My Twitter(15)8:13am 2018/04/30(3) Mon 5775
大谷翔平選手の身長は193cm、体重は92.1kg(Wikipedia)である。昨日、体操の全日本選手権で初優勝した谷川翔選手は身長が153cmで体重は52kg(未確認)だという。両者とも自分に与えられたものを類い希なる努力によって最高に活かしている。それは「交換」することができない。一人ひとりがその状況に対応して生きていく。人間、そうでなくっちゃあ! |
My Twitter(14)5:32am 2018/04/30(2) Mon 5774
マイナス思考の考え方は、工学設計におけるフェイルセーフfailsafeの思想とよく似ている。 フェイルセーフとは、故障や操作ミス、設計上の不具合などの障害発生をあらかじめ想定し、起きた際の被害を最小限にとどめるような工夫をしておくことである(松崎有理
架空論文投稿計画 光文社)。〝fail-safe〟を「マイナス思考」の説明に使ったのがオモロイ。 |
言いたいことが言える環境づくり 2018/04/30 Mon 5773 continued from 04/23
次から次に起きる組織の問題を解決するには、その体制から考えていく必要があります。個々の職場や人の特性だけに焦点を当てても意味がありません。組織全体に「言いたいことが言える」「言ったら聴いてもらえる」環境を創ることが欠かせないのです。ここで、「組織は人が創っている」ことを忘れてはいけません。そして、そうした組織の体制を変えるのも「人」なのです。
組織の体制が変わるための要因にはいろいろなものが考えられます。まずは「組織のトップ」が組織を変える決断をし、そのために行動することがすべてのはじまりになります。トップが「リーダーシップ」を発揮せずして組織が変わることはあり得ません。ここで「トップ」と言ってしまえば、文字通り組織の頂点にいる少数の人々が思い浮かびます。そうなると組織全体の大改革というイメージになります。
しかし、「個々の職場」においても「リーダー」はその「トップ」だと考えたいものです。つまりはすべての集団で「トップダウン」式の改革を進めるのです。ここで注意すべきは、「トップダウン」が「まずはトップから率先して『自ら変わる』」という意味である点です。 |
早朝夕刊(5:32am):秘書官システム 2018/04/29(2) Sun 5772
塩野七生「ローマ人の物語(文庫版19)」によれば、第4代皇帝クラウディウスは「秘書官システム」を創ったという。その筆頭に解放奴隷のナルキッソスがいた。将軍や元老院議員が皇帝に会いたいと言っても、皇帝の都合がつかないので「お話はわたくしがうかがっておきましょう」と門前払い状況であった。秘書官は人間だから、自分の頭の中で考えて行動する。相手から「聴く」ときも人に「伝える」ときのいずれでもノイズが発生し、さらに意識的あるいは無意識の「歪み」が生じる。それを聴く皇帝にも同じことが起きたことだろう。ただし、これはあらゆる人間のコミュニケーションの特性なのである。 |
| 今日は「味な話の素」の誕生日です。満15歳になりました。 |
高さんからの手紙(59) 2018/04/29 Sun 5771 continued from 04/22
集団力学研究所は福岡市の天神に新築された西日本新聞会館に転居した。1977年12月のことである。そのときの様子を「高さんの『手紙』」で伺うことができる。
正式に入居が決まり三角さんと新聞会館15階に行き窓から福岡の街並みを眺めた時はかなり感動ものでした。この西日本新聞会館への入居が研究所の評価を一挙に高めたのは間違いありません。(井下さんの葬儀の時しっかり御礼を言っておきました)同時に最大の課題として創立10周年を記念して財団法人化をすすめようということになりましたが、西日本相互銀行の大村武彦社長が九電ほか7社会に基金集めを提案され、満場一致で可決されました。只当時はオイルショックで企業の業績が極端に落ち込んでいる時期であり実際はかなり難しい状況でした。大村社長や特別委員会•常任委員会のメンバ一の熱心なご尽力のお蔭です。
私もその展望の素晴らしさに声が出なかった。やや遠方には福岡空港に発着する飛行機が見えた。暗くなると那珂川沿いの中洲にあるネオンサインがきらびやかに点滅した。
|
朝出し夕刊(9:13am):罰するよりも 2018/04/28(2) Sat 5770
勤勉に働く者、親孝行をつくす者、人のために骨身を惜しまない者には、まず賞として鋤、鍬、鎌などを与えよ。その金はすべて代官所が持つことにする怠け者を罰するより、まずよく働く者をほめてやり、褒美をあたえることだ。(黒瀬昇次郞「切腹」P112
[与える」「あたえる」の不一致は原文のまま)。
天草の乱後に代官として赴任した鈴木重成が大庄屋たちに通達したものである。リーダーたる者はしっかり仕事をする部下たちをきちんと評価しよう。それが働くことに対する職場の常識を向上させて「怠け者」も減少するだろう。ましてや、自分の地位や権力を振りかざしたパワハラなどもってのほかである。 |
想定質問と準備 2018/04/28 Sat 5769 continued from 04/21
「板門店」に関わる番組で準備不足を思わせることがさらに続いた。北朝鮮の兵士の写真が映ったときである。誰かが「バッキンガム宮殿などと同じように、兵隊の写真を撮ることができるか」といった趣旨の質問をした。これに対しても瞬間的な反応が見られなかった。そして、「室内は写せる」という、すでにわかっていることを伝えた。それから「90mm以上のレンズは禁止」との情報を付け加えた。
このときも、「そうした質問は想定内」で「待ってました」とばかり即答する感じではなかった。もちろん、先週の「命の保証をしないという但し書きの発信者」の場合と併せて事前準備の有無はわからない。ただ、私の感覚では「その点はよく調べていないな」と思わせる雰囲気が漂っていたのである。
その場所の広さ大きさなどはまったくわからないが、「90mm以上のレンズは禁止」ということから、兵士を含めて望遠による撮影を抑制する意味があると推測できる。しかし、ひょっとすると「室内はOK」でも「室外はアウト」、あるいは「その方向にカメラを向けてはいけない」と言われるのかもしれない。そうした細かいことも、人が聴きたくなるような情報はあらかじめ押さえておかないとまずいですよね。 |
