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味な話の素
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No. 146  2015年6月号 (4586-4615)
紆余曲折の末に…  2015/06/30 Tue 4615 
 息子夫婦の「結婚10周年記念企画」は、最後の難関だった宿泊先も「西鉄グランドホテル」に決定しました。キャンセル待ちで張っていた甲斐があって、「記念企画」を遂行するホテルとしては十二分に満足できるところです。こうして二人は準備万端で当日を迎えることになりました。
 私は孫たちを預かる日、私は夕方ま長崎で仕事をしていました。そこで、仕事が終わってそのまま電車に飛び乗る段取りになっていました。私は先方をバタバタと失礼してJRの駅まで着きました。そこではじめてメールが届いていることを知ります。それは家内からのもので、すでにお昼の12時過ぎに入っていました。「『□□が熱発。様子を見てたけど、今日は中止とします』と、連絡あり」。□□は孫の一人です。何ということでしょう!その日になって想定外のことが起きてしまったわけです。人生、思うようにはいかないものですね。
 メールを見た私は家内に「電車を1本繰り上げで、7時過ぎに帰宅できるようにしていた。今回は残念でしたなあ」と返送しました。すぐに家内から「しゃあないねえ」と回答が返ってきました。ほんまに「しゃあないなあ」です。親になったからには、子どものことを最優先するのは正しい判断だと思います。さらにしばらくして、孫の母親からメールが入りました。「予定をあけていただいていましたが、珍しく□□が熱でダウンしてしまいました。発表会までに体調を戻して、がんばってもらいます!」。そうです、次の週には孫の幼稚園で発表会が予定されていたのでした。これに対して私は「せっかくだったのに残念でしたね。でも発熱では仕方ありません。計画の建て直しですね。私は長崎から帰宅中です」と返信しました。
 こうして、息子夫婦の「結婚10周年企画」は紆余曲折を経ながら最終的にはキャンセルになったのでした。
 
昨日よりも明日に向かって  2015/06/29 Mon 4614 Yesterday is not ours to recover…
 リンドン・ベインズ・ジョンソン(Lyndon Baines Johnson 1908年-1973年)はアメリカ第36代大統領。あのケネディ大統領政権下で副大統領を勤めていた。そして1963年11月22日のケネディ暗殺を受けて大統領に就任した。ワシントンに向かう飛行機の中で就任の宣誓をしている写真が印象に残っている。その横には故ケネディ大統領の妻であるジャクリーンさんが立っていた。
 大統領になってからはケネディが進めた「公民権法」を首尾よく成立させている。また、就任にあたって掲げた「偉大な社会 (Great Society) 」政策でも知られている。その一方でベトナム戦争は泥沼化していった。そのなかで反戦運動が広がっていった。そうした流れを受けて、ベトナム政策の転換を宣言し、次期大統領選に出馬をしないことを表明した。
 そのジョンソンのことば〝Yesterday is not ours to recover, but tomorrow is ours to win or lose.〟。「昨日は取り返すことができないが、明日は勝利を得るか失うかを自分で決めることができる」。〝win〟だけでなく〝lose〟も含めているところがジョンソンらしい。人生はいつも「うまくいく」とは限らない。そして、ともあれ「後ろを見るな、前進しろ」ということである。ただし、健康に前進するためには「後ろの反省」は忘れてはならない。それは〝recover〟できないけれど、〝revitalizeする(新しい命を与える)〟ためのエネルギーになる。いやそうしなければならない。
 それはいいとして、せっかちな私としては「明日」まで待つのももどかしい。いっそのこと「today=今日」にまで前倒ししませんか、ジョンソンさん!
 
めでたく「問題解決」!?  2015/06/28 Sun 4613
 さて、息子夫婦の「結婚10周年記念企画」には私たち、おじいちゃんとおばあちゃんのサポートは欠かせません。会場は福岡で一泊二日のイベントです。つまりは、祖父母が孫たちをしっかり預かるという段取りです。もちろん、とても大事な企画ですから、私たちが「任せときなさい」と応じたのは言うまでもありません。ところが、最後の段階で大きな問題が生じました。もっとも、私自身はそのことを、つい先だってはじめて聴いたので、当時はまったく知りませんでした。それは一泊するホテルが取れないという大問題でした。
 ちょうどそのとき人気グループのコンサートがあるということで、福岡市内のホテルは軒並み満室だったのです。それはそれはすさまじい状態で、空室があったのは、博多湾の向かいの「海の中道」や近郊の宗像市、あるいは久留米市、大牟田市などにあるホテルだったと言います。そこでとにかくネットでキャンセル待ちをかけ続けていたわけです。そして毎日のようにチェックしていたところ、幸運にも「西鉄グランドホテル」に空きが出たことを発見、直ちに予約をかけて無事にホテルをゲットすることができたのです。これで、最後の難題も解決したのですから、「めでたし、めでたし」、まあ私なら「ありがたや、ありがたや」ということになります。
 私たちも準備万端、「孫たちはどーんと任せときなさい」と太鼓判を押したことは言うまでもありません。じつは、私はその日の夕方までそこそこ遠方での仕事をすることになっていました。そこで、できるだけ早く自宅に帰り着こうと、仕事が終わると同時に列車に飛び乗る段取りにしていました。しかし、ここでまた大問題が発生するのです。
 
めでたく「金婚式」!?  2015/06/27 Sat 4612
 ときおり孫たちとお付き合いします。はじめて孫と出会ったときは還暦の少し前でした。したがって体力的にも「充実(?)」していました。少なくとも自分ではそう思っていたわけです。しかし、それから年月が経ち、ついには前期高齢者となりました。こうなると「だっこ」もけっこうな労働になります。孫の一人は3歳になったばかりですが、もう「だっこ」も卒業しつつあるようです。それでも、「だっこ」をしてくれる人間を見分ける超能力は未だに保持しているに違いありません。その結果として私が「だっこ」するチャンスが多くなるのです。ともあれ、そんな孫たちが健康で育っていくことを願うばかりです。
 ところで、彼等の両親であるわが息子夫婦は今年で結婚10周年となりました。じつはおじいちゃんとおばあちゃん、つまりは私たちですが、これまた結婚40周年を迎えました。親子二代を合わせて「金婚式」というわけです。まことにめでたいことではございます。もっとも、そんな「金婚式」など聞いたことはありませんが…。
 ともあれ、息子夫婦としては、結婚式を挙げた日の週末に「記念行事」を企画したわけです。その内容は、①式場に連絡してチャペルや披露宴会場を案内してもらう。なかなかいい話です。会場に連絡すると快く了解してくれたそうです。結婚式に特化した会場で、その場の明るく楽しい雰囲気を私もよく憶えています。②二人が初めて会った場所で食事をする。これまたすばらしいではありませんか。そのときと同じメニューなのか、それとも「グレードアップ」するのか。どちらにしても楽しい会話が弾むことでしょう。さらに、③二次会場所も予約したのだそうです。
 こうして、「結婚10周年企画」は実現に向けて順調に進んだのですが、ここで大きな問題が発生してしまいます。
 
