Michio Twitter(5) 2017/12/31(2) Sun 5628
本日をもって2017年もおしまいです。今年も「味な話の素」にアクセスしていただきまして、ありがとうございます。スーパー団塊の世代(1947年、48年、49年生まれ)の私も来年は古稀を迎えます。そもそも「年月」という概念は人間が定義したものですから、「どうでもいい」と言えば、それだけのことです。ただ人間は何かと「意味づけ」をしたがる生きものです。その点で、まあ「古稀」も「古稀かあ」と思って笑えればいいでしょう。ともあれ、本コラムの「ネタ」の「ネタ」はまだ切れることがありません。そんなわけで、「飛んだり」「跳ねたり」「訳がわからなくなったり」「脇道にそれたり」「元に戻らなかったり」の「たりたり物語」に幕を閉じるつもりはさらさらございません。
皆さま、よいお年をお迎えください。 |
高さんからの手紙(41) 2017/12/31 Sun 5627 continued from 12/24
いよいよ「集団力学研究所」がスタートするが、「高さんの手紙」には「会長」の話題が登場する。
会長は最初九州電力社長の瓦林潔氏に一度決定していたのですが、当時あまりにも各種団体の会長が多すぎるということもあり、当時井原氏を中心に社員の人材育成に熱心に取り組んでおられた西日本相互銀行の森俊雄社長に会長をお願いしたいと、瓦林氏が直接に依頼され初代会長が決定したという経過がありました。
今日でも九州電力は九州のトップ企業だが、その社長が初代会長として決まっていたという。瓦林氏の九州電力社長就任は1967年5月である。それは研究所発足の1ヶ月前で、そんなこともあって、「初代会長」は実現しなかったのだろうか。
私は研究所発足からしばらくして研究所に出入りするようになる。もちろんペーペーの学生だったから、「特別委員会」のことなど知る由もない。ただ、手紙で名前が挙がっている井原伸充氏には「西日本相互銀行研修所長」としてお世話になった。その後、うん十年も経ってから、私自身が「(財)集団力学研究所長」になり、その職をリタイアするまでお付き合いいただくことになる。 |
「ワン・テンス」の不思議な力 2017/12/30 Sat 5626
「0(ゼロ)」は不思議な数である。それは「何もない」「無」であるのに、分母にくれば「無限大」を生み出す。また、目の前に1兆個の「モノがある」にもかかわらず、「ゼロ」を掛けただけで「無」に帰するのである。
リーダーシップの「ワン・テンス」も「0」と似て「けっこう不思議」な働きをする。フォロワーから「こんなことをしてほしい」あるいは「してほしくない」といった期待10個を無視して「ゼロ回答」を出せば、その結果は容易に推測できる。(10個の期待)✕0=0に決まっている。「うちのリーダーは自分たちの期待に『一つも』応えてくれない」。そんな空気が支配的になってフォロワーの意欲や満足度は低下する。これに対して、「ワン・テンス」、つまりは「10個の期待」のうち「1/10の一つだけ」でも期待に応える努力するとどうなるか。
ここで「ワン・テンス」が「不思議な力」を発揮する。フォロワーたちは「ほかの『9つの期待』にもそれなりに応えてくれた」と認識するのである。リーダーとしては「何もしていないものまで評価されるなんておかしいじゃないか」とフォロワーたちの感覚を疑うかもしれない。しかし、「人の評価(認知)」とはそんな特性をもっているのである。何はともあれ「ワン・テンス」のこころで、「できること」に全力を挙げる。それが大きな変化に繋がるわけだ。 |
「ワン・テンス スピリット」 2017/12/29 Fri 5625
「ワン・テンス」ということばをご存じだろうか。もともとは英語の〝one-tenth〟だが、カタカナで書けば「ワン・テンス」である。その意味は分数の「1/10」ということだ。
私は〝One-tenth Spirit〟あるいは「1/10スピリット」を「リーダーシップ向上の心得」として挙げることを提唱している。組織のリーダーには様々な期待が寄せられる。とくに部下などフォロワーからの期待に応えることは、元気で安全な組織創りに欠かせない。しかし、そうは思いながらも、そのすべてに応えることはできるはずもない。
そこでどうするか。「おいおい冗談じゃないぞ。そんな好き勝手な要求に応えるなんてできるもんか」と端っから否定する。それとも、「やれやれ、あれもこれもと大変だなあ。まあそれでも、一つくらいは努力してみるか」と、とりあえず自分にできそうなことを選んで実際に行動する。
前者は「ゼロ回答」である。これに対して後者は、たとえば「期待10個に1個だけ」だがとにかくトライするのである。私はこれを「ワン・テンス(1/10)スピリット」と呼んでいる。この両者には、時間に経過とともに大きな違いが生まれることになる。 |
「言葉遣い」問題 2017/12/28 Thu 5624
「当然のことですが、私どもには確たる理念がございます。したがいまして、皆さまにはこれにご賛同いただくことになります。また、いくつかの点についても考え方が一致することを確認させていただきたいと思います。そうでなければ、ただラベルを貼り替えるだけですから、多くの方々からのご理解を得られないでしょう…」。こう言っていれば、発言そのものは誰もが納得したに違いない。しかし、この人はあのとき「排除」ということばを選択した。
