味な話の素  No.273 2026年01月号(11227-11277) Since 2003/04/29

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   読み物「元気で安全な職場づくりの社会心理学(7)(8)をアップしました。
いつかの鏡 [51] 2026/01/31 Sat 11277 
 
家内とスーパーに買い物へ行きました。支払いを終えて買ったものをマイバッグに入れます。ものを入れるのは家内で、わたしはバッグを広げる担当です。わたしたちの前で80代と思われる老夫婦も同じことをしています。ただし、おばあちゃんの方は高齢のためでしょうか、小さくなった感じがします。買ったものはおじいちゃんが袋に入れています。それからほんのちょっと時間が経過した時でした。「入れ方が悪い」と、いささか怒ったような声が聞こえました。おばあちゃんがおじいちゃんの[入れ方]を避難しているのです。おじいちゃんは、バッグ入れの主導権を奪われて、何も言わずに立っています。
 いやはや、我が家の鏡を見ているようで、わたしは心の中で苦笑いしました。わたしはバッグを広げる役割に徹しています。いつの日でしたか、わたしも「入れ方が下手」と言われたことがありましたから、はい。
 もう1月が終わります。今月もご愛読いただきまして、ありがとうございました。
GD仕事録(12) [50] 2026/01/30 Fri 11276 1月23日 [41]の続き
 
わたしが初めて体験したブリヂストンタイヤの「リーダーシップ・トレーニング」は3泊4日のスケジュールだった。最初の2日間は[感受性訓練]で、あとの2日間は[PMリーダーシップ論]に基づいたプログラムが続いた。日記には、最終日が[事例研究]で終わったと記している。さらに、「トレーニングをしている立場のわたし自身の感受性が高まり、忍耐することを覚えたようだ」と付け加えている。その真意はわからないが、4日間もの日程で疲れたに違いない。
 このときの「感受性訓練」に観察者として参加してメンバーの発言を記録する役割を担った。このときの情報は、後に自分の論文としてまとめた。こうして、わたしの「リーダーシップ・トレーニング」との関わりがスタートした。
自分を変える力 [49] 2026/01/29 Thu 11275 1月25日 [44]の続き
 
リーダーシップに限らず、人は[自分を変える力]を磨き続けていくことが期待される。これに異議を唱える人は少ないだろう。しかし、わざわざ[変える力]を取り上げるのは、それが結構難しいからである。つまりは、[自分を変える力]が必要だとしても「わかっちゃいるけど、それができない]と言いたくなるのである。われわれの心の底に[変わることを妨げる悪魔]が潜んでいるに違いない。そこで、[行動許容]を妨げる悪魔に打ち勝つためになんとかしなければならない。
 ともあれ、まずは自らの内面に悪魔がいることを認めよう。悪魔の性格も多様で、[過去の成功体験への執着][失敗への過度な恐れ][周囲の期待に縛られた自己像]、そして[こうあるべき]といった固定観念も悪魔の仲間である。これらが[新しい行動]への試みにブレーキをかける。
またまた、[目標管理](3) [48] 2026/01/28 Wed 11274 1月25日 [44]の続き
 
[目標管理]は、リーダーがフォロワーの目標設定からその達成まで深く関わることを前提にしている。まさに、[目標]をツールとしたマネジメントなのである。それはリーダーシップそのものと言ってもいい。つまりは、部下が成果を出せない状況は、個人の努力不足以前に、リーダーのマネジメントが機能していないことを示しているのである。
 したがって、[目標管理]にこだわれば、部下が目標達成に失敗した場合、まず問われるべきはリーダーのリーダーシップなのである。お互いが[共有化した目標]は現実的で意味のあるものだったのか、部下はその目的を理解し納得していたのか、達成に必要な支援や育成が十分に行われていたのか。これらを検証せずに責任を部下に転嫁するのでは、ドラッカーの言う[目標管理]ではなくなる。
 [目標管理]とは、目標によって部下を縛る制度ではなく、リーダーが部下を支え、成果を生み出す力を引き出すためのマネジメント哲学である。その意味で、目標未達はフォロワーの失敗ではなく、リーダー自身の指導と支援の在り方を問い直す契機と捉える必要がある。
4人の物語(129) [47] 2026/01/28 Wed 11273 1月21日 [38]の続き
 
Aの小学3年時夏休みの絵日記 1957年8月9日 はれ 29度
 きのうは先生がつかれているのでしゅうじをきょうならいました。ぼくははじめてだったけれど、もう一人しんまいのひとがいたので、ぼくだけじゃないとおもってあん心しました。絵には[山泉]が書かれ、朱の丸がついている。小学3年生が最初にこれを書いたのかと笑ってしまいそうになる。担任の相良先生が「さあ、しっかりおけいこをいたしましょう」と赤インクで応援メッセージをつけている。
リーダーシップ・タブー集(27) [46] 2026/01/27 Tue 11272 1月19日[35]の続き
 [部下に自分のことを自慢する]
 
