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味な話の素
No.148  2015年8月号(4647-4677)
生徒からのメッセージ(8) 2015/08/31 Mon 4677
 さて、8月は本日で終わりです。今年も2/3が経ってしまいました。ああ、はやい!今月も「生徒からのメッセージ」をご紹介しておきましょう。われながら、もう8回目にもなるのかと思いつつ、粘着質なものですから、こちらはまだまだ終わりません。
 22)職員コーラスのときの校長先生の指揮が音楽にあっていておもしろかったです。また見てみたいです。
 23)校長先生の指揮はとってもかわいかったです!! かなりうけさせてもらいました。去年よりかなり上手になってるとおもいまーす♥♥
 24)昨年にくらべて、信じられないほど上手になっていた気がしました。昨年は少し、「凸凹コーラス」といった感じがありましたが、今年は普通の「職員コーラス」といった感じでした。来年も楽しみにしています。
 
これまでにも似たような「コメント」が出てきた。「校長の指揮が音楽にあっていて」、それも「去年よりかなり上手になっている」という高い評価を得ている。それも「昨年は『凸凹コーラス』だった」という厳しい目で見ていた生徒もいたのである。それが「今年は普通の『職員コーラス』」になったと評価してくれている。何ともすばらしいことではないか。
 また、「かわいい」という表現もすでにあったが、中学生が「校長」を「かわいい」と評するところがおもしろい。その一方で、「よほど権威の感じられない好調だろうなあ」と推測してしまう。もっとも、よく言えば「それだけ生徒たちが距離を感じない」身近な存在になっているとも言えるだろうか。
 
矢守克也先生のお話 2015/08/30 Sun 4676
 世の中にはすばらしい仕事をしている方々がたくさんいらっしゃいます。その「プロフェッショナル」ぶりが、さまざまな番組で紹介されます。とくに「知る人のみ知る」といったプロの方々の放送を視ると爽快になり、勇気づけられます。つい先だっても、「小さな街の肉屋さん」や「コーヒー店」を取り上げていました。また、九州人にとって身近な「ちゃんぽんチェーン」の社長が登場した番組も興味深いものでした。
 さて、私がお付き合いする範囲にも、世の中に貢献されている方々が少なくありません。そのなかの1人に矢守克也さんがいらっしゃいます。現在、京都大学防災研究所巨大災害研究センター教授です。その所属名からおわかりのように、「巨大災害」に対応するための研究と実践に尽力されています。その研究が日本にとって欠かせないことは言うまでもありません。しかし、矢守先生は研究能力だけでなく、その成果を伝える力もすばらしいんです。たとえば防災に関して子どもたちに授業をするのも見事にお上手なのです。
 ところで、矢守先生と私の関係ですが、これについてはまた別の機会にいたしましょう。それをはじめると、「長編もの」になるからです。じつは、これまでも本コラムで先生を取り上げているのですが、そのときも「先送り」しています。いつか「フルスペックの連載(?)」をしたいと思います。ただし、それは「私の元気が続けば」という条件付きですが…。
 本日は、その矢守先生が「防災の日」に因んで、NHKのラジオとテレビに登場されるということで、お節介ながらPRさせていただきたいと思ったわけです。まずはラジオですが、9月1日(火)午前9時~正午「南海トラフ巨大地震命を守るために」です。そして、テレビは9月6日(日)午後9時~9時50分の「NHKスペシャル:巨大災害 MEGA DISASTER Ⅱ日本に迫る脅威 第2集大避難 ~命をつなぐシナリオ~」です。もちろん内容そのものに期待していますが、私の矢守先生評が正しいこともおわかりいただけると思いますよ。
 
Repository物語 2015/08/29 Sat 4675
 いまほとんどの大学で〝Repository〟と呼ばれるものが設置されています。〝Repository〟は聞き慣れない英語です。英和辞書によれば、「1.容器 2.保管場所 3.秘密を打ち明けられる人」などの意味が載っています(ジーニアス英和辞典)。「2.」の保管場所には、「押し入れ、倉庫、博物館、商店」や「宝庫、物知り、事情通」などが列記されています。これに「地下納骨所」まで付いているので、じつに広範囲をカバーしていることがわかります。ともあれ、そこには「保管する」といったニュアンスが共通しています。
 さて、大学の〝Repository〟の場合は、所属している教員たちが書いた論文や教材などを大学として「保管」する場所を指しています。そのほとんどが大学の附属図書館に設置されていると思います。ただし倉庫とは言っても、電子情報を収納しているのですから、一定のスペースの場所があるのではなく、コンピュータ内に創られているわけです。もちろん、情報を〝Repository〟に保管するかどうかは本人の自由です。しかし、このごろでは大学内で出版される紀要などに掲載された論文は自動的に保管されるようになってきました。この制度ができはじめたころは、「論文を公開したくない」といった教員もいました。私自身はこうした意見を出す人のことがよく理解できませんでした。そもそも論文は「公表」を前提に書くものです。いまでは状況が変わりつつありますが、とりわけ国立大学の教員に与えられる研究費のほとんどが公的な資金でした。それを得て研究するのですから、論文などで成果を発表(=公表)する義務があり、論文はその代表なのです。もっとも、消極的な方は「印刷物」だと読む人が限定されるが、電子化になれば「誰が読むかもしれない」と危惧しているようでした。しかし、私は、そんなことを言っているから「内輪だけ」の自己満足的研究になってしまうではないかと思っていました。
 
いよいよ発車して… 2015/08/28 Fri 4674
 さて、連載中のマイカーの話題です。ボタンを押してエンジン始動、いよいよアクセルを踏めばわが車が動き出します。それからがまた楽しいんです。私は「信号待ち読書」を趣味にしています。そんなことから、信号が変わりそうなときは「また続きが読めるぞーっ」と思って嬉しくなるのです。ただし、本に視線が向いているため、前の車が発進しても気づかないことがあるんですね。そんなときは、後続車から「ピーッピー」と警告音が発せられます。そこで、けっこう申し訳ない気持ちになっていました。ところが、今度の車は「ポーン」という音とともにディスプレイに「先行車発進」と提示してくれます。前の車との距離が3mを超えるとこの機能が働くんです。これで、安心して(?)、読書ができるようになりました(?!)。とにかく後ろの方に御迷惑をおかけすることがなくなったのです。めでたし、めでたしです。
 停車中には別のことも起こります。信号で車を止めるとすぐにエンジンが止まります。いわゆるアイドリング・ストップというものです。その状況もディスプレイで伝えてくれます。それまでの累積時間を1秒単位で示しながら、「ガソリン節約量」の合計が1/1000リットル刻みで表示されるのです。すでに走り始めて5ヶ月を超えましたが、12時間以上アイドリング・ストップをしていたことになっています。もちろん、節約量は微々たるものですが、ディスプレイを見ているだけで楽しくなります。アクセルに触れるだけで、エンジンはすぐに再スタートします。楽しいのはいいのですが、そんなことをしていては「読書」ができなくなるわけで、私はいま、信号停車中の悩ましい問題に直面し続けています。
 
