなりに知っていた。また推理小説にも興味をもつ年頃でもある。
ある日、私は光文社のカッパブックス「点と線」を買って一気に読んだ。何と言っても「死体が横たわっていた」ゴツゴツとした岩のある海岸が歩いてすぐのところにあった。「ここなんだ」。夕日が落ちる博多湾を眺めながら、「それが事実」のような気分で時間を過ごしたことがある。
あれからもう50年以上が過ぎていった。いまや前期高齢者として「身辺整理」をしていたら、ボロボロになった「カッパブックス」が出てきた。こうなるともういけない。そこに座り込んで読み耽ってしまうのは、今も昔も変わらない。 |
技能検定 2017/10/19 Thu 5549
先日、熊本県立大津支援学校にいってきました。そこで清掃の技能検定があったのです。高等部の生徒たちが就職するために技能を身につけておくことを目的にしたものです。技能の対象は「清掃」で、「テーブル拭き」「自在ぼうき」「水拭きモップ」「ダスタークロス」の4種類でした。
何といっても検定ですから、その場には緊張感が漂っていました。もっとも終了後に数人の生徒に声を掛けたところ、「大丈夫だった」と明るく答えた生徒もいました。
部屋を模して四角い枠の中で、それぞれの種目について練習した作業を進めます。日常でもトイレなどの入り口付近に「清掃中」と書かれた黄色の立て札を見かけます。その置き位置も検定でチェックされることをはじめて知りました。私も研究室ではときおりダスタークロスでフロアを掃きますが、生徒たちの技能を見ていると、相当にいい加減であることを認識するとともに、大いに反省しました。
審査者は「熊本県ビルメンテナンス協会」の方でした。一人ひとりの検定が終わるとすぐにアドバイスをされていました。その内容の適切さとプロの見る目のすごさに、驚き感動して帰ってきました。 |
「心の劣化」進行中 2017/10/18 Wed 5548 continued from yesterday
「『基本』にもかかわらず守られない」という捉え方は変えた方がいい。これは、繰り返される組織の不祥事を前にして、私が達した結論である。現実は「『基本』だから守られない」ことを明らかにしている。われわれの日常では、「基本」を守らなくても問題が起きない確率が高いのである。
その結果として、ほとんどの人間が「基本を守らない」状況に慣れきっている。日本国中の交差点では赤信号になってから突っ込む車にあふれている。高速道路では、最高速度の100kmを超えて走る車にあふれている。さすがに「あふれている」とは言わないが、少し走っただけで携帯で話し中の車とすれ違うことはめずらしくない。それでも、そうした行為が事故に繋がる確率はおそらく「ゼロ」に近い。また取り締まりに遭遇する確率もきわめて低い。
ここでは交通ルールに限定したが、「基本」を無視しても問題が起きることが「ない」と思えてしまう。それどころか、「基本」に忠実な人間が冷笑されることすらある。そんな環境の中で生きていると、「ルール」や「マニュアル」さえも頑固に守るのが馬鹿らしくなってくる。いま、そんな劣化が進んでいる。 |
「基本だから」守られない… 2017/10/17 Tue 5547
今度は「神戸製鋼所」である。アルミ製品の品質検査データ改ざんが発覚した。それも、10年以上前からのことだという。素材メーカーであるから出荷先は多岐に亘る。そのリストには、新幹線に自動車、さらには三菱のMRJやロケットまで挙がっており、影響の深刻さは想像を絶する。自動車業界だけでも複数の会社のリコールに発展すれば、神戸製鋼自身の存続すら危うくする可能性も否定できないのではないか。とにかく10年以上なのである。
さらに国内だけでなく海外の会社に輸出した製品も含まれているという。そうなると「日本製」そのものに対する信頼を損なうことは必然である。社長によれば、最初に報告を受けたのは8月30日だった。その後、「顧客への説明と安全確認を優先した」ことから、今回の公表になったという。したがって、納入先の方も自社製品に与えた「問題のレベル」について、それなりの評価を終えている可能性がある。