「年をとると自己満足と自慢話だけになる」と語った人がいるが、この指摘は年齢に限らず、あらゆる立場のリーダーにとって重要な戒めとなる。自分の経験や成果を語ること自体は悪いわけではないが、場を選ばず自慢めいた話を繰り返せば、聞かされる方は「ああ、またか」と嫌気がさす。そうなれば、話をまともに聞かなくなる。そこには、自分を優位に見せたい、他者から高く評価されたいという欲求が見えてしまう。それが、自己満足を追い求めているように受け取られる。力のある人物は、言葉で飾らずとも行動や成果によって自然に周囲から認められる。リーダーの自慢はほどほどにが安全である。
さらに言葉がない [45] 2026/01/26 Mon 11271 昨日[43]の続き
 仕事を終えて22日には羽田から熊本へ帰路につきました。いつものように雪をかぶった富士山などを見ながら西に飛んでいきます。熊本に入ると左側に阿蘇が姿を現します。左の根子岳を頭にした山の尾根が釈迦の涅槃像に見えます。そして中央近くに中岳があり、白い煙を上げています。いつもの景色とは違ったような気持になりました。二日前に台湾から来た二人の観光客が乗ったヘリコプターが火口付近で見つかっていました。楽しい思い出になるはずだったのに永遠に帰ることができなくなってしまう。そんな悲しいことがあの火口で起きたのです。なんとも言葉にならない心境で着陸を迎えました。ご冥福をお祈りします。
またまた、[目標管理](2) [44] 2026/01/25 Sun 11270 昨日[42]の続き
 [目標管理]で言う目標とは、上から一方的に与えられるものではない。それは組織の目標と個人の役割を結び付けるために、上司と部下の対話によって設定されなければならない。ここで重要なのは、[目標管理]におけるリーダーの責任である。まずは、個々人に応じた適切な目標を設定する必要がある。そのためには、リーダーがフォロワーの置かれた状況や個人の力を理解しておくことが前提になる。その上で、リーダーはフォロワーが[自分の目標]を設定できるようサポートする。その結果、フォロワーは[自分の目標]を納得して[自分のもの]にする。それが[目標達成]への意欲を高めるのは当然である。また、[目標]を設定したあとにも、その達成に必要な知識や技能を獲得するためにリーダーはアドバイスやサポートを継続し続ける。そして、そのときどきの状況を評価しながら、目標達成を確実にするためのフィードバックを怠らない。これもまたリーダーの重要な役割である。
言葉がない [43] 2026/01/25 Sun 11269 
 先週水曜日午前10時50分発のANAで東京に向かいました。実際は10分ほど遅れたことから11時過ぎに離陸したことになります。飛行機は阿蘇方向に飛び立ち、左側にTSMCを見ながら旋回すると再び阿蘇が見えてきます。火口から白い煙が昇っています。そのまま東に進路をとって大分の上空を通過して四国に至ります。羽田に着いてから阿蘇で遊覧のヘリコプターの行方がわからなくなったことを知りました。それが11時過ぎだということでした。夕刻、火口付近でヘリコプターの残骸を発見したというニュースが流れていました。台湾からの観光客二人が乗っていたということでした。ああ、自分の飛行機が飛び立ち、阿蘇を眺めていたころだったと思いました。世界最大級のカルデラを誇る阿蘇の噴火口が眼下に見える。そんな体験を楽しみ、家族や知り合いにその話をする。二人はそんな気持ちでわくわくしていたに違いありません。なんと言っていいのやら、わたしは言葉を失いました。
またまた、[目標管理](1) [42] 2026/01/24 Sat 11268 
 目標管理(Management by Objectives:MBO)]については、本コラムでも何回か取り挙げた。ただ、最近もわたしが担当したある研修後に提出されたレポートに、[目標管理]を「部下に目標を課し、その達成度で評価する管理手法」と誤解されているケースに出会った。これは、どこかでこの話を聞いた受講者が誤って受け止めたのかもしれない。しかし、同じような[理解]が繰り返されることを踏まえると、情報提供者自身が[目標管理]を誤って説明している可能性もありそうだ。ともあれ、[誤解]は、目標が達成されなかった場合、リーダーが「部下の能力不足」「やる気の欠如」といったフォロワー側の問題に帰着させる傾向が生まれる。
 しかし、それはドラッカーが提起した[目標管理]の本質から大きく逸脱している。 ドラッカーは「現代の経営」をはじめとした多くの著書で、[目標管理]は「人を管理する」ための仕組みではなく、「仕事を通じて人が成果を上げられるようにする」ためのマネジメントであると繰り返し述べている。そもそも原語は[Management by Objectives:目標を使用したmanagement]なのである。ここで[management]を[管理]とするから、「上から下=トップダウン」と結びついてしまう。
GD仕事録(11) [41] 2026/01/23 Fri 11267 1月16日[32]の続き
 [感受性訓練]はトレーナーが「いまここで起きていることが大事です]といった説明をした限り沈黙する。これにメンバーが戸惑うのは言うまでもない。その終了が例えは2時間後」などと言われては、誰もがどうすればいいのか途方に暮れてしまう。ここでトレーナーの発言の一部だけを切り取っては[感受性訓練]について誤解を生むことは必定である。そうかと言って、[GD仕事録]で[感受性訓練:センシティビティトレーニング]の解説をしていては、[記録]が先に進まない。そんなことで、わたしが初めて体感したブリヂストンタイヤの職長を対象にした「リーダーシップ・トレーニング」に、①[感受性訓練]が含まれていたこと、」②それを安藤延男先生(当時九州大学教授講師)、白樫三四郎先生(当時西南学院大学助教授)が担当していたことだけを記してしておく。さらに、[わたし自身]は、[感受性訓練]なるものに大いなる疑問を持ったことも追加しておこう。まだ駆け出しにもならない立場ではあったけれど。
指導者のリーダーシップ(6) [40] 2026/01/22 Thu 11266 1月18日[27]の続き
 元日から「これからの大学」(松下圭一郎 春秋社 284頁)を読みはじめ、4日に読了となりました。日頃から[ちびりちびり][あれやこれや]を併読する趣味を実践しているわたしが1冊の本をこれほど速く読んだのはめずらしいことです。内容は大学人による大学論ですが、何とも控え目の筆致だが、大学にもっと自由な空気が必要だと訴えるわけです。その点では現状批判の本です。
 本日の話題はその内容ではなく、[読み方]についてです。じつは、ある調査データを分析しているのですが、エクセルのデータを[年齢]をキーにしてソートソートしていきます。その結果が出るのに20秒ほどかかります。その間がじっとしておれないのです。そこでその待ち時内に本を読み進めることにしました。それでも1項目当たり年齢枠分9回のステップを踏みます。これが47項目ですから、20秒×9カテゴリー×47項目=8460秒になります。これは141分ということで2時間 20分に相当します。実際は一つの文節の区切りまで読みますから、3時間近くは要したでしょうか。そんなわけで、これが本年の読了第1冊目となりました。
 「元日からそんなことしてたの」ですって?そうなんです…。
指導者のリーダーシップ(7) [39] 2026/01/21 Wed 11265 昨日[37]続き
 野村克也氏は、ID野球の元祖と言えるだろう。選手の能力を数字で捉え、理論で戦った。彼は四番打者だけでは勝てないことを徹底して説いた。控え選手にも役割を与えた。選手は自分の役割を理解し、モチベーションも高まった。言い回しはきついところもあったが、一人ひとりの能力を正当に評価することから、選手も納得して受け入れた。選手時代は[生涯一捕手]と称して最後までやりきった。わたしが子どものころ、南海ホークスの選手、監督として活躍したが、戦後初の三冠王になった。これは負担の多いキャッチャーとしては唯一無二の存在である。書店に行くといまでも野村氏の本が並んでいる。
4人の物語(128) [38] 2026/01/21 Wed 11264 1月14[29]続き
 Aが小学3年生だった1957年8月5日月曜日の絵日記。天候は晴れで気温30度。 こんどの木よう日からしゅうじをならいに行くので、しゅうじどうぐを買っていただきました。夜ねるときも目にしゅうじばこがふわふわとうかんでいました。
 最後の一文にはすべての文字に[赤マル]が付けられている。もちろん(?)全体に[花◎]がある。担任の相良先生が児童一人ひとりにしっかり関わっていた。Aは自分が近くの友達と習字を習いに行っていたことは記憶していたが、それが3年生の夏休みだったことを知った。
指導者のリーダーシップ(6) [37] 2026/01/20 Tue 11263 1月18日[27]の続き
 さて、荒川博氏は「育てるリーダー」ということができる。彼は巨人の打撃コーチとして王選手を指導して一本足打法を完成させた。それは、個々の選手の才能を発見し、長期的な視点から成長を促そうと考えていたように見える。ただし、ヤクルトの監督時代の成績は今ひとつだった。そうしたことから、荒川氏は監督よりも名コーチとして評価された。選手は「この人は自分を伸ばそうとしている」と感じることができたのだろう。こうした関係ができあがれば、選手が成熟しても摩擦を生みにくい。
 なお、広岡達朗氏は荒川氏にとって早稲田大学の1年後輩である。
家族への通信(26) [36] 2026/01/20 Tue 11262 1月13日[27]の続き
 1960年に改訂された「日米安全保障条約」は10年後の70年が期限だったが、何もなければ自動延長とされていた。これを一気に[廃棄]させようという立場の集団があった。国会を取り巻いたデモの再現を目指したのである。わたしが大学に入学した1967年は「3年後の決戦」の旗印の元に結集しようという流れができていた。アメリカがベトナム戦争に関わり、米国内でも若者たちを中心に反戦ムードが高まっていた。そうした中で、1968年1月にアメリカの原子力空母エンタープライズが佐世保に寄港することになった。
リーダーシップ・タブー集(26) [35] 2026/01/19 Mon 11261 1月12[26]続き
部下に思いつきの指示をする]              
 リーダーからその時々の「思いつき」で指示をされてはフォロワーが混乱する。それがフォロワーたちの心理的な不安だけでなくリーダーに対する信頼を低下させる。さらには、反発を生む可能性もある。それは、組織全体のリスクを増幅させる深刻な問題を引き起こすところまで行き着くかもしれない。ときには、「思いつき」が素早い意思決定をしているように見えることもある。しかし、それが繰り返されるうちに根拠のないその場しのぎの対応であることが明らかになる。フォロワーはリーダーが判断した根拠がわからないから、現場は混乱し業務の質は低下する。さらに、指示が変わるたびに作業のやり直しが発生し、時間的・心理的コストが蓄積されていく。それが重大な事故や不祥事発生の可能性を高める。
 リーダーに求められるのは、判断の一貫性であり、指示の背景や目的を明確にすることである。それによって、フォロワーたちはリーダーの判断を納得した上で自律的に動くのである。
指導者のリーダーシップ(5) [34] 2026/01/18 Sun11260 1月15日[31]の続き
 広岡達朗氏は一気に成果は出すが、フォロワーである選手たちには[ストレスに満ちた緊張]が蓄積されていく。しかし、こうした関係も「負け続けていた組織」には極めて適合したのである。とにかく勝ち方を知らない選手たちだから、まずは[勝利の快感]を味わうことが何よりである。広岡のプレッシャーが選手たちに「自分たちにもできる」という自信を生みだした。それは、マズローの欲求段階の「安全」の確保とチームに対する「所属」感を高める。さらには自分たちの力が「承認」される段階にまで達した。しかし、勝利を重ねて自己効力感が高まると、選手たちはより高次の欲求である自己実現を求めるようになる。そうなると、プレッシャーによる管理的なリーダーシップは反発を引き起こす。それが時間と共に摩擦を生んだ。広岡氏の監督機関が長期にならなかった背景には[フォロワーの成熟]があった。
67万3000人分の1 [33] 2026/01/17 Sat 11259 
 