専門家の話… 2015/08/27 Thu 4673
 世の中で事件が起きると、いわゆる「専門家」といいますか「識者」と呼ばれる人たちの話が掲載されます。テレビや新聞では、「そのときに見たり」「その日に読んだり」すれば、大体はそれでおしまいになります。こうしたものをテレビで録画している人はほとんどいないでしょう。また新聞にしても、仕事の必要性などからスクラップしておくような記事は例外ですが、改めて見直すことはまずありません。しかし、時間が経過してから新聞を読み返すと、「けっこういい加減だなあ」と思うことが少なくありません。
 たとえば、寝屋川市で中学生が犠牲になった事件報道でも、「専門家」がいろんなことを言っています。まずは「顔見知りの犯行? 識者ら推測」という見出しを見れば読みたくなります(熊本日日新聞8月21日朝刊)。ここには「?」が付けられており、「推測」と表現されています。つまりは、結果として「外れていても」、「それはあくまで推測だから」ということになります。
 ともあれ、「犯罪心理に詳しい識者らは、これまで報道された情報を基に『土地勘がある顔見知りの犯行ではないか』と推測する」というのです。これは、テレビにもしばしば登場する、ある「ジャーナリスト」の見解のようです。しかし、いまでは「顔見知り」でなかったことは明らかになったようですね。ただし、容疑者は地元の出身ですから、「土地勘」はあった可能性は高いですね。
 また、「白昼に2人を無理やり車に乗せるのは考えにく」いところから、犯罪心理学が専門の大学教員は「声を掛けても警戒されない若い世代ではないか」と分析しています。しかし、実際に逮捕された容疑者は45歳ということです。はっきりした風貌はわかりませんが、「若い世代」とは言えませんね。また「白昼」の解釈にもよりますが、報道によれば、それは「早朝」の出来事のようです。
 
公私混同 2015/08/26 Wed 4672
 倫理的行動を「公私混同しないこと」とした意見は当然のことでしょう。しかし、これもしっかり意識していないと、その落とし穴に嵌まってしまう可能性があります。私たちは「公私混同」の誘惑にさらされていると言えるかもしれません。私が熊本大学に赴任したとき、所属長は教育学がご専門の故吉良先生でした。先生は「研究室はすべて公的な空間だから、私的な飲み物やカップを持ち込むのもいけない」という話をされていました。もちろん、それは「原則」として言われた例え話でしたから、先生も「その大方針」に則って行動されていたわけではありません。ただ、「あくまで公式」にはそのような考え方をするんだとお聞きして妙に感心した記憶があります。
 職場に「自分のものを持ち込む」のですらアウトなのですから、「組織のものを持ちだす」のは、この上ない「非倫理的行動」になります。たとえば事務所のボールペンや消しゴム、クリップにポストイットなどを、その量に拘わらず、自分のポケットに入れてはいけないわけです。最近は携帯系になりましたが、昔は会社の電話で友人と食事の約束をするなんてこともありました。また出張してきた友だちから電話があって、「ちょと」と言って、会社の近くの喫茶店で会う。これが5分程度ならまだしも、30分でも話し込むようであれば、これは「怠業」だと言われても反論できませんね。それでも、こうしたことはけっこう日常的だったところもあるのではないでしょうか。
 わが国の生産性は、OECD加盟34カ国中で何と第21位なんです。主要先進国7カ国に絞れば最下位という不名誉なる地位を占めているのです。もちろん「生産性」と「公私混同」は別次元の問題ですが、軽い因果関係だってあるかもしれませんね。
 
車の楽しみ 2015/08/25 Tue 4671
 新しく購入した車はスバルのレガシーB4です。私が免許を取ったのは鹿児島にいるときです。いまから36年も前のことになります。すぐに車に乗り始めましたから、そこそこの運転歴と言えるでしょう。その私が新しい車で大いに楽しんでいます。これまで乗っていた車が10年以上も前のものでしたから、ずいぶんと進化しているわけです。
 まずはキーなしでドアが開くのにびっくりです。ワイヤレスで信号を発信しているのですが、ドアノブに触れるだけで「ピッピ-」と音がしてOKなのですから、まだ車に乗っていないのに楽しくなります。それからやおら運転席に座ります。すると軽快なチャイム音とともに運転席前のディスプレイにウエルカムメッセージが表示されます。これでワクワク感が高まります。
 そして、いよいよエンジンをスタートするのですが、これがボタンなんですね。すでにこの方式に慣れた方が多いとは思います。しかし、私なんぞは36年間もの間、差し込んだキーを回し続けてきたのですから、しばらくは違和感がありました。エンジンをスタートさせるためにセルモーターのスィッチを入れるのですから、ボタンであっても当然なのですね。それでもボタンを押すと、エンジンの軽快な音が聞こえてきます。このときにも笑みがこぼれてきます。
 さて、いよいよサイドブレーキを解除して、「出発進行」となります。これがまたボタンスイッチでオン/オフするんです。これまでは左手でブレーキノブを「よいしょ」と引き上げて、「ギギッ」という独特の音とともにセットしていました。解除の際はボタンを押したまま引き下げてきました。それがいつのころからか、左足でペダルを押す方式に変わっていることは知っていました。それがさらに「進化」してスイッチになったわけです。これがまた愉快な変身でした。ただ、「ギギッ」という機械音が聞こえないので、当初は「大丈夫かいな」と不安すら感じたものです。習慣とはかくも強烈なんですね。
 