こうした問題が起きるたびに、私は「『基本』がどうして守られないのか」と疑問を投げかけてきた。しかし、ここに至って、「『基本だから』こそ守られない」との視点にチェンジすることにした。 |
「やせ我慢」の誇り 2017/10/16 Mon 5546 continued from 10/10
組織のほとんどが「規則」を守らない状況で、「決まり」を遵守していると、周囲から「それって『やせ我慢』だろう」と言われるかもしれません。そのときは、「そうなんだ。自分たちは必死で『やせ我慢』しているのさ」と答えましょう。そのことで「決まり」を守り通すことに誇りを感じようではありませんか。そうでないと組織の「風」に押されて「やせ我慢」しない方向に飛ばされてしまうのです。私は、これまで組織で発生した問題の「すべて」が「やせ我慢」ができなかったからだと思っています。
ところで、こうした「やせ我慢」をし続けていればストレスが溜まるだろうと心配する方もいます。また、自分たちだけで人知れず努力しているものは、外から評価されることもありません。さらにミスや事故などは、それらが「発生したとき」だけ問題になります。つまり「何もないとき」には目立って評価されないのです。しかし、健康でしっかり仕事をしていることは褒められてしかるべきです。工場などでは「無災害」の連続日数や時間が看板として掲げられているところがあります。これは自分たちの努力の「見える化」ということになります。 |
早朝夕刊(6:40am)飛翔体と選挙 2017/10/15(2) Sun 5545 continued from 10/04
早朝夕刊の「連続物」があっていいのかどうかは怪しいが、ともあれ10月4日の「続き」である。
彼の国がまたぞろ「飛ばす」様子を見せ始めたようだ。第一報では、素人評論家としてわが国の選挙は「飛ばし」に影響を与えると予想した。そして、可能性があると言われていた「10月10日」の「飛翔」はなかったから、まずは「当たり」である。そして、素人評論家は次の可能性をわが国の選挙に決着がついた22日から23日と予想する。どんな結果になろうとも「祝砲(?)」の意味がある。
ただここに来て、マスコミの論調では先方の期待とは異なる結果になる気配が出てきた。そうなると、選挙への影響はきわめて薄くなる。そこで、「22日よりも早くなる可能性」も考えられる状況になった。 |
高さんからの手紙(30) 2017/10/15 Sun 5544 continued from 10/08
リッカート教授が送ってきた「規格外(?)スライド」の話から、「アメリカンセンター(文化センター)」に関わる私の個人的な思い出に脱線してしまった。
高さんの手紙は大成功に終わった「リッカートセミナー」のエピソード(裏話)に触れる。
この電気ホールの講演会はなかなかスリルがありました。リッカート先生は詳細な英文原稿を持参されており、前日の夜三隅先生と打ち合わせを行ったのですが半分くらいすんだ時「あとは自宅で目を通しておこう」となりビ一ルでも飲もうということになったのです。(三隅先生は飲酒運転で帰宅されましたが果たして総ての原稿に目を通されたかどうか?小生は多少疑っています)
「きっとそうだろうなあ」。私はそのときの光景が目に浮かんで笑ってしまった。天国の三隅先生としては「飲酒運転のことなど暴露してはいけない」と苦笑いされているかもしれない。しかし、今から半世紀以上も昔は「そんなこと」もあった。ただし、三隅先生はアルコールを楽しまれる程度で、深酒をされることはなかった。また私は「原稿の総てに目を通されたかどうか」に関する高さんの疑いは「当たってる」と思う。 |
HONDAの里帰り 2017/10/14 Sat 5543
ホンダの50ccバイク「スーパーカブ」を熊本製作所で生産することになったとの記事が出た。コスト削減を目的に2012年から中国で生産していたものを国内に復帰させるという。為替が円安になっているからとされているが、彼の国の賃金水準も上がってきたからだろう。