昨日は常磐線の特急で東京に向かいました。そもそもは朝のホテルで山手線と京浜東北線が止まっていることを知ったのでした。そのときは、特急は都内に入ると山手線などとは別の線路を走るので影響はないだろう程度の予測をしていたわけです。ところが現実は甘くありません。そもそも鉄道は様々な路線とつながるシステムとして出来上がっています。一部のトラブルが周りに影響を与えるのは当然でした。
 そんなことで、本来は品川行きの特急は突如として[上野]が[終点]にされてしまいました。ヤレヤレで上野駅で係員に聞いたところ、新幹線で東京駅まで行ってくれというのです。新幹線振替乗車証なるものをもらいました。わたし自身、車内放送で上野でストップと聞いたとき、「新幹線で東京、あるいは品川までいけないだろうか」と頭では思ったのでした。それがその通りに(?)なったのですから苦笑いしました。東京に着くと、今度は東海道線が動いていると教えてもらいました。そこで、東京から品川へ行き、京急で羽田にたどり着きました。ただし、羽田に向かう京急も大いに遅れただけでなく、それはもうラッシュ時並で身動きもままならぬ超満員でした。夜のニュースで、[67万3000人]が影響を受けたと伝えていました。
 今回は、自分もその中の[一人]だったというお話。
GD仕事録(10) [32] 2026/01/16 Fri 11258 1月9日[18]の続き
 1970年6月17日はブリヂストンタイヤ久留米工場の職長を対象にした「リーダーシップ・トレーニング」の2日目である。この日の日記には「白樫さんがたった一人で頑張っている」と書いている。これは[感受性訓練]のトレーナーをしていたのである。前回、[感受性訓練:sensitivity traininng]の開発が開始されていたと記した。その内容を細かく解説し始めるといつ終わるかわからなくなる。誤解を招くことを承知で言えば、グループを構成して、決められたテーマもなく、リーダーもなくひたすら時間を過ごすものである。そもそもトレーナーはグループに開始に当たって「このグループはいまから2時間を過ごします。それでは始めます」といった発言をすると、そのまま進行の指示も何もせず、沈黙する。
指導者のリーダーシップ(4) [31] 2026/01/15 Thu 11257 昨日 [30]の続き
 
