味な話の素  No.250 2024年03月号(9862-9930) Since 2003/04/29
 HOME 2月号  Back Numbers
花見の思い出 [70] 2024/03/31 Sun 9930
 今日は町内会の「花見」である。わが家の近くにある公園で弁当も配布される。サクラは全国的には入学式の4月といった感がある。しかし熊本では3月に満開になることが多いから、卒業式との相性がいい。とは言いながら、中学や高校は入試の関係もあり、合格発表に前に済ませるから、まだつぼみ状態で花は咲いていないことが多い。これが大学になれば満開のサクラの下でとなる。
 気象台の予測では熊本の満開は今日31日らしい。ずいぶんと前のことだが、熊本城でサクラを見ながら歩いていたら、皮フ科の先生ご夫妻にばったりお会いした。そのときは医師をリタイアされていたと思う。そこで一言、「わたしたちは、今年も花見ができました」とニッコリ笑って言われたのを思い出す。毎年が「最後の花見」との思いが滲んでいた。それから時間が流れて、そのセリフが自分たちに相応しいものになってきた。先日、大先輩の黒川正流広島大学名誉教授が亡くなられた
日記の中の母(16) [69] 2024/03/31 Sun 9929 3月24日 [54 ] の続き
 1973年8月18日 土曜日 今日はぐっすりねむった。今日は私の泊りの番である. □□の□□おばさんと泊まる。今日は研究所でホワイトPMの研究会があったはずであるが、母の病気を理由に休むことにした。母の方は相変わらず熱がある。毎日が充実してきた、生きることとは何か、仕事とは何か、そんなことを考えている。
 母が入院している病院がある市の叔父の家があった。そこは父が育った土地で、父の兄と弟が住んでいた。そうしたことから、おばさんも病院に泊まってくれたのである。当時、父は佐賀県の武雄からこちらに異動で転勤していた。そこで、親戚からもサポートを受けることができたのである。
 文中に「ホワイトPM」との記載がある。それまで、三隅先生が先導する「リーダーシップPM論]の調査項目が炭鉱や工場等で働く現業部門のリーダーたちを対象にしたものだった。これを事務的仕事に携わる「ホワイトカラー」のリーダーにまで広げようとしていたのである。 
言葉の意味 [68] 2024/03/30 Sat 9928
 宗教の知識はまるでないが、イスラム教のコーランがアラビア語で書かれていることくらいは識っている。コーランには神が直接語った言葉が記されているらしい。したがって、アラビア語以外に翻訳されたものは「コーラン」ではなく、それが何語であろうとすべて解釈だという。(NHKカルチャーラジオ「三大一神教」の源流・宗教間の対話と共存)
 これには大いに納得した。わたしはノーベル文学賞には疑問を持ち続けている。言語はそれが翻訳された瞬間に「ホンモノ」ではなくなる。ここで、わざわざ翻訳を取り挙げるまでもない。そもそも、人によって「同じ言葉」であっても意味が違っているのである。わたしは「犬」を例に挙げて話をしている。誰もが「犬」を知っている。しかし、わたしが小学5年生のとき、わたしの足を噛んだ犬は誰も知らない。言葉は誰もが知っている。だから通じる。しかし、それが個々人に与えている意味は誰も知らないと考えた方がいい。
教師に対する研修の感想(12) [67] 2024/03/30 Sat 9927 3月28日 [62] の続き
 先生の話はためになりました。話の組み立て方も勉強になります。前回お聞きした講話と今回の10年経験者研修で先生の共通点を見つけました。それは粘着質にならなくてはいけないという部分です。先生の今回の数回にわたる研修は非常に粘着質で、とても丁寧に資料も準備していただき私たちの教師としての資質を向上するために粘り強く研修してくださいました。私は学級の子どもたちにも先生の粘り強い取り組みの方法をまねしながら、手立てを打っていきたいと思います。先生のように、いつも前向きに明るく頑張ります。一年間、大変ありがとうございました。(小学校教諭 男性)
 わたし自身、研修や講義で「粘着質」という言葉を使う。本コラムも間もなく21年目を迎えるが、とにかくせっせと書き続けてきた。これもまた[粘着質]のなせる業だとやや苦笑いながら確信している。研修資料をこまめに創るのも楽しんでいるが、これもまた[粘着質]の現れなのか。
誰かが言ってる [66] 2024/03/29 Fri 9926
 「論語」述而第七-1 子曰、述而不作、信而好古、窃比我於老彭。 子の曰(のたま)わく、述べて作らず、信じて古(いにしえ)を好む。窃(ひそか)にわが老彭に比す。(岩波文庫「論語」)
 先師がいわれた。「私は古聖の道を伝えるだけで、私一箇の新説を立てるのではない。古聖の道を信じ愛する点では、私は心ひそかに自分を老彭にも劣らぬと思っているのだ。」(下村湖人「現代訳論語」)
 老彭は、殷王朝の賢大夫で、古い言葉を伝えたとされている。孔子が「自分はすでにあることを元にして述べているのであって、創作してはいない」と言うのである。わたしたちの頭に浮かぶことは、すでに誰かが考え、言っているに違いない。
「4人の物語」(56) [65] 2024/03/29 Fri 9925 3月22日 [49] の続き 
  Aが小学3年生か4年生のときに電報電話局に行ったとき、電報を送る機械を見た。その記憶は鮮烈で、今でもそのイメージだけは頭の中に残っている。その機械とは紙テープに穴を開けるものである。今の時代、これがどんなものかを文章だけで伝えるのは至難の業である。いやいや、そんな心配はない。[コンピュータ 紙テープ]で検索すると画像はもちろん動画まであふれるほど出てきた。これもまた今の時代のことなのだ。
 そこで、細かい説明は抜きにして、テープが機械の中を通るとき、進行方向と直角方向に8つの穴を開けていくのである。それぞれ穴が[開いている:開いていない]で8ビットの状態になる。
病気を作って、治したらチャラ? [64] 2024/03/28 Thu 9924 昨日 [52] の続き
 生きもの、とりわけ人間にとって[依存症]は命取りになる。覚醒剤などの薬物は言うまでもなく、アルコールやニコチンは依存症と切っても切れない関係がある。また、ギャンブルは化学物質とは関係がないが、やはり深刻な依存症を引き起こす。大谷選手の通訳も信じがたい巨額のギャンブルにはまった。わが国でもパチンコや競馬、競輪、競艇などの公営ギャンブルもはまり込むと人生を棒に振る。
 IRなるものも大阪が候補地として有力なようだが、ここにカジノができるのは問題だ。いろいろな対策を講じると言っているが、これができてしまえば網をかいくぐる輩が出てくるのは確実である。依存症になった場合も手立てを取ると言っているようだが、病気の原因を作っておいて、病気になったらリハビリのための組織を準備しますなど、まともな議論とは言えない。カジノで金が動けばGDPが増え、依存症患者の治療でまた金が動いてGDPが増えるなど本末転倒である。
「点と線」(5) [63] 2024/03/28 Thu 9923 3月22日 [50] の続き
 読書Memoにあった1965年3月21日(日)の日記に「点と線」を読んだことが記されていた。いきなり、「『点と線』は少し読者を馬鹿にしている」という衝撃的な文が目に飛び込んできた。「飛行機を主人公の口に出させるのがあまりに遅い。汽車よりも速いものを考える時、飛行機がすぐに出ないのはおかしい」と批判している。このときの思いは記憶にある。鉄道ではどうにもならないアリバイも航空機ならばカバーできるのではないか。わたしは「点と線」を[読みながら]そう思った。そして、[その通り]の展開になったのである。
教師に対する研修の感想(11) [62] 2024/03/28 Thu 9922 3月21日 [47] の続き