おそらく、それまでの勢いで「確信的」に使用したのである。何せ「21世紀のジャンヌ・ダルク」とまで言う人がいたものだから。それにしても、このことばにマスコミは欣喜雀躍した。新聞では見出しに最大限(?)のポイントで「排除」と書いた。テレビでもコメンテーターなる人たちが「『排除』はいけない」とまくし立てた。
先だって地元紙に小池東京都知事のインタビューが載った。その中で「『排除』発言に後悔はないか」と問われて、「『言葉遣いは反省するところがあった。ただ、あのまま(政策が一致しない民進党出身者を)受け入れることは考えられなかった。政策が一致しなければ政党ではない」と回答している。まったくおっしゃる通りである。ただ「言葉遣い」を後になって「反省」するようではいかにもまずいなあ。 |
刑事の風体 2017/12/27 Wed 5622
横溝正史の「幻の長編原稿」が見付かったらしい。「雪割草」というタイトルで地方紙に掲載されたものである。その200回分がマイクロフィルムで発見された。「長野・諏訪を主な舞台に、出生の秘密を抱えた主人公が苦労を重ねながら女性、母として成長する物語」だそうな。ヒロインと結婚する日本画家の外見が「もじゃもじゃとした蓬髪」に「よれよれの袴」と表現されており、われわれに馴染み深い金田一耕助のモデルかと推測している。
この記事を読んでいてふと思った。松本清張の推理小説に登場する刑事鳥飼重太郎もヨレヨレの服装だった。中学生のときに読んだ「点と線」を数ヶ月前に読み返したとき、「コロンボ」よりも早く「日本のコロンボ」が存在していたと思った。しかし、登場した順で言うならピーター・フォークの方を「アメリカ版鳥飼刑事」と呼ぶべきである。ところが、その前に刑事ではないが横溝正史の金田一耕助がいたわけだ。
それにしても映画やテレビに登場する刑事はヨレヨレのコートやスーツを着ていることが多い。それだけ地味にコツコツと仕事をしているイメージが犯人を追い詰めていく姿と相性がいい。それもノンキャリアのたたき上げという設定がほとんどである。そもそもキャリアは第一線の現場で仕事をしないのだろうか。 |
ニュースで伝えられないこと 2017/12/26 Tue 5621
先月、「つくばエクスプレス」が20秒早く発車したことを車掌が詫びたというのでニュースになった。これに対する海外の反応まで挙げるなど、ちょっとした大騒ぎだった。「わずか20秒程度のズレでお詫びするなんて信じられない」。私が確認できた範囲に限定されるが、こうした驚き以外の声はまったく聴かなかった。ただし、やや呆れたニュアンスのものはあったかもしれない。
そして、報道する側もそれを受け止めるわれわれにも、心のなかに「やっぱり自分たち日本人はすごいんだ」という気持ちがあったように感じた。しかし、ことはそう単純なのだろうか。
私はNHKの「文化講演会」だったか、電車が発車する際に流されるメロディーを作曲している人の話を聴いたことがある。その時期ははっきりしないが少なくとも半年以上は経過しているだろう。じつは講演者の名前は明確に記憶していないのだが、その中で私が「なるほど、そうなんだ」と思ったことがある。あの音楽が終わるまでドアが開いているというのである。これは目の不自由な人たちにとって欠くことのできない重要な情報である。それが鳴っている間は「安全」に乗車することができると信じて行動するからである。それが守られなければ重大事故の可能性が生まれる。
話題になった駅がこの条件に該当するかどうか知らない。しかし、「20秒も」早くドアが閉まったり、発車してしまったりしたのであれば「当然謝るべき」状況もあり得るのである。 |
「公開講座」最終回に向けて 2017/12/25 Mon 5620
今年も「熊本大学公開講座 リーダーシップ・トレーニング」を開催した。まずは「基礎研修」でリーダーシップについて理解し、職場において実践する「行動目標」を設定する。これを8月18日、19日の2日間に亘って実施した。それから3ヶ月後の「フォロー研修」で「行動目標」の実践度について振り返る。その際には「部下からのデータ」が重要な情報になる。これが11月25日である。
今回の受講者は40名だった。その属性は会社員、看護師、病院事務、コンサルタント等、幅広い。どなたも組織において「リーダーシップ」を発揮することが期待される方々である。勤務地は熊本だけでなく、関東・中部・福岡県など広範囲に渡っている。
この講座は1992年8月にスタートし、今年度で第59回目を終えた。私が現役だった2006年から13年までの8年間は「東京会場」でも開催した。受講料は「熊大価格」の「9,900円ポッキリ」と超安値だった。この受講料では内容が怪しいと思われたところもあったと聞いた。ありがたいことに、受講者の合計は今年までに1,806名に達した。来年は私も70歳の大台を迎える。それでちょうど第60回ということで何とも区切りがいい。楽しい「最終回」にしたい。 |
高さんからの手紙(40) 2017/12/24 Sun 5619 continued from 12/17
集団力学研究所は1967年(昭和42年)6月26日に発足した。それは私が九州大学に入学して間もないころである。その当時、教養部は大濠公園から遠くない六本松にあった。新入生の多くはまだ比較的新しかった学生会館で昼食を摂っていた。私はそこで「九州大学新聞」を目にしたのである。
