何だって感動(am6:50) 2016/04/30 Sat 4945
電気が点く、水が出る、ガスが使える。当たり前のことは当たり前でもなかったんだなあ。
大揺れの中で壁のスイッチを押しても真っ暗け。ギシギシ、ガチャガチャと音がする。ようやく静かになって懐中電灯で見回すと、そこは非日常の世界。
それでも電気はすぐに回復した。水道とガスはワンセット。そもそも風呂には入れない。まずは水道が回復したものの、圧力不足でタンクに溜まらない。蛇口から水が出たときの感動は半端じゃない。それでも人間は感動できる動物。それがすばらしい。それでもまだ風呂には入れない。
ガスの復旧に大阪ガスのお兄さんがやってきた。大阪弁に心が和む。コンロに火が点いた。それだけで大感動。これで風呂には入れるぞ。大阪ガスのお兄ちゃん、おおきに。
電気と水道の復帰には人が見えなかった。もちろん、見えなかった皆さんに大感謝。
能天気な道雄さんの関節がややおかし。体温計ると7度5分。道雄さん、7度を超えるとやばい質。やっぱし、「車中6泊7日」がきいたかも。こりゃあやばい、連休が続く。インフルだったら大変だ。そこで近くの病院へ。加入したばかりの「国民健康保険証」がお役立ち。お薬飲んで何と睡眠8時間、汗までかいてスッキリ起床。体温計は6度台の平熱へ、めでたしめでたし。何でもかんでも喜べる。そんな人生、すばらしい。
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車中泊の進化(am6:50) 2016/04/29 Fri 4944
車中泊の2日目は、朝方の寒さに対応するために毛布を追加しました。そして後部座席の下にも毛布を敷いて過ごしました。私もエコノミークラス症候群の問題は意識していました。「このまま丸くなって寝ているってまずいよなあ」ということです。そんなとき、あることを思い出しました。いまの車を購入する際に、ディラーの方が「こうすればトランクがさらに広く使えます」と言って、後部座席を倒したことです。さっそく車のマニュアルを見たところ、じつに簡単に座席を前に倒すことができるのでした。そうなると助手席の後ろからトランクまでが空間になるわけです。これによって、公称163cmの私なら十分に体を伸ばせます。それでも、「体が自由に動かせる」ところまでは行きません。したがって、エコノミークラス症候群の心配なしとは言えませんが、前日までに比べれば状況は相当に改善しました。これで3日目から4日間を乗り切ることができました。
そのうち、とにかく「一人分の寝場所」が確保できたため、私だけはめでたく自宅復帰となったのでした。その後、さらに「寝場所」ができて家族も帰ってきました。これが26日です。最初の一撃は14日夜でしたが、16日の「本震」とされた追い打ちで避難所に行かざるを得なくなりました。つまりは11日間の避難所生活を実体験したのです。ともあれ、「全国ニュースの当事者」になるなど、夢にも思っていませんでした。 |
ゆっくり行こうぜ(am5:35) 2016/04/28 Thu 4943
ゆっくり行こうぜ、どこまでもどこまでも。行ったところまでが行き先なのさ。行くまでの間が楽しけりゃ、それが何より、すばらしい人生。
どこまで行くのか、行けるのか。そんなことはわからない。それでもとにかく前に進むのさ。スピードなんてどうでもいいや。とにかく前に進めばいい。それまでの間が楽しけりゃ、それが何よりすばらしい人生。
あわてたって知れている。地球の外まで行くわけじゃあない。同じことを繰り返していても、地球はしっかり走ってる。同じ場所での繰り返しなんてあり得ない。昨日と同じだあなんて錯覚なんだよ。毎日が楽しけりゃ、それが何より、すばらしい人生。
今日も自分は生まれ変わり。一期一会の私とご対面。おはようございます。新しい道雄さん、今日もワクワクで行きましょう。この一日が楽しけりゃ、それが何よりすばらしい人生。 |
「ゆっくり時間」の理由(am5:45) 2016/04/27 Wed 4942
「時間がゆっくり進み始めた」のには理由があります。もっとも大きいのは「足の踏み場もない」自宅の状況です。最初の「前震」では、「それほど」の影響はありませんでした。そこで、「翌日」のうちに「原状回復」を終えていました。大型テレビも台の上で少しズレていた程度だったのです。
ところが1日半後の「本震」は決定的でした。書籍は絨毯のようにフロアに飛び散っています。それを収納していた書棚のガラスも割れました。最初は靴を履いて部屋に入らないと危険な状況だったのです。そんなことで、「原状回復」が短期間に実現することは不可能になりました。つまりは「ゆっくり」と進むしかないわけです。それだけではありません。この際、「『元に戻す』こともないなあ」という気分の方が強くなっています。なにせ「前期高齢者」です。大学を定年退職する2年前までに、かなりの「身辺整理」をしていました。書籍も半分以下にまで減りました。それでも「年の割」には身の回りのものが多かった感があります。
今回は、さらに「身辺整理」を前進させる機会を与えられたと言うべきでしょう。ともあれ、1000日計画でチャレンジを続けます。それまでは「元気高齢者」でいると勝手に決めました。さて、現実はどうなりますことやら…。 |
早出し夕刊(am10:25) 今月の写真(2) 2016/04/26(2) Tue 4941
今月は「ある事情」から「今月の写真」の紹介を2回に分けることにしていました。そこで、10日には1枚目の「胡蝶蘭」を取り上げたわけです。それから間もなく「大地震」に見舞われたため、2枚目が放置されてしまいました。もう1枚は「雲をかぶった伊豆大島」です。三原山は雲に隠れています。これは飛行機からの写真で、北側から撮ったものです。これまでも空からの写真を表紙に使ってきましたので、その流れの1枚のように思われるかもしれません。しかし、私が知る限りでは、九州と東京間で、離着陸のいずれの場合でも、この高度と方向で三原山が見えることはありません。これには「事情」があるのです。ただし、それは「朝刊」の容量をはるかにオーバーします。そこで、今日は「写真が伊豆大島」ということだけご紹介しておきます。 |
「車中泊第一日目」(am4:50) 2016/04/26 Tue 4940