深刻に考え過ぎない 2015/08/24 Mon 4670 Do not take life too seriously.
 Elbert Hubbard(1856–1915)は、アメリカの作家で、出版者、芸術家、哲学者でもあったようです(Wikipedia)。彼のことについて私はまったく知りませんでした。彼は妻と旅行中だったのですが、乗っていた船がドイツの潜水艦ユーボートから攻撃されます。その結果、二人は亡くなってしまったのです。このときHubbardは58歳でした。生存者によれば、部屋から出て危機的な状況を理解した夫婦は、手を繋いで再び自分たちの部屋に戻っていったといいます。悲しくも感動的な話です。
 その彼の言が〝Do not take life too seriously. You will never get out of it alive.〟です。「人生を深刻に考えすぎないようにしよう。誰も生きたままそこから逃れることはできないのだから」。乗船していた船が潜水艦からの攻撃を受けるという不運な現実も、「逃れることができないもの」として受け止めたのでしょうか。
 私も「考え過ぎない」ことが大事だという点では共感します。そして、日ごろから「人生、ワクワクでいこう」と思っています。そのことを講義や講演でもお伝えしています。また、「進んで失敗する」ことはありませんが、「失敗してしまった」ときも、できるだけ「深刻に考え過ぎない」ようにしています。むしろ「失敗」は時間を経て熟成されて「大いなる自慢話」になると信じています。この「熟成」によって、事実にけっこうな「尾ひれ」が付ついたりもするのですが、それはそれでいいではないですか。
 ただし、それは私のように、人生を「能天気」に過ごさせてもらった者の発言であることも事実です。世の中には筆舌に尽くしがたい「深刻な体験」をされた方々がいらっしゃることを忘れてはいけない。そんな思いもあります。
どうして中学生が… 2015/08/23 Sun 4669
 寝屋川の中学生が命を奪われてしまいました。その容疑者が逮捕され、少なくとも二人の中学生に声をかけて車に乗せたことは認めているようです。これまでの報道から推測すると、「京都に連れて行ってあげようか」といった話をしたのではないかと思われます。命を奪った方法についても、きわめて厳しいものがあるようです。何があったのかは、少しずつ明らかになったいくことでしょう。
 それにしても、どうして中学生二人が夜中に町中を彷徨していたのでしょう。そのことに疑問を持った方が多いと思います。あるいは驚いてしまった人もいるに違いありません。もちろん、他人には理解できない様々な事情があるのだと思います。しかし、それにしても「真夜中」なのです。こんな時間帯は、大人でも不安を感じるものです。公開された監視カメラの映像には、携帯の充電をするために店のコンセントを探しているようなところがありました。報道では、二人でラーメンらしきものを食べていたともいいます。それらからは、「危険」に対する意識がまったく感じられないのです。そして、「京都に行く」というメールを友人に送っていたといいます。そんな気持ちのときに悪魔が襲ってきたのでしょうか。
 ワイドショーのレポーターが、夏休みは警察や学校の見回りが手薄になりがちだと伝えていました。それを夜から朝まで日本国中で徹底しなさいと言いたいのでしょうか。そのためにどのくらいの人手と税金がかかるのかはそっちのけです。他人がしていなかったことを指摘するだけであれば、じつに簡単です。
 それにしても、今回も監視カメラが絶大なる威力を発揮したようです。こうした事件が起きるたびに、否応なしに監視カメラが「なくてはならない存在」になっていくのですね…。
 
愛用万年筆 2015/08/22 Sat 4668
 私が使っている万年筆は5本です。最も年季が入っているのは父が使っていたパイロット製です。いわゆる遺品ということになります。父は1992年3月に亡くなりましたから、それからでも23年が経過しています。今となっては、父がこの万年筆をいつ購入したのかはわかりません。ただ、少なくとも25歳以上に達していることは間違いないと思います。ともあれ、その書き味は衰えを知りません。これは細字です。
 もう1本は、フランス製のウォーターマンです。これは、私が学位を取得したときに、友人からお祝いとしていただきました。私の恩師の三隅二不二先生もご愛用だったそうです。外国製らしく中字といいますか、やや太めの文字が書けます。最初から青インクを使っています。これがまたクラシカルでいいんです。何分にも、昔は「青インクが常識」だったのです。この万年筆、机上から落としてペン先がだめになってしまいました。ペン先が本体に組み込まれた方式になっていたので、丸ごと交換しました。因みに、世界で初めて毛細管現象を利用したペン先を開発したのがウォーターマンなんですね。
 さて次はプラチナ製の中字です。私が初めて手にしたのがプラチナでしたから、これは欠かせません。インクの出もなめらかで、スペアインクの栓になっているボールが「カチンカチン」と音を立てるのがたまりません。
 またセーラー万年筆もあります。こちらも中字です。もともとは「細字大好き人間」だったのですが、いつのころからか中字に魅力を感じはじめました。これはボールペンにも当てはまります。とくに海外に出かけると、中字の筆記具の方が多く、これもなかなかいいのです。
 そして最後はパイロットの細字です。これは父親のものと同じなのですが、細字の切れ味が進化しています。現在では手帳用としてしっかり役立っています。
 いずれは遺品になるものばかりですが、できるだけ永くお付き合いしたいものです。
 
巨大さのメリット 2015/08/21 Fri 4667
 「コストコ」の魅力は①品数が多いこと、②価格が安いことの2点に尽きるでしょう。ただし、その効果も近郊に住んでいて、大量に消費をする人くらいしかメリットはないと思いました。たとえば、私なんぞが「わざわざ出かける」意味はまるでありません。まずは熊本から100km以上離れています。そこまで行くに往復200kmとしてもガソリン代だけで2,000円近くはかかるでしょう。それに高速料金が4,000円として、合計は6,000円です。この金額とバランスをとるためには、仮に市販の価格よりも50%安いとしても、その倍の12,000円分を買う必要があります。実際に「半額」はあり得ないでしょう。また「時間」も考えなければなりません。往復だけでも2時間以上、買い物に要する時間を合わせると、まあ一日仕事になるかもしれません。
 それだけではありません。たとえば赤ん坊がいるからといって、紙おむつ150個を買うのはいいのですが、それをどこにしまっておくかが問題になります。家のなかが倉庫と同じになっては、ゆとりのある生活とは言えません。
 あれやこれやと「ケチ」をつけているのですが、わが家には「合っていない」というだけのことです。こうした買い物で得をするのは、モノをどれだけ置いても困らない大きなお家に住んでいる人たちでしょう。そんな方々は裕福に違いありませんから、それこそ「爆買」ができるでしょう。その結果として、「安さ」のメリットを大いに享受できることになります。かなり極端な話ですが、1万円のコストをかけて出かけても、50万円分の買い物をすれば、10万円とか20万円は儲かるわけです。
 やれやれ、やっぱし「経済力」の差がものをいうのでしょうかね。
巨大ショッピングセンター 2015/08/20 Thu 4666
 山陽新幹線で博多を出てしばらくすると「ショッピングセンター」のようなものが見えます。もうずいぶんと前のことですが、巨大なモールができたと話題になっていました。つい先日のことですが、お盆の墓参りに出かけた帰りに、家族で「ちょっと寄ってみようか」という話になりました。そこは「コストコ」と呼ばれるお店を中心にしたジャンボなショッピングセンターでした。
 この「コストコ」がおもしろい。まずは会員にならないと入場できないんですね。それも税別4,000円というのですからけっこうお高い。これで3人までがOKというわけです。それで中に何があるかというと、「商品」だけです。つまりは「エンターテインメント」の施設なんぞはまったくない。ただひたすら、「倉庫の棚にモノが並んでいる」わけです。ただし、どれもこれもが「ドでかい」んですね。スナックの定番「柿の種」だって20袋くらい入ったパッケージになっている。ミネラルウォーターなんぞも、20本か30本がワンセットという具合です。入場した客たちは倉庫の中を歩き回りながら、これまたドデカイ手押しカートに、モノをドンドン入れていく。もちろん、その売りは「安い」ことです。私としては「まるでアメリカだなあ」と思ったのですが、家に帰ってウィキペディアでチェックすると、「アメリカ資本」であることが判明しました。つまりは、私が知らなかっただけのことなんです。福岡の久山にあるのが日本第一号店のようで、1999年にオープンしていました。もう16年も前のことなんです。そんなこともあって、全体として「年季が入っている」風貌でした。私自身は一度だけ見ればもういいなあという感じがしました。
組織外との関わり 2015/08/19 Wed 4665
 倫理的に行動することとして、「地元との接点が多い職場では交通ルールなど基礎的なこともちゃんと守る」とした意見がありました。これはなかなかおもしろい視点です。私は、まったく同じ趣旨のことを大企業の方からお聞きしたことがあります。
 こうした組織は何かと注目を浴びます。それがいいことであれば企業のイメージアップに繋がります。銀行の行員さんたちが開店前に支店の周囲を掃除している。そんな光景を見かけることがあります。もちろん、これは銀行に限ったことではありません。いずれにしても、そこには「いいことしてるでしょう」とアピールして「ビジネスに結びつける」という下心があるとは思いません。それは地域にお世話になっていることへの感謝の気持ちの表れだと受け止めています。そうした姿を目にすれば、見た方も気持ちがよくなるわけです。そのそばを歩いて通るときは、「おはようございます」とか「お疲れさまです」といった一言をかけたくもなります。そのことが、みんなを「気持ちよく」して、さらに「しっかり頑張ろう」という意欲を生み出すでしょう。すべては好循環になるのです。
 これとは対照的に、関係者が問題を起こせば、大きな組織であれば、少なくとも地元では大きく報道されます。その典型的な例が飲酒運転でしょうか。それだけでなく、一般的には取り上げられることがないケースでも、大企業の従業員が関係していれば、ニュースネタになるわけです。このあたりは厳しいのですが、それは当該組織が相対的に高い「社会的評価」を得ていることの証でもあります。この点を誇りにして、「組織外」でも倫理的な行動をとっていくことが求められるのですね。
 
