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| 御礼 [70] 2024/12/31 Tue 10420 今年も今日でおしまいになります。本コラムにお付き合いいただきまして、ありがとうございます。おかげさまで、わたしは健康で1年を終えることができそうです。この4月30日には、「味な話の素」21年目にして[通算10,000回]に到達しました。これもみなさまの暖かいサポートのおかげです。これからもしっかり書き続けて参ります。 仕事の方も、お声がかかれば[old Yes man]としてお手伝いしています。ありがたいことです。 後期高齢者クラブに加入して3年目の来年、わたしは満年齢で[喜寿]を迎えます。本来の数え年でいけば、今年だったのですが、今日では[満]の方がわかりやすいですね。まさに[ダブル・ラッキーセブン]の年としてワクワク感でいっぱいです。 みなさま、よいお年をお迎えください。 |
| 続々々 変わった人 [69] 2024/12/31 Tue 10419 昨日[67]の続き 家族から[裏表&前後ろ]を指摘されると、父は「とにかくそこにあるがままでいいんだ」と穏やかな表情で語るのでした。それはもう、後光には欠けるものの、どこかの教祖様の雰囲気がありました。ありがたや、ありがたや。 そのDNAを引き継いでいるのでしょうか、わたしも襟のついていない上着のシャツを着るときなど[前後ろ]になることがありました。そんなときは一旦脱いで着直すのではなく、シャツを着たまま、袖から両手を抜いてシャツを回転させるのです。これも父の「あるがまま」の教えにしたがったことになりますでしょうか。 そんなあるとき、家内が「タックが左側」と一言。それは、わたしにとって長年にわたる人生の習慣を一撃にして変える重大な情報だったのです。それからというもの、わたしは少なくとも[前後ろ]については父の「教え」から脱却したのです。 「それって、いつごろの話かい」というご質問ですか。そこはもう「言わぬが花」としておきましょう。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(31) [68] 2024/12/30 Mon 10418 昨日[66]の続き 組織が[トップ・ダウン]だけでは健全に機能しません。上からの流れを強調、あるいは正当化するために「水は低きに流れるものだ」と言う人がいます。しかし「水は低きに流れるだけ」なのでしょうか。それが自然の摂理であれば、山から流れ出た水はあっという間に枯渇してしまいます。ところが目の前の川の水の流れは途絶えることなく海に繋がっています。鴨長明の名文「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず」なのです。自然の中では「水」は上から低い方向にだけでなく、下から上へも流れているからです。もっとも、「水」の場合は「昇っている」というべきでしょうけれど。 |
| 続々 変わった人 [67] 2024/12/30 Mon 10417 昨日[65]の続き 昨日は着替えをタンスに[なおした]と書きました。わたしは福岡の生まれで、この用法は完璧なまでに身に付いています。かなりの年になってから、標準語的には「しまう」ということを知りました。 ともあれ、わが母がタンスの中に着替えを「裏表」にしてしまっていることなどあり得ません。今から半世紀以上も昔のことです。夏場はいざ知らず、気温がそれほどでもない時季には下着も毎日は着替えてなかったと思われます。そうした前提で考えると次のような推測が成立します。①父はふろに入る前にシャツを脱いで脱衣かごに入れる。そのときシャツは反転する。②風呂から上がってシャツを着るとき、先ほど「反転したまま」のシャツを「そのまま」頭から被る。③その結果、「裏表」が成立する。④さらに、偶然にも、あるいはまったく意識しないで「被る」から、おそらくは50%ほどの確率で[前後ろ]になる。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(30) [66] 2024/12/29 Sun 10416 昨日[63]の続き 2005年9月22日にスタートした「グループ・ダイナミックス入門」も10月20日の第5回で終了します。そもそもは、熊本県と法人化した熊本大学との連携ではじまった社会人を対象にした講座の一つでした。 最終回のタイトルは「グループと組織」とし、これに「組織の活性化と集団決定」というキーワードを付けています。 組織を活性化するためは[変化]が欠かせません。そして、それは上から指示や命令を流すだけ、つまりは[トップ・ダウン]のみでは変化は生まれません。仮に見た目に、あるいは一時的には変わったようでも、それを押し付けられた人たちには不満が渦巻くからです。そもそも変化を導入する当初から反対されるかもしれません。「はじめよければすべてよし」というのが正しいかどうかは怪しいところもあります。それでも「はじめから悪し」では先行きが危ぶまれますよね。 |
| 続 変わった人 [65] 2024/12/29 Sun 10415 父が風呂上がりにシャツを[前後ろ&裏表]に着ていることは、それほどめずらしいことではありませんでした。もっとも[前後ろ]と[裏表]の[2本立て]がどのくらいの割合だったのかは、当時の記録が残っていないので明らかではありません。まあ、[当時」だって[記録]などしているわけがありません。何と言いましょうか、[裏表]は措くとしても、[前後ろ]だと首の周りに違和感があふれると思うのですが、そのあたり、父がどんな体感センサーを保持していたのか、いまとなっては未知のままの状態が永遠に続きます。 もちろん母がそれにすぐに気づいて、いや母だけでなく、誰もが瞬時に気づいて「前後ろに裏表だよ」と知らせるのでした。これに対して父は平然として言うのでした。「世の中は、《あるがままがいいんだ》」と。つまりはそこにあったそのままに身に着けていたと言いたいわけです。それはいいのですが、これを[《超》自然主義者]としての父の思い出話にするだけでは大きな問題が残ります。そもそも母は着替えを[裏表]にしたままタンスになおしていたことになるからです。 |
| 変わった人 [64] 2024/12/28 Sat 10414 [前後ろ 裏表]、これは[まえうしろ うらおもて]と読みます。みなさんは、この二つの単語と[衣服]、より狭くは[下着のシャツ]と結びつけることができますか。たとえば、[シャツが《前後ろ》]と言えば、お腹と背中側を間違って着ていることを意味しています。それと同じ理屈で、[シャツが《裏表》]は、裏と表、つまりは身に着けた衣服のステッチが外から見える状態のときに、こう言います。 さて、わたしの父親は自然人でした。あるいは[超自然人:スーパーナチュラリスト]の方がピッタリ感があるかもしれません。とにかくあるがままを受け入れることを《良し》としていたのです。その一例ですが、風呂上がりの父が下着のシャツを[前後ろ&裏表]状態でいることがありました。それもけっこう頻繁でした。しかも本人は平気でいるのです。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(29) [63] 2024/12/28 Sat 10413 昨日[58]の続き わたしたちは[1人]だけだと[人を助ける]のに、[他人がいる=集団になる]と躊躇することがあるのです。それを[手抜き]と呼ぶのもどうかと思いますが、まずは自分たちの行動傾向を知ることはとても大事ですよね。そうだからと言って、実験を単なる手抜きの証明で終わらせるのではいけません。こうした実験から学ぶべきことは、集団の状況でも手抜きが起きない条件を明らかにすることです。 このことについては、研修等や講演ではあれやこれやとお話ししています。そこまで入り込むと深みにはまりそうです。そこで、わたしが申し上げたいことを一つだけお伝えしておきましょう。それは、「どんなときでも個人の努力を評価すること」です。集団全体をほめることも大事ですが、一人ひとりの行動をきちんと認めることが手抜きを防止する最良の方法なのです。…。 |
| 続々々々「自己満足力」考 [62] 2024/12/28 Sat 10412 12月26日[59]の続き さて、前回は[睡眠中」の話にまで入り込んでしまいました。そこで、ここから[覚醒中]のことを考えることにします。 わたしたちの行動は、ある行動を取る場合、まずは「こうれをするぞ」と[意識]し、これに必要なモノを「認識」します。たとえば交差点で信号が青になるのを待っています。多くの場合、「青になったらすぐに発進するぞ」と「意識」します。そうなると[信号]の[色]が[意識]の多くを占領します。人間の大脳は同時に複数のことを考えることができません。聖徳太子は一時に10人の、それどころか36人説まであるのですが、人の話を聞き分けたといいます。太子さんの偉大さを維持するには、こんなネタは残さない方がいいと思うのですがいかがでしょうか。とにもかくにも、わたしのような凡人は、二つのことを同時に考えることができません。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(28) [61] 2024/12/27 Fri 10411 昨日[58]の続き 「手抜き」の実験結果は「なああるほど」というものでした。「1人」「2人」「4人」のすべての場合で[個人の声の大きさ]がわかる」と言われた被験者たちがもっとも大きな声を出しました。これと対照的に「1人」のときだけ音量がわかる条件では、「1人」では大声を出しますが、「2人」[4人]になるにつれて急激に声が小さくなったのです。もう一つ、声の測定を意識しなかった被験者たちは、最初からほかの条件群よりも大きな声を出していませんでした。ただし、「1人」「4人」でも、大きな変化はなく、その意味で「手抜き」は見られなかったのでした。いかにも常識的な結果ではあります。ともあれ、人は集団になると「手抜き」の誘惑が襲ってくるのです。わたしも小学生のころ綱引きで全力を出していたかどうか、相当に怪しいなあ…。 |
