味な話の素  No.263 2025年03月号(10571-10640) Since 2003/04/29

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基本と繰り返し(3) [70] 2025/03/31 Mon 10640 昨日 [68] の続き
 とにもかくにも、職場の挨拶のように、[基本]に関わる[声掛け]を継続することが大事でしょう。その意味では、まったく同じ言い回しを単純に繰り返すことも効果が期待できると思います。
 その上で、②日常の挨拶は人と人との繋がりの維持を超えて、関係の強化をもたらすと考えたくなります。たとえば、挨拶の際に「今日も元気だね」と付け加えるのはどうでしょう。また、「何だか元気がないねえ。体調は大丈夫かい」とプラスαするのです。それで、「〇〇さんから挨拶されると気持ちがいい」[〇〇さんは自分のことを気に留めてくれている」といった受け止め方をされれば、信頼関係も深まります。まあ、ご質問いあった[テクニック]とまではいきませんが、[工夫]とは言えそうです。
 これと同じように、[基本]を枕詞にして、何かをちょっとだけ「プラス」することで、良好な対人関係創りも可能になると思います。
家族への通信(5) [69] 2025/03/31 Mon 10639 2月15日 [36] の続き
 お久しぶりに「家族への通信」です。
 はがき[消印1965年11月13日 父が記した番号10]
 吾輩の経済観念を信用する事。現在(十日)残金が千五百六円で十七日迄は十分過ぎる。但し時計修理代八百円は十八日に出すと時計店にも言ってある。(本当は十四日に出来るのだが十八日に取りにゆくと言った) その代わり、毎日ギリギリでやってはいるが大丈夫である。最近は夜も寒くなり出した。暖房器具を考えること。但しあくまでも無理すんな。凍死はせんから。ジャンパー、カメラフィルター、弁当箱持参セヨ。
 福岡で寮生活を送る高校2年生の息子が両親宛に送ったはがきです。親子間のやり取りですが、冒頭に[吾輩]とくるのは漱石の影響でしょう。あと1週間を1506円で過ごせる時代だったのですね。毎日が[ギリギリ]とは書いていますが。それにしても「無理すんな」「弁当箱持参セヨ」などと命令口調を使っています。その点だけ見れば、なんという親子関係かと思われるでしょう。そこには「□□してください」「□□しません」などと丁寧な言い回しをすることに青年期の気恥ずかしさがあったのだと思います。
基本と繰り返し(2) [68] 2025/03/30 Sun 10638 昨日 [66] の続き
 わたしは、[基本は守られないものだ]と考えて繰り返し伝え続けることの重要性を絶叫しまくるわけです。まあ、それはいいとして、[同じこと]を繰り返すに当たって、メンバーの安全に対する考え方や行動の変容に繫がる方策、テクニックはないだろうかというご質問です。そうですね、同じことを繰り返すだけでは刺激力がなくなりますね。
 それを承知の上で、①それでも「同じこと」を単純に言い続けることが大事でしょう。たとえば安全に関わる仕事をしている方々にとって、ミーティングを含めてあらゆる時と場で「ご安全に」が挨拶言葉になっています。わたしはこうした声掛けの効果を実証したことはありません。ただ、朝から晩まで職場で[安全]が響き渡ることがマイナスになるとは思えません。
 そもそも「おはようございます」という朝の挨拶、「お疲れさまです」といった声掛けは、それをしなくても問題が起きるわけではありません。その点では、互いの挨拶が人と人との関わりをさらに強化するものではないでしょう。それでも、人と人の繋がりを維持する力にはなりますよね。
日記の中の母(62) [67] 2025/03/30 Sun 10637 3月23日 [51] の続き
 1973年10月19日金曜日 今朝は早く自宅を出た。 □□(妹)に頼んでいたサンプリングでできた指定票を学生に病院近くの電停まで来てもらって8時に渡すことにしていた。学生が所属する北九州大学に預けるなどの方法もあった。しかし、わたしが朝から母の病院の付き添い担当にしていたので、電停で渡すことになっていた。ところが、昨夜自宅に帰ると、病院に泊まっている□□が早朝に福岡へ出るという。そこで、□□の出るのよりも早くわたしが病院に付かなければならなくなった。そこで5時半ころに自宅を出たが、まだ真暗であった 母は相変ず食が進まないで大変問題である。 食なしで貧血のため、輸血しなければなら ないとのこと。
 マーケティング・サービスの市場調査の手配をしていたことから、調査対象のサンプリングや学生への説明、指定票渡しなどでバタバタしていた。そうした中で母は食事が取れない状況になっていた。
基本と繰り返し(1) [66] 2025/03/29 Sat 10636
  組織の安全に関わる研修に参加された方からご質問をいただきました。
 「しつこく、繰り返し伝える」というのも重要だと思います。「また同じことを言っているな」「でも、面白いな」というように、相手に興味を持ってもらえるための工夫(テクニック)はありますか?」
 わたしは、組織の安全に関わる話をする際に、「そもそも[基本は守られないもの]と考えておくべきだ」と強調しています。その上で、「基本だから言わなくてもいい」と放置する、「どうして基本が守られないのか」とカッカするなんてことはおやめになった方がいいという話になります。そして、その対応策の一つとして、「基本」については 「しつこく、繰り返し伝える」ことが欠かせないと強調するわけです。この質問は、そうしたわたしの話について発信されたものです。とにかく「しつこく、繰り返し伝える」のはいいとして、それだけでは何とも芸がないので、ここで一工夫、「なるほど」と言いたくなる技法があるかということです
新幹線の短縮効果(3) [65] 2025/03/29 Sat 10635 昨日 [64] の続き
 新幹線とは無縁の話が続いています。いつものことながら脇道、寄り道にはまり込んでしまいました。発車までいましばらくお持ちください。お忙しいみなさまにはパスされることをお勧めします。
 さて、団塊の世代対応と進学率の高まりで増えた大学も天井に近づきます。当時名を馳せた評論家が発した[駅弁大学]が流行語になるほどでした。これは、「駅弁を売っている駅のあるところには大学がある」ということで、その数が増えたことを皮肉ったのです。
 それはそうと、駅弁を売っている駅は激減し続けています。因みに東洋経済ON-LINEによれば、その数は147駅です。それも2021年10月付のデータですから、さらに減少している可能性があります。
新幹線の短縮効果(2) [64] 2025/03/28 Fri 10634 昨日 [62] の続き
 九州大学の助手の任期が終わり、わたしは鹿児島女子短期大学の講師に採用されました。このとき短大の就職が決まるまでの[物語]が個人的には思いで深いものがあります。わたしたちが大学院を終えるころ大学で職を得ることはけっこう難しい時代を迎えていました。戦後に現れた団塊の世代、つまりはわたしたちのことですが、その[一団]が高等教育を受けるころになると、これに対応するために高等専門学校、いわゆる高専が創られ、大学も新設で賑わいます。団塊の世代が通過した後も高校進学率が伸び続け、大学はどんどん増えていきました。それに対応するため教員の需要が高まるのは自然の流れでした。つまりは、大学院を出て大学の教員になれる確率がそこそこ高かったわけです。
組織問題のスクラップ(1) [63] 2025/03/28 Fri 10633
 わたしが現役を終えたのは2014年3月である。その数年前から[身辺整理]を続けていた。その後、5年間は再雇用で熊本大学シニア教授という肩書きで現役時代と同じ仕事を続けた。この間も[身辺整理]が終わることはなかった。シニアの任期が終わると、自称[花のフリーター]となった。それでも、[身辺整理]は続く。これは、[お迎え]が来るまで終わることはない。とにかく[入り]を抑え、それよりも[出]を多くする。これで、わずかずつながら[軽量化]が進む。その対象は[限定なし]だが、このごろはスクラップもリストに挙がってきた。その中には組織のトラブルに関するものも多い。そんなわけで、スクラップをチェックするシリーズを[新設(?)]する気になった。本日は[前触れ]のみでおしまいです。
新幹線の短縮効果(1) [62] 2025/03/27 Thu10632
 新幹線が開業して所要時間がもっとも短縮したのはどこだろう。こうしたデータに詳しい[オタク]がいるはずだが、ここはわたしの思い込みで話を進めよう。その答は[博多・鹿児島間]である。
