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味な話の素
No.165  2017年01月号(5220-5262)  Since 2003/04/29
 2017 皆さま、新年明けまして、おめでとうございます。 今年も少しずつ前に進みます。
自由の喪失 2017/01/31 Tue 5262
 職員室で窃盗事件が発生した。その犯人は何と同じ学校の同僚教師だった。これは北海道での話である。この教師は職員室で同僚のかばんから2度にわたって現金1万1千円を盗んだ。当然のことではあるが、それでこの教師は懲戒免職になった。年齢は50歳だという。
 犯人が判明した理由に驚いた。被害に遭った同僚が、席を離れる際にスマ—卜フォンの録画機能を作動させて窓枠に立てかけておいた。その結果、問題の教師が金を盗む光景が写っていたという。まさに動かぬ証拠を突きつけられては弁解の余地もなかったに違いない。
 それにしても、スマートフォンが監視カメラの役割まで担う時代になったのである。いまや「監視カメラ」社会である。それが犯罪の抑止力と摘発に役立つ点は否定できない。しかし、それにしても何かにつけて録音、録画される。それも自分の知らないときとところでである。システムの問題だと思うが、街角の監視カメラの映像がネットで見ることができるという問題もあった。われわれは、自分の映像すら自分でコントロールできないところにまで来てしまった。ここで改めて「自由」とは何かを考える必要がある。
悲しい言い訳 2017/01/30 Mon 5261
 なんとも言い訳が悲しい。長崎県警の巡査長が25日に酒酔い運転で捕まった。「車を止めてから酒を飲んだ」と言っているらしい。そのときに車が動いていたかどうかは知らないが、場所は市道上である。これまたどんな市道か知らないが、そこに止まって「酒を飲んで」いたとして、それからどうすつもりだったんかいな。酔いが覚めるまでジーッと車の中に滞在するなど常識では考えられない。
 この人、自宅は諫早で、捕まったのは長崎市内である。チェックしたところ呼気12リットル当たリ0.25mg以上のアルコールが検出されたという。この数値がどんなものかわからないが、真つすぐ立てない状態だった。その時間が平日の午後6時15分ごろである。警察官の場合は勤務時間が通常と違っているだろうから、この時間がどのようなものだったかはわからない。ともあれ夕方である。お昼過ぎころから飲んでいたと思われる。「昼間の酒は回りが早い」という。それが生理学的に実証されているかどうか知らない。ただ、真っ直ぐに立てなかったのは半端じゃない。事故を起こしてはいないようだが、家族の人生を含めてドン底に落ちてしまった。
本家本元! 2017/01/29 Sun 5260 1月24日の続き
 さて、「戦後歌謡三昧」物語の続きです。加賀美アナウンサーが「さっきの『三種の神器』ですけどね」と市場師匠に呼びかけたので、「ああ、『第一次三種の神器』が『あれです 濯機、冷蔵庫、掃除機」を挙げたのです。
 これを聴いた瞬間、私は自分の耳を疑いました。それはとんでもない間違いだったからです。もちろん、「洗濯機」と「冷蔵庫」までは、そのとおりです。しかし「掃除機」はいけません。そこには「三種の神器」として「絶対に欠いてはいけない」ものが来ないといけないのです。それは、私たちの世代としては「言うまでもない」あの「白黒テレビ」です。私ですら、小学生のころから「三種の神器」の電化製品を知っていました。そのなかでも「テレビ」はまさに「神器」そのものだったのです。
 加賀美さんは私よりも8歳ほど年長で、当時はすでにNHKに入局していたようです。そんな方が、「本家本元」である「テレビ」を落とすなんてことは、今でも信じられない気持ちでいます。
 
 
三つの目玉 2017/01/28 Sat 5259
 飛行機に乗ると座席前のポケットに入っている雑誌をパラパラとめくる。離陸してしばらくしてからPCを開く。かなり前からPCは離陸前でも使えることになった。ただ、前のテーブルは倒せないので、PCは太ももの上に置くことになる。これはとても使いづらい。そんなこんなで雑誌をめくるのである。そのなかで腕時計のCMがけっこう目に入ってくる。これがすごいのである。時計の文字盤に小さな「豆時計」が3個もている。あれは何なのだろうか。
 じつは、ここまではネタのメモに書いていたのだが、いまANA機に座っている。そこで、機内誌「翼の王国」を開いてみると10ページ目にKASIOのGPSハイブリット電波ソーラーなる製品のPRがある。時計の文字盤のなかに、三つの眼玉が嵌め込まれている。お値段は、23万円だそうな。その一つには「24」が見える。その隣の目玉の周りにぱ〝Su M T W T F S〟が刻まれている。こちらは曜日であることは疑いない。さらにその下には、最も大きな目玉がしっかり座っている。
 あれやこれやとにぎやかなことだが、私は長針と短針、そして秒針の3つがありさえすれば大満足だなあ。
 
検索トップの自慢話 2017/01/27 Fri 5258
 いわゆる検索エンジンに「吉田道雄」を入力すると、私のホームページがトップに出てきます。これを授業や講演で鼻をピクピクさせてながら話してきました。それは私にとって最大の「自慢話」なのです。何と言っても「吉田」は世の中に「いっぱいこっぱい」あふれています。「道雄」だって、よく聴くファーストネームではございませんか。それでトップを維持できているのは、多くの皆さまにアクセスしていただいているおかげです。「ありがとうございます」とお礼を申し上げるほかありません。
 これに加えて、ときどき「偶然」に出会うことがあります。すでに自慢したことがあるのですが、「組織安全」のキーワードで調べ物をしようとしたところ、私が書いたものがトップに出てきたのでびっくり仰天しました。それは中央労働災害防止協会の定期刊行物「働く人の安全と健康」に掲載したシリーズ物の一つです。発刊が2004年5月ですから13年も前のものです。タイトルは「組織安全のグループ・ダイナミックス 組織における安全確保のポイント」です。
 Yhooのヒット総数5,270万件のトップですから、これからもズーッと自慢していきます。
 
