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味な話の素
No.153 2016年01月号(4801-4844)                Since 2003/04/29
 2016年 あけましておめでとうございます
早朝夕刊(am6:50) : 勝手な動物 2016/01/31 Sun(2) 4844
 人間が置き忘れたカメラでサルが「自撮り」の写真を撮った。カメラの持ち主はイギリスの写真家で、この写真を含めた写真集を出版しようとした。これに対してアメリカの動物保護団体が、猿に著作権があるとして裁判になっていたらしい。その判決が出た。サンフランシスコの連邦地裁は、サルに著作権はないとした。裁判の国、アメリカらしい。動物を愛し、保護することは大事だが、さすがに著作権までは認められなかったということだ。
 わが国では人間が犯罪を冒した場合は、その責任能力が問われる。そして、能力がないとなれば、それに対応した措置が取られる。一方、例えば犬などの動物が人間に危害を加えるとただちに処分されることが多い。しかも、動物の場合は、本当の意味で責任能力などないにも拘らずである。人間って地球上で最も勝手な動物なのだ。私としては、ラテン語表記に倣って、
〝Homo ambisiosus〟と呼ぶことをお勧めしたい。
 
心配な若者 2016/01/31 Sun 4843
 東京で早朝に電車に乗った。そうなんです、先月29日に話題にした「人の洪水が押し寄せる日吉駅」から羽田に向かうときのことです。あの「人たち」は東京方向への電車に乗り継ぐ人たちだったようです。私は横浜へ向かう電車に乗ったのですが、まだ6時台ということもあって空いていました。
 そこでゆっくりと席に座って何気なく前の方を見たのです。いやあ、驚きました。というよりは「どきっ」としました。そこにはまだ20代と思われる男性が座っていたのですが、彼がかぶっている帽子が私に衝撃を与えたのです。なんと、〝Suicidal Tendencies〟という文字が綴られているのです。その字体も英語から推測されるような雰囲気が漂っているのです。「えーっ、〝Suicidal Tendencies〟?『自殺傾向』?」。ほかに適切な訳語が頭に浮かばないまま、その驚きが納まらないうちに、彼は電車から降りていきました。一体全体あれはなんだろうと思うとともに、私はあの若者のことが気になりました。
 熊本に帰るとすぐにネットで検索してみました。そこには、「アメリカ・カリフォルニア州出身のクロスオーバー・スラッシュ・ハードコア・パンクバンド。初期はスケートパンク、西海岸ハードコアの代表的なバンドで、1980年代後半以降はスラッシュメタルやファンクの影響を取り入れ、クロスオーバームーヴメントの立役者になった」(ウィキペディア)。前期高齢者には「アメリカ・カリフォルニア州」と「バンド」と「助詞」くらいしか理解できない、「わけのわからない」解説がありました。
 いずれにしても、私が彼のことを「心配」しなくていいことだけはわかりました。
 
放送法 2016/01/30 Sat 4842
 年末のテレビで池上彰氏が司会をする番組があった。池上氏と言えば、NHKの「週刊こどもニュース」にお父さん役で出ていた。その週にニュースになった話題を子どもにわかりやすく解説していく。これがなかなかおもしろくて、日曜日の朝に私がめずらしく「よく見る番組」であった。その後の池上氏の大活躍は誰もが知るところだろう。
 ところで、この日は「放送法」について取りあげたところがあり、私もたまたまその話題のときにスィッチを入れたタイミングだった。そもそも電波は「国民の財産」なのだが、それをみんなが勝手に使うと混乱する。そこで、「総務省」が「電波を使う許可」を出すのである。だから、放送局は「公平中立」が求められるといったことが決められているわけだ。そこで「放送法」について考えようということだから、けっこうなことである。
 ただし、そこに入る際の「導入ナレーション」がいけない。「テレビを見ている皆さまには(あまり)関係ない法律(放送法のこと)云々」ですって。これって視聴者を低く見てませんか。「あんたたちは、あまり知らんでしょけどね。関係ないもんね」。そんな心根が見えてしまう。こうした言い回し、じつに気分が悪いですなあ。
 この話題に関連して池上氏は「新聞は民間企業だから、思いのままを書いていい」とまとめていた。そのとおりなんですが、そのかわり「自分たちこそが正義・中立だ」とアピールするようなことも控えてもらわないといけませんね。
 
生徒からのメッセージ(13) 2016/01/29 Fri 4841
 まだ性懲りもなく「生徒からのメッセージ」を続けさせていただきます。
 33)職員コーラスはとてもおもしろく、指揮をしている校長先生も笑顔がすてきでとてもおもしろかったです。
 校長は指揮をしているのだから、観客側からは背中しか見えない。はじめの終わりの挨拶のときだけの笑顔が評価されているのだろう。それが「すてき」で「おもしろかった」というのである。これまでも同じようなことの繰り返しではあるが、言われた校長としては嬉しいはずだ。
 34)校長先生の指揮はノリノリだったので、聴いている方も楽しくなったのでよかったと思う。
 35)ちょうネクタイがおもしろかったです。指揮者の校長先生は曲にノリノリでしたね。
 36)校長先生の指揮がとくにのりのりで、見ている私たちが楽しくなりました。先生たちの歌が上手でリボンもにあっていました!先生方…普段もノリノリでいてください!!
 「のりのり」あるいは「ノリノリ」も、これまで頻繁に出てきた。校長がよほど調子に乗って指揮をしていたのだろう。また「ちょうネクタイ」もけっこうな評判だ。教師たちには「普段もノリノリでいてください!!」と注文が付いている。いつもはそうでもないという評価だとすれば、教師には「反省しまーす」が求められているのかもしれない。それもまた、ありがたきメッセージではある。
 
