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味な話の素
No.158  2016年09月号(5092-5121)  Since 2003/04/29
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手紙 2016/09/30 Fri 5121
父上殿
 一時はよく降りましたが、このところようやく梅雨明けの兆しが見えたようです。今日など朝から晴れ間が覗いています。お元気でお過ごしのことと思います。ところで、小生先月の□月□日に北九州市の幹部候補職員(大卒上級職)を対象にした研修で講演を頼まれて北九州へ参りました。
 小倉駅から研修所のある戸畑までタクシーに乗りました。途中NHKの前を通ってあの□□病院の前を通りました。高層ビルに建て変わって見違えるようになっていました。もうあれから13年にもなろうとしているのですから、当然のことなのでしよう。そこでふと思ったのですが、その日は実は母の誕生日で、しかも元気でいれば還暦の誕生日だったのです。偶然と言えば勿論それまでですが、北九州に出かけても□□病院の前を通ることなどほととんどないのに、この日に限ってその目の前を通ったことにある種の感慨を覚えました。
 人生いろいろなことがありますが、こうした体験をすると、偶然だとしても何がしかの意味があると思えてくるものです。このように、先月の北九州行きはとても心に残るものになりました。このことをお伝えしようと思い筆を取りました。勿論そのおかげでしょうか、当日の講演は自分でも十分に納得の出来るものになりました。□月になりましたが、今月はまた京都などに出かけたりするために、□日に帰熊します。いつもの予定通りとは思いますが、私は□日を挟んだ日曜日しかおりませんので、そのころに来られればと思っております。予定がはっきりしましたら、また電話でして下さい。今日のところはこれで失礼します。
1986年□月1日
吉田道雄
 
泥鰌と蓮根 2016/09/29 Thu 5120
 民進党の代表になった蓮舫氏は、「世界第二位ではいけないんですか」で名を売った。民主党の「事業仕分け」は、当時の自民党大物にも「あれはいい」と唸らせた。少なくとも、はじめのうちはそうだった。そして、今でも公の場で税金の使い方について議論されることは必要であり続ける。
 ただ、それが「ポピュリズム」、つまりは「大衆迎合」になってしまっては、むしろ猛毒になる。あの政権時代を今から見れば、まさに「ポピュリズム」の時代だった。蓮舫氏は、その先頭を走った人である。最近もマスコミは「第二位」発言で「売った」といった雰囲気で報道しているように見えた。しかし、私には 、あの発言を思い出すたびに蓮舫氏の生来の「ポピュリズム性」を感じてしまう。それに、「攻める」ときは元気がいいが、「攻められる」と迫力がなくなる。これからは代表として「攻められる」ことが多くなる。その対応を静観したい。
 その蓮舫氏から幹事長に指名された野田さんもお久しぶりだった。就任挨拶で「ハスの花の下を支える蓮根の気持ちで」と聴いて笑ってしまった。もちろん失笑である。野田氏は首相になったときに自分を「どじょう」と呼んだ。泥臭くてもいいから真面目に仕事をしようという気持ちの表明で、おもしろいと受け止められた。今回の「蓮根」は、ご本人としては「受け狙い」する気など微塵もなかったとは思う。野田さん、「蓮根の下」ならぬ、「柳の下の泥鰌」ってことわざ、ご存じですよね。
 
分別盛りのはずが… 2016/09/28 Wed 5119
 ある県にあるNHKの副局長が窃盗の疑いで逮捕されたという。他人の自転車を盗んで通勤に使っていた。自転車に書かれた持ち主の名前をテープで貼っていたというから弁解の余地はない。たまたま警察官が盗難届の出ていた自転車を副局長が住んでいるアパートの駐輪場で見つけたらしい。
 当初は「半年くらい前に、ゴミ捨て場にあったのを拾った」と言っていた。しかし、その後「忘年会の帰りに、早くうちに帰りたくて盗んだ」と窃盗を認めた。この人は、年齢53歳、その立場を考えると懲戒免職は免れないだろう。他人様の心はわからないが、何でそんなことをするのと言いたくなる。最初が忘年会の後だったとすると、アルコールで抑制力が低下していたのかもしれない。しかし、それは理由にならない。
 もちろん、窃盗を許容することはあり得ない。しかし、それならそれで、翌日にでも返しておけば、ここにまで至っていないかもしれない。もっとも、そのときすでに高校生が盗難に気づいて届けていたらアウトではある。ただ、その後も半年以上に亘って乗り続けていたのだから、そんな気持ちなどなかったのだろう。
 いやはや、生活に困るとは思えない立場の人が、しかも、バレれば懲戒免職になるに決まってる人が、何でやねんと思う。自転車は一万五千円相当だったという。これで、家族がいれば、みんなの人生がパーになってしまう。いわゆる分別を備えているはずの人たちが道を誤るのは一体全体どうしてなのだろうか。
 