逆質問方式 2018/04/27 Fri 5768 continued from yesterday
講演内容とは関わりがない質問だったが、だからこそ思ったままのことを伝えればいいわけだ。そこで、翌日に移動中の列車の中で次のような回答を書いて返送した。
昨日はお疲れさまでございました。□□さまも「同じお悩み」をお持ちですか、それとも「純粋な関心」でしょうか。もちろん、この質問へのご回答は不要です。
何と言っても「嫁と姑」問題についての質問である。新聞の「人生相談欄」のことが書かれていたが、まずはご挨拶代わりにこの問いかけを入れた。もちろん、それに対する回答は求めない。そして、次のように続けた。
私としては以下のような「?」をご提示することでお答えにできればと思います。個々の項目に対する□□さまの「回答」が「問題解決のヒント」になれば幸いです。
今回は「逆質問方式」を採用した。そもそも私自身が体験したことのない、あるいはかつて相談を受けたこともない内容である。そこで、自分が「この点はどうなんだろうなあ」と疑問に思うことを挙げて、その回答をご本人に考えていただくことにした。 |
講演後のメール 2018/04/26 Thu 5767 continued from 04/18
さて、あるところで講演してから数時間後にメールで質問が届いた。その書き出し部分は前回記したが、その後は次のように続く。
最近の私のなぞは「なぜ嫁と姑は仲が悪いか?」です。姑にとって嫁は、自分の大切な遺伝子を引き継いだ孫を育ててくれる母親であり、優しくしてあげるべき存在だと思うのですが、読売新聞の人生相談欄にも良く嫁姑問題の相談が寄せられています。これは個人の問題ではなく、何か根本的な理由が在るはずだと思うのですが、納得のいく答えが見つかりません。原始人は村の女が協力して子育てしていたのにと思うのです。集団力学の面からは、説明できないでしょうか? 仕事とは関係ないので職場では質問できませんでしたが、何かヒントがあれば教えていただきたいと思いましてメールさせていただきました。よろしくお願い致します。
いやあ、仰るとおり講演の内容とはまったく関係ない質問である。ただ、私の話をお聴きになった上で、どうしても聴きたくなったという気持ちがあふれている。しかも「集団力学の面から」というのだから、これには何としてもお答えしないといけない。 |
カーボンの通知 2018/04/25 Wed 5766 continued from 04/19
相変わらず身辺整理を継続しているが、先日は「カーボン紙」を使って書かれた便箋が出てきた。その内容は以下の通りである。
吉田道雄殿 福岡市天神□□ □□会社 福岡支社長 拝啓 初夏の候、益々御健勝のことと存じます。さて、明春ご卒業の暁は当社へ採用のことと決定致しておりますが、下記書類を提出下さる様、本社より指示に接しております。何かと御手数ですが至急お取揃えの上、当方迠御送付くださる様お願い申上げます。尚、7月早々には一度御目に掛かりたいと思っておりますが、天神方面へ来られる節は是非お立寄りください。取急ぎお願い迠 記 1.成績証明書(第2学年迠のものになると思います) 2.戸籍謄本 以上
宛名の「吉田道雄」の部分だけは複写でなく、黒インクで記されている。日付は1970年6月8日だから、私が学部4年生のときである。私は大学院に進学することにしていたから就職試験は受ける意思がなかった。ただし、ある理由で一社だけ受験し、「採用されてしまった」のだった。 |
予期せぬ(?)「ゼロ回答」 2018/04/24 Tue 5765 continued from 04/17
大阪大学の入試ミスについては、可能な限り客観的な「邪推」に努めたいと思いながら分析している。
予備校の講師Y氏からの指摘を「検討したが『誤りがない』ことを確認した」あるいは「正しいことを認識したが、それを認める対応をとらなかった」可能性があるものの、いずれの場合であっても大学側には厳しい状況である。ただ、「指摘が正しいことを認識したが、それを認める対応をとらなかった」のであれば、これは「あってはならないこと」である。
ともあれ、現実としては話はここで終わらなかった。Y氏に大学から「誤りはない」といった趣旨のメールが届いた。その末尾は「以上、宜しくお願いします」と結ばれていた。Y氏はその回答に不満を感じたという。メールの文言だけ読めば、たしかに冷淡な反応のように感じる。これに納得がいかなかったY氏は、誤りだと考える根拠を詳しく書いたメールを送った。Y氏が最初にメールを送ったのは8月9日、それから10日ほど経過した21日に「ゼロ回答」が届き、これに対してさらに詳細なメールを送ったのが23日だという。
ところが、このメールに対してはまったく反応がなかった。このため、Y氏は9月になって文部科省にも連絡したようだ。 |
会社のルールを守るために皆で何でも話し合う 2018/04/23 Mon 5764 continued from 04/16
これは「倫理」そのものではなく、それを維持していくために求められる要件ということができます。私は、組織で起きる事故の原因は2つしかないと主張してきました。それは「言いたいことが言えなかった」か「言っても聴いてもらえなかった」かのいずれかです。
今ではほとんどの若者が「スペースシャトル・チャレンジャー号の事故」を知りません。それは1986年1月28日のことですから当然です。この日、チャレンジャーは発射から73秒後に空中分解し、7名の乗組員が亡くなりました。その原因は燃料補助ロケットを密閉するリングが破損したことによるとされています。素人ですから技術的な問題の詳細はわかりません。
ただ、このときチャレンジャーは極寒の続く厳しい気候条件を含めて様々な理由から打ち上げの延期が繰り返されていました。そして、いよいよ発射することになったのですが、その際に問題のリングを製造している会社の技術者が懸念を表明しました。それは打ち上げ日は異常低温になるという予報もあり、リングの密閉性に問題が生じるのではないかと心配したのです。しかし、その意見は会社から受け入れられず、NASAも打ち上げを強行したのです。
これは「言ったけれど聴いてもらえなかった」典型的な事例です。つまりは、事故を引き起こす人間的要因は洋の東西を問わないのです。 |