プロの迫力と魅力  2015/06/26 Fri 4611
 先日、生命保険会社からトークショーの案内が届きました。出演者は秋山幸二ダイエーホークス元監督です。このところ、仕事の都合なども重なって講演会等に出かける機会がなかったわけです。さっそく手帳をのぞいて見ると時間が空いていました。そこで久しぶりに出かけることにしました。
 まずは「トークショー」という形式が初体験でした。会場に出かけるまでは、もっと正確には、それがはじまるまでは「講演」だと思っていました。しかし、それにしてはステージの中央に演壇はあるものの、高めのテーブルと椅子が2つずつセットされていました。それぞれの机の上にミネラルウォーターが置かれています。これがどのように使われるのか、「トークショー」がスタートした瞬間にわかりました。まずは演壇は主催者のご挨拶用で、終わると同時に移動されました。それから主役の秋山氏と聴き手の2人が出てきて、文字通り「トーク」がはじまったからです。相手は福岡では知られているタレント(?)のようでした。
 ともあれ、それから70分ほどの会話を楽しむことができました。いつものことですが、どんな領域であれ、「プロ」の話には感動します。秋山氏の場合も例外ではありませんでした。たとえば、一つの試合で2つのチームの投手は、各140球、合わせて300球ほどの球を投げます。秋山氏によれば、そのすべてを分析しながら一球ごとの予測をしているのだそうです。昨年、ホークスは優勝まであと1勝ができずに最終試合までもつれ込みました。そして松田選手が延長の末にサヨナラ打を放って優勝したわけです。あのとき秋山氏は、配球から考えて「次の1球を打つしかない」と確信していたと言うのです。そして、それを逃せば「万事休すだった」と考えていたのだそうです。野球の解説者が同じようなことを言うのですが、当事者から生の声で聞くとやはり迫力があるのです。
 このほかにもおもしろい話がたくさんありましたが、とにかく「プロはすごい」ということです。これからも機会があれば出かけたい。そんないい気持ちになりました。
 
話を聴くエクササイズ  2015/06/25 Thu 4610
 私は講義や講演で情報を提供する側にいます。つまりは「しゃべる」のです。そうであるからこそ、話を聞く側にまわることも大事だと考えています。ところが、これがかなりむずかしいのです。たとえばお客さまがあって、その方と一対一で対話をすることが期待されているようなときです。「こちらが一方的にしゃべってはいけないぞーっ」と思っていても、「3対2」、いやひょっとすると「4対1」くらいで口を動かせている自分を発見するのです。
 そんなわけで、人の話を聴くエクササイズもしないといけないと思っているのです。そうした気持ちもあって、以前は「講演会」によく出かけていました。新聞などで講演の広告があると入場券をゲットするためにはがきを出したりしていました。
 そうして作家の阿刀田高氏の講演会には3回ほど出かけました。その大まかな流れは同じなのですが、それでけっこう楽しむことができました。
 作家でテレビタレントとも言うべき故藤本義一氏の場合はちょっと変わっていました。最初は淡々と話が進んでいくわけです。テレビでいつも見るイメージとは違っているなあなどと思いはじめます。ところが、残りの時間があまりないと思われるころです。突如として「オモロイ話」に転換したのです。そしてそれから15分ほどでしょうか、切れ目なくお腹を抱えて笑うという状況になりました。これもまた個性なのでしょうね。
 やはり作家の北方謙三氏の話も聴きに行きました。この人は私より一つ上ですが、風貌からして迫力があります。「水滸伝」といった大長編を書く際の話などとても興味深いものでした。
 ただ、これは10年ほど前までの話です。それからはけっこう忙しくなって「話を聴くエクササイズ」をする機会が急速に減っていきました。
  
「忙しいから」の論理  2015/06/24 Wed 4609
 「非倫理的行動」には「多忙を理由に手順を変更したりすること」との意見もありました。今日では「経費削減」がまるで「組織の究極目標」にさえなっている感があります。そうした状況では「人員削減」はいの一番に取り組むべき課題とされます。その結果、朝から晩まで「とにかく忙しい」のです。それだけではありません。多くの職場で様々な仕事がどんどん増えています。それも「可視化」が大事だと言うことから準備すべき文書が幾何級数的に増加している現実があります。もちろん、組織の安全や品質の向上には「誰の目にも見える」ことが重要で、それによって「非倫理的」行動も予防することができるでしょう。ただし、その一方で「『文書作り』に忙殺されて、部下たちが働いている現場に出かけることができなくなった」と嘆く管理者がいることも事実です。「事故やミスは現場で起きる」。どこかで聞いたようなセリフですが、本末転倒というべき現実があります。
 さて、そんな問題はあるのですが、一方で「忙しい、忙しい」という嘆きは、今に始まったことではありません。神代の昔からであるかどうかは、その時代に生まれていなかった私が保証はできません。しかし、人間はいつの世にも「忙しい」ことを理由に、いろんなことをしてきたものです。もちろん、そこから「新しい仕事の仕方」が創造されれば、それはすばらしいことです。その一方で、「しなければならない」ことを棚に上げたりする本性的な傾向も背負っているのです。しかもそれが規則に違反しているとなれば、そのまま事故やトラブルに直結することになります。それはまさに「非倫理的」行動そのものだと言わざるを得ませんね。しかも、「個人」でなく「職場全体」でそうした行為が行われることも少なくないのです。むしろ、個人的には「まずいなあ」と思っていても、それが言い出せない雰囲気になる。それが組織に大きなダメージをもたらした事例は枚挙にいとまがありません。
 
中谷宇吉郎  2015/06/23 Tue 4608
 石川県の小松空港から車で15分ほど走った加賀市に「中谷宇吉郎 雪の科学館」がある。もうけっこうな時間が経ってしまったが、研修のためにお伺いした組織の方からそこにお連れいただいたことがある。まずは「『中谷宇吉郎』」という人をご存じですか」と聞かれたのだが、私は即座に「知ってますよ。雪の博士でしょう」と問い返した。私はこどものころから図鑑が大好きだった。そのなかでも「昆虫図鑑」はボロボロになっていまも手元にある。そんな自然系の図鑑に「雪の結晶」の写真が載っているものがあり、わたしは大いに感動した。それはあの食品会社の「雪印」マークそのものだった。それからは雪が降ったときに縁側などで虫眼鏡で結晶を確かめようと試みた。しかし、九州だからだろうか、雪は瞬間的に融けてしまうから「結晶」を確認することはできなかった。
 ともあれ、そうした図鑑の情報から中谷宇吉郎の名前も知った。彼は北海道大学に在籍した1936年に世界ではじめて人工雪の結晶化に成功したことで知られる。そのことば、「雪は天から送られた手紙である」は心から雪を愛した博士の人柄を偲ばせる。
 さて、その「中谷宇吉郎」の博物館では、人工雪づくりやダイヤモンドダストの実験などもあって楽しい時間を過ごすことができた。展示された資料の中には、中谷宇吉郎氏が日本舞踊を踊っている写真もあった。それだけではない。博士は墨絵も描き、九谷焼にも凝ったという。それは科学者としてのたしなみを超越している。中谷氏にとって「仕事は生きがい」そのものだったはずだ。しかし、それに人間的なプラスαが加わっている。とにかくすごいなあと改めて感動してしまった。しかもそれだけの人生を生きて、享年61歳なのである。私も「仕事が趣味」である点では博士と同じだが、人間としてのスケールはあと60年くらい生きても追いつくまい。
 