万年筆考 2015/08/18 Tue 4664
 私が万年筆好きであることは、本欄でも書いてきました。初めての万年筆は高校に入学したときに買ってもらったプラチナ製です。いわゆるカートリッジ式の最新式だったことをしっかり記憶しています。父親の世代まではインクビンから内蔵タンクにインクを吸い上げる方式だったのです。それをスポイトと呼んだりしていました。いまでも外国製の万年筆にはこの方式のものがあります。
 その後に、セーラー万年筆を使ったこともあります。さらにキャップレスというパイロットのアイディア万年筆も手に入れました。これはボールペンのように、ノックすると先端からペン先が出てくるのです。そこには穴が空いていたのですが、シャッターが内蔵されていて、キャップの役割を果たしていたのです。とてもメカニックなもので、ノックしたときの開口音が「かっこいい」と感動しました。
 そうこうするうちに主流はボールペンへと変わっていきました。しかし、私としては万年筆のペン先からインクが美しく流れ出てくるのがたまらないのです。さらに、ペン先が紙面を走るときに発生する摩擦音が、これまた何とも言えない魅力です。もっとも、水性ボールペンなるものが出てきて、インクが流れ出る感覚は味わえることになります。しかし、あの摩擦音はどうやっても聴けません。この点は万年筆の独擅場なのです。
 その昔、公文書は「青色のインクのペン」で書かれていないとないと受け付けてくれませんでした。そのうち、「青色のバールペンでもよろしい」となり、いまでは「黒」の方が常識になりました。それもボールペンです。ある時期には「青色」のコピーが使われていましたから、「黒でないとまずい」ということになったのではないでしょうか。ともあれ、世の中は「変わるもの」なんです。
 
Smileのインフレを… 2015/08/17 Mon 4663 Smile in the mirror.
 ヨーコ・オノ(小野洋子)は1933年の生まれで、現在82歳なんですね。私たちの世代であれば、多くの人が彼女を知っているでしょう。あのビートルズの顔だったジョン・レノンの配偶者です。その生い立ちを見ると、すごいところのお嬢さんのようです。私自身はジョンレノンが日本人と結婚したという情報に接したとき、単純に「へーっ」と驚いたものです。しかし、彼女自身が芸術家であり、私には理解できないとしても、多方面に亘って活動しているようです。
 さて、その言が〝Smile in the mirror. Do that every morning and you'll start to see a big difference in your life.〟です。「鏡に向かって笑いましょう。それを毎朝繰り返していると、自分の人生に大きな違いが見えはじめるでしょう」。私はずいぶんと前から「朝からキャッキャ」をお勧めしています。朝笑えると、その日はずっといい気分で過ごせます。誰もが起きたら口をすすぎ、顔を洗うでしょう。その際は多くの場合、鏡に向かっていると思います。まずは「自分とご対面」、これが毎朝の日課になるわけです。このとき、自分自身に向かって、「おはよう、今日も元気でいこうよ」と声かけをしましょう。そのうち、「わが人生で『大きな違い』を発見できる」かどうかはわかりません。しかし、それで「元気な自分」と会話ができれば十分なんですよね。そもそも、体内は休みなく代謝を続けているのです。だから、今日の私は昨日の私と同じではありません。つまりは、「毎日が自分自身と一期一会」なんです。
 私は「みんなで『Smileのインフレ』を起こそう」とお勧めしています。経済のインフレは困りますが、「Smileのインフレ」は社会を明るくします。しかも、スマイルは「高利」で、まさに「ネズミ算」的に膨らんでいきます。「心の財布」がどんどん重くなるって、すばらしいではありませんか。
 