「スーパーカブ」は1958年の発売から60年が経過した。バイクのクラッチレバーは左ハンドルにあったが、これをシフトペダルにして足で操作できるようにした。その理由が「蕎麦屋の出前持ちが片手で運転できるようにせよ」という本田宗一郎の指示だったという。今どき「片手運転」をしていたら即アウトだろうが、開発当時はそんな交通事情だったわけだ。
ともあれ累計生産台数が間もなく1億台に達するらしい。そんな区切りを迎える時期の「里帰り」ということである。これまで賃金格差が理由で、世界中の「モノ生産」が中国に集中してきた。その流れが少し変わりつつある。電気製品の量販店に行ったとき、あのドイツの名機(?)と言うべきブラウン・シェーバーですら、低価格帯の製品ではあったものの、〝Made
in China〟と印字されているのを見たことがある。 |
「一期一会」の雲 2017/10/13 Fri 5542
写真のもう1枚は飛行機のプロペラと雲である。私は自称「雲マニア」である。空に浮かぶ雲は一つとて同じものはない。空を眺めれば文字通り「一期一会」の世界である。その表情も様々で、エネルギッシュなものもあれば、優しさに満ちた雲もある。分厚く黒いものがあるかと思えば、絹のように純白に輝くときもある。
私は「飛行機好き」であると同時に、「自称メモ魔」でもある。その記録によれば生涯フライトは1200回を超えてた。そんなに乗っていても「窓側族」のまま高齢者になった。窓から眺める雲が大好きだから。写真は日本エアコミューター(JAC)のSAABから撮った秋の雲である。この飛行機は通路を挟んで左に1席、右側が2席の36人乗りである。JACで操縦席を見せてもらったことがあるが、とても狭くてパイロットは大変だとおせっかいな心配をした。
写真は一生懸命に回転するプロペラに雲が絡みついているようなできになった。それもこの季節らしい優しさにあふれている。子どものころ縁日で実演していた綿菓子製造機を思い浮かべる。プロペラ機はジェットとくらべて低いところを飛ぶから、こうした雲との遊びも多い気がする。 |
カドリー・ドミニオン 2017/10/12 Thu 5541
今月の写真の1枚目は「阿蘇カドリー・ドミニオン」の熊たちである。「カドリー・ドミニオン」とは聞き慣れない名称だが、英語の〝cuddly〟は〝cuddlesome〟を略したもので、「抱き締めたいほどかわいい」という意味がある。また、〝dominion〟は「領土,領地」のことである(いずれも「ジーニアス英和)。
その昔は「クマ牧場」といっていたが、1999年に名称を変更した。ここは志村けんとチンパンジーの〝パンくん〟で全国区になった。スターゲイトホテル関西エアポートに泊まったとき「カドリー・ドミニオン」のポスターが貼られていたので驚いたことがある。入場客の減少による経営悪化に対して支援しているという。
まだ名称が「クマ牧場」で、子供たちが小さかったころ、阿蘇の帰りに家族でゲート前まで行った。ところが、驚愕の入場料にビビレてUターンした。孫たちも含めた8人で「入場を果たした」のは、それから30年以上が経過していた。ところで、写真の熊たちは私と同じ「高齢者」で、入園客たちから食事のサービス(?)を受けるために上の方を見ているところである。みなさん、平和な老後を送りましょう。 |
弱点を克服しないと… 2017/10/11 Wed 5540
大相撲の秋場所は日馬富士が11勝4敗で優勝した。この成績で優勝したのは1996年九州場所の武蔵丸以来で、一場所が15日になった1949年夏場所以降で3度目の最低勝ち数である。横綱が3人が休場、期待された大関高安も怪我で3日目から欠場である。日馬富士を責めるつもりはないが、何とも寂しい。