リーダーと進路  2015/06/22 Mon 4607 A leader is one who knows the way…
 ジョン・マクスウェル(John C. Maxwell)はアメリカの自己啓発作家、講演家、牧師とされている。生年は1947年だから、私とほぼ同じ年齢である。その言葉が〝A leader is one who knows the way, goes the way, and shows the way.〟である。「リーダーは進むべき道を知り、それを自ら進み、人々にその道にを指し示す」といった感じだろうか。〝way〟には「進路」や「方向」の意味がある。その他に「方法」という意味もあるから、「ものごとの『対処法』を知っていて、それを自分自身で『実践』して、また人々にその『方法』を教える」という受け止め方もできるだろう。また、〝show〟を「模範を示す=モデルになる」と考えてもいい。また、用語にこだわれば、〝the way〟なのだから、リーダーは数ある解決策の中で「特定のもの」を発見することが期待されているということだ。
 いずれにしても、リーダーは自分たちの「進路」をしっかりと把握しておく必要がある。そのためには「先を読む」力が求められる。しかし、それは同意に「過去」を見つめ、それを適確に分析する力も要求する。そしてその上で、リーダーは自らが先頭に立って、その道を進むのである。それが「実行力、実践力」を持ったリーダーとして、フォロワーたちのモデルとしての役割を果たすことになるのである。
 ついでに〝way〟を「方法」と言う意味で捉えるなら、「進路」を発見する「方法」をみんなに示すこともリーダーに期待されている。師匠は何も教えない。その見事な技を弟子たちが技を盗み取る。そんな伝統的な方法は格好がいいけれど、もうそんな悠長なことを言っている時代でもなさそうだ。弟子たちが付いてこられるように教えること。それも現代のリーダーに求められているのカナあ…。
 
ガラパコスの嘆き  2015/06/21 Sun 4606
 「主要交通機関」をどう考えるかによるが、とにかく熊本ではJRと市電しか「全国型IC乗車券」が使えないことは事実である。もっとも、わが熊本も来年3月には全国版が使えるようになるという。それでかろうじて熊本ガラパコスからは開放されるものの、これでは宮崎よりも「空白期間」が続くわけだ。最終的に「全国化」することを決める際も「すったもんだ」で、県知事が公式に謝罪するという一幕もあった。詳しいことはわからないが、「統一」のために県費を使うからだということらしかった。
 ともあれ、私が知る限り大分のバスでは数年前からSUICAが使えている。その一方で、佐賀でもSUICA系はJRのみで、福岡に本社がある西鉄を除いて、バスはまだ対応していないと聞いた。そんなわけで宮崎のみなさん、たしかに「IC乗車券」という呼称だけに限れば、これまで「空白県」だったのですね。けれども、この秋からは全国版がOKなのですから、少なくとも熊本よりも「先を走っている」んですよ。
 こうした状況を踏まえれば、「宮崎県だけが空白地帯だった」という記事は誤解を招くことは疑いない。
 ついでながら、熊本空港の売店は大きく二つのブロックに分けられている。このうち広い方は「IC系カード」が使える。ところが、もう一方ではそれが「使用不能」なのである。先だって、知人を見送りに熊本空港に行った。そのとき「IC系カード」が使えないことを知って驚いていた。いや正直なところ、私にはあきれ顔に見えた。県外からの人が多数やって来る空港である。そこで「ガラパゴス熊本」なんて思われたくない。本来は福岡出身ながら、35年以上も熊本にお世話になり、「熊本人」を自称するある前期高齢者は嘆きに嘆くのである…。
 
IC乗車券の空白県  2015/06/20 Sat 4605
 「宮崎交通が『ニモカ』導入 九州の空白県解消」。こんな見出しの記事が出た。今秋から路線バスは全国で利用できるIC乗車券を導入することになったわけだ。これに対応して、JR九州も今秋以降に宮崎市内の12駅でやはり全国で利用できる「SUGOCA」を導入する。
 記事には、「宮崎は全国型のIC乗車券が使えない『空白県』だったが、これで 九州全県の主要交通機関でI C乗車券が利用可能となる」と書かれている。しかし、これは事実を伝えていない。いや「事実」の「部分」は含まれているとしても、読者に誤解を生むことは疑いない。
 たしかに熊本ではJRに「SUGOCA」が導入されている。これは全国型だから、JR東日本の「SUICA」をはじめとした交通系ICカードが使える。熊本駅などのショッピングもこれでOKだ。そして「もちろん(?)」熊本を走るバスも「IC乗車券」が導入されている。そして、それが「IC乗車券」であることは間違いない。ところが、これが「熊本ガラパコス版」なのである。つまりは地元で購入したIC乗車券しか使えないわけだ。そんなことで熊本空港を往復するリムジンバスも車内に「『くまもんのICカード』しか使えません」との注意書きがある。しかし、ちょっと見ると、カードリーダーは全国版とまるで同じなのだ。これで「熊本版」しか使えないと知れば、東京や大阪だけでなくICカードを使い慣れている利用客であれば、全員が驚くに違いない。現在、熊本で全国版が使えるのは市内電車だけである。つまりは、JRと営業キロ数12.1kmの市電を除けば、熊本も全国型IC乗車券が使えない「空白県」なのである。記事を読んでこの状況が読み取れるだろうか…。
 
国鉄と赤字  2015/06/19 Fri 4604
 JRが国鉄だったころ、レールの規格も採算抜きで不必要に上質なものを使っていたなどと批判されていたことがあった。その当時は、マスコミも、そして国民もまるで「『国鉄』は敵だ」といった雰囲気が漂っていた。国鉄は「親方日の丸」の代表選手だったのである。とにかく国鉄がすることは何でもかんでも批判の対象になった。
 たしかに、国鉄という組織が問題を抱えていたことは疑いない。しかし、「赤字」の原因のすべてを国鉄とそこで働く人々に向けるのは酷な面もあった。そもそも国鉄は敗戦後に外地から引き上げてきた人たちの受け皿になった。国鉄の立場から言えば、「受け入れさせられた」のである。その正確な数は知らないが、とにかく戦後間もなくの国鉄は60万人もの職員がいたという。
 それだけではない。例えば明治や大正時代に国が敷設すると決めた路線が採算を度外視してつくられていった。国鉄の膨大な赤字が問題になるにつれ、完成しなかった路線もある。しかし、とにかくこうした圧力があったことは事実で、はじめから「赤字」が予想される線路を作って、「赤字を増やすな」というのは、そもそも無理な話であった。
 その一方で、組織としての問題を抱えていたのも事実である。とりわけ国鉄は完璧な男社会だった。運転士も車掌も、みどりの窓口を含めた駅員のすべてが男性だった。もちろん保線等、利用客には目に見えないところで仕事をしている、「縁の下の力持ち」たちが男だったことは言うまでもない。
 国鉄がJRになったの1987年だが、私はその少し前からの数年間、国鉄とJR九州の研修を手伝った。そのなかには「大卒新入社員」を対象にしたものもあった。そこに女性が含まれていたのが印象的だった。あれからもう30年近くになる。いまや、あの若者たちが幹部として重要な役割を果たしていることだろう。
 