家電店サービスの鑑 2015/08/16 Sun 4662  
 いまや「固定電話」という言葉が死語化してきた感があります。いわゆるお家にある電話のことですが、わが家でもその使用頻度は極端に落ちています。そうですね、私が自宅の電話機から発信するのは月に1回あるかないかです。よそからかかってくるのも、やはり同じ程度です。じつは固定電話にどのくらいのコストがかかっているのかも知りません。まあ、そんなことでいいのかとは思いますが、このあたりは面倒くさがり屋です。
 ところで、その固定電話のバッテリーがダウンしました。受話器を開けて見るとバッテリーは2007年製でした。使用説明書レベルですと、電池は2、3年で替えてくれと書いてあるわけです。なんと金さん銀さんもビックリするほど長生きしてきたのでした。これではダウンするのも当然です。そこで、電話機を買い換えることにして、家内と家電店に出かけました。そこで「まあ、この2台のうちどちらかだなあ」と決めかけていたときです。店員さんがやってきて、両者の特徴を丁寧に説明してくれました。そのとき、「バッテリーがダウンしたので」といった話が出たんですね。すると、その店員さんは「バッテリーの交換もありますよ」といってそちらの方へ案内してくれました。その場では適応品がわからなかったので、もう一度出直すことにして帰ってきました。
 結論を先にいいますと、バッテリーの交換でわが家の電話は息を吹き返しました。購入しかけていた製品は16,000円ほどの価格でした。これに対してバッテリーは親機と子機の2台分で3,600円ほどです。お店の店員さんは、短期的には「新品電話機」を売った方がよかったはずです。しかし、「お客様のことを考える」ならば、私たちにすばらしいサービスを提供してくれたのです。これぞ本当の「商い」でしょう。そのお店は「ケーズデンキ」です。
深山喜一郎先生 2015/08/15 Sat 4661  
 ほとんど突然なのですが、「深山喜一郎」という方のお名前が頭に浮かびました。この方は労働法学が専門の元九州大学教授です。教養部長も務められました。ネットで調べたところ、2012年9月14日に82歳で亡くなられていました。ご自宅は神戸市になっていますので、もともとは関西のご出身だったのかもしれません。
 私は九州大学の教養部で深山先生が担当された「法律学」の授業を受けました。それは1967年ですから、何と半世紀近い48年も前のことになります。そんなわけで、講義の細かい内容は記憶にありません。ただ、深山先生が授業中に大声を発せられたことを鮮烈に記憶しているのです。私は自分が座っていた席の位置まで憶えているほどです。最前列の中央左寄りでした。その理由は、はっきりしています。教室の後方で私語をする学生がいて、彼等に対して「うるさい!出て行け!」と怒声を投げつけられたのです。それで教室全体が「シーン」となったことは言うまでもありません。そのとき対象になった学生たちが教室を出ていったかどうかは記憶にありません。
 それにしても、その声の迫力は絶大でした。体をびくっと震わせた受講者もいたと思います。私は大学に入学してから、こんな声を出して叱る教師に出会ったことがありませんでした。いや、その後にもそんな先生はいらっしゃいません。それどころか、教室内がどんなに騒がしかろうと「我関せず」で、チャイムが鳴るまで淡々と話をする教師もいました。そうした状況で、あの深山先生の一喝は半世紀を経た今になっても私の頭に残っているのです。私も私語などを注意することはありますが、あのような迫力はありません。ましてや怒声などはあり得ないのです、ただし一度だけを除いて…。
 
外国人でもい出しにくい? 2015/08/14 Fri 4660
〝Gentle, Kind & Polite〟「穏やかに、やさしく、そして丁寧に…」。NHKラジオの英会話番組で、ゲストのアメリカ人女性が語ったことばです。彼女は俳優やナレーターを業としています。その番組で気を遣うのはどんなときかが話題になりました。その際に、彼女が〝Gentle, Kind & Polite〟を使ったのです。それは仕事に対する報酬について確認するときだというのです。つまりは謝礼はいくらかを聴くに当たって、〝Gentle, Kind & Polite〟を心懸けているそうです。こうした話題になったときは相手に対する配慮と注意が必要だと強調していました。だからストレートに表現しないで、「穏やかに、やさしく、そして丁寧に」を大事にしているというのです。
 これを聴いて私がおもしろいと思ったのは、アメリカ人でも「お金の話」をする際には気を遣うということです。私自身は、あちらの国ではビジネス的な感覚が根付いていると思っていました。そもそも「契約」の観念がしっかりしているから、「仕事の報酬額」も「最初からはっきりさせている」に違いないという推測です。しかし、こんな話を聴くと「なあんだ、外国でもそうなんだ」と認識を改めました。やはりペイメントは「デリケートな話題」なんですね。私たちは、何かと文化の「違い」を強調したがります。しかし、実際には「けっこう同じ」ってことがあるんですよね
 それでも、わが国の場合、この種の話題は相当程度に「あうん」の呼吸で展開することが少なくありません。ある先輩が「ボクの講師料はお坊さんのお布施と同じだよ。袋を開けて見ないとわからない」と言って笑っていました。その方のお家がお寺さんで、ご自身も盆暮れには檀家周りをするということだったので、その場は大爆笑になりました。わが国では「仕事をする」約束はしても、その対価は「禅問答風」といった感があります。それは、「すべてをはっきりさせる」のは上品でないという価値意識によるのでしょうか。そう言われれば、私の体験でも昔は「お布施タイプ」が多かった気がします。ただし、最近では「欧米風事前開示タイプ」が主流になっていると思いますが…。
湯船推奨の情報源 2015/08/13 Thu 4659
 いまや就寝中でもクーラーを動かすことが奨励されています。現に、高齢者が自宅にいて熱中症で亡くなるのです。その大半が空調を使っていなかったとなれば、クーラーが推奨されるのも当然なのでしょう。その昔、夜中まで空調をつけっぱなしにしている体を壊すと言われていました。昼間に「だるくなる」んだそうです。そして、夏の夜はリットル単位の汗をかくもんだというのが「常識」だったのです。それを覆すほど地球の温暖化が進んだのでしょうか。まあ、そんな理由はあるのでしょうが、「時代の常識」はけっこう怪しいところがあります。素人には「一見、科学的」と思われるものも時代が変われば簡単にひっくりかえるんです。子どものころは「走るときに水を飲んではいけない」と言われていました。ところが、いまでは「十分な水分を補給しながら」ですから笑ってしまいます。
 ところで、夏は暑いので湯船に入るのを止めてシャワーにする方も多いと思います。しかし、それでは体の疲れは取れないんですって。そして夏でも、お湯の温度を38度ほどにして湯船に浸かることが推奨されていました。NHKの朝の番組だったと思うのですが、そのときの紹介者の所属を見て、ちょっと笑ってしまいました。その方が東京ガスの社員だったからです。何分にも放送で流すのですから、仰っていることには科学的な根拠があるのだと思います。ただ、それがガス会社の方の発言となると、「うーん、シャワーより湯船の方がガスを使うよね」と笑いに繋がってしまうわけです。心理学にも説得や態度変容の研究があります。その際に「情報源」は重要なポイントになります。やはりこうしたことは「一見して利害関係者」と思われない人の方がいいのではないのカナあ…。
 