 一年間、本当にお世話になりました。大学の時や教員免許講習でも先生の講義をとっていた隠れファンです(笑い)! 対人関係トレーニング研修では、自分の期待されている部分や自分に足りない部分がはっきりしたことで、これからの目標が明確になりました。これから学校の中堅的立場として先生から教わったことを生かしていきたいです。先生もまだまだ現役をつらぬいてください! (小学校教諭 女性)
 授業だけでなく、教員免許更新講習も受講したいただいたとは、ありがたいことである。おかげで後期高齢者になった今でも、準現役程度には仕事が続けられている。もうしばらくは世にはばかるつもりでいます。
メガネ、フィルター、顕微鏡、望遠鏡(2) [61] 2024/03/27 Wed 9921 昨日 [59] の続き
 われわれは、全員が「自分が見ている世界」を持っている。それは唯一であり、ひとつとして同じものはない。一人ひとりの眼球の体積、網膜細胞の大きさ等々、ミクロの単位で測定すれば、すべて違っているはずである。それは指紋と同じだと考えれば納得できる。その上、生まれてからの経験も個々人に固有のものである。一卵性双生児にしても、24時間まったく同じ時間を過ごすことはない。生涯を通じて出会った相手がすべて同じなどあり得ない。かくして、すべての人間がお互いにすべて違っているのは、身体構造だけでなく、毎日の体験がすべて異なっているのである。まずは、そこから話が始まる。
J事件の分析と考察(33) [60] 2024/03/27 Wed 9920 3月20日 [44] の続き
 わたしには、BBCの記者が、「[元Jメンバー]たちのJ氏に対する肯定的な評価を聞いて、[J氏によるグルーミング]だ」とする分析の妥当性は判断できない。ただ、加害者と被害者のこうした関係は、家庭内暴力(DV)における夫と妻の関わりのあり方とも類似している感じがする。一般的には、夫による激しい暴力行為に耐えかねて、妻が実家などに逃げる。そうなると、夫は自分が悪かったと平身低頭、土下座して、あるいは弱々しく「自分が悪かった。家に帰ってくれ」と謝り続ける。これを見た妻は、「夫は自分がいなければ生きていけない」との思いになる。そして、同じことが繰り返されていく。
メガネ、フィルター、顕微鏡、望遠鏡 [59] 2024/03/26 Tue 9919
 人間には[視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚]の五つの感覚器官がある。いわゆる五感と呼ばれるもので、われわれは、これらによって外界と情報をやり取りしている。そのなかでも最高レベルの精巧さでつくられているのが視覚であり、その道具が[目]である。それでも、外界にあるすべてのものが見えるわけではない。メガネが必要になることもあるし、夏のまぶしさを避けるためにはフィルターを使う。さらに[目]の精度では視ることのできないミクロの世界には顕微鏡が役立つ。その対極にある広大な宇宙に向けては望遠鏡が欠かせない。かくして、[目]の力を補強するために様々な道具がつくられてきた。
予期せぬ効果 [58] 2024/03/26 Tue 9918 3月20日 [46] の続き 
 長崎造船所で展開された[事故防止のプロジェクト]では当初は予期していなかった様々な効果が派生してきた。そのひとつは、自分たちの仕事に対する[誇り]が生まれたことである。それは職場に対する誇りでもある。今では[マイプラント意識]の重要性が指摘される。「職場は自分たちのものだ」という気持ちである。昔であれば、組織や職場に対する[忠誠心]というところだ。英語の文献でもでも〝royalty〟という用語を頻繁に目にしていた時代である。しかし、このごろは、ほとんど聞くことがなくなった。すでに死語化した感がある。ともあれ、当時の長崎造船所では、プロジェクトを通じて生まれた。
衝撃過ぎるニュース(3) [57] 2024/03/25 Mon 9917 昨日 [55] の続き
 大谷選手の通訳がはまったのはギャンブルである。それが自分の身の破滅だけでなく、野球史に残ることが確かな人物の今後に影響を与えた。どうして、そうした事態が予測できなかったのかと誰もが思う。しかし、それが依存症という病気のなせる業なのである。わかっていても止められない。それが本人だけでなく家族はもちろん周りの人間に甚大な影響を及ぼす。
 今回は、その影響が大谷選手に及んだことになる。ただし、どれほど信頼できる友人であっても、庶民には想像を絶する金額を肩代わりしたのであれば、その金銭感覚には驚くほかはない。そもそも、金の使途について相談できる人間がいなかったのか。
現場の声 [56] 2024/03/25 Mon 9916 3月18日 [40] の続き
 「73.機械の修理のための小予算ぐらいは管理室にあってもよい」
 まことに単純な要求というか、提案である。ほんのちょっとした修理も決められた手続きが必要なのである。組織においてお金を使う権限は大きい。それによって人まで動かすことができる場合もある。それで自分たちの既得権である予算を取り扱う権限を渡すことに後ろ向きになる。悲しいかな、「金は力なり」なのである。
 前世紀から「権限委譲」という言葉が使われてきた。それは、[権限]のみならず、[責任]を持たせることであり、[誇り]を呼び起こす。
 国会議員も自分たちが獲得しているお金については削減する方向に動かない。「法律をつくる者が自分たちに不利になるような法律をつくらない」。そんなことを言われれば、「冗談じゃない。自分は国の将来を考えているのだ」とばかり、自分たちにふりだと思われるような法律を提案するような議員がいてほしい望むのは夢のまた夢なのだろうか。
衝撃過ぎるニュース(2) [55] 2024/03/24 Sun 9915 昨日 [52] の続き
 わたしなんぞが大谷選手のフォローしても仕方ないが、これは紛れもない[リスクマネジメント]の問題である。
 そもそも通訳が語った内容が翌日に変わっている。大谷選手自身がPCで送金したという話が「嘘だった」ということになった。そもそも、人の話が変わるのは、それだけで真偽に疑念を生じさせる。とくに「嘘を言った」となれば、そこには理由がなければならない。その多くは「自己保身」であるか、「誰かを守るため」のいずれかである。
 大谷選手がPCを操作したのであれば、それは明らかに通訳の「自己保身」による[嘘]になる。その代償として大谷選手の立場は悪くなる。それが違法賭博であると認識していたか否かは措くとして、何らかの借金を肩代わりしてやる意志があったことが高い確率で推定されるからである。そのとき、「賭博で損失を出した」とだけ伝えていたのであれば、その点では、大谷選手はギリギリのセーフということになるのだろう。
日記の中の母(15) [54] 2024/03/24 Sun 9914 3月17日 [38] の続き
 1973年8月17日 金曜日 病院から研究所へ行く、昨夜はやっぱりチョクチョク起こされたものの、□□(妹)がほとんどのことをやっていた。なにせ 福岡往復で体がつかれてしまっていたのであろう。研究所では福岡相互銀行の報告書作成がほとんど終って、印刷に出したので、私の受け持ちの仕事は一応終了した。これで今週はKに居て、来週の火曜日までは仕事があくことになる。夕方、少し早めに病院へ行った。朝までとはうってかわって、少なくとも表面的には母は元気に見えたが、まだ熱はある。今日は父と□□(妹)が病院に泊まる。
 研究所がある福岡とKとは国鉄で1時間ほどの距離である。市内の交通を含めれば2時間ほどかかることから、とくに病院からの通勤は疲れたと思われる。
続々「ある」考 [53] 2024/03/23 Sat 9913 昨日 [51] の続き 
