生徒たちからのメッセージ(7) 2015/07/31 Fri 4646
少し間を詰めましたが、21日から10日ぶりの「生徒たちからのメッセージ」です。
18)指揮とてもすばらしかったです。2回目と聞きましたが、何回もやっているかのようでした。
ご承知のように、「指揮者」は校長である。「何回もやっているかのよう」というのだから、文面から察するに指揮者としてはけっこうな腕なのだろう。
19)今年も指揮とてもよかったです。去年よりも上手になっていました。(*^▽^*)楽しい演奏ありがとうございました。今度校歌の指揮をやってみてはいかがですか。
「去年よりも上手になっていました」ということは、「けっこうな腕」とは言えない感じもする。それでも「校歌の指揮」までお勧めだから、校長としては満足しているにちがいない。
20)先生方の指揮をなされていましたが、足でリズムをとっていらっしゃいました。とちゅうで失敗なされましたが、全体的に良かったと思います。
ここで「とちゅうで失敗」したことが判明した。そうなると「けっこうな腕」という評価は相当程度に怪しくなってきた。それでも「足でリズムをとる」余裕ももっていたようだし、とにかく、「全体的に良かった」のだから、安心したことだろう。
21)職員コーラスのとき、赤い蝶ネクタイがとても似合っていて、かわいかったです。指揮のときも曲に乗っていて、すばらしかったと思いました。
「赤い蝶ネクタイ」はかなり受けたようで、これまでも何人かが指摘していた。それが「似合っていて、かわいかった」というわけだ。このごろの若者は、我々世代と「ヤバい」の使い方が違うらしい。それと同じように「かわいい」の意味合いも変化しているのだろうか。 |
身の丈合わずの机 2015/07/30 Thu 4645
私が小学校に入学したのは福岡県の行橋市ですが、そのころ、わが家には私のために買った大きな机がありました。「小学校の入学時にそんな机をどうして買ったのかい」と疑問に思われる方もいらっしゃるでしょうか。たしかにそうなのですが、事実は事実としか言いようがないのです。じつは、そこには「吉田家の特殊事情」が絡んでいました。まあ、簡単に言えば、わが父が「そういう人」だったわけです。「どうせ道雄も大きくなるに決まってる。チマチマした机なんぞではなく、大人になっても使えるものがいい。そうだ、そう決めたあ…」。まあ、こんな感じでデカ過ぎる机を買ったのだと思います。
その机は、当時としては行橋市内で一番大きな家具屋さんで手に入れた記憶があります。とにかく木製のしっかりした机でした。それは手作りではないかと思われるほど立派なものでした。ただし、子どもにしては鎖骨のあたりに天板がくるような机だったことが「玉に瑕」とも言えたのですが…。
とにかく、父は「先を見る」ことと「自分で決める」ことに最大の価値をおいていた人でした。その「先」というのが、100年とまではいかないまでも、桁外れに「先すぎる」ことは、この机の例からもおわかりいただけることでしょう。これに「相手の気持ちになる」力も加わっていれば、父は偉大なるリーダーとして評価されたはずです。私の机の場合は。どう考えても「子どもの気持ち」を踏まえたとは言い難いですよね。しかし、私は40歳ころまで、その机と付き合うことになります。それから後も、わが息子が愛用しました。父が選択したものは孫の代まで使われたということです。 |
悪い奴は… 2015/07/29 Wed 4644
倫理的に行動するとは、「 他人に迷惑をかけないこと」という単純明快な意見もありました。ここで「他人」の意味する範囲はきわめて広いわけです。もっとも近いところでは「職場の同僚」がいます。それを含めて、自分を除く組織内の人間はすべて「他人」です。
私たちが若いころは、組織に迷惑をかける人間は、地位的には比較的低いところにいる人たちが多い印象がありました。たとえば、一般の女性銀行員が男から騙されたり、強要されたり、あるいはいろいろな理由でお金を横領するといった具合です。あまり適切な表現ではありませんが、いわば「下っ端」がとんでもない事件を起こしたわけです。それで銀行の信用が失われるのは当然として、組織のすべての「他人」に迷惑をかけたことは言うまでもありません。
ところが、いつのころからでしょうか、組織の上層部がおかしなことをして世間の目を引くことが多くなってきたような気がします。ただし、その昔は、とんでもないことをするトップがいても、それをもみ消していた可能性だってあるでしょう。黒澤明監督が1960年に公開した作品に「悪い奴ほどよく眠る」なんてタイトルの映画がありました。私は小学生でしたが、あまりにも刺激的なタイトルだったことから、父親にその意味を聞いた記憶があります。それに対して、わが父は小学生にもわかるような説明をしれくれました。そのときは「えー、そんなもんか。偉いと言われている人の中にも悪いことする人がいるんだあ」くらいの認識だったでしょうか。 |
「ほめる」と「叱る」 2015/07/28 Tue 4643
リーダーには「ほめる」力が必要だと強調すると、部下に対して「ごますり」を薦めていると受け止める方もいらっしゃいます。あるいは「甘やかす」といったニュアンスでしょうか。日本語にはそんな語感も含まれていますかね。それに、「ほめろ、ほめろ」と言われると、「ちょっと面倒くさいなあ」と思われるかもしれません。そこで私は「ほめる」ことを推奨する際は、併せて「それは正しく『評価』することですよ」と申し上げています。つまりは「ほめる=評価する」なのです。私としては、これで「ほめる」という日本語がもっている何かしら「ごますり」的な意味合いを消せると思ってます。
ところで、リーダーは「ほめる」ばかりでなく、しっかり叱る力と技術を備えていることも必要です。世の中にはさまざまな叱り方があります。リーダーが大声で絶叫しながら叱っている様は端から見ていても見苦しいものです。子どもではないのですから職場の上役が地団駄を踏むなんてのは、かなりカッコ悪いですよね。叱っている方が自分のコントロールができていないことが見えてしまいます。
私は相手の行為に「驚く」ことの重要性を強調しています。それは「ほめる」の神髄であり、まさに「驚育」なのです。さらに、これが「叱る」ときにもけっこう使えるのです。〝えーっ、そんなことしちゃったのおー。わーっ、信じられないなあ。どうしてそうなったあ…〟。この台詞も声の強さやイントネーションなどで変わってきますが、首に青筋を立てて怒声を張り上げるのではなく、体ごと驚いてみせるわけです。職場のリーダーとしては、こんな演技も身につけておくと役に立つはずです。 |
横にいてこそ 2015/07/27 Mon 4642 Don't walk behind me…