CM競合 2016/01/28 Thu 4840
 先日、マラソンの中継をテレビで見ていた。そのときのスポンサーの一つがマツダだった。このところマツダはディーゼルでいい線を行っている。デザインも魅力的で、とくに真っ赤な車は街中でもよく目にする。マツダはロータリーエンジンを実用化したことでも知られている。燃費が悪いといった話も聴いたが、そのチャレンジ精神はしっかり評価されていい。ディーゼル車については、あのフォルクスワーゲンの問題で、さらに評価を上げたのではないか。
 ところで、その中継の中でCMが流れた。その中にフォルクスワーゲンが映し出されたから驚いた。それは車のCMではなく、出光興産のものだった。つまりはガソリンのコマーシャルなのだが、使われた車がワーゲンだったというわけだ。放送局もこの点は承知していたと思うが、こんな場合はどう対応するのだろうかと興味が湧いた。事前にマツダに相談したのだろうか。まあ、一瞬だからいいじゃないのということになるのかどうか。何と言っても競合する会社なのだから、何も無しでCMを流すとは考えにくい。
 たとえば清涼飲料水のスポンサーがついているときは、自動販売機にボカしが入っていたことがある。いかにもわざとらしかったが、あれはスポンサーとは違う会社のものだったのだと思う。NHKになると、とくに昔は気を使っていた。それでも野球チームなどは名前そのものがCMになっていておかしかった。NHKだって「ソフトバンク」とか「日本ハム」に「楽天」などと声高に社名をコールする。その上、球場はCMだらけだから、NHKテレビの画面で大コマーシャルとなる。
 もっとも大相撲の懸賞金を出したスポンサーを大きな音量で場内アナウンスが読み上げるときは音量を絞り、画面もズームを引いて見えにくくしている。それなりの苦労があるのだろうと推測している。
世界を変えるよりも… 2016/01/27 Wed 4839
 ロシアの文豪と言えば、誰もがトルストイで一致することでしょう。まずは「戦争と平和」が頭に浮かび、「アンナ・カレーニナ」くらいは思い出し、少し詳しい人なら「復活」までは行くでしょう。あのひげを生やした厳しそうな顔は多くの人が知っています。ただし、私はその作品を一つも読んだことがありませんが…。
 そのトルストイのことば、
〝Everyone thinks of changing the world, but no one thinks of changing himself.〟
 「人は世界を変えることは考えるが、自分自身を変えようと思う者は一人もいない」。この「世界」は「自分の身の回りの『世界』」だと考えていいでしょう。その「世界」に「他者」が含まれることは言うまでもありません。「あいつが悪い」「こいつがけしからん」「世の中が間違ってる」…。何でもかんでも自分以外が悪いのだから、彼らが変わるべきだ。そんな思いになることを頭から否定する気はありません。しかし、どうでしょうか。「自分の方が変わってみたらどうなるかいな」。そんな気持ちも大事だとは思いませんか。私は〝Challenge the Chance to Change Youeself〟というフレーズを発信してきました。「自分が変わるチャンスにかけよう!」です。「Cha,Cha,Chaで行こう!」とも言っています。ここで大事なことは、「変わる」のが「いやいや」でなく、「チャンス」だと考えることです。これって、トルストイさんの気持ちと通じるなあと感動しています。本欄での初出は、2003年5月10日で、まだほやほやのNo.22です。
名プレーヤーの条件 2016/01/26 Tue 4838
 私はゴルフと呼ばれるものとは完璧に無縁である。これまでの人生で、ゴルフクラブを握ったのは1回だけ、それも30分間を超えていない。もう40年以上も前のこと、熊本県荒尾市にある「三井グリーンランド」へ調査に行った。その日の休憩時間にゴルフクラブの握り方を教えてもらった。そして、それを4、5回ほど精一杯に振るとボールは5~6mほど飛んでいった。そのとき周りが笑ったような感じはしたが、そんなこととは無関係にゴルフはせずじまいで今日に至っている。
 つい先日、そんな私が次のような文書に出くわした。しっかりした縦書きである。
「プレーヤーの皆様へ
一、スタンスはやや広めに取り、スクエアに立つこと
二、手の親指と人差し指でしっかりとグリップを固定し、やや前傾姿勢を取ること
三、下腹部とグリップの先端に神経を集中し、すばやくショットをすること
四、振り回してはいけない。チョロ、ダブりに注意すること
五、ホールアウト後は、素早くチャックを閉め、水を流し立ち去ること
 以上のことをすれば、あなたは名プレーヤーとなり、グリーンは綺麗に保たれます
                               □□□□ 〇〇〇」
 ゴルフと無縁の人生を送ってきたにも拘わらず、私はこの箇条書きの意味を十二分に理解した。「□□□□ 〇〇〇」には料理屋さんの名前が書かれていた。私は立ったまま、その内容を読み、味わい、そしてしっかり納得してから水を流して、そこを出た…。
 
遅まきながら… 2016/01/25 Mon 4837
 いつも本コラムをお読みいただいている方から「今月の写真はどこのものですか」というご質問のメールが届きました。すでに1月も終盤でというのに、写真のご紹介をすっかり忘れておりました。本日は遅まきながら「今月の写真」です。
 今回はいずれも熊本城がらみで、一枚は天守閣と宇土櫓です。手前右側が宇土櫓で中央に天守閣が見えます。この画角だと天守閣の方が小さくなります。もう一枚は熊本城内にある加藤神社です。天守閣の写真も加藤神社の鳥居横から撮ったものなのです。熊本城の撮影スポットとして上位に入る場所と言えるでしょう。加藤神社は、その名のとおり熊本城を築いた加藤清正ゆかりの神社です。わが家から30分ほどのところに、息子夫婦と孫たちが住んでいます。もうずいぶんと前から正月の初詣は加藤神社になっています。
 ところで、熊本城でも中国語や韓国語が飛び交うようになってきました。加藤清正といえば、秀吉の朝鮮出兵の立役者の一人です。そんなことから朝鮮半島の人から見れば侵略者ということになるでしょう。しかし、観光客にはそんなことは何の関係もないようです。それでいいんです。私にも中国と韓国に古くからの友人がいます。彼らとは何のこだわりもなく付き合いができています。これが国家レベルになるとややこしくなる。困ったことです。
 ところ、写真の件でメールをいただいた方からは、「アクセスカウンター 370,000ゲット」のお知らせもいただいておりました。これも皆さまのおかげです。
 
二分されていない世論 2016/01/24 Sun 4836
 さて、NHKがRDDという電話による調査の結果、「夫婦別姓」に関して「同じ名字を名乗るべき」が50%、「同性。別姓を選択できるようにする」が46%でした。これでアナウンサーは「意見が二分されている」と読んだわけです。しかし、その後の画面では「おやおや」と言いたくなるようなデータが表示されます。
 それは年代別の数値で、「20代・30代」では、36%:61%で「選択」の方が圧倒的に多いのです。そして、「40代」は36%:63%で20代とほとんど同じ割合で「選択」派ということです。この傾向は続いて、「50代」で32%:66%と、あくまで「数値」だけ見れば、むしろ20代を上回っているではありませんか。さすがにというべきでしょうか、これが「60代」になると、47%:49%で両者が拮抗します。そして、「70代以上」までくると、69%:27%で、「圧倒的」に「同姓であるべきだ」が多くなっているのです。つまりは、70代以外は「別姓でも可」と回答しているのに、「70代」のパワーで、50%対46%へと「大逆転」を果たしたわけです。
 総務省の2012年のデータでは、全人口に占める「70歳以上」の割合は17.7%です。この4年でその比率は上がっているとは思いますが、まあとにかくこれに近い数値に違いないでしょう。何のことはない、20%に達しない人たちの意見で数値が拮抗したということです。これで、「世論が二分されている」なんて言ってはいけませんよね。こうした数値を見ると、「そうだよなあ」と思います。そもそもお年寄りは話し相手が少ないので電話でも長話になる傾向があります。そんなときに外から電話がかかってくるのですから、調査にも喜んで答えることでしょう。しかも連休中ですから、高齢者の方が自宅にいる確率だって高いでしょう。ともあれ、「世論調査」もよーく吟味しないといけませんねえ。
 