才能を見出す力 2017/01/26 Thu 5257
 世の中には素晴らしい人に溢れている。大晦日の夕方だった。お茶を飲みながらテレビを観ていたら、元日の駅伝をPRする番組があった。そろそろ「趣味の仕事」に戻ろうと思っていたのだが、その内容に引っ張られてしまった。番組ではとくに注目されている三人の選手を取り上げていた。
 そのトップが青山学院大学出身の山神大地選手だった。彼は正月の駅伝で箱根の山を越える5区で、2015年に区間新記録を樹立した。そもそも箱根駅伝では「山の神」という呼称があるが、本人が「山神」だから、やや「できすぎ」の感がある。この選手、身長が165cm、体重は45kgというから驚いてしまった。そう、驚きというよりは、やたらと身近に感じたのである。何と言っても、背丈が私とほぼ同じなのである。中学校から高校まで、女子生徒よりも短躯で軽量で記録も低かったらしい。
 しかし、高校の監督がその力を見抜いてしっかり育てたのである。軽自動車にターボエンジンを搭載した感じだと評価していた。まさに、「リーダーシップが人間を変える」ことを実証したすばらしい話である。こうした人たちが世の中を明るくし、勇気づけてくれる。
 
私の「不易」と「流行」 2017/01/25 Wed 5256 1月7日の続き
 「味な話の素」を書いてから、手帳を開いてちょうど一ヶ月後の予定を確認する。これも「私の不易」というか、「儀式:段取り」で、講義や講演の準備は原則一ヶ月前と決めている。資料が必要な場合は、可能な限りその日に送る。もちろん内容は、行き先とテーマによって違う。この「状況で変わる」という点では「流行」ということになる。ここでは、「不易」か「流行」ではなくて、両者が重なっている。つまりは、「不易」かつ「流行」である。ここまでは「基本」パターンで、イチロー選手がバッターボックスに立つ前の「定例儀式」に当たるだろう。
 その後は、「流行」的な仕事になる。もちろん、「流行」と言っても内容が軽いわけではない。たとえば、一定の期限付きで、それができれば、とりあえずおしまいという性質のものである。その中には様々な報告書や原稿が含まれる。講演の書き下ろしの修正もある。講演などでの話では、やたらと繰り返したり、主語が飛んだりしている。関係者の方から送られてくる「書き下ろし原稿」を読むと、これでよく通じるものだと苦笑いする。「人間の整理能力は何とすばらしいことよ」と驚いてしまう。
 
再び、「あれですよね…」 2017/01/24 Tue 5255
 私よりもかなり年上で、「三種の神器」が流行語になったときにはすでに大人だった加賀美さんが「電気洗濯機とか、あれですよね…」では何とも頼りないわけです。 それも突然に話題になったのであれば、「瞬間的忘却」なんだと考えて、「私と同じだ」で済ませます。ところが、これは「戦後歌謡三昧」という番組なんですね。戦後かつ昭和の歌が出てくるのは当然で、そのときどきのトピックも取り上げるのは決まっているわけです。
 いくら「生放送」とはいっても、「三種の神器」が何だったかくらいは自信をもって言ってほしいなあと期待します。どう考えても「あれですよね…」はない。まあ、そうは思いながらも時間は経過していきます。私はまさにスーパー「瞬間忘却器」を頭に装備していることを自慢しているのです。
 そんなわけで、「三種の神器」のことなどは、さっそく忘れてしまっていました。ところが、「電気洗濯機とか、あれですよね…」という会話があってから1時間ほど経過したころでした。あの「三種の神器」を突如として思い出したように、加賀美さんが「さっきの三種の神器ですけどね…」と市場師匠に呼びかけたのです。
「三種の神器」 2017/01/23 Mon 5254
 まずは、「昭和歌謡三昧」のアンカーですが、超ベテランの加賀美アナウンサーと噺家の柳亭市場師匠でした。ピチピチの生放送で、15時過ぎには大分で震度5強の地震が発生し、その速報で中断するハプニングも起きました。しかし、それとは別に「準備不足」あるいは「リハーサル不足」と思われることが続いたのです。とにかく私は「おい、おい、またかい」とつぶやきを繰り返すことになりました。
 それを5月25日から7回にわたって連載したわけです。ここで採録はしませんので、お時間がある方は、21日に書いた日付の分をご覧いただければと思います。ただ、「再連載」するに当たっては、7回目の6月27日については、その内容は要約しておく必要があります。
 それは「三種の神器」の話が出たときのことです。アンカーの間で「電気洗濯機とか、あれですよね…」という会話が交わされたのです。私は小学生のときから、その「三つのモノ」をちゃんと知っていました。アナウンサーの加賀美さんは、そのころNHKに就職して間もないとのことでした。それなら、「三種の神器」もきっちり知っているよなあと思うわけです。
早朝夕刊(9:54am) ことばのおもしろさ 2017/01/22(2) Sun 5253
 北九州市の永照寺住職村上慈顕氏の法話の中に「阿弥陀」というものがある。「浄土」は英語で「ピュアランド」ということは初めて知った。〝pure〟は〝1. not mixed with anything else 2. clean and not containing any harmful substance〟とある(OXFORD現代英英辞典)。何とも心地よい響きである。
 阿弥陀さまが「いっさいをすくう」と聞いた子どもが、「じゃあ、2さいの人は」と問い返してきたという。まさに〝pue question〟である。子どもが小さいころ「汚職事件」が話題になったとき、「おしょくじけん」と受け止めたことがわかって大笑いしたことがある。こちらは「お食事券」というわけだ。同音異義語は楽しい思い出を創る。ただし、それが誤解につながる危うい側面も持っている。
 
