Home  Back Numbers  1月号 (先月) 

味な話の素
No.166  2017年02月号(5263-5291)  Since 2003/04/29
原子と分子と化学反応 2017/02/28 Tue 5291
 「原子」と「原子」がくっついて「分子」になれば、いろんな性質を帯びてきます。例えば「酸化鉄」は「爆発注意」なんだそうです。これに対して「酸化銅」になると「触媒」の効果があるといいます。また、「一酸化炭素」は「気体の猛毒」であることは、素人でも知っています。おなじ「酸素原子」なのに、結びつく相手によって性質が変わるわけです。
 私には、「個人」と「個人」あるいは「集団」との関係も似たようなところがあるなあと思えるのです。一緒になった後の性質の違いの大きさもおもしろいですよね。相手によっては「爆発注意」の危険な行動をするかもしれません。その一方で、相手が違うと人と人を結びつける「触媒」になる。さらに、相手次第では「目に見えないところでとんでもない害悪を流す」かもしれません。まさに、人と人の組み合わせは「化学」なのです。
 もっとも、「原子」はそれ自体に特性はないのでしょうね。これに対して「人」にはさまざまな「個性」があります。しかも「原子」は「分子」から「原子」に戻れば元の性質のままでしょうが、人間は、「人との関わり」の中で変わりますし、成長もしていきます。
 
人間の「化学」 2017/02/27 Mon 5290
 私は「集団との関わりを通して人間を理解する」ことを目的にした「グループ・ダイナミックス」を仕事にしてきました。それは「人間の科学」と言うこともできるのですが、私は「集団と人間を理解する」ためには「化学的」な視点が役に立つと考えています。ここで「科学」ではなく「化学」という点がポイントです。この「ネタ」は本コラムで取り上げたことがあるのですが、このごろは多用していますので、またぞろアピールしておきたいと思います。
 物質を構成する最小単位については、まだ発見されていない物も含めて「クォーク」だとされているようです。もっとも、それがどうして「最小単位」なのかと聴かれると、説得力のある回答をするのは相当にむずかしいようです。まあ、そのあたりは物理学の専門家にお任せするしかありませんね。
 ともあれ、原子自身は「モノ」としての性質を帯びていないのでしょう。それが他の原子と結びついて分子になると「モノ」になるわけですね。そして「分子」は様々な特性を持ってくるわけです。たとえば、「酸素原子(O))」は、いろいろな原子と結合して、文字通り「酸化物」をつくっていきます。
リクエスト案内 2017/02/26 Sun 5289 2月19日の続き
 さて、「戦後歌謡三昧」の「揚げ足取り物語」の続きです。第一次「三種の神器」では「テレビ抜き」のサプライズがあったのですが、「第二次」については加賀美さんが「3C」を「カラーテレビ、クーラー、カー」にアップグレードしたのでOKでした。ただ、細かいことを言えば、その伝え方が「自信なさげ」に聞こえたのは私の思い過ごしでしょうね。
 さて、次はリスナーからリクエストを呼びかける案内です。「ホームページ、携帯からまずメニュー…、ファックスでも」といった説明が聞こえました。それそのものは「フツー」でしたが、それから「携帯電話」の番号が繰り返されたんです。その間に「どこからか指示があったんかいな」と思うような間がありました。おそらく番号を1回サッと読んだだけだったので、そこにいた誰かが、これではリスナーがメモできないと思ったのでしょう。そしてファックスも同じように改めて読み上げられたわけです。
 これはラジオの放送ですからメモが必要なものは、ゆっくり読んで、それを繰り返すのが基本ですね。そうしたことを超ベテランの加賀美さんがパスしたので、私としてはやっぱり驚きました。
三隅先生とリンダ 2017/02/25 Sat 5288
 講演のスタートに〝Never Ending Challenge〟をタイトルにすることがある。最初は5分くらいの話だったのが、次第に妄想的に膨らんで、いまではこの部分だけで30分ほどかかったりする。もちろん、私も最低限ではあるが「その場の認識」はある。だから、時間を見ながらで、15分程度が平均的なところだろうか。自分としてはかなり大事なイントロと考えているので、いろいろなところで使わせていただいている。
 フルバージョンになると、私が鹿児島女子短期大学に採用されたときまで遡る。もう39年前の1978年のことである。それは1977年の終わりか、78年に入って間もなくのことである。その正確な日は日記で確認すればわかるのだが、ここではそこまでしないで済ませておこう。恩師の三隅先生が「吉田君、ちょっと話があるのだけれど」と言われて喫茶店に誘われた。当時、先生が所長だった集団力学研究所が福岡市の川端にあった。現在は博多座になっているが、もともとは西日本相互銀行の本店があった。本店は博多駅が開通してから移転して、そのころは博多支店として機能していた。その向かい側に「リンダ」という喫茶店があった。
 