アルベール・カミュ(Albert Camus、1913- 1960)はフランスの作家、哲学者です。その代表作「異邦人}は私にとっても衝撃的でした。いきなり、「今朝、ママが死んだ」からはじまるのですから。そのあたりのことは5月2日にも書きました。彼の思想は「不条理」という概念で構成されていました。理性的に生きようとすると、世の中は不合理なことに満ちあふれている。そんな自分に正直であろうとすれば、どうしても「反抗」せざるを得なくなる。そんな戦いが彼の生き方だったようです。
その才能は突出していたのでしょう、1957年にはノーベル賞を受賞しています。しかし、彼の生き様と関係はないと思いますが、46歳で自動車事故のために帰らぬ人となりました。
その彼の言〝Don't walk behind me; I may not lead. Don't walk in front of me; I may
not follow. Just walk beside me and be my friend.〟です。「私の後を歩かないでほしい。私はあなたをリードできないと思うから。私の前を行かないでほしい。私はあなたについていけないかもしれないから。私といっしょに歩いてほしい。そして私の友だちになってほしい…」。「不条理」「反抗」を象徴するようなカミュですが、人をリードするのも、リードされるのも好まなかったのでしょう。そして、大事な人に「私の横にいてほしい」と願う、ちょっとばかり寂しがり屋だったのかもしれません。この相手は複数ではなく、「一人の人」なんですよね。「人間は一人でも自分を理解してくれる人がいれば強く生きることができる」。これは私の一言です。 |
ほめる一工夫 2015/07/26 Sun 4641
自分が指導する人たちを「ほめる」こと、「評価する」ことはリーダーに求められる重要な行動です。しかし、これが上手にできないという声も聞きます。どんなことでも、効果的な働きかけをするためには、それなりに工夫が求められます。あるいはちょっとしたコツを身につけることも必要なのですね。
たとえば、いつもと同じ仕事を頼むときでも、それを「いつまでに仕上げればいいか」を明確に伝えておくわけです。そうすると、期限までに仕事をした部下をしっかり「ほめる」ことができます。もしも「期限前」にできあがったりすれば、もう「べたぼめ」になるでしょう。「えーええッ。もう終わったのおーっ。ビックリするじゃないの」。まあ、どんな誇張表現でもかまいませんよ。そもそも私は「驚育」が大事だと信じてきました。しっかり「驚く」ことは、大いなる「教育」なのです。
また、「驚く」のに加えて、冷静さを加えた対応もいいですね。「あなただから、この時間でやれると思ったよ」などと、部下の能力を含めて評価するわけです。こんなことを言われればさらに意欲が高まり、信頼感も強まることでしょう。「上司はちゃんと見てくれているんだ」。こんな気持ちが生まれるんですよね。これに対して、時期を明示しないで「やっといて」とあいまいな指示をしても、「ああ、ありがとう」くらいの「ほめ方」しかできません。
また、仕事仲間の前でほめることも、本人の意欲を高めます。そして、ほめるだけでなく、個々人の力に応じた新たな課題や目標を与えることが大事です。ともあれ、部下たちのほめるべきところをいつも探し続けましょう。 |
新発見! 2015/07/25 Sat 4640
しばらく前のことですが、名古屋のコーヒー専門店が熊本に進出してきました。そのお店ではパンに小豆を塗るのが売りだというのです。それって名古屋の文化らしいのです。そもそも甘党で、ぜんざい大好きな私です。さっそく家族でモーニングコーヒーを飲みに出かけました。当然のようにうわさの小豆が出てきて、パンに塗るとこれがしっかりおいしいんですね。これまたちょいと癖になってしまいそうな感じでした。
そんなとき、名古屋のホテルに泊まる機会がありました。朝食バイキングのときのことです。さすが名古屋ですね。パンの近くに小豆が置いてありましたよ。それには気づきましたが、私の朝食はご飯と味噌汁が中心です。まさかご飯に小豆をかけるわけにもいきません。しかし、その瞬間にあることが頭に浮かびました。私は子どものころからヨーグルト大好き人間です。今でも毎日の朝食にヨーグルトは欠かせません。そしいつもは蜂蜜をかけて楽しんでいるのです。こうした習慣がある私ですから、小豆を見つけたときに、「これはヨーグルトだろう」とひらめいたわけです。何といっても蜂蜜はとろける甘さが売りなのですから。
そこで、ヨーグルトをたっぷりとって、これに小豆をしっかり加えてみました。いやあ、想像以上というか、感動的なおいしさでした。ちょっと見たところ、かき氷のミルク金時風なんですね。スプーンで混ぜると小豆の粒が見え隠れするのです。ヨーグルトと小豆のバランスが何とも言えません。お代わりをしたい気分になったのですが、何分にも朝食でしたので自制しました。これを見たホテルマンが「パンに使うのに…」とあきれた顔をしているようには感じました。いえいえ、私にとっては新しい発見でした。わが家でもこれでいってみます。 |
ハイ!どうぞ!!缶 2015/07/24 Fri 4639
鹿児島のホテルに泊まったときのことです。フロントでサービス品として缶詰をもらいました。ラベルに大きく「ハイ!どうぞ!!」という元気のいい文字が躍っています。鹿児島県の垂水市が「発売元」です。原材料名には「サクラ島の降灰、垂水市民の苦悩」と書かれているんですね。たしかに、ラベルの背景には噴煙をモクモクと上げる桜島の写真ががしっかりと印刷されています。内容量は100CCで、「ありがたくない、空からの恵み」というわけです。さらに賞味期限は「皆様の興味が無くなるまで」と忘れずについています。さすがに缶詰らしく、人によっては長期間に亘って保存することができるのです。もちろん「商品」ですから、一缶が100円という価格もついておりまして、垂水市の道の駅で販売しているそうです。
どんなに困っても、桜島が降灰をストップするなんてことは期待できません。それならいっそのこと缶詰として商品化してはどうか。苦しみを逆手にとって、笑いのネタにする。すばらしい発想ではございませんか。私も36年前に1年半ほど鹿児島の住民でした。観光客としてなら、「ドーン」という破裂音とともに天まで届くかと思うほどの噴煙を上げる桜島は「すごーい」「やったあ」と大喜びでしょう。しかし、その下で生活する住民にとっては、これほどやっかいなものはありません。鹿児島に行った当座に、雨も降っていないのに傘を差している人がいて違和感を覚えたものです。しかし、それが降灰対応であることを知るまでに時間はかかりませんでした。なぜなら、すぐに自分も傘を差す身分に昇格したからです。しかも耳を澄ますと「サラサラ」と灰が傘に落ちてくる音まで聞こえるのでした。この商品、原材料が無くなる心配はまったくなさそうですね、垂水市の皆さん…。 |
倉庫カラッポ大作戦 2015/07/23 Thu 4638
