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 Back Numbers  6月号(先月)

味な話の素No.170 2017年07月号(5427-5459)  Since 2003/04/29
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7月4日に大学のサーバーが変更されたため、6日まで検索エンジンからのアクセスができなくなっていました。ご不便をおかけしました。
帰省の後に… 2017/07/31 Mon 5459
 「無事に着いたことでしょう。道雄のいる毎日は本当に楽しかった。忘れ物をしていた。毛糸のチョッキと同封の書いたもの。チョッキは後で送ります。また不自由な生活が始まりますが頑張りなさい。こんな生活も一生の思いでの一つになりますよ。お父さんは職場関係の会合があったとかでいっぱい加減で帰宅でした。道雄がよろこんで帰ったと言ったら、そうかと云ってにこにこしておられましたよ。では体に気をつけること、火の用心。元気でね。さようなら」。(1966年1月8日)

 「今私はこの日記を福岡市で書いている。1時20分の準急で帰ってきた。やはり一週間も戻っていたので今は少し寂しい。だけども、また時間が経てば忘れるであろう。大学へ入れればすぐに別れなければならないのである(1月7日)」。

 父は1965年7月に福岡から長崎へ転勤になった。私は高校2年生だったが、転校したくないと言って、9月から一人の生活をはじめていた。それから4ヶ月ほど経過して冬休みを自宅で過ごした。これは福岡に戻った後で届いた「母からの手紙」と私の日記である。
 あの体験は私にとって疑いなく「一生の思い出」になっている。そのことを伝えたい母は47歳で逝ってしまった。それから今年で44年目を迎える。
高さんからの手紙(19) 2017/07/30 Sun 5458 continued from 7/23
 高さんは1961年ころ大阪拘置所におられたのだが、「三隅先生から突然連絡があり九州生産性本部に移ることになった」のである。もちろん、高さんが拘置所で「囚われの身」だったのではなく、専門職員として勤務されていたことは言うまでもない。私は高さんが「自分は拘置所帰りだ」と言われるのを何回か聴いたことがある。さて、三隅先生から呼び戻された高さんの「手紙」を眺めてみよう。

 その後、生産性本部内で三隅先生を中心に産業心理研究会が発足して、最初に読書会で読んだのが、後に翻訳出版されたリッカート教授の「経営の行動科学」でした。

 これは、Rensis Likert〝 New patterns of management. (1961)〟のことである。私は専門課程に進学したあとで、ダイヤモンド社から出ていたこの翻訳本を購入した。そこでは、組織を活性化させるマネジメントに求められる「システム4」や「連結ピン」の解説とその導入が提案されていた。私は、いずれも「なるほどそうだなあ」と想いながらも、「そんなこと当然じゃないの」などと、不遜きわまりない「評論」をしていた。世の中の組織なるものをまったく知らない若者であった。しかし、こうした「元気な遠吠え」ができるのが若さの証でもあった。
告別式の写真 2017/07/29 Sat 5457
 社員の奥さんが亡くなったので、その告別式に□□の総務課長として参列した。焼香の際に祭壇を看たらヒデと同じ年配の奥さんの写真が黒いリボンで結ばれていた。ヒデの葬式後、はじめてお参りする葬式がヒデと同じ年配の奥さんであったので、私はその悲しさに思わず南無阿弥陀、南無阿弥陀と声が出た。
 奥さんを喪った喪主の挨拶される目を私位感慨をこめて見た人はいないだろう。ヒデは私に言っているかもしれない。奥さんを喪った悲しみはあなただけではありません。この方もお父さんと同じように悲しいのです。私のことをあんなに思ってくれたヒデが私の悲しみを少しでも軽くしてやろうとして、あの葬式に私を招いてくださったのであろうか。
 今日はヒデの運命の日でもあった。□□□病院に行ってレントゲン照射を受け、胃カメラの診断を受けたのが、二年前の今日だった。

 これは1975年7月18日に父が書いた日記である。このときは公務員を退職し、第二の就職先で働いていた。妻のヒデを喪ったのは2年前の10月である。父は自分の生涯を閉じるまで母を想い続けた。「あれも、これもしておけばよかった」と嘆きながら…。
 
都合の悪いことを言わない 2017/07/28 Fri 5456 continued from 7/25
 「事実を曲げないまでも、説明に都合が悪いと思うとき、それを言わないですまそうとする」。これは「都合の悪いことでも言いなさい」「隠してはいけない」と指摘しているものです。しかし、この「自由記述」は、そうした単純な解釈を超えた意味合いをもっていると思われます。
 まずは冒頭の「事実を曲げないまでも」という条件です。「事実を曲げる」とは、別の言い方をすれば「虚偽」を伝えることを意味します。つまりは「嘘を言う」という積極的な行為です。
 これが問題であることは論を俟たないのですが、「虚偽行為」は個人や関係者に「罪の意識」を引き起こします。私たちの世界には「嘘をついてはならない」という原則的な価値が維持されているからです。そうしたなかで「事実を曲げない」とはどのような意味をもつのでしょうか。それは「嘘はついていない」とい言い換えることができます。そして、これが人の心のなかで免罪符としての力を得るのです6。
 とにかく「嘘は言っていない」のだから、自分たちを責めないでほしい。そんな気持ちの安定を与えてくれるのです。ただし、このときは「本当のことも言っていない」状況が同時に生まれています。われわれの身の回りに起きる様々な問題は、「本当のこと」が明らかにされなければ、真の解決が期待できないことは言うまでもありません。
 