マラソン特番 2017/01/22 Sun 5252
 それにしても、7ヶ月近くも経過して「その続きです」と言っても、本コラムの「ご愛読者」ですら何のことかおわかりにならないでしょう。そこで、「しつこい続編」を書くに当たって、ここで簡単な振り返りをさせていただきます。
 それは、昨年4月29日、「昭和の日」のことでした。NHKのFMで「戦後歌謡三昧」という特番がありました。その放送時間がものすごいんです。お昼12時15分から夜の10時45分までという、10時間超のマラソン以上の特番でした。私は初めて聴いたのですが、昨年が8年目ということでした。何と言っても、私は団塊世代の「ド演歌好き」です。ちょうどその日は、あの2回の地震で足の踏み場もなくなったわが家の後片付けの最終局面でした。幸いにも、ラジオは片付け作業の妨げになりません。しかも好きな歌謡曲を聴きながらだと、やる気も持続するわけです。
 そんなことで、この番組は絶好のタイミングで放送されたのでした。そして、私の期待通りで、十二分に楽しむことができました。ただし、番組全体を通して、相当に気になることが頻発したのです。それは、アンカーの準備不足と思われるミスです。
早朝夕刊(5:46am) 実力の世界 2017/01/21(2) Sat 5251
 本日の「本チャン」は「単なる予告編」で終わってしまいました。これではカッコつかないなあと気が引けてきます。そんなことで、「早朝夕刊」を出させていただきます。
 将棋の加藤一二三九段が現役を退くことになったようです。つい先だって、現役最高齢という記事を見たばかりでした。引退は本人の意思ではなく、将棋連盟の規定から、否応なしに引退せざるを得ないとのことです。じつに徹底した実力の世界で、生き残るには「勝つしかない」のです。年末には史上最年少で14歳2ヶ月の藤井四段と対局し、初勝利を提供したことも大きなニュースになっていました。その年齢差は72歳、これでプロとして対等に勝負ができるのです。まさに実力次第ですが、こんな世界はほかにあるのでしょうか。
 
「歌謡三昧」の連載? 2017/01/21 Sat 5250 6月27日の続き
 ずいぶん前に「歌謡三昧」という番組について、あれやこれや書いていたことがあります。それは5月25日にはじまり、6月が2日、6日、8日、12日、15日と続き、27日の7回目で中断したままです。本コラムを継続してお読みいただいている方であれば、「そんなのがあったなあ」と思い出されるかもしれません。もちろん、このネタはまだ終わっていません。
 その後、8月13日には「尻切れトンボ」というタイトルで、「続きを放置したまま」のネタを挙げて「反省(?)」しています。そこには、「遊覧飛行物語」も含まれていました。こちらは、9月11日から24日まで、何と2週間にも亘って「怒濤の連載」に踏み切り、めでたく完結することができました。それにしても14回連続はやり過ぎです。それに呆れて「こりゃあもうダメだ」と読むのを止められた方もいらっしゃるに違いありません。
 ともあれ、私としては「歌謡三昧」のネタを思い出してしまいましたので、その「続き」に着手したいと思うわけです。今回もけっこう内容が「豊富」なので、「長編」になりそうです。ただし、「怒濤の連載」は皆さまにご迷惑ですから、避けるつもりです。
吉田さんの掛け算 2017/01/20 Fri 5249
 私には「吉田さんの算数」という話のネタがあります。その中に、「人間関係は掛け算」というものが含まれています。親と子どもの関わりの質は「回数と深さ」の掛け算で決まるという話です。
 世の中には仕事の都合で単身赴任せざるを得ない親が少なくありません。そうなると親はほとんど家にいないことになります。その代わりに家に帰ったときは子どもと徹底して関わることです。ここで、「時間×深さ」がポイントになります。いつも目の前にいても、ほとんどコミュニケーションのない親もいます。「お好み屋さんの読書家族」などは、その典型的な悪例です。そこでは「時間」はたっぷりありますが、「深さ」は完璧に「ゼロ」なのです。
 掛け算では、一方が「ゼロ」であれば、もう一つの項がどんなに大きくても、「永遠にゼロ」なんですよね。いろいろな事情から、月に数回しか関わりを持つ機会がなくても、そこを「深さ」でカバーするのです。
 これは親子関係だけに限ったことではありません。夫婦の間でもこの「掛け算」は十分に適用できるのです。ただ漫然と同じ場所にいるだけではまずいんですね。私も気をつけないといけません。
 
読書家族 2017/01/19 Thu 5248
 家内が「評判がいいお好み焼き屋さんがあると聴いた」と言うので出かけました。私にしてはめずらしく、ちょっとだけ並んでから席に座りました。何分にも「3人」も並んでいたら「やーめた」の性分です。
 それはともあれ、メニューでおいしそうなものを注文してから、ふとお隣を眺めました。そこには両親と小学校高学年と思われるお姉ちゃんに弟の4人家族がいました。その全員が夢中で読書している姿を見て感動しました。とにかく脇目も振らずマンガ本を読んでいるんです。もちろん、そこに会話などはありません。そのうち、お父さんが注文したものが最初にきました。それでも4人は読書を続けます。自分のもの以外はまるで興味がないといった雰囲気に充ち満ちています。
 これは少し昔の体験です。いまでは本ではなく、スマートフォンやゲーム機が取って代わっているのでしょう。こんな子どもとの関係を創っておいて、思春期になってから「うちの子は親の言うことも聞かん」と嘆いたりするんです。そんなの当然ですよね。もともと親の話などを聞くように育てていないのです。せめて親だけでも子どもの前では「やせ我慢」しましょう。
 
早朝夕刊(5:54am) 8人の世界 2017/01/18(2) Wed 5247
 個人の資産に関する数値がどのくらい正確なのかわからない。おそらくは大雑把である。そのことを踏まえた上で、世界の資産家トップ8人の合計が、世界の貧困層の36億人分と同じだとの報告書が出た。NGOのオックスファムによれば、8人で4260億ドル、約48兆7000億円に達するという。わが国の予算がほぼ100兆円だから、その半分ということだ。富める者の資産の1/3は相続によるらしい。金持ちは金持ちを維持し、さらに私案を増やす。一方、貧者はそうしたチャンスに巡り合う可能性が圧倒的に低いから、その格差はさらに拡大していく。今や、中国も含めて「資産資本主義」が席巻し、世界を動かしてている感がある。人間は生まれながらにして平等などという言い回しが虚しく響く。
 