それを購入したのか、テーブルの上に置いてあったのかは憶えていない。ただ、その中に三隅先生の写真入りで「集団力学研究所」の設立を告げる記事があったことを明確に記憶している。その文章もインタビュー記事ではなく、三隅先生自らが書かれた寄稿のようなものだったと思う。人間行動を探究するすばらしい研究所ができたことが高らかに宣言されていた。私は入学する前から「集団力学」を専攻することにしていた。そんな新入生にとって入学間もないころに出会ったこの記事はきわめて刺激的であった。私は若者らしく、それを何か運命的な出会いのようなものと感じた。そのとき、私が研究所設立の意義などを十分に理解できたかどうかははなはだ怪しい。
おやおや、今日は「高さんからの『手紙』」には触れずじまいで終わってしまった。 |
自分の手で人命を奪う… 2017/12/23 Sat 5618 continued from yesterday
新幹線は半世紀を超える時間の中で「走行中の死亡事故〝ゼロ〟」を維持し続けてきた。そして、海外での売り込みにも、この「安全性」こそが最大のアピール点なのである。しかし、それを否定する事実が「ただの1度」でも発生すれば、それまでの「積み重ね」は水泡に帰するのである。新幹線に関わる人々、とりわけ走行そのものに関係する者は、そうした「自覚と責任」を一瞬たりとも忘れてはならないのである。
もちろん、それは「誇り」と同席する資格を持った「責任」である。仕事に対する「責任」と「誇り」はコインの両面でなければならない。一方に「責任」しか刻印されていないコインは偽物だ。安全に関して偽コインが通用するはずもない。そもそもそんなコインがあってはならないのである。
新幹線で重大な事故が起きればそれは多数の人命に影響を及ぼすことは論を俟たない。そこで気を抜けば、「自分の手で人の命を奪う」ことになるのだ。「人命を預かっている」という美しい表現を裏返して言えば、繰り返して強調するが、「『自分(たち)』が『人の命を奪う』」可能性を確実に孕んでいるということである。新幹線を走らせる人々は、そうした自覚を持ち続ける「責務」を背負っている。 |
死亡事故〝ゼロ〟の記録 2017/12/22 Fri 5617 continued from yesterday
新幹線の開業は1964年10月1日である。その10日後の10日にはわが国の戦後復興を世界中にアピールする東京オリンピックが開会した。当時の営業速度の最高は時速210kmだったと思う。これは一般人を乗せる地上の乗り物としては世界最速だった。列車内に設置されスピードメーターが200kmを指すと歓声が上がった。その後、フランスや中国の高速鉄道に速度のトップは譲った。しかし、開業してから今日まで53年間、乗客の「死亡事故〝ゼロ〟」はすばらしい記録であり続けてきた。
もっとも正確には線路関係の作業をしていた人が亡くなったことはある。また、ホームから飛び降りたと推測される者が亡くなったり、車内でガソリンに火を点けた男がいて本人だけでなく巻き添えになった乗客もいた。そうした不幸な事例はあるが、運行主体に明確な責任がある事故が起き、それによって人命が失われたことは「皆無」だったのである。また阪神淡路大震災の際には高架が破壊されたが、このときは地震発生が新幹線が走る前の早朝だったことで人的被害は免れた。そうした幸運にも恵まれたとはいえ、とにかく半世紀を超える時間の中で「走行中の死亡事故〝ゼロ〟」を維持し続けてきた。 |
「教育」レベルの問題か 2017/12/21 Thu 5616 continued from yesterday
新幹線の台車トラブルは「教育」レベルの問題ではない。今日の組織おいて、「安全優先」を訴えていないところは存在しないと言っていい。ただ、それが口先だけの「スローガン」になっているケースも、これまた数限りなくあるに違いない。
JR西日本は記者会見で「安全が確認できるまでは運行しないことを徹底する」と発言したようだが、これは人命に関わる安全をサービスの基本とする組織としては存在の大前提である。昨年だったか、大坂を走るJR西日本の電車内で安全を守るために「考動する」というコピーの載ったポスターを見た。この「考動」という用語は、私自身も2000年ころに使ったことがあり、本コラムで自分の方が先だと自慢した。しかし、今回の状況を見るととても「考動」が実践されているとは思えない。それは「掛け声倒れ」になっているのではないか。
われわれが手にする情報はマスコミを通して入ってくるものに限られる。したがって、司令員がトラブル情報を受けたにもかかわらず「走行継続」の判断をした経緯についてはまだわかっていない。
今回は幸いと言うべきか、国土交通省から調査が入るようだから、第三者として徹底した原因究明をする必要がある。わが国全体の組織劣化に歯止めがかからない状況を打破しなければならない。 |
ただただ信じがたい 2017/12/20 Wed 5615 continued from 12/13(2)
新幹線の台車に亀裂が入っていたトラブルだが、すこしだけ情報が明らかになった。問題の電車は博多発東京行きの「のぞみ」である。前日の点検で異常が発見できなかったというから、そうした判断がなされた理由についても明確にする必要がある。