それよりも大関豪栄道の失速が目についた。終盤の11日目までは10勝1敗だったが、ラストの4日間は1勝3敗で、日馬富士との優勝決定戦を入れると4敗になる。豪栄道は解説者も10勝に達したときは、「このままいくでしょう」と大いに期待されていた。ただし、この相撲取りには「変化や引き」が多いらしい。とりわけ攻められてからの「引き」は大弱点のようだ。
たしかに素人目にも「すぐに引いてしまう」ところがしっかり見える。「ああ、まただ」という感じなのだ。つまりは「自分の弱点」を克服できないままでいるのである。そんなことは本人もわかっているのだろうが、つい反射的に「やってしまう」のだろう。しかし、それを乗り越えていってこそプロなのである。このままだと、不安定な成績は克服できないのではないか。 |
やせ我慢 2017/10/10 Tue 5539 continued from 10/02
どんな場合でも「決められたことを確実に実施する」ことが、組織にとって「倫理的行動」であることは当然です。もちろん「決められたこと」の適切さについては普段から点検されていることが前提ですが…。
それにしても、世の中には「決まり」を守らないケースに充ち満ちあふれています。しかし、それが現実だとしても「だから自分たちもいい加減にしていい」ということになってはいけません。
それはそうなのですが、「決まりを守らない」ことに対する誘惑の声は、外部からだけでなく身内からも聞こえてきます。「ほかの部署でも適当に対応しているんだぞ。そんな杓子定規なことを言ってたら納期に間に合わないじゃないか」…。とりわけ「内なる声」は強力で、聴くまいと思っても聞こえてしまうのです。こうした中で「自分たちは倫理的に高邁なる精神で仕事をしているのだ」と踏ん張るのはなかなかむずかしいのです。
こんなとき私は突っ張ることはないと思っています。とりあえず「誘惑」に乗りたい気持ちがあることをすんなり認めましょう。そして、それが「やせ我慢」であることを承知の上で、「決められたこと」をし続けるのです。 |
早出し夕刊(8:45am)新語追加「ガテン系」 2017/10/09(2) Mon 5538 continued…
「早出し『夕刊』」にシリーズ物はどうかと思うが、本コラムは「何でもあり」でご容赦を…。
「がっちりマンデー」で「ガテン系」をはじめて知った私だったが、番組を見ていてその意味は見当ついた。Wikipedia によれば「リクルートから出版されていた求人情報誌の名称」で、創刊は1991年9月。けっこう年季が入っていて「土木・建築・ドライバー・調理師・メカニック等、いわゆるブルーカラーに特化した求人情報」を提供していたようだ。雑誌は2009年に休刊となったが、「肉体労働の職種を指す俗語『ガテン系』は、この雑誌名が語源」だという。また「自分が知らない世界」に「一語」が追加された。 |
大学に入ったころ 2017/10/09 Mon 5537
「高さんからの手紙」から脱線したついでに、私が大学に入学した1967年ころの様子を書いておきたくなった。したがって、これは連載シリーズにカウントしない。
わが国では1970年に日米安保条約が改定されることになっていた。その10年前には反安保を訴えたデモ隊が国会を取り巻いた。その騒乱の中で東大の女子学生が亡くなっていた。国会では安保条約改定を議決する本会議では怒号が飛び交い、議長席では与野党議員が押し合いをする中で採決が行われた。その結果、岸信介首相は退陣に追い込まれ、戦後初のアメリカ大統領訪日は中止になった。
こうした状況を1970年に再現するのが反安保勢力の大目標だった。アメリカのベトナム戦争もベトコンと呼ばれる共産勢力の激しいゲリラ的反攻によって膠着状態に陥っていた。米軍による空爆に対して批判の目が向けられ、アメリカ国内でも反戦運動が高まっていた。こうした状況下の10月8日、佐藤栄作首相の南ベトナム訪問を阻止するということで学生たちが羽田に集結した。そのとき、私と同じ歳の京大の男子学生が亡くなった。私が大学に入学した1967年はそうした時代環境にあった。 |
早出し夕刊(8:35am)「知らないことだらけ」 2017/10/08(2) Sun 5536
