守られないから法律? 2015/11/30 Mon 4769
「非倫理的行動」として、「法律や決まりを遵守しないこと」を挙げた方もいらっしゃいました。これはわかりやすい。法律や決まりで「こうしなさい」となっていれば、「そのとおりにする」し、「これをしてはならない」ということならば、「それをしない」ということです。そんな理屈は子どもだってわかります。しかし、悲しいかな人間はそれが「そう簡単にはできない」のです。
これにはいくつか理由があります。そもそも、「しなければならない」「してはならない」という法律がなぜあるのでしょうか。その答えは単純です。私たちにとって、それらを遵守するのがむずかしい、あるいは放ってけば、大抵は守られないことが法律で規定されているのです。みんなが自然に行っている行動を、わざわざ法律や規則で採り上げるまでもありません。いかにも極端ですが、「呼吸をしなければならない」とか、「瞬きをしなければならない」なんて決まりは必要ないのです。
そんなわけで、法律や規則は、もともと「守られにくい」ものだと認識することからはじめるべきでしょう。その上で、それをどうやって守れるようにするのかを考えていくことになります。また、守られないのは、そうした人間が悪いと決めつけてしまうのも問題があります。大抵の人が守らないのであれば、それは個人の問題ではありません。おそらく制度やシステムの方に欠陥があるのです。突如「杭打ち書類偽造問題」が世間の耳目を引きました。本コラムで、あれは特定の会社だけでなく、かなり広い範囲で同じことが行われていたのではないかと推測(邪推?)しました。ただしほとんどの工事で「杭打ち」は設計どおりに行われていたと思います。ところが、「最後の段階(?)」の書類作成がじつにややこしい。そこで「仕事そのものはきちんとしたのだから、書類はコピーでいいんじゃない」といった「規則違反」を是認する風潮が常識化していったのではないか。そうなると、「その方法」そのものの問題性にも焦点を当てる必要が出てきます。 |
第57回公開講座 2015/11/29 Sun 4768
今年度の「公開講座 リーダーシップ・トレーニング」が無事に終了しました。スタートしたのが1992年ですから、何と24年間も続けてきたことになります。今回は第57回目のコースで、ご参加の方は41名でした。第1回目は、「参加しますよ」と言ってくださった方が20名に達したところで開催しました。とにかく参加者無しでは開講できませんから、人数を確保したうえでスタートしたのでした。そのときは、「記念に」と言って遠く名古屋からのご参加もありました。いまは亡き、「人間科学研究所」所長の高岡章一さんです。この方は三隅先生のPM理論に「惚れ込んで」、それを社会に広く活かしたいと「研究所」を設立されたのでした。
今回の講座で、ご参加いただいた方の累計は1,739名になりました。この間、2007年から7年間は東京でも開催しました。当初企画したときは、「どうして、わざわざ東京で?」と担当者から聴かれて戸惑ったことを思い出します。「熊本大学」の公開講座だから「熊本で」ということだったのです。それから10年近くが経過しました。いまでは、東京や大阪で「熊本大学」の講演会や講座を開催することは、大学の大事な情報発信として重要視されるようになりました。東京では、7年間で180名ほどのご参加を得ました。毎回、25名ほどの講座として、私も楽しく進めさせていただきました。
定年退職を機に、公開講座そのものを終了することにしていましたが、大学からの要請もいただいたことから、熊本会場だけ開催したのでした。何と言っても「Yes
しか言わない」吉田なものですから…。 |
孫の好奇心 2015/11/28 Sat 4767
子どもの目はしっかりしています。先月、息子の一家と動物園に行きました。孫たちも大きくなったもので、動物園の周り方にも変化が見られました。私自身、自分の子どもたちが小さいころ何度となく動物園にきたのですが、今回「初めて」通ったルートがありました。いわゆる「鶏舎」というのでしょうか、フクロウを含めて鳥たちがいるパートの方を回ったのです。そこはメーンのルートから外れていて、私もそこを通ったことがなかったのでした。それに、動物園から帰るころは「寝てしまっている」のがお決まりのコースでした。しかし、今回の孫たちはみんな覚醒していたのです。家内と「しっかり成長してるねえ」と話しました。
さて「しっかりした目」の持ち主は3歳半の孫です。私はお昼ご飯を終えてトイレに行ったのですが、「その最中」に「ある気配」を感じました。そこでふと後ろを振り返ると、なんと孫が後ろから「放水」の状態をしっかり観察しているではありませんか。これには、心臓に毛が生えているおじいちゃんもたじろぎながら「あっちに行っていなさい」と叫んでいました。やれやれ、ものすごい好奇心だこと。
さて、無事に「用事」を終えてトイレから出てきたのですが、私を見るなり、件の孫があるところを指さして聴いてきました。「これ、なに?」。指先を見ると、そこに小さな「シミ」が付いていました。それは、先ほどおじいちゃんがたじろいだ際に「チビって」しまった痕跡でした。おじいちゃんはあわてて人差し指を口に持っていって「しっ、しっ」とささやいて、2人だけの秘密にするように提案しました。そして、問題の「スポット」はやがて乾きました…。
このとき、子どもの気持ちが「理解できる」自分がいて、私はホッと安心したのでした…。 |
「大当たり」の引き算 2015/11/27 Fri 4766
ガソリンスタンドの「大当たり7円引き」を見て心が揺れた。と同時にある疑念が浮かんだ。それが頭の中から声になって出た。「みいんな『大当たり』なんだろうよ」。これに娘が反応した。「この前も同じようなチラシが入っていたけど、そのときは『当たり』だったと思うよ」。その表示は正確に記憶にないとしても、とにかく「みいんなが『大当たり』」というのは私の誤解のようだ。最近はガソリン価格が下がり、そのときは130円前後になっていた。そんな中で「7円」はそれなりの値引きである。そこで「今度はここで」と安易に決める。熊本に来て以来35年も通っているスタンドからいとも簡単に浮気する。じつに軽い決断なのだ。しかも、いつもは残量が半分ほどになると給油するのに、「7円引き」の数値に引かれて「使い切ってから満タンにしよう」と大いに興奮し、かつ張り切っている自分がいる。
そして、いよいよその日がやってきた。スタンドに入るや飛んできたサービスマンに満を持して「大当たり券」を差し出す。何とティッシュ2箱のサービス付きだった。そして満タン、カードで支払って大満足して帰宅する。そこで初めてレシートを見た。いやあ、参った、参った。いつものところよりも高いのである。もう筋書きははっきりしている。そもそもの価格が高く設定されているのだ。だから7円引いたって低価格にはなっていないというわけ。いやあ、やってくれますなあ。そう言えば「7円引き」でいくらになるのかとそのあたりを見回しても価格が表示されていなかった…。そもそも「価格表示無し」は、それだけで怪しいと思わないとね。
前期高齢者になってもいろんな社会勉強ができます。おかげさまで、また一つ「大当たり」の意味を知ることができました。ありがたや、ありがたや。 |