こだわり「レガシー」  2015/06/18 Thu 4603
 本欄に、私が車歴5台目にしてはじめて新車を買ったと書きました。トヨタのスプリンターをスタートに日産スカイラインを経て、スバルが3台続いたわけです。これを読まれて、「『スバル』なんですね。こだわりですね」と言われた方がいらっしゃいました。コンピューターの世界でも、「ウインドウズ」に対して「マック」を選ぶ方がいらっしゃいます。現時点でも、台数的には「ウインドウズ」が圧倒的なシェアを誇っていると思いますが、とにかく「『マック』にこだわる」方がいて、そのほとんどがコンピューターの「上級者」といった感じです。車の世界では、それが「スバル」に当たると思われているところがあるようです。
 私の場合は、もちろん「上級者」ではありません。レガシーになった最初のきっかけは、身近にスバル指定の自動車工場があったからです。そこで車検をしているうちに、買い換えの時期が来ました。そこで中古を頼んだところ、最初はスカイラインを薦められたのです。そして3台目からは「レガシー」がやってきたわけです。何と言っても「スバル指定工場」なのですから自然の流れでした。私としては、家族を中心に経営されているその工場との信頼関係ができて、そこが推薦する車をひたすら受け入れていたわけです。
 しかし、そのうちに、「こだわり『レガシー』」になった気もします。とにかく走りがいい。さらに、何より街の中で見かける台数が少ないのが最大の魅力です。このごろは、国産の最高級車から、「星マーク」を付けたドイツ製の高級車も、やたらと多くなりましたね。道路を走っていて、この両者に出会わないことがない。それって、まったくおもしろくないなあと思うわけです。もっとも、お値段も破格なんでしょうが…。
スケジュール問題  2015/06/17 Wed 4602
 「倫理的行動」とは「スケジュールや状況に惑わされずルールを守ることだ」と言われる方もいらっしゃいます。これは当然に思えるのですが、そこにはむずかしい課題が潜んでいます。これに対して、「時間の余裕さへあればルールを守るに決まってるじゃないか」という反論が容易に予想されることです。そもそも仕事は予め決められた「スケジュール」に添って進められるものです。それが対外的な「約束」を伴ったものであれば、そのプレッシャーはきわめて大きくなります。ことらが提示した「納期」に間に合わなければ組織としての信頼を失います。しかも仕事の受注に際しては厳しい競争にさらされることが常識です。こうしたなかで、現実的で余裕のある「スケジュール」を設定することは至難の業になります。しかし、それを「智恵を出すチャンス」と受け止め、絶え間なくチャレンジしていくエネルギーを維持し続けていきたいものです。
 「スケジュール」は時間に関わっていますが、これに「状況」という、より幅広い条件が加わると困難さはさらに増大します。この先「何が起きるかわからない」ことまで「状況」と言えば「状況」なのですから。とりわけ「危機的状況」に代表される「緊急事態」では、「ルールなど守っている場合ではない」といった勢いが優先してしまいます。そのなかには「想定外」の事態だってあるでしょう。こうして「あれやこれや」挙げていくと、「一体全体どうしたらいいのよ」とお先真っ暗になってきます。
 私たちはあらゆる「状況」に適切に対応することは不可能です。そうしたなかで「ルールを最優先する」ことをどう実現していくか、普段から職場で情報交換しながら、考え方の共有化を図っておくことくらいしか頭に浮かびませんね。
 
今月の写真  2015/06/16 Tue 4601
 今月は熊本ローカルの2枚です。まずは「熊本城」です。一般的に紹介されるものとは立ち位置が違っています。いずれも「天守閣」ですが、左側が「大天守」で右側の大きく見える方が「小天守」になります。この時期は深くて美しい「緑」が天守閣を立体的に盛り上げてくれます。撮影ポイントはKKRホテル熊本」です。ご存じの方もいらっしゃると思いますが、「KKR」は「国家公務員共済組合連合会」の英語略称です。ここは立地が最高で目の前に天守閣がそびえ立っているわけです。夕食時にもなればライトアップされたお城が幻想的な姿を見せるのです。私も遠方からお客様がお見えになるとここで昼食や夕食をご一緒することがあります。レストランから外に出て、天守閣を背景にして「記念写真」が撮れるようになっています。結婚式を挙げるカップルがホテル前の道路を渡ったお城の石垣を取り込みながら写真を撮る光景も「ごく普通のこと」になっています。
 もう1枚は、阿蘇五岳の一つである「根子岳」です。その高さは1,433mで「五岳」のうち3番目ですが、形状が「ギザギザ」で厳しい容貌をしています。実際、ここを登るのはきわめてむずかしいようで、ときおり遭難のニュースを見聞きします。阿蘇の5つの山を北側から見ると「涅槃像」に見えるのですが、その頭の部分が「根子岳」なのです。その麓の高森には「田楽の里」があって、ときおり出かけます。田楽を楽しみながら「根子岳」を眺めるものなかなかいいものです。この写真は「緑」の「根子岳」です。いつもは岩肌だけが目立つのですが、やはりこの時期になると「緑」が表に出てくるのですね。私も「岩色」ばかり見ていたので、「緑色」には新たな感動を覚えました。
 
リーダーシップと学び  2015/06/15 Mon 4600 Leadership and learning are…
 私たちの世代で、John F. Kennedyを知らない人はいません。ケネディは1917年生まれの第35代アメリカ大統領として、何と43歳の若さで颯爽と登場したのでした。しかし、任期中の1963年11月22日、テキサス州ダラスで遊説中に銃撃によって暗殺されたのです。享年46歳、その衝撃は世界中を駆け巡りました。その愛娘が現在駐日アメリカ大使を務めているキャロライン・ケネディ氏です。
 ケネディ大統領の葬儀の際には長男のケネディ・ジュニアが父親の葬列に向かって敬礼をしている姿が感動を呼びました。その映像は、暗殺された日に開始されたばかりの衛星中継でわが国にも送られてきたのです。そのときには娘のキャロラインちゃんの可憐な姿も多くの人々の印象に残ったはずです。なお、長男は弁護士や雑誌編集長として活動していたのですが、小型飛行機の事故で38歳という若い命が失われてしまいました。まったくの事故ではありながら、父親よりも早く亡くなってしまったことに運命的なものを感じた人もいたのではないでしょうか。
 ケネディについては語りはじめれば切りがありません。そこで彼の「リーダーシップ」に関わる発言、それもきわめて短いそれを取り上げることにしました。〝Leadership and learning are indispensable to each other.〟です。まずは直訳で「リーダーシップと学習はお互いに切り離すことができない」。これほど簡潔にリーダーシップの本質を伝えているものはないでしょう。「リーダーシップ」は「学ぶ」ことによって磨かれるのです。それと同時に、「リーダーシップ」が発揮されることで「学び」も促進されるものでもあるのです。そこで私なりに意訳すれば、「リーダーシップは学びによって鍛えられ、学びはリーダーシップによって促進される」とでもなるでしょうか。
 
