Home  Back Numbers  3月号 (先月) 

味な話の素
No.168  2017年04月号(5323-5357)  Since 2003/04/29
 本年度の「公開講座:リーダーシップ・トレーニング」の募集を開始しました。ここをクリックしてください
子どもへの想い 2017/05/01 Mon 5358 4月30日の続き
 急に寒くなったり暖かくなったりするので体にくれぐれも気をつける事。
 □□さんからの年賀状を送ったと云ったら、道雄は忙しくて郵便局に行く暇がないだろうに、わざわざ送らなくてもよかったのにとしかられた。でも一度見せておきたかったので送ったのですが、まだ七月まではいいのだから急いで切手をもらう必要はない。ついでのときでよい。
 こちらでもらってもよいので二月に帰ってくる時に持って来てもよい。こちらは三等のシーツがあたっている。今年はいい事があるかな…。

 大学の受験料と併せて「大して期待していない」と書いてきた「おやぢ」の便箋の後に母が書いたものである。□□さんから私宛に届いた年賀状で「切手シート」が当たったので送ったというわけだ。これに対して「おやぢ」が「道雄は(受験を控えて)、忙しく郵便局に行く暇などないだろうに」と母を「しかった」という。
 父親は青のボールペンでダイナミックな字を書き、母は付けペンで繊細な文字をしたためている。いずれも、行間に福岡で生活している子どもへの想いがあふれている。このとき、1967年(昭和42年)1月、両親と妹は長崎市の小ヶ倉にあった公務員宿舎に住んでいた。
 
早朝夕刊(5:58am 2017/04/30 Sun 5357
 もう「卒業式」をした「戦後歌謡三昧」でした。昨日は「後片付け」がなかったものですから、ずっと生のままで聴くことはありませんでした。ただ、冒頭の案内には、またぞろ引っかかってしまいました。ああ、いけません、もう「卒業」したのに…。今年も超ベテランの加賀美アナウンサーのナビゲーションで始まりました。そして、この日の放送は「平成21年からスタートして今年で8年目」との紹介がありました。じつは、昨年も「8回を迎える」とのことだったのですが…。
 
「大したもんだ」よ 2017/04/30 Sun 5356 4月28日の続き 
 大学入試の受験料が入った現金書留に入っていた手紙からわかるように、私の父親は酒もタバコもやらず、ギャンブルとも無縁だった。もっとも、職場で「ケチと言われ、のけものにされて」いたかのかどうかは、子どもである私には知りようがない。
 それにしても、「おやぢ」としては精一杯の力を振り絞って息子を安心させようとしている。今となっては、この手紙の真意を「おやぢ」に確認することはできない。しかし総体として、父は子どもたちにこうした態度をとっていたことは記憶に残っている。
 自分自身は家庭の経済事情で進学できずに就職したと語っていた。「まったく上達しない」と言いながら、ラジオの英会話や教養番組に耳を傾けていた。とにかく「教育テレビ」が大好きで、子どもたちとの間に「チャンネル紛争」が頻発した。私が「基礎英語」を小学6年生のときから聴き始めたのは、100%「おやぢ」の影響だった。大学受験を間近に控えたわが息子に、「大して期待するわけではない」と断定し、「学問に遊ぶ」ことを強調する。わが「おやぢ」ながら「大した」もんだよ。
 
早朝夕刊(5:41am 2017/04/29 Sat 5355
 美術館や博物館で、展示されている作品の写真撮影をOKとするところが増えているという。地元紙に載った記事だが、博物館の関係者によれば、「作品の撮影を認めるのは世界的な流れ」だと解説している。
 私の体験では、海外では以前から「ほとんど」がOKだった。アテネのパルテノン宮殿にあった「アクロポリス博物館」、国立の「考古学博物館」はいずれも撮影可。あの「ルーブル」ではモナリザもミロのビーナスも撮れた。オスロの「ムンク博物館」では「叫び」を撮した。アムステルダムの「ゴッホ美術館」では、「ひまわり」をしっかり撮った。いずれも「フラッシュ禁止」が条件で、パルテノンでは「自分との2ショット」はアウトだった。その中で例外はパリの「オルセー美術館」だった。ついでながら、ここではミレーの「落穂拾い」の前に人がいなかったのが印象に残っている。日本では「超有名」な作品なのに…。
「揚げ足取り物語」の「大チョンボ」 2017/04/29 Sat 5354 4月23日の続き(最終回) 
 家内から「いつまで続けるの」と顰蹙を買った、NHKFMの「戦後歌謡三昧」の「揚げ足取り物語」は本日で最終回です。あれからちょうど1年が経ちました。そして今日のお昼0時15分から午後9時までの8時間45分に渡って放送されます。司会とお相手は今回も同じ加賀美アナウンサーと柳亭市馬師匠です。
 ここに来て「うわーっ」と肝を冷やしました。先日、「太川陽介」を「田川」と誤っていたことを家内から指摘されて修正しました。これに加えてお相手の「市馬」師匠をずっと「市場」と間違っていました。さらに、「戦後歌謡三昧」の頭を途中から「昭和」とし続けてきていました。「私の大チョンボ」です。人の「揚げ足」を取るのですから、十二分な確認が求められます。まことに申し訳ありません、お詫びいたします。
 それにしても、なんとも粘着質的な「連載」になってしまいました。昨年の今日は、朝から夜まで軍手で地震の後片付けをしました。そんなわけで10時間を超える番組もしっかり楽しめたのです。前回が8年目ということでした。今日は「後片付け」もなく、「張り付きでずっと聴く」ことはなさそうです。したがって「揚げ足取り」もありません。その上で、楽しい番組になることを期待しています。
 