ホテルのアメニティを1回しか使わずにポイ捨てするのは忍びない。そんなわけで歯ブラシも剃刀も持って帰ることになります。それをわが家でも使っていると、「自分は地球環境のためにいいことをしている」という確信にみなぎり、自己満足感に浸るのです。ところで、ホテルの剃刀なんぞはどのくらい使えるのでしょうか。その点はほとんど心配はいりません。なぜなら、その「替えどき」は簡単にわかるのです。何日かひげを剃っていると、口の周りが「血だらけ」になるんですね。このときこそが「替えどき」のタイミングであることは言うまでもありません。
ところで、連泊すれば真新しいものが自宅にストックされることになります。それだけではありません。これまで私はあっちこっちをウロチョロしてきました。その度にホテルを使うものですから、「アメニティ倉庫」はさらに充実していくことになります。そこで時間が積み重なっていくと、「ちりも積もれば」状態になっていくのでした。そして、そろそろ定年で退職する時期が近づいてきた、ある日のことです。私は「倉庫」の充実ぶりを目の当たりにして、頭の中を強い不安が過ぎるのを覚えました。「このままでいくと、これらの大部分が私の遺品になるのではないか」と。
さすがにこれはまずいでしょう。私は万年筆が大好きで、何本かを使い分けながら楽しんでいます。まあ、万年筆が遺品というのはそれなりにカッコウつくでしょう。しかし「ホテルの歯ブラシに剃刀」なんてのを遺したら顰蹙ものでありましょう。とまあ、そんな逼迫した状況に直面して、私は「定年までに『倉庫カラッポ』大作戦を展開する決意を固めたのでした。そこで「金輪際アメニティを持ち帰らない」ことを心から誓ったのでした。 |
絵に描いた綱領? 2015/07/22 Wed 4637
倫理的に行動するとは、「会社の『倫理綱領』で決められた行動を誇りをもって実施すること」という意見もありました。これについてはずいぶん前にも触れたことがあります(2011/9/13)。昔から「綱領」や「憲章」と呼ばれるものはありました。学校でも校長室に立派な文字で書かれた額が飾ってあります。官公庁や会社のしかるべき人の部屋でも同じような光景に出合います。それはもう「必須の道具」といった感があります。もちろん、仕事場の様々な場所にも、そうしたものが、あるいはポスターなどになったりしながら掲げられています。そこには「非の打ち所のない」、しかし、ある意味では「当然」のことが書かれています。そして、それが、組織の全員が「倫理的行動」をとることを保証していないことはいうまでもありません。つまりは「わかっちゃあいるけど実践できない」ということです。こうした状況を「知行不合一」ということばで表現します。「知っていること」と「行動」は必ずしも一致しないのです。少なくとも、「一致させること」がむずかしいのです。そしてこの問題を解決するために「これしかない」といった策はあり得ません。
このところ、経済界のトップニュースになっているのが「東芝」です。この会社の社長室に行ったことはありませんが、「倫理観」にあふれた「綱領」に類することが掲げられているのではないでしょうか。個別の会社のことはさておいて、どんなに立派なことを言っても、組織メンバーが「その気」にならなければ、それこそ「絵に描いた餅」に過ぎません。それどころか「外向けのメッセージ」と「現実」が違えば違うほど、内部の人間の「白け度」も高まるだけです。それにしても、東芝のような日本を代表する歴史ある会社が、お粗末としか言いようのない不祥事を引き起こすとは驚いてしまいます。それもトップが関わっているというのですから、もうなにをか言わんやです。 |
生徒たちからのメッセージ(6) 2015/07/21 Tue 4636
お久しぶりのシリーズ5回目です。前回は5月30日でした。
14)校長先生、指揮がお上手すぎます!!すごく楽しかったですよ!来年も聞きたいなあ!!!あの赤いちょうネクタイがほしいです!!
これまでも校長を褒める言葉が続いてきたが、これは〝!〟が溢れる最高度のものである。「お上手すぎる」とまで評価されれば、校長としても大満足だろう。
15)最後をしめる校長先生の指揮がイチバン心に残っています。合唱コンクールでワクワクしました。これからも色々なワクワクを見つけていきたいと思います。
そもそも、全校生徒たちのクラス対抗合唱コンクールでの余興で教師たちが歌ったのである。そのときの指揮を校長が執ったということ。つまりは「お遊び」なのだが、「最後をしめる」ものとして位置づけられ、しかも「イチバン心に残っている」という。これもまた校長としては喜ぶしかないはずだ。
16)しおりに校長先生が指揮なされるときいて、少しびっくりしました。とてもおもしろい指揮で、合唱コンクール後できんちょうしていたので、ほっとしました。クラスごとのときものってる人はいたけれど、やはり校長先生は違うなと思いました。ありがとうございました。
「びっくりした」ということから、前年のことを知らない1年生の声だと思われる。それにしても、生徒たちよりも校長の方が「乗っていた」というのである。本当に子どもたちのエネルギーを上回っていたとは思えないが、これまた格別の評価だ。
17)先生、すごくかわいかったです、曲とかも先生のうきうきしている感じでぴったりでした。途中、3拍子にかわっちゃったけど、まあ、それはそれでGoodでした。すごく心に残りました。
校長が「かわいい」というのだから、一致全体何が起きたのかと苦笑する。しかし、「途中、3拍子にかわちゃったけど」と指摘されている。音楽の資質がある生徒からみると「チョンボ」したのではないかと推測される。しかし、その失敗も「それはそれでGood」と言われるのだから、「かわいさ」が上回ったと評価されているわけだ。ああ、すばらしい。 |
リーダーは人知れず… 2015/07/20 Mon 4635 A leader is best when…
日本人でも多くの人が中国の「孔子」「孟子」「荘子」「老子」の名前を知っていると思います。ただし、その思想や残された文書まで読んだり理解している人はそんなにいないでしょう。かくいう私も孔子の「論語」はちょっとばかり見たり聞いたりしたことがあるという程度です。
そんな中で、本日は〝Lao Tzu〟の言葉を取り上げてみました。じつはこれ「老子」のことなんです。この人については実在したかどうかもしっかり確認されていないようです。ともあれ、彼は道教の神様のような存在として崇敬されています。その言が〝A leader is best when people barely know he exists, when his work is done, his aim fulfilled, they will say: we did it ourselves.〟です。やや長文ですが、「リーダーが自分の仕事をしっかりと実践し、その目的を達成したときでも、人々はその存在に気づかない。そして、彼等は『自分たちが仕事を成し遂げた』と考える。そんな状況をつくることができる人物こそ最高のリーダーなのだ」。かなり意訳といいますか、曲がりくねった訳にはなりますが、老子さんの言いたいことは伝わりませんでしょうか。