小が大を凌駕する  2015/06/14 Sun 4599
 あのヤマダ電機が46店舗を閉鎖するという。「とうとうきたか」。ニュースを聞いたときの私の実感である。全国に1,000もの店舗があるというから、その割合はわずかではある。しかし、私の頭のスクリーンには「あのダイエー」がフェードインするように映し出された。太平洋戦争では、航空機が戦況を左右する時代に巨大な図体を持った戦艦はその役割を終えようとしていた。巨艦の名をほしいままにした大和も武蔵も、米軍機の猛攻撃に敢えなく沈んでしまった。そのあっけなさはあまりにも強烈で、期待された役割はまったく果たせなかった。時代の変化に対応することが生死に決定的な影響を与えることを明らかにしたのである。
 しかし、これは時代を超えて、事象を超えて普遍的に当てはまる法則のように思える。巨大なローマ帝国も、大英帝国といった国の栄華もまたしかりと言うべきだろう。大きいものは大きいが故に衰退するかのようである。わが日本が巨大であったかどうかは議論のあるところだろうが、「21世紀は日本の世紀」という予想は見事に裏切られた。そして、いまやアメリ合衆国の影響力も急速に低下している。
 そうしたなかでわが国がどう生き残るのか。そのヒントは経済の世界にあると思う。いまや「小が大を凌駕する」の感がある。ヤマダ電器が縮小を余儀なくされた同じ力が、とくに郊外に大型店舗を開発し続けてきたイオンや夢マートなどにも強力に作用しはじめるはずだ。いまや恐竜が厳しい冬の時代を迎えようとしている。いや、冬はすでに到来していると言っていいのではないか。こうした店舗には車がなければいけないから、高齢者にとっては遠くなる一方である。そして、身近にあるコンビニが力を付けている。小さいが故に強い。そんな時代が目の前にある。
 
回転座席  2015/06/13 Sat 4598
 新幹線の通路を挟んで3人の家族連れが乗っていた。座席を向かい合わせにして、進行方向の窓側に20代と思われる娘が座っていた。その正面に父親がいて隣には母親がいた。母親は空いている前の席に足を乗り出して目をつぶっている。父親と娘が向かい合って話しているのはなかなかいい光景だった。また母親はこれまでの旅で疲れたのか、それともこれからに備えて英気を養っているのか。いずれにしてもほほえましい一家に見える。両親の年齢は50代に違いない。
 熊本を出た新幹線「さくら」は久留米に止まり、次は隣駅の「新鳥栖」に向かう。久留米に近づいたとき、父親が網棚、といっても今は網状ではなく鉄製だが、そこから大きな荷物を二つ降ろした。「ああ、私と同じ新鳥栖で降りるんだなあ」と推測した。そして駅が近づくと、3人は出口に向かって歩いて行った。そのとき、向かい合わせにした座席はそのままにしていた。「ほんのちょっとして気持ちなんだけどなあ。自分たちで使ったものは元に戻したいよなあ」。私は自分も新鳥栖で降りることを一瞬だけ忘れてそう思った。そのときだった。最後に立った娘が座席の横で立ち止まった。「ああ、やっぱり元に戻すんだあ」。私は自分の心が穏やかになるのを実感していた。
 ところがである。彼女は座席の下を覗いただけだった。それは座席の下に落とし物がないかをチェックする動作だった。そして、「何もない」ことを確認すると、「何もなかった」ように両親の後に続いた。「うーん、ちょっとした気持ちなんだけどなあ」。
 しかし、そういう自分が「あの席」を戻すことはしなかった。そのこと自身は責められることはないはずだが、「そこまでする」のも「世の中のため」だったかもしれない…。
 
長崎線物語  2015/06/12 Fri 4597
 あるとき、電車に乗って「実況中継」風に書いた。
 先ほど新鳥栖から長崎に向かう「かもめ」に乗った。いま最初の停車地である佐賀に向かっている。JR九州の長崎線である。まずは熊本駅から新幹線で25分で新鳥栖に到着する。それから在来線に乗り換えるのだ。九州新幹線が全線開業して長崎が近くなった。もうずいぶんと以前から長崎県看護協会が主催する研修のお手伝いをしている。研修センターは諫早にあり、熊本・新鳥栖・諫早ルートはけっこう利用する。そして、いつも「よく揺れる」と感じる。それは新幹線という超安定したレールから降りたばかりだからという相対的な比較の問題だとは考えにくいほどの程度である。そして、「いまも」相当に揺れている。
 昨年のこと、私の前席に座っている関西弁の乗客がかなり大きな声で話しているのが聞こえた。他の車両に知人がいるらしく、そこから連れの待つ席に戻ってきたようだった。「おいおい、この電車、むちゃくちゃ揺れるやんか。まともに立って歩けへんで」。このとき、「揺れるなあ」という感覚が私の思い過ごしではなかったと思った。新幹線開業前に在来線である鹿児島線を利用して諫早に行っていたころにも「揺れが大きい」と思っていた記憶がある…。
 とまあ、こんなことを書いていたのだが、その後でまた長崎線に乗る機会があった。そしてそのときは鳥栖と佐賀の間だけだったが、「それほど揺れないなあ」と感じた。?」その際、これまでと違ったことが一つだけあった。それは、車両がこれまでとは異なっていたのである。私が知っている限り、長崎線は3種類の特急電車が走っている。そのうち、このときは佐世保方面へ向かう「みどり仕様」の電車に乗ったのである。私の記憶では、3種類のうち、これが最も古いデザインだと思う。それが「最も揺れない」という私の感覚は当たっているのだろうか。
 
