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味な話の素No.178 2018年02月号(5664-5694)  Since 2003/04/29
「名無しの猿人」著? 2018/02/28 Wed 5694 continued from yesterday
 論文や著書などの名前の順は「貢献度」にしたがうべきだと言っても、これがけっこう曖昧ではある。そもそも師弟(妹)関係にあれば、「師」があってこその「弟(妹)子」である。つまりは「師」がいなければ「弟(妹)」は存在しないわけだ。そうなると、「師」があの世に逝った後でも「筆頭者」の権利を維持するという解釈もあり得る。
 しかし、ちょっと待てよ。そもそも研究を含めて人間の生活すべてが、過去の積み重ねによっているのである。「師」の「師」を追い求めていけばどこまでも遡ることになる。教科書的に言えば、最初の道具をつくったのは猿人で、彼等は打製石器を発明したのである。さらに進んだ「ことば」の起源についてはよくわからないようだが、ともあれ論文の「筆頭者」が「名無しの猿人」なんてことにはなり得ない。
 さてさて、いつものように大脱線してしまった。とにもかくにも「明解国語辞典」の情報には驚いた。そこでWikipediaを見たところ、以下のように明確に記述されていた。

 表紙に「文学博士 金田一京助編」(初版)とあるが、実質的には、金田一の東京大学での教え子である見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)がほぼ独力で編纂し、山田忠雄が補助、またアクセントに関しては金田一春彦が協力した。こうした経緯から、『明解国語辞典』は見坊の業績として扱われる。

 つまり、それは「常識」に近いものだったのである。しかし中学生の私にとっては「金田一京助」の名前だけがしっかり頭に残っていただけに、「おやおや」という気持ちを抑えることができなかった。
 
国語辞典の執筆者 2018/02/27 Tue 5693
 NHK第二放送「カルチャーラジオ」で「国語辞典のゆくえ」という13回シリーズを聴いた。講師は「三省堂国語辞典」編集委員の飯間浩明氏だったが、とても興味深い内容だった。
 その中でも一番驚いたのは「明解国語辞典」にまつわる話題である。この辞典は三省堂から1943年に発刊されたが、日本で最初の現代語中心の小型国語辞典とされている。いわば「名誉ある第1号」なのである。私も中学生のころに両親から買ってもらったことを「明解」に記憶している。さらにそこに刻まれていた「金田一京助」の文字もまだ目に浮かぶ。
 ところが、この辞書を書いたのは金田一氏ではなく、当時大学院生だった28歳の見坊豪紀だというのである。この事実をご存じの方は「いまごろ知ったの」と笑われるだろう。しかし、とにかく「いまごろ知って、大いに驚いた」のである。
 かつては、私たち研究の分野でも「何もしていない」のに「名前」だけ載せるという傾向が強かった。しかし、世間を大騒がせしたあの「STAP細胞事件」でも、O氏を筆頭に何人もの研究者名が並んでいた。自然科学系の場合は「単独」での研究は不可能だろうから、その「貢献度」に応じて順番が決まることが多いのだと思う。それならまだしも、「貢献度」が低いにもかかわらず「筆頭」というのはいかがなものか。
 
自分に正直に行動すること 2018/02/26 Mon 5692 continued from 2/19
 「倫理的行動」としてきわめてストレートな表現ですが、「自分が『正しい』と信じることをする」「自分が『いけない』と思うことはしない」ということです。フロイト風に言えば「超自我」の声にしたがうのですね。「超自我」は言わば「天の声」です。それは、「自己防衛的行動」を執ろうとする「自我」に対して「それではいけない」と働きかけてくるわけです。もちろん「自己防衛」そのものは、人間が健全に生きていくために必要な働きです。他者からの侵害には「正当防衛」が認められています。ただし、いつものことながら、それも「適切な範囲内で」ということになります。
 この「自我」と「超自我」が調和していれば問題ありません。しかし、生きている限り両者には食い違いが出てくるものです。その結果として当人には「こころの葛藤」が生じるわけです。「超自我」を「天の声」と考えるなら、これが優位に立って「なすべき行為」が実現すれば、「倫理」が全うされることになります。
 「超自我」は親をはじめとした社会全体の規範によって形成されると言われます。そうした「規範」の「内面化」が成立しているときに、「超自我」の力が現実の行動に影響を及ぼすことになります。
 
高さんからの手紙(49) 2018/02/25 Sun 5691 continued from 2/18
 
さて、「高さんからの『手紙』」のタイトルにも拘わらず、「手紙」の引用から逸脱して諸先輩たちの思い出話を続けることになった。こうした事態はこれからも頻繁に発生すると思われる。それは、「手紙」の内容が私が研究所に「出入り」しはじめるころに近づいてきたからである。こうした「タイトルとのズレ」は今後もご容赦いただきたい。そんな「前お詫び」をしておいて、本来の「手紙」に復帰しよう。「手紙」では九州生産性本部内に集団力学研究所が誕生したところまでいっていた。