一期校と二期校 2017/04/28 Fri 5353 
 父からの手紙を受け取ったとき、私は九州大学の受験を控えていた。当時の国立大学は一期校と二期校と呼ばれるグループに分かれており、私の第一志望は九大だった。ここで合格しなかったときのために、二期校である大阪外国語大学を受験することにしていた。
 この一期校と二期校の区分は固定されていたから、二期校は一期校に通らなかった場合の受験校というイメージがあった。もちろん、二期校には私が受験しようと考えた大阪外大や東京外大、さらに横浜国立大学など評価の高い大学がいくつも含まれていた。しかしながら、いわゆる「旧帝大」と呼ばれる大学がすべて一期校であり、その数も二期校より少なかったことから、世の中には二期校が「滑り止め」というイメージがあった。
 いやはや、いつの時代にも人間は「区別」ではなく「差別」をしたがるものである。とくに「いい方」にいる立場から、現状を変えようという動きは生まれない。1979年に導入された「大学共通第一次学力試験」からこの区別はなくなった。しかし、「共通一次」後は大学間の格付けがさらに強化され、その理想の実現はスタートから躓いた。
期待なんかしていない 2017/04/27 Thu 5352 
 九大、大阪外大の試験料六千円をここに同封する。十七日に送った八千円は着いたことと思うが、受け取った旨の返事をしてもらいたい。

 大阪までの汽車賃、旅館代も了承した。然し、それはまだ三月になってからでいいであろう。
 私立には残念乍ら、家計上やれないが、国立なら、そう金のことで心配しなくてよい。吾輩もまだ十八年位は給料をもらうし、昇給もするから、国立大学にやれないほど落ちぶれてはいないつもりである。
 勿論、〇〇もそれだけの学力があるなら、大学にやるつもりである。
 酒もたばこもやらず、麻雀も、パチンコも、映画も行かず、つき合いもせずケチと言われて、のけものにされても、子供のためにひたすらに生きるこのおやぢを有難く思え。
 だからと言って、大して期待するわけではないから負担に思う勿れ。
 学問に遊ぶ。これを遊学という。
 大学の四年間、学問に遊ぶべし。
 別に大したことだとも思ってはいない。

 これは、1967年1月21日消印の現金書留に同封されていた父からの手紙である。文中に適切でない表現が含まれているが、50年前の私信として手を入れなかった。なお、〇〇には妹の名前が書かれていた。
 
鴨長明の「生活空間」 2017/04/26 Wed 5351 4月22日の続き 
 鴨長明の「住処=生活空間」は「五畳くらいで、天井まで2m10cm」ほどだったようである。その大きさを語る前に、「よのつねにも似ず」と言っているから、そのころの常識とは相当に違っていたのだろう。すでに還暦を迎えていたことからこぢんまりした住処にしたのだと思われる。私には「わが家はユニークなんだぞ」と自慢しているのか、あるいは「こんなにちっぽけなんだよね」と自虐的に言っているのか、今となってはインタビューできないのでわからない。
 しかし、「方丈の住処」が長明にとって、「「3m×3m×2m10cm」の「物理的空間」でないことは明らかである。なぜなら、その後の文面を読む限り、長明は自然に恵まれたこの地で充実した日々を送っているように見えるからである。ただし、彼はかねてから希望していた河合神社の禰宜職に就任できる絶好の機会があったのに、加茂御祖神社の禰宜から横やりを指されて、それを断念させられた。それがあって、長明は出家したのである。その末の「方丈の住処」である。彼が「住処」を含めて、「生活空間」をどのように考えていたのだろうか。それは「心理的な空間」であるのだから「計り」知れない。
早朝夕刊(8:20am 2017/04/25 Tue 5350
 今朝、家内から「間違ってるよ」と言われました。何のことかと思ったら、本コラムで人名を間違って記載しているというのです。それは、私が23日に引用した「田川陽介」氏で、正しくは「太川」なのでした。「人の間違いを指摘している中で、自分が間違ってるじゃないの」と言われてしまいました。もちろん、おっしゃる通りです。さっそく、「『誤字脱字等』の明らかな誤りは訂正する」というわがコラムの基本方針に則って訂正させていただきました。
 それに加えて、「いつも読んでるわけではないけれど、ちょっと『しつこすぎるんじゃない』」との指摘もありました。これまたおっしゃる通りで、やがて1年にもなろうというのに「いつまで」続けるのでしょう。ちょうど1周年になる29日が潮時と思っていたのですが…。
ユナイテッド事件 2017/04/25 Tue 5349
 ユナイテッド航空でオーバーブッキングになり、定員調整ということで乗客を「引きずり下ろした『事件』」が話題になっていた。今日では誰もがスマートフォンを持っているから、「実況中継」や「録画記録」が容易にできる。ここで、ちょっと念のためですが、私はスマートフォンを所持していません。また、「携帯も所持していない」ことになっています。ともあれ、男性が顔から血を流している状況も全世界に広まった。
 わが国では2001年に導入されたらしいが、国内線でもときおりカウンターから呼びかけがある。次の便にすれば1万円の協力金やマイレージの提供を受ける。いずれにしても、日本の航空会社で流血騒ぎになるなどあり得ない。これもアメリカ的と言うべきか。いや、さしものアメリカでもちょっとひどすぎる。
 私が1998年にサンフランシスコに行ったときは「ユナイテッド航空」だった。飛行中に、少し前の席で空調が壊れて、冷風の吹き出し口から水が漏れてきた。これに対する応急措置として、CAたちがガムテープを貼りまくった。その「粗雑さ」というか「ダイナミック」さに苦笑した。そのお詫びとして一人の日本人乗客にビジネスシートを提供すると申し出ていた。これに対してその客は「遠慮がち」に「いいです」と断っていた。こちらも「いかにも日本人」らしい対応だと思った。
 