立派なリーダーは「これは私の力だ」なんてひけらかしたりしないのです。それでも、人々にはわかりますから、しっかり認めてくれるはずです。とまあ、こんなストーリーはよくあるのですが、老子さんはさらに先を行っているんです。人々が「あなたのおかげ」だとも気づかない。それどころか「この成果は自分たちで勝ち取ったんだ」と思い込んでいる。リーダたたるものは、それでいいんだというのです。ここまでいくとすごいなあと思います。
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ホテルのアメニティ 2015/07/19 Sun 4634
根っからの「もったいない世代」です。今回はそんな話です。
さて、ホテルに泊まると、歯ブラシとひげそり用の剃刀、さらに櫛が置いてあります。あれはアメニティというのだそうです。ちょっと上等なホテルになると、洗顔フォームやシャンプーなどもミニサイズのものが置いてあります。最近はエコ意識も高まり、全国展開のホテルの中には、歯ブラシは部屋に置かれていますが、そのほかは必要な人はフロントのあるロビーで取っていくようになっているところもあります。さらには、寝間着(?)も1階で調達する方式を採用したところもあります。そこは、コストとパフォーマンスのバランスですね。たとえば何かで〇周年記念なんてときには、やはりそこそこ贅沢な雰囲気も味わいたいものです。わが夫婦もことしは結婚して40周年を迎えました。春先には日光や中禅寺湖あたりに出かけたのですが、そのときはちょっとばかりいいホテルで時間を過ごしました。
さて、こうしてホテルにもいろいろあるのですが、例外はあるものの、基本的には「歯ブラシ」と「ひげそり」と「櫛」あたりまでは置いてあります。もちろん、それを使って歯を磨き、ひげも剃るわけです。ただ、その際に大きな問題が生じます。いずれも「使い捨て」仕様なのですが、歯ブラシだと夜と朝の「2回」だけで「ポイ捨てする」のは誠に忍びないのであります。「まだ十分に使えるじゃないか」。そんな声が頭の中から、心臓に至るまで震えて聞こえるのです。ひげそりの剃刀だって「たった1回」で「さよなら」なんて、そんな薄情なことはできるはずがないのです。そうなると、ついつい洗面道具入れのバッグの仲間になるのです。 |
記憶と忘却 2015/07/18 Sat 4633
人間は「すべての情報」を記憶しておくことはできません。だから鮮烈だった記憶も時間とともに薄れていくのです。それは自然なことなのです。そもそも大脳の容量には限界があるからです。そこで、私たちは記憶すべき情報を、生きていくために必要な程度に応じて優先順位をつけるわけです。ただし、それは「無意識」であることが多いでしょう。しかも、それは客観的な基準に基づいているわけでもありません。その時々の心理状態や個性なども関わる相当に主観的なの記憶なのです。さらに、あるときは重要であっても、その地位が低下するものもあります。むしろその方が多いのだと思います。ともあれ、そうしたものは記憶の彼方に追いやられることになります。
ともあれ、現時点で記憶のメカにズムについて完璧な説明はできていません。あることを「完全に忘れている」のか、あるいは奥深いところに「しまい込まれている」のかも明確にできないのです。、前者は大脳の中にその痕跡すら残っていないけれど、後者は「どこか」に残っているわけです。しかし、「奥深い」と言っても、それが「どこ」なのかは特定できません。ただ、何十年も使ったことのない「人の名前やモノ、あるいは地名」などが「いきなり思い出される」ことがあります。そんなときは本人も驚いてしまいますよね。この場合は、どこかに「痕跡」が残っていたことだけは間違いありません。こうしたことから「忘却」には、少なくとも「痕跡あり」と「痕跡もなし」の2種類はあるということがわかります。 |
苅田町の日産 2015/07/17 Fri 4632
私が小学生時代をスタートさせた行橋市は、小倉から日豊線を南に走って、日産の九州工場がある苅田町の先になります。「苅田」は「かりた」と読みたいところですが、正しくは「かんだ」です。もうかなり前になりますが、私は九州工場に出かけてお話をしたことがあります。あのゴーンさんが社長に就任して飛ぶ鳥を落とす勢いだったころです。工場の方もゴーン氏に対する評価は高いものがありました。とにかく行動派なのですね。「会議はそっちののけにして現場に足を向ける」。これがマスコミを通して創られたゴーンさんのきわめてすばらしいイメージでした。そうした点はあったと思いますが、現実に「会議をそっちのけ」はあり得ないでしょう。おそらく、それまでと比較して「現場に顔を出す」ことを重視していたのだと思います。しかし、それまでと違うことをすれば大いに目立ちます。
さらに「働く人たち」とも気さくに関わる人だという好印象を与えていました。これも「本当に全員と目を合わせ直接的に話す」ことはむずかしいはずです。しかし、車を作っている現場に出かけて「みんなと記念写真」を撮るだけでも、「ゴーン社長が来てくれた」「ゴーンさんといっしょに写真を撮った」という感動を生み出すのです。組織のトップは、こうしたイメージづくりが求められます。従業員たちから「陰口をたたかれる」ようでは、トップ失格ですね。
こうしたゴーンさんの行動ぶりを見たからでしょうか、新聞にゴーン氏が「『全員参加型』を演出している」といった「驚き」を含んだ見出しを見て、私が「驚いた」ものです。この「全員参画型組織」こそは、1970年代を中心に日本の製造業を支えた基本理念だったのです。アメリカ人をして、「日本人にできて、我々にはどうしてできないのか」と嘆かしめたのです。「マスコミの皆さんはもっと歴史を勉強して情報提供してちょうだいよ」と、このときは私が嘆かわしい気持ちになったのでした。まあ、それはそれとして、ゴーンさんが働く人たちの心を掴むことにおいて優れた力を持っていたことは間違いありませんね。 |
甘えん坊 2015/07/16 Thu 4631
私が熊本で生活を始めたのは1979年の10月です。あれから36年が経過しようとしています。そもそも「転勤族」の父でしたから、子どものころからあっちこっちと引っ越していました。生まれ落ちたのは福岡県浮羽郡の吉井町(当時)ですが、もちろん記憶はありません。その後、北九州の八幡市に移ります。それも小学生になる前までですから、まだら模様のようにチラホラと憶えている。そんな感じです。そして、次は北九州の南にある行橋市に住むことになりました。そこで行橋小学校に入学します。ここまで来ると、記憶はかなり豊になります。