早朝夕刊:1時間110mm(6:28am) 2017/07/27(2) Thu 5455
 昨日の夕刻、webで「熊本市東区付近で1時間に約110mmの猛烈な雨か」との見出しを見て驚いた。いわゆる「記録的短時間大雨」である。「気象庁のレーダー解析によると、26日17:10までの1時間に、熊本県熊本市東区付近で約110mmの猛烈な雨が降った模様です」という内容だ。すぐに外を見たが、夏の雨を予想させる特有の臭いすらしない。つまりは局地的に発生した積乱雲の下だけに猛烈な雨が降ったのだろう。私が子どものころは「入道雲」がムクムクと沸き立ち、サッと「夕立」がきて世の中が涼しくなった。それは夏の風物詩でもあったが、今日では「ゲリラ」と呼ばれる凶器になってしまった。
 
李下の冠 2017/07/27 Thu 5454 continued from yesterday
 李下に冠を正さず:人の疑いを招きやすい行為は避ける方がよいというたとえ。[スーパー大辞林]
 もともとは「固楽府(君子行)」にある「スモモの木の下でズレた冠を直そうとして手を上げるとスモモを盗むのかと疑われる」ことから発している。「一強」と呼ばれたその人も「李下に…」を引用していた。しかし、「権力」をもつ者はそれを基本的な行動原理にしておくことが求められる。他人から「疑われる可能性があること」には、細心の注意を払っておかなければならない。
 いま、「盛者」が攻め立てられるのを目の当たりにして、あの夫婦は欣喜雀躍しているのではないか。この人たちが絡んだ件では「『盛者』の妻が公人か私人か」をめぐって国会で揉めていたことが思い出される。それもすでに昔話の感がある。
 「盛者」は、法律に何の定義もなされていないから「公人」ではないと主張していた。これは「純形式的」な論拠である。これに対して「実質的」な影響力から捉える見方もある。「権力者」の妻が他人に対して一般人の奥方たちと「まったく同じ影響力しかもたない」と考える人は、この世の中には一人もいないだろう。
 
「新々『平家物語』」 2017/07/26 Wed 5453
 「平家物語」:平安末期から鎌倉初期にかけての源平争乱を描いた軍記物語。[成立] 承久の乱(1221)以前に3巻本が成立したとする説があるが定かでない…。[世界大百科事典 第2版]
 「新平家物語」:吉川英治の代表的な歴史長編小説。1950年(昭和25)6月~57年3月『週刊朝日』連載…。源平二氏の興亡に材をとった叙事詩的大作…。[日本大百科全書(ニッポニカ)]
 平家物語の冒頭:祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
 そして、いま「21世紀の平家物語」が国民の前で展開している。おそらく誰もが聴いた記憶があるにちがいない、冒頭の切々と響き渡る名調子とともに、800年近い年月を経て「平家の亡霊がにわかに蘇ってきた」かのようである。ほんのこの前まで「一強」と呼ばれていた「盛者」かつ「たけき者」が、今日の状況に至ると予想した者がどのくらいいるだろう。すでにマスコミでは「おごり」ということばも使われている。それは「ひとへに風の前の塵」ということか。
法や規則を守らない 2017/07/25 Tue 5452 continued from 7/14
 自由記述で「倫理的でない行為」とされたものですが、その表現はじつにストレートです。子どもでも「法」を守らなければならないことを知っています。もちろん「規則」も同様です。それが現実に実践されていれば、こうした「意見」はでてきません。しかし、世の中で発生する問題のほとんどすべての原因が、「法律」や「規則」を守らなかったことにあるのです。
 今日では、「コンプライアンス」も日本語になった感があります。これを「法令遵守」と訳されることがありますが、それは「誤訳」と言っていいほど狭い解釈だと考えるべきでしょう。それはそうとして、こうした「用語」が使われること自身、われわれ人間は「法(律)」を守らないこと、つまりは「遵法」の困難さを示しているのです。それは、世の東西という横の広がりだけでなく、古今を問わない時間軸にも適用できる「事実」だと言えるでしょう。
 ただし、「法律」や「規則」を絶対視することから問題が発生する可能性も否定できません。すでに本コラムで指摘していますが、「法令」や「規則」は組織の活動を健全にするための「手段」であって、「目的」ではないのです。
 