 わたしは1978年4月、鹿児島女子短期大学講師に採用された。それまで2年間、九州大学の助手を務めていた。当時の助手は[文部教官助手]という官職名の辞令を交付されていた。そんなことで肩書きには[教官]と付いてはいたが、実際に授業を担当することはなかった。ただし、教授が出張等で不在の際には授業を肩代わりすることはあった。その他、科学研究費の申請書類作成、受領した研究費の会計管理なども助手の仕事だった。
 その間も九州産業大学に非常勤で出かけて授業をしていた。これは集団力学研究所副所長の高禎助氏から依頼されたものだった。その講義題目が[職務分析]だったことを、これを書きながら思い出した。いやはや、人間の記憶は不思議なものだ。
 それはいいとして、「新幹線の話と何の関係があるのか」という声が聞こえてきた。
父の問いかけ [61] 2025/03/27 Thu10631
 父が聞く。「モチベーションとは何か知っているか」 私が答える。「心理学用語やろ。それしか知らん」 「何 だ 駄目だ」 この様に父は私の持ち帰った本等を私の先回りをしたり、教育テレビで仕入れたり、またスクラップしたりしたものの知識を私にぶっつ けてくる。私としてはそれを格好よくスラスラと答えたいのだけれど、なかなかうまくはいかない。今日父は「勉強はしている様だが、ものは書いているのか」と聞いてきた。そう言えば読むばかりで書いているものと言ったらせいぜいこの日記位なものである 。
 1968年7月18日木曜日の日記。わたしは大学2年生19歳の夏休み。父はこんな話をする人だった。
[書写]の教科書 [60] 2025/03/27 Thu10630 3月24日 [54] の続き
 教科書シリーズも[書写]でおしまいにしましょう。
 [書写]では、筆はもちろんですが鉛筆の持ち方に対するアプローチが興味深いものがあります。三省堂は[鉛筆の持ち方]というタイトルです。鉛筆を持っている二つの写真を提示して、「望ましいのはAの持ち方方だよ。自分の持ち方はどうなっているかな」となっています。また、東京書籍「書きやすい鉛筆の持ち方」となっています。光村図書は単純に「鉛筆の持ち方」です。
 わたしがおもしろいと思ったのは、「望ましい」とか「書きやすい」という表現です。わたしたちが子どものころは、「このように持ちなさい」との正解があり、「こうでないといけない」といった空気がありました。
 わたしが現役のころ、ペンを持つ際に親指が突出している学生が目立っていました。彼らに「あなたたちは[親指姫][親指小僧]だね」と茶化していました。もちろん、「こうしなさい」などとは言いませんでしたが…。
習慣を克服する(5) [59] 2025/03/26 Wed 10629 3月23日 [53] の続き
 わたしが、「今でも「[大昔]の話をする」という連載は3月13日に一区切り付けました。[集団決定法]もレビンたちが太平洋戦争中に試みたものです。今年は日本の敗戦から80年目に当たりますから、これまた[大昔]のことです。しかし、[集団決定法]は人間の行動を変えるために力になる要素を持っているのです。
 体型が[ビフォア&アフター]で劇的に変わる、あのコマーシャルの締めは、「わたしたちは結果にコミットします」です。あれは「約束する、責任を持つ」といった意味でしょう。
 わたしとしては「問題に関わり合う」という点に焦点を合わせています。人ごとではなく「自分の問題」と捉えることです。そして、「自分の問題」だからこそ、「自分の解決策」を設定することが欠かせないのです。ただし、その「正解」を集団メンバーの力を活かしながら探求していく。そこに[集団決定法]の普遍性があると考えています。
4人の物語(90) [58] 2025/03/26 Wed 10628 3月19日 [42] の続き
 Aが小学2年生の冬休み、1956年12月25日の絵日記 きのう待ちに行ってサンタの面のついたおかしをかって来ました。そしてきょうの朝五時半、□□(妹)ちゃんのまくらもとへいって、てまりとおかしをおいてやりました。□□ちゃんは、ほんとのサンタのおじいさんが来たのかと思って「どんなにして来たのやろうか」とふしぎそうにつぶやきました。それでぼくがいいました。「にいちゃんがサンタのお面をつけてふくろをさげて来たんよ」といいました。おわり。
 この日は特別のようで絵日記の2ページを使っている。最初はふくろを背負ったサンタがのお面が前面に突出した、なかなかの[名画]である。次のページは妹がグッスリと寝ている頭の上に[鞠]と[おかしらしきもの]が置いてある。
 小学2年生の時点で、A が[サンタさん]の秘密を知っていたことは明らかである。ただし、その経緯はわからない。そこまではいいとして、そのトップシークレットを妹にまで明かすという、兄が犯したとてつもない犯罪の動かぬ証拠が出てきたのである。
 
悲惨な二期目(6) [57] 2025/03/25 Tue10627 3月6日 [13] の続き
 アイゼンハワーは太平洋戦争後の大統領です。Gould教授によれば、2期目の1957年に[スプートニク]を予想できない失態を招いたというのです。それは当時のソビエト連邦が打ち上げに成功した人類史上初の人工衛星でした。科学技術でトップランナーだと思い込んでいたアメリカにとって激烈な衝撃を超える一大事だったのです。それは「スプートニク・ショック」と呼ばれ、翌年にはNASAが設立されたわけです。また、数学教育の充実も図られました。
 また、アイゼンハワー大統領二期目の1960年には、アメリカの偵察機U2がソ連のミサイルによって撃墜されます。何と言ってもスパイ機なのですから、その存在は極秘にされていました。そこでアメリカは気象データを収集していた民間機が墜落したと発表したのです。ところが、同機からパラシュートで脱出した捕まったパイロットがスパイ行為を自白してしまいます。そのときわたしは小学生でしたが、[スプートニク号]の成功も、[黒いジェット機]が墜落して大問題になっていることも知っていました
日記、拾い読み [56] 2025/03/25 Tue10626 3月9日 [19] の続き
 10月7日(土) 永い間、日記を書かずに居たら恐ろしくなった。何時死ぬかわからぬのに、日記も書かずに生活を続けるとは正に恐怖だ。日記のない生活はあまりにも愚□であると私は思ふ。日記の愚□を感ずる事は致命的な事だ。
 これは、わたしの父が1936年に書いた日記の一部です。[愚□]は□が判読できません。このとき、父は19歳、サラリーマンとして東京で働いていました。この年の2月26日には[二・二六事件]が発生しています。
 わたしは父が若いころから日記を書き続けていたと聞いていました。この記述に遭遇して、父が日記を書かない日があったことを知りました。
20年来の相棒 [55] 2025/03/24 Mon 10625 3月19日 [44] の続き
 電子辞書の新規開発が中止されるのは自然の流れでしょう。わたしたは、わが家の[トイレ図書館]でSHARPのPW-S7200を使ってきました。これは2004年7月に発売されたものですが、形状はコンパクトでありながら優れものです。現役時代は国内だけでなく海外の学会に出かける際も必須のアイテムでした。それから長い年月を経た現在でも、出張の相棒として付き合ってもらってきました。つい2週間前に大分で仕事をしたときも一緒でした。とにもかくにも、わたしの[出張 携行品リスト]の重要なアイテムなのです。
 その古き助っ人との縁に危うい空気が漂いはじめたのが[カシオが電子辞書の新規開発を止めた]というニュースでした。わたしはスマートフォンを仕事場に置いています。それは大学の研究室に電話があったと同じ感覚です。
[保健体育]の教科書 [54] 2025/03/24 Mon 10624 3月16日 [36] の続き
 [保健体育]は全くの素人ですから、どの教科書も同じように見えます。そんなわけで、自分の好みを入れても評価などできません。
 そうした中で敢えて言うと、東京書籍と大修館は飲酒事故につれついて触れています。わたしが中学生のころは飲酒事故が学校で取り上げられることはありませんでした。そもそも「マイカー」などは豊かなアメリカあたりの話だったのです。わたしが中学3年生のとき担任の有田浩先生がバイクで通勤していました。それでも自家用単車を持っているとめずらしがられたほどですから。
 また、大日本図書と学研はアルコールハラスメントに触れています。昔の酒席では、今日のセクハラ、パワハラが常態化していました。これが中学生の教科書で取り上げられるのですから時代の変化を実感します。
 個人的には飲酒事故とアルコールハラスメントの二つを一つの教科書で触れていないのどうしてなんだろうと疑問が湧きました