はとバスのガイドさん 2017/01/18 Wed 5246
 先日、はとバスでガイドの成人式があったという。サプライズで「クマもん」も参加したことから、熊本の新聞に写真入りで取り上げられていた。これを見て、ふと思い出したことがある。
 私は小学生5年生になる前の春休みに東京へ行った。祖父と叔母が連れて行ってくれたのである。代々木か千駄ヶ谷という「奇妙な名前」のところにある旅館に泊まった記憶がある。今から半世紀以上も前のことで、すごく田舎だと思った。佐賀県の伊万里から行って、代々木あたりを田舎と言うのもおかしな話だが、そんな気がしたことをかすかに覚えている。
 もう一つ、はとバスに乗ったときのガイドさんの顔が今でも目に浮かぶ。子どもながら、きれいな人だと思った。小学生で観光バスに乗っていたのは私だけだった。そんなことでやさしく声をかけてくれた。
 そこで、昔のアルバムを開けてみた。皇居の二重橋前で撮った定番の記念写真があった。その日は1959年3月28日、すでに58年も昔のことだ。あのとき20代の前半だったと思われるガイドさんも、今や80過ぎのおばあちゃんになっているだろう。はとバスの記事を読んで、懐かしさがこみ上げてきた。
 
早朝夕刊(6:07am) 富士山の顔 2017/01/17(2) Tue 5245
 富士山が見える北限とされる福島県の山から撮影に成功した。その山は川俣町と飯舘村にある918mの花塚山で、富士山から308km離れている。川俣町のグループが2010年からチャレンジし続けて、60回目の快挙である。これまでコンピュータ上では「見えていた」ものである。
 因みに、最も遠いのは322.9kmで、和歌山県那智勝浦町の色川富士見峠で標高は900m、すでに撮影されているという。富士山はいつ、どこから見てもすばらしい。私はもっぱら飛行機から眺めて愉しむ。夏に頂上が黒くなっているときも荘厳さを感じる。ほんの少し雪らしき白い筋状のラインが入っていると、これまた格別なのである。
 冬には空気が澄んでいて、大きな富士山が掛川や羽田から見えたときも大感動する。
 
「やせ我慢」 2017/01/17 Tue 5244
 子どもとの「関わりを持つ」機会を「わざわざ」創らないといけない。私は、それに加えて「やせ我慢」も大事だと考えています。とくに、子どもが見ているとき、大人は「やせ我慢」してでもしっかり行動しないといけません。
 世の中には、車を駐車禁止の場所でも平気で停める、赤信号でも突き抜ける、横断歩道で止まらない人たちがワンサカいます。ごみをポイ捨てする人だってけっこう見ますよね。しかも、それに言い訳まで付ける。大人としての品位、品格が疑われます。
 そこで、何でもいいので、「一つ」だけでも「やせ我慢」するものを家族で決めるわけです。そして、それだけは徹底して実践する。そうしているうちに、「やせ我慢」もだんだんと楽しくなったり、面白くなったりするのです。
 「みんながペットボトルをポイ捨てしていても、家だけはしないぞーっ」と「やせ我慢」する。「それじゃあ、スチール缶なら捨ててもいいんかい」と聴かれれば、「いいに決まってる、ペットボトルじゃないからな」と平気で答える。その程度のいい加減さでもOKとしましょう。そのうち、スチール缶も「やせ我慢」リストに入ることを期待するのです。
 
じつは賢い? 2017/01/16 Mon 5243
 トランプ氏が本物の大統領になる日が近づいてきました。この人が過激な発言をしているのは、その後の大戦略のためではないかと思っていました。まずは国民を、そして世界中を心配させ、その後で「なんだ、やるじゃないか」と思わせる。そんな魂胆です。
 レーガン大統領は1983年3月に当時のソ連を「悪の帝国」と決めつけました。さらに、「スターウォーズ計画(SDI:Strategic Defence Initiative)」なるものまで言い出したのでした。しかし、そのレーガンは1985年にソ連のゴルバチョフ書記長と握手を交わします。それはジュネーブからはじまりましたが、アイスランドのレイキャビクで行われた会談は世に知られています。それがソ連の崩壊に繋がっていきました。レーガン政権がいつ、どの時点から、あのような戦略を描いていたのか知りません。
 ともあれ、私はトランプ氏がレーガン大統領をモデルとして、まずは極端に過激な言動で困惑させ、それから「どんでん返し」をしてさらに驚かせようという賢い戦略を練っているのではないかと推測していました。しかし、先日の記者会見を見ると、「本当に賢いのかなあ」と疑念が湧いてきました。
早朝夕刊(6:30am) アメリカの債権 2017/01/15(2) SUN 5242
 国際金融など、まったくわかりません。ただ、日本は外国の債券をかなり持っていて、世界でも有数の「債権国」らしいですね。これを素人が解釈すると「お金持ち」ということなのでしょう。つまりは利子か何か知りませんが、とにかく寝ていてもお金が入ってくるわけですよね。もっとも為替の変動もあって本当に儲かるのかどうかはわかりませんが。
 アメリカの国債についても、一時は日本を抜いて中国が最大の債権国だったようですが、このごろは日本が首位の座を取り返したようです。その順位はどうでもいいのですが、中国が「債券を全部売るぞ」といったらアメリカは無茶苦茶に困るんだろうなあと単純に思うわけです。日本はやせ我慢してでもそんなことはしませんが、中国はわかりませんよね。
怖いおじさんとの感動体験 2017/01/15 SUN 5241
 それから1ヶ月ほど経過したでしょうか、遠山の金さんを圧倒する見事なものを背負ったおじさんと銭湯で会いました。私たちとの約束を覚えてくれていました。「おい、なかなか会わんかったなぁ」と話しかけてきたのです。そして、約束通り硬球ボールを見せてくれました。しかも、このおじさんは耳を疑うようなことを言ったのです。「いるなら、やるぞ」。何たることでしょう。そんなことは、太陽が西から昇ってきても,あり得ないことです。もちろん、それは使い古しのボールでした。表面の皮の一部が小さく破れていて、コルクの核を巻いている糸が見えていました。しかし、そんなことは問題になるはずがありませんでした。ただただ、ひたすらに嬉しかったのです。
 そして、その時の感動とおじさんの顔は今でも蘇るほどです。子ども心に、「見た目は怖そうだけど、とても優しい人もいるんだ」と思ったのです。銭湯という、当時は誰もが行っていた場でそんな社会勉強もしていたのです。
 今では、そうした機会も場所もなくなる一方です。そんなことで、わたしは「関わりを持つ」機会を「わざわざ」創らないといけないと思っているのです。
 