「車中泊」の第一日目は後部座席に毛布をかぶり丸くなって寝ました。小柄の私といえども、座席で背筋を伸ばせる余裕はありません。その夜はあいにくの雨で、車の天井に雨音が響き渡ります。ある方は、そのために眠れなかったと嘆いていらっしゃいました。私はといえば、雨の音はしっかり聞こえていたのですが、それなりに眠ってから朝を迎えました。
それにはちょっとした理由があります。その日の午前1時45分ころに「本震」が襲ってきました。その後に同じマンションの方々と外に出たわけです。それから明け方まで起きていました。何分にも座るところもままならぬ状態です。そして7時45分に避難所の熊本学園大学に移動しました。それから夜までは椅子に座って「うとうと」しただけで夜になったのです。私は今でこそ「シンデレラ・シニア」ですが、「ボーイ」のころから翌日まで起きていたことはほとんどありません。そんな人間が半徹夜状態だったのです。こうしたことから、「車中泊初日」は雨音なんぞに文句を言っている体調ではなかったのですね。
翌朝は気温が急減に落ちて寒さを感じるほどでした。そもそも熊本は日較差、つまりは一日の温度差が大きいのです。また「前期高齢者」のパスポートを取得しているため、夜中に一回は行くところへ行く必要があります。これが「車中泊」では、ちょっとばかり日常と違ってきます。車内で靴を履いて出かけるのですが、駐車場からそこまでは数分の旅になります。それがけっこう寒いんですね。その上、建物の中の灯りのついたホールにも、たくさんの人たちが所狭しと眠っています。小さな子どももいます。お年寄りが椅子に座ったまま毛布をかぶって眠っています。おそらく横になりにくい事情があるのだと推測しました。目の前に「非日常」の世界が広がっていました。 |
時間がゆっくりと…(am5:45) 2016/04/25 Mon 4939
「時間がゆっくり進んでいく」。一昨日、避難所から我が家に復帰しました。。その滞在8日間の間にそんな気がしてきたのです。いつものように、あれやこれやを同時並行的にこなしていく。そんなことができなくなりました。
幸い、熊本学園大学は教室が開放されたことから、そこにいる人数の割にはフロアの電源が整備されていました。そこでPCですら使用することができました。このコラムを毎日アップできたのも、そのおかげです。それでも、やはりそれなりの制限はあります。そこで、あとは本を読んだり新聞に目を通すことになります。本にしても5、6冊を同時並行というわけにはいきません。そのおかげと言うべきでしょうか、300ページほどの本をあっという間に読み切りました。避難所内では誰かが聴いているラジオがけっこうな音量で流れていました。その多くが熊本の地震情報でした。また、同じ町内だと思われるお年寄りたちが、やはり相当程度の声で話をしていました。こうした環境の下で本に集中している自分がいました。
消灯は10時ですから、9時30分過ぎに「車中泊」のため移動します。車の中では少しばかりラジオを聴いて、すぐに眠りにつきます。こうした中で、なぜか「時間がゆっくり進んでいく」ように感じ、私はそれを「いいなあ」と思い始めたのでした。 |
自宅復帰(am6:25) 2016/04/24 Sun 4938
昨日、安倍首相が来熊した。まだ行方不明者の捜索は続いている。さらに、気象台は未だに「1週間は大きな地震に要注意」と「1週間先延ばし」パターンを継続中である。しかし、全体としては、ある程度の落ち着きも生まれはじめた感がある。もちろん、深刻な被害を受けた人々の「心身の痛手」は短期間で癒やされるものではない。しかし、そうだからこそ、こうした時期に国の責任者が来訪することには意味があるだろう。それは象徴的な意味もある。つまりは、「早すぎても、遅すぎても」いけない。その「タイミング」が重要なのである。
さて、本日は「自宅」で目を覚ましました。ようやく「寝場所」を確保できたわけです。一昨日に「水」が使えるようになりました。そして、昨日は「ガス」が開通しました。応援に来られている大阪ガスの方が担当でした。私は関西にけっこう出かけていますが、関西弁イントネーションはじつにいいんですよね。「失礼しますぅ」を聴いただけで笑顔になれます。しかも腰が低いというか「申し訳ございませーん」「ご迷惑をおかけしまーすぅ」などと言われると、「こちらこそサポートしてもらってるのに」と、申し訳ない気持ちになります。ともあれ、本日をもって「1,000日復興」のスタートを切りました。それは2019 年1月18日になります。そのとき私は70歳です。 |
私だったら…(am7:30) 2016/04/23 Sat 4937
今日、安倍首相が熊本の被災地を訪れるようだ。じつは去る17日、私は次のようなことを書いていた。
地元紙のコラムにこんな文章を見つけた。「安倍晋三首相はきのう熊本入りする予定だったが、急きょ取りやめた。被害の全容把握や被災者支援に万全を期すためだそうだが、それだからこそ実情を自らの目で見る必要があったのでは、とも思う」。これは17日の朝刊で、安倍首相は14日の「前震」とその余震が来た時点で、「翌16日に自ら現地に赴く」との意思表示をしていた。ところが、その16日になった間もなく強烈な「本震」が襲ってきた。そのため発言を実行しなかった感じになった。これに対して論説子としては「ぜひ来てほしかった」と言っているわけだ。もちろん「怖じ気づいた」などと意地悪な推測をしてはいない。
この一文を読みながら、私ならどう書くだろうかと考えた。「地震が起きて間もなく安倍晋三首相は『自ら現地に出かける』と語った。これを聴いたとき、『参議院選挙へのアピールか』と勘ぐってしまったのは、私が『下衆』だからであろう。こんなときに首相が動くとどうなるか。まずもってセキュリティの問題がある。そのために、現地までの道路やヘリポートなどは規制される。必死の救助作業も中断する。とくに72時間が勝負と言われる「命のタイムリミット」がある。生きる時間はストップウォッチのように止めることはできない。あの震災の時がそうだった。原子力発電所までヘリコプターで飛んだ首相がいた。あれが分秒を争う危機対応にマイナスに影響したことは疑いない。『本当に現実を知りたい』。そんな気持ちがあっても、しばしは我慢する。国家のトップはそんな自制心を備えてほしい。そして、本気になって被災地に何ができるか、その具体的な行動計画をしっかり確定し、実践していただきたい」。これが私の作文である。 |
稀な体験(am7:30) 2016/04/22 Fri 4936