 その後長期信用銀行ビルに生産性本部が新しいセミナー室を設置した時に、もう少し広い部屋をというわけで研究所は同ビルに移り、関さんたちが新しい研究所員として来られたのです。関さんが研究所の正式スタッフになられたのもこの頃です。(但し有給であったかどうかは不明)吉田さんもこの頃から研究所に現れたと思います。

 ここで「高さんからの『手紙』」に私が登場した。私とって初めての集団力学研究所は「長期信用銀行ビル」の中にあった。私をここに呼んでくださったのが大先輩で1月に亡くなられた関文恭さんだった。
 
「えん」づくし 2018/02/24 Sat 5690
 私はかつて社会における人と人との関係が、時代とともに「血縁」から「地縁」へ、そして「組織縁」へと変化してきたと書いたことがあります(電気評論 組織と人間の安全 : 「組織安全学」を求めて 2000-8-10)。それがついには「無縁」の社会へと変貌している。そんな話を講義でしていたのですが、公的なものには「書き留めて」いませんでした。そんな中で、NHKが「無縁社会」と題した番組を放映したのです。いやあ「はやく書いておけばよかったあ」と嘆いてもときすでに遅し、「先に言った方」が勝ちなんですね。
 それはそうとして、この「無縁時代」を受け止めたうえで、あえで「復縁」を探ることが求められていると思います。これから先、AIを活用して、「人口減少社会」でも生きていける世界を創ればいいではないですか。つまりは、衣食住に最低必要なものをAIと機器に任せるわけです。
 そうした試みがうまくいけば、私たちは真の人間らしい関わりを創っていくことに注力できます。それは人々が「まあるい円(えん)」で繋がるものにしたいですね。そして、そうしたすばらしい状況を「永遠(えん)」に求め、それを維持向上させていくのです。それはお互いが支え合う、つまりは「支援(えん)」に満ちあふれた社会です。そんな社会では、みんなが集まって幸せに生きる場所が「公園(えん)」になるのです。
 今日は「えんづくし」でおしまいです。
 
ホテルの味噌汁 2018/02/23 Fri 5689
 先日、東京のホテルで朝食を摂っているとき、味噌汁をこぼしてお汁がズボンにもかかってしまった。お椀にコーヒーカップのように取っ手がついていて、それが引っかかって手を滑らせたのである。
 そもそもコーヒーやスープのカップを使うときは取っ手を握る。これに対して、味噌汁は右手に箸を持ち、左手をお椀に向ける。それは自動的と言えるほど自然だから、そこに「取っ手」があるなど予想もしない。まさに習慣的自動運動がこのエラーを発生させたのである。
 このホテル、大勢の外国人が泊まるようで、朝食時は日本人の方が少なかった。そんなことで、味噌汁のお椀に取っ手をつけたのもそれなりのサービスなのだろう。それはいいのだが、お椀の外見は私たちがよく見る朱塗りの「味噌汁お椀」仕様だから、ついつい「取っ手」が頭から飛んでしまったのだった。
 予期せぬ災難に遭遇してズボンはナプキンで拭いたが、味噌汁のかぐやかな香りは取り去ることができなかった。その日の研修で気づいた方がいらっしゃったかもしれない。私は動き回る質だから、味噌の香りを隠すよりも、動きたい衝動を抑えることができなかったのである。それにしても味噌汁が「ムチャ熱」でなかったことは幸いであった。
 
味噌まんじゅう 2018/02/22 Thu 5688
 自宅から歩いて10分少しのところに本村神社がある。その目の前が市電の「味噌天神前」である。じつは、本村神社は「味噌天神」という俗称の方が知られている。熊本市観光ガイド「こころに来るね、くまもと」には、次のような解説がある。
 「日本で唯一味噌にご利益がある」といわれる神様をまつった神社で、約1300年前に建立されたものです。和銅6年(713年)に悪疫が流行した際、平癒を祈願して「御祖天神」を御祭神としてまつったのがはじまりとされています。その後、国分寺で大量に腐ってしまった味噌を美味しい味に変えたという言い伝えから「味噌天神」と呼ばれるようになりました。毎年10月25日には例大祭が開催され、味噌のプレゼントやみそ汁の試食などが行われます。
 何と言っても「日本でただ一つ」だからすごいのだ。これに因んで「みそ天神万十」なるものもある。私は饅頭好きだが、味噌そのものの色を見ると手を出す気にならず、40年近くの歳月が流れた。そんなとき、ある方から「名古屋八丁みそまん」をいただいて、「みそまん」なるものをはじめて食した。これが想像していた強い味噌味はなく、じつにおいしかった。
 そんな実体験をしたからには「みそ天神万十」も試してみなければならぬ。そこでさっそく「一個売り」を購入して初体験をした。やはり「味噌味」はなくほどよい甘さの饅頭だった。
 わが家から15分足らずの神社にまつわる饅頭に至るまで40年かかったのだから感慨深い。
問題の箇所 2018/02/21 Wed 5687 Continued from 2/17
 さて、先週連載した「白樫先生からのメール」で末永俊郎訳「社会的葛藤の解決」(東京創元新社)が話題になった。私はそれを「70.1.29 L-Cooopの文系生協」で購入し、いまでも手元にもっていると書いた。そこで、「アクション・リサーチ」に関わる第13章「アクション・リサーチと少数者の諸問題(“Action Research and Minority Problems” )」を開けて見た。
 「アクション」「リサーチ」「トレーニング」の3点セットに触れている部分は翻訳書で283ページにあった。レビンがそれまで実践してきた「少数者に対するトレーニング」を振り返った後で次のような一文が続く。