6年前の「手紙」(5) 2017/04/24 Mon 5348 
 高さんの「手紙(回顧記)」は、九州生産性本部の専務理事近見敏之氏の話題から財界のアメリカ訪問へと続いていく。

 昭和34、5年だと思うのですが、「九州トップマネージメントアメリカ視察団」がアメリカに派遣されます。当時は海外渡航の自由化前でアメ リカ国務省の招待だったと聞いています。この視察団には九州電力ほか多数の九州財界のトップが参加されましたが、近見氏はこの視察団の事務局長でした。約2ヶ月間アメリカの産業現場や国務省や大学を視察しました。大学はMITとハーバードを訪問しています。メンバーはこのときに既にマクレガーのX理論Y理論を聞いています。(私などよりもはるか前に)そしてアメリカの大学で、九州大学のグループダイナミックスの研究と三隅教授の存在を知ったようです。

 昭和34、5年は西暦で1959年から60年である。国内では「60年安保闘争」が頂点に達していた。戦後10年を経て、財界にアメリカから学ぼうという気運が高まっていたと思われる。それにアメリカ側も応えて、各地から様々な団体を招待したのではないか。
 それにしても、このときにアメリカで「三隅教授」の名前が出たという。当時の三隅先生はまだ30代である。何とも驚くほかはない。
 
「ご兄弟」? 2017/04/23 Sun 5347 4月16日の続き
 「昭和歌謡三昧」のゲストとして「東京大衆歌謡楽団」が登場しました。その紹介の際に案内役の一人である市場師匠が「三兄弟ですからね」と説明したところ、加賀美アナウンサーは「五兄弟なんです」と直ちに否定したのです。しかしインタビューでは3人でした。ラジオですから、ひょってして「ご兄弟」だったのかもしれません。しかし、「三兄弟」の発言のあとで「ごきょうだい」と言われれば、「五」だと受け取るのが自然でしょう。お相手の市場師匠も困られたと推測します。ご本人たちは「じつは『四男』もいるのですが…」と紹介していました。それでも「『五』兄弟」ではないですね。ついでながら加賀美さんは「楽団」を「劇団」と呼び間違ってもいました。
 さて、この10時間を超えるロングラン放送も終わりに近づいてきました。ゲストとして太川陽介氏が加わりました。かつてNHKの「レッツゴーヤング」で司会をしていたこともあって、そのときのエピソードに花が咲きます。その流れの中で、地方のバスを乗り継いで所定の時間までに目的地に到達する番組が話題になったときです。加賀美アナウンサーが「えびこ」さんと発するのでした。これは蛭子能収氏のことで、「えびす」なんですよね。さすがに、その場で訂正されていました。このほかにも、私は知らないのですが吉川(きっかわ)という人物がいて、このときも加賀美さんが「よしかわ」と呼んで訂正されるわけです。
 私は「うーん」と唸ってしまいました。人名は固有のものですから、基本的に読み違いはいけません。もちろん、一般人であれば、そんなこともあるとは思います。しかし、これは「放送」であり、読み違えているのがプロのアナウンサーだとすれば、これは責められても仕方ないでしょう。
 
生活空間 2017/04/22 Sat 5346
 レビンの
B=f(P,E)B=f(L)とも表示される。ここで、[L]は Life Space (生活空間)である。われわれの行動は、個々人が生活している「空間」の関数ということだ。そこには「人」と「環境」が含まれる。そして、その「相互作用」が「個人の行動」に影響を及ぼす。この「生活空間」は「物理的空間」だけでなく、「心理的空間」から構成される。
 私に言わせれば、この世の中に「客観的事実」などはなく、「人間が意味づけをした事実」があるだけである。それはすべて個々人の「大脳」という「道具」が「認識」している「事実」である。その意味では、「生活空間」は「心理的空間」そのものということができる。
 鴨長明は60歳ころに「末葉の宿りを結べる事あり」として「すみか」をつくった。それは「よのつねにも似ず。広さはわづかに方丈、高さは七尺がうちなり」という。あの「方丈記」の一節である。ここで「丈」は3mほどで、その「方」、つまりは「3m×3m」の四角形である。現代の四畳半と六畳の間くらいだろうか。高さの「尺」はおよそ30cmだから、「七尺」は2m10cmほどになる。これが「鴨長明」の「生活空間」である。
 
B=f(P,E) 2017/04/21 Fri 5344
 グループ・ダイナミックスの創始者であるレビン(Lewn, k.)が提唱した
B=f(P,E) という定式は、心理学に関わるもの者の間ではよく知られている。ここで B Behavior(行動)、 function(関数;機能)、PPerson、そして E Environment(環境)である。(ある)人の「行動」は、(その)「人」と(その人を取り巻く)「環境」の「関数関係」にあるとする。
 小学校4年生の算数に「伴って変わる量」として「2つの数量の関係性」を考える単元がある。これが「関数」理解の入り口である。中学校では一次関数を学び、二次以上の関数は高校になってから出会ったと思う。一次関数の代表は[
y=ax+b]である。[x]が変われば、それに伴って[y]が変化する。
 レビンの場合は、関数を構成する変数(要因)が二つあって、「人間の行動は『人』と『環境』との相互作用で決まる」とする。つまりは、個人と周りの状況との関係が本人の行動を決める、あるいはそれに影響を与えるというわけだ。そう言われれば、「それはそうだろう」と言いたくなるほど当然のことである。レビンとしては、「人間行動」を理解する領域で共有化できる視点=定式を提起したのである。したがって、式そのものは単純で曖昧さを伴っているのはやむを得ない。 
 