熊本大学は4月一杯は授業を休止します。私も新年度の第1週目だけ授業をしたところでした。最初は授業全体のオリエンテーションに充てます。そして、「さあ来週からは本格的に」というところでした。私の孫の一人は小学校の入学式を終えて、「さあ、お勉強」というところで止まったままです。もう一人は幼稚園に入ったばかりでした。人生はいろいろですが、今回のような体験をする日本人は、圧倒的に少ないことでしょう。いや、稀だと言えるかもしれません。震度7クラスが連続して発生したのは初めてなのだそうです。さらに「余震」の回数もこれまでとは桁違いに多く、こちらも観測史上最多記録を更新中とのことです。
私が小学生のころ「日本は地震大国」だと聴いたときは、大きな地割れを想像して、「そこに落っこちたら怖いなあ」と思った記憶があります。そこまでには至りませんでしたが、「それに近い」ことに遭遇したわけです。
しばらく時間が経過してから、自分自身を含めて心理的な整理をしたいものです。ただ、一つだけ印象的なのは、「そのとき」、私は思ったより冷静だった記憶があります。ベッドに足をかけ、タンスを押さえながら「揺れに任せ」ていたのです。「うわーっ、こりゃあすごい」と声を出していたことも覚えています。家内が「お父さん、テーブルの下に」と叫んでいる声も聞こえていました。 |
1,000日元気計画(pm2:00) 2016/04/21 Thu 4935
私も「車中泊」を続けています。その理由は、①自宅に水道とガスが通じていないこと ②家の中が「足の踏み場もない」状態で、寝る場所がしっかり確保されていないのないことの2点です。避難所の前に大型スーパーがあり、こちらは通常に近い状態になりました。もちろん「売り切れごめん」で店じまいになります。それでも、「避難所生活」に必要な物資はそれほど問題がなくなりました。じつは、4日間ほどタオルで体を拭く程度で過ごしていました。昨日は「温泉」に行ってきました。露天でゆったりしていると、同じようにゆったりと「ドーン」が来ました。もう相当に慣れている状況です。
今回の件で、これから1,000日は元気高齢者でいなければならないという奇妙なエネルギーが湧いてきました。もちろん、1,000日にはまったく根拠はありません。身の回りの完全整理にはそのくらいかかるだろうという読みです。 |
今後1週間は…(am7:32) 2016/04/20 Wed 4934
今回の地震は専門家を悩ませているようです。つまり、これまで体験したことのない事態が起きているというわけです。きわめて大きな地震が来た後で、さらに大きな地震が起きると、後者を「本震」として、前者は文字通り「前震」という。これは専門家の間では自然なことで、とくに悩ましいことではなさそうです。ただし、素人には「あまり聞いたことがないなあ」という気がします。そして、その後にもけっこう強いものが継続して起きているわけです。これを「余震」と呼ぶことは知っていますが、その回数が飛び抜けて多いというのが今回の特徴らしいのです。そんなことから、気象庁はいつまで経っても「今後1週間は大きな地震が発生するおそれがある」と言い続けることになります。つまりはいつが1週間目なのか明確でないのです。余震の回数が多いことはよくわかります。毎日、ときどき「ドーン」という感じの揺れが来ます。これが「震度3」とか「震度4」、さらに「震度5」まで含めて頻繁なのですから、これは悩ましいですよね。だから、いつ終息するとは言えないんだろうなあと、素人ながら思うのです。 |
おはようございます(am8:08) 2016/04/19 Tue 4933
いろいろと体験が増えていきます。昨日くらいからスーパーも通常に近い営業を始めたようです。当初に行列ができたのは当然として、その後は落ち着いてきた感じです。自宅は電気のみOKで、水道とガスのOUT状態が続いています。このうち熊本市内の水道は使用可能になっています。ただし、漏水があるので、その場所の点検が済むまで水圧を下げているのです。このため、マンションなどの貯水タンクには圧力不足で供給がむずかしいのだそうです。ガスはカセット・コンロが無事に生き残っています。ただし、水が十分でないため、現時点では使っていません。
昨日は避難所から仕事場に出かけました。さすが耐震補強をしていたことから、本棚やキャビネットはそのままでした。ただし、本はけっこう飛んでいました。最初のアタックが14日でしたから、「激震体験」から早くも6日目を迎えたことになります。 |
思い込み(am5:40) 2016/04/18 Mon 4932
わが家は幸い人的な被害はありませんでした。最初の14日21時26分の「地震」と、数時間後の15日午前0時過ぎの「かなり大きな余震」で終わったと思っていました。これが「思い込み」だったのですね。研究室も「それほどの被害」はありませんでした。わが家も生活空間は十分に確保されていました。いわゆる大型テレビも台の上から「ずれた」程度だったのです。ところが、それからさらに25時間ほど経過した16日午前1時25分の強震が決定的でした。これでこれをプロが「本震」と言い直す(?)のですから、素人の「思い込み」は致し方ないでしょう。しかし、その結果として、「もうおしまい」と思って「自宅に留まった」方が亡くなられることになりました。 |
避難所「号外」(am9:00)2016/04/17(2) Sun 4931
私などは「避難者」というのはおこがましいのですが、いろいろな学びがあります。何と言っても、「同じもの同士の『連帯感』」です。熊本市の人口は74万人ですが、報道によると熊本市だけで5万人が避難しているようです。単純に計算して、ほぼ7%になります。これだけの市民が避難すれば水や食料などが供給不足になるのは当然です。水もはじめのうちは1人あたり「紙コップ1/2」ほどという状況でした。これが4回ほどでしたが、夜にペットボトル1本になりました。私たちは前日に買っていたペットボトルがあり、もちろん遠慮しました。また、パンなどは量が足りずお年寄りや子どもたちを優先で、これまたみんなが納得していました。そうそう、今朝はおにぎり1個の提供がありましたが、そのおいしさについては言うまでもありません。こうした「不足」を連帯で補うわけです。私なんぞ、ほとんど飲むことのない「栄養ドリンク」まで味わわせていただきました。もう一つ、忘れてならないのは熊本学園大学の教職員と学生の皆さんの強力なサポートです。 |
おはようございます(am5:54) 2016/04/17 Sun 4930