全国指名手配?  2015/06/11 Thu 4596
 さて、一昨日の「キャンデー物語」の続きです。私が希望した「のど飴」がバスケットの上の方で見つからず、あわてて(私にはそのように見えたのですが)、1個だけ探しだし私にくれたわけです。それに対して私が「えーっ、たった1個なの」と反応してしまったものですから、さらにあわてて(やはりそのように私の目には映ったわけですが)、「もう1個(?)」探そうとして、数個のキャンデーがフォロワーにこぼれる事態に至ったのでした。それを見て、今度は私があわてて(?)、「あとでいいんですよ」と伝えたのでした。ひとまずはここで区切りがついたのでした。
 そして、それほど時間が経過しないうちに今度は「別のアテンダント」が私の席までやってきたのです。そして、にこやかに微笑みながら「のど飴」を「3個」手渡してくれたのでした。私も当然のことながら、ニッコリ笑って「ありがとうございます」とお礼を言ったわけです。
 そのときでした。どこかで誰かの声が聞こえたのです。「えっ、たった3個かいなあ。これまでの体験で言えば、キャンデー専用の袋があって、それにスーパーの『詰め放題セール』を上回るほど、そう具体的には最少でも10個は入ったものをもってきてくれていたよなあ…」。もう誰の声かはおわかりのことでしょう。さては航空会社業界に、熊本発着便には「キャンデーちょうだい詐欺師」が乗るという情報が広く伝わっていたのかもしれません。しかも、この男、周囲の人間に「『キャンデーちょうだい』と言えば、袋詰めでキャンデーをもらえる」などと言いまくっていた可能性がなきにしもあらずなのです。なんてことで、ひょっとして本人の知らないままに、全国指名手配の要注意人物になっているのカナあ…。
 
「正しいこと」をする  2015/06/10 Wed 4595
 「倫理的行動」とは、「客観的,冷静に物事を見て多くの人が正しいだろうと思われることをする」という意見がありました。まことにわかりやすい基準で、これだと子どもでも理解できるでしょう。もちろん、世の中は「多数決」だけで判断するとまずいこともあります。とりわけ価値観や信念などが問題になる際には何が「正しい」かについて意見の一致が得られるとは限りません。したがって、「正しい」かどうかを疑うことが「正しい」こともあるのです。そうした実例は歴史を振り返れば枚挙にいとまがありません。ある時代までは、多くの人が、というよりもすべての人間が地球は平たく太陽が天空を回っていると信じていたのです。そんななかで、地球が丸いだの、こちらの方が回っているなどと発言すれば、とんでもない人間だと無視され、場合によっては迫害すら受けたのです。
 そんなわけで、まずは組織全体で「正しい」とされていることにしたがって行動する。それが基本になるでしょう。その上で、「正しい」とされていることが本当に「正しい」状態を保持しているのかどうかを議論し続けていくことが求められているのです。世の中にある決まり事のほとんどは、それができたときには必要とされる理由があったはずです。しかし、時間や環境の変化に伴って、存在意義が失われたり、むしろ仕事の遂行を阻害するようになったものすらあるのです。
 職場で規則やルールが問題になったとき、「とくに差し障りがないのだからいまのままでいこう」といった会話が交わされる。そんな光景をよく見ます。しかし、「本当に差し障りがない」のでしょうか。そこを改善すればもっともっと仕事がうまくいく。それにも拘わらず「何もしない」で放置しておくのでは、本当は「仕事に差し障り」がでているのですよね。
 
キャンデー・サービス  2015/06/09 Tue 4594
 先日、ANAで東京に出かけた際の物語をご紹介しましす。飲み物の機内サービスも一段落付き、もうしばらくすると羽田へ近づくというころです。そのとき、キャンデーのサービスがはじまりました。そして、客室乗務員は私にもキャンデーが目一杯に入ったバスケットを差し出しました。私は「のど飴」が好きなのですが、ちょっと見た目にはそれが見当たりません。そこで私は「『のど飴』がいいんですよね」と声をかけたわけです。それを聞いて、見るからに真面目の塊といった雰囲気の客室乗務員は、その場でバスケットから「のど飴」を探し始めたのです。ところが、これがなかなか出てこなかったようで、ついには数個のキャンデーがフロアーにこぼれ落ちてしまうほどでした。
 それでも無事に「のど飴」を発見できたようです。ニッコリとすてきな笑顔で「どうぞ」と私に手渡してくれました。その指には「1個だけ」がぶら下がっていました。これに私が大いに反応したのです。私は「えーっ、たった1個なの」という表情を前面に押し出して、優しく微笑みながら、「1個ですか」とアピールしたのです。これが彼女にとっては想定外の反応だったようでした。それは、あわててその場でまた「のど飴探索」をはじめようとしたことから容易に推測できたのです。しかし、この反応を目の当たりにして、今度は私の方がギョッとしてしまいました。そこで彼女のあわてぶりに負けないように、私もややオーバーアクション気味に「後でいいんですよ」と、もちろん「にこやかさ」はしっかり付加しながら伝えたのでした。座席は先頭から6列目で「キャンデーサービス」がはじまったばかりだったのです。ちゃんと後ろのお客様にまで到達していただかなければいけないわけですから…。
 
目標と障害  2015/06/08 Mon 4593  Obstacles are those frightful things you see
 ヘンリー・フォードは世界の「自動車王」として知られている。彼自身が自動車を発明したのではないが、車の量産体系を確立した点で歴史に残る仕事をしたのである。さらに、自動車工場で働く労働者の賃金を改善し、自動車が買えるようにしたことも高く評価されている。それまで自動車は金持ちが所有する贅沢品だった。だから、労働者を「つくる」だけでなく、「買う」側にも立てるようにした。これが経済史的に見て、大きな貢献だったという。ところで、フォードと言えば「T型フォード」と呼ばれるものが大ベストセラーになったことはよく知られている。ちょっと怪しげながら、「T」の由来は、「A」からはじまって、次第に進化して「T」に至ったのだったという記憶がある。「A」から「T」だと、20になるが、そこまでバージョンアップしたかどうかも、私の知識としては定かではない。
 さて、そのフォード氏の言は〝Obstacles are those frightful things you see when you take your eyes off your goal.〟である。「障害は自分の目標から目をそらせたときには脅威になる」。これは「目標を見失った」ときにも同じことが起きるのではないか。しっかり目標を持っていれば、障害は克服すべきものであり、それこそが自分を鍛えてくれる天からの贈り物だと考える。そんな気持ちが大事なんだと訴えているのだと思う。これは「ライバル」にも当てはまるだろう。目標を失えば、自分と同じような力を持っている「ライバル」は脅威になる。しかし、そうした対抗馬との切磋琢磨によって、自分自身が成長していく。そんな見方ができれば、「ライバル」もまた頼もしい自分のモデルになるだろう。
 ただ、世の中には私のように楽観的なことを言っていられない人たちがいる。そうした方々からは「障害を贈り物だと思え」といった発言は、それだけでお叱りを受けるだろう。それでも私としては「みんなでチャレンジしていきましょう」と考えたい
 