| 続々々「自己満足力」考 [60] 2024/12/27 Fri 10410 12月26日[59の続き 安全文化とはほど遠い[睡眠中]の話へと、脇道に逸れてしまいました。安全に関わる行動で自分では気づいていないものをお互いに知らせ合うとこも大事だなあと思います。ここで、[指摘する]ではなく[知らせる][教える]という気持ちがポイントになります。そのためには、「いやあ気づかなかったなあ。教えてくれてありがとう」といった答えが返ってくる関係が欠かせません。それが個人間だけでなく、職場全体の空気を創っていくことが多いに期待されます。そうなると、職場全体で進化しているという「自己満足力」も高まるでしょう。おやおや、また「自己満足力」に戻ってしまいました。それに、安全文化に[睡眠]を強引に結びつけた感にあふれますね。 |
| 続々「自己満足力」考 [59] 2024/12/26 Thu 10409 12月24日[53]の続き みなさんの中には「[力]を付けると言っても[自己満足力]って、今ひとつ抵抗があるなあ」と思われる方がいらっしゃるかもしれません。そんなとき、わたしは「それでは[自己評価力]ではいかがでしょうか」と申し上げています。いかがでしょか。 さて、ご質問の主旨は、「[自己満足力]が大事なことはわかったとして」「安全文化の取り組み、改善、行動を続ける、継続するコツはありませんか」ということでした。 わたしたちは毎日、寝ても覚めても行動し続けています。睡眠中ははっきりした意識がないものの夢を見ることまります。いびきを掻いたりかいたり、寝返りをしたりとけっこう大忙しです。ひょっとして[睡眠中無呼吸症候群]で心配されている方もいらっしゃるかもしれません。夢は自分の内面的体験ですから人にはわかりませんが、それでもうなされたり、大声で叫んだりすれば周りにいる人にはわかります。そんなとき、自分が気づかない行動を教えてもらえれば大いに助かります。もっとも、世の中には自分のいびきの大音量や叫んだ声の大きさにに驚いて目を覚ました、息苦しくなってベッドから落ちたといったことになれば自覚に繫がります。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(27) [58] 2024/12/26 Thu 10408 昨日[56]の続き 集団になると「人数以上の力を発揮すること」が期待される一方で、「手を抜いてしまう」誘惑も生まれます。「自分1人くらい適当でいいだろう」と「みんな」が思うこともあります。 そんなこんなで[手抜きの実験]が行われています。細かいことは省略しますが、実験室に集まった被験者たちは、「1人」「2人」「4人」の条件でとにかく大声を出すことが求められます。る。その際に、グループによって異なる3つの説明があります。その一つは「1人で声を出すときだけ誰がどのくらいの大きさで声を出したのかが測定できる」というものです。これに、「1人だけでなく、2人、4人のときも、個々人が出した音量が測定できる」が加わり、音量の測定には触れない条件も設定されました。 被験者は、ほかのメンバーが見えない状況で「1人」「2人」「4人」と言われたうえで声を出します。実験としては、この「1人」の被験者が、それぞれどれほどの声を出すのかを測定したのです。 |
| 教育実習生への期待 [57] 2024/12/26 Thu 10407 12月14日[27]の続き 小学生たちからは「もっと遊んで欲しかった」という声がよく聴かれます。しかし、それは、中学生にとっても教育実習生に期待している行動のようです。とりわけ入学して間もないころは発達段階的には、まだまだ小学生時代の気持ちが継続しています。もちろん、小学生のように昼休みに運動場で鬼ごっこをするといった遊びなどは求められていないでしょう。それでも、個人的に親近感を生み出す関わりが大事だと言うことですね。ともあれ、良好な関係づくりに「遊び」は重要な役割を果たします。 歴史家のホイジンガは、人類を[ホモルーデンス:遊ぶ人]と命名し、「人間の文化は遊びにおいて、遊びとして、成立し、発展した」ことを指摘しています。わたしたちは[ホモサピエンス:賢い人間]の方が知られていますが、[遊び]こそが人間の文化を創るというのも「なあるほど」と説得力があります。[遊び人]万歳!! |
| わたしとグループ・ダイナミックス(26) [56] 2024/12/25 Wed 10406 昨日[52]の続き 講座の4回目には、「援助」に続いて「手抜き」の話をしています。今ではこれを第3回目に取り上げた「集団圧力」と併せて話すことが多くなっています。同じ話題も時とともに位置づけが変わるのです。どちらが正しいというものではなく、考え方が変化したのでしょう。 さて、人は集団になると、手抜きの悪魔に負けることがあります。小学生のころ。綱引きで顔だけ必死の形相をしながら適当に引いていた記憶はありませんか。高校生になって、全員で歌う応援歌を口だけ動かしてごまかしているなんてことはありませんでしたか。まあ、いずれも多少は苦笑いを呼ぶような話ですから、それほどの深刻さはありません。ところが、現実の社会で安全に関わることで手抜きが行われれば、人命に関わる重大事態を引き起こすことにもなるのです。笑ってなどいられません。 |
| 4人の物語(87) [37] 2024/12/25 Wed 10405 12月18日[37]の続き Aが小学2年生だった夏休み、8月12日の絵日記。 きょう□□ちゃん(妹の名前)とケーブルカーをつくりました。そのケーブルカーは、くつのはこでつくりました。おとうさんが「おもしろいな。」といいました。とてもおもしあろかったです。 Aと妹が窓の外に引いた紐にぶら下がったケーブルカーを見て笑っている。Aのうちは平屋の住宅だったが、その光景が目に浮かぶ。この時代は靴の箱をはじめ、身の回りにあったモノを使って遊び道具をつくっていた。世の中が裕福ではない時代には工夫する頭の中は豊かだった。いまAはそう思う。 |
| Drum TAO [54] 2024/12/24 Tue 10404 みなさんは[Drum TAO]というグループをご存じでしょうか。このグループ、和太鼓の演奏でかなり知られています。その熊本公演に出かけてきました。会場は熊本城ホールで、2019年に竣工、TAOの公演もホール開業5周年記念行事の一つということでした。太鼓は原始の時代から人の体とこころを揺さぶります。 TAOの公演を最初に観たのは山鹿の八千代座ででした。このとき休憩時間もなく太鼓が鳴り響く演出に驚き、その迫力に感動しました。太鼓を前面に出すために、琴にや尺八、横笛、そして三味線まで見事なものです。総勢28人だそうですが、山鹿の公演時よりも一回り大きくなった気がしました。アンコールを入れて1時間15分、とにもかくにも楽しい時間を過ご須子とができました。 |
| 続 「自己満足力」考 [53] 2024/12/24 Tue 10403 昨日[51]の続き ご質問で「自己満足」も1つの正解ですが、安全文化…」とされているのは、わたしが次のようなお話しをしたからです。 みなさんは、日ごろから安全には十分配慮されていることと思います。けれども、事故やトラブル防止のために懸命に努力していても、「それは当然のこと」として評価される機会がほとんどありません。その一方で事故などが起きると大きな問題になり、厳しく批判されます。 もちろん、だれも、自分たちが安全のために力を尽くしていることを自慢したいわけではありません。また、世の中から褒められるために仕事をしているのでもありません。そんな中で、「自分たちはなすべきことをしっかりしていのだ」といった満足感を持つ力が大事だと思うのです。ここでおわかりのように、わたしの[自己満足力]は、個人のそれよりも[集団・自己満足力]と言った方が適切でしょう。そこに、[グループ・ダイナミックス]が働きます。ただし、仕事の状況や内容によっては[個人の自己満足力]も重要な力になることも忘れてはなりません。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(25) [52] 2024/12/23 Tue 10402 昨日[48]の続き 研究によって、他人がいると[援助]行動が抑えられる可能性があることが示唆されました。しかし、そんなことでは、これからが思いやられます。「人がいてもいなくても、必要としている人がいれば、進んで助ける」。こうした社会の規範、常識を創り上げることが強く求められています。いえいえ、ボランティアなどを含めて[援助]を積極的に行っている団体や個人はたくさんいます。そうしたことが評価され、お互いに援助するとこが常識である世界を維持して行くことが大事ですね。 また「ただ助けるというだけでは、相手に喜ばれるとは限らない」ことを明らかにした研究もあります。とくに、相手の自尊心を傷つけるような態度で援助を行えば、反発されることもあります。そして、「好意を持っている者からの援助には喜びを感じるが、関係が悪い相手からの援助には[嫌悪感]さえ引き起こしてしまう」可能性があること指摘されています。このように、[援助]の効果は相手との関係で左右されることがあるのです。 |