習慣を克服する(4) [53] 2025/03/23 Sun10623 3月21日 [47] の続き
 国民に前線の兵士たちに牛肉を送る必要性は理解されたとしても、それまでの食習慣を変えるのは容易ではありません。単純素朴に「内臓肉を食べましょう」といった呼びかけでは世の中は動かないわけです。ここで、グループ・ダイナミックスの創始者であるレビン氏の出番です。公衆衛生局が彼に食習慣を変えるために効果的な方法を相談してきたのでした。
 そのアイディアが集団決定法です。それは、課題の解決について集団で話し合って決定するのではありません。この方法の鍵は[自己決定]にあります。それは文字通り自分で自分の行動を決定するのです。これを[集団決定=集団討議+自己決定]という式で表すことができます。[集団討議]の[集団]と[自己決定]の[決定]を組み合わせということです。ただし、これは日本語だから成り立つので、まあこじつけ感もあります。英語では
“group decision making” です。
“Beating Japan”(2) [52] 2025/03/23 Sun10622 3月4日 [09] の続き
 ペーパーバックBeating JAPAN”の表紙裏に1996年9月12日 UWA と記しています。UWAは “University of Western Australia (西オーストラリア大学)です。わたしはこの年の4月から9月までこの大学に客員研究員として所属していました。その名のとおり大陸の西にあるパースで半年間を過ごしたのです。
 この本はそろそろ帰国する9月半ばに大学の生協で購入しました。裏表紙に$16.95とあります。当時はオーストラリアドルが85円くらいだったと記憶しています。単純計算で1500円ほどになります。最近の相場は94円くらいですから、こちらも円安が明らかです。このころ、わが国ではバブルが崩壊し、経済衰退の暗雲が立ちこめはじめたころになります。
日記の中の母(61) [51] 2025/03/23 Sun10621 3月9日 [19] の続き
 1973年10月18日 研究所の仕事とマーケティング・サービスのインストラクションの二本立で大変である。体が壊れないように気をつけなければなるまい。病院というハンディはあるとしても、勉強はいつだって、どこだって、その意志さえあれば、何をか言わんである。今日はマーケティング・サービスの人と夕食をして遅くなった。
 このとき、わたしは25歳だったが、多忙さのせいか、やや弱気になっている。この年で[勉強]などと殊勝に使っている。まだ、大学院の学生だった。
現代の魔女狩り [50] 2025/03/22 Sat 10620
 アメリカの国防総省、通称ペンタゴンが広島に原爆を投下した爆撃機[B29Enora Gay]と硫黄島で日本軍との激烈な戦闘中にすり鉢山に星条旗を立てる写真などを削除した。ところが、その後これらを再公開することになったという。これはABCテレビの報道とされている。
 そもそも削除の理由は、[Enora Gay]はLGBTの[gay]が含まれるため、[硫黄島]には先住民の海兵隊が写っていたためだと「推測」している。つまりは、その理由は明らかにしていないと思われる。アメリカでは多様性・公平性・包括性を重視したものを取り除く流れがあるらしい。アメリカ版[超忖度]が働いたのだろう。まるで15~17世紀ごろヨーロッパで吹き荒れた魔女狩りである。そのうち、ダーウインの[進化論]は焚書指定になるかもしれない。
 いずれも日本にとって心落ち着く写真ではないが、歴史を無視する[対価]が[退化]に繫がる。
習慣を克服する(3) [49] 2025/03/22 Sat 10619 昨日 [47] の続き
 太平洋で日本軍と戦っている兵士たちに栄養のある牛肉を優先して供給する。それはアメリカにとって当然のことでした。アメリカが日本と比較すれば、いや比較すること自身があり得ないほど物資豊かであったことは言うまでもありません。そもそも冷静に考えれば、日本の宣戦布告が無謀だったことを否定する人はほとんどいないでしょう。
 ともあれ、そんなアメリカでも、戦時には肉が不足する事態が生まれたのでした。畜産や農産物は機械をフル稼働させて生産量を一気に増やすことができません。そうした状況を受けて、国内ではレバーなどの内臓も調理して食べようということになったのです。しかし、それまでアメリカではそうした食習慣がなかったようです。そこで戦争を遂行していくためには、こうした習慣を変える必要が出てきたのでした。
疫学からの発想(6) [48] 2025/03/21 Fri 10618 3月16日 [37] の続き
 カウンセリングの領域で “narrative” という用語が使われます。辞書では【narrative:物語、物語文学、説話、話術、語り口、(本の会話の部分に対して)語りの部分(weblio】と記されています。これに似た[ナレーション]はすでに日本語になっていると言えるでしょう。こちらは【narration:物語ること、ナレーション、物語、話法(同)】になります。
 基本的には、クライアント自身が「物語」を語ることを通じて自己理解や問題解決を促す手法です。そもそもは、1980年代に、
Michael White
David Epston によって提唱されたものです。
 グループ・ダイナミックスの領域でも、実験や数値データを基にする研究方法とは別のアプローチとして、これを提唱する人たちがいます。
習慣を克服する(2) [47] 2025/03/21 Fri 10617 3月17日 [38] の続き
 今では [生活習慣病]という言葉は日常語として定着しています。習慣は永年に亘ってしっかり身に付いた行動様式です。それが望ましいケースもたくさんあります。ここでは問題だ考えられている習慣が対象です。ともあれ、それは意識するだけで変えることが難しいことは議論の余地がありません。そうした習慣を変えるための試みが[グループ・ダイナミックス]の領域で行われました。それが[集団決定法]と呼ばれるもので、太平洋戦争で日本と戦っていたアメリカで導入されたのです。
 日本軍と太平洋の前線で戦っている兵士たちに食料を送る必要があります。激戦を勝ち抜くためには可能な限り栄養豊富なものを食べてもらわなければなりません。その筆頭は何と言ってもタンパク質あふれる牛肉だったことは言うまでもありません。
二人の対話(9) [46] 2025/03/20 Thu 10616 昨日 [43] の続き
 B:そうなんです。わたしは[ボトムアップ]という用語自身が問題だと絶叫してきました。
   第一線でものをつくり、サービスを提供している人たちを「ボトム」と呼んで平気だなんて、とんでもないことです。
   Aさん、「またはじまった」という顔をされていますね。
 A:ええ、[ボトムアップ]の代わりに[グラウンドアップ]を提案されていることは十二分に知っていますよ。
   そうそう、つい先だってから、[ポンプアップ]という新創語(?)でもアピールされていますね。
 B:いやいや、そこまでご存じであればありがたいですね。
   それはそうと、気づかないうちに、長話になってしまいましたね。また、機会がありましたらお会いしましょう。
 A:そうですね。ともあれ楽しい時間でした。
   「ご健康に」。
 B:「ご健康に」
慎重派と[パワーポイント] [45] 2025/03/20 Thu 10615
 わたしは生来慎重派だと自己評価している。世の中で流行があっても、すぐには飛びつかない。ただし、一定の時間が経って手を出して、それがやみつきになることは数え切れない。と言うよりも、いま使用しているものは、そのすべてがこれに当てはまると言っていい。
 その典型が[パワーポイント]だ。学会などで[パワーポイント]なるものが使われているのを眺めていた。それが2005年4月だったことは記憶に残っている。そのときは、ニュージーランドに出かけていたが、わたしは[OHP]を使っていた。若い人が[パワーポイント]で発表するのを見て、興味をもった程度だった。そのわたしがいつの間にか[PP]を使いはじめた。おそらく20年ほどの歴史は刻んでいるのではないか。
紙から電子へ、そして… [44] 2025/03/19 Wed 10614 3月15日 [33] の続き
 カシオが電子辞書の新規開発を中止すると発表しました。わたしたちは、[紙の辞書]で育ち、おそらく40代までは、それがなくてはならないものでした。