「エクササイズ」のすすめ 2017/04/20 Thu 5343 4月17日の続き
 私たちが生きるために必要なスキルを「エクササイズ」で身につけてきたことを、自転車乗りや水泳を例に挙げて強調しました。そして、いつの間にかスキルや行動が日常的なものになって「エクササイズ」したことすら忘れるものです。
 私はこの関係を筋肉を使うものだけでなく、対人関係やコミュニケーションにまで拡大することをお勧めしたいのです。「私はコミュニケーション下手」とか、「対人関係でうまく振る舞ったり、リーダーシップを発揮するのは苦手」などと言って何もしないのは「エクササイズ」をしないのと同じなのです。私たちが病気やケガで1週間でも寝たきりで歩かないと足の筋肉が衰えるそうです。つまりは「エクササイズ」をしないと歩くという基本的なスキルも危うくなるのです。
 その「法則(?)」は「対人関係の筋肉」についてもしっかり当てはまるのです。つまりは「エクササイズ」によって「対人関係『力』」は改善し向上するのです。ここで「エクササイズ」を怠れば、「対人関係」の「筋力」は萎えてしまいます。皆さん、目覚めたときから「心の筋肉運動」にトライしましょう。もちろん、自分に合った「運動量」を考えながら。
 
6年前の「手紙」(4) 2017/04/19 Wed 5342
 高さんの「手紙」は、九州生産性本部の話から始まる。

 九州生産性本部が発足したのは昭和31年(1956年)です。私は教育学部の3年でしたが、なぜか九電の電気ホールで行われた発会式に参加しました。当時はまさか後年生産性本部のスタッフになるとは想像もしていませんでした。初代の専務理事が近見敏之氏 (後久留米市長・故人)でした。近見氏は西日本新聞社の記者を経て当時の通産省に在籍していたことから専務理事に就任されたのだと思います。氏は大変先見性のある方で、当時「物的生産性の向上」が主題であつた頃から、既に企業における生産性向上運動が人間問題に関係してくることを予惑しておられたそうです。

 大学3年生が九州生産性本部の「発会式」に参加したというのはおもしろい。高さん自身がその理由をご記憶にないというのだから、それもまたおもしろいと言うべきか。私も学生のころ「なぜか」天神にあった「九州生産性本部」に出かけたりしていた。さらに大学院生か九大の助手をしていたとき、「本部」が主催するセミナーで話をする機会があった。このときは「なぜか」ではなく、高さんのお声がけがあったと記憶している。
 
早朝夕刊(8:34am 2017/04/18 Tue 5342
 自動運転機能を搭載した車が追突事故を起こした。新聞でその内容を読んで苦笑した。その車は日産のセレナで、男性が試乗していた。運転中に販売員が、「本来ここでブレーキですが踏むのを我慢してください」と指示したという。ところが車は止まらずに、停車中の車に追突した。何ともお粗末な話である。
 日産は改めてレクチャーなどして、運転支援機能を正しく理解するよう徹底するという。私の車にも自動停止装置が付いているが、素人だって「万全でない」ことくらい知っている。そもそもマニュアルで、この装置に頼ることがないようにと「警告」している。日産車だって同じことが書かれているに違いない。ともあれ、販売店員と店長を含めて三人が業務上過失傷害容疑で書類を送検されたという。あと一人は、ひょっとして試乗していたお客さん?
 
6年前の「手紙」(3) 2017/04/18 Tue 5341 4月14日の続き
 高禎助氏からの「手紙」の転載をはじめたが、これからは「高さん」と記載させていただく。高氏は私よりも一回りと少し年長でいらっしゃる。私は高さんから「リーダーシップ・トレーニング」のダイナミックさと徹底したおもしろさを教えていただいた。とりわけ三菱重工業長崎造船所における「全員参画による安全運動」の一大プロジェクトでは、高さんの側にいて「リーダーシップ・トレーニング」の修行をし続けた。それが私の仕事を決定し、「リーダーシップ・トレーニング」がライフワークになった。したがって、高禎助氏は私の師なのである。
 ただ、私を含めた20代の若い学生たちが氏と出会ったころから、ずっと「高さん」と呼ばせていただいていた。そんなことで、「手紙」にまつわるエピソードを取り上げる際も、「高さん」の方がしっくりくるのである。
 ところで高さんは、この「手紙」の末尾に「追記」として次のようなことを書かれている。「研究所の歴史のところは年代等かなり小生の思い違いもあると思います。お含み下さい」。すでに半世紀もの時間が経過しているのだから当然のことである。
 本日は「手紙」の内容まで入れなかった。
「コツ」を掴む 2017/04/17 Mon 5340
 私たちはこの世に生まれてからエクササイズを繰り返しながら、ほとんどのことを身につけていきます。生後すぐの赤ん坊がおっぱいを飲むのも、日を追って上手になるといいます。
 私が子どものころ父は自転車で通勤していましたが、それは当然のように中古でした。そんな時代ですから、子どもが自転車を持っていることなど考えられませんでした。ところが、私には中古ながら子供用の自転車に乗っている友だちがいたのです。彼はそれを私に使わせてくれたので、自転車乗りの練習をすることができました。もともと古い自転車に水色のペンキをベッタリと塗った感じのものでしたが、その色合いまで鮮明に憶えています。小学校5年生のころですが、練習をした広い庭先まで脳裏に焼き付いています。
 今では、乗れるようになるまでにどのくらいかかったか忘れてしまいましたが、おそらく数日は要したでしょう。ただ、「あっ、乗れた」と叫んだときの感動はいまでも蘇ります。まさに「コツ」を掴んだ瞬間でした。もちろん、それで「自転車乗り」が完成したわけではありません。その後もさらにエクササイズを繰り返していくことで腕を磨いていったのです。
 