今朝は車の中からお届けします。直下型の地震が実感されます。さすがに「ドーン」という音はしませんが、横揺れとは何となく違う気がします。ただし、数回の激震は「ギシギシ」と建物が軋む音がして、大揺れしていました。電子レンジが「吹っ飛び」、大型テレビは畳に「なぎ倒された」というところでしょう。また余震も体感します。皆さん、何となくいつもかすかに揺れている感じがすると言っています。それに人によって違うのでしょうが、私なんぞは「余震慣れ」の感があります。「あっ、また揺れた」というわけです。人間の感覚とはそんなところがあるのでしょう。これが適応力と言えばプラスですが、裏目に出るとリスク要因になります。私は車の中で寝ましたが、気づいた限りでは「そこそこの余震」が数回はありました。とりあえず、そんなところです。 |
避難中です(pm12:20) 2016/04/16 Sat 4929
今朝の一撃は猛烈で一昨夜の比較になりません。わが家は文字通り足の踏み場もない状態になりました。とりあえず他の方に倣って外に出て朝を待っていました。。私の見たところマンションは大丈夫だと思うのですが、家内のすすめで避難先にやってきました。自宅から歩いて10分程度のところにある熊本学園大学に避難中です。本日は別の内容にするつもりでしたが、変更せざるを得ません。前期高齢者になって「全国ニュース」の当事者になるとは、これも人生ですね。 |
とりあえず、無事です 2016/04/15 Fri 4928
みなさま、おはようございます。昨夜の地震ですが、わが家はとりあえず全員が無事でした。すでに、本コラムにアクセスいただいた方がいらっしゃいますので、まずはお知らせだけして、これから追加して参ります。(am6:17)
まずは、ニュースになって間もなく数名の方から「大丈夫ですか」とのメールをいただきました。ご心配いただきまして、ありがとうございました。
そのとき息子と電話をしていました。その途中です。二人ともお互いに相手の「うわぁーっ」という声を聴いて、そのまま手から電話を離しました。それはもちろん突然のことでした。ゆらゆらっと来たかと思うと、部屋全体が軋みながら揺れ始めました。地震です。前期高齢者の私としては、これほどの揺れは体験したことがありません。本棚はもちろんですが、キャスター付きの台が動き、その上に載せていたものが落下します。さらに、ビデオやCDが床に降っていくではありませんか。何か不思議な感じの時間でした。左手を机の上に押しつけて体を支え、右手で190cmほどの書棚を押さえていました。そのため、書棚の上に置いていたモノの落下は食い止めることができました。書斎(?)のドアの前にアルバムや書籍、今や懐かしきビデオやカセットテープ、それにCDなどが重なっています。そのため、すぐにドアを開けることができません。「おーい、大丈夫かーい」と声をかけました。これに対して内容はわかりませんが答えが返ってきたので、人間は大丈夫と安心しました。
それから、ドアの周りを片付けて家族がいる居間にいきました。「おーい…」と声かけをしたとき、家内は「机の下に隠れなさい」といったらしいのです。能天気に「おーい」なんて言ってたわけで、「どうして机の下に潜り込まなかったの」と叱られました。
明るくなってきて、今度は研究室の状況が気になっています。 |
ブラックキャンダル 2016/04/14 Thu 4927
今年は映画のペースが速く、1月に4本になりました。その「1月ラスト」は「ブラック・スキャンダル」です。これを観た動機は「予告編」です。まずは「幼なじみ」の3人が、それぞれ「FBI捜査官」「政治家」、そして「ギャングのボス」になった物語に興味をもったわけです。もちろん、三者が大人になってからもお互いに人間関係を維持しながら話が展開するというのです。しかも「実話」と来ては、「これは観なくっちゃ」となったのでした。
話の筋はまあまあでしたが、とにかく暴力的な場面がすごくて、「うーん」という感じにもなりました。もっとも、「ギャングのボス」が絡むストーリーですから、それに文句を付けていては、「そんなら観なきゃいい」と言われるでしょうね。
そうそう、「ブラック・スキャンダル」というタイトルから推測できますが、主役はギャングのボスでした。演じるのはジョニー・ディップです。この人は「海賊もの」の映画に出ていたことを知っていましたが、それはすべて予告編で、実際に出演した映画を観たのは初めてでした。とにかく、これ以上に冷徹な人間はいないと思うほどの「ギャングのボス」ぶりでした。
マフィアを撲滅しようとするFBIの捜査官が子ども時代から知っているギャングのボスに情報提供を持ちかけるあたりから話がはじまります。また、ギャングのボスは上院議員の兄でもあるというすごい関係なのです。これが映画の設定ではなく「実話」に基づくと言うのですから、それだけでも驚きでした。ただし、前期高齢者にとって銃を撃ちまくって人が次々に殺される映画は「もういいなあ」と思ったのも事実です。
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七十五日待つ 2016/04/13 Wed 4926
「人の噂も七十五日」といいます。世間でいろいろ騒いでいても、人間は75日も経てば忘れてしまう。とまあ、そんな意味です。この75日の数値については諸説あるようです。春夏秋冬に「土用の丑の日」を加えて季節を5つとして、1年を5で割ると75日くらいになります。そこで、「人のうわさも一季節くらいのもんだ」「季節が変わればみんな忘れる」というわけです。昔の人はよく言ってものだと感心することが多いのですが、これもまた現代の私たちにもピッタリ当てはまりますね。
この傾向をうまく利用している組織や人ってけっこういますよね。とんでもないことをしても、そのとき何とか取り繕っておけば、「皆さんどうせ忘れるに決まってる」という段取りです。テレビで舌鋒鋭く人を切りまくる人がいました。その人、ヨットかなんかで太平洋に船出したんですが、あっという間もなく失敗。大捜索(?)されて、何とも格好悪く生還したわけです。あれほど、人を切りまくる人でしたから、「ちょっとやそっとでは、世の中に出てこられないよなあ」とお気の毒(?)に思っていました。しかし、そんなの余計な心配だったんですね。それが「75日」だったかどうか計算などできませんが、いつの間にか元気いっぱい、何もなかったかのような堂々たるお仕事ぶりです。お名前は忘れてしまいましたが、「人間、ちょっとだけ、それは75日くらいということでしょうか、『しんぼう』さえしていれば、世の中の人は忘れてくれる」ンですね。小さなことで思い悩む皆さん、勇気を持ってほんのすこしの間だけ「しんぼう」する力を身につけましょう。