電話の世論? 2016/01/23 Sat 4835
 さて、「夫婦別姓」の賛否に関わる世論調査ですが、NHKのデータでは、「同じ苗字を名乗るべき」が50パーセント、「同姓・別姓を選択できるように」は46パーセントでした。これを見れば「世論が二分されている」ことは明らかです。しかし、この判断は正しいのでしょうか。まずは調査の時期は11月21日から23日の3日間です。勤労感謝の日を含めて3連休に当たります。また、対象者の選択はRDDとなっています。これはRandom Digit Dialingの頭文字を取ったもので、乱数で電話番号を決めて、そこに電話をかけるのです。いわば「くじ引き方式」なのですが、現時点では固定電話が対象になっているようです。今回の場合、NHKは全国の20歳以上の2,376人を対象にして調査を行い、1,380人から回答を得たといいます。これは対象者の58.1%です。
 この種の調査は、すでにこの時点で危うさを伴います。まずは「三連休」です。この日に「固定電話」に出る人が「日本人」を代表しているのかどうか。そもそも、学生はもちろん、このごろの若者たちは「固定電話」を持っていません。そうなると誰が出やすいかです。自然と年長者が増えてくるでしょう。それに「番号を登録していない電話には出ない」という家庭も少なくありません。こうした人たちははじめから対象から外れます。さらに、「忙しい人」「こうした電話に答えたくない人」も回答を拒否します。それに、一般的には回答する気があっても、「夫婦同姓の賛否」については「答えたくない」という人だっていてもおかしくありません。そんなこんなもあっての最終回答率58.1%ということでしょう。
 これだけでも、出てきた数値が「国民全体の意見」を示していると考えることには無理がありそうです。それでも、これが「世論調査」と言われるわけです。
二分された世論… 2016/01/22 Fri 4834
 夫婦同姓は憲法に違反するかどうか。最高裁の判断は「合憲」だった。女性だけが離婚後10ヶ月は再婚できないのはどうか。こちらは科学技術の進歩などを考慮して「違憲」だということである。前者は社会の中で定着しているかららしい。NHKでは「世論を二分した…」と言っていた。最高裁の判断が出る前の週の朝、そんなニュースを観たので授業で取り上げた。私は「教育情報科学」という授業を担当している。この中では、その時々の情報をタイムリーに取り上げる。そこで、朝のニュースを材料にしたのである。
 ここでちょいと脇道に逸れる。折に触れて話題にしているが、授業の内容を「事細か」に書く「シラバス」なるものに文句を言いたくなる。それが細かくなればなるほど、最新ネタなど使えなくなる。「適宜、そのときどきの情報を取り上げる」なんて書こうものなら、「記述が曖昧だ」と叱られかねない。それなら授業はビデオでした方がはるかに効率的だ。生身の教師が学生と格闘する。私は、授業後に「ミニレポ」なるものを5分程度で書いてもらう。その中には大事な情報が満載されている。とくに「ここの意味がよくわからなかった」という指摘は貴重だ。学生が理解していることを前提に授業は進んでいくが、教師の思い込みだけで終わっていては「教育」の意味がない。そして、内容に依っては、「そのこと」がさらに「展開」して次の時間の半分ほどになることもある。それが授業というものである。「はい、今日もシラバス通りでおしまい」なんて、何なのよと言いたくなる…。
 さてさて、文句はこのくらいにして本題の朝のニュースに戻りたいのだが、今日はもう分量が目一杯になった。いつものことながら、明日まで続けさせていただきまーす。
折りたたみテーブル 2016/01/21 Thu 4833
 熊本に来てすぐに公務員アパートに入居した。築後20年ほどの住宅だったが、市の中心部に近く、地の利は最高だった。しかし、これは借家だから、いつかは退去しなければならない。私は仕事で様々な方とお会いする。しかし家内の付き合う範囲はご近所に限定されている。夫婦の間では、今後も「住むなら大江に」となっていた。それからどのくらい時間が経過しただろうか。ある日のこと、住宅から近いところにマンションが建つことがわかった。私の50歳が見えはじめたころである。
 そんなわけで、最終的にそこで新しい生活に入ることを決めた。私は昨年の秋に〝前期高齢者3年生〟になった。つまりは入居から18年近くにもなるのだ。公務員宿舎の生活がずいぶん長かった気がする。しかし、指折り数えてみると、それは18年5ヶ月ほどである。つまりはほとんど並んだのだ。いつものことながら光陰矢のごとしを実感する。これから同じ時間が経てば80歳も半ばである。そこまで生きながらえることができるかどうかもわからない。
 ところで、私の書斎もどきの部屋に置いている机については折に触れてネタにしてきた。新しいわが家に入居した当初は気分が高揚して、机くらいは少し背伸びして上等を手に入れようかと思った。そしてちょっとだけ家具屋さんを覗いたりもした。しかし間もなく「机だけが立派でもなあ」と考えはじめた。それまで、学生時代から使っていた折りたたみ式のテーブルで仕事をしていた。最終的には「上等の机」を買わないことに決めたので、その後もこれが相当長い期間に亘って「メインデスク」の役割を担った。床に胡座してPCに向かう。これもまたなかなかいい感じなのである。この「机」で学部の卒論や修士論文も書いた。そんな思いで仕事をしていると、胸が高まり嬉しさがあふれてきた。上等な机でないと上等な仕事ができないなんてことはあり得ない。いやむしろ、ちっぽけな折りたたみテーブルでだって仕事はちゃんとできるのだ。そう思うとワクワク感が高まってきて叫びたくなるのだった。
 
生徒からのメッセージ(12) 2016/01/20 Wed 4832
 粘着質の吉田がお送りする「生徒からのメッセージ」の12弾で、とうとう30番目に達しました。
 30)指揮しているのを見て、かわいいなあと思いました。職員全員合唱はとても感動しました。いつもは見られない先生方の顔を見ることができました。楽しかったです。
 指揮者の校長が「かわいい」という評価は、これまでも繰り返し登場してきた。いまどき女子中学生が「かわいい」と言うとき、その対象に対してどんなイメージを持っているのだろうか。この校長もその点は知りたいと思うのではないか。

 31)とてもすばらしい指揮でした。いつまでも元気でがんばってください。
 とくに目新しい評価ではないが、「いつまでも」が、いかにも校長に対するメッセージのようでもある。中学生にとって、校長は相当程度の年配だろうから、「いつまでも」とねぎらいたくなったかと推測する。がんばれ、校長!

 32)とてもはつらつとした指揮でした。とても楽しくリズムに乗った曲だなあと思う気持ちがとても伝わってきました。とても楽しそうで、ぼくたちも楽しくなるような指揮でした。
 
「とても」が4回も繰り返されている。「ぼくたちも」という言葉から男子生徒である。作文的には指導の必要があるが、それだけ「感動した」ことが伝わってくる。これを読んだ校長としては嬉しかったに違いない。そもそも指揮は動きを伴うものだが、「はつらつとした」というのだから、校長が元気な動きを見せたのだろう。  
大廉売の営業時間 2016/01/19 Tue 4831
 先週からデパートがらみのネタを取り上げたが、その本当の理由をお話しよう。昨年の暮れに、熊本市内で唯一の鶴屋デパートの大きな封筒が配られた。その表には「年末百貨大廉売会」という大きな文字が踊っている。年末の売り出しをアピールするもので、いろいろな広告がしっかり入っていた。そのなかに見開きが新聞紙大で上質用紙の大広告があった。これが主役級で、全8ページにもなる。そこに日替わりでさまざまな品物が溢れている。その「大廉売会」の期間は12月1日から8日となっている。
 じつは、少し前にシャツの仕立て生地を買っていた。私は、身長ではかなり「物足りない」のだが、その代わりに座高は「足り過ぎ」なのである。さらに、手の長さは「中途半端に短い」上に、「首回り」ときたら相当程度に「標準」あるいは「それ以上」の傾向がある。中学校のころから目が覚めると、首を両手で曲げて「コキッ、ゴキッ」と鳴らすことを習慣にしていた。その成果が実を結んだのである。ともあれ、自分でも感動するほどのすばらしいアンバランスを誇る体型なのだ。そんなことでシャツのほとんどがお仕立てということになっている。
 いずれにしても「大廉売会」の広告に刺激されて採寸に行ってみる気になった。そこで、営業時間はと思って見たのだが、これがどこにも見当たらない。営業時間を書いていない広告なんてあり得ない。だから、私が見落としていることは間違いない。そう言い聞かせて全8ページを何回か見直してみる。それでも、「ない」のである。いやはや、同封されているおもちゃと時計のフェアだけには営業時間が入っていた。これって意識的なんだろうかと不思議に思った。もしそうだとすれば、その意図を聴いてみたい。だって、開催期間だけで「営業時間」の記載なしって、あり得ないでしょう…。
 
熊本デパート物語 2016/01/18 Mon 4830
 さて、その中学生も前期高齢者になり、熊本市に住んですでに37年目に突入した。そもそもの出身は福岡県とはいうものの、少年、青年、成人、そしてやや中年近くまで過ごした福岡在住期間の2倍以上の間、熊本の空気を吸ったのである。その「わが町、熊本」にはデパートが一つしかない。じつは昨年までは、もう一つあったのだが再開発のためにビルが取り壊しになり、それを契機に閉店してしまった。
 わが家が熊本にやってきたとき、そこは岩田屋伊勢丹だった。福岡で育った家内と私にとって、「岩田屋」の名前は懐かしく、デパートでの買い物といえば岩田屋伊勢丹と決まっていた。その当時、岩田屋伊勢丹は九州最大規模と言われていたバスセンターに繋がっていた。ところが、その「一等地」にあるデパートが振るわないのである。これに対して圧倒的に強さを誇っていたのが地場の鶴屋だった。電車通りに面して、人の行き来が多い通町筋にあるから、こちらの方が地の利が圧倒的だった。私たちが熊本に来たときは、鶴屋の隣りに長崎屋があった。熊本大学は十月に採用されたから、そろそろ冬がやってくる時期で、電気コタツを買ったのが長崎屋だった。業界で長崎屋がデパートに含まれるのかどうかわからない。ただ、素人目にはデパートに映った。さらに福岡のユニード系が経営する「熊本城屋」が「開店」したばかりだった。こちらは火災で100人以上の死者を出した大洋デパートのビルを改装したものである。そうそう、スーパー系の寿屋もあった。そんなわけで、しっかり重なっているかどうかはわからないが、熊本市には5つものデパートがあったのだ。それが今では一つだけになってしまった。
 