入試監督の救世主 2015/11/26 Thu 4765
いつもは通勤途上のガソリンスタンドで給油する。もう熊本に来てからだから30年以上の付き合いである。そのはじまりが劇的だった。それは共通一次試験の監督で大学に向かっていたときだった。もちろん十分な余裕をもって自宅を出たつもりだったのだが、道路が予想を遙かに超える渋滞で車が前に進まない。大学までは歩けば10分程度のところまできているのであるが、車を放棄するわけにもいかない。阿蘇を源にした白川が熊本市内を流れている。その白川を跨ぐ子飼橋が目の前に見える。しかし、この橋に車を進めれば、もうUターンもできない。何分にも入学試験の監督である。もちろん、遅刻するわけにはいかない。当然のことながら「これはまずいな」と焦るのである。そのときガソリンスタンドが目に入った。それまでここで給油したことはなかった…。
このとき、、私は決断していた。車のハンドルを右に切って給油スペースに入れた。「すみません、満タンにしてもらいたいのですが、お願いがあるんです。これから先が渋滞で進まないので困っています。夕方までここに置かせてもらえませんか」。それからこのスタンドとの長い付き合いがはじまったのである。その後になってわかったことがある。それは、このスタンドのガソリン価格が相対的に安いことである。まずは通勤途上であり、その上に低価格となれば、もう利用するしかない。かくして、遠出をした途中で補給するような場合を除いて、日常的にはここで給油することになったのである。
ところで、つい先だってのことだった。わが家のポストに石油スタンドのチラシが入った。そこに書かれた「大当たり」という大きな文字が目に飛び込んでくる。やおら開けて見ると「通常より7円引き」だというのである。 |
追試と真実 2015/11/25 Wed 4764
それにしても、「捏造の科学者」の著者須田桃子氏の舌鋒は鋭い。それだけの研究的なバックグラウンドがあることが十二分に伝わってくる。だからこそ、笹井芳樹氏からも信頼を勝ち得ていたのである。しかも、その笹井氏を科学的な論理で追い詰めていく。この本を読みながら、「このくらい勉強している記者」であれば、その記事を信じていい。そんな気持ちになるほどの気迫に溢れた本である。いつものように、世間が忘れてしまっているように思えるときにこそ、お読みになることをお勧めしたい。
それにしても、「捏造の科学者」と名指しの上で断定されたとも言えるO氏である。それが事実に反するのであれば、名誉毀損で訴えてもおかしくないほどの強烈な書籍である。ご本人が疲れ切っているのは想像に難くないが、私としてはこれを「名誉毀損だ」と反駁する状況にないのだと推測している。
あの「事件」は「科学的研究の落とし穴」も明らかにした。ご本人は200回も「STAP細胞ができた」と主張している。これほど明確にとんでもなく多い回数を言ってしまうから、疑わしさが何倍にも大きくなる。しかし、追試をしても「同じことが起きない」ことが明らかになった。すでに正解中の研究者がおびただしい数の追試をしたはずだ。ところが、それでも「ただの1回もO氏が主張する現象が発生しなかった」と証明したことにはならないのである。つまりは、「私たちの実験ではO氏の主張のようなことは起きませんでした」以上のことは言えないのである。だから彼女が「虚偽」を言っているという「絶対的な証拠」は無限に実験を続けても発見できない。だからこそ、研究者は自分の専門とする仕事について、他人も体験できるような「本当のこと」を言わなければならないのである。 |
もちろん… 2015/11/24 Tue 4763
人はとにかく忘れやすい。つい先だって、STAP細胞で世間を騒がせたO氏の博士号が取り消しになった。これについて、O氏側は大学の不誠実な対応を非難していた。もちろん、「本当のことはわからない」。しかし、そもそも「コピペ」で溢れる論文を書いたこと自身、学位に値しないことはご本人も知っているはずだ。もちろん「頭の中はわからない」。しかし、それを認識していなかったとすれば、すでに論文を書く能力がなかったと考えるべきなのだ。しかし「そうした発想にも至らなかった」というのであれば、「信じられない」というほかはない。もちろん「唖然」としながらである。
それにしても、そうした論文をパスさせた大学も、その真面目さを疑われる。はっきり言えば、まともに指導していたのかどうかを疑いたくなる。そんな状況だから「論文なんて『コピペ』でOK、チョロいもん」と勘違いする。もちろん、そんな「人」は例外だとは思うけれど。
ところで、毎日新聞科学環境部の女性記者須田桃子氏の「捏造の科学者」(文藝春秋社)は迫力に溢れるタッチでSTAP細胞問題を追いかけている。そのタイトルに含まれる「捏造」はきわめて厳しいことばである。須田氏はO氏の「STAP細胞記者会見」の際に指導者として前面に出た笹井氏とも頻繁にコミュニケーションを交わしていた。そんなことから、笹井氏から「歴史的発表」の前に「須田さんの場合は絶対に来るべきです」とのメールを受け取っているのである。そこまで「言い切る」笹井氏だったが、その後に自ら命を絶つことになる。もちろん「頭の中はわからない」が、少なくともある時期までは、笹井氏自身「STAP細胞」の存在を信じていたのだろうか。
今日は「もちろん」を意識的に使ってみました。 |
裸の王様病 2015/11/23 Mon 4762
子どもに理解できないことがどうして大人に理解できるのでしょうか。それは大人は利口になったからですか、知識が増えたからですか。本当は逆のような気がします。大人になるまでにつまらないことを覚えすぎて、本来の賢さが失われてしまった、あるいはやや過激な表現をするなら馬鹿になったのではないかと思うのです。その証拠に、「裸の王様病」なんて悲しい病気に罹るのは大人だけでしょう。年齢を重ねるごとに「つまらない知識」に汚染されてしまったから、「子ども」に理解できないことを大人がしてしまうのです。つまりは大人がやっている多くのことが「理解できない」方がまっとうな神経の持ち主なのです。大人が見る鏡は歪んでいますから、それが真実を映し出すはずがありません。大人の不幸は、「歪んだ姿」をまともだと勘違いしているところにあります。そんなものを子どもが理解できないのは当然なのです。そもそも「鏡が歪んでいる」ことすら気づかずに、「ああだのこうだの」と騒いでいるのが大人なのです。
これからは、「子どもに理解できないこと」を「理解できるなあ」と思ったときは、自分の理解力に欠陥があるのではないかと疑ってみましょう。ともあれ、「おかしいこと」は「おかしい」と言う。それを門前払いにしないで、丁寧に「受け止める」力を鍛えていきたいものです。
話は飛びますが、昨年の10月の「ある日」から、それまで長い間に亘って維持してきた本コラムの「1日720文字ルール」を解除しました。その後は「720文字」よりも多くなる傾向が見られます。それが「コンパクトさに欠けている」気がしています。そこでまたぞろ「720字ルール」を復活させるかどうか、ちょいとばかり考えております。そんなわけで本日は「ほんの少し」だけ短めで終わっておこうと思います。
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身内?の劣化? 2015/11/22 Sun 4761