久しぶりの映画 2016/09/27 Tue 5118
 熊本地震の発生から5ヶ月以上が過ぎた。最も被害の大きかった益城町に出かけた人から、地震のすさまじさを肌で感じる状況が続いていると聴いた。私が住んでいる熊本市でも、あの熊本城の天守閣をはじめ石垣の崩落がほとんど手つかずのように見える。実際には、少しずつ復興の動きがはじまっている。いまのところ、天守閣だけは私がこの世にいる間にオープンできるようだ。
 そんな中で、「わが家のシネコン」は再開の目処すら立っていない。今年は3月までに9本の映画を観ていた。この勢いだと年間40本は間違いない。そんな思いでいたときに大地震が襲ってきた。シネコンは構造的にがらんどうだから、かなりのダメージがあったと推測している。
 しかし、ここにきて車で30分ほどのところにある光の森の「東宝シネマ」が上映を再開した。そこで、さっそく出かけてきた。これまで、数回しか行ったことがないので、日ごろの混み具合は知らないが、さすがというか大盛況だった。大型のスクリーン以外は真っ暗という、映画館ならではの雰囲気を十二分に楽しんだ。
 私は原則としてビデオで観る映画は「映画鑑賞」のカウントに含めない。そもそも画面の周囲が明るくて、はじめから終わりまで生活音に充ち満ちている。これでは映画とはいえないのである。ただし、ビデをでしか観ることのできない旧作は例外とせざるを得ない。そのときも周りをできるだけ暗くして、終わりまで一気に観る。トイレにも行かない。
 
正義の靴と嘘の伝播 2016/09/26 Mon 5117
 Mark Twain(マーク・トウェイン 1835-1910)は日本でもよく知られたアメリカの作家である。私が子どものころ、ラジオで「ハックルベリー・フィンの冒険」を聴いたいたような記憶がある。少なくとも、いま、トウェインを話題にした瞬間にそのタイトルは蘇った。小説以外でも小気味のいいエッセーでもおもしろいものがある。
 そのトウェインの名言である。“A lie can travel half way around the world while the truth is putting on its shoes.” 「真実が靴を履こうとしている間に、嘘は地球を半周する」。いかにも皮肉屋のトウェインらしい表現である。「事実は小説よりも奇なり」と言うが、それは例外で、やはり「嘘の方が奇であり、かつ面白い」ことが多い。トウェインの時代と違って、情報は電子化されている。嘘もそのスピードで拡散するのである。電子は光と同じ速さだから、「真実が靴を探している間に、嘘は地球を七回り半する」わけだ。しかも、悪いことに、一度発信された情報は基本的に削除できない。まさに恐怖の時代である。すでにSNSによって、子どもたちの間に誹謗や中傷が流され、その結果、自ら命を絶つ悲劇も起きている。人類が産み出した情報システムが人類自身の破滅を引き起こす。われわれはそんな危機的な状況の中で生きているのである。
鰻には骨があるか 2016/09/25 Sun 5116
 「うなぎには骨があるか」と問われたら、自信をもって「ありますよ」と答えますよね。そもそも、こんな質問の主は子どもしかしないでしょう。ところが、年齢性別は不詳ですが、発信者は立派な大人なのです。それでは、その質問を受けたのはどこだかおわかりでしょうか。
 これが何と、110番なのです。いやはや、警察の担当者もびっくりしたというか、驚き、あきれたことでしょう。このほかにも、「一人で寂しい」という相談のようなものもあったといいます。この時代ですから、発信者は高齢者だったかもしれません。いずれにしても、本来の目的とは違った使い方がされているわけです。その対応の間に、もっと大事な連絡があるかもしれません。
 同じようなことが救急車でも言われています。タクシーの代わりに救急車を呼ぶというケースです。この場合も、一刻を争う緊急の患者さんがいれば、後回しにされかねません。もちろん、緊急の度や重要度は人によって違いますから、一律の基準を設定することはできません。救急受付が十分な対応をしなかったために亡くなってしまったという事例がワイドショーで取り上げたりします。その辺りは悩ましい問題です。ただ、世の中には、それなりの常識があり、「ウナギの骨」問題は「もしもし、子ども相談室」にお任せしたいものです。
 それにしても、今後は「話相手がいない」人たちが増え続けることでしょう。何分にも四人に一人は高齢者の時代なのです。こうした課題にも取り組んでいかないといけません。
ようやくおしまい 2016/09/24 Sat 5115
 こうした流れの中で責任者はこんなことを付け加えました。「万一、お渡ししていたとしても、それはそのお客様に特別な事情があったはずです」。もちろん、録音などしていませんから、一言一句まで正確ではありませんが、およそそのようなことを言われたのです。それがどのような考えで発せられたのかはわかりません。実際は「払った」という情報を得ていたのか、それとも「そんな事実はないが、『高齢者クレーマー』に帰ってもらうために、一歩譲った上で支払いをしないことを強調する」か、いろいろ推測してしまいます。
 ただ、そうなると「特別の事情」について説明する責任が発生するでしょう。あの人はいいけど、あなたたちはダメよというのですから。しかし、その説明はありませんでした。そこにあったのは「絶対に払わない」という強い意志でした。それが決まりだと思いますから、役割としては当然ですね。ただし、相異なる二つの「事実」が、そのままに残りました。
 お若い担当者の方は責任者の対応能力に感動されたことでしょう。しかし、それに加えて、これからも「本当はどうだったんだろう」と考え続けていただきたいものです。対人関係スキルだけでなく、事実を探究するこころも磨いてほしいと思います。
 最後に私が責任者だったらどうするだろうと思いました。「お客様、大変申し訳ございません。当方のミスでお一方にお支払いをしてしまったようでございます。ただ、こうした際には航空運賃のみ精算させていただくことになっておりまして、私どもとしてはお支払いができない状況でございます。本当に申し訳ございません」。こんな言い方であれば、少なくとも私は「これから気をつけてくださいね」と声をかけておしまいになったと思います。いやはや、14日間連続という、「味な話の素」の歴史を飾る「しつこい物語」の終わりです。
 
