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| 「張り込み」」考(6) [70] 2025/08/31 Sun 11020 昨日 [67] の続き 二人の刑事が乗った「さつま号」は東海道線をひた走る。スクリーンには「静岡」「浜松」「名古屋」の駅構内の掲示板が映し出される。また、蒸気機関車がおおきな橋を渡るシーンがある。Copilotによれば、それは六郷側橋梁で多摩川にかかっているという。私は大井川なんぞではないかと想像していた。そもそも映画は横浜駅からはじまる。すでに多摩川を越えていることは九州人でもわかる。Copilotは確信ありげだが、このあたりがAIの怪しげなところである。 さて、真夏のことながら、当時の客車は天井の扇風機のみ、クーラーなどついていない。夜が明けてから広島駅に到着し、さらに小郡に着いたところで東京駅から乗っていた同僚の刑事2人が下りる。その際は、窓を開けて手を振ってさよならする。乗客が電車の窓を開け閉めできたのである。その後、関門海峡のトンネルに入る。さらに博多駅が映る。まだ、明治以来の博多駅で位置も現在とは異なっている。わたしは、この旧い博多駅を知っている数少ない人間になった。映像はじつに懐かしい。 |
| 日記の中の母(83) [69] 2025/08/31 Sun 11019 8月24日 [53] の続き 1973年11月2日 金曜日 この日はまだ記述が続く。 母は我々に奉仕する以外兄何も知らなかった人であった。病院でも私に「世話をかけて申し訳ない」と涙する人であった。最後の木曜から月曜の朝まで、私は意識のない母をただ見つめ、流れ出る汗を拭ってやることができるだけであった。あのとき母は何を考えていたのか。何を夢見ていたのだろうか。肺炎までおこして苦しそうに母は頑張った。私の母、この世にまだ思い残すことが多かったのであろう。あれだけ頑張ったのだから。しかし、それが医師に命を奪われるとは思わなかったあろう。医師にすべてを任せ、信頼していたのに。 母が亡くなってから4日目の日記はまだ終わらない。 |
| 「小針棒大」の拡大鏡 [68] 2025/08/30 Sat 11018 【小針棒大:些細な物事を大げさに誇張している事。(三省堂新明解四字熟語辞典)】 これは、[大風呂敷]が呆れて逃げ出すような話をしまくっているわたしにピッタリの四字ではある。わたしはこれを否定するつもりはないが、その一方で組織の安全を考える場合には必須の四字だといささか大声で叫びたいと思うのである。 大災害を引き起こす地震でも、前提条件なしで発生することはない。大陸が乗っているプレートにもう一つのプレートが潜り込む際にズレが生じる。それが限界に達したときに大きな地震となって大地を揺るがすのである。それは自身に限らない。この世の中では、あらゆるものの元で時間と微細な変化の蓄積が進行する。それがいつの日か大きな変化を引き起こす。そして、組織の中で、小さな針のような[事実・事変]を、大きな棒のように拡大して気づく力が安全に欠かせないのである。その意味では、[小針棒大]、誰もが[心の拡大鏡]を磨いておくことが求められる。 |
| 「張り込み」考(5) [67] 2025/08/30 Sat 11017 昨日 [65] の続き 映画「張り込み」は野村芳太郎監督作品である。この監督と清張の関わりは長期間に亘って続いた。今日でも名作との評価が高い「砂の器」も野村監督が指揮をとった。わたしは小説「砂の器」を読んでいたが、かなりの退屈感があった。主人公の音楽家の「超音波音楽」の部分が現実味を欠いていた。この小説は1960年5月から翌年4月まで、読売新聞に337回に亘って連載された。時代の寵児として「超音楽」を操る音楽家が登場するのは新しい視点でもあった。ただ、その部分があまりにも冗長すぎた。わたしは、それが1年間もの長期連載だったからだろうと、読んだときに勝手に確信していた。 映画「砂の器」はその部分を完璧に削除した。映画を観たとき、それだけで映画は原作を超えたと思った。多くの場合、映画が原作のイメージを壊してしまう。「砂の器」はその例外だった。あとになって、清張自身がそのようなことを言っているらしいと、何かで読んだか聞いた。 |
| リーダーシップ・タブー集(13) [66] 2025/08/29 Fri 11016 8月26日 [59] の続き [他部門との連絡をしっかりとらない] 組織は複数の部門によって構成されており、部門間の情報共有が円滑に行われなければ、業務の遂行に支障を来す。また、トラブルや事故、不祥事の原因にもなり得る。こうした連絡不足は、個々のメンバーの仕事に悪影響を及ぼすだけでなく、部門全体の目標達成にも深刻な障害となる。とくにリーダーが部門間のコミュニケーションを軽視すれば、その影響は組織全体に波及し、信頼の低下や業務効率の停滞を招く。それはリーダーとしての資質にも疑問をもたれる。そうなれば組織の存続すら危うくなる可能性まで生まれる。部門間のスムーズな連携を確保することは、リーダーにとって不可欠な責務であり、組織の安定と成長に直結する重要な要素である。 |
| 「張り込み」考(4) [65] 2025/08/29 Fri 11015 昨日 [63] の続き 祖父と伯母に連れられて大阪城と京都のお寺に行った。その後、東京に向かったが、宿泊したのが[代々木]だった記憶がある。旅館らしきところで、東京といいながら淋しいところだった。わたしにはそんな記憶がある。完成して半年も経たない東京タワーには昇れなかった。それもわたしのせいだったから、いつまでも悔いが残った。その細かい経緯は、かなり以前に本コラムで触れた。ここで繰り返すと映画「張り込み」のテーマから離れすぎる。 ともあれ、東京から帰る日のこと、列車は一杯で客車の通路に新聞紙を敷いて座った。東京駅から間もなくして、浜松町あたりで灯りのついた東京タワーが見えた。タワーに昇ることを一番の楽しみにしていたわたしは涙が出るほど悲しかった。そんなことで、二人の刑事が客車の通路に座り込んでいるシーンが懐かしくも悲しき思い出と重なった。ひょっとすると、わたしたちが乗った列車は「さつま号」そのものだったのではないか。 |
| 「今どきの若い者」考(12) [64] 2025/08/28 Thu 11014 8月24日 [55] の続き ピラミッドに「今どきの若い者は」と刻まれていたという逸話がある。真偽は定かでないが、これは、人類の歴史とともに繰り返されてきた定番の嘆きのようだ。しかし、そこにはけっこう問題がある。 第一に、それは若者に「我々と同じ価値観や行動を取れ」と強要することになる。それでは、現状の枠組みを維持し、改善や改革を拒むことになる。社会は常に変化し、進化していくものであり、若者の新しい発想や行動が社会に変化をもたらし、進化を促進する。自分たちの過去にしがみついていては、未来への可能性を閉ざすことになる。 第二に、「今どきの若い者は」と語る人々も、自分たちがかつて同じように言われたことを知っているのではないか。世代間に摩擦が生じるのは、生まれて生きる時代が違うのだから当然である。それを乗り越えたことで、社会は前進してきたのである。 第三に、自らを「進化した存在」と考えるのであれば、それは過去の価値観や制度を打ち破ってきた結果である。かつての「今どきの若い者」が新しい道を切り開いたからこそ、今の社会がある。若者の挑戦や変革を否定することは、進化の歴史を否定することにもつながる。もっとも、わたしは「進化」という言葉ではなく、「適化」を使うべきだと思っている。人類が今日まで「進化」してきたなどと考えるのはおこがましいですよね。 |
| 「張り込み」考(3) [63] 2025/08/28 Thu 11013 昨日 [61] の続き 二人の刑事は走り始めた[さつま号]に飛び乗った。そこまでは良かったが列車は満員である。そこで列車の通路に座り込む。列車は満員だから、通路も足の踏み場がない状況である。わたしが映画の状況を細かく記しているのは、YouTubeで「張り込み」を観たからである。映画がはじまって間もなくこのシーンになる。そのとき、わたしには懐かしい思い出が蘇った。 それはわたしが小学4年生の春休みのことである。祖父と叔母、そしてわたしはこれとまったく同じ状況にいたのである。祖父から自分たちが関西と東京に行くので道雄を連れて行ってもいいがどうかと母に声がかかったのである。そのとき祖父と叔母の旅行目的はわからない。それは1959年のことである。小学生にとって、東京は一生行けるかどうかわからない遠くの場所だった。前年の12月には世界一高い東京タワーが完成していた。わたしが一も二もなく「行きたい」といったことは間違いない。 |