早朝夕刊(am7:08) : 想像力欠如 2016/01/17 Sun(2) 4829
 「れぇーっか(劣化)は、つーづく(続)よーぉ…」 ニュースを見た瞬間は「CoCo壱番屋、お前もか」と声を出しそうになった。しかし、よく聴いてみると「CoCo壱番屋」は被害者の方だった。製品に異物が混入した疑いがあったため、CoCo壱番屋が廃棄処分を依頼した。それを請け負った業者が廃棄せずに横流ししていた。食品の仲介業者は事情を知らなかったと言っているようだが、プロなら「胡散臭い」くらいは勘づくはずだ。そこで、それを話題にせずにことを運ぶ。あとで問題になっても「そんなことは夢にも思わなかった」で押し通す。まるで江戸時代の悪徳大名と商人の物語である。それにしても「加工」して出すならいざ知らず、「そのまま」店頭に置いたらバレルに決まってる。なんとも「想像力に欠ける」としか言いようがない。
 
佐世保玉屋 2016/01/17 Sun 4828
 デパートの話から津軽海峡へ脱線(路?)してしまった。私が小学生で伊万里に住んでいたころはデパートがなかった。最も近いのが佐世保の玉屋だったと思う。佐世保は子どもの目から見て大都会だったわけだ。伊万里に4年いて、私が中学校2年生の夏に父が転勤で福岡に移った。伊万里中学校ではそこそこの成績だった。福岡の中学校に転校することになったとき、中学校の担任の先生から「福岡は勉強ができる子がたくさんいる。しっかりがんばりなさい」と激励してもらった。いまふと、それが社会科が専門の北川輝彦先生だったことを思い出した。われながら、人間の記憶のすごさを実感する。
 福岡はそのときすでに大都会だった。小学生の修学旅行で北九州まで行ったが、その途中の福岡では動物園に行っている。動物園も大都会の施設だったのだ。そして、福岡の天神をバスで通過したとき、バスの窓からとんでもなく高いビルが建築中で、みんなが歓声を上げた。それが天神ビルであることは中学生になってから知った。子どもの目には「とんでもなく高い」と映ったそのビルは11階建てである。地震国のわが国に「超高層ビル」などない時代の楽しい思い出だ。そんな福岡にはしっかりデパートがあった。しかも、岩田屋に玉屋、そして大丸と、3つもあったのだ。しかも、1963年には新しい博多駅が開業し、駅ビルには井筒屋デパートが加わった。
 
早朝夕刊(am6:34) : 予告:劣化は夕刊で? 2016/01/16 Sat(2) 4827
 唱歌「れぇーっか(劣化)は、つーづく(続)よーぉ、どこまでも…」は永遠なり。地元紙の社会面には毎日のように、飲酒や酒気帯びで逮捕されたニュースが載る。最下段の隅っこ、死亡記事の横辺りの小さな記事である。そこには逮捕者の職業・年齢・氏名が入る。これはすでに一種の告知板と化している。そして、飲酒関連で捕まると「必ず載るぞ」という雰囲気になってきた。けっこうなことである。そこまでしないといけないのかと嘆く勿れ。そこまでしても後を絶たないのが飲酒関連の事故なのである。昨年11月4日に「唱歌:劣化シリーズ」をスタートさせた。あまりの情けなさに各回の分量はけっこう多くなりがちだった。今後は、リスクマネジメントの視点から大上段に分析するケースを除いて、夕刊で取り上げようと考えた。それほど「次から次へ」と唱歌を歌いたくなるから…。
津軽海峡、波高し 2016/01/16 Sat 4826
 私は小学校時代の乗り物酔いを完璧に克服していた。とにかくどんなものでも大丈夫だったのである。そんな私が、数年前に函館から大間まで津軽海峡を船で渡った。それはかなり大きなフェリーで、出港して間もなくは平穏そのものだった。ところがしばらくすると船が大きく上下に揺れはじめた。それでも乗り物酔いなど無縁だと思い込んでいる私だから、何のこともなく揺れに体をゆだねていた。ところが、私は船体の上の方にある「上等の席(?)」に座っていたのだが、そこの窓にまで海水のしぶきが直撃しはじめた。外を覗いて見ると海面が近づいているように見えるではないか。そのころから何となくヤバそうな雰囲気になってきた。それからはひたすら大間に早く着くことだけが頭を占領した。私が気分悪そうにしていると、横からおじさんが声をかけてきた。「大丈夫かい。私は長いことこのフェリーに乗っているけど、今日の波は半端じゃないよ…」。それで私も十二分に納得した。そのおかげだかどうか、最終的には無事に対岸へと着いたのだった。
 かくして、半世紀以上も経ってから「乗り物酔い」を再体験したのである。その帰りには、ちょっとばかりリベンジしようという気もあった。しかし、幸い(?)その二日後は、台風が近づいてきていることもあり、青森から飛行機で帰ることにした。
 大間では、400kgあったというマグロのモニュメントとご対面を果たすことができた。家内によれば、私は「マグロ」なのである。彼らはいつも泳いでいないと生きていけないという。いつもせわしなく動き回っている私は、まさに「マグロ」の親戚なのでーす。
 
華のデパート 2016/01/15 Fri 4825
 デパートは都会の華だった。デパートがある町はそれだけで大都会だった。私が小学生のころ住んでいた佐賀県の伊万里市にはデパートがなかった。父のボーナスが出ると家族で佐世保に出かけた。デパートでスーツなどの買い物をするのである。子どもにとっては食堂で食事をし、ソフトクリームを食べるのが極上の贅沢だった。ソフトクリームはデパートでしか楽しむことができなかった。
 その当時、伊万里から佐世保までバスで一時間ほどかかったのではないか。ある年のことである。おそらく年末だったと思うが、佐世保からの帰りに車酔いで大変な目に遭った。隣に座っていた母も同じ状況だった。どちらかが一方に移したのかもしれない。そのころも、私は健康だったはずだが、どうしたことか乗り物酔いには弱かった。それこそトラベルミンが欠かせないような状況だった。これには心理的な要因が拍車をかけていたと思う。「また気分が悪くなるのではないか」。そんな不安が酔いの神経を呼び覚ますといった悪循環である。
 しかし、その後に体質が変わったのか、あるいは気持ちの変化があったのか。いつのころからか乗り物酔いは私の体と無縁のものになった。あらゆる乗り物、車はもちろん、飛行機も船も、はたまた遊園地のジェットコースターですら克服したのである。もうかなり前のことになるが、ギリシャに出かけた際に船に乗った。そのときは、多くの乗客が船酔いで大変だった。そんな中でも私は悠然としていた。
 
特別興業「白鳥の湖」 2016/01/14 Thu 4824
 先月、シネコンで「熊川哲也 Kバレエカンパニー『白鳥の湖 in Cinema』」のPR(予告編)を観た(現在上映中)。芸術監督は熊川哲也氏で最高級のバレーを大画面で楽しむわけだ。すでに「シネマ歌舞伎」などもある。これらは生ではないが、画質と音響設備が高度にレベルアップしたために臨場感も十分なものになる。
 何と言っても「特別興業」だから鑑賞料金は2,500円、各種サービス料金は適用されない。また、3歳未満入場不可で、それ以上は有料である。私は「バレー」から遠距離のところに住んでいるので鑑賞することはない。
 ただ、先月はシネコンに4回足を運び、元日にも映画を観に行った。その度に「白鳥の湖 in Cinema」の「予告編」を観た。しかもこれが本編がはじまる前に2回流されるのだ。それで、ほとんど別世界の雰囲気を楽しんでいた。
 ただ、そのなかできわめて興味深いことがある。それは主役(プリマ?)の中村祥子さんのインタビューである。主役としての意気込みと緊張感といったものを語っている。全部で3カット、15秒くらいではないかと思う。その終わりに「新しい世界がつくれたのではないか」といったことを言うのだが、そこで「噛ん」で言い直すのである。「つくれ…、つくれたのではないか」といった感じだ。ここが楽しいというと叱られるだろうが、この部分が来るとつい笑ってしまう自分がいる。私はおそらく10回近くは観ていることになる。とにかく「特別興業」である。それは「10秒に満たないカット」であり、私なら200%取り直しをする。それが「噛んだまま」になったことにミステリアスな興味をもつのは無意味なんだろうなあ…。
 