| 「自己満足力」考 [51] 2024/12/23 Mon 10401 昨日[48]の続き 研修参加者からのご質問:自己満足も一つの正解ですが、安全文化の取り組み、改善、行動を続ける、継続するコツのようなものがあれば、教えていただけると助かります。 まずは、「自己満足」についてですが、わたしは研修や講演で[自己満足力]という[用語]を使用しています。本コラムの初出は2008年12月30日ですが、その後も関連した話題を取り上げる際に8回ほど引用してきました。その中の直近は今年も8月24日と31日に「目標の小条件」と題したシリーズで取り上げました。これをようやくすれば、「人から評価されなくても[自分はしっかりやっている、やったのだ]と[満足できる力]を持ちましょう」ということです。そもそも天の邪鬼を自認しているわたしですから、辞書には[のぞましくないもの]として挙げられているものを「まあ、そう邪険に扱いなさるな」と声を挙げたくなるのです。ただし[自己満足]ではなく、[自己満足力]と[力]に力点を置いているところが重要なわけです。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(24) [50] 2024/12/23 Mon 10400 昨日[48]の続き 高齢社会を迎えたわが国では、ますます援助行動が求められる可能性が高まっています。それだけではありません。前世紀のある時期まで、わが国では[一億総中流]ということばが当たり前にように受け入れられていました。それが客観的な事実であるかどうか、それを証明する科学的事実はなかったでしょう。それでも、そうした空気が流れていたのです。それがどうでしょう、いまや「失われた30年」などと言っています。ここで「失われた」などと受け身の表現は責任の所在をあいまいにします。それは「われわれが失った30年」なのです。そして、気が付けばわが国の「経済格差」は懸念されるほど拡大しています。 |
| 続「青い壺」考 [49] 2024/12/22 Sun 10399 昨日[45]の続き 有吉佐和子「青い壺」(文庫本)の最後に、エッセイストの平松洋子氏が解説を書いている。その中に「青い壺のヒンヤリとした感触が人生の不条理を思わせ、いっぽうみずみずしい色彩と初老のくたびれた男との鮮やかな対比の計算が巧みである」という一文がある。この男性、定年退職後、久し振りで会社に行ったのはいいが、かつて自分が座っていた席に座って仕事を始めてしまうのである。 この作品は1977年の出版だから、多くの組織で定年が55歳程度だったころである。つまりは、60歳前の男性が「初老のくたびれた男」と言われているのである。有吉佐和子の「恍惚の人」と重なる。この一文を読んだ後期高齢者は「くすっと」あるいは「ニヤリと」笑ってしまった。ここで「くすっ」と「ニヤリ」のいずれであったかは「言わぬが花」としておきましょう。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(24) [48] 2024/12/22 Sun 10398 昨日[45]の続き 目の前で援助が必要な人がいる。そして、周りには[自分だけ]しかいない。そんなときは自分から[援助行動]を取る確率が高まります。ところが、そこにいるのが[自分だけ]でない場合、そんな前向きの行動が抑えられてしまう傾向が見られます。少なくとも先頭に立って[援助]する可能性が低下するのです。 こうした可能性を示した実験があります(Darley, J. M., & Latane, B. 1968)。その詳細は措くとして、他人の存在が[援助行動]を抑制するというわけです。それは「自分でなくても誰かが助けるだろう」「自分が関わることではない」といった気持ちが働きやすいのです。ましてや「周りから善人ぶっていると思われるのではないか」などと考えれば、手を差し伸べることに躊躇するでしょう。これを「そんなことは考え過ぎ。すぐにでも助ければいいのに」と言う人もいるでしょう。しかし、個々人のものの見方が様々であることも事実なのです。 |
| 日記の中の母(50) [47] 2024/12/22 Sun 10397 12月15日[29]の続き 1973年10月12日金曜日 病院で母の付き添いを交代して、妹に市場調査のサンプリングを依頼した。 そして、わたしはプログラム(三隅教授より18日迄の期限で頼まれている)にゆっくり手をつけようとしていた。こまでは予定通りで、今日中にはプログラムも終わるつもりであった。ところが、予定はあくまで予定にしかすぎなかったのである。□□(妹)が2時前に戻ってきて、区役所が住民台帳をみせないという。そこで市にTel すると、申請書が必要とのことだった。やむを得ず市役所に行くと、今度はマーケティング・サービスの社長の印鑑までいるという。すったもんだの末、結局は法的には拒否まではできないので直接区役所に行ってくれとのこと。 この日記に書かれていることがおわかりの方は少ないかもしれない。今から51年前のことだが、当時は誰もが住民基本台帳なるものを閲覧できた。もちろん使用目的は限定されていたと思うが、そのあたりのことは記憶にない。いずれにしても、そうした条件下で世論調査や市場調査で対象にする回答者を無作為に抽出していたのである。もちろん、今日ではあり得ないことである。 |
| 「青い壺」考 [46] 2024/12/21 Sat 10396 昨日[42]の続き 有吉佐和子の「青い壺」を読んだ。わたしは小説に合わないなあと思った。中学生のころから小説はそれなりに読んでいた。それが大学生のころから小説以外のものに興味が湧き始めた。それ以来、いわゆるノンフィクションとの距離が縮まり、小説が遠くになった。 今回の「青い壺」はお久しぶりの小説だった。ネタバラシ厳禁として、第10話のラストなど、「どうしてここで」という唐突感があった。それにしても作家のプロさ加減には舌はもちろん、あわせて尻尾も巻いてしまう。有吉佐和子と言えば「恍惚の人」「複合汚染」など社会問題を先取りした大作家である。わたしなんぞが「合わないなあ」と言ったところで、ノミのささやき、蚊のおしっこの音にもなりません。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(23) [45] 2024/12/21 Sat 10395 昨日[42]の続き キティさんが暴漢に襲われて命を落してしまいました。その後に行われた調査で、当日の異変に気づいた人は38人もいたことがわかりました。そのとき誰も助けようとしなかったのはどうしてなのか。この事件をきっかけにした[援助行動]についての研究が行われたのです。 わたしたちは、一般論としては「困っている人を助ける」ことを良いことだとは思っています。そして、周りに自分しかいない状況では、多くの人が援助の手を差し伸べるでしょう。それが身体的にむずかしいことであれば、近くの人に声をかけたり、110番や119番に電話したりするでしょう。ところが、そのとき周りに人がいると、こうした前向きの行動が抑えられる可能性が生まれるのです。 |
| 続 活力考 [44] 2024/12/20 Fri 10394 12月18日[39]の続き わたしの活力源についてのご質問には、次のような回答ができるでしょうか。 ①まずは、「先生の日ごろの活力は何でしょうか」といったご質問を受けること自身がわたしの活力源になっています。 自分から申し上げるのは気が引けますが、「話を聴いて元気が出た」という声をけっこういただきます。これがまた、わたしのやる気を刺激します。「リーダーは[フォロワーを褒める前に、自分が褒められましょう]」。これがわたしの提案です。 ②また、これまでのところ、健康であることはそのまま活力に繫がります。これは人類の歴史の流れの中で、たまたまわたしが両親から得たDNA的体質なのでしょう。その点で、自分の運の良さに感謝し続けています。 ③わたしの個人的な見解では[粘着質]も活力源になるかもしれません。古稀になったとき、体力の衰えを少しでもカバーすべく、[腕立て伏せ][ストレッチ][スクワット][ラジオ体操]を始めました。いずれも「ちょっとだけ」ですが、粘着質ですからとにかくやり続けてきました。そして、今やわたしの胸板は20代のときよりも厚くなっているのです。自分の行動の結果が目に見えることも活力を引き出していると言えるかもしれません。 そのほかにも頭に浮かぶものはありますが、ここは3点セットでまとめておきましょう。 |