高さんからの手紙(58) 2018/04/22 Sun 5763 continued from 04/15
さて、集団力学研究所は1977年12月に九州最大の繁華街であり、福岡市の中心に位置する天神に移転することになった。それも新築された西日本新聞会館15階である。この年には「財団法人」としてスタートすることが決議され、翌年6月に福岡県から認可を受けることになる。「高さんの手紙」はそのころの様子を語る。それは移転にご尽力いただいた西日本新聞の井下謙二郎氏の話からはじまる。
井下氏は「15階は民間会社への貸しフロアーにする計画だ。ここに集団力学研究所のような権威ある(?)団体が入れば西日本新聞会館ビルの評価は一気にあがりビルの経営上そのメリットははかりしれない」等というかなり強引な論理で役員会を説得されたようです。現在でもそうですが福岡天神地区の主要ビルの入居条件は相当な信用がないと入れません。たとえば10年間は退去不能(退去すれば膨大な違約金)契約。敷金12ヶ月分の前納などです。当時の研究所にそのような資金など皆無でしたが井下氏が財団法人化のために集まるであろう基金を「みなし敷金とする等と新聞社側を説得されたようです。
この一事をもってしても、研究所に対する井下さんの貢献はとてつもなく大きい。もちろん、大学院生の私などそうした話は知りようもなかった。
※「権威ある(?)」の(?)は高さんが付けられたもの |
事前準備不足 2018/04/21 Sat 5762
昨日の朝7時前、TBS系の情報番組で「板門店」の話題が出た。朝鮮半島の北緯38度線を跨いだ中立地帯である。ここで南北のトップ会談が行われる。番組の話題は「その場所」に観光客も行くことができるということであった。観光客が見学できる部屋の様子撮った写真を見ながら話が進む。ただす、このツアーに参加する前に誓約書を書かないといけないという。そして、そのなかに「アメリ合衆国と韓国は生命の保証をはしない」といった趣旨の条項が含まれていることが紹介される。何分にも関係国は休戦中である。それは当然だろう。
そこで誰かが「それってどこが出したんですか」と問いかけた。これに対して、解説しているアナウンサーとおぼしき人物はそれが「ツアー業者」だと思わせる様なあいまいな答えしかしなかった。もちろん観光客に書類を提示し、サインを求めたのは業者に違いない。しかし、ここで知りたいのはそんなレベルのことではない。たとえばアメリカや韓国政府、あるいは国連のしかるべきところといったものである。
この応答は質問の聞き違いではなく、その点をちゃんと押さえていなかったことから発せられたのではないか。私にはそんな疑念がわいた。あらゆる情報を事前に確認しておくのは無理に決まっているが、ここは落とすとまずいでしょう。 |
嵌まるとき、嵌まらないとき 2018/04/20 Fri 5761
熊本県内のA町から講演依頼の電話があった。もう20年くらい前になるが、やはり講演でA町に出かけたことがある。さらに、私が60歳になったときだから10年ほど前になるが、A町の小学校から電話があった。校長先生から講演にきてもらえないかと言われた。その際は「60歳に達したので、遠方からのご依頼はお断りしている」と答えた。その時点では「そう決めていた」のである。
ところが、ありがたいことに心身ともに元気なものだから、いつの間にか前言を翻してそこそこ遠くにも出かけるようになった。そんなとき、A小学校の校長先生に申し訳なかったなあと後ろめたい気持ちになる。そこにA町からの依頼である。しかし日にちを聞くとそれほど先のことではない。私の頭のなかで「予定が入っているといいなあ」という声が聞こえた。
まずは、「ちょっとお持ちください、手帳を確認します」と答えた。そして手帳を開けて愕然とした。その週は「その日だけ」に予定が入っていないではないか。私は自分が君子の席から遠いところに座っていることは理解している。それでも、ここで「いやあ、せっかくお声をかけていただいたのですが、その日は予定が入っています」と嘘をつくほど君子さまから離れた座席でもない。
先日は希望の日が塞がっており、それでは別の会ではどうかと言われたのに、それもアウトだったところがある。そこで来年の6月ということになった。もちろん「そのときに元気であればの条件付き」である。
人生は、嵌まるときは嵌まり、嵌まらないとなると徹底して嵌まらないもののようだ。ともあれ来年の6月まではしっかりしておかないといけない。そう言えば10月にも約束があったことを思い出した…。 |
カーボン仕様の便箋 2018/04/19 Thu 5760
定年から4年が経過しても、まだ未整理のモノが出てくる。そのなかに赤色で「簡易書留」「親展」のスタンプが押された封筒が出てきた。消印の日付は昭和45年(1970年)6月8日である。封筒から差出人はすぐにわかった。そのなかには会社名の付いたカーボンコピーの便箋が入っていた。冒頭には「殿」の前に手書きで「吉田道雄」と書かれている。
ところで、当時の「カーボンコピー」がわかる人はいなくなりつつあるのではないか。今日でも「カーボンコピー」はメールの〝Cc〟つまりは〝Carbon copy〟として残っている。メールを送る際に、送信相手のほかに情報を共有する者のアドレスを〝Cc〟欄に入れる。これで関係者全員がメールの内容を知ることができる。ついでに〝Bcc〟というのもある。〝B〟はBlindの〝B〟である。この欄にアドレスを入れると、メールを受け取った側は自分以外にも同じものが送られていることがわからない。つまりは〝blind〟=「目隠し」されているのである。これは大昔の〝carbon copy〟の呼称が転用されているわけだ。
そもそもは主として「黒」や「青」、まれに「赤」色の薄い紙があり、これを挟んで上側の紙に強い筆圧で書けば、その文字がそのまま下面の紙に複写される。もともとは極薄の紙に炭素(カーボン)を塗っていたのだろう。現在でも領収書の裏がカーボン仕様になっていて、「コピーされた」ものに押印してもらうこともある。これならから、若い人でも体験済みかもしれない。 |
質問メール 2018/04/18 Wed 5759 continued from 04/12
講演などではしゃべりたい気持ちが旺盛で、主催者に質問時間をカットしてもらうことが多い。そのかわりに、「私のホームページに〈メールボタン〉を付けているので、そちらをご利用ください」と伝える。そこに質問等のメールが来れば、当然のことながら必ず返信する。