唱歌「れぇーっか(劣化)は、つーづく(続)よーぉ、どこまでも…」が身内にまで来てしまった。定年退職後の立場で「身内」と言うべきかは疑問の余地はある。ともあれ、わが「熊本大学生活協同組合」が「営業停止」の処分を受けたというのだ。ことの顛末はと言えば、熊大生協が旅行業法で定められた旅行業務取扱管理者を常駐させずに旅行契約を結んでいたのである。停止処分の権限は熊本県にあって、「旅行業務」に関して77日間は営業ができなくなるという。生協側もその事実を認めている。管理者として届け出ていた70歳代の男性が、2012年9月から3年間に亘って病気療養中で出勤していなかった。じつは、13年12月と14年8月に旅行業登録の更新や変更をしているのだが、いずれも男性の名前を記載した書類を提出していたらしい。その事実が外部からの指摘で明らかになったようだ。生協の責任者は記者会見で「契約できないとは分かっていたが、うやむやにしていた。新たな管理者を雇って再発防止を図る」と話している。
つまりは違反を認識していながら、いわば虚偽の申告をしていたのである。どうしてこんなことが起きるのか。生協も世の中にある一つの組織ではある。しかし、その商行為にはある種の信頼感が伴っている。少なくとも私は大学生になった1967年からそう思ってきた。それが「ミス」や「チョンボ」ではなく「意識的な虚偽記載」をしたというのだから情けない。おそらく「小さなことだから」で終わっていたのだろう。私は熊本大学に採用された1979年10月からつい先だってまで組合員だった。退職した情報を得たのだろう、先方から問い合わせがあって36年間の付き合いを終えたばかりだが、生協が「取引停止」になるような不名誉なことをしてはいけない。
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超大作のはじまり 2015/11/21 Sat 4760
映画「7人の侍」のスタートがおもしろい。スタートといってもストーリーがはじまる前の時間である。まずは「七人の侍」とのタイトルが出て、俳優を含めて、この映画に関わった人たちの名前が次から次へとスクリーンに映し出される。このパート、現在はストーリーが終わった後に流れる方が多くなった。それを「エンドロール」と呼んでいる。はじめに余計な情報は流さずに、観客をできるだけはやく物語に誘い込むという作戦だろう。たしかに観る方も「はやく本題に」と焦る気持ちもある。
それはそれとして、「七人の侍」はスタート時の提示である。その時間がなんと2分46秒にもなるのである。つまりは、ほぼ3分間もの間、観客は名前のリストを見続けることになるわけだ。それだけで、「この映画はもの凄いんだぞーっ」とアピールしているように思えてくる。私自身は、この時間を笑いながら観ていることが多い。ただし、そのタイミングは現在のように、ストーリーが終わった後からの方が映画で受けた余韻も残っていていいとは思う。それにしても、この映画に限らず、膨大な数の人たちが1本の映画を創っているのである。もちろんスクリーンには取り上げられない人たちもまたたくさんいるのだから。
ところで、「七人の侍」は上映時間も型破りで、205分である。つまりは3時間と25分の超大作なのだ。そんなことから途中で「休憩」が入る。たしかハリウッド映画の「十戒」や「ベンハー」も休憩があったような記憶がある。そんなことも含めて何度観ても楽しい映画ではある。 |
発足セミナー御礼 2015/11/20 Fri 4759
おかげさまで、「PHS研究開発センター発足記念セミナー」は予定通り、ほぼ100名のご参加を得て無事に開催することができました。この12月から「ストレスチェック制度」がスタートします。これに伴って、50名以上の構成員をもつ組織では、その導入が義務になったわけです。従来から「ストレス」について対応されている組織はありましたが、とにかく「義務化」ということで、関係の皆様方の関心が強くなっていました。そんなときにタイトルも「ストレスチェック制度化直前セミナー」としたものですから、会場が満杯になるほどのご参加をいただいたわけです。当方からお声をかけましたところ、遠くは兵庫、九州内でも佐賀や鹿児島からもお見えいただきました。そして、多くの皆様から「役に立った」とのお声も頂戴しました。いつものように「ありがたや。ありがたや」でございます。
さて、私は3時間のスケジュールの中で1時間いただいて講演しました。いつもは体が90分の授業に適応している私ですから、ジャスト1時間という講演は、けっこう工夫がいります。それでも何とか時間だけは調整することができました。私としては「内容はどうであれ、時間だけは守る」ことに最大限の価値を置いているわけです。
セミナーの前座である講演に続いて、「PHS研究開発センター」の3人が、本題の「ストレスチェック制度」について情報を提供しました。私自身は、このお三方が仕事としてプレゼンテーションする場に同席したのは初めてでした。さずがに社会保険労務士として、様々なところでプロフェッショナルに仕事をされていることもあり、しっかりメッセージを発信されていました。会場からは積極的にご質問が出され、それがまた場を盛り上げました。最後にセンターの代表が「ストレスチェックの実施」にあたって「外部委託」もあり得ること、そして「その委託先の一つとして『PHS研究開発センター』もございますよ」と控えめなPRを入れて終了となりました。本欄におきましても、ご参加の皆様方に厚く御礼申し上げます。これからも「PHS研究開発センター」をお育てください。 |
机と自己陶酔 2015/11/19 Thu 4758
さて、突如として3,000段の石段物語を思い出したのですが、それがまた「書斎」の話題に繋がりました。これまた何の脈絡もありません。しかしながら、とにかく「徒然なるままに」と申しますか、「いい加減なるままに」書くのが本コラムですので、なにとぞお許しいただきますよう平にお願いいたします。
わが家には、とりあえず「私の部屋」はあります。しかしこれを「書斎」と呼ぶわけにはいきません。そんな言い方をすれば相当に「見栄」を張っていることになります。世の中には机が置いてある部屋を「書斎」と呼ぶ方もいらっしゃるようです。しかし、わが家は自慢じゃないけど、「書斎」と言える部屋はございません。たしかに机はあるのですが、これは娘が中学生のときまで使っていた机のお下がりなんですね。しかし、その使い勝手が最高なのです。すでに前期高齢者の私ですから、この机と「最後まで」お付き合いすることになるのは疑いありません。そんなわけで、わが家に「書斎」はありませんが、そのこと自身が十分に楽しいのです。そして、そこでチマチマ仕事をしている自分をモニターカメラで見ていると、「あんたも、それなりに仕事はしてるジャンか」と声をかけたくなります。自分が自分に声をかけるなんてお笑いですが、それで楽しいのですから文句を言ってはいけません。そんなときはすぐに頭の中で「ありがたや節」が聞こえてくるのは言うまでもありません。それにしても、「自分の」机があるのですからすばらしいことです。娘の机を頂戴するまでは、折りたたみ式の小さな台でした。それは大学生のときに買ったもので、これがまたコンパクトで重宝しました。私の記憶では、おそらく30代から40代後半までの仕事は、この「ちゃぶ台」の上で出来上がったと思います。あるときその台も処分してしまいましたが、どてらを着て原稿を書いている写真が残っています。その当時、「まるで作家みたい」と、相当程度に陶酔していたような気がします。 |