ところで、行橋に移った当初は、「何でこんな家を探したの」と家族全員が父を責めたものです。はっきり憶えてはいませんが、ムカデが挨拶に来るは、雨が降れば天上からポタポタと音楽を奏でるはといった調子で、とにかくひどい状況の借家でした。
じつは、その後も父は転勤を繰り返すのですが、〝最初〟の家は大抵がひどいところでした。私はその理由を父にはっきり聞いた記憶はありません。しかし、父としては、一刻でも早く家族と一緒に過ごしたいという気持ちが強かった、それも猛烈なレベルでそうだったに違いないと推測しています。つまりは無類の寂しがり屋だったということです。
私は子どもなりに、父が人付き合いのうまくない人だという気がしていました。酒もたばこも嗜まず、また麻雀やパチンコといったギャンブルとも無縁でした。仕事が終わると自宅に一直線という人間でした。そんな父には、一緒に過ごす家族が身近にいなければならなかったのです。まあ、ある意味では甘えん坊の気質を持っていたのだと思います。しかし、家族としてはムカデから挨拶などしてほしくないわけですから、相当に迷惑だったわけです。 |
会社の利益と倫理 2015/07/15 Wed 4630
「倫理的な行動とは法や規則を遵守し,さらに株主を含めた会社の利益がもっとも大きくなるように行動すること」を挙げた人がいました。「法や規則を遵守する」ことは大抵の人が言うことです。この表現が「法や規則を守ること」で「会社の利益」が生まれると直線的な関係を述べているものなのかどうかは確かめることができません。それはそれとして、「会社の利益を最大化すること」も「倫理的な行動」なのだという趣旨である可能性もあります。いずれにしても、「倫理的行動」として「会社の利益」が伴っている点でユニークではあります。さらに「株主の利益」にも触れています。
ときとして、「会社の利益」を優先して「倫理的」問題を起こしてしまう事例もあります。というよりも、様々な組織で重大な問題が表面化したとき、そのほとんどが「組織のため」であることが少なくありません。したがって、組織の利益が社会全体のそれを合致する条件下でのみ、「会社の利益追求」が「倫理的行動」と結びつくのです。
また、「株主の利益」と「倫理的行動」が繋がるためには、それなりの条件が必要になります。わが国の企業組織は、建前的に「株主」を重視することが当然だとしても、「株主の利益」はそれほど前面には出てきませんでした。会社は誰のものかといった議論が行われる際にも、働く人々を大事にするという文化的雰囲気が漂っていました。しかし、それも時代とともに変化してきたようです。とくに企業活動や金融資本がグローバル化してくると、「株主」からの期待と要求も大いに高まってきました。こうした中で「株主の利益」を最優先しなければ、組織の存続すら危うくなる可能性も生まれたのです。そうなれば、「株主の利益」を優先することが「倫理的行動」と整合性を維持できるのかどうか、かなり疑問も生まれます。 |
知らないことだらけ 2015/07/14 Tue 4629
「日本郵政スタッフ九州PBOセンターリニューアルオープン!」。こんな新聞広告が掲載されていました。みなさんは、「PBOセンター」がどんなところかおわかりでしょうか。じつは、このとき私には「まったく、完璧に、絶対的に、微塵も、これっぽっちも」わかりませんでした。そこでPR記事の本文に目を走らせて見ました。「そもそも『PBO』って、何の頭文字なんだ」。そんな気持ちでいっぱいになったのでした。ところが、「BPO」という文字は6回も出てくるのですが、その説明はどこにもありません。しかも、「日本郵政スタッフは、熊本の皆様に支えられ、高品質の『BPO』サービスを安定的に供給してまいりました」としっかり書かれているのです。こうなると、「誰もが知っている『BPO』」を「恥ずかしながら」私が知らないだけのようです。
そこで、さっそくネットでチェックすると「BPOサービス(Business Process Outsourcing)」であることがわかりました。つまりは外注で仕事を請け負ってくれる会社なんですね。まったく知りませんでした。
その広告から数日後だったと思います。地元の新聞に「日本郵政スタッフ九州PBOセンター」がリニューアルオープンしたという記事が出ました。この中にも「当然」のように、「PBO」が何の頭文字であるかについて説明はありませんでした。やはり「PBO」は解説抜きで通る「常識」だったのでしょうね。もちろん私としては「自分が知らないものは誰だって知らないはずだ」などと傲慢なことを言うつもりは微塵もありません。むしろ、世の中には「みんなが知っているのに自分が知らないこと」がワンサカあるものだと、改めて自覚したのでした。 |
モデルとしてのリーダー 2015/07/13 Mon 4628 Example is leadership
日本人であれば、アルベルト・シュヴァイツァー(Albert Schweitzer)博士のことは誰でも知っているだろう。そもそもはドイツ出身だが、赤道直下のアフリカのガボンで住民のための医療に一生を捧げたとされる。そんなことから「密林の聖者」とも呼ばれているという。私たちは医師として知っているが、神学者・哲学者・音楽学者でもあるという。洋の東西を問わず、昔の人は幅が広い。生まれたのは1875年で1965年に亡くなったから90歳の天寿を全うしたことになる。そのとき私はすでに高校生になっていたから、いわば尊敬すべき「同時代人」の感がある。
アフリカで医療に身を捧げたと言えば、日本人としては野口英雄を思い出す。いまでは1,000円札の肖像として、ほとんど毎日のようにお目にかかっている。彼も子どものころの伝記などで馴染みがある。子ども向けの読み物ではわからないが、性格的にはかなり「おもしろい」人物だったようだ。作家の渡辺淳一が「〇〇」で小説化している。渡辺氏は「その性格」も含めて高く評価しているらしい。
さて、そのシュバイツァーのか〝Example is leadership.〟は簡単な一文だが、これをすんなり訳すのはけっこうむずかしい。〝Leadership
is example.〟なら「リーダーシップは模範だ」くらいですむだろう。しかし、これが逆並びだからといって、「模範はリーダーシップ」と直訳してしまっては「うーん、どうかなあ」となってしまう。簡潔だからこそむずかしい。しかし、その言いたいところは、やはり「リーダーは人の模範、モデルになるべきだ」ということだろう。「率先垂範」、自らが範を示す。この点は洋の東西を問わず、時代を超えた真理なのである。 |
5%の壁 2015/07/12 Sun 4627
職場でメンバーの5%だけが非常に非協力的なことがマイナスに作用するとき、リーダーはどうしたらいいのか。そんな質問をいただいたことがあります。これについては、5月に私なりにコメントしました。それに少しばかり追加しておきましょう。