 それに変化の兆しが見えはじめたのは、わたしが47歳のときでした。1996年4月から6ヶ月、わたしはオーストラリアで過ごすことになったのです。そのとき、当時はセイコー製だったと思いますが、電子辞書を持っていきました。それは時計のセイコーというよりも、エプソン製です。海外に大きな辞書を持っていくのは大変だと考えて、半年間は[電子辞書]のみで過ごすと決めたのです。ただし、それは4行程度の液晶画面が付いているだけで、電卓の兄貴分といった見栄えのものでしたから、かなり勇気のいる決断でした。
 それでも、けっこう活躍したことを記憶しています。とくに病院に行った際は医師が使う健康にかかわる用語の理解に大いに貢献しました。わたしはオーストラリアにいるときに、
“urine”が[尿]であることを初めて知りました。世界中、[尿検査]は基本の基本ですよね。
二人の対話(8) [43] 2025/03/19 Wed 10613 昨日 [41] の続き
 A:なあるほど、そのときの光景が目に浮かびますね。
   何と言っても軍隊ですから、地元の少女に案内されたのでは格好が悪い。
   世の中には、成果はすべて自分たちの力で勝ち取ったものだとアピールしたがる組織や人がわんさかいますよね。
 B:それこそ「格好悪いなあ」と思います。
   映画では、さらに「だめおし」が来ます。
 A:えっ「だめおし」ですか。
 B:そうなんです。
   少女が役割を終えて自分の村に戻るときです。
   隊の全員が少女に敬礼して感謝の気持ちを伝えるんです。
   もちろん高倉健の徳島隊長の号令の元にです。
 A:いやあ、お聞きしただけで目頭が熱くなってきました。
 B:小説を映画化したものですから、それが事実だったかどうかはわかりません。
   それでも、組織のリーダーはそうあってほしいと思いますよね。
 A:映画では先導した少女に感謝したということですが、これを第一線で働いている人たちと考えると、組織のトップがなすべきことを象徴しているようですね。
4人の物語(89) [42] 2025/03/19 Wed 10612 3月12日 [26] の続き
 Aが小学2年生の夏休み、1956年8月31日金曜日の日記 なつやすみもきょうでおわりです。べんきょうをしました。こんどのなつやすみは、大石、もじにいきました。一年のときより、たのしくて、うれしいでした。きょうでおしまいとおもって、べんきょうしました。
 絵日記は枚数が足りなくなって、最後の一枚2ページ分は枠などが鉛筆の手書きである。これはAの母親がつくった。今ならコピーしてできあがりとなるが、70年も前となれば、そんなものは夢にさえ出てこなかった。すべてに亘って担任が赤ペンで[はなまる]を付け、頻繁にコメントを書いている。教室には、団塊の子どもたちが50人以上いた。それでも、教師が一人ひとりに目を向けることができた時代である。
二人の対話(7) [41] 2025/03/18 Tue 10611 昨日 [39] の続き
 B:まあ、面子といいますか、対面を気にするなどは、リスクマネジメントにとって最大のリスクなんですよね。
 A:そうそう、よくある話ですね。
 B:映画の
「八甲田山」は新田次郎が書いた小説の映画化です。
   小説にも映画にも脚色はあって、すべてが事実とは言えないとは思いますが…・。
 A:それはそうでしょうね。
   まあ、そこを押さえた上で、冬山を自分の生活圏にしている少女に道案内を頼んだことが、両隊の生死を分けることになったという流れでしょう。
 B:そうなんです。
   映画ではさらに興味深い話に繫がっていくんです。
   わたしとしてはそのシーンに感動しました。
 A:おー、それはどんなことですか。
 B:高倉健の徳島隊が無事に山を越えて、宿泊地の村に着くときでした。
   少女は役目を果たして隊列の後ろに下がろうとするのですが、隊長はそのまま少女に先導させるのです。
ご意見番不在? [40] 2025/03/18 Tue 10610
 政治とお金の問題が騒がしいとき、商品券で話題を提供した人がいる。法に触れるか否かは知らないが、自分の立場と世情を考えれば、そんなことをしないのが健全な人の常識である。
 そう言えば、「□□ノマスク」などというものもあった。国が進めたことなのに、ご本人以外は周りの誰一人使ってない映像が流れ続けた。それでも付けざるをえないのを見て、滑稽を超えて哀れみすら覚えた記憶がある。
 それはさておき、今回は「商品券が違法だと第何条に書かれていますか」と記者のみなさんに問われていた。これに対して記者が「21条2項」と答えたところ、「政治活動に対する寄付ではない」と突っ込んだとのこと。ご当人の嬉しそうな表情から察すると、「これを言いたかった」との思いがあったのだろう。
 マスクもそうだが、「殿様、今はまずいですよ」となだめるご意見番はいないのでしょうか。
二人の対話(6) [39] 2025/03/17 Mon 10609 3月15日 [33] の続き
 A:しかも、問題が起きてもトップが知らん顔で生き残る。
   そんな事例は太平洋戦後にもあったと言われています。
   Bさんが興味をもったのは、そうした集団のリーダーシップだったのですね。
 B:そうです。
   それが典型的な形で現れたのは、秋吉久美子が扮する村の少女が、高倉健の部隊を先導して山越えをしていくところです。
   何と言っても冬の山ですから、地元の人間の案内がなければ危険極まりないわけです。
 A:それはそうでしょう。北大路欣也の部隊はどうだったのですか。
 B:そこが問題なのです。
   神田班は、「軍たるものが、地元民の助けなど乞うようなことはがあってはならぬ」といった調子でサポートを断るのです。
 A:まさに権威主義といいますか、「俺たちはお前らの世話にはならん」と見栄を張るわけですね。
   自分たちのことも周りの状況もまるで見えていないんですね。
習慣の話 [38] 2025/03/17 Mon 10608
 【習慣 ①長い間繰り返し行ううちに、そうするのがきまりのようになったこと。 ②その国やその地方の人々のあいだで、普通に行われる物事のやり方。社会的なしきたり。ならわし。慣習。「盆暮れに贈り物をする—がある」  ③心理学で、学習によって後天的に獲得され、反復によって固定化された個人の行動様式。(デジタル大辞泉)】 新人にねぎらいの商品券を贈るのは②に当たるのでしょうか。
 まあ、それは置くとして、知識や理屈に反する行動であっても、習慣化するとそれを変えることはむずかしいのです。飲酒に関して「週に一度は休肝日」などと推奨されます。それは7日のうち1日だけ飲むのをやめるだけなのに、それがなかなかできないわけです。「今日は飲むまい」と決めていたつもりなのに、なぜか冷蔵庫を空けてビールを取り出しているんですね。朝起きたとき、心の中で「今日は晩酌しないぞ」と決めても、奥さんにはまず言わない。そんな宣言をしてしまうと、飲んでしまったときに責められるとまずいと考えてしまう。それなら飲まなきゃいいのですが、夕方を想像すると、気弱になってしまうのでしょう。
疫学からの発想(5) [37] 2025/03/16 Sun 10607 3月14日 [32] の続き
 心理学では「人を使った、つまりは被験者にした」実験が行われます。それを正しく実施するために、「実験心理学」という領域があります。グループ・ダイナミックスでも「集団状況における人間行動」を明らかにする実験が行われます。ただし、わたし自身はほとんど実験をしてきませんでした。論文数で言えば、3本程度ですが、その理由を話し始めると終わらなくなります。ここでは「あまりにもリアリティがない」と考えていたことだけ挙げておきましょう。ただし、わたしとしては、一回一回の「リーダーシップ・トレーニング」が実験そのものだと考えてきました。また、トレーニングを含めて、様々な人たちとの対話から得られる情報が重要な情報だと確信していたのです。
[美術]の教科書 [36] 2025/03/16 Sun 10606 3月8日 [17] の続き
 美術は縁遠くコメントなどはできません。わたしが高校受験のときは9科目で、美術の筆記試験もありました。それは単純な暗記物で、「天平時代だの白鳳時代の作品」に何があるかといったたぐいのものでした。美術の鑑賞力など身に付くわけがありません。
 さてさて、開隆堂出版は「発見と創造」「探求と継承」とサブタイトルを付けています。はじめに「学びの地図」と銘打って、「自分の思いを表現する美術」「他者や社会を考える美術」「文化を学ぶ」などと、社会と関係づけているところに好感が持てます。
 日本文教出版のサブタイトルは、「美術との出会い」「まなびの探究と未来」「学びの実感と広がり」です。アニメーションからはじまるところなど、中学生たちには親しみやすいかもしれません。また著名人の「学びの言葉」も印象的です。