世の中は知らないことだらけ。「私は何でも知ってる」なんて言ってる人は「自分を知らない」ことを公言しているようなものだ。もちろん「自分は何も知らない」と宣言する人にも、「そこまで自虐的にならないで」と声をかけたくなる。「自分の生きる範囲では『ちょっとだけは知ってる』」くらいはいいと思いますよ」と。
TBS系の「がっちりマンデー」は私がいつも見る数少ない番組である。世の中で「がっちり儲けている会社」を取り上げて、そのノウハウを紹介するという企画である。今日のテーマは「ガテン系」だった。私は70年近く生きてきたが、この「ガテン系」なることばの意味がわからなかった。 |
高さんからの手紙(29) 2017/10/08 Sun 5535 continued from 10/01
私が大学に入学したころは大学紛争に火がつきはじめる時期に当たっていた。それから学生運動が燃えさかる燎原の火の如く全国の大学に広がっていく。ベトナム戦争を続ける「アメリカ帝国主義」は「粉砕すべき」ものとして攻撃の対象とされた。
そんな状況下の1968年6月には米軍の戦闘機ファントムが九州大学構内に墜落した。これでに学生運動における「反米」感情と「反基地闘争」がさらに高まっていった。このときの「基地」は板付ベースのことである。福岡空港には国内線のビルと滑走路を挟んだ対面に国際線ビルがある。そこにはアメリカ軍の板付基地があったのである。当時、大濠公園にあったアメリカ領事館やアメリカ文化センターはまさに「アメリカ」そのものを象徴していた。そんなことから学生を中心にしたデモ隊がこうした施設前に集まって、「ベトナム戦争反対」や「板付基地撤去」などを要求したのである。
このシリーズは「高さんからの手紙」を連載しているのだが、リッカート氏がセミナーで使う特殊なスライドの映写装置をアメリカ文化センターから借りたことが書かれていたため、いつものことながら脱線してしまった。 |
後始末反応 2017/10/07 Sat 5534 continued from 10/03
人間の記憶は奥深く、そのメカニズムの解明にはまだ時間が必要である。大脳細胞のどの辺りが倉庫になっているかはわかっても、それをどのように引き出しているのかスッキリと説明するのはむずかしい。何かを思い出すと怒濤の如く関連したことが思い出される。
昨日TOMICA博で起きた孫の「遠回り反応ケース」の後は無事におもちゃの広場に入ることができた。そこで決められた時間内でしっかり遊んだ。しばらくして係員が「はーい、あと〇分です。片付けてくださーい」と呼びかけた。そのとき次の「事件」が起きたことが記憶に蘇ったのである。 ご推測されている方もいらっしゃるだろうが、それまで遊んだおもちゃを「放りっぱなし」で退出する親子がいたのである。それも一組ではないところが「事件」である所以だ。こんなときこそ、自宅でするよりも「ちゃんと片付ける」くらいの気持ちになってほしい。それがどうして出来ないのか。今ふと、若いころ自分の車では禁煙を要求し、人の車に乗ったときはタバコを吸いまくる友人がいたことを思い出した。 |
早出し夕刊(8:35am)「挨拶」 2017/10/06(2) Fri 5533
私の仕事場に客様が東京などからいらっしゃることがあります。そのほとんどは講演や研修の打合せです。そんなとき、先方から「校門を入る前の道で中学生から挨拶されて驚きました」と言われることがあります。いわゆる都会と呼ばれるところでは、そうした場面に遭遇する機会が減ってきたようです。
「毎日は『挨拶』からはじまる『あいうえお』」。これは私の著作(?)「あいうえお物語」の冒頭に書いたものです。「毎日は」の部分は「関わりは」とか「幸せは」あるいは「信頼は」など、いろんなものに替えることができます。人間関係が希薄になったいまこそ、「挨拶」は「濃いめ」でいきませんか。 |
生産・販売のプレッシャー? 2017/10/06 Fri 5532 continued from yesterday