正義も多数決? 2016/01/13 Wed 4823
 そもそも「『正義が一つしかない』と考えるのが間違っている」という意見があるかもしれない。現実の世界を見ればその方がピッタリしている。そもそも戦争の当事国が「自分たちは不正義を実現するために戦ってる」などと言うわけがない。どちらも「正義の戦争」なのである。だから「正義が一つしかない」とするなら、どりらかが「嘘」を言っている、あるいは「わかっていない」ことになる。しかし、それならいっそのこと、「正義は複数ある」と考えるとどうかと思うが、それではまたややこしくなくなる。その調子でいけば、「正義は無数にある」となりかねない。それは「正義なんてない」と言っているのと同じことだ。
 さてさて、昨日からの裁判の話題にこの発想を適用すればどうなるか。「正義は複数ある」のなら、裁判するだけ時間と経費の無駄遣いではないか。正義はたくさんあるから、どっちも正義ですよと言えばおしまいである。それでも決着をつけろというのなら、ジャンケンでもすればいい。
 それに冤罪のケースなどは、裁判官が正義を代表していないことを明確にしている。裁判官は自由心証主義という伝家の宝刀を持っている。これは、「事実認定・証拠評価について裁判官の自由な判断に委ねる」ことを指している(Wikipedia)。そして裁判官は自分の判断について責任を取らされることもない。もちろん、それは「裁判官の全くの恣意的な判断を許すものではない。その判断は論理法則や経験則に基づく合理的なものでなければならない」という条件が付いてはいる(同)。しかし、「論理法則」や「経験則」そのものが「唯一」ではないから怪しくなる。最高裁でも「少数意見」なるものが明記されたりする。何のことはない、最後に正義を決めるのは多数決というわけだ。おそらく「良心」に基づいてなのだろうが、「良心」なるものは、誰にも見えないし測ることもできない。おそらくご本人にもわかっていない方がいらっしゃるのではないか。それでも、こうした方々に全権を委ねているのが法治国家ということである。
早朝夕刊(am5:51) : プロは唸らせる 2016/01/12 Tue(2) 4822
  NHKの「プロフェッショナル」は「プロジェクトX」に続く番組だろう。かつて高視聴率を誇った「プロジェクトX」の裏事情については、ディレクターだった今井彰著「ガラスの巨塔」が詳しい。ただし、「朝刊」では触れる余裕がないのでご関心のある方はお読みになるといい。
 さて、「プロフェッショナル」では、登場人物に「プロフェッショナルとは」と問いかける。それに対して多様な、しかし「そうだなあ」と思う答えが発せられる。その道の最高水準の仕事をする人たちだから説得力は満点だ。そんな珠玉の定義を聴くたびに思う。それは、「プロフェッショナルは人を『唸らせる』のであって、『黙らせる』のではない」ということだ。もちろん、こっちの方が勝手に「黙る」ことはあるのだけれど…。
 
裁判と正義 2016/01/12 Tue 4821
 裁判が唯一正義でないことは、わざわざ言うまでもない。たとえば、諫早湾に設置された堤防排水門を開けるか、開けないかについては、裁判所が全く正反対の判決を出している。まずは佐賀地裁が国に「開門」を命じた。その後、福岡高裁は「5年間」開門して、漁業被害を調査することを国に命じた。その際に、当時の菅直人首相は上告をしなかったため、この判決が確定した。その一方で、長崎地裁は国に「開門してはならない」との判断をしたのである。ともあれ、その後の経過を省略すれば、国は決定を守らないという理由で制裁金を払い続けている。もちろん、開ければ開けたで、他方に制裁金を払うことになる。前代未聞の話である。
 この件については、最高裁が「当事者が異なり、別個に審理された場合、その判断が分かれることは制度上あり得る」としている。これを簡単に言えば、「現実に矛盾するような結果」が生じても「仕方がない」ということである。裁判所はあくまで「論理的」に判断するのであって、あとは「知りません」というわけだ。
 しかし、裁判には「情状酌量」といった用語もある。その際に「情状」を計る絶対的な基準はなく、裁判官が判断するのである。そのため、「それって『論理的』なの」と言いたくなるようなケースもある。それに、裁判官も「世論」なるものに影響を受けることもあると言われる。私もありそうだと思う。
 まあ、そんなこんなで、正義が一つしかないとすれば、裁判官が唯一つある正義の判断をしていないことは、子どもにだってわかる。
早朝夕刊(am5:49) : 劣化列島 2016/01/11 Mon(2) 4820
 昨日の夕刊(TBS系ニュース)の続きです。そのときのパネルにはあと2つリストアップされていました。
 第3番目は、福岡の大濠公園でカシの木をのこぎりで切った女性が逮捕されたというものです。容疑は器物損壊です。その動機がすごいんです。それが「中学生」だったかどうか、何せ生のニュースですから、ちょっと聞き損なったのですが、とにかく「彼らが切っているのを見て、自分も切りたくなった」というのです。その年齢が64歳だそうです。いやあ、失笑です。
 そして最後は、自衛官が広島から横浜までキセル乗車して捕まったというニュースです。広島駅では入場券で入り、横浜で期限切れの切符を出してばれたというのです。期限切れの切符を使えばバレルに決まってますよね。これまた失笑してしまいます。もちろんキセルなんてしてはいけませんよ。
生徒からのメッセージ(11) 2016/01/11 Mon 4819
 「生徒からのメッセージ」の11回目で、27番からです。
 27)指揮がとてもよかったです。また機会がありましたら見せてください。おねがいします。
 28)職員コーラスはとってもきれいでした☆☆ 先生方はいつの間に練習していたんだろう??と思いました(>_<) 校長先生の指揮も上手で、一度先生の指揮で歌ってみたいです???
  内容としては、これまで採り上げたものと類似している。同じイベントに内する「メッセージ」を淡々と記載しているのだから、それは当然である。「また…見せてください」はリピート希望であり、それを言われた校長としてはしっかり喜んだことだろう。また「いつの間に練習していたのか」と教師たちのコーラスの出来を評価している。さらに「校長先生の指揮で歌ってみたい」と言われれば、これまた嬉しさの極限に至るだろう。ただし、いずれも「???」付きであるところが「奥ゆかしい???」。
 29)校長先生の指揮はとっても楽しそうで、見ている私たちまで楽しくなりました。先生の指揮で歌ってみたいです。
  
やはり「指揮で歌ってみたい」と言われているが、「とっても楽しそうで、見ている私たちまで楽しくなりました」という。人が楽しそうにしていると、それを「見ているだけ」で「楽しく」なる。これが「人と人との関係」である。世の中のリーダーは、「まずは自分が楽しくなる」ことを大事にしたいものだ。 
早朝夕刊(am6:22) : 劣化列島 2016/01/10 Sun(2) 4818
 「れぇーっか(劣化)は、つーづく(続)よーぉ、どこまでも…」。昨年のことですが、TBS系7時前のニュースで「事件」をリストアップして伝えていました。そのトップが「熊本市の小学校教諭が以前の教え子の自宅に侵入して捕まった」というものでした。ヤレヤレです。しかも「その日、自分は行っていない。ただ、以前には何回か行ったことがある」という趣旨の供述をしているということでした。失笑です。
 ニュース・リストの2番目は、火葬場の職員が焼却後に残った貴金属を盗んで、13万円ほどを現金化したというものです。それでフィリピン・パブに行って遊んでいた。罰当たりとはこういう行為を言うのでしょう。こんなことで引用されてはフィリピン・パブも迷惑な話ですよね。弁護側は、「職場のストレスが原因だった。免職にもなることだし、情状を酌量してほしい」と訴えているといいます。弁護士さんもこのくらいの筋書きしか書けなかったんだと思います。しかし、いくら「ストレス」に苛まれていたといっても、それでパブはいけません。これまた失笑です。いや怒る人もたくさんいるはずです。
 