おもろい話 2017/07/24 Mon 5451
 日本だけでも1億2700万人がいて、「面白い人」がたくさんいる。これが「面白い」で済んでいればいいが、「困った人」も相当にいるし、犯罪を犯すに至っては「困った」では終わらない。これが70億を超えるグローバルな話題となれば、それはもう数限りない。地元紙の夕刊にも「海外こぼれ話」というコラムがあって、これがけっこう楽しめる。
 たとえば「ドレスで抗議」という見出しでは、猛暑(?)の英国、男性が半ズボン姿で出勤したところドレスコ一ド違反で帰宅させられた。これに腹を立てた彼は母親のドレスを着て職場に戻った。女性はスカートでOKではないかという主張である。その結果、七分丈のズボンなら認められることになったらしい。男性の職場はコールセンターだというから、半ズボンでもよさそうだけれど…。
 ごく普通には、たとえば「ドレスコード」に問題があれば、職場で話し合いをすることで、それなりに現実的な修正が加えられるのではないか。それが「いきなり半ズボン」で出勤し、これに対して「即帰宅」という対応をとったようだ。詳しい状況はわからないが、職場の上司や同僚と本人の関係はどんなものだったのか知りたくはなる。
 
高さんからの手紙(18) 2017/07/23 Sun 5450 continued from 7/16
 さて、高(禎助)さんからいただいた手紙をシリーズでフォローしているのだが、その途中で脇道に逸れてしまった。
 アメリカから帰国した三隅先生が生産性本部専務理事であった近見氏にたまたま天神の「福ビル前」で会われたことがあった。そのとき三隅先生は「教育から産業界へ研究を移すことを話された」のではないか。高さんはそう推測していた。これを読んで、私も自分なりに当時の状況を振り返ってみたいと思ったのである。それが本シリーズの第7回目で5月2日のことだった。そして、それから10回にも亘って深入りしてしまったのである。いつものことながら、脇道に逸れすぎであるが、ここでようやく高さんからいただいた「手紙」に復帰する。
 三隅先生と近見氏と「福ビル前」で遭遇された話の後に、高さんの手紙は次のような一節が続いている。

 私は当時(1961年ころ)大阪拘置所にいて、三隅先生から突然連絡があり九州生産性本部に移ることになったのですが 、これは福ビル前の三隅先生と近見さんとの出会いがきっかけだったのではと思います。(三隅先生はこの件について私には何も話されませんでしたが)。
 もちろん高さんが「拘置」されていたのではなく、拘置所の職員だったことは言うまでもない。
 
OHPはパートナー 2017/07/22 Sat 5449
 私の教師人生は1978年に鹿児島女子短期大学に採用されたときにはじまった。その前の2年間は九大の助手をした。採用時の辞令には「文部教官助手」と書かれていたから、一応「教官」ではあった。しかし実際に「授業」を担当することはなかった。
 助手のとき、九州産業大学で「職務分析」という講義をで担当した。これは非常勤だったが、私としてははじめて報酬を受けて「授業」をした。これは集団力学研究所の高さんから紹介された。それまで高さんが担当されていたが、おそらく多忙が理由で私に声がかかったのだと思う。それまでも九州生産性本部で講演をしたことがあった。これまた高さんからの話だった。そのほか当然のことながら、大学院の演習や学会で発表をすることはあった。
 ともあれ、鹿児島女子短期大学の講師に採用されたのが1978年である。この時点から数えて来年は40年の節目を迎える。ところで、演習や学会での発表も含めて、40年の半分以上は「OHP」が欠かせなかった。私は講演の依頼があると「OHPをご準備ください」と言い続けていた。この〝Over Head Projector〟こそは、私にとって最高のパートナーであった。
 
アメリカ版「鳥飼重太郎」 2017/07/21 Fri 5448 contunued from yesterday
 「点と線」発刊時の価格と奥付の「ミス(?)」について触れたので忘れていたことがある。それは「刑事コロンボ」が登場するよりも以前に「日本版コロンボ」がいたということである。
 それは「よれよれのオーバーを着た四十二三の、痩せた風采のあがらぬ男」で、「しなびた顔」をしており、「痩せた、色の黒い、目ばかり大きい不精気な男」であった。しかも「着ていたオーバーがくたくただったように、洋服もくたびれていた」し、「使いふるしたネクタイが撚れて」いた。
 さらに彼は「古参の中年の刑事」であり、「骨ばった汚い指」で受取証を見ながら「男は一人で食堂で飯を食べたのですなあ」と、事件の核心に関わることを「ひとりごとのように言った」のである。
 この記述は「刑事コロンボ」が登場するよりも15年ほどは早い。そうなると、コロンボ警部の方こそ「アメリカ版鳥飼重太郎」と呼ぶべきだということになる。そう思うとちょっとばかり自慢したくなった。
 それはともあれ、またしても私の妄想的シリーズとして、「点と線」が新たに追加されそうな予感がしてきた。それもいつ終わるともしれないという「危うくかつ怪しげな予感」である。
 