昨年のことだが、講演したその日のうちに、聴講された方からのメールが届いた。それは、宿泊したホテルでメールをチェックでした中にあった。発信が20時25分だから、自宅から出されたと思われる。その内容がなかなか興味深いものだった。
はじめまして □□□□に勤務しています□□□□といいます。本日は非常に楽しい講演ありがとうございました。「言葉の起源」「ホモサピエンス全史」「利己的な遺伝子」などの本が好きで影響を受けています。人はなぜ〇〇なのかを考えるのが好きです。
私は講演などで「グループ・ダイナミックス」を紹介するとき、「人間ウォッチング」の話をする。職場におけるリーダーシップや対人関係、さらにはコミュニケーションの問題を考える際には「小さなことにも注意を向けて、『どうしてそうなるのか』を明らかにするためにしっかりウォッチングしましょう」という流れである。とりわけ人とのやり取りでは、「あっ、そう」はそれでおしまいになるから禁句にしよう。その代わりに、「それで…」「どうして…」「それから…」などと問いかけ続ける。それこそが「人間ウォッチング」の基本だと言うわけだ。この方は、こうした話を聴かれてメールする気持ちになられたようだ。 |
「組織安全学」からの「邪推」 2018/04/17 Tue 5758 continued from 04/11
大阪大学で起きた入試ミスの分析はもう少し続く。大学に誤りを指摘するメールが届いた後に関係者の間で起き得る5つの可能性について4つ目まで検討した。再掲になるが、その5つとは、「①事務局に届いたメールを入試の関係者に伝えなかった。②入試の関係者に届けたが、受け取った側はメールを見ずに放置した。③関係者はメールを見たが、指摘されたことを確認せず何もしなかった。④指摘内容について検討したが『誤りがない』ことを確認した。⑤指摘が正しいことを認識したが、それを認める対応をとらなかった」である。
さて、最後の⑤の可能性については、「邪推」だと断りながらも、さすがに何とも言えない。それは「あってはならないこと」だからである。その点では「④
指摘内容について検討したが『誤りがない』ことを確認した」の方が受け入れやすい。しかしこの場合は、その道の専門家(たち)が誤りを指摘されてもそれを理解できなかったことになる。これもプロとしては厳しい立場に立たされる。
私は前世紀末から「組織安全学」の必要性を提唱してきた。そんなことで、得られた情報から可能な限りの分析をするとなれば、「あってはならないこと」にも「邪推」という条件付きながら触れざるを得なくなる。 |
朝出し夕刊(8:12am):人間であるために 2018/04/16(2) Mon 5757
To avoid criticism do nothing, say nothing,and be nothing.(Elbert Hubbard,
1856–1915 ) 「批判を避けたかったら、何もせず、何も言わず、何者にもなるな」。これは、アリストテレスの言だとの説もある。〝be nothing〟はかなり強い表現だから「そんなもの人間じゃない」とか「そんなら人間を止めなさい」とした方が良いかもしれない。「批判を避けるために、何もせず、何も言わない。そんなもの人間じゃない」ということだ。「敢えて批判されることをする」のはどうかと思う。しかし、状況に応じて「すべきことはする。言うべきことは言う」、さらに「すべきでないことはしない」という心構えはもっておきたい。それは世の中のリーダーに欠かせない要件でもある。 |
まずはトップから変わる 2018/04/16 Mon 5756 continued from 04/09
メンバーたちが「言いたいことが言えなかった」「言っても聴いてもらえなかった」ことから重大な事故が引き起こされるのです。この問題を解消するには組織全体で「言いたいことが言える」「言ったら聴いてもらえる」体制を創ることが求められます。その際に重要になるのは「組織は人間から構成されている」という事実です。組織の体制を変えるのが「人間」であることは言うまでもありません。
そして、まずは「トップ」が組織を変える決断をし、そのために行動することが必要です。つまりはトップが「リーダーシップ」を発揮するわけです。ここで「トップ」と言ってしまえば、文字通り組織全体の大改革をイメージします。しかし、「リーダーシップ」の方に重点を置けば、「個々の職場」にも「トップ」がいます。
それぞれのトップがメンバーたちの「言いたいことが言える」関係を創ること、またメンバーたちから「うちのトップは言ったらしっかり聴いてくれる、またそれに応えるよう努力してくれる」と認識される態度を示し実際に行動することが何より大事なのです。組織における変革は、まずは「トップあるいは上」が変わることからはじまるのです。部下たちに「変われ、変われ」と叫んでも説得力がありません。 |
昼出し夕刊(12:39pm):NORC 2018/04/15(2) Sun 5755
〝NORC〟という略語がある。〝Naturally Occurring Retirement Community〟の頭文字をとったものである。これを直訳すれば「自然に発生した退職者の共同体」となる。若い人たちが住む地域や町が時間の経過とともに全体として高齢化し、そのニーズに応えられなくなっている。アメリカではいまのところ60歳以上の住人とされているようだ。わが家が熊本に来たのは1979年だが、そのとき高層の住宅を含めたニュータウンが開発途上で、地域全体のエネルギーを感じた。あれから40年、そのあたりが
NORC化していることを実感する。コミュニティも人間と同じように「年をとればそうなる」と言って時間の経過に任せるだけでいいものなのか。 |
高さんからの手紙(57) 2018/04/15 Sun 5754 continued from 04/086
大丸の野瀬さんは、とくに私たち若者をサポートしてくださった。「これからあんたたちの時代やけん」。こうした趣旨の励ましを博多弁丸出しで繰り返していただいた。定例の「三木会」が8時過ぎに終わると、「吉田さん、あんたは香椎じゃろ、タクシーで送ってやるバイ」。こんな調子で自宅まで送っていただいたこともあった。