そもそも95%の方々がOKなのですから、「まずはこれでいいんだ」という気持ちでいていいでしょう。そもそも本当に「メンバーの100%が一丸」となっている組織や集団の方が少ないでしょう。大多数が前向きで協力的なのですから、「これは常識以上だ」という雰囲気を維持していくことが期待されます。そうした「雰囲気」が職場にあれば、少数の方々にもじわじわと影響を与えるものです。ただし、本当の変化が感じられるまでには時間がかかるでしょう。
現実的には、「非協力的」な人たちが異動することもあるでしょう。そのときは、「しっかり努力していた」のだけれど、その効果が出ないうちに「メンバーが替わってしまった」ことになります。そうなると「努力の甲斐がなかった」となりそうです。しかし、そんなことはありません。リーダーは、いつも「改善の努力」をし続けることが仕事なのです。そして、職場の雰囲気が変わるのに時間がかかるのは当然です。その効果が出ないうちにメンバーが替わったとしても、それまでの努力は評価されなければなりません。たしかに成功するかどうかは状況によりますが、「変化を求めて力を注ぎ続ける」姿勢が大事なのです。
とにかく「一人で困らない」ことです。一端、関係がまずくなると「当事者」だけで修復できないこともあります。その際には、違った視点をお持ちの自分より上の方々にサポートしていただくのも大事です。あらゆる立場の方々が協力して問題を解決していくのが組織というものですね。 |
浜名湖での修行 2015/07/11 Sat 4626
ところで、昨日「ヤマハ発動機」にトレーニングで出かけたことを話題にしました。その瞬間に当時の状況が蘇ってきました。それは1973年に国中がパニックになった石油ショック前後のことでした。「ヤマハ発動機」の本社は浜松にあったと思います。その名の通り、様々な用途のエンジンを製造する会社でした。そのなかにはレジャー用のヨットに使うエンジンも含まれていました。レジャーヨットといえば、オーナーは大金持ちで、一艘が数千万から億単位にもなるものです。リーダーシップ・トレーニングは浜名湖畔の施設で実施したと記憶しています。少なくとも1回は石油ストーブが必要な時期でした。折からの石油ショックで、灯油が高騰し、世の中は節約が最優先の雰囲気にありました。それでも寒くて使わないわけにはいかない。そんな状況でのトレーニングでした。
トレーニングにご参加の方々も強者がそろっていらっしゃいました。とにかく億円レベルのヨットを販売しているセールス担当の方々がいらっしゃるわけです。どなたも、人と関わる力と自信にあふれていらっしゃいました。そんな方々を前にして、「リーダーシップの在り方」を「トレーニング」するのです。まさに「セールスの超プロ」に対して「リーダーシップ理論をセールス」わけです。そのとき、私は20代半ばに達したばかりでした。それは私にとって厳しいチャレンジでしたが、同時に大いなる修行になりました。
とくに、現実の仕事を知らない私は、まずは先方の意見を真摯に受け止めることの重要性を体感しました。その上で「こちらの考え方」をご説明すればそれなりには納得していただけたのです。私は、こうしたは厳しい経験をしながら、育てていただいたのです。 |
フライト記録 2015/07/10 Fri 4625
私は飛行機に乗りたい一心で、生命保険会社の一次試験を受けました。そして、「見事に」合格したのです。そして、約束どおり飛行機で東京に行って面接を受けました。これが私の「初フライト」ということになります。そのときは、純白の雪をかぶった富士山が真下に見えました。それだけで大感動したことは言うまでもありません。
さて、それからしばらくは相変わらず飛行機に乗る機会は訪れませんでした。しかし、私が出入りしていた集団力学研究所に様々な組織から調査やトレーニングの仕事が入ってきました。そのなかには遠方で飛行機を利用する機会が出てきます。そんなときは、「飛行機を利用してもいい」ということになったのです。
たとえば1973年の石油ショック前後にヤマハ発動機という会社に出かけました。本社は浜松にあって、ヨットのエンジンなども製造している会社です。まだ山陽新幹線が岡山止まりの時代です。そこで大阪まで飛行機で行き、その後は新幹線で浜松へという行程になりました。こうして「飛行機好き」がワクワクするチャンスが増え始めたのです。もちろん嬉しくてたまりませんから、私は日記に「今日は〇回目のフライト」と記録を付けていったのです。私が「1,000フライト達成」と言うと、まずは「それって記録していたんですか」と尋ねられます。それに対する答えは「Yes」ですが、それは日記のメモだったわけです。いつのころか、記録のチェックは手帳に変わりましたが、いまでも「ワンフライト」ごとにメモしています。因みに今年の最初のフライトには「ANA①1,065th」と記録されています。 |
飛行機好き 2015/07/09 Thu 4624
このコラムでも私が飛行機好きであることを繰り返し触れてきました。また私は講演会などで、自慢話が大好きであることもお話しています。この二つを合わせた自慢話があります。それは、一昨年の2013年に「1,000フライト」を達成したことです。
私が生まれて初めて飛行機に乗ったのは1970年4月20日のことでした。私たち世代にとって飛行機は憧れといった表現はあまりにも軽すぎてまったく不適切なのです。佐賀県の伊万里小学生だったころ、めったに飛ばないプロペラの飛行機が運動場の上を飛んでいきます。おそらく口をあんぐりと開けて真上を向いて、その「ブーン」というささやかな音を聞いたのでした。そのとき、「ああ、飛行機って、一生のうちに一度は乗れるものだろうか」などと思ったものです。この問いかけに対して、私自身が「そりゃあ無理だぜ」と言い聞かせていた記憶があります。そのころの飛行機といったら、いまなら孫正義さんくらいしか乗れないものだったのです。
しかし、世界中から「奇跡の経済成長」と言われるような快進撃が続きました。そして、ついには普通の人が飛行機に乗れる時代がやってきたのでした。それでも飛行機は日常からは遠い乗り物でした。そもそも運賃が他の乗り物とは比較にならないほど高かったわけです。そんなわけで、比較的身近になったとは言え、とりわけ学生には飛行機は相も変わらず高嶺の花として空を飛び続けていたのです。
そんな私に人生最大のチャンスがやってきました。それは大学4年生のときです。ある生命保険会社の採用試験です。福岡での一次試験に合格すれば、二次面接は東京で実施するのですが、その際に東京まで飛行機に乗っけてくれるというのです。 |
相手への思い 2015/07/08 Wed 4623
「倫理的行動」とは、「相手の立場を考えた上で仕事に取り組む」という声もありました。これは「仕事の倫理」に限らず、人と人とが関わりを持つ際に求められる基本的な姿勢でしょう。ややもすれば「自分あるいは自分たちの都合」を優先するために、ついつい「しなければならないこと」をしなかったり、手を抜いたりする。そうした状況の中で「ミス」や「トラブル」が起きるのです。