家族の力 2015/08/12 Wed 4658
 倫理的に行動するとは、「家族に知られても恥ずかしくない行動」とという意見はどうでしょうか。フロイトが有名にした「超自我」という概念があります。私は精神分析について解説するほど詳しくはありません。ただ、「自我」が「私」なら、「超自我」はその上から「自我」を監視していて、「こらあ、そんなことしてはいかんぞえ」と警告を発するわけです。この部分は親の躾や社会の規範などによって育てられるということです。別の言い方をすれば「正義」のよりどころでしょうか。したがって、この部分がきちんと働けば、「誰も見ていなくたって、悪いことはしない」という理屈になります。もっとも、「正義」は社会が作りあげる基準ですから、他の社会から見て「正義」であるかどうかはわかりません。人間の歴史を振り返ると、あらゆる「戦争」は「正義」の名のもとに行われています。しかも、戦っている当事者の双方が「正義」と主張するのですから、「正義」も困惑しているに違いありません。
 ともあれ、私が言いたかったのは、「自分の行動の評価基準」をどこに置くかという点です。「こんなことをしたら会社の同僚から笑われる。だから真面目にしておこう」は基準が「仲間」という社会にあります。これは職場での人間関係が行動に大きな影響を与えているわけです。これはお互いにいい仕事をするために大事です。それと同時に、「家族に恥ずかしいから」という理由で問題行動を起こさないのもすばらしいではありませんか。ちょっとややこしいことをしようと思ったとき、頭に「家族の顔」が浮かんでくる。信頼し合う家族関係ができていれば、その力は大きいはずです。
 
身に付けば当たり前 2015/08/11 Tue 4657
 めでたく前期高齢者になり、いよいよ最後ということで、新車を買ったことはすでに本欄に書きました。今日はその後の状況についてのお話です。まあ、「大人のおもちゃ」と言うにはけっこう値が張るのですが、とにかくおもしろい機能が満載なんです。このごろの車をご存じの方なら「常識」なのでしょうが、まずは「キーなしでドアが開けられる」のが新鮮です。もちろん無線方式のキーを身の回りに保持していないといけないのですが、感じとしては「キーなし」でドアノブを触るだけでOKなのです。何とも楽しいではございませんか。これまではキーをかざして「ドアオープン」のボタンを押していたのですから、最初は相当な違和感がありました。もっとも、私も普通の人間ですか、あっという間に慣れて、「縄文時代からこれなんだ」なんて気持ちでおりますが…。
 それからやおら運転席に座ってシートベルトをセットします。私が運転をはじめたのは36年ほど前ですが、当時はシートベルトを装着している人の方が圧倒的に少数派でした。まだ罰則もなかったのではないかと思います。そんなわけで、「わざわざシートベルトをはめるのは『かっこうわるい』」という風潮すらありました。私は30歳のときに、やむを得ない事情から免許をとりました。その経緯について書き始めると、またぞろ「ミニ大河ドラマ」になって、収拾がつかなくなること疑いありません。そんなわけで、「その事情」については、また別の機会に譲ることといたします。ともあれ、「運転免許晩年取得者」である私としては、当初からきっちりとシートベルトをつけ続けてきました。そうこうするうちに、「シートベルト装着」は「常識」になりましたよね。そんなものなのです。私たちは「いやいや」と思っていても、それが「身に」付けば「当たり前」になるのです。
 
まずは自分が変わる 2015/08/10 Mon 4656 Progress is impossible without change
 いまのお若い方はジョージ・バーナード・ショー(George Bernard Shaw, 1856- 1950)はあまりご存じないかもしれません。そういう私だって、名前とアイルランド出身の文学者と認識している程度です。じつは、さらに脚本家、劇作家、評論家、政治家、教育家、ジャーナリストということですから大変な才能の持ち主なんですね。その言葉〝Progress is impossible without change, and those who cannot change their minds cannot change anything.〟は私としてはしっかりご紹介したい名言です。「変化なくして進歩はあり得ない。そして、自らの心を変えることができない者たちは、何事も変えることができない」。まずは自分が変わること。これがすべてのスタートなのです。「相手が変わらない」「状況が変わらない」などと嘆くばかりで、事態が変わることはないのです。自分の方から変化すれば相手との関係も変わります。それが相手の考え方や行動に影響を与えるのです。
 〝Challenge the Chance to Change youraself.〟これは私がずいぶん前に創ったフレーズですが、短縮して「Cha、Cha、Chaでいこう」と呼びかけています。そこで強調したかったのは、「Change=自分が変わること」を「the Chance」と捉える点です。「嫌々ながら自分を変える」「他人のために犠牲的精神で自分を変える」。そんなものであってはいけません。。「変わるのは、自分にとって『Chance 』」なのです。そして自分が変わることで、他人だけでなく状況も変わります。自分が変われば周囲にあるものの見え方まで変わっていくでしょう。それが人間というものです。ああ、すばらしい!
 
ホット・クーラー 2015/08/09 Sun 4655
 このところ、熱中症がニュースのトップを飾っています。この猛暑ぶりはとりわけ高齢者に過酷で、毎日のように亡くなる人が出ているのですから尋常ではありません。私なんぞも、かなり前から「渇き」に鈍感になってきました。朝から3時間、2コマの授業をしても、水分をとっていないことに気づくのです。やばい、やばい。
 ところで、夜間も適切にクーラーを使いましょうと勧められるご時世です。じつは、わが家では「ホット・クーラー」について「ホット」な議論が進行中です。数年前のことでした。家電量販店で「これはカビが生えないんです」と大いに売り込まれ、感動しました。そこで、「それじゃあ」と一度に2台を購入したのです。そして、これを作動させた後で「カビが生えない」メカニズムがわかりました。クーラーを切ると、「熱風」が吹き出してくるのです。つまりはクーラー内に溜まった水分を乾かすわけですね。「いやあ、すばらしい」と大いに感動したいところですが、ことはそう単純ではございません。クーラーを切ったあとは必ず外出でもするのであればそれでめでたしめでたしでしょう。しかし、クーラーをオフにしてからも部屋に居つづけるとなるとどうでしょう。せっかく冷えた空気を一気に温めるわけです。まるでサウナじゃないですか。しかも、これが数分で終わらないから、とんでもないことになるんです。その上、構造が複雑になっているということで、お掃除を頼むと普通のクーラーの倍の料金なんですね。「ちーっとも知りませんでしたあ」。
 家電店ではメーカーの人が入っていて、自分の会社の製品を勧めたりもするようです。いずれにしても、「カビが生えない代償」については、素人がわかるようにしっかり説明しないとあきまへんで。やれやれ。
 