早朝夕刊(7:25am 2017/04/16 Sun 5339
 あの「本震」から1年が経過した。この時間は屋外に避難して、朝を迎えていた。
 「1万5千年に4,5回も」。こんな大見出しが12日の地元紙で躍った。熊本地震に関連した調査で新しい事実が確認されたのである。その結果、「『日奈久断層帯』で起きる将来の大地震のリスクが注目されている」という。これまで1600年から1200年前にあったとされていた活動だけでなく、1万5千年前以降に4、5回の大地震があったことが新たに判明したのである。それにしても「1万5千年」の時間スケールが大きすぎて、新たな事実を提示されても、そのまま「危機意識」に繋がりにくい。もちろん、リスクはいつ現実のものになるかわからないから、この情報も一般市民にとって無意味とは言わない。ただ、私としては、おそらく強調の係助詞と思われる「も」まで「も」必要かどうかという点で興味をもった。記事を読んでほしいという気持ちはわかる。また、地震の被災者も多いから不謹慎ではあるが、この「も」には苦笑した…。
 
東京大衆歌謡楽団 2017/04/16 Sun 5338 4月9日の続き
 あの「本震」から1年が過ぎた。「昭和歌謡三昧」の話題もそろそろおしまいに近づいてきたが、番組のゲストとして、「東京大衆歌謡楽団」のメンバーが登場した。私は、3人の兄弟で構成されたこの楽団を見たことがあった。それも浅草の隅田川沿の吾妻橋付近で歌っていた。ぱっと見では、懐かしの東海林太郎風のメンバーを中心に、まさに昭和歌謡を歌っていた。それは桜のに季節だったと思う。
 そのときは、遠目だったこともあり、素人のグループかと思っていたが、この番組で、しっかりした楽団であることを知った。この楽団が「昭和歌謡三昧」に颯爽と登場したのである。
 最初の歌を終えると、加賀美さんが「こちらへどうぞ」と呼びかけた。するとすぐにお相手の市場師匠が「あちらのほうで…」と訂正した。このときは、大物の楽器があって、生演奏で歌を続けるためにその場を動かないことになっていたようなのである。そんな単純な「段取り」を加賀美さんは認識していなかったことになる。市場師匠がすぐに訂正したところをみると、「その場を動かない」ことは打合せ済みだったと推測するのだが、どうして「こちらへどうぞ」となったのだろうか。
 
当たるも、当たらぬも… 2017/04/15 Sat 5337 4月8日の続き
 アメリカ大統領選挙の直前に放送されたNHKの「日曜討論」は、全体が「クリントン勝利」の雰囲気に充ち満ちて、議論が進んだ。そのときの出席者は前駐米大使藤崎一郎氏、現代アメリカ政治学が専門の久保文明氏、アメリカのシンクタンクのグレン・S・フクシマ氏、国際政治が専門の添谷芳秀氏の4人である。
 アメリカの世論調査会社が出した支持率の平均値は、クリントン氏が48%、トランプ氏が41%だった。もちろん、アメリカのマスコミも「クリントン勝利」一色の様相を呈していた。しかし、今ではその結果を誰もが知っている。その後は、マスコミ界は「どうして間違ったか」でつぎの賑わいを見せていた。放送に出席した4氏はどんな思いでいることだろう。
 何はともあれ、人の世の予測はけっこう危ういものである。経済の予測にしても、政策に対する問題提起にしても、まあ百家争鳴とまでは言わないが、「あれやこれや」状態である。とても「科学」とは言えない。そして、その「正当性(?)」は結果で評価するしかない。それも、「勝てば官軍、負ければ賊軍」ならまだけじめがつくが,「言い放った」だけで、後は「知らぬ顔の半兵衛さん」がいかにも多くはございませんか。
 
6年前の手紙(2) 2017/04/14 Fri 5336
 6年前の「手紙」は次のように続きます。

 さて私事ですが、 過日満□□歳になりました。よくぞここまで生き延びたものと我ながらあきれています。恩師三隅先生、思い出のリッカー ト先生がなくなられたのが共に78歳! 小生ももう何時この世から消えても不思議ではありませんから、あまり知られていないであろう集団力学研究所の誕生のいきさつなどを少し書き残しておこうと思います。

 お年については、個人情報として□□にさせていただきましたが、この時点でどなたからの手紙であるかがおわかりの方もいらっしゃるかもしれません。これは、福岡市にある「集団力学研究所」元副所長の高禎助氏からのものです。そもそも集団力学研究所は、1967年に、そのとき九州大学教授で「集団力学講座」のトップでいらっしゃった三隅二不二先生が所長に就任されてスタートしたものです。このお手紙をいただいたとき、私は一気に読み通しました。まさに「集団力学研究所設立秘話」と言うべき貴重な情報に満ちあふれていたからです。
 それからあまり時間が経過しない時点で、私は高氏から「味な話の素」への転載を許可していただいていました。
 