| [モラル]と[モラール] [62] 2025/08/27 Wed 11012 [モラル」と「モラール」は発音こそ似ているが、意味するところはまったく異なる。モラル(moral)は道徳や倫理を指し、社会的に望ましいとされる行動規範である。一方、モラール(morale)は精神的健康や意欲、集団の士気などを意味し、個人や組織の心理的な活力に関わる概念である。このように、両者は次元の異なる言葉のように思われるが、実際には深く結びついている。 まずは、モラールが高いからといって、道徳的な行動が取られるとは限らない。モラールは身体的健康と類似していて、それが高ければ行動の可能性は広がる。しかし、その行動が善であるか悪であるかは別問題である。たとえば、強盗は健康だからこそ実行できるのであり、病気で入院していれば犯罪も不可能になる。つまり、モラールは行動のエネルギー源にはなるが、その[方向性]を決定するのはモラルだと言える。つまりは、モラールの充実が健全な社会につながるためには、基本的なモラルが確立していなければならない。そうでなければ、その活力は破壊的な方向に向かう危険性がある。逆に、モラルが確立されていれば、モラールの高さは望ましい行動を促進する。 かくして、両者は独立した概念でありながら、互いに補完し合うのである。 |
| 「張り込み」考(2) [61] 2025/08/27 Wed 11011 8月24日 [55] の続き 蒸気機関車が牽引する客車は乗り口が開いていた。そこにドアがあったような記憶はあるが、少なくとも発車時は開いていた。だから、「張り込み」の刑事は二人とも飛び乗ることができたのである。わたし自身が母と妹と似たようなことをした記憶がある。それは、わたしが小学生で、母の実家に帰るときのことだった。その[事件]を知って父から3人が怒られたような気がする。 さて、刑事たちが乗った鹿児島行き急行「さつま号」だが、1956年11月19日に「筑紫」を「さつま」に改称した。ここで「筑紫」と聞けば、それが「東京・博多間」の列車だとわかる。これが1449年にスタートし、56年に鹿児島まで足を伸ばしたのである。清張の原作が出たのは1955年だから、まだ「さつま号」は走っていない。小説の中で刑事が乗ったのは「筑紫」なのである。それにしても、「さつま号」は夜東京を発車して、東海道線、山陽線、鹿児島線をひたすら走る。そして、2泊した後の3日目早朝、鹿児島に着いた。東京・鹿児島は気が遠くなるほど遠かった。 |
| 4人の物語(110) [60] 2025/08/27 Wed 11010 8月20日 [44] の続き Aが小学2年生の冬休みの絵日記が終わらない。映画「七つの誓い」と「ラドン」の記述は1956年1月3日のものである。ここで6日まで飛ぶ。 きょうピンコをしました。◯◯(妹)ちゃんよりぼくの方がかちました。夕方お母さんは水が出ないので、おみせまでくみに行きました。ぼくは「お母さんは、いそがしいな。そして、きつかろうな」といいました。 Aは「ピンコ」という遊びを憶えていない。AIによれば、「めんこ」の可能性があるという。それならAにもわかる。地面や台の上に置いたカードを同じカードでたたく、あるいは空気を入れて煽る。それでカードが裏返しになればそれを自分のものにする。たしかに人気の絵には、二人の人物、つまりはAと妹がいて、その間の地面に赤い丸いものが描かれている。これは「めんこ」に違いない。 ところで、Aは自分が妹に勝ったと記している。その文面の裏には満足げな顔が浮かぶ。そもそも多くのことでお兄ちゃんが一歩先を行くのは当然である。とりわけ長男は内々で「勝つこと」になれてしまう。それが「打たれ弱さ」につながりやすい。 |
| リーダーシップ・タブー集(12) [59] 2025/08/26 Tue 11009 8月24日 [55] の続き [他の上司や仲間の悪口・皮肉を言う] 他人の悪口や皮肉を言う人は、他者を下げることで自分の立場や心の安定を保とうとしているのかもしれない。しかし、本当に力のある人間は、そうした欲求自体が生まれないだろう。他人を貶める必要がないほど、自分の軸が定まっているからだ。そもそも悪口を聞かされる側は困ってしまう。たとえ否定したくても「そんなことないですよ」と言えない関係性もある。また、同調すると分かっている相手にだけ悪口を言うのは、何とも悲しい。そうした言動は、周囲の信頼を損ない、本人の評価を下げるだろう。 ともあれ、他者を貶めることでしか自分を保てないとすれば、それは内面の未熟さや不安定さの現れでもある。言葉によって、それぞれの人間性が表に出てくる。 |
| 「張り込み」考(1) [58] 2025/08/26 Tue 11008 松本清張の「張り込み」は1955年に「小説新潮」に掲載された。東京で発生した強盗殺人犯がS(佐賀)市に住む銀行員に嫁いでいる元の恋人と連絡を取るのではないか。そこで、警視庁の二人の刑事が佐賀へ向かう。そして、銀行員の自宅を張り込むことになる。その際、「おあつらえ向き」というべき旅館が自宅の真正面いあった。清張の初期の作品ではあるが、最後のネタバレはしないでおく。この小説は、1958年に映画化された。じつは、原作よりもこの映画がきわめて興味深く、かつ面白いのである。 映画は二人の刑事が横浜駅から列車に乗るシーンからはじまる。ホームで「23時6分発 鹿児島行き急行列車[さつま号]です」とのアナウンスが流れる。そして駅の階段を駆け上ってきた刑事二人がすでに走り始めた客車に飛び乗るのである。こうした光景を「なつかしいなあ」と思う人たちが、いまどのくらいいるだろう。 |
| プラチナ ナース [57] 2025/08/25 Mon 11007 日本国中で人手不足だという。電車やバスなどの公共交通機関でも運転手不足が深刻化している。とくに利用者や顧客の安全委関わる仕事で人材が得られないことは気懸かりである。看護の領域ではプラチナナースという言葉が使われている。これは60歳以上の看護師が医療の場で継続して働く際の呼び名である。高齢社会だから病院や施設に入る人々も増加するばかりである。そもそもプラチナは、その性質から「純粋」「永遠」「不変」といった意味合いがある。長年に亘って現場で培ってきた知識や技術、患者との信頼関係づくりには、プラチナのように輝く力がある。 看護は心身共に厳しい仕事だが、患者とその家族から感謝される職業でもある。元気な看護師には年齢を問わずしっかり働いてほしい。それが医療現場の質を維持し、安心できる社会づくりに貢献するに違いない。 |
| 花粉症とパワハラ、いじめ [56] 2025/08/25 Mon 11006 花粉が飛んでいても花粉症になる人もいれば、平気な人もいる。そんなとき、花粉症と無縁の人間が「花粉症になるのはおかしい」などと当人を責めることはないだろう。同じ刺激でも、個々人の体質によって体の反応がちがうから当然である。 パワハラやいじめも同様である。力の強い側が「指導の一環だった」「冗談のつもりだった」「悪気はなかった」などと言っても、相手が苦しんでいれば、それは「パワハラ」であり「いじめ」となる。体内の生理的反応も、人の心も目に見えない。だからこそ、他者の感じ方に敏感であること、そして「自分が平気だから相手も平気だろう」という思い込みを捨てることが、健全な人間関係の第一歩となる。 |
| リーダーシップ・タブー集(11) [55] 2025/08/24 Sun 11005 8月22日 [49] の続き [その日の気分で部下に対する態度を変える] これはリーダー特有のことではないが、リーダがこれだと、組織に深刻な悪影響を及ぼす。昨日は笑顔で接していたのに、今日は冷たく突き放す。そんな状態ではフォロワーは何を基準に行動すればよいのかわからなくなる。その昔、ある人が毎朝仕事に取りかかる前に先輩たちから「ボスの今日の天気を見てこい」と言われたという話を聞いたことがある。リーダーの態度に一貫性がないのでは、相互の信頼関係は成立しない。そして、なすべき報告や相談もお天気次第となる。それが仕事の質の低下につながり、ミスや問題があっても放置される可能性も高まる。 そもそもリーダーが気分で態度や行動を変えれば、フォロワーのモチベーションは低下し、自己肯定感にも悪影響を与える。心理的安心・安全感はは揺るぎ、優秀な人材の離職の要因にすらなりうる。 |
| 協働と接触(1) [54] 2025/08/24 Sun 11004 [協働]は、横の関係だけでなく、上下関係に適用することが求められる。そこでは互いの知識や経験を活かし合いながら、共通の目的に向かって協力する。それは、単なる[協力]ではなく、相互の尊重と対話を前提とした関係である。もちろん、[共]に[同じこと]をする[共同]ではない。また、「同じことに協力する」という[協同]とも異なっている。 [協働]では、リーダーが一方的に指示を出すのではなく、フォロワーの意見を引き出し、共に考え、共に決定する姿勢が求められる。そのためには、フォロワーが「何でも言える、提案できる」と感じる関係が欠かせない。また、リーダーに「フォロワーを尊重する」 津y繰りがリーダーとして「が協働型の関係性は、組織の柔軟性と創造性を高め、個々の主体性を引き出す土壌となる。 |