想定外の危うさ 2017/02/24 Fri 5287
 「規則やマニュアルを守っていれば問題は起きるはずがない」。この言は正しいのだろうか。そうであれば、人間の世の中でトラブルは発生しないことになる。しかしそうは問屋が卸さない。それが人間世界の宿命なのである。そもそも規則にしてもマニュアルにしても作成する際は「完璧」を目指すことは当然としても、いわゆる「想定外」というものがある。この「専門用語(?)」は「都合よく」使われる傾向があるから注意が必要だ。何かまずいことが起きたとき、「想定外」が黄門さまの印籠にされる。
 たとえば東京電力福島第一発電所の津波による大事故を「想定外だった」と言ってはいけない。地震そのものというよりも「津波」を「想定しておくべき」だった。それは平安時代の869年の「貞観地震」とそれに伴う津波があったからだけではない。それは2004年12月に発生したスマトラでの大津波である。福島の関係者があの光景を視て「あれが万に一つでもここで起きたら」と思わなかったとすれば、それだけで問題であり、安全を最優先するプロとしての責任が問われる。それはバックアップの発電機が低い位置に設置されていたからである。
PC8001のころ 2017/02/23 Thu 5286
 NECから、PC8001が発売されたのは1979年のことである。いまや幻の名機である。
 この年の10月に私は熊本大学に赴任した。前職は鹿児島女子短期大学で、ちょうど1年半お世話になった。短期間であったのに、学長は気持ちよく私の退職を認めてくださった。もちろん、最初から短期間を前提に採用されたのではない。私自身も漠然とではあるが、10年くらいは勤めるつもりでいた。
 鹿児島市街から南に指宿方面に下ったところに谷山という町がある。有名な進学校であるラサールの所在地でもある。そこから少し山の方に行ったところが中山町で、そこに自由が丘と呼ばれる新興住宅地があり、私たちの生活の場だった。まだ1歳にならない息子の予防注射だったか、1キロほど離れたところにある小学校に行ったことがある。長男も「この小学校に入学するんだなあ…」。そんな話を家内としたことをしっかりと憶えている。はっきりは意識してはいなかったと思うが、そのくらいの時間は鹿児島で仕事をするつもりだった。
 ところが、赴任した翌年のことである。熊本大学に〝教育工学センター〟が設置されることになったというお話しが舞い込んだ。
 