| 消えた[真珠湾] [43] 2024/12/20 Fri 10393 地元紙限定ですが、12月8日の新聞には[真珠湾]が載っていませんでした。この日は日本軍が真珠湾を攻撃した日です。つまりは米国に宣戦布告をし太平洋戦争に突入した日なのです。わたしが子どもころは、この日の一面には[真珠湾]の記事が掲載されていました。それは大人になっても続いていたと思います。また、ビートルズのジョンレノンがニューヨークで銃撃され40歳で他界したのは1980年12月8日でした。 いつのころからか、この日の一面にはジョン・レノンの方が目立って載るようになり、[真珠湾]の影が薄くなっていきました。さらにいつのころからでしょうか、どちらの記事も見なくなったわけです。全国を見渡せば、どこかの新聞が取り上げているかもしれませんが、[真珠湾]は[風化]ではなく、砂塵となって[消滅]したかのようです。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(23) [42] 2024/12/20 Fri 10392 昨日[41]の続き 講座の第4回目(2005年10月14日)は、「集団と援助」にしています。 人はお互いに支え合いながら生きていくます。そうした中で、困った人がいれば助けるのは当然のことのように思えます。しかし、現実はそれほど単純ではないのです。 その事件は1964年3月13日未明のニューヨークで起きました。深夜の仕事から帰ったキティ・ジェノビーズは自宅前の駐車場で暴漢に襲われます。その悲鳴を聞いて周囲の灯りはついたものの、彼女を積極的に助ける行動を取った者はいませんでした。そして、一旦は立ち去ったかと思われた犯人は、その後も2回にわたってキティを襲い続けたのです。最初から3回目の暴行までには30分あまりが経過していました。ここに至って初めて警察に通報した者が現れたのです。すぐにパトカーが現場に到着したものの、キティはその命を失ってしまったのです。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(22) [41] 2024/12/19 Thu 10391 昨日[38]の続き 2005年に担当した講座の第2回目に時間をかけてしまいました。手元にあるメモをにあれこれ追加したためです。 そこで、ようやく10月7日の第3回目に入ります。 ここでは[集団規範]について話しています。ここで[集団規範]とは、集団メンバーが常識だと考え、行動する際の基準にするものです。それがもたらす影響を知り、望ましい[集団規範]を規範を育てることの重要性を強調したのです。自分が所属している集団に魅力を感じていれば、メンバーはその集団の規範にしたがって行動します。その点では、[集団規範]は第2回目で取り上げた[集団圧力]となって、個人に影響を及ぼすのです。したがって、反社会的な価値観を有している集団の場合でも、そのメンバー個々人に行動や考え方を変えるように求めても、その実現はむずかしいでしょう。それは、所属意識の強い自分の集団の規範が行動を規制するからです。こうした場合は、集団の規範自身を変えるように働きかけることが必要になります。その際には、リーダーが考えを改めるとその効果は大きくなります。それが集団規範の変化に繋がることが少なくないのです。[集団圧力]と言われると圧倒的に負のイメージが強いでしょう。しかし、集団にとって望ましい規範を作りあげれば、それが[健康な圧力]になって、メンバーたちの行動を改善することに繋がっていきます。その結果として、集団そのものも成長していくことが可能になるのです。 |
| 教育実習生への期待 [40] 2024/12/19 Thu 10390 12月14日[27]の続き 中学生が「授業中にもう少し質問させて欲しかった」と教育実習生に要望していました。授業中の質問ですが、質問が出ない授業が理想的だとは言えませんね。むしろ、生徒たちから質問が出るような情報提供が大事だと言うべきでしょう。そこで出てきた質問に手際よく答えることで、ほかの生徒たちの疑問を解消することも可能になります。本当は聴きたいと思っている生徒にとっては大いに助かります。そんなことですから、事前に様々な質問を想定しながら、疑問が湧かない授業を構成するのもけっこうですが、「何が出てきても答える」という気持ちで授業に向かうのもいいではないですか。その上で、質問に答えられないときは、すぐに自分なりの答え探求して、次の授業でしっかり回答するといいですね。ついでながら、「おかげで先生も新しい発見があって勉強になった」と一言付け加えれば、質問した生徒も気持ちよくなるでしょう。 |
| 活力考 [39] 2024/12/18 Wed 10389 研修に参画していただいた方からご質問がありました。「先生の日頃の活力は何でしょうか?(とてもエネルギッシュに感じます) 」 わたしも後期高齢者クラブのメンバーになりましたが、自分でも「元気がいい方だろう」と思っています。高校の仲間が送ってくる年1回のニュースレターには鬼籍に入った同窓生の名前が数人掲載されています。そうした情報を目にしながら、改めて自分の年齢を考えます。その上で、「とにかく元気でいること」のありがたさを感じると、[やる気]が出てきます。これを一言で言えば「朝からワクワク感」でしょうか。ここまでは前置きとして、次回はわたしがエネルギッシュだと思っていただける[要因]について考えることにいたしましょう。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(21) [38] 2024/12/18 Wed 10388 昨日[36]の続き アッシュさんの実験では「多数者が個人に与える影響」が明らかにされました。これに対して「少数者が集団に影響を与える影響」を実証した実験もあります。それはフランスの社会心理学者モスコビッチさんが行ったものです。アッシュさんと対照的に[少数者]が「えっ」と思うような《正解》を言い続けます。すると、多数派の方が「自分の考える《正解》」つまりは「本当の《正解》」ではなく[少数者]の意見を選択する可能性が出てきたのです。ただし、同じ立場を[一貫して」た取り続けることが重要で、[ブレる]とその影響は見られませんでした。 初めのうちは少数者の意見だと思われていた考えも次第に受け入れられ、いつの間にか主流になることもあるのです。それは宗教改革など、歴史の事実を見れば納得できます。なにせ、お釈迦さまもイエスさんも、マホメッドさん、ルターさんだって初めは一人ですからね。 |
| 4人の物語(86) [37] 2024/12/18 Wed 10387 12月12日 [23] の続き Aが観た映画のデータの最後は[スタンダード・サイズ]である。映画やテレビの画面で[縦横の比]のことをアスペクトと呼んでいる。この比が[1.375:1または1.33:1]のものが[スタンダード・サイズ]である。Aが子どものころは映画は基本的にこのサイズであり、ほとんどがモノクロ(白黒)だった。そのうち横長の[シネマスコープ]なるものも出てきた。さらに、[70mm映画]という文字どおりフィルム幅が70cmの映画も出てきた。Aが子どものころに観た[ベンハー]などはこれだった。そして、3台の映写機を使う[シネラマ]という新形式の映画も世に現れた。現在のハイビジョンは[1920×1080画素]で、「1.78:1]に落ち着いた。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(20) [36] 2024/12/17 Tue 10386 昨日[32]の続き アッシュさんの実験は「集団圧力」の存在を明らかにした点が強調されます。しかし、わたしとしては、自分の味方が[一人だけ]現れた結果の方に目が向きます。自分以外は全員がサクラだと知らない[本物の被験者]にとって[味方]が一人増えただけなのに、[集団圧力]に対する[同調]が目に見えて減少したのです。そのときも、多数者は[真の被験者]にとって信じられない《正解》を言い続けているにも拘わらず、自分の真意を表明できる人が一気に増加したのです。このことは、「人は、自分を支持(理解)してくれる者がいれば強くなれる」ことを明らかにしているのです。お互いが「この人だけは」という相手を持っておくことが大事なのですね。 |
| 家族への通信(2) [35] 2024/12/17 Tue 10385 12月6日[11]の続き はがき[消印博多局1965年11月1日父が記した番号8] 一月(ひとつき)の金のうちわけを小さい点迄詳しく書いて送って下さい。又文具関係は無用と言っていたが、やはりいる様である。現在(10月29日)の残金が3294円である。うまくいっている。尚日曜日は250円のビフテキを食べるから考えて計算せよ。第1日曜日8時半のデンワヲワスレルナ。おそらく今度はかけぬ。 寮生活をはじめた9月13日から1月半ほど経過したころのものである。父が附けていた連番も8と一桁である。それでもこの間に8本だから、まめに経済状況を報告していたことがわかる。母親が健康を気遣い、月に1回はビフテキ代を追加して送ってきた。室見の寮から市内で天神まで乗り、老舗デパート岩田屋の食堂で昼食として食べた。そのころのメニューの中で最も高いもののひとつだった。親に宛てたはがきで、表現はかなり乱暴である。寮には電話がなく、日曜日の8時過ぎに近くの独身寮に出かけていた。 |
| タイトルが変わった理由?[34] 2024/12/16 Mon 10384 NHKのラジオ「保阪正康が語る昭和人物史」を聴いている。聴き手は宇田川アナウンサーだが、[昭和史]の前は「作家が語る昭和史」だったと思う。名前は忘れてしまったが、文藝春秋の元編集者が解説していた。HNKの録音で懐かしい作家の声を聴くことができた。松本清張のときは3回連続だった。 その後、作家から対象が歴史に残る人物一般に広がり、解説者も保阪氏に交代した。これも懐かしく興味深い。ところで、切り替わりの当初は[保阪正康が語る]の部分はなかったと思う。それがいつのころからか解説者の名前が冠に付いた。そのせいか、保阪氏の解説がやたらと長くなったと感じる。ある人物のときは前振りが8分、中間で7分など、30分番組の半分を占めた。保阪氏が話したいので、「保阪正康が語る」とタイトルを変更したのだろうか。わたしなど懐かしの人物の考え方などを本人の声を通して聴きたいと思っているから、その解説が長すぎる。保阪氏の業績は十二分に認めるが、[本人の声]をもっと聴きたい。何と言っても昭和史に残る貴重な録音なのだから。 |