 これと同様な経験を重ねた結果、行動(action)、研究(research)、および訓練(training)は一つの三角形のようなもので、どの一つも他の二つをぬきにしては考えられないものだということを私は確信するようになった。行動のパターンは訓練者をぬきにしてはほとんど改善することができない。

 私はこの本の全体で10箇所ほどしか赤鉛筆で「下線」を引いていないが、この部分はその一つであった。ここは、学部学生の私にも「それなりの評価眼があった」という「自慢話」である。
 
連勝の確率 2018/02/20 Tue 5686
 政界は「一寸先は闇」らしいが、それはすべての人間にとっても当てはまる。あらゆる事故の当事者は、その瞬間までは自分がそんなことになるとは思ってもいなかったはずだ。その意味で、「宇宙で起きる出来事」の「すべて」が「確率」でしか考えられないのである。それを前提にして「超瞬間的な『確実』」を大事にして仕事をし、生きていきたい。
 これまでの人生で「確定した」 部分を微分していけば、そこにあるのがは「確実」だろう。その逆に「超瞬間確実」を積み重ねて、つまりは積分していけば、それなりに「確実な人生」に繋がるのではないか。
 そんな世の中で「確率」をもとに勝負する人も少なくない。そしてそのチャレンジが「ちょっとうまくいく」と止まらなくなるのは、人間の性というものだろう。たとえば確率50%のかけをして3連勝以上する確率はどのくらいあるか。これを5回続けた場合はなんと50%の出現率になる。それは10回で82.6%、15回で94.0%、20回だと98.7%となるのだ(鈴木 1985「統計学で楽しむ」講談社)。ともあれ、「もともとの発生確率」を無視して、「連勝=実力」とはしゃぐのは危ないようです。
 
業務上の秘密保持 2018/02/19 Mon 5685 continued from 2/12
 「秘密保持」については、医師や看護師、さらにはコメディカルと呼ばれる人たちが患者に関する情報を共有化することが求められます。それが患者のスムーズな治療に必要だからです。このような複数の領域で仕事をしている専門家や組織のメンバーたちが共有している情報も徹底して守られる必要があります。そして、それは「集団守秘義務」として、すべての関係者が背負うことになります。
 「集団守秘義務」の遵守は当然ですが、複数の人間が関わっているだけに全員が緊張感を維持し続けることが求められます。特定の人間しか知らないことが漏れた場合は、「個人」の責任が追及されます。しかし、情報が「集団」で保持されているときは、それを漏らした「個人」を特定しにくくなります。こうした問題の発生を防ぐには、一人ひとりの自覚が求められます。さらに、その集団の責任者がリーダーシップを発揮して、逸脱した行動を執らない規範を創りあげることが重要になります。それが「メンバーの常識」になれば、「みんなが見ている」ときだけでなく、「誰もいないときや場所」でも、個々人の行動に影響を及ぼします。このとき「規範」は構成員の心に「内面化」しているわけで、これこそは倫理的な行動の維持に欠かせません。
 
高さんからの手紙(48) 2018/02/18 Sun 5684 continued from 2/11
 
「1997年3月28日 18:00井下会 五右衛門」の写真の中央に井下さんが座り、その周りに野瀬さん、高さん、関さん、橋口さん、三角さん、杉万さん、そして私がいる。野瀬信一さんは博多大丸の常務で集団力学研究所の評議員として、その活動を強力にサポートしてくださった。三角恵美子さんは研究所の事務・会計全般を担当するとともに、とくに看護系を中心に講演や研修に奔走された。
 井下さんの「古稀祝」が1993年12月だったから、それから3年と少し経過している。あのとき「六人会」結成の話が出ていたのだが、それが「井下会」となったのだろうか。私もこのときの雰囲気をしっかり憶えている。
 ところで会場になった「五右衛門」も懐かしい。正式には「松竹五右衛門」といって、集団力学研究所最寄りの川端電停から歩いて数分のところにあった。豆腐専門店で九州大学に集中講義で来られた吉田正昭先生や外国からの研究者をお連れしたことが思い出される。いまネットで確認すると「手作り豆腐懐石料理 松竹五右衛門」は存続していたが、場所は高宮に移転していた。「五右衛門」は下町の川端に似つかわしい気がするのだが、あれからもう20年が経過しているのである。
 さてさて、こんな感じで、井下さんは天神の西日本新聞会館にあった集団力学研究所にふらりと来られてお話をしたり、食事会の機会をつくったりしてくださった。その識見はじつに豊かで何よりも優しい方だった。その後、私もお世話になった鹿児島女子短期大学で教鞭を執られた。熊大赴任後、別件で鹿児島に行った際に、電停の騎射場近くで偶然にお会いして、夕食をごちそうになったこともある。井下さんも忘れられない大先輩である。
 