セントレアの熊本 2015/11/18 Wed 4757
セントレアのホテルに泊まったときのことです。部屋のトイレに「熊本」がありました。といっても「通潤橋」から水がほとばしり出ている光景を撮った写真が架かっていたのです。この橋、、熊本の人なら誰でも知っています。その昔、山間地で農耕を実現するために用水路をつくったのですが、それが橋にまで繋がっています。そして、橋についている栓を抜くと大量の水がアーチ状になって吹き出してくるのです。それは矢部町にあるのですが、ここは柔道の金メダリスト山下
泰裕選手の生まれた地であることでも知られています。私たちも熊本に来て間もなく出かけました。橋は単なる道のような状態で両脇に防護策などはありません。その高さは20mほどです。長さは78mではありますが、高所恐怖症の方は渡るのが香なりしんどいと思います。ともあれ放水時の迫力は相当なもので、下から見上げていると水しぶきが飛んできます。それがまた絵になるのです。そんなことで、セントレアのホテルにその写真が飾ってあったのでしょう。なにせ熊本に住み着いて36年、すでに熊本人のつもりでいる私ですから、所定の場所に座ってニッコリしたものです。
そのときに、脈絡なく突如として思い出したことがあります。それは、もう2年くらい前になりますが、このコラムで、日本一の石段に登ったときの話を書こうとしていたことです。いつものように、「連載」なんて、すぐに尻切れトンボ、ちょっと間が空くと、「シリーズ物」のことは頭のあっちに飛んでいきます。その話題などはすっかり忘れていたのです。ということで、「セントレア」で「通潤橋」に出会った記念に、その話題を取り上げてみようという気になったわけです。ただし、そう言いながら今日はそこそこの分量に達しました。そこで「また明日」ということで本題に入らずじまいでおしまいとなります。「やれやれいつものパターンかい」とのお声が聞こえてきます。 |
11月17日 熊本市流通情報会館で「リーダーシップとコミュニケーションの心理学」と題して講演します。詳しくは「PHS研究開発センター」にお問い合わせください。
電話:096-342-6610 メール ⇒アドレスをクリックしてください oezimusyo@office-hondou.com |
ちゃんと説明できること 2015/11/17 Tue 4756
民間組織の方に「倫理的行動とは」という質問をして、その回答を連載風にご紹介しています。このシリーズ、お久しぶりにお目にかかります。
本日は「自分の行動をちゃんと説明できる」ことが必要だとのご意見からはじまります。まったく同感ですね。人から自分の行動について問われたとき、それを「ちゃんと説明」できれば問題はないのです。そこで「ややこしいこと」をしていると、その理由を考えなければならなくなります。まあ、「理由」というよりも「言い訳」です。さらに「こじつけ」風になることもあります。それでその場をうまく切り抜けたとしても、そこには大なり小なり「嘘」や「ごまかし」があるわけです。つい先だっての国会でも「香典を自分で持っていったかどうか」が問題になっていました。自分が行って渡したのなら選挙法上は問題にならないらしいのです。そこで野党から「人に頼んだのではないか」と追及されていたというわけです。そもそもは収支報告書か何かに書かれていて、それが問題視されたようです。あとで修正したりすれば、「何となく怪しい」と思われてしまいますよね。会計責任者はプロだと思うのですが、この辺りの処理は危うかったのでしょうか。いずれにしても「自分の行動」についてちゃんと説明することができなければまずいことになります。国会は1日開くと3億円かかるという話もあります。その額の正確度は知りませんが、じつはもっとハイレベルの議論をしてほしいものです。
「ルールに基づき信念を持って行動、思考すること」という意見もありました。基本的には、とにかく「ルールを守る」という当然のことが語られているのですが、これがなかなかうまく働かないのですね。早い話が、いまでは「交通信号」という基本ルールすら守られていません。私は車で通勤していますが、信号が赤に変わってから何台の車が交差点に進入することでしょう。そもそも「黄色」の時点で交差点に入ってはいけないのですから、あれは明確な「信号無視」です。それでも平気な顔の人が多いような気がします。これが日常茶飯事の常識になっていいものでしょうか。いや私の感覚ではもう「常識」になっていますよ。 |
生徒からのメッセージ(9) 2015/11/16 Mon 4755
お久しぶりに「生徒からのメッセージ」です。前回は8月31日でしたから、もう2ヶ月半近くが経過しました。まさに「光陰矢のごとし:Time flies」です。それに「もうすぐ師走」でもあります。このままいけば、私も68回目のお正月を迎えることができる可能性は高くなってきました。
さて、「生徒からのメッセージ」は9回目で、25番からはじまります。
25)結果発表の前、緊張していた私ですが、校長先生の指揮を見て、「がんばったのだから賞を取れても、取れなくてもよかった。楽しかった。」と思えました。それは多分、校長先生の顔が、後ろ姿なのに笑顔で指揮していると分かったときからです。
この生徒のクラスがどんな成績だったかは書かれていません。しかし、私は「がんばった」と「楽しかった」が両立すれば、それで十分満足できます。そして結果が付いてくれば「それはそれでよし」とすればいい。それが「自己満足」であっても、「次の行動へのエネルギー」が生まれれば、「それでヨシヨシ、ヨシダさん」なんですよ。私自身は「人と競争する状況」は好きではありません。とりわけ、「相手を負かして鼻をヒクヒクする」のは嫌いですね。だから、競争を前提としているスポーツは私に向いていません。いや、それ以前に体力や体型が「向いていない」のですが…。
この生徒は、そうした気持ちになった一因を「後ろ姿の校長が笑顔で指揮している」と「分かった」からだというのです。この校長、こんなことを書かれたことを知ったら、さぞかし嬉しがることでしょう。やれやれ、今日は「1人分」で終わってしまいました。 |
映倫No. 988 2015/11/15 Sun 4754
映画「7人の侍」は黒澤明監督の大傑作とされる。そのストーリー性はもちろんだが、村を襲ってくる野武士との戦闘シーンは世界の映画史に燦然たる記録を残した。とにかくその迫力は半世紀を超えたいま観ても鳥肌が立ってくる。それは当時のアメリカで最盛期だった西部劇を上回るほどだった。そんなことから海外の監督たちにも大きな影響を与えた。この映画は1954年の作品だから、まだ敗戦から10年が経過していない。このシナリオを基に「荒野の7人」というリメーク版がアメリカでつくられている。