 光村図書は、素人の印象ではいわゆる「美術の教科書」のような感じはします。
日記の中の母(61) [35] 2025/03/16 Sun10605 3月9日 [19] の続き
 1973年10月16日には、「なんとか三隅教授の仕事が終わった」と記している。プログラムの作成がこの日までかかったようだ。前日には「一生懸命にやれば、このくらいのラッシュなどでへこたれるはずがない」と自分に言い聞かせる。その一方で、「気ばかりが焦る。一つひとつを慎重に、計画的にやっていけばいいのに」との思いを付け加える。このあたりは本音が出ている。
 そして、翌17日には「一日研究所で仕事をして、マーケティング・サービスのY氏とニュー リンダで会う」と続く。前々日15日に書いた「マーケティング・サービスの調査」について打合せをしたのである。ところで、「ニュー リンダ」は集団力学研究所が入居していたビルの目の前にあった喫茶店である。ともあれ、入院している母親の病院に家族で交代して泊まることも含めて、時間的な余裕のなさがうかがわれる。
伝言ゲーム [34] 2025/03/15 Sat 10604
 キリスト教の[聖書]は誰が書いたのでしょう。門外漢的にはマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ、パウロ、ヤコブ、ペテロなどの名前が浮かびます。
 [仏教経典]に書かれている釈迦の言葉は弟子たちの口頭で伝えられたと言います。
 イスラム教はキリスト教と起源を共有していると聞きます。その聖典[クルアーン]は我々の世代では[コーラン]と呼んでいました。これはムハンマドの言をその書記たちが記録したものをまとめたものらしいですね。
 [論語]は孔子とその高弟の言行を、弟子たちがまとめたものです。
 [歎異抄]は親鸞の発言を弟子の唯円がまとめたわけです。
 いずれも教祖や師自身が書いたものではないところが興味深いですね。論語の「子曰く」はそのことを端的に表現しています。現代風に言えば伝言ゲーム風に情報が整理されているのです。人の話は聞く側の心理も含めた状況に影響されます。ご本人たちはどんなときに、どんな声で、どんな生の言葉を使ったのでしょう。
二人の対話(5) [33] 2025/03/15 Sat 10603 昨日 [31] の続き
 A:「八甲田山」のどんなところが興味深かったのですか。
 B:山越えを目指す二つの舞台のそれぞれにリーダーがいるわけです。
   その1人が高倉健扮する徳島大尉で、もう一人が北大路欣也の神田大尉です。
 A:なあるほど、それぞれのリーダーシップが運命をわけることになったのですね。
 B:そうなんです。
   ただし、神田大尉の上に上司がいて、この人たちが権威主義的と言いますか、冒険主義的なんですね。
 A:そうしたトップがいると賢明な現場のリーダーが力を発揮できないんですよね。
   まあ、それは軍隊に限らず、今でもそんな組織はあちらこちらにありそうですね。
 B:その通りです。それが第一線で働く人たちをつぶしてしまうんです。何ともやるせないですよ
疫学からの発想(4) [32] 2025/03/14 Fri 10602 3月7日 [16] の続き
 疫学は健康に関連するさまざまな事象の頻度や分布を観察し、そこから役立つ知見を得ることを目的にしています。その対象は一人の人間ではなく集団です。その際には対象とする集団を定義し、年齢や性別など様々な要因を選択した上で、事象の頻度や分布を調べることになります。そして、対象としている事象に影響すると結論付けられた要因を除外あるいは軽減する対策を講じます。その結果として問題が解消あるいは改善されることで人間社会に貢献するのです。
 疫学の成果として引用されるのが1854年にロンドンで発生したコレラの原因が井戸水にあったことを解明したケースです。前世紀の中盤に、イギリスで喫煙と肺がんの関係が明らかにされたのですが、これも疫学の成果だとされます。ともあれ、疫学は目の前の課題を対象に、科学的なステップを踏んで、様々な事象の因果関係を明らかにすることで、現実社会に貢献するのです。
 わたしには、[グループ・ダイナミックス]は[集団関係の疫学]そのものだと思えてきます。
二人の対話(4) [31] 2025/03/14 Fri 10601 3月11日 [24] の続き
 B:「歴史は繰り返される」と言いますが、歴史を超えて人類は「同じ失敗を繰り返し続けて」います。
   嘆かわしい話です。
 A:おやおや「八甲田山」の話から組織の問題にまで広がってしまいましたね。
  主演の高倉健はこの映画までは任侠映画のトップスターとして有名でした。
  わたしはその手の映画には興味がなかったので、高倉健がずいぶんとイメージチェンジしたんだなあと思った記憶があります。
 B:そうでしたね。
   本人も「唐獅子ボタン」や「網走番外地」ばかりではいけないと思ったと、何かで聴いたことがあります。
 A:ところで映画はどうでしたか。
 B:いやあ、なかなか興味深いところがありました。
朝令暮改とオオカミ少年 [30] 2025/03/13 Thu 10600
 どこかの国の大統領は「高関税」を吹っかけたかと思うと、「ちょいと見送り」をする。ご本人も、これこそが[deal:取引]だと宣っていらっしゃる。まるでトランプのポーカーゲームである。しかし、それは「朝令暮改」とも思える。こうしたことが繰り返されると、相手は「ああ、またか」「まあ、ちょっと様子を見るか」との思いになる。この点は「オオカミ少年的」でもある。バイデンに対して庶民が「こんなに物価を上げた」と憤っていた。その物価がさらに高騰している。大国による国家レベルのギャンブルは国民だけでなく世界中を混乱させる。
大昔の話(12) [29] 2025/03/13 Thu 10599 3月9日 [20] の続き
 仕掛人6人が「自分には信じがたい[正解]」を言い続けます。そんな事情を知らない被験者は驚き狼狽するのは当然でしょう。その結果、けっこうな人数が「自分は[正解]と思わない多数者の意見」に同調してしまう。そんな実験があります。いかがでしょうか。組織でトラブルや不祥事が発生するたびに「風通しが悪かった」ことが「定番の原因」にされます。わたしのワンパターン「言いたいことが言えなかった」ということです。
 この研究は1951年にソロモン・アッシュが発表しています。つまりは75年近くも「大昔の話」です。人間集団と個人の行動の関係が目に見えるではありませんか。こうした、時代も地域も越えた「人間行動」の研究はたくさんあります。その大半が「大昔」のものですが、いまにもしっかり通じるのです。そんなことで、わたしはこうした研究の成果を現在の問題と繋げています。
 ところで、本テーマも12回目になりました。まだ追加したい気持ちはありますが、それは別の機会といたしましょう。
トランプ危機 [28] 2025/03/12 Wed 10598
 大統領が代わって2ヶ月が経過した。あの大統領は矢継ぎ早に「何かをしている」ことをアピールすることに専念している。その中でも公務員の削減は大きなニュースの一つである。。そのリーダーがイーロン・マスク氏だ。大統領の執務室で「選挙で選ばれていない者たちが国を動かしている」といった趣旨の話を発信していた。しかし、当のご本人も選挙で選ばれたわけではない。
 ただし、わが国でも国務大臣の過半数は国会議員でなければならないとされている。つまりは、半数以下であれば議員でなくてもいいのである。その点で、マスク氏はおかしいとは言えない。そう言えば、いまにも続く大学入学に関わる「共通テスト」が「共通一次試験」として導入されたのは1979年である。このときの文部大臣は教育学者の永井道雄氏だった。この件に深入りすると切りがなくなる。
 ともあれ、マスク氏はトランプという虎の威を借りた感もあるが、ご本人自身、相当な癖を持った人物に見える。政権内でもその評価にズレが生じているようだが、これからどうなるか。
続々 タクシー事情 [27] 2025/03/12 Wed 10597 昨日 [24] の続き
 タクシー事情が最悪のため、空港は自分の車で出かけています。熊本駅との違いは空港の前にしっかり駐車場があるからです。ここは、それなりの規模ですが、これとて満車の可能性はあります。それでも心配いりません。空港周辺に民間の駐車場が散在しているのです。最悪の事態が発生して、空港の駐車場が満車の場合はそちらに回ることができます。じつは、そうした事態に一度だけ遭遇しました。これは推測ですが、民間の駐車場はキャパシティを超えてでも駐車OKのような気がします。さらに空港まで送迎してくれます。そんなわけで空港を使用する際は車を使っても精神衛生には問題がないのです。