1万光年先の恒星へ… 2016/09/23 Fri 5114
 この状況下であの母親が「もらってもいない駐車代」を「Jターン同期組」になるまでは、まったく知らなかった人間に「もらった」と言うものでしょうか。さらに、空港の担当者にも「この方たちにも上げてください」と念まで押したのです。もちろん世の中に「絶対」はありません。しかし、「あの人」がそんな「嘘」を言う確率は、私が1万光年先の恒星にたどり着ける確率よりも低いと思うのですが…。
 ともあれ、責任者は「中部空港に確認しましたが、そうしたお支払いはしていないということです」と言われたのでした。このとき、「事実は一つ」だったとすれば、どちらが「事実」なのでしょうね。それはお読みいただいている皆様にご判断いただくことにいたしましょう。中部空港に着いたのは13時少し前で、熊本空港は19時40分着でした。すでに中部空港でごていねいに対応していただいたIさんは勤務を終えていた可能性が高いと思います。それでも、ご本人に確認されたのか。責任者はそこまでは言われませんでした。
 些細なことではありますが、これは「トラブル」と考えていいでしょう。そうなれば、今の時代ですからいつでも連絡は付くと思われます。そこまでされて、Iさんが「支払い」を否定されたとすれば、これまた、1万光年先の恒星にたどり着ける確率の「事実」が発生したことになります。
 
驚愕の「真実(?)」 2016/09/22 Thu 5113
 いよいよ「高齢者クレーマー(?)」に対応するために真打ち登場といった感じでした。その方は、こうした際の責任者であることが十二分に伝わってくる女性でした。その方針ははっきりしていました。とにかく「払えないものは払えない」という基本をしっかり守り通すことです。もちろん、その言葉遣いを含めて、すべてがていねいな態度で終始して、それだけで雰囲気がよくなります。おそらく大抵のケースがこれで終息するのだと思います。
 ところが、今回はそうもいかない事情が発生したのです。その責任者の方から予想もしなかった発言が飛び出したからです。私が当初から対応されていた若い担当者の方を見ながら、「この方もこのことをお聴きになったんですよね」と声をかけたときでした。「中部空港に確認しましたが、そうしたお支払いはしていないということです」。責任者の方がそう言ったのです。私が、この発言に耳を疑い、驚いたことは言うまでもありません。それが事実であれば、高校生を連れたあの母親が言ったことは何だったのでしょうか。
 お互いが精算のタイミングまでまったく知らなかった他人同士です。その人たちに「私は中部空港で駐車代をもらいました。皆さんももらった方がいいですよ」と声をかけ、かつ空港の担当者にも「皆さんに上げてくださいね」と言ったことは疑いありません。これが事実ではない、さらにいえば虚偽だったということでしょうか。
 
真打ち登場 2016/09/21 Wed 5112
 それから少し経って彼女は「駐車料金はお支払いできません」と伝えてきたのです。もちろん、とても言いにくそうな雰囲気でした。何分にも、高校生を連れた母親から直接に「私は駐車料金をもらった。この人たちにも上げてください」と言われていたからです。こうなると、「探究虫」はさらに元気を出してきます。そこで、「それはおかしいですね。先ほどの女性からお聴きになりましたよね」と確認する段取りになります。これには「はい」と答えるしかありません。
 そこで、「中部空港に確認されたのですか」と問いかけると「いま、それをしています」といった感じの回答だったと記憶しています。私の推測ですが、こうした場合、航空会社は個人的な駐車料金まで責任を負わないのが原則だと思います。ただ、ここまで来てしまうと、実際に何があったかを知りたくなります。これは個人的な「探究虫」の問題ではなく、「リスクマネジメント」に関わってくるからです。そこで、確認の結果を待ってみようという気持ちになってしまったのです。何という仕事熱心なことでしょう。
 そんな態度が見えたのか、担当の女性は「自分だけでは、このおじさんクレーマー(?)には対応ができない」と判断されたのでしょうか。ついには責任者と思われる雰囲気の方が登場したのです。すみません、この長編物語、もうすぐ終わります。
 