職場の空気 2017/02/22 Wed 5285
 過去の業績と実質的な力量がある者が尊重される。そのこと自身には何の問題もない。ときには特別扱いされることもある。そんな神様の次ぎに座っているような人に周りが「マニュアル違反ですよ」などとは、太陽が西から昇ってくることがあっても言えない。つまりは周りを責めるのは酷だということである。結局は、責任のある者が率先垂範でマニュアルも「ちゃんと守る」ことをしなければ、いつまで経ってもリスクの低減を期待することはできない。
 こうしたときも、職場の責任者が超ベテランの暴走を見逃さないリーダーシップを発揮することが求められる。造船所における火事の事例では、周囲の人間もマニュアルが遵守されていないことを知っていた。ところが、ケースによっては、そのこと自身を「みんなで隠す」ことになると、部外者には「気づかれないまま」放置される事態になる。こうなると、トラブルが起きるまでは事実が明るみに出ない。これを防ぐには、日ごろからリーダーが仕事の点検をしておく必要がある。また、職場の人間関係づくりにによって、みんなが「まずいことを隠してはいけない」「黙ってルール違反をしてはいけない」といった気持ちで仕事に取り組む空気を醸成していくことが求められる。
ベテランの落とし穴 2017/02/21 Tue 5284
 職場で規則やマニュアルが守られない理由は様々である。とりわけ、技量が上がってくると、「規則やマニュアルを守っていては仕事の効率が上がらない」といった気持ちが生まれる。それが高じると、「こんなこと決めてるから、いいものができないんだ」となる。そうした人間が現実に効率よく、しかもできばえのいい仕事をすれば、周りも「ちゃんと規則やマニュアルどおりにしましょう」などと言えなくなる。これこそは経験豊富ないわゆるベテランが陥りやすい落とし穴なのである。
 その典型的な例としてある大手造船所の事例がある。そこで建造中だった客船で火災が起きた。その原因は溶接の熱がすでに内装が終わっていた階上の家具等に引火したことにあった。そのとき溶接をしていたのが、その道の大ベテランだったのである。この人物は日ごろから安全マニュアルを軽視する傾向があったという。しかし、その経験と卓越した技量から、周囲の人間が「マニュアル」を守らないことに対して問題を指摘できない状況が続いていたのだった。こうした中で、とんでもなく大きな災害が起きたのである。そのために客船の完成は大幅に遅れてしまった。
居直り的前置き 2017/02/20 Mon 5283
 私の講演タイトルに「安全文化創続とリーダーシップ 〝Never Ending Challenge 〟のこころ-」がある。これは「創続(CCSC)」を強調するとともに、その実現への道程に終わりはないという意味を込めて、〝Never Ending Challenge Spirit〟を推奨しているのである。
 もちろん、私としては講演の準備はちゃんとしているつもりでいるし、真面目にお話しをしていることも事実である。ただ、何をするにも「あれやこれや」を盛り込もうとする性分である。そんなことから、いただいた時間分を遙かに超える内容を「講演内容リスト」に含ませてしまいがちだ。若いころは、準備したものはすべて話して帰ろうと考えて、とにかく「早口」でまくし立てていた。
 しかし、年を取るということは人間を横着にする。あるいは居直りの筋肉が付いてくるのかもしれない。「私はは、つい『あれもこれも』と張り切りすぎて、たくさんの内容を詰め込む悪い癖があります。今日も目一杯の項目を挙げていますが、全部をお話しできないと思います。その点は、予めご了承ください」。いつものように、こんな言い回しを使って、先回りの「お詫び」をしておくのである。
 
あり得ない「テレビ抜き」 2017/02/19 Sun 5282 2月13日の続き
 わが粘着質を発揮して「しつこく」連載しているNHKーFM「戦後歌謡三昧」(2016年4月29日)の「いちゃもん物語」は、まだ元気に続きます。
 「元祖『三種の神器』」にテレビが入っていなかったことに驚いたのでした。加賀美さんは現在も現役と言うべきプロのアナウンサーです。NHKの「古典講読」の朗読は声の質感も含めて見事なものだといつも感動しています。そうだからこそ、「三種の神器」が話題に上ったとき、「あれですよね」ではいけません。しかも、スタッフが何で調べたのかわからないのですが、放送に従事する者にとって最も重要な「テレビ」を落とすなんて、これまたあり得ないわけです。そして、「テレビ」が含まれていないリストをそのまま読むなんてのも、これまたあり得ないのです。
 しかし、この話はすぐに「第二次三種の神器」と言われる「3C」へと飛んでいきました。このときも、何となく「ぎこちない」空気が漂っていました。放送の開始からそれほど時間は経過していませんでした。とにかく10時間を越える番組です。ラジオの前には、はやくもこの生放送の準備不足を窺わせる危うさを感じている私がいたのです。
 
〝CCSC〟のすすめ 2017/02/18 Sat 5281 
 私としては、「創続」という用語を「発明(?)」したつもりでいた。そして、講演などでそこそこ使ってきた。それでも「情報社会」であるから、ちょっと「創続」というキーワードを入れてみた。すると、「創続総合研究所」という団体があった。その対象は「相続」から「資産運用「事業継承」「健康の維持とシニアライフ」と、じつに幅広い。ビジネス界で昔から知られている、あの「ダイヤモンド社」の関係団体のようだ。
 ダイヤモンド社と言えば、三隅先生が世の中で大いに知られるようになったベストセラー「新しいリーダーシップ」もこの会社からの出版だった。初版が1966年、私が大学に入る前の年で、入学してすぐに読んだ。
 それはともあれ、私自身は「安全文化」と結びつけることが多い。今日では、「安全文化醸成」は基本用語になっているが、それは「作りあげる」というよりは、「それを創りあげていく」点を強調するのが「安全文化創続」である。しかもそれに終わりがあるわけもなく、「創り続けて」いくことが不可欠なのだ。そこで、〝Continuing Creations of Safety Culture(CCSC)〟運動なるものをお勧めしたいのである。
 