「点と線」の刑事 2017/07/20 Thu 5447 Continued from 7/17
 刑事コロンボならぬ鳥飼重太郎が登場したのは松本清張の「点と線」である。私の手元に光文社「カッパ・ノベルズ」版があり、前回はその24ページと29ページから抜き取った。奥付には「昭和25年7月10日初版発行」、「昭和37年11月10日41版発行」と記されている。定価は200円だ。
 その当時の物価をみるとおもしろい。新聞購読料が390円、はがき5円、映画封切館200円、国鉄の初乗り運賃10円、理髪料金160円、コーヒー60円、ラーメン50円、カレーライス110円といった具合である。いま映画は1,800円だから、これと同じなら「点と線」も1,800円という計算になる。しかし、理髪は現在3,000円ほどするし、カレーはやたらと高いことを考えると単純な比較は意味がない。
 さらに興味深いのは奥付の「昭和25年7月10日初版発行」である。「点と線」は日本交通公社が発行していた雑誌「旅」に連載されたのだが、その開始は1957年2月号で、1958年1月号まで続いている。第1回目の1957年は昭和32年になる。したがって、どう考えても「昭和25年」の「初版」はあり得ないから、明らかに印刷ミスということになる。
 
ダブル審査員? 2017/07/19 Wed 5446 continued from yesterday
 私が、事前に「審査委員長」の打診を受けていなかったと言ったため、担当した部局全体が白い目で見られたようだった。私としては、そこまで考えずに質問したのだが、予想外の結果をもたらしてしまった。まことに申し訳ない。
 さて、いよいよ審査の時間になった。そして、最優秀賞の選考で2つの団体のいずれにするかが議論になった。両者の間には1票の差しかなかったと記憶している。その時点で少数だった団体を支持する審査員が「一次の審査もしたのですが、そのときよりもずっとよくなっている。そんなこともあって、自分としてはこの団体を押したい」と発言した。
 これを聴いて私はかなり驚いた。私の常識では、一次と二次の審査員が同じというのは考えられない。しかも支持したのは地元の団体だった。ここでは二次の内容だけが審査の対象であって、一次よりも「伸びたかどうか」は関わりのないことである。
 しかし、この発言をした審査員はそれを問題だとは認識していなかった。私が同じ立場であれば、一次か二次のいずれかの審査員しか受けない。それは、そもそも依頼側が考慮すべきだが、受ける側も立場を弁えないといけない。
 
空気が揺れた 2017/07/18 Tue 5445 continued from 7/13
 さて、数年前にある「発表会」で「審査員」をお受けしたときの話に戻る。このときは担当者が事前に打ち合わせにいらっしゃって、その概要についてご説明を受けていた。そしていよいよ当日になった。
 発表会前に「審査員」が集まった。その席で私に委員長をとのご指名があった。その瞬間、私はいささか驚いた。こうした行事では一般的に「座長」や「委員長」などは事前に依頼がなされているからである。そこで私は「ありがとうございます。ご指名ですのでお受けします」と、まずは答えた。その上で、「これまでの経験では、あらかじめお話があるのですが、今回はお聴きしていませんでしたね」と言ったのである。
 その瞬間、何とも言えない空気の揺れを感じた。それは一瞬のことで、すぐに何もなかったかのような平穏さが戻った。しかし、私は「余計な発言」をしてしまったと感じた。
 「そんな基本的なことも伝えていなかったのか」「一体、誰が責任者なんだ」。関係者の間にそんな聞こえない声が飛び交ったのである。あるいは、それは私の幻聴だったのかもしれない。ともあれ、私は担当者の方が困り果てる発言をしたと思った。
 
蘇るコロンボ? 2017/07/17 Mon 5444
  「寒い場所で死んだものですね。」小さい声で、ほとんど呟くように、ひとりごとを言う者がいた。警察医はその声の主を見あげた。よれよれのオーバーを着た四十二三の、痩せた風采のあがらぬ男だった。
 「やあ、
ミスター・コロンボ。」と医者は、そのしなびた顔に話した。
 
 「ちょっと、その受取証を見せてください。」それは痩せた、色の黒い、目ばかり大きい不精気な男だった。死体の発見のときに、現場に行った男である。着ていたオーバーがくたくただったように、洋服もくたびれていた。使いふるしたネクタイが撚れている。コロンボという古参の中年の刑事だった。
 コロンボ刑事は、骨ばった汚い指で受取証をひろげてみていたが、「御一人様?この男は一人で食堂で飯を食べたのですなあ。」と、ひとりごとのように言った。

 ピーター・フォークの「刑事コロンボ」シリーズがNHKで放送されはじめたのは1970年代のことである。ご存じの方は上に引用した二つの場面だけで、コロンボ刑事を思い浮かべることだろう。しかし、これは「刑事コロンボ」の一節ではない。日本人が書いた小説からの引用なのだ。下線を引いた「コロンボ」は「鳥飼重太郎」で「現場」は福岡市にある「香椎潟」である。これだけの情報で原作がわかる方もいらっしゃるだろう。
高さんからの手紙(17) 2017/07/16 Sun 5443 continued from 7/09
 早く本題の「高さんからの『手紙』」に戻りたいのだが、その前に、「経営とグループ・ダイナミックス(集団力学研究所)」の「序章」からもう1ヶ所「引用」しておきたい部分がある。産業界デビューを果たした三隅先生は次のように語っている。