銭湯のおじさん 2017/01/14 Sat 5240
 私たちの生きていく環境が激変しています。そこで子育ても新手のノウハウがいるのでしょうか。
 私が子どものころは、「社会が育てる」条件が揃っていました。たとえば、教育の場としての「銭湯」があります。今から考えれば銭湯は「性教育」の場でした。男の子も最初は母親と一緒に女湯に連れて行かれたものです。そして、子どもはそこでしっかりいろんなことを観察していたわけです。そのうち、母親から「明日からはお父さんの方に行きなさい」と言われる時期が来ます。そしてこの男湯もそのまま社会勉強の場になっていました。
 私が子どものころは、遠山の金さんがビビるようなすごいのを背中にしょっている人が銭湯に来るんですね。子どもたちが「ワイワイ」と騒いでいても、そういう人が入ってくると急に静かになります。おそらく大人だって緊張したのではないでしょうか。
 私はそんなおじさんに銭湯で声をかけられたことがあります。「おい、お前たち、野球の硬球ボール見たことあるか」。これに、私たちは恐る恐る「見たことない」と答えました。すると、そのおじさんは、「そうか、じゃあ今度持ってきて見せてやる」と言ったのです。
基本的生活習慣 2017/01/13 Fri 5239
 昔は社会全体で子どもを育てていました。ところが、今では「社会の教育力が落ちている」と言われます。また家庭の教育力についても同様のことを懸念する声があります。そんな中で、文部科学省が「早寝、早起き、朝ご飯」の実践を呼びかけているのです。国の機関が言うことなのかと思ってしまいますが、一方ではそんなことまでしなければならない状況があるということです。
 国が生活習慣まで押し付けるとの批判もあります。たしかに、そうした問題はあるでしょう。しかし、夜更かしで睡眠不足、その結果として寝坊、さらに朝ご飯を食べないないという悪循環を解消するにはどうしたらいいでしょうか。
 学校では養護教諭をはじめ、教師たちが統計を取るなどしながら、子どもの問題を解決すべく様々な努力をしています。しかし、いくら教師たちが頑張っても、家庭における子どもたちの行動にまで影響をおよぼすことはできません。そもそも子どのたちの基本的生活習慣も学校にお任せというわけにはいかないでしょう。しかし、それならどうするかとなります。
問題に気づくこと 2017/01/12 Thu 5238  1月5日の続き
 家庭教育学級で話したことの「続き」です。教育に限りませんが、世の中には問題が山積しています。それらを目の当たりにすると、どれから手を付けていいのかわからず、無力感に苛まれるほどです。しかし、「問題があるから問題」なのだとは考えないことにしましょう。「問題なのは、問題があることに気づかないこと」なのです。だから「問題に気づく」ことは、まずはスタートということです。問題なのは「問題に気づいても、その解決向けてチャレンジしないこと」でしょう。
 先だって、「人は依存すればするほど、互いに依存していることを忘れる」という「相互依存のパラドックス」があることを批判的に強調しました。もちろん私たちが「相互に依存」していることが問題なのではありません。それに気づかないことが問題だと言いたいのです。「お互いに依存している」ことを認識して、それを「ありがたいと思う」気持ちが大事でしょう。
 私はいつも小学生の頃に流行った守屋浩の「ありがたや節」を思い出します。好きな人に振られても、天国に行こうが、はたまた地獄に落ちようが、とにかく「ありがたや」というのですから徹底しています。
 
早朝夕刊(4:30 am) もう一枚の写真 2017/01/11(2) Wed 5237
 今月の写真のもう一枚は,わが家のご近所にある是法神社である。自宅から歩いて10分足らずのところにある。もちろん、わが家の氏神様ではないが、とにかく近いのがなによりである。さらにいいことは、初詣客が徹底的に少ない点である。いつ行っても、と言っても、正月の三日ころだが、お参りは三組程度である。ただし、それがボチボチと続くから、それなりの数には達するのだろうと推測している。
 社務所で甘酒の振る舞いを受けて、家内はおみくじを引く。私はといえば、おみくじを引いたのは、大学入試前に福岡の筥崎宮だったことくらいしか覚えていない。そのときはどんな内容だったのだろうか。それはともあれ、参拝者も少ないので、神様からは認知してもらいやすいのではないかと密かに期待している。
 
葛湯考 2017/01/11 Wed 5236
 本コラムで葛湯が好きなことを書いていたら、日ごろからご愛読いただいている方から掛川の「丁葛」を頂戴した。掛川の老舗である「桂花園」の品である。そもそも掛川は伝統的に葛の生産地だったという。「桂花園」も創業110年というから半端ではない。いただいた箱を開けると生姜味や柚味などいろいろありで、いずれもとろりと溶かして美味だった。とくに冬は体が温まる。
 子どものころは片栗粉に砂糖を入れて代用していた。まずは水に溶かし、熱湯を一気に注ぐ。ただし、その混ぜ具合にコツがあって、全体が等質でとろりとしないといけない。
 いま、手元には奈良の「松屋本店」製「吉野拾遺」がある。こちらは天保13年というから、1842年創業である。お湯を注ぐと桜花をかたどった浮菓子が浮いてくる。これが売りになっているようだが、私としては何もないほうがいい。熊本では和菓子の「きくもとや」に葛湯がある。こちらは大正の創業のようだ。京都・宇治の抹茶をふんだんに使ったという「宇治の里」はなかなかのものである。
 葛湯のおかげで冬の楽しいひとときが過ごせる。ただし、砂糖が入っているので毎日味わうのは控えている。
 