安全文化の「創続」 2017/02/17 Fri 5280 
 私は「リーダーシップ・トレーニング」の開発と実践を大きなテーマとして仕事をしてきた。それと同時に「組織の安全・事故防止」の研究にも関わってきた。この両者は独立したものではなく、「リーダーシップ」が「安全文化の醸成」や「事故防止」に大きな影響を与えるのである。
 そんな仕事の中で、いつのころからか私は「安全文化創続」という言葉を使い出した。これまでは「安全文化醸成」が組織の安全にとってキーワードであった。ここで「醸成」と「ある機運・情勢などを次第に作り上げてゆくこと。かもし出すこと」である(スーパー大辞林)。同じ辞書で「醸し出す」を引くと、「ある雰囲気・気分を作り出す」とされていたので苦笑した。何のことはない、同じことの繰り返しである。
 私としては「安全文化」は「作り上げる」だけでなく、その行為を継続していくことが欠かせないと考えている。しかも、それは個々の組織で「オリジナルな」文化になるだろう。その意味で、「作る」ではなく「創る」の方が適切なのである。しかも「創った」だけではなく、時々刻々と変化する状況に対応して「創り続けていく」ことを忘れてはならない。
 
動画としてのグループ・ダイナミックス 2017/02/16 Thu 5279 
 カメラで撮った1枚の写真からいろいろな事実が明らかになり、それぞれについて疑問も湧いてくる。それをしっかり押さえながら、そこで起きている現象について、その因果関係を探究していくことになる。つまりは「静止画」にもたくさんの情報が含まれている。
 これに対して「ビデオ」は時間の経過とともにドンドン動いていく。まさに「動画」である。そんなことから、写真の方が一コマとしての精度は高い。最近のビデオや映画はどうだか知らないが、昔の「映画」は1秒間24コマでフィルムの面積も小さかった。したがって1コマの精度は1/24秒ということになる。これが家庭などで楽しんだ8㎜映画だと1/18秒だった。一眼レフカメラであれば、1/1000秒などは常識だから、その精度の差は歴然としている。
 しかし、「動画」にも「人間理解」を助ける多くの特徴がある。人と人の関係だけでなく声を含めた音声情報も加わる。ある人の動きが他の人の行動に与える影響も手に取るようにわかる。それに続く反応も見えるのである。まあ、説明として適切かどうかは怪しいが、「グループ・ダイナミックス」は「人と集団の動画」を分析するのである。
 
「カメラ」と「ビデオ」 2017/02/15 Wed 5278 
 講演のご依頼があると、いろいろなタイトルでお話をする。私の専門は「グループ・ダイナミックス」だから、これを基本とした内容であることは言うまでもない。ただ、「グループ・ダイナミックス」は日本語で「集団力学」という。私は「『集団との関わりを通して人間を理解する』ことを目的にしている」と言っているが、これだけでは「力学」のイメージが浮かびにくい。
 だから、口頭ではもう少し説明を加える。例えば「人間集団」で起きる現象を「カメラ」ではなく「ビデオ」で撮りながら、その因果関係を分析しようと考えるなんてのはいかがだろうか。ここで言う「カメラ」とは「1枚の写真」を念頭に置いている。そこに写った人間の関係はとりあえず動かない。つまり「静的関係」なのである。全員がじっとしているから、お互いの位置関係などがしっかり見える。集合写真などでは、「最前列真ん中に座っている人物」が「最も力があるんだろう」などと考える。「全体が高齢者が多いなあ」「そのなかで、若い人が3人だけ2列目の中央に立っているぞ。けっこう力がある感じだ」「そもそも女性が少ないのはどうしてだろう」などなど…。
欲求不満社会 2017/02/14 Tue 5277 
 昨年、宅急便の配達員が顧客の荷物や台車を道に投げつけている様子がユーチューブにアップされて話題になっていた。もちろん、この人物の行動は単純に非難されるべきである。あるいは個人的な問題なのかもしれない。しかし、この業界で働く人たちの厳しい環境が影響していることも疑いない。
 彼が働いている会社では駐車違反を肩代わりしていたことが発覚している。はじめは偶々そんなケースがあったという感じだった。ところが、その後も同じ問題が出てきて、ひょっとして組織的なものではないかと疑われはじめた。
 こうなると個人の問題ではなくなる。これは道路交通法違反ということでから、明らかな犯罪行為である。これまた許容できることではないが、そうした行為をさせてしまう状況が会社にあったと考えるべきだろう。とにかく熾烈な競争社会である。配達時間指定など、夜遅くまで訪問し続けなけらばならないのである。
 それはそうとして、この配達員は自分の行為がユーチューブにアップされるとは夢にも思わなかったに違いない。今や一億相互監視社会、一瞬にして映像はネットの世界に拡散してしまう。何という時代なのだろうか。
「しんき」の記憶 2017/02/13 Mon 5276 2月5日の続き 
 「戦後歌謡三昧」で「三種の神器」として「洗濯機・冷蔵庫」と並んで「掃除機」が出たのには驚きました。もちろんテレビがこの世に登場する前には「掃除機」だって、第3位くらいにはいたかもしれません。しかし、「戦後」の「三種の神器」と言えば、「テレビ」抜きは考えられません。それどころか、「テレビ」こそは筆頭にあげられるべきものでした。
 そう言えば、もういつのことか記憶にないほど大昔のことです。フリーアナウンサーの小谷真生子さんがNHKのニュース番組に出ていたことがあります。このごろはBSニュース「日経プラスワン」で懐かしい顔を見かけます。その彼女がNHKのニュースで「三種の神器」を「三種のしんき」と読んだことがあります。すぐに訂正されましたが、そのとき私は「えーっ、そんな読み違いなんてしないでえ」と苦笑いしました。それでも、「すぐに訂正した」ことは適切な対応でした。
 それからおそらく20年は経っていると思います。「三種の神器」で、そんな昔の、たった一語の「読み間違い」を思い出したわけです。われながら自分の粘着質ぶりに驚くとともに、記憶の不思議さに感動(?)します。
 