| 日記の中の母(82) [53] 2025/08/24 Sun 11003 8月17日 [37] の続き 1973年11月2日 金曜日 久留米市にあるT鉄工所で集団力学研究所のリーダーシップ調査を実施した。その途中で研究所に電話した。そこで母の状態が悪いことを知り、担当者のYさんから調査が終了次第もっとも速い方法で帰りの配慮をしていただいた。そのYさんが急死されたという。享年47歳、母と同年だった。そんなことを日記で以下のように書いている。 昨日聞いたら、47歳であった。母も47歳であった。何か恐ろしいものを感じざるを得ない。我々人間には察知できない力が働いているのであろうか。母もまだ死にたくはなかったはずだ。わたしもせめて結婚するまでは生きていてほしかった。しかしなくなった者はもう帰っては来ない。 |
| 世界は狭い物語(2) [52] 2025/08/23 Sat 11002 昨日 [50] の続き 世界、あるいは世間が狭いことについてはミルグラムの実験研究がある(Milgram, S. 1967)。タイトルも[The Small World Problem]で、一般向けの心理学情報誌[Psychology Today]に掲載された。アメリカのネブラスカ州やカンザス州の住民が、自分は知らないボストンの株式仲買人に手紙を送る。ただし、手紙は自分が知っている人物が宛先でなければならない。このルールで何人を仲介すれば対象者に届くかを検討したのである。 その結果、最初の発信者と目的の人物の間に入った人の数はおよそ6名だった。つまりは、[友だちの友だち]のつながりが、日常の範囲を超えて未知の人間に到達するのである。 今、電車で自分のお隣に座っている[他人]も、数人のお友だちを隔ててつながる[お友だち]なのかもしれませんね。そう思うだけで楽しくなりませんか。 |
| わたしの[リーダーシップ・トレーニング](1) [51] 2025/08/23 Sat 11001 8月20日 [46] の続き わたしは[リーダーシップ・トレーニング」の開発と実践をライフワークとしてきた。その原点は、グループ・ダイナミックスの創始者であるクルト・レビンらが1940年代後半に提唱した「感受性訓練(Sensitivity Training)」にある。これは[Tグループ(Training Group)]とも呼ばれ、戦後、日本に導入された。そのひとつは牧師教育の一環として立教大学キリスト教教育研究所(JICE)に取り入れられた。その後、南山大学人間関係学科へと継承され、現在では南山大学がこの分野の開発と実践において広く知られる存在となっている。もう一つは、九州大学から集団力学研究所への展開である。わたしが大学に入学した年に研究所が設置され、ほぼ同時期に九州大学でもTグループの研究が進められていた。こうした歴史的背景と自分の関わりを通して、[トレーニング]の魅力に取り憑かれていった。 |
| 世界は狭い物語(1) [50] 2025/08/22 Fri 11000 今回仕事をした際に、新しく着任された方とお会いしました。九州の会社のご出身と言うことでした。そこで、「九州はどちらですか」とお聞きすると、「福岡」とのお答えが返ってきました。こうしたときは「わたしも出身は福岡です」で終わることもあります。ただ、このときわたしの頭に、以前いらっしゃった方が同じ福岡で、それも自分が卒業した中学校とそれほど遠くない学校のご出身だったことが思い浮かびました。そこで、「〇〇さんは□□中学校のご卒業でした」とお話ししました。すると、「自分は□□中学校の卒業です」とのお答え。これを聴いてわたしの声はボリュームが上がりました。なんと、「同窓生」だったのです。お互いの年齢には15歳を超える違いはありますが、とにもかくにも世間は狭いものです。 |
| リーダーシップ・タブー集(10) [49] 2025/08/22 Fri 10999 8月20日 [46] の続き [すぐ感情的になる] リーダーに限らず、[感情的になりやすい]人が身の回りにいたり、であったりしたことがあるだろう。これは良好な対人関係づくりには障害になる。リーダー自身が「自分は感情に走りやすい」と自覚しているのであれば、それを適切にコントロールできるようエクササイズを続けることが求められる。そうした自分の傾向について自覚がないとすれば、本人はもちろん、周囲のメンバーにとっても望ましくない。さらには組織全体にとってもマイナスになる。 また、「フォロオワーたちがひどすぎるから、自分の感情が爆発するのは当然だ」といった思いにでもなれば、事態はさらに悪化する。フォロワーたちは不安を抱き、不満を高め、冷静な判断や建設的な対応をしなくなる。リーダーの冷静さは、組織文化を形成する重要な要素であり、持続的な成長と協働の基盤となる。 |
| 顧客サービス [48] 2025/08/21 Thu 10998 今週の初めに仕事をして火曜日に熊本へ帰ってきました。いつも[富士山シート]、つまりは左の窓側が[指定席(?)]です。今回、羽田に向かう際は富士山の山頂は雲で覆われていました。また、復路でも見えはじめは雲が囲んでいました。ところが、通過する際は雪のない赤銅色の富士山がしっかり姿を現しました。 その後、熊本付近は雷雲が発生しており、下降時は揺れるとの機内放送がありました。熊本に近づいて、行動を下げていくと目の前に真っ白な積乱雲がひしめいています。飛行機がこれらを避けていることがわかりました。そこで地上を見ると人口密集地帯の上空です。いつもは、四国から大分上空を通過して阿蘇を見ながら熊本空港に降ります。その途中にこれほど大きな地域はありません。じつは飛行機は雷雲を避けて山口から関門海峡、北九州市上空を通って南下していたのです。そんなことで、久留米や玉名などを眼下に見ながら10分ほど遅れて着陸しました。機内では遅れたことを謝罪していましたが、わたしとしてはめずらしいルートを飛んで大いに楽しみました。おそらく遠回り分の燃料費はけっこうなものでしょう。ともあれ、揺れもなくいつも通りに熊本に着きましたから、これは[顧客サービス]に違いありません。 |
| 管理と経営とリーダーシップ [47] 2025/08/21 Thu 10997 [マネジメント]は日本語で「管理」、「経営」と訳されるが、その意味合いには大きな違いがある。たとえば、テイラーの「科学的管理法(The Principles of Scientific Management 1911)は、作業効率や品質、時間の管理を重視する典型であり、物事を統制するというニュアンスが強く表れている。しかし、これを「人を管理する」と言えば、支配や抑圧といった否定的な印象を与える。 一方で「経営」は、組織の力を引き出し、望ましい成果を生み出すための働きかけであり、前向きな意味を含んでいる。 こうしたことから、リーダーシップについては、「管理」から「経営」への視点と意識の転換が必要になる。人をコントロールするのではなく、それぞれの力を引き出し共に成果を創りあげていく。それが「経営」のポイントであり、信頼と協働を生みだすリーダーシップなのである。 |
| リーダーシップ・タブー集(9) [46] 2025/08/20 Wed 10996 昨日 [43] の続き [上司や周囲の意見に流される] 上役に限らず、周りに影響を受ける、意見に流されやすのはまずい。それが上役となれば、部下たちが不安や不信感を抱くに違いない。それはすでに見た[仕事の指示や意見がぶれる]ことにつながる。しかも、部下から見て[上役の上役]の影響を受けやすいと見えれば、主体性のなさだけでなく、上のごまをする人だと思われる可能性もある。いわゆる「上を向いて仕事をする人」は下から評価されるはずがない。また、声が大きい者の意見に流されるのでは、リーダーシップそのものが発揮されていないことになる。もちろん、リーダーとしては[周囲の声]を大事にすることは必要である。その上で、リーダーは最終的な判断に責任を持つことが求められる。そうでなければ部下の信頼は得られない。 |
| 仕事を頼むなら [45] 2025/08/20 Wed 10995 Elbert G. Hubbard は1856年生まれのアメリカ人で、作家・出版者・芸術家そして哲学者とされているが、彼は数多くの名言を残している。その中でも、わたしが最高に感動(?)したのが、[If you want work well done, select a busy man : the other kind has no time.]である。「仕事をしっかり成し遂げたいのであれば忙しい人を選ぶことだ。そうでない人たちには時間がないから」。いやはや、何とも皮肉な一言である。世の中には多忙であるが故に綿密に仕事の計画を立て、それを着実に達成していく人たちがいる。彼等は時間の使い方のプロフェッショナルなのである。当然のことながら、そうした仕事ぶりは高く評価され、信頼感が高まるから[忙しい人]の仕事はさらに増えていく。その一方で、[そうでない人たち]の時間は、さらに減り続けることになる。ただし、現実には[忙しそうにしている]だけの人もいるから、それを見極める力が求められる。 |