広岡氏が監督に就任するや、スワローズはあっという間に日本一になった。これを名将と呼ばなければ誰をそう呼ぶのか。そうした圧倒的な評価は結果を見れば当然だった。ただ、そのあまりにも厳格なリーダーシップは同時に摩擦も生んだ。生活管理から禁酒、門限の厳守、そして練習態度の徹底など強烈だった。さらに肉を控えて野菜中心の食生活を求めたというからすさまじい。これが選手の健康を管理するためだったとしても、選手には「監督が食事まで管理するのか」という反発を引き起こした。ともあれ、選手の私生活も含めたコントロールに徹したのである。
 そうしたこともあって、これは西武ライオンズの退団時ではあるが、一部の選手が「やっと終わった」と漏らしたというエピソードまで残されている。
指導者のリーダーシップ(3) [30] 2026/01/14 Wed 11256 1月12日[24]の続き
 広岡達朗氏は選手たちに規律の厳守を求め、管理主義を徹底した。その結果、ヤクルトは76年の最下位から78年には日本シリーズを制覇した。それは国鉄スワローズ時代から続いていた球団初の快挙だった。また、西武ライオンズの監督時代には、82年、83年、85年に1位という圧倒的な力を発揮した。こうして、短期間で常勝軍団を創りあげる名将としての評価を揺るぎないものにした。広岡の強みは、勝つための仕組みをつくり、役割を明確化し、組織全体を機能させる力にあった。
4人の物語(127) [29] 2026/01/14 Wed 11255 1月7日[14]の続き
 Aがほしかった[幻灯機]は子どもにとっては高価なものだったが、これを父親が買ってくれた。それまで、Aの」は年に2回のボーナス時にデパートに出かけるたびに「ほしい、ほしい」と言い続けていた。そのころAが住んでいた市にはデパートがなかった。そこで、国鉄の汽車で30kmほど離れた街まで45分から55分かけて出かけていた。何分にも蒸気機関車だから、煙を吐きながらゆっくり走った。Aは自分の父親が映画好きであり、また新しい物好きだったことから、どこかの時点で自分の息子に幻灯機を買い与える気になったのだろうと推測している。
哲学よ、お前もか [28] 2026/01/13 Tue 11254
 
「『哲学とは何かという問いに対する答は哲学者の数だけある』などとも言われている。そう言っても言えないことではないけれども、そのような答え方には、重要な問題レベルのちがいを曖昧にしてしまう不都合さがある。」(中村雄二郎1985年「新岩波講座「哲学」Ⅰp.9) 引用文献は記されていないから誰が、あるいは誰たちがそう言っていたのかわからない。ただ、わたしはこの文面に接して苦笑いした。
 There are almost as many different definitions of leadership as there are persons who have attempted to define the concept.(Stogdill, 1974, p. 7). 「リーダーシップはそれを定義しようとするものとほとんど同数の」定義がある。つまりは、「リーダーシップ研究者だけでなく、定義しようとする人々すべての数だけある」と[指摘されていた]ことを認識(?)していたから、苦笑いは当然の結果だった。
家族への通信(25) [27] 2026/01/13 Tue 11253 1月6日 [12]の続き
 