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立て看用語 2016/04/12 Tue 4925
「権力」は「強力」です。私たちが若いころは「国家権力」という用語が大学中を飛び交っていました。今ではほとんど見なくなりましたが、構内のあっちこっちに「立て看(立て看板)」なるものが置かれていました。とにかくドデカくて、畳六畳分くらい、イヤそれ以上あったかもしれません。白い用紙の上に、赤と黒、たしか青もあったと思いますが、やはり超特大の文字が躍っていました。その「字体」は特有で、全国どこの大学でも素人目には同じに見えました。その点は「没個性的」でしたね。
ところで、「立て看」で頻繁に使われる「用語」がありました。「国家権力」はベストテンの上位にランクされるでしょう。このほか、たとえば「日帝」などはお若い方にはわからない「学生運動用語」でしょうか。これは「日本帝国主義」の省略形です。
「帝国」は、文字通り「皇帝の支配する国家」(大辞林 第三版)です。日本の場合、かつては明治天皇が国家のトップに立っていたことから「大日本帝国」と称していました。現在の国会も「帝国議会」と呼ばれていました。ただし「帝国主義」になると、その意味が広がります。たとえば「世界大百科事典 第2版(ネット)」は「他民族や他国の領土に対して支配を拡張したり権力を行使する政策やそのような事実」「対外的な拡張を呼び起こす原因や傾向」と解説しています。この場合は「皇帝」とは必ずしも関係がないのです。
そんなことで、私の学生時代には「アメリカ帝国主義」といった表現も多用されていました。当時、中華人民共和国の北京放送(日本語)は「アメリカ帝国主義は張り子の虎である」と繰り返していました。 |
性弱説 2016/04/11 Mon 4924
そもそも、「考え方や行動」が「全員が同じ」を期待することには無理があります。それどころか、「全員が同じ」ことを要求することが、そのまま差別やいじめに繋がります。また、組織でも「言いたいことが言えない」雰囲気が生まれ、それが深刻な事故や不祥事を引き起こすことを、私たちは十二分に知っています。しかし、「みんなが同じ」でないことは、「規則やマニュアルを守らない」事態を引き起こす要因にもなります。まじめにルールを守る人がいる一方で、平気で違反する人もいるわけです。それはそれで大いに困るのですが、「人間とはこうしたもんなんだ」という現実をまずは受け止めることからはじめざるをえないでしょう。ただし、「それが宿命」なんて考えると、「だから仕方がない」という結論になってしまいます。これはこれで困ったことになります。
そこで、私としては「宿命」を「弱点・弱み」と読み替えることを提案しています。そもそも私たちは「規則やマニュアルを守らない」という「弱点」を抱えていることを認めるわけです。そして、だからこそ、「いつも気をつけていないと、『違反や無視』をするもんだ」と考えながら、生きていくのです。これを「性悪説」と言ってしまえばシラけます。私としては「人間性弱説」と呼びたいと思います。
ここで私なりにアピールしておきたい事態が発生しました。このシリーズは2014年10月15日で途切れていました。それを思い出したのは、そのときに「続き」を意識して書いた「メモ書き」が残っていたためです。そこには、「ルール違反」「人間の特性、宿命?」「弱みを知る強さ」「性弱説」というキーワードが並んでいました。ただ、それだけなのですが、「性弱説」はすでにいろんな人が言っているようですね。そこで、私としては「自分も独自に考えていたんだぞーっ」と言っておきたい気分になったわけです。まあ、「それで、どうしたの?」って言われそうですが…。
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早朝夕刊(am6:48) 今月の写真(1) 2016/04/10(2) Sun 4923
今月の写真は2回に分けてご紹介します。一つはご覧の通り、すばらしい胡蝶蘭です。私は2年前の3月に熊本大学を定年で退職しました。そして3月21日には退職の記念講演会を開催していただきました。その日を含めて皆さまからたくさんのお花をいただきました。その中に蘭もあって、それを家内がしかり育ててくれたわけです。じつは数ヶ月前にも別の蘭をご紹介したのですが、それを追いかけるように胡蝶蘭が見事に花を開かせました。植物は自力で光合成をして生きていくことができるすばらしい地球の創造物です。私たち人間は他の命を奪わないと存在できない依存的生き物です。だから獲物を求めて動き回らなければなりません。動物とはよく言ったものです。
蘭はわが家の窓際で太陽の光を受けながら静かに花を咲かせました。心が落ち着きます。ありがたや、ありがたや…。 |
質問への対応 2016/04/10 Sun 4922
組織に出かけてお話ししたことに対してご質問をいただくことがあります。そんなとき私としてもしっかりお答えしたいと思います。そして、ときおりその回答を「味な話の素」でもご紹介してきました。
さて、今回は次のようなご質問をいただきました。「本日は、リーダーシップを中心に安全と集団行動との関係を整理していただきありがとうございました。そこで質問ですが、現場ではなく設計を中心とする業務において、安全とリーダーシップの関係について参考となるものがありましたらご教示下さい」。
このときは、「リーダーシップと組織の安全」についてお話したのですが、その中でご紹介したのが「ものづくり」のケースだったわけです。そこで、「設計」といった「『ものづくり』とは異なる職場ではどうなんだろうか」と疑問に思われて、その点についてお聞きになってこられたのです。これに対して、私の立場からは「結論としてはお話しましたものと『同じ』です」でおしまいと言えばおしまいなのです。しかし、それではご質問いただいた方には何の意味もありませんし、そもそも失礼です。そこで、リーダーシップについて基本的なところからお答えをしようと考えました。私としては、その気持ちは前向きでいいことだと思います。ただし、結果的にはかなりの分量になってしまいました。ご質問いただいた方は「なんじゃこりゃあ」と驚かれたかもしれません。