「探究虫」の目覚め 2016/09/20 Tue 5111
 高校生の息子を連れた母親が「Jターン同期組」に「中部空港で熊本空港の駐車料金を支払ってもらった」と言い、担当者に「この人たちにも上げてください」と伝えて帰って行きました。そうなると、「Jターン同期組」は「運賃の精算」と「駐車料金」の支払いをしてもらうことになります。私は車ではありませんでしたが、カード精算の手続きに時間がかかっていたので、それが済むのを待っていました。そのうち現金の精算が済んだ一人は駐車していなかったのか、何も言わずに立ち去ったと思います。
 私としては、こんな事態が起きたときどこまで支払いがなされるのかを知りたくなりました。まだ精算の済まない男性が私以外に、おそらく2人いたような記憶があります。しかし、この人たちには「駐車代を絶対もらうぞ」と主張する意欲はそれほどなさそうで、ただ精算を待っているといった感じでした。
 このままでは物語が中途半端に終わりそうです。そんな状況になると、いつもは私の身中で昼寝をしている「探究虫」が目を覚ますのです。そこで、担当者に「先ほど帰った方が言われていましたが、駐車場代は支払われるのですか」と問いかけました。これに対して「はい、いま調べています」といった回答が返ってきました。あの母親から「この人たちにも上げてください」と明言されていたのですから、そう答えるしかなかったと思います。
ちょっとした問題 2016/09/19 Mon 5110
 紆余曲折を経ながらも、これで長い一日が終わりました。その後、けっこう時間はかかりましたが、銀行振り込みで「払い戻し分」が精算されたことは言うまでもありません。ただ、到着した際の案内や誘導が十分に想定された動きになっていなかったところが、「リスクマネジメント」を仕事にしている私にとって、きわめて印象的なものになったのでした。こうして、「遊覧飛行物語」は完璧に〝The End〟になったかに思われました。
 ところが、精算手続きをする際に、もう一つ新たな事情が発生していたのです。それは、「Jターン同期組」が三々五々で担当者の前に集まったときです。その中に高校生を連れた母親がいたことはすでに書きましたが、そのお母さんがこんな発言をしたのです。「私は中部空港で熊本空港の駐車料金をもらいました。皆さんももらったらいいですよ」。ほかの男性客たちは、そんなことはまったく考えていませんでした。しかし、その母親は私たち「Jターン同期組」にそう言っただけではなく、精算担当者にも「この人たちにも駐車料金を上げてくださいね」と念を押したのです。この二人連れは、それから直ぐに現金で「精算」を終えて、空港から出て行きました。おそらく駐車場へ向かったのでしょう。私は車を使ってはいませんでしたから、駐車料金は関係ありませんでした。ただ、ここでちょっとした問題が起きたのです。
 
ようやくおしまい? 2016/09/18 Sun 5109
 ともあれ、「払い戻し手続き」の場所は手荷物等を取ってから出て行く到着口でした。そこに「Jターン同期組」が三々五々集まってくるといった感じになったのです。これではいけませんね。
 さて、現金で精算する人は、そのまま現金を手渡して終わりです。しかし、私のようにカード引き落としの客は、さらに手続きが必要でした。天候の事情で運行が怪しく、空港でキャンセルしたことがあります。その際はそれほどの手間はかからず、かなりルーチン化されていた記憶があります。その点、今回はかなりイレギュラーだったのでしょう。ただし、「確率」は低くても、それなりの準備はしておいた方が、少なくとも利用者からは評価されます。私たちに対応したのは若い女性でしたが、かなり慌てている様子が見て取れました。チケットを購入したカードの提示を求められたのは当然ですが、「あとは、こちらにお任せください」といった趣旨のことを言われました。その正確な文言は覚えていないのですが、とにかく、それでおしまいと思われる内容でした。
 私としては「それはないでしょ」と思うわけです。そこで「何か受け取りというか、そんなものはないのですか」と聞き返しました。これに対して「しばらくお待ちください」といった回答があったと思います。それからかなり時間を要して、私が求めた「精算」に関するシートをもらいました。
 
緊急時の対応ミス 2016/09/17 Sat 5108
 航空券の払い戻しのために窓口に行ったのですが、「Jターン同期組」とわかる方がカウンターで何やら話をした後に移動しはじめました。そこで、たまたま私の後ろにいた、こちらも見覚えのある「Jターン同期組」の母親と子どもの二人連れと「ここではないんですかね」と話しながら、その方の後を着いていくことなったのでした。このあたりの経過は火曜日に書いた通りです。
 この時点で緊急対応に問題があったのです。私たちが数人前の「Jターン同期組」の「移動」に気づかなかったらどうなったでしょう。それぞれがそのまま列に並んで、その番になってはじめて担当者から「ここではありません」と言われることになります。そもそも「Jターン同期組」の人数ははっきりわかっているのです。一人ひとりが「あちらへどうぞ」と指示されるのは何とも時間の無駄ですし、そもそもサービス不足としか言いようがありません。カウンターの担当者は「Jターン同期組」が一人でも来たのであれば、すぐに少し大きめの声で「中部空港からご搭乗で払い戻しをされるお客様はいらっしゃいませんか」と呼びかけるべきでした。ところが、これがなかったわけです。
 そもそも、このときに期待される対応は一つしかなかったはずです。それは、乗り換え便を案内する場合と同じように、ボーディングブリッジの出口で、「中部空港からご搭乗で払い戻しをされるお客様」と呼びかけて、そこで全員が揃ったところで所定の場所へ誘導すればよかったのです。
 
連絡は…? 2016/09/16 Fri 5107
 さて、とにもかくにも「遊覧飛行物語」は無事に終焉を迎えようとしていました。中部空港のIさんには、緊急事態にしっかり対応していただきました。その仕事の終わりは、私たちに「運賃の精算は熊本空港で行いますので、担当者にお声をお掛けください」と伝えることでした。そのとき、私は担当者とは、飛行機を降りて直ぐに迎えとして待っている人のことだと考えました。例えば、そのまま乗り換えをするときなどは、ボーディングブリッジを出るところで「○○便へお乗り換えのて○○さま」と呼びかけてくるからです。
 そんな受け止め方をしていましたから、熊本空港に着いてから、ボーディングブリッジの出口にいた方に「羽田に降りずに中部空港からUターンしたのですが、ここで精算するよう言わました」といった趣旨の声かけをしました。これに対して、私の印象では「承知しております」といった反応がありませんでした。もちろん「何のことか分からない」という感じではなかったのですが、「窓口の方でお願いします」ということでした。それは、「連絡がついてはいるんだなあ」程度の雰囲気だったのです。
 こちらとしては乗り換えのときのように、先方から呼びかけがあるだろうと思っていましたから、やや拍子抜けしたわけです。ともあれ、その話を受けて空港内にある窓口に行くと、少し列ができていました。
 