〝Good Chemistry〟の意味 2017/02/12 Sun 5275 
 安倍首相はイギリス以外の先進国首脳としてはトランプ大統領と初めて「固い」握手を交わした。ホワイトハウスでの出迎えではいきなりのハグである。さらに、アメリカ大統領をして安倍首相を〝Good Chemistry〟と言わしめた。電話会談ではあるが、メキシコ大統領やオーストラリア首相とは険悪な状態に至ったと報道されている。そうした状況とはきわめて対照的な対応ぶりを世界に示したわけだ。これをどう評価するかである。
 わが国の経済界には、トランプ氏がまずは強烈な「要求」を抑えたことに安堵している向きもあるだろう。その一方で、ヨーロッパ諸国のトップが新大統領の言動に懸念を表明している中での「二人のハグと笑顔」である。そのうちの一人は、「七つの国」を指定して入国を拒否している。これを「テロ組織」からどう見えるか。「日本は突出してアメリカと価値観を共にしている国だ」と宣言したも同然である。それが非道なものであるにしても、今回の〝Good Chemistry〟は、彼等に「日本をテロのターゲットにする」口実を与えたことになるだろう。こうした集団にも「突出したこと」を念頭におかなければならなくなった。
 
やらせ情報 2017/02/11 Sat 5274 
 ネット上の情報の危うさが繰り返し取り上げられる。人間は「情報を求める動物」であり、かつ「人の口には戸が立てられない」のである。それと同じように「情報に壁はつくれない」ということだ。もっとも中国は国家レベルで情報を統制しているといわれている。しかし、それにも限界があるだろう。いずれにしても、人の世に流言飛語、デマ、誹謗中傷は絶えることがない。
 ただ、その規模が幾何級数的に拡大し、今や地球規模に達した。アメリカの大統領選でもロシアがクリントン氏が不利になるような情報を流したという。まさに「情報戦争」である。
 ところで昨年だったが、アメリカの大学教授たちが中国政府によるネット世論工作についての研究を発表していた。それによれば、中国政府の職員らが「微博(ウエイボ)」などのソーシャルメディアに大量の「やらせ」の書き込みをしていたという。つまりは世論工作をしているのである。しかも、その量が半端ではなかった。あくまで試算だが、何と4億件を超えるらしい。そのすさまじさに驚いてしまうが、今日では超大国のトップが、朝から「数フレーズ」で世の中を大騒ぎさせる時代でもある。
 