白樫先生からのメール(5) 2018/02/17 Sat 5683 Continued from yesterday
 今回、ご紹介した白樫先生からのメールは次の文章で終わる。

 末永先生が九大教育学部に集中講義に来られたときのことをよく覚えています。このときわたくしは末永先生が古いものから新しいものまで、実に多くの文献を読まれていることに本当に驚嘆しました。

 ここで引用されている末永俊郎先生がレビンの〝Resolving social conflicts.〟を「社会的葛藤の解決」として翻訳された。私は70年代になってから、東大教授時代の末永先生を存じ上げている。
 ところで、私の手元に末永俊郎訳「社会的葛藤の解決」(東京創元新社)がある。じつは、いまから4年前、熊大を定年で退職するまでの数年間に亘って書籍の整理を進めた。その結果、研究室とわが家の本棚から2/3以上の本がいなくなった。そんな私に「どうしても整理できないなあ」と思わせたものが手元に残った。
 レビンの「社会的葛藤の解決)」はそのうちの1冊である。奥付には「昭和29年(1954年)2月10日発行」となっている。当時の末永先生は東大文学部助教授だった。私が持っているのは第6版で、発刊は「昭和42年(1967年)12月30日」である。その裏表紙に「70.1.29 L-Coop」のメモ書きがある。私は大学3年生のときに「文系生協(L-Coop)」でこれを購入したのである。その価格は530円、新聞の購読料が750円だった。
 
白樫先生からのメール(4) 2018/02/16 Fri 5682 Continued from yesterday
 私が集団力学研究室に入って初めて観た「研究活動(research activity)」が〝Sensitivity training〟だったのである。これは「感受性訓練」と翻訳され、あるいは〝T-group〟と呼ばれたりもした。〝T〟は〝Training〟のことである。この体験が「トレーニング」の研究と実践を私のライフワークにした。ここで、この話を続けると終りがなくなる。それは別の機会に譲るとして、白樫先生のメールに戻ろう。

 今日(2月8日:吉田註)、阪大大学院人間科学研究科図書室によって、文化人類学の研究室が保管していた「社会的葛藤の解決」を借りて、人科の中でコピーしてきました。改めてレヴィンの構想のすごさを感じさせられました。それと「社会的葛藤の解決」の訳書が2017年に再び刊行されていることに今回初めて知りました。末永俊郎先生は2007年に亡くなっておられますが、この訳稿にはずっと手を入れ続けておられたようです。

 白樫先生は干支がねずみで私の一回り上である。そのまた一回り違いが三隅先生となる。阪大の図書館まで出かけられて、レビンの「社会的葛藤の解決」をコピーされたという。今年で御年82歳になられるのだが、まことにお元気な白樫先生である。
 
白樫先生からのメール(3) 2018/02/15 Thu 5681 Continued from yesterday
 心理学関係の事典や事典に掲載されている〝Action Research〟の解説をLewinの原典を挙げて厳しく批判された白樫先生だが、続けて私がうれしくなることを書かれていた。

 この点、三菱重工業長崎造船所における全員参画運動(髙禎助さん他)にしても吉田道雄さんの教員に対する研修においても、アクション-リサーチ-トレーニングがみごとに一つのリンクを成して動いているというのは、まさにレヴィンのアクション・リサーチの構想というか概念というか、それにぴったりだと改めて思います。心理学関係の辞書で「アクション・リサーチ」の解説は書き直す必要があると思っています。

 私が集団力学研究室に入門(?)したとき、九州大学では〝Lewinたちが開発した〝Sensitivity training〟の実践的研究が進行中だった。三隅先生を筆頭にカウンセリングの池田数好先生たちも関わっていらっしゃったと思う。「トレーニング」は心理学実験室で行われていたが、それに隣接して実験室で起きる事象を記録する観察室があった。そこには、それまで観たこともなかったビデオカメラとビデオテープレコーダーが設置されていた。いずれもどデカイもので、テープはオープンリールだったと記憶する。もちろんモノクロであるが、当時としては車が買えるほど高価な装置だったのではないか。
 
白樫先生からのメール(2) 2018/02/14 Wed 5680 Continued from yesterday
 心理学関係の名だたる事典や辞典の「アクション・リサーチ」に関する解説には問題がある。これが白樫先生が不満を覚えられた理由なのだ。いずれも、Lewinが初めて〝action research〟に言及した論文“Action Research and Minority Problems”の趣旨を組んでいないということである。ともあれ、白樫先生のメールを追いかけよう。