リスク想定 2016/09/15 Thu 5106
 まだまだ「遊覧飛行物語」は続きます。何分にも「その日の便」を取るのですから、熊本便の席が足りないときは、福岡便に替えてもらうことになるでしょう。ここで全員が熊本便を希望したらどうなるかです。そうなれば、くじ引きで決めるしかないのでしょうね。いずれにしても、この程度の可能性は素人の私にだって頭に浮かぶのですから、まだいろんなケースが起こり得ると思います。しかも、これは他社とのコードシェア便でした。このあたりは会社相互の経費負担なども発生しそうです。
 ここでは、私が勝手な推測であれやこれや言っているだけです。しかし、会社としてはあらゆるリスクや発生しうるケースを想定しておくことが求められます。それは確率の高低の問題ではありません。もちろん、「ほとんどあり得ない」ことを前提にすればするほどコストも増えていきます。しかし、今日ではそうしたところまでしっかりしておくことが期待される時代になったということです。その結果、そのためのコスト負担が利用者にも回ってきます。そのあたりは金額の問題はありますが、適切なコストとして、みんなで了承することが大事になります。
 企業としても、「ここまでリスクに配慮して対応しています」と大いにコマーシャルしていいと思います。商品やサービスの魅力や快適さを強調するばかりでなく、そうした「縁の下の力持ち」をCMでもアピールしてほしいですね。
 
緊急時対応 2016/09/14 Wed 5105
 中部セントレア空港からの「Jターン」組には母親と子どもと男性3人はいましたが、もう一人男性がいたような気もします。しかし、これにはしっかりとした記憶はありません。ところで、私は熊本空港に着いてからの対応には軽い疑問を持ち始めていました。
 まずは飛行機が単純に「出発地に引き返す」「着陸空港を変更する」といった「緊急時」はそれほどめずらしいことではないと思います。とくに天候が厳しい場合はよくあることです。ただ、今回の場合は稀なケースだったのかもしれません。羽田に降りられず中部空港に降りたところまでは「よくあること」である可能性があります。その後は陸路で東京まで行けるように「代替運賃」を支払えばいいからです。その準備のために機内で待つ時間はけっこう長かったのですが、これに文句をう言うのは酷でしょう。
 ところが、今回は「そのまま出発地に戻る客がいる」わけです。これに対応するには、本来は前提としていなかった「別便の予約」からはじまります。そのときは幸いにも「Jターン組」の座席はすべて確保できました。これがうまくいかなかった場合は、例えば福岡便を使い、さらに陸路で熊本へということになったでしょう。しかも、一部の人は熊本便に乗れるが、他の人は福岡便を選択せざるを得ないという状況も考えられます。これは悩ましい問題です。
 