私は大学院時代に結婚したが、野瀬さんはその話をどこからかお聴きになったようだった。ある日、研究所に三隅先生がいらっしゃったときである。野瀬さんが「三隅先生、吉田さんが結婚するというじゃなかですか。そりゃあスーツくらいつくっちゃらないかんばい。いま、大丸でスーツのセールばしとるけん、一緒に行きますたい」。あれよあれよといううちに、そのまま研究所から歩いて大丸に行った。そして、野瀬さんの見立てで、三隅先生からスーツを買っていただいた。あのとき三隅先生はどんなお気持ちでいらっしゃっただろう。「野瀬さんにはかなわんなあ」。そんなところだったかもしれない。
野瀬さんは戦前生まれとしてはかなり大柄だった。しかし、その体格から想像できない、優しく人間味あふれる人生の大先輩であった。 |
Michio twitter(13) 5:53pm 2018/04/14(2) Sat 5753
財務省の事務次官が話題になっている。そもそも公務員のトップが、私的なつき合いや友人とならいざ知らず、女性記者と酒食を共にすること自身がすでに軽率である。それに加えて週刊誌ネタである。こうした人は自分の行為がもたらす結果を想像する力に欠けている。その貧弱さには人ごとながら悲しくなる。あるいはかろうじて想像することができたとすれば、それを抑制する能力に欠けている。真面目な公務員たちが泣いている。国民だって泣けてくる。 |
魔法の贈り物 2018/04/14 Sat 5752 continued from yesterday
昨日は、黒瀬昇次郞著「切腹」の引用から若いころの小説体験に移動した。そこで繰り返しになるが、もう一度引用する。「寺は四方を山で取リかこまれた小盆地の中心の小高い岡の上にあり、周囲はこんもりとした樹木にかこまれている。うしろは山で、右手の谷には巨岩の折り重なって出来た大きな暗い洞窟がある。重成は寺にのぼる坂道の下で立ちどまり、山上をあおいでから、ゆっくりと杉木立の坂道をのぼった。のぼりつめた頂に小さな池がある」。
私はこのとき北陸地方の「寺」をイメージした。そして「小高い岡」と「こんもりとした樹木にかこまれている」は、小学生のころに住んだ伊万里の山を思い出させた。また「巨岩と洞窟」は大分県の耶馬溪を、「杉木立」は日田の山中を、さらには、子どものころどこだったか忘れた水草と苔が浮かぶ池が現前に現れた。
私たちは人の書いた「文字の束」を自分の頭の中で再現しながら物語を紡いでいく。すべての読者がすべてちがった世界に入り込んでいく。これが映像になると世界は徹底的に限定される。現前にあるのは、「その岡」「その樹木」「その岩と洞窟」、「その杉木立」「その池」だけなのだ。文字はすべての人が自分の世界を創ることができる魔法の贈り物である。 |
早朝夕刊(7:59am):好感レポーター 2018/04/13(2) Fri 5751
熊本地震から2年、今朝のNHKニュースで熊本の記者のレポートがあった。そのとき、台に置いた原稿をときおり見ながら二人のアナウンサーとやり取りしていた。とても「自然」でいい感じだった。こうした状況で、「いかにも原稿を読んでいない」風を装いながら、目線は話している相手とは違った方向に「固定」して、「原稿を読んでいる」ことが「見え見え」のケースにあふれている。完璧に頭に入れるか、それがむずかしいのであれば原稿を見ながらでどうしていけないのか。「見ていない」ように見せながら、「じつは見ている」なんて、この上なく「不自然」かつで「真実」でない。その点、熊本の記者はとても良かった。 |
ある小説 2018/04/13 Fri 5750
寺は四方を山で取リかこまれた小盆地の中心の小高い岡の上にあり、周囲はこんもりとした樹木にかこまれている。うしろは山で、右手の谷には巨岩の折り重なって出来た大きな暗い洞窟がある。重成は寺にのぼる坂道の下で立ちどまり、山上をあおいでから、ゆっくりと杉木立の坂道をのぼった。のぼりつめた頂に小さな池がある。(黒瀬昇次郞「切腹」P63
致知出版社1996年)
私が現在トイレで愛読している5冊中の1冊に書かれている一節である。青春時代は小説をけっこう読んだ。どちらかと言えば日本人のもので、海外にはあまり関心がなかった。スタンダールの「赤と黒」は途中で止めた。ヘルマンヘッセの「車輪の下」は読んだが内容は記憶していない。大学に入って第二外国語としてフランス語を選択した。そこでアルベール・カミュの「異邦人(L'Étranger)」を読んだ。図書館に原書があって、ほんの少しだけフランス語にもチャレンジした。冒頭の「今日、ママが死んだ(Aujourd'hui, maman est morte)」 だけはいまでも頭に残っている。
その後は松本清張に凝って文藝春秋の全集はほとんど読んだ。私の母は1973年8月7日の手術ミスによって47年の命を奪われるが、その手術が行われた13時30分から15時30分の間に清張の「黄色い風土」を読んでいた。 |
| ホームページビルダーの「フリーズしまくり現象」が「解消」した「よう」に見えます。その理由は不明のままです。 |
司会者の約束違反 2018/04/12 Thu 5749
講演をした際に質問の時間がとられることがある。私は〝Homo volo dicere〟つまりは「ヒト属しゃべりたい種」に属している。とくに講演時間が90分で「質問時間」をとれば「しゃべりたりない」ことは見えている。それに、「質問」というよりも「自説の展開」になる方もいらっしゃる。さらに悪いことには、私の方が「回答」と言うよりも「講演の続き」になったりもする。一言聞かれると十言になるといった具合だ。
そんなわけで、私としては「質問時間」は避けた方が精神衛生上は望ましい。あるとき、事前に「質問なし」のお約束をして時間いっぱいまで話したところ、司会の方が約束を違えた。「せっかくに機会ですから何かご質問はありませんか」。そりゃあいけません、質問なしでいこうと決めていたじゃあありませんか。
そのときは、幸い(?)、手を上げる方はいらっしゃらなかった。そんな状況なのに、「それでは司会者が質問するのも何ですが」ときたのには驚愕した。それだけでも驚きだったのに、その内容は驚愕の二乗だった。「先生、首相になった鳩山さんのリーダーシップについてどう思われますか」。その日は「リーダーシップ」の話をしたことは間違いない。それにしても、「鳩山氏」とは信じがたいほど唐突かつ場違いだった。 |