 辞書で「ある」「ない」までくると、[ある]疑問が湧いた。それは、この世に「ない」は「ある」のかということである。いかにも[ことばの遊び感]に満ちあふれているが、浅学ながら、哲学者たちは、このあたりのことを真面目に考え続けているように思える。あのデカルトの「我思う故に我あり」は、そうした探索の典型例だろう。まあ、素人的には、「そこにモノが[ない]状態が[ある]のが[ない]」ということで納得しておしまいとなるか。デカルトは「やっぱり自分は[ある]」と認識したが、人間の存在が真実であるかどうかを疑う発想も「ある」ようだ。しかし、それを言っちゃあおしまいだ。
衝撃過ぎるニュース [52] 2024/03/23 Sat 9912
 「事実は小説より奇なり」。大谷選手の通訳が違法賭博で解雇された事実は、想像を絶するニュースだった。アメリカでは「窃盗:theft」との見出しのついた記事もある。素人とは桁違いでも、個人の口座からどこかへ振り込むとなれば、一定の段取りが必要になる。たとえば、インターネットで送金する際はパスワードも入力する。それを本人に黙って送金すれば、それが「窃盗」になることは当然である。しかし、あの通訳がそこまでするかと思う。大谷選手に「じつは…」と事情を打ち明けた。これに大谷選手は、「こまったことだ」と認識しながらも、自分で送金操作を行ったか、送金を認めた可能性がある。
続「ある」考 [51] 2024/03/22 Fri 9911 3月15日 [33] の続き 
 辞書の「ある」で笑ったが、ついでに「ない」をチェックした。これまた、いずれの辞書もけっこうな分量を充てている。精選版 日本国語大辞典は「存在しない」からはじまる。これは十分に予想されたことで、「やっぱしね」と笑った。広辞苑は「人・物・事が存在しない」が頭にきているから、少し詳しいが、やはり「存在」がキーワードである。ついでに明鏡国語辞典では、まずは(「ある」の対)との記述があるから、親切と言うべきか。それに続いて、「人・動物以外のものが存在しない」とある。一般的に「人はない」とか「きりんはない」などとは言わないから、なあるほどと妙に感動してしまった。
「点と線」(4) [50] 2024/03/22 Fri 9910 3月20日 [45] の続き 
 「点と線」を読んだのが高校1年生だった1965年3月20日から21日とのメモを見て、中学生のとき、一気に読んだと思っていた自分の記憶の危うさに軽い衝撃を受けながら、「ああ、そうだ」と思いついた。そのころは、今日まで続く[粘着質的日記]をすでに書き始めていたではないか。そこでさっそく探してみると、それは[日記 No.1]にあった。因みに、現在にまでつながるスタート日の1964年11月19日を含んだノートには[0]の番号を付けている。高校に入学する前の3月26日に書きはじめたが何回か途切れた。そこで、「これからが書き続ける本番だ」と心に決めて、[1]としたのだと思う。
「4人の物語」(55) [49] 2024/03/22 Fri 9909 3月15日 [33] の続き 
  Aが3年生か4年生だったとき、学校からおそらくは社会見学として「電報電話局」に行った。当時、一般家庭にはどこにも電話がない状況だった。また、電報は緊急時に欠かせない情報伝達手段として欠かせないものであった。それはカタカナ表記で、電報本体に文字が並んだ細い紙が貼られていた。料金は文字数で決まっていたから、内容が伝わる限界にまで短縮された。「チチキトクスグカエレ」「カネオクレ」「アサコチラタツ」等である。Aがひとり暮らしのとき、母親から「ハチジデンワス」の電報を何度となく受け取った。どちらにも電話がなかったから、近所の店や寮などの共有電話を使うしかなかった。
「ある」考 [48] 2024/03/21 Thu 9908 3月19日 [42] の続き 
  国語辞書で「ある」を引いてみた。まずは「物事や生物などの存在が認められる。(精選版 日本国語大辞典」「①そこに存在する。②この世に存在する。生きている。(広辞苑)」がくるが、その後も転記する気が失せるほど続いている。広辞苑では①の前に(ものごとの存在が認識される。もともとは…)と括弧に囲んだ前置きまで[ある]。
 それではと思って、「ない」をチェックすると「存在しない(精選版 日本国語大辞典)」「①人・物・事が存在しない…(広辞苑)」からはじまって、「ある」に負けず劣らず語義が続く。
 両者は「存在しない」が共通しているから、ここで「存在」の意味に立ち入りたくなる。広辞苑は「ある、または、いること。および「あるもの」で、精選版 日本国語大辞典は「①現にそこにあること。人間や事物が、それぞれの性質や働きや価値を持ってあること」と、いずれも「ある」との堂々めぐりである。これを見ただけで笑ってしまう。
教師に対する研修の感想(10) [47] 2024/03/21 Thu 9907 3月19日 [42] の続き 
 一年間ありがとうございました。研修で一番学んだことは、自分を振り返ることの大切さです。自分で自分を振り返ることはもちろん同僚の先生方からの意見をいただけたのが有り難かったです。自分をしっかり見つめて、できることを頑張っていこうと思います。(小学校教諭 男性)
 教師を対象にした研修でも、同僚教師からの評価を入れた。ここで「同僚の先生方からいただいた意見」はそれを指している。ただし、評価されるのは、それぞれが[自分として評価してもらいたいと考える3つの行動]である。現場を知らない人間が、[この行動を見てもらいなさい]と提示するなど不遜極まりない。それは、[リーダーシップ・トレーニング]を実施しながら達した私の結論である。
モーレツ時代の中で [46] 2024/03/20 Wed 9906 3月15日 [34] の続き
 「モーレツ」のCMから遅れるが、前世紀後半は、栄養ドリンクも「24時間戦えますか」と煽ってきた。なんと、昼夜兼行、「月月火水木金金」の世界である。それが受け入れられる時代であった。今どきこんなCMを流せば、労働基準監督署が出る前に大顰蹙を買うだろう。ともあれ、誰もが「やれ行け、それ行け」で前進することしか考えていなかった。
 そのころ、恩師の三隅二不二先生を筆頭にしたプロジェクトで、リーダーシップの改善を目的にしたトレーニングや小集団活動の導入が進められていた。その効果は一目瞭然で、生産性や品質の向上、そして事故の減少といった成果が蓄積されていく。その中でも長崎造船所の場合は、職場の事故を防止し、安全を確立しようという組織ぐるみの壮大な運動になった。それは[事故件数の減少]という[目に見える成果」として実現する。
 そこまでは期待した通りだったが、プロジェクトは当初、予期していなかった成果を生み出すことになった。
「点と線」(3) [45] 2024/03/20 Wed 9905 3月18日 [41] の続き
 「おそらくここに違いない」。わたしは「点と線」がはじまる香椎の[事件現場]で、カッパ・ノベルズに挿入された風景写真の撮影者が立ったと思われる場所を確定した。「ここに[黒い靴と白い足袋が固定したままの物体]があったのだ」と思ったとき、鳥肌が立った。
 それからすでに60年近くの歳月が経過した。いまとなっては「きっとそうだったに違いない」と妄想を逞しくするほかはない。そしてわたしの脳裏には、その当時、海水の中に足を浸した鳥居が立っていたことが目の前に浮かんで、本当に鳥肌が立った。香椎はわたしの生活圏だったが、その後の埋め立てで、[現場]は消えてなくなった。
J事件の分析と考察(32) [44] 2024/03/20 Wed 9904 3月13日 [29] の続き
 BBCの記者は、被害を受けた、ただしその深刻さは軽微のようだが、[元Jメンバー]が、J氏が「今も好きだ」「尊敬している」等と発言するのを聴いて、彼らの心理分析をしている。そこで[グルーミング]という用語をつかう。ここで、グルーミングとは、「もともと『(動物の)毛づくろい』という意味だが、性犯罪の文脈においては、子どもへの性的虐待を行おうとする者が、被害者となりうる人物に近づき、親しくなって信頼を得る行為をさす。チャイルドグルーミングとも呼ばれる」(https://ideasforgood.jp/glossary/grooming/)。裁判でも、[被害者」たちは、J氏に「長生きしてください」と述べた。