無事に帰熊 2016/09/13 Tue 5104
 昨日は「Uターンチケット」と書きましたが、正しくは「JターンJと呼ぶべきでしょうか。私たちは、羽田ではなく中部セントレアから帰ってきたのですから。とかくに長い一日でした。セントレア発が18時05分で、熊本には19時40分に着くことができました。セントレアの担当者から「熊本空港に着いたら払い戻ししますので空港の係員に声をかけてください」と言われていました。
 そこで、機内から出たところにいた女性に「払い戻しの件ですが」と声をかけると、「カウンターまで行ってください」と言われました。それを聞いてから、手荷物を取りカウンターに向かうと数人が並んでいました。そこでは、少し前の方に見覚えのある「Jターンした人」が立っています。すぐに、その方の番が来たのですが、何やら窓口の担当者と話をされています。それから、その人はそこから離れて移動しはじめたのです。カウンターの係員から別のところへ行くように言われたのがはっきりわかりました。
 私の後ろには、同じ境遇の女性と高校生と思われる男の子が待っていましたが、どちらからとなく「払い戻しはここではないんですかね」と声を掛け合いました。もうひとりの「同期」が違う方向へ向かっているの目の前で見たからです。このとき「Jターン組」は、私を含めて少なくとも男性3人と子ども連れの母親の5人はいました。
「Uターンチケット」をゲット 2016/09/12 Mon 5103
 せっかく「落ち」を期待している方がいらっしゃったのに、いつものように「遊覧飛行物語」はどこかに飛んでいってしまったのでした。ところが、先だっての台風で飛行機が飛ぶか飛ばないかが話題になったことがあり、その際に「遊覧飛行物語」をお話したのです。その瞬間に、「そう言えば『落ち』まで行っていないよなあ」と、いまごろになって思い出したのでした。
 そこで、時計を羽田上空の遊覧後にセントレアに着いたときまで巻き戻してみましょう。わが東京便は、思いもよらずセントレアに降りたのですが、東京へ行かず熊本へ帰るという客が、私を含めて5、6人いました。その乗客にはチケットを調達するということで、しばらく解散となりました。それが13時台でした。熊本便は18時05分発ですから、まだ相当に時間があります。それぞれがいろんなところに行かれて時間を過ごされたと思います。
 私はPCで仕事をしていました。何分にも、どんなところでも電源さえを確保できれば、私はしっかり時間を使うことができるのです。そして14時過ぎでしたか、「無事」にその日の「遊覧飛行」を締めくくる「熊本行きチケット」をゲットすることができました。もっとも、熊本便で帰るといっても、その便に空席がなければアウトです。しかし、その点では幸いにも「熊本Uターン組」の分は確保できました。
「遊覧飛行昔話2016/09/11 Sun 5102  6月10日の続き
 もうずいぶんと前に「遊覧飛行物語」を連載していました。熊本空港を飛び立ったのはよかったのですが、羽田空港が霧で大混雑して、上空で待機中、つまりは富士山や三原山を眺めながら、それなりに愉しんでいたのですが、ついには燃料切れの恐れが出てきました。それで結局はセントレア空港に強制着陸(?)となったのでした。
 その後は陸路で東京へ行く手立てを提供されたのですが、私の目的である会議はすでに始まっており、それから出かけても、東京に着く頃には終わっているわけです。そこで、セントレアから熊本空港へUターンすることにしました。その状況下では当然の選択でした。それから空港で夕刻近くの便を待って熊本に帰り着きました。そんなわけで、その日の目的はまったく達成できませんでしたが、私なりに「遊覧飛行物語」とのタイトルで、めくるめく体験をご紹介したのです。
 じつは、この物語の連載中に、いつも本欄にアクセスしていただいている方から「最後に、どんな落ちが来るのか楽しみにしています」とのメールをいただいていました。その方は品質保証に関するお仕事をされており、日ごろから事故防止や安全文化醸成にご尽力されています。私としては「それなりの落ちは準備しています」といった趣旨の返事をお送りしていました。事実、かなり「自信のある『落ち』」があったのです。
マイナス指摘の受け止め 2016/09/10 Sat 5101
 教育実習生に対する中学生の声には、「授業に質問をしたがそれに対しての答えがよくわからなかった」というものもありました。生徒の質問に答えるのは,授業の基本です。その内容は不明ですが,実習生としては、とにかく答えが出せなかったわけです。ただ、現職のプロでも,生徒から出されるすべての質問に解答できるとは限りません。そうしたときは、すぐに正解を求めてしっかり調べ、速やかに答えを伝えることが期待されます。そうした素早い行動が生徒の信頼感を高めると思います。
 その際に、即答できない質問をした生徒をしっかりほめてあげたいですね。教師としても「自分が知らないことに気づかせてくれた」のですから、大いに感謝しましょう。こうした体験を繰り返すことで教師も成長していくのです。教育実習生としては,そこまでの時間と機会が持てなかった可能性が高いと思います。これは期間限定の実習としては致し方ありません。
 また、「準備していた道具の字が間違っていた」という声もありました。教材の文字が間違っていたのでしょう。これは単純なチェックミスだと思われます。誤字や脱字を含めて教える側は誤りがないように気をつけなければなりません。しかし、それも完璧にはいきません。ただ、生徒が誤りなどに気づいたときは、その場でそのことを指摘してくれる状況が大事なのです。
青森に感謝 2016/09/09 Fri 5100
 熊本城にやってきた「本物のねぶた」の主人公は「纏と唐獅子ボタン」だった。災厄を抑え乗り越えるというメッセージである。その大きさは9m×7mで高さは5.5mにもなる。全体の重さは4トンだということは、最初に見たときに関係者の方から教えてもらっていた。全体を分解して青森から熊本まで2,000㎞を超える距離を運んだのである。「熊本を応援したい、元気にしたい」という話を聴いて感動しないはずがない。そんな中で無情の台風が近づいてくる。その影響で、展示しただけで終わるのは何とも悲しい。しかし、幸いにも台風は超低スピードだった。そのため、結論から言えば予定の9月3日と4日のうち、3日だけの開催が決定された。これで最悪の事態は免れたのである。
 もちろん、わが家はそろって出かけた。その際に「ちょっと節々がだるいなあ」と感じたことは5日の本コラムで書いた。その体感は当たり、日曜日にはけっこうな発熱をするのだが、ここは「行かなくっちゃあいけない」気持ちが優勢だった。お城に直結する駐車場の一部は未だに閉鎖されており、けっこう混雑していたが、スタート前に二の丸広場に到達した。それから2時間、「ねぶた」の迫力と美しさを楽しんだ。日本の多くの祭りで使われる太鼓の音は体を振動させ、血を沸かせる。また、これに合わせた笛の音が耳に心地よい。こうして、熊本人も巻き込みながら、「熊本応援ねぶた」は成功裏に終わった。こころから感謝します。
 