 もちろん、民間に回ることも前提にすると、けっこう早めに車で出かけることになります。それでも空港のラウンジでは電気もWi-Fiも使えますから、趣味の仕事をしているうちに搭乗時刻がやって来るという段取りです。
4人の物語(88) [26] 2025/03/12 Wed 10596 3月5日 [10] の続き
 Aが小学2年生の夏休み、1956年8月30日木曜日の絵日記 きょうの夜、あまどをしめてガラスを見ると、かえるがとまっていました。どうするか見ていると、小さい小さいでんきむしをたべました。おとうさんといっしょうけんめい見ました。
 絵の中央に板でできた雨戸に緑色の変えるがいるそのまわりに同じ緑色した虫が点々と描かれている。カエルは舌を出して虫を取り込みごっくりと飲み込んでいた。そんな光景が目の前に広がる。その昔、雨戸なるものがあった。夏でもこれを閉めていたと思われる。そんな中で電球の灯りに虫が集まり、それを補食するカエルもやってきたのである。これも夏の風物詩だったのかもしれない。
続 タクシー事情 [25] 2025/03/11 Tue 10595 昨日 [23] の続き
 空港は自家用車と決めているのに、JRはタクシーにこだわる理由があるのです。それは駐車場問題です。コロナ前、JRを使う際は車を使うこともけっこうありました。ところが、駅の駐車場が満車だと、ほかを探さなければなりません。誰だって考えることは同じですから、駅から近いところから埋まってきます。
 
JRを日常的に使っていないことから、駐車場マップも頭に入っていません。周辺を回ると赤い[満]マークが目に飛び込んできます。それを見るたびに鼓動がときめきはじめます。とにかく発車までには何とかしなければなりません。これが大いなるストレスになることは言うまでもありません。そして、ようやく[空]印を発見できても、駅からけっこうな距離のところである可能性が出てきます。とにもかくにも、仕事に出かける前から、こんな心身に悪いことをしてはいけないのです。
二人の対話(3) [24] 2025/03/11 Tue 10594 昨日 [22] の続き
  A:おっしゃるとおりです。
    そこがしっかりできていないと戦争では直接人命に関わります。
    もちろん、人の命が失われない場合でも組織にとって重大な影響を与えることになります。
 B:その通りですね。組織が壊れれば、一生懸命働いていた人たちが路頭に迷うことになります。
   それは「命を失う」ことにもつながります。
 A:そうなんですよね。
   今でも多くの組織で[リスクマネジメント]の失敗のためにとんでもないことが繰り返されています。
 B:1年間に組織の不祥事やトラブルが報道される数はどのくらいになるでしょうね。
   それも、誰もが知っているような大きな組織で起きるのですから、唖然としてしまいます。
 A:そうですね。
   そんな報道があると、昔は「えっ、ええっ」と驚いていました。
   それがどうでしょう、このごろは「ああ、またかあー」で終わってしまう感じです。
タクシー事情 [23] 2025/03/10 Mon 10593
 週末は大分に出かけました。大分は熊本とお隣同士の県です。両県の境は温泉町であふれています。黒川温泉は熊本県ですが、湯布院は大分県といった具合です。また、海側の別府は全国有数の温泉の町として古くから知られています。そんなわけで温泉について書き始めるとエンドレスになりそうですが、今日は別の話題です。
 大分に出かけるため午前8時台のJRを予約しようと思いました。最近はタクシーが予約しづらい状況であることは承知しています。そこで、土曜日まで4日前の火曜日に予約を試みました。ところが、なんと見事にアウトだったのです。それも電話をかけた3社が軒並み[✕]なのです。。そのうちの一社は熊本に来て以来40年以上も利用してきた会社です。もう一つは「県内最大の保有台数を誇る」という触れ込みの会社です。どうやら土曜日の午前7時台は固定の予約が入っているらしいのです。そうなると時間帯によっては、どんなに先であってもダメ出しを食らいそうです。
 じつは、数年前から、空港に出かけるときは自分の車を使うのが定着しています。それならJRだって自分の車でいけばいいと思われるかもしれませんね。ところが、それがそうもいかない事情があるのです。
二人の対話(2) [22] 2025/03/10 Mon 10592 昨日 [21] の続き
 A:それはそれはけっこうなことです。
   お互い映画好きなんですなあ。
   ところで最近はどんな作品を観られましたか。
 B:先日WOWOWで「八甲田山」を見ました。
 A:ああ、高倉健が主演した話題作ですね。
   雪の八甲田山を両サイドから踏破しようとした2つの軍隊の物語ですね。
 B:そうなんです。
   その一方が厳しい冬山の中でほぼ全滅するのです。
 A:たしか新田次郎の原作を映画化したんでしたね。
   一方は山の怖さを畏れ慎重な計画を立て、他方は冬山を甘く見て無謀な計画で突進して悲惨な結果を迎えたという…。
 B:その通りです。
   ちゃんとした準備ができていないととんでもない悲劇が起きるわけです。
   まさに[リスクマネジメント]の問題です。
 A:おっしゃるとおりです。
   そこがしっかりできていないと戦争では直接人命に関わります。
   もちろん、人の命が失われない場合でも組織にとって重大な影響を与えることになります。
 B:その通りですね。
   組織が壊れれば、一生懸命働いていた人たちが路頭に迷うことになります。
  それは「命を失う」ことにもつながります。
 A:そうなんですよね。
   今でも多くの組織で[リスクマネジメント]の失敗のためにとんでもないことが繰り返されています。
二人の対話(1) [21] 2025/03/09 Sun 10591
 A:こんにちは。お久しぶりですね。
   コロナですっかりご無沙汰になりましたけれどお元気ですか。
 B:こちらこそ本当にお久しぶりです。
   相変わらずお元気そうではないですか。
 A:おかげさまで。おたがい後期高齢者、まずは元気が宝です。
 B:まったくその通りです。
   ところで、このごろお好きな映画はどうなさっていますか。
 A :それが、コロナ前の19年も18年も25本ほどは観に行っていたのですが、コロナが襲来してから映画館にもずっとご無沙汰です。
    何せ後期高齢者なものですから、まだ二の足を踏んでいます。
    そうは言いながら、そろそろ出かける気にはなってきました。
 A:わたしも同じです。
   ただ、先日は久し振りに[室井慎次 生き続ける者]を観ました。
 B:そうですか。
   わが家も家内が観に行きましたが、わたしは生憎と時間が取れませんでした。
 A:ともあれ、コロナの間はWOWOW一筋になりました。
   スクリーンの大きさとボリュームは比較になりませんが、映画そのものとご縁がなくなったわけではありません。
 B:その点はわたしも同じで、コロナ真っ盛りの2020年はWOWOWやNHKのBS、それにユーチューブまで手を伸ばして、映画の鑑賞本数は30本を超えました。
大昔の話(11) [20] 2025/03/09 Sun 10590 昨日 [18] の続き
 さて、わたしが未だに「大昔の話」をし続けている③の理由は、「人間とその集団」の行動は「ほとんど変わらない」からです。たとえば、70年以上前に発表された「集団圧力」の実験があります。
 これは、周りの人たちが自分とは違った意見を表明した場合、それに影響を受けてしまうというものです。その意見の内容は「そうかも知れない」といったものではありません。実験では1本の棒と3本の棒が示され、その1本と同じ長さの棒は3本のうち、どれかを判断します。そのとき、比較する3本は長さが明らかに違っています。つまりは、「正解」は誰の目にも明らかなのです。ところが実験では、たとえば、7人のうち6人が、どう考えて「正解」と思えないものを「正解だ」というのです。その理由は6人は実験者が予め「正解でない正解を言う」ように仕組んでいた[サクラ]、ドッキリ風であれば[仕掛人]だからです。実験では、そんなことを知らない被験者は1人だけです。しかも一人ひとりがみんなに聞こえる声で[正解]を表明していきます。
日記の中の母(60) [19] 2025/03/09 Sun 10589 3月2日 [03] の続き