6年前の手紙 2017/04/13 Thu 5335
 2011年6月8日付けで、私はある方からお手紙をいただきました。まずは、その冒頭の部分をご提示いたしましょう。

 やっと春らしくなりま した。 その後お元気でご活躍の様子なによりです。 貴兄の 「味な話」 毎朝楽しみに拝読 しています。 他の方のブログや HPも何人か読んでいますが、ほとんどは日記的な感想文で03年から今日まで何らかの主張を含めた文章を継続されていることは驚嘆に値します。敬服の他ありません。年齢からして貴兄より小生の方が間違いなく先にこの世から去りますから、おそらく一生貴兄の「味な話」を読みつづけることと思います。時々変わるトップページの写真も魅力的です。今後ともよろしくお願いします。

 お手紙をいただいてから、もうすぐ6年になる。ご挨拶の部分だけをお読みになっても、どなたからのものであるかがおわかりになる方はいらっしゃらないはずである。もちろんご本人を除いてではあるが…。文中の「味な話」とは、この「味な話の素」であることは言うまでもない。
 
フレッシュ・スタート 2017/04/12 Wed 5334
 新しい年度が始まりました。いつもですと、熊本の桜は卒業式を飾ります。ところが今年はよくやく満開ということで、入学式をいい雰囲気にしました。
 私も、今さらながらですが、新しいスタートを切りました。今年度から熊本大学に教職大学院が開設され、私はそこに所属することになりました。これまでと同様に熊本大学シニア教授ですが、教員15名の一人として張り切っています。この大学院は2年課程で、教員は研究者教員と実務家教員から構成されています。前者が8名で後者が7名です。
 実務家教員は、教職大学院では「学校教育に関する理論と実践との融合」が重視されるため、「実務経験を通じた具体的事例等を基とした内容を展開する役割」を果たすことが期待されています(「」は文部科学省HP)。今年度の入学者は13名で、熊本県と熊本市で教鞭を執っている現職教員6名が含まれています。また、学部を卒業したばかりの学生は「ストレート・マスター」と呼ばれるのですが、こちらが7名です。今週の月曜日から授業が開始されました。
 私にとってもまったく新しい体験が始まり、この年で「フレッシュ感」を味わっています。ありがたや、ありがたや。
 
「エクササイズ」のすすめ 2017/04/11 Tue 5333
 私たちは、「ほとんどすべて」の行動を「エクササイズ」によって身につけます。それは何でもいいのですが、たとえば「自転車乗」りや「水泳」を考えてみましょう。生まれたときから自転車に乗れる人はいません。もっとも、「泳ぐ」方は、地球上の生き物が、まずは海で生まれたこともあって、いはば本能的に「泳げる」のかもしれません。そうは言っても、私たちのような団塊の世代では、子どものころにプールなどありませんでしたから、けっこう「金槌」がいたものです。今どき「金槌」と言っても、若い人には通じないかもしれませんね。
 それはそうとして、自転車や水泳も「エクササイズ=練習」をすることからはじまります。そのうち、何と言ったらいいのでしょうか、突如として「うまくいったあーっ」体験をします。いわゆる「コツ」を掴むのです。これは理屈で説明できない不思議な体験です。まさに体が覚えたのでしょう。こうしたことは筋肉運度だけでなく外国語でも起こり得ます。昨日までさっぱりわからなかったのに、ある朝から「よくわかる」ようになるのです。その勢いで話すこともそこそこうまくいくといった具合です。じつに「不思議」なのです。
 
関わり創り「力」 2017/04/10 Mon 5332
 私たちは一人で生きていくことはできません。そこで人との「関わり創り『力』」が大事になってきます。どうすれば、この「力」をアップすることができるでしょうか。ここで私は「力」という言葉を強調します。それは「筋肉」と同じで、「エクササイズによって鍛えられる」のです。そんなことから、私は「こころの筋肉運動のすすめ」というネタ話をしてきました。
 仕事で一緒になった看護師さんから、「人は一週間でも、病気や怪我でベッドで寝たきりでいると筋肉は目に見えて衰える」という話をお聞きします。歩いたり、座ったり、お風呂に入ったりする日常の行動が筋肉を維持しているのです。もっとも、昔に比べると私たちの運動量は過激に減ってきました。食事でも柔らかいものが大半を占めるようになったことから、咀嚼する筋肉が衰えたらしいのです。そこで若い人の顔は顎のあたりが細くなったといいます。それに、「メタボ」なる用語がはやりはじめて、その防止対策として「運動」が推奨されます。私の言い回しでは、「現代人は『わざわざ』運動=エクササイズ」をする必要があるのです。しっかりエクササイズすることで、若い方はより強くなり、我々の年代は現状を維持することができるというわけです。
 
もうすぐ終わる「揚げ足取り物語」 2017/04/09 Sun 5331 4月2日の続き
 「昭和歌謡三昧」の「揚げ足取り物語」も、さすがに終盤に近づきました。それはそうでしょう、今月末で放送日から丸一年が過ぎようとしているのですから。
 人間は気になりはじめると際限がなくなるものです。ハイパーアナウンサーと呼ぶべき加賀美さんが「2…曲、2曲続けます」と噛んだりすると、そんな細かいことまで気になりはじめた自分がいるのでした。ここまでくると、まるで次の「チョンボ」を心待ちにしているように、身中に住んでいる歪んだ心の虫が騒ぎ出すのでした。しかし、これはまずいですね。このとき大事だったのは、懐かしの歌謡曲を愉しみながら地震の後片付けをすることだったのですから。
 すでに指摘したことですが、スタート時は昭和と西暦を並べて紹介していたのですが、すぐに西暦が忘れられるわけです。これはNHKのニュースも同じですね。少し前のローカル番組で、熊本城の復興工事がはじまることを伝えるときも、「昭和35年の再建以来」と言っただけ、西暦は付け加えられませんでした。今の若い人にはどのくらい昔なのかが直感的にわからないでしょう。ここで一言「1960年」と追加してほしいと思うわけです。
 