道徳の教科書は… 2016/01/10 Sun 4817
 やっぱり「出てきました」ね。事前に見せてはいけない教科書を「こっそり(?)」見せていた会社が。今度は、この業界最大手とされる「東京書籍」です。教員30人を名古屋市内のホテルに招待して「英語教育に関する意見交換会」を開催したというのです。その際に交通・宿泊費はもちろん、謝礼金1万円を渡したそうです。その夜に懇親会も行われたようですが、会費は会社持ちでしょうね。文部科学省は、この問題の調査中で、1月20日までに回答を求めています。それに正直に回答していないことがわかった場合は、教科書発行者としての指定を取り消すと伝えたようです。文部科学省が招集したのでしょうか、そこには教科書会社の社長が30名ほど集まっていました。調査の〆切までに、まだまだ出ますよね、きっと。そして、「教科書として選定してもらう意図はなかった」という説明が付けられるはずです。誤解を招くようなことをしない。これが「李下に冠を正さず」なんです。これって教科書に載ってる可能性が高いと思うのですが、どうなのかなあ。
 ところで、これまで「教科外」とされてきた「道徳」は「特別の教科」として格上げされました。これに伴って、2018年度から正式に「道徳」教育が正式な教科としてスタートします。そうなると。「教科書」が使われるわけです。この中で「李下に冠を正さず」なんてことも教えられるかもしれませんね。子どもたちにわかりやすい教科書にするために、「わかりやすい事例」を入れてほしいものです。そんなとき、今回の「経験」などを含めると、子どもたちは「ああ、こんなことしちゃあいけないんだあ」「ああ、正直に言わないと叱られるんだあ」とわかってくれますよ…。
 
早朝夕刊(am5:54) : マタニティ制服 2016/01/09 Sat(2) 4816
 女性警察官用にマタニティ制服ができるという。世の中の流れから言えば、それほど驚くことではない。ただ、これは私の先入観だが、警察は保守的な組織の代表だと思っている。そこが制服にマタニティ仕様を導入するというのである。NHKのニュースでも流していたから、やはりニュース性があるということだろう。現在8%の女性警察官を10%に増やす計画だという。女性の社会的進出によってGDPも伸びるというのだから、けっこうなことである。私の周りでも元気な女性が多い。わが「吉田塾」を母体にして、あっという間に「合同会社PHS研究開発センター」を立ち上げたのも全員が女性である。大学の授業でも、男性諸君よりも女子学生の方が元気がいい感じがする。まあ、男女の比較は置くとして、女性が働きやすいシステムを構築することが大いに期待される。
  
メガネちゃん、どこいった? 2016/01/09 Sat 4815
 朝のニュースで目頭が熱くなり(昨日の本欄)、その感動を食卓の上でタブレットに書き込もうと思った。そこまではよかったのだが、いつもはテーブルに措いているメガネケースが見当たらない。つい先ほど新聞を読んだときには使った記憶がしっかりある。おかしいなあと重いながら、そのあたりを探すが、どこにもない。せっかくの「感動」が覚めやらぬうちにメモしておきたい。そんな思いが強いから、自分の部屋に行って別のメガネを持ってきた。それからタブレットにメモをした。何分にも朝のことだ。本コラムに書きたい要点だけメモして、「これでよし」となった。じつは、そのときの内容を整理したのが昨日の本欄だった。
 さて、メモが終わってからタブレットを元のところに置こうと手に取った。それからが驚きの物語がはじまる。何と、目の前にメガネケースがあるではないか。その瞬間は何が起きたのかと思った。「メガネさんよ、あんたこんなところに居たのかい」。そんな気分である。しかし、メガネがそこに「隠れていた」理由はすぐにわかった。何のことはない、メガネはズーッと同じところにいたのだ。私がタブレットに入力するために、メガネケースを下に置いてディスプレイに角度を付けて見やすくしていたのである。もちろん、そうしたのは私以外にはあり得ない。メガネとしては「隠れていた」などと、とんだ濡れ衣を着せられたものだ。メガネさんは目の前ならず目の向こう側にいつづけていたのだった。私としては苦笑いするしかなかった。それにしてもこうした「事変」が増えてきた。めでたきかな前期高齢者、そのときの準備が少しづつ、しかし確実に進んでいる。
早朝夕刊(am6:27) :多趣味人生? 2016/01/08 Fri(2) 4814
 新年早々、「趣味の人間ドック」に行ってきました。これで32回目です。最後は胃カメラで終わるのですが、これがまた私の「趣味」なんです。今回は、ご担当の看護師さんが私をご存じで、マスクの下から「吉田先生でしょう。研修を受けました」と声をかけてくださいました。ともあれ「趣味」なものですから、喉の麻酔のみで、いつものように軽快に(?)終了しました。それに驚く看護師さんに、私は鼻をピクピクさせながら「はい、趣味なんです」と自慢しました。こうした自分を「心のモニターカメラ」で観て、「前期高齢者という名のこどもだなあ」と苦笑いします。
 「仕事が趣味というのはいいですね。私には趣味はありません」。手書きでそんな文章が書き込まれた年賀状を受け取りました。この方、私の同業者で、じつはすばらしい研究をされています。そんなわけで、趣味などなくてもしっかり仕事がおできになるのです。私が「味な話の素」でも「仕事が趣味だ」と絶叫しているものですから、こんなことをお書きになったのでしょうね。
歌う赤ちゃん 2016/01/08 Fri 4813
 先月だったか、NHK朝のニュースで、家庭で撮った子どものビデオが流れていた。コタツのリモコンを電話と思い込んで(?)、しっかり話をしている女の子。最後はちゃんと「バイバイ」で終わる。画面を見ているだけでほほえましいし、とにかくかわいい。
 もう一人の女の子はバンド「南こうせつとかぐや姫」のなつかしき名曲「神田川」を歌っていた。「貴男はもう忘れたかしら 赤い手拭い マフラーにして」のよく知られた歌詞を、それなりのメロディーで口ずさむ。「若かったあの頃 何も恐くなかった ただ貴男のやさしさが 恐かった」まで、ちょっと「怪しい」のはほんの一部だけである。
 アナウンサーも言っていたが、「若かあたったあのころ…」と歌うところなんぞは、抱腹絶倒に近い。 しかも楽しさのあまり、歌いながら乗ったロッキングチェアがひっくり返るという落ちまでついていた。
 どうしてこうなったのか。それにはしっかり理由があった。じつは女の子のお婆ちゃんが「神田川」が大好きでいつも歌っていたという。ところが、そのおばあちゃんは亡くなってしまった。そこで、それを引き継いで今度はお母さんが歌いはじめたわけだ。それを聞いているうちに、「自分の持ち歌(?)」になったというのである。テレビにはおばあちゃんの写真が出ていたが、まだかなり若かったように見えた。孫の年齢から推察すると、私より年下ではないかと思う。
 ともあれ、孫が楽しそうに歌う姿を見て、おばあちゃんんもさぞかし喜んでいるだろう。そう思うと朝から目頭が熱くなったきた。子供はみんな天使のようだ。
 