 われわれが展開した組織開発を意図した小集団活動は、直接に品質管理やミス防止をねらったものでなく、民主化運動としての小集団活動であり、それを全社的に展開したのである。ミス防止や生産性向上や品質の向上はあくまで終末結果である。企業内の従業員がそれぞれの役割において、話し合いに参加し、有効な集団的意思決定を促進し、リーダーシップを向上し、職場の雰囲気を明るく張り切ったものに高揚していけば、終末結果として業績やミス防止・事故予防にも反映してくるという考え方である。今でもこの考え方は変らない。

 業績の向上や事故防止は「目的」ではなく、組織の構成員たちが生き生きと働いた「結果」だと考える。私は三隅先生からこの考えを生の声でお聴きしたとき、「これは技法ではなく、思想であり哲学なのだ」と感動した。そして、それは「人間を尊重する経営」のみが実現できるのである。
 
教員免許更新講習 2017/07/15 Sat 5442 continued from 7/01
  教員の「10年経験者研修」は自治体が責任をもって行います。これに対して「教員免許更新講習」の多くは大学等が提供しています。私も制度がスタートした2009年度から、正確にはその前年に実施された試行のときから講座を担当してきました。
 そもそも教員免許は「終身」だと考えられていたことから、講習が始まったときはほとんどの参加者から不満の声が聞かれました。講習が30時間に亘り、しかも3万円の受講料を自己負担するのです。先生方に「話が違う」との思いがあったのは当然だったと思います。それもすでに9年が経過し、そろそろ「免許更新制度」が出来上がった後で教員になった人たちが受講する時期が近づいてきました。この方々は、「教員免許更新は受けなければならないもの」であることを知っているわけです。
 また、「更新」は基本的に10年ごとに回ってきます。そのため、間もなく「講習が2回目」という受講者が出てくることになります。そのほか、いろいろな理由があって、熊本大学では来年度は受講生が大幅に増えると予測しています。私も来年は70歳で古稀となりますが、8コースを分担する予定でおります。
 
利益無視の規則遵守 2017/07/14 Fri 5441 continued from 7/04
  これは「非倫理的行動」として挙げられたものです。一般的には「利益を優先する」ことが「倫理的行動」を害する要因として指摘されるケースが圧倒的に多いわけです。そうしたなかで、ここでは「利益を無視する」ことの問題が指摘されています。そこには、何よりも「規則」を「至上の原理」として、「とにかく守る」ことを要求する状況が想像されます。
 これを書いた方には、組織の本来の目的すらないがしろにされていることを批判しているのでしょうか。そもそも、自分たちは「何のために働いているのか」という疑問でもあるのでしょう。この回答者が置かれた具体的な状況はわかりませんが、本来は「手段」であった「規則」が「最終戦の目標」になった事例と言うべきでしょう。
 もっとも、短期的には「利益を無視している」ようでも、長期的には「利益に繋がる」ことはいくらでもあります。そのような視点から、組織のトップが「利益を無視しても規則を守る」ことを重視しているのかもしれません。そうだとすれば、そうした「展望=見通し」について、組織の構成員が理解し、納得できる働きかけをしていくことが求められているのです。
「メール」でいいのですが… 2017/07/13 Thu 5440 continued from 7/08
 昔は「電話だけでは失礼」ということで、わざわざお見えになるケースが少なくなかった。しかも夏でもスーツにネクタイ着用が常識になっていた。さすがに「クールビス」が定着して、来訪される方も基本的には軽装になった。それに「お見えになることはありませんよ」と伝えると、「ありがとうございます」とお受けいただくケースもある。ただし、それはまだ少数派である。
 時代の変遷とともに連絡手段としては「メール」が主役になった。そうなると、今度は「メールでお願いをするのは失礼だ」という評価基準をおもちになる方が出てきた。そこで「(せめて)電話で直接お願いをしなければいけない」ということになる。私は仕事場の事務担当者に「吉田はまったく気にしないので、メールでご用件をお伝えください」と伝えてもらっている。これで了解される方の方が多くなってきたが、やはり「電話で直接に」という場合もある。
 その結果として電話が通じたときにはご依頼の日時が「アウトになったばかり」ということもある。世間知らずの私は「本当に、心底から」メールでいいと思っているのだが、世の中にはそれではいけないという人もまだ少なくないようだ。
 