しかし、ハードの問題も深刻だが、そもそも異常に気づいたあとの対応が安全を基本とする鉄道の対応として信じがたい。まずは小倉駅で異臭がしたという。それがどんなものでどの程度だったのかはわからないが、その原因が特定できないままに走らせたことになる。この時点で「安全意識」そのものの問題がある。この事実を誰が確認したの不明だが、「ハードの問題ではない」とか「多分大丈夫だろう」などと考えたのだろう。その判断自身がすでに大問題なのである。
さらに岡山あたりで異常音がしたという。その情報を得たにもかかわらず、司令員は走行継続を指示したようだ。一体全体何を根拠にそんな判断をしたのか。自分たちが1,000人にも達する乗客を乗せて300km近くの高速で電車を走らせていることを認識しているのか。そんな基本すら教育していなかったのか。ただただ信じがたい。 |
オーバードクター 2017/12/19 Tue 5614 continued from 12/16
現在、博士課程を終えた若者たちが大学などの職になかなか就けないことが問題になっている。これを「オーバードクター」と呼んでいる。「ドクターコースは出たけれど…」というわけだ。
私たちの世代にとっても大学の職に就くのは簡単ではなかった。団塊の世代が学齢期を迎え、また戦後の経済成長の勢いもあって大学への進学熱が高まりを見せ始めた。こうしたことから大学の新設が大いに進んだ。大宅壮一という辛口の評論家が雨後の竹の子のようにできる大学を揶揄して「駅弁大学」と呼んだ時代である。その結果として、大学教員の就職口も増えていった。それでも私が入学した1967年の4年生大学への進学率は18歳人口の12.9%である。これが2009年には50.2%と同年者の半数を超えた。
そうした時代の変化はあるが、団塊世代の進学が落ち着いてから大学教員の採用数は頭打ちになる。したがって、その厳しさは現在とは比較にならないものの、大学側の買い手市場になっていたのである。私も博士課程を終えてから大学の職はなかった。そこで恩師の三隅先生が所長を務められていた集団力学研究所の専任所員として就職することが決まった。 |
「頭の中の自由」と「倫理的行動」 2017/12/18 Mon 5613 continued from 12/11
「人を、仲間を、会社を思う気持ち」はとても大事です。仕事の場合では上司を含めた「仲間たち」がお互いに大事だと思える関係を築くことで生きる力も湧いてきます。そうした環境があれば、「非倫理的な行動」に走る気持ちにもならないでしょう。
私たちは頭の中ではどんなことを考えてもいいのです。それが「思想の自由」ということです。たとえ邪悪なことであっても、あるいは口に出すことができないほどおぞましいことでも、「思い」に止まっていれば許されるのです。そうした「自由」な発想が人間の創造的な仕事を生み出すわけです。発明や発見は言うまでもなく、様々な文化や芸術など、ありとあらゆるものが「頭の中の自由」によって実現されるのです。
ただし、それは頭の中に浮かんでくることすべてを「実行」することまで許容しているのではありません。そこでブレーキの役割を担うのが「周りの人との人間関係」です。もちろん、それだけであらゆる問題を解決できないことは事実です。ブレーキもその時々で利き方も違ってきます。しかし、組織を構成する一人ひとりが、お互いに「気持」を大事にする「こころ」を持ち続けていれば、組織全体の「倫理的行動」にも望ましい効果があるはずです。
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高さんからの手紙(39) 2017/12/17 Sun 5612 continued from 12/10
いよいよ「集団力学研究所」がスタートする機運が高まってきた。こうした時期のことについて高さんの手紙は語る。
この準備委員会で松尾清美氏(第4代の生産性本部専務理事)が当時は調査部長だったと思いますがなかなかのアイディアを出したのです。それは集団力学特別委員会という名称の委員会を立ち上げようということでした。当時「何が特別なのかよく判らんなあJなどと二人で飲み屋で笑いあったのですが、この特別委員会という名称は不思議な効果がありその後松尾氏と三隅先生や私とで主要企業に特別委員への就任を依頼したのですが、予想以上に折衝はうまくゆき半年後の昭和42年(1967年)6月26日に集団力学特別委員会(特別委員就任29名)は集団力学研究所の設立を決議し正式に研究所は生産性本部内でスタートしたということになります。
たしかに「特別」という冠は、私が研究所に出入りしはじめたときから聴いていた。その効果が抜群だったというのは面白い。まさに「ネーミング」がポイントなのである。それにしても、研究所設立に尽力された方々が「何が特別なのかよく判らんなあ」と笑っていらっしゃったなんて、高さんの手紙ではじめて知った。 |
単位取得退学 2017/12/16 Sat 5611
私が大学の教員になったのは1971年4月である。博士課程を終えて九州大学の助手の辞令をもらった。それには「文部教官助手教育学部」と記されていた。これが正式な呼称であった。公務員には「官職名」というのがあって、「教官」は「官名」で「助手」が「職名」である。
ところで、講演などの依頼があるといわゆる「プロフィール」の提出を求められることが多い。その際に「博士課程単位取得退学」と書いたりする。この「退学」がすんなりとは通じない。一般的には「中途退学」「退学処分」といったことばが頭に浮かぶ。それぞれ事情はあるにせよ、どう考えても「明るい」雰囲気はしない。しかし、「退学」には「規定の過程を習得したりして学校をやめること」という意味もある(スーパー大辞林)。略歴の「博士課程単位取得退学」はまさにその意味である。