やっぱり平均値は… 2017/02/10 Fri 5273 
 ある料理家の話を聴いた。敗戦の翌1946年(昭和21年)、日本人のカロリー摂取量は1903㎉だった。それが1970年の中ごろ、昭和50年台には2200㎉まで増えた。ところ、2014年は1875㎉なんだそうな。私の子ども時代に習った保健の教科書には、日本人は2200㎉とか、ひょっとしたら2400㎉くらいが必要だと書かれていたような記憶がある。
 第一次産業の従事者を中心に、たくさんのエネルギーを消費する仕事が多かったのである。それにも拘わらず充足できない状況だった。だからみんな痩せていた。それが経済成長とともに「入り」が増加の一途を辿り、肥満などの健康問がクローズアップされる。カロリーを多く消費しない仕事が増え、さらに運動不足で「出」が抑えられた。つまりは、バランスが取れていないのだ。
 しかし、直近が1875㎉だとすれば、その傾向も頭打ちかと思ってしまう。ところが、料理家によれば、「摂りすぎ」と「摂らなさすぎ」の両極に別れているのが実態だそうな。つまりは「肥満」と「やせ」の双方が増えているわけだ。まことに不健康な状態なのである。それにしても「平均値」が実態を反映しない典型的なケースではある。
いまの幸運 2017/02/09 Thu 5272 
 囲碁も将棋もコンピューターの力がついてきたようだ。はっきり記憶していないが、このごろの対戦では、ほとんどタイあるいは数回かはコンピューターが勝ったのではないか。
 高齢者のなかには「自分たちはアナログ世代」といった、やや自虐的なニュアンスで語る人が少なくない。しかし大脳を構成する神経細胞は「電気信号」だから、だれもが「デジタル人間」なのである。ある意味ではコンピューターはそれを真似したとも言える。ただし「大脳のメカニズム」については、情報伝達方法や記憶場所などはある程度わかってきたようだが、まだまだ未知の領域ばかりのようだ。これに感情などの作用も加えるとさらに複雑なメカニズムを想定しなければならない。
 そうではありながら、最近は生身の人間にそこそこ対応できるロボットが商品化されている。こうした流れのなかで、いつか「人のこころ」を分子レベルで化学的に説明できるようになるのかもしれない。そうなると、いまわれわれが考えている心理学はいらなくなるだろう。私としては、まだ心理学がそれなりに存在意義をもっている時代に、それを職業として生きることができて幸運だった。
 
業界用語 2017/02/08 Wed 5271 
 教育実習生に対する中学生の声に「話している内容がわからなかった」というものがありました。これは教師としてまずいですよね。そもそも自分で理解していないことは人に伝えられません。それをご本人も自覚して、しっかり勉強しないといけません。ここで「自分はわかりやすく話しているのに子どもたちの理解力が足りない」などと思ったときは要注意です。私たちは、うまくいかない理由を「相手」のせいにしたくなるものです。
 また、「業界用語」にも気をつけたいですね。私は心理学の専門家が、保護者対象の講演で「ダイナミズム」という用語を多用しているのを聴いたことがあります。私は「『フツーの日本語』でいいよなあ」と思いました。哲学の「機械論」との関わりで生まれた「力動説」です。「フツーの講演」で使うのはどうなんでしょう。私も自分の仕事を「グループ・ダイナミックス」と紹介します。そこで、「ダイナミックスは『力学』と訳します。人と人との関係は押したり引いたり、引っ張られたりで、いろんな『力』が働きあっています。そんな影響について考えていくとおもしろいんです」と言って本題に進んでいます。
Tver 2017/02/07 Tue 5270 
 私は日曜日も朝から気分は興奮して騒いでいる。とにかく早起きできるのありがたい。週日の朝食は6時30分ころだが、休みの日は7時台である。NHKのニュースを見ていると、つい7時40分くらいになる。土曜日は「サワコの朝」、日曜日は「がっちりマンデー」がお好みの番組である。ただし、いつも40分過ぎになってから「気づく」ので、いずれの番組も半分くらいしか見ない。
 そして先日も同じことになったのだが、「がっちりマンデー」が終わったときにネットで再視聴ができるというメッセージが流れた。「おーっ」と思ってさっそく検索してみた。それは「Tver」というシステムで、過去一週間に放送された目玉的番組がダウンロードできるのである。
 これには参ってしまった。昨年の地震でプラズマテレビが壊れたので4Kを購入した。このテレビが優れもので、自宅のWiFiと繋がるのである。さっそく試してみたら、何のことはない大型画面にそのまま番組が映った。視聴者にとってはありがたいのだが、こうなると地方の地上局はますます厳しい環境に置かれることになる。
「事実」の意味 2017/02/06 Mon 5269 
 ニュースを見ていて、ときおり「どうかな」と疑問に思うことがある。昨年12月23日の昼もそんな気がした。まずは正午前に民放のRKKで、未明の飲酒運転取り締まりのニュースが流れた。繁華街で検問をしたところ、3人だったか4人だったかが検挙されたようだった。その中に含まれていたのかどうかは記憶にないが、30代の男性が一人逮捕されていた。「あいかわらずだな」と嘆く。飲酒運転は潜在的な殺人行為に直結するという自覚がない。
 さて、続いてお昼のNHKニュースでは熊本の中心から少し離れた商店街で検問をしている様子が映った。そして、ニュースの締めは「この日は飲酒していた人はいなかった」というのである。たしかに、「その場所」で検挙された者がいなかったのは「事実」だろう。しかし、中心街では逮捕者まで出ていたのだ。これは「事実の報道」なのだろうか。私なら「ただ、熊本市の繁華街(あるいは別の場所)では逮捕者も出ました」くらいの「事実」は付け加える。報道の中でも「ニュース」は人の道徳的行動を促すことを目的にしていないという考え方もあるだろう。しかし、全体の状況を押さえないのはいかがなものか。
 