「グループ・ダイナミックス」と「いじめ」 2017/07/12 Wed 5439 continued from yesterday
 現実の問題解決に資する研究と実践を進める「グループ・ダイナミックス」にとって「一人」を含めた「すべての集団」において発生する事象の「すべて」がその対象になる。そうしたなかに、学校における「いじめ」が含まれることは言うまでもない。そして、私自身も学校におけるいじめについて、それなりに仕事をしてきた。
 その最初の関わりは1985年6月に熊本で開催された日本社会心理学会の「いじめに関する公開シンポジウム」であった。そのときは熊本大学の鈴木康平氏(故人)・佐藤静一氏・篠原弘章氏の諸先輩との共同研究として調査を実施し、私も発表した。それは翌1986年に「いじめの社会心理学的研究」として「熊本大学教育学部附属教育工学センター紀要第3号」にまとめられている。それからすでに30年以上もの時間が経過しているのである。そのことにあらためて感慨と驚きを覚える。このときすでに「いじめ」はシンポジウムで取り上げられるほど社会問題化していたのである。
 その後も「いじめ」問題が解消されることはなく、さらに顕在化あるいは潜在化、深刻化し、マスコミが取り上げる件数も増加の一途を辿っている感がある。
 
人間と真空 2017/07/11 Tue 5438
 集団の中で個々人々がどのように行動するか、それにはどのような力が働いているか。そして、個々人の関係や行動がどのように創られ、それが当人たちだけでなく、周りの人々にどのような結果をもたらすか。そして、そこには如何なる力が働いているのか。私が仕事にしてきた〝Group Dynamics(集団力学)〟はこうした「人間集団」について探究し、その成果を現実の人間世界で応用することを目指している。したがって、その対象は「人間とそれが構成する集団のすべて」である。
 さらに私は「一人」の行動も集団力学」の対象だと考えている。敗戦後27年にも亘ってグアム島に潜んでいた横井庄一陸軍軍曹や29年後までルバング島において「任務を継続」していた小野田寛郎予備陸軍少尉はいずれも「たった一人」だった。しかし彼等の行動を規定していたのは国の法であり、また社会の文化や規範であった。さらには家族を含めた過去の人間関係だったのである。れわわれはこの世に生を受けたときから別の世界へ旅立つまで「社会という集団」と関わり続ける。
 自然科学の領域では「真空」が「実在」するが、人間にとって「真空」は想定すらできない。
 
今月の写真 2017/07/10 Mon 5437
 今月は「イルカウォッチング」と「コスモス」の2枚です。
 私は熊本県の天草で「イルカウォッチング」ができることは知っていましたが、熊本に来て38年目にして、はじめて出かけてきました。JR九州の「特急Aで行こう」のパッケージツアーに乗っかりました。JR三角駅で降りて船で松島に渡り、さらにクルーズ船で1時間ほどかけてイルカの生息地に向かうという旅程です。
 私たちが出かけた日はクルーズ船が多くてイルカは大迷惑だったと思います。それに写真もPRに載っているようなスーパーショットは撮れません。写真ではかろうじて一頭の可愛い顔は映っているのですが、「黒いものが3つ」という感じにしか見えませんね。私としてはレンズを通してよりも、この目でしっかり楽しんだのですから満足しています。
 もう一枚はわが家のベランダに咲いたコスモスです。「秋桜」を「コスモス」と読ませたのは、さだまさしの曲がはじまりだそうですが、本来は秋の花なのですね。それはともかく、じつにきれいなのです。緑の葉をバックに純白な花びらと中心の黄色が息をのむほど感動的です。原語のギリシャ語〝kosmos〟には「宇宙」という意味があるのですが、「宇宙の中心」が黄色に明るく輝いているようです。その強烈なエネルギーを純白で包み込んでいるところに白の穏やかさと厳しさを感じるのは私だけでしょうか。
 
高さんからの手紙(16) 2017/07/09 Sun 5436 continued from 7/02
 中興鉱業の「切羽」での調査によって、リーダーシップのPM研究が産業の場で試された。PMについては、すでに実験による研究で理論的な基盤は出来つつあったが、それが「実践の場」に導入されたのである。そして、炭鉱の切羽という暗く厳しい仕事場では「Pタイプでなければ監督者の役目はつとまらない」と言われていた「常識」とは異なる結果が得られたのである。こうした流れの中で、「中興鉱業での小集団活動は、九州北部における諸炭鉱はじめ多くの企業に影響を与えることになった」のは当然だった。
 三隅先生たちが産業界で「アクションリサーチ」を開始したときの状況を、「経営とグループ・ダイナミックス(集団力学研究所)」の「序章」から抜粋しながら振り返ってきた。ここで「PM」という言葉をはじめてお聴きになった方のために簡単に説明しておこう。これは〝Performance〟と〝Maintenance〟の頭文字で、前者は「遂行する」、後者は「維持する」という意味がある。リーダーシップは「目標を達成する」ことと「集団を維持する」ための働きかけ(行動)から構成されているとして、それらを「PM」と呼んだのである。
 