この映画の撮影秘話もおもしろいが、とにかくスタートからが圧巻で、私はこの数分間を、自分でも説明できない笑みを浮かべながら観るのを楽しみにしている。まずはこの映画は「映倫988番」である。これはGHQの検閲から解放された際につくられた「映画倫理規定管理委員会」が個々の映画について審査するものである。その歴史的経緯や詳細な内容はご自身で調べていただきたい。現在上映中の「MOZU」は「PG12」指定で、映倫番号は「120443」である。この「PG12」は「12歳未満は、保護者の指導・助言が必要」なものである。このほか、「R15+」は「入場が15歳以上に限定されていて、生年月日が確認できるものが必要」、同じ理屈で「R18+」は「18歳以上可」ということになる。その昔私が高校生のころ、「18歳未満入場禁止」の映画を「18禁」と呼んでいた。それは万年筆のペン先でちょっと上等なものを「18金(K)」と言っていたことにかけた笑い話だった。この「18K
」とは、「純金」を「24K」として、75%ほどの純金が含まれるものである。女性向けのアクセサリーでも「24金」「18金」「10金」といったラベルが付いている。 |
ミャンマーの希望 2015/11/14 Sat 4753
ミャンマーが大きく変わりそうだ。その風土や、それに基づいて培われた文化、そして歴史、さらに民族性などを踏まえることが大事だ。そうでなければ、無責任な論評になってしまう。しかし、そうかと言って、「すべてを知らなければ何も言えない」というのもまずい。みんなが黙って「見ざる、聞かざる、言わざる」では問題も発見できず、世の中は悪い方向へ行ってしまう。
さて、このくらいの予防線を張った上で、ミャンマーの話題である。まずは、議会の1/4が指定席として軍選出の議員に割り当てられていると聴いて驚いた。もっとも、わが国の議会でも、軍の影響が甚大だった時代もある。このことがニュースで話題になっただけで、世界には軍が優勢な国はいくらでもあるに違いない。
ともあれ、ミャンマーは「希望」に満ちているような雰囲気がある。そのど真ん中にスー・チー氏がいる。長期に亘る軟禁をも乗り越えて表舞台に登場した。まさに「満を持して」という表現がぴったりの状況だ。そんな中で新聞の記事がちょっとだけ引っかかった。「私が全て決める」との大見出しが踊る。いつものセンセーショナルな手法だ。「手腕未知数、独断懸念も」という小見出しも走る。そんな中で、オバマ大統領は早くもスー・チー氏に電話して、祝意を伝えたという。まさに順風満帆である。
希望が大きいことは疑いない。しかし、これからスー・チー氏がどのように政治をリードするのか。ことと次第によっては、別の形の「独走=独裁」と同じようにならないか。国民の期待が大きければ大きいほど、「希望」が「失望」に変身するのに労力も時間もかからない。もちろん、そうならないことを願っているのだが…。 |
記憶と忘却力 2015/11/13 Fri 4752
人間は「すべてのこと」を記憶しておくことはできない。だから鮮烈だった記憶も時間とともに薄れていく。それは自然なことである。そもそも大脳の容量には限界がある。だから、記憶すべき対象も生きていくための重要度に応じて優先順位をつける。もちろん、その大半は無意識的だ。そして重要であっても、その地位が低下するものもある。そうなるとこれらは記憶の彼方に追いやられる。現時点で、記憶のメカにズムには完璧な説明はない。あることを「完全に忘れている」のか、あるいは奥深いところに「しまい込まれている」のかも明確にできない。、前者は大脳の中にその痕跡すら残っていないが、後者は大脳のどこかに維持されていることになる。しかし、「奥深い」と言っても、それが「どこ」なのか特定はできない。ただ、何十年も使ったことのない「人やもの、あるいは地名」などが「いきなり思い出される」ことがある。そんなときは本人も驚いてしまう。この場合は、どこかに「痕跡」が残っていたことだけは間違いない。こうしたことから「忘却」には、少なくとも「痕跡あり」と「痕跡なし」の2種類があることになる。
ところで、認知症なども含めて、「記憶」に支障が起きると日常生活にマイナスの影響が起きる。そこで「忘却」は「否定的」なイメージを伴いがちである。しかし、たとえば肉親を失った悲しみが忘れられず、その記憶の強度が衰えることがなければどうなるか。朝から晩まで嘆き悲しみ、社会や人との関わりがもてず、仕事も手が着かない状態が永遠に続く。これではその後の生活が成り立たない。そこに時間という治癒薬が効能を発揮しはじめる。少しずつ厳しい程度が和らいでいくのである。それは人間にとって欠かせない「忘却力」と言うべきものだろうか。 |
トップ層の想像力欠如 2015/11/12 Thu 4751
「れぇーっか(劣化)は、つーづく(続)よーぉ、どこまでも…」シリーズが止められません。
今度は東北秋田県にある会社の問題が明らかになりました。この会社がJA に納入していた有機肥料の成分が偽装されていたのです。このニュースが流れて直ぐに責任者の1人と思われる人物がインタビューに答えていました。それによれば、「その事実を知っていた」が、「それを言うことができなかった」というのです。ひどく混乱したなかで、公式でない感じでの一言でした。それはそれは見るからに弱々しい態度でしした。もちろん適切な表現ではありませんが、私にはこの責任者が妙に「正直な人」のような印象を受けました。そもそもが「偽装」をしていたのですから、「正直」も何もあったものではありません。ただ、ご本人の「言えなかった」と言ったとき、これまた妙に「真実性」が感じられたのです。それにしても、それがもたらした結果は重大かつ深刻です。肥料は東日本の11県で販売されていたといいます。その農家が作ったお米が、「有機栽培」による安心できるものとして売られていたからです。それも「10年以上」というのですから、その罪の重さは取り返しが付きません。海外でも「日本の食料が信頼できるなんてとんでもない」などと否定的なニュアンスで報道されているかもしれません。
どうしてそうなったのか、その理由をはっきりさせることが何よりも必要です。とくに「言えなかった」のが「個人的な事情」でないことは間違いないでしょう。この会社が所有する4つの工場で有機質の量を減らした「製造指示書」がつくられていたというのです。社長は「組織ぐるみで実行したと見られてもしかたがない」と話しているとのことですが、これは「組織ぐるみ」の典型ではありませんか。さらに「知っていた」のであれば、これはもう犯罪なのです。こうした取り返しの付かない問題で組織が崩壊することもあるのです。そうなると、いつも困るのはしっかり仕事をしてきた働く人たちです。そんな想像すらできない人間が組織の上層部にいてはいけないのです。 |
天気予報のはずれ 2015/11/11 Wed 4750
先日の日曜日はほぼ快晴だった。したがって、この日の天気予報は、少なくとも素人目には完璧に外れた。朝のニュースでは雲の動きがはっきりしていた。午後の3時ころからは、ところによっては雷を伴うような雨が降ると伝えていた。そもそも週間天気予報でも雨だった。だから、朝方は青空が見えていたものの、家内と「お昼過ぎからは『一天にわかに掻き曇り』となるんだろう」と話していた。しかし、結果としては「かき曇り」の兆候すらなかった。そのおかげで、上天気の下で各地の神社等の「七五三」は大賑わいだったらしい。こんなときに雨でも降られれば白けてしまう。