日産の規定違反問題は複数の工場で行われていたことが明らかになったようだ。その期間は2014年10月から今年の9月に至るというから3年間にもなる。今回のリコール対象車は約120万台にも上る。その費用は250億円にもなるという。基本を守らなかったために巨大な損失を発生させる。また同じことの繰り返しである。
検査終了の書類には有資格者がいない場合にも本人の印鑑が押されていたという。Mr. Ghosnが君臨し続けた日産で最終確認に日本古来の印鑑が使われていたわけだ。いずれにしても複数の工場が関わっていたとなれば、それは「偶然」や「個人の特性」では説明できない。いわば「組織ぐるみ」の「文書偽造」なのである。それが3年間も表面化しなかった。社長の「国土交通省に指摘されてはじめて問題を認識した」との発言をどう受け止めたらいいのか。
ここで部外者としては、その原因として「トップシェア」を目指した「生産と販売の過重視」が頭に浮かぶ。「ルノー=日産アライアンス」の今年上半期販売台数は526万8079台だった。「トヨタ」と「フォルクスワーゲン」グループを抑え初の世界首位を達成したのである。 |
早出し夕刊(9:39am)「挨拶」 2017/10/05(2) Thu 5531
大学内を歩いていると多くの学生たちと出会います。私は基本的に相手の目を見て声掛けをします。朝なら「おはようございます」で少し時計が進むと「こんにちは」になるのは当然です。これに対して無反応の学生はまずいません。ただし、先方から挨拶をしてくるケースは、そうですね10人に一人いるかどうかでしょう。もちろん、これは「面識のない学生」の場合ではありますが。それにしても「挨拶」がないなあと感じています。私の仕事場の近くには中学校があるのですが、その近くを歩いているとかなり高い確率で「挨拶」されます。このことを大人になっても覚えていてほしいなあといつも思います。 |
「やっちゃえ…(?)」 2017/10/05 Thu 5530
「日産、お前もか!」。一体全体、この国の大企業ではどんな組織管理が行われているのだろう。経営トップが「国土交通省から指摘されてはじめて問題を知った」と答えていたが俄には信じがたい。
それが事実だとすれば、自らの組織に内在する健康問題を自覚できなかったということである。もちろんそれが事実でなければ、トップが「虚偽]の答えをしたわけで、直ちに進退問題に繋がる深刻な事態である。それは犯罪的ですらある。また現場が問題を認識しながら上層部に情報を挙げていなかったとすれば、きわめて風通しの悪い組織である。
これが「下」だけの問題でないことは、数限りない過去の事例をみれば明らかである。そこには組織システムに問題があるのだから、その運用に責任がある「上」が責められるべきなのだ。そもそも複数の工場で、定められた手続きを踏んでいない事実に「誰一人」として気付かないことなどあり得るだろうか。その事実は確認しようがないが、これまた俄には信じがたい。それが事実であれば、プロの集団とは言えない。
矢沢永吉の「やっちゃえ、日産」は、間違っても「『不正』やっちゃえ」ではないはずだ。 |
飛翔体と選挙 2017/10/04 Wed 5529
ほんの少しの間だが、過激なことばの応酬が止まっている。彼の国が次の行動に出るのはいつなのか。またそれがどのような程度のものなのか。そのタイミングを計算しながら準備していることは疑いない。
ここに来てわが国は選挙態勢に入った。これがどのような影響を与えるのか、あるいは与えないのか。素人評論家としてはかなりの影響があると推測する。いま飛行体が発射されるとどうなるか。おそらく政権側は「この危機を乗り越えることが出来るのは自分たちしかない」と強調するはずである。すでにあの大統領とは深い信頼関係が構築されている。ほんのこの前は欧州の旧い歴史を誇る元某帝国の首相とも会話を交わした。それだけではない、これまで世界中のトップクラスの人物たちと対話を重ねてきた…。