早出し夕刊(11:34am) 2017/02/05(2) Sun 5268
 
ニュースは「選択」されているから、わからないものがあるが、このところ中国からの発信が目立たない。とりわけ、アメリカのマティス国防長官が韓国と日本を訪問し、そこでの発言に対する反応が、いまのところ聞こえてこない。
 韓国とわが国で北朝鮮に言及したことは当然だろう。それと同時に南シナ海における中国の進出についても、その問題を取り上げた。それは中国側から見れば即座に反発すべきものだと思われる。あるいは「土日」だからという理由があるのかもしれない。しかし、長官が発信したメッセージの内容はかなり刺激的なものである。いつもであれば、テレビでよく見る女性の報道官や男性が登場してくると思うのだが、現時点では沈黙のように見える。いま、その対応について議論しているのだろう。
 
超修正 2017/02/05 Sun 5267 1月29日の修正
 昨年から、NHK FMの「戦後歌謡三昧」について、「いちゃもん」風の連載をしていることをご存じの読者もいらっしゃると思います。本来の「粘着質」ぶりを発揮しているのですが、この話題だけを毎日のように書くのも気が引けるわけです。そこで、「ときどき」のつもりでいまして、今日は、「その続きを」と思い、前回の1月29日付けを確認しました。その瞬間、息をのんでしまいました。なんと、途中で話しが飛んでいたのです。私としては「誤字・脱字」など、明らかな誤り以外は「あとになって修正しない」ことを基本方針にしています。そんなわけで、前回のものには手を付けず、改めて「正しい」流れに修正して掲載させていただきます。いやあ、「前期高齢者」的チョンボが出はじめたような感じではございます。この前書きそのものが長くなってしまいましたが、本文は以下の通りです。ご容赦ください。

 さて、「戦後歌謡三昧」物語の続きです。加賀美アナウンサーが「さっきの『三種の神器』ですけどね」と市場師匠に呼びかけたので、「ああ、『第一次三種の神器』が『あれですよね』と曖昧だったので、番組スタッフが調べたんだろうな」と、ごく自然に推測しました。そして、その呼びかけに続けて、加賀美さんは「洗濯機、冷蔵庫、掃除機」を挙げたのです。
 これを聴いた瞬間、私は自分の耳を疑いました。それはとんでもない間違いだったからです。もちろん、「洗濯機」と「冷蔵庫」までは、そのとおりです。しかし「掃除機」はいけません。そこには「三種の神器」として「絶対に欠いてはいけない」ものが来ないといけないのです。それは、私たちの世代としては「言うまでもない」あの「白黒テレビ」です。私ですら、小学生のころから「三種の神器」の電化製品を知っていました。そのなかでも「テレビ」はまさに「神器」そのものだったのです。
 加賀美さんは私よりも8歳ほど年長で、当時はすでにNHKに入局していたようです。そんな方が、「本家本元」である「テレビ」を落とすなんてことは、今でも信じられない気持ちでいます。
今月の表紙(2) 2017/02/04 Sat 5266
 もう一枚は、熊本に帰る際のものである。飛行機は東から雲仙の方向へ飛び、ゆっくり左に旋回して、熊本空港に侵入するルートに乗る。この写真は機体が間もなく熊本空港に直進する方向になるというタイミングである。
中央に見えるのが金峰山と呼ばれる山で、頂上には放送関係の電波塔が立っている。これからすぐに熊本市街が見えてくる。この日は霧がかかっていて、はるか遠くに阿蘇の山並みが浮かんでいる。私は飛行機に乗る機会がけっこう多いが、こうした幻想的とも言える光景は初めて見た。どこに行っても最終便が多いから、帰熊するときに明るい熊本市上空を通過することはほとんどないのである。まだ青色のシートが被さった家もある。
 ところで、作家の佐藤春夫は旅行が好きだったらしい。彼が自分版の「日本三景」について語っている録音を聴いた。それによれば最初に出てきたのが「阿蘇」だった。その次が「十和田湖」で、三番目に「潮来」を挙げていた。この中でも阿蘇の雄大さを高く評価していたのには、何とも嬉しかった。熊本に移り住んで38年目になる。私はもともと福岡の出身だが、今ではすっかり熊本人になったようだ。
 