七五三を祝おうとした家族の中には「日曜日は雨だ」と見込んで日を変えたところもあったかもしれない。いずれにしても「結果オーライ、めでたし、めでたし」である。こうした人たちも「天気に恵まれた」ことを喜び、後になって写真を見ながら楽しい時間を過ごすに違いない。ただ、その際に、「あの日の天気予報は雨だったのに、それが『幸い(?)』外れて好天だった」という事実まで思い出す人がどのくらいいるだろうか。われわれは「自分にとって大事な日」がい「いい天気」でれば、そのことはかなり記憶に残る。しかし、「その日の予報」が「当たっていたかどうか」は喜びの背景に退いてしまうのではないか。
ところが、「すばらしい記念日」のはずなのに「雨が降ってしまう」とどうなるか。「せっかくの日が台無しになった」記憶あるいは「いい天気でほしかった」という思いが残る。その気持ちに比例して、「雨が降ってしまったこと」に不満が強まる。このとき、当日の「予報」が「晴れ」だったらどうなるか。「晴れると言っていたのに、大間違いじゃないか」。そんな否定的な感情が高まってくる。そして「天気予報は『いつも』当たらない」という評価が生まれる。じつは「いつも」ではなく、「その日はたまたま」だったのかもしれないにもかかわらずである。
一年のうち、「このときだけは晴れてほしい」と強く願う日はそれほど多くない。統計的には年間を通じた予報の正解率はけっこう高いのかもしれない。それでも、私たちは「大事な日の予報違い」が頭に刻まれる。かくして、天気予報は個々人の「主観的評価」によって「当たらない」と文句を言われる。そんな性格があるのではないか。もっとも、私も年間の「正答率」は知りませんが…。 |
名作の揚げ足取り 2015/11/10 Tue 4749
今年は諸般の事情からほとんど映画館に出かけていない。例年だと11月にもなれば20本前後は観終わっているところだ。それがまだ数本に留まっているのは、われながら問題だと思っている。しかし、あと2ヶ月を切ってしまったから、これからどんなに気張っても10本まで到達できるかどうかというところだ。
ところで、小津安二郎監督の「東京物語」は世界の名作として、いまでもトップランクに位置づけられる。そんな作品にケチをつけるようでは、「映画ファン」から顰蹙を買うに違いない。しかし、それでも、いろいろと揚げ足をとりたくなるのは、私の格調低き品性のなせる技である。
この映画の中で、主人公笠智衆の長女役の杉村春子と長男役の山村聰の姉弟が対面で話をするシーンがある。その際、杉村春子の顔が大写しになったときの目線が気になるのである。この二人にはかなりの身長差があるから、杉村は上に向かって話しかけるはずである。しかし、そのカットでは、目がほとんど同じ背丈の者に向いている感じなのである。これには何となく違和感が漂う。
また、原節子扮する戦死した次男の妻の自宅、といっても昔はよくあった長屋風のアパートなのだが、そこに姑が泊まりに来る。いろいろな話に花が咲き、そしていよいよ就寝の時間になる。そこで彼女が天井からぶら下がった電球のスィッチを切るシーンが続く。このとき、彼女は「おやすみなさい」と一声かける。ところがである、スクリーンに映った原節子の口はまったく動いていないのだ。どう考えても、次男の嫁が姑に腹話術の腕前を見せるなどとは考えられない。あれは後になって音声だけを追加したのではないか…。
とまあ、本筋以外にもあれやこれやとおもしろいシーンがあって、それもまた十二分に楽しめるのである。ついでながら、主人公の旧友を東野英治郎が演じているが、彼が「今どきの若いモンは平気で親を殺す」と嘆くシーンがある。この映画は1953年の作品だが、当時もそんなことが話題になる世の中だったわけだ。 |
現場の常識 2015/11/09 Mon 4748
それが「常識だった」ということではないか。にわかに問題になった「くいうち」のことである。まずは個別の話からはじまる。いつものことだ。そして、特定の組織の特定の現場に焦点が当てられる。今回の場合は、会社の責任者が問題に直接関わった人物を「ルーズなところがあった」などと評していた。そこには「個人の特殊な問題」にしたい気持ちが見えてくる。それにしても、この幹部は「危機管理」に対する準備が不十分に過ぎる。個人の「ルーズさ」を公的な場で強調してはまずいに決まっている。
その問題は措くとして、それが特定の個人だけでなく、ほかにも同じようなケースがあったことは直ぐに明らかになる。つまりは「個人の問題」ではなかったのである。それは「正直に申告した」ものだけに限られている。そのほかにも同じことをした者がいなかった保証はない。私のような業界の事情を知らない人間でも、こうした事態は「容易に推測」できた。さらに、「それは『この会社』だけでないだろう」という「邪推(?)的推測」に至るのは自然である。そして、その素人の「邪推」はかなり高い確率で当たっている。
おそらく事実はこうなのである。ほとんどすべてのくい打ちは「ちゃんと実施されている」。ただし、その際に提出すべき書類づくりの煩雑さなどから、「コピーを貼っとけ」で済ませているケースが相当程度にある。それが業界全体における「現場の常識」になっている。もちろん、そんな常識が、「本当に設計と合わない事実」に直面しても「データを捏造する」という犯罪と言える問題を引き起こすことになるのである。こうした「面倒で大変な仕事」「記録を紛失しやすい環境」といった問題を改善しなければ、同じようなことが繰り返される。 |
今度は地元で 2015/11/08 Sun 4747
本当に心配になってきました。「れぇーっか(劣化)は、つーづく(続)よーぉ、どこまでも…」が今度は地元である熊本でも起きてしまいました。「化血研(正式名称:化学及血清療法研究所)」と聴けば、熊本では超一流の企業です。同社のホームページには「社会の求める製品を世に送り出す『実学』の精神を貫きながら、遺伝子工学や細胞工学等の研究成果を基礎に、各種のワクチンや血漿分画製剤などの研究・開発・製造・供給を手がけています」と謳われています。じつは「化血研」は熊本だけでなく、この業界ではわが国でもトップの企業なのです。だからこそ、この会社が20年以上に亘って、国が承認したものとは異なる方法で血液製剤を製造していたというニュースは、私にとっても大衝撃でした。それは「まさかワーゲン、お前もか」と驚いたのと同程度、あるいは身近なだけにそれ以上でした。「まさかっ、『化血研』、お前もか!」です。
しかもその期間が20年以上にもなるというのです。今回の問題で、製品の出荷が一時的に停止されているようです。そのなかにはインフルエンザのワクチンも含まれていて、供給不足が心配されているといいます。それだけ社会的に重要な仕事をしているのです。とにかく現時点では大いなるショックです。どうしてそうなったのか、また第三者委員会のようなものができるのかもしれませんから、それに関係する要因は推測、あるいは邪推するしかありません。ただ、この業界の知識はもちませんが、その実力は確かなようです。そこには「自分たちの製品がないと世の中が困る」といった「驕り」があったのではないか。そんな気もします。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」。まさに「実力」のある者は、それに対応した「謙虚さ」をもっていなければならないのです。 |