こうした訴えは、それなりに受け入れられやすいと思われる。そうした状況で、彼の国はいま具体的な行動をとれば、この国の選挙にどのような影響を与えるかについても緻密な分析をしていることだろう。そこまでは容易に推測できるのだけれど…。 |
遠回り反応 2017/10/03 Tue 5528
先日、羽田から千葉に向かう高速バスからタカラトミーの物流倉庫が見えた。子どもたちが大好きなおもちゃが詰め込まれているように見えた。長男が小さいころ、ミニカーをあれやこれや買った。
そんなことが頭に浮かんだら、孫たちを連れてTOMICA博に行ったときに起きた「出来事」を思い出した。会場には一定の時間を区切って自由に遊べる広場(空間)がある。そこに入るために、私も孫を抱いて順番を待っていた。ようやくその時間が来たときだった。列が蛇のようにS字型になっていたことから、まずは広場と反対方向に前進した。その瞬間、孫が声を出した泣き声を上げた。その理由は簡単である。おもちゃが置かれたところから一時的ながら「遠ざかる」からである。
動物の行動研究で目的を達成するために「遠回り」が出来るかどうかについての報告がある。鶏などでは裏側が開放されている檻でも目の前のエサに向かって鶏突猛進(?)する。これがチンパンジーでは悠々と裏側から回るのである。このときの孫は鳥類レベルまで進化していたわけだ。 |
コストパフォーマンス 2017/10/02 Mon 5527 continued from 9/25
「コストパフォーマンス(cost performance)」ということばがあります。これは「支出した費用とそれによって得られたものとの割合。費用対効果(デジタル大辞泉)のことです。そして、「決まりを守る」のは労力や時間がかかることから「コスト」になります。
したがって、「それをせずに済ませたい」という気持ちが湧くのは自然でもあります。しかし、そうした「一時的なコスト」をカットしたために重大な問題が起きれば、その対応のために多大なコストが必要になるのです。それも、時間が経過した後で「規定どおりの対応をしていなかった」ことが判明するわけです。
そうなれば組織に対する信頼も揺らいでしまいます。永年かけて築いたものが、小さなコストの負担を回避したために、それを遙かに上回る致命的なダメージを被るのです。
また、一緒に働いている者同士が「自分たちは決められたことをしっかり守っている」という気持ちでいることは「パフォーマンス」に含めるべきでしょう。そうしたところでは、「決まりを守る」ことは「コスト」ではなく、むしろ「意欲の源泉」になるのです。これを「心理的パフォーマンス」と呼ぶことができるでしょう。 |
高さんからの手紙(28) 2017/10/01 Sun 5526 continued from 9/24
リッカート先生から送付されたスライドは特別のものだったようだが、高さんの手紙によれば「福岡アメリカンセンター」にそれを映写できる機器があったという。アメリカではそれほど珍しいものではなかったと思われる。
ところで、「アメリカンセンター」については、私にもいろいろな思い出がある。私はその存在を高校生のときに知った。白い建物は天神にあって、今は福岡中央警察署が建っている場所だと思う。当時の呼称は「アメリカ文化センター」である。
私は中学生のころから「英語」が好きで、高校に入学すると英語に対する興味がさらに強まった。そんな中で、「アメリカ文化センター」なるものがあること知り、土曜日の放課後などに出かけるようになった。おそらく高校の同級生が教えてくれたのだと思う。今でも建物の入り口からフロアーに漂う雰囲気は覚えている。ただし、細かい間取りなどは記憶の彼方に去ってしまった。入館すると、そこはアメリカだった。その当時、日本では見ることのできない本や週刊誌が並んでおり、自分で手にとって読むことができた。また英会話の勉強会も開催されていて、私もそれに参加したような気もする。 |
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