「本物」 2016/09/08 Thu 5099
 さて、親戚を熊本城の二の丸広場に連れてきて案内していたところ、広場の遠くに何やら大きなステージ様のものが見える。その方向に歩いて行くと、祭りの山車のようだ。ふと誰かが「ねぶた?」と言った。それは私の声だったかもしれない。さらに近づくと、はっきり「ねぶた」という文字が見えた。しかし、青森の「ねぶた」がどうして熊本城の二の丸広場にあるのだろう。
 それはともかく、目の前までやってきた。その横に関係者とわかる人が3人ほどいたので声をかけた。「本物ですか。すごいですね。私は数年目に青森に行ったのですが、1日だけ日程が合わずに見ることができなかったんです」。「青森で見れなかったとは、おしいなあ、もちろん本物ですよ」。そんな会話を交わしているうちにお一人が「中に入っていいですよ」と言ってもらった。
 それから、製作までの経緯や重さが全体で4トンあることなど、いろんな情報を教えてくださった。そこで私が気になることを伝えた。「台風が来ていますが、どうなるか心配ですね」。じつは9月の3日と4日に「熊本応援ねぶたイベント」が組まれていたのである。この日はその2日前に当たっていたが、折から台風が発生して北上していた。その時点での予報では、イベント当日に熊本を直撃する状況だった。みんながそのことを懸念していた。私も、せっかく青森から来てもらったのに、台風で中止になってしまっては、何とも申し訳ないとの思いが募った。
「ねぶた」と「熊本城」 2016/09/07 Wed 5098
 今月の写真のもう一枚は青森の「ねぶた」である。私は、2006年8月9日に仕事があって青森へ出かけたことがある。そのとき、お招きくださった組織から、「ねぶた祭」の前後に予定を組むことができると言ってくださった。まさに絶好の機会である。ところが、そのときは他の予定が決まっていた。「ねぶた」は、8月2から7日までと決まっているのである。じつに惜しいことをしたと、いまでもそのときの残念さを思い出す。その「ねぶた」が私のホームページの表紙を飾るには大いに訳ありなのである。もちろん、写真は私が撮ったホンモノである。
 この物語は先週の木曜日からはじまることになる。関東地方に住む親戚が熊本へやってきた。夕食を一緒にすることにしていたが、少し前にホテルへ迎えに行った。地震によって厳しい状態になっている熊本城は見るだけで目頭が熱くなる。石垣は言うまでもなく、塀も軒並みに倒れてしまっている。そんなお城を見せたくないとの思いもある。そんな複雑な心境ながら、やはりこれは歴史の一コマとして現実を直視してもらうことも有意義なはずだ。そんな気持ちで、二の丸広場の駐車場に行った。
 そこで車を止めて、広場からお城を眺める。もちろん城内には入れないが、ここから大小の天守閣と宇土櫓と呼ばれる、一つだけでも天守閣級を誇る見事な櫓が重層的に見える。私はこのアングルがとても気に入っていて、4月以降は講演等で使うパワーポイントの背景にしている。
今月の写真 2016/09/06 Tue 5097
 今月の写真は、いつもの「元気な熊本城」と「ねぶた」である。
 熊本城の方はやや紅葉がかりはじめたときに撮った。屋根しか見えないが、天守閣は後方にほんの一部だけ写っている。ここで大半を占めているのは本丸御殿の屋根である。写真の中央を黒い線が横切り、手前にも同じようなものが見える。これは熊本市電の架線だ。ときおりNHKの全国ニュースで電停に止まった電車と後方に熊本城の天守閣が入った光景が映し出される。熊本市で一番の繁華街である「通町」から撮ったもので、このくらいの距離まで引くと天守閣がしっかり見える。初めての人は、本丸御殿の屋根も天守閣に含まれるのかと思うかもしれない。
本丸御殿は、築城400年を記念して2007年に復元された。その建設が進むに連れて、御殿の屋根が熊本城の天守閣を塞いで見えにくくしていった。そのため、私はどうかなと思っていた。しかし、人間というものは、そうした認識もいつの間にか変えていくようだ。
 ともあれ、写真は私が通勤途上の車から信号待ちの間に撮った。これより一つ手前の交差点には電停があるために、車高の低い車からは天守閣が強調しにくいのだ。私はこの先を直進して仕事場へ向かう。そこには迫力のある見事な石垣が繋がっている。春になると朝から若手を中心にした会社員風の人たちが場所取りしている。ここを暗くなって通ると、ライトアップされた城壁のもとで武者たちが酒盛りをしているような風景になる。
月月火水木金金 2016/09/05 Mon 5096
 土曜日の夕方、節々にだるさを感じた。「熱が出たな」と思った。その日は熊本城の二の丸広場で開催されるイベントに家族で出かけることにしていた。少しは気になったが、予定通りの行動をとった。イベントが終わって自宅に帰ったのは9時半過ぎだった。体温を計ると8度3分だった。私はもともと低温気味で、7度を超えると重大事態に至る。とにかく何もしないで寝た。夜中に何回か起きたが、熱は下がっていないようだった。
 そして日曜日の朝になった。体温は7度3分に下がっていた。そのうち平熱に戻るだろう。そう思って、「いつものように」仕事をはじめた。しかし、節々の痛みは残ったままで、体温を計ると、8度台に戻っていた。さすがに午後の「いつもの仕事」は中止した。私にとって、仕事は趣味であり、「月月火水木金金」なのである。その私が午後から何もしなかったのは稀なことなのである。しかも、その後も体温は下がらず、夕方には9度近くまでぶり返した。そこで考えた。夜中にさらに熱が出ては、「元気高齢者」もアウトではないか。そこで、日赤の救急医療センターに行くことにした。若い女性の医師に診てもらったが、てききぱきとした対応にとても信頼できるとの印象を持った。それにしても休日の夜間も仕事をする医師は大変な仕事だと思う。とりあえずは解熱剤を処方するので、様子をみようということだった。
 そして今朝になった。体温を計ったら、6度8分まで下がっていた。
二つの科学の分裂 2016/09/04 Sun 5095
  日本では「文系」「理系」といった区別をする。外国人に確認したことはないが、海外ではこうした区別はしないという。そもそも人間は知識を求める性向があり、自分たち人間や宇宙を含めた周りの事象について考え続けてきた。ギリシャ哲学は、その先駆けとして学校でも教えられた。そこには、ものはアトムから成り立っているといった発想があったりした。それが次第に分化して、あたかも「文系」「理系」という完全に異なる領域が生まれたように思うようになった。
 ドラッカーは「断絶の時代」で、いまや「人文科学」と「自然科学」の区別などないと語る。人類は「人知の全体系を包含し、さらにそれを発展させ」ている。そして、「新しい技術には、自然科学と人文科学両者の明白な区別はない」という。さらに「300年前にデカルトが西欧思想に導入した物質と精神の世界の分裂は克服されつつある」としている。スノーは自然科学と人文科学の間にある「『二つの文化』の分裂」を指摘しているが、「われわれは、もはやこのような分裂にはがまんできない」と言い、「自然科学的な訓練を受けた人々も人文科学者になることを要求しなければならない」し、同様に「人文科学者にも自然科学を理解する力をもっことを要求しなければならない」と強調する。「文系」「理系」といった区別は克服すべきだとの提言である。
 