| 事故が起きるまでは… [33] 2024/12/16 Mon 10383 今年9月、JR貨物で、「輪軸」を組み立てる際の記録が改ざんされていたことが発覚した。そもそもは、7月24日に山陽線新山口駅構内で貨物列車が脱線ことからはじまった。専門的な評価は措くとして、広島車両所で輪軸組立作業の確認を行っていた際に、社員からの申告によって発覚したという。その後の調査では不正は2014年ころとから行われていた。さらに、北海道室蘭と川崎の車両所でも不正行為が明らかになった。 不正やトラブルとしてはしばしば見られるパターンである。この場合、事故が起きてから問題が発覚した。それがなければ、そのままの状態が継続しただろう。 いずれにしても、それまでこの事実を誰も知らなかったとは考えにくい。仮に誰も知らなかったとすれば、それは組織として専門的な仕事をする資格がない。はっきりしているのは、「記録を書き換えた」当事者は「知っていた」のである。ただし、それが「個人の勝手な行動」である可能性はほとんど考えられない。こうしたとき、「どこまで、あるいは誰まで知っていたか」が問題になる。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(20) [32] 2024/12/16 Mon 10382 昨日[30]の続き アッシュさんの実験は「集団が個人に与える圧力」、つまりは[group pressure]を明らかにしたものとして紹介されます。この点こそ、芭蕉さんの[不易]そのものでしょう。今日、「またか」と思うほど、組織の事故や不祥事が繰り返されています。そして、その原因の1つとして挙げられる[風通しの悪さ]は、まさに[常用語]化しています。そこにあるのは「問題だと気づいても、知っていても言えない[圧力]」でしょう。わたしの目には、これこそがまさに[不易]、言い換えれば[組織問題の普遍性]だと映るのです。それは、「言いたいことが言えなかった」という形で、問題が発覚したあとになってから明らかにされるのです。わたしが、これに「言ったけれど聴いてもらえなかった」を並べて、[組織問題の2要因]としていることは本欄でも繰り返してきました。 |
| 大統領の意思決定とユーチューブ [31] 2024/12/15 Sun 10381 今日の先進国家では映画や演劇の世界でしか想像できない[戒厳令]が韓国で出されました。ただ、ただ驚くばかりでしたが、その発端が[ユーチューブ]だという話が出てきました。大統領が[ユーチューブ]にアップされた極端で偏った情報に影響されたと言うのです。韓国との関係はわが国に取ってトップクラスの重要事です。ことの推移を見守るしかありませんが、選挙に[SNS]がきわめて大きな影響を持ってきたのですが、それが一国の[戒厳令]発令にまでおよんだ可能性があるらしいのです。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(19) [30] 2024/12/15 Sun 10380 昨日[28]の続き アッシュさんが「本当の《正解》」を言うサクラを入れたところ、[孤立無援の1人」のときは32.0%ほどが[多数派]に合わせていたのですが、それが5.5%にまで減少しました。その上で、アッシュさんは[味方]のサクラが実験の途中でいなくなる条件もつくってみました。その効果は覿面で、同調率は28.5%に跳ね上がりました。さすがに[一貫して孤立条件]の32.0%にはおよびませんが、「たった一人の味方」の存在のパワーがわかります。 さらに、[《正解サクラ》]ではなく[本物の被験者]を2人にしたところ、数値は10.4%でした。それは、[孤立]と[《正解》サクラ]条件の間にあるのがいかにももっともらしいですね。先に自分の意判断を言う[被験者]が揺れたのだと思います。とにもかくにも、人は多数者の意見に流されやすいのです。そうした中でキリッと自分の信念を表明する人は大したものです。もっとも、ストレスは感じる方が多いでしょうね。 |
| 日記の中の母(49) [29] 2024/12/15 Sun 10379 12月8日[15]の続き 1973年10月12日 金曜日 さて、「今日は一日中忙しく大変な日であった」からはじまるこの日に何が起きたのか。 自宅(北九州市小倉区)を出て11時頃に病院へ着いた。マーケッティング・サービスのサンプリングで小倉の分があったので、□□□(妹)にやらせようと資料を手渡し送り出した。 当時、市場調査をしていた会社マーケティング・サービスの仕事を請け負っていた。まずは調査対象者を決めるためにサンプリングという段取りが必要だった。いわゆるランダム(無作為)に標本(サンプル)を抽出するのである。この日は母の付き添いの番だったので、前夜から泊まっていた妹にサンプリングの仕事を頼んだのである。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(18) [28] 2024/12/14 Sat 10378 昨日[26]の続き アッシュさんは、サクラのうち一人が、「本当の《正解》」、つまりは「本当の被験者が信じる《正解》」を表明する条件も入れています。この結果がまた興味深いものになりました。何と言っても、「自分以外は全員がサクラ」であるとは知らない[本物の被験者]にとって[自分と同じ判断をする《味方》が増えたのです。ただし、その数は1人ですから、全体で見れば、[5対2]で、圧倒的に近い少数派ではあります。しかし、これがかなりの影響をもたらしました。 1人で孤立していた条件では被験者は平均で32.0%ほど[自分の《正解》]を封印して[多数派の《正解》]に合わせていたのでした。それが「1人」だけながら、[自分と同じ《正解》]を言う人物が現れただけで同調率が5.5%にまで減少したのです。まだ、少数派であるにも拘わらずです。 |
| 教育実習生への期待 [27] 2024/12/14 Sat 10377 11月15日[26]の続き 前回、「授業中にもう少し質問させて欲しかった」という、教育実習生に対する中学生の声を取り上げました。 「授業中の質問」とそれに対する回答は双方向コミュニケーションとして重要です。中学生が実習生に「質問させてほしかった」と言っているのは、実習生が「⑴質問を避けた」「⑵時間配分がうまくいかずに質問の機会がつくれなかった」のいずれかが考えられるでしょう。教師として「⑴避ける」は避けなければなりませんね。そこで、「答えられない」ときはそのことを伝えて、つぎの授業で相手が納得できる回答を示せば役割を果たしたことになります。教師に限らず、質問に答えられないことはあって当然ですから。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(17) [26] 2024/12/13 Fri 10376 昨日[24]の続き アッシュさんの研究は実験の結果です。被験者はアッシュさんとサクラに騙されたのです。それにしても、お互いに知らない人、じつはサクラではありますが、そんな距離のある人の言うことに本物の被験者は影響を受けたことになります。これを日常場面に移すとどうなるでしょう。実験は知らない人ですが、日常ではお互いに知っている人と仕事をし、生活をしています。実験が終わればサヨナラしてしまうのに、そんな人の発言に影響されるですから、知っている人たちが多数となれば、その力は実験どころではありません。そもそも棒の長さなど人と意見が違っても仕事や生活に困ることはありません。しかし社会生活では複数の選択肢からどんな行動をとるか意思決定が求められます。それは棒に長さのような話ではなく、自分の価値観まで問われるかもしれません。まあ、そんなこんなで、わたしたちは多数の圧力に負けてしまうのです。そうした集団の力をアッシュさんの実験は明らかにしたのでした。 |
| 制御困難の定義 [25] 2024/12/13 Fri 10375 昨日から大分で仕事をしています。大分と言えば一般道路を時速194kmものスピードで事故を起こし、右折しようとした車に激突して男性を死に至らしめた事件で全国ニュースになりました。そこで問題になっているのが「進行を制御することが困難な高速度」の意味です。そもそも法律は一般社会人の常識とは一致しないことがワンサカあります。それを法律の[専門家]と言われる人たちが[解釈]しているのです。ここで「進行」を前に進むことだけと考えてはまずいですよね、道路は1人の所有物ではありません。ほかの車も走っているのですから、何かが起きたとき安全に「止める」ことも[制御]に含まれることは言うまでもありません。車体が震えても真っ直ぐ進めたかどうかなどを検討しなければならないなんて、そんな法律をつくった[専門家]の感覚がなんとも怪しいではありませんか。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(16) [24] 2024/12/12 Thu 10374 昨日[21]の続き 周りにいる人間たち全員が、自分が確信している[正解]と異なる《正解》をみんなの前で言うのです。こうした状況に置かれた[本物の被験者]はどんな行動を取ったのでしょうか。実験では真の被験者の位置に50人が座りました。その結果、他人の意見をももろともせずに[自分が信じる《正解》]を言い切ったのは13人でした。いま、「もろともせずに」と書きましたが、これはわたしの勝手な表現です。心の中で思い悩みながら、自信なさげに[自分の《正解》]を小声で言った人もいたと推測します。ともあれ、50人中13人ですから、これは26.0%になります。一人で判断したときは《正解》が94.6%だったことはすでに見たとおりです。 いかがでしょうか、両者の数値の違いは一目瞭然です。ただし、[1回だけ]が4人、[2回だけ]が5人ですが、[みんなの《正解》」を言った被験者がいます。一人で判断した場合でも、[1回]と[2回]が一人づついました。そこで9人を「《正解》を言い間違った」として繰り込むと、44.0%になります。この9人が「《正解》の言い間違い組」とするのは相当に無理がありますが、まあ、とにかくこの実験で得られた数値は[周囲の影響力]の存在を見事なまでに明らかにしていますね。 |
