情報時代の窃盗 2016/06/30 Thu 5016
情報化の中で、これからも様々な問題が起き続けることは疑いない。そもそも「窃盗」の概念が変化している。その昔、「ものが盗まれた」ことは、きわめてわかりやすかった。「ここに置いていたものが『なくなった』」ら、それは「盗られた」のである。しかし、情報化の進展とともに「盗まれるモノ」が変わってきた。とくに「コピー」が容易にできるようになってから、「窃盗」の概念が一変した。盗まれるのは「モノ」ではなく「情報」になった。
ずっと前から昨日まで、そしていまでも「メモリー」は「目の前」にある。それだけではない。その中身を確認すれば、やはり以前と同じ情報が入っていることは疑いない。つまりは、まったく減ってもいないのである。しかし、悪意に満ちた者が、その内容を完璧にコピーしているかもしれない。それだけではない。そこに邪悪な動きをする「ウィルス」すら植え込まれている可能性だってある。こうなると、ウィルスは自分のコンピューターの体内で増殖し、さらにネットを通じて外の世界にまで感染していく。そんな危うい時代に私たちは生きているのである。そして、そのリスクは増大することはあっても、低減することなどはあり得ない。何という時代であることよ。
それにしても佐賀県の教育情報漏洩では、教育委員会の対応が問題にされている。警視庁から「情報漏れ」の指摘がなされたにもかかわらず十分な対応を取っていなかったという。そのため、連絡があったあとにも漏洩が続いたらしい。まことに由々しきことである。 |