ともあれ、ここで、その内容をお伝えしようと思います。もちろん、「分散的連載」にしないと、皆さまは疑いなく飽きられることでしょう。まあ、私なりに「リーダーシップの整理」をしたわけで、お気軽にご覧いただければ幸いです。すみません、いつものように本日も前ぶりでおしまいです。 |
旧き時代の「大物(?)」たち 2016/04/09 Sat 4921
時代は変わる。向坂逸郎氏は大学で授業をする際にメモ1枚も持って行かなかった。つまり手ぶらで授業をしたということだ。しかも、エピソードながら、生涯をかけて研究してきた「マルクス」さんの名前をど忘れした。そしてどうしても思い出せないとなると、「今日はこれでおしまい」と言って引き上げた。まさに「旧き良き時代」の「大物」をイメージさせる。受講する方も「大物(?)」だったのか、それが「批判」ではなく「おもしろネタ」として広がっていったわけだ。しかし、それは昔の話、いまなら向坂先生は三日でとまでは言わないが、早々に首になるに違いない。なにせ、大学の教員はあらかじめ「綿密」に「授業計画」を作成し、それを公表しておかなければならない。そして授業後には「評価」が待っている。そのなかには、「授業計画にそった授業をしたか」といった項目も含まれている。
私が受けた「経済史」の先生は、いつも授業開始後30分経過する数分前に、計測したかと思われる正確さで教室に現れた。いわゆる30分ルールがあって、それを超えると「休講」と決まっていた。学生たちはこの生態を理解したから、これまた計測したかのように25分ころにやって来るようになった。その先生は大学ノートを拡げると、そこに書いた内容を5、6分かけて淡々と読み続ける。学生はそれを諄々と書き続ける。一区切りついたところで、その部分についてボソボソと解説する。ずいぶんと後になって、それが「著書の原稿書き」だったことが判明した。向坂先生も私の先生も、たとえ大学であろうとも、今日ではおまんまの食い上げになるに違いない…。 |
大物のエピソード 2016/04/08 Fri 4920
大先輩の白樫三四郎先生から、向坂逸郎氏に関する情報をいただいた。先生は1968年3月に福岡市内で向坂氏の講演をお聞きになったという。私が記憶している講演会は、前年の1967年12月2日だから、その当時はけっこう講演をしていたのだと思われる。白樫先生は、三池争議における組合指導の話もあっただろうと推測されているが、講演内容のほとんどは忘れてしまったという。もう、半世紀近くも前のことだから当然である。
しかし、その中で一つだけ記憶に残っていることがあると言われる。それは、向坂氏が「当時の九大学生諸君にはたいへん申し訳ないが、当時講義のために特別に準備するということは一切しなかった。ただただマルクスやエンゲルスに関するエピソードを思い出すまましゃべってきた」と話したことである。いつも教室にはメモ用紙1枚もたず、手ぶらで教壇に立たれたらしいのである。
また、白樫先生によれば、向坂氏には語り継がれた次のようなエピーソドがあったという。ある日、向坂氏はいつものように手ぶらで教壇に立ち、いざ話し出そうとした。ところが、どうしてもある人物の名前が出てこない。もちろん、受講生の全員にはその人物がわかっているのだが、ここで先生がどうするのかを固唾をのんで眺めていた。向坂氏はしばらく呻吟した後、「今日はこれでやめる」と宣言し、教室を去っていったという。
その人物の名前が「マルクス」だったことは言うまでもない。白樫先生もこれは「エピソード」と言われているから真偽のほどは定かでないところもある。しかし、こうした「笑い話」が後々にまで言い伝えられるのは、向坂逸郎氏が大物だったということだろうか。 |
向坂氏の講演 2016/04/07 Thu 4919
大学生なった年の年末、1967年12月2日に向坂逸郎氏の講演を聴いた。そのとき向坂氏は70歳で、すでに大学を辞めていた。この年はマルクスに関わりのある人たちには記念すべき年だった。それは「資本論」が世に出て100周年に当たっていたからである。これを記念して、岩波書店から「資本論」が4分冊として出版された。その翻訳者が向坂氏だった。そのときの演題は記憶にないが、大学で向坂氏の講演会が開催され、私も話を聴きにいった。見た目は白髪の好々爺で、柔和な感じだったことを憶えている。その内容は何処かに飛んでいってしまったが、私の日記によれば「資本家は泥棒」といった表現をしたようだ。
そして、そのとき向坂氏はこの表現を使ったにちがいない。なぜなら、その著書「資本論入門」(岩波新書1967年)に、「富める人間は、労働者の血と汗の結晶である労働を搾取するほかに、富を蓄積することはできない。他人のものをただで奪取する人間は盗人といわれるが、人の労働を搾取する体制が今日の社会であるために、それは当然のことと考えられ、これを批判する者が、逆に悪人になる…」と書いているからである。
そして、おそらくは「社会の矛盾」を説き、「若い力で世の中を変えていってほしい。自分も流れに抗して、権力と戦いながら生きてきた」といった話だっただろう。
さらに、「社会主義革命は必然であり、そのときが間違いなくやってくる」と呼びかけたのではないかと思う。いや、きっとそう言ったはずである。その講演で「流れに抗して」と表現したかどうかは、今となっては確かめようがない。ただ同名の新書がその3年前に出版されているから、私は何らかの機会に、その「ことば」を知ったのである。 |
早朝夕刊(am5:35) 心地よい緊張感 2016/04/06(2) Wed 4918
今、時間が淡々と過ぎていく。将来「何になる」という夢はなくなった。すでに、そんな年齢ではない。しかし、短期的な目標はある。いや、それは「目標」とは言えないかもしれない。そうそう、「したいこと」だってあるのかどうかハッキリしない。ただ、「すべきこと」はある。それは「約束」をしているからである。それが「そこそこ」ある。そのために「準備」をする。それを、できるだけきちんとしたいと思う。そんな意味での「目標」はしっかりある。私としては「それで十分だ」と考えている。人生の「メインステージ」から降りた気軽さを感じながら、しかし「約束」はちゃんと果たすという心地いい緊張感がある。ありがたいことである。(295文字)
