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| 心配だらけ [50] 2024/11/30 Sat 10350 昨日[45]の続き このところ、ようやく寒さを感じはじめました。それはそうでしょう、気が付けば明日から師走なのですね。アメリカでは感謝祭で、この時期は人口の大移動で大変そうです。今年はこれに大雪などで天候は大荒れ、道路も大変、飛行機もキャンセル続出など、天候の不順で経済活動も停滞しているようです。トランプさんは気候変動と排出ガスの因果関係など認めない感じですが、こうした世界中で荒れる天候の原因はどこにあると考えているのでしょうか。 ところで、国会が開会となりましたが、わが国では国債を発行しないとやっていけない国になってしまいました。国債発行は何の問題もないと言う[専門家]がいます。また、国債発行の必要性を主張する政党もあるようです。そのほとんどの人たちが20年後、30年後にはこの世にはいないでしょう。つまりは責任の取りようがないのです。後期高齢者としては、ただ「心配だ。心配だ」と言うしかありません。 |
| わたしと[グループ・ダイナミックス](6) [49] 2024/11/29 Fri 10349 昨日[47]の続き わたしが講座で[グループ・ダイナミックス]の研究として挙げた2番目は、Milgram教授の「アイヒマン実験」です。こちらはイエール大学のミルグラム教授が行ったもので、その詳しい過程は“Obedience to Authority”というタイトルで1974年に出版されています。これはわが国でも翻訳されています。書名は「服従の心理-アイヒマン実験-」(1995年 岸田秀訳 河出書房新新社)です。第二次大戦中にポーランドのアウシュビッツ収容所で多数のユダヤ人が殺害されたことは多くの方がご存じだと思います。その際の事務的な部門で責任者だったアイヒマンが逃亡先のアルゼンチンで捕らえられ、イスラエルで裁判にかけられました。その法廷で彼は「自分は命令に従っただけだ」と無罪を主張したのです。こうした弁明に対して、「人間は命令されれば多くの人の命を奪うのか」と議論が沸騰したのです。ミルグラムはこの点に焦点を当てて、一般市民を被験者にした実験を実施したわけです。 この研究もわたしが第1に挙げたジンバルドー教授の[刑務所実験]と並んで、90分15回では足りないほどの情報を含んでいます。その結果、「人間は権威者から[命令]されると、信じられないほど残虐になりうる」という衝撃的なものになったのです。実験の被験者は面識のない他人に学習課題を与えるのですが、相手が誤答するごとに段階的に強くなる電気ショックを与えていると信じ込まされます。そして、[権威に命令された]被験者たちの中には、実験者が想定していたレベルをはるかに超える[罰]を与える者が出てきたのです。 |
| 因果関係のお話 [48] 2024/11/29 Fri 10348 この宇宙には時間の流れがあって、あることがあることを引き起こす。先に来る[あること]が[原因]で、次の[あること]が[結果]である。そして、[あらゆるあること]、つまりは[ものごと]の間には[因果関係]が存在する。ただし、すべての[因果関係]を発見し、かつ[因果関係]が引き起こされた[理由]を[論理的]に説明することはできない。そもそも[過去]、それもずいぶんと昔の過去に起きた[あること]については、説明することはできない。それらは、現在の情報から[推測]することしかできない。[ビッグバン]はあったらしいとして、「その前はどうなっていたのか」「物質の最小単位である素粒子はどうしてできたのか」はわかっていない…。 この話、このまま続けていくと同じ主旨のことを繰り返しながらどこまでも続きそうです。そこで本日はここでストップといたしましょう。 |
| わたしと[グループ・ダイナミックス](5) [47] 2024/11/28 Thu 10347 昨日[45]の続き Zimbardo教授の刑務所実験が衝撃的だったことは言うまでもありません。被験者たちは自らの意志で実験に参加したのですが、囚人役に割り当てられた被験者は自宅に本物のパトカーがやってきて逮捕されるという段取りまで設定されていました。そうしたことで、看守役、囚人役を問わず心理的に多大な影響を及ぼしたことは容易に想像できます。とにかく、一時的であったか否かは措くとしても、それぞれの人格が変容したかのような行動をとったのです。社会的に与えられた役割とそれをとりまく状況が人を変えることを目に見える形で示したのです。この実験は後に[エス]というタイトルで映画化され、そこでは死者が出るという最悪の事件も付け加えられていました。そんなことで、「こんな研究が許されるのか」といった倫理上の議論も呼びました。 ともかく、実験中止に至るまでの数日間の出来事を分析していけば、それだけで90分15回分の授業が出来上がります。現在でも、“Zimbardo”“prison experiment”の二単語だけで多くの動画がヒットします。 |
| ある日の受験 [46] 2024/11/27 Wed 10346 昨日[41]の続き わたしが高校3年生のとき、担任は倫理社会が専門の花谷登先生だった。先生から特別奨学金の説明があった。これは次年度に大学に入学した場合、奨学金を支給するというものである。[特別]と名付けられているのは、当時[一般]は月3,500円だったのに対して、8,000円という破格と言える額だったからである。ただし、翌年、大学に入学しないと受給資格を失うというものだった。 そのための試験が県立福岡中央高校で実施されたことははっきりと憶えている。日記によればそれは1966年7月29日金曜日である。「補習まで休んで受けた育英会のテスト。むずかしかったぜ」と書いている。高校3年生の夏休みで、補習があっていたのである。ともあれ、結果としてはありがたいことに合格した。ただし、日記にはその通知を受けた日の記述は見つからなかった。自分にとって大ニュースだと思うのだが…。 |
| わたしと[グループ・ダイナミックス](3) [45] 2024/11/27 Wed 10345 昨日[41]の続き [グループ・ダイナミックス]が人の[あらゆる行動]について研究している例のトップに挙げたのは、スタンフォード大学名誉教授のフィリップ・ジンバルドー(Philip Zimbardo)の研究でした。その内容をお話しする前に、ジンバルドー氏が今年の10月14日に91歳で亡くなったことを知りました。年齢を考えれば天命を全うしたと言うべきでしょう。ご冥福をお祈りします。 さて、Zimbardo教授が行った研究でもっとも知られているのは[刑務所実験]です。これは、1971年8月14日から20日までスタンフォード大学につくった模擬刑務所で行われました。被験者を無作為に看守役と囚人役に分けて、その行動の変化を分析したのです。その結果、看守は[看守らしく]なり、[囚人]は精神的な問題が懸念される事態に至って、実験は途中で中止を余儀なくされました。 |
| わたしと[グループ・ダイナミックス](4) [44] 2024/11/26 Tue 10344 昨日[42]の続き わたしは[グループ・ダイナミックス]を「集団との関わりを通して人間を理解しようとする研究領域」として仕事をしてきました。ですから、その対象は「一人の人間行動」を含む「すべての人間活動」なのです。そこで、講座の第1回目は「なんでんかんでんグループ・ダイナミックス」と銘打って、それまで行われてきた研究の一端を紹介しました。ここで「なんでんかんでん」は「なんでもかんでも」のは九州弁です。熊本で日常用語かもしれません。 その「なんでんかんでん」の実例として3つの研究を取り上げました。それは、①Zimbardo教授の刑務所実験、②Milgram教授のアイヒマン実験、そして③リーダーシップ・トレーニングです。 |