石段と生き方 2016/01/07 Thu 4812
 すみません、くどい吉田でーす。「石段物語」に追加がありまあーす。せっせと石段を登っているとき、中学生くらいの男の子が私の横を駈け登っていきました。それから20段か30段ほどでしょうか、そのくらい進んだところで彼は「はあはあ」と息を切らせながら横たわっていました。もちろん「ただきつい」というだけで、とくに問題があるようには見えませんから、単にやり過ごすだけです。さらにちょっと上まで行くと、また後ろから勢いをつけて走り上がっていきました。あとはその繰り返しです。わたしが追いつき追い抜く、それをまた猛然と追い抜く。もちろん、お互いに意識しているわけではないので、私が勝手にそう思っただけのことです。その結果ですが、最終的には彼の方がほんのちょっとだけ早く3,333段に達しました。それからすぐに降りてきたとき目が合いました。そこでわたしは「中学生?」と声をかけてみました。「いいえ高校生です」が答えでした。「おやおや失礼」となったのですが、彼は「もうすぐですよ。がんばってください」と言って降りていきました。
 私が声をかけたくなったのは、彼が生き方について大事なことを教えてくれたからでした。つまりは、「人間は急いで駆け上がってもすぐにへたばるものだ。しかも最終目的に達する時間はそれほど変わらない」。私としては、彼が「ゆっくり確実が何よりなのだ」ということを教えてくれたと思いました。ありがたや、ありがたや。それからボチボチと降りてスタート地点に戻ったとき、「また登りたいなあ。今度は孫たちとだなあ」という気持ちが浮かんできました。それが実現するかどうかはわかりませんが…。
早朝夕刊:親指姫・小僧さんへ… 2016/01/06 Wed(2) 4811
 NHKニュースに今年のオリンピックでメダルが期待されるスポーツ選手の初練習風景が流された。その中で体操の内村航平選手がお参りに行って絵馬に願い事を書いているカットがあった。「体調を万全にしてオリンピックに行く 内村航平」。読みやすいとてもいい字だった。ニュースでは、油性のペンで絵馬を書いているところをアップしていた。これがまたすばらしいのである。ペンの握り方が正統派でしっかりしていた。このごろは親指を被せるようにしてペンを持つ人が多く、これがじつに気になる。学生たちにも「親指姫」だの「親指小僧」だのと皮肉を言っている。年寄りの小言と思うかもしれないが、なんでも「基本」が大事だ。初詣に出かけたあるお宮の絵馬には「鉛筆がちゃんと握れるように」と書かれたものがあった。とてもきれいな字で、中学生だろうかと推測した。「ちゃんと持てば、あなたの字はもっときれいになるよ」と絵馬に声をかけておいた。
 「親指姫」「親指小僧」の皆さん、きちんと持った方がいい字が書けるのですよ。そう思っていたら、NHKのCMに出ていた杏の手元のアップでも「正しい持ち方」でした。
 
お兄ちゃん、はいジュース 2016/01/06 Wed 4810
 温泉から上ってゆっくりしていたとき、「お兄ちゃん、ジュースいるかい」と見ず知らずの私に声をかけてきたおばあちゃんの続きです。詳しくは3日の本欄を覗いてください。
 私としては即座に「いやけっこうです」と断ったことは言うまでもありません。ところが、おばあちゃんたちはそんなことお構いなしというのでしょうか、あるいはわたしの返事が聞き取れなかったのかもしれません。「はいこれお兄ちゃんの」と言いながら缶ジュースをくれたんです。ここまでくれば、「ありがとうございます」とお礼を言っていただくしかないですよね。まことにすばらしい人間関係が創られるのです。しかも完璧に自然体なのです。これだから、わが愛する「田舎」では「人間万歳」と叫びたくなるのです。
 ともあれ「佐俣の湯」を出るときには19時を回っていました。さすがに「ハートの二俣橋」はパスしました。何分にも地球は暗くなりはじめていました。太陽とのコラボであるハートの日差しが見えるはずもありません。「また今度」の楽しみができたということです。それにしても人生、一寸先は闇であることを実体験しました。とにかく何が起きるかわからないのですね。わが家を出るとき、「3,333段を登りきる」なんて、夢にも思っていませんでした。
 
お昼の夕刊:シャチハタ物語 2016/01/05 Tue(2) 4809
 マイナンバーのニュースで役所が映っていた。その中で書類だったか貼り紙だったか、チラリと「シャチハタ」という文字が見えた。すでに「シャチハタ」は「一般名詞」になっているのだ。私たちの世代の者であれば、「シャチハタ」は会社の名前であることを知っている。それまで「ハンコ」だったのに、ぽんぽんと手軽に押せる「ハンコ」が出た。これが1965年、「シャチハタ」のデビューだった。正式名称は「インキ浸透印『Xスタンパー』」である。つまりは「スタンプ」ということで、じつにわかりやすい。それがいまでは競争相手が頭に浮かばないほどの「超独占」状態ではないか。そして、ついには官公庁も使う「一般名詞」にまでなってしまったのである。 もっとも、さすがの印鑑社会も緩やかに変化してはいる。宅急便の受け取りは「シャチハタ」から「サイン」でOKになった。その他でもサインですませる範囲は拡大している。そもそも印鑑は英語で〝seal〟なんですよね。そう、子どもたちが大好きな「シール」と同じです。 
年の初めから… 2016/01/05 Tue 4808
 年初から「劣化ニュース」ですね。三省堂に続いて、今度は数研出版が自社の教科書を事前に校長たちに見せていたということです。いやな予測ですが、まだまだほかにも出てくると思いますよ。この問題の一義的責任は会社側にあることは言うまでもありません。しかし、誘いに乗って行く方も行く方ですよ。三省堂の場合は謝礼の5万円と宴会付きだったようです。数研出版は数千円の図書券を渡したのが1件だけあったということでした。正直なところ、「ホントに1件?」と疑いたくなるのは私だけでしょうか。
 それは1980年代のことです。私が勤務していた施設にコンピュータシステムを導入する予算がつきました。それはけっこうな額で、私がその選定の最前線にいました。そして競争入札の結果、ある会社のシステムに落ち着きそうになりました。そのとき、会社の担当者が「ビアガーデンに行きませんか」と誘ってきたのです。私は即座に断りました。
 そのときのやりとりは次のような感じでした。「そんな誤解を生むようなことをしてはいけませんよ」「いやあ割り勘ならいいでしょう」「これは誰が支払うかの問題ではないでしょう。とにかく絶対にしてはいけないことですよ」「先生って固いんですねえ…」。最後の言葉はいまでも私の耳に残っています。当時としては、「その程度のこと」は「世の中の常識」だったのかもしれません。しかし、私としては利害関係者の間でそんな会話が交わされること自身が問題だと思っていました。
 教科書会社も問題ですが、誘われた方だってちゃんとしないとまずいのです。自分の立場を考えて「お断りした」関係者もいるのだろうと思います。いやいてほしいですよ。
 何のことはない。これって年初から私の自慢話になっていますよね。
 
お昼の夕刊:熊本駅物語 2016/01/04 Mon(2) 4807
 このごろは熊本駅物語から遠ざかっています。正月の地元紙によれば、熊本駅に日本庭園を造るのだそうです。新規の開発面積は7万平方メートルだと言いますが、それがどのくらい広いのか見当もつきません。おそらく相当に広いのでしょうね。昨年オープンした大分駅ビルと同等かそれ以上になる見込みだとのこと。これで少しは熊本の顔になるかもしないなあと思いました。ただし、その着工は19年春だそうです。もちろん、JR九州さんが私のために駅ビルを建ててくれるのではありません。つまりは私の個人的な事情などまるで関係ないわけです。それはそうなのですが、着工の年には、私はすでに70歳を超えているんですよね。それも無事に生きていることが大前提です。開業時に「ようやくできたなあ」とビルを見上げることができるかどうかもわかりません。やれやれ…。
ジャンジャカジャンチャッチャ… 2016/01/04 Mon 4806
 「ジャンジャカジャンチャッチャ、ジャンジャカジャンチャッチャ、ジャンジャカジャンチャチャ、チャー」「チャチャチャチャララン、チャチャチャチャラ…」。ほとんど50年を経て、私は鳥肌を立てていた。その場所はシネコンの最後尾中央座席。ストーリーはすべて終わり、スクリーンにはエンドロールが流れている。そして、わが耳には冒頭のビートの効いた音楽が流れている。冒頭の「ワケのわからないカタカナ」でこの映画のタイトルを当てられる方がいらっしゃるだろうか。そんな無茶な期待をしてはいけませんね。
 正解は「007(ダブル・オー・セブン)ジェームス・ボンド」の世界です。第1作は「原題 Dr. No 邦訳 007は殺しの番号」で、1962年の公開。私は2番館か3番館かは知らないが、天神のスポーツセンターにあったセンターシネマで観た。そのとき高校生、入場料は50円だったのではないか。それから、少なくとも「007は二度死ぬ」までは観た記憶がはっきりしている。これは日本を舞台にしたもので、丹波哲郎や浜美枝、若林映子などが出ていた。姫路城での撮影の際に、手裏剣か何かで白壁に傷を付けたことが問題になっていた。初代のボンド役であるショーン・コネリーが降りてからまったく観なくなった。私にとってボンドはショーンでなければならなかったのである。
 それからウン十年の歳月を超えてボンドが現れた。映画そのものはまあまあだったが、最後にボンドが女性を助手席に乗せてカッコいい車で走り去る。そのときから、あのテーマが流れはじめたのだった。映画がおおむね終わってから鳥肌が立つなんて、かなり異質ですなあ。
 