価値(value)と事実(fact) 2018/04/11 Wed 5748 continued from yesterday
昨日挙げた10日間に起きた可能性のある5件のうちの「③関係者はメールを見たが、それを確認せず何もしなかった」も生起可能性は相当に低いと「邪推」する。ただし、②の「メールを見ずに放置した」よりは「自分が正しい」という「思い込み」が効いて「メールを読んだだけで」、それ以上は確認しなかった可能性は少しばかり高まる。そして、「④指摘された内容について検討したが『誤りがない』ことを確認した」だが、この可能性は一気に高まると「邪推」する。ただ、結果的には誤りがあったようだから、それを専門にして試験問題つくった立場としては分が悪くなる。それはそうだが、この場合は10日後に「誤りはなかった」と返信したのは当然の帰結ではある。
ただし、ここで誰が「確認」を試みたかが重要である。報道によれば直接の出題者は二人のようだが、ほかの専門家も確認に加わったのだろうか。社会・人文科学のように対象が「価値」を含む領域では、研究者によって「価値」そのものの「価値」が異なる。こうした「特性」を「根拠」にして、何を言われても「譲らない」「認めない」論争が繰り返される。しかし、今回は「物理」の問題である。「価値(value)」ではなく「事実(fact)」が正誤を判定する領域であり、「人によって異なる」結果はないのが基本だろう。それでも「思い込み」が影響したというのだから、ここで「人を変える」、つまりは「第三者」が確認することが必要だった。 |
10日間の「可能性」 2018/04/10 Tue 5747 continued from 04/06
昨年の8月9日に、大阪大学の入試に誤りがあるとするメールを予備校講師Y氏が送ってから10日ほどして「誤りはない」との回答が届いた。この間にどんなことが起きたのか「邪推」する。
まずは、現実性は別にして「とにかく生起する可能性のあること」を挙げるとどうなるか。①事務局に届いたメールを入試の関係者に伝えなかった。②入試の関係者に届けたが、受け取った側はメールを見ずに放置した。③関係者はメールを見たが、指摘されたことを確認せず何もしなかった。④指摘内容について検討したが「誤りがない」ことを確認した。⑤指摘が正しいことを認識したが、それを認める対応をとらなかった。現時点でこのほかの「可能性」を思いつくことができない。
まず①であるが、これは「可能性」として挙げたと言っても、あり得ないと断定していいだろう。②は「自分が正しい」という「思い込み」があれば、「単なる難癖」と無視する可能性が「ゼロ」とは言えない。しかし、これもあり得ないだろう。自分がしたことに誤りを指摘されれば、その内容を見もしないなどとは考えられない。それに、メールが原文のまま転送された可能性が高いから、そもそも「メールを見ずに」という条件を想定することがむずかしい。 |
Michio twitter(12) 6:32am 2018/04/09(2) Mon 5746
レスリングのパワハラ問題ついての報告書が出た。報道によれば、強化本部長が選手に「よく俺の前でレスリングができるな」と発言したという。これを「弟子が離れていったことに対する逆恨みにも似た狭量な心情の発露」としてパワハラの一つに認定した(4月7日熊日夕刊)。本部長は「そんなつもりはなかった」といった意味合いの説明をしているようだ。パワーを持っている側は「自分のことばや行動」が相手に与える影響についての感受性を磨き続けていかなければならない。 |
みんなで何でも話し合う 2018/04/09 Mon 5745 continued from 04/02
倫理的行動として「会社のルールを守るためには皆で何でも話し合うこと」を挙げた人がいました。これは「倫理」そのものではなく、それを維持していくために求められる要件ということができます。
私は、組織で起きる事故の原因は2つしかないと主張してきました。それは「言いたいことが言えなかった」か「言っても聴いてもらえなかった」かのいずれかです。
若者では知らない人が多いのですが、1986年1月28日に打ち上げられたアメリカのスペースシャトル・チャレンジャー号は発射から73秒後に空中分解し、7名の乗組員が亡くなりました。その原因は燃料補助ロケットを密閉するリングが破損したことによるとされています。私は素人ですから技術的な問題の詳細はわかりません。ただ、チャレンジャーは気候条件を含めて様々な理由から打ち上げの延期が繰り返されていました。そして、いよいよ発射することになったのですが、その際に問題のリングを製造している会社の技術者が懸念を表明しました。それは打ち上げ日は異常低温になるという予報もあり、リングの密閉性に問題が生じるのではないかと心配したのです。しかし、その意見は会社から受け入れられず、NASAも打ち上げを強行したのです。
これは「言ったけれど聴いてもらえなかった」典型的な事例です。つまりは、事故を引き起こす人間的要因は洋の東西を問わないのです。 |
早朝夕刊(7:02am):〝It's gonna happen!〟 2018/04/08(2) Sun 5744
MLBでは大谷選手が衝撃のデビューを果たした。いまから10年前の2008年には現阪神の福留孝介選手が初打席で二塁打、9回には同点3ランホームランを打った。このとき、ファンが〝It's
gonna happen!〟のボードが掲げたが、これにあわせて「偶然だぞ」の「翻訳ボード」が登場して話題になった。当時の「Google翻訳」でそうなっていたという。「さあ、いくぞーっ」「それいけ、やれいけ」くらいの意味だろう。あるいは打者だから「かっ飛ばせーっ
FUKUDOME」になるかも。ともあれ、この程度の翻訳力だったのだ。 |
高さんからの手紙(56) 2018/04/08 Sun 5743 continued from 04/01
「高さんの手紙」から、研究所が川端から天神の西日本新聞会館に引っ越すに当たって、西日本新聞社の井下謙二郎氏と博多大丸の野瀬信一氏から強力なバックアップを受けたことがわかる。井下さんについては数回にわたって触れた。