| 4人の物語(109) [44] 2025/08/20 Wed 10994 8月13日 [28] の続き [ラドン]の舞台は東京である。日本の首都を狙い、通勤電車も破壊する。これは怪獣映画の元祖[キングコング]がニューヨークで暴れたのと同じである。最後はエンパイアステートビルから落下してしまう。 これに対して[ラドン]は九州の物語と言える。筑豊を思わせる地下の炭鉱に巨大な卵があり、それが付加して[ラドン]が生まれる。そして、長崎県の佐世保を襲い、西海橋を破壊する。さらに福岡市の天神の西鉄電車を吹き飛ばし、周囲の羞悪店外を木っ端微塵に破壊する。そして、最後は阿蘇から流れ出る溶岩の中に落ちて昇天する。 かくして、Aの頭の中に「[ラドン]は永遠」という思いが刻まれた。 |
| リーダーシップ・タブー集(8) [43] 2025/08/19 Tue 10993 昨日 [40] の続き [自分で言っていることと行動が違う] こうした評価を受けては、リーダーとしては相当にまずい。世の中には、「自分には甘く、他人には厳しい」と言われる人がいる。それがリーダーともなれば、フォロワーに対する影響力に関わってくる。リーダーは「不言実行」で済ませることはできないのである。その時々の状況に対応してしっかりと指示することが求められる。ただし、人に求めたことを自分自身も実行していなければ、言葉の重みは失われてしまう。リーダだけではないが、「言行一致」が重要なのである。。そうあってこそ、周りからの信頼や共感が生まれる。 ところで、世の中では「ブーメラン」という用語が使われる。過去に自分が言ったことが自分に跳ね返ってくるという意味である。いずれにしても、こうしたことが重なれば信頼関係は失われる。 |
| リーダーシップとフォロワーシップ [42] 2025/08/19 Tue 10992 わたしは「優れたリーダーが優れたフォロワーを育てる」だけではなく「優れたフォロワーが優れたリーダーを育てる」という視点が重要だとお話ししてきました(2008年「ーダーシップとフォロワーシップ」 主任・中堅こころサポート,17(6), 6–9)。それまで、[リーダー➣フォロワー]の一方向的な影響の図式が一般的でした。それは[フォロワー]を受け身的な存在とする視点です。わたしはこれを組織内の相互作用という観点からリーダーシップを見直そうと思ったのです。 リーダーは指導者としてフォロワーに影響を与えることは言うまでもありません。しかし、同時にフォロワーもまたリーダーの成長に寄与する能動的な存在なのです。優れたリーダーは、フォロワーを信頼し、また権限を委譲する。それが、フォロワーに挑戦する機会を与える。そして、優れたフォロワーは、リーダーから指示を与えられるだけでは終わらない。その時々の状況を読み取り、建設的な提案やフィードバックすることで、リーダーの意思決定を支え、時にはその視野を広げる役割を果たすのです。 |
| 「謝らない誤り」を犯さない(6) [41] 2025/08/18 Mon 10991 昨日 [34] の続き いわゆると言っていいのだろうか、「いわゆる大川原化工機事件」は冤罪であったことが確定した、東京高裁が捜査が違法だったことを認定し、警視庁と東京地検は最高裁への上告を断念した。この件はかなり以上で、裁判で現職の捜査員が「事件は捏造だった」と証言したのである。それも3人だから、裁判官としてこの事実を重視しないわけにはいかなかっただろう。それまで、捜査機関は「手続きに誤りはなかった」としてきたが、それが事実でなかった、あるいは確認が十分でなかったことになる。公的はメッセージを発信するのだから、確認不足は「あってはならない」ことである。これに関しては関係機関から当事者に謝罪の会見が行われた。その点では、本件も「謝らない誤り」は回避されたことになる。 さらに、一連の経過に関する検証結果が報告された。ただ、それは当事者によるものであり、利害関係のない第三者から構成される委員会のものではない。 |
| リーダーシップ・タブー集(7) [40] 2025/08/18 Mon 10990 昨日 [38] の続き [仕事の指示や意見がぶれる] 「朝令暮改」、朝言ったことが夕方には変えられる。これでは指示された者はやってられない。リーダーには[一貫性]が求められる。それは確信を持ったリーダーの必要性を感じさせる。その昔、バレーの監督が「俺についてこい」と檄を飛ばし、金メダルを取ったことがある。まさに、揺るぎない強い意志をもってリーダーである。ただし、「ぶれない」のはいいとして、それが職場のストレスを増大させるものであっては逆効果である。 まずは、様々な意思決定の場面で部下たちの考えや意見を聴き、自らの判断で、それらを取り入れる。この点で、リーダーとして「ぶれない態度・姿勢」を持っておくことが欠かせない。その上で、指示し、意見を出せば、それは部下たちの納得を得たものとなる。そして、[朝決めたことが夕方に変えなくてはならない事態]が生じても、その決定に関わった部下たちから[ぶれまくる]といった声は出ないだろう。 |
| 「謝らない誤り」を犯さない(7) [39] 2025/08/17 Sun 10989n 昨日 [36] の続き このタイトルは組織的な視点から考えるつもりではじめた。ところが、九州地方の大雨で二つの市長のSNSが話題になった。いずれも早い時期に[謝罪]したから、「[謝らない誤り]は犯さなかった」ケースではあった。ただ、現実として[謝らざるを得ない]ものだったから、「責任者は自分の行為とその結果について想像する力をもたないといけない」という結論になった。ただし、行政のトップなのだから、他人から「想像力をもちなさい」と言われるのも情けない。そんなことで、「組織的な視点」ではなく、[個人的なチョンボ]の脇道に逸れてしまった。 わたしの念頭にあるのは大きな[事件]のことである。それは、これまで[謝ること]をしてこなかった機関の[謝罪]が、このごろ目につきはじめた感があり、これに焦点を合わせる気になったのである。 |
| リーダーシップ・タブー集(6) [38] 2025/08/17 Sun 10988 昨日 [35] の続き [仕事の指示が細かすぎる] 部下側から見ると「一々細かいことまで言われて煩わしい」という思いになっているのである。その[細かさ]は様々だろうが、「とにかくうるさい」というわけだ。これは権限委譲や仕事を任せることと関係するだろう。すべてを自分でしないと気がすまないという人はいる。それは他人に任せず自分が責任を持って成し遂げるという肯定的な側面はある。その反面で、部下たちには「仕事を任せてくれない」という不満だけでなく、「そもそも自分たちを信頼していない」という疑心まで引き起こす可能性がある。 リーダーには「細かいことまで言わなければ部下たちはまともな仕事ができない」という思いがあるのかもしれない。しかし、それでは部下は育たない。まずは、「どこまで細かく言えばいいか」を部下たちにストレートに聴ける関係を創りたい。ただし、「それができるなら[細かすぎる]といった文句は出ませんよ」という声も聞こえる。 |
| 日記の中の母(81) [37] 2025/08/17 Sun 10987 8月10日 [21] の続き 1973年11月2日 金曜日 この日は4年前に家族一人一人が話したテープを聴いた。そのときわたしは高校1年生で自分が準備した質問に答える形式の録音だった。それが「いま聴くことができる母の唯一の声」だった。当時はビデオはないから動画は残っていない。前回はここまで記したが、この日の日記は以下のように続く。 日記に書くのを忘れていたが、母が亡くなった29日、わたしはそのことを研究所(集団力学研究所)に連絡した。そのとき、T鉄工のYさんが急死したのを知った。T鉄工で水曜日にリーダーシップ調査をした。その際に、研究所に電話したところ母の容体が悪いことを知らされた。この話を聞いて、Yさんはわたしが考えられる最も速い方法で帰ることができるようにしてくれた。そして、別れ際に「そんな状態のところで来てもらって申し訳ない」と謝り、「そうでなければ一杯酌み交わしたいところだったのに」とにこやかに声をかけた人である。その元気な人が亡くなった。 |