今月の写真 2015/08/08 Sat 4654
 今月は「お城二題」です。どちらもおわかりになるでしょうか。まずは「松江城」で、もう1枚が「犬山城」です。両者に共通するのは「国宝」であることです。我が熊本にも「三大名城」と呼ばれる熊本城があります。武者返しと呼ばれる見事な形状の石垣を含めて、雄大なるスケールを誇っています。しかし、天守閣は西南の役で西郷軍に攻められて焼け落ちたのです。そんなわけで「国宝」にはなり得ません。
 その点、「国宝」と聴いただけで、お城が荘厳に感じられるのですから大したものなのです。世の中は「スケール」以外にも胸を張れる基準があるわけです。これは「公称163cm」の私にとっても勇気が出る話です。
 ところで、国宝のお城はこの2城に加えて、「松本城」と「姫路城」の4つです。楽しいことに、私はこの4つの城に出かけるチャンスがありました。松江城はまだ国宝になってホヤホヤで、地元ではお祝いのイベントが行われていました。島根県は出雲大社が式年遷宮で人気が沸騰し、さらにテニスの錦織選手の出身地ということで、その大活躍に比例して大いに盛り上がっています。そして、今度は松江城の国宝指定ということで、とても元気がいいのです。観光客もずいぶんと増えたと聴きました。
 ところで、「国宝」にも悩みがあるんですね。空調施設が設置できないらしいのです。そうなると、この夏の猛暑対策なんぞはきわめて厳しいものになっていることでしょう。とくに天守閣は狭くて急な階段を上っていくのが常識ですから、それは大変でしょう。しかし、天守閣では風通しもよくて、汗だくでも爽快な達成感が楽しめるに違いありません。
机のお話し 2015/08/07 Fri 4653
 小学生のときに、体とは不釣り合いな机を買ってもらったお話をしました。そんなことをする理由は父が変人だったからだけではないと思っています。それでは父に酷な感じもします。あの時代に、今日のような「こども勉強机」なんてなかったわけです。ともあれ、それが父にとって孫に当たるわが息子に引き継がれていきました。
 それから私び仕事机は折りたたみ式のちゃぶ台(?)になりました。これがまたワクワクするほどいいんです。朝からあぐらをかいて台に向かいます。机に比べるとかなり低めの高さになります。そこに朝日が飛び込んでくる。これがまたすばらしい雰囲気で、さらにワクワク感が高まるのです。はっきり言えば、格安の「机もどき」なのですが、そうだからこそ、「これでもちゃんと仕事はできる」と思って嬉しさがこみ上げてきます。事実、少なくとも私が40代に書いた論文などの多くがこの上でできあがったのです。
 そして間もなく50代に入るという年に、永年住み慣れた公務員アパートを出ました。新居に引っ越したので、心機一転、「ちょっとくらい上等の机」を手に入れようという気持ちになりました。その際に、うん十年使ってきた机とはお別れをしたのです。さて、そんな流れから、家具屋さんを回って「それなりのモノ」を探しました。そして、「買うならこれだよね」というものは見つけました。しかし、「いざ」となると、「こんないい机っているんかいな」と、気持ちが揺れるのです。そうこうしながら、結論としては、その後も「折りたたみ式」を使い続けていました。そのうち娘が使っていた机が、いらなくなったというので、「これがイチバン」とばかり、「私のモノ」になったのです…。
 
新聞販売店? 2015/08/06 Thu 4652
 九州学院は私のご近所です。もう2年ほど前になるでしょうか、生徒たちを対象にした講演で出かけたこともあります。その九州学院ですが、ある人が「九州学院が朝日新聞の販売店になったようだ」と言われるのです。もちろん「えーっ、そんなことってあり得ない」と思いました。しかし、その人はけっこうマジなものですから、ちょいと確認に行ってみました。するとどうでしょう。たしかに九州学院の正門と裏門の周りに「朝日新聞」の幟がワンサカとはためいているではないですか。それも1本や二本といった数ではありません。まさに「朝日新聞の販売店かいな」と疑いたくなるようにひしめいているわけです。
 もちろん、私にはその理由はわかりました。九州学院は高校野球の熊本大会で優勝し、甲子園に出かけるからです。しかし、私に情報をくださった方は世の中に野球というスポーツがあることはご存じですが、それ以上の知識と関心は完璧に持ち合わせていらっしゃらないのです。そんな人が見れば、「朝日新聞の販売店になったんかいな」と思いこんでも仕方がないほど、「朝日新聞」をアピールしているのです。たしかによく見ると九州学院が「優勝」したことがわかるものもあるにはありました。しかし、「朝日新聞の幟」ばかりが目立っていました。
 新聞業界でも、様々なイベントのスポンサーになって売り上げを競っています。春の高校野球は毎日新聞ですし、某新聞は長いことプロ野球のチケットを購読契約の有力な武器として使ってきたことで知られています。そのほか、将棋や囲碁の「〇〇戦」なども取り合いになったりしたことがあります。私も適切な競争を否定するつもりはありません。しかしジャーナリズムは、内容で勝負してほしいですよね。高校が「販売店になったの」なんて言われるのはいかがなものでしょう。
 それはともあれ、九州学院のご健闘をお祈りしています。
第三者 2015/08/05 Wed 4651
 倫理的に行動するとは、「第三者に自分の立場を説明したとき納得して貰えるもの」とという意見もありました。ここでキーワードは「第三者」ということです。いま、組織で問題が起きると、その分析に「第三者委員会」と呼ばれるものが設置されることが常識になってきました。そこでは当該組織とは利害関係のない専門家たちが事実を分析し、その責任の所在も明らかにするわけです。いわゆる客観的な視点にが重視されるのです。
 こうして出された報告書は一般的に公表されます。そして、それを受けた組織は、その内容に応じて対策をとることになります。つい最近は、伝統ある大会社の東芝で会計上の問題が明らかになり、第三者による分析が行われました。そこでは、三代に亘る経営トップの責任が厳しく問われていました。この場合は、東芝という会社が第三者に分析を依頼したという形になっていたようです。私の誤解でなければ、報告書は会社の代表である社長に出されたけです。そこでちょっと苦笑いしてしまいました。報告書は「いまの社長も相当程度に問題がある」と責めながら、それを「いまの社長」に提出しているのです。それを受けた「いまの社長」が「これはとんでもない問題だ。自分を含めて直ぐに辞任する」と公表した。そんな図式なんですね。これって、どこか滑稽な感じがして苦笑いしたわけです。
 いずれにしても、「身内」の調査は、どうしても「甘く」なります。少なくとも世の中はそのように受け止めます。どうも劣化が目立つわが国の組織ですが、その意味では「第三者委員会」の設置は増えることはあったも減ることはないでしょう。残念ながら…。
 