その名称が示すように「博士課程」だから「博士号」を取得することを目的としているわけだ。もちろん、課程にいる間に「博士号」を取得する者がいる。そうした人たちは「課程博士」と呼ばれる。これに対して「単位取得退学組」は、その後に博士論文を提出して博士号を取得することができる。この場合は「論文博士」という。 |
今月の写真 2017/12/15 Fri 5610
今月の写真について書いていなかった。師走もすでに半月が過ぎている。写真はいずれも夕方の雲である。左側の一枚はわが家のベランダから撮ったもので、雲はおそらく有明海の上空あたりに浮かんでいる。熊本の西側は内海に面してはいるが、真正面に雲仙を擁する島原半島がある。また東側には阿蘇、そして南にも球磨郡の山々が連なる。冬期は展望がよく、このところの寒波で山頂辺りは白くなっている。そんなことで、熊本は盆地的な地形の中にある。そこで夏はやたらと暑く冬はとにかく寒い。真夏の気温は日較差が大きく、早朝はヒンヤリさえするのに昼間はやけどするほどの猛暑となる。
もう一枚は阿蘇の夕焼雲である。この季節の雲は薄く延びてやさしい。またこの地はススキが風にたなびいてすばらしい雰囲気を生み出している。夕日に映える雲を見ていると、その美しさに心が静まるく。人生は年を重ねると「夕暮れ」と表現されたりもする。また、「人生の黄昏」などとも言う。とにもかくにも「日が沈む」のである。そんな表現をしていると気持ちまで沈む人もいるだろうか。前期高齢者の身としては「夕焼雲」美しさにいつも感動している。 |
路面電車の「機能」維持 2017/12/14 Thu 5609 continued from yesterday
「鉄道の消滅」が「地域の消滅」に繋がるという不安は十分に理解できる。鉄道は「存在そのもの」がシンボル的な意味をもっている。しかし、「鉄の道」はその維持に相当な経費が必要になる。線路は列車が走らなくても「保線」をしなければならない。また踏切を含めた様々な施設や装置のメンテナンスも欠かせない。おそらく専用の通信線もなくてはならないものだろう。また鉄道車両はバスと比較すれば価格だけでなく、その維持にも相当な経費がかかるに違いない。さらに運転士も自動車の二種免許ほどに一般的ではない。つまりはバスとは比較にならない負担が求められるのである。
記事によれば、厳しい議論になっている路線は1キロ当たりの1日平均乗客数数(輸送密度)が200人未満の区間だという。こうした状況で鉄道を維持するのはきわめて困難だろう。かつて福岡市を走っていた西鉄の市内電車が廃止された。その翌朝には「専用線路」を走っていた区間が「バス専用道路」に舗装されていたのには驚いた。最終電車が走ったあとに一夜の突貫作業で「線路」を「道路」にしたのである。さすがに線路を撤去する時間はなかったため、レールをアスファルトで覆っただけのものであった。それでも、「バス専用道路」が電車の代替手段として機能したのである。こうして、少なくとも「輸送」という「機能」は維持された。 |
Michio Twitter(3) 2017/12/13(2) Wed 5608
新幹線で「重大インシデント」が起きた。問題の列車は博多発東京行きの「のぞみ34号」。小倉駅の時点で異臭がし、その後も異常音がしたにも拘わらず名古屋まで走行するなど俄には信じがたい。チェックしたところ台車部分で異常が見つかったという。「神様がいたのではないか」。私は思わずそう叫びそうになった。複数の人間が認知していながら対応できなかったことについて、その理由を徹底的に解明しなければならない。これは明らかな「ヒューマンエラー」である。 |
「機能」よりも「存在」 2017/12/13 Wed 5607
地方の鉄道が厳しい時代を迎えて久しい。そもそも鉄道事業は首都圏や阪神、名古屋圏などはどうか知らないが、総体として苦しい経営に悩まされている。
その中でもJR北海道は「単独で維持できない」路線が1200kmに達するという。JR北海道はバス路線への転換を求めているが、同社に対する地元の反発は強く話は容易に進まないようだ。札幌の桑園駅から新十津川駅までを結ぶ札沼線沿線の4町はバス転換を含めて検討を始めたが、「廃線が目的のJRとは議論する状況にない」(新十津川町)などかたくなな姿勢が目立つという。こうした内容の記事を熊本日日新聞で読んだ。地元の「かたくなな姿勢」とは取材した記者が表現したものだろう。このような評価にも関係者から反発が出るかも知れない。
こうした情報に触れると、「鉄道」が地元にとって「輸送手段」というだけでなく、「鉄の道」がなくなることに強い不安と抵抗を引き起こすのだと思う。これと同じことが「学校」にも当てはまる。さらに「病院」もその代表になるだろう。これらが「なくなる(消滅する)こと」は「地域がなくなる(消滅する)こと」とほとんど同義なのである。「鉄道」の場合は、「輸送手段」としての「機能」よりも「鉄の道」という「存在」そのものが重視されているのである。人口減少が進行するわが国では、こうした問題が増加し続けていく。 |
まずは「試み」から 2017/12/12 Tue 5606
The reason why so little is done, is generally because so little is attempted.