ここで「相手」とは広い意味を含んでいます。もっとも身近なのは職場で仕事をする同僚です。その日常的な関係の場で、お互いが「相手の立場を考えて」仕事をすれば、様々なミスやトラブルも防止できる可能性が高まります。
さらに「相手」を拡大していくこともできます。たとえば同じ組織に所属していても日ごろは接触することのない人たちです。世の中には「セクト主義」や「縦割り」などの弊害が指摘されます。これは組織内の、とりわけ横のコミュニケーションが取れていないことによる問題です。ここでも、「お互いの立場」を理解する力があれば、様々なトラブルを未然に防ぐことができるのです。
組織が社会の中で存続していることを考えれば、「相手」はもっと広がることになります。つまりは自組織外の組織や人々を含めるわけです。まさに「自分たちの都合」だけで、信義にもとる行動をすることは組織としてあってはなりません。ましてや、サービスや製品の購買者の立場になって行動しないというのでは、その組織の存在意義すら疑われるでしょう。 |
奇数号車の東京寄り 2015/07/07 Tue 4622
「奇数号車の東京寄り」。これは新幹線のトイレの位置である。このことはずいぶん前、そう開業して間もなくから知っていた。新幹線は走り出してからすでに半世紀を超えている。世界に冠たる安全性は「新幹線」最大のセールスポイントである。ところが、それに冷や水をぶっかぶせるとんでもない人間が出てきた。これにはコメントすら思い浮かばない。
さて「トイレの位置」だが、どうして「奇数号車の東京寄り」なのか。こんな疑問が頭にちょっとだけ浮かぶその理由を新幹線のトイレで用を足しながら考えた。すると、それが「必然的な位置」にあることがはっきりわかった。「奇数号車の東京寄り」は当然なのである。
まずもって東京から出発することを前提にしよう。そうなると、1号車の頭は運転席である。そこにトイレを設置したら運転手は便座の上で電車を動かすことになる。そんなことはあり得ない。運転席のすぐ後ろにトイレをくっつければ、これは邪魔になるに違いない。両サイドにトイレを置くにしても、通路が狭くなり車掌が運転席に行きづらくなる。したがって、トイレは運転席の反対側である車両の後部に設置するのが当然のことになる。それでは、どうして「奇数号車」なのか。その理由も容易に理解できる。まずは1両しかない電車であれば、奇数号車である1号車に置くしかない。また、2両になれば、両者の「真ん中」が最もいい位置になる。さらに3両になれば、あるいは車両全体が「奇数」であれば、最後尾には必ずトイレが付いていることになる。これで余裕も生まれて、乗客サービスということだ。
とまあ、そんなことをトイレ中に考えた。それは新幹線の「男性小用」便器に向かっているときだから、1分ほどの間だったでしょうか…。 |
何人をも愛するけれど… 2015/07/06 Mon 4621 Love all, trust a few…
ウィリアム・シェークスピア(William Shakespeare, 1564- 1616)を知らない人はほとんどいないだろう。私が中学生か高校生のとき、英語の授業で「ベニスの商人」を読んだ記憶がある。そのほか、「ハムレット」や「マクベス」に「リア王」なども、実際に読んだかどうかは別にして、タイトルだけは多くの人が知っているに違いない。
ところで、「シェークスピアの時代の劇場は屋根もなく照明もなく、白昼の陽光のもと演じられる芝居は『見る』というよりも『聞く』ことによって楽しむもの」だったらしい(前沢浩子獨協大学教授)。そうであればこそ、登場人物の「セリフ」がきわめて重要な役割を果たしたわけだ。私が大学生のころ、新潮社から「新潮世界文学」というタイトルの全集が刊行された。当時としては高級感溢れる装丁だったが、その第1巻目が「シェークスピア」だった。訳者は福田恆存である。あまりにも有名なシェークスピアだったから、私としても大いに期待して本を開けた。ところが、始めから終わりまで「セリフ」の羅列で、「何なのこれ」と食傷気味になった。しかし、それは私が「シェークスピア」を理解していなかっただけのことである。福田氏も「シェークスピア」らしさを「日本語」の戯曲にするためにプロフェッショナルな力を発揮したのだと思う。
そのシェークスピアの一言が〝Love all, trust a few, do wrong to none.〟である。「すべての人を愛しなさい、そして何人かだけを信じなさい。もちろん、誰に対しても不当な扱いをしてはいけない」。本当に信頼できる人は多くはいないかもしれない。しかし、だからといって、そのほかの人たちをないがしろにしてはいけない。いやむしろ人として大切にしないといけない。それがこの世に生きるということ…。 |
三隅先生のご挨拶 2015/07/05 Sun 4620
父は息子の結婚式で高まる動悸を抑えながら、両家を代表して一世一代の挨拶をした。そのことを記した日記には、次のような文が書かれている。
「三隅先生が『道雄君のお母さんは数年前にお亡くなりになったが、今日はきっとお母さんもこの席においでになっていると思います』と結ばれたのには頭が下がった」。
私の結婚式で媒酌人の労を執っていただいたのは恩師である三隅二不二先生だった。そのお名前はすでに取り上げた父の挨拶でも挙げられていた。その先生がご媒酌人としてのご挨拶で、上のようなことをおっしゃったのである。ここは私も鮮烈に記憶している。とくに最後の部分では確信されたかのように、「いや、いまここにおいでになっていると思います」と強調された。父は「頭が下がった」と表現しているが、私は大きな「感動」を覚えたのである。
三隅先生はきわめて多忙な方だったが、何かがあれば可能な限り行動に移された。私の母が47歳で亡くなったときも、北九州市小倉区の自宅までお見えいただいた。父は「あの三隅先生がわざわざ来られた」と感謝するよりも驚いていた。その先生が披露宴で母のことを取り上げてくださったのだから、父も私もその感動は忘れようにも忘れられないのである。
そしてその日の日記に父は付け加える。「参列者の名札は私が書いたが、□□の名を書いた名札を私は胸のポケットにいれておいた。また□□の写真を胸ポケットに入れていた」。□□は母の名前である。私は父の胸ポケットのことを日記を見るまで知らなかった。三隅先生からいただいたことばを母は間違いなく聴いていたのである。 |
一世一代の挨拶 2015/07/04 FSat 4619