| 4人の物語(85) [23] 2024/12/12 Thu 10373 12月4日 [07] の続き Aが観た映画のデータの話に区切りがつかまいままでいる。フイルムの話から「今ではフィルムをおそらく作っていない[富士フイルム]が登場した。この会社は今でもフィルム以外の分野で躍進しており、このコラムでも触れたことがある。いまここで、これ以上立ち入ると「物語」が進まなくなる。 前回は、フィルムのデータで「モノクロ/14巻/3904m/142分/スタンダード・サイズ」の[14巻]までで止まっていた。映画のフィルムは1秒間に24コマ使うので、これを巻いていくと相当な長さになる。それが[14巻]の後ろに記されている[3904m]である。なんと4000m近くもの長さなのだ。これを映写機に装着するためのリールに巻いていくから、リール1つだけでは到底足りない。この映画の場合、フィルムを分割してリールに[巻いた]ものが14個になった。それが[14巻]ということである。これを単純に計算すると、1巻が279mになる。まずは2台の映写機に[1巻目][2巻目]をセットして[1巻目]から映画がはじまる。その後は、映写技師が[1巻目]が終わるタイミングで別の映写機で次の[2巻目]に切り替える。そして、最初の映写機の[1巻目]を外し[3巻目]と取り替える。あとは順次同じ仕事をして、[14巻目]でめでたくおしまいとなる。この映画、上映時間は142分で、2時間を超える大作だったこともわかる。 |
| [目から鱗が落ちた」所 [22] 2024/12/11 Wed 10372 昨日[20]の続き 昨日、「目に鱗が付いて」いたのはパウロさんのことだと書きました。そんな奇跡のようなことが起きたのはダマスカスという街でした。そこは現在はシリアの首都になっています。そのシリアで反体制派が首都を制圧したというニュースが世界を駆け巡りました。これまでも紛争が激化するとテレビなどで長身のアサド大統領の映像が流されていました。また、8日にはイスラエル軍がダマスカスなどを空爆したという記事もあります。 しかしながら、わたしたちにはこの地に関わる事象についてはよくわからないというのが実情でしょう。こうしたことを考えると、わが国を含む東アジアの情勢についても、地理的に遠くに住む人たちにはほとんど情報が届いていないと思います。世界中が混沌として、われわれの目に新たな[鱗]が付いてしまうのではないか。そんなことを心配しています。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(15) [21] 2024/12/11 Wed 10371 昨日[19]の続き アッシュさんの実験結果は見事と言えるほどでした。自分以外の5人が「自分が正解とはとても思えない《正解》」を言い続けるのです。その[圧力(?)]負けて、[みんなの《正解》]を表明する被験者が続出したのです。いま[5人]と書きましたが、7人のメンバーの場合、[事情を知らない被験者]は6番目に座っていました。全体で18回もの判断を求められるのですから、[最後の7人目]だと、被験者が不自然さを感じる可能性があるでしょう。そんなことも考慮して[ザ・ラスト]は避けたわけです。それでも[真の被験者]は、「ああ、やっぱりこの人もだ」という気持ちになったと思われます。そして、同じことが繰り返されることになります。 ここで[真の被験者]を揺すぶる必要があります。実験の冒頭から自分以外の全員が[信じがたい《正解》]を言い続けるのも、実験に対する疑念を抱かせる可能性十二分です。実験では18回のトライアルがセットされていますが、最初の2回目までは、全員が、「被験者にとっても《正解》と確信できる《正解》」を表明します。この流れで被験者は「心理学の実験だと聞いて参加したが、何ともしょうもないことをするんだなあ」くらいの気持ちになったことでしょう。そうした中で、3回目に襲撃が走るのです。さらに、その後も[3回に1回]は、ほかのメンバーたちが[本物の《正解》]を言って、[本物の被験者]を揺さぶり続けたのです。 |
| [目から鱗]の物語 [20] 2024/12/10 Tue 10370 12月1日[01]の続き 比較的使われると思うのですが、「目から鱗が落ちる」という慣用句があります。それまで知らなかったこと、わからなかったことなどが明らかになっで、「なあるほど」と納得できたようなときに使います。その語源をご存じの方はパスしていただくことにして、この句の語源が[新約聖書]にあることはご存じでしょうか。ここで目に鱗をつけていたのは、名前ならほとんどの人が知っている、あのパウロさんです。彼はもともとはユダヤ教徒で、キリスト教徒を迫害していました。その彼があるとき、おそらくは閃光のようなもので目が見えなくなってしまいます。その後の経過は措いて、キリストに導かれてある人と会ったパウロは目から鱗が落ちて、視力を回復したのです。これを機会にパウロはキリスト教に帰依し、その基礎を築いたというお話です。 [鱗]といういかにも漢字が存在を主張しており、しかも魚が大事な資源である日本です。そんなこともあって、文字だけを見ると、和風、少なくとも中国伝来と思ってしまいそうですね。その由来を初めて知ったときは、「なあんだ、そうなのか」と「目から鱗」体験を楽しみました。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(14) [19] 2024/12/10 Tue 10369 12月1日[01]の続き アッシュさんの実験の模様を撮した写真があります。そこには課題を提示するアッシュさんとテーブルに座った7人の人物が写っています。このうち、6人のサクラが全員が一致して「正解」を言うわけです。もちろん、事情を知らない1人の被験者にはそれが「正解」などとは到底思えないものです。おそらく一人目の答を聴いただけで被験者は「ええっ」と驚いたはずです。何と言っても正答率94.6%の簡単な課題ですから。 ともあれ、アッシュさんは机の上の番号札1番の人から順に「正解」を声を出して言うよう求めます。ここで本当の被験者が座っている位置は6番目に設定されています。どうでしょう、1番、2番、3番…と全員が、自分にとっては「そんなはずないでしょ」と言いたくなる「正解」を言い続けます。そしてついには5番目まで来ました。次は自分が「正解」を明言しなければなりません。いやあ、困った、困った。ところで、みなさんならどうしますか。 |
| 母の声 [18] 2024/12/09 Mon 10368 12月7日[14]の続き 「青い壺」の第8話の166ページに、亡くなった姑に対する嫁の思いが記されています。 姑は貧乏になったと言い暮らしてはいたけれど、当店世間なみ年寄りよりは潤沢な晩年だった。寝込んでからは厚子を追い使うようにして身辺を身綺麗にしていたし、何をどう片付けるのに苦労するわけのものでもない。一番大きな変化は、姑の寝具はふとん屋へ打直しに出したことで、押入れの中は打直した綿がきちんと納まっている。いずれは、布団に縫い直そうと思っているけれど、息子の友達が遊びに来るというあても当分はない。(文春文庫版) ここまで読んだとき、母の声が聞こえてきました。「布団の綿の打ち直しを鵜沼(うぬま)さんに頼んだからね…」。わたしは高校2年生の2学期から寮生活をしていました。それまで、わが家が福岡の香椎に住んでいたとき、国道3号線を渡って少し行ったところに、綿を打ち直す鵜沼さんのお店がありました。香椎は福岡の東、寮があった室見は西でしたから、両者はけっこう離れていました。それでも母はわたしも馴染みのあった鵜沼さんに布団に入れた綿の打ち直しを依頼したのでした。おかげで、打ち直された綿の入った布団はふわふわ、ほかほかでした。 「青い壺」に流れる4つの文で、母の声がしっかり聞こえたのです。そのとき、60年以上も前の「鵜沼さん」という名前が反射的に蘇ったことにわたしの心と体が震えたのでした。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(13) [17] 2024/12/09 Mon 10367 12月7日[14]の続き アッシュさんは実験で棒が描かれている台紙使いました。そこには、まず1本の棒が描かれていて、その横に少し距離置いて3本の棒がセットで並んでいます。被験者は基準になる1本の棒と同じ長さのものを横にある3本の中から選ぶよう求められます。このとき比較する棒の長さは大いに違っていましたから、被験者にとって[正解]は一目瞭然でした。実際、実験に1人で参加した被験者の37人中35人が正しく答えましたから、正解率は94.6%という高率です。 ところが、この実験には複数のメンバーが同席する中で棒の長さを判断するという条件が設定されていました。このときは、本当の被験者は1人だけで、他のメンバーは被験者を装ったサクラだったのです。彼らは事前に実験者からある指示を受けていました。実験では合計18回、棒の長さの判断が求められました。サクラたちは、そのうち12回は[正解]と明らかに異なる棒を「基準と同じ」と回答をするように仕組まれていたのでした。 |
| 指定図書 [16] 2024/12/08 Sun 10366 NHKのニュースで有吉佐和子の「青い壺」が取り上げられていました。とにかく売れているのだそうです。それは雑誌「文藝春秋」で1976年1月号から77年2月号まで連載された小説です。そのリバイバルの理由は措くとして、その本の話を家内にすると、すでに読んだというのです。そして、それを間もなく会うことにしている友人に上げるつもりであることも判明しました。わたしは中学生から高校までは小説をけっこう読みました。しかし、大学に入ってからは社会事象を取り扱うものに目が向いて小説から遠ざかりました。ただし、20代中ごろから30歳になるころ、松本清張に凝った時期がありました。 清張は小説家ではありますが、歴史にまつわる評論なども興味深い著作が揃っています。その中でも「昭和史発掘」「日本の黒い霧」などはドキュメンタリーとして楽しめます。 ともあれ、小説読みから遠ざかっているわたしですが、話題の本がいま自分の家にあることを知ったわけです。それなら、せっかくだから目を通してもいいなあと思うのは自然でしょう。そんなことで、「青い壺」は既設の[トイレ図書室]の指定図書になったのでした。 |