Samuel Smiles(1812-1904)
サミュエル・スマイルズは、英国の作家、医者。スコットランド・ハディントン生まれ。 当初エディンバラで医者を開業したが、後に著述に専念するようになった(Wikipedia)。
「何もなされないのは、大抵が何もしようとしないからだ」。われながら少し乱暴な訳ではある。〝attempt〟は「試みる、企てる」であるから、〝challenge〟にも親近感がある。つまりは〝challenge〟しなければ「何事も成就しない」ということである。それは「目標を持つこと」にもつながる。「目標なくして達成なし」なのである。それは私が〝My phrase〟にしている〝Never Ending Challenge〟の心に通じる。また〝Challenge the Chance to Change Yourself (Cha,Cha,cha Spirits) 〟とも親和性が高い。
ここで大事なことは「目標」を持つことだが、そのためにはそもそも「目標」を「発見する力」が必要になる。そして、目標は「与えられるもの」ではなく、自分(たち)で「発見し、創りあげるもの」だと考えたい。 |
人、仲間、会社を思う 2017/12/11 Mon 5605 continued from 11/20
「倫理」に求められるものとして、「人を思う気持ち、仲間を大事にする気持ち、会社を思う気持ち」を挙げた人がいました。これは、倫理意識やそれにもとづく行動の基礎に個々人の「気持ち」があることを指摘しています。それは「自分以外の者に対する思いやり」でもあります。これはきわめて「情緒的」ですが、当然すぎるほど当然のことです。
ただし、「建前」としては誰もが認めるこうした「気持ち」が、必ずしも行動として現れていないこともまた現実です。組織において、「倫理」にもとる様々な問題が絶えることなく発生していることはそのことを証明しているというべきでしょう。私たちは「初心に返る」ことの重要性を強調します。しかし、そのこと自身が「初心に返る」ことの困難さを伝えているのです。
組織の中で仕事をしていると、「そんな甘いことを言っていたら生きていけない」などと責められたり笑われたりする。それが「基本」をないがしろにする傾向を生み出してしまうわけです。そんな事例は枚挙のいとまがありません。組織で発生した事故や不祥事の原因を探ってみれば、そのほとんどが「基本」を無視したものばかりだと言っていいでしょう。 |
高さんからの手紙(38) 2017/12/10 Sun 5604 continued from 12/03
福岡の「七社会」は、2004年に西日本銀行と福岡シティ銀行が合併し西日本シティ銀行となったことから、新たにJR九州が加入して「七社」が維持された。定期的な会合では総務担当の取締役や担当者が地元の行事や学術・文化活動への寄付の在り方などについて協議・調整を行った。寄付はその可否を話し合い、あらかじめ取り決めた負担割合に応じて拠出していた。ただし、今年でその調整は廃止し、定期会合は毎月1回を2カ月に1回にすることになった(ここまで「西日本新聞」)。福岡の「七社会」も時代の流れと共に変化しているのである。
ともあれ、三隅先生の「集団力学研究所設立の提案」は「七社会」に提案され、「きわめてスムーズに了解され」たのである。それどころか「積極的に支援しようという申し出があった」という。
高さんの手紙には、「既に炭鉱や西鉄では三隅先生の実験が成功していたし、トップは前述した九州トップマネージメント・アメリカ視察団のメンバーが多く、リッカートセミナー成功の余韻が十分にある時期だったわけです」と記されている。
日本経済の驚異的な復活もあり、順風満帆の船出が近づいていた。 |
時間の「意味づけ効果」 2017/12/09 Sat 5603 continued from yesterdsy
タニタの「ごますり体重計」くんは気分屋なのか結、果が表示されるまで時間がかかるときがある。そこで「まだか、まだか」とせっつくのである。これはメンタルヘルスにとって望ましいものではない。そんな状況で「8秒」という情報をゲットしたのである。しかも実際に計測してみると「8秒」程度であることが圧倒的に多い。時間がかかることもあるが、それも「カウント」してみると「20秒」を超えることは皆無に近い。たしかに「20秒」は辛抱を要求するが、その回数は少ないのである。
ここで「ふと」思った。それは「カウントすること」の意味である。私は「カウント」しながら「じっと待っている時間」に「意味づけ」をしているのである。「まだか、まだか」ではなく、「1、2、3…」と数えていくことで「心の落ち着き」を得られるのだ。
私には「人間は客観的事実に意味づけをして生きている」というネタ話がある。秋景色の山々を背にしてアナウンサーが「ご覧下さい。紅葉が美しさを競っています」と呼びかける。それは「自然科学的事実」ではないにも拘わらず違和感がない。「じっと待つ」時間も「意味づけ」効果があるに違いない。 |
ごますり8秒 2017/12/08 Fri 5602