早朝夕刊(6:12 am) 今月の写真 2017/01/10(2) Tue 5235
 今月の写真の一枚目は、お正月の置物、ミニチュアである。玄関の靴箱の上に置いている。鏡餅と角松である。
 昔は大抵の家で床の間に鏡餅が飾られていた。地方によって様々なパターンがあるのだろうが、基本は白木の三方という台に半紙を敷く。その上に、大きさの違う丸餅を載せる。それに譲り葉や橙、さらに昆布などで飾っていた。しかし、このごろは床の間がない家も多いのではないか。
 門松に至っては、今年もわが家の近くではお目にかかっていない。マンションではそもそも個別に門がない。正月の風物詩も消えていく。お店も元日から開いている。昔は元日の新聞を国鉄の駅まで行って数紙を買って楽しんだ。三が日は新聞三昧でもあったが、いつのころからか、正月の新聞が面白くなくなった。あれやこれやありながら、私自身も変わっている。
 
考えたくないことを考える 2017/01/10 Tue 5234
 人間、「考えたくない」ことは単純に考えたくない。しかし、それだと現実から逃避することになる。
 いま、世界がトランプ氏に振り回されている。彼の愚かさを非難する論調もある。しかし、この人は本当に愚かなのだろうか。経済面では、日本にとって厳しくなるという見方がある。その一方で、中国に対しても刺激的かつ過激な発言を繰り返している。この点では、アメリカとの協調路線を強化していけば、たとえば尖閣諸島などは安全性が高まるという考え方もあるだろう。
 しかし、世界のパワーバランスはそれほど単純だとは思えない。トランプ氏の頭の中では「尖閣諸島がどこに帰属するなど知ったことじゃない。そんなことでアメリカが緊張するなんてアホらしい」といった発想がないか。われわれとしては「考えたくない」ことではある。しかし、この人には「つまらない」こととして片付けられている、あるいは片付けられる可能性を否定できるか。中国の軍事力が台頭し、「太平洋を分け合おう」という戦略を完全に阻止することが難しいと認識したとき、「そんなら尖閣はやるから、この線までで止めろ」といった交渉が現実のものにならないか。
 
早朝夕刊(7:02 am) am と pm 2017/01/09(2) Mon 5233
 昨日の「早出し夕刊」は〝9:12 am〟にアップロードした。これまで長いこと、〝am 9:12〟といった表記をしていた。これに対して、つい先だって白樫三四郎先生から、表記順が逆だとのメールをいただいた。英語辞書の文例も一緒に書かれていた。さっそく私も調べてみると、〝am〟や〝pm〟を前に置くのは「誤り」だと指摘されていた。まったくの不覚で、その事実は初めて知った。そう言えば、昨年亡くなった大橋巨泉氏がホストをしていた番組も〝11pm〟だったなあ…。
 もちろん、これからは〝am〟〝pm〟後置き型にする。この両者は、ラテン語の〝ante meridiem〟と〝post meridiem〟で、〝meridiem〟が「昼の真中」である。〝ante〟が「前」で〝post〟が「後」を意味する。また、〝a.m.〟〝p.m.〟のように、〝.〟を付けるのが正式のようだが、本欄の「朝刊」では〝am〟〝pm〟でいきたい。白樫先生、ありがとうございました。
 
両面提示 2017/01/09 Mon 5232
 そもそも「いじり」という言葉はいつごろから使われ始めたのかを知らない。ただ、テレビ番組で日常的によく聴く言葉の一つではないか。それが子どもたちの世界に入っていった。その結果、「いじめ」はいけないが、「いじり」なら許容範囲という雰囲気が生まれた。そう考えると、「運動神経の鈍いタレント」の特番もいじめを誘発しかねない側面がある。
 ただ、この番組の終わりがけに「不器用」なタレントたちが、自分の得意なものを披露する時間をセットしていた。クロールで一気に泳ぐ、卓球で鋭くスマッシュする、跳び箱で宙返り飛びをするなどなど、それは見事なのである。番組としては、それでバランスをとろうとしたのだろう。「誰でも苦手なことはあるさ。でも、すごいことだったちゃんできるんだ」というメッセージである。タレントとして各人が「それなりの力」を持っているのだろう。そうした彼らが「得意もあれば、苦手もある」モデルになる。そんなメッセージの発信になるのであれば、この番組の存在意義を評価できるかもしれない。もちろん、受け止め方はそれぞれである。こうした番組で心が傷つく人もいるにちがいない。
早出し夕刊(9:12 am) 夕刊とツイッター 2017/01/08(2) Sun 5231
 トランプ氏のツイッター(Twitter)が世界中を揺すぶっている。日本大百科全書によれば、ツイッターは「ブログと電子メールの中間的な位置づけのコミュニケーション・ツール。140字以内の短文のみに対応する点が特徴の一つ。インターネット接続が可能なパソコンや携帯電話などで利用する」ものである。昨日、私の「夕刊」は「最大400字」と宣言したばかりである。もちろん、「夕刊」は「ツイッター」とは縁もゆかりもない。ただ、「夕刊」は「本ちゃん」の「480字」にプラスされるから、1日に「900字」近くになる。そうなると、「夕刊400字」はちょっと長すぎるかという気もしてきた。そこで、試しに「夕刊」は「320字」にしてみようと思う。これがきっちり「320字」である。
 
年末番組考 2017/01/08 Sun 5230   
 年末に「運動神経の鈍い」タレントが様々なスポーツにチャレンジする番組があった。視聴率が高いのかどうかは知らないが、この時期の定番になったのだろうか、これまで二回ほど観たような記憶がある。水泳にリレー、サッカーやバスケットのドリブル、さらに高跳びなどといろいろありで、これにタレントが挑戦する。
 タイトルから推測されるように、いずれもタレントにとって苦手なものばかりで、ぎこちなさが露骨に見えて笑ってしまう。そこがこの番組の狙いである。しかし、これが子どもの世界であれば、いじめにつながる。それに、たとえば跳び箱が苦手な子が見れば嫌な感じがするだろう。その一方で「うまくいかないのは自分だけじゃないんだ」とか、「自分の方がまだましだ」といった受け止め方をする子どもがいるかもしれない。人は自分も含めて置かれた状況をどうとらえるかで世界が違ってくるし、行動もそれに影響される。
 ところで、いつのころからか、タレントを「いじる」番組が多くなった。お笑いタレントがほとんどだが、彼等を困らせて笑いものにする。これが子どもたちに影響して、「いじる」ことが日常化した感がある。
 