今月の写真 2015/11/07 Sat 4746
今月は、秋の「菊池渓谷」と日本エアコミューターの「SAAB 340B」の機内の様子です。
まずは、「菊池渓谷」ですが、ここは熊本市から40km、1時間ほどで行くことができます。阿蘇に発する水の宝庫で、「日本名水百選」の一つになっています。夏の平均水温が13度といますから、足をつけると痛くなるほどです。そしてこの時期は見事な紅葉が目を楽しませてくれます。自然は人間に媚びているのではありません。ただ悠久の時間の中で命を引き継いでいるのです。しかし、それが人間に感動や癒やしを与えてくれます。まさに人間が自然の中の生き物であることを実感します。とにかく、「すばらしい」の一言です。
さて、「SAAB 340」ですが、この飛行機はスウエーデンのサーブ社製で36人乗りです。写真からわかるように、前方に向かって左の席が1席で右側が2席になっています。これが12列並んで定員36人となります。国産機のYS-11がリタイアしたのに伴って、その後継機としての役割を果たしています。これが「福岡-出雲縁結び空港」間を飛んでいるのです。先日は機内でスチュワーデスさんが「絵はがき」を提示しながらやってきました。それを見ると、孫たちが喜びそうな絵柄でした。そこで「孫が3人」と言って「2枚組」を3セットをもらいました。それからしばらくしてからのことです。彼女が、今度は袋に入れた「キャンデー」を「3セット」持ってきてくれました。もちろん、私が請求したわけではありません。しかし、「孫3人」と伝えたものですから、気を利かせてサービスしてくださったのだと思います。そのなかには、私の大好きな「黄金糖」が含まれていたことは言うまでもありません。数日後に、そのまま孫たちに渡しました。もちろん事前に「黄金糖」をこっそり取ったりはしておりませんので、念のため申し上げておきます…。 |
セミナーのPR 2015/11/06(2) Fri 4745
さあて、5人の「吉田塾生」のうち、3人が立ち上げた「合同会社 PHS研究開発センター」ですが、その発足を記念して11月17日にセミナーを開催することになりました。テーマは「ストレスチェック」です。最近はマスコミでも取り上げられていますが、労働安全衛生法の改正に伴って、12月から「ストレスチェック制度」が施行されます。そこで、その概要や具体的な進め方をテーマにしたセミナーを開催しようという話になりました。会社のメンバーが社会保険労務士の資格を持っており、組織の「ストレスチェック」をサポートしようというわけです。
これを「合同会社 PHS研究開発センター発足記念」にすれば、組織として好スタートが切れるではないですか。そこで、「PHS=組織内品質保証=Quolity Manegament Systemのインフラ」として、その充実・強化を提唱している私も記念講演をすることになりました。タイトルは「リーダーシップとコミュニケーションの心理学」です。「リーダーシップと職場のストレス」の関係や「コミュニケーションの在り方」「組織の風通し」、そして「PHS」についてお話します。この日は1時間ですからいつものような大風呂敷は拡げられませんが、私自身とても楽しみにしています。もちろん、セミナーでは「ストレスチェック」についての情報が提供されます。
セミナーは11月17日13時30分から16時30分まで、会場は熊本市南区の熊本市流通情報会館、「入場無料」です。お仕事で「ストレスチェック」に関わられる方だけでなく、ご関心をお持ちの方にお勧めです。なお、詳しくは「合同会社PHS研究開発センター」まで、お早めにお問い合わせください。本日は2本目ですが、こちらはPRでした。
問い合わせ先:電話096-342-6610 メール oezimusyo@office-hondou.com |
警告無視の火事 2015/11/06 (1)Fri 4744
「れぇーっか(劣化)は、つーづく(続)よーぉ、どこまでも…」。
学校のトップ2を含めた4人の「隠れたばこ」でぼや騒ぎがあったと思いきや、本格的な火事のニュースもありました。やはり先月のことですが、長崎県の対馬市が主催する「対馬国境花火大会」で花火の火が周囲の草や木に燃え移って火事になったのです。その結果、約一万平方メートルの雑木林が焼けてしまったようです。単純な計算ですと、一万平方メートルは 100m✕100m の広さですから、野球のグラウンドくらいでしょうか。とにかくけっこうな広さです。人的な被害は出なかったようですから、不幸中の幸いとはこのことでしょう。
これが童謡「れぇーっか(劣化)」にふさわしいのは、そこに至るまでの経緯です。そもそも花火という爆発物を使用する行事ですから、火災には細心の配慮をしなければなりません。それでも花火大会では稀に事故が起きます。これまで花火が直接的な原因でないものも含めて不幸な事態も起きています。たとえば観衆が陸橋に殺到した事故や夜店のガソリンが引火した事故などでは人命が失われています。
しかし、今回はちょっと違った問題があって火災に繋がったようです。じつは、長崎県警が風が強くて火災の危険があるというので、主催者に対して2回に亘って中止を要請していたのでした。事実、このときは「強風波浪注意報」が出ていたそうです。それにも拘わらず、花火大会は7時に開始されたわけです。もう危機管理意識も何もあったものではありません。この花火大会は日韓友好を目的に開催されたようですが、火事になったのでは元も子もありません。そんなときにこそ「安全を第一にする」姿勢をしっかり保つべきなのです。世の中で起きる問題事故の大半は「おそらく大丈夫」に起因しているのですから…。 |
トップ2の非行? 2015/11/05 Thu 4743
「れぇーっか(劣化)は、つーづく(続)よーぉ、どこまでも…」。
福岡県久留米市の中学校でぼや騒ぎがあった。その原因は教員のたばこの火の不始末だった。久留米市の教育委員会は学校敷地内を全面禁煙としている。それにも拘わらず、4人の教員たちが学校内でたばこを吸っていた。そのなかには、校長と教頭のトップが含まれていた。
ぼや騒ぎは先月の午後8時半頃に起きた。学校の2階にある職員が使う男性更衣室から火が出た。そのため、非常ベルが鳴ったことから残業中の教員3人が現場に行って消火器で灯を消した。部屋にあったごみ箱やモップ、壁の一部が燃えたらしい。ここまで来ると消防や警察が登場する。その結果、ごみ箱のたばこの吸い殻が火元と判明したという。火の不始末による火事の典型的なパターンだ。校長ら4人が更衣室で喫煙して、吸い殻を空き缶に捨てた。ここまではマナー(?)にしたがっていたというべきか。ところが、こんなときにこそ悪魔が飛んで喜ぶのである。そのささやきがあったかどうかは確認できないが、学校の管理人がごみ箱に捨てたようなのだ。
新聞には中学校名も明記されている。夜の更衣室で4人が密やかにたばこを吸っている光景が目に浮かぶ。どんな話題に花が咲いたのかはわからないが、トイレで隠れて喫煙する非行生徒のようである。まさに「集団」になると罪悪感が薄まるのは、どこの世界でも同じことである。これより少し前に、久留米市議会で「ルールが守られていない」との指摘があった。そこで学校に対して調査を行い、事実が確認できた中学校15校に禁煙の徹底を求めていたという。この中学校はその対象に含まれていた。やれやれ、学校のトップ2が率先してだから、生徒に示しが付かないことこの上ない。