| 「謝らない誤り」を犯さない(6) [36] 2025/08/16 Sat10986 昨日 [34] の続き 災害時に温泉を無料で開放するという申し出があった。そうした素晴らしい方にに心から感謝する。それが知人であればなおのことです。そこで、すかさずお礼の気持ちを込めてSNSで発信した。これが姶良市長の真意に違いありません。しかし、その表現が「冬にはカニを食べに視察に行きますね。その時は酒を飲みましょう」では何ともまずいわけです。そのことに気付かなかったのですから、自治体のトップとしては、まずさの上塗りになってしまいます。しかも[視察]という公務でしか使わない[用語]を入れてしまった。これでは、炎上を期待しているかのようです。 これを見たのでしょう、「家族の指摘を受けて削除した」とのことです。ご本人は「軽率だった。不快に思われた市民に心よりおわび申し上げる」と謝罪したといいます。かくして、市長さんは「謝らない誤り」は犯されなかったことになります。ただし、そもそもが「してはいけない誤り」を「してはいけない」のですよね。 |
| リーダーシップ・タブー集(5) [35] 2025/08/16 Sat10985 8月10日 [23] の続き [仕事がうまくいかないとき、責任を部下に押し付ける] だれが考えても最悪の評価である。管理職としての責任を感じていないだけでなく、悪い結果を[部下のせいにする」のだから、きわめてまずい。もっとも本人としては、「部下に問題があるのは事実だから仕方がない」という気持ちだろうか。そうした可能性が皆無とは言えない。しかし、それでも「押し付ける」と認識されていること自身が、職場の空気を伝えている。管理職が尽力しているにも拘わらず問題が発生することはある。しかし、そうしたときは部下たちが「管理職の責任ではない」ことを十分に理解し、「押し付ける」といった評価はしないだろう。そもそもは日頃からお互いの信頼関係が危ういのだろう。 |
| 「謝らない誤り」を犯さない(5) [34] 2025/08/15 Fri10984 昨日 [32] の続き 今回の大雨では鹿児島も大きな被害が出た。そんな中で鹿児島県姶良市の市長がフェイスブックに「冬はカニ食べに視察に行きますね その時は飲みましょう」などと投稿していた。ここで「などと」との表記から前後の文章がカットされていることがうかがわれる。この投稿は、市長がフェイスブックで断水に対応するために、温泉を無料開放すると告知したことがきっかけのようである。これを受けて、知人からコメントがあり、それに対する投稿で[カニ]が出てきたらしい。市長の対応に感謝あるいは評価する反応があったのだろう。友人に内輪で「大変だね、がんばってね。冬にはカニをいっしょに食べようよ」と言うことは大いにあるだろう。しかし、それがSNS系で発信すればどうなるかくらいの想像力がないのかと思う。やれやれ。 |
| 家族への通信(19) [33] 2025/08/15 Fri 10983 8月12日 [26] の続き 父からの返事 はがき[消印1968年1月28日 18:24 武雄] 写真を受け取った。写真が1枚あるだけで、あと何もない。実物よりも端麗に写っているといえば失礼であろうか。デモ騒ぎも一段落付いたようであるが一層の健闘を祈る。写真の裏に43、1月成人記念と書いておいた。 これについては[成人式の後で床屋へ行ってから写真を撮り、それをお切った送る]とした[はがき(8月10日]書いていた。その際に、写真のみで手紙文を入れていなかったことがわかる。写真を撮った日付も書いてなかったと思われる。一文でもいいから何か書けよという声が聞こえる。このとき家族は佐賀県武雄市に住んでいた。 ここで、[デモ]とあるのは、佐世保にアメリカの原子力空母エンタープライズが初めて入港するため全国から反対派の学生が集結したことを指している。 |
| 「謝らない誤り」を犯さない(4) [32] 2025/08/14 Thu 10982 昨日 [30] の続き 大雨が襲来した10日に福岡市民がXに「香椎川が氾濫している」との動画を投稿した。これをうけた市職員の初動チェックでは氾濫は確認できなかったという。また、投稿者のアカウントも削除されていたことから虚偽情報と判断した。これを受けて、翌日市長が「偽情報は災害対応の妨げになる」とSNSで注意を喚起した。ところが、その後、現場で氾濫の痕跡があり、投稿が事実だったと認めて謝罪文を掲載した。市長としては 「AIフェイク動画への過度な警戒心が判断に影響した」と反省し、 「災害時には冷静かつ正確な情報確認が重要」と強調したという。まずは、 当然とは言え、市長は「謝らない誤り」は避けたことになる。それは、[謝らざるを得ない]状況だったとも言える。SNSで情報が飛び交う時代である。ここでは、[初動時のチェック]で氾濫が確認できなかった要因を[チェックする]ことが求められる。 |
| 続 長寿番組 [31] 2025/08/14 Thu 10981 昨日 [29] の続き NHKのラジオは1925年(大正14年)3月1日に実験放送を開始し、その後3月22日に本格的な放送をはじめた。そして、[株式市況]は11月5日からはじまったという。こちらも[100周年]なのである。これはどう考えても世界でも最長寿番組に違いない。まことにめでたいことだが、今の世の中、これをどのくらいの人数が聴いているのだろう。とにかく淡々と1時間会社名と株価、前日との差を読み上げていくのである。プロにしても、すべての会社の株価とその変動を知る必要がある人はいないだろう。目的の株価はスマートフォンで一瞬にしてわかる。そんなわけで、この放送がいつまで続くのか興味関心が出てきた。 ついでながら、合成音声化が2009年10月にはじまり、2014年3月31日からは、すべて完全自動化されたらしい。生身の人が読んでいるのではないのである。 |
| 「謝らない誤り」を犯さない(3) [30] 2025/08/13 Wed 10980 昨日 [27] の続き 裁判で検察側が圧倒的な有利に立てる法律はどうしてできたのか。アメリカでは「検察官は、被告に有利であり、かつ有罪・量刑に影響を与える可能性のある証拠を、弁護側に開示する憲法上の義務を負う」とされている。これは1963年の判例によっている。それは強盗殺人事件だったが、最高裁の多数判断として「我々は今、被告に有利な証拠を検察が隠すことは、たとえ善意であっても、証拠が有罪または量刑にとって重要である場合には、適正手続の違反であると判断する」としている。歴史と文化の違いはあるとして、彼の国では60年以上前に出された判断である。そうしたアメリカでもDNA鑑定によって無罪を証明された事件が多数*あるとされる。 *2020年時点で[2700件以上]という数値もあるが、わたしとしては確証できないことから、[多数] としておく。 |
| 長寿番組 [29] 2025/08/13 Wed 10979 ラジオ放送が開始されて100年目だという。そんな中、数日前、風呂に入りながら防水ラジオをつけた。そのときNHKの第2放送に合わせていたのだが、「○○(会社名)●●円、○円高」「◯◯△円安」といった音声が聞こえてきた。それが「株式市況」であることはすぐにわかった。その瞬間に、かつて小学生だった自分には、アナウンサーの声がまるで呪文か暗号のように聞こえていた記憶が蘇った。もちろん、意味はわかっていなかったが、その響きが妙に心地よく耳に残った。その中でも「へいわくどうさん」があった。それが[平和不動産]であることなど理解していなかった。[まるは]や[にっすい]といった名前も浮かんでくる。 ともあれ、アナウンサーの声が耳に入った瞬間に、「これこそが最長寿番組ではないか」と思った。 |
| 4人の物語(108) [28] 2025/08/13 Wed 10978 8月6日 [12] の続き Aが「七つの誓い」で主役の中村錦之介が骨付きの肉にむしゃぶりついてうまそうに食べていたシーンを憶えていることはすでに記した。これと並んで「空の大怪獣ラドン」も小学生のAに衝撃を与えた。じつは、その鮮烈さは「七つの誓い」をはるかに超えていた。それどころか、Aは今日に至っても、怪獣映画のベスト3の中に「ラドン」がいる。わが国で初の特撮怪獣映画は「ゴジラ」だから、これをトップに置かざるを得ない。また、ゴジラが原水爆実験によって生まれたという原点も国際性、社会性を持っている。 そんなことから、「ラドン」がNo.2、銀メダルとしても致し方ない。その上で、Aは「ベスト3はいない」と考えている。「ゴジラ」は初代からアメリカでも好評で、後にはアメリカ製まで生まれた。ただし、初代ゴジラは[Godzilla, King of the Monsters!]では、反核のメッセージ性は削除されたという。ともあれ、Aはその後の[ゴジラ]に銅メダルを与える気持ちにはなっていない。 |