わたしは1967年(昭和42年)に大学生になった。それから3年後の1970年には10年前に改定された[日米安全保障条約]の更新年になる。何もなければ自動的に延長される。これを阻止しようという複数の組織が盛んに活動していた、いわゆる[70年安保闘争]である。高校生のときは受験を中心にした生活を送ってきた新入生は教養部の入り口に立てられた大看板に対面し、活動家学生のビラ配りの嵐に直面した。看板には特有の書体で[安保実力粉砕]といった刺激的なタイトルと檄文が書かれていた。
リーダーシップ・タブー集(25) [26] 2026/01/12 Mon 11252 1月5日[11]続き
部下に方針や仕事の指示をはっきり示さない]
 組織の人間として部下から「そのように見える=評価される」リーダーはどうしてそうした行動をとるのだろうか。これでは業務の質やスピードが低下する。曖昧な指示は解釈のズレを生み、成果物のばらつきや手戻りを招き、結果として生産性にも影響が出る。また、部下には不安やストレスが引き起こされる。それは個人のモチベーションだけでなくチームとしての職場の士気も低下する。そもそも責任の所在が不明確になれば、様々な問題が発生する。その際も責任転嫁や対立が生まれる。今の時代、そんな職場に愛想を尽かして離職する者が出る可能性も高まる。
続 身辺整理 [25] 2026/01/12 Mon 11251 昨日 [23]の続き
 
定年を見据えて本の整理をはじめたとき、研究室、自宅の本棚に本がひしめいていました。わたしの友人のひとりは自分を[活字依存症]と呼んでいました。わたしも同類でした。書籍の中には文庫本も相当数ありましたが、こちらもしっかり整理していきました。当時、大学生協だったと思いますが書籍を提供すると、売れるものは売りながら整理してくれました。わずかな額ではありますが、売上金は学生のサポートに回すと聞いていました。けっこうなことです。こうしたことで、定年時にはいわゆる蔵書は3割程度にまで整理できたのです。
指導者のリーダーシップ(2) [24] 2026/01/12 Mon11250 昨日 [22] の続き
 リーダーシップを考えるとき、野球界の指導者たちが持っていた考え方や対応法は示唆に富んでいる。ここでは昭和の代表的存在である広岡達朗、荒川博、野村克也の3人を分析しよう。いずれも自分が所属するチームの勝利を目指しながら、まったく異なる方法で選手たちに関わり、育て、結果としてチーム全体を変革していった。
 広岡氏はヤクルトスワローズと西武ライオンズ、荒川氏はヤクルトアトムズの監督を務めた。野村氏に至っては、南海ホークス、ヤクルトスワローズ、阪神タイガーズ、東北楽天ゴールデンイーグルスの監督として活躍した。いずれも個性豊かで、その違いは単なる指導法ではなく、選手との信頼関係の築き方やその成熟度に応じたリーダーシップに鮮明に表れる。
身辺整理 [23] 2026/01/11 Sun 11249  
 身辺整理についてはこれまでも書いてきました。後期高齢者ですから、ときおり思い出しては繰り返しています。
 さて、わたしの身辺整理の対象で最も広範なものは書籍でした。岩波新書が戦後の青版から黄版に変わったのは1977年でした。このときわたしは「全冊を購入する」と決めました。もちろんすべての内容に興味があるわけでもなく、仕事との関わりが深いはずもありません。しかし、とにかく「すべて買う」と決めてそれを実行しました。その後、1988年に現在の赤版に変わるまで396点のすべてを購入したのです。そのうちの何冊を読んだのか、手元に確認できる記録がありません。そして、65歳の定年が視野に入りはじめた還暦のころから書籍の整理を開始したのです。
指導者のリーダーシップ(1) [22] 2026/01/11 Sun 11248 11248 
 野球監督や指導者の多くが元野球選手だった。もちろん、その個性は多様である。そもそも現役時代のポジションが異なる。昭和の雰囲気で言えば、広岡達朗、荒川博、野村克也の三氏はいずれも名将と呼んでいいだろう。広岡氏は1950年代から60年代の半ばまで巨人の名ショートとして名を挙げた。荒川氏も1950年代から60年代初めに当時の毎日オリオンズで外野手として活躍した。野村氏の選手スタートは1950年代だが、キャッチャーとして南海、ロッテ、西武と移籍した。自分を「生涯一捕手」と呼んだ。
「思ってた」はアウト [21] 2026/01/10 Sat 11247[63] の続き
 飲酒運転で摘発された際に「飲んだことは認めるが、酔いは覚めていたと思った」と主張するケースが報道される。新聞ではこれを「一部否認している」と表現しているが、この言い回しには違和感を覚える。もちろん、本人がそう思っていた可能性はある。しかし、そうなると「自分がそう思わなかったら犯罪が成立しない」という理屈になりかねない。
  たとえば、店の商品を持って外に出た人が「万引きのつもりはなかった」と言っても罪を免れることはできない。もちろん、証拠あってのことではある。あるいは人を殺傷したて「殺すつもりはなかった」と言えば命を奪った事実が消えるのか。その動機や意図は刑事責任の判断に影響するが、飲酒運転に関しては、呼気中のアルコール濃度という客観的なデータが存在する。本人の「つもり」とは関係なく、数値が基準を超えていれば違反は成立する。
 それにしても飲酒や酒気帯びで捕まったという小さな記事を毎日のように目にする。
伊藤整の日記 [20] 2026/01/10 Sat 11246[63] の続き
 家内が県立図書館に行くというので、わたしも付き合った。家内の用事が済むまでわたしは二階に上がって本棚を眺めた。そのなかに伊藤整の日記があり、机について読みはじめた。最初のほうは断遊片的なメモ様だったが、次第に日記になっていく。そこで前書きに戻るとは伊藤氏の息子が書いていた。その記述から、掲載された日記は手帳のメモ程度からはじまっていることを知った。そのうち本格的な日記帳に書く日記になったという。わたしが伊藤整の本を取り出したのは、高校生のとき伊藤氏はチャタレー裁判なるもので勇名を馳せていたからだった。その当時、小説の内容は知らなかったが、いわゆる表現の自由を巡るものである。そうした流れの中で伊藤氏の「氾濫」 を読んだ。その内容はもちろん忘れたが、友人からきわどい表現にあふれていると聞いて買った記憶がある。思春期であった。
続々々 量販店のセールストーク [19] 2026/01/09 Fri 11245 昨日 [17]の続き
 