打合せの来訪 2017/07/08 Sat 5435
 数年前、ある組織が開催する「発表会」の審査員を依頼された。とにかく〝Yes man〟を自認している私だから、当然のこととして快く引き受けた。その打合せのために、わが職場にわざわざお見えになった。
 昔から手続きを大事にされる組織の場合、まずは「電話」で打診があり、その後に数人で来訪されることが決まりのようになっていた。しかも真夏でもスーツ姿の汗まみれでいらっしゃるのである。それが委員会等であれば、事前の説明が必要だが、講演などでは「電話」で済むことが多い。そこで私としては、「わざわざお見えになることはございませんよ」と答える。
 ところが、世の中ではそうもいかないようである。それも電話では重要な情報が伝わらないからという理由ではない。依頼をするのに「電話だけ」で済ませるなんてとんでもないという雰囲気が漂うのである。
 私の方は徹底した世間知らずだから、「依頼内容は十分に承知しており、こちらまでお見えいただくのは負担だし、時間だってもったいない」と心の底から思ってしまう。
 もっとも、そこまで徹底していたのは昔の話で、それらも少しずつながら変化して今日に至っている。
 
Never Ending Challenge 2017/07/07 Fri 5434
 〝A man can get discouraged many times but he is not a failure until he begins to blame somebody else and stops trying.〟(John Burroughs)「私たちは、しばしば落胆することがある。しかし、それを他人のせいにして、自ら努力することを止めない限り、失敗とは言えない」。
 John Burroughs (1837ー1921)はアメリカの自然主義者で随筆家である。私はこの名前を初めて知った。英語の〝discouraged〟には「がっかりさせる」「勇気や希望、自信を失わせる」「やる気をなくさせる」といった語義が並んでいる(ジーニアス英和)。ここでは「失敗する」と訳してもいいだろう。人生は「失敗」や「がっくりする」ことでいっぱいだ。それを「人のせいにしちゃあおしまい」である。うまくいかなかったことを冷静に分析し、よりいい方向に力を注ぐ。これぞ「人間」なのである。
 私には「失敗は自慢話に」というネタがある。失敗も「時間」という「樽」で寝かせておくと「琥珀色の香り豊かでまろやかな教訓」として部下や後輩たちに伝えることができる。そんな話である。〝Never Ending Challenge〟でいきましょう。
 
さすがのドル箱幹線 2017/07/06 Thu 5433 continued from yesterday
 先日、東京から大阪に移動した。もちろん(?)飛行機を使った。都内で山手線に乗り、東京駅から新幹線を使った方が飛行機よりもはやく大阪に着くと思う。それでも飛行機好きだから、あえて羽田に向かった。
 もともと混雑する羽田だが、私が予約していた便は19時台発だった。まさに離発着のラッシュアワーである。その上、チェックインしていながら乗ってこない客が一人いて離陸はさらにずれ込んだ。
 それにしても、さすが「東京・大阪」便で、その日は週末ではあったが満席だった。私が20分ほど前に搭乗口へ行くとすでに長蛇の列ができていた。しばらくして搭乗案内があると、ゾロゾロと蛇が前進しはじめた。私は、その蛇の一団がすべて「ダイヤモンドメンバー」だったことを知って驚いた。これはANAが最高ランクとして待遇する乗客たちである。熊本空港だと3人くらいはいるが、これが長蛇の列になるのである。さすがに東京と大阪、スケールが違いますね。
 もっとも、そのほとんどが仕事で飛び回っている人たちだろう。この盛況とくらべると、新幹線の「のぞみ」のグリーン車はまあまあだが、「こだま」のそれはかなり空いている。
 
飛行機と新幹線 2017/07/05 Wed 5432
 根っからの飛行機好きである。九州新幹線「熊本⇒新大阪」のフルコースは今でも未体験のままである。ただし、「新大阪⇒熊本」間は2回利用した。このときは、仕事の関係から時間調整ができなかったために「やむを得ず」に乗ったのだった。
 その他の区間では、「熊本⇒新神戸」「熊本⇒姫路」「熊本⇒岡山」などが1回ないし2回ある。その一方で。「熊本・博多」と「熊本・小倉」間はけっこう利用している。とくに前者はしょっちゅうとは言わないが、相当程度の回数になる。
 それも福岡で仕事があるからではない。もう7年ほど前になるが、私は福岡にある「集団力学研究所」の活動からリタイアするまで、博多へは頻繁に出かけていた。しかし、そのころは九州新幹線がなかったから、在来線の特急を利用したり、ときには高速バスに乗ったりした。
 このごろ「熊本・博多」を往復するのは、大抵は「福岡空港」にいくためである。さすが新幹線の威力である。全線開業によって、「研究室」から「福岡空港」までが1時間少しの距離に縮まった。これはまことに大きな変化であった。その結果、私が福岡空港を利用する回数は増加していったのである。
 