今月の表紙(1) 2017/02/03 Fri 5265
 今月は飛行機から撮った2枚である。熊本空港を離陸した飛行機は西に向かうことが多い。それから大きく左に旋回して東に向きを変える。右側の席だと熊本市内から天草、そして八代などが見える。有明海の向こう側には雲仙岳がどっしりと座っている。左側に座れば、眼下に阿蘇の大外輪山が広がる。その光景がこの写真である。
 その中心に阿蘇五岳があって、中岳からは煙が上る。その山々を真ん中にして大きく周りを囲むのが外輪山だ。そのスケールは世界最大規模である。自然の巨大さと人間の微少さが一目瞭然となる。外輪山の左上あたりにはあちこちに崩壊した跡がはっきり見える。とりわけ、阿蘇大橋を飲み込んでしまった場所は、その傷跡の大きさが際だっている。
 あの4月16日の午前1時25分ころに発生した、「本震」で崩れ落ちた土砂に大学生の車が飲み込まれた。家族を中心にした必死の捜索で、車と学生は8月になって発見された。前々日の「前震」の後、自宅に帰る途中だったという。崩壊の範囲から推測すれば、ここに地震の前か後の数十秒でも早く、あるいは遅く達していたら難を免れていただろう。改めてご冥福をお祈りします。
 
二人目に? 2017/02/02 Thu 5264
 クリントン大統領が滞在していたホテルの近くでビラを配っていた高齢の女性は、私にも一枚くれた。そこに〝Impeach Clinton〟と書かれていたのである。このとき、第42代大統領のクリントンは大スキャンダルの渦中にあった。ホワイトハウスの実習生だった女性が、自分との不倫行為を暴露したのである。これは前代未聞のスキャンダルだった。そこで、にわかに大統領を弾劾すべしとの動きが出てきた。その結果が〝Impeach Clinton〟のビラだったのだ。
 それ以前にも、ニクソン第37代大統領が民主党の盗聴事件で弾劾不可避の状況に追い込まれ、そこまで行く前に、大統領は辞任を発表した。任期途中で辞任した大統領はニクソンただ一人である。しかし、ひょっとするとその二人目が生まれるかもしれない。
 本コラムに「トランプ氏も口で言ったほどのことはできないに違いない。国民はジョーカーを引いた可能性がある。アメリカではかなり早い時期に失望が広がるのではないか」と書いた(11月10日)。予想に反して「口で言ったこと」を「断固実行」しているが、彼を支持した現状不満層からも不満が噴出するのは時間の問題だろう。
 
Impeach 2017/02/01 Wed 5263
 先月の20日以来、〝impeach〟という英単語が私の頭の中でちらついている。研究社 新英和中辞典によれば、〝impeach : a 《主に英国で用いられる》〈人を〉〔…のかどで〕責める,告発[告訴,非難]する; 〈人に〉〔罪を〕負わせる 〔of,with〕. He has been impeached of high treason. 彼は大逆罪で問責された. b《主に米国で用いられる》〈公務員を〉〔…に対して〕弾劾(だんがい)する 〔for〕. They impeached the judge for taking a bribe. 彼らはその判事を収賄のかどで弾劾した 〟。
 私の頭の中でちらつきはじめたのは、もちろん後者の「 b《主に米国で用いられる》」である。私がこの単語を初めて知ったのは、1998年8月11日、サンフランシスコでだった。そのとき私は国際応用心理学会に参加していたが、たまたま道を歩いていると大勢の人だかりである。何と、クリントン大統領がサンフランシスコを訪れていて、ホテルから出てくるという。こんなチャンスはないぞとばかり、ホテル近くで見学することにした。その「待ち時間」の間に、高齢の女性が〝Impeach Clinton〟と叫びながらビラを配っていた。