| 日記の中の母(48) [15] 2024/12/08 Sun 10365 12月1日[01]の続き 1973年10月12日 金曜日 この日は「今日は一日中忙しく大変な日であった」からはじまる。このときの日記は「全国大学生活協同組合謹製」で[6号]で、表には[STITCHLESS NOTE]記され、金文字で[¥65]まで印字されている。また、日記の通し番号として[No.17]が手書きされている。また、タイトルは[躍進]である。すでに50年を超えているから、バラバラ状態で取り扱いに注意が必要になっている。この日の大変さは、そのノートの1ページ以上を当てていることからうかがうことができる。前日は銀行調査でミスがあったことを記していた。その翌日も予期せぬことが起きたことから、毎日のように記してきた[闘病中の母]の情報が消えている。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(12) [14] 2024/12/07 Sat 10364 昨日[12]の続き 前置きが長くなりましたが、講座第3回目「集団の力」でお話しした内容をご紹介しましょう。前回まで、わたしたちが[トイレ]の中ですら社会の影響を受けていることを強調しました。ましてや、何らかの意思決定を迫られるような事態では、個々人に対して集団が大きな力を持ってきます。そのことを明らかにした古典的な実験があります。それはAschというアメリカの研究者が1951年に発表したものです。なんと、70年以上も前の実験ですから、そんなものが21世紀に役に立つのかと思われるでしょう。これに対するわたしの答は「いやあ、それが役人立つんですよ」です。 松尾芭蕉が自らの俳諧論の中で、[不易と流行]いうことばを使っています。その意味は一言で言えば「人間を含めた世の中の事象には変わらないもの[不易]と、その時々の状況によって変わるもの[流行]がある」ということです。その上で、両者はお互いに影響を与え合っている。そのことを念頭に置いて一句一句をしっかり詠みましょうという提言です。 わたしの目には、Asch(アッシュ)さん、フルではソロモン・アッシュで何とも格好いいお名前ですが、その人が行った実験は集団と人間の[不易]的関係を明らかにしているように見えるのです。 |
| 創ると創られる [13] 2024/12/07 Sat 10363 先日、看護学校で授業をしました。こちらは前世紀から年に2日ほどのスケジュールで通っています。こちらが年を取ってきましたので最近の学生は孫と同じ世代になっています。その前には学生がわが子と同じ世代であることを実感していたものです。 さて、授業の中でホワイトボードに[参加]と[参画]の二つの単語を書いて、両者の違いについて聞いてみました。ここで誰から聞くのか、つまりは誰に当てるのかが問題になります。たまたま前列に座っていたり、瞬時に目と目が合ったりした学生に声をかけることは日常的に行われているかもしれません。しかし、わたしとしては[当てられること]に納得感が伴うといいなと思うわけです。それを期待して、こんなときは[抽選ソフト]で遊びます。これは[上限と下限]を入れて、その間にある数字をランダムに提示するという優れものです。はじめに[1]から[学生の人数]を入れてボタンを押すとその範囲内の数字が出る仕掛です。その数字と在籍番号が同じ学生が回答者になるのです。このソフトでは[数字]が出るまでの時間も秒単位でセットできます。わたしは[3秒]にしていますが、これでも[ワクワク感]や[ドキドキ感]はあります。 [参加]と[参画]のお話には至りませんでした。したがって、「創ると創られる」という今日のタイトルは意味不明のままで持ち越しとなります。いつものことです、ご容赦ください。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(11) [12] 2024/12/06 Fri 10362 昨日 [10] の続き 昨日は[トイレ図書室]の話題で、勝手に、そうです、わたしとしては[勝手に盛り上がって]しまいました。じつは、[個室の中に一人で、つまりは孤独でいる状況」であっても、わたしたちは[集団と関わっている]ことを強調しようと思ったのでした。 この点については、本欄で触れたことがあります。ただし、その記憶だけはあるものの、それがいつだったかのか思い出せません。まあ、それほど大昔のことなのです。 ともあれ、[図書室]で本を読むのは社会的行動です。それは著者との会話である点で、[2人集団]が出来上がっています。また、文字の奥や行間から、「そうそう、□□さんもこんな行動タイプだなあ」などと身近な人を思い浮かべることもしばしばです。それが[□□さん]を取り巻く[集団]にまで広がることはめずらしくありません。 もちろん[トイレ図書室]の中で二人、三人が一緒にいては怪しさが強烈すぎます。現実にそんな事態に陥ることはあり得ません、いや、そんな場に出会う確率がきわめて高いと思います。いずれにしても、[トイレ図書室]での出来事は[脳内集団]でのお話です。しかし、わたしたちの行動は、そもそも[脳内]での認知や判断が表に現れたものです。 いやはや、本日もまだ[トイレ]の前置きから脱することができませんでした。申し訳ございません。 |
| 家族への通信(1) [11] 2024/12/06 Fri 10361 家族への通信(母宛)(No.01 :はがき5円 1965年9月14日 博多局消印) 9月13日 生まれて初めて1人となった記念として書く。今9時53分、早めに床を引いた。さっき便所へ行ったが暗くてよくわからず□□□□□□□に出したのでどうなったかわからない。まあ第一日目、無事に終わる。9月13日夜 みちお 高校2年生で独り立ちをした日、母に書いたはがきです。母親が宛名になっているのは、父親は転勤で長崎にいたからです。父はこのときからわたしが書き送ったすべてのはがきと手紙に番号を振って残していました。そして、このはがきに鉛筆で[1]と記されていました。文中の□部分は、今日では表現として問題があるため伏せ字にしました。暗闇の中で適切な場所にちゃんと用が足せたかどうかがわからないと冗談で書いたのす。 ここで、「床を引く」を見て笑ってしまいました。まずは、「床」だが、これが「ゆか」でなく「とこ」であるのは文面からわかります。その上で、「床」は「寝るために設けるところ」で「布団などの寝具を調えた場所」だが、「また、その布団など」とあります(デジタル大辞泉)。したがって、布団を「床」と呼ぶのは標準語的な使い方です。次に「引く」ですが、「布団」の場合、これを「引く」のか、「敷く」のかと言われれば、「敷く」のような気がします。しかし、わが家ではずっと「引く」が[標準語]でした。そこでWebでチェックしてみると、少なくもとも「引く」が直ちに誤りではないようです。太宰治も小説で「布団をひいて」と書いているようなのです。はい。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(10) [10] 2024/12/05 Thu 10360 昨日[08]の続き 講座の第3回目「集団の力」の内容をご紹介しましょう。わたしたちは絶え間なく集団の影響を受けています。わたしの場合は朝食のあとにはまずトイレに出かけるのがルーチンです。ここは短時間の滞在時間ながら、わたしのとって欠かせない場所です。それは入り口のドアに[超ミニ図書室]のパネルを貼るべき重要な一室なのです。まあ、書名は省略しますが、現在[四六判]2冊、[文庫版]2冊と[Beating Japan]というタイトルのペーパーバックを持ち込んで[精読(?)]中です。 家内と一緒になってから、これまで4回ほど住まいが変わりました。最初の家は和式のトイレでした。これはどう考えても[図書室]としては徹底的に向いていません。じっと座って、右か左の[紙入れ]に入っている紙の残り数、あるいはその厚さを測定すること以外は出すことに専念するしかありません。そんなことを考えていたのかどうかも記憶には残っていません。何分にも40年以上も前のことなのです。福岡では20年近く生活しましたが、ご縁があって鹿児島に引っ越すことになりました。こちらは先は新しい借家でした。そこが和洋のいずれだったのかあやふやだったので家内に確かめました。その結果、やはり和式だったことが判明しました。そう言えば、バキュームカーがホースを挿入する蓋があり、その横には脱臭用の筒が立っていました。いやあ懐かしい。ところで、その正式名称を検索したところ、[臭突]と言うのだそうです。因みに煙突のような[臭突管]と呼ぶそうです。年を取っても知識が増えていくのは楽しい限りです。ただし、一方で[消えて]いくものの方が圧倒的、絶対的に多いことでしょう。 ヤレヤレ、本日は本題に入る前に長すぎる前置きを書いただけで終わってしまいました。大事なお時間を盗んでしまい、申し訳ございません。 |