シナジー効果 [43] 2024/03/19 Tue 9903
 シナジー効果は複数の要素がかけ合わさることで、個々の要素が持っている力を上回る現象を指す。日本語で言う[相乗効果]である。わたしもリーダーシップを[(専門力×[対人関係力)/フォロワーの人数)]なる式で表現している。ここで[足し算]でないことが重要である。[3+3=6]だが、[3×3=9]になるという理屈である。
 一般的に[シナジー]を使うときはプラスの結果を念頭に置いている。それは[相乗効果]も同じで、だからこそ[効果]を付けて表現する。しかし、掛け算はかける変数の特性(正負)によってマイナスになることもある。われわれは、人類が集団になって、とんでもない結論を出してしまったケースを知っている。
 それも優れた能力を持っていると思われた人々の相互作用から生まれることもある。それを[集団浅慮]と言うが、わたしは[集団止考]と呼ぶことを提案している。いつも「三人寄れば文殊の知恵」とはいかないのである。
教師に対する研修の感想(9) [42] 2024/03/19 Tue 9902 3月16日 [36] の続き 
 先生の講話、研修を通して、たくさんの学びがありました。教師としての自分を変えるきっかけを作って、与えてくださったと思っています。日頃の忙しさを言い訳にして自分を成長させていない面があったと反省し、行動目標を意識して仕事に取り組むことができました。意識して行動すれば自分を成長させてくれるのだと強く感じました。先生の研修を受けることができてとても感謝しております。ありがとうございました。(小学校教諭 女性)
 赤ん坊から様々な経験を積み重ね続けて、日常行動のほとんどが慣れと習慣で構成されている。そうした中で、「ちょっとだけ」意識して変えてみましょうとお話しした。
「点と線」(2) [41] 2024/03/18 Mon 9901 3月11日 [24] の続き
もう何十年も[事件現場]に行っていないが、当時はゴツゴツした岩の香椎の海岸がしっかり残っていた。そこに、「物体は寒々と横たわっていた」のである。そして、「じっさい、衣類の端は寒そうに動いていた。が、動いているのはそれと、髪の毛くらいなものであった。黒い靴も、白い足袋も固定したままであった」。目次の裏に、海岸の写真とあわせて書かれたこのプロローグを読んだだけで、わたしは海岸まで走って行きたくなった。
 本文を息をのみながら読んだあとか、それとも読みはじめた土曜日の夕刻あたりだろうか、とにかくわたしは、目次裏の「西日本新聞提供」とのクレジットが付いた[現場]に、おそらく早足で向かった。手元には「点と線」があった。自宅から[現場]までは数百メートル、歩いて10分は必要なかった。わたしは、その[写真]といま立っている場所の確定を試みた。彼方にうっすらと足を伸ばしている[海の中道」がその作業を容易にした。
 
現場の声 [40] 2024/03/18 Mon 9900 3月11日 [24] の続き
 「71.職場環境や仕事に関してマンネリ化している、新入社員の配置をお願いしたい」
 先週も「マンネリ」が出てきたが、ここでは「新入社員」の必要性が指摘されている点で興味深い。新入社員が入っても「職場環境や仕事」が変わるとは思えないが、人間関係にも「マンネリズム」があるかもしれない。まさに「フレッシュマンが仕事をリフレッシュする」ということだろうか。[72.指差呼称ができていない」は、本来しなければならないことができていない点を問題にしている。ただ、「指差呼称」の実践状況もけっこう多様で、それ自身が「マンネリ化」「形式化」しているケースはあちこちで見かける。
「コストとパフォーマンス」一区切り [39] 2024/03/17 Sun 9899 3月13日 [30 ] の続き
 わが国の経済は弱体化し、GDPも相対的に低下の一途をたどっている。GDPの意味と価値は大いに議論の余地があるが、「日本の1人負け」が効いて、いまや存在感が薄れつつある。その原因をすべて国のせいにするわけにはいかない。ただ、不動産バブルとその崩壊などには、当時の金融を含めた政策の影響が否定できない。この時代、「国家100年の大計」は無理だろうが、少なくとも「目先」の対応に揺れ動くことは避けなければならない。選挙では投票率の低下が止まらない。首相が「自分が有利になることを最大の関心事にして解散の時期を探る」のが当然とされていることに民主主義の危うさを感じる。(了)
日記の中の母(14) [38] 2024/03/17 Sun 9898 3月10日 [22] の続き
 1973年8月16 木曜日 7時半の列車で博多へ行く。研究所も全く行かないわけにはゆかない。一応、たまっている仕事もちゃんとある。従って、一日もあっというまに終ってしまった。それから再びKへと帰ってきたのである。明日もこれと同じスケジュールである。H□さん、M□さんから母への御見舞として博多人形をもらった。
 このとき、わたしは、大学院博士課程の学生だったが、[集団力学研究所 研究員]の名刺も持っていた。そこで、家族が住み、母が手術で入院した病院があるKと福岡を通勤する状況になったのである。研究所のH□さん、M□さんはわたしより年配だが、今でも連絡を取っている。
作曲家と指揮者 [37] 2024/03/16 Sat 9897 2月22日 [53] の続き
 [leadership]と[management]の違いを知るための[鍾乳石ツアー]を計画しているとき、ふと[作曲家と指揮者]のイメージがわいてきた。作曲家が[management]で、指揮者が[leadership]に対応する。音楽は丸暗記のテストだけなら中学生時代は通知表[5]の実力を発揮したわたしである。それが[音楽]の理解とはまったく関係ないことは自分自身が十二分に理解している。それでも、作曲家の仕事について表面的には承知しているつもりだ。自分の世界を構想し、それを楽譜という設計図に組み込んでいくことでそれまでになかった曲を創り出していく。そして、それを現実の世界で実現するために、設計図をもとにして、演奏家というプロに直接的な影響を与えていく。この流れが、[作曲家:management][指揮者:[leadership]というわたしのイメージになるのである。この発想、われながら気に入っているのだが、さて、[ツアー]に出かけたらどうなるか。
教師に対する研修の感想(8) [36] 2024/03/16 Sat 9896 3月14日 [31] の続き
 本日の感想では、わたしが[べた褒め」されています。こんなものよくアップロードするなと思われる方もいらっしゃる可能性がございます。そんなわけで、パスされることをお勧めします。「そんなら挙げるな」とおっしゃりそうですが、何分にも、自己コントロールができない性分のため、ご容赦ください。
 一年間、大変お世話になりました。先生のお話はもちろんですが、先生のお人柄こそが相手を和ませ笑顔にする一番の対人関係向上のヒントでした。毎回お会いすると私も思わず笑顔になってしまいました。どうすれば先生のように朗らかに穏やかにいられるのか、その秘密を探るには時間も力量もなく残念です。私自身かなりネガティブなので何かあっても自分のため、そして話のネタにしてやるぞという気持ちですごしていこうと思います。本当にありがとうございました。お身体、十分ご自愛ください。いつかどこかでまたお会いできることを楽しみにしています。(小学校教諭 女性)
 こうしたお声を聴くと「もうしばらくは、世にはばかる」意欲がわき出てくるのです、はい。
「点と線」(1) [35] 2024/03/15 Fri 9895