わが家の体重計はタニタ製である。熊本大学を定年退職する際に記念品としてもらった。これがなかなかの優れもので、体重以外にも、BMI・体脂肪・筋肉量・骨量・内臓脂肪・基礎代謝量・水分などの数値が出る。その中でも「体内年齢」が泣かせる。今朝現在、私は54歳である。なんと実年齢より15歳も若い。
これは当初からの傾向で、本コラムで2014年6月16日「ごますり体重計」いうタイトルで取り上げた。このときは65歳の実年齢に対してジャスト50歳の表示が出た。そんなことから「ごますり体重計」という名誉ある称号を与えたのである。今でも15歳若いのだから「ごますり」度は健在なのだ。
さて、そんな体重計の「再登場」である。そのきっかけは「ジャパネット」のCMだった。テレビでタニタの体重計を紹介していたのだが、その際のアピールが耳に残った。「なんといろいろな数値が8秒でわかるんです」。わが家の「タニタ」くんは、ときによって相当に時間がかかることがあって、せっかちを第一の特性とする私は「何じゃこりゃあ」とイラつくのである。
そんなときに聴いた「8秒」である。おそらく発売から間もない製品だからそうなんだろうと推測した。そこでさっそくわが家の「ごますり」くんに乗ってみた。「ピッ」というスタートの確認音が鳴る。「1、2、3、4、…」。「ピッピッピー」。いやはちょうど「8」まで頭で数えたときその音が聞こえた。いやあ驚いた、大したもんだ。たしかにCMのとおり、ぴったり「8秒」で数値が表示されたでないか!! |
感動体験情報 2017/12/07 Thu 5601 continued from yesterday
ETCトラブル対応について重ねて情報をお送りいただいた方に返事を出した。
「おはようございます。今後のために役立つ情報をいただきまして、ありがとうございます。さっそく、この件について「味な話の素」で取り上げます。これからもご愛読と重要情報のご提供をお願いいたします!」
これに対してもご返事をいただいた。
「ネクスコ西日本のホームページを見たら、ボタンではなくインターホンだそうです。ETCのQ&Aに、ほぼ私の
言ったとおり書いてありました。私の意見が「味な話の素」に載るなんて、めちゃくちゃ嬉し過ぎます。」
こんなに喜んでいただけるのだから私こそ「ありがたや、ありがたや」を連発したくなる。その後、次のようなメールまでいただいた。
「こんにちは。自分は福岡県□□市に住んでいます。時々熊本に出掛けます。熊本空港が好きです。(展望台が無料)「味な話の素」に載せて頂き、感動しました。隣の席の人にも見せました。(この人へ「味な話の素」のことを話したら、時々見てるそうです)これからも、なにか情報があれば、ご連絡致します。」
これまた私の方が「感動」した。「無知の失敗談」を掲載するのも悪くない。 |
さらなる情報 2017/12/06 Wed 5600 continued from yesterday
ETCのトラブル対応について情報をお送りいただいた方はご本人の体験も付け加えられていた。
例えば、出口のETCレーンが工事中の場合一般レーンに係員がいて、カードを出してくださいと言われたことがあります。ETCカードで高速に入り、カードで出れないのでこうするしかしかたないのです。今回の先生の場合、上記の逆パターンということになります。ネクスコ西日本のホームページにものっていると思います。以上
高速の出口でETCが使えないときは係員がいるのは理解できる。運転している者は通行券をもっていないから出るに出られないからだ。以前は通行券の場合、係員がいて現金なりクレジットカードなりで支払っていた。人がいれば「熊本の入り口で『ETC閉鎖』となっていたので通行券で入りました」と伝えると対応してくれるはずだ。私なんぞ心根が曲がっているから「表示を無視して入っている車はOKだったようですよ。正直者が馬鹿を見るではいけませんなあ」などと、そこにいる係員の責任ではないのに嫌みの一つくらいは言うだろう。ところが、そのときはゲートが機械式で人がいなかったので反射的に通行券とクレジットカードを挿入したのだった。 |
出口の事務所 2017/12/05 Tue 5599 continued from yesterday
「高速道路の一般レーンで入っても、出口で係員を呼び出してカードを見せればETC料金で精算できる」という情報をいただいた私にある疑問が湧いた。そこでこんな返信をした。「貴重な情報をいただきまして、ありがとうございました。出口のゲートは無人でしたが、その近くに事務所があるのでしょうね」。その日の出口は機械式で、高速の通行券を入れてクレジットで支払ったのである。つまりは係員がいなかったので、近くに事務所があったのだろうかと思ったのである。これにもすぐに回答をいただいた。それは「おはようございます」からはじまる。翌日の朝になっていたのである。
出口のゲートには、必ず呼び出しボタンがあるはずです。自分は間違ったことがないので、押したことはありません。ボタンを押せば係員がすっ飛んできます(24H)。また、どこのインターにも事務所はあります。24時間体制のはずです。
「呼び出しボタン」にも気づかなかった。ともあれ「グーグルマップ」のストリートビューでチェックすると、たしかに「事務所」のようなものが見えた。ついでながら「Yahoo地図」ではまだ工事中の写真しか出てこないから相当に古いものを使っている。 |