野瀬さんは博多大丸の常務でいらっしゃった。研究所では、毎月第三木曜日に「三木会」と呼ぶ研究会が開催されていた。グループ・ダイナミックスに関連した文献研究が中心で、三隅先生監訳の「グループ・ダイナミックス」もここで読んだ。この「三木会」に野瀬さんが参加されていたのである。そのころ、博多大丸は研究所がある川端から徒歩10分もかからない呉服町にあった。会のスタートは6時だったと思うが、野瀬さんはほとんど毎回のように出席されていた。
当時のお立場は憶えていないが、おそらく40代でいらっしゃっただろう。ビジネス界の第一線で仕事をされている方から得られる情報は刺激的だった。それだけではない。野瀬さんは私たち若者を大事にしてくださった。「これからは、あんたたちのような研究者の時代やけ、大いに期待しとるばい…」。こんな博多弁で、世間知らずの駆け出しが発する意見などを尊重していただいたことがいまも目に浮かぶ。 |
| ホームページビルダーの「フリーズしまくり現象」が「減少」しました。Windows10の更新などと関係があるのでしょうか…。 |
早出し夕刊(9:37am):どうしたらいいのかなあ… 2018/04/07(2) Sat 5742
その昔、「政治主導」という用語がマスコミでにぎわいました。コロコロ変わる大臣はお飾りにすぎず、国の政策は「官僚たちに牛耳られている」悪弊を打破しようという流れです。それはフィーバーと言えるほどでした。ところが今や「政権に忖度する官僚」が大問題になっています。公文書の書き換えや「なかった」文書の発見など、列島劣化の流れが止まりません。今度は、その原因が「政治主導」にあったと批判されています。識者も「政治と官僚のバランス」を指摘しますが、具体的な解決策は提示できないようですね(3月25日熊日論壇)。うーん、どうしたらいいのかなあ…。 |
〝Feel-unsafe〟再考 2018/04/07 Sat 5741
私が「組織安全学」なるものの必要性を提案したのは2000年のことである(組織と人間の安全 -「組織安全学」を求めて- 電気評論、85巻8号)。それから20年近くが過ぎようとしているが、昨今の官民の状況を見ていると、その必要性はますます高まっている。
社会全体の〝Fail-safe system〟が機能していない。つまりはわが国の組織全体が「安全装置」なし飛んでいるようなものである。そもそも「安全装置」とはなにかとの議論も必要だが、とにかく危うい状況にどうしたものかと気が重くなる。
ところで、私は〝 Fail-safe & Feel-unsafe〟というフレーズの使用を提唱してきた。ハード面で「フェイル・セーフ」が確立されていても、人間側に「フィール・アンセーフ」、つまり、「これって危ないんじゃないかと気づく感受性」が欠けていると安全の確保はできないということである。それを本コラムに書いたのは2004年1月6日だから、もう大昔のことになる。まだ通番で263の三桁である。その後も、安全に関わる問題を起こした方々と話をしているうちに、「フィール・アンセーフ」に欠くことのできない重要な「ことば」があることがわかった。 |
| ホームページビルダーがフリーズしまくる状況は改善されていません。ともあれこのまま「書き続け」ます。 |
今月の表紙(2) 2018/04/06(2) Fri 5740
写真の二枚目は「北陸の桜」である。今年は桜の満開が駆け足状態のようだ。先日、北陸へ出かけたが、ここでもほぼ満開だった。もっと近づいてクローズアップすればその美しさが映えることは疑いない。ただ、それだと熊本の桜との違いがわからない。この写真の売りは、遠方に写った山の雪にある。山にはまだ雪の名残があり、冬から春への移り変わりがこの1枚で味わうことができる。桜のそばには、これまた真っ赤な椿が咲いていた。熊本には「肥後椿」なるものがあるが、北陸の椿もまばゆいばかりで、春爛漫の世界を満喫した。 |
ミスの指摘と回答 2018/04/06 Fri 5739 continued from yesterday
大阪大学の入試ミスに関する「分析あるいは『邪推』」を続ける。このケースは「組織安全」を研究テーマにしている私にとって数回ではまとめきれないほど重い。もちろん、取得した情報はマスコミからのものに限定されている。そうかと言って関係者から聴き取りをすることなど不可能だから、やはり「邪推」との断りを入れておくほかはない。
大学はミスの原因を「自分たちが唯一正しいとの思い込み」に帰して説明した。この点について私は「うーん」と唸ってしまう。報道された事実としてはっきりしていることの一つは、予備校講師Y氏が昨年8月9日に夏期講習の準備中にミスがあることに気づいて、それを指摘するメールを大学側に送ったことである。これに対して21日に「誤りはない」とする返信があった。フジテレビ系のニュースでは担当課からのメールが瞬間的に提示された。それは、回答が遅くなったことに対するお詫びに続いて「1つの解答」が記され、「以上、宜しくお願いします」で結ばれている。ミスがあったことがわかった後で読めば、まことに冷淡な反応のようだが、担当課の公的な事務文書としては、こうした表現になるのだろうか。
その上で、返信までの10日ほどの間にどんなことが起きたのかに関心が向く。 |
今月の表紙(1) 2018/04/05(2) Thu 5738
先月17日に熊本駅周辺が高架化された。これに伴って現在の熊本駅舎は解体される。ちょっと見た目には4階建てだが、最上階(?)は張りぼて。九州で第3位の政令指定都市の玄関駅としてはとにかくわびしい。それはともあれ、この姿とはお別れである。来年2019年には駅前広場の整備、2012年春に12階建ての新駅ビルが完成する。これでようやく「普通の都市並み」になると思われる。それにしても2011年の新幹線開業から10年以上経過して「完成」である。金沢駅の変遷を知っている九州人としては言葉がない…。 |
辞令交付式 2018/04/05 Thu 5737
熊本県の教育委員として、新たに採用された職員の「辞令交付式」に出席した。教育委員会は行政から独立していることから、教育関係の職員は県庁職員とは別に交付式がある。今年度は356名だった。学校種等に分かれて全員の名前が呼ばれ、これに「はい」と答えて起立する。教育長による代表者への辞令交付と徽章貸与が行われる。その後、教育長式辞、代表者による「誓いの言葉」へと続く。