この話、「ぞくゾクぞく」まで来てしまった。そろそろおしまいにしよう。わたしとしては「おどろおどろしいWindows11の闇物語」に緊張感を覚えながらも、初期設定は自分ですると言って帰宅した。ここでは細かいことは抜きにして経過だけを気しておこう。
 仕事をしながら横に置いたPCの進行状況をちらりちらり見ていた。その結果、1時間15分ほどでまずは一区切りがついた。その後のステップを「ボチボチ」踏むとスタートから2時間ほどで初期設定が終了した。そうそう、[リカバリーディスク]に」準備も[必須]と聞いていたから、こちらに進んだところ、これが一番時間を要した。それでも机上に置いたストップウォッチは4時間19分19秒を示していた。そして、そのほとんどは仕事をしながらステップが進むのを横目で見ていただけである。しかもこの間はあえて[ゆっくり]を維持し続けた。
 これ以上、余計なことは書かないでおきます。
GD仕事録(9) [18] 2026/01/09 Fri 11244 1月2日 [03]の続き
 
わたしが専門課程に進学したとき、大学では[感受性訓練]が行われていた。当時としては効果なビデオの録画装置もあって、細かい記録が撮られていた。まだ20代になったばかりの若者にとって、[訓練]についての知識はなかった。むしろビデオテープなるものに興味がわいた。まだ大型のカセットテープで、これを業界では[1/2]と呼んでいることはあとになって知った。ここで[感受性訓練]について細かいことを書いていると、わたしの[GD仕事録]が先に進まなくなる。ともあれ、この[訓練方式]が産業界も含めて[流行]していたことだけ記しておこう。そうした流れがあって、ブリヂストンタイヤの職長を対象にした[リーダーシップ・トレーニング]にも組み込まれていたのである。
続々 量販店のセールストーク [17] 2026/01/08 Thu 11243 昨日 [15] の続き
 そして、「とにかくインストールは大変で6時間ほどかかります。うちでインストールされる場合は時間あたり5,000円はいただきますので3万円ほどになります」と一歩踏み込んできた。今どきのこと、作業料の単価5,000円自身はリーズナブルではある。それにしても、自分で初期設定をしてからかなりの時間が経過するが、6時間もかかった記憶はない。もちろん、クラウドに置いているすべてのファイルをダウンロードするとなると、1日では足りない可能性があることも知っている。もちろん、いまではオンラインでクラウドを使うからそれも不要である。それこそがWindows11の一大特性なのだろうか。そんな思いを頭に中に巡らせていると、初期化のリカバリーディスクの作成はお忘れなくとのアドバイスも来た。
続 大事な方向 [16] 2026/01/08 Thu 11242 12月5日 [09] の続き
 「天地無用」と同じように誤解される言葉に、「情けは人のためならず」がある。本来は「人に情けをかけ、親切にすることは巡り巡って自分のためになる」という意味がある。ところが、これを「人のためにならないから情けをかけるな」というつもりで使われることがある。言葉の誤解は行動の真逆の行動を生み出す可能性がある。
 ところで、[向き]が危険につながるのは荷物だけではない。赤ん坊の寝かせ方も命に関わる[向き]の問題である。かつては「うつぶせ寝が落ち着く」という話もあった。ところが、それは乳幼児突然死症候群(SIDS)のリスクを高めると問題視されはじめた。赤ん坊は自分で姿勢を選べないから大人が正しい知識を持ち、安全な向きを整える必要がある。
続 量販店のセールストーク [15] 2026/01/07 Wed 11241 1月5日 [10]の続き
 
量販店のPC担当者のお話しは続く。Windows11はこれまでと違ってトラブルも多い。とくにAIが常識になってきて、これへの対応で修正も頻繁に行われる。「そんなことでうち(量販店)でもスタッフを増員しているんです。わたしもそのひとりですが…」。
 これが必需品でなければ、短気なわたしなんぞは、この時点で「ああ、そうなんですね。じゃあ買うの止めとこう」で終わらせるところだ。しかし、先方はこの客にとってPCがなくてはならないものだとしっかりわかっている。こちらから、「外出先でも使うので軽いものがいい」などと実情を漏らしてしまっているのである。ふと担当者の少し後ろを見ると「インストール3万円」といった価格を書いた表が貼ってある…。
4人の物語(126) [14] 2026/01/07 Wed 11240 12月28日 [59]の続き
 