 これ(上記論文:吉田註)によるとレヴィンは後に感受性訓練として発展した技法の実践に当たり、アクション・リサーチをとくに取り上げて考察しています。これをよく読むと、レヴィンはアクション-リサーチ-トレーニングの3つの要素を、互いに三角形の頂点とするようなシステムの必要性を強調しているのです。レヴィンはアクション-リサーチ-トレーニングと言うべきところを、アクション-リサーチと略称したのです。多くの人はこのことを失念し、アクション-リサーチという表面上の語句にとらわれてしまったのです。「原文をよく読め」と言いたいです。

 最後の一言は、メールの冒頭で現に世に出ている事典および辞典名が記されているだけに、まことに厳しい表現である。白樫先生としては「アクション・リサーチ」が話題になるたびに、このことを思い起こされるのだろう。
 
白樫先生からのメール(1) 2018/02/13 Tue 5679
 先週、教職大学院がらみの話を5回に亘って連載した。これを読まれた白樫三四郎先生から「アクション・リサーチ」についてメールをいただいた。そこにはきわめて重要なことが書かれていたので、先生のご了解を得て本コラムで紹介する。

 「アクション・リサーチ」に関する心理学関係辞書の解説には多くの場合、わたくしは不満をもっています。「最新心理学事典」(平凡社)、「APA心理学大辞典」、「社会心理学小辞典(増補版)」すべて不満です。なぜか。これらすべて「アクション・リサーチ」という語句だけにとらわれているからです。言うまでもなく「アクション・リサーチ」はクルト・レヴィンが1946年に “Action Research and Minority Problems” という表題の論文をJournal of Social Issues, 2, 34-46. に掲載したのがそもそもの始まりです。この論文は後に Lewin,K. 1948 Resolving social conflicts. Harper.(末永俊郎 2017 社会的葛藤の解決 ちとせプレス:1954年にもこの訳書は誠信書房から刊行されています)の第13章に再録されています。

 白樫先生のメールは、「不満」という言葉とともに、まずは
〝Action Research〟の初出論文を確認するところからはじまる。
 
業務上の秘密保持 2018/02/12 Mon 5678 continued from 1/29
 先月から「倫理的行動」として挙げられた「公衆の安全と健康を念頭に置き、公正自由な競争の維持、業務上の秘密保持」について考えてきました。今日は最後の「業務上の秘密保持」を取り上げましょう。
 これが「倫理」に関わる要件であることは言うまでもありません。その状況によっては「犯罪」とされるものです。いわゆる「守秘義務違反」になるわけです。
 また、個々人が「秘密を守る」だけでなく、集団で「守秘義務」を負い、それを遵守する必要性も高まっています。たとえば、学校教育の場では、特定の子どもに対するいじめについて、教職員がその情報を共有することが求められます。それによって関係職員が一丸となって個別の子どもを支えることが可能になります。しかし、複数で共有した情報を一部でも漏らすことは許されません。ただし、人間の世界で何らかの対応をするに当ってコミュニケーションは不可欠です。そこで会話が成り立たないほど「情報」を出さなければ問題解決の糸口すら見出せません。
 どこまでを「守秘」するかについて、個人の判断ではなく「組織としての範囲」を共有化しておくことが求められます。こうした中で、「守秘義務」を隠れ蓑にして「情報」を出さない、あるいは「隠す」といった問題があり得ることも忘れてはなりません。
Michio twitter(9) 2018/02/11(2) Sun 5677 
 
まるで、「横綱」と格下力士との「勝負」のようだ。「平昌場所」での「東西」ならぬ「南北」の「勝負」である。労働党第一副部長は堂々たる風格で、「決して下を見ない」ことに徹していたという。たしかに、親書を渡す際の写真も、大統領の頭の方が「下がって」いる。中国紙は、河野外務大臣が王毅外相と握手する際に頭を下げた瞬間をトップで報じた。小泉首相が北朝鮮に行ったときは笑顔をつくらなかった。今回、安倍首相が韓国の大統領と握手する際も笑わなかった。この場所は、格違いの「横綱」から一方的に「寄り切り」や「押し出し」を食らった感がする。ここで「横綱」が「かちあげ」なしで、ほんの少し後退したところを「いまだ!」と前のめりになった瞬間に「はたき込み」か、ひょっとして「うっちゃり」がくるかも…。
高さんからの手紙(47) 2018/02/11 Sun 5676 continued from 2/04
 
日記によれば、井下さんの「古稀祝」で「六人の会」を創ることになったようだが、私の記憶には残っていない。その後、本格的な「会」までには至らなかったと思う。
 さて、「古稀祝」当日に戻ると、井下さんは「あとでゆっくりお読みなさい」と言って、私たちに岩波ブックレット「学徒出陣」をくださった。その本を紹介しながら、ご自分が「学徒出陣の『生き残り』」であることを語り、さらに亡くなった友人たちに対する思いを話された。ここまでは日記に書いたとおりである。その内容は相当に激烈で、自分は「犬生き(犬死に対応した表現)」しているとまで言われた。
 ところで、1977年12月16日(金)の日記にも井下さんが登場する。この日は夕方6時から井下さんを囲んで忘年会をしている。井下さんが鶏をもらったので仲間で楽しもうということになったようだ。出席したのは井下さん、関さん、杉万・窪田・取違・中川、浦元の後輩諸氏、そして私の8人である。
 また、このところ井下さんの話題を取り上げていたことから、高さんから井下さんが写った1997年3月28日付けの写真が送られてきた。わが手帳でこの日をチェックしたところ、「18:00井下会 五右衛門」と記していた。
 