 わたしは松本清張の「点と線」を中学生のとき土日で読み切ったと思っていた。当時住んでいた香椎が[事件現場]だったから吸い込まれるように読んだ。本には[現場]の写真があり、わたしも歩いて海岸まで出かけた。わが家の書棚には表紙と目次が破れた光文社のカッパ・ノベルスがある。奥付には[昭和25年7月10日 初版発行 昭和37年11月10日 41版発行]と記されている。わたしが中学1年生のときの版だが、定価は200円である。その版数を見ただけで驚異の大ベストセラーだったことがわかる。
 それから半世紀以上が経過した。このごろ、「いつまでも終わらない身辺整理」の中で、「読書メモ」が出てきた。それによると、「点と線」を読んだのは[1965/3/20-21日]だったことが判明した。その日が土日に当たることは記憶どおりだが、「中学生のとき」は怪しくなった、と言うよりも記憶違いを認めるべきだろう。このときわたしは高校1年生になっていた。
モォ-レツの時代 [34] 2024/03/15 Fri 9894
 長崎造船所で行われた「アクション・リサーチ:全員参画による事故防止」に本格的に参加させてもらったころ、日本は[モォーレツ]の時代を迎えていた。とにかく[モォーレツ]に働くことが[美徳]と言える空気が充満していた。もっとも、日本人の大多数が心底そう思っていたかどうかはわからない。高速道路を車が猛烈なスピードで走り去る。その勢いで、小川ローザ扮するコンパニオンガールのスカートが煽られる。そのスカートを押さえた後に、[Oh、モォーレツ!]の一言が続いた。これが一世を風靡した丸善石油のCMだった。猛烈なダッシュを実現するガソリンであることをアピールしたのである。
「4人の物語」(54) [33] 2024/03/15 Fri 9893 3月8日 [17] の続き 
 [三公社」とは「日本国有鉄道、日本電信電話公社、日本専売公社」で、一般的には[国鉄][電電公社][専売公社]と略称していた。いずれも「公的な会社」ということだが、[専売公社]はタバコと塩を独占的に販売していた。とくにタバコは1904年に、日露戦争の戦意を補うため専売が法律化された。これら3つの組織が中曽根内閣の行政改革の一環として民営化した。まずは1985年、電電公社が日本電信電話(NTT)に,専売公社が日本たばこ産業(JT)になった。その後、'87年には日本国有鉄道(国鉄)が,旅客鉄道会社6社と日本貨物鉄道1社に分割され、今日の[JRグループ]が出来上がった。
今ごろどうして? [32] 2024/03/414 Thu 9892 昨日 [30] の続き
 経団連の会長がテレビ番組で「賃上げは企業の社会的責務」といった主旨の発言をしていた。まことにおっしゃるとおりだが、これまた外野としては「どうして今になってなの」と言いたくなる。
 その昔、銀行系で「護送船団」と呼ばれることばが使われていた。その詳細は記憶にないが、国が様々な規制を加えるとともに、最後はサポートするものだった。とにかく護送してくれるからみんなが安心して航行できるというわけである。それは横並びにも繫がる。
 そして、このごろも、「どこかが値上げする」のを待ってから、「それじゃあうちも」とばかり、今度は「猫も杓子も」呆れるほどの値上げラッシュだ。
教師に対する研修の感想(7) [31] 2024/03/14 Thu 9891 3月9日 [19] の続き
 長期間に渡り、我々のために研修をしていただき、本当にありがとうございました。この研修で学んだことは「やるのは自分だ」ということです。アクションを起こさせるのは自分以外にありません。常に今の自分を客観的に評価しつつ(できないときは同僚の先生方にお願いしながら)自分を振り返り、一歩一歩前進していきたいと思います。本当にありがとうございました。(小学校教諭 男性)
 まずは、自分が変わる、自分を変えることが、世界を変えるスタート点である。それも、最初からドデカいことを考えてはいけない。小さな変化の積み重ね、つまりは[一歩一歩]の前進が大事なのである。わたしは[鍾乳石スピリット]の重要性を強調してきた。天井から落ちる一滴が最後には大きな柱になる。その雫は重力に抗うことなく、自然の力にしたがう点でも、人間行動のモデルと言える。
しつこく「コストとパフォーマンス」 [30] 2024/03/13 Wed 9890 昨日 [26] の続き
  そして、中国が開放政策をはじめて半世紀が経過した。中国は世界の工場としての実力を付け、その影響力を世界に及ぼしている。とにもかくにも、世界中が[猫も杓子も」の勢いで中国にダッシュした結果が「今」である。そこでモノを作りはじめたのだから、当然のことが起きた過ぎない。
 このごろは、アメリカやヨーロッパなども、その力を警戒し、防御の姿勢を示しはじめた。かつて、わが国では工場の海外流出で「国内の空洞化」が懸念されていた。そんなことで、わたしですら、「いつか逆転するときが来る」と思っていた。ただし、その時期はわたしがあの世に出かけた後だろうという予測はしっかり外れた。
J事件の分析と考察(31) [29] 2024/03/13 Wed 9889 3月6日 [12] の続き
  [元Jメンバー]が、J氏を「僕は今でもJさんが好きです」と語り、「愛を持って接してもらえた」と絶賛した。これを受けて、BBCの記者が分析する。
 「あの会話の一部は僕にはもう…狂っているというか。でも起きたことを何一つ彼は認めていないんだと思います。それこそまさに『グルーミング』です。グルーミングというのは、搾取される側に、その相手とまるで特別な関係があるかのように思い込ませる環境を搾取する側が作り出すことです。あの会話の中で彼は『尊敬』と口にしました。そこには愛情さえあると僕は思います。つまり、J氏は彼をそれほどまでにコントロールしているわけです」。
 記者のインタビューに答えたのは2人目だが、いずれもJ氏を批判的に捉えていないことで共通していた。それどころか、J氏が亡くなった「今でも好きです」と明言するのである。こうした声を受けて、記者は困惑を重ね、「グルーミング」を引き合いに出す。
やればできるじゃないの [28] 2024/03/12 Tue 9888
 このところ、大企業は組合の賃上げ要求に満額回答を続けている。ご同慶の至りではあるが、外野としては「なあんだ、やればできるんじゃないの」と言いたくなる。さらに、「なんで今までやってこなかったんかいな」と疑問が湧く。
 賃上げを抑制し続けてきた一方で、資本金10億円以上の企業の「内部留保」は511兆円を超えるというから、「なんでやねん」と首をひねる。
 たしかに、リーマンショックに代表される厳しい体験があり、「いざというときの蓄え」の必要性を痛感したに違いない。ただし、それが「羮に懲りて膾を吹く」だけでなく、「賃上げ抑制」の口実としてせっせと使われてきたのではないか。
 さらに、日産の下請代金引き下げは、弱いところから利益を吸い上げるというのだから論外である。そもそもが法律に違反すると聴けば、それに気づく人間がいなかったはずもない。またぞろ、「言いたいことが言えない」「言っても聴いてもらえない」空気が充満していたのか。
どっちがいい? [27] 2024/03/12 Tue 9887
 子曰、奢則不孫、儉則固。與其不孫也、寧固。[論語:述而35]子曰く、奢なれば則ち不孫、倹なれば則ち固なり。其の不孫ならんよりは、寧ろ固なれ。
 「ぜいたくな人は不遜になりがちだし、儉約な人は窮屈になりがちだが、どちらを選ぶかというと、不遜であるよりは、まだしも窮屈な方がいい。[下村湖人:現代訳論語]
 [どっちも困るが、どちらかと言えば型]である。「傲慢より卑屈」とすれば、後者も相当なレベルで避けたいところだ。これを「控え目」と言えば、「そうだなあ」と思える。ここで[傲慢]を[自信過剰]にすれば、より柔らかくなる。「過ぎたるは猶及ばざるが如し」なのである。  
もう少し「コストとパフォーマンス」 [26] 2024/03/12 Tue 9886 昨日 [25] の続き