 1973年10月15日に三隅先生から依頼されたデータ処理は博多の川端電停と九大中門を往復して対応した。このとき、熊本市電でさよならした西鉄の連接電車に乗ったかどうかはわからない。院生と掛け持ちで研究員の名刺を持っていた集団力学研究所は現在の博多座のビルの中にあった。そこには当時西日本相互銀行の博多支店のビルがあり、その2階に間借りしていた。
 そして、この日の日記に記された三つ目はマーケティング・サービスの仕事だった。この会社についてはすでに触れているが、社長が三隅先生とお付き合いがあり、日本グループ・ダイナミックス学会の会員でもあった。そこで東京に本社があるこの会社が以上調査をする際はお手伝いをしていたのである。ともあれ、小倉の病院に入院している母の付き添いもあり、あれやこれやとバタバタしていたことが伝わってくる。
-大昔の話(10) [18] 2025/03/08 Sat 10588 昨日 [15] の続き
 [大昔の話]を使う理由の②は、わたし自身が実体験したことで、その詳細を体感したからです。それが、三菱重工長崎造船所の「全員参画による安全運動」でした。このプロジェクトは、わたしが学部学生から院生になる4年間に亘って展開されました。その中でも作業長を対象にした[リーダーシップ・トレーニング]に関わったことが、わたしのライフワークを決定づけたのです。もちろん、それだけであれば、単なる個人的な思い出話で終わります。このプロジェクトのポイントは、現実に事故が激減したことと、当初は[想定していなかった効果]が得られた点にあります。前者はプロジェクトの目的でしたが、後者は[人間集団]が新しいものを生み出すことを実証したのです。
[音楽]の教科書 [17] 2025/03/08 Sat 10587 3月6日 [12] の続き
  音楽は[一般]と[器楽]があるようです。いずれにしても[ド演歌]の後期高齢者には遠い科目です。そんなことで、何とも言えませんが、教育芸術社はスタートに「伝統をつなぐ」というタイトルで野村萬斎氏の口絵を持ってきたのはおもしろいと思いましたね。[狂言]が音楽として捉えられているのです。教育出版は「音楽のおくりもの」というタイトルを付けているのが魅力的です。
 [器楽]では、教育芸術社がいきなり「アーティキュレーション」ということばを使っているのに後期高齢者は戸惑いました。そもそも[音楽]における
“articulation” とは、「旋律を構成する個々の楽音・楽句を明瞭に演奏・歌唱すること」だそうです(ランダムハウス英和大辞典)。これを生徒たちは実際にどのくらい学ぶのでしょうね。教師はたくさんの楽器を使いこなせないでしょう。教師より腕の立つ生徒もいるでしょう。そうしたケースでの指導法に興味があります。
疫学からの発想(3) [16] 2025/03/07 Fri 10586 昨日 [14] の続き
 アインシュタインは量子力学に批判的だったようです。現時点では、どちらも一定の範囲内では正しいのでしょう。そんなことから、[自然科学]も1枚岩ではないのですね。それでも、[モノ]については、その特性や運動などについてはきわめた厳密かつ正確に説明し、その後の予測ができると思われます。
 ただし、素人ながら、まだまだの領域もあります。その代表が地震でしょう。地震が発生するメカニズムはかなり説明できていそうです。ところが、これから先、いつどこでどの程度の地震が起きるのかを予測するのはほとんどできないのです。
 天気予報についても同じことが言われてきました。わたしの子どものころは「下駄を投げた方が予報よりも当たる」などと、気象台の方々に失礼な言い回しがありました。それが、最近では「当日から数日間」の予報の精度は格段に上がりました。世の中で下駄が使われなくなったので幸いなことです。
大昔の話(9) [15] 2025/03/07 Fri 10585 2月24日 [60] の続き
 この話は、わたしが研修や講演で[昔の話やデータ]を使う理由を説明するところからはじまりました。それがいつの間にかわたしが若いころに体験した[プロジェクト]の話題へと脱線してしまいました。ここで、スタート近くにまで戻りましょう。
 最初に挙げたのは、①恩師の三隅先生が主導して、事故防止に成果を挙げた研究データだということでした。それは、[グループ・ダイナミックス]を応用して事故防止に成功した[世界初]のプロジェクトと言えるものでした。それだけでは単なる歴史の紹介で終わります。その点、わたしは直に三隅先生や共同研究者で先輩の篠原弘章元熊本大学教授からその状況を聴くことができたのです。これによって、論文を読んでその内容を紹介することをはるかに超えた情報提供に繫がります。
疫学からの発想(2) [14] 2025/03/06 Thu 10584 昨日 [11] の続き
 [自然科学]の対象は[モノ]であり、それらの相互作用によって発生する現象の理解とその制御を目的にしています。[グループ・ダイナミックス]は[人間と集団]で起きることを対象にしていますから、お相手が根本的に違うのです。
 何と言っても、[モノ]は物理法則に従います。そんな世界でも、アインシュタインの相対性理論と量子力学には大きな隔たりがあるようです。もちろんその違いなど、わたしにわかるはずもありませんが、[モノ]の世界も超単純とまでは言えないのでしょう。何と言っても[自然]ですから、それはそれは手強いのです。
悲惨な二期目(5) [13] 2025/03/06 Thu 10583 3月3日 [05] の続き
 Gould教授によれば、アメリカの大統領の二期目は、例外はあるものの、大抵は一期目で張り切りすぎて疲れ果てるか、自信過剰で達成不能な目標を設定したのだそうです。
 ウッドロー・ウイルソンはベルサイユ条約の承認を上院から得られませんでした。また、国際連盟への加盟という夢も実現しませんでした。そのことは中学生のときに学びましたね。そして、最後の1年半は政治的に無能で、衰弱していったと言うのです。
 フランクリン・ルーズベルトは、最高裁から政策の支持を取り付けることができませんでした。また、自分が推進していたニューディールに対する反対派を議会から追い出そうとしましたが、選挙の敗北で潰れたといいます。

 まあ、悪いところに焦点を合わせればドンドン出てくるわけです。
[技術]と[家庭]の教科書 [12] 2025/03/06 Thu 10582 2月27日 [66] の続き
 技術分野では、教育図書が防災のマークなどを見やすく提示しています。その上で、防災を取り上げているところがいいと思います。わたしたちが中学生のころは[防災]を[技術・家庭]で学んだ記憶はありません。
 家庭分野も教育図書は「自立と共生」というサブタイトルをつけています。このキーワードもわたしたちの時代にはありませんでした。開隆堂以外は登場する男子生徒がネクタイをしています。詰め襟の学生服が当然だった世代には違和感がありますが、現実には中学生のネクタイ着用もおかしくない時代なのでしょうか。その開隆堂のサブタイトルは「生活の土台 自立と共生」で、「生活の土台」がプラスされています。
疫学からの発想(1) [11] 2025/03/05 Wed 10581
 疫学とは、「明確に規定された人間集団の中で出現する健康関連のいろいろな事象の頻度と分布およびそれらに影響を与える要因を明らかにして、健康関連の諸問題に対する有効な対策樹立に役立てるための科学」と定義されています(一般社団法人 日本疫学会HP)。
 わたしはグループ・ダイナミックスの領域で仕事をしてきました。それは広い意味では社会科学、行動科学、そして心理学と大いに重なっています。そうした状況で、わたしなりの定義ですが、[グループ・ダイナミックス]を「集団との関わりを通して人間を理解するもの」と考えています。そして、それは「集団における人間行動の[法則]を探究し、それを[実践]に活かす」ことを目的にしているのです。
 ここで[法則]とは言いながら、それはいわゆる[自然科学]のものとは決定的な点で異なっています。そもそもの違いはそれぞれが対象とするものにあります。
4人の物語(87) [10] 2025/03/05 Wed 10580 2月26日 [64] の続き
 Aが小学2年生の夏休み、1956年8月27日月曜日の絵日記 夕がた子どものじかんに「またべえ、とんちにっき」をききました。おんがくがなると「ここへこい」とか、おはなしがはじまります。それから、おわりは「みなさんさようなら」といいました。ラジオはとてもおもしろかった。
 絵の欄には選局用の丸いダイヤルの付いたラジオが描かれている。Aはこれを見ただけで、現物が目の前にあるような気持ちになった。布が張られたスピーカーからは音楽の音符が出ている。日記に書かれた「またべえ、とんちにっき」のオープニングで使われていた音楽を表現したのだろう。テレビなるものが、少なくとも庶民の世界には存在しておらず、ラジオが欠かせない時代だった。