「ボトムアップ」から「グラウンドアップ」へ 2018/02/10 Sat 5675 Continued from yesterday
 
「水は高きにも流れる」、つまりは蒸発という形で上に昇っていくのです。それがなければ、「トップダウン」の流れは途絶えます。ただし、「水蒸気」は目に見えません。それは「第一線で仕事をしている人たち」の気持ちや声が直接には聞こえにくい、見えにくいことに似ています。それをしっかり関知し受け止めていくことがトップや管理者の役割なのです。そして、その場にただよう空気の気温や湿度に対する感受性も必要です。
 こうした発想から、私は「ボトム」といった失礼千万な呼び方を止めて、「大地(グラウンド)」と考えるべきだと主張してきました。それは「ボトムアップ」から「グラウンドアップ」への転換です。この図式を「理論(トップ)」と「実践(グラウンド)」の関係にも当てはめることができるでしょう。
 ここで忘れてならないことがあります。「大地(実践))」は「トップ(理論)」がなくても存在できますが、「トップ(理論)」は「大地(実践)」がなければ存在できないのです。もちろん、私は理論の重要な役割を否定しません。ただ、「理論家」は「こうした気持ちと態度」で「実践家」に対応してほしいものです。Lewin流でいくなら、「よき理論家ほど、よき実践家はいない」ということでしょう。
「トップダウンとグラウンドアップ」については、本HP表紙の「最新のお知らせ」にある「コミュニケーションのインフラ創りとリーダーシップ」をご参照ください。
 
山と大地と水 2018/02/09 Fri 5674 Continued from yesterday
 
私としては「実践」と「理論」の「往還」を「水平対向エンジン」として捉えることをお勧めしたいと思います。ところで、日常の「実践」を「ベース」に位置づけて、それらを統合するものとして「理論」を上位、つまりは「トップ」に置く考え方もあります。これは組織における「トップダウン」と「ボトムアップ」の発想に似ています。組織目標の健全な達成にはこの両者が共に成立することが求められるというわけです。
 それはいいのですが、私は「ボトムアップ」という言葉遣いはきわめて問題だと考えています。現実にモノをつくり、サービスを提供する人たちを「ボトム」と呼んで何の抵抗も感じない。それはいかにも鈍感に過ぎると思うのです。組織をピラミッドに見立てるからそんな発想になるのでしょう。
 これに対して、私は組織を「山」と「大地」と「水」の3点セットで把握することを提案しています。水は「山の頂上(トップ)」から「大地(麓)」へ流れます。ここで「水は低きに流れる」のは常識です。しかし、それだけであれば、川の水は一瞬にして枯れてしまいます。そうならないのは「水は高きにも流れている」からです。
 
よい理論の要件 2018/02/08 Thu 5673 Continued from yesterday
 
「実践」と「理論」は「車の両輪」ですからお互いに欠くことができないものであり、また同等の役割を果たすことが期待されます。両者の関係を「往還」という場合、車なら「水平対向エンジン」というところでしょうか。
 私が専門にしている〝グループ・ダイナミックス〟の創始者レビン(Lewin, K.)は、まさに実践と研究の〝往還〟を目指す〝アクション・リサーチ(action research)〟を提唱したことで知られています。そのレビンの“There is nothing so practical as a good theory”という言ほど実践と理論の関係を語っているものはないでしょう。〝nothing〟の重みを考慮すれば、「よい理論ほど実践的なものはあり得ない」、いや「実践的でなければよい理論とは言えない」と訳したいところです。
 彼は、“If you want truly to understand something, try to change it”とも言っています。「何かを本当に理解したいのであれば、それを変えることにチャレンジしよう」といったところでしょう。ここにも「実践」を重視する気持ちが込められています。
 末尾ながら、私はこんなことを書いたことがあります。「実践は、理論に奉仕するためにあるのではない。実践はそれ自身で存在価値がある。むしろ理論が実践に奉仕することが求められている」(「教育心理学年報」2008日本教育心理学会)。「実践」の期待に「人間科学」の「理論」はどのくらい応えているでしょうか。
 