| 4人の物語(83) [43] 2024/11/26 Tue 10343 11月13日[22]の続き Aが小学生のころに広場で見た映画「女中っ子」は「モノクロ/14巻/3904m/142分/スタンダード・サイズ」である。このデータが理解できる人の数は激減していると思われる。まずは[モノクロ]だが、これは「モノクローム」の省略である。もともとはフランス語で【①単一の色彩で絵を描くこと。また、その絵画。単色画。②写真・映画・テレビで白黒画面のもの。白黒。モノクロ。(精選版 日本国語大辞典)】である。そもそも[mono]には単一と言った意味があり、ときおり[モノトーン]といったことばを聴きこともある。 鉛筆にも[MONO]が付いた商品があり、こちらは「[唯一の、比類なき]などを意味するギリシャ語[monos]が語源」だとしている(トンボ鉛筆)。[モノクロ]は日本語の[白黒]と似た響きがあり笑みがこぼれる。ところで、[精選版 日本国語大辞典]には、[モノクローム]の使用例として野坂昭如の「初稿・エロ事師たち(1963年)」が挙がっている。これを見て、わたしの口元の[笑み]が[笑い]に移行した。 |
| わたしと[グループ・ダイナミックス](3) [42] 2024/11/25 Mon 10342 昨日[41]の続き かつて集団で命を絶つケースもありました。前世紀の1978年、南米のガイアにあった宗教施設で901人のアメリカ人と8人のガイア人が集団で命を絶つという大事件が起きたことがあります。また、わが国でも赤穂浪士47人が切腹を命じられ、46人がこれにしたがったとされます。こちらは集団による自決ですが、現代の自死と同列に考えることはできないでしょう。当時の価値観が影響を及ぼしているのです。 さて、[自死]は一般的には[一人の行為]であることが多く、その点では[孤独な行為]ということが出来ます。しかし、[孤独]という言葉そのものが、その背景に[集団]の存在を前提にしています。その意味で、[孤独]は[人間集団]を抜きにしてはあり得ないのです。 そもそも「孤独」という事態がどうして起きたのでしょうか。そこに至るまでには、それぞれの人は集団と関わっていたことでしょう。それが、何らかの理由で「ひとりぼっち」になり、一生を終えることになったと思われます。かくして、「孤独」そのものが「集団現象」なのです。 また、カウンセラーが一人のクライアントを対象に相談に乗っている場面を考えてみましょう。この場合、専門家であるカウンセラーが「一人」人間と対峙していると考えるのは正しくありません。そこにあるのは、カウンセラーとクライアントから構成されている[2人集団」なのです。そこではお互いにことばを中心にしたコミュニケーションが行われます。そして、それぞれのことばや動作、態度がお互いに影響を与え合うのです。カウンセリング場面も、集団的な視点から人間を考えていく[集団現象]ということです。 |
| わたしと[グループ・ダイナミックス](2) [41] 2024/11/24 Sun 10341 昨日[39]の続き 講座の第1回は2005年9月22日でした。まずは、そのまま「グループ・ダイナミックス入門」とのタイトルをつけています。そして、キーワードを「なんでんかんでんグループ・ダイナミックス」として、つぎのような概要を書いています。 「人間は集団との関わりを抜きにして存在することができない。生命そのものが二人の人間の交流から生まれるのである。そして、命を全うした後にも人々から見送られる。たしかに孤独で亡くなる人もいる。最近では自殺も年間に3万人を超える深刻な事態が続いている。その中には集団で命を絶つ例もあるが、多くの場合は一人である。そうなると、こうした人々は集団と関わらずに亡くなることになる。しかし、これを集団と関わりのない事態だと考えるのは正しくない」。 この先、まだ続くのですがここで一息つきましょう。何と言っても[グループ]の[ダイナミックス]です。日本語では「集団力学」と直訳していますが、人間を、とにかく[集団との関わりの視点]から分析することをスタートとしているのです。このころは自殺者が3万人を超えていました。それが次第に減少したとはいえ、警察庁のデータでは2023年度も21,837名と2万人以上が自殺として認知されています。これに行方不明者や死因が特定できない人がいて、そこには自ら命を絶ったケースもあるでしょう。そう考えると、実数はさらに増えます。社会にとって深刻な状況は変わっていないのです。 |
| 日記の中の母(46) [40] 2024/11/24 Sun 10340 11月17日[28]の続き 1973年10月10日 水曜日 体育の日。4人部屋はやっぱり大変である。第一、ベッドの隣にボンボンベッドをセットするのだが、そうすると狭くて足を置くところがなくなってしまう。まあ、いいではないですか。あと10日くらいで立ってほしい。 [体育の日]はそもそも10月10日だった。それは1964年のこの日に東京オリンピックの開会式が開催されたからである。それが今では10月の第2月曜になり、名称も[スポーツの日]とされてしまった。祝日は国民の休暇を増やすといった[理由]をつけて、ときには選挙で政党がアピールする道具として取り扱われてきた。祝日から歴史が消されていく。何とも嘆かわしい。 さて、母は前日から「4人部屋」に移動した。それでも家族は泊まり続けた。ボンボンベッドとは夏の浜辺などで使う折りたたみ式のベッドだが、いまの若い人たちにはそのまま通じるのだろうか。ここでも、母が自力で立つことを期待している。まだ傷口から、口から入れたものが出てきている状態で、こんなことを記している。手術を担当した医師から「運動をしないから術後の傷が塞がらない」と言われたからである。 |
| わたしと[グループ・ダイナミックス](1) [39] 2024/11/23 Sat 10339 わたしの専門分野は「グループ・ダイナミックス」ですが、熊本大学では「グループ・ダイナミックス」のタイトルが付いた授業はしませんでした。その代わりというわけではありませんが、他のいくつかの大学で非常勤講師として「グループ・ダイナミックス」を講義をしたことはありました。また、熊本県と熊本大学が連携した社会教育関連の講座で「グループ・ダイナミックス入門」を担当したことがあって、そのメモが手元に残っています。 それは20年近く前の2005年9月のことです。その前年2004年に国立大学が法人化されており、大学が社会的サービスにも力を注ごうという流れができました。そうした中で、夜間に開講する講座ができて、わたしは「グループダイナミックス」と題して5回に亘って講座を担当することになったのでした。講座の受講者に配付された資料に「講座開講の趣旨」をまとめた欄がありました。そこには「グループ・ダイナミックスは[ 集団との関わりを通して人間を理解する科学]である。本講座では、グループ・ダイナミックス研究で得られたさまざまな話題を取りあげながら、集団と人間について理解を深めていく」と記しています。 |