| 「謝らない誤り」を犯さない(2) [27] 2025/08/12 Tue 10977 昨日 [25] の続き 権力を持った側が「自分たちは誤らない」との姿勢を持ち続ける限り冤罪はなくならない。それにしても素人には信じられないような状況で裁判が行われているようだ。スポーツマンシップというものは、公正を期したルールの下で「正々堂々」と戦う精神のことである。そのルールが一方側に有利であれば試合そのものが成り立たない。 裁判のルールである[刑事訴訟法]では、検察官は[有罪立証に必要な証拠]を提出する義務を負っている。それは被告の犯行を実証するのだから当然である。証拠がなけれは裁判そのものが成立しない。その一方で、現行の制度では、[被告人に有利な証拠]を積極的に開示する義務は定められていないというのである。その中には[無罪の可能性を示す]情報も含まれることになる。より積極的には、[無罪としか考えられない]情報があっても提示の義務はないというのである。 |
| 家族への通信(18) [26] 2025/08/12 Tue 10976 8月10日 [22] の続き はがき[消印1966年7月10日 福岡西局 父が記した番号39] 九大のやつめ、くじ引きなんかして、誰も予想だにしなかった地学を指定してきた。とにかく本日からついにスタートである。ところで、参考書その他を一度に購入するから2000円ほど来る時に用意してきてもらいたい。伊万里行きは一応見送ることに決定した。とにかく頑張るぞ!!夏の補習代は5ヶ月で850円である。金を使わせて申し訳ないがそれに報うようやるぞ!! この当時、全国の大学が入試の方式についてあれやこれやと知恵(?)を出していた。その一環として[指定科目制(?)]なるものがあった。これは、高校生である受験生が特定の科目だけ勉強して、ほかのものをないがしろにしてはいけないという親心(?)、正義感(?)が元になっていた。そこで、入試の1年ほど前までは、どの科目で入試をするか教えないというわけだ。そして、わたしが受験する年の文系の理科は[地学]にすると発表したのである。その科目の選択は何と[くじ引き]だった。当たりの地学は1年次にに受けていたが、その当時、この科目で受験する者はほとんどいなかった。発表を聞いた高校の教師も驚いていた。この方式、それほど時間が経過しないうちに消えてなくなった。幸運にも(?)地学を受けて大学生になった友人たちと、「そりゃあそうだよね」と笑った。 |
| 「謝らない誤り」を犯さない(1) [25] 2025/08/11 Mon 10975 本コラムで「謝らない誤り」についてはじめて言及したのは、2006年3月13日ことである。これを、いつごろから講義や研修で取り上げていたかは記憶にない。 組織で不祥事が起きると、関係者がまずは誤りあるいは過ちを認めて謝罪する。それが定番であり、また常識でもある。ところが、[謝らない]ケースもある。たとえば、それが国の機関となると、すんなりと謝らないことがけっこうある。とりわけ訴訟に関係してくると、そもそも[誤りや過ち]を認めないから、[謝る]理由がないというわけだ。裁判で再審の判決が出されても、多くの場合、検察は上級審に申し立てる。それが、少なくともこれまでの定番だった。つまりは、「自分たちは誤っていない」と主張するのである。そもそも再審自身が裁判所から認められるための壁がきわめて厚い。仮にそれが認められても、その後に気が遠くなるほどの時間がかかる。 |
| 第三者効果 [24] 2025/08/11 Mon 10974 講演の終わりが近づいたころです。わたしはこんなことを言います。「みなさんのお顔には、『あんたはいいね、言うだけだから』という思いがあふれていように感じます…」。その際は笑っていますが、[みなさん]も多くの場合は笑顔で聴いていただけます。その上で「わたしは、間違いなく[言うだけ]の人間です。その上で、『それはそうだね』と受け止めていただけることが一つでもあれば、わたしとしてはありがたいのです」とお伝えしています。 その点については好意的なお声を聴くこともあり、ありがたいことです。人は仲間からの忠告には抵抗を感じることもあります。一方、[同じこと]を言われても、第三者から言われるとそれに耳を傾けることもあります。日常的な関係を持たない立場から語ることに意味があるのです。それは[第三者効果]と言うべきものでしょう。その点で、自分もそれなりに存在意義はあると思いつつ、未だに趣味の仕事を続けています。 |
| リーダーシップ・タブー集(4) [23] 2025/08/10 Sun 10973 7月30日 [60] の続き [緊急事態が起きたとき対応が遅れる] リーダーシップは平常時はもちろんだが、緊急時に重要な役割を果たす。これは個々人としてのリーダーの問題だけではない。世の中で表面化する組織の問題のほどんどが、[対応の遅れ][不適切な対応]によっている。いわゆる[初期対応]のまずさは、あらゆる組織にとって致命的な結果をもたらす。ただし、ここでは、とりあえずリーダー個人に焦点化しておくことにする。 とにもかくにも[対応が遅れること]は職場に混乱をもたらす。部下たちも対応すべき行動がわからずに右往左往すれば事態は時間と共に悪化する。その結果として、リーダーに対するメンバーの信頼が低下するのは当然である。その点で、リーダーは平常時から[緊急事態]を想定し、その具体的な対応を考えておくことが求められる。 |
| 家族への通信(17) [22] 2025/08/10 Sun 10972 8月7日 [15] の続き はがき[消印1968年1月18日 福岡西 父が記した番号111] 成人式は終わりました。ネクタイをどうも有難う。写真は理髪店に行ってから写すことにしよう。理髪店には20日ころ行く予定だから写真は来月初めころにつくでしょう。ネクタイ締めてまったくよく似合いますよ。今まで1回だけ着て町に出たっきり。お礼(お年玉)の住所を知らせよ。 わたしはこの時点では19歳だったが、当時は「20歳になる年」に成人式へ出席していた。いまはどうなっているのだろう。福岡市の薬院にあった九電体育館が会場だった。ネクタイ姿が気に入ったようだ。お年玉は両親が預かったのだろう、お礼を出す住所を聞いている。ついでながら、はがきを見ると7円である。わたしの記憶では5円があるから値上げしたのだろう。 |
| 日記の中の母(80) [21] 2025/08/10 Sun 10971 8月3日 [05] の続き 1973年11月2日 金曜日 昭和39年に録音したテープがある。私が高一の頃の遊びで家の者にアンケートを渡し、その回答を録音したものである。今二時間ほど聞いていた。勿論そこには母のもう 二度と聞くことのできない声がはっきりと録音されている。こ れは驚くべきことで、ほんの今迄忘れてしまっていたものなのである。この録音から十年以内に死んでしまおうとは誰もが思っていない。しかし、貴重だ。私が生きている限り、この 母の声は私を勇気付けるであろう。録音を毎年続けていればよか ったのであるが、残念ながらそれはない。何故なら翌年の昭和40年には父が長崎へ転勤となって、私は一人で寮生活をスタートさせたのであるから、そんなつもりは毛頭なか ったのだが、病院での録音も若干聞きとりにくいが存在 している。まさに母の最後の言葉である。まだ母がこの世 に存在していないという実感が非常にわきにくい。 母が亡くなったのは10月29日、葬儀が31日。それから4日目のこの日は、大学ノートのほぼ2ページに亘って書いている。少しばかり、気持ちをまとめる心の余裕ができたのかもしれない。 |
| 続 平均値のマジック [20] 2025/08/09 Sat 10970 昨日 [18] の続き [平均値]が実態を示していない例は枚挙にいとまがありません。それは所得の統計でもはっきりします。厚生労働省の調査によれば、2022年の一世帯当たりの[平均値]は[約545万7,000円]です。これに対して、[中央値]は[約423万円]で、[平均値]より少なくなります。さらに、もっとも多い[最頻値]は[200~299万円]です[平均値]が実態を伝えていないことが明らかでしょう。 わたしも[五段階尺度]で回答を求める質問項目を使用してきました。そして、データが多くなると[平均値]で全体を見たくなります。しかし、それが回答者の本当の姿を示している訳ではありません。早い話が、[全員が3]と回答した集団と[半数が5,半数が1]の集団の[平均値]はどちらも[3]になるのです。 |
| 続 やりすぎ[蹴鞠] [19] 2025/08/09 Sat 10969 昨日 [17] の続き 蹴鞠のレジェンド藤原頼通が2000日間連続してプレーした話は大いに笑える。その間、病気になれば寝床でボールに障り、大雨の日には屋内の大極殿で蹴鞠を続けたらしい。 これを取り上げたのは、自分にも[似たような体験]をしていたからである。それは40代後半だった。健康志向で2年間ほど365日1万歩を歩き続けた。朝は5時台から外に飛び出す。ところが、雨や台風もやってくる。そんなときは仕事場の中で歩き回った。さらには車で体育館まで出かけて、フロアをひたすら歩き回った。体育館では利用手続きを取っていない人間がひたすら、館内を歩き回るのである。これでは、事務所の人には[あやしげな不審者]と思われても仕方がない。そんな状況に置かれても1万歩に固執した自分を思い出して、苦笑いしながらラジオを聴いていた。 |