「実理実論」 2018/02/07 Wed 5672 Continued from yesterday
 
「空理空論」という四字熟語があります。「実際からかけ離れている役に立たない考えや理論。▽「空理」「空論」はともに、実状や現実を考えない役に立たない理論や議論。ほぼ同意の熟語を重ねて意味を強めた語(goo辞書 新明解四字熟語辞典)」。この意味は大多数の方がご存じでしょう。
 そもそも地球上に先に現れたのは「人間」の方であって、「理論」ではありません。これは「法」の世界にも当てはまると思います。法律専門家の中には、「『人間』が生まれる前から『法律』があった」と思い込んでいる人がいるような気がします。そもそも人間がトラブルのない平和な生活を営めるのであれば法律はいらないのです。法律家はそこをスタート地点にしてほしいものです。
 ともあれ、「理論」は「人間」の営みの中から生まれたのです。さらに「理論」は何らかの形で人間の役に立つことが求められます。特定の「理論家」が自己満足して喜ぶものではないのです。私たちにとって、「実践」と「理論」は「車の両輪」でなければなりません。そして、「二つの車輪」は車軸と一体になって回転することで「車体(人間理解)」が前進するのです。「実理実論」「役理役論」を目指したいものです。
 
Michio twitter(8) 2018/02/06(2) Tue 5671 
 
私は命の歴史を刻んでいる赤ん坊を「ゼロ歳」と呼ぶのは赤ん坊に失礼だと主張しています。母親の胎内で過ごした300日あまりを無視するのですか!「ゼロ」って、「何にもない」ということではないですか!英語では〝under a year old〟と言うのだそうです。いやあ、拍手喝采です。これなら許せるじゃないですか。もっとも、〝0 years old〟という言い方もあるにはあるらしいのですが。ところで、〝0〟〝s〟が付いて複数形になっているんです。これまた楽しいではございませんか。何せ〝0〟は整数であり、なおかつ偶数なわけです。「偶数」については異論もあるらしいですけどね。 
創続的往還 2018/02/06 Tue 5670 Continued from yesterday
 
さらに、「往還」は「創造」に繋がるものでなければいけません。そうした意味合いを込めて、私は「創続的往還(Continuing Creations by Reciprocal Learning & Practice)」を提唱したいと思います。ただ、「往って還ってくる」のではなく、そこに「新しい価値」が産み出されることが求められるのです。それが文字どおり「付加価値」であり、「教職大学院」は「価値創造」の機関なのです。
 そして、その活動に終点はありません。そうした意味合いを込めて「創続」、つまりは「創り続ける」ことが欠かせないのです。組織としての「教職大学院」はもちろん、そこで学ぶ学生、そして何よりも教員が〝Never Ending Challenge Spirits〟で活動していくことが求められています。
 ところで、「往還」は宇宙開発においても使われています。文部科学省の「宇宙往還技術試験機(HOPE-X)」というプロジェクトがあります。こちらは宇宙船を使い捨てにするのではなく、文字どおり「往き来する」ものを指しています。NASAのスペースシャトルはその嚆矢ですが、これを宇宙にまで広げようということのようです。これも出かけたからには、貴重な「モノや情報」という「付加価値」を運ぶことになります。
この英語の「まともさ」加減については、教職大学院のPederson教授に確認していただきました。その結果は「大丈夫だけど、大げさすぎる」との評価でした。私としては「大げさすぎる」のは大歓迎、その場で飛び上がるほどうれしくなりました。
Michio twitter(7) 2018/02/05(2) Mon 5669 
 
先日、ある授業で学生から「トライ・アンド・エラー〝try and error〟」という発言がありました。これを聴いた私は「それは〝trial and error〟だよ」と伝えました。日本語では「試行錯誤」です。その意味は「種々の方法を繰り返し試みて失敗を重ねながら解決方法を追求すること」(デジタル大辞泉)です。英語の〝try〟にも「試み」「試し」という意味はありますが、学習心理学で使われるのは〝trial and error〟です。こちらの方が「試行」ッぽいですよね。因みに「トライ・アンド・エラー」は「和製英語」です。 
往還 2018/02/05 Mon 5668 
 
おうかん〔ワウクワン〕【往還】往還(オウカン)[名](スル)1 道を行き来すること。往復。往来。「東京と大阪とを往還する」2 人などが行き来するための道。主要な道路。街道(デジタル大辞泉)。
 教職大学院では「往還」がキーワードの一つになっています。これが「理論と実践の往還」といった表現の中で使われているのです。これによって、「大学院で学んだ理論」と「教育現場における実践」との間を「往き来する」ことの重要性が示されているのです。
 それは単なる「往復」を超えた「融合」をも意味しているのです。また「還」には「円をえがいてもとへもどる(電子版漢字源)」という意味があります。しかし、教職大学院の「往還」は「ただ単に元のところへ戻る」のでは意味がありません。「往還」の「円」は重なることなく「スパイラル状」に上昇していくべきものです。そうなると「上昇的往還」「往還(上昇)スパイラル」なることばが頭に浮かびます。さらに「往還トルネード」とすれば過激でしょうか。これだと「理論と実践を巻き込み」ながら、「パワフルに上昇する」というイメージになります。
 
高さんからの手紙(46) 2018/02/04 Sun 5667 continued from 1/28
 
井下謙二郎さんの「古稀祝」の話題をもう少し続けよう。「高さんからの『手紙』」の引用がない点はご容赦いただきたい。まずは私が書いた「1993年12月12日(日))」の日記である。