| 躓きの力 [09] 2024/12/05 Thu 10359 今日ではバリアフリーということばが普通に使われています。これは障害のある人たちだけでなく高齢者にとっても欠かせないポイントです。とくに躓きは最大の注意点で、転倒して骨折すれば寝たきり状態を余儀なくされることもあります。それが間接的に心身に影響して亡くなってしまうケースも少なくないようです。 とにかくちょっとだけ躓いたと思っても大きな力が働いています。それは 椅子やタンスなどの角に脛を当てたときなどにわかります。もう吐き気を催すほどの痛さでしばらくはことばを発することすらできなくなります。そんなとき、人間はけっこうな力で動いていることを知って驚いてしまいます。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(9) [08] 2024/12/04 Wed 10358 昨日 [06] の続き 講座の3回目のメインタイトルは「集団の力」で、キーワードとして[集団圧力と規範]を付けています。この二つは[グループ・ダイナミックス]の入り口とも言うべき話題です。わたしは、いまでも古典となった実験を紹介しています。ただし、それは[集団と人間行動]に関わる普遍的な[原理]を明らかにしたものです。それは、今日でも繰り返され続ける組織の不祥事やトラブル、事故の根底に潜む[人間行動]を説明する道具になり得るのものなのです。つまりは、単なる[古い研究]ではなく、今でも考慮に値する情報を伝えてくれるわけです。 その点では、第1回目の内容として取り上げた、ジンバルドーの[刑務所実験]も、誰もが置かれた状況や与えられた役割によって行動が変わることを示したものですから、今に通じるのです。また、ミルグラムの[アイヒマン実験]は権威から指示されたとき、誰もが日常では考えられないほど残虐になり得ることを明らかにしたわけです。こちらも、現実の世界で同じ事態がいまも起きています。こんなことで[歴史は繰り返す]は、古代ギリシアの歴史家ツキディデスのことばという情報と、ローマの歴史家ルーフスが言ったという話があります。いまとなってはいずれの言葉か知りませんが、[繰り返しっぱなし]の人間って、ちっとも賢くないですよね。 |
| 4人の物語(84) [07] 2024/12/04 Wed 10357 11月26日 [43] の続き 前回から、Aが観た映画のデータについての話になっている。それが「モノクロ/14巻/3904m/142分/スタンダード・サイズ」で、このうち前回は[モノクロ]を取り上げた。これは絵画でも使われる用語だから若者を含めて理解できる人口はけっこう多いのではないか。それでは[14巻]はどうだろう。こちらはフィルムに関係しているのだが、最近では[フィルム]そのものが使われなくなってきた。モノとしての[フィルム]の使用が減れば、その用語が登場する頻度も減少する。かくして[フィルム]がそう遠くないうちに死語化してしまうかもしれない。 高齢者はもちろん、一定の世代までは[フィルム]は会話の中でも日常的に登場していた。ただし、さらに振り返れば、カメラが一般家庭に常備品と言えるほど普及したのは戦後もしばらく経ってからである。私的な経験からの推測では、それは1960年代に入ってからではないか。ここまで書いて、わが国には[富士フイルム]という誰もが知っている大企業があることを思い出した。 |
| わたしとグループ・ダイナミックス(8) [06] 2024/12/03 Tue 10356 昨日[04]の続き 講座の1回目は2005年の9月22日で、これまでその内容についてお話ししてきました。その次の2回目は、1週間後の29日でした。そこで、このときのことを紹介しようと思ったのですが、大いなるチョンボをしていることに気づいてしまいました。その内容をすでに取り上げていたのでした。それは、「リーダーシップの公式」と題して、11月5日から9日にかけて、3回に亘って[紹介済み]だったのです。いやはや、後期高齢者的[チョンボ]というべきでしょうか。 そこで第3回目に当たる、さらに1週間後の10月7日の内容に飛んでいきます。その日の話題は[集団の力]です。なにせ[グループ・ダイナミックス]の和訳は[集団力学]ですから、[集団の力]について考えるのは自然の流れでした。いや、これを3回目に持ってくるなど遅きに失してはいないかとのお声が聞こえてきそうです。ジンバルドーやミルグラムの実験はいざ知らず、2回目にいきなりリーダーシップはないだろうと言われそうです。おっしゃるとおりなのですが、すでに20年近い年月が経過しており、そのときわたしがどんなつもりでこうした順番にしたのかはわかりません。 |
| 今月の背景 [05] 2024/12/03 Tue 10355 11月24日[40]の続き 表紙の写真については月替わりの恒例としてお話ししました。今月は背景についても一言付け加えておいた方が良さそうです。一見しておわかりの方がいらっしゃるとは思いますが。雲と雲の間に輝く12月の夕日です。仕事を終えて熊本に帰るとき、飛行機は西に向かって飛んでいきます。夏であれば7時台、、冬であれば6時前ころに日没を迎えます。そんなとき、右側の空に写真のような光景が飛び込んでくるわけです。このときは[青味]が弱かったのですが、さらに鮮やかでコントラストの強いこともあり、思わず息を飲み込んでしまいます。そもそも[朱色]と[青色]の相性がいいのかどうか知りませんが、自然の着色の巧みさには感嘆するしかありません。 |
| わたしと[グループ・ダイナミックス](7) [04] 2024/12/02 Mon 10354 11月29日 [49] の続き わたしが講座で[グループ・ダイナミックス]の研究として挙げた3番目は、[リーダーシップ・トレーニング]でした。ここまでジンバルドー教授の「刑務所実験」、ミルグラム教授の「アイヒマン実験」の二つに実験を紹介しました。それが個人名ではなく、[リーダーシップ・トレーニング]というタイトルに変わったわけです。それは、わたしがライフワークとして取り組んできた、いや楽しんできた、そして今でもありがたいことに実践できている仕事です。タイトルは[リーダーシップ]の[トレーニング]ですが、そこには対人関係やコミュニケーションスキルの改善等が含まれます。また、組織の不祥事や事故の防止といった課題も[トレーニング]によって解決しようと考えるのです。もちろん、その基盤となる働く人々の[意欲や満足度]を高めることも大事な目標です。 こうしたことから、[リーダーシップ・トレーニング]は、わたしの仕事の紹介のように思われるでしょう。しかし、いわゆる[リーダーシップ・トレーニング]のルーツは[グループ・ダイナミックス]の創始者であるLewin教授たちが開発した「センシティビティ・トレーニング(感受性訓練)」にあります。講座では、そうした経緯についての情報も提供しました。ただし、わたしなりに開発してきた[リーダーシップ・トレーニング]が[センシティビティ・トレーニング]とは一線を画すものであることもちゃんとアピールしておきたいと思います。はい。 |
| 雪の小樽 [03] 2024/12/02 Mon 10353 10月13日 [16] の続き 異常な暑さの記録は年ごとに更新中で、どこまで行くのか不安になってきます。それでも先月の終わりころから季節らしい気温になってきました。わたしは北海道に仕事で出かけはじめて6年になります。そんなことで、天気予報のときは北海道にも目が向きます。このところ、雪雲がかかることが多くなりました。そのたびに「ああ、今日は雪なんだなあ」と彼の地の風景が目に浮かびます。 写真は家族旅行で小樽に出かけたときに撮ったものです。このときは猛吹雪で目の前が見えなくなるほどでした。それが少し治まったときのものです。いまごろ小樽運河は雪に包まれているでしょうか。 |
| 新型市電 [02] 2024/12/01 Sun 10352 熊本の市電は1924年(大正13年)に走り始めてから今年で100周年を迎えました。その記念すべき年に重大事故やインシデントが続いて、マスコミ等でも繰り返して報道されています。わたしは小学生になる前に八幡市(現北九州市八幡東区)を走っていた西鉄の市内電車に乗っていました。いや、正しくは親に連れられて乗っていたと推測します。また叔父の家が門司市(同門司区)にあり、その前の道路には市電の線路が敷かれていました。さらに福岡市の住民になった中学生から成人となり、20代最後の年まで、通勤、通学に西鉄の市内電車がなくてはならない交通手段でした。そんなこともあって、[オタク]とはほど遠いのですが、わたしも路面電車ファンの一人です。 先月、熊本市交通局が新しく導入した3両編成の電車が運用を始めました。写真は11月23日の出発式に撮ったものです。陸橋の上から、しかも後方からのアングルですから、できは今ひとつですが、とにもかくにも式典の日の勇姿です。車体は全長21.35m、定員112人で、路面電車としては九州で最も大きいということです。わたしも近いうちに[個人的試乗]にトライします。 |
| 日記の中の母(47) [01] 2024/12/01 Sun 10351 11月24日[40]の続き 1973年10月11日 木曜日 朝早く自宅を出て6時48分の列車に乗った。そこまではよかったが、すぐに大変な腹痛を感じはじめた。そして我慢できずに、東郷という田舎の駅で用をすませるはめになってしまった。朝食の中に悪いものがあったのかもしれないが、あるいは不養生のせいかもしれない。そんなことで、予定の一本遅れの列車となってしまった。 □□□□銀行の調査が完了した。今回は私が責任者だったが、ミスが多くて神経が疲れてしまった。その中には、わたしのミスもあれば、分担者に転嫁できるものもある。自分のミスに関して言えば、その原因は慣れからくる油断であった。深く反省をすべき問題である。 このとき、わたしは大学院の博士課程に在学していたが、集団力学研究所の仕事の重要な役割を任されていた。日記には具体的なミスの内容は記されていない。ただ、[慣れ]に起因する[油断]を戒めている。いつになっても[慣れ]は悪魔的である。 |