| 平均値のマジック [18] 2025/08/08 Fri 10968 昔から、[平均値]には気をつけましょうと言ってきました。話のネタとして[悪魔の平均値]をいまでも使っています。ただし、[平均値]のすべてを[悪魔]としていると、あちらこちらから文句が出てきそうです。何分にも弱気のわたしですから、ここでは[マジック]と和らげました。 冠名は措くとして、[悪魔]いや[マジック]の典型例として[寿命]を挙げることができます。厚生省の[簡易生命表]によれば、2022年の平均寿命は[男性:81.05歳 女性:87.08歳]です。これに関連してAIでもっとも多くの人が亡くなる[最頻値]は[男性:88歳 女性:93歳]でした。また、長寿順に並べちょうど真ん中にあたる人(たち)の[中央値]は[男性:83歳 女性:90歳]となりました。いわゆる[平均寿命は[0歳]の子がどのくらい生きるかを示すもので、年齢によって[余命]は異なってきます。そのため、[年齢]を考慮ぜずに1個の平均値を使うのは問題なしではありません。また、[最頻値][中央値]の算出はAIの解答です。こうした条件は考慮する必要はあります。ただ、ここでは[平均値]を見たときは、それがすべてを代表するものでないことを頭に入れておくことがとても大事です。 |
| やり過ぎ[蹴鞠] [17] 2025/08/08 Fri 10967 昨年、NHKカルチャーラジオ「歴史発見」で「蹴鞠(けまり)」が取り上げられた。講師は東洋大学法学部教授の谷川博信氏。番組では、蹴鞠が貴族社会に定着し、権力と結びついていった経過が語られ。そもそも蹴鞠は身分を問わず人々が楽しむ遊戯だった。これが、11、12世紀初頭にかけて、技法・作法・消毒・施設利用などのルールが体系化された。その結果、上級貴族のスポーツになったという。その中で藤原頼通は蹴鞠界のレジェンドらしい。彼は生涯で約7000日蹴鞠を行い、そのうち2000日は連続してプレーしたという。とにかく、病気のときも寝床でボールに触れ、大雨の日には屋内の大極殿で蹴鞠を続けた。そんなことで、三年以上休まずに取り組んだというからすさまじい。 |
| ビートル号の終焉(5) [16] 2025/08/07 Thu 10966 昨日 [14] の続き われわれは[ルールは守らなければならない]ことを前提にしている。もちろん、それが公正な手続きによって決められていることも大前提である。一部の集団や人間によって自分たちの都合のいいように決められるケースは歴史の中で枚挙のいとまがない。それは現在でも同様である。ただ、この議論を始めると個別の案件を分析するまでに途方もない時間がかかる。 少なくとも「問題が起きたら隠蔽しない」くらいは、誰が決めたって当然だろう。JR九州の高速船のケースでは、その「前提、常識」を経営層が守らなかった。 その理由の一つが、運航停止による顧客対応や収益への影響だったという。組織にとって「困ることは言いたくない」との力が働くのは当然である。しかし、そのためにビートルはこの世から永遠になくなったのである。これをとんでもない人間たちのとんでもない仕業で終わるわけにはいかない。そんな判断をさせた組織的な要因があることは言うまでもない。 |
| 家族への通信(16) [15] 2025/08/07 Thu 10965 8月4日 [08] の続き はがき[消印1968年8月2日 豊島局午前8時12分 父が記した番号125] 東京最後の夜 代々木体育館 NHK放送センター 明日の夜は博多 今日の夜は銀座にいたのに。 日付が書かれていないが、消印から推測すると、前日の8月1日だろう。代々木体育館などは、このときから4年前に東京オリンピックで有名になった施設の一つである。NHKはいまでも観光スポットの一つだろうか。 このときだったと思うが、高校・大学の先輩がアナウンサーになって東京にいた。こちらに来たら連絡しろと言われていて出かけたのである。放送センター内の職員食堂らしきところで昼食を摂った。夜は銀座でその先輩から食事をごちそうしてもらった。多分、新宿だったと思う。ここまで書いて、日記を探してみたところ、当日その事実はなかった。それは先輩が就職した後だから、まだ先のことだった。人間の記憶はいかにも怪しい。 「明日の夜は博多」と書いているから、2日の早くに新幹線で東京から新大阪へ行き、特急電車に乗り継いたのだろう。山陽線だけで6時間はかかったのではないか。そんなことで、わが住まいのある福岡の博多駅に到着するのは夜になったのだ。 |
| ビートル号の終焉(4) [14] 2025/08/06 Wed 10964 昨日 [10] の続き 浸水を目の当たりにしたのは現場スタッフである。それが上層部に伝えられたから、トップが隠蔽工作とも言える意思決定をしたのである。こうした対応を現場の人間が、「まずい」と思わなかったとは考えにくい。少なくとも「そんなことしてはまずいのではないか」と思う方が自然である。 この点について、第三者委員会の調査報告書では、「内部通報制度が活用されなかった」と記されている。何のことはない、「制度」はあっても機能しない典型例である。それは「組織トラブルの2要因」としてわたしが絶叫し続けている、「言いたいことが言えなかった」「言ったけれど聴いてもらえなかった」のうち前者のケースになる。ただし、後者の「言ったけれど聴いてもらえなかった」可能性は[ゼロ]なのだろうかとも思う。 |
| MAW [13] 2025/08/06 Wed 10963 トランプ大統領が米労働統計局長を突如解任した。その理由は、7月の雇用 統計が予想を大幅に下回っただけでなく、5、6月分についても下方修正されたためである。トランプ氏はこれを「政治的操作」と断定した。ただし、これについても、不正操作の根拠は示されていないらしい。また、テキサス州では共和党が有利になるような選挙区修正の動きが出ている。アメリカはどうなっていくのか。 いずれにしても、政権内で異を唱える存在が目に見えず、声も聞こえてこない。それはまさに「集団止考」状態を思わせる。何のことはない、集団で思考停止に陥っているのではないか。このような体制では、正当性の検証を欠いた意思決定が繰り返され、制度そのものの健全性が損なわれる。今や、自分たちの意思決定や行動に疑問を投げかける[小さな声]が[大きな声]になる必要がある。このままだと、“Make America Worst”への道を辿るだろう。 |
| 4人の物語(107) [12] 2025/08/06 Wed 10962 7月30日 [58] の続き Aが子どものころは映画全盛の時代だった。それほど大きくない市でも数館はあった。当時、映画は大手の会社が製作していて、配給の系列が厳然としていた。いま、Aが思い出すだけでも、松竹・東宝・大映・東映・新東宝・日活があった。松竹の映画は松竹系列館のみで公開するという具合である。 それは、今日の地上波テレビと似ている。東京にあるキー局が地方局を系列としている。熊本では民放が4局あるが、それぞれTBS、日本テレビ、テレビ朝日、フジテレビの番組を流している。また、テレビ東京系は熊本にないが、人気番組と思われるものを時間差を置いて熊本の複数局が流している。 Aが小学生のころの映画館も似たような状況だったと思われる。そうしたことから正月映画と思われる「七つの誓い(東映)」と「空の大怪獣ラドン(東宝)」は、それぞれの系列館で同時に上映されたのだろう。 |
| 肉親の戦死 [11] 2025/08/05 Tue 10961 昭和弐拾年四月弐拾七日(時刻不詳)南洋群島方面ニ於テ戰死佐世保海軍人事部長久重一郎報告同年九月壱拾七日受附 これは、わたしの伯父の戸籍謄本に記されているものです。わたしはあの戦争を知りませんが、肉親が戦死しているのです。大正11年10月26日生まれですから、弱冠22歳で国家から死ぬことを強制されたのです。 祖父は、「戦死と伝えられたが、実際は餓死したのだろう」と言っていました。伯父が亡くなったとされる1945年4月は、すでに沖縄戦が始まっています。米軍としては南洋諸島はすべて確保し、沖縄に注力していたのです。そうした状況で、多くの島で日本軍は見捨てられ、補給も立たれて孤立したのです。その結果、本格的な戦闘もなく7割以上が命を落としたというのです。伯父が亡くなった理由はわかりませんが、祖父の推測は間違っていなかったのでしょう。もちろん遺骨は戻らないままです。そもそもどの島で命を落としたのかすらわからないのです。 |