「日曜討論」 2017/04/08 Sat 5330
 昨年の10月23日のNHK「日曜討論」は、アメリカの大統領選挙がテーマだった。この日は投票日である11月8日の2週間前である。タイトルは「大統領選挙 最終版 アメリカはどうなる」であった。司会は太田真嗣氏と中川緑氏。いつもは政党の代表者が登場して議論を戦わす。その昔は「国会討論会」という番組だった。私は子どものころからこれがおもしろくて、白黒テレビがわが家にやってきたころから視ていた。当時は中学生だったが、司会の唐島基智三氏の顔と声はいまでもすぐに思い浮かぶ。最近はラジオを録音して、車の中などで聴いている。
 さて、この放送がある前の週に候補者による3回目のテレビ討論会が行われていた。その結果、大手の世論調査会社の平均値の支持率が、クリントン氏48%、トランプ氏41%で、選挙人数ではクリントン氏が過半数に迫っているとされていた。司会から最初に発言を求められた前駐米大使藤崎一郎氏は「ほぼ勝負あった」と断言した。次いで、現代アメリカ政治学が専門の久保文明氏は「支持率が詰まるかもしれない」としながらも、「クリントンの勝ち」と予想した。このほか、アメリカのシンクタンクの所属だという、グレン・S・フクシマ氏と国際政治が専門の添谷芳秀氏の二人も、「クリントン当選」を前提にして議論に加わった。
 
鍋ヵ滝 2017/04/07 Fri 5329
 今月の写真の2枚目は阿蘇郡小国町にある「鍋ヶ滝」です。この滝は流れ落ちる水の裏側に回り込むことができます。そこがユニークなところで、お茶のCMでも使われたそうです。滝の幅は20m、落差は10mほどですから、100mにも達する「華厳の滝」のようなスケールのすごさはありません。しかし、私たち人間も大きいこともすばらしいですが、また小さくてもいいところがたくさんあるのです。
 この滝はとにかく「洞窟のような裏側に回って向こう側が見える」のが売りです。もともと自然物は時間的スケールが大きいのですが、この「鍋ヶ滝」も、阿蘇のカルデラを形成した巨大噴火によってできたのだそうです。それが9万年前だといいますから、われわれ人間の時間とは物差しが違いますね。
 ところで、私は熊本で生活をはじめて38年半になりますが、この滝に行ったのは初めてでした。家内もお友達に連れていってもらったのは昨年のことでした。阿蘇の話題が出るたびに「とにかくすばらしい」という話を聴いていました。そんなことで、阿蘇の外輪山を走って「大観望」から阿蘇五岳を眺め、それから小国に足を伸ばして、この滝に出会ってきたのでした。
 
釈迦涅槃像 2017/04/06 Thu 5328
 今月の写真の1枚目は阿蘇五岳の遠景です。これは「涅槃像」とも呼ばれているものです。左側の根子岳が顔にあたり、胸の部分が高岳、お臍は中岳、そして杵島岳と烏帽子岳が膝というわけです。あの地震で「顔」が少し変わったといいます。私たちにはほとんどわかりませんが、天狗岩と呼ばれている「鼻筋」のところが一部崩落したらしいのです。
 それはともあれ、この写真は外輪山の「大観望」から撮ったものです。ここから眺めたのは地震後はじめてでしたが、悠久の阿蘇が変わらない姿で静かに横たわっていました。大観望は外輪山の最も高い地点で、その名の通り絶景が楽しめます。標高は935.9mで、「内側」を望むと写真どおりの阿蘇五岳が眺められます。外輪山の外側に目を向けると、はるか北側には九重連山も見ることができます。
 この写真を撮ったときは風物詩の野焼きが終わった後で、黒い草原が広がっていました。やがて、これが美しい緑に変わり、次第に夏の顔になっていくのです。もちろん秋には、私の年代になると、ほのかな哀愁も感じさせるススキが楽しめます。そして、冬には、これまだすばらしい雪景色…。阿蘇はいつ行っても心を和ませてくるのです。
 
今月の写真 2017/04/05 Wed 5327
 今月は「阿蘇」と「小国」で撮った2枚です。あの地震から1年を迎えようとしています。昨年の夏に、阿蘇地区で開催された「教員免許状更新講習」のために、私は地震後初めて阿蘇に出かけました。その時は、阿蘇まで直行できる幹線道路が破壊されたことから、一旦外輪山に登る「ミルクロード」を使い、途中から阿蘇の町に降りるルートしか選択の余地がありませんでした。この片側1車線の道路を熊本・大分間のバスやトラックも通るのです。このため、会場からわが家に帰るときは、平均時速20kmの自己新記録を達成しました。
 その後、徐々に復旧工事が進められて、阿蘇の南側から入る道路も、迂回しながらではありますが、少しずつ繋がってきました。それでも、けっこうな部分が片側2車線になっていた幹線は未だに通行止めのままです。その道筋にあった大きな橋も、あの「本震」で破壊されてしまったのです。それを聴いたときは、にわかに信じることができませんデシタ。その近くを走っていた熊本学園大学の4年生が命を落としてしまいました。ご両親による執念とも表現された捜索で、8月にご本人が発見されることになります。先月の学園大学の卒業式では、「特別学位記」が授与されたとの報道がありました。
 