早出し夕刊(9:45 am) 洗口液 2017/01/07(2) Sat 5229
 昨日書いた「洗口液」について、本コラム読者の方からメールをいただいた。数か月前に「柿渋洗口液」「なた豆すっきり」と書いてある製品を購入されていたとのこと。その後、台所に置かれたままだったようだが、昨日の朝、それを初めて試されたという。その結果、「口の中がすっきり」されたらしい。わがコラムですぐに行動に移していただけたのだから、まことにありがたいことである。
 生来、私は「集中力」に欠ける「超分散型」だから、「洗口液」もあれやこれやを使う。その中でも最もよく使うのは「アルコール」刺激の強烈なものである。これを朝の4時台から5時過ぎに欠けて口の中で「爆発」させる。そんなわけで、早朝から、いやが上にも「興奮」ならぬ、「口奮」しているのである。先日、これまで使ったことのない製品を買ったのだが、裏書きに「アース」と書かれていたので思わず苦笑した。私たちの世代にとって、「アース」は殺虫剤だったからである。
720から480へ 2017/01/07 Sat 5228
 朝の「儀式」が終わると、自分の部屋に行って「趣味の仕事」に取り掛かる。まずは、「味な話の素」である。その内容は相当にいい加減さが伴っているが、書いている本人は「仕事」のつもりでいる。コラムを立ち上げてからしばらく経過して「720文字」にこだわった。とにかく「720文字目」に「。」を置くことにした。
 これが相当に長く続いたが、定年後の10月に字数の呪縛を解いた。どちらかと言えば「少なくする」方向にチェンジしたのである。自分は「勝手気まま」に書いているのだが、それを読んでくださる方がいらっしゃる。そんな皆さんの時間を盗んではいないかと自問し、「やっぱし、長すぎるよな」と自答した。その結果、しばらくは「480文字」でいこうと考えた。さらに「夕刊」だけれど、こちらは「最大400文字」とした。同じ日に2本の記事を取り上げるのだから、適当な分量にしないとまずいのである。
 それにしても、毎朝が「文章修行」である。まともな校正をしないから、ときおり「誤字脱字」はもちろん、おかしな文になっていることがある。それでも、「継続は力なり」である。文章を創り上げる小さな力にはなると確信している。
渋柿的洗口液 2017/01/06 Fri 5227
 今年も「淡々、坦々」と生きて参ります。この人生、いつまで、どこまで行けるのか、それは誰にもわかりません。まことに月並みですが、毎日を充実していくことです。そんなことを考えると、いつも芭蕉の不易と流行の精神を思い出します。
 私流の「不易」とは毎日同じことを繰り返すことです。朝起きてからトイレに行き、洗口液で口をすすぎ、顔を洗い、髭を剃る。それから髪を整える。ここまではまったく変わりません。まさに「不易的アクション」ですね。あのイチロー選手がバッターボックスに入る前に行う準備運動は十年一日の如きワンパターンです。そこには「全く同じであること」の美しさ、そして「いつまでも継続すること」力強さがあります。
 朝一の洗口液ですが、この刺激がたまりません。そもそもは東京のホテルのアメニティで、「何だこりゃ」と試してみたのがはじまりです。最初は口の中に渋柿を入れた感じで、小学生のとき近所の柿の木から取って食べたときのことを思い出しました。そんなわけで、そのときは何の魅力も感じませんでした。ところが、その後も同じホテルに泊まる機会が増えて、習慣になっていったのです。
「弱さを知る」強さ 2017/01/05 Thu 5226
 学校の家庭教育学級で保護者の方に話をしたことを「夕刊」で連載していました。その最後は12月18日でしたが、あっという間に今年になってしまいました。まあ、単純に「忘れて」いただけのことでございます。しかし、ここで思い出してしまいましたから、またぞろ「第3回目」から続けさせていただきます。もう夕刊でなく「本刊」といたしましょう。
 前回、私たちは相互に依存していながら、それを忘れているという趣旨の話をしていました。
 さて、いまこの会場をぐるりと見回して、皆さんがご自分でお作りになったものがあるでしょうか。蛍光灯に窓ガラス、着ている洋服に今日食べたごはん…。とにかくどれも他人が提供してくれているものばかりです。このように、私たちは一瞬たりとも人に依存しないでは生きていけません。それなのに、「私は自立して生きている」などと思い込んでいるわけです。
 私たちの人生は、お互いが依存しまくって生きていることを認めることからはじまるのです。他人がいないと困るのです。誰にも弱いところはあります。しかし、それが問題なのではなく、「自分の弱さを知る強さ」が大事だと思うのです。
 
早朝夕刊(am5:52) 誤記の訂正 2017/01/04(2) Wed 5225
 昨日の本コラムに、今年がロシア革命から100年目という歴史的事実よりも、私の父がその年の生まれだということに重点を置いて書きました。その父は1992年に亡くなりました。ところが、それを「1972年」と誤って記していたのです。そのことを大分芸術文化短期大学教授の吉山尚裕先生からメールで知らせていただきました。私が「『味な話の素』に書いたことは修正しない」と宣言していますので、ちょっと遠慮がちな文面でした。もちろん、すぐに訂正させていただきました。
 私が「修正しない」と突っ張っているのは「内容」に関してです。そこに「間違い」があったとき、「こっそり書き換える」のは背信行為です。それに対しては「間違っていたことを明確にして、改めて訂正したものをアップする」というのが私の本意です。単純な「誤字・脱字」、そして明らかな「年月の誤り」などは、しっかりお知らせいただくと助かります。吉山先生、ありがとうございました。
 