いま[幻灯機]がわかる人は少ないに違いない。それは静止画のフィルムに光源を当ててレンズで拡大する機器である。現在のプロジェクターと同じようにレンズから出た光がスクリーンに投射される。[幻灯機]では、映像になるフィルムを1枚ずつ光源とレンズの間を通すのである。フィルムは映画と同じように写真がつながっていることもあれば、1枚ずつ差し込むものもある。Aが子どものころは、おもちゃとして[幻灯機]があった。それがほしくてたまらなかったが、価格は500円ほどだったとぼんやりと記憶している。そのころの子どもにとって[500円]は大金で、お年玉を合わせても遠くおよばなかったのではないか。
今月の山情報 [13] 2026/01/06 Tue 11239 1月4日 [07]の続き 
 今月の写真の2枚目は「南アルプスの御嶽山」ではないかと書きました。これに、いつも本コラムにアクセスうしていただいている方からメールが届きました。それは「鳥海山ではないか」というお話しです。わたし自身、千歳空港から伊丹へ向かう途上に「いい感じだなあ」と思ってシャッターを切ったのでした。そんなことで、勝手にアルプスだと推測していたのです。しかし、「アルプス連峰」という感じはしません。鳥海山について詳しいことは知りませんが、子どものころに「格好いい名前」として印象づけられた記憶があります。ともあれ、あやふやな状況がはっきりして、めでたし、めでたしです。いつも貴重な情報をいただきまして、ありがとうございます。
家族への通信(24) [12] 2026/01/06 Tue 11238 12月30日 [63] の続き
 わたしが大学に入学したとき、池田数好先生は教養部長でいらっしゃった。それは1967年のことだが、3年後には「日米安保条約改定」が日程に上がっていた。そもそもは敗戦後の1951年に日米間で「安全保障条約」が締結された。前年には朝鮮戦争が勃発し、福岡の板付ベースから戦闘機は発進するという時代環境である。この条約には米軍が日本に駐留する義務はあったが防衛義務は明記されていなかった。こうした片務的な条約を対等なものにするということで岸総理大臣はアメリカと新しい条約を調印し、これを国会で強行採決した。これに対して成立を阻止しようとデモ隊が国会議事堂を囲んだ。その経過の中で東大の女子学生が死亡する事件が起きたのである。
リーダーシップ・タブー集(24) [11] 2026/01/05 Mon 11237 12月29日[61]続き
[部下に仕事を任せない]
 仕事ができる人ほど、この落とし穴にはまる可能性が高いのではないか。それも若いころから能力を発揮し、周りからも評価され続けていると、「自分しかできない」との気持ちになりそうでもある。それがフォロワーには「信頼されていない」ことの現れだと見える。そうなると、仕事に対する意欲も低下する。それだけではない、「責任はリーダーがとるんだ」とまで思えば、危ういことでもしてしまうかもしれない。フォロワーを育てることはリーダーシップに欠かせない要因である。
量販店のセールストーク [10] 2026/01/05 Mon 11236 
 
Windows10のサポートが終了した。昨年の10月にはそこそこの騒ぎがあったが、もう一年だけ維持できることにはなった。それでも、Windows11への切り替えをせざるを得ない。そこで年末に量販店に出かけた。研修や講演で持ちだすことから軽量をポイントにして決めた。そこまでは予定通りだったが、購入に当たってお話しがあるという。それが面談風なのである。
 そこで、Windows11機がこれまでと大いに違っていることを諄々と諭された。まずは初期設定からして危ういのである。失敗すると取り返しがつかないことになるといった空気感に充ち満ちている。わたしは1979年のNEC PC8001からPCユーザーである。初期設定にある程度の時間がかかることは知っている。さらに不具合が発生してリカバリーディスクから初期化しなおしたことは何度もある。こちらからそんなことは言わないが、とにかく「Windows11はこれまでと違って大変なんです」と言う。それはもう煽りにちかい。
大事な方向 [09] 2026/01/05 Mon 11235 
 
かなり昔、「天地無用」について本コラムで取り上げた。電気製品などを梱包した箱でよく見かける。ところが「無用」という文字に引っ張られて、「上下はどちらでもいい」と受け止められることがある。しかし、これは大いなる誤りで、本来は「天地(上下)を逆にしてはならない」という注意書きなのである。それはそうだろう。そもそも上下「どちらでもかまわない」のであれば、わざわざ、[天地無用]なる文字を入れる必要がない。本来、「無用」は古語で「□□してはならない」という禁止の意味を持っていたという。その例として「立入無用」「火気無用」などが挙げられる。五一五事件の際に、犬養首相の「話せばわかる」に対して青年将校が「問答無用」と答えたという。このときも「話し合う必要はない」ではなく、「問答禁止」の意味だったと解釈するようだ。
続 自分に見えないもの [08] 2026/01/04 Sun 11234 昨日 [05]の続き
 
そもそも「自分」という概念そのものが他者の存在を前提にしている。地球上に人類が一人しかいなければ、「自分」という認識は生まれない。周りに比較する対象、つまりは[あなた]がいないのだから、[わたし]という意識をもつ必要がない。これは[言葉]も同じで、伝える相手がいなければ、言語は成立しない。つまり、自分とは他者との関係の中で出来上がる[相対的な存在]なのである。自分以外の他者がいて初めて「わたしは」ではじまる会話が成立する。
 ともあれ、他者からのフィードバックは単なる助言といったものではなく、自分を形づくる重要な情報と受け止めたい。自分では気づかない癖や強み、弱点は、他者の観察によって可視化される。そうしたことから、他者の言葉を受容すること自身が自己理解に不可欠なのである。それにょって思考や行動を変え続けることで、[自分]を多次元的に理解していくことができる。
アルプス写真情報 [07] 2026/01/04 Sun 11233 昨日 [04]の続き
 