数日前の日記を転写した。私は1964年11月19日から日記を書いてきた。そのすべては手書きだが、筆記具は、ボールペン、万年筆、それに、ほんの一時期はサインペンを使った。しかし、もう長いこと万年筆が主役の座を譲らない。ここで「約束」というのは、研修や講演などをイメージしている。大学での講義もあるが、これは「約束」には含まれない。この日の分量は少なめだったが、ワープロ化するとあっという間に打ち込んだ。「なあんだ、この程度のことしか書いていないのか」。そんな思いになった。 |
「お月さん」ネタの中核 2016/04/06 Wed 4917
ちょっとばかり間を置きましたが「お月さん」のお話です。おそらく子どもたちは「満月」ということばは知っていると思います。「まんまるお月さん」「十五夜お月さん」として、絵本や動揺などにも登場しますね。これに対して「新月」はどうなんでしょう。子どもたちの多くが「聞いたことない」と言うのではないでしょうか。それもそのはず、「新月」は、まぶしすぎる太陽と同じ向きにあって「見えない」んですね。そうそう「三日月」という、「花王石鹸」のマークになった「お月さん」もいました。
ところで、「新月」は例外として、お月さんの形は「何も見えない」状態から、少しずつ「見えはじめ」て、ついには「まんまる」になる。さらに、また「欠けて」いって、「見えなく」なる。しかも、これをずっと繰り返すわけです。これは「日にち」を決めるのに好都合ではないですか。「今月今夜の、あの月に…」ではありませんが、「今度の満月の日には」なんて約束ができるわけです。となると、「何もない」状態を「はじまりの日」にしたくなるのは、十分に理解できます。つまりは「新しい月」ですね。そして「満月」まで15日ですから。そりゃあ「十五夜お月さん」なんです。そうそう、その計算で、「三日月さん」は、「三日目」ということでしょう。もっとも、人間の目に見えるのは「三日月」くらいからなので、その昔は、これを「新月」と呼んでいたようです。
現在では「ゼロ状態」を「新月」あるいは「朔」と言っています。この「朔」は、単純に「ついたち」という意味のことばです。ついでながら果物の「八朔」は、旧暦八月の「朔の日」、つまりは「8月1日」ころから食べ始めたことから付けられた名前だそうですよ。
いきなり月の話をはじめたのが、3月30日でした。それから4回目にして、「本当にネタにしたかった」ことを書くことができました。貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございました。 |
早朝夕刊(am6:10)悪乗りの結末 2016/04/05(2) Tue 4916
新潟県上越市の花見でボートが転覆し、高校生が亡くなった。高校生といっても、まだ入学式前の15歳である。昨日、朝のニュースを観て、私はつぶやいた。「また、悪乗りしてボートを揺らせでもしたんだろう」。現場は公園の内堀である。おそらく何の問題もない穏やかな水面に違いない。そんなところでボートが転覆する原因は、「わざと揺らす」か「立ち上がって騒ぐ」しかない。案の定である。夕刻の情報では、ボートを揺すっていたようだ。しかも「やめろ、やめろ」と叫ぶ声も聞こえたという。命を落としたのが、そう叫んでいた本人だったのかどうかはわからない。いずれにしても、「やめろ、やめろ」というのを「おもしろがっていた」者がいたに違いない。その結果が死亡事故である。先月、同じ中学校を卒業した4人の友だち同士だったらしい。このような重大な事態を引き起こしたことに、他の3人は気が動転していることだろう。単純な話しである。「悪乗り」、とりわけ人を巻き込むそれが、取り返しの付かない結果をもたらしてしまうのである。ところで、ボートは4人も乗れたのだろうか。 |
メモ拾い 2016/04/05 Tue 4915
私の身の回りには、あっちこっちに「味な話の素」の「ネタメモ」があります。そのうち、「最大規模」のものは、「ワープロ化」しています。それは「2つ3つの単語」から「5行程度」までと長短様々です。また、机の周りにある調度品(?)の鉄の部分にマグネットで留めたメモ用紙がぶら下がっています。そこには、やはり「数単語」のメモがあります。このごろは、朝のニュースや新聞に刺激を受けて、居間に置いているタブレットに「メモ書き」をして、それを自分宛てにメールします。そんなこんなで、「ネタ」は溜まる一方です。その一方で、「残りの時間」は「少なくなる一方」ですから、私の周りは「『一方』づくし」なのです。
さて、その中に「熊本駅自虐物語」がありました。過去に書いたものを見ると、現時点で手にしている情報を基に評価することになります。これがなかなかおもしろいんです。そこで、この「熊本駅」のメモをフォローして見たいと思った訳です。またぞろ、2回ほど、いや3回、うーん4回にはなるカナあ…。そのまま続けるとお退屈でしょうから、飛び飛びがよろしいでしょうね。
つい先だって、川崎市のあたりを電車で通った(陰の声:もう1年以上昔です)。熊本を首都圏にある街と比較しても仕方がない。しかし、それでも「このくらいなら、立派な政令指定都市だなあ」と思っている私がいる。もっとも、熊本駅だって、現在工事中の在来線高架工事が終われば様変わりするはずだ。そうなったら、「行橋なんかには負けないぞー」と言いたくなった(陰の声:すでに本欄に書いたのですが、人口7万人の行橋市からやってきた友人が「熊本駅は行橋駅より貧弱だ」と言われて反論できなかったのです)。 |
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校長の規制緩和? 2016/04/04 Mon 4914
附属中学校の校長としての2年間は私の生涯を通じて忘れられない楽しい思い出です。まずは、「あんたが何で校長?」と疑問に思われる方も多いに違いありません。そもそも私は教員免許状をもっていません。この話をすると「それでも大学の先生はしてたんでしょ?」と聴かれる場合もあります。じつは、大学の教員には教員免許状がなくてもなれるんですね。ただし、さすがに附属学校ですから子どもたちが学ぶ「学校」です。そこで、その校長には教員免許状をもった大学教員がなるのが前提でした。