 昨日は6時から井下さんの古稀のお祝い。高さん、関さん、橋口さん、杉万君と私の5人でお会いした。会場は那の川の「さかえ鮨」だった。ここは関さんの紹介である。みんなで「六人の会」をつくろうかという話になった。二次会は高砂のバロンに行った。関さん宅に泊まる。井下さんからは「お礼」ということで「学徒出陣」(岩波ブックレット)をもらった。これに関して、ご自分も「学徒」として「出陣」したことと、あわせてそれにまつわるお話を聞いた。今日は関さんに二日市まで送ってもらった。

 ご参加者のうち、先輩の関文恭さんは今年の1月4日に亡くなられた。私は6日に執り行われたご葬儀に参列したが、「古稀祝」でご一緒した高さんと橋口さんにお会いした。お祝いが終わってから、私は関さんのご自宅に行き一泊させていただいたことがわかる。関さんは私をはじめて集団力学研究所に連れて行ってくださった。私の人生の中で忘れることができない方々のお一人である。
 
今月の写真 2018/02/03 Sat 5666 
 
今月の1枚は現在再建中(?)の熊本城天守閣です。工事用のパイプで囲まれていますが、右が大天守で左が小天守になります。石垣を含めた全体の修復には20年から30年の歳月が必要だそうです。そうなると、私は「熊本城完全復活祭」なんてものに立ち会うことはできません。
 熊本市は天守閣周りを2019年までに修復したいと言っています。この年はラグビーのワールドカップが開催されますが、熊本も会場の一つになっており、これに間に合わせたいわけです。
 もう1枚はこの季節とは思えない青い空と海、そして美しい島との組み合わせです。これは日南海岸にある南郷プリンスホテルから撮ったものです。太平洋を望むまさに絶景です。プリンスホテルは堤義明氏が率いる西武グループが各地に建てたホテルとして知られていました。しかしその後いろいろなことがあって、堤氏はすでに社会の表舞台から退いてしまいました。
 ともあれ、そうした関係からプロ野球の西武ライオンズが宮崎でキャンプをする際には選手たちの宿泊先になります。早いものでもう2月ですから、すでにライオンズ選手一色になっているのでしょうか。ともあれ、南国の海とそこに浮かぶ島は見ているだけで満足してしまう不思議な力を備えています。
 
※訂正 日付が〝2017/12〟になっているとのご連絡がございました。今月号を編集する際のミスでした。ご指摘ありがとうございました。 
PFスタディ 2018/02/02 Fri 5665 
 
「心理検査」の一つに「PFスタディ」があります。アメリカの心理学者ローゼンツァイク(Rosenzweig、S.)が考案したもので〝Picture Frustration Study〟から「PFスタディ」と呼ぶのですが、日本語では「絵画欲求不満テスト」となります。私が学生のころですから、すでに半世紀近くも前になりますが、このテストについて学びました。
 私たちは日常生活で欲求不満を感じる場面に遭遇します。そうした状況が24枚の絵として描かれているわけです。たとえば、衝突した車の前に二人が立って話をしています。そのうち一人が「あなたが無理に追い越そうとしたのが間違いなんだよ」と言っています。もう一人の人物には「吹き出し」が付いていて、テストの課題はそのなかに「自分の発言」を書き込むことです。この反応を分析していくのですが、その詳細はお調べいただければと思います。
 私自身は対人関係における「ことば」が「行動」に影響を与えることに関心を持ち続けてきました。そんなわけで、「ことばのトレーニング」として、「PFスタディ」方式が役に立つだろうと思うわけです。そこでは「自分がどう答えるか」ではなく、たとえば「相手が怒る」あるいは、「相手を怒らせる」ような「ことば」を探す。その反対に「気持ちよくさせる」とか「納得させる」のであれば、どのような「ことば」を吹き出しに入れるかを考える。それをグループメンバー間でディスカッションしたり、演技したりするのです。
 
智惠としての「感謝」 2018/02/01 Thu 5664 
 
正しくても感謝の念がなければうまくゆかない。強くても感謝がないと反撥を食らう。善くないのにうまくいくことがある。つまり悪運が強いというやつである。これはそこに感謝の念があるからだ。感謝することは調和することであり、うまくゆくということである。善人は往々にして悪人を憎むものである。憎むところに感謝はない。だから善人は善いことをして正しいのにかかわらず、うまくゆかず不運をかこつことになりやすい。どんなロクくでなしでも感謝できる方法はある。感謝できるところがある。それを見つけ出すのが智惠というものである…。

 これは父が書いた日記の一節である。その日付は1974年1月10日、このとき57歳だった。前年の10月に妻を47歳で亡くし、娘と二人で生活をしていた。定年を間近に控えていろいろなことを考えていたのだと思う。
 父は対人関係づくりが苦笑してしまうほど苦手だったと推測する。いわゆる出世とは無縁の職場人生を送った。私が小学生のころ「どんなことでも自分が悪いと思えばいい」などと言っていた。それを聴いて子ども心に「そうかなあ」と疑問に思った。きっと何かがあったのだろう。それが「感謝すればいい(?)」に変わったようだから、父も成長したに違いない。