書籍事情 2016/09/03 Sat 5094
 私の書棚にあるドラッカーの「断絶の時代」だが、これは父が買ったものである。父はけっこうおもしろい、というよりかなり変わった人間で、いろんなことをした。
 もう、うん十年も前から競歩に関心をもち、自分なりにあのユーモラスに見えるフォームをして歩いていた。競歩など放送に乗るはずもない時代である。先日のオリンピックでは日本人が競歩で銅メダルを取った。これは父にとって宇宙規模の大ニュースだったに違いない。父は24年前に他界しているから、その喜びを味わうことができなかった。
 また、一時期は新聞の読書欄に載るベストセラーでトップになった本を買うことを「習慣(?)」にしていた。その中の1冊が「断絶の時代」だったのである。この本の出版が1969年だから、父の「習慣」がそのころのことだったことがわかる。当時は佐賀県の武雄市に住んでいた父は「断絶の時代」を本屋で手に入れることができなかった。そこで福岡で学生をしていた私に買ってくるよう依頼したのである。そのころの書籍事情では、大きな町の書店でしか手に入らない本は少なくなかった。もちろん注文すればいいのだが、本が届くまでに相当の時間がかかったのである。そこで私が宅急便のごとく、「断絶の時代」を購入してわが家に届けたわけだ。それを受け取った父が大満足したのは言うまでもない。
「値上げ」と「改定」 2016/09/02 Fri 5093 
 私の手元にドラッカーの「断絶の時代」がある。これは、林雄二郎氏の翻訳で1969年にダイヤモンド社から発刊されたものである。出版当時は1,800円だから、けっこう高い。その年の新聞購読料が660円である。ただし、11月には750円に値上げされている。現在は、朝日・読売・毎日が夕刊とのセットで仲良く4,037円である。三大全国紙が、まったく同じ経費で経営されているはずはないのだが、まるで「打ち合わせた」かのように同じなのがおもしろい。それはさておき、購読料は値上げ後の750円と比較しても5.4倍近い。これを「断絶の時代」の価格である1,800円に掛けると9,700円ほどになる。当時としては、かなり高い本だったのである。
 ところで、新聞は購読料については「値上げ」と言わず「改定」という表現を使う。これもなかなか興味深い。新聞には「生鮮食品の値上げラッシュ」とか「乳製品の値上げが家計を襲う」といった感じの見出しが躍る。生産者にしてみれば「自分たちも『改定』と表現してよ」と文句の一つくらいは言いたくなるだろう。それに、いつの間にか(?)新聞は「軽減税率」の対象に入っている。まだ「軽減税率」の議論が本格化する前に、新聞関係者は国会議員とその対象にすることを目指す決議(?)をしていた。これで「軽減税率」の長所と短所を公平に評価できるだろうか。
 
「やり過ぎ」「回りくどい」 2016/09/01 Thu 5092 
 教育実習性に対する中学生の声に「単語の復習で何度もやりすぎていた」がありました。これは英語の授業における行動を指しているわけです。その具体的な状況に関する情報はないのですが、「復習」と称して、中学生にしてみれば「くどい」と映ったのだと思われます。もっとも、語学に限らず、生徒間の理解度や習熟の程度に違いが見られることは厳然たる事実です。こうした場合、「どの生徒のレベルに合わせるか」は教師にとって悩ましい問題であり続けるでしょう。
 これに類似したものとして、「まわりくどい言い方をするときがあった」「状況判断ができていないときがあった」があります。とくに後者は「まわりくどい」という、大人が使うような表現を用いています。教育実習生としては、「可能な限り生徒の理解を深める」ことに努めていたのだと思います。しかし、それも程度問題で、「くどい」という評価に至っては授業の効果も期待できなくなってしまいます。
 また、「状況判断」の方も、その表現自体が中学生としてはしっかりしているわけですが、そのときどきに応じた臨機応変の対応ができなかったことを言っているのだと推測します。ある意味では、それが教育実習生の実力でしょう。そうした体験を経ながら、状況に応じた柔軟かつタイミングのいい行動を学んでいくことが教育実習の目的でもあるわけですね。