「れぇーっか(劣化)は、つーづく(続)よーぉ、どこまでも…」。 |
れぇーッかは… 2015/11/04 Wed 4742
「れぇーっか(劣化)は、つーづく(続)よーぉ、どこまでも…」。これは童謡「線路は続くよどこまでも」のメロディーで口ずさみます。
三省堂が小中学校長たちを呼んで「検定中の教科書」を見せていた。教科書検定規則(細則)では、検定を申請中のものを外部に見せないこととしている。それにも拘わらず、会社は昨年8月、東京都内のホテルで「編集会議」を開催した際に教科書を見せたという。そして、出席した参加者に交通費と宿泊費、懇親会費を負担し、さらに編集手当として5万円を渡していた。そのうち4人は教科書の採択に関わり、1人は「審議会委員」になったという。ヤレヤレである。呼ぶ方も呼ぶ方だが、どんな誘い方をされたのかわからないけれど、学校長たちも自分の立場を考えて行動しないといかにもまずい。
私も何回か熊本県と熊本市で「教科用図書選定審議会」に関わったことがある。このときは教科書を見るが、審議が一区切り付くまでは委員名も公表されない。それだけ「どこからも影響を受けない」ことが重視されているのである。三省堂の行為は法律には触れないという判断だが、教科書を出版する立場としては、「誤解・疑念」を生じさせることをしたのはまずいし、それくらいの判断ができて当然ではないか。校長たちも採択の時期を踏まえれば、「遠慮する」のが「常識」というものだ。
校長等が所属する地方も11府県にわたっているという。そのうち一部の者はすでに謝礼を返し、それ以外も返金するらしい。それにしても、今回は時期が問題になったわけで、こうした「編集会議」と呼ばれるものは一般的に行われているのだろう。教科書も採択されるか否かで勝負が決まる世界だから競争も厳しいに違いない。こうしたところに心の隙が生まれ、悪魔が付けいってくるのは、いずれの世界でも同じである。 |
「吉田塾」と「PHS」 2015/11/03 Tue 4741
「吉田塾」がスタートしたのは昨年の7月のことです。塾生は5人の女性で、社会保険労務士、ハローワーク勤務、民間企業社員の方々です。今年に入ってしばらくしたころでした。塾生のうち3人のメンバーから「会社を設立することにした」というお話しが出ました。そのときはじめて「合同会社」というものがあることを知りました。これまでにも「1円から株式会社ができる」という話は聴いたことがありました。この「合同会社」はさらに設立しやすいのだそうです。社会での活動範囲を拡げるのですからけっこうなことです。お仕事柄、こうした手続きについてはお茶の子さいさいということでしょう。もちろん私も「それはいいですね」とお答えしました。
さて、その話題が出てしばらくしてから、新会社の仕事内容に関する情報がメールで回ってきました。私としてはアドバイスなどはないのですが、「組織理念として『PHPを目指して』なんんてのはいかがですか」と提案してみたわけです。あの{P:Peace H:Happiness
& Helth S:Safety & Smile }のことです。この提案に、合同会社を設立するメンバーから「組織理念、いただいていいですか」との反応があり、これでいこうということになったのです。そこで、私としては「新会社設立のお祝いに『使用権』なるものをあげましょう」と申し出ました。じつは、これで治まらず、もっと先まで進んでいきました。何と、「会社名」を「PHS研究開発センター」にすることになって、これで法務局に登記したのです。一応、英語では〝The
Center for PHS Research & development〟となります。いやあ、皆さんの行動力には驚くばかりです。 |
劣化の暗雲 2015/11/02 Mon 4740
わが国の「劣化」は止まることを知らないが如くである。組織のトップから第一線に至るまで、あっちもこっちも「ヤバい」ことが起きている。わが国を代表する東芝の粉飾問題はトップが直接的に関わったとされる。これでわが国のビジネスに対する信頼が毀損されるかと心配していたが、海の向こうからVWの問題が飛び込んできた。私はVWに乗っているわけではないが、このニュースは衝撃的だった。ドイツ製に対する信頼感は確たるものだったからである。
私が学生のころ、ブラウンのシェーバーを使われていたがいらっしゃった。これがとにかく重くてゴッツいシロモノで、さらに音がドデカイのである。その方と宿泊したことがあるのだが、ブラウンのスィッチを入れるやいなや「ブーン」という大音響が部屋の空気を揺さぶりまくる。それを持つ手は震え、その振動が肩全体に伝わった。しかし、その音と重量を凝縮させたパワーで顔全体のひげを刈り取っていく。私などのような「ふつー」のひげの持ち主には、まるで顔の肌がひっぱげるのではないかと不安になるほどだった。ただそれは輸入品であり、当時の学生である私には手が出ないほどの価格だったはずだ。
いずれにしても、ドイツ製は「無骨」だが「頑丈」、そして何よりも「信頼できる」ものの代名詞だった。そのなかでもVWはトップランナーだったと言っていい。カエサルではないが、私は「VW、お前もか」と絶叫してしまった。その真相はこれから明らかにされるだろうが、それは少なくとも「個人プレー」ではなく、「トップ」が関わりを持っていた可能性は否定できないようだ。 |
Tグループとの出会い 2015/11/01 Sun 4739
さて、教員免許状更新講習ですが、私は「対人関係スキルアップ・トレーニング」を担当しています。それについて簡単にご紹介しましょう。私がはじめて「トレーニング」と呼ばれるものに出会ったのは大学2年生のときです。それは1968年ですから、もう47年も前のことになります。最初は〝Tグループ〟の研究でした。これはグループ・ダイナミックスの創始者であるクルト・レビンたちが開発し実践していた〝Sensitivity
Training(感受性訓練)〟の別名です。私は記録されたビデオを観たり観察室から進行状況を除く程度のことしかできませんでした。それでも、それなりの雰囲気は感じたものです。そうそう、このときすでに「ビデオ」があったのです。もちろんモノクロで、しかもやたらと幅広の磁気テープでした。それもオープンリール方式だったということで、いまでは博物館入りものです。その価格たるや想像もできませんが、信じられないほどの高額だったはずです。もちろんドデカイビデオカメラもあったわけで、システム全体では、さらに途方もない高価な施設だったと思います。そうした予算を獲得して研究を進められていたのですから、その当時の先生方のすごさと意気込みが伝わってきます。
それからすぐに、私は「リーダーシップ・トレーニング」なるものを見る機会に恵まれます。それは久留米にあるブリヂストンタイヤ株式会社の職長さんたちを対象にした研修でした。久留米工場でタイヤを製造している現場の第一線監督者の方々のリーダーシップ・トレーニングを改善・向上しするのがその目的でした。大分県の天瀬町にあった会社の保養所が会場でした。 |
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