今回で2回目だが、自分が若かったころを思い出す。大学の助手になったときにも辞令は交付されたが、庶務係で個人的ともいえる状況で受け取った。それに年齢もすでに27歳だったから、それほど新鮮味は感じなかった。それよりも大学の入学式の方が記憶に残っている。当時の九州大学には式が挙行できる規模の施設がなく、入学式は九電体育館だった。とにもかくにも、「これから社会に羽ばたく新人」を見るのは、それだけでこちらも新しい気持ちになる。
さらに午後からは、私自身が「シニア教授」の辞令をいただいた。「シニア職」は1年毎の契約更改なのである。その採用上限は満70歳ということになっているから、私にとって熊本大学「最後の辞令交付」であった。 |
授業評価 2018/04/04 Wed 5736
評価の時代である。大学でも授業が評価の対象になって久しい。先日は非常勤をしている私立大学から「学生による授業評価アンケート集計結果」が送られてきた。
はじめに、学生の所属学部と「この科目を受講した理由」の集計が印字されている。「授業内容に興味があったから」が最も多く、ほぼ75%だった。これにはホットする。また、「時間があいていたから」が15%ほどあり苦笑いした。
さて、いよいよ「授業評価」である。設問が8つあり、それぞれについて、「標準偏差」「当科目平均」、そして「非常勤平均」「全体平均」が横並びに表示されている。さらに5段階評価「1~5」の回答者数がつづいている。自分の結果が、非常勤だけでなく当該大学全体の平均値と一目で比較できる。
設問は「教員の話は聞き康やすく、教え方はわかりやすかったですか」「教員の授業への取り組みには熱意が感じられましたか」「板書、補助教材(ブリン卜、スライド等)などは学習の役に立ちましたか」「この授業は、教員が私語などをさせず、きちんと教室をコン卜ロールして、授業を受けやすい環境を作っていましたか」「この授業は、学生の理解度や習熟度を確認しながら行われていましたか(質疑応答、コメントシ一卜の使用、小テス卜等)」「授業はシラバスに沿って行われましたか」「授業の開始時刻・終了時刻は守られていましたか」「この授業を総合的に評価すると、右記のどれに該当しますか(選択肢:非常に良い
良い 普通 あまり良くない 良くない)」。
私の結果は「高度の個人情報」であるから、もちろんここには記さない。 |
歴史家への期待 2018/04/03 Tue 5735
塩野七生著「ローマ人の物語」を読んでいる。文庫版にして全43冊に「スペシャル・ガイドブック」がもう1冊加わる。私は現在19冊目「悪名高き皇帝たち(三)」を進行中だ。主役は第4代皇帝クラウディウスだが、そのなかに興味深い記述がある(P83)。
ドイツの大歴史家モムゼンによって本格的にはじまった、帝国全域にわたっての碑文の集録とその刊行によって、われわれ後世の人間でも、ローマ皇帝たちが遺した非著名な史実、つまり通常の行政の成果までを知ることができる。この種の研究の発展が、著名な史実にばかり眼が行く傾向の強い古代の歴史家によって断罪される一方であった、テイべリウスやクラウデイウスの復権にもつながっていくのである。
ここでポイントは「著名な史実にばかり眼が行く傾向の強い古代の歴史家」の部分である。文中の「古代」を除けば、すべての「歴史家」に対する批判的評価、あるいは期待だと受け止められる。これに加えて、自分に都合のいい「資料や史実(?)」だけを取り上げて議論することは科学者としての能力を疑われる。私は、過去にそうした人がいたのか、また現時点でいるのかを知らないけれど…。 |
常識の内面化 2018/04/02 Mon 5734 continued from 03/26
倫理的行動には「自分に正直であること」が大事だという話をしました(3月5日)。その際に「集団の常識=規範」について考えたのですが、それをもう少し分析してみようと思います。
私たちは集団の中で仕事をしているうちに、上役や先輩のリーダーシップに惹かれることがあるでしょう。そして、それが理由になって集団の目的も魅力的なものとして受け入れることがあってもおかしくありません。さらに、原因であるよりも結果の方が多いと思いますが、「仕事仲間」の力も大きいでしょう。集団の目的などはあまり興味がないが、「仲間たち」と一緒にいることが楽しい。そうした力が働く可能性もあります。ともあれ、様々な原因が独立にあるいは複合的に働いて、「集団の常識」に則った行動をすることになるのです。
さらに個々人の行動は「規範の内面化」によることが期待されます。それは「周りに人がいるから『常識』にしたがう」のではなく「人がいなくても『常識』に沿って行動をする」という状況です。つまりは「集団の常識=規範」がそれぞれの心に「内面化」されているのです。こう考えると、それはあの「超自我」と同じものだということができるでしょう。いずれにしても、「自分に正直に行動する」こと自身が「個々人」ではなく「集団」の「常識=規範」から独立したものではないのです。ここにも「個人」そのものが「社会」的な存在であるという、きわめて常識的な事実が明らかになるのです。
|
高さんからの手紙(55) 2018/04/01 Sun 5733 continued from 03/25
さてさて私の「職場調査デビュー物語」ですが、ここでとりあえず一区切りを付けます。とにもかくにも私はこのころから「集団力学研究所」に入り浸り状態になっていくのです。ついでながら、ホームページのメニューの10段目に「集団力学研究所」があります。そこに入っていただくと、「○○歳の研究所」と題したシリーズ物語が見つかります。スタートは「25歳」で、ラストは「35歳」まで、私なりの思い出話を書いています。トータルで15回です。「ご用とお急ぎでない方」はちょっと覗いていただければと思います。いまや「蟇の油売り」など絶滅してしまった現実ですから、「ご用とお急ぎでない」なんて方はいらっしゃいませんよね。さて、「高さんの手紙」では、川端時代の記述はさらりと終えて、次のステージへと移っていきます。
昭和52年(1977年)は研究所創立10周年を迎え画期的な年となりました。まず西銀博多ビルから新設の西日本新聞会館ビル15階に移動しました。我々には夢のような話だったのですが、当時西日本新聞会館ビルの建設本部長だったのが井下さんで博多大丸側の責任者が野瀬さんだったわけです。
西日本新聞の新築に当たって、デパートの大丸が最大のテナントとして入ったのでした。現在も大丸はそのまま営業を続けています。 |
|
|