 中国に進出するために一定の技術供与をするのだから、それによって相手の技術水準が向上することは容易に予測できる。そして、それがいつかは自分の力を凌駕する可能性も考えられる。それは自らにとって明らかなリスクである。ただし、それは「今」のことではなく、また「いつになるか」も明確にはわからない。そうなると、「今の生き残り」が頭の中で最優先課題になる。わたしは、あるとき本コラムで、ドイツ製の電気シェーバーとして名を馳せていたブラウンに、最高クラスではなかったが Made in Chia と刻印されているのを知ったとき、「ええっ、ブラウンもかあ」と軽い驚きを感じたことを書いた。
まだ「コストとパフォーマンス」 [25] 2024/03/11 Mon 9885 昨日 [23] の続き
 太平洋戦争のあと、アメリカから様々なサポートを受けた日本は、時間と共に力を付けて、いくつかの領域では本家を脅かしはじめた。アメリカのテレビ産業を崩壊させたのは日本製品だったし、貿易摩擦で日本車がアメリカの自動車産業に従事する労働者たちからたたき壊される映像は繰り返し流された。中国の経済開放政策で、低賃金の中国に世界中の企業が進出していった。それは「水は低きに流れるが如し」で、お互いが少しでも速くの精神で中国に殺到した。こうした中で、現地の工場が製造に関わるノウハウを身につけるのは当然のことである。そして、中国は関連する技術の提供を受け入れの条件にした。
現場の声 [24] 2024/03/11 Mon 9884 3月4日 [07] の続き
 「68.□□見張り員が□□待避を伝えても、慣れですぐに待避をしない傾向にある(特にベテラン)」
 わたしの引き出しに「組織安全を脅かす悪魔の法則」と名付けた話題がある。そこで登場する悪魔のひとつが「慣れ」である。人間は生きるために無数の「慣れ」を蓄積し続ける。それは人間が生存するための必須要件である。しかし、そこが悪魔の狙い目となる。
 その傾向が「とくにベテラン」に見られるのも頷ける。経験は「慣れ」を蓄積していくからである。しかも、ベテランがやると、それを「ダメですよ」と指摘しづらいから、それが修正される可能性が低下する。それどころか、ベテランを見習う者すら出てきて、その方が「職場の常識」となる。
 「69.作業がマンネリ化して事故に関する意識が薄れている」「70.□□に入る場合、見通しの良い所では指差呼称しないことがある」
 みんな「慣れ」と親戚で、最後の指差呼称自身が「慣れ」の悪魔のターゲットになる。
続々々「コストとパフォーマンス」 [23] 2024/03/10 Sun 9883 昨日 [21] の続き
 中国が資本主義的な経済を導入すると、とにかく労働力が安いからと、製造業を中心に、世界中の資本が投下され、中国は世界の工場となっていった。そうした過程で様々なノウハウを自分たちのものとして身につけていくのは当然の流れである。たとえば日本の製鉄や造船、また新幹線に関わる技術などについての指導が行われた。これは韓国の製鉄や自動車においても同じで、日韓関係が正常になってから、日本のノウハウがいろいろと提供された。
 ここまでだと、わが国からの一方向の流れになるが、日本が太平洋戦争で敗れた後、アメリカから様々な分野でのサポートを受けているから、お互い様ということになる。
日記の中の母(13) [22] 2024/03/10 Sun 9882 3月月3日 [05] の続き
 1973年8月15日 水曜日 いつの間にか母の手術が終ってもう一週間を過ぎているのである。考えてみればなんと早かったことであろう。ある意味では実に充実していたこの日々であった。そして、これからもこうした日が再び続いていくのである。
 今迄も色々な転機はあったが、今回ほど重大なチャンスはなかったであろう。ある意味では母は身をもって私の生活の転換を追ったともいえる。しっかりと、地についた生活を送って行こう。
 昨夜もほとんど眠られず、今日はさすがにばててしまった。なんと今朝の7時頃まで点滴が続いていたのである。母も寝られず苦労している。まだ熱がおさまっていないのが気になる。
 今日は父と□□(妹)が病院に泊まる。私は明日研究所に顔を出すことにしているので自宅に帰ってきている。
 このとき、わたしは24歳、「地についた生活ができていない」ことを反省している。また、母親の熱が手術後下がる気配がないことを懸念している。
続々「コストとパフォーマンス」 [21] 2024/03/09 Sat 9881 昨日 [18] の続き
 組織の存続にとって、コスト-パフォーマンスのバランスがきわめて重要であることは言うまでもない。ただし、その評価には、短期ではなく長期的視点が欠かせない。それが国家であれば、その期間は短くても5年や10年であり、さらに100年にまで拡大する。
 ただし、われわれの世界は「一瞬先は闇、何が起きるかわからない化」が加速し、それも深刻化している。したがって、100年先までを予測しても、当たる可能性には危うさが伴う。それなら、「どうせわからない」と諦める方がコスト-パフォーマンスは良くなるのか。いやいや、それでは「先を見て、今の行動を考える」人間の力を放棄することになる。
家族への通信 (1) [20] 2024/03/09 St 9880
 父宛のはがき[消印清水局 1971年10月21日 父が記した番号187]
 父はわたしが高校2年生の9月から福岡で寮生活をはじめた後、わたしから受信した手紙やはがきに番号を付けて残していた。
 本21日(木曜)今、清水の三保の旅館です。三保と言へば、羽衣の松で知られている所で、その松越に富士山を望むのが楽しみで、今から見に行ってみようかと思っているのですが、実は所謂公害とかで、果たして富士が見えるかどうかわかりません。昨日夜行で静岡に着き、静岡を少し回って三保の旅館に泊まりました。今日の夕方調査して、新幹線で東京まで行き泊まりは東京です。(午前十時記)
 これは1971年10月21日にはがきで、わたしが大学院1年生のときである。黒崎窯業(現黒崎播磨 北九州市八幡西区)のリーダーシップ調査に出かけた際に静岡工場が対象に含まれていた。親に宛てた私的な葉書だが、文章は相当にまずい。文中の「所謂公害」とは、当時、製紙会社が汚水を川に流したことから、有機物を含むヘドロが駿河湾に広まって問題になっていたことを指している。 
教師に対する研修の感想(6) [19] 2024/03/09 Sat 9879 3月7日 [14] の続き
 長期間に渡り、我々のために研修をしていただき、本当にありがとうございました。この研修で学んだことは「やるのは自分だ」ということです。アクションを起こさせるのは自分以外にありません。常に今の自分を客観的に評価しつつ(できないときは同僚の先生方にお願いしながら)自分を振り返り、一歩一歩前進していきたいと思います。本当にありがとうございました。(小学校教諭 男性)
 まずは、自分が変わる、自分を変えることが、世界を変えるスタート点である。それも、最初からドデカいことを考えてはいけない。小さな変化の積み重ね、つまりは[一歩一歩]の前進が大事なのである。わたしは[鍾乳石スピリット]の重要性を強調してきた。天井から落ちる一滴が最後には大きな柱になる。その雫は重力に抗うことなく、自然の力にしたがう点でも、人間行動のモデルと言える。
続 「コストとパフォーマンス」 [18] 2024/03/08 Fri 9878 昨日 [16] の続き
 国家的レベルでは、中国と世界の歴史的関わりの中でコスト-パフォーマンスを考えることができる。中国は、今から半世紀ほど前、共産党による政治支配を続けながら、経済を資本主義に転換した。そこでリーダーシップをとったのが鄧小平だった。田中角栄首相が日中国交正常化を成功させたのは1972年である。当時、中国経済の規模ははきわめて小さく、円レートでは100倍ほどの差があった。一般人の感覚に過ぎないが、中国に行ってきた友人が「中国は1円が100円くらいの価値がある」と話していたことを思い出す。