「たんたん」人生 2017/01/04 Wed 5224
 今年も「淡々」と生きて参ります。つまりは「静かに」ということです。これが「眈眈」となれば、「鋭い目つきで獲物を狙う(スーパー大辞林)」ことになります。あの「虎視眈々」です。そもそも生来の甘ちゃんですから、そんな厳しい状況は大の苦手です。それよりも「坦坦」がいいですね。つまりは「大した波乱もなく物事の過ぎていく(スーパー大辞林)人生です。何と言っても平凡がいいですよね。
 そう言えば大昔に「平凡」という雑誌がありました。何とすばらしい名前でしょう。そうそう若者向けに「平凡パンチ」なんてのもありました。毎号、ど真ん中にヌード写真が挟まっていて、それをため込んでいる先輩がいました。もちろん私はそんなことしていませんよ。先輩から頼まれてタバコを買ってきて、そのご褒美に見せてもらったことがないとは言いませんが…。
 また「湛湛」というのもいいですね。これは「水などが深くたたえられているさま(スーパー大辞林)」です。命の水をあふれるように湛えているってすばらしいことです。ただし、凡人ではそのレベルに達するのはむずかしいでしょう。それでも、人生の目標にするくらいであれば、神様も「まあ、いいっか。やれるだけやってみな」と言ってくださるかも…。
  
早朝夕刊(am6:41) 検索トップ 2017/01/03(2) Tue 5223
 電話帳が身の回りから消えてしまった感がある。電話帳と言いえば、できるだけ目立つように、〝A〟から始まる社名や団体名をつけるといった工夫をしていた。それと同じことだろうが、今では検索エンジンでトップに出ることが大事になってきた。そのための正当ノウハウや裏技があるらしい。
 私なんぞはそんなことは知らないから、ただ淡々とアップロードしているだけである。ところが、そんな私のホームページは、スタートして間もないころから、〝Yahoo〟などではトップに出てくる。おそらく、開設して1ヶ月後くらい経過していたから、それは、2003年の5月下旬ごろだろう。そのころ「検索エンジン」なるものでいろんな情報が手に入ることを知りはじめていた。そこで、「どうかな」と思いながら「吉田道雄」と入力してみた。すると、いきなりトップに出たので大いに驚いた。
 それからしばらくは、トップが維持されているかどうかをチェックしていた。おそらく大丈夫だなと思ってからは、講演などでそのことを自慢話にしはじめた。
 
あれから100年目 2017/01/03 Tue 5222
 新しい年を迎えました。今年は2017年。あのロシア革命から100年目になります。これは歴史上の大事件ですが、私にもかなり関係深い年なのです。この年に父が生まれたからです。元号では大正6年、巳年になります。つまり、元気でいれば、100歳ということです。父は1992年に75歳になって間もなく亡くなりました。葬儀の際、参列いただいた方々への御礼は私が申し上げました。その際にも、「ロシア革命の年に生まれた」とご紹介しました。もちろん父の生き方とは何の関係もありませんが。
 あのソビエト連邦も今や過去の歴史になりました。社会主義革命は100年に至る前にうまく機能しなくなってしまったわけです。中国は共産党が支配していますが、経済は完全に資本主義ですね。資本主義が高度に成熟することから生まれる矛盾がエネルギーになって共産主義社会へと必然的に移行する。これがマルクスの予言だったと思うのですが、そうはいかなかったようですね。そうかと言って資本主義が勝ったという訳でもないですね。資本主義の頭目であるアメリカは大揺れ、欧州も大混乱です。大甘ですが、やっぱり「人間主義」が大事でしょう。
  
〝No.104 〟復帰 2017/01/02 Mon 5221
 そんなわけで、「せっかく」見つけた次の年の12月までメモカレンダーが付いている手帳を放棄したのだった。それから数年が経過した。「うーん、やっぱり『あれがいいよなあ』」という声が聞こえてくるのである。そんなわけで今回は髙橋書店の「No.104」に復帰した。それも、この数年続けてきた静岡の文房具店ではなく地元の熊本で調達した。静岡に行った際にその文房具店に「No.104」の在庫がなければ困るわけだ。それに今年は静岡に出かけるタイミングが少しばかり遅くなったことも影響している。そんなこともあったが、今年は来年の3月以降の予定も一冊の手帳に書き入れることができている。
 ところで、これって要するに「自慢話」ですよね。なにせ、「私はズーッと先まで予定が入ってんのよ」と言っているわけですから。たしかにそうなんですが、私としては「ありがたや。ありがたや」に尽きるのです。これまで〝Yes-man〟であることを行動の基本方針にして人生を送ってきました。「選挙」や「人権」「子育て」に関わる委員など、「なんであんたが」と言われそうなものもお受けしてきました。とにかく〝Yes-man〟なのですから…。
 
髙橋の〝No.104 〟 2017/01/01 Sun 5220
 私としては手帳にそれなりの条件をつけたいと思っている。それは、「本体」ではなく、「前座」の部分である。ビジネスに使うことを前提にした手帳には、はじめの方に「月ごとのメモ」がついている。その多くは「見開き」の2ページで一か月分である。ところが、それが「次の年」の「3月」までものものがほとんどなのである。この点が私を欲求不満にさせる。どんなことがあっても「次の年すべて」を入れておいてほしいのである。一年も半分を過ぎてくると、次年度の予定が入ることが少なくない。そうなると、それを別のところにメモせざるを得なくなる。そんなわけで、私としては次の年のカレンダーメモを「わざわざ」ダウンロードして、「わざわざ」超縮小でプリントアウトし、それを「わざわざ」カットして手帳のポケットに「わざわざ」はめ込んできた。ただし、その欲求を満たしてくれる手帳が一つだけあることを私は知っていた。それは高橋書店の〝No.104〟で、数年前に静岡の文房具店でたまたま見つけたものだった。これで翌年はその味を大いに愉しんだ。ところが、ここで「気分屋」の本性が「変えようよ」と迫ってきたのである。