心の「相対性理論」 2017/04/04 Tue 5326
 「対人関係」に「相対性理論」とは、どない意味やねん。そんな疑問をおもちの方もいらっしゃるでしょうか。まあ、「懐は海より深く」なんて言われても、そんなこと想像しただけでも無理な話ですよね。そもそも「海より深い懐」となれば、飛び込む方だって怖くて仕方がないでしょう。また、「心は空より広く」にしても、考えるまでもなくあり得ないでしょう。一口に「空」と言いますが、どこまで含まれるのでしょう。「心が空よりも広い」なんてのは、神様にお任せすべきで、私たちのような人間がそんなことを目指しても実現するはずがありません。
 そこで登場するのがアインシュタインさんの「相対性理論」でございますよ。私なんぞが、その内容を理解できるはずもありませんが、「相対的」なのは時間や空間だけではありません。それは、そのまま「人と人との関わり」にも適用できるのです。つまりは、「いま」自分の前にいる相手よりも「懐は1ミリだけ深く」を実現すればいいのです。そして「心」の方も「1平方ミリだけ広く」を心懸けるわけです。
 いかがでしょうか。これで相手との関わりもスムーズにいくでしょう。もっとも、相手の懐が深ければ、それよりも1ミリ深くないといけませんから、けっこうな努力がいりますよね。
 
「懐深」と「心広」 2017/04/03 Mon 5325
 親と子の関係についてですが、いろいろな事情から、月に数回しか関わることができなくても、それを「深さ」でカバーすればいいのです。そんなことから、私は「人間関係の掛け算」なるものを提唱しているわけです。これは親子関係けに限定されません。夫婦の間でもこの「掛け算」は十分に適用できるのです。ただ漫然と同じ場所に長い時間「一緒に居る」だけではまずいんですね。もちろん、私も気をつけないといけません。
 また、「関わり創り力」をアップするために大事なポイントがあります。それは、「懐は海より深く、心は空より広く」の「精神」です。みなさんはどうお考えでしょうか。おそらく、「そんなこと、できるわけないだろう」と思われるかもしれませんね。そして、「あなたはどうなんだい」と反問されるでしょうか。それに対する私の答えは明らかです。「そんなこと、私にできるわけがありません」。
 そうですよね、どう考えても「懐が海より深い」「心が空より広い」なんて、そもそも議論する意味がありません。ただし、私はそれなりの「回答」は準備しています。それは「対人関係の『相対性理論』」の提案です。
 
何回目かの「唸り」 2017/04/02 Sun 5324 3月26日の続き
  あの大地震から間もなく1年です。わが家の後片付けをしながら「昭和歌謡三昧」を聴いたのは、4月29日のことでした。これが生放送とは言え、とにかくチョンボが多かったわけです。それを粘着質の私が「揚げ足取り物語」として「連載」してきました。そろそろ幕を閉じる時期だと思うのですが、もう少しエピソードが残っています。
 さて、加賀美アナウンサーが浜口庫之助作曲の「涙君サヨナラ」を話題にしたときでした。浜口氏はユーモアあふれる作曲家で、おもしろく楽しい歌をいくつも作っています。そんな流れのなかで加賀美さんが「『黄色いサクランボ』もそうでしょう、それから『お祭りマンボ』も…」と繋げます。つまりこの二つの曲も浜口氏の作曲ということです。ところが、これに対してお相手の市場師匠がすかさず「ありゃあ違うと思います」と応えたのです。そして、師匠は「原六郎さんだったと思います」と何とか思い出します。これに対して加賀美さんが感動した声で「原六郎さん。(師匠は)なんでもご存じ…」とくるわけです。
 私は「うーん、またチョンボだ。台本はないのかいなあ」と唸るのです。市場師匠もやりにくかったことでしょう。目の前にいる大アナウンサーが「ぼんぼんチョンボ」をするのですから。軽く「それって違うと思いますよ」なんて言いにくいですよね。
 
親子関係の「掛け算」 2017/04/01 Sat 5323
 ときおり、小中学校の保護者を対象にした講演を依頼されます。その後で「感想」が送られてくることがあります。そのなかには、評価していただいたトピックスが含まれています。本コラムも今月で開設以来15年目を迎えます。あれやこれやと好き放題に書いてきましたので、すでに書いた内容と重なる部分もあるのですが、保護者の方から「よかった」と言っていただいたものを取り上げようと思います。
 私は「吉田さんの算数」というネタで話すことがあります。「人間関係は掛け算」というものです。親と子どもの関わりの質は「回数と深さ」の掛け算で決まるという話です。
 世の中には仕事の都合で単身赴任せざるを得ない親がいます。また、遠隔地に行かなくても、朝から晩まで仕事をし続けなければならない親もいます。そして、様々な事情から親と一緒に生活できない子どもたちもいます。そうなると、子どもたちは親や保護者と関わる時間が極端に少なくなります。そこで「掛け算」が有効に働くのです。
 子どもと関わる「時間」は少なくても、それを「深さ」で掛けてカバーするわけです。たとえば、単身赴任の親が家に帰ったときは子どもと徹底して関わる。ここでは「時間×深さ」がポイントです。いつも目の前にいても、言葉を交わすことのない親子もいます。そこに「時間」はたっぷりありますが、「深さ」は「ゼロ」です。掛け算では、一方が「ゼロ」であれば、もう一つの項がどんなに大きくても、「永遠にゼロ」なんですよね。