 わたしがはじめて中国に出かけたのは1992年だが、入国した際に日本円を中国の元に交換したのは当然として、そのときは「外国人向けの[元]」が渡された。現地の[元]とレートそのままで交換すると、たとえば日本人にとっての1万円が中国では100万円の価値を持つことになる。それほどの経済格差があったから、労働力もきわめて安価であった。
「4人の物語」(53) [17] 2024/03/08 Fri 9877 3月2日 [03] の続き 
 Aが小学校3年生か、あるいは4年生の1学期だったか、自分が住んでいる市の電報電話局に見学に行ったことをはっきり記憶している。今ではNTTという名前の民間企業になったが、当時は日本電信電話公社という国の組織が電話を取り仕切っていた。それは[3公社5現業]と一括して呼ばれる、国が経営する組織のひとつだった。この[三公社」とは、「日本国有鉄道、日本電信電話公社、日本専売公社」で、一般的には[国鉄][電電公社][専売公社]と略称していた。いずれも「公的な会社」ということだが、[専売公社]はタバコと塩を独占的に販売していた。いずれも1985年から87年に民営化された。
JALの社長 [16] 2024/03/07 Thu 9876
  JALの社長に女性の鳥取三津子氏が就任した。超岩盤的男性優位のわが国では記念すべき歴史的快挙である。しかも鳥取氏のキャリアのスタートはTDA(東亜国内航空)の客室乗務員である。それは、ローカル線を飛ぶ小さな会社だった。わたしはTDAで福岡-鹿児島、福岡-髙松、大阪-徳島間を飛んだことがある。大阪のときは国産ジェットプロペラ機のYS11だった。わたしのような一般人は、JALが飲み込んだ会社だと思っていた。
 さらに学歴が短大の英文学専攻と聴いて、勝手ながら楽しく愉快になる。人間は、どこを出たかではなく、何ができるかで評価されなければならない。女性が桁違いに活躍しているように思えるアメリカですら、女性には目に見えない透明のガラスの天井(glass ceiling)があると言われる。組織の人事には部外者にはわからない力が働いたりする。JALにそんなややこしいことはないと信じて、これが女性のさらなる進出の促進剤になることを期待する。
コストとパフォーマンス [15] 2024/03/07 Thu 9875
 どんなものであれ、システムの維持にはコストがかかる。そこで、組織の責任者はコストとパフォーマンスとのバランスを考えてマネジメントする。同じパフォーマンスでもコストが削減できれば利益が大きくなる。これは引き算だから、小学生でもわかる。ついでながら、[金らしきもの」や[オーストラリア$紙幣:ただしプラスティック製]を使って、小学生同士が100万円近くのやりとりをしていたという、あっと驚くニュースが流れた。わたしが子どものころは、切手収集が流行っていて、将来は高くなると信じていた。それでも、購入する記念切手は10円や15円といった小遣いで買える程度のものだった。
教師に対する研修の感想(5) [14] 2024/03/07 Thu 9874 3月5日 [09] の続き
  10年経験者研修では大変お世話になりました。耳が痛い言葉ほど今自分に必要な言葉であると感じた一年間でした。「この研修は今日からが本番!!」という気持ちをもって、今後の教職生活を全うしたいと思います。みんなとあたたかく関わりながら、自分らしさを発揮してがんばろうという思いでいっぱいです。一年間、どうもありがとうございました。(小学校教諭 男性)
 どんなものが「耳が痛い言葉」だったのか、わたしには自覚がない。
世界を視る道具 考 [13] 2024/03/06 Wed 9873
 [メガネ][フィルター][顕微鏡][望遠鏡]の共通点は「視る、あるいは観る道具」である。ここでは[フィルター]をメガネやカメラなどに取り付ける光学的なものに限定する。われわれはこうした道具や機器を使って外界の事象を認識している。視覚の場合は、レンズを備えた眼球で光の情報を網膜上の視細胞で受け取るのである。その信号は直ちに大脳の視覚野に送られて「ものが見える」ことになる。われわれは「目でものを視ている」のではなく「視覚野で認識している」のである。
 だたし、視覚野は大脳システムの一部であり、それまで蓄積してきた情報を倉庫から取り出して統合する。この統合は単なる情報の収集で終わるのではない。様々な要素を組み合わせ、そこに推論という思考も働かせながら、自分の目に映っている事態について理解し、判断する。そして、それに基づいた行動をとる。ともあれ、われわれは「目ではなく大脳でものを視ている」のである。
J事件の分析と考察(30) [12] 2024/03/06 Wed 9872 2月28日 [67] の続き
 ドキュメンタリーは事実をそのまま映し出すことを基本にしている。しかし、その製作過程で視聴者には伝わらない操作が加えられる。そもそも、その根底には確固たる製作意図がある。その点で、ドキュメンタリーは「事実を伝えるという創作」なのである。
 そこにカメラがあること自身が人為的操作であり、登場人物はカメラを意識して発言する。その際には目やテーブルの下にある手の動きををクローズアップすることもある。当人の目が潤んでいる、手が震えていることが画面一杯に映し出される。それが視聴者の情緒を揺すぶる。もちろん、ライブの実況中継ではないから、撮り直しや映像の整理、つまりは削除などが行われるのは自然であり、また常識でもある。
 そして、BBCの記者は当然のことながらイギリスの視聴者を意識している。視聴者には、元「Jメンバー」のインタビューに至るまでの経緯や取材前後、あるいは録画中の、画面に映らないやり取りはわからない。
秀吉と並ぶハイジャンプ [11] 2024/03/05 Tue 9871
 100円ショップの最大手ダイソーの創業者矢野博丈氏が2月12日に亡くなった。享年80歳と聴けば、自分の年齢を付き合わせて「あと5年か」と思う。
 100円ショップと言えば、スタートしたころは[安かろう悪かろう」のイメージがあった。たしかに安いけれどちゃちですぐ駄目になるというわけだ。しかし、わが国の経済が低迷する中で、「何でも100円」は人の気持ちを揺さぶった。そのうち、「えっ、これが100円なの、けっこういけるじゃない」といった評価を受け始めた。そして、今や大手が経営する巨大なショッピングモールにも出店する大企業になった。
 矢野氏は創業した広島から本社を動かさず、経営団体にも所属しなかった。この辺りはローカル好きのわたしなどは、じつに愉快かつ楽しくなる。創業当時は大企業には軽く見られていたのではないか。それがついには天下を取ったのである。江戸時代の通説らしいが、足軽から天下を統一した太閤秀吉レベルである。ご冥福をお祈りします。
続々「人物で読む心理学事典」 [10] 2024/03/05 Tue 9870 昨日 [06] の続き
 橋口さんには事典の出版後に資料をお返ししたが、その際に6頁分のコピーを同封しておいた。これを見て、わたしに執筆を依頼して良かったと言っていただいた。ありがたいことである。ところで、A5判424頁の「人物で読む心理学事典」は定価が8,800円と、かなりの高額である。一般的に、書籍の出版に当たっては著者に何冊かが寄贈される。しかし、この事典は執筆者が60名を超えるから、各人に1冊でも献呈するのは出版社としては経費的に無理がある。そこで、大幅割引で対応するとの連絡が来た。当方は、後期高齢者、身辺整理に努めている身である。自分としては、出版社から届いたコピーで十分満足した。(了)
教師に対する研修の感想(4) [09] 2024/03/05 Tue 9869 2月27日 [64] の続き