「内職」の進化  2015/06/07 Sun 4592  
 学会の発表会場で自分よりも前方に座った人たちのPCが目に飛び込んでくる。これがじつにバラエティ豊で「いろいろな画面」を楽しむことができる。そちらの方が気になって大事な発表を聴き逃してしまうから困ったものである。さすがに学会だけあって、「ゲーム」が映し出されたのに遭遇したことはない。当然と言うべきか、幸いと言うべきか…。
 さて教室場面に戻ると、ハイテク化してきた「内職」とはいえ、感受性豊かな(?)教員は「詐欺っぽいなあ」と感じるのである。あるときはキーボードを叩かずに「画面」を「じーっ」と眺めている学生がいた。こちらは間断なくしゃべっているのだから、そんなところで「校正」なんてしている余裕はないはずである。そのうえ、ときおり画面を見つめながら机上の缶コーヒーを飲む余裕も見せるのだった。このときは何と机上に置いたスマートフォンにまで手を出していた。いやあ、ここまでくればもう「内職」であることは疑いない。いやいや、頭から決めつけてはいけません。教師が発したキーワードをネットで探索しているかもしれませんよね。うーん、可能性はゼロではありませんなあ…。
 まあ、こんな場面にも遭遇しながら、私は授業という仕事を続けているわけだ。それを発見したときの対応は教師によってそれぞれだろう。ある人は、そこで起きていることを実況中継しながらその場で指摘する。それも「柔らかく」から「厳しく」までバリエーションがあると思われる。 あるいは、「観て見ぬ振り」をするという選択肢もある。そのときの心情として「今どきそんなもんだ」「自分も学生時代にやっていた」といった放任系から、本当は怒りたいのだが「場が白ける」「自分自身の気分が悪くなる」、さらには「言いたいが言えない」などの消極型あるいは弱気型もありだろう。
 さて、私はどうかというと、「その場型」と「授業終了直後型」の併用タイプに入る。机の下を間断なく覗いている学生に気づいたときは、その場に出かけていって「メールしてんのかい」と、あくまで自己評価ながら「優しく」声をかけたりする。もう一つは授業が終わった後で本人に声をかける。「PCで他のことをしていたのは見え見えだったなあ。ありゃあいかんぜ」。万に一つでも私の「誤解」だったら、直ちに反論が返ってくるはずだが、まずそうしたことが起きたことはない。
 ともあれ私としては、「詐欺っぽい」行為を発見することも含めて授業を楽しませていただいています。はい。
 
現代「内職」事情  2015/06/06 Sat 4591  
 いまの若者たちは「内職」という言葉を知っているだろうか。大辞林では、まず「本来の職務のほかに、お金を得るためにする仕事。アルバイト」と説明される。さらに、「主に主婦が、家事の合間にする賃仕事」が加わる。。しかし、「内職」は大学でも昔から盛んに行われていた。つまりは授業中に「他のこと」をするのである。このことは大辞林でも③の義として「俗に、授業・会議の席で、隠れて行う他の作業」との解説がついている。ただし、それは、「私は授業を受けるためにここに座っています」という顔をしながらであるから、「授業受けてます詐欺」というべき性格を帯びているわけだ。何分にも「詐欺」であるから、授業をしている相手に悟られてはいけない。いかにも熱心に授業を聞いている雰囲気を出しながら他のことをするのである。それなりのテクニックが求められる。
 ただし相手だって授業のプロだから、「詐欺っぽい」動きには目が留まる。その感受性に個人差はあるが、大半の学生がノートを取っていないときにも「軽快かつセッセ」とペンを走らせていれば、相当程度に目立つのである。さらに当該授業では必要と思えない参考文献らしきものが机上に置かれている。それも数冊に及ぶと、「おいおい、机が歪んじゃうよ」と心配にもなる。
 ところで、時代の変遷とともに「内職」の事情も大いに変化してきた。何と言っても情報社会である。その手段もかつての「ノート」から「PC」に変わりつつある。「ノート」という古典的な道具と比較すると、「授業受けてます詐欺」はレベルアップしている。何と言ってもPCを堂々と開いていても、それだけでは微塵も問題はないからだ。さらに「キーボード」を叩いても、これまた「熱心さ」の証明にすらなる。完璧に「内職」中であっても、ときおり教員が提示するパワーポイントのスクリーンを「注視している」ように振る舞えば、その完成度は高まる。その態度と行動は、「漫然と聞き流している」ように見える受講生と比較すれば、毎回のように「表彰状」を授与したくなる。教える側にそんな感動を引き起こすなんて、歴史上かつてなかったのではないか!仮にディスプレイに打ち込まれる「内容」が授業とはおよそ関係ないものであっても…。
 
Suicaの歩留まり  2015/06/05 Fri 4590  
 さて、「東京駅開業100周年記念Suica」ですが、私は当初からきわめて強い関心をもっていることがあります。 それは、227万件で500万枚にも達した申し込みが、現実にどのくらいまで販売されるのかということです。世の中では、とりわけマスコミを通して大騒ぎになることがたくさんあります。それに反応して「うわ、うあーっ」と大群衆が動く、あいは動かされるわけです。それはそれはビッグニュースでしたから、日本人の大半は何が起きたのかを知ることになったと思います。 しかし、その一方で「熱しやすく冷めやすい」ところもあって 時間の経過とともに忘れてしまうんですね。
 まずはJR東海から案内状が来て、期限までにコンビニで前払いをします。わが家の場合は5月30日が設定されていました。これを過ぎると「キャンセル」になるのです。しかも「申し込み枚数」の変更はできないことになっています。そのときは、「どうせなら3枚の限度まで買っちゃうぞーっ」と意気込んでいた人で、「1枚でもいいなあ」と思ってもアウトなのです。携帯での支払いもできるようですが、基本的にはコンビニまで足を運ばなければなりません。これもけっこうなネックにあると思います。
 こうした事情を踏まえるとどうでしょうか。来年の3月には確定値が出ると思いますが、 「歩留まり」は80%までいくでしょうか。あるいは、「代金送付」をしない、つまりはキャンセルのケースが出て、予想より早い時期に販売が終了する。 そんな可能性だってあるのではないか。世の中の人々に対するマスコミの影響なども私の仕事に深く関係しています。そんなわけで、私としては今後の推移に興味津々なのであります。
Suica Get!  2015/06/04 Thu 4589  
 封筒が送られてきました。 その表には「『東京駅開業100周年記念Suica』在中」と書かれています。これだけですぐに思い出されたことでしょう。あの話題のSuicaです。昨年の12月20日に東京駅で15,000枚を限定発売する予定だったのですが、 9,000人以上の人が詰めかけて大混乱となり、途中で販売中止になったものです。その後、 JR東日本は「すべての希望者」に販売することになり、 インターネットと郵便で申し込みを開始したのでした。その結果はすさまじいものになりました。 何と申し込み数227万件、 その枚数は499万枚にもなったというのです。そもそもSuicaは年間に300~400万枚の発行だそうで、それを大きく上回ったわけです。 そんなことから、 現物の手渡し時期は抽選で決めていくことになりました。最も早いグループは2014年度内で、3月までに10万枚が送られたそうです。その後は、コンピューターの無作為抽出によって、6月から送付を再開することになりました。それでも製造数の限界があって、遅い場合は来年の3月までかかるというのです。そんな中で、わが家には6月のスタートに送られてきたのですから、 「コンピューターくじ運」はけっこういい方だったわけです。
「あんたも好きねえ」と言われる方もいらっしゃるでしょうね。私は、対象が何であれ、「人が3人並んでいたら、あきらめる」という確固たる方針を堅守してきました。だから「並ぶ」ことはあり得ません。しかし、「申し込みしたら必ずゲットできる」となると、「Suica?おもしろいジャンか」とすぐその気になるタチでもございます。 そこで家族も含めてお一人様3枚までの限度一杯に申し込んだのでした。そんなわけで、わが家としては「3枚届いてめでたし、めでたし」ということになりました。
  「あんたも好きねえ」と言われる方もいらっしゃるでしょうね。私は、対象が何であれ、「人が3人並んでいたら、あきらめる」という確固たる方針を堅守してきました。だから「並ぶ」ことはあり得ません。しかし、「申し込みしたら必ずゲットできる」となると、「Suica?おもしろいジャンか」とすぐその気になるタチでもございます。 そこで家族も含めてお一人様3枚までの限度一杯に申し込んだのでした。そんなわけで、わが家としては「3枚届いてめでたし、めでたし」ということになりました。
 