早朝夕刊:何も加えず… 2016/01/03 Sun(2) 4805
 ご飯の美味しさは、ご飯だけを口の中にいれたときにわかる。その点で、おにぎりは、お米の味がしっかり楽しめる。余計なおかずを足したりしてはいけない。口の中でしっかり、かつゆっくりと噛む。何とも言えない甘さが広がっていく。何も加えず、ただそれだけで十分だ。ありがたや、ありがたや…。
 人も同じではないか。名刺をいただくと、その裏側にあふれるほどの肩書きが載っている。「うーん、おかずが多いなあ」。そんな思いになる。
 そう言う私の名刺にだって、「熊本大学名誉教授」と「熊本大学シニア教授」がついている。前者は期限なしだが、後者は1年契約の有期雇用職員だ。これも「おかず」かもしれないなあ…。
 
The End of 「3,000段物語」 2016/01/03 Sun 4804
 昨年末から引きずってしまいましたが、前期高齢者の「無謀」な石段登り物語は本日でおしまいです。しかしそれにしても、当初は「佐俣の湯」に行くのが目的で、「ついで」に覗いて見ようという石段だったのですが、話があべこべになってしまいました。もちろん、そのあとで「佐俣の湯」に行ったことは言うまでもありません。ただし、到着したのは16時過ぎで、まだ昼食も食べていなかったのです。そこで温泉のレストランで昼・夕食兼用となりました。それからすぐに温泉に入るのもどうかということで、休憩室で20分ほどウツラウツラで胃が軽くなるのを待ちました。
 そしてようやく17時30分ころに、「主たる」目的だった「佐俣の湯」に浸かったのす。すでに夕刻で、けっこう混んでいて、鍵がついたロッカーが満杯でした。財布やカメラもあって、そのあたりの籠に入れるわけもいかず廊下へ出ました。すると目の前に鍵付きのロッカーが残っていました。そこでようやく温泉を楽しみました。
 私の風呂ですが、いつもはカラスの水浴びなんです。しかし、温泉では数種類の湯船があり露天も楽しめます。さらにサウナもちょっと汗を流すだけで体内の灰汁が取れるような心理的効果があります。そんなわけで、1時間程度は湯に浸かったり上がったりで過ごします。それから牛乳を飲むのもいいんですね。
 つい先だって、別の温泉でのことですが、温泉から出て休んでいたら、にぎやかなおばちゃんたちがワイのワイのと話しているんです。そして、〝さあジュース飲もうか〟と言ったかと思うと、私に向かって、「お兄ちゃんもいるね」と聴いてきました。前期高齢者に、「お兄ちゃん」ですから、おばちゃんたちのお年は想像できるでしょう。
  
早朝夕刊:ノーベル賞のミステイク 2016/01/02 Sat(2) 4803
 昔、ウサギの耳にコールタールを塗ってガンをつくった研究者がいた。東京大学の山際勝三郎である。それは1915年のことで、これをもって人工癌の先駆とされる。じつは山際たちよりも早く、デンマークのヨハネス・フィビゲルが人工癌をつくるのに成功していた。ネズミのエサに線虫を入れて飼育し、胃癌を発生させたという。この功績に対して、1926年にノーベル生理学・医学賞がフィビゲルに授与されている。この研究は一般的なものではなく、山極の研究こそが癌研究の発展に貢献するものだという意見が存在していた。受賞の理由は「寄生虫発ガン説に関する研究」である。
 しかしそれから四半世紀が経過した1952年に、フィビゲルの研究は誤りだったことが明らかにされた。本人は1928年に亡くなっているから、そのことを知らないのは幸いと言うべきか。そんなわけで、人類史上初めて人工癌をつくったのは山際勝三郎なのである。
 ノーベル賞にケチをつける気持ちは毛頭ないが、「こんなこともある」ことは知っていてもいい。まあ、結局は「人間が決める」ことだから…。
 
色鉛筆の行く末 2016/01/02 Sat 4802
 三菱の色鉛筆が製造中止になりそうだというニュースが波紋を呼んでいた。その理由は容易に推測できる。昔のように売れなくなったに決まってる。これに対してアニメ業界が困っているという。詳しいことは知らないが、絵の下書きなどに欠かせないのだろう。危機的なわが国の産業の中で、とにもかくにも先行しているアニメのこと、それは国家的な問題なのかもしれない。そうした声を受けてか、三菱鉛筆も4色程度は残すことにしたようである。
 もう半年以上は前になると思うが、チョークの大手もクローズすることになったらしい。そのニュースに海外から大きな反応があったという。数学者のグループだったか、とにかく超大量に買い込んだ人たちがいるのである。その理由は単純明快、数式などを黒板に書く際に、この会社のチョークはしっかりしていて折れないというのだ。テレビでは他メーカーのものを使うとポキリと折れる様子を映し出していた。アイディアが充ち満ちてくれば、書く手に力が入る。それに耐えなければアウトなのだ。日本製はこれに耐えるのである。
 それにしても、この世の中、買う人がいなくなれば商売が成り立たない。それは趣味ではないのだから、クローズするのは当然である。チョークの場合は製造する機械ごと韓国の会社に買われたようだった。これまで親しんだモノがなくなるのは忍びないからと、何でもかんでも保存し続けることはできない。どんなことにもコストがかかる。
 今では録音テープもビデオテープも過去のものになった。それを再生する機器がなくなれば、ただのゴミになるのだろうか。それにしても、その寿命はドンドン短くなっていく。
  
今年も〝Yes man〟のこころ  2016/01/01 Fri 4801
 新年、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。前期高齢者3年生、おかげさまで元気で過ごしております。まだまだ「古稀は遠くにあり」とは思っております。ただし、これはあくまで「主観」であって、現実がそれに伴ってくれるかどうかはわかりません。まずは年始早々に恒例の「人間ドック」へ参ります。もう32回目にもなりますから、「趣味」と申し上げても過言ではございますまい。ここでパスすれば、「今年も大丈夫」といった気分になります。もちろん、「ドック」がそんな保証までしてくれるはずもありません。まあ、気持ちの問題ですね。
 おかげさまでいまのところ体はまだ動いています。教材や講演の資料創りはパワーポイントで楽しんでいます。ほんの少しずつではありますが、いつも「バージョンアップ」を心懸けています。その点では、とりあえず「頭を使っている」わけです。これが「大脳の老化スピード」を緩和してくれるのであれば、それはそれはありがたいことです。
 そして、いまでも講演などのお誘いをいただいています。私はこれまで〝Yes man〟の人生を送ってきました。「とにかく〝Yes〟しか言わない。何でもかんでもやってみる」が私の信条です。まあ、軽佻浮薄、無責任の権化なんですね。
 そんな私ですから、このごろは家族だけでなく、妹からも「少しはおとなしくしなさい」と言われています。私も「自分がいつ、どのようにして動けなるんだろうか」と自問することがあります。しかし、その答えなんて誰にもわかりませんよね。
 まあ、そんなこんなで、今年も「じっとしておれない」ままに時間が過ぎていくことになるでしょう。