今月の写真の二枚目は[南アルプス]として紹介しました。自分としてはあやふや感があったので写真の情報をチェックしてみました。撮影日は24年1月17日14時56分でした。この日をチェックすると、わたしは14時00分に新千歳を離陸して伊丹までANA984便で飛んでいました。写真は新千歳から1時間ほど経過したときに撮ったわけです。そうなると手前の海が日本海であることは疑いありません。そんなことから、写真は[アルプス]あたりの山だと考えて大丈夫そうです。ただし、御嶽山であるかどうかは未だに確信はもてないままでいます。
日記の中の母(100) [06] 2026/01/04 Sun 11232 12月28日 [59]の続き
 
このタイトルも100回目になった。母が手術をした1973年8月から、手術ミスによる長い闘病と逝去、さらにはその後を追いかけてきた。母はわたしの[日記の中]に頻繁に登場するが、[手術とその死]に関わるものは本日の記録で一区切りつけたい。
 1773年12月31日 月曜日(末尾のみ) いまどうして母がいないのだろうか。はじめた書いた論文の校正を見せたとき、母は「眼鏡がないから読めない」と言った。それがいま「実験社会心理学研究」の中に掲載された。もう遅い。母は意識がなくなる少し前、わたしに「今年は誕生日祝いができなくて申し訳ない」と言った。これが最後の会話になった。母さん、どうして死んだの。まだあと二十年以上はあったでしょうに。会いたい、会いたい。
自分に見えないもの [05] 2026/01/03 Sat 11231 
 わたしは、人類の歴史はじめって以来、「自分を観た者はいない」と本欄で書いたことがある(2021年3月4日)。だれもが「自分のことは、自分がいちばんわかっている」と思いたくなる。しかし、「他人と同じ視点から自分を観ることができない」のだから、自分に「わかっていない、観えていない」部分は際限なくある。また、鏡で自分を観るといっても、あれは虚像である。さらに、時々刻々と変化する表情や声の調子、行動等々が与える影響はそれを受け止める他者にしかわからない。自分の背中は観えないのだから、自らの[本当の姿]は他者から伝えられてわかる。いずれにしても、人から言ってもらうことでしか見えない、観えない、気づかない部分に充ち満ちている。ギリシャの神殿に「汝自身を知れ」と刻まれているという。それも他者からの情報に頼ってこそ実現に近づく。
アルプスも素晴らしい [04] 2026/01/03 Sat 11230 
 今月の写真のもう一枚は[1月の南アルプス(?)]です。わたしとしては[御嶽山]ではないかと思っています。ただし、これは山の知識は皆無に近いわたしの推測です。羽田に向かう飛行機からのものですから、南側からのワンショットです。わたしは富山方面に出かけたとき、北側からアルプスの山々が連なっている光景を楽しみました。九州に住み続けているわたしですから、雪をかぶった日本アルプスの尾根に感動を覚えました。
GD仕事録(8) [03] 2026/01/02 Fri 11229 12月26日 [54]の続き
 
わたしが「リーダーシップ・トレーニング」に出会ったのは1970年6月16日だった。これが自分のライフワークを決定するスタートになるとは思ってもいなかっただろう。この日の日記には「白樫さんが夕方やってきた。かれは西南学院大学の助教授だから忙しそうである」と記している。白樫さんとは大阪大学名誉教授の白樫三四郎先生で2021年12月に亡くなられた。このときは、[先輩]の感覚で「さん」付けしている。
 ところで、白樫先生の役割は[Tグループ]のトレーナーだった。これは[Sensitivity Training :感受性訓練]との呼ばれ、グループ・ダイナミックスの創始者レビン等が研究と実践を進めていたものだった。
やっぱり富士の山 [02] 2026/01/02 Fri 11228 
 先月の写真は12月の富士山でしたが、今年のスタートも1月の富士山です。羽田往復の飛行機では左の窓側が[富士山シート]ですが、こちらは羽田へ向かう途上のものです。眼下に雲が広がっていて視界から消えているときもあります。また、雲の上に頂上付近だけ見えている際は、「頭を雲の上にして…」の歌詞どおりの姿を見せます。それもいいのですが、写真のように駿河湾から遠くの山々までを含めた背景に立つ富士山も感動的です。
 もうかなり前からのことですが、飛行機に乗るときは「これでおしまいかもしれない」との思いが過ります。とにかく後期高齢者なのです。そんなことを自分に言い聞かせながら、今年は14日が最初のフライトになります。
ご挨拶 [01] 2026/01/01 Thu11227 
 みなさま、新年明けましておめでとうございます。おかげさまで、わたしは78回目の元日を迎えることができました。高校生時代の友人や知り合いで逝く人がめずらしくなくなりました。また、同じくらいの年齢で亡くなる知名人も増えてきました。何と言っても一年に260万人以上の子どもが生まれた団塊の世代です。天国に召される人数も団塊スケールということでしょう。そうした中で、少なくとも自覚的には健康で、毎日を感謝の日として過ごしています。
 本コラムにアクセスされる方の数は一日当たり一桁の日がめずらしくなってきました。それでも見てくださる方がいらっしゃる限りしっかり続けていきます。本年もよろしくお願いいたします。