| ビートル号の終焉(3) [10] 2025/08/05 Tue 10960 昨日 [09] の続き 第三者委員会の報告書によれば、浸水警報装置の位置を意図的に変更して警報が作動しないよう操作していた。その判断は、社長を含む幹部4人で行われていた。そして、公式の航海日誌には「異常なし」と記し、裏帳簿に「マル秘」として浸水量を記録していたという。さらに、警報が作動した際には、「突然の浸水」と虚偽の説明をしていた。これが現場の担当者ではなく、トップ層の判断であることから、組織そのものの問題である。そのとき、幹部の中から「正直に対応した方がいい」といった意見が出されなかったのだろうか。そうであれば、それはどうしてなのか。 また、現場第一線の担当者が問題に気づいていなかったことはあり得ない。目の前で起きていることに気付いたからこそ報告したのである。そして、単なる推測だが、担当者が幹部の対応を「正しい」と納得していたとは考えにくい。 |
| ビートル号の終焉(2) [09] 2025/08/04 Mon 10959 昨日 [07] の続き 問題が発覚したのは、2024年8月の国土交通省による抜き打ち検査だった。このとき、船体の浸水を検知する警報センサーの位置を意図的に変更し、警報が鳴らないようにしていたことが明らかになった。つまりは、船内に浸水していた事実があったにもかかわらず、運航を継続していたのである。これは安全を最優先すべき組織としては重大かつ深刻な違反である。 じつは、前年2023年2月には船体の亀裂による浸水があり、これに対して国土交通省から「輸送の安全の確保に関する命令」が出されていた。その後、2023年12月までに浸水が再び発生し、さらに2024年1月にも同様の事態が起きていた。ところが、この件は報告されず、その記録は[ウラ管理簿]に残されていたという。[ウラ]と聴くと、1999年9月に発生した臨界事故後に明らかになった「裏マニュアル」が頭に浮かぶ。 |
| 家族への通信(15) [08] 2025/08/04 Mon 10958 7月30日 [59] の続き はがき[消印1968年8月1日 豊島局午前8時12分 父が記した番号124] 本31日 岩波書店 日本武道館 皇居 日劇 東宝演芸 夜の銀座 本日はよく歩いた。最も連日よく歩いているが…。東宝演芸は落語漫才で非常に面白かった。 大学の2年生のときに東京にいた叔父夫婦の家に遊びに出かけた。新幹線は東京・大阪間のみで新大阪までは在来線の寝台車が一般的だった。飛行機は高嶺(高値?)の花で、東京に行くのは大旅行の時代である。 当時の大学生にとって神田の書肆街は憧れの的だった。岩波書店では発刊されたばかりの新書を買った。当時は普通だった書店の紙カバー、単なる包装紙だが、を被せたまま長い間本棚に置いていた。東宝演芸場に入って、生まれて初めて漫才や落語を聴いたが、だれが出ていたかまでは記憶にない。 日劇は別の日に叔父に連れて行ったもらったが、まだ世に知られる前のコント55号のドタバタ寸劇があった。叔父が「今人気がでている」と教えてくれた。何とも、懐かしい。 |
| ビートル号の終焉(1) [07] 2025/08/03 Sun 10957 JR九州の子会社であるJR九州高速船株式会社は清算に向けた手続きが進んでいる。博多港と釜山港を結ぶ高速船[ビートル号]が就航したのは1990年だった。国鉄が民営化されJRとしてスタートしたのは1987年4月1日である。国営である国鉄は鉄道事業に特化しており、民営化したJR九州にとって、国際航路開拓のチャレンジは大成功をもたらした。そして、2005年10月1日にJR九州高速船株式会社としてJR九州から独立した運航会社としてスタートした。その後、韓流ブームもあって、最盛期には年間60万人以上が利用する大人気航路となった。 |
| 家族への通信(15) [06] 2025/08/03 Sun 10956 7月30日 [59] の続き はがき[消印1971年10月25日木更津局 父が記した番号188] 千葉で、今回最後の日を迎えました。今日、午後3時より君津で調査を行い帰ります。今回は長い旅でしたが、東京では着いた日に国電が国際反戦デーで有楽町で止まったり、今日のニュースによると都内では爆発物が仕掛けられたりとのこと。全く東京は物騒なところです。10月25日千葉にて。 このときは海運系の会社で組織調査をした記憶がある。当時のわが国はいまの若者には想像できない騒然とし状況にあった。この10月21日、全国600か所で「反戦集会」が開催され、150万人が集まった。その影響で国鉄(現JR)が止まったのである。東京の「中央大集会」には12万人が参加した。そのうち、中核派系6300人、反中核派系6800人、革マル派3200人、ベトナムに平和を!市民連合(べ平連)などの市民団体4700人が別々に集会を開いたという。(https://ja.wikipedia.org/wiki/国際反戦デー) |
| 日記の中の母(79) [05] 2025/08/03 Sun 10955 7月27日 [50] の続き 1973年10月31日 水曜日 10月の最終日。母の葬儀。アパートの集会場にて午後2時より行われた。われわれの友人を含めて多くの方々に参列してもらった。母も、月並みだが、これで浮かばれることだろう。 この日は叔父が参列者に挨拶をした。手術を受けて亡くなるとは本人も含めて予想しなかったといった主旨の話だった。日記には叔父のことを含めて葬儀の様子を何も書いていない。ただ、この日のことを記しておこうとペンを取ったのだと思う。 |
| 白船の衝撃 [04] 2025/08/02 Sat 10954 最近、熊本が話題にのぼる機会が増えている。その背景には、菊陽町の丘陵地に登場した巨大な事務所ビルと工場の存在がある。台湾の半導体大手TSMCが建設したその施設は、遠目には真っ白に輝き、「黒船」ではなく、巨大な「白船」に映る。飛行機で熊本から離陸すると眼下に見える。 工場が稼働する前から、従業員の給与水準は熊本では破格とされ、地域経済への刺激効果が期待されていた。一方で、懸念する声もあった。すでに高給与による人材が流出し、地元の中小企業や旅館・ホテル業界では人材確保が困難となった。ニュースでは、採用活動が難航している様子が報道されていた。地域活性化というポジティブな側面とは裏腹に、既存の産業構造との摩擦や歪みが生まれるという懸念もある。 この「白船」の進出がもたらす変化を、単なる経済効果として捉えるのではなく、雇用、地域文化、産業連携といった多面的な視点から検証する必要があるだろう。この巨大工場は、地域に根づき、熊本の未来に希望をもたらす白船となるのか、あるいは問題が発生するのか。今後の展開に関心を持ち続けたい。 |
| 有明海の空と海 [03] 2025/08/02 Sat 10953 熊本港から島原に向かうフェリー。こちらは真っ青な夏に白い雲が浮かび、船の波しぶきの海とぴったりあっている。わたしが熊本に来た46年前、熊本大学に赴任した翌月には諫早に出かけた。国立諫早少年の家の研究会に参加し、その後も数年間通った。このときは熊本県の玉名市に近い長州港からのフェリーで島原半島の多比良港に着いた。その後2001年に熊本港が開港し、島原半島がさらに身近になった。高速船だと30分しかかからないのである。諫早にある長崎県看護協会には途中からフェリーに切り替えた。こちらも数年前に一区切り着いた。そんなことでこのフェリーに永いことお世話になった。 |
| 天地の誤解? [02] 2025/08/01 Fri 10952 テーブルの上に、知り合いからいただいた果物の箱が置かれていた。 箱の側面には[天地無用]と書かれたラベルが貼られ、文字の上に数本の上向きの矢印が並んでいる。 この矢印が示す方向が[天]であることは容易に推察できる。 しかしこの表現には誤解も多い。これを上下はどちらでも構わないという意味だと受け取る人もいる。これは運送関係者の業界用語に端を発しており、もともとは「天地入替無用」や「天地転倒無用」といった、より具体的な表現だったという。それが簡略化され、「天地無用」という言葉だけが残されたことで、意味が不明瞭になってしまった。 そもそも[無用]を辞書で引けば、「しなくてもよい」「不要」という意味が先に説明されている。これが「上下を気にしなくていい」と誤解される要因となっている。 それに、[天地]という表現も大げさではないか。単純に「上下」とした方が間違いがない。いっそのこと、[天地使用無用]としてはいかがでしょうね。 |
| 漫画の世界 [01] 2025/08/01 Fri 10951 熊本県の阿蘇にある高森駅の光景。写真は漫画[ONE PIECE]のキャラクター[フランキー]の像。といっても、わたしが知っていたのは[ONE PIECE]という漫画があることだけ。登場人物の名前が[フランキー]であることは言うまでもなく、彼が船大工だなんて知識は皆無だった。ここは南阿蘇鉄道のターミナルで、駅にはこれまた[ONE PIECE]のラッピングカーも停車していた。作者が熊本出身と言うことで、県庁には主人公の像もある。写真は仕事で出かけた際に撮ったが、灰色の雲が多く、真っ青な空と白い雲とはいかなかった。 |