倫理問題の永遠性 2017/07/04 Tue 5431
 ある組織で「倫理的に行動する」とはどんなことか、またどんな行動が「非倫理的」だと思うかを聴いた。この結果はこれまでも取り上げたことがある。しかし、まだまだ多くのものが残ったままである。そこで、改めてこれらをご紹介しよう。
 人間はいつの時代にも倫理に関わる問題を起こしてきた。今日では、それが組織の存続に重大かつ深刻な影響を及ぼしている。しかし「倫理にまつわる問題」は未来永劫も発生し続けるであろう。それは複数の個体が「生きる」ことに伴って「必然的」に生まれるものだからである。
 人や組織の間には必ず「摩擦」が生じ、その結果「葛藤」が起きる。これに対して「すべて」が満足できる「解決策」など期待すべきもない。そうした軋みのなかでいずれの側にも満足できない部分、あるいは不満な人々が出てくる。それが「倫理」にかかわる問題行動を誘発する要因になり得るのである。
 われわれにとって「問題があるから問題」ではないのである。そうではなくて、「問題があるにも拘わらずそれに気づかないことが問題」であり、あるいは「気づいてもその解決に挑戦しないことが大問題」だと考えるべきなのだ。
 
ド素人氏の予想 2017/07/03 Mon 5430
 T町の選挙結果はド素人識者(?)氏が「早朝夕刊」で予想したとおりでした。
 それにしても、Jの落ち込みぶりはさすがにド素人氏にも驚くほどでした。しかし、私が知る限りマスコミは、Tとそれを支持する勢力が「過半数を上回るか」といった程度の表現だったと思います。選挙報道では「過半数を上回る勢い」といった言い回しもときおり視るのですが、今回はそこまで踏み込んだところがあったのでしょうか。ましてやJがここまで衰退するとは言い切れていなかったわけで、プロとしては「どうだい、予想は当たっただろう」と胸を張ることはできないでしょう。
 また、トップがT町を選挙区にしているというのに、Mはやはりド素人氏が予想したように「好機を活かす」どころか、議席数を減らしてしまいました。
 ところで、国政レベルでの野党はKの2議席増はあるものの、ほとんど「変わらず」という結果になりました。何のことはない、Jに対する批判票が自分たちの票に繋がらなかったわけです。その意味で、野党も「好機」を活かすことができなかったのです。公党としては、「Jが減りさえすればそれで満足」では寂し過ぎますよね。
 
早朝夕刊(7:37am) 2017/07/02 Sun 5429
 今日の午後8時過ぎから明日のマスコミはある地方自治体の選挙報道であふれる。素人識者(?)の某氏がインタビューに応えた。

 やはり新しいTとそれを支持する勢力が過半数を占めましたね。とくにJは失言問題なども大いに逆風になりました。そもそもJを支持する人たちが「このごろ調子に乗りすぎのところが目立ってきた。ここいらでお灸を据えとかないといけないと思って、Jに投票しなかった」なんて云っていました。いずれにしてもこの結果は国政にも影響を与えるはずです。そもそも、このごろの失言についてはJ内でも問題にする人がいますからね。その一方で、Mはこうした好機も活かせることなく終わってしまいました。こちらも内部でひと揉めあるでしょう。

 あくまでド素人で責任のとれない某氏のお話です。
 
高さんからの手紙(15) (「6年前の手紙」改題) 2017/07/02 Sun 5428 continued from 6/25
 私の大先輩で、リーダーシップ・トレーニングの楽しさおもしろさを体感させていただいた高禎助氏からの手紙を紹介してきた。その手紙には高氏が副所長として関わった集団力学研究所発足前からの興味あふれる情報が記載されている。手紙が届いたのは6年前の2011年6月である。私はすぐに、その内容を本欄に転載する許可を得た。しかしながら、ついつい時間だけが経過して、気がつけば2017年になっていたのである。
 そして連載としてスタートしたのが4月13日であった。それ以来、タイトルを「6年前の手紙」としてきた。しかし、手紙は高氏からのものであり、そろそろお名前を入れる時期だと考えた。そこで、「月替わり」した本日より「高さんからの手紙」に改題した。私の気持ちには、「高禎助氏」というよりも「高さん」の方がはるかにピッタリする。そんなことから、これまでも本コラム内では「高さん」と記してきた。これをタイトルにも適用させていただくことにした。
 いやはやいつものことながら、「改題」の説明のみで、肝心の「手紙の内容」に入らずに終わった。大事なお時間を割いていただいているのに申し訳ございません。
教員の研修 2017/07/01 Sat 5427
 教員免許を持っている先生方には、いろいろな研修があります。教職に就いた最初の年には「初任者研修」があり、それから10年が経過すると「教職10年経験者研修」を受けることになります。さらに9年前からは「教員免許更新講習」が導入されました。この「講習」は定められた期間内に受講しないと免許が失効し、現職の先生も教師としての仕事ができなくなります。いずれも法律で決められたもので「法定研修」と呼ばれています。
 このうち「初任者研修」では、その名のとおり「新規採用された教員に対して、採用の日から1年間、実践的指導力と使命感を養うとともに、幅広い知見を得させるため、学級や教科・科目を担当しながらの実践的研修(初任者研修)を行うこと(文科省HP)」になります。その対象は「公立の小学校等の教諭等のうち、新規に採用された者」で、実施するのは「都道府県、指定都市、中核市教育委員会」です。これは「教育公務員特例法第23条」に記されている制度で、1989(昭和64)年度に小学校教諭から始まり、順次その対象となる校種を広げていきました。すでに30年近い年月が経過しています。