「ETCトラブル」への対応 2017/12/04 Mon 5598
先月24日の本コラムで、「ETCトラブル」なるものを取り上げた。その前日に法事で出かけた際、高速道路の入口で〝ETC閉鎖中〟との表示があり、それに「正直に」対応して割引を受けることができなかった体験を書いたのである。二日目のタイトルを「正直な愚か者?」にした。
今月になって、これを読まれた方がきわめて貴重な情報をくださった。かねてから「味な話の素」にアクセスしていただいているのだが、お仕事が多忙でしばらくご覧になっていなかったという。ともあれ、その方からいただいたメールの内容をそのまま引用しよう。
吉田先生 メールにて失礼します。わたくし□□□□と申します。ETCの事で、連絡がございます。ETCが付いていて、一般レーンを通過して高速に入っても、出るときに一般レーンで係員を呼び出して、ETCカードを見せればETC料金で精算できます。休日割引もあり。以上
いやはやそうした対応があることはをまったく知らなかった。というよりも思いもよらなかった。しかし、社会人であれば、「何らかのトラブル対応」が準備されていることくらい想像できてもよさそうである。これまた私の危機管理能力が疑われる事実が発覚した。 |
高さんからの手紙(37) 2017/12/03 Sun 5597 continued from 11/26
リッカートセミナーの打ち上げは新たな一歩を踏み出す記念すべき機会になった。高さんの手紙をフォローしよう。
私もこの夜久しぶりにリッカートセミナーの重圧から開放されて、春吉から無意識で箱崎の下宿まで歩いて帰りました。ふと気がつくと箱崎宮は放生会で「天下泰平」の幟が夜空にはためいていたのを思い出します。ですからセミナーの開催は10月初旬だった筈です。11月に入り三隅先生が生産性本部内に集団力学研究所を設立することを提案され本部は実現に向けて具体的な動きを開始しました。最初に九電他の「七社会」にアプローチしたのですがきわめてスムーズに了解され、むしろ積極的な支援の申し出があったと記憶しています。
早くも三隅先生の決意が行動になったのである。「七社会」とは地元福岡の九州電力、西部ガス、西日本鉄道、福岡銀行、西日本相互銀行、福岡相互銀行、九州電工の「七社」からなる「会」である。西日本新聞によれば、そもそもは1950年代に総会屋対策の情報交換などを目的に九電、西部ガス、西鉄の三社で発足し、正式名称は「互友会(ごゆうかい)」だったが、その後に3銀行と九電工が加わって「七社会」と呼ばれるようになった。 |
どこも同じでは… 2017/12/02 Sat 5596
私が子どものころ、テレビは老若男女を問わず憧れの的であった。とにかくほしくてたまらない魔法の玉手箱である。そこで流される番組はすべてが面白かった。ただし、草創期のテレビは朝昼晩の一定時間しか放送がなかった。わが家にテレビが来たのは私が中学生になったからだと思うが、そのときでも昼過ぎはテストパターンが流れていた。いまの若者はテストパターンなどと言うもの自身がわからないかもしれない。
放送局も、現在のNHK総合と民放が一局という状況だった。私は佐賀県の伊万里中学校に入学したが、その当時は佐賀の放送は電波が届かず、佐世保の方角に高いアンテナを向けていた。民放はNBC長崎放送を見ていた。それから少し経ってNHKの教育テレビができた。それが今日では熊本でも民放が4局もある。
ただし、その内容はトークやクイズにお笑いに充ち満ちている。いずれの領域もエンターテインメントとして必要ではあるが、それも程度問題だ。これだけ「類似番組」が並ぶと食傷する。おいしいものは時折食べるからありがたいのである。放送局が「貧すれば鈍す」状態では、その存在意義が失われ存続が危うくなる。 |
法の下の平等 2017/12/01 Fri 5595
「法の下の平等」は建前に過ぎないように思える。政治家などが法律的な問題を抱えると大勢の有能な(?)弁護士たちを揃える。そもそも弁護士費用がどのくらいかかるのか知らないが、一般人が弁護士を頼むとなれば相当な費用負担を覚悟しなければならないだろう。もちろん、高潔な一人の弁護士がその才能を発揮して並み居る高級(=高額)弁護士団を向こうにして大勝利を収めることはあるかもしれない。しかし、その確率はそれほど高くはないと推測する。
裁判は多分に「解釈」の世界であり、そうであるなら百戦錬磨の「専門家」があの手この手の「解釈」を繰り出してくれば、そちらの方に歩があるのではないか。それは必ずしも「正義」を実現するとは限らないのである。もっとも、それを言ってしまえばおしまいではある。つまりは裕福な人間が得をするのだから、「法の下の平等」は単なる理想か建前というわけだ。
そもそも法律があって、そのために人間がいるのではない。法律は人間のために働いてこそ、その存在価値が認められるのである。こうした基本的な前提をとりわけ法律を専門とする人々には自覚してもらわなければならない。法律解釈の技術屋では困るのである。 |
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