「皆様、本日は二人の結婚披露宴にあたり、ご媒酌をいただきました三隅先生ご夫妻をはじめ多数のご出席をいただきまして、誠にありがとうございました。両人は今回縁あって結ばれ新家庭を営むことになりましたが、何分にも世間馴れない未熟者でございますので、皆様におかせられましては今までに倍するご指導ご鞭撻を賜りますよう、ここに両家を代表いたしまして切にお願い申し上げます。本日は誠にありがとうございました」。これは私と家内が結婚式を挙げた際に、披露宴にご出席いただいた方々に対して、父が述べたお礼の言葉である。この「原稿」が日記に残されていた。ゆっくり読んでも40秒程度の短いものである。しかし、このとき父の動悸は高鳴っていたはずである。そのなかで、まさに一世一代の公的発言として踏ん張ったに違いない。
私は教員として授業をし、ご依頼に応じて講演もする。それはみんなの前で話をする仕事であり、自分で言うのもどうかと思うが、それなりに役割を果たしている。
その点で、父は私とはまるで違っていた。とにかく恥ずかしがり屋で、人前で話すことが徹底的に苦手だった。ある程度のキャリアを積んで二人か三人ほどの部下を持ったときも、彼等に話をするときは「ドキドキして、声が上ずる」と苦笑いしていた。余命が3ヶ月ほどという状況で入院したとき、私は自分の講演を録音して病床で聴かせた。父は「みんなが笑っているなあ」と驚き、かつ嬉しそうな顔をした。自分の息子が大勢の前で話をして、それを聴いた人が笑う。父としては何とも信じられないことだっただろう。それと同時に「お前もけっこうやるじゃないか」「俺とはかなりちがうなあ」と喜んだくれたと思う。それから亡くなるまで、私は講演のたびに録音してカセットテープを病床に運んだ。 |
今月の写真 2015/07/03 Fri 4618
今月は大都会の写真を並べました。まずは東京駅を眼下に見下ろせるホテルからの絶景です。右側が新装なった赤レンガの東京駅でその反対側が八重洲口です。駅の向こうに、日本郵便のJPタワーと丸ビルが並んでいます。線路の少し先は有楽町・銀座です。駅のホームは左側から白い屋根が3本見えますが、ここが東海道・山陽新幹線です。その右側の2本が東北・山形・秋田・上越・長野、そして北陸新幹線用になります。それから在来線の東海道線が2つ並び、さらに京浜東北線の南行きと山手線外回り、次が同じく京浜東北線北行きと山手線内回りと続きます。東海道線の屋根には太陽電池が敷き詰められています。そしてレンガの東京駅に添うように中央線のホームがくっついています。このほか東京駅には地下に総武線や京葉線、さらには地下鉄などがあって、まるで蟻の巣状態です。東京駅前はずいぶんと前から整備中です。いつ完成するのでしょうか。いずれにしても電車の発着を眺めているだけでうきうきしてきます。
もう1枚も都会の風景です。ただし、東京タワーが折れ曲がっていますので「おやっ」と思われることでしょう。これは熊本の現代美術館で開催されていた「特撮博物館」の会場で撮ったものです。文字通り「特撮映画」の歴史を振り返った展示で、とても賑わっていました。私なんぞは「初代ゴジラ」を劇場で見た「生き証人」なのですから興奮して当然なのです。それだけではありません。私の評価では「怪鳥ラドン」こそがわが国における怪獣映画の最高傑作なのですが、その写真も展示されていました。東京タワーが折れたミニチュアセットでは怪獣になった気分で写真が撮れました。シャッターを押してくれた会場係の女性に、「『初代ゴジラ』を観た」と自慢したことは言うまでもありません。 |
No blame culture 2015/07/02 Thu 4617
「倫理的行動」とは、「ミスや不具合等悪い情報ほど上役に知らせること」を挙げた人がいました。まことに大事な指摘だと思います。これときわめて関係が強いものに「自身の不利益となることを報告しないこと」というものもありました。
人が「自身の不利益」になることをしないのは、その言葉だけを取り上げれば当然です。それは私たちを含めて地球上の生き物が存続していくために欠くことのできない対応法でした。そして、現在のような組織化された人間集団でも、基本的には同じ力が働くのも当然です。ただし、それは個人にとっては「不利益」であっても、それが報告されないことで、組織が「不利益」を被ることになる可能性が高くなるのです。したがって、ここでは「個人の不利益」と「組織の不利益」の双方を最小限にすることが大事になってきます。
そのためには、「自分のミスを報告すること」が「不利益」にならないことが必要になります。安全文化に関わるキーワードの一つに「No blame
culture」があります。単純に「ミスを犯した人を責めない」ことです。つまりは、「個人的な責任を追及しない文化」を築きましょうというわけです。アメリカでは「真実を明らかにする」ために、裁判や事故調査で司法取引や様々な免責を条件にした事情聴取が行われていると聴くことが少なくありません。そんなアメリカでも「No
blame culture」という用語が使われているのですから、彼の地でも「個人を責める」状況がけっこうあるのだと思います。
ともあれ、問題が発生した場合、その「原因をつくった人」を「責めたくなる」のは洋の東西を問わないのでしょう。もちろん、それが「故意」に基づくものであれば、個人的に責任を追及されるのは当然ですが…。 |
西鉄GHの対応 2015/07/01 Wed 4616
息子夫婦の「結婚10周年記念企画」について、3回に亘ってお話ししてきました。そろそろ、「いつまで続くのかい」と言われそうだなあと思っています。まことに恐縮ながら、この物語は本日をもっておしまいです。
子どもが熱発したため、「企画」の中止を決めた息子は、「西鉄グランドホテル」にキャンセルの電話を入れます。もちろん約款上は100%のキャンセル料がかかることは承知の上です。その電話に対してホテル側から「理由」を聞かれたのだそうです。そこで「子どもが熱発したので」とその事情を伝えます。
ここで驚きの反応が返ってきたのでした。「そういう理由でしたらキャンセル料はいただきません」と言われたのです。そして、「またの機会にご利用下さい」といった言葉で電話が終わったといいます。
何というすごいことでしょう。「事件」が起きたのはけっこう前なのですが、そのことを私はつい最近になって聞いたのです。しかしその瞬間に、「これは書かなければならない」と、私は自分勝手に興奮していました。とにかく「西鉄グランドホテル」のすばらしい対応に心が躍ったのです。
私は「西鉄グランドホテル」とちょっとした関わりを持っています。それは1989年3月12日、13日のことです。私は西鉄グランドホテルの新入社員研修のお手伝いをしました。そして、それは1992年まで続きました。あれからもう25年ほどが経過していました。そのときの「新人さん」がいまや40代半ばから後半になって、ホテルで重要な役割を果たされているに違いありません。 そう思っただけで嬉しくなってきました。
サービスに限りませんが、「目先」のことだけでなく、「遠くを展望する」ことの重要性を実感します。 |
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