3点セット:隠す、嘘をつく、ごまかす  2015/06/03 Wed 4588  
 非倫理的行動」として「失敗や違反をその場しのぎで対応する」ことを挙げた方がいらっしゃいました。それはもちろん間違いなく「非倫理的行動」ですね。この意見には「隠す,嘘をつく,ごまかすこと」という具体的な行動が書かれていました。これぞ「非倫理的行動」の「3点セット」と言うべきでしょう。文字通り「その場」を「しのぐ」ことはできても、いずれ問題は大きくなって現れるのです。そうなると取り返しできない状況に陥っている可能性が高まります。それにも拘わらず、いやそうだからこそ、さらに「隠す、嘘をつく、ごまかす」圧力が強くなるわけです。あるいは、「隠せず、嘘もつけず、ごまかすこともできない」ところまで追い込まれてしまうかもしれません。そこで「正直」になっても、すでに「遅すぎる」のです。こうしたケースに出会うと、当事者本人の性格や資質、さらには能力が問題にされがちです。もちろん人間の行動は「個体」と「環境」が相互に影響し合って生まれるものです。したがって、「個人」の問題を分析することも必要です。しかし、違う人間も含めて組織で同じ過ちを繰り返さないためには、「環境要因」を考えていくことが大事です。
 そうした視点に立てば、「どうして隠す、嘘をつく、ごまかす状況が生まれるか」について考えることになります。その第一の要因は「自分を守りたい」ということでしょう。それは人間に限られません。地球上で生を受けたあらゆる生き物が、その生を全うするためには自分を徹底して「守る」ことが必要なのです。ただし、それが社会という組織にとっては問題になるのです。また、個々人にとっても「その場の一時的」な「守り」はできても、長い目で見れば、さらに自分を「危うくする」ことになるのです。しかし、それでもあくまで自分を守ろうとする。それが人間というものでしょうか。
 あるいは「自分を犠牲にしても組織を守る」という発想があり得るかもしれません。しかし、それが本当に「組織を守る」ことになるのかどうか、大いに疑問ですよね。
 
初めての新車  2015/06/02 Tue 4587  
 わが家に新車がやってきました。私が車の免許を取ったのは30歳のときです。そのころは鹿児島に住んでいました。はじめて買ったのはトヨタのスプリンターで排気量は1400ccでした。どうせへたくそ運転だからすぐに傷つけるに違いない。だから新車なんてもったいないというので中古車にしました。それでも比較的年数が若くて、白い車体がピカピカしていてまぶしいほどでした。当時はエアコンどころか、単なるクーラーがついていない車の方が多数派で、わが家の初代もクーラー無しでした。
 それが車齢にして11年目くらいになったところで、二代目を迎えました。こんどは日産のスカイラインです。スカイラインと言えば、「ケンとメリーのスカイライン」というCMが大いに流行ったことがあります。若者に人気のある、しかしけっこう上等なイメージを与える車種でした。これは1600ccで、少しばかりグレードが上がったわけです。この車も白でしたが、やはり中古車です。
 スカイラインも10年の車検期限が切れるときに交替となります。三台目は1800ccのレガシーです。ここではじめてオートマチック車になりました。このレガシーも白色系で、わが家の定番色になった感がありました。言うまでもなく中古車です。
 そして4台目は同じレガシーですが、何とリフトバックのスポーティな車に進化しました。車体はグレーが基調で、大いなるイメージチェンジとなりました。しかもサンルーフまで付いていました。車種は先代と同じレガシーでしたが、排気量は2500ccと一気に大型化しました。それも12年ほど乗って、私自身が定年を迎えたわけです。
 人生でもう一台は乗るだろうと考えていましたが、「最後だけは新車にしてもいいなあ」と勝手に気分が乗ってきたのでした。そんなわけで、とうとう5台目にしてはじめてわが家に新車がやってきました。今回は自分の年齢も踏まえて、落ち着いたセダンにしました。車種はレガシーB4です。排気量は2500ccで、前のハッチバックと変わりません。しかし、車も進化していて一回りでかくなっていました。乗り始めて2ヶ月ほど経過しましたが、66歳の前期高齢者がけっこう楽しんでいます。
 
夢と学びと行動を刺激する  2015/06/01 Mon 4586  If your actions inspire others to dream more
 アメリカの第6代大統領ジョン・クィンシー・アダムズ(John Quincy Adams 1767-1848)の言です。私自身は「名前は知っているなあ」という程度です。彼のポイントは父親のジョン・アダムズも第2代の大統領ということで、親子二代なのです。最近では、第41代大統領ジョージ・H・W・ブッシュと第43代大統領ジョージ・ウォーカー・ブッシュの二人が親子二代として知られています。さらに、父親ブッシュ大統領の孫で、息子のジョージ・ブッシュ前大統領の甥に当たるジョージ・P・ブッシュ氏が次の大統領選挙に出るとか出ないとか、話題になっているようです。それにしても、3人が3人とも「ジョージ・ブッシュ」さんなんですね。
 ともあれ、本日の主人公ジョン・クィンシー・アダムズ氏ですが、父親も本人も大統領は1期のみで終わっています。
まだまだアメリカが成長をはじめたころのことです。
 〝If your actions inspire others to dream more, learn more, do more and become more, you are a leader.〟「あなたの行動が他の人たちがもっと夢を見、いまより学び、さらに行動し、いまより優れた人物になるように刺激を与えるとすれば、あなたはリーダーなのである」。リーダーシップは行動です。それが人々に大いなる影響を与えて、夢をもち、それを実現するためにも学ぶ気持ちを引き出す。そうした行動を生み出して、最終的にはさらに成長していく。こうしてまとめてみれば当然のことです。しかし、ここで大事なのはリーダーである「あなた自身」が「夢」を「ビジョン」をさらには「理想」を抱いて学び続けることでしょう。それが行動に移されることでさらに信頼されるリーダー
になっていくのです。ともあれ、そんな姿を見れば、フォロワーたちも前に進む意欲を高めることでしょう。