| 兵隊さんかい!? [38] 2024/11/22 Fri 10338 先日、家内と車で出かけ、街中の大きな交差点で信号待ちをしていました。目の前の横断歩道を人が横切っていきます。その中で、和服に身を包んだ2人の女性が一際目立ちました。家内と「結婚式の帰りだろうか、何かお祝い事があったのだろうか」などと言葉を交わします。 華やかな和服は良いものです。二人が横断歩道を渡りきったあとも目が向いていました。その信号の近くにコンビニがあり、二人はどうやらここに立ち寄る雰囲気です。そのときでした。一人が小さめのペットボトル、おそらくは360mlほどのものだったと推測します。それを口に当てて「ぐいっ」と一気に飲み干したのです。それも歩きながらでしたから、行進中に最前列でラッパを吹いている兵隊さんの姿と重なり合ってしまったのです。まさに、「これぞラッパ飲み」ではありませんか。もうそれ以外の表現は頭に浮かびませんでした。 もちろん水分の供給は必要ですし、いまではそれはペットボトルが重要な役割を果たします。それは十分に承知しています。ただ、「ちょっとだけ立ち止まる選択肢はあるよね」などと思うと笑いが止まらなくなりました。それからすぐに信号は青に変わりました。 |
| 当確ミス [37] 2024/11/22 Fri 10337 久米宏が「ニュースステーション」の初代キャスターになったのは1985年だった。当時のトップスター並の久米が斬新な切り口で情報を伝えるというので話題になった。その中で、選挙の[当確早打ち]は、彼がはじめたと言えるだろう。まだ開票がはじまったばかりの時点で当確を出す。これに久米は「本当に大丈夫なの」などと言いながら番組を進めていく。いまとなっては、件数の確認はきないが、素人には「けっこう外れるよね」感を持った記憶がある。過去には大分の大物にNHKが[当確]を出したものの、落選することがあった。そのときの責任者は左遷されたという、少なくともそんな話があった。それだか[当確打ち]は重かったのである。それを「ニュースステーション」が破壊したと見えた。 いつの選挙か記録はないが、毎日新聞によると、衆議院選挙では民放4局が計7件の当選・当確を打ち間違えたことがあった。これは、比例代表の当選者名を誤ったという単純なミスのようだった。新聞はテレビと比べて速報性で弱点がある。しかし、それ故に当確の間違いなどは基本的にないと思われる。ただし、このときは朝日新聞が比例代表東京ブロックで当選に届かなかった候補者を当選として印刷された。全国に配られたのが140万部というからかなりのものである。新聞の場合は文字に残るだけに明らかなミスはこの上なく痛い。 それからずいぶんと時間が経過した。投票予測の精度が向上し、[当確ミス]はほぼ[0]になった感があるが、実際はどうだろう。 |
| [忖度]アメリカ版 [36] 2024/11/21 Thu 10336 アメリカのバイデン大統領は途中でリタイアすることを決めました。その代わりとしてハリス副大統領が民主党の候補者になったわけです。時期が時期だけに、民主党は大統領候補者を選出する事前の戦いも盛り上がるもなしで終わったのでした。その影響でしょうか、「遅きに失した」を絵に描いたような結果になりました。 それにしても映像で見る限り、バイデン氏の足下は大いに頼りなさげでした。ヘリコプターから降りてホワイトハウスに向かう光景には繰り返し遭遇しましたが、ヨロヨロとまでは言わないとしてもかなり危うげでした。それでも、「本人が言い出さない限り候補者から降ろすことはできない」とか「夫人がそれを受け入れないだろう」などと言われていました。 しかし、民主党の全員とは言わないとしても、多くの人たちが「自分から引き下がってくれればいいのに」と思っていたのではないかと推測してしまいます。 こうした状況を見て、わたしは「アメリカでも忖度が十分に機能しているんだろう」と苦笑していました。誰も言わないんですよね。 ところで、英語の忖度を和英辞典で引くと[conjecture]になっています。そこで今度は[conjecture]を英和で探すと、「推測する、憶測する」と記されています。英語の[conjecuure]にも日本語の[推測]にも「[相手の心、思い]を[慮る]」というニュイアンスは含まれていません。それは日本的対人関係の中にしか存在しないかのようです。しかしながら、「バイデン大統領に[忖度]が働いた」というのは、それほど的外れではないような気がしています。人間、そして人間集団は、思った以上にどこでも同じなんですよ。それってグループダイナミックスなんです。 |
| 摩天楼 [35] 2024/11/20 Wed 10335 昨日[33]の続き 浅草の[12階建て高層ビル:凌雲閣]が関東大震災でなくなってから大いに時間が経過していきました。そして、日本が敗戦から経済的に復興したころの1968年に、東京の千代田区に霞が関ビルができました。それは地上36階、高さは147mで、[凌雲閣]の3倍にもなる高いビルでした。福岡の天神ビルは89.6mとなっていますが、これは2階分ほどある塔屋も含めていると思われます。ともあれ、霞が関ビルには[超高層]と[超]が付いたのです。 わたしが子どものころから知っているニューヨークのエンパイアステートビルディングは地上102階、屋上までが381mという桁違いの代物です。しかも、竣工が1931年と聴けば驚くほかありません。[ゴジラ]の超先輩である[キングコング]が美女を掴んでエンパイアステートビルディングのアンテナらしき部分にまで昇ったのは1933年のことです。まだビルが出来たてホヤホヤのときだったことになります。その場所をラストシーンにしたことで映画[キングコング]は最高の見せ場を創ッたのです。 そのエンパイアステートビルですが、わたしがことものころは[摩天楼]と呼んでいました。ここで[摩]は【①こする。磨く。②近づく。せまる。】という意味があります(広辞苑)。わが[凌雲閣]は[雲を凌ぐ]ほどですが、[摩天]となれば、天をこする、磨くというのですから、やはりスケールが違っています。 ところで、[摩天楼]は英語の[skyscraper]の訳語です。[scrape]に「こする、磨く」といった意味があることから、直訳なのでした。 |
| 続々 堤兄弟と熊本 [34] 2024/11/20 Wed 10334 昨日[32]の続き 〝The BROTHERS〟は細川知事と堤兄弟の兄である清二氏との関係についても語ります。 清治氏は、細川氏が熊本県知事だったときに設立された非公式の諮問委員会である[熊本21世紀グループ]に参加していた。このグループには、劇場監督や前衛的な建築家である黒川紀章など、芸術界の主要な人物が含まれており、清治氏はビジネス界の代表としてメンバーになっていた。しかし、細川氏が首相になると、清治は忠誠心を変えた。 このあたりの経緯と事情をわたしは知りませんが、文面的には袂を分かったように読めます。 そしてさらに続けます。 義明氏が細川氏に近いこと自体、細川氏が自由主義からはほど遠いことを示していた。皮肉なことに、自民党を追放された新しい指導者河野洋平氏は、「新時代の新しい首相(細川氏)」よりもはるかに自由主義者だった。。彼はかつて金権政治に抗議して自民党を離党し、野党の新自由クラブを設立するまでしたが、後に復党した。 この後、川野氏が清二氏と関わりがあったことを推測させる記述もあります。ともあれ本冊が手元にないので確認できませんが、これが外国のルポライターの目に入った熊本の一光景です。 |
| 雲を凌ぐ高さ [33] 2024/11/19 Tue 10333 明治時代の浅草に[凌雲閣]という建物がありました。同じ名称の[凌雲閣」は大阪にも建てられています。いずれも、「眺望用の高層建築物」(Wikipedia)というのです。浅草の方は、52m、12階で、竣工は1890年です。[凌雲]は雲を凌ぐという意味だから、まるで富士山レベルの響きがあります。実際は12階なのですから、それだけでも楽しくなってきます。それから33年後の1923年9月に関東を大震災が襲います。これで[凌雲閣]は半壊してしまいます。その光景は映像にも残っています。 ともあれ、わが国が地震国であることから、当時は12階程度のビルを[高層]と呼んでいたのです。わたしが佐賀県の伊万里小学校6年生だったとき、修学旅行先は小倉市(現北九州市)でした。小倉では博覧会が開催されていたことからその見学に出かけたのです。併せて朝日新聞社を見学しました。そこで初めて鉛の活字を選ぶ作業や輪転機に巻き付ける原版づくりの過程を見て感動した記憶もあります。 さて、その行き帰りにバスが福岡の天神を通りました。そのとき、天に届かんばかり(?)の天神ビルにみんなが歓声を上げた。あるいは完成間近の工事中だったような気もします。天神ビルは1960年の完成で現在も健在ですが、地上11階で、おそらく当時としては九州で最も高いビルだったのではないかと思います。まさに[凌雲のごとき高層ビル]ということです。 |