ところが、2000年に学校教育法の施行規則改正に伴って、校長の資格要件が緩和されたのです。これで教員免許状なしでも、一定の要件を満たせば校長になることができることになりました。まず「施行規則20条」は、校長・副校長・教頭の「要件」は次の2つとしています。「(1)教諭の専修免許状又は一種免許状を有し、かつ教育に関する職に5年以上あった者(2)教育に関する職に10年以上あった者」。まずは、これまで通り「教員免許状」を前提としていますが、第二項は教員免許状がなくてもOKのということです。そして、「施行規則22条(校長の資格の特例)」として、「任命権者は、20条に掲げる資格を有するものと同等の資質を有すると認めるものを校長として任命し又は採用することができる」とされたわけです。
そこで、「教育に関し高い識見を持ち、民間で活躍してきた実績がある」人が校長になれることになりました。その結果、免許と言えば自動車免許しかもたない私が校長になる「要件」だけは備えたのでした。 |
校長の正体 2016/04/03 Sun 4913
昨日、「生徒からのメッセージ」はめでたく(?)最終回を迎えました。第1回目は2014年11月23日でした。それから1年半近くにも亘って18回、50名もの中学生の声を取り上げてきました。しかも、同じような内容が多く、「またかい。いつまで続けるンだい」と退屈された方も多いのではないかと思っています。
しかも、まず間違いなく「ネタバレ」していましたでしょう。そうなんです、ここで登場した「校長先生」とは、私のことなのでした。それは、もう13年も前のことになります。私は2002年度から2003年度の2年間、熊本大学教育学部附属中学校の「校長先生」だったのです。
それは校長として初出勤した日のことです。校長の職務について、いわゆるレクチャーを受けました。まずは直近の一大行事である「入学式」の説明がありました。その他にも様々な行事について情報をもらったのですが、その中で一つだけ「驚き」がありました。毎年秋に全校生徒が「合唱コンクール」で競うというのです。それまでも附属中学校は、「合唱コンクール」のでは様々な大会の常連でしたから、そのことには何の驚きもありませんでした。
ところがです。コンクールで全学年の合唱が終わった後で成績審査をするのですが、その間に教職員が「余興的合唱」をご披露するらしいのです。ここまでは、まだ「ああ、そうですか」と受けていました。しかし、それに続いて大きな驚きが待っていました。「ついては、そのとき『校長が教職員の前で指揮をする』きまりになっているのです」。「え、えーっ」。そのとき、私は大きな声で叫んだに違いありません。もうはっきりした記憶はありませんが…。 |
生徒からのメッセージ(19)最終回 2016/04/02 Sat 4912
「本題(?)」の「お月さん話」はちょっと休憩して、「生徒からのメッセージ」の「最終回」をお届けします。本日をもって本シリーズは終了いたします。ただし、全体の「まとめ」をするつもりでおりますので、「完全終了」までには至りません。そこまでお付き合いいただければ幸いです。
49)いつもどおりすごく楽しかったです(何を言っていたのかわかりにくかったけど)。そして、やっぱり校長先生の指揮がずれていたところが、さらにおもしろみがつきました。来年もがんばってください。
校長の指揮がすばらしかったと、ひたすら評価するものがある一方で、これまでにも「ズレていた」といった声もあった。それが事実なのだろうと思う。ただし、それによって、「さらにおもしろみがつきました」ということだから、全体としては好意的に「評価」してくれているのである。そして「来年」への期待まで表明されていることに、校長をはじめ教員たちは大いに喜んでいい。
50)今年は昨年よりも歌っていらっしゃらない先生がいらっしゃったので、来年はぜひ全員での合唱が聞きたいです。校長先生は、昨年よりもリズムを保つ指揮ができていて、みんな驚いていました。来年も頑張ってください。
51)職員(先生方)の皆様、先日の合唱はとてもおもしろかったです。とくに、校長先生の指揮は去年よりもさらに磨きがかかったようでした。また来年も楽しみにしています。
昨年と比較して「歌っていない教師」がいたという冷静かつ厳しい目もあることがわかる。校長の指揮に関しては、「昨年よりも」よくて、みんなが「驚いていた」という。これと同じだが、「去年よりもさらに磨きがかかった」とも言う。なんともすばらしい評価である。
これで「合唱コンクールにおける教師たちのコーラス」に対する生徒たちの声51人分のおしまいです。まずは、長々とお付き合いいただきました皆さまに厚く御礼申し上げます。
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お月さんの「裏表」ぶり 2016/04/01 Fri 4911
新しい年度のスタートです! 「今月」も「お月さん」の話を続けます。まだ本題に入っていないものですから…。
地球は太陽の周りを公転し、月は地球の周りを回っています。地球が太陽を一周するのに365.242190402日(太陽年)かかり、これがほぼ365日で1年になります。月は27日と7時間43.293分ですから、こちらは概算でほぼ1ヶ月なんですね。
そして、太陽と同じ方向に月があるとき、つまり[太陽-月ー地球]の位置関係では、月は太陽の強烈な光に隠れて空に浮いていても地球からは見えません。何分にも月自身は光を発していないからです。ただし、この3つが完全に直線上に乗ることがあります。そのときは太陽の前を月が通過します。月の直径は太陽の1/400くらいですが、地球のご近所に住んでいるものですから、見た目は太陽とほとんど同じになります。そこで、その太陽の前を月が移動するとき、太陽の光をさえぎるのです。これが「日食」なんですね。「お日様が食べられてしまう」わけです。本来は「蝕」ですが、これは「虫が葉っぱを食べる」と様子に由来しているそうです。ともあれ、そのときの角度がいいと「金環食」という見事な天体ショーが楽しめるのです。
この三角関係の位置が「太陽-地球-月]に変わればどうでしょう。今度は太陽の光を浴びた月は、それを反射して夜空に煌々と輝くのです。そして、これまた並び方がいいと、もちろん人間が勝手に「いい」と言っているだけで、単なる天体の物理的な運動の結果ですが、月に地球の影が当たって、「月食」になる段取りです。当然のことながら、「日食」は昼間に、「月食」は夜間になります。すみません、皆さんご存じのことと思うのですが、ついつい楽しくて書いてしまいました。そんなわけで、今日も「本題」に入れませんでした。 |
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