“Beating Japan”(1) [09] 2025/03/04 Tue 10579
 Beating JAPAN”というペーパーバックを読んでいます。おそらく「打倒日本」「日本を打ちのめす」「ぶっ飛ばせ日本」といったところでしょうか。 表紙には“How Hundreds of American Companies Are Beating Japan Now-and What Your Company Can Learn from Their Strategies and Successes”とあります。「何百というアメリカ企業がいま日本をいかにして打ち負かしているのか、そしてその戦略と成功からあなたの会社は何を学べるか」といった刺激的な呼びかけです。
 著者は
Francis McInernSean Whiteで、1993年に出版されています。ネットで検索すると、1993年10月に「日本の弱点: アメリカはそれを見逃さない」とのタイトルの翻訳がNTT出版から出ていました。
同じ年になった経緯についての詳細はわかりませんが、ドラカーのビジネス書などで[日米同時出版]が売りの書籍もありました。この本もそうしたケースだったのかもしれません。
続 「フレーズ読み」 [08] 2025/03/04 Tue 10578 昨日 [07] の続き
 「過去」だけでなく、「他人を変えることはできない」にも多少の変更はできるでしょう。ただし、まずもって「自分の力で他人を変える」などと考えてはいけません。学校の先生の中にも「自分でこの子を変えてやる」という意気込みあふれる方もいます。それ自身が直ちに問題だとは言えないでしょう。しかし、世の中では、それが体罰に結びついたケースもあちらこちらで見かけます。わたしは「自分の力でこの人の人生を変えてやろう」などと考えるのは止めた方がいいと思っています。もちろん、様々な関わりを通して、結果的に「あなたのおかげで変わることができました」と言われれば単純に喜べばいいのです。それが「目的」になるのはいかがなものかと言うことです。
天の邪鬼の[フレーズ]読み [07] 2025/03/03 Mon 10577 2月1日 [02] の続き
 先月、「過去と他人は変えられないが、自分と未来は変えられる」というよく知られたフレーズについて書いていました。これを取り上げたのは、それなりの思いがあったのですが、そのまま頭から外れてしまっていました。わたしとしては、前半の「過去と他人は変えられない」という部分に天の邪鬼的解釈をしていることをお伝えしたかったのです。そもそも、「過去」を「発生した客観的事実」と捉えれば、それを「変える」ことはできません。もっとも、「[客観的]とはなんぞや」などと言い始めると話は終わらなくなりますね。
 わたしとしては、「過去の[意味づけ]は変えられる」と考えることを提案したいのです。それは[主観的意味づけ]と言うべきでしょう。もちろん、それによって現在と未来に向けた前進に繫がっていくことを期待するわけです。
傾聴と[7:3] [06] 2025/03/03 Mon 10576
 傾聴を専門にしている人の講演をラジオで聴いた。傾聴には[7:3]が基本らしい。相手が[7]話し、こちらが[3]の割合で返すのである。この数値を聴いて苦笑いした。たとえば、研修や講演で質問を受けると、自分が[7]で応答している。いや[8]や[9]の方が実態に近いかもしれない。この点については家内からも指導を受けているから、いつもこのことが頭の中にはある。しかし、それがなかなか直らない。そうは言いながら、わたしは人様に「何もしないうちから『やってもダメ』では思考停止ですよ」と絶叫している。そんな自分が「やってもダメ」ではいかにもまずい。
 本日もリモートで情報を提供するが、その際に質問を受ける時間がある。さっそくトライすることにいたしましょう。
悲惨な二期目(4) [05] 2025/03/03 Mon 10575 2月27日 [67] の続き
 Gould教授によれば、アメリカ大統領の2期目で業績を上げた例外的な大統領の1人はレーガン氏でした。そしてもう1人の例外がクリントン大統領だというのです。彼は、予算を黒字化し、コソボの民族紛争を空爆によって終結させたことが評価されています。民族紛争については十分な情報をもちませんが、予算の黒字化は相当なものです。わが国は国債発行を止めることにできない深刻な状況を転換する目処すら立っていません。いまでは[プライマリーバランス]がうつろな幻想に聞こえます。
 さて、さて、クリントンさんですが、二期目には[不適切な関係
(relationship that was not appropriate)]なるスキャンダルの主人公になったことは世界周知の事実となりました。これで弾劾裁判にかけられた歴代二人目の大統領になったのですから、けっこう[悲惨]ですよね。
続 さよならダイエー [04] 2025/03/02 Sun 10574 2月28日 [70] の続き
 [わが家のダイエー(じつはイオン熊本中央店)]は予定通り2月28日をもって閉店となりました。午後7時から閉店のセレモニーがはじまり、最後はシャッターを模した幕が下ろされました。わたしは名古屋で仕事をしてから帰路についたので、セレモニーには間に合いませんでした。ただ、熊本空港に向かって市内上空を7時25分ころに降下したとき、屋上にあるイオンのマークが明るくなっているのがわかりました。かつてはオレンジ色をしたダイエーのマークが付いていたところです。
 家内の話によると、ご近所の方々も集まっていらっしゃったそうです。いまは亡くなった父とフードコートでランチを食べ、また子どもたちと盆踊りに出かけたことを思い出します。あちらもこちらも人がいっぱいで食事を楽しんでいました。それを見た父が「日本も豊かになったなあ」と言ったことが思い出されます。
日記の中の母(59) [03] 2025/03/02 Sun 10573 2月23日 [57] の続き
 1973年10月15日の日記に記された二つ目は、恩師の三隅先生から依頼されていたプログラムの作成だった。そのために、研究所と大学を行ったり来たりしたとある。そのころ、全国をいくつかのブロックに区切って、国立大学に[大型電子計算センター]ができていた。年間のレンタル料が億円単位という代物だったが、これを使うためにはプログラムをつくる必要があった。そこで科学技術に向くとされたFORTRANを学んで、わたしもそれなりのレベルに達していた。そこで、先生方から「この計算をしてほしい」といった依頼を受けることがあったのである。ただし、そのためには作成したプログラムをパンチカード化してデータと合わせて計算機センターに持ち込まないといけなかった。そのとき三隅先生から頼まれた内容は記していないが、「研究所と大学を行ったり来たりした」のはそうした事情があったからである。
見覚えのあるシワ [02] 2025/03/01 Sat 10572
 名古屋で仕事をしてきました。朝、バスに乗ってふと自分の手が朝日に当たっているのに気づきました。太陽光の強烈な明るさを感じます。そのとき、目に自分の手の甲が飛び込んできました。よく見るとシワでいっぱいです。子どものころは冷たい水で手を洗っても、水滴が弾かれるように飛んでいったものでした。
 ところで、眼前の手の甲には見覚えがありました。いつのころだったでしょうか、恩師の三隅先生がわたしの目の前で何かを万年筆で書かれていたときです。先生の手のひらにシワがいっぱいあるのに気づいたのです。わたしは「ああ、先生もお年を召されたんだなあ」と心の中で思ったのでした。先生はまだ60代だったように気がします。その手がいま、自分の手の甲になっているのです。まあ、わたしも年を取ったということです。
 さて、さて、自分の脳みそのシワの方は、いまどんな状態なのでしょう。こればかりは、お日様がどんなに輝いてもわかりません…。
春と花 [01] 2024/03/01 Sat 10571
 春がやってきます。九州では3月がサクラの季節ですから、遅めの卒業式ではサクラの満開と重なります。中学校や高校の卒業式は3月も早めが多いので、サクラには今ひとつ間に合いません。桜の前には梅が定番でしょうか。太宰府は梅の花で知られますが、入試のシーズンにはこちらがピッタリというところでしょう。今月の写真は梅にしたつもりですが、ひょっとしたら木瓜かもしれません。わたしのような花の名前から遠いところにいる者には正解はわかりません。ともあれ、暖かさ今ひとつの時期にしっかりフィットしているという感じがいいですね。