| 続 堤兄弟と熊本 [32] 2024/11/19 Tue 10332 昨日[30]の続き 〝The BROTHERS〟は細川護煕熊本県知事と堤義明氏の連携を取り上げながら続けます。 (二人は)西武のリゾート開発の専門知識を活かし、その地域を九州の「軽井沢」として国際的なリゾート地に変えることを計画した。阿蘇山の麓の青々と茂る田園地帯に大きなホテルとゴルフコースが現れた。二人は時折、一緒にスキーに行ったが、細川氏は「義明さんは荒っぽいスキーヤーだ」と語った。また、細川氏が軽井沢の別荘に滞在しているとき、義明氏とテニスをしたこともあった。 因みに細川氏は県知事時代の1986年に北海道で開催された第41回冬季国民体育大会でアルペンスキー競技の大回転に出場しています。その腕は確かだったのです。 また、ここで引用されている 阿蘇プリンスホテルとゴルフ場は2007年6月にルートインジャパンに売却され、阿蘇リゾートグランヴィリオホテルになりました。義明氏の命運と共にしたということです。 |
| 大統領選挙の[こころ] [31] 2024/11/18 Mon 10331 【背に腹はかえられない:《五臓六腑 (ろっぷ) のおさまる腹は、背と交換できないの意》さし迫った苦痛を回避するためには、ほかのことを犠牲にしてもしかたない。】 【花より団子:風流より実利のほうをとること。外観よりも実質を尊ぶことのたとえ。】 【論より証拠:あれこれ論じるよりも証拠を示すことで物事は明らかになるということ。】[いずれも〈デジタル大辞泉〉] アメリカ大統領選挙でトランプ氏が圧勝したニュースを聴いたとき、わたしの頭に浮かんだ3つの慣用句です。アメリカ国民のとりわけ経済に対する感覚がわからないまま、[米国通(?)の識者]たちの「大接戦」予想を見聞きしていました。厳しいインフレが一般人の生活を脅かしていたらしいですね。 |
| 堤兄弟と熊本 [30] 2024/11/18 Mon 10330 11月16日[27]の続き Lesley Downerの〝The BROTHERS〟には熊本と関係のある人物が登場します。わたしがおもしろいと思って訳していたものがワープロに残っていました。本冊は読んだあとに処分しましたから、該当ページは不明です。 予想どおり、堤兄弟は2人とも新しい政府とのつながりがあった。義明と細川護煕との関わりは、細川が魅力的な若い貴族として知事になった80年代半ばに遡る。それは細川が九州の中央部にある熊本の知事になったときである。 義明は熊本から内陸に位置する阿蘇山の麓にある美しい田園地帯を開発したかった。一方、細川は義明がその地域に仕事と金をもたらすことに熱心だった。 細川氏は熊本で[細川の殿様]と言われていました。Downerはこれを「若い貴族として」と書いたわけです。1983年、参議院議員から熊本県知事になったのですが、このときの得票率が83.44%だったようです。「さすが、殿様」というわけです。 |
| 但し書きの瞬間提示 [29] 2024/11/17 Sun 10329 テレビで[太陽生命ダイレククト」のCMが出た。保険料は月々500円からで、「はじめてガンと診断されると100万円」とアピールしている。わたしなんぞは30代から[ガン保険]を掛けて今日まで無事にパスしてきた。そんなわけで自分には[どうでもいい]情報ではある。ただ、CMで提示される[但し書き]の文字が比較的大きく、またそれなりの秒数で提示されていたのが気に入った。 この手のCMで出される[但し書き]は50インチの画面でも読めないほどまことに小さい。その上、4行も5行もあるのに、いやもっと多いかもしれないのに[アッ]という間に消えてしまう。それが何行あるのかさえ判断できないほどの瞬間提示(?)に見える。それだけでも[怪しさ満点]である。そんな中で[太陽生命]のPRは、ゆっくりは読めなかったが、この手のCMの中では歴史に刻まれる(?)ほど画面に残っていた。ただ、それだけのことですが、そんな気がしたわけです、はい。 |
| 日記の中の母(45) [28] 2024/11/17 Sun 10328 11月10日[17]の続き 1973年10月9日 火曜日 4人部屋に移って第1日目の出勤(?) やっぱり隣の部屋よりも周りのコンディションは悪くなっている。その反面、他の人に頼んでおけば、少しの間は手を離して外に出かけることも十分可能である。今日はやっとのことではあるが少々歩くことができた。この調子でせめて20日までにわれわれの手がいらないように持っていきたいと計画している。 手術後2ヶ月が経過して1人部屋から4人部屋に移動した。あとで振り返ると、このこと自身が普通ではない。特別の計らいを求めたのではないにもかかわらず、「できるだけ個室」を優先してくれたと考えてしまう。いまとなってはその理由はわからない。ただし、家族としてはある思いが付きまとう。「手術後の傷が塞がらないのは食べないからだ。食べないのは運動しないからだ」。医師は家族にそう言った。そう聴いてみんなで嫌がる母をベッドから降ろして歩かせようとした。ほんの少し歩くことができた母を「この調子で」と記すわたしがいる。 |
| 〝The Brothers〟の後 [27] 2024/11/16 Sat 10327 10月27日[34]の続き Lesley Downerの著書〝The BROTHERS〟(1994)を1996年に西オーストラリアの大学生協で購入しました。これを随分経ってから[トイレ図書]の1冊として読みはじめました。そして、本コラムにはこれを2020年12月13日に読了したと記しています。〝The BROTHERS〟は西武グループを築いた堤康次郎の2人の息子である堤清二氏と義明氏の[兄弟]のことです。本の最後は、「[堤物語]はこの二人で終焉を迎えるのか、それとも[新たな章]で人々を驚かすのだろうか」で終わっていました。 ところで、先月10月27日にNHK「映像の世紀」に登場したダイエーの中内巧氏とセゾングループの堤清二氏を取り上げました。いずれもバブル崩壊とともに栄光の光を失ったのでした。また、清二氏の弟である義明氏はスポーツマンで福岡の球団[クラウンライター・ライオンズ」を所沢に引っ張って来て[西武ライオンズ]を創設したことでも知られています。義明氏はスキーも相当の実力で長野オリンピックの誘致に当たって大いに力を発揮したようです。アメリカの経済誌が総資産世界一として義明氏を挙げたこともありました。西武鉄道、プリンスホテル、それに苗場やニセコをはじめとした有名スキー場の展開等々、[総資産世界一]は過大評価ではなかったかもしれません。しかしながら、義明氏についてもバブル崩壊と絡みながら、様々な問題が噴出しはじめます。そして最後はインサイダー取引で執行猶予付きの有罪判決を受け、それが確定するのです。兄の清二氏は86歳で亡くなっていますが、義明氏は90歳で存命です。 〝The BROTHERS〟は「[堤物語]はこの2人で終焉を迎えるのか、それとも[新たな章]で人々を驚かすのだろうか」と結びましたが、清二氏、義明氏ともに、別の意味で世の中を[驚かせた]と言えるでしょう。 |
| 教育実習生への期待 [26] 2024/11/15 Fri 10326 2020年12月18日[このころはナンバーなし]の続き 教育実習生に対する中学生のアンケートが手元に残っています。本コラムでの初出は2010年11月1日ですから、「まだあったの」と言われそうです。いや、そんな昔からお読みいただいている方はほとんどいらっしゃいませんよね。そうした方でも記憶に残っている可能性は確実に[0]です。また、直近でも2020年12月18日ですから、コロナ禍の中で、すでに4年も前になります。 わたしとしては、せっせと[身辺整理]を続けているのですが、どこからともなく[化石]が発見されるわけです。中学生が書いたのは実習生のことですが、その内容は現職の教師だけでなく、リーダーシップに対する期待として受け止めることができます。 リバイバル版の第一は「授業中にもう少し質問させて欲しかった」です。これは意欲満々の中学生を想起させますが、あるいは単純にわからないことがあったのかもしれません。「もう少し」というのですから、質問をまったく受け付けなかったのではなさそうです。 ともあれ、職場でも有無を言わせず「こうしろ、ああしろ」という時代ではなくなりました。むしろ、わからないことをいつでも聴ける関係を創っておくことが求められますよね。それでも質問が出ないことも少なくありません。そんなときは、「わたしならこんな疑問を持って聴いてみたくなるんだけど、どう」といった働きかけも効果があると思います。 |
| 危機管理力 [25] 2024/11/15 Fri 10325 昨日[20]の続き あの方の行動について、あの党は臨時役員会を開いて、自分たちのトップの不倫問題について倫理委員会にかけることになったようです。一般ピープルは報道を通した情報を見聞きするだけですから、本当のところはわかりません。ただし、倫理委員会にかけるという判断がいかにも遅いですよね。そもそもそんな話になったのは、世の中が騒ぎはじめたから仕方なくのように見られてしまいます。本当はそうでなくてもですね。そうではなくて、初めから委員会で検討するつもりだったのであれば、「問題が発覚したその日」でしょう。組織としての危機管理能力はかなり危機的な感じがします。それだけ強力な力を持った人に違いありません。 そうした中で、同じ党の女性議員が「最低だ。国会が“対決より解決”の政策議論を取り戻せるかもしれない千載一遇のチャンスに何やってくれてんだよ」と猛烈に批判しています。しかも発覚当日にです。なんとも痛快な発言で、これが党内でどう評価されるのでしょうね。 |
| それをやっちゃあおしまい[緊急追加版?] [24] 2024/11/14 Thu 10324 11月12日[21]の続き いやはや、失礼ながら「あんた、アホか」と言いたくなりますよね。先だっての選挙で大躍進し、目が眩むほどのスポットライトを浴びている政党のトップさんのことです。進退については様々な意見があるようですが、とにかく[想像力]と[意志力]の欠如は嘆かわしいったらありゃあしない。 まずは、「これをやっちゃあおしまい」という[想像]ができていない。いや、そのくらいは想像できたと思うのですが、それを行動に繋げる[意志]が欠如していますよね。またご家族、息子さんもいらっしゃるようですが、その人たちがどう思うかについての[想像力]に欠けている。いや、そのくらいは想像できたと思うのですが、それを行動に繋げる[意志力]がない。 ここでことの善し悪しは措くとしても、いや措けませんが、とにもかくにも「この時期はやたらとまずい」と思わなかったなんて、[想像]すらできませんなあ。普通に考えれば我慢(?)するでしょう。いや、これは[我慢]すればいいという問題ではありませんが。 そんなこんなで、「ないないづくし」となるわけです。テレビでは若いカップルが街頭インタビューを受けていました。そのうちの女性が「自分の欲求を抑えきれない人ってちゃんとした意思決定ができるんでしょうか」といった意味合いの話をしていました。いやはや、「脇が甘い」と言うよりも「自分に脇のあることすら忘れちゃった」ように思えてしまいます。やれやれ…。 |
| 続々 口臭と認知症 [23]2024/11/13 Wed 10323 昨日[20]の続き 口臭と認知症に関する研究したグループは「可能性が示唆されました」とけっこう控え目な言い回しをしています。その上で、「本研究の結果は、適切な口腔衛生を維持して口臭を減らすことが、認知症の予防に寄与する可能性があることを示しています」と続きます。これもまた控え目感があります。 さらに、次のような自己評価が記されています。「ただし、この研究では、認知機能が低下した人では口腔のケアが十分にできずに口臭が悪化するといった、原因と結果が逆転している可能性を完全に排除できません」。そうなんですよね。研究では[因果関係]が重要で、そこが予防やアクションには欠かせないですよね。 そして「また、重度の口臭を持つ人が少ないため、その影響を正確に評価するためには、今後のさらなる研究が必要です」と続きます。うんうん、その通りだと思います。 「しかし、この研究は口臭と認知症の関連についての理解を深める一歩となります」。たしかに第一歩ですね。これからもしっかり頑張ってください。 いかがでしょうか、研究者たちは大いに控え目ですが、記事ではそうした状況までは伝わってきませんよね。 |
| 4人の物語(82) [22] 2024/11/13 Wed 10322 11月6日[10]の続き Aが2年生の夏休み8月8日の日記 きょうひろばで、こどもかいのえいがをみました。そのえいがは「じょちゅうっこ」というえいがです。えいががすんだのでかえりました。かえっtら11時ですからすぐねました。 この日の気温欄は35℃で朝から暑かったに違いない。当時(1957年)は映画が娯楽の王様だった。ちょっとした市には複数の映画館があった。それでも、夏休みの夜になると公園にスクリーンを張って映画会が開かれていた。因みに「女中っ子」は1955年製作の日活映画で、「モノクロ/14巻/3904m/142分/スタンダード・サイズ」の仕様である。Aには物語の記憶はないが左幸子が演じていたことはなぜかうっすらと憶えている。なお、今日では「女中」ということばは使わない。 |
| それをやっちゃあおしまい [21] 2024/11/12 Tue 10321 「職業に貴賎の別はない」し、「すべての者が法の下で平等」であることも、当然のこととされている。しかし、そうは言いながら現実には「この人たちがやってはおしまい」と思ってしまう。たとえば、元大阪地検検事正の部下に対する性加害である。それも現職時代のことで、事実を隠蔽することを被害者に強要していたという。検事正は地方検察庁のトップである。「この人がそれをやっちゃあおしまい」である。 また、金融庁に出向中の裁判官がインサイダー取引をしたことが疑われている。こちらは30代と若いが、業務上で知り得た情報を元に株を売買したらしい。その際、自分の名前を使っていたというから妙に正直なところがあって苦笑いする。年齢を問わず「この人がそれをやっちゃあおしまい」である。 もちろん、一般的にそれぞれの集団でそうした人たちが占める割合はきわめて少ないと推測する。どんな組織や集団でもこうした人たちを[0]にすることは不可能だろう。それにしても「このことが明らかになったら、ぶっちゃけて言えば[バレたら]どうなるか」を想像できなかったのだろうか。それとも、その想像力が無力になるほどの何かがあったのか。本人たちにもわからないのかもしれない。 |
| 続 口臭と認知症 [20] 2024/11/12 Tue 10320 昨日[19]の続き 認知症の発症割合が[口臭なし:6.8%][軽度:5.2%][重度:20.7%]という数値を元に割り算をすると、記事の見出しにある[4.4倍]という数値は出てきません。そこでネットを検索すると、研究グループの概要報告が見つかりました。それによれば、[逆確率重み付けモデル]なるものを使って分析した結果、[口臭なし]を[1]として[重度]が[4.4]になるというグラフが提示されていました。ただし、同じグラフには[口臭なし:1]のとき[軽度:0.78]と記載されています。この両者に意味のある差はないと思われますが、あくまで数値としては[軽度]の方が[低い]ところがおもしろいですね。また、追跡調査をした1500人中、認知症になったのは96人(6.4%)だったこともわかりました。この数値は新聞に記載されていませんでした。ともあれ、「口臭が強いと社会的孤立を引き起こし、認知症リスクを高めた可能性があるとしている」ということで記事は終わっています。わたしは「なあるほど、[社会的孤立]ときましたか」と少しばかり微笑みました。 |
| 口臭と認知症 [19] 2024/11/11 Mon 10319 昨日[14]の続き 口臭強いと認知症 4倍」という見出しの記事に目が留まりました(熊本日日新聞10月14日)。 小見出しは「東京医科歯科大などの分析」とあります。ここまで見た瞬間に何か科学的根拠があるんだろうと思い、本文を読み進めました。「口臭が強い人は、臭わない人と比べて認知症になるリスクが約4倍高い」という分析結果を医科歯科大のチームが専門誌に発表したというのです。何分にも[専門誌]に発表されるのですから、専門家のチェックも得ているはずです。それなら ますます科学的根拠があるものと期待します。 研究対象は「東北地方の56歳から75歳の男女 約1500人」です。この方々に歯科検診を実施して、鼻を近づけて臭いを感じる人を[軽度]、対面しただけではっきりと臭う人を[重度]として、最長は11年後まで追跡したといいます。これはなかなかのデータです。それを基に、口臭の程度と認知症の発症リスクが解析されたのです。その結果、認知症の発症割合が[口臭なし:6.8%][軽度:5.2%][重度:20.7%]だったそうです。 |
| プロ(?)たちの予測外し [18] 2024/11/10 Sun 10318 11月5日[08]の続き 大方の(?)予想とは違って、アメリカではトランプ氏がハリス氏を圧倒して次期大統領に返り咲くことになりました。わたしが見聞きする狭い範囲ではありますが、[圧勝]を予測したのは[フリージャーナリスト(?)]の木村太郎氏でした。彼がNHKのニュースキャスターをしていた時代を知っているのは高齢者だけでしょう。年齢も86歳といいますから、何を言っても、つまりは予想が間違っても怖いもの知らずというところでしょうか。そうは言いながら、自分の予測について理由を語っていましたから、りっぱなものです。 その一方で、投票日が過ぎても「接戦で予測がつかない」とか「結果の確定までには数日かかる可能性がある」などと[プロ風に解説]していた自称(?)ジャーナリストたちがいます。こうした方々は、ご自分の判断が[間違った]ことを認めなければなりません。その上で、[誤った判断]をした理由を明らかにする必要があります。もちろん、「ほかの人も予測できなかった」といった言い訳がプロに許されないことは当然です。何と言っても、そうした発言をして出演料をゲットしているのです。それに、一般ピープルの立ち話と同列にしてはいけません。 |
| 日記の中の母(44) [17] 2024/11/10 Sun 10317 10月27日[34]の続き 1973年10月8日 月曜日 寮から研究所へのパターン。じつに久し振りであった。母の入院がなかったならば、こうしたことは起きなかった。ある意味ではこれまでの生活を見直すいい機会になった。今日は家庭教師に行って小倉の実家に帰りついたのは11時だった。じつに厳しい日程である。しかも、マーケティング・サービスの仕事、学部の□□君の卒論指導もある。とにかくmしなければならないことが多すぎて頭が痛い。 この寮は、わたしが高校2年生からお世話になっていたところで、福岡市の室見にあった。そこから高校、大学に西鉄の市内電車で通学していた。集団力学研究所は街中の川端町にあった。家庭教師は室見からバスで20分ほどの距離にある中学生の自宅に行っていた。土日の日直をしていた中学校の事務長の息子さんの家庭教師を引き受けていた。わたしは大学院博士課程の1年目だったが、学部学生の卒論指導もあった。マーケティング・サービスは市場調査の専門会社で福岡での調査の際には手伝いをしていた。ともあれ、それなりの忙しさに疲れ気味の様子が窺われる。日記の本文の流れも良くない。 |
| リーダーシップの公式(3) [16] 2024/11/09 Sat 10316 昨日[14]の続き [リーダーシップ=(専門力×人間力)÷(フォロワーの人数)]の[フォロワーの人数]は組織で決まっていることです。リーダーが「多すぎるから減らしてほしい」とか、「少ないので増やしてほしい」などというわけにはいきません。そんなことで、っこでは[フォロワー]に人数が多いほどリーダーは大変になるということでおしまいになります。そうは言いながら、分子の[専門力]と[人間力]を大きくすることに努めれば、望ましいリーダーシップが発揮できるでしょう。ただし、[専門力]には限界がありそうです。[フォロワー]の数が2倍になったからといって、専門的な知識を2倍にすることはできません。そこで、人間力を強化することが重要になってくるのです。 ところで、この公式によれば、[人間力]が向上すれば、[専門力]に掛けられて[リーダーシップ]も向上することになります。その一方で、[人間力]が[0]になったり、さらに[マイナス]にでも成ったりすれば、まさに[リーダーシップ]は危機的状況に陥ります。「あれだけの専門知識と技術を持ちながら、どうして部下がついていかないんだろう」といった事態さえ起こりうるのです。 |
| [メタ]な物語(7) [15] 2024/11/09 Sat 10315 昨日[13]の続き 心理学に関わりの深い[メタ認知」ということばもあります。これは、あることを認知している自分そのものを考えているような場合に使われます。たとえば、「テレビを見て笑っている」ときは反射的に反応しています。その際に、「自分はテレビの刺激を受けて、この部分がおかしいと思って笑ってるんだ」と分析していれば、それが[メタ認知](?)というわけです。「[認知している自分]を対象にして客観的に(?)認知している」というわけです。 カウンセリングでは、カウンセラーが来談者に対して適切だと思う対応をしているのでしょう。ここでカウンセラーから見ると相手は1人の来談者ですが、その場はカウンセラーと来談者の2人で構成されています。つまりは、2人から構成される集団の中でコミュニケーションが行われている状況です。そこで、この集団状況の中でどのようにコミュニケーションが展開しているか、あるいはどのようなコミュニケーションがカウンセリングを成功させるか…。こうした視点から考えるのが[メタ]的なアプローチということになります。 ちょっと[メタメタ]な流れになってきましたので、本物語はこれでおしまいといたしましょう。 |
| リーダーシップの公式(2) [14] 2024/11/08 Fri 10314 11月5日[08]の続き リーダーシップの公式として、[リーダーシップ=テクニカルスキル×ヒューマンスキル]を提唱したのは前世紀のことでした。この式では、[テクニカルスキル」と「ヒューマンスキル」の足し算でない点が大事です。どんなに[テクニカルスキル]が優れていても、「ヒューマンスキル」が[0]であれば、掛け算の結果は[0]になります。こうした発想は、足し算の論理からは生まれてきません。 そして、これを発展させて、最終的には[リーダーシップ=(専門力×人間力)÷(フォロワーの人数)]という式にしました。ここでは、リーダーが影響を与える[フォロワー]たちの人数を考慮に入れることになります。この[フォロワー]はその時々で「部下」「後輩」「メンバー」、そして教師の場合は「児童生徒」といったように入れ替わります。その人数が分母ですから、ここが多くなれば、リーダーシップとしての影響力は低下していくのは当然です。 |
| [メタ]な物語(6) [13] 2024/11/08 Fri 10313 11月6日[11]の続き 「メタ理論]は宗教の違いにたとえられるでしょうか。同じ人間が地球上で生きているのですが、その生き方や見方は雲泥の差があります。キリスト教とイスラム教の対立などは典型的のように思えます。それぞれで、神や人間の生き方に対する前提が違っているのでしょう。そおうなると、同じ行為でも意味は違うし、世界全体の見え方も異なりますね。 そんなわけで、同じ心理的な現象についても、その基本的な見方によって解釈も見方も違って当然です。それが具体的な行動にもつながります。その上、どちらもが「自分が正しい」と主張すれば、妥協の余地も見出せません。ありません。そうなると、「[メタ理論]で考えるとものごとがわかりやすくなる」のかどうかも怪しげになってきます。なぜなら[メタ理論]そのものがいくつもあるからです。そこで、正確には「『○○の立場によるメタ理論』によればこの現象が理解できる」と言うべきでしょう。これに対しては「いやいや、それらをすべて対象物としてものごとを考えるのが[メタ理論]なのだ。もう少し勉強しろ」という声が聞こえてきそうです。それでも、「[そのメタ理論]を包含する[メタ理論]ってありそうだよね」と思ってしまうわたしなのです。はい。 |
| ありがたや、ありがたや[節][12] 2024/11/07 Thu 10312 おかげさまで趣味の仕事に没頭していて、 ゆっくり 新聞を読む時間がありません。そんなことで、読者の投稿欄はほとんどパスの状態です。そんな中で「ささいな幸せ感じる大切さ」という 見出しが目に留まりました。それは地元紙、熊本日日新聞の「読者の広場」(10月21日)に掲載されたものです。投稿者は73歳主婦と記されていました。 まずは、「人は誰しも、 時々 のちょっとした喜び楽しみを感じながら生きていくことがとても大切のように私は思う」ではじまっています。このことは、わたしがいつも考えていることと重なります。そして、末尾では「家ではテレビでユーチューブ などの動画を見る。先日は 若い頃に聞いた守屋 浩さんの[有り難や節]が流れており、懐かしくうれしかった。これもささいな幸せだ。何かと世知辛い世の中ではあるけれど、幸せはごく身近にたくさんあるものだと感じる今日このごろである」と締めくくられていました。この方も小学生のときに守屋浩の[有難や節]を聴いていたわけです。その内容は小学生ではよく理解できなかったと推測しますが、繰り返される「有り難や、有り難や」が今でも頭の中で響き渡ります。 文章を読んで、わたしも楽しくなり、小さな喜びが湧き上がってきました。ときには投書欄に目を留めるのも悪くないですね。 |
| [メタ]な物語(5) [11] 2024/11/06 Wed 10311 昨日[09]の続き この世の中には[メタ倫理学]というのもあります。これは、道徳的な判断をする際の根拠や善悪の意味を明らかにして、「倫理学」そのものの根拠を証明しようとする「倫理学」だそうです。倫理学は基本的に「~あるべし」などと、本来あるべき姿を提案します。そこで、これを[規範的倫理学]とも呼んでいるようです。これに対して、「どうしてそうあるべきなのか」について、その根拠を考えようというのが[メタ倫理学]というわけです。ただし、[根拠]そのものは「倫理学」で考えていることでしょう。そこで、そのような[論理学]そのものが成り立つのかどうかについて議論するのが[メタ倫理学]だと推測します。こうした場合[メタ]は、[存在の根源]を探るものといったい意味合いを帯びてきます。つまるところ、[メタ理論]というのは[理論の前提]といった感じです。どんな視点から物事を考えていくかと言うことでしょう。 ただし、[メタ倫理学]に関するわたしの理解の正しさは保証できませんので、念のため…。 |
| 4人の物語(81) [10] 2024/11/06 Wed 10310 10月30日[38]の続き Aが2年生の夏休み7月6日の日記 気温欄は35℃ あさおかあさんが、たなばたのささをかってきました。ぼくはいろ紙をかってきて、□□ちゃんたちと、とまとや、まだいっぱいかきました。おかあさんにこよりをつくってもらってつけました。 文中の「とまと」の意味はわからない。それにしても、この時期には本物の笹が売られていて、それを個々の家で買っていたのである。いまでは[こより]がわかる人の方が少ないかもしれない。これは、細かく切った和紙をよって、糸や紐のようにしたもの(精選版 日本国語大辞典)で、漢字では[紙縒、紙捻、紙撚]と書く。願い事を記した短冊の端に穴を開け、これに紙縒りを通して笹に結ぶ。それが七夕の風物詩だった。 |
| [メタ]な物語(4) [09] 2024/11/05 Tue 10309 昨日[07]の続き とにもかくにも、[meta] には、「の後に」と並んで、「より高度の」「超える」といった意味もあるわけです。そこで、[メタ言語]なるものも現れます。 たとえば、[英語]について[日本語]で考える場合、「英語]は[対象言語]と呼ぶことにします。ここでは[英語]が考える対象になっているのですか、そのまま[対象言語]というわけです。その場合、わたしたちは[日本語]で考えるのですから、それが[主役]になります。これを[高次言語」と言い、[メタ言語]と呼ぶのです。このことは、[日本語]の方が[英語]よりも高い位置にある、つまりは高級というわけではありません。ただ、ある言語を使って[ある言語]を考えるから、一方を[高次]にあるというだけのことです。 |
| リーダーシップの公式(1) [08] 2024/11/05 Tue 10308 11月1日[02]の続き わたしは三隅先生が「リーダーシップの三隅」として全国デビューしたころ、その研究室に入ることができたのでした。これもわたしの人生にとって幸運なことだったと思います。 そもそも組織や集団においてリーダーシップは重要な役割を果たしています。わたしは前世紀から[リーダーシップの公式]なるものを提案してきました。それは、[リーダーシップ=テクニカルスキル×ヒューマンスキル]という式です。テクニカルスキルは、仕事に関する専門的な技術や知識のことです。一方のヒューマンスキルは、対人関係に関わる技術と知識ということです。この両者がバランスよく発揮されることによって、望ましいリーダーシップが実現するというわけです。わたしは2001年に「人間理解のグループダイナミックス」をナカニシヤから出版しましたが、その中にこの式を入れました。 |
| [メタ]な物語(3) [07] 2024/11/04 Mon 10307 昨日[05]の続き さて、これが日本語かいなと言いたくなるような[形而上学]ですが、英語では[metaphisics]と呼ぶことはすでにお話ししました。この命名はギリシャの哲学者として有名なアリストテレスの著作集に関係があります。彼の死語に、アンドロニコスという人がアリストテレスが書いたものを編集しました。そのとき、[自然学]の後に、存在の原理について検討したものを持ってきたわけです。つまりは、[physics:自然に関わる研究]の[後(meta)]に置いたので、「meta-physics」と呼んだらしいのです。 ここで[physics]は今日で言う物理学に対応しています。ともあれ、[metaphysics]は、あらゆる現象の背後にあるもの、根本原理を考えていく領域ということです。それは物理学などと違って、実験などによるのではなく、純粋に頭で考えていくことがポイントになるでしょう。ここで中国の古典なんぞから[形而上学]なんてことばを引っ張り出して来た人が誰なのか知りませんが、明治時代、中国書に造詣の深い人が「metaphysicsの訳語はこれだ」とばかり意気込んだのでしょうか。原語にしてから「後に配置」という意味だそうですから、そもそもからして、その内容を伝えたものではなかったのでした。 |
| 悩ましさは永遠に… [06] 2024/11/03 Sun 10306 先日、大分に出かけてお話しをしました。「おおいた教育の日 推進大会」で講演のご依頼があったのです。わたしは開会行事、実践発表に続く第三部の講演でお話しをしました。 まずは、開会とともに地元のオープニングで、[庄内子供神楽愛好会、由布高等学校郷土芸能部]の躍動する神楽に感動しました。その運動量と太鼓を中心にしたお囃子の迫力に、時間が過ぎるのを忘れました。この年になっても、本格的な神楽を目の前で体験したことは初めてではないかと思いました。とくに太鼓の音は人類共通の音源として心に響きます。 さて、私の講演ですが、いただいた時間が60分でした。いつものことながら事前にお送りした資料はあれもこれも入れ込んでいました。わたしはこれをノートと呼んでいるのですが、あちこちに空欄を散りばめ、話を聴きながら記入していただく様式にしています。それはいいとして、この日はあることを決めていました。それは、資料の中身をすべて話しきるために早口でしゃべりまくるのをやめようということです。その結果、資料の[目次リスト]の半分ほど触れただけで終わってしまいました。この点が、わたしにとって悩ましい問題であり続けています。 |
| [メタ]な物語(2) [05] 2024/11/03 Sun 10305 昨日[04]の続き さて、[形而上]という、日ごろは[めった]に出会わないことばですが、まずは中国の「易経」に[形而上][形而下]という用語が出てくるそうです。わたしも名前だけは耳にしたことがある[易経]ですが、これは一種の哲学書で、自然現象や家族関係などについて、哲学や倫理、政治的な視点から説明や解釈をしたものとされています。 そして、[形而上]というのは[道]のことです。これに対して[形而下]とは[器]の意味だといいます。前者は[道]ですから、形を離れた[抽象的、無形]のものを指しているようです。これは[人の道]や[倫理]、[生き方]といったところでしょうか。一方の[形而下]は[器]ですから、形をそなえた[物]のことになります。つまりは、[形而]の[上][下]ですから、[形があるもの」が[下]で、それがないものが[上]ということなんでしょうね。 |
| [メタ]な物語(1) [04] 2024/11/02 Sat 10304 みなさんは[メタ]ということばをお聴きになったことがありますか。ひょっとしたら「めったには」遭遇されない方がいらっしゃるかもしれません。一方、心理学の世界では[メタ認知]といった用語が飛び交っています。そんなことから、一応は心理学を仕事にしていることになっているわたしは、「めった」にではなく、もちろん「めっちゃ」でもなく、ときどき使っています。そこでしばらく[メタ]について考えてみたいと思いはじめました。 まずは基本的なところから押さえましょう。そもそも[メタ(meta)]はギリシャ語で、[□の間の」とか「□の後に」[□を超える]といった意味があります。ここはギリシャ語を知らないわたしとしては、「意味があるそうです」とすべきでしょうか。 さて、日本語に[形而上学]という用語があります。これは英語の[metaphisics(メタ・フィジックス)]の訳語です。そもそも、[哲学]の目的は人を煙に巻いて混乱させることですが、[形而]といういかにも難解なことばを使っています。まさに[哲学]の面目躍如といった感があります。こんなことを書いていると、哲学者のみなさんから叱られること必至ですね。 |
| 島の形と先入観 [03] 2024/1/02 Sat 10303 10月13日[16]の続き 先月は佐渡島でしたが、今月も飛行機からの写真です。左下に橋が写っていますから、この地点をすぐにおわかりの方も多いことでしょう。そうです、見える島は淡路島で、本州四国連絡橋の一つ、神戸・鳴門ルートのものです。佐渡島の写真は真上からではないもののほぼ地図どおりでした。これに対してここに見えるのはどう考えても地図どおりではありません。 それは、伊丹空港から飛び立って高度が低いこともありますが、われわれが当たり前だと思っている地図とは南北が逆になっていることも印象に影響を与えているでしょう。オーストラリアでは南極が上で北極が下に描かれた地図がありました。そもそも北が上と決めたのは人間の勝手です。宇宙に上も下もありません。そうした恣意的な決定も、それが一般化すれば[常識]と名付けられて、人の思考、そして行動に影響を与えます。いわゆる[常識]と合致しない者やモノに違和感を催させる。さらにそれらを排除することも多くの現実が証明しています。とにもかくにも、人間界にはそうしたものがあふれていますよね。 |
| 続 リーダーシップの時代 [02] 2024/11/01 Fri 10302 10月31日[40]の続き 三隅先生が著書「新しいリーダーシップ」で全国区に登場された翌年1967年に、わたしは大学生になりました。父親が組織とリーダーシップに興味をもっていたことも、わたしにとって運命的だったと思います。当時の九州大学は2年生の前期までは教養課程で、いわゆる[一般教養科目]を受講することになっていました。そのため、専門課程で[リーダーシップ]を学ぶまでにはけっこうな待ち時間があったのです。わたしはこれが待ちきれず、無謀にも当時教養部があった六本松から専門課程のある箱崎まで出かけていきました。最初のとっかかりをどうやって付けたのかは記憶にありません。とにかく学部の事務室に顔を出しはじめたのでした。おそらく「このごろ青臭いのがウロウロしているが、あれは誰なんだ」といった程度のネタにはなっていたと推測します。自分としては、「1日でも早くグループダイナミックス、とりわけ三隅先生の[リーダーシップ]を学びたい」という思いが募ったのです。 ところで、別の話ですが、本日は「おおいた教育の日」推進大会があり、午後講演をすることになっています。 |
| 考える人のお尻 [01] 2024/11/01 Fri 10301 わたしは前世紀、あるいは昭和の[仕事人間]としてここまで来ました。自分自身も「趣味は仕事」と公言しています。さらに「仕事は遊び」などと誤解を招く発言すらし続ける後期高齢者です。事実、研修や講演向けにパワーポイントで資料を作るときなどは、子どものころの[プラモデル作り]の感覚です。当時のプラモデルは贅沢品でしたから、ほんとうに小さくて簡素なものではありましたが。 さて、そんなわたしですから仕事で出かけても、わざわざ観光といった行動はほとんどとりません。いわゆるトンボ返りに徹しています。ただ、前泊の際には、少し早めに移動してどこかに行ってみようかという気になることもあります。そんなことで、先だっては東京の上野にある国立西洋美術館に行ってみました。ところが、連休で休館日である月曜日も開館していたことから、この日は開いていませんでした。そこで[檻の外]から写真を撮らざるを得なくなったのです。誰もが知っているロダンの[考える人]もあっちを向いて黙考していました。それでも、[考える人」のお尻を観るのもなかなかのものでした。そう言えば、ルーブル博物館でもミロのビーナスをお尻側か眺めたことを思い出しました。 |