火野正平の旅 2015/08/04 Tue 4650
 火野正平といえば、かつてはプレイボーイで名を馳せたというか、けっこう世間を騒がせてましたね。その彼もわたしより一歳だけ若いようですから、いわゆる団塊世代であり、しっかり前期高齢者なのです。その彼も、このごろは「にっぽん縦断 こころ旅」という番組で知られています。日本国中を自転車で走り回るんです。とにかくあっちこっちを訪れるわけです。それも、視聴者からの手紙で「行ってほしい」と言うところに行くのです。この企画がはじまるとき、NHKが盛んにPRしていました。それまでの火野正平と違ったイメージで、どうなることやらと思っていました。しかし、これがはじまってみるとなかなかおもしろいんですね。わざわざ放送を視ることはないのですが、たまたま番組に出くわすと、時間があればしばらくそのままという感じです。
 それにしても、火野正平氏は大したもんです。坂道なんぞは「はあ、はあ」と喘ぎながらも自転車で走っていきます。団塊の世代の仲間としては尊敬に値します。私なんぞ、人間ドックで自転車こぎを15分ほどでしただけでも、気を失いそうになるのですから…。
 さてさて、あの番組はいつまで続くのか知りませんが、高齢者の自転車旅としては最長記録を立てて、ギネスに載るんじゃないでしょうかね。あれだけ鍛えれば、彼自身も頑健になり、きっと長生きするに違いありません。火野正平は晩年に「記憶に残る人物」になったと言えるでしょう。 
真の友人 2015/08/03 Mon 4649 A real friend is one who walks in…
 Walter Winchell (1897-1972)はアメリカの新聞やラジオを中心に活躍したコメンテーターのようです。その生年から察するに、まだテレビが普及する前に活躍したと思われます。私自身ははじめて知った人物ですが、その言葉が目を引きました。〝A real friend is one who walks in when the rest of the world walks out.〟「すべての人間が自分を見放したとき、自分を支えてくれる人。それこそが真の友人だ」。まさに名言ではありませんか。
 私が専門にしている「グループ・ダイナミックス」に「集団圧力=同調行動」に関する古典的な実験があります。それは、多数のサクラと事情を知らない一人の被験者のグループで行われたものです。被験者にとって「信じられない答」をサクラが一斉に「正解」だと主張するわけです。そのとき、被験者が自分の意見を抑えてサクラである「多数者」の意見に同調するか。つまりは「集団の力」を明らかにしようというわけです。これは研究者Aschが1951年に発表したものです。Aschは様々に条件を変えながら実験を繰り返しています。そのなかに、「一人だけ『正解』を言う『サクラ』」を入れたものがあります。その効果は抜群でした。それまでサクラの意見に流されていた「被験者たち」がけっこう「自分の『正解』」を主張するようになったのです。
 私はこの部分に刺激を受けました。私もずいぶん前から「人間は一人でも自分を支えてくれる、理解してくれる人がいれば強くなれる」と言ってきました。もちろん、多くの人からサポートされるのが理想的でしょう。しかし、究極のところでは「たった一人」でもすばらしい力になるのです。その人こそがWinchell の言う「真の友人」なのですね。
  
ちと遅すぎ? 2015/08/02 Sun 4648
 「ちりも積もれば山となる」です。世の中には「ゴミ屋敷」と呼ばれるお家があって、テレビで話題になったりします。とにかくご近所には大迷惑というのが相場です。「もったいない精神」を前面に出して、ホテルのアメニティを持ち帰ったりしていると、どんどん溜まっていくことになります。「ストックで押しつぶされそう」な厳しい状況が生まれます。その代表が歯ブラシとひげそり用の剃刀です。こうしたサービス品が旅館などに備えられはじめたころは、とても「持ち帰る」気持ちになりませんでした。その品質は「1回使用」でおしまいというレベルだったのです。剃刀に至っては、すぐに錆びそうな鉄製で、肌に当てた瞬間からヒリヒリして、口の周りのあちこちから鮮血が吹き出す。そんな感じでした。それがときとともに進化したのです。
 ともあれ、「このままでは遺品の山になる」。そんな危機感が私に一大決断を求めたのでした。そこで、そのすべてを「定年退職までに一掃する」と決めたのです。それまでの「適正使用期間」を大幅に短縮してセッセと在庫を減らしていきました。とくに剃刀は「血だらけ期限」を待たずに交代させたので、「造血機能」は楽になったに違いありません。
 そして、その成果は如実に表れました。まずは歯ブラシが昨年の夏までにストックがなくなりました。まことに残念ながら「退職までに」という目標は達成できませんでした。剃刀の方はさらに時間を要して、今年の初めにめでたく「在庫一掃」となりました。こうして、私はこれまで背負ってきた人生の重荷の二つから開放されたのです。
 剃刀は自宅用と旅行用としてシックの5枚刃を買いました。これがとにかくすごいんです。顔面を滑りながらひげが剃れていく快感はことばで言い表すことなど不可能です。これで改めて新しい人生がはじまりそうな気がします。しかし、もう四捨五入で70歳、ちと遅すぎますかねえ…。
 
カラオケの進化 2015/08/01 Sat 4647
 あっという間に8月です。前期の授業も試験を残すだけになりました。そのうち、大学院の学生たちと「前期終了記念カラオケ」に出かけました。これは各学期の終わりの行事として、3年前ほどから「恒例」になったものです。最初のきっかけは記憶に残っていませんが、今回で4回目か5回目になると思います。基本的には4時間コースで歌い放題という趣向なんです。ただし、年末はお客さんが多くて、3時間に制限されてしまいます。世の中が忘年会ムードなのですから致し方ありません。授業を受けている学生と私に、大学の先生が加わられます。
 私自身が第1回目にどのくらい歌ったか、これまた記憶にないのですが、先日は18曲でした。今年の3月は22曲に達し、それまでの記録を更新したのですが、今回は「平凡(?)」な記録に終わったわけです。それでも大満足したことは言うまでもありません。
 ところで、この業界も競争が激しいようで、カラオケ機能も時々刻々と進化しています。今回は、自分が歌っている姿と声をビデオで撮ることができるというシロモノでした。しかも、それを店に保存しておけば、他の客が再生できるので、見知らぬ同士が歌ってデュエットが成立するわけです。学生がこの機能を使って実演してくれたのですが、何と言ってもビデオに残しておくほどの人ですから、これがやたらとうまいんですね。そのうちの一人は顔が写らないアングルで歌っていましたが、もう一人は姿形までバッチリでした。その自信に溢れた表情と体の動きには、感心するというよりも、みんなで笑ってしまいました。とにかく「私って上手でしょう」という態度に充ち満ちていたからです。もちろん、学生たちに古色蒼然とした昭和30年代の歌を有無を言わせず聴かせている私としては、そんな最新鋭の機能を使って録音するなんて勇気はコレッポッチだって湧くわけがありません。そもそも歌唱力が前提ですから…。