  自分と向き合いながら、前向きに講義に参加できました。先生の楽しいお話しもとても好きでした。これまで頑張ってきたこと、これから頑張ろうと思っていること、たくさん見つけることができました。教師生活を心から楽しめている今がとても幸せです。そのことに気づいた10年目研修でした。本当にありがとうございました。(小学校教諭 女性)
 「あんたがほめられたことをひけらかせているだけじゃないの」。そんな声が聞こえてきても仕方がないが、単純な話、ほめられると気持ちが良くなる。さらに、それで自分の体の中でエネルギーになり、またまたやる気が高まるのである。ありがたや、ありがたや。
続「人物で読む心理学事典」 [08] 2024/03/04 Mon 9868 昨日 [06] の続き
 その後、事典に三隅先生の項目を執筆する依頼がわたしにきた経緯がわかりました。先輩である橋口捷久氏(元福岡県立大学長)が出版社にわたしの名前を挙げてくださったのでした。そもそもは橋口さんに依頼があったのですが、ご自分は辞退されたことから、バトンがわたしに回ってきたわけです。橋口さんとはわたしが学生のころから半世紀を超えるお付き合いで、人生の終盤にいるわたしにとって素晴らしい仕事をプレゼントしていただきました。原稿の作成に当たっては、三隅先生に関する資料をお借りしました。橋口さんは三隅先生が大阪大学在職中に紫綬褒章を受けられたとき、助手をされていました。そこで先生の祝賀会開催を準備されたのですが、そのときに経歴や業績に関する情報をまとめたものをお持ちだったのです。これが原稿の執筆に当たって重要な資料になったことはいうまでもありません。三隅先生の元にはいつもこうした優れた助手がいらっしゃったのです。
現場の声 [07] 2024/03/04 Mon 9867 2月26日 [62] の続き
 「63.夜間作業時に現場が暗く□□が見えにくい」「64.□□の照明が不十分である」「65.夜間作業の照明が不足している」など、証明に関わる問題の指摘が複数挙げられている。「66.夜間作業時に、□□□に□□があり、つまずいた」「67.夜間の雨着は照明を当てても見づらいので改良してほしい」といった実体験に基づくものもある。
 第三者的には、事故防止の視点からいずれも直ちに改善すべきものである。こうした声がインタビューやアンケートで複数の構成員から出てきたことになる。つまりは、それらが作業場の問題だと意識されているものの、公的には表明されていなかったことをうかがわせる。
「人物で読む心理学事典」 [06] 2024/03/03 Sun 9866
 朝倉書店から「人物で読む心理学事典(サトウ タツヤ(監修)」が出版されました。心理学の世界で業績を残した人物66名を取り挙げたもので、1人当たり6頁、全体で424頁にもなる大冊です。その中で日本人は森田正馬・土居健郎・三隅二不二・河合隼雄の4名だけです。この4人が選ばれた経緯は承知していませんが、その中に、わが恩師三隅二不二先生が入っています。
 じつは、2021年10月28日に、朝倉書店からわたしにメールが届き、三隅二不二先生のことを書いてくれないかとの依頼がありました。生来、[Yes-man]を自認してきたわたしですから、この誘いに[No]はあり得ません。それに、三隅先生が亡くなれらたのは2002年、日本にグループダイナミックスを導入し、様々な業績を残されたとしても、事典で9000字ほどに亘って取り上げられるのは最後になるに違いありません。そんな記念すべき恩師の原稿を書くことができるのですから、これは最高です。
日記の中の母(12) [05] 2024/03/03 Sun 9865 2月月25日 [60] の続き
 1973年8月14日 火曜日 早朝6時50頃病院を出て家へ向う。今日も病院ではあまり眠ることができなかった。自宅で4時間ばかりの昼寝をした。昼間はこれでも結構スッキリしてはいるのだか、夜はやっぱりスタミナ不足ということになってしまう。少なくとも表面的には、昨日再度手術をしたわりに母は元気にみえた。しかし、まだ熱が下がらないので問題である。

 医師の説明によれば、胃の手術で切断箇所を縫う際に、針の先ほどの穴が空いたままだった。これは縫合不全と呼ばれるものらしく、それで腹が膨らんだという。そのため、また開腹されたのだから患者としてはたまったものではない。しかし、この時点では、見かけ上は母の状況はまあまあだったようだ。ただし、熱は下がらないままであることを懸念を表明している。看病と言ってもベッドサイドに寄り添っているだけである。そんなつれづれを紛らすため、家族は検温や点滴等があると、それを詳細に記録していた。 
遠距離タクシー [04] 2024/03/02 Sat 9864 昨日 [02] の続き
 天ヶ瀬のリーダーシップ・トレーニングの思い出は尽きない。その中のひとつに、安藤延男先生がタクシーで天ヶ瀬まで来られたことである。そのときの事情はすべて忘れたが、足の都合がつかず、久留米までは西鉄電車を利用したが、その後は天ヶ瀬までタクシーだったとの話である。この間の距離は80kmほどある。これがタクシーでいくらかかったのかは知らない。それは50年以上も昔のことで、まだタクシーが贅沢な乗り物だった時代である。それを汽車でも相当かかる距離のタクシー代を会社が払ってくれたのである。わたしは会社のスケールに驚き、安藤先生も現金をよく持っていたもんだと、さらに驚いた。
「4人の物語」(52) [03] 2024/03/02 Sat 9863 2月23日 [55] の続き
  Aが子どものころ、小学校には二宮金次郎の像があった。背中に薪を背負い、本を読んでいる。勤勉をするめる像である。Aが成人してから10年以上経って、小学校に出かけることがあった。自分が通っていたのは正門ではなく、昔の習慣どおりの門から入ると運動場が広がっていた。ただし、それは自分の思っていたものよりかなり狭かった。自分が成長して体が大きくなり、より高い位置から身の回りの世界を見るようになったことによる現象である。成長による「ミニチュア視」なのだ。そこで、運動場の狭さを味わいながら正門近くまで行って金次郎さんと再会した。これがまた、おどろくほど小さな像だった。
天ヶ瀬の[T-group] [02] 2024/03/01 Fri 9862 2月29日 [69] の続き
天ヶ瀬温泉でのリーダーシップ・トレーニングでは、大先輩の院生故関文恭さん(当時:後に九州大学名誉教授)がリーダーで、講師として故九州大学安藤延男助教授(当時:後に同大名誉教授)、故白樫三四郎西南大学助教授(当時:後に大阪大学名誉教授)が天ヶ瀬にやって来られました。お二人は、当時研究がスタートしていた[T-group]のトレーナーを務められました。
 これは、[sensitivity training:感受性訓練]とも呼ばれるもので、グループダイナミックスの領域で開発・研究が進められていました。その詳細は後期高齢者のわたしが忘れなければ、そのうち、本コラムで取り上げることにします。その名の通り、[対人関係における感受性]を磨き、リーダーシップ力を身につけるためのトレーニングです。当時は右肩上がりの成長で元気のよかった企業や組織でも取り入れられていました。ただし、わたしは「これって、日本人には合わないよね」と呟いていました。
阿蘇の3月 [01] 2024/03/01 Fri 9861
 阿蘇はいつ行っても雄大で、季節ごとに色を塗り替える。世界最大級の外輪山の最も高い936mに[大観望]がある。熊本出身の徳富蘇峰が付けたと言うが、ここに立つと360度の素晴らしい展望が広がる。その中でも圧倒的多数の人が[阿蘇五岳]をナンバーワンと認めるに違いない。五岳とは「根子岳、高岳、中岳、烏帽子岳、杵島岳」で、これが繫がって阿蘇山となる。今でも噴火しているのは[中岳]で、こちらは噴火口を覗くことができる。写真は左から上記の順で並んでいる[五岳]だが、 釈迦が入滅する際の[涅槃像]に見えて、さらに感動を呼ぶ。これに